説明

複合プラスチックレンズ

【課題】屈折率は低いが比較的高アッベ数のADC樹脂あるいはウレタン樹脂から成るレンズ基材と屈折率は高いが低アッベ数のエピスルフィド樹脂から成るレンズ基材の複合化を図り、光の分散性を軽減すること。
【解決手段】メニスカス形状のプラスチックレンズの厚さ方向に2分割し、対物側をトップレンズ基材とし対眼側をベースレンズ基材として、いずれか一方を先に成形してレンズ基材をモールドとして用いる。該レンズ基材のいずれか一方側面に密着成分層を形成し、高屈折率エピスルフィド樹脂との密着を可能にする。トップレンズ基材に高屈折率樹脂を用いて度数の加入部を構成したので高低差の比較的少ない累進帯又は小玉が得られる。また密着面を光軸中心線に対して傾斜させ中心厚を薄くするとともに光の分散性を改善した複合プラスチックレンズを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屈折率及びアッベ数の差を利用して光の分散特性を改善した複合プラスチックレンズに関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチックレンズは軽量で染色性に優れ、近年では屈折率が1.74のプラスチックレンズが上市され眼鏡として一般の支持を得ている。しかしながらこれらのレンズは製造段階では70〜80mmの直径のメニスカス形状体として流通しマイナスレンズにおいては中心厚が薄くても円周部の厚さ(縁厚)は5乃至10mm程度になっている。実際に眼鏡枠に装着される場合は眼鏡枠の形状に切削されるから実用されるレンズの実質的な重量は流通段階のレンズの重量に比較すると利用率は50%程度になっている。高屈折率レンズ用樹脂は高価であるからできるだけ有効に利用することが望まれ、特にセミフィニッシュレンズは切除される部分が多くなっている。これらの理由から本出願人は高価な樹脂と低廉な価格の樹脂を複合化してレンズを製造する技術をPCT/JP02/07179にて出願している。更に2焦点プラスチックレンズにおいては、小玉の突出部分のないプラスチックレンズを提供するため小玉部分を覆う成形体を複合化する技術をPCT/JP2004/008309にて出願しているところである。複合化する場合それぞれの樹脂の長所欠点を補完することができるが、本発明では複合化する各樹脂レンズ基材の屈折率及びアッベ数に着目し、光の分散性のより少ないプラスチックレンズを提供することを目的としている。一方複合化される樹脂には注型重合過程で片方を先に成形し、他方を後で注型する場合、密着性がよい樹脂と密着しない場合があり、相性については本出願人も先の出願で述べているが、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(以下、ADC樹脂という)あるいはポリカーボネート樹脂は他の光学樹脂との密着性で制約を受ける。なおADC樹脂はPPG社製の商品名CR−39を用いて記載した箇所がある。
【0003】
複合化されたプラスチックレンズの先行技術として特開昭62−226102号が挙げられる。ベースレンズ基材にADC樹脂を用いて小玉をベースレンズ側に埋め込む形状であるが、加入度数が大きくなると度数調整のために凹面側(対眼側)を研削する場合に深く研削できないことから凸面側(対物側)を研削して小玉のみを残すようにして中心厚を小さくしたと思われる。凸面側全体を研削するのは負担であるが小玉の表面が空気に直接接触するので小玉の曲率半径を大きくすることができる利点を有している。他の先行技術として特開2003−344814号が挙げられるがベースレンズの両面に突出する小玉を形成し小玉の高さを低く抑えているが完成品レンズを提供する場合はよいがセミフィニッシュレンズは実現できないものである。ベースレンズ基材にウレタン樹脂を用いているがベースレンズ基材を先に成形してその後ADC樹脂を注型成形している。密着性について特段の記載はなく密着性を向上させる手法は示されていない。光の分散性を改善することを目的とした先行技術は特開平7−28002号が挙げられる。この発明ではかなり高い度数の複合レンズを主体に分散特性を度数測定により評価しているが複合化される各樹脂の光学特性は示されておらずどの程度の改善が行われたのかは不明である。
【特許文献1】特開昭62−226102号公報
【特許文献2】特開平7−28002号公報
