説明

被検体情報取得装置および被検体情報取得方法

【課題】光音響トモグラフィーにおいて、被検体が音響波探触子の検出素子と音響的に接触していない場合であっても画像劣化を低減するための技術を提供する。
【解決手段】光を照射された被検体から発生する音響波を検出して検出信号に変換する複数の検出素子と、複数の検出素子のうち被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号を判別する信号判別部と、判別された検出信号のうち少なくとも被検体内部から発生した音響波に基づかない領域を削除し補正済み検出信号を生成する信号補正部と、被検体と音響的に接触する検出素子により検出された検出信号および補正済み検出信号から被検体の画像データを形成する画像処理部を有する被検体情報取得装置を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検体情報取得装置および被検体情報取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザーなどの光源から生体に光を照射し、入射した光に基づいて得られる生体内の情報を画像化する光イメージング技術の研究が医療分野で積極的に進められている。この光イメージング技術の一つとして、Photo Acoustic Tomography(PAT:光音響トモグラフィー)がある。光音響トモグラフィーでは、光源から発生したパルス光を生体に照射し、生体内で伝播・拡散したパルス光のエネルギーを吸収した生体組織から発生した音響波(典型的に超音波である)を検出する。すなわち、腫瘍などの被検部位とそれ以外の組織との光エネルギーの吸収率の差を利用し、被検部位が照射された光エネルギーを吸収して瞬間的に膨張する際に発生する弾性波を音響波探触子(探触子やトランスデューサーとも言われる)で受信する。この検出信号を解析処理することにより初期圧力分布あるいは光吸収エネルギー密度分布(吸収係数分布と光量分布の積)に比例した画像を得ることができる(非特許文献1)。
【0003】
また、これらの画像情報は、様々な波長の光で計測することにより、被検体内の特定物質、例えば血液中に含まれるヘモグロビン濃度や血液の酸素飽和度などの定量的計測にも利用できる。近年、この光音響トモグラフィーを用いて、小動物の血管像をイメージングする前臨床研究や、この原理を乳がん、前立腺がん、頸動脈プラークなどの診断に応用する臨床研究が積極的に進められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】“Photoacoustic imaging in biomedicine”、M.Xu、L.V.Wang、REVIEW OF SCIENTIFIC INSTURUMENT、77、041101、2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
光音響トモグラフィーでは、被検体が音響波探触子の検出面の一部と音響的に接触していない場合、その領域にある音響波探触子の検出素子で得られる受信データは生体内で発生した光音響波以外の信号を受信することがある。そのような信号を受信した場合、得られたすべての検出信号を用いて画像再構成を行うと、被検体内部の初期音圧分布あるいは光吸収エネルギー密度分布以外の疑似画像(アーティファクト)が発生し、画像が著しく劣化する課題があった。
【0006】
本発明は、このような課題に基づいてなされたものである。本発明の目的は、光音響トモグラフィーにおいて、被検体が音響波探触子の検出素子と音響的に接触していない場合であっても画像劣化を低減するための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の構成を採用する。すなわち、光を照射された被検体から発生する音響波を検出して検出信号に変換する複数の検出素子と、前記検出信号から、前記複数の検出素子のうち前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号を判別する信号判別部と、前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号のうち、少なくとも被検体内部から発生した音響波に基づかない領域を削除し、補正
済み検出信号を生成する信号補正部と、前記被検体と音響的に接触する検出素子により検出された検出信号、および、前記補正済み検出信号から被検体の画像データを形成する画像処理部と、を有することを特徴とする被検体情報取得装置である。
【0008】
