説明

複合炭化物およびその合成方法

【課題】 新規耐熱材料として期待されるAl−Si−C系複合炭化物は地殻に多く存在するAl、Siからなり資源の有効活用の観点から幅広い利用が望まれるが、高純度の複合炭化物を得るために高純度の原料を使用しているのが現状で、高価な高品位原料に選択肢が限定される課題がある。従って本発明の目的は、広範な組成の天然原料を使用して合成する高純度Al−Si−C系複合炭化物およびその合成方法を提供することにある。
【解決手段】 アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、更にカルシウム化合物またはナトリウム化合物の含有率が酸化物換算で30質量%以下の天然原料と炭素原料とを含む混合物を、不活性雰囲気中で焼成して得ることを特徴とするAl−Si−C系複合炭化物およびその合成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然原料を原料に使用して合成される複合炭化物およびその合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムとシリコンは酸素に次いで地殻に最も多く存在する元素であり、これを複合炭化物として利用することは資源の有効利用の観点から非常に重要である。
近年、様々な特徴を有する複合炭化物が研究され、中でもアルミニウムとシリコンの複合炭化物であるAlSiCはその優れた耐熱性が注目されており、各方面での実用化が期待されている。
これらAl−Si−C系化合物の合成方法には、いくつかの方法が知られている。最も単純な方法としては、元素単体からなる原料、あるいは、アルミニウム炭化物とシリコン炭化物とを混合、加熱することによって得る直接合成法がある。例えば非特許文献1にはアルミニウムとシリコンと炭素を原料としてAlSiCを合成した例が報告されている。しかし、この方法で原料として用いる高純度のアルミニウムおよびシリコンは高価であるため、得られるAl−Si−C系化合物も高価となり、広範な分野での実用化が阻害される問題がある。
また、アルミナ、シリカおよび炭素を混合して加熱する熱炭素還元法によって合成することもできる。例えば非特許文献2には、アルミナ、シリカおよび炭素を原料としてAlSiCを合成した例が報告されている。しかしこの方法で原料として用いるアルミナおよびシリカも高純度のもので比較的高価であるため、同様に得られるAl−Si−C系化合物は高価となり、広範な分野での実用化が阻害される問題がある。
天然鉱物を原料として用いる方法に、カオリン等のアルミナ−シリカ系天然原料と炭素とを含む混合粉を加熱する、熱炭素還元法による合成方法が知られている。例えば非特許文献3には、炭化アルミニウムと炭素およびカオリンを原料として熱炭素還元法によってAlSiCを合成した例が報告されている。しかし、この方法で原料として用いるアルミナ−シリカ系天然原料も高純度のものであり、適用できる原料は高純度カオリン等の特定の高純度天然原料に限定されている。
【0003】
【非特許文献1】Journal of the Ceramic Society of Japan,110[11]1010−1015(2002)社団法人日本セラミックス協会
【非特許文献2】Journal of the Ceramic Society of Japan,115[11]761−766(2007)社団法人日本セラミックス協会
【非特許文献3】セラミックス基礎科学討論会講演要旨集,Vol.40,354−355(2002)社団法人日本セラミックス協会
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
以上に述べた従来の方法は、原料に高純度のものを使用することによって、高純度のAl−Si−C系化合物を得ようとするものである。原料の純度を高めることによって高純度の合成物を得る方法は一般的に行われる手法であるが、この方法では使用できる原料が限定され、アルミニウムやシリコンといった単体の高純度原料を用いる場合には、原料コストが高くなり、また、天然原料を用いる場合にもその不純物含有量の極力少ないものを選定する必要があり、使用できる天然原料の選択肢が限定され、得られる複合炭化物も高価となるという課題がある。
【0005】
本発明は、これらの課題を解決するものであり、特にアルミナ、シリカを含有する天然原料に含まれる不純物の挙動について調査し、Al−Si−C系化合物を合成する際に用いる天然原料の許容組成範囲について鋭意検討した結果完成されたもので、広範な組成の天然原料を原料に使用して合成される高純度Al−Si−C系複合化合物とその合成方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のAl−Si−C系複合炭化物は、アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、更にカルシウム化合物またはナトリウム化合物を含む天然原料と、炭素原料とを含む混合物を不活性雰囲気中で焼成することを特徴とする。
