説明

表面にウイルスレセプターを安定的に保持した固定化赤血球、その製造法およびその用途

【課題】ニワトリ赤血球浮遊液を10%ホルマリン液で固化したものは、なおウイルスの赤血球凝集素との結合能を保持していることが知られている。
しかし、この方法では赤血球凝集素と結合するレセプターの一部がその機能を失ってウイルスの結合能が低下する。またレセプターの機能を保持したまま赤血球を長期保存することができず、用時調製する必要があった。
【解決手段】
ニワトリ、モルモット又はヒトO型赤血球の懸濁液を必要により一酸化炭素でバブリング処理する工程(a)および得られた深紅赤血球の懸濁液をホルマリン溶液で処理する工程(b)工程を単糖類または二糖類の存在下に行うことにより、安定な固定化トリ赤血球が得られ、さらに単糖類または二糖類を含む凍結乾燥品は5年以上の長期の亘り安定且つ、高度なウイルス結合性を保持した固定化赤血球が得られる。この安定化赤血球をマスクなどのフィルターに担持させると、インフルエンザウイルス予防マスクとして極めて有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インフルエンザウイルスに対して長期に亘り高度且つ特異的結合能を有するレセプターを安定的に保持した固定化ニワトリ、モルモットまたはヒトO型赤血球、その製造法およびその固定化赤血球のフィルターへの応用に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスは、オルソミクソウイルス科に属し、自然宿主はヒト、ブタ、ウマ、トリなどで、時にヒト以外の霊長類、イヌ、ウシも宿主となる。
このインフルエンザウイルスには、RNP(リポ核蛋白)の抗原性によってA、B、Cのいずれかの型、そしてA型の場合HA、NAの抗原性によってさらにいくつかの亜型に分類されるが、ヒトにインフルエンザをおこすという点ではA型とB型が重要である。A型やB型ウイルスのエンベロープ上には赤血球凝集素(Hemagglutinin; HAin)とノイラミニダーゼ(Neuraminidase; NA)という二種類の糖タンパクが各々3量体、4量体でスパイクを形成している。C型ウイルスでは、ヘマグルチニン-エステラーゼ(Hemagglutinin-esterase(HE)というタンパクの3量体からなるスパイクを持つ。
【0003】
自然界のA型インフルエンザには15のHA(赤血球凝集)抗原型(H1〜H15)と9つのNA抗原型(N1〜N9)のあることが知られているが、実際にヒトに感染するのは、Hの1、2、3および5(1997年に香港でライ症候群と診断され、死亡した3歳の男の子の気管洗浄液から分離された新型ウイルスのH5N1)とNの1か2を持つウイルスだけである。
【0004】
このところ、トリインフルエンザが各地で大規模に発生し、ヒトにも感染して死者が出ている。これまでのところトリからヒトへの感染にとどまり、ヒトからヒトへの爆発的大流行、いわゆるパンデミックを起こす感染例はまだ報告されていないが、トリからヒトへの感染が繰り返えされるうちに、ヒトの体内でヒトインフルエンザウイルスとトリインフルエンザウイルスの遺伝子が交じり合ってヒトからヒトへ感染しうる遺伝子を獲得した「新型インフルエンザウイルス」が出現する可能性が高いと言われている。
【0005】
ヒトに爆発的に流行する「新型インフルエンザウイルス」は、10〜40年おきに大発生を繰り返しており、20世紀には3種が確認された。すなわち、1918年のスペイン風邪(H1N1)、1957年のアジア風邪(H2N2)、1968年の香港風邪(H3N2)、およびスペイン風邪の再来といわれる1977年のソ連風邪(H1N1)におけるウイルスである。
【0006】
近年問題になっているH5N1型トリウイルスが最初に見つかったのはアジアであるが、渡り鳥の飛来ルートに沿って感染が拡大している。このトリ感染は2005年にはロシアに飛び火し、以来欧州、中東へ拡大し、さらにアフリカにも達した。トリウイルスの感染地域ではヒトにも感染し、死者はすでに100人を超えた。
【0007】
わが国の厚生労働省の検討会資料によれば、新型インフルエンザが流行すれば、その抗体を持たないヒトにあっては、世界で30億人が感染し、6000万人が死亡するという予測がある。最悪の場合は、死者は5億人に達するという憶測もなされている。
【0008】
インフルエンザウイルスの形態は、外径80〜100nm、概して球形であるが多形性に富む。通常患者から分離した当初はフィラメント状を呈し、継代を続けると球状となる。エンベロープにはヘムグルチニンとノイラミニダーゼの2種類の突起がスパイク状に独立して突き出ている。
【0009】
インフルエンザウイルスA型は8本の分節RNAよりなる。すなわち、1、2、3は合成酵素、4はHAin(ヘムグルチニン)、5は核蛋白、6はNA(レセプター破壊酵素;ノイラミニダーゼ)、7はM蛋白、8はNS蛋白をコードするRNAである。
【0010】
インフルエンザウイルスの主な感染経路は、飛沫感染、空気感染(飛沫核感染)であり、その強力な伝播が本ウイルスの特徴の1つになっている。詰まり、感染源はインフルエンザウイルスの感染者、特に急性期患者の咳、くしゃみにより飛散する気道分泌中のウイルスである。
【0011】
インフルエンザウイルスの感受性細胞への感染は、ウイルス粒子表面にスパイク状に突き出ているヘムアグルチニンが細胞表面に存在するN−アセチルノイラミン酸を糖鎖の先端にもつ受容体(レセプター)に結合するところから始まる。この結合に続く細胞内への侵入には、空胞による取り込みと形質膜の融合による2つのメカニズムがあると考えられている。
ちなみに、インフルエンザウイルスによる赤血球凝集(HA)反応におけるウイルス粒子の赤血球表面への吸着と感受性細胞に感染する際の上記吸着現象のメカニズムは同一である。
【0012】
インフルエンザウイルスは、ニワトリ、モルモット、ヒトO型、その他広範におよぶ各種トリ類、哺乳類の赤血球を凝集する。この赤血球凝集(HA)反応も上記インフルエンザウイルス感染における感受性細胞への吸着機構と同じ原理に基づいている。
インフルエンザウイルスを含め、各種ウイルスによる赤血球凝集(HA)反応は、各種ウイルス病の血清学的診断(赤血球凝集阻止試験:HI−テスト)に利用されるばかりでなく、ワクチンの開発や基礎的な研究分野においても極めて有力な手技となっている。
【0013】
