説明

表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法

【課題】 三次元皮膚モデルにおける表皮バリア機能調整関連の評価ツール及びその使用方法を提供すること。
【解決手段】三次元皮膚モデルに、被験物質を添加後、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することを特徴とする表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法;対象となる三次元皮膚モデルに、表皮バリア機能調整剤を添加後、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することを特徴とする三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表皮バリア機能が崩れると、皮膚が乾燥し易くなったり、また免疫系の異常を引き起こしてアトピー性皮膚炎等の発症やその症状が進行し易くなると考えられている。また、肌は美容や健康の面で注目されている部分であるため、どのような物質が、表皮バリア機能調整に関与する物質かを判別することは重要なことである。
【0003】
このような表皮バリア機能調整剤のスクリーニング等では、従来はモデル動物が利用されていたが、多くの被験物質の評価を行うには動物愛護等の観点から、動物実験代替として、三次元皮膚モデルが利用されるようになってきている(非特許文献1及び2)。
例えば、色素細胞やメラノサイト等を播種して得られたメラニンを産生することが可能な三次元培養皮膚モデルを用いて、紫外線の影響を評価する方法(特許文献1);ヒト正常表皮細胞を用いて金属イオン、特にカルシウムの表皮細胞層の透過性を指標とする皮膚バリア機能強化素材のスクリーニング方法(特許文献2)等が知られている。
【0004】
しかしながら、表皮バリア機能の発現メカニズムは複雑であるため、三次元皮膚モデルを利用して表皮バリア機能調整剤のスクリーニングや評価をするにあたり、どの点に着目すればよいかの知見は、未だ十分に得られているとは言い難いのが実状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−193822号公報
【特許文献2】特開2010−511376号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Perkins M et al, Toxicological Science, 48, 218-229, 1999
【非特許文献2】Cannon CL, Toxicology in vitro, 8, 889-91, 1994
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、斯かる実状に鑑み、三次元皮膚モデルにおける表皮バリア機能調整関連の評価ツール及びその使用方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討した結果、三次元皮膚モデルの表皮バリア機能を変化させると、ABCA12発現レベルやグルコシルセラミドの分布状態が変化することから、これらをスクリーニング及び評価のツールに用いることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の〔1〕〜〔9〕に係わるものである。
〔1〕 三次元皮膚モデルに、被験物質を添加後、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することを特徴とする表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
〔2〕 さらに同一又は別の被験物質を同時又は別々に添加することを特徴とする前記〔1〕記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
〔3〕 三次元皮膚モデルに、既知の表皮バリア機能調整剤及び被験物質を同時又は別々に添加し、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標とする前記〔1〕又は〔2〕記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
〔4〕 被験物質又は既知の表皮バリア機能調整剤の添加直後〜2ヶ月以内に観察することを特徴とする前記〔1〕〜〔3〕の何れか1項記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
〔5〕 既知の表皮バリア機能調整剤を基準として、被験物質の表皮バリア機能調整の判定を行うことを特徴とする前記〔1〕〜〔4〕の何れか1項記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
〔6〕 前記表皮バリア機能調整剤が、表皮バリア機能障害剤及び/又は表皮バリア機能改善剤であることを特徴とする前記〔1〕〜〔5〕の何れか1つ記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
【0010】
〔7〕 対象となる三次元皮膚モデルに、単数又は複数の表皮バリア機能調整剤を添加後、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することを特徴とする三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法。
〔8〕 表皮バリア機能調整剤を添加後、添加直後〜2ヶ月以内に測定することを特徴とする前記〔7〕記載の三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法。
〔9〕 さらに同一又は別の表皮バリア機能調整剤を同時又は別々に添加することを特徴とする前記〔7〕又は〔8〕記載の三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、三次元皮膚モデルにおける表皮バリア機能調整関連の評価ツール及びその使用方法の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】三次元皮膚モデルの断面像観察。
【図2】三次元皮膚モデルにおけるABCA12の発現状態。
【図3】三次元皮膚モデルのグルコシルセラミドの発現状態染色像。
【図4】SLS添加及び無添加の三次元皮膚モデルの断面像観察(1、7、21日経過観察)。