【特許文献3】特開2003−344814号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
解決しようとする問題点は、屈折率は低いが高いアッベ数を示すADC樹脂又はウレタン樹脂と屈折率は高いがアッベ数の低いエピスルフィド樹脂から成る各レンズ基材の複合化を図り、光の分散性を改善し色収差の少ない複合レンズを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、2種類以上の光学用樹脂から成る各レンズ基材を密着させ、前記光学樹脂の屈折率及びアッベ数の差を利用して、光の分散性を定義する基準光線の分散を軽減させることを特徴としており、屈折率が1.74以上の高い樹脂はアッベ数が低く光の分散性は高く色収差が大きくなる傾向にある。本発明では前記基準光線即ち波長546.1nmのne線、589.29nmのnd線、486.1nmのnF線、656.27nmのnC線について厳密に屈折光線を作図し、各樹脂の厚みによる複合プラスチックレンズの光学特性の変化を検証したものである。各樹脂の厚みの配分は適宜選択できるが、複合レンズとしては厚い方の樹脂特性に類似する傾向を示す。
【0006】
また前記各レンズ基材は、メニスカス形状のプラスチックレンズの厚さ方向に分割するような形状とし、厚さの比率は特に限定されない。対物側に位置するレンズ基材をトップレンズ基材とし、対眼側に位置するレンズ基材をベースレンズ基材と呼称している。前記ベースレンズ基材は屈折率が1.49乃至1.60であり、アッベ数が40以上のADC樹脂あるいはウレタン樹脂を用いて成形し、前記トップレンズ基材は屈折率1.737以上であり、アッベ数33のエピスルフィド樹脂を用いたことを特徴としている。加入度数を大きくした場合屈折率の高い樹脂は厚みを薄くすることができるから有利であるが、アッベ数が低いため視認する文字などに色収差の現象が生じやすい欠点を有している。
【0007】
複数のレンズ基材を密着複合化する場合、いずれか一方を先に成形する必要がある。例えば先に成形した方をモールドに代用し、成形されたレンズ基材のいずれか一方側に別のモールドを所定の間隔を置いて配置し、これらの周縁部を粘着テープなどで密封して空隙を設け、該空隙に粘着テープの一部を剥がして複合化する他の樹脂モノマーを注入する。加熱重合を行って一体化するとともに他の側のレンズ基材が成形される。本発明では前記ベースレンズ基材を屈折率が1.49以上のADC樹脂あるいはウレタン樹脂を用いて成形し、前記空隙に屈折率1.60以上の高屈折率ウレタン樹脂又はエピスルフィド樹脂を注型してトップレンズ基材を成形してベースレンズ基材と一体に複合し、前記トップレンズ基材の対物面もしくは対眼面に累進帯又は小玉を形成したことを特徴としている。トップレンズ基材の対眼面に設ける累進帯又は小玉は、予めベースレンズ基材の凸面側を成形する際にモールドから複写して形成しておき、空隙にトップレンズ基材用樹脂を注型したときトップレンズ基材に累進帯又は小玉が成形される。従ってトップレンズ基材は加入度数を対象に形状が定められることを特徴とし、矯正度数はベースレンズ基材の対眼側の曲率半径を適宜設定して行うようにしている。
【0008】
密着複合化する場合、ADC樹脂は硬化させたレンズ基材として用いる場合とモノマーとして用いる場合では複合化する相手樹脂の選択は注意が必要である。樹脂の組み合わせについては、本出願人が先に出願したPCT/JP02/07179で実証した例を表2に示した。これによるとADC樹脂すなわちアリル樹脂を先にレンズ基材として用いた場合はウレタン樹脂系(MR6〜8)モノマーと重合過程で密着するが、高屈折率エピスルフィド樹脂モノマー(HIE)との密着性は不良である。またADC樹脂モノマー(CR39)を注型する場合はウレタン樹脂とエポキシ樹脂(エピスルフィド樹脂)のレンズ基材には密着が不良となっている。本発明では複合化する場合に密着性が不良の場合でもトップレンズ基材とベースレンズ基材の界面に密着成分を塗布形成し指触乾燥させ密着成分層を形成し、いずれのモノマーでも注型し密着させることを可能とし所望の複合化を達成するものである。
【0009】
ベースレンズ基材にADC樹脂あるいは高アッベ数を有するウレタン樹脂(MR−8、三井化学株製)を用いる理由はアッベ数が高く、研削性に優れている点であり度数調整の研削が容易に行える。また原料価格が低廉な価格であり研削する量が多くてもレンズのコストを抑制できる。逆にポリカーボネート樹脂はレンズ基材として射出成形もしくは加圧成形が可能で量産に適しており、耐衝撃性に優れるためトップレンズ基材に耐衝撃性は低いが高アッベ数のウレタン樹脂を用いて複合化し光の分散性を軽減することができる。