本発明はまた、以下の構成を採用する。すなわち、複数の検出素子が、光を照射された被検体から発生する音響波を検出して検出信号に変換するステップと、信号判別部が、前記検出信号から、前記複数の検出素子のうち前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号を判別するステップと、信号補正部が、前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号のうち、少なくとも被検体内部から発生した音響波に基づかない領域を削除し、補正済み検出信号を生成するステップと、画像処理部が、前記被検体と音響的に接触する検出素子により検出された検出信号、および、前記補正済み検出信号から被検体の画像データを形成するステップと、を有することを特徴とする被検体情報取得方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、光音響トモグラフィーにおいて、被検体が音響波探触子の検出素子と音響的に接触していない場合であっても画像劣化を低減するための技術を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の光音響画像形成装置の構成を模式的に示した図。
【図2】本発明の検出信号の処理の例を説明するフロー図。
【図3】検出素子の検出信号の例を示す模式図。
【図4】測定対象および測定で得られる画像を示す図。
【図5】本発明の光音響画像形成装置の構成を模式的に示した図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、図面を参照しつつ本発明をより詳細に説明する。なお、同一の構成要素には原則として同一の参照番号を付して、説明を省略する。
【0012】
(光音響画像形成装置)
図1を参照しながら本実施形態にかかる光音響画像形成装置の構成を説明する。本実施形態の光音響画像形成装置は、被検体の内部の光学特性値情報を画像化する装置である。なお、光学特性値情報とは、一般的には初期音圧分布や光吸収エネルギー密度分布、あるいは、そこから導かれる吸収係数分布を示す。後述するように、光学特性値情報は被検体情報とも呼べるので、本発明における光音響画像形成装置は被検体情報取得装置としてとらえることもできる。
【0013】
本実施形態の光音響画像形成装置は、基本的なハード構成として、光源11、音響波の検出器としての音響波探触子17、信号処理部19を有する。光源11から発せられたパルス光12は例えばレンズ、ミラー、光ファイバ、拡散板などの光学系(図示せず)により所望の形状に加工されながら導かれ、生体などの被検体13に照射される。被検体13の内部を伝播した光のエネルギーの一部が血管などの光吸収体(結果的に音源となる)14に吸収されると、その光吸収体14の熱膨張により音響波(典型的には超音波)15が発生する。これは「光音響波」と呼ばれることもある。音響波15は音響波探触子17の検出素子22により検出され、信号収集器18で増幅やデジタル変換された後、信号処理器19で被検体の画像データに変換される。また、その画像データは表示装置20上で画像として表示される。
【0014】
(光源11)
被検体が生体の場合、光源11からは生体を構成する成分のうち特定の成分に吸収され
る特定の波長の光を照射する。光源は、本実施形態の画像形成装置と一体として設けられていても良いし、光源を分離して別体として設けられていても良い。光源としては数ナノから数百ナノ秒オーダーのパルス光を発生可能なパルス光源が好ましい。具体的には効率的に光音響波を発生させるため、10ナノ秒程度のパルス幅が使われる。
光源としては大出力が得られるためレーザーが好ましいが、レーザーのかわりに発光ダイオードなどを用いることも可能である。レーザーとしては、固体レーザー、ガスレーザー、色素レーザー、半導体レーザーなど様々なレーザーを使用することができる。照射のタイミング、光強度などは不図示の光源制御部によって制御される。なお、この光源制御部は通常、光源と一体化されている。本発明において、使用する光源の波長は、被検体内部まで光が伝搬する波長を使うことが望ましい。具体的には、被検体が生体の場合、500nm以上1200nm以下である。
【0015】
(被検体13及び光吸収体14)
これらは本発明の光音響画像形成装置の一部を構成するものではないが、以下に説明する。本発明の光音響画像形成装置は、血管の造影、人や動物の悪性腫瘍や血管疾患などの診断や化学治療の経過観察などを主な目的とする。よって、被検体13としては生体、具体的には人体や動物の乳房や指、手足などの診断の対象部位が想定される。動物では、ねずみなど小動物の場合は特定の部位だけではなく、小動物全体が対象となることもある。
