説明

複合材料の解析処理装置、複合材料の解析処理方法およびこの方法をコンピュータに実行させるプログラム

【課題】複数種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する際、複数種類のポリマーがゴム状態にある場合でも位相遅れの情報を検出する。
【解決手段】複合材料を原子間力顕微鏡を用いて解析するとき、少なくとも2つの設定温度の条件下、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られる複合材料の位相遅れのデータを取得する。次に、設定温度のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて位相画像をつくる。第1の設定温度の条件でつくられる第1の位相画像に基づいて選択された測定位置について、第2の設定温度の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れのデータを取得する。取得した位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行う。そのとき、第1の設定温度は、複数種類のポリマーが持つ複数のガラス転移温度のうち、いずれか2つのガラス転移温度の間に位置し、第2の設定温度は、前記2つのガラス転移温度より高い。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも2種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する複合材料の解析処理装置、解析処理方法およびこの方法をコンピュータに実行させるプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
原子間力顕微鏡は、試料表面の凹凸形状等を測定する装置である。圧電素子によってカンチレバーを上下に振動させながら、試料表面に数nmまで近づけ、カンチレバーと試料表面の間に原子間力を作用させる。そして、振動の振幅が一定になるようにカンチレバーと試料との間の距離を制御する。これにより、試料表面の凹凸形状を知ることができる。下記特許文献1では、原子間力顕微鏡を用いた液中観察による表面官能基を推定する方法が記載されている。
【0003】
一方、カンチレバーと試料表面との間に非接触モードで原子間力を作用させるとき、カンチレバーの振動の位相が変化し、位相データが得られる。この位相データにて作られる位相画像を用いたポリマーブレンドの相分離構造の観察が行われている(非特許文献1)。この非接触モードでは、ポリマーブレンド試料のモルフォロジーが観察可能であるとされている。
【0004】
しかし、この非接触モードにおいて、天然ゴムやブタヂエンゴム等を含む複数種類のポリマーを含んだ複合材料を計測しても、複数種類のポリマーの位相遅れの情報を識別することができない、といった問題があった。
【0005】
また、位相データは、試料表面の形状や温度等の測定条件の微妙な変化によってシフトし易いため、位相データの絶対値を情報として取り込み、解析に用いることはできない。
【0006】
一方、カンチレバーを試料に接触させ、試料表面の摩擦力や粘着力を測定する接触モードや、カンチレバーのしなりをモニターし、カンチレバーにかかる力を測定するフォースモードも利用されている。これらの測定値の温度変化からガラス転移挙動の観察が行われている。しかし、接触モードやフォースモードでは、測定対象の表面が平滑であることが必要であり、さらに、試料表面はカンチレバーの接触によりダメージを受けるため、測定は極めて困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10−206438号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】http://www.siint.com/products/spm/tec_gallery/data18.html (2009年4月29日検索)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
このような状況下、本発明は、少なくとも2種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する際、これらのポリマーの位相遅れの情報を確実に検出できる解析処理装置、解析処理方法およびこの方法を用いたプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、少なくとも2種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する以下に示す複合材料の解析処理装置により達成することができる。すなわち、解析処理装置は、
(A)少なくとも2つの設定温度の条件下、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて計測される複合材料の位相遅れのデータを取得するデータ取得部と、