【図5】SLS添加及び無添加の三次元皮膚モデルにおけるABCA12の発現状態(1、7、21日経過観察)。
【図6】SLS添加及び無添加の三次元皮膚モデルのグルコシルセラミドの発現状態染色像(1、7、21日経過観察)。
【図7】カルセイン添加及び無添加の三次元皮膚モデルの断面像観察(7、21日経過観察)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
〔三次元皮膚モデル〕
本発明の方法に使用する三次元皮膚モデルは、特に限定されず、例えば、三次元培養皮膚及び器官培養皮膚等が挙げられる。なお、器官培養皮膚は、器官を含む皮膚又はその中の器官を取り出し、それを培養するものを挙げることができ、またこの由来となるものは、後述の表皮細胞の由来のものを挙げることができる。
三次元皮膚モデルは、一般的に市販されているものを用いることも可能である。市販品としては、例えば、Epiderm(商標:MatTek corporation社製)、EPISKIN (登録商標:Skin
Ehic Laboratories社製)等が挙げられる。
また、三次元皮膚モデルは、公知の手法にて作成することも可能である。例えば、特願2010−252818号記載及び公知の手法(例えば、特開2005−168398号公報等)にて作製したものを用いることも可能である。
【0014】
前記三次元皮膚モデルの作製方法としては、例えば、表皮角化細胞を、培養インサートの液透過性膜の上に播種し、必要により浸漬培養、気液培養等を組み合わせて作製すること等が挙げられる。このとき播種する表皮細胞は、5×10〜5×10cells/cm程度に(初期)増殖させたものが望ましい。さらにこれに真皮線維芽細胞を加えて、三次元皮膚モデルを作成することもできる。
【0015】
前記表皮細胞は、特に限定されず、例えば、ヒト、ブタ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウシ、ウサギ等の哺乳類由来のものが挙げられる。
また、この表皮細胞は、皮膚(好適にはヒト新生児包皮)の表皮角化細胞、口腔粘膜の上皮細胞、目の角膜細胞等から採取すればよい。このうち、ヒトの皮膚状態を考慮する際にはヒト由来のものが好ましい。
前記液透過性膜としては、播種した表皮細胞が接着又は固定され、その上で表皮細胞が増殖でき、支持体となりうるものであれば、特に限定されない。例えば、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン等の基材が挙げられる。更に、この基材の膜に、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン等の細胞外マトリックスやポリL−リジン等の細胞の接着を補助するものをコーティングしてもよい。
なお、三次元皮膚モデル作製のための培養インサート等の培養容器を用いればよい。また、培養インサートの他に用いる支持体としては、コラーゲンゲル、コラーゲンスポンジ、表皮細胞が除去された無細胞化真皮等やフィーダ細胞として真皮線維芽細胞を組み込んだもの等が挙げられる。
【0016】
前記三次元皮膚モデル作製方法の一例として、より詳細な説明を以下にするが、これに限定されるものではない。
増殖培養工程及び分化誘導工程を少なくとも含む三次元培養皮膚作製方法が挙げられる。
例えば、前記増殖培養工程としては、表皮細胞が培養インサート底面にコンフルエントになるまで、培養増殖用培地にて5%CO濃度下で1〜14日間程度培養すること等が挙げられる。
また前記分化誘導工程としては、培養増殖用培地から細胞分化用培地に変え、当該培地にて表皮細胞を6〜48時間程度培養(浸漬)した後、更には、この表皮細胞表面を空気(大気)に暴露し、0.5〜3日間程度培養して、培養表皮細胞を分化誘導することなどが挙げられる。
【0017】
なお、前記三次元培養皮膚作製方法には、前記増殖培養工程の前に、初期増殖工程を含ませてもよい。
初期増殖工程としては、調製された表皮細胞10〜10cells/mLの細胞懸濁液を、培養増殖用培地にて、5%CO濃度の湿潤下で、シャーレに対してサブコンフルエント又はコンフルエントになるまで増殖させること等が挙げられる。
【0018】
ここで、前記培養増殖用培地として、例えば、MCDB153やこれをベースとした市販品等を使用してもよい。この培地のカルシウム濃度は、0.05〜0.1mM程度であればよい。
また、前記細胞分化用培地として、例えば、1.2〜1.5mM程度のカルシウムを含む培地等の市販品を使用してもよい。
このときの培養温度は、由来に対応する培養可能な温度であればよく、例えばヒト由来の場合20℃〜40℃、好ましくは37℃程度であればよい。
また酸素濃度は3〜25%の雰囲気下で培養することが好ましく、より好ましくは18〜22%である。
【0019】
〔表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法〕
前記三次元皮膚モデルに、被験物質を添加後、ABCA12発現レベル及び/又はグルコシルセラミドの分布状態というスクリーニング及び評価のツール(以下、「評価ツール」という。)を指標として、被験物質の表皮バリア機能調整を判定する。
具体的には、本発明のスクリーニング又は評価方法は、被験物質による評価ツールの反応をみる工程と、この被験物質の表皮バリア機能調整を判定する判定工程を含む。
このとき、対照(例えば対照物質の添加など)による評価ツールの反応と対比することによって判定するのが、より精度の高いスクリーニング又は評価が行うことができるので、好適である。
【0020】
一例として、(1)被験物質を三次元皮膚モデルに添加した際の評価ツールの反応と、対照物質を三次元皮膚モデルに添加した際の評価ツールの反応とを対比させる対比工程、及びこの対照物質による反応を判定基準として、この被験物質が三次元皮膚モデルへ及ぼす表皮バリア機能調整を判定する判定工程とを含むスクリーニング又は評価方法が挙げられる。
また、(2)被験物質添加前若しくは被験物質無添加の評価ツールの反応と、被験物質添加後の評価ツールの反応とを対比させる対比工程、及びこの両者の反応の対比によりこの被験物質が三次元皮膚モデルへ及ぼす表皮バリア機能調整を判定する判定工程とを含むスクリーニング又は評価方法が挙げられる。ここで、被験物質無添加とは、被験物質を含まないPBS(Phosphate Buffered Saline)を添加した場合も含まれる。