【0010】
前記密着成分としては、エポキシ系シランカップリング剤が好適であり、アミノ系、ウレタン系のシランカップリング剤も利用できる。その他ヘキサメチレンジイソシアネートとポリオールあるいはポリチオールから成るポリウレタン樹脂あるいはポリチオウレタン樹脂、アミノ化合物とイソシアネート化合物から成るポリウレア樹脂なども有効である。
【0011】
トップレンズ基材とベースレンズ基材を密着させて累進多焦点レンズを複合プラスチックレンズとする場合、トップレンズ基材の対物面側に累進帯を形成して加入度数を設定するのが好ましい。レンズ直径は流通段階で70〜80mmであり所定の加入度数を設定すると近用部の曲率半径は遠用部の曲率半径より小さいから、ベースレンズ基材の対眼側の曲率半径を近用部の縁厚を0にして設定しても複合レンズの中心厚は厚くなる。この欠点を解消するためには密着面を光軸中心線に対して傾斜させることで中心厚を薄くすることができる。焦点位置はわずかに光軸中心線から乖離するが極微少であり実用上は無視できる範囲である。密着面の近用部に小玉を形成する場合は小玉を傾斜させることでベースレンズ基材の中心厚を軽減させることができる。密着面を傾斜させても像の歪みは視認されなかった。また前記トップレンズ基材の密着面側に小玉を設けて、該小玉の下縁部を基準に小玉を傾倒させることで小玉の上縁部の突出高さを低くしてレンズの中心厚を薄くすることができる。
【0012】
本発明では、トップレンズ基材とベースレンズ基材を密着させて複合化するが、いずれを先に成形するかは作業性の難易度も勘案しなければならない。トップレンズ基材は厚さ1乃至2mmの薄いものであり、モールドの離型は可成りの困難性を伴う。また小玉あるいは累進帯を構成したモールドの製作の難易度も考慮しなければならない。これらのことを考慮するとベースレンズ基材を先に成形してモールドの片方に使用し、その対物側に別のモールドを配置して密封された空隙を形成し、該空隙に複合化する別の樹脂を注型するのが得策である。本発明では密着成分を塗布することで、いずれを先にレンズ基材とするかは選択しなくてもよいからベースレンズ基材を先に成形する様にしている。
【発明の効果】
【0013】
屈折率は高いがアッベ数の低い樹脂をアッベ数の高い樹脂と複合化することで光の分散を軽減できる。また複合する各レンズ基材の密着性については、エポキシ系シランカップリング剤を用いて、エピスルフィド樹脂とADC樹脂の密着複合化が可能になり、トップレンズ基材又はベースレンズ基材のいずれにもADC樹脂を用いることができるので、複合化する樹脂の組み合わせが限定されず、薄いトップレンズ基材を注型法により成形することができる。エポキシ樹脂系のエピスルフィド樹脂は耐衝撃性に脆い性質があるが複合化することで耐衝撃性に強いレンズにすることができる利点を有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
アッベ数は低いが高屈折率を有する樹脂から成るレンズ基材と、アッベ数は高いが低屈折率の樹脂から成るレンズ基材を複合化して光の分散を軽減するとともに、双方の樹脂の屈折率の間に位置する屈折率を有する複合レンズを得る。樹脂素材としては高アッベ数のADC樹脂あるいはウレタン樹脂と高屈折率のエピスルフィド樹脂が好ましく用いられる。高屈折率樹脂のレンズ基材に加入度数を設定してレンズの厚さを抑制し、アッベ数の高い樹脂から成るレンズ基材の対眼側を研削して度数矯正を行う。複合化するための密着性が得られない場合はエポキシ系もしくはウレタン系のシランカップリング剤をレンズ基材の密着面に塗布形成し密着性を確保するようにしている。
【実施例1】
【0015】