(B)前記設定温度のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて位相画像をつくり、前記設定温度のうち、第1の設定温度の条件でつくられる第1の位相画像に基づいて選択された測定位置において、第2の設定温度の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れのデータを取得するデータ処理部と、
(C)取得した前記位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行う解析部、を有する。
(D)その際、前記第1の設定温度は、前記2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置し、前記第2の設定温度は、前記2つのガラス転移温度より高い。
【0011】
さらに、上記目的は、少なくとも2種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する以下に示す複合材料の解析処理方法により達成することができる。すなわち、解析処理方法は、
(E)少なくとも2つの設定温度の条件下、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて計測し、複合材料の位相遅れのデータを取得するステップと、
(F)前記設定温度のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて位相画像をつくり、前記設定温度のうち、第1の設定温度の条件でつくられる第1の位相画像に基づいて選択された測定位置において、第2の設定温度の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れのデータを取得するステップと、
(G)取得した前記位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行うステップと、を有する。
(H)その際、前記第1の設定温度は、前記2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置し、前記第2の設定温度は、前記2つのガラス転移温度より高い。
【0012】
また、上記目的は、上記解析処理方法をコンピュータに実行させるプログラムによって、達成することもできる。
【発明の効果】
【0013】
上述の複合材料の解析処理装置、解析処理方法及びプログラムでは、第1の設定温度が、少なくとも2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置する。したがって、第1の設定温度にてつくられる第1の位相画像において、2種類のポリマーの位相遅れを区別することができる。さらに、第2の設定温度は、前記2つのガラス転移温度より高くなるように設定されるので、ポリマーが第1の設定温度で区別できる位置を測定位置として選択することにより、前記2つのガラス転移温度を超える第2の設定温度でも、2種類のポリマーの位相遅れの情報を確実に取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本実施形態の複合材料の解析処理装置を用いた原子間力顕微鏡解析システムの概略構成図である。
【図2】図1に示すシステムを用いて実施される複合材料の解析処理方法の流れを示すフローチャートである。
【図3】図2に示すフローチャートにおける位置合わせの流れを示すフローチャートである。
【図4】(a)及び(b)は、図2に示す解析処理方法で得られる位相画像の例を示す図である。
【図5】(a)及び(b)は、図2に示す解析処理方法で得られる解析処理結果の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付の図面に示す実施形態に基づいて、本発明の複合材料の解析処理装置、解析処理方法および、この方法をコンピュータに実行させるプログラムを説明する。
(解析処理装置の概要)
図1は、本発明の複合材料の解析処理装置を用いた原子間力顕微鏡解析システム10の概略構成図である。原子間力顕微鏡解析システム(以降、システムという)10は、原子間力顕微鏡12と、解析処理装置14とを有する。
【0016】
原子間力顕微鏡(以降、顕微鏡という)12は、非接触(タッピング)モードで試料Sを測定し、位相遅れの情報を含んだデータを出力する装置である。
【0017】
本システム10は、少なくとも2種類のポリマーがブレンドされた複合材料において、2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置する第1の設定温度と、2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度よりも高い第2の設定温度において、タッピングモードで位相遅れを測定する。さらに、本システム10は、第1の設定温度でつくられる第1の位相画像を少なくとも用いて、2種類のポリマーの領域がユーザによる選択指示に基づいて測定位置を選択する。この測定位置を用いて第2の設定温度でつくられる第2の位相画像から位相遅れのデータを取得する。以降の説明では、2種類のポリマーに充填材が含まれた複合材料を試料Sとして用いる場合を説明する。