インフルエンザウイルスによる赤血球凝集に最も適当なpHは7.0〜7.8でpH3.5〜5.0以下では、凝集能を失う。したがって、インフルエンザの実験に用いる緩衝液は、特別な場合を除きpH7.0〜7.8の範囲が望ましい。
従って本願発明の実験では、通常pH7.2のダルベッコの燐酸緩衝食塩水(-)を使用した。また一般には、この-からMg、Caをフリー(不含)にした、いわゆる(−)を使用した。
【0014】
赤血球に吸着したインフルエンザウイルスは37℃におくとウイルス表面に存在する酵素(ノイラミニダーゼ;NA)作用により、赤血球のレセプターを破壊して赤血球から遊出する。このNAは、ヘムアグルチニンと同様の糖蛋白で、Ca2+の存在下で、ムコ蛋白レセプターの端にあるノイラミン−ラクトース(neuramin-lactose)のa-ketoside結合を特異的に切断すると考えられている。
【0015】
インフルエンザウイルスがいまだに制御できないウイルス性疾患である理由の一つは、これらウイルス表面にスパイク状に存在するヘムグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)が容易に抗原変異を起こすためである。
【0016】
そのインフルエンザウイルスの抗原変異には二つのタイプが認められている。すなわち、連続変異と不連続変異である。
不連続変異はこれまでのものと全く抗原性を異にする、新しい抗原亜型をもったウイルスが、突然出現することを意味する。不連続変異はほぼ10年に一度の割合で起こり、いずれもインフルエンザの大流行を伴っていた。
連続変異は、同一亜型内で毎年繰り返しておこる、HA、NAのわずかな抗原性の変化をいう。
不連続変異の本態が、自然界における遺伝子の組み換え(再集合)であるのに対し、連続変異の本態は、突然変異と選択であると考えることができる。
【0017】
このようにインフルエンザウイルスの遺伝子は容易に変異するので、新型インフルエンザウイルスを防御する予防ワクチンの作成は事実上不可能である。またインフルエンザが流行し始めてからワクチンを製造し始めても少なくとも6ヶ月の期間を要し、その間にも感染は拡大する。インフルエンザの治療薬タミフルも、備蓄には限度があり、またタミフルに抵抗性を有するウイルスも出現している。
【0018】
そこで型および亜型を選ばず、インフルエンザウイルスを吸着、捕捉する物質をマスクなどの気体フィルターに担持させヒトへの感染を防止する方法がクローズアップされている。その中にはインフルエンザウイルスのヘマグルチニン部位に吸着する吸着剤、たとえばスルファチド粉末をマスクに担持させる方法(特許文献1)が知られている。しかしそのウイルス吸着能はそれ程高くはなくまた不安定であるので、強力且つ安定なウイルス吸着剤の開発が待たれている。
【0019】
【特許文献1】特開2002−48730号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
ニワトリ赤血球が各種ウイルスのヘムグルチニンと特異的に結合して凝集反応を起こすことは古くから知られ、たとえば風疹、日本脳炎、インフルエンザ、ムンプス、ニューカッスル病、センダイなどのウイルス感染症の血清診断に用いられてきた。しかしニワトリの赤血球は保存性が悪いので、試験の都度新鮮血を採血して調製する必要があった。
【0021】
本発明者はインフルエンザウイルス等を対象とするウイルス診断用赤血球の安定化の研究に長年取り組んできた者であるが、その研究の成果として、ニワトリ赤血球浮遊液にホルマリン10%加−PBSを加えて、低温で数日間放置して固定化したものは、凍結乾燥後もウイルスの赤血球凝集素(ヘムグルチニン)との結合能もかなり高く保持していることを見出した。
【0022】
しかしその後この方法にも更に改良すべき点が見つかった。すなわち新鮮血から分離したニワトリ赤血球をホルマリン液と接触させるホルマリン固定操作工程において、ヘムグルチニンと結合するレセプターの一部がその機能を失ってウイルスの結合能が低下することが判明した。またこの現象はロット毎に結合能の差を生じさせ、得られる固定化赤血球のウイルスによる凝集力価に変動をもたらす結果となる。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者はインフルエンザウイルスに対して長期に亘り高度且つ特異的結合能を安定的に保持した固定化赤血球の調製を模索して鋭意研究を重ねた結果、偶然にも血液凝固剤として使用したアルスバー(ALSVER)液を存在させたままホルマリンによる赤血球の固定化を行ったところウイルスレセプターの機能低下現象は全く生じなかった。そこで、このアルスバー液中のどの成分がこの効果をもたらしたのか順次調べてゆくうち、アルスバー液中に約2重量%含まれているブドウ糖がこの赤血球の溶血を防いでいることを突き止めた。
【0024】
さらに、この様にして得られた固定化赤血球の凍結乾燥品にブドウ糖を添加しておくと室温で数年又はそれ以上長年月保存下後も赤血球はそのインフルエンザウイルス結合能を高く保持していることが判明した。次に、ブドウ糖に代えて他の糖類に同様の効果がないか調べたところ、他の単糖類やスクロースなどの二糖類にもほぼ同様の効果があることが確認された。
【0025】
この高度に安定化された高いウイルス捕捉能を有する固定化赤血球は、ニワトリ以外の赤血球、たとえばモルモットやヒトO型赤血球でもニワトリ赤血球と同様の処理により表面にウイルスレセプターを安定的に保持した固定化赤血球が得られることが判明した。
さらに、この固定化赤血球をインフルエンザウイルスの感染予防のために利用することができないかと種々検討を重ねた結果この固定化赤血球をマスクや空気清浄機用フィルターに担持させることにより飛沫感染や飛沫核感染するウイルス性疾患の予防に大いに役立つことが判明した。勿論この固定化赤血球は風疹、日本脳炎、デング熱、インフルエンザ、ムンプス、ニューカッスル、センダイなどの各種ウイルス性感染症の血清診断にも有利に使用することができる。本発明はこれらの知見を基に完成されたものである。
【0026】
すなわち本発明は、
(1)
ニワトリ赤血球、モルモット赤血球またはヒトO型赤血球の水性懸濁液を単糖類または二糖類の存在下にホルマリン溶液で処理する工程(b)を行って得られる表面にウイルスレセプターを安定的に保持した固定化赤血球、
(2)
水性懸濁液をホルマリン溶液で処理する工程の前に、単糖類または二糖類の存在下に一酸化炭素ガスでバブリングする工程(a)を行う(1)記載の固定化赤血球、
(3)