被検体内部の光吸収体14としては、被検体内で相対的に吸収係数が高いものを示す。使用する光の波長にもよるが、例えば、人体が測定対象であれば酸化あるいは還元ヘモグロビンやそれらを含む多く含む血管あるいは新生血管を多く含む悪性腫瘍が該当する。本発明において「被検体情報」とは、光照射によって生じた音響波の発生源分布であり、生体内の初期音圧分布、あるいはそれから導かれる光吸収エネルギー密度分布、吸収係数分布を示す。さらに、それらの被検体情報から得られる、生体組織を構成する物質(特に酸化・還元ヘモグロビン)の濃度分布を示す。例えば、物質の濃度分布とは酸素飽和度などである。画像化したこれらの被検体情報が「画像データ」である。
【0016】
(保持板16)
被検体13は音響波探触子17の各検出素子22と広範囲において音響的に結合するため、保持板16により接触面が平坦化される。通常、保持板16は被検体13を保持あるいは形状を一定に保つために利用される。保持板の材料としては効率よく音響波を受信するために、被検体の音響インピーダンスと近いものを選ぶのが好ましい。被検体が乳房などの場合、ポリメチルペンテンで形成されたプレートを使うなどすることが望ましい。プレートの形状は平板であることが好ましいが、音響波受信器とプレートの設置面が密着できればどのような形状を用いてもかまわない。なお、プレートが平板の場合、プレートの厚さは音響波の減衰などを考慮すると薄いほうが好ましいが、その形状が変形しない程度厚くすることが望ましい。典型的には5から10mm程度である。なお、音響波探触子の検出面に保持板と同様な機能を持たせることができる場合、本発明において保持板16はなくても良い。
【0017】
(音響波探触子17)
パルス光により被検体表面及び被検体内部などで発生する光音響波を検出する検出器である音響波探触子17は、音響波を検知し、アナログ信号である電気信号に変換するものである。以後、単に探触子あるいはトランスデューサということもある。圧電現象を用いたトランスデューサ、光の共振を用いたトランスデューサ、容量の変化を用いたトランスデューサなど音響波信号を検知できるものであれば、どのような音響波探触子を用いてもよい。本実施形態の音響波探触子17は、典型的には複数の検出素子22が1次元あるいは2次元に配置されたものが良い。このような多次元配列素子を用いることで、同時に複数の場所で音響波を検出することができ、計測時間を短縮できる。その結果、被検体の振動などの影響を低減できる。
【0018】
(信号収集器18)
本実施形態の光音響画像形成装置は、音響波探触子17より得られた電気信号を増幅し、その電気信号をアナログ信号からデジタル信号に変換する信号収集器18を有することが好ましい。信号収集器18は、典型的には増幅器、A/D変換器、FPGA(Field Programmable Gate Array)チップなどで構成される。音響波探触子17から得られる検出信号が複数の場合は、同時に複数の信号を処理できることが望ましい。それにより、画像を形成するまでの時間を短縮できる。なお、本明細書において「検出信号」とは、音響波探触子17から取得されるアナログ信号も、その後AD変換されたデジタル信号も含む概念である。そして、検出信号は「光音響信号」ともいう。
【0019】
(信号処理部19)
信号処理部19は、主な役割として、信号収集器18から得られたデジタル信号を信号処理した後、画像再構成を行い、被検体の内部の光学特性値情報を画像化する。また、本発明の信号処理部19は、本発明の特徴的処理である信号収集器18から得られたデジタル信号に対して、被検体と音響的に接触していない領域21にある検出素子で受信された不要な音響波信号を検出し、低減あるいは削除する。その結果、そのような不要な音響波信号による画像劣化を低減できる。
ここで言う被検体と音響的に接触していない領域21について説明する。すなわち領域21とは、図1に示したように音響波探触子17の検出素子22の検出面の中心から引いた垂線上において、被検体13と探触子の検出面が保持板16やジェルなどの音響波伝搬物質を通して、物理的に接触していない領域である。つまり、被検体13と検出素子22から引いた垂線上には空気など音響波の伝達が困難な物質が介在している領域を意味している。なお、図1において、被検体と音響的に接触していない状態の検出素子とは検出素子22bであり、被検体と音響的に接触している状態の検出素子とは検出素子22aのことである。
【0020】