(解析処理装置の構成)
顕微鏡12は、2種類のポリマーにカーボンブラック等の球状の充填材(フィラー)を含んだポリマーブレンドの試料Sに対して数nmの距離まで先端を近づけたカンチレバー16を、振動子18を用いて所定の振動数、例えば300kHzで図中上下方向に動作させる。一方、振動したカンチレバー16に対して、レーザ光源20からミラー26aを介してレーザ光Lを照射する。そのとき、カンチレバー16で反射する反射光L’を、ミラー26bを介してフォトダイオード22で受光して、振動データを計測する。計測の際、カンチレバー16の振幅が一定となるように、基台24が上下方向に微小変位する。振動データは、カンチレバー16の先端に対応する試料Sの測定位置が硬い場合と柔らかい場合で、振動の位相が異なる。通常、測定部位が硬い場合、振動子18の振動に対する位相遅れは小さいが、測定位置が柔らかい場合、振動子18の振動に対する位相遅れは大きい。
【0018】
顕微鏡12は、少なくとも2つの設定温度の条件で試料Sの位相遅れが得られるように図示されないヒータおよび温度制御装置が設けられている。
【0019】
フォトダイオード22で計測された位相遅れの情報を含んだデータが解析処理装置14へ転送される。解析処理装置14は、CPU30およびメモリ32を備えるコンピュータで構成される。解析処理装置14は、メモリ32に記憶されたプログラムを実行することでデータ取得部34、データ処理部36および解析部38を機能的に形成する。解析処理装置14は、データ処理結果等のデータや画像を表示するディスプレイ40と接続され、さらに、顕微鏡12の測定を制御するための測定条件やデータ処理や解析を行う条件を設定するために、オペレータの入力を補助するマウスやキーボードを含む入力操作系42と接続されている。ディスプレイ40および入力操作系42は、入出力ポート44を介して、解析処理装置14と接続されている。
【0020】
データ取得部34は、顕微鏡12から出力され転送される位相遅れの情報を含むデータを取得する部分である。具体的には、データ取得部34は、振動子18の振動の信号とカンチレバー16の位相遅れの情報を含む計測データとを用いて、振動子18の振動に対する位相遅れのデータを抽出する。顕微鏡12では、予め設定された温度で計測が行われる。各設定温度で計測される度に、位相遅れの情報を含むデータが解析処理装置14に転送され取得される。このため、位相遅れのデータは、各設定温度毎に得られ、メモリ32に記憶される。ここで、少なくとも2つの設定温度は、第1の設定温度T1と第2の設定温度T2を含む。第1の設定温度T1は、2種類のポリマーのいずれか1つが持つガラス転移温度Tg1よりも低く、他方のポリマーが持つガラス転移温度Tg2よりも高くなるように設定されている。第2の設定温度T2は、これらのガラス転移温度Tg1,Tg2よりも高く設定されている。すなわち、第1の設定温度T1は、2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置し、第2の設定温度T2は、上記2つのガラス転移温度より高い。
【0021】
データ処理部36は、第1の設定温度T1と第2の設定温度T2のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて第1の位相画像と第2の位相画像をつくり、第1の位相画像と第2の位相画像との間で位置合わせを行う。さらに、データ処理部36は、位置合わせされた第1の位相画像と第2に位相画像をディスプレイ40に画面表示させ、ユーザによる測定位置の選択指示を待ち受ける。第1の位相画像と第2の位相画像との間の位置合わせを行うのは、同じ試料Sを計測しても、同時に計測する訳ではないので、試料Sの位置が微小に動くからである。
【0022】
さらに、データ処理部36は、第1の位相画像に基づいて選択された測定位置において、第2の設定温度T2の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れの情報を取得する。
【0023】
ここで、第1の位相画像及び第2の位相画像には、ポリマーの位相データの他に球状のフィラーの位相データも含まれている。フィラーは、試料S中で位相遅れの最も小さい硬い材料であり、第1の設定温度及び第2の設定温度において位相遅れの変化が小さいため、第1の位相画像及び第2の位相画像では表示濃度の最も濃い粒子状の領域として点在する。データ処理装置36は、第1の位相画像中の粒子状の表示濃度の最も濃い領域とそれ以外の領域とが分離されるように設定された閾値を用いて、第1の位相画像及び第2の位相画像に対して2値化処理を行うことにより、粒子状の濃い表示濃度の領域を抽出する。
【0024】
上述した2値化処理の施された第1の位相画像と第2の位相画像の中には、分散した球状のフィラーの領域が示されている。したがって、データ処理部36の位置合わせの処理では、2値化処理された第1の位相画像と第2の位相画像における画像間の相関係数(2つの画像の画像データ間の相関係数)が最も高くなるように、第1の位相画像に対して第2の位相画像の位置ずれ量(位相画像の縦方向及び横方向の位置ずれ量)が求められる。データ処理部36は、求められた位置ずれ量を用いて第2の位相画像の位置を修正する。