工程(b)における単糖類又は二糖類の濃度が0.1〜15重量%である(1)または(2)記載の固定化赤血球、
(4)
単糖類がグルコースで、二糖類がスクロースである(1)〜(3)のいずれかに記載の固定化赤血球、
(5)
工程(b)におけるホルマリン溶液の濃度が3〜20v/v%である(1)〜(4)のいずれかに記載の固定化赤血球、
(6)
固定化赤血球が凍結乾燥品である(1)〜(5)のいずれかに記載の固定化赤血球、
(7)
凍結乾燥品中に単糖類または二糖類を0.1〜10重量%含有する(6)記載の固定化赤血球、
(8)
ニワトリ赤血球、モルモット赤血球またはヒトO型赤血球の水性懸濁液を単糖類または二糖類の存在下にホルマリン溶液で処理する工程(b)を行う表面にウイルスレセプターを安定的に保持した固定化赤血球の製造法、
(9)
水性懸濁液をホルマリン溶液で処理する工程の前に、単糖類または二糖類の存在下に一酸化炭素ガスでバブリングする工程(a)を行う(8)記載の固定化赤血球の製造法、
(10)
工程(b)における単糖類又は二糖類の濃度が0.1〜15重量%である(8)又は(9)記載の固定化赤血球の製造法、
(11)
単糖類がグルコースで、二糖類がスクロースである(8)〜(10)のいずれかに記載の固定化赤血球の製造法、
(12)
工程(b)におけるホルマリン溶液の濃度が3〜20v/v%である(8)〜(11)のいずれかに記載の固定化赤血球の製造法、
(13)
(1)〜(7)のいずれかに記載の固定化赤血球を通気性フィルターに担持させたインフルエンザウイルス捕捉フィルター、
(14)
通気性フィルターがマスクフィルターである(13)記載のインフルエンザウイルス捕捉フィルター、
である。
【0027】
本発明の原材料となるニワトリ、モルモット又はヒトO型赤血球はそれぞれの新鮮血液から得ることができる。
ニワトリは、キジ科の鳥類で、たとえばレグホン、ミノルカなどの卵用、シャモ、ブラマなどの肉用、プリマスロックなどの卵肉用、尾長鶏、東天江などの鑑賞用、その他チャボ等が挙げられ、それらの品種を問わない。モルモットはテンジクネズミ下目(Caviomorpha)のモルモット(Cavia)で動物実験用に飼育、販売されているものが便宜に用いることができる。ヒトO型赤血球は、人種を問わない。これらの血液はホルマリンによる固定を行うので、ホルマリン処理を行うまでの工程においては特に無菌的に操作する必要はない。
【0028】
単糖類としては、グルコース、マンノース、フルクトース、ソルボースなどのヘキソースやリボース、キシロースなどのペントースが挙げられるが、グルコースが特に効果的である。二糖類としては、スクロース、トレハロース、マルトース、ラクトースなどが挙げられるが、スクロースが効果的である。
【0029】
ニワトリ、モルモットまたはヒトO型の新鮮血液をそのまま、または単糖類または二糖類(以下糖類ということがある。)含有水溶液と混合して遠心し、赤血球を沈降させる。沈降した赤血球(Packed cells)は、-または生理食塩水、好ましくは単糖類または二糖類を含有する水溶液に浮遊させる。
水性懸濁液中の単糖類または二糖類の濃度は通常0.1〜15重量%、好ましくは0.5〜10重量%であり、より好ましくは1〜7重量%である。単糖類含有液としては、グルコースを2.05w%含む市販のアルスバー(ALSVER)液が便宜に用いられる。
【0030】
単糖類または二糖類含有水溶液に浮遊させたトリ赤血球は、ホルマリンによる固定化に先立ち、単糖類または二糖類の存在下、一酸化炭素ガスを吹き込んでバブリング(工程a)を行うことにより赤褐色から鮮紅色へと変化させてもよい。このバブリングの際の液のpHは6.0〜7.5、好ましくは7.1〜7.4付近であり、好適な液の一つは、アルスバー液(pH6.1)である。
バブリングは、例えば1L容のガラス瓶に赤血球懸濁液20〜200mLを入れ、一酸化炭素ガスをボンベから1分間40〜100気泡の割合で約3〜10分程度吹き込んで、赤褐色のヘモグロビンが深紅ないし鮮紅色のメトヘモグロビンに変化するまで行うのがよい。バブリング中の液温は10〜25℃が適当である。赤血球懸濁液の一酸化炭素ガスによるバブリングをグルコースなどの単糖類、スクロース等の二糖類の存在下に行うことにより、操作中の溶血現象や、赤血球のウイルスレセプターの変性、破壊、結合力の低下を防止できる。単糖類または二糖類の濃度は通常0.1〜15w/v%、好ましくは0.5〜10w/v%、特に好ましくは、1〜7w/v%である。この鮮紅色の赤血球はホルマリン固定化後、ウイルス感染に対する抗体価測定試験に有利に用いることができる。
一酸化炭素ガスにより処理した赤血球は、アルスバー液、−PBS,生理的食塩水などで遠心、洗浄して不純物を除去した後、ホルマリンによる固定化処理に付す。
【0031】
ホルマリン固定化処理は、赤血球を単糖類または二糖類の存在下、ホルマリン溶液と接触させて固定化(工程b)する。ホルマリンは、37w/v%ホルムアルデド水溶液であり、固定化処理におけるホルマリンの濃度は、通常3〜20v/v%(すなわち1.11w/v%〜7.4w/v%ホルムアルデヒド水溶液)、好ましくは5〜15v/v%である。この工程(b)における単糖類または二糖類の濃度は通常0.1〜15w/v%、好ましくは0.5〜10w/v%、特に好ましくは、1〜7w/v%である。この固定化処理は、10〜25℃の室温で1〜15日間、好ましくは3〜10日間、時々液を撹拌しながら放置することにより行われる。ホルマリン溶液により固定化処理した赤血球は、たとえば蒸留水、生理的食塩水、−PBS等を用いて遠心、洗浄する。
【0032】
ホルマリン固定化ニワトリ赤血球は洗浄してホルマリンを除去した後、好ましくは単糖類または二糖類を含む水性懸濁液から凍結乾燥すると安定な凍結乾燥品が得られる。すなわち、0.1〜10w/v%、好ましくは0.5〜5w/v%、より好ましくは1〜3w/v%の単糖類または二糖類を含む水に、沈降固定化赤血球を約10v%となるよう懸濁させ、例えばドライアイスとアセトン中で急速凍結した後、凍結乾燥する。凍結乾燥品に単糖類または二糖類を共存させておくと、凍結乾燥赤血球がより安定化され、5年以上の長期に亘りウイルス捕捉能が高いレベルに維持される。
【0033】
赤血球凍結乾燥品中の単糖類または二糖類の割合は、凍結乾燥工程に入る直前と乾燥後に蒸留水その他の水溶液でもとの液量に再懸濁した状態において、通常0.1〜15重量%、好ましくは0.2〜10重量%、より好ましくは0.5〜5重量%となるような割合で配合する。