前記対比工程における、被験物質による評価ツールの反応測定工程と、既知の表皮バリア機能調整剤(対照物質)による評価ツールの反応測定工程とは、それぞれを同時並行で行ってもよく、またそれぞれを別々に行ってもよい。予め又は後に既知の表皮バリア機能調整剤の反応結果を得、得られた対照物質による反応結果と被験物質による反応結果とを対比してもよい。
前記対照物質は、既知の表皮バリア機能調整剤、好適にはその機能がよく知られているようなものを用いるのが、被験物質の表皮バリア機能調整の判定を行い易いので、好ましい。
また、より精度を高めるため、対照物質を用いる場合には、被験物質を用いる場合と同じ培養条件で行うのが望ましい。
【0021】
より具体的な表皮バリア機能調整の判定の一例として、ラウリル硫酸ナトリウム(SLS)のような既知の表皮バリア機能阻害剤を使用した場合の評価ツールの反応と、被験物質を使用した際の評価ツールの反応がほぼ一致した場合には、被験物質に表皮バリア機能阻害作用があると判定する。
【0022】
前記被験物質とは、特に限定されず、既知又は新規な物質(例えば、抽出物、有機合成物等);これら物質の配合物や組成物;医薬品、化粧料、皮膚外用剤、医薬部外品等の使用を目的とするものや目的として使用されているもの(例えば、既知の表皮バリア機能調整剤)等が挙げられる。本発明の評価ツールを使用することによって、この被験物質の、三次元皮膚モデル(特に三次元培養皮膚)に対する表皮バリア機能に関する知見が得られる。これによって、表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価が可能となる。
また、前記対照物質として、目的とする表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価に応じて、判定の基準となるような表皮バリア機能調整が既に知られている物質を使用するのが好適である。
【0023】
一般的に、「表皮バリア機能」とは、例えば、皮膚を介する、体外からの物質・微生物等の侵入や体内からの水分等の蒸散を防ぐ表皮の機能といわれている。
ここで、表皮バリア機能が「良好な状態」であれば、美しく、健康な状態が維持されており、具体的には皮膚の保湿性が高く、キメの整った状態等が挙げられる。表皮バリア機能が「異常(低下)な状態である」と、健康な状態ではないことを広く指し、例えば、皮膚が乾燥した状態やそれによって引き起こされる肌荒れ等が挙げられる。
【0024】
上述の表皮バリア機能を容易に判定できるための評価ツールを見出すことができれば、表皮バリア機能のメカニズムの探索も容易に行うことも可能であり、またこの評価ツールを用いて表皮バリア機能調整に係わる物質及びこれを含有するもの〔例えば、抽出・精製物や有機合成品等の素材・原料;化粧料、医薬部外品や皮膚外用剤等の素材・原料を使用した製品等〕(以下、「表皮バリア機能調整剤」ともいう)のスクリーニングや評価も容易となる。
【0025】
ここで、前記「表皮バリア機能調整剤(表皮バリア機能調整に係わる物質)」とは、表皮バリア機能に何らかの影響を及ぼす物質及びこれを含むものであればよい。例えば、良好な影響を及ぼす(皮膚バリア機能の維持も含む)物質としては、表皮バリア機能改善剤、表皮バリア機能促進剤、表皮バリア機能維持剤、表皮バリア機能回復剤、表皮バリア機能に悪影響を及ぼす物質を阻止する阻止剤等が挙げられる。また、悪い影響を及ぼす物質としては、表皮バリア機能障害剤、表皮バリア機能回復阻害剤等が挙げられる。
【0026】
そして、後記〔実施例〕に示すように、三次元培養皮膚に表皮バリア機能障害を誘導させることができる物質を添加して培養した際に、この形態観察を行っても、表皮バリア機能の変化は容易に判断できなかった。(図1参照)。
更に、表皮機能を評価するときに一般的に用いられる、Keratin14、Keratin 10、Involucrinの遺伝子発現量を指標として、あるいはこれらの染色による形態観察を行っても、表皮バリア機能の変化は簡単に判断できなかった。
これに対し、三次元培養皮膚に表皮バリア機能障害を誘導させることができる物質を添加して培養した際に、グルコシルセラミドに着目したところ、免疫染色の結果、このグルコシルセラミドの分布状態に変化が認められるとともに、このグルコシルセラミドとABCA12遺伝子発現レベルとに相関関係があることが認められた(図2及び3)。
【0027】
因みに、表皮細胞が代謝される過程で、顆粒層の中にグルコシルセラミドを含む層板顆粒が形成される。この顆粒層が角質層に移行すると層板顆粒が分泌され、グルコシルセラミドがセラミドへ代謝されるが、このセラミドは細胞間脂質として表皮バリア機能の維持の役割を果たす。従って、グルコシルセラミドの分布状態やABCA12発現の程度は、表皮バリア機能に直接的に影響したことが考えられた。
なお、従来の知見では、ABCA12は表皮内における層板顆粒の脂質輸送タンパクとして報告されているものの、表皮バリア機能に関して、外部からの刺激を与えた際(一例として、外部からバリア機能障害を誘導した際)、これらがどのように関与しているかは全く不明であった。
【0028】
このようにして、グルコシルセラミドの分布状態やABCA12発現レベルを指標とすれば、容易に表皮バリア機能を判定(評価)できることが見出された。
よって、本発明の方法は、評価ツールとして、ABCA12発現レベル及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を用いる。
すなわち、三次元皮膚モデルに、被験物質を添加後、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することで、表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価を行うことが可能である。
また、添加回数は、特に限定されず、目的に応じて1回又は複数回のいずれでもよい。複数回の場合、同一又は別の被験物質を添加してもよい。また、別の被験物質をさらに添加する場合には、これら被験物質を同時又は別々に添加してもよい。
【0029】
前記被験物質の表皮バリア機能調整を判定する際のタイミングは、特に限定されないが、被験物質添加後の培養期間内において、一定間隔で又は一定期間経過後に行うのが好適である。例えば、被験物質を添加後直後〜2ヶ月間(好適には1日〜4週間)培養期間内に、測定及び判定を行うのが好適である。
より具体的には、1日〜2ヶ月間培養(好適には1日〜4週間培養)において、例えば、1日目、1週間目及び3週間目等の不規則な間隔や7日毎等の規則的な間隔で測定を行うこと;添加後3日〜2週間経過後、好ましくは5〜9日経過後に測定を行うこと等が挙げられる。