眼鏡用レンズの光の分散性を検証するために、先ず図4について説明する。エピスルフィド樹脂(アッベ数:33.3)から成る単一樹脂プラスチックレンズ15について、基準光線であるne線、nd線、nF線、nC線を光軸中心線に対して平行に15mm離れた位置に入射させ、屈折する状況を厳密に作図した。15mm離れた位置は厳密には若干の球面収差が生じるが同じ条件で比較する場合顕著な影響は現れない。入射光16の大気とレンズの界面に法線を描き入射光16と屈折光17の角度を定めるため、n*sini=n’*sini’の法則に基づき,sini及びsini’を直接作図上求めている。図4(a)、(b)、(c)及び(d)の各図は単一樹脂としてエピスルフィド樹脂(三井化学製、MR174)を用いた単一樹脂プラスチックレンズ15を示している。度数は4.00Dのプラスレンズであり、公表されたエピスルフィド樹脂の屈折率は1.737である。本実施例では前記ne線に波長546.1nmのとき屈折率1.738、nd線に589.29nm、屈折率1.733、nF線に波長486.1nm、屈折率1.748、nC線に波長656.27nm、屈折率1.726として作図している。それぞれの屈折率は実測値である。(a)図はne線、(b)図はnd線、(c)図はnF線、(d)図はnC線用いた場合であり、各屈折光の光軸中心線との交点位置18a、18b、18c及び18dを示す。nF線及びnC線の光軸中心線との交点位置18c及び18dの乖離する距離は7.31mmである。この数値は縦の色収差に相当するものであり本発明ではこれらの乖離する距離が小さいほど収差が少ないものとして評価している。乖離する距離は一定ではなくレンズの度数も影響するから同じ度数を設定して比較検証するようにしている。
【0016】
同様に図5(a)、(b)、(c)及び(d)の各図は、単一樹脂としてADC樹脂(CR−39、アッベ数:58.9)を用いた単一樹脂プラスチックレンズ19を用いて同じ条件で入射光20と屈折光21の光跡を作図したものである。度数は条件を同じくするため4.00Dとしている。屈折率はne線で1.5016、nd線で1.5004、nF線で1.5065、nC線で1.4980でありいずれも実測値である。各屈折光の光軸中心線との交点位置22a、22b、22c及び22dを求めているが、交点位置の最も乖離しているのはnF線、nC線でありこれらの交点位置22c及び22dの乖離する距離は4.06mmであり、エピスルフィド樹脂の場合より小さい数値である。ADC樹脂のアッベ数は58.9であり、エピスルフィド樹脂は33.3であることから作図結果はその性質を顕著に示している。上記理由から後述する実施例では光の分散を検証する場合nF線とnC線を対象に行うことで評価している。
【0017】
図6は単一樹脂としてウレタン樹脂の中では高いアッベ数を有するMR−8(三井化学製)を用いた例を示す。単一樹脂プラスチックレンズ23の度数は同じく4.00Dである。入射光24は前出の場合と同じ位置で入射し、屈折光25と光学中心線の交点を26a〜26dに示す。nF線とnC線の交点26cと26dの乖離する距離は5.82mmであり、ADC樹脂の場合より大きい。しかしレンズの中心厚は1mm程度薄くなっているので複合プラスチックレンズにした場合中心厚を薄くできる利点を有している。
【実施例2】
【0018】
図1(a)、(b)、(c)及び(d)の各図は、本発明の複合レンズ1の入射光2と屈折光3の光跡を示している。複合レンズ1の度数は4.00Dに設定している。入射光の位置及び波長は実施例1と同じ条件である。複合化される樹脂はトップレンズ基材1aがエピスルフィド樹脂であり、ベースレンズ基材1bがADC樹脂(アッベ数:58.9)である。入射光が屈折する状況は各レンズ基材の界面に法線を引き半径100mmの円を描いて入射光のsiniと屈折光のsini’を入射角及び屈折角を読むことなく直接作図している。作図の精度は小数点以下4桁目を四捨五入している。前記レンズ基材1a及び1bの中心厚の配分は1/2宛である。各屈折光のレンズ光軸中心線との交点位置を4a、4b、4c及び4dとして示す。nF線及びnC線の交点位置4cと4dの乖離する距離は5.67mmとなっている。この数値はエピスルフィド樹脂を単一樹脂として用いた図4に示すプラスチックレンズ15の乖離数値より小さい。図1(e)及び(f)図は度数−4.00Dの複合マイナスレンズ5の場合を示す。入射光2の屈折光3aは虚の焦点6a及び6bを結ぶ。nF線とnC線の虚の焦点の乖離する距離は5.58mmでありプラスレンズの場合とほぼ同じ傾向を示すことから本発明では主としてプラスレンズを対象に比較検証している。
【0019】
図2(a)〜(d)の各図は複合するトップレンズ基材7aにエピスルフィド樹脂(MR−174、三井化学製)と、ウレタン樹脂では最もアッベ数の高い41.1を有するMR−8(三井化学製)を用いたベースレンズ基材7bを密着させた複合レンズ7の場合を示す。中心厚の配分は1/2宛である。入射光8の位置は前述の場合と同様にして屈折光9の光軸中心線との交点位置を10a〜10dに示す。nF線とnC線の交点10cと10dの乖離する距離は6.42mmでベースレンズ基材にADC樹脂(アッベ数:58.9)を用いた図1の場合より大きい。アッベ数の差が顕著に表れている。