【0034】
本発明において、ウイルス捕捉用に用いられるフィルターは、合成繊維または天然繊維を素材とする織布または不織布であり、それらの材質としてはポリエステル、ポリアミド、ポリアクリル、ポリプロピレン、レーヨン、木綿、木材パルプ等が挙げられる。また、不織布の製法としては、レジンボンド、サーマルボンド、ニードルパンチ、スパンボンド、メルトブローン、スパンレース及び湿式不織布等があり、用途に適した不織布を用いることが好ましい。特にメルトブローン不織布は繊維径を細くでき、ポアサイズを小さくすることができるので、マスクや空気清浄機用並びにエアコン用フィルターとして好ましい。
【0035】
本発明のウイルス捕捉フィルターは、固定化トリ赤血球をフィルターに担持させたものである。固定化トリ赤血球のフィルターへの担持量は、フィルター1cm当たり10×10〜10×1010個、好ましくは10×10〜10×10個である。10×10個より少ないとインフルエンザウイルスの捕捉が十分ではなく、一方、10×1010個より多すぎても捕捉効果に大きな変化はなく、高価になる可能性がある。
より具体的に言うなら、例えば、0.2%の固定化トリ赤血球の2mL浮遊液中には約26億個の赤血球が存在し、これを5×5cmのガーゼに保持させた場合、1cm当たり約10×10個の赤血球が担持されていることになり、実に約5000億個のインフルエンザウイルス感染粒子を吸着する能力を有している。
【0036】
固定化赤血球をフィルターに担持させる方法は任意であるが、適当な結合剤を用いて担持させることができる。用いられる結合剤としては、例えば水溶性及びエマルジョンタイプの結合剤があり、水溶性タイプとしてはPVA、CMC、ポリアクリル酸及びそのナトリウム塩等、エマルジョンタイプとしてはアクリル系、SBR、NBR、EVA等が挙げられる。結合剤を用いて担持させる具体的方法としては、例えば、固定化赤血球を−PBSまたは生理的食塩水に少量の界面活性剤を添加し水分散させた後、水系の結合剤の適当量を加え、該分散液をシートに滴下、塗布、吹き付け、または含浸させる方法等を例示することができる。結合剤の量は、固定化赤血球に対して、2〜20重量%程度が好ましい。界面活性剤としては、例えばPEGやソルビタンモノオレエートなどを、0.1〜10w%程度使用することができる。
【0037】
固定化赤血球を担持させたフィルターは、そのまま衛生マスクとして裁断、縫製したり、固定化赤血球担持ガーゼを中に挟み込んでサンドウィチ構造のマスクとしても良い。更に完璧を期する場合には、固定化赤血球担持ガーゼを鼻枕にして、吸気の殆ど全てを鼻枕を通過させるようにすることもできる。
更にまた、鶏舎、畜舎やペットショップなどの空気浄化フィルターにこの固定化赤血球担持フィルターを用いることにより、飼育鳥獣へのインフルエンザの感染、伝播を防止することも可能である。
【0038】
使用後のマスク、フィルターの類は、陽性洗浄剤(逆性石鹸)、たとえば市販のオスバン液(商品名、日本製薬(株)製)の100〜500倍希釈液と接触させることにより、容易にウイルスの感染力を失わせることができる。
【発明の効果】
【0039】
本発明の方法によれば、赤血球をホルマリンにより固定化する際もウイルスレセプターの破壊や変質が起こらないので、極めて安定な固定化赤血球が高収率且つロット差無く、簡便に調製することができる。このようにして得られた固定化赤血球を単糖類または二糖類と共に凍結乾燥したものは、室温下で5年以上保存後も新鮮赤血球とほとんど同程度のウイルス結合能を有している。たとえば1個の新鮮なニワトリ赤血球は5000以上のインフルエンザウイルス感染粒子と結合する能力を有しているが、本発明で得られた固定化トリ赤血球凍結乾燥品は、5年以上保存後も殆どその能力に変化がみられない。
本発明の方法により得られた固定化赤血球は、随時懸濁液として、たとえばインフルエンザA、BおよびC、ニューカッスル病、ムンプス、日本脳炎、デング熱といったウイルス感染症における抗体価測定試験(HI・テスト)に用いることができる。またこの固定化赤血球を、マスクや空気浄化フィルターに担持させておくと、ウイルスを強力に吸着除去し、インフルエンザウイルスの感染防止に極めて高い効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
次に実施例、比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【実施例1】
【0041】
固定化トリ赤血球の調製
(1)採血
予め採血量と等量のアルスバー液(注1)を入れた注射器で孵化後12ヶ月の白色レグホン種と名古屋コーチン種の各3羽ずつの翼下静脈からそれぞれ5mL、計30mL血液を採取し、プール血液とした。
(注1)アルスバー(ALSVER)液の組成
ブドウ糖 2.05重量%
食塩 0.42重量%
クエン酸ナトリウム 0.80重量%
クエン酸 0.55重量%
蒸留水 96.18重量%
【0042】
(2)一酸化炭素ガスの吹き込みによる着色
上記(1)で得られた血液とアルスバー液の等量混液60mLを、−PBSで3回遠心(1500rpm、5分)洗浄を繰り返し、3本の遠心管のそれぞれに3mLの沈降赤血球を収容した。次いで、次の3種類の組成の溶液を、それぞれが沈降赤血球10v%となるように注いだ。
(a)−PBS
(b)−PBS+5w%グルコース
(c)−PBS+5w%スクロース
得られた3種類の新鮮赤血球懸濁液(各30mL)を、それぞれ1L容の透明な共栓付きガラス瓶に入れ、一酸化炭素ガスをボンベから1分間60気泡の割合で約5分間吹き込んで、赤色のヘモグロビンが深紅のメトヘモグロビンに変化したのを確認した。ついでそれぞれの懸濁液を1500rpmで5分間遠心し、沈降赤血球と上清液に分け、上清液を透明な試験管に移した。得られた各上清液について、溶血の度合いを見るために、肉眼的に色調を次の基準で判定した。この試験を3回繰り返し、その結果を表1に纏めた。
判定基準:
−:無色透明(溶血なし)
±:微弱な赤色
+:薄い赤色
++:中程度の赤色
+++:真紅色
【0043】
【表1】

表1から明らかなように、−PBSのみに懸濁した赤血球懸濁液の上清は微弱の赤色を呈し、僅かではあるが溶血が起こったことを示した。これに対し、グルコース又はスクロースを含有する−PBSに懸濁させた赤血球懸濁液の上清は共に無色透明で、溶血が起こらなかったことを示した。
【0044】
(3)ホルマリンによる赤血球の固定