【0007】
また、アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、更にカルシウム化合物またはナトリウム化合物を含む天然原料と、炭素原料とを含む混合物を、不活性雰囲気中で加熱するAl−Si−C系複合炭化物において、天然原料のカルシウム化合物またはナトリウム化合物の含有量が酸化物換算で30質量%以下であることを特徴とする。
【0008】
また本発明のAl−Si−C系複合炭化物の合成方法は、アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、カルシウム化合物またはナトリウム化合物を酸化物換算で30質量%以下含む天然原料と、炭素原料とを含む混合物を、不活性雰囲気中で加熱することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
上述したように本発明の天然原料を原料とした複合炭化物およびその合成方法は、アルミナ成分またはシリカ成分を含み、かつカルシウム化合物またはナトリウム化合物を含む安価な天然原料を使用することで、より広範な組成の天然原料の利用が実現し、耐熱性の高い高純度Al−Si−C系複合化合物およびその合成方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0011】
本発明において使用する天然原料は、アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、かつカルシウム化合物またはナトリウム化合物を含むことを特徴とする。
【0012】
天然原料と炭素原料とを含む混合物を高温に加熱することで、天然原料に含まれる酸化物は炭素と反応して、次式で代表される熱炭素還元反応によってCOガスを発生しながら炭化物へと化学変化する。
【0013】
また、天然原料に含まれる水酸化物あるいは炭酸塩は、昇温過程において脱水あるいは脱炭酸を起こして酸化物へと変化し、最終的には高温下において、次式で代表される熱炭素還元反応により炭化物に変化する。
【化1】

【0014】
特に、天然原料にアルミナおよびシリカを含む場合には、次式によってAl−Si−C系化合物が生成する。
【化2】

【化3】

【化4】

【0015】
本発明では、この反応過程における天然原料に含まれるカルシウム化合物の挙動を調査し、複合炭化物の合成過程においてカルシウム化合物が揮発して系外へと移動し、合成物中にほとんど残存せず、従って、得られるAl−Si−C系複合炭化物はカルシウム成分をほとんど含まない高純度なものとなることを見出した。
【0016】
カルシウム化合物の揮発および消失の反応機構は未だ明確ではないが、上述の[化2][化3][化4]の反応が進行する過程でカルシウム化合物の還元、炭化反応も進行し、生成した炭化カルシウム等の反応生成物や中間生成物の蒸気圧が高いために揮散することが考えられる。
【0017】
従来、酸化カルシウムは、蒸気圧が低い高温で安定な酸化物とされており、例えば酸化カルシウムを含む酸化物の混合物あるいは複合物を大気中で1700℃程度に加熱しても、酸化カルシウムの揮散が生じないことは良く知られている。従って高純度のAl−Si−C系複合炭化物を合成する場合に、カルシウム化合物を含有する天然原料を使用することは、従来の常識では考えられなかった。
しかし、本発明においては、上述の[化2][化3][化4]の反応過程でカルシウム化合物が不安定な状態となり、揮発して系外に散逸することを見出したものであり、従来知られていたカルシウム成分の高温における挙動とは大きく異なる現象を発見したことにより、本発明を完成した。
【0018】
カルシウム成分の揮発、消失という現象は、特に、上述の[化2][化3][化4]の反応式に示される熱炭素還元反応の進行する環境下において生じるものであり、本発明に係る複合炭化物の合成過程において、特に顕著に発現される作用である。このカルシウム成分の揮発、消失という作用により、本発明は、カルシウム成分をほとんど含まない高純度のAl−Si−C系複合炭化物を得ることができる。
【0019】
また本発明では、上述の反応過程において天然原料に含まれるナトリウム化合物も、複合炭化物の合成過程においてカルシウム化合物と同様に揮発して系外へと移動し、合成物中にほとんど残存せず、従って、得られるAl−Si−C系複合炭化物はナトリウム成分をほとんど含まない高純度なものとなる。ナトリウム化合物は、熱間での蒸気圧が高く加熱によって揮発しやすい物質であることが知られおり、複合炭化物を合成する過程の高温熱処理操作によって、混合物中から揮発、消失するため、本発明においては、天然原料中にナトリウム化合物が含有されていても、目的とする高純度のAl−Si−C系複合炭化物を得ることができる。ナトリウム化合物を含む原料を使用することが可能となることにより、本発明に用いることができる天然原料の選択肢はさらに広くなり、より安価な原料を入手できるとともに、鉱物資源の有効活用がより一層促進される。
