説明

術後消化管麻痺の予防・治療剤

【課題】より有効な、開腹手術(特に胃切除手術等の消化管手術)後の術後消化管麻痺の予防・治療剤などを提供すること。
【解決手段】グルタミンを有効成分として含有する術後消化管麻痺の予防・治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、開腹手術(特に胃切除手術等の消化管手術)後の術後消化管麻痺の予防・治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
開腹手術、特に消化管手術後等、就中胃切除手術後に生じる術後消化管麻痺は、術後の胃腸症状やダンピング症状と関連し、しばしば術後の愁訴やQOLの観点から重大な問題になっている。
【0003】
特に、術後消化管麻痺は、開腹手術後、主に腹部手術後、就中胃切除後に発症するものであり、消化管の緊張低下と運動減退という現象を引き起こす。即ち、かかる麻痺によって、消化管運動が障害されて腹部膨満、嘔気嘔吐、腹痛等が出現し、また排便・排ガスが停止する。術後消化管麻痺は侵襲に対する生体反応とされ、通常3日以内に回復する。術後消化管麻痺は上記の機序により発生した麻痺が何らかの原因で遷延化したものである。
【0004】
これらの障害の原因について、詳細は分かっていない。急性期には消化管の炎症・浮腫、血流低下によって麻痺が生じると考えられる。一方、慢性期の障害の原因として、(1)リザーバー機能の喪失、(2)消化管運動の異常、(3)神経系や消化管ホルモンの変化、(4)癒着などがあると考えられている。「リザーバー機能の喪失」については、パウチ間置によって解決されると思われたが、確かに、胃全摘空腸パウチ間置再建術(TGJPI)を行うと食事摂取量やQOLは改善されるものの、パウチ内食物停滞に伴う腹部膨満感、空腹感の欠如、上腹部痛などの愁訴が多く、到底満足されるものではない。
【0005】
一方、小腸での消化管運動を観察すると、空腹期肛側伝播性収縮波群(IMC)が正常のものと異なっていることが知られている。そこで、空腹期肛側伝播性収縮波群がより早く正常化することが、術後消化管麻痺の正常化につながる。また、TGJPI術後のQOLは消化管運動に関係すると言われており、消化管運動が良好な症例ではQOLスコアが良いことが知られており、消化管運動の改善が求められている。
【0006】
これまで、上述のように、単なる消化管運動の改善のために、運動改善剤、たとえばメトクロプラミド、シサプリド、モサプリドなどが使用されてきた。しかし、メトクロプラミドにはドパミン受容体を遮断することによる中枢性の副作用が存在すること、シサプリドにはQT延長による循環器系への重篤な副作用があることなどから使用が制限されている。また、モサプリドはその効果が弱く、十分な治療効果を発揮していない。また、どの運動改善剤の効果も一時的なものであり、術後消化管麻痺を予防・治療するには至っていない。
【0007】
このことから、術後消化管麻痺の予防・治療のためには、単に消化管運動の改善では足りず、消化管の空腹期肛側伝播性収縮波群がより早く正常化することが重要である。
【0008】
一方、グルタミンに消化管機能改善作用があることが知られている(特許文献1)。しかしながら、この効果は一時的な機能改善を期待したものであり、また、特許文献1には術後の消化管運動障害からの回復を促進するような、空腹期肛側伝播性収縮波群については、記載はなく、また術後消化管機能改善のためには、単なる消化管運動機能改善に比べて、長期投与が必要であるが、かかる観点についての記載も皆無である。
【0009】
また、グルタミンには消化管粘膜の保護作用が知られており、広く使用されてきた経緯がある。例えば、胃粘膜保護作用により、胃、十二指腸潰瘍、胃炎に対して使用されてきた。しかし、これらの作用は、炎症の抑制および粘膜の保護により炎症を抑制しようとするものであり、消化管機能の改善までは想定していない。