通常、信号処理部19には典型的にはワークステーションなどのコンピュータが用いられ、検出信号処理や画像再構成処理などがあらかじめプログラミングされたソフトウェアにより行われる。ワークステーションで使われるソフトウェアは、例えば、信号判別モジュール19a、信号処理モジュール19b、画像再構成モジュール19cを含む。
信号判別モジュール19aは、受信した信号に基づいて、被検体と音響的に接触していない領域にある検出素子21aを判別する。信号処理モジュール19bは、被検体と音響的に接触していない領域21にある検出素子21aと判別された検出素子で受信された信号を補正して、補正された検出信号(補正済み検出信号)を生成する。画像再構成モジュール19cは、補正された信号を用いて画像再構成を行う。
【0021】
ただし、信号判別モジュール19a、信号処理モジュール19b、画像再構成モジュール19cは、通常、ワークステーションなどのコンピュータ及び付属のソフトウェアとして扱われるため、図1のように一つの信号処理装置19として扱われることが多い。本発明において、信号判別モジュールは信号判別部に、信号処理モジュールは信号補正部に、画像再構成モジュールは画像処理部に相当する。
【0022】
信号判別モジュール19aと信号処理モジュール19bは、基本機能として、信号収集器18から得られたデジタル信号に対して、被検体と音響的に接触していない領域にある検出素子22bを判別する。そして、その判別された検出素子により受信されたデータ内の不要信号低減処理などの補正処理を行う。詳細な処理方法に関しては後述する。画像再構成モジュール19cでは、基本機能として、信号処理モジュール19bから得られる補正後の検出信号データを用いて、画像再構成による画像データの形成が行われる。画像再構成アルゴリズムとして、例えば、トモグラフィー技術で通常に用いられるタイムドメイ
ンあるいはフーリエドメインでの逆投影などが使われる。なお、再構成に多くの時間をかけることが可能な場合は、繰り返し処理を行う逐次再構成法(iterative method)などの画像再構成手法も利用することができる。PATの画像再構成手法には、非特許文献1に記載されているように様々は手法がある。代表的なものとして、フーリエ変換法、ユニバーサルバックプロジェクション法、デコンボリューション法、フィルタードバックプロジェクション法、逐次再構成法などがある。本発明においてはどのような画像再構成手法を用いても構わない。
【0023】
(表示装置20)
表示装置20は信号処理部19で出力される画像データを表示する装置であり、典型的には液晶ディスプレイなどが利用される。なお、本発明の光音響画像形成装置とは別に提供されていても良い。
【0024】
(検出信号の処理)
次に、本発明の特徴である信号処理部19で行う検出信号に対する不要信号の補正処理方法の一例について、図2と図3も参照しつつ説明する。下記のステップ番号は図2におけるステップ番号と一致する。
【0025】
処理(1)(ステップS201):検出信号を解析し、被検体と音響的に接触していない検出素子を判別する工程。
【0026】
例えば、信号判別モジュール19aにおいて、被検体と音響的に接触していない状態の検出素子22bで受信される信号の特徴を用いて、被検体と音響的に接触していない状態の検出素子を判別する。図3(a)は被検体と音響的に接触していない検出素子22bで受信される信号の一例であり、図3(b)は被検体と音響的に接触している検出素子22aで受信される信号の一例である。図中の横軸はサンプリング番号であり、例えば、20MHzサンプリングの場合、50ナノ秒ごとに1回の計測が行われることを表す。縦軸は受信音響波の強度を示している。つまり、横軸は20MHzサンプリングの場合、サンプリング番号に50ナノ秒を乗算すればサンプリング時間となる。なお、通常の光音響イメージングの場合、光照射した時間をゼロ秒とする。
【0027】
図3の(a)と(b)を比較すると、図3(a)の破線Bで示した信号は図3(b)では検出されない。この信号は音響波探触子の表面で発生した光音響波(破線Aの領域の信号)が保持板16と空気の界面で全反射し、再び音響波として受信されたものである。つまり、被検体と音響的に接触していない検出素子22bに限り、大きな信号として受信される信号である。なお、空気との界面で反射したため、破線Aの領域の信号と位相が反転(波形が反転)しているのが特徴である。
また、保持板16の厚さと音速が分かっていれば、ある特定の時刻、例えば、図3(a)ではtに検出されることが予め推測できる。なお、図3(b)の破線Cの領域にある信号は図3(a)では観測されていないことから、被検体内部で発生した光音響波によるものと推測される。