上記(2)で得られた赤血球を合し、10v%となるよう次の3種類の溶液に加えて懸濁させ、4℃で7日間置いた。その間、一日に1回容器を振って沈下赤血球を浮遊させた。
(a)ホルマリン10v%を含む−PBS(糖不含)
(b)グルコ−ス5重量%、ホルマリン10v%を含む−PBS
(c)スクロース5重量%、ホルマリン10v%を含む−PBS
7日間のホルマリン固定の後、蒸留水による遠心洗浄(1500rpm)を6回繰り返し、沈降赤血球を再びもとの(a)、(b)、(c)の溶液にそれぞれ10v%となるよう固定化赤血球を懸濁させ、内容20mLの凍結乾燥用小瓶に2mL宛分注した。この懸濁液をドライアイス・アセトンで急速凍結させた後、そのまま凍結乾燥して固定化赤血球の凍結乾燥品とし、室温で保存した。
【0045】
(4)赤血球凝集価の測定法(小試験管希釈法)
(a)ニワトリ新鮮赤血球血を用いるウイルス赤血球凝集価の測定
3.8%クエン酸ナトリウムを採血予定量の1/5量入れた注射器で採血して得た白色レグホン雄(孵化後12ヶ月)の血液を−PBSで3回遠心(1500rpm)洗浄し、得られた沈降赤血球に−PBSを加えて10v%赤血球浮遊液とし、4℃の氷室内で保存した。
検体の希釈は、−PBS(pH7.2)で連続2倍希釈し、その0.5mLに上記赤血球を等量加え、よく振盪、混和した後、室温で1時間静置してから凝集の有無を判定し、明らかな凝集を示した材料の赤血球添加前の最高希釈倍数の逆数を赤血球凝集価(HA価)とした。
(b)赤血球凍結乾燥品の赤血球凝集価の測定
上記で得られた3種の赤血球凍結乾燥品を用いて赤血球凝集価を測定した。
まず、3種類の凍結乾燥品をそれぞれ−PBSに10v%となるよう懸濁させた。次いで0.25v%となるように−PBSで希釈し、非特異的凝集を防ぐために非働化健康馬血清を0.2%の割合で加えた。
【0046】
(5)インフルエンザウイルスの組織培養と感染価の測定法
(a)使用インフルエンザウイルス株
使用インフルエンザウイルス株として、元国立予防衛生研究所から分与を受けていたA型PR8株を使用した。このPR8株は、インフルエンザウイルスA型の基準種で、1934年にT. Francis Jr.がプエルトリコでの流行時に患者から分離したA/PR8/34(H1N1)型である。
A型PR8株の種ウイルスは、孵化10日目のニワトリ胚漿尿腔液内接種とニワトリ胚漿尿膜の細切片による懸濁培養(メイトランド法、山口医学第9巻、第5号、昭和35年9月、1490〜1510頁)にて累代継代培養して保持するとともに、小試験管に分注して−40℃以下の超低温下に、凍結保存したものを使用した。
(b)インフルエンザウイルスの組織培養
培養液は、ハンクス(Hanks)液に、56℃、30分間加温して非働性にした健康馬血清を3%の割合で加え、これにペニシリンとストレプトマイシンをそれぞれ1mL当たり100単位及び100μgになるように加えたものを使用した。インフルエンザウイルスの培養組織としては、孵化11日のニワトリ胚漿尿膜(CAM)の細切組織を使用した。CAMを取り出し、ハンクス液で3回洗浄した後、鋏で約1mmの大きさに細切した。この組織片にハンクス液を加えて5分間静置し、上清液を捨てた。この操作を3回繰り返して混在する血球及び組織の極微細片を除去した後スピッツグラスに入れ、1000rpmで1分間遠心して沈降物を得た。この沈降物に等量のハンクス液を加えた懸濁液を培養瓶(内容積20mLの丸形ワクチン瓶)に1滴ずつ滴下して培養組織とし、これに培養液を2mLずつ分注して、組織培養系を成立させた。
【0047】
(c)インフルエンザウイルス液の感染価測定法
インフルエンザウイルス感染価の測定は、組織培養液を用いて10進法で希釈したインフルエンザウイルス液の0.2mLを上記組織培養系に接種し、培養瓶にゴム栓をした。これを37℃で3日間培養した後、培養液の赤血球凝集反応(HA)の有無を調べ、感染価を求めた。2本の培養瓶ともHAプラスの終末希釈濃度の逆数を組織培養感染価(TCID100)とした(山口医学第9巻、第5号、昭和35年9月、1490〜1510頁)。
【0048】
(6)センダイウイルス(HVJ)の赤血球凝集反応及びプラック数測定法
(a)センダイウイルス(HVJ)
センダイウイルスはパラミクソウイルスI型に属するMN株を使用した。センダイウイルスの種ウイルスは、孵化鶏卵漿尿腔内接種により累代継代培養していたものを東京大学医科学研究所から分与を受けて使用した。なお、MN株の起源については、1954年に、国立予防衛生研究所の福見秀夫博士等がマウスの肺から初めて分離したものである。(Jap. J. Med. Sci. Virol. Vol.9: 169〜177(1954)
【0049】
(b)プラック形成試験
センダイウイルスのプラック形成法に必要な単層培養用細胞として、株化ブタ腎細胞PS−Y15細胞(Journal of Clinical Microbiology, Vol.3, No.2, P91 (1976))を使用した。細胞増殖用培養液として、Earle氏塩類溶液に溶解したEagle Minimal Essential Medium (MEM)に、ウシ胎児血清5%、Tryptose Phosphate Broth 10%を付加したものを用いた。
【0050】
(c)プラック数測定法
トリプシン消化により、個々に分散させたPS細胞の2×10個を含む5mLの増殖用培養液を、内容60mLのプラック瓶に入れ、37℃で2日間培養して、細胞の単層を形成させた。次いで、培養液を捨て、重曹と血清を含まないMEMで、10進法希釈したウイルス液の0.2mLを培養瓶内細胞単層上に接種した。このウイルス接種瓶を37℃で1時間放置し、ウイルスを吸着させた後、40℃に保温した0.8%アガロースを含む増殖用培養液の5mLで細胞層を覆い固め、37℃で7日間培養した。次いで、ウイルス感染細胞の単層培養層を生体染色して、プラック数を肉眼で数えるため、予め40℃に加温した、0.8%アガロースと0.0007%ニュートラルレッドを含む重曹不含のMEMを、上記プラック瓶内の固形培養層上に重層して固めた。これらのプラック瓶を2日間、暗所の室温下に置いた後、プラック数(PFU)を数えた。PFUは、プラック瓶当たり、10〜50個のプラック形成を示す2本の瓶の算術平均で示した。
【実施例2】
【0051】
ホルマリン固定化ニワトリ赤血球レセプターによるA型PR8株インフルエンザウイルスの吸着能測定
(1)レセプター破壊ホルマリン固定化ニワトリ赤血球の調製