【特許文献1】特開平11−228403号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、術後消化管麻痺の予防・治療剤、特に術後腸管麻痺の予防・治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記課題に鑑みなされたものである。本発明者らは胃切除犬を用いた検討で、グルタミンを術後投与することにより、空腹期肛側伝播性収縮波群が早く出現することを見いだした。これは、消化管機能の回復が早いことをも意味し、グルタミンにより、術後消化管麻痺が早く回復することを見いだした。
【0012】
即ち、本発明は次の通りである。
(1) グルタミンを有効成分として含有する術後消化管麻痺の予防・治療剤。
(2) 術後消化管麻痺が術後腸管麻痺である(1)記載の予防・治療剤。
(3) 術後消化管麻痺が胃切除手術後の消化管麻痺である(1)または(2)記載の予防・治療剤。
(4) 術後消化管麻痺の予防・治療が、消化管の空腹期肛側伝播性収縮波群の発現によるものである(1)〜(3)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(5) 初回投与が、術後24時間以上経過後であり、且つ摂食前である(1)〜(4)のいずれかに記載の予防・治療剤。
(6) 初回投与から、少なくとも3日投与されることを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の予防・治療剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の術後消化管麻痺予防・治療剤は、胃または腸管、特に腸管における麻痺を有意に予防、改善、治療することが出来、しかも副作用が極めて少ないという効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、術後消化管麻痺の予防・治療剤(以下、本発明の剤)を提供する。
【0015】
本発明において、「術後消化管麻痺」とは、開腹手術後に胃(胃切除術の場合は残胃部)、腸管(十二指腸、小腸、大腸、結腸)に発症する消化管の緊張低下、運動減退という現象である。従って、本発明において、消化管とは、胃(胃切除術の場合は残胃部)、腸管(十二指腸、小腸、大腸、結腸)を言う。
本発明においては、特に「術後消化管麻痺」が重要である。
【0016】
「術後消化管麻痺治療(改善)」とは、かかる消化管、特に腸管の緊張低下、運動減退を改善すること(例、消化管の空腹期肛側伝播性収縮波群の発現など)をいい、直接消化管に作用して改善せしめる場合と、内分泌系の分泌亢進(ホルモン等)や血流改善などを介しての二次的な改善のいずれであっても良い。また、手術前に服用することで術後消化管麻痺を予防することも本発明に含まれる。なお、ここで「空腹期肛側伝播性収縮波群」とは、約70〜80分間の休止期を挟み、100分間隔で規則的に繰り返される、4相からなる伝播性の収縮波群であり、胃および十二指腸から特徴的な強収縮が発生し、空腸、回腸へ順次伝播するものである。
【0017】
本発明において、例えば術後消化管麻痺に伴う改善可能な不定愁訴の具体的な症状としては、悪心、嘔吐、吐き気、胸焼け、膨満感、胃もたれ、ゲップ、胸中苦悶感、胸痛、胃部不快感、食欲不振、嚥下障害、胃酸の逆流等の代表的な上部消化管不定愁訴、腹痛、便秘、下痢等の下部消化管不定愁訴及び関連した愁訴、例えば息切れ、息苦しさ、意欲低下、喉頭閉塞・異物感(漢方でいう「梅核気」)、易疲労感、肩こり、緊張、口のかわき(口渇・口乾)、呼吸促迫、四肢熱感・冷感、集中困難、焦燥感、睡眠障害、頭痛、全身倦怠感、動悸、寝汗、不安感、ふらつき感、めまい感、熱感、のぼせ、発汗、腹痛、便秘、抑鬱感等が挙げられるが、これに限定されない。
【0018】
本発明の剤は、医薬及び飲食品などとして有用であり、その投与対象としては、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル等)等が挙げられる。
【0019】
本発明の剤が医薬である場合、一般に、グルタミンと担体とを含む。担体としては、医薬として許容される担体であれば特に限定されないが、例えば後述の製剤用物質(例、賦形剤、溶剤等)が挙げられる。