【0030】
また、後記〔実施例〕に示すように、既知の表皮バリア機能調整剤(例えば、表皮バリア機能障害剤(SLS等)等)を添加した後、3週間程度経過すると、ABCA12発現量及びグルコシルセラミドの分布状態が、無添加のもの(対照)とほぼ同じになっていることが確認できた(図4〜7参照)。具体的には、SLS添加後一定期間を経過し、三次元培養皮膚の状態が正常な状態に回復することを、ABCA12発現量及びグルコシルセラミドの分布状態の評価ツールで確認できた。よって、当該評価ツールを用い、三次元表皮モデルに被験物質を添加した後、再び同一又は別の被験物質を添加して、この被験物質の表皮バリア機能が正常な状態に回復するときや通常の状態に戻るときの評価をすることが可能である。
また、これら評価ツールを利用することで、表皮バリア機能回復期間を把握することも可能である。また、1回又は複数回の添加により被験物質の長期間使用や連続的な使用のときの評価をすることも可能である。
【0031】
すなわち、三次元培養皮膚に、既知の表皮バリア機能調整剤及び被験物質を同時又は別々に1回又は複数回添加することで、被験物質から表皮バリア機能調整剤のスクリーニング及び被験物質の表皮バリア機能に関する評価を行うことが可能である。
例えば、既知の表皮バリア機能調整剤が表皮バリア機能に悪影響を及ぼす物質であり、かつ被験物質添加後に表皮バリア機能が維持、向上又は回復できたとプラス評価した場合、被験物質を、表皮バリア機能回復剤;表皮バリア機能促進剤;表皮バリア機能阻害剤の作用を阻止する阻止剤等の表皮バリア機能調整剤と判定することが可能である。
一方で、既知の表皮バリア機能調整剤が表皮バリア機能に良好な影響を及ぼす物質であり、かつ被験物質添加後に表皮バリア機能が維持、低下又は向上抑制したとマイナス評価した場合、被験物質を、表皮バリア機能障害剤;表皮バリア機能促進剤の作用を阻止する阻止剤等の表皮バリア機能調整剤と判定することが可能である。
なお、既知の表皮バリア機能調整剤及び被験物質の添加タイミングは、それぞれ同時又は別々の何れでもよい。また、表皮バリア機能の回復を評価するような場合には、薬剤等により表皮バリア機能に悪影響を与えた三次元培養皮膚モデルに、被験物質を添加することが可能である。
このように、三次元皮膚モデルの表皮バリア機能の状態を薬剤等によって変化させても、その変化状態やその後の経過状態を、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することで、表皮バリア機能調整剤のスクリーニング及び評価が行い易いという利点がある。
【0032】
よって、本発明の評価ツールを用いれば、既知の表皮バリア機能調整剤を添加し、表皮バリア機能を変化させる前に、変化途中に又は変化させた状態にした後に、被験物質を添加し、ABCA12発現レベル、グルコシルセラミドの分布状態、また回復までの期間を比較することによって表皮バリア機能を評価することが可能である。そして、所望の表皮バリア機能調整剤を被験物質からスクリーニングすることも可能である。
具体的な例として、既知の表皮バリア機能調整剤を三次元培養皮膚に1回又は複数回添加して培養した後、被験物質を1回又は複数回添加して培養し、ABCA12発現レベル及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標として、これら被験物質の表皮バリア機能を評価すること等が挙げられる。
このときの対照は、既知の表皮バリア機能調整剤及び被験物質を無添加のもの;既知の表皮バリア機能調整剤を添加し、被験物質を添加していないもの;PBS添加のみのもの等を挙げることができるが、適宜選択することが可能である。
また、被験物質を添加した後、上記対照とABCA12発現レベル及び/又はグルコシルセラミドの分布状態がほぼ同等になる期間を求め、これを回復期間として、この期間の長短によって、表皮バリア機能を評価することも可能である。
【0033】
なお、上述の如く、一定期間経過後、三次元皮膚モデルの状態が既知の表皮バリア機能調整剤及び/もしくは被験物質添加前又は対照(PBS等)と、ほぼ同じ状態に回復することから、被験物質を添加後、さらに同一又は別の被験物質を添加し、被験物質の表皮バリア機能調整能力を評価してもよい。
同一被験物質の場合には、繰り返した際の表皮バリア機能の評価(例えば、感受性の低下等)を行うことが可能である。また、別の被験物質(異なる被験物質)の場合には、被験物質同士の相乗効果や相反効果等の表皮バリア機能の評価を行うことが可能である。
上述の被験物質や表皮バリア機能調整剤添加後の培養方法は、三次元皮膚モデルを維持する際の公知の培養方法にて行えばよい。
【0034】
〔ABCA12発現レベル〕
ABCA12発現レベルを指標として判定する場合、例えば、ABCA12発現量(好適には、mRNA等の遺伝子発現量やポリペプチド等の発現量等)にて、表皮バリア機能を判定すればよい。
ABCA12発現量が、対照のABCA12発現量と比較して、維持又は増加した場合には、表皮バリア機能が良好な状態である;減少した場合には、表皮バリア機能が異常(低下)な状態である;と判定することが可能である。このとき、表皮バリア機能が良好な状態には、表皮バリア機能を維持できることも含まれる。
このとき判定基準とする「対照」としては、前記被験物質を添加する前の状態や添加しない状態;前記対照物質を添加した状態:溶媒添加した状態等が挙げられる。
【0035】
このようにして判定することによって、所望の表皮バリア機能調整剤を取得することが可能となり、また、評価を行うことも可能である。例えば、ABCA12発現量が非常に増大している場合には、表皮バリア機能向上の強い薬理作用を有する剤(物質)と判定することができる。例えば、被験物質を含まないPBSを対照として、これを100%としたときに、120%以上、好ましくは150%以上と判定基準を設定するのが、好適である。
また、ABCA12発現量が非常に減少している場合には、表皮バリア機能阻害の強い薬理作用を有する剤(物質)と判定することができる。例えば、対照を100%としたときに、50%以下、好ましくは20%以下と判定基準を設定するのが好適である。
また、ABCA12発現量が殆ど変化しない場合には、表皮バリア機能調整作用のない剤(物質)と判定することができる。例えば、対照を100%としたときに、±20%、好ましくは±10%とするのが好適である。
【0036】
また、ABCA12発現量の回復量を比較することでも被験物質の評価が可能である。