赤血球表面のレセプター破壊には、市販の乾燥レセプター破壊酵素(RDE)を使用した。先ず、使用説明書に従って、RDE粉末を20mLの生理的食塩水に溶解した。次いで、実施例1で得られた5年室温保存のホルマリン固定化ニワトリ赤血球を生理的食塩水中に10v%(6.5×1010個/mLに相当)懸濁した液2mLに対して、上記RDE溶解液の6mLを加えた混合物を37℃に6時間放置し、RDEを作用させた。なお、このRDE処理赤血球を−PBSで3回遠心洗浄することにより、残存RDEを除去した。
【0052】
(2)ニワトリ赤血球凝集価の測定
実施例1で得られた5年室温保存のホルマリン固定化ニワトリ赤血球又は上記(1)のRDE処理赤血球を2×1010/mL個含有するニワトリ赤血球の懸濁液と128HA単位の組織培養由来のA型PR8株インフルエンザウイルス液を5mLずつ混合し、5、10、15分の間隔でサンプリングした。これらサンプリング試料のニワトリ赤血球凝集価は、3000rpm10分間の遠心上清を実施例1に記載した小試験管希釈法で測定した。
【実施例3】
【0053】
ガーゼに付着吸収させたホルマリン固定化ニワトリ赤血球レセプターによるインフルエンザウイルスA型PR8株赤血球凝集素またはインフルエンザウイルス粒子の吸着能
5×5cmのガーゼ3枚をシャーレの中に重ね、その表面全面に行き渡るように2×1010/mL個の固定化ニワトリ赤血球の−PBS懸濁液2mL(約40滴)をピペットで滴下した。次いでインフルエンザウイルスA型PR8株赤血球凝集素(HAin)128単位を含む−PBS懸濁液2mLを同じくピペットで万遍なく滴下した。上記のガーゼを23℃、30分間静置したのち、シャーレ内に−PBSを12mL加え、ピンセットを用いながら、数秒間ガーゼを強く振盪した。シャーレ内の液をガーゼごと内容50mLの遠心管に移し、3000rpmで20分間遠心し、上清について小試験管法によるHAテストで赤血球凝集価を測定した。
同様の試験を、2×10/mL個のニワトリ赤血球の−PBS懸濁液、2×1010/mL個のレセプター破壊ニワトリ赤血球の−PBS懸濁液及び2×10/mL個のレセプター破壊ニワトリ赤血球の懸濁液を用いて赤血球凝集価を測定した。その結果は表2の通りであった。
【0054】
【表2】

【0055】
結果:表2におけるホルマリン固定化ニワトリ赤血球によるインフルエンザウイルスHAin吸着試験では、残存HA単位量が当初のHA価(128単位)の8倍希釈段階から測定されている。即ち、レセプター(−)固定化ニワトリ赤血球群では、もとのHA価に換算して128単位がそのまま残存しており、HAinまたはウイルス粒子に対する吸着能をほぼ完全に欠如していた。
これに反し、レセプター(+)固定化赤血球群では、120単位以上、128単位に到るHAinがレセプターによって吸着されたことになる。また、1凝集単位のウイルス液には、約107.2個見当のウイルス粒子が含まれているから、120×107.2〜128×107.2個のウイルス粒子がレセプターに吸着されたことになる。
【実施例4】
【0056】
残存ウイルス含有被検検体を10倍希釈液から測定した以外は、実施例1におけるインフルエンザウイルスA型PR8株赤血球凝集素(HAin)128単位含有液2mLに代えて、1×10TCID100のインフルエンザウイルスA型PR8株感染粒子含有液2mLを用いてTCID100感染価を測定した。その結果は表3の通りであった。
【0057】
【表3】

【0058】
結果:2×10と2×1010個のホルマリン固定ニワトリ赤血球レセプタのそれぞれが、1×10TCID100のA型PR8株インフルエンザウイルス感染粒子を吸着した。これに反し、レセプター(−)の赤血球群は、感染ウイルス粒子に対する吸着能をほぼ完全に欠如していた。
【実施例5】
【0059】
実施例3におけるインフルエンザウイルスA型PR8株赤血球凝集素(HAin)128単位を含む−PBS2mLに代えて、パラミクソI型ウイルス(センダイウイルス)赤血球凝集素(HAin)128単位を含む懸濁液2mLを用いて、同様の試験を行い、表4に示す結果を得た。
【0060】
【表4】

【0061】
結果:実施例3のインフルエンザウイルス(HAin)に対する固定化赤血球[レセプター(+)および(−)]の吸着実験の結果と完全に一致した。すなわち、レセプター(−)赤血球はセンダイウイルスHAinを殆ど吸着しなかった。
【実施例6】
【0062】
残存ウイルス含有被検検体を10倍希釈液から測定した以外は、実施例3におけるインフルエンザウイルスHAinの128単位を含む−PBS2mLに代えて、ニワトリ胚感染漿尿腔液由来のセンダイウイルスの200PFU/0.2mL(プラック瓶当たりのPFU)とレセプタ(+)および(−)のホルマリン固定赤血球の懸濁液を等量(2mL+2mL)混合した場合のウイルス感染価の消長をPFUで調べた。その結果を表5に示す。但し、この実施例では、遠心操作前のウイルス液の希釈倍数を10倍希釈にしてから10進法で感染価を測定した。
【0063】
【表5】

【0064】
結果:2×10と2×1010個のホルマリン固定トリ赤血球(レセプター(+))のそれぞれが、ほぼ200PFUのセンダイウイルス感染粒子の殆どを吸着した。これに反し上記赤血球に対応するレセプター(−)の赤血球はセンダイウイルスに対する吸着能をほぼ完全に欠如していることが判明した。
【実施例7】
【0065】
次に挙げる各赤血球を調製し、その浮遊液にインフルエンザウイルス赤血球凝集素または感染粒子を加えて混合し、5、10、15分間静置した後遠心し、それぞれの赤血球の遠心上清中の赤血球凝集価を小試験管法により測定した。
(a)新鮮ニワトリ赤血球:ニワトリの翼下静脈から採取した新鮮血から分離したもの
(b)固定化赤血球凍結乾燥物:実施例1で得られたもの
(c)レセプター破壊(RDE処理)赤血球:実施例1と同様にして得られた調製後室温保存5年間のホルマリン固定化ニワトリ赤血球を生理的食塩水中に10v%(6.5×1010/mLに相当)に懸濁させた液2mLに、市販RDEを使用説明書に従って20mLの生理的食塩水に溶解した液6mL加え、混合物を37℃、6時間放置してレセプターを破壊したもの。なお、RDEで処理した赤血球を−PBSで3回の遠心操作により洗浄し、残存RDEを除去した。
上記3種類の赤血球の2×1010/mL個の懸濁液と組織培養由来のA型PR8株インフルエンザウイルス液(64HA単位を含む)を等量(5mLずつ)混合し、室温において、5、10、15分間間隔でサンプリングした。これらのサンプル試料のニワトリ赤血球凝集価は、3000rpm、10分間の遠心上清について小試験管法により測定した。その結果を表6に挙げる。