【0028】
次に、被検体と音響的に接触していない検出素子22bの判別方法について述べる。
図3(a)の破線Aで示した領域の信号は探触子の表面に光が直接照射されたことで発生した検出信号(光音響信号)である。その信号は図3(b)でも観測されることがあるが、図3(a)と(b)を比べると明らかに図3(a)の強度が大きい。例えば、検出素子が被検体と音響的に接触している場合、検出素子の表面は被検体でカバーされているため、パルス光は直接的に検出素子表面には到達しない。たとえ、光音響波が拡散光などにより発生したとしても小さな信号しか観測されない。
【0029】
一方、検出素子が被検体と音響的に接触していない場合、図1のように探触子の対向側から被検体に光照射されると、直接、検出素子表面に光が照射され、検出素子表面から大きな信号が観測される。すなわち、この信号強度の大きさを比べることで検出器が被検体と音響的に接触していない検出素子を判別できる。具体的には、ある所定の閾値以上の強度を示すものを被検体と音響的に接触していない検出素子として判別する。なお、ここで言うある所定の閾値とは実験的に決定される値であり、例えば、被検体がない場合に直接、音響波探触子表面に光を照射して発生した検出信号(光音響信号)のピーク値の1/2などである。また、この閾値は装置固有の値であるため、装置ごとに調整することが好ましい。所定の閾値を決定するタイミングは実際の測定の直前でも良いし、装置の機種ごとに前もって決定しておくこともできる。決定した所定の閾値は、例えばメモリ(記憶部)に記憶しておくことによりいつでも利用可能となる。
【0030】
また、別の方法として次のような方法を考えることができる。図3(a)の破線Aと破線Bで示した波形は、被検体と音響的に接触していない検出素子22bで受信される信号の特徴である。そこで、この2つの信号をテンプレートとして用いて、検出信号全体と相関を取る。その相関度により、被検体と物理的に接触していない検出素子で受信される信号と被検体と音響的に接触している検出素子で受信される信号を判別できる。このとき、破線Aの部分が第一の音響波に基づく検出信号である。具体的には、ある所定の閾値以上の相関を示すものを被検体と音響的に接触していない検出素子22bとして判別する。なお、ここで言うある所定の閾値とは、例えば、完全に一致する場合の相関値を1とした場合、0.2などである。ただし、この閾値は装置固有の値であるため、装置ごとに調整することが好ましい。こちらの閾値についても、決定するタイミングは実際の測定の直前でも良いし、装置の機種ごとに前もって決定しておくこともできる。決定した所定の閾値は、例えばメモリ(記憶部)に記憶しておくことによりいつでも利用可能となる。
【0031】
なお、ここで示した判別方法は一例に過ぎない。本発明の骨子は被検体と音響的に接触していない検出素子で受信される信号の特徴を抽出して判別することであり、その骨子の範囲内であれば、どのような方法を用いてもかまわない。
【0032】
処理(2)(ステップS202):S201で判別された検出素子の信号から不要信号を排除する工程。
【0033】
例えば、信号処理モジュール19bにおいて、被検体と音響的に接触していないと判別された検出素子22bで受信された信号全体を削除し、あらたな検出信号群を作成する。あるいは、被検体と音響的に接触していないと判別された検出素子22bで受信された信号をゼロにした補正された検出信号を生成する。一般に、検出素子22が被検体と音響的に接触していない場合、被検体内部で発生した光音響波を受信することができない。そのため、被検体と音響的に接触していない領域で受信されるすべてのデータは、被検体内部の初期圧力分布あるいは光エネルギー密度分布を画像化する場合、画像に寄与してはならない。そのため、すべてのデータをゼロにしても良いし、あるいは検出信号自体を削除し、検出素子が存在しないものとしても良い。つまり、本工程では、上記のような処理をすることで信号収集器18から得られたデジタル信号とは別の信号、つまり、補正されたデジタル信号を生成する。
【0034】
処理(3)(ステップS203):S202で得られた検出信号を用いて画像再構成を行う工程。
【0035】
例えば、S202で得られた補正されたデジタル信号を用いて画像再構成を行い、被検体15の初期圧力分布あるいは光エネルギー密度分布に関連した画像を形成する。この処理に関しては、通常の光音響トモグラフィーで用いられるどのような画像再構成処理を用
いることが可能である。例えば、タイムドメインあるいはフーリエドメインでの逆投影などである。
【0036】