【0020】
図3(a)、(b)、(c)及び(d)の各図は、エピスルフィド樹脂を用いたトップレンズ基材とADC樹脂を用いたベースレンズ基材の中心厚の配分について、トップレンズ基材5aを薄く、ベースレンズ基材5bを厚くした例を示す。配分比率は1:3である。複合プラスチックレンズ11のレンズ度数は4.00Dに設定した。入射光12の位置を実施例1と同じ位置とし屈折光13を同様の方法で作図により光跡を求め、レンズ光軸中心線との交点位置をそれぞれ14a〜14dに示す。nF線の交点14cとnC線の交点14dの乖離する距離は4.85mmであり、ADC単一樹脂における乖離数値4.06(図5参照)に近い数値になっている。2種の樹脂レンズ基材を複合する場合中心厚の厚い方の性質が強く表れることが分かる。
【0021】
上述した各実施例におけるnF線及びnC線の各交点位置の乖離距離は、複合プラスチックレンズの場合はトップレンズ基材とベースレンズ基材のそれぞれの単一樹脂から成るレンズの乖離距離の中間に位置することが判る。各レンズ基材の中心厚の配分を考慮すれば光の分散性を改善することができることを意味している。プラスレンズを主体に作図しているがこれに限定されるものではなく、マイナスレンズでも同様の結果が得られることは上述した通りである。
【0022】
本発明の複合プラスチックレンズにおいて、nF線とnC線の光学中心線との交点の乖離する距離が小さくなる理由として密着面におけるこれら光線の屈折状況の詳細を図7に示す。一例としてエピスルフィド樹脂(MR−174)とADC樹脂(CR−39)の各レンズ基材が密着した場合で説明する。(a)図は密着面におけるnF線の屈折状況を示し、(b)図はnC線の場合を示す。(a)図においてnF線の屈折率はMR−174が1.748、CR−39は1.5065であり半径50mmの円を描き円と入射光の交点から密着面の法線に直交する直線を引く。直交する線の長さは2.536である。この数値を50siniとし同様に屈折光の50sini’=2.942を求め図にプロットして屈折光の光跡を定めている。半径50mmは特に限定されるものではなく100mmでも良いが光跡を作図上求めるため半径が大きいほど作図の精度は高くなる。ここで独自の見解であるが密着面に入射する光線と屈折する光線の各sin値の比(1.160)を補正比率として示す。その意味は屈折量を削減する量の目安になり、ここではnF線の光軸中心線との交点距離が長くなるように作用している。同様に(b)図に示すnC線の場合は補正比率1.152でありnF線の場合より小さい。従ってnF線の焦点がnC線の焦点に近ずく結果となる。この傾向はベースレンズ基材を通過して空気側に移行する界面でも同じ傾向を示し光の分散が減少する。
【実施例3】
【0023】
アッベ数が高い樹脂をベースレンズ基材に用い、アッベ数は低いが光屈折率樹脂をトップレンズ基材に用いて加入度数を設定すれば、光の分散性が小さく中心厚を差ほど厚くせずに複合プラスチックレンズを提供することができる。図8(a)図は高屈折率エピスルフィド樹脂をトップレンズ基材30aに、ベースレンズ基材30bにはアッベ数の高いウレタン樹脂(MR−8)を用いた累進複合レンズ30の模式断面図である。トップレンズ基材30aの対物面側の遠用部は平行カーブにつづき累進帯を形成した累進曲面であり、近用部は加入度数2.00のプラスレンズである。ベースレンズ基材は遠用部及び近用部に度数−2.00Dのマイナスレンズを形成し対眼面は研削面で矯正度数に準じて研削する。密着させた累進複合レンズ30は遠用部度数−2.00Dのマイナスレンズで近用部度数は0.00であり加入度数は2.00Dである。
【0024】