データ処理部36は、第1の位相画像と、修正された第2の位相画像をディスプレイ40に表示する。したがって、後述するようにユーザから第1の位相画像を参照して選択指示された測定位置の位置座標を用いて、第2の位相画像の測定位置を定めることができる。
【0025】
ユーザは、表示された第1の位相画像さらには必要に応じて第2に位相画像を見ながら、ポリマー及びフィラーの領域として測定位置の選択指示をする。データ処理部36は、以上のようにして第1の位相画像を用いて選択された測定位置における位相遅れの情報を取得する。ユーザによる測定位置の選択指示は、ディスプレイ40に表示された画像上のカーソルを移動してマウス等の入力操作系42のクリック等により行われる。
【0026】
その際、第1の設定温度T1は、上述したように、一方のポリマーの持つガラス転移温度Tg1よりも低く、他方のポリマーが持つガラス転移温度Tg2よりも高くなるように設定されている。このため、第1の設定温度T1の条件でつくられる第1の位相画像には、一方のポリマーがガラス状態となって位相遅れが小さいことを表す表示濃度の濃い領域と、他方のポリマーがゴム状態となって位相遅れが大きいことを表す表示濃度の薄い領域が識別可能に現れる。したがって、ユーザは、第1の位相画像において、一方のポリマーの領域と他方のポリマーの領域を識別することができ、一方のポリマーの領域および他方のポリマーの領域に、入力操作系42を用いて測定位置の選択指示をすることができる。また、第1の位相画像では、分散した球状のフィラーが表示濃度の最も濃い領域として識別可能に点在するので、ユーザは、この領域を測定位置として、入力操作系42を用いて選択指示をすることができる。
【0027】
データ処理部36は、以上のようにして第1の位相画像から選択された測定位置における位相遅れの情報を取得する。また、データ処理部36は、第2の位相画像から、選択された測定位置における位相遅れの情報を取得する。取得した位相遅れの情報は、メモリ32に記憶される。
【0028】
解析部38は、第1の位相画像から取得される位相遅れの情報と、第2の位相画像から取得される位相遅れの情報をそれぞれ縦軸および横軸に表した2次元散布図上に、メモリ32から読み出した位相遅れの情報をプロットし、プロット結果をディスプレイ40に表示する。
【0029】
さらに、解析部38は、ポリマーの位相遅れの情報を、第1の設定温度T1と第2の設定温度T2において位相遅れの変化の最も小さい位置の位相遅れを基準として修正する。位相遅れの変化の最も小さい測定位置は、本実施形態では、試料Sに含まれるフィラーである。したがって、解析部38は、ポリマーの位相遅れの情報を、フィラーの位相遅れを基準として修正する。解析部38は、第1の位相画像から取得される位相遅れの情報と、第2の位相画像から取得される位相遅れの情報をそれぞれ縦軸および横軸に表した2次元散布図上に、修正した位相遅れの情報をプロットし、プロット結果をディスプレイ40に表示する。
【0030】
このような解析処理装置14は、以下に示すプログラムをコンピュータに実行させることにより実現される。すなわち、プログラムは、
(a)2種類のポリマーが持つガラス転移温度の間に位置する第1の設定温度と、この前記ガラス転移温度より高い第2の設定温度とを含む設定温度の条件下、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られる複合材料の位相遅れのデータを取得する手順と、
(b)設定温度のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて位相画像をつくり、設定温度のうち、第1の設定温度の条件でつくられる第1の位相画像に基づいて選択された測定位置について、第2の設定温度の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れのデータを取得する手順と、
(c)取得した前記位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行う手順と、を有する。
(解析処理方法)
次に、解析処理装置14で行う解析処理方法について、より具体的に説明する。
【0031】
図2は、解析処理装置14において実施される解析処理方法のフローを示す図である。
【0032】
まず、データ取得部34は、顕微鏡12の非接触モードを用いて得られる試料Sの、第1の設定温度T1における位相遅れのデータを取得する(ステップS10)。位相遅れのデータは、振動子18の振動に対するカンチレバー16の振動の位相遅れのデータである。次に、顕微鏡12の温度条件が、第2の設定温度T2に引き上げられ、第2の設定温度T2における位相遅れのデータを取得する(ステップS12)。取得されたデータは、メモリ32に記憶される。
【0033】