例えば、三次元皮膚モデルに表皮バリア機能障害剤を添加する;同時並行に又は一定期間経過後、被験物質を添加し、ABCA12の発現量を測定する。このとき、ABCA12発現量に関しては、バリア機能障害剤のみの値を100%としたときに、120%以上、好ましくは150%以上発現していれば表皮バリア機能回復効果があると判定基準を設定するのが、好適である。また、バリア機能障害剤を含まない(対照:PBS)ものの値(培養期間同じ)を100%として、それに近づくほど(好ましくは80%以上、より90%以上)、表皮バリア機能回復効果があると判定基準を設定してもよい。
また、ABCA12発現量が回復するまでの期間を比較することでも被験物質の評価が可能である。例えば、三次元皮膚モデルに表皮バリア機能障害剤を添加する;同時並行に又は一定期間経過後、被験物質を添加し、ABCA12発現量が回復までの期間(日数、時間)を測定する。このとき被験物質を添加しない場合の回復期間(日数)を100%とした場合、10%以上、好ましくは30%以上期間が短縮している場合に表皮バリア機能回復剤として評価することが可能である。
【0037】
ここで、上述の皮膚バリア機能の評価ツールであるABCA12発現量(好適には、mRNA等の遺伝子発現量やポリペプチド等の発現量等)の測定は、ABCA12遺伝子、あるいはそれにコードされるタンパク質(アミノ酸配列)を使用すればよい。
これら遺伝子としては、例えば、ヒトABCA12遺伝子(26154、NCBI)等が挙げられる。
このとき、これら遺伝子に関する塩基配列(DNAやRNA等)やこの遺伝子にコードされるタンパク質(アミノ酸配列)及びこれらの各断片(ポリヌクレオチド断片やポリペプチド断片等)を指標として使用すればよい。
このうち、例えば配列番号1及び2に示す塩基配列(ABCA12遺伝子由来プライマー)を指標として使用すると、ABCA12発現レベルを安定的に精度良く測定することが可能であるので、好ましい。なお、この発現レベルの補正を行うため、ハウスキーピング遺伝子を用いるのが、好適である。
【0038】
なお、前記塩基配列又はアミノ酸配列は、ABCA12発現レベルの測定の精度や感度を低下させなければ、変異剤処理、ランダム変異、特定部位突然変異、欠損或いは挿入等によって部分的に塩基配列やアミノ酸配列が変化したものであってもよい。例えば、1若しくは数個(例えば2〜3個)の塩基又はアミノ酸が、置換、欠失若しくは付加された塩基配列又はアミノ酸配列等が挙げられる。また、付加には、両末端への付加も含まれる。ここで、「1若しくは数個」とは、1〜9個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個程度をいう。
【0039】
前記ABCA12発現レベルの測定法としては、上述のABCA12遺伝子やそれにコードされるタンパク質(アミノ酸配列)及びこれらの断片を用いて、公知の測定方法を利用したものが挙げられる。この公知の測定方法としては、例えば、PCR法、等温増幅法、ノーザンブロッティング法等のmRNAを用いる測定法;フローサイトメトリー(FACScan)、イムノブロッティング、ウエスタンブロッティング、抗体染色法等の抗体を用いる測定法等が挙げられ、これらを適宜組み合わせても良い。このとき、必要に応じて、蛍光物質、発光物質や放射性物質等の標識物質を使用してもよい。
【0040】
mRNAの測定法について、特に限定されないが、例えば、測定対象の遺伝子の塩基配列に基づいて設計したプライマーセットやDNA断片等を使用すればよい。
mRNA量の測定方法の一例を以下に説明する。
三次元皮膚モデルから、公知の手法に従って、total mRNAを抽出し、必要に応じて更にmRNAのみに精製して使用してもよい。この工程は、市販のキットを使用してもよい。
total mRNAの抽出方法としては、チオシアン酸グアニジン・塩化セシウム超遠心法、チオシアン酸グアニジン・ホットフェノール法、グアニジン塩酸法、酸性チオシアン酸グアニジン・フェノール・クロロホルム法等が挙げられる。
得られたtotal RNAや精製したmRNAを鋳型として、これから逆転写反応によってcDNAを合成し、測定対象の塩基配列に相補的な2種類のDNA断片をプライマーとしてPCR法により測定対象の遺伝子の一部配列を増幅し、増幅されたcDNAを検出することで、このcDNAは三次元皮膚モデルの上述の遺伝子発現量(mRNA量)を反映していることとなる。このときの検出法としては、公知の手法であれば特に限定されず、例えばSYBR greenを用いる法や蛍光プローブを用いる法等が挙げられ、リアルタイムPCRにて定量するのが望ましい。この工程は、市販のキットを使用してもよい。
【0041】
なお、使用するプライマーは、測定対象の遺伝子の塩基配列をPCR法等の核酸増幅法により増幅できるように設計・合成することが可能である。この核酸増幅反応は、公知の手法を用いればよい。
例えば、PCR法において、2つのプライマーの一方が測定の対象遺伝子の2本鎖DNAプラス鎖に対応し、他方のプライマーが2本鎖DNAのマイナス鎖に対合し、かつ一方のプライマーにより伸長された伸長鎖にもう一方のプライマーが対合するようにプライマーを選択できる。プライマーの長さとしては、例えば少なくとも10塩基以上、好適には15〜30塩基とする。
具体的には、プライマーは、上述の塩基配列又はGenbank等のデータベースより各遺伝子のアクセッション番号により登録された塩基配列に基づき設計し、化学合成できる。プライマーの調整は、公知の手法に従って行えばよい。
【0042】
〔グルコシルセラミドの分布状態〕
グルコシルセラミドの分布状態を指標として判定する場合、例えば、グルコシルセラミドの分布状態の変化にて、表皮バリア機能調整を判定すればよい。より具体的には、例えば、免疫組織化学による顕微鏡観察等の公知の手法にて、グルコシルセラミドの存在位置の変化を観察することが可能である。
このとき判定基準とする「対照」としては、前記被験物質や表皮バリア機能調整剤を添加する前の状態や添加しない状態;被験物質や表皮バリア機能調整剤を含まないPBSを添加した状態;前記対照物質を添加した状態;溶媒添加した状態等が挙げられる。
グルコシルセラミドが顆粒層上部で連続的に観察される場合には、表皮バリア機能が正常な状態である又は良好な状態である;グルコシルセラミドが不連続に局在することが観察される場合、または顆粒細胞の細胞核周辺に凝集している状態が観察される場合には、表皮バリア機能が低下している;と判定することが可能である。