【0020】
本発明のカルシウム化合物あるいはナトリウム化合物は、一般に天然鉱物中にカルシウム成分あるいはナトリウム成分として含まれるものをさし、代表的なものとしてはカルシウムあるいはナトリウムの酸化物、水酸化物や炭酸塩あるいは他元素との複合酸化物、複合水酸化物や複合炭酸塩が挙げられる。
【0021】
また、本発明で使用する天然原料のカルシウム化合物またはナトリウム化合物の含有量の上限は、特に限定されないが、天然原料中に含まれる成分を合成物へと有効に転換して複合炭化物の生成率を高めるために、反応過程で揮発消失し複合炭化物中に残存しない該化合物の含有量は少ないことが望ましく、天然原料のカルシウム化合物またはナトリウム化合物の含有量は、酸化物換算で、30質量%以下のものが好ましい。
【0022】
さらに、高純度のAl−Si−C系複合炭化物を得るためには、該天然原料のカルシウム化合物またはナトリウム化合物の含有量が酸化物換算で20質量%以下のものが最適である。
【0023】
また、前述の天然原料のカルシウム化合物またはナトリウム化合物の含有量の下限は、一般的に高純度の天然原料中に不可避的に存在するカルシウム化合物またはナトリウム化合物の量は、本発明の対象外となる。例えば、高純度のカオリンとして知られるジョージアカオリンには、0.1〜0.2質量%程度、また高純度のタルクには0.1〜0.4質量%程度のカルシウム化合物またはナトリウム化合物が含まれており、これらの含有量は、本発明の意図するものではない。
【0024】
したがって、本発明が意図する天然原料のカルシウム化合物またはナトリウム化合物の含有量は0.5質量%以上のものをさし、より望ましくは1質量%以上のものを選択することが好適である。
【0025】
本発明で使用する天然原料は、上述の作用を満足するものであれば特に限定されないが、少なくともアルミナ成分あるいはシリカ成分のいずれかを含むことが必要である。上述のように、本発明で使用する天然原料はAl−Si−C系化合物を合成する原料として用いるものであり、該天然原料中にはアルミナ成分あるいはシリカ成分を含むことが必須となる。
【0026】
天然原料がアルミナ成分を含みシリカ成分を含まない場合は、天然原料と炭素原料とを含む混合物中に、得ようとするAl−Si−C系複合炭化物の組成に応じてSi成分を配合することができる。また、天然原料がシリカ成分を含みアルミナ成分を含まない場合は、天然原料と炭素原料とを含む混合物中に、得ようとするAl−Si−C系複合炭化物の組成に応じてAl成分を配合することができる。同様に、天然原料がアルミナ成分とシリカ成分を共に含む場合であっても、その含有量が得ようとするAl−Si−C系複合炭化物の組成と異なる場合は、天然原料と炭素原料とを含む混合物中にAl成分またはSi成分を配合することができる。また、同様の手法により、得られる炭化物がAl−Si−C系複合炭化物とSiCとの共存物となるように、天然原料と炭素原料とを含む混合物の組成を調整することもできる。
【0027】
本発明で使用する天然原料に含まれるアルミナ成分およびシリカ成分とは、両者共に酸化物の形態でも良く、水酸化物や炭酸塩の形態であっても良い。また、他の成分との複合塩であっても良く、いずれも本発明の技術範囲に含まれる。
【0028】
本発明で使用する炭素原料は、特に限定されるものではないが、合成する複合炭化物の合成率を高め、高純度のAl−Si−C系複合炭化物を得るために、固定炭素分の高いものが好ましく、天然黒鉛、人造黒鉛、熱分解炭素などを使用することができる。
【0029】
本発明で用いる天然原料と炭素原料とを含む混合物中における炭素原料の配合割合は、混合物を加熱した際に昇温過程で脱水あるいは脱炭酸反応を経て酸化物に変化した成分に対して、高温下でこれらの酸化物を還元して炭化物へと転換するのに必要な炭素量を、得ようとするAl−Si−C系複合炭化物の組成に応じて任意に決定することができる。
【0030】
また、本発明で使用する不活性雰囲気は、高純度の複合炭化物の合成に適するものであれば、特に限定しないが、例えばアルゴンガス雰囲気を用いることができる。不活性ガスの中でもアルゴンガスが価格、取扱いの容易さから好適である。不活性ガスは高純度の複合炭化物を得るため、高純度のものが好ましく、熱炭素還元反応を効率よく進行させるには不活性ガスの気流中で合成反応を行うことが好ましい。雰囲気調整を行う不活性ガスとして、窒素ガスは、熱炭素還元反応が進行する過程でAl成分やSi成分と窒素とが反応して窒化物を生じ、目的とする高純度複合炭化物を得ることができないため適さない。
【0031】