【0066】
【表6】

結果:レセプター破壊酵素で処理したホルマリン固定トリ赤血球は、インフルエンザウイルス赤血球凝集素に対する吸着能を欠如した。これに反し、新鮮および実施例1のホルマリン固定赤血球は、32HA単位(もとのHA価に換算して、64単位)の赤血球凝集素(HAin)を、さらにこの数値に換算した概略(64×107.2/mL)の感染ウイルス粒子を吸着したことになる。
【実施例8】
【0067】
糖類の、凍結乾燥ニワトリ赤血球のインフルエンザウイルス赤血球凝集素に対する感受性に及ぼす保存効果
実施例1と同様の方法により、まずアルスバー液の存在下に一酸化炭素バブリングを行い、ついで5%グルコース含有−PBSの存在下にホルマリン固定を行った後蒸留水による遠心洗浄したニワトリ赤血球を、(a)蒸留水、(b)2%グルコース加蒸留水又は(c)2%スクロース加蒸留水に、10w/v%となるよう懸濁させた。それらの懸濁液をドライアイス・アセトンで急速凍結させ、そのまま凍結乾燥した。そして、凍結乾燥直後、1ヶ年常温保存、5ヶ年常温保存した時点での赤血球レセプターのインフルエンザウイルス赤血球凝集素に対する吸着感受性を小試験管希釈法で測定して残存率を計算した。その結果を表7に示す。
【0068】
【表7】

【0069】
結果:凍結乾燥品に糖を添加しなかったものが、1年後にはウイルス赤血球凝集素に対する吸着感受性が25%、5年後には12.5%に低下したのに対して、グルコース2%、またはスクロース2%を添加した凍結乾燥品は、5年後も100%の感受性を保持していた。
【実施例9】
【0070】
固定化モルモット赤血球の調製
(1)採血
予め採血量と等量(2mL)のアルスバー液を入れた注射器に、市販の実験用モルモット(生後12ヶ月のハートレー・Hartley種)10匹からそれぞれ2mL当の血液を心臓穿刺により採取し、プールした。
(2)沈降赤血球の調製
上記(1)で得られた血液とアルスバー液の等量混液40mLを、−PBSで3回遠心(1500rpm、5分間)洗浄を繰り返し、3本の遠心管のそれぞれに3mLの沈降赤血球を収容した。
【0071】
(3)ホルマリンによる赤血球の固定
上記(2)で得られたモルモット赤血球を−PBS(Mg、Ca不含のダルベッコのpH7.2の燐酸緩衝食塩水)で3回遠心(1500rpm、5分間)洗浄した後、赤血球の濃度が10v%となるようグルコース2%、ホルマリン10v%を含む−PBSに懸濁させ密栓して4℃に7日間置いた。その間、一日に1回容器を振って沈下赤血球を浮遊させた。
【0072】
(4)ホルマリン固定赤血球の真空凍結乾燥
上記で得られたモルモット赤血球を7日間ホルマリン固定した後、蒸留水による遠心(1500rpm、5分間)洗浄を6回繰り返し、沈降赤血球をグルコース2v%含む蒸留水に10v%となるように懸濁させ、マグネテックスターラーで撹拌しながら内容20mLの凍結乾燥用小瓶に2mL宛分注した。
これらのモルモット着色固定化赤血球の懸濁液をドライアイス・アセトンで急速凍結させた後、真空凍結乾燥機内に移して、そのまま凍結乾燥した。凍結乾燥瓶内に窒素ガスを充填、次いでゴム栓で密封、さらにアルミキャップで巻締めして、モルモット固定化赤血球の凍結乾燥品を得た。この凍結乾燥品を約20℃で1年間の長期に亘り貯蔵した。
【0073】
(5)凍結乾燥固定赤血球の再浮遊
上記で得られた1年保存の凍結乾燥固定赤血球の使用にあたって、まず−PBSで10v%となるように懸濁させた(凍結乾燥用小瓶の内容が総量2mLとなるように−PBSを添加した)。
【0074】
(6)赤血球凝集価の測定法(小試験管希釈法)
3.8%クエン酸ナトリウムを採血予定量の約1/10量入れた注射器で成鶏の翼下静脈から採血して得た新鮮血液を−PBSで3回遠心(1500rpm、5分間)洗浄し、得られた沈降赤血球を−PBSで10v%浮遊液にし、4℃の氷室内に保存、要に臨み0.25v%に希釈して使用した。なお、非特異的な赤血球凝集を防ぐために56℃で30分間加熱して非働化した健康馬血清を0.2%の割合で加えた。
【0075】
(7)使用したインフルエンザウイルス株
インフルエンザウイルス株は、実施例1のものと同じものを使用した。
(8)インフルエンザウイルスの組織培養と感染価の測定法
これらについても、実施例1と同じ方法により実施した。
【0076】
(9)ホルマリン固定化モルモット赤血球によるA型PR8株インフルエンザウイルスに対する吸着能測定
(9−i)レセプター破壊ホルマリン固定化モルモット赤血球の調製
モルモット固定化赤血球表面のレセプター破壊には、市販の乾燥レセプター破壊酵素(RDE)を使用した。
まず、使用説明書に従って、RDE粉末を20mLの生理的食塩水に溶解した。次いで、前記の方法で調製し、1年室温で保存したホルマリン固定のモルモット赤血球を生理的食塩水中に10v%(6.5×1010個/mLに相当)に懸濁した液2mLに対して、上記RDE溶解液6mLを加えた混合物を37℃に6時間放置し、RDEを作用させた。なお、これらのRDE処理赤血球を−PBSで3回遠心(1500rpm、5分間)洗浄することにより残存するフリーのRDEを除去した。
(9−ii)モルモット赤血球凝集価の測定
モルモット新鮮血からの赤血球、実施例9で得た1年保存後のホルマリン固定モルモット赤血球、レセプター破壊酵素で処理した1年保存後のホルマリン固定モルモット赤血球の3種の赤血球をそれぞれ2×1010/mL個と、128HA単位の組織培養由来のA型PR株インフルエンザウイルス赤血球凝集素(HAin)液を5mLずつ混合し、10分、30分の間隔でサンプリングした。これら試料の各赤血球凝集価を実施例1に記載した小試験管希釈法で測定した。その結果を表8に示した。
【実施例10】
【0077】
ヒトO型赤血球についてもモルモットの場合と同じ工程(1)〜(9)により、3種の赤血球を調製した。これら試料の各赤血球凝集価を実施例1に記載した小試験管希釈法で測定した。その結果を表8に示した。
【0078】
【表8】

【0079】
結果:レセプター破壊酵素で処理した1年保存ホルマリン固定モルモット赤血球およびヒトO型赤血球は、インフルエンザウイルス赤血球凝集素に対する吸着能を欠如していた。これに対し、新鮮および実施例9のホルマリン固定1年保存赤血球は、※32HA単位(もとのHA価に換算して、64単位)の赤血球凝集素(HAin)を、さらにこの数値に換算した概略(64×107.2/mL)の感染ウイルス粒子を吸着したことになる。