また、既知の表皮バリア機能調整剤を対照物質とすることは、これによる反応(分布状態)と、被験物質による反応(分布状態)とを対比することで被験物質の表皮バリア機能調整作用の判定が行い易いので、好適である。
また、三次元皮膚の表皮バリア機能を変化させる前、途中又は変化させた後に、被験物質を添加し、それによるグルコシルセラミドの分布状態を、対照と比較することでも被験物質の評価・判定が可能である。
このようにして判定することによって、所望の表皮バリア機能調整剤を取得することが可能となり、また、評価を行うことも可能である。例えば、また、グルコシルセラミドが非常に局在化している場合には、表皮バリア機能阻害の強い薬理作用を有する剤(物質)と判定することができる。また、グルコシルセラミドの分布状態が余り変化しない場合には、表皮バリア機能調整作用のない剤(物質)と判定することができる。
また、表皮バリア機能阻害剤等の悪影響を与える物質を添加して三次元皮膚モデルの表皮バリア機能を変化させた後に、被験物質を添加し、それよってグルコシルセラミドの分布の回復状態を、対照と比較して、ほぼ一致する場合(上述でいう表皮バリア機能が正常な状態、通常に戻った状態、良好な状態)では、この被験物質を表皮バリア機能回復剤等と判定することも可能である。
【0043】
より具体的な一例として、三次元皮膚モデル(例えば、三次元培養皮膚)を、公知の手法にて、凍結標本にした後、薄膜切片(約3〜10μm程度)を作製し、これをスライドグラス等上に付着させる。この切片上に、抗グルコシルセラミド抗体を添加し、直接法又は間接法にて染色を行う。
直接法とは、グルコシルセラミドに対する抗体そのものに標識(例えば、可視化標識)する方法であり、間接法とは、反応系を2〜3工程にして、2工程以降で可視化標識をする方法である。ここで、可視化標識とは、例えば酵素抗体法、蛍光抗体法(FITC、ローダミン、テキサスレッド等)、金属(金、銀、フェリチン等)やアイソトープを用いた方法等が挙げられる。このとき、使用する二次抗体としては、蛍光ビオチン、FITC標識抗体等が挙げられる。
なお、三次元皮膚モデルの断面像観察における、凍結標本等の観察用標本の作製は公知の方法に準じて行えばよい。
【0044】
以上のように本発明の方法によれば、三次元皮膚モデルを用いた表皮バリア機能に関する物質やこれを使用した製品をスクリーニング又は評価することが可能である。
そして、ABCA12発現レベルを指標として判定した場合、定量化し評価できる点で有利である。一方で、グルコシルセラミドの分布状態を指標として判定した場合、視覚的に評価できる点で有利である。このため、両方を指標とすることで、感度良く、精度良く、多角的に検討ができ、スクリーニング及び評価ができるので、有利である。
このような知見に基づき、ヒトの皮膚に対する物質の影響を推察することが可能となる。しかも三次元皮膚モデルを用いていることから、多くの知見を容易に得ることも可能であり、これにより得られた皮膚バリア機能調整剤を考慮若しくは利用した皮膚外用剤、医薬部外品及び化粧品を開発することも可能である。特に、皮膚バリア機能を向上させるような物質を含む化粧品等は、市場ニーズも高いので、有利である。
【0045】
また、前記被験物質の表皮バリア機能調整が既知の場合、すなわち既知の表皮バリア機能調整剤を使用する場合には、三次元皮膚モデルの表皮バリア機能に関する知見が得られる。これによって、ヒトや実験動物等の生きた皮膚、すなわち生体皮膚に関する実験データ等の既知のデータを考慮して、三次元皮膚モデル(特に三次元培養皮膚モデル)を構築することが可能となる。
因みに、前記三次元皮膚モデルの作用機序は、生体皮膚の作用機序と類似する反応を示すと考えられている。このため、三次元皮膚モデルを用いた実験結果に基づき、ヒト等の動物の生体皮膚に適用することが可能と考えられている。しかし、三次元皮膚モデルの作用機序が、生体皮膚の作用機序とは完全に一致していない状況も見受けられる。そこで、三次元皮膚モデルと生体皮膚との関連がより明瞭にすることができれば、より簡単に生体皮膚への適用が可能となる。例えば、本発明の評価ツールにて新たな用途を見出した被験物質を生体皮膚に適用する際に、三次元皮膚モデル(例えば、三次元培養皮膚)の実験結果を補正するため等の因子(ファクター)があれば、モデル動物を極力用いなくとも、この被験物質についてより簡便で精度の高いスクリーニングや臨床試験等の評価を行うことが可能となる。また、より安全で有効な表皮バリア機能調整剤を得ることも可能となる。
なお、既知の表皮バリア機能調整が知られている物質であっても、本発明の評価ツール
によって、それとは異なる新たな表皮バリア機能調整、即ち新規な用途の探索も可能である。
【0046】
〔三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法〕
また、上述の如き簡便な評価ツールを得ることができたことから、この評価ツール及び表皮バリア機能調整剤(例えば、既知の表皮バリア機能調整剤や上述によって表皮バリア機能が判明した被験物質等)を用いれば、三次元皮膚モデルのスクリーニング又はこの表皮バリア機能の評価を行うことも可能である。これによって、表皮バリア機能調整剤(特に、機能改善や機能障害等といった個別の用途)のスクリーニング又は評価に適した三次元皮膚モデルを得ることも可能である。
すなわち、対象となる三次元皮膚モデルに、単数又は複数の表皮バリア機能調整剤を同時又は別々に添加後、ABCA12遺伝子発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することを特徴とする三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法を提供することが可能である。なお、複数の表皮バリア機能調整剤を添加する場合には、所望に応じてそれぞれを同時に又は別々に添加してもよい。
また、表皮バリア機能調整剤が表皮バリア機能に悪影響を与える物質の場合には、三次元皮膚モデルの回復期間を評価することも可能である。このとき、三次元皮膚モデルの回復期間が短いほど回復力が高いと評価することができ、一方、三次元皮膚モデルの回復期間が長いほど回復力が低いと評価できる。
前記対象となる三次元皮膚モデルとしては、新たな手法で作製された新規なもの;市販品や公知の手法によって得られる既知のものやこれを化学処理や紫外線処理等したもの等が挙げられる。
このとき、対照皮膚との対比にて、三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価を行うのが望ましい。この対照皮膚としては、市販の三次元培養皮膚や公知の手法によって得られる既知の三次元培養皮膚を使用すればよい。