ここで、本発明の医薬の投与形態は特に限定されないが、経口投与、直腸投与、注射、輸液による投与等の一般的な投与経路を経ることが出来る。経口投与の剤形としては、顆粒剤、細粒剤、粉剤、被覆錠剤、錠剤、坐剤、散剤、(マイクロ)カプセル剤、チュアブル剤、シロップ、ジュース、液剤、懸濁剤、乳濁液、など、また注射剤としては静脈直接注入用、点滴投与用、活性物質の放出を延長する製剤等などの医薬製剤一般の剤型を採用することができる。
【0020】
これらの医薬は、常法により製剤化することができる。製剤上の必要に応じて、薬理学的に許容し得る各種の製剤用物質(補助剤等として)を配合することができる。製剤用物質は製剤の剤型により適宜選択することができるが、例えば、賦形剤、希釈剤、添加剤、崩壊剤、結合剤、被覆剤、潤滑剤、滑走剤、滑沢剤、風味剤、甘味剤、可溶化剤、溶剤等が挙げられる。更に、製剤用物質を具体的に例示すると、炭酸マグネシウム、二酸化チタン、ラクトース、マンニトール及びその他の糖類、タルク、牛乳蛋白、ゼラチン、澱粉、セルロース及びその誘導体、動物及び植物油、ポリエチレングリコール、及び溶剤、例えば滅菌水及び一価又は多価アルコール、例えばグリセロール等を挙げることができる。
【0021】
本発明の医薬におけるグルタミンの投与量は、経口投与の場合、投与する患者の症状、年齢、投与方法によって異なるが、成人(体重60kgとして)に対する有効成分の一日当たりの投与量は、通常1g〜30g程度、好ましくは1g〜10g程度、より好ましくは3g〜10g程度である。通常、上記の量を1日1回から3回程度に分けて投与される。
また、点滴投与、注射投与(経静脈投与)等、非経口投与(摂取)する場合のグルタミンの投与量については、前記経口投与についての好ましい投与量(摂取量)範囲の10〜20分の1程度を投与することができる。通常、上記の量を1日1回から3回程度に分けて投与される。
上記投与量、投与回数は食品の場合も同様である。
【0022】
投与時期は、例えばヒトに経口投与(摂取)する場合、その初回投与が通常術後12時間以上、好ましくは24時間以上経過後であり、通常術後96時間以下、好ましくは48時間以下である。また、初めての摂食前に初回投与されるのが好ましい。なお、予防の場合は、その初回投与は術前(絶食前)であってもよい。
また、例えばヒトに非経口投与(摂取)する場合、その初回投与が通常術後12時間以上、好ましくは24時間以上経過後であり、通常術後96時間以下、好ましくは48時間以下である。また、初めての摂食前に初回投与されるのが好ましい。なお、予防の場合は、その初回投与は術前であってもよい。
投与期間は、通常3日以上、好ましくは7日以上であり、通常その上限は28日以内、好ましくは14日以内である。上記投与時期、投与期間は食品も医薬と同様である。
【0023】
また、本発明の医薬は他の薬剤を併用してもよく、かかる薬剤としては、例えばH2受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害薬等の酸分泌抑制剤、5−HT受容体作用剤、D2拮抗剤等の運動機能改善剤、ムスカリン受容体拮抗薬、抗ガストリン薬、抗コリン薬等の制酸剤、テプレノン、プラウノトール、オルノプロスチル、エンプロスチル、ミソプロストール、レバミピド、スクラルファート、ポラプレジンク、アズレン、エグアレンナトリウム、アルジオキサ、ゲファルナート、エカベトナトリウム等の粘膜保護剤、スルファサラジン、5−ASA製剤、ステロイド、レミケード等の炎症性大腸炎治療剤が挙げられる。これらは一種又は二種以上を含有することができる。
【0024】
本発明の剤は、飲食品に含有されても良い。飲食品に含有される場合には、本発明の有効成分を含む一般的な食事形態であれば如何なるものでも良い。例えば、適当な風味を加えてドリンク剤、例えば清涼飲料、粉末飲料とすることもできる。具体的には、例えば、ジュース、牛乳、菓子、ゼリー等に混ぜて飲食することができる。また、このような飲食品を厚生労働省の規定する保健機能食品として提供することも可能であり、この保健機能食品には、術後消化管麻痺の予防・改善などの本発明の用途に用いるものであるという表示を付した飲食品、特に特定保健用食品、栄養機能食品なども含まれる。