本発明で用いる天然原料と炭素原料とを含む混合物は、任意の形態で加熱することができ、混合粉末の状態あるいは顆粒状に造粒して加熱してもよく、加圧して成形体とした後に加熱してもよい。熱炭素還元反応をより効率的に進行させたい場合には、顆粒状に造粒して加熱処理する方法が好ましい。
【実施例】
【0032】
次に、本発明の実施例を挙げ、本発明について具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の一様態を示すものであり、本発明がこれに限定されるものではない。
【0033】
[実施例1]
図1に示す、酸化物換算でアルミナ成分27.26質量%およびシリカ成分61.45質量%を含み、かつ、カルシウム化合物6.60質量%およびナトリウム化合物3.57質量%を含有する天然原料を用いて、A1SiCの単相を得るため、図2に示すように、該天然原料の粉末21.3質量%、Al粉末49.6質量%、カーボンブラック29.1質量%の配合比率で混合し、この混合粉末をアルゴン気流中で加熱処理した。加熱処理は、管状電気炉を用い、1時間当たりの平均昇温速度300℃で1700℃まで昇温し、3時間保持した後、平均降温速度300℃で1200℃まで冷却し、以後、放冷する条件で行った。加熱処理の間、炉内には毎分1Lの流量で高純度アルゴンガスを流入させた。
加熱処理して得た合成物の鉱物組成を粉末X線回折により調べた結果、図3に示すようにAlSiCの単相が形成されており、上述の天然原料を原料に使用した熱炭素還元法により目的とするAl−Si−C系炭化物が合成できた。
[実施例2]
加熱処理して得た合成物を微粉砕し、大気雰囲気中で1500℃に加熱して完全に酸化させることで、合成物中に含まれる各成分を全て酸化物に変化させた後に、化学組成の分析を行った。その結果を図4に示す。配合比率から求めたCaO含有量の計算値は1.98質量%であるのに対して、実際に加熱処理によって得た合成物中に含まれるCa成分の含有量は酸化物換算で0.14質量%であり、複合炭化物AlSiCの合成反応過程でCa成分が大幅に減少していることが分かる。また、NaOも同様に大幅に減少している。ナトリウム化合物は、熱間での蒸気圧が高く加熱によって揮発しやすい物質であることが知られおり、実施例1の加熱処理で揮発したことが推定される。この結果から、天然原料中にカルシウム化合物やナトリウム化合物が含有されていても、得られる複合炭化物中にはカルシウム成分やナトリウム成分がほとんど残存せず、高純度の複合炭化物が得られることが分かる。
以上より、本発明のAl−Si−C系炭化物およびその合成方法は、高純度の天然原料を用いることなく、より広範な組成の天然原料を使用しながら、高純度の複合炭化物が得られることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明のAl−Si−C系炭化物は、炭素含有耐火物の原料あるいは酸化防止剤などとして製鉄・製鋼用耐火物へ応用できるし、1700℃を超える高温域で使用される耐熱性セラミックスとしての利用の可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】天然原料の化学組成並びに鉱物組成である。
【図2】天然原料の粉末、Al粉末、カーボンブラックの配合比率である。
【図3】加熱処理して得た合成物を粉末X線回折によって調べた鉱物組成である。
【図4】合成物中に含まれる各成分を全て酸化物に変化させた後の化学組成の分析結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、更にカルシウム化合物またはナトリウム化合物を含む天然原料と、炭素原料とを含む混合物を、不活性雰囲気中で焼成することを特徴とするAl−Si−C系複合炭化物。
【請求項2】
アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、更にカルシウム化合物またはナトリウム化合物を酸化物換算で0.5〜30質量%以下含む天然原料と、炭素原料とを含む混合物を、不活性雰囲気中で焼成することを特徴とするAl−Si−C系複合炭化物。
【請求項3】
アルミナ成分またはシリカ成分を含有し、更にカルシウム化合物またはナトリウム化合物を酸化物換算で0.5〜30質量%以下含む天然原料と、炭素原料とを含む混合物を、不活性雰囲気中で焼成することを特徴とするAl−Si−C系複合炭化物の合成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−190961(P2009−190961A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−58650(P2008−58650)
【出願日】平成20年2月12日(2008.2.12)
【出願人】(591240722)岡山セラミックス技術振興財団 (13)
【Fターム(参考)】