次に、第1の設定温度T1における位相遅れのデータからつくられる位相画像(第1の位相画像)G1と第2の設定温度T2における位相遅れのデータからつくられる位相画像(第2の位相画像)G2との間の位置合わせが、データ処理部36により行われる(ステップS14)。
【0034】
図3は、位置合わせ処理の一例の流れを示すフローチャートである。
【0035】
具体的には、位相画像G1と位相画像G2には、球状のフィラーの領域が点在する。したがって、データ処理部36では、フィラーの領域と、それ以外の領域とが区別されるように表示濃度の閾値を定めて位相画像G1に対して2値化処理が行われる。これにより、フィラーの領域をそれ以外の他の領域から区別する(ステップS14a)。次に、同じ閾値を用いて、位相画像G2に対して同じ2値化処理が行われる(ステップS14b)。この2値化処理された位相画像G1と位相画像G2における画像間の相関係数(2つの画像の画像データ間の相関係数)が最大となるように、位相画像G1に対して位相画像G2の位置ずれ量(位相画像の縦方向及び横方向の位置ずれ量)が求められ、この位置ずれ量を用いて位置合わせが行われる(ステップS14c)。位相画像G1と、位置合わせが行われた位相画像G2がディスプレイ40に表示される。
【0036】
次に、ディスプレイ40に表示された位相画像G1を用いて、測定位置の選択が行われる。選択される測定位置は、ユーザがマウス等の入力操作系42を用いて位相画像の画面上のカーソルを所望の位置に移動してクリックすることにより選択指示された位置である。位相画像G1を用いて測定位置を選択指示するのは、位相画像G1では、最も硬いフィラーの領域が最も濃い表示濃度で示され、ゴム状態のポリマーの領域が最も柔らかい領域として、最も薄い表示濃度で示され、ガラス状態のポリマーの領域が中間的な硬さを持つ領域として、中間の表示濃度で示され、各ポリマーの領域およびフィラーの領域をユーザがディスプレイ40上で識別することができるからである。勿論、位相画像G1に加えて位相画像G2を用いてユーザが測定位置の選択指示をすることもできる。
【0037】
図4(a),(b)は、試料Sとして、NR(天然ゴム)とBR(ブタヂエンゴム)のポリマーブレンド(重量比はNR:BR=60:40)にカーボンブラック(50phr)を分散させた複合材料を、顕微鏡12で計測したときに得られる位相画像G1および位相画像G2を示す。図4(a)は位相画像G1の例を、図4(b)は位相画像G2の例を示す。
【0038】
位相画像G1は−20℃の温度条件の画像であり、位相画像G2は20℃の温度条件の画像である。測定周波数は約300KHzである。なお、ガラス転移温度は測定速度、特に測定周波数に依存する。顕微鏡12の非接触モードではカンチレバーの測定周波数を約300KHzとしたときのガラス転移温度が0℃となるが、この原子間力顕微鏡である顕微鏡12により得られたガラス転移温度(約300KHz)は、通常の動的粘弾性測定(10Hz)で測定したガラス転移温度(−63℃)よりも高い。この周波数依存性は、未公開特許文献であり、同一出願人より出願された特願2008−192493号の明細書に記されている。
【0039】
これより、位相画像G1の−20℃では、NRはガラス状態となっている。一方、BRのガラス転移温度(約300KHz)は顕微鏡12では−42℃である。よって、−20℃はBRのガラス転移温度(約300KHz)よりも高く、−20℃では、BRはゴム状態となっている。したがって、−20℃は、上述した第1の設定温度T1に当たる。一方、20℃はNRおよびBRのいずれのガラス転移温度(約300KHz)よりも高いため、NRおよびBRはいずれもゴム状態になっている。したがって、20℃は第2の設定温度T2に当たる。
【0040】
なお、顕微鏡12により測定されるガラス転移温度は、−70℃から30℃まで毎5℃でNR,BRの各位相を測定し、位相が急激に変化する範囲の中間点(急激に位相が変化する温度範囲の開始温度と終了温度との平均値)の温度とした。上記動的粘弾性測定でのガラス転移温度は、昇温速度を5℃/分の条件で得られる損失弾性率E”のピーク最高温度とした。
【0041】
図4(a)に示されるように、位相画像G1には、BRによる表示濃度の薄い領域と、NRによる表示濃度が比較的濃い領域、カーボンブラックによる表示濃度が最も濃い領域が示されている。これより、NRの領域、BRの領域およびカーボンブラックの領域をユーザは識別することができる。一方、図4(b)に示す20℃の条件では、NRおよびBRがいずれも表示濃度の薄い領域となって識別できない。一方、画像中に分散したカーボンブラックの領域が最も濃い領域として識別可能に示されている。したがって、位相画像G1においてカーボンブラックの領域が識別がしづらい場合、位相画像G1の他に図4(b)に示す位相画像G2を用いて、カーボンブラックの領域を識別することもできる。
【0042】
ユーザは、ディスプレイ40に表示された位相画像G1、また、必要に応じて位相画像G1および位相画像G2を見ながら、マウス等の入力操作系42を用いて測定位置を選択指示することができる。少なくともNRおよびBRに該当する測定位置は、位相画像G1を用いて選択される。
【0043】