さらに、本発明の剤を濃厚流動食に添加したり、食品補助剤として利用することも可能である。食品補助剤として使用する場合、例えば錠剤、カプセル、散剤、顆粒、懸濁剤、チュアブル剤、シロップ剤等の形態に調製することができる。これらは医薬と同様にして調製される。本発明における食品補助剤とは、食品として摂取されるもの以外に栄養を補助する目的で摂取されるものをいい、栄養補助剤、サプリメント(特にダイエタリーサプリメント)などもこれに含まれる。
【0025】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0026】
以下に実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0027】
(試験例1)術後消化管運動機能試験
一夜絶食した両性ビーグル犬に(1群3匹)、1.0%イソフルレン麻酔下で開腹後、小腸組織をサンプリング(開腹時小腸組織サンプル)した。胃切除術を施し、残胃部、十二指腸、空腸、結腸に消化管運動測定用トランスデューサーを縫着した後、噴門から3cmの胃体部に胃ろうを付与し、再度小腸組織サンプリング(閉腹時小腸組織サンプル)を行い閉腹した。コントロール群は蒸留水を、グルタミン投与群は閉腹120分後にL-グルタミン1g/head/回を12時間毎に一日二回、各々胃ろうから投与した。術後より消化管運動を測定し、初めて十二指腸以下腸管の空腹期肛側伝播性収縮波群が確認されるまでの時間を計測した。なお、空腹期肛側伝播性収縮波群は、術後に無線送信機を犬に接続し、臓器運動専用テレメーター(スターメディカル社)で受信した後に、臓器運動解析システム(スターメディカル社)にて測定、記録及び解析を実施した。
【0028】
各投与群における(部位の)空腹期肛側伝播性収縮波群発現時間を図1に示す。コントロール群と比較してグルタミン投与群では空腹期肛側伝播性収縮波群発現時間が短縮し、手術侵襲からの消化管麻痺の治療効果が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明により提供される術後消化管麻痺予防・治療剤は、胃または腸管、特に腸管における麻痺を有意に予防、改善、治療することが出来る。また、グルタミンはアミノ酸の1つであり食事として摂取しているほか、胃炎治療薬として使用されており、安全性が極めて高く、人での使用実績も豊富である。従って、本発明の術後消化管麻痺予防・治療剤は、副作用を発現することなく、術後消化管麻痺、特に術後腸管麻痺に極めて高い効果を有するものであり、産業上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】試験例1における、各投与群の(部位の)空腹期肛側伝播性収縮波群発現時間を表すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グルタミンを有効成分として含有する術後消化管麻痺の予防・治療剤。
【請求項2】
術後消化管麻痺が術後腸管麻痺である請求項1記載の予防・治療剤。
【請求項3】
術後消化管麻痺が胃切除手術後の消化管麻痺である請求項1または2記載の予防・治療剤。
【請求項4】
術後消化管麻痺の予防・治療が、消化管の空腹期肛側伝播性収縮波群の発現によるものである請求項1〜3のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項5】
初回投与が、術後24時間以上経過後であり、且つ摂食前である請求項1〜4のいずれかに記載の予防・治療剤。
【請求項6】
初回投与から、少なくとも3日投与されることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の予防・治療剤。

【図1】
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【公開番号】特開2008−115081(P2008−115081A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−296900(P2006−296900)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】