以上の工程を行うことで、図1の例のように検出素子22の一部が被検体13と音響的に接触していない場合、被検体内部の画像形成に不必要な信号を排除することができる。その結果、画像劣化の少ない光音響画像形成装置を提供することができる。
【0037】
<実施例1>
本実施形態を適用した光音響トモグラフィーを用いた光音響画像形成装置の一例について説明する。図1の装置概略図を用いて説明する。本実施例においては、光源11として波長1064nmで約10ナノ秒のパルス光を発生するQスイッチYAGレーザーを用いた。パルス光12から発せられる光パルスのエネルギーは0.6Jであり、そのパルス光をミラーとビームエキスパンダーなどの光学システムを用いて、半径約2cm程度まで広げる。その後、パルス光を音響波探触子17とは反対側の被検体に照射できるように光学系をセッティングした。
【0038】
被検体13としては乳房形状を模擬したファントムを用いた。乳房型ファントムは、ウレタンゴムと酸化チタンとインクで乳房と等価散乱係数及び吸収係数がほぼ同じになるように調整されたものである。ファントム内には、光吸収体14として、直径2mmの円柱状シストを3本埋め込んだ。また、乳房型ファントムは曲面形状をしている。そこで、その形状を平面化し、かつ、音響波探触子17と音響的にカップリングさせるために、厚さ10mmのポリメチルペンテンで形成された保持板16を音響波探触子17と乳房型ファントム13の間に設置した。そのときのポリメチルペンテン側から撮影された乳房型ファントムの写真を図4(a)に示す。図4(a)から分かるように乳房型ファントムはポリメチルペンテンのすべての領域に密着していない。この領域はファントムと検出素子の間には空気が介在しており、音響的にファントムと検出素子は結合できていない。その結果、この密着していない領域にある検出素子の信号が画像劣化の原因となる。
【0039】
また、このようにセッティングされた乳房型ファントムに対して、図1のように音響波探触子17とは反対側のファントム表面にパルス光12を照射した。なお、音響波探触子17は2次元に配列した複数の検出素子22からなる2Dアレイ型を用いた。また、この2Dアレイ型音響波探触子17が計測する領域の一部は図1に示されているように乳房型ファントムとは音響的に接触していない領域21を含んでいる。
【0040】
次に、発生した光音響波を2Dアレイ型音響波探触子17の複数の検出素子22で受信した。その検出信号をアンプ、A/D変換器、FPGAからなる信号収集器18を用いて、検出信号(光音響信号)のデジタル信号を取得した。その後、得られたデジタル信号を信号処理器19であるワークステーション(WS)へ転送し、WS内に保存した。次に、WS内のソフトウェアプログラムである信号判別処理モジュール19a及び信号処理モジュール19bにて、デジタル信号を解析した。
【0041】
本実施例では、検出素子表面で発生した光音響波の受信強度で判別を行った。判定方法は次の通りである。すなわち、受信した音響波信号のうち、図3のAの領域で示された初期の計測時間に観測される検出素子表面で発生した光音響波の最大値を検出する。そして、その最大値がある値よりも大きい場合は、乳房型ファントムと音響的に接触していない検出素子22bで受信された信号であるとした。この領域の信号はノイズに比べて十分に大きいため、安定した判別が可能となる。なお、本実施例ではその強度が200以上を乳房型ファントムと音響的に接触していない検出素子22b、200未満を乳房型ファントムと音響的に接触している検出素子22aとして判定した。また、乳房型ファントムと音響的に接触していない検出素子22bで受信された信号をすべてゼロとした補正信号を形
成した。
【0042】
次に、このように作られた補正信号を用いてWS内のソフトウェアプログラムである再構成モジュール19cにて、画像再構成を行った。ここでは複数の画像再構成手法の中でタイムドメイン方式であるユニバーサルバックプロジェクション法を用いて3次元のボリュームデータを形成した。そのときに得られた画像の一例を図4(c)に示す。なお、この図は3次元画像データにおいて、すべての吸収体が画像化できる方向の最大輝度を投影したMIP(Maximum Intensity Projection)像を示している。次に、WS内に保存した補正していないデジタル信号を用いて、上記で採用された画像再構成手法を用いて画像を算出した。そのときに得られた画像の一例を図4(b)に示す。図4(b)も3次元画像データから、すべての吸収体が画像化できる方向の最大輝度を投影したMIP像である。
【0043】