上述した累進複合レンズ30は、図8(a)図の様に単にトップレンズ基材とベースレンズ基材を重ね合わせた場合はレンズの中心厚は厚くなる。そこで同(b)図に示すように密着面を光軸中心線に対して傾倒させると中心厚を薄くすることができる。(b)図は1.5度傾けた密着面傾斜複合レンズ31の例を示す。中心厚は2.56mmであり0.5mm薄くなっている。ところで、密着面を傾けた場合焦点位置がどの程度変化するか検証した。図9(a)図は前記累進複合レンズ30に光軸中心線に平行な入射光を想定し遠用視ゾーンと近用視ゾーンに入射させ、遠用視ゾーンに入射した光線は光軸中心線上に虚の焦点を結ぶ。近用視ゾーンの入射光は度数が0.00であるため光軸中心線に平行に屈折光は透過する。一方密着面を1.5度傾倒させた方は、焦点位置を特定するため加入度数を形成する曲面を削除して遠用視ゾーンの曲面を延長して複合レンズ31aと成し、これに光軸中心線に平行で等距離の入射光を想定し屈折光が交差する点を焦点位置とした。焦点距離は殆ど変わらないが焦点位置は光軸中心線に対して0.2度振れる結果となったが実用上は無視できる範囲である。実際にこのようなレンズを作成して方眼紙の像の歪みを視認したが歪みは確認できなかった。
【実施例4】
【0025】
図10(a)図は、複合2焦点プラスチックレンズ32の模式断面図である。トップレンズ基材32aはエピスルフィド樹脂を用いており、ベースカーブの平行カーブで度数はないが近用部の対眼側に加入度数2.00の小玉33を設けている。ベースレンズ基材32bはアッベ数の高いウレタン樹脂(MR−8)を用いたマイナスレンズを形成している。対眼面は研削面で矯正度数に準じて研削される。図示していないが小玉をトップレンズの対物面側に設けることも可能である。
【0026】
トップレンズ基材とベースレンズ基材の密着面に小玉を形成するとより大きな度数を設定する必要があり小玉の曲率半径は小さくなる。その理由は小玉に密着するベースレンズ基材がマイナスレンズを形成して加入度数を削減するように作用するためである。従って複合レンズにした場合小玉の突出を覆うような位置にベースレンズ基材を配置すると中心厚は厚くなってしまう。図10(b)図に示すように小玉の下縁部を基準にして傾斜させると小玉の突出量が軽減されレンズ中心厚を(a)図の場合に比べて0.84mm薄くできる。しかしながら小玉の正面から見た形状は当然のことながら変化する。その様子を図11を用いて説明する。(a)図は上述した複合2焦点プラスチックレンズ32の入射光と屈折光の光跡を示している。小玉の正面図を図示しているが小玉の外形は半径14mmの円形を基準にしているのでこれよりは僅かに大きいサイズである。小玉の中心はレンズ光学中心線より下方10.5mmの位置とし、小玉上縁部は下方5.3mmで水平に段差を設けている。小玉部分に光軸中心線に平行な入射光を想定しその屈折光の光跡を図示している。小玉の水平線に対して1度の振れである。(b)図は(a)図の状態から小玉の下縁部を中心に2度対物側に傾倒させた状態であり、(c)図は同様に3度傾倒させた状態を示す。このときの屈折光の振れは(a)図の屈折光に対して0.39度である。また複合レンズの中心厚は小玉の上に0.5mmの厚みを残して2.39mmである。但しレンズの外形幅は24.7mmで標準外形幅より3.3mm狭くなっている。(d)図は屈折光が光軸中心線(水平線)に平行になるための入射光の角度を求めたもので、1.3度の俯角となった。
【0027】
上述した加入度数を設定した複合プラスチックレンズの基準光線の分散性を検証する。一例として2焦点レンズについて説明する。図12(a)及び(b)図は、先に図11(c)図で述べた小玉を傾倒させた複合2焦点プラスチックレンズ32の変形を示している。アッベ数を定める基準光線の屈折状況を厳密に調べるため小玉の中心を光軸中心線上に移動させた形状の複合2焦点プラスチックレンズ32−1を用いて屈折光の光跡を示す。基準光線のうち焦点位置が最も乖離するnF線とnC線について述べることにする。図12(a)図は小玉33−1に光軸中心線に平行な入射光を想定しエピスルフィド樹脂(MR174)から成る小玉とウレタン樹脂(MR−8)から成るベースレンズ基材を透過する屈折光の光跡を図示している。遠用部の度数は−2.00Dであり近用部に相当する小玉部分は度数0.00に設定して加入度数2.00Dの複合2焦点プラスチックレンズである。nF線の屈折光の光跡はほぼ光軸中心線に平行であり、入射光は直進している。また遠用部の入射光は屈折して虚の焦点を結び交点nFとして図示した。同じく(b)図はnC線について光跡を図示しており、小玉を透過した屈折光はほぼ光軸中心と平行で、これら双方の屈折光を重ねて作図したがベースカーブの半径(R368.50)内では殆ど重なっている。従ってnF線及びnC線の分散はほとんど無い状態である。遠用部に於けるnF線及びnC線の屈折光の光軸中心線との交点(虚の焦点)の乖離する距離は10.86mmであり、ウレタン樹脂(MR−8)の光の分散の影響が顕著である。