なお、評価ツールや三次元皮膚モデルの培養方法等に関しては、例えば、上述の〔表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法〕に準じて行えばよい。
【0047】
一例として、対象となる三次元皮膚モデルに、表皮バリア機能調整剤を添加後、上述の培養条件にて培養を行う。このときに対照皮膚も同様に、表皮バリア機能調整剤を添加後、培養を行う。そして、上述の評価ツールを使用して、対照皮膚と対比し、対象の三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価を行う。
【0048】
例えば、ABCA12発現レベルを指標とする場合には、対象の三次元皮膚モデルでの発現量と、対照皮膚での発現量とを対比して、対照皮膚の発現量より多い場合には表皮バリア機能の良い三次元皮膚モデル;少ない場合には表皮バリア機能の悪い三次元皮膚モデルと評価することができる。
なお、ABCA12の発現量が多い場合には、表皮バリア機能評価に適した三次元皮膚モデルと評価でき、そうでない場合はバリア機能評価に適していないものと評価することもできる。
【0049】
また、例えば、グルコシルセラミドの分布状態を指標する場合には、対照皮膚と比し、グルコシルセラミドが、より連続的に顆粒層上層部で観察される際には、対象物を表皮バリア機能が向上している三次元皮膚モデルであると判定(評価)することができる。また、グルコシルセラミドがより局在化して観察される際には、或いは顆粒細胞の細胞核周辺に凝集している状態が多く観察される際には、対象物を表皮バリア機能が低下している三次元皮膚モデルであると判定(評価)することができる。
なお、グルコシルセラミドが連続分布であるものは、表皮バリア機能評価に適した三次元皮膚モデルと評価でき、そうでない場合はバリア機能評価に適していないものと評価することもできる。
【0050】
また、表皮バリア機能調整剤を添加後、添加直後〜2ヶ月以内に観察するのが好適である。これにより、対照品の状態と対比して、対象の三次元皮膚モデルの状態を経時的に観察できる。これによって、対象物の長期間の表皮バリア機能の反応や対象物の表皮バリア機能等のより多くの三次元皮膚モデルの知見を得ることが可能である。
さらに、同一の又は異なる表皮バリア機能調整剤及び/又は被験物質を、同時に又は別々に添加してもよい。これによって、三次元皮膚モデルの回復力等を評価することができる。
【0051】
なお、本発明の方法は、この処理を行うプログラム、これを格納する情報記録媒体、このプログラムに従って動作するCPU等を備える装置にて実現されてもよい。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を具体的に説明するために実施例等を挙げるが本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
<三次元皮膚モデルの構築>
表皮角化細胞(ヒト新生児包皮由来)を細胞増殖用培地(カルシウム濃度0.07mM)にて1x10cells/mLの細胞懸濁液を調製し、100mmシャーレに10mL添加する。その後、5%二酸化炭素濃度のガス雰囲気下、37℃、湿潤下にて、細胞が培養シャーレに対してサブコンフルエントもしくはコンフルエントになるまで増殖させた。増殖培地は2〜3日毎に交換した。
増殖した細胞をトリプシンを用いてシャーレから剥がし、回収した。回収した細胞は増殖培地にて5x10cells/mLに調製し、セルカルチャーインサート(材質:ポリカーボネート、孔径:0.4μm)にインサートの大きさに合わせ適量添加した。インサートは60mmシャーレに必要個数設置した後、インサートの外側にも増殖培地をインサート内の液面と同じ高さになるまで添加した。細胞を播種した後、インサート底面に対してコンフルエントになるまで増殖培地を用い、細胞がコンフルエントになるまで培養した。
細胞がコンフルエントになった後、培地を分化培地(カルシウム濃度1.2mM)に変え、16時間培養し分化誘導を行った。その後インサート内の培地を吸出し、空気曝露を行い、三次元培養皮膚を得た。
<SLSの曝露>
得られた三次元皮膚モデルをPBSにて二度洗浄し、その後20μLの各濃度のSLS溶液を三次元皮膚モデル上部に添加した。30分後、溶液を除去し三次元皮膚モデル上部をPBSにて2度洗浄し、培養を継続した。
SLS曝露後の三次元皮膚モデルを1日後、1週間後及び3週間後に回収し、下記の検討を実施した。
【0054】
<三次元皮膚モデルの断面像観察>
三次元皮膚モデルを回収し、4%パラホルムアルデヒド溶液にて固定後、OCTコンパウンドにて凍結標本を作製した。凍結標本をミクロトームを用い約6μm厚の切片を作成し、ヘマトキシリン・エオシン染色にて染色し、顕微鏡観察により組織切片像を得た。(図1)
【0055】
<三次元皮膚モデルにおけるABCA12の発現状態>
三次元皮膚モデルより、SV Total RNA Isolation System kit(PROMEGA社製)を用いRNAを抽出した。得られたRNA濃度を一定に調整後、PrimeScript 1st strand cDNA Synthesis kit(TaKaRa社製)を用いcDNAを調製した。得られたcDNAはABCA12 primer〔配列番号1及び配列番号2〕、ハウスキーピング遺伝子としてGAPDH primer(forward:〔配列番号3〕、reverse:〔配列番号4〕)を用い、定量的PCRを行い、それぞれのPCR生成量を測定した。(図2)
このABCA12遺伝子の指標にて測定を行ったところ、表皮バリア機能(皮膚バリア機能)が低下した状態の場合に、正常な状態のものの場合と比較して、減少していることが認められた。
【0056】
<三次元皮膚モデルのグルコシルセラミドの発現状態染色像>
凍結標本を、ミクロトームを用いて約6μm厚の切片を作成し、スライドグラス上に付着させる。切片上に抗グルコシルセラミド抗体(rabbit)を添加し、室温下で1時間、湿潤箱中にて一次抗体反応を行った。洗浄後、二次抗体(Alexa Fluor 488 anti-rabbit IgG (invitrogen社製))、およびDAPI Nucleic Acid Stain(invitrogen社製)を200倍に希釈したものを試料上に添加し、室温下で1時間、湿潤箱中にて二次抗体反応を行った。反応終了後PBSにて洗浄、封入し観察した(図3)。