【実施例11】
【0080】
ガーゼに付着吸収させたホルマリン固定化モルモットならびにヒトO型赤血球によるインフルエンザウイルスA型PR8株赤血球凝集素(HAin)または感染性インフルエンザウイルス粒子に対する吸着能
5×5cmのガーゼ3枚をシャーレの中に重ね、その表面に行き渡るように2×1010/mL個の固定化モルモットまたはヒトO型赤血球の−PBS懸濁液2mL(約40滴)のそれぞれをピペットで滴下した。
上記のガーゼを23℃、30分間静置した後、シャーレ内に−PBSを12mL加え、ピンセットを用いながら、数秒間ガーゼを強く振った。シャーレ内の液をガーゼごと内容50mLの遠心管に移し、3000rpmで20分間遠心し、上清について小試験管法によるHAテストで赤血球凝集価を測定した。その結果は表9の通りであった。
【0081】
【表9】

【0082】
結果:表9におけるホルマリン固定化、モルモットならびにヒトO型赤血球によるインフルエンザウイルスHAin吸着試験では、残存HA単位量が当初のHA価(128単位)の8倍希釈段階から測定されている。即ち、レセプター(−)固定赤血球群では、もとのHA価に換算して128単位がそのまま残亜温しており、HAinまたはウイルス粒子に対する吸着能をほぼ完全に欠如していた。
これに反し、レセプター(+)固定赤血球群では、120単位以上、128単位に至るHAinがレセプターによって吸着されたことになる。また、1凝集単位のウイルス液には、約1×107.2個見当のウイルス粒子が含まれているから、120107.2〜128×7.2個のウイルス粒子がこれらの固定化赤血球表面上のレセプターに吸着されたことになる。
【実施例12】
【0083】
残存ウイルス含有被検検体を10倍希釈液から測定した以外は、実施例1におけるインフルエンザウイルスA型PR8株赤血球凝集素(HAAin)128単位含有液2mLに代えて、1×10TCID100のインフルエンザウイルスA型PR8株感染粒子含有液2mLを用いてTCID100感染価を測定した。その結果は表10の通りであった。
【0084】
【表10】

【0085】
結果:2×1010個のホルマリン固定モルモットおよびヒトO型赤血球のそれぞれが1×10TCID100のA型PR8株インフルエンザウイルス感染粒子を吸着した。これに反し、レセプター(−)の赤血球群は、感染ウイルス粒子に対する吸着能をほぼ完全に欠如していた。
【実施例13】
【0086】
ホルマリン固定モルモットおよびヒトO型赤血球のインフルエンザウイルスHAin吸着能に対する室温保存試験
1年間室温(20℃)で保存した各種のホルマリン固定モルモットおよびヒトO型赤血球凍結乾燥品につき、インフルエンザウイルス粒子に対する吸着能を小試験管法によるHAテストで赤血球凝集価を測定した。その結果を表11に掲げた。
【0087】
【表11】

【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の単糖類または二糖類の共存下にホルマリン固定化したニワトリ、モルモットまたはヒトO型赤血球、特に単糖類または二糖類の共存下に凍結乾燥したものは、数年以上保存した後もウイルスのヘマグルチニンと結合する能力を新鮮血赤血球と同程度に備えているので、これをマスクなどのフィルターに担持させ、ウイルス感染防止用マスクやフィルターとすることができる。また、ホルマリン水溶液による固定化の前に、赤血球懸濁液を単糖類または二糖類の共存下に一酸化炭素ガスによるバブリングを行うと赤血球は鮮紅色となり、随時インフルエンザ、ニューカッスル病、ムンプス、日本脳炎、デング熱などのウイルスによる感染の有無を判定する試験(HI・テスト)に有利に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリ赤血球、モルモット赤血球またはヒトO型赤血球の水性懸濁液を単糖類または二糖類の存在下にホルマリン溶液で処理する工程(b)を行って得られる表面にウイルスレセプターを安定的に保持した固定化赤血球。
【請求項2】
水性懸濁液をホルマリン溶液で処理する工程の前に、単糖類または二糖類の存在下に一酸化炭素ガスでバブリングする工程(a)を行う請求項1記載の固定化赤血球。
【請求項3】
工程(b)における単糖類又は二糖類の濃度が0.1〜15重量%である請求項1または2記載の固定化赤血球。
【請求項4】
単糖類がグルコースで、二糖類がスクロースである請求項1〜3のいずれかに記載の固定化赤血球。
【請求項5】
工程(b)におけるホルマリン溶液の濃度が3〜20v/v%である請求項1〜4のいずれかに記載の固定化赤血球。
【請求項6】
固定化赤血球が凍結乾燥品である請求項1〜5のいずれかに記載の固定化赤血球。
【請求項7】
凍結乾燥品中に単糖類または二糖類を0.1〜10重量%含有する請求項6記載の固定化赤血球。
【請求項8】
トリ赤血球、モルモット赤血球またはヒトO型赤血球の水性懸濁液を単糖類または二糖類の存在下にホルマリン溶液で処理する工程(b)を行う表面にウイルスレセプターを安定的に保持した固定化赤血球の製造法。
【請求項9】
水性懸濁液をホルマリン溶液で処理する工程の前に、単糖類または二糖類の存在下に一酸化炭素ガスでバブリングする工程(a)を行う請求項8記載の固定化赤血球の製造法。
【請求項10】
工程(b)における単糖類又は二糖類の濃度が0.1〜15重量%である請求項8又は9記載の固定化赤血球の製造法。
【請求項11】
単糖類がグルコースで、二糖類がスクロースである請求項8〜10のいずれかに記載の固定化赤血球の製造法。
【請求項12】
工程(b)におけるホルマリン溶液の濃度が3〜20v/v%である請求項8〜11のいずれかに記載の固定化赤血球の製造法。
【請求項13】
請求項1〜7のいずれかに記載の固定化赤血球を通気性フィルターに担持させたインフルエンザウイルス捕捉フィルター。
【請求項14】
通気性フィルターがマスクフィルターである請求項13記載のインフルエンザウイルス捕捉フィルター。

【公開番号】特開2008−19247(P2008−19247A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−154077(P2007−154077)
【出願日】平成19年6月11日(2007.6.11)
【出願人】(506200212)
【Fターム(参考)】