図4(b)と(c)を比較する。乳房型ファントムと音響的に接触していない検出素子で受信される信号では図3(a)の破線Bのような探触子面で発生した光音響波の反射波が観測されるため、その信号に起因した画像が図4(b)のB領域として現れる。図3中の破線B領域はある深さに水平にあるアーティファクトであり、上記で述べた探触子面で発生した光音響波の反射波に起因するものである。一方、図4(c)ではそのような不必要な信号が削除されているため、図3(b)の破線Cのようなファントム内で発生した光音響波に起因した画像Cのみ現れる。乳房などの生体組織を計測した場合、乳房内部で発生した光音響波による画像か、それ以外の画像を判別できないため、このような不要な画像Aは誤診につながる。つまり、図4(c)の方が、診断画像として優れていることが言える。
【0044】
以上のことから、被検体と音響的に接触していない検出素子の検出信号から画像形成に不必要な信号を排除することで、従来よりも診断画像として優れた劣化の少ない画像を生成できる光音響画像形成装置を提供することができる。
【0045】
<実施例2>
本実施形態を適用した光音響トモグラフィーを用いた光音響画像形成装置の一例について図5を用いて説明する。本実施例においては、実施例1とほぼ同様なファントム及び測定系を用いた。ただし、図1の装置概略図とは異なり、図5に示したように音響波探触子17側から乳房型ファントム方向に光12を照射した。また、乳房型ファントム全体を画像化するために音響波探触子17と光12を走査した。
このような装置において、本実施例においても、実施例1と同様に発生した光音響波のデジタル信号を取得した後、得られたデジタル信号を信号処理器19であるワークステーション(WS)へ転送し、WS内に保存した。その後、WS内のソフトウェアプログラムである信号判別モジュール19a及び信号処理モジュール19bにて、デジタル信号を解析した。
【0046】
本実施例においては、被検体と音響的に接触していない検出素子22bの判定方法は以下のようなものを利用した。パルス光12を音響波探触子側から照射した場合、実施例1と同様に、探触子表面に光が照射されることにより光音響波が発生する。また、保持板16と空気との界面ではその光音響波が全反射するために、位相が反転した光音響波が再び受信される。その2つの音響波の受信時間との差は図3(a)の領域とAとBの関係のように一定であり、形状も特有であることからその形状を利用することで、判別が可能となる。
【0047】
具体的な判定方法について述べる。まず、予めファントムがない構成で、直接光を探触子表面に照射した場合に受信される信号を計測し、そこから探触子表面で発生した光音響
波とその音響波が保持板で反射して再び受信された信号を切り出す。そして、切り出した信号を、信号処理器19であるワークステーション(WS)にテンプレートとして保存しておく。次に、そのテンプレートと受信されたすべての信号との相互相関を算出し、相関値が高い検出信号を被検体と物理的に接触していない検出素子で受信された信号である判定した。また、そのように判定された検出器の検出信号は、検出信号として扱わず、それらを排除した新たな補正信号を作成した。
【0048】
次に、このように作られた補正信号を用いてWS内のソフトウェアプログラムである再構成モジュール19cにて、画像再構成を行った。ここでは実施例1とは異なり、フーリエドメイン法を用いて3次元のボリュームデータを形成した。なお、このような方法で得られた乳房型ファントムの画像は図4(c)と同様なものであり、従来技術で得られた画像である図4(b)よりも明瞭な画像が得られた。
【0049】
以上のことから、検出信号の形状を判定することで、被検体と音響的に接触していない検出素子を判別でき、その検出信号から画像形成に不必要な信号を排除することで、画像劣化の少ない光音響画像形成装置を提供することができる。
【0050】
<実施例3>
本実施形態を適用した光音響トモグラフィーを用いた光音響画像形成装置の一例について説明する。本実施例においては、保持板16が存在しない以外、実施例1と同様なファントム及び測定系を用いた。まず、実施例1と同様にパルス光12の照射により発生した光音響波のデジタル信号を取得した後、得られたデジタル信号を信号処理器19であるワークステーション(WS)へ転送し、WS内に保存した。次に、WS内のソフトウェアプログラムである信号判別及び信号処理モジュールにて、デジタル信号を解析した。本実施例では、実施例1と同様に探触子表面で発生した光音響波の受信強度を用いて、ファントムと音響的に接触していない検出素子を判別した。次に、ファントムと音響的に接触していないと判定された検出素子のデータをすべて削除し、ファントムと音響的に接触している検出素子のみの検出信号のみを用いて画像再構成を行った。このような方法で得られた画像は図4(c)と同様なものであり、従来技術で得られた画像である図4(b)よりも明瞭な画像が得られた。