【0028】
前出のウレタン樹脂(MR−8)から成るベースレンズ基材を、同じ度数でエピスルフィド樹脂(MR174)に置き換えてnF線とnC線の屈折光の光跡を検証した結果を図12(c)及び(d)図に示す。それぞれの虚の焦点の乖離する距離は14.45mmでありアッベ数の高いウレタン樹脂(MR−8)の方が光の分散は小さいことが分かる。
【0029】
本発明の密着成分層は特に図示していないが、複合プラスチックレンズを構成するための第三の成分であり、本発明者等がハードコートの密着性の向上と干渉縞の改善のためのインデックスマッチングを行ったときの成果であり、特にエピスルフィド樹脂レンズ基材への密着性を向上させるものである。エピスルフィド樹脂はエポキシ樹脂系であり、密着性の向上にはエポキシ樹脂系のシランカップリング剤が有効に作用している。液組成を表1に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
密着成分について、本発明では主に密着性を向上させるためであり特に屈折率については検討していないが、ADC樹脂とエピスルフィド樹脂の屈折率が大きく異なるため入射光の角度により反射光が生じる場合があり、屈折率の調整が必要になることがある。光屈折率ゾルは1.6〜1.65の屈折率を有するが、本発明ではコロイダルシリカゾル屈折率1.45を代用した。またベースレンズ基材及び/又はトップレンズ基材にウレタン系樹脂を用いるときはウレタン樹脂系シランカップリング剤を用いている。トップレンズ基材とベースレンズ基材を密着させるとき密着成分層は光の分散を考慮するときの第3樹脂成分である。
【0032】
ここで複合化する樹脂の密着する相性を理解しやすくするため、本出願人が先に出願したPCT/JP02/07179の中で開示した密着性の可能な組み合わせを表2に示す。硬化樹脂の種類は先に成形した樹脂であり、未重合素材は後から注型する樹脂を示す。表中の〇は万力で挟んでもしっかりと密着されており、×は万力で挟むと重合密着部分が剥がれ、白濁はモノマー部分の重合物が白濁したことを示す。未重合モノマーのHIEはエピスルフィド樹脂であり、三井化学製の商品名である。MR6〜8は屈折率の異なるウレタン樹脂で三井化学製の商品名である。CR−39はPPG社製のADC樹脂の商品名である。表中□印は密着成分層を形成して密着が可能になった組み合わせを示す。
【0033】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0034】
以上述べたように、本発明の複合レンズはアッベ数の低い高屈折率樹脂と低屈折率ではあるが高アッベ数の樹脂を組み合わせることで光の分散性を軽減し複合レンズの特性の向上を図っているものである。密着成分を付加することで複合化される樹脂の選択が限定されないから、複合要素のレンズ基材としていずれを先に成形するかという条件が排除される。トップレンズ基材は1乃至2mmの厚さであり、これを離型する場合特定側のモールドを剥離するのは困難な場合がある。特に2焦点レンズあるいは累進帯を構成した複合レンズはトップレンズ基材の厚さが局部的に変化するから、離型の際の難易度は可成り高い。このことは作業性と歩留まりに与える影響は大きく密着成分を提案した本願発明の利用性は高い。ベースレンズ基材にポリカーボネート樹脂が利用できるから、耐衝撃性に脆いエピスルフィド樹脂を用いても割れにくいレンズの提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】複合プラスチックレンズの基本形状を示し、トップレンズ基材にエピスルフ ィド樹脂、ベースレンズ基材にADC樹脂を使用し、光の分散を定義する各基本光線 の屈折光の光跡を示す。(a)図はne線、(b)図はnd線、(c)図はnF線、 (d)図はnC線の場合である。(e)及び(f)図はマイナスレンズの屈折光の光 跡を示す。(実施例2)
【図2】複合プラスチックレンズの基本形状を示し、トップレンズ基材にエピスルフ ィド樹脂、ベースレンズ基材にウレタン樹脂を使用し、光の分散を定義する各基本光 線の屈折光の光跡を示す。(a)図はne線、(b)図はnd線、(c)図はnF線 、(d)図はnC線の場合である。(実施例2)
【図3】トップレンズ基材とベースレンズ基材の中心厚を異にした複合プラスチック レンズの光の分散性の特徴を示す光跡図である。(a)図はne線、(b)図はnd 線、(c)図はnF線、(d)図はnC線の場合である。(実施例2)