このグルコシルセラミドの指標にて観察を行ったところ、表皮バリア機能(皮膚バリア機能)が低下した状態の場合に、局在化が認められ、正常な状態のものの場合には、グルコシルセラミドが顆粒層上部で帯状に連続的になっていることが認められた。
【0057】
<三次元皮膚モデルのABCA12及びグルコシルセラミドの発現状態>
上述のように、三次元皮膚モデルを作成し、0.01%SLS添加と、無添加(PBS:対照)とを比較して、3週間経過確認を行った。
SLS暴露により三次元皮膚モデルのABCA12mRNA発現量の一時的な低下、さらに増大が確認され、その後ほぼ同等となることを確認した。これにより、表皮バリア機能阻害剤を添加した後に、三次元皮膚モデルのABCA12発現量の一時的な低下、さらに定常状態への回復が確認された。
また、SLS暴露により三次元皮膚モデルのグルコシルセラミド分布に変化がみられ、帯状の均一的な分布ではなく、核(DAPI染色部分)が含まれるようなグルコシルセラミド分布がみられた。その後、21日目に顆粒層上部への均一な分布状態となることがみられた。これにより、表皮バリア機能阻害剤を添加した後、三次元皮膚モデルのグルコシルセラミドの分布が連続的につながったような帯状ではなくなり、その後核(DAPI)を取り込むような状態となり、さらに核(DAPI)が下層になってグルコシルセラミドの分布が連続的につながったような状態となったこと、すなわち、定常状態への回復が確認された。
【0058】
<カルセイン色素透過試験>
カルセイン色素を用いる方法は、ABCA12やグルコシルセラミド、脂質輸送などの詳細な状態が不明であるが、バリア機能が発揮されているか全体的な様子を推測することができる。このため、この方法と、上述の結果の評価と傾向とが一致するかを確認した。
上述のように三次元皮膚モデルを構築し、3週間後に皮膚モデル表面部に0.01%SLSを30分間曝露した。曝露後1日、7日、21日(任意)において色素透過を観察した。
実験に用いる皮膚モデル上部をPBSにて2度洗浄した。10mMCalcein溶液を皮膚モデル上部より100μL添加し、静置した。Calcein溶液を吸引し、PBSにて3度洗浄した。4%パラホルムアルデヒド溶液を用いて、組織を固定した。固定後2度PBSにて洗浄し、包埋剤により組織を凍結包埋した。超薄切片を作成し、蛍光顕微鏡下において組織断片を観察した(図7参照)。
カルセイン色素にて、SLS暴露7日目にはバリア機能が低下していること及び21日目にはバリア機能が回復していることが理解できた。また、これは、ABCA12mRNA発現量及びグルコシルセラミド分布の変化によるバリア機能の評価と傾向が一致していた。カルセイン色素透過試験を用いる場合には、本発明の評価ツールを併用することが、望ましい。
【0059】
以上のことから、ABCA12発現量及びグルコシルセラミド分布も変化を測定・観察することで、SLS暴露によりバリア機能の低下及び回復が確認できた。また、SLS暴露によりABCA12発現量の一時的な低下、さらに定常状態への回復が確認できた。ABCA12発現量の変化に伴い、グルコシルセラミド分布も変化し、その後回復することが確認された。
そして、従来香粧品領域(三次元皮膚モデル)における表皮バリア機能と脂質輸送の関連性は不明であったが、上述の結果から、三次元皮膚モデルの表皮バリア機能に脂質輸送が関与している可能性を示唆するものと考えている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
三次元皮膚モデルに、被験物質を添加後、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することを特徴とする表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
【請求項2】
さらに同一又は別の被験物質を同時又は別々に添加することを特徴とする請求項1記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
【請求項3】
三次元皮膚モデルに、既知の表皮バリア機能調整剤及び被験物質を同時又は別々に添加し、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標とする請求項1又は2記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
【請求項4】
被験物質又は既知の表皮バリア機能調整剤の添加直後〜2ヶ月以内に測定することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
【請求項5】
既知の表皮バリア機能調整剤を基準として、被験物質の表皮バリア機能調整の判定を行うことを特徴とする請求項1〜4の何れか1項記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
【請求項6】
前記表皮バリア機能調整剤が、表皮バリア機能障害剤及び/又は表皮バリア機能改善剤であることを特徴とする請求項1〜5の何れか1項記載の表皮バリア機能調整剤のスクリーニング又は評価方法。
【請求項7】
対象となる三次元皮膚モデルに、単数又は複数の表皮バリア機能調整剤を添加後、ABCA12発現レベルを指標とする及び/又はグルコシルセラミドの分布状態を指標することを特徴とする三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法。
【請求項8】
表皮バリア機能調整剤を添加後、添加直後〜2ヶ月以内に測定することを特徴とする請求項7記載の三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法。
【請求項9】
さらに同一又は別の表皮バリア機能調整剤を同時又は別々に添加することを特徴とする請求項7又は8記載の三次元皮膚モデルのスクリーニング又は評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−183061(P2012−183061A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−253112(P2011−253112)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第36回日本香粧品学会 講演要旨(発刊日 平成23年5月20日)及び当該学会において文書をもって発表
【出願人】(000145862)株式会社コーセー (734)
【Fターム(参考)】