次に、データ処理部36は、選択された測定位置におけるゴムA(例えばBR)、ゴムB(例えばNR)及びフィラーF(例えばカーボンブラック)の位相遅れの情報を、位相画像G1から取り出す(ステップS16)。さらに、データ処理部36は、選択された測定位置におけるゴムAとゴムBとフィラーFの位相遅れの情報を、位相画像G2から取り出す(ステップS18)。位相画像G1と位相画像G2とは、ステップS14において位置合わせされているので、測定位置の位置座標における位相遅れのデータを読み取ることにより、第2の設定温度T2におけるゴムAおよびゴムBおよびフィラーFの位相遅れの情報を取得することができる。取得された位相遅れの情報は、メモリ32に記憶される。
【0044】
本実施形態は、位相画像G1と位相画像G2とを画面に表示し、ユーザの選択指示により測定位置が選択されたが、測定位置は、位相画像G1のみを画面に表示し、ユーザの選択指示により選択されてもよい。
【0045】
次に、解析部38は、メモリ32から位相遅れの情報を読み出し、フィラーFの位相遅れを基準として、ゴムAとゴムBの位相遅れを修正する(ステップS20)。具体的には、フィラーの測定位置が複数あり、フィラーの位相遅れが複数取り出されたとき、フィラーFの位相遅れの平均値を基準値として用い、ゴムAとゴムBの位相遅れの各値から基準値を差し引くことにより修正する。修正されたゴムAとゴムBの位相遅れの情報は、ディスプレイ40に表示される。
【0046】
図5(a)は、上述したNRとBRとカーボンブラックCBを含む試料Sを用いて位相遅れを計測したときの結果を示す図である。カーボンブラックCBがフィラーである。位相画像G1から取得される位相遅れの情報と、位相画像G2から取得される位相遅れの情報をそれぞれ縦軸および横軸に表した2次元散布図上に、メモリ32から読み出した位相遅れの情報をプロットした結果が示されている。図5(a)から判るように、NRとBRとCBが明確に分離されてプロットされていることがわかる。
【0047】
図5(b)は、カーボンブラックCBの位相遅れを基準として、NRの位相遅れとBRの位相遅れを修正した結果を示す。カーボンブラックCBの位相遅れの平均値を求め、NRおよびBRの位相遅れの各値から上記平均値を差し引くことにより、位相遅れを修正する。
【0048】
以上のように、本実施形態では、第1の設定温度T1においてポリマー同士が識別可能な状態(ゴム状態とガラス状態)にあるので、このときの位相遅れの情報を用いることにより、ポリマーの領域を特定し測定位置を選択することができる。このため、従来、室温等における第2の設定温度T2だけでは識別できなかった複数のポリマーの位相遅れの情報を確実に取得することができる。
【0049】
上記実施形態では、2種類のポリマーを含む試料Sについて、各ポリマーの領域の測定位置を定める場合であったが、3種類以上のポリマーを含む複合材料にも適用することができる。3種類のポリマーを含む複合材料の場合、各ポリマーが持つガラス転移温度を、温度の低い順に第1のガラス転移温度、第2のガラス転移温度、第3のガラス転移温度としたとき、第1のガラス転移温度と第2のガラス転移温度との間に第1の設定温度を定め、第2のガラス転移温度と第3のガラス転移温度との間に第3の設定温度を定め、第2の設定温度を第3のガラス転移温度より高く定めるとよい。第1の設定温度及び第3の設定温度の測定により、3つのポリマーの領域を識別して測定位置を選択することができる。これにより、第2の設定温度でゴム状態となった3種類のポリマーの位相遅れを、測定位置に基づいて取得することができる。
【0050】
以上、本発明の複合材料の解析処理装置、解析処理方法およびプログラムについて説明したが、本発明は上記実施形態に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲において、種々の改良や変更をしてもよいのはもちろんである。
【符号の説明】
【0051】
10 原子間力顕微鏡解析システム
12 原子間力顕微鏡
14 解析処理装置
16 カンチレバー
18 振動子
20 レーザ光源
22 フォトダイオード
24 基台
26a,26b ミラー
30 CPU
32 メモリ
34 データ取得部
36 データ処理部
38 解析部
40 ディスプレイ
42 入力操作系
44 入出力ポート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する複合材料の解析処理装置であって、
少なくとも2つの設定温度の条件下、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて計測される複合材料の位相遅れのデータを取得するデータ取得部と、
前記設定温度のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて位相画像をつくり、前記設定温度のうち、第1の設定温度の条件でつくられる第1の位相画像に基づいて選択された測定位置において、第2の設定温度の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れのデータを取得するデータ処理部と、