【図4】エピスルフィド樹脂を用いた単一樹脂プラスチックレンズを示し、(a)図 はne線、(b)図はnd線、(c)図はnF線、(d)図はnC線に於ける屈折光 の光跡を示す。(実施例1)
【図5】ADC樹脂を用いた単一樹脂プラスチックレンズを示し、(a)図はne線 、(b)図はnd線、(c)図はnF線、(d)図はnC線に於ける屈折光の光跡を 示す。(実施例1)
【図6】ウレタン樹脂を用いた単一樹脂プラスチックレンズを示し、(a)図はne 線、(b)図はnd線、(c)図はnF線、(d)図はnC線に於ける屈折光の光跡 を示す。(実施例1)
【図7】複合レンズの密着面に於ける光の分散性を検証する光跡図である。(a)図 はnF線、(b)図はnC線の場合を示す。(実施例2)
【図8】(a)図は累進複合レンズの模式断面図を示す。(b)図は密着面を傾斜さ せた一例を示す模式断面図である。(実施例3)
【図9】(a)図は累進複合レンズの光跡図を示し、(b)図は密着面を傾斜させた 場合の焦点位置を検証する光跡図である。(実施例3)
【図10】(a)図は複合2焦点プラスチックレンズの模式断面図を示す。(b)図 は小玉を傾倒させた一例を示す模式断面図である。(実施例4)
【図11】(a)、(b)及び(c)の各図は小玉を傾倒させた場合の小玉の正面図 と小玉部分の屈折光の光跡図を示す。(d)図は小玉部分の光跡を検証する説明図で ある。(実施例4)
【図12】小玉の光分散性を検証するための変形された複合2焦点プラスチックレン ズを示し、(a)図はnF線、(b)図はnC線の光跡を示す。(c)及び(d)図 は光分散性を比較するための単一樹脂プラスチックレンズを示す。(実施例4)
【符号の説明】
【0036】
1 複合プラスチックレンズ
2 入射光
3 屈折光
4 交点位置
5 複合マイナスレンズ
7 複合プラスチックレンズ
15 単一樹脂プラスチックレンズ
30 累進複合レンズ
31 密着面傾斜複合レンズ
32 複合2焦点プラスチックレンズ
33 小玉

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種類以上の光学用樹脂から成る各レンズ基材を密着させ、前記光学樹脂の屈折率及びアッベ数の差を利用して、光の分散性を定義する基準光線の分散を軽減させることを特徴とする複合プラスチックレンズ。
【請求項2】
前記各レンズ基材が、メニスカス形状のプラスチックレンズの厚さ方向に分割された対物側に位置するトップレンズ基材と対眼側に位置するベースレンズ基材とから成り、前記ベースレンズ基材の屈折率が1.49乃至1.60であり、アッベ数が40以上のジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂あるいはウレタン樹脂を用いて成形し、前記トップレンズ基材が屈折率1.737以上であり、アッベ数33のエピスルフィド樹脂を用いた請求項1に記載の複合プラスチックレンズ。
【請求項3】
前記トップレンズ基材に小玉もしくは累進帯により加入度数を設定することを特徴とする請求項1又は2に記載の複合プラスチックレンズ。
【請求項4】
前記各レンズ基材のいずれか一方側面にエポキシ系もしくはウレタン系シランカップリング剤を含有する密着成分層を塗布形成し、前記各レンズ基材を密着した請求項1〜3のいずれか1項に記載の複合プラスチックレンズ。
【請求項5】
前記トップレンズ基材とベースレンズ基材の密着面を光軸中心線に対して傾斜させレンズ縁厚を調整した累進多焦点を構成する請求項1〜4のいずれか1項に記載の複合プラスチックレンズ。
【請求項6】
前記トップレンズ基材の密着面側に小玉を設けて成り、該小玉を小玉下縁部を基準にして傾倒させ小玉上縁部の突出高さを低くして中心厚を薄くした請求項1又は2に記載の複合プラスチックレンズ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2007−323062(P2007−323062A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−119175(P2007−119175)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(391003750)株式会社アサヒオプティカル (13)
【Fターム(参考)】