【0051】
以上のことから、保持板がない場合においても、検出信号の強度を解析することで、被検体と音響的に接触していない検出素子を判別でき、その検出信号を排除することで、画像劣化の少ない光音響画像形成装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0052】
19:信号処理部,19a:信号判別モジュール,19b:信号処理モジュール,19c:画像再構成モジュール,22:検出素子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光を照射された被検体から発生する音響波を検出して検出信号に変換する複数の検出素子と、
前記検出信号から、前記複数の検出素子のうち前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号を判別する信号判別部と、
前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号のうち、少なくとも被検体内部から発生した音響波に基づかない領域を削除し、補正済み検出信号を生成する信号補正部と、
前記被検体と音響的に接触する検出素子により検出された検出信号、および、前記補正済み検出信号から被検体の画像データを形成する画像処理部と、
を有することを特徴とする被検体情報取得装置。
【請求項2】
前記被検体を保持する保持板を有することを特徴とする請求項1に記載の被検体情報取得装置。
【請求項3】
前記信号判別部は、被検体と検出素子を音響的に接触させない状態で光を照射して得られた検出信号の強度に基づいて決定された所定の閾値を用いて、前記検出素子により検出された検出信号の強度が前記所定の閾値以上のとき、当該検出信号は前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出されたと判別する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の被検体情報取得装置。
【請求項4】
被検体と音響的に接触していない状態の検出素子に光が照射されて発生した第一の音響波に基づく検出信号と、前記第一の音響波が前記保持板により反射されたのち再び前記検出素子により検出されて生成される検出信号と、から作成された信号をテンプレートとして記憶している記憶部を有しており、
前記信号判別部は、前記検出素子により検出された検出信号の波形と前記テンプレートの信号の波形との相関値が所定の閾値以上のとき、当該検出信号は前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出されたと判別する
ことを特徴とする請求項2に記載の被検体情報取得装置。
【請求項5】
前記信号補正部は、前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号の全体を削除する
ことを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の被検体情報取得装置。
【請求項6】
複数の検出素子が、光を照射された被検体から発生する音響波を検出して検出信号に変換するステップと、
信号判別部が、前記検出信号から、前記複数の検出素子のうち前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号を判別するステップと、
信号補正部が、前記被検体と音響的に接触していない検出素子により検出された検出信号のうち、少なくとも被検体内部から発生した音響波に基づかない領域を削除し、補正済み検出信号を生成するステップと、
画像処理部が、前記被検体と音響的に接触する検出素子により検出された検出信号、および、前記補正済み検出信号から被検体の画像データを形成するステップと、
を有することを特徴とする被検体情報取得方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−217717(P2012−217717A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−88312(P2011−88312)
【出願日】平成23年4月12日(2011.4.12)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】