取得した前記位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行う解析部と、を有し、
前記第1の設定温度は、前記2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置し、前記第2の設定温度は、前記2つのガラス転移温度より高いことを特徴とする複合材料の解析処理装置。
【請求項2】
前記データ処理部は、前記第2の位相画像の位相遅れのデータの他に、前記第1の位相画像から前記測定位置における位相遅れのデータを取得する、請求項1に記載の複合材料の解析処理装置。
【請求項3】
前記測定位置は、前記2種類のポリマーの領域の位置、および前記第1の設定温度と前記第2の設定温度において位相遅れの変化の最も小さい位置を含み、
前記解析部は、前記複数種類のポリマーの位相遅れのデータを、前記位相遅れの変化の最も小さい位置の位相遅れを基準として修正する、請求項1または2に記載の複合材料の解析処理装置。
【請求項4】
前記複合材料は、粒子状のフィラーを含み、
前記測定位置は、前記ポリマーの領域の位置、および前記フィラーの領域の位置を含み、
前記解析部は、前記ポリマーの位相遅れのデータを、前記フィラーの位相遅れを基準として修正する、請求項1または2に記載の複合材料の解析処理装置。
【請求項5】
前記複合材料は、粒子状のフィラーを含み、
前記データ処理部は、前記測定位置の選択前に、前記第1の位相画像および前記第2の位相画像において特定される分散した前記フィラーの複数の領域を用いて、前記第1の位相画像に対する前記第2の位相画像の位置合わせを行う、請求項1〜4のいずれか1項に記載の複合材料の解析処理装置。
【請求項6】
前記データ処理部は、前記フィラーの領域が他の領域と識別されるように前記第1の位相画像および前記第2の位相画像を2値化処理した処理画像の相関係数に基づいて位置合わせを行う、請求項5に記載の解析処理装置。
【請求項7】
前記フィラーは、カーボンブラックである、請求項4〜6のいずれか1項に記載の複合材料の解析処理装置。
【請求項8】
前記複数のポリマーは、天然ゴム及びブタヂエンゴムを含む、請求項1〜7のいずれか1項に記載の複合材料の解析処理装置。
【請求項9】
少なくとも2種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する複合材料の解析処理方法であって、
少なくとも2つの設定温度の条件下、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて計測し、複合材料の位相遅れのデータを取得するステップと、
前記設定温度のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて位相画像をつくり、前記設定温度のうち、第1の設定温度の条件でつくられる第1の位相画像に基づいて選択された測定位置において、第2の設定温度の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れのデータを取得するステップと、
取得した前記位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行うステップと、
前記第1の設定温度は、取得した前記位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行うステップと、を有し、
前記第1の設定温度は、前記2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置し、前記第2の設定温度は、前記2つのガラス転移温度より高いことを特徴とする複合材料の解析処理方法。
【請求項10】
少なくとも2種類のポリマーを含む複合材料を、原子間力顕微鏡を用いて解析する複合材料の解析処理をコンピュータに実行させるプログラムであって、
前記2種類のポリマーが持つ2つのガラス転移温度の間に位置する第1の設定温度と、前記2つのガラス転移温度より高い第2の設定温度とを含む設定温度の条件下、原子間力顕微鏡の非接触モードを用いて得られる複合材料の位相遅れのデータを取得する手順と、
前記設定温度のそれぞれにおける位相遅れのデータに基づいて位相画像をつくり、前記設定温度のうち、第1の設定温度の条件でつくられる第1の位相画像に基づいて選択された測定位置において、第2の設定温度の条件でつくられる第2の位相画像の位相遅れのデータを取得する手順と、
取得した前記位相遅れのデータを用いて、複合材料の解析を行う手順と、をコンピュータに実行させる指令を生成することを特徴とするプログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−13185(P2011−13185A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−159828(P2009−159828)
【出願日】平成21年7月6日(2009.7.6)
【出願人】(000006714)横浜ゴム株式会社 (4,905)
【出願人】(503460323)エスアイアイ・ナノテクノロジー株式会社 (330)