説明

複屈折率計算方法及び複屈折率計算装置

【課題】 延伸して配向させた高分子の複屈折率を精度良く計算する。
【解決手段】 複屈折率計算方法は、情報処理装置において高分子の複屈折率を算出する方法であって、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて高分子のモデルを生成して、当該モデルをアモルファス状態にするアモルファス状態生成ステップ(S01)と、アモルファス状態にされたモデルを延伸させる延伸ステップ(S02)と、延伸されたモデルの複屈折率を算出する複屈折率算出ステップ(S04)と、算出された複屈折率を出力する出力ステップ(S05)と、を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子の複屈折率を算出する複屈折率計算方法及び複屈折率計算装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特定の性能を有する高分子を新たに重合するには、候補となる高分子の数が多い、価格が高い、合成が難しい等の問題点がある。そのため、従来からコンピュータケミストリーの分野において、既存あるいは新規の物質について高分子のモデルを作成しコンピュータを用いて当該高分子の物性を計算することが一般に行われている。この方法は、新規な高分子の設計のための構造の推定にも役立っている。
【0003】
高分子を用いた延伸フィルムにおいて、延伸により発現する複屈折によってフィルムの性能を得る場合がある。このようにして得られる性能としては、例えば反射防止等の性能がある。複屈折率を計算により求める試みが報告されている(例えば、下記の非特許文献1参照)。
【非特許文献1】相川泰,「高分子の複屈折の計算法と実測による検証」,高分子論文集,Vol.51,No.4,pp.237−243,1994年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の非特許文献1に記載されている方法は、モノマー構造の分極率を計算して固有複屈折を計算するものであり、ポリマーの配向を考慮したものではない。従って、延伸して配向させたフィルムの複屈折率の(精度の良い)計算はできなかった。
【0005】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであり、延伸して配向させた高分子の複屈折率を精度良く計算することができる複屈折率計算方法及び複屈折率計算装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る複屈折率計算方法は、情報処理装置において、高分子の複屈折率を算出する複屈折率計算方法であって、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて高分子のモデルを生成して、当該モデルをアモルファス状態にするアモルファス状態生成ステップと、アモルファス状態生成ステップにおいて、アモルファス状態にされたモデルを延伸させる延伸ステップと、延伸ステップおいて延伸されたモデルの複屈折率を算出する複屈折率算出ステップと、複屈折率算出ステップにおいて算出された複屈折率を出力する出力ステップと、を有することを特徴とする。
【0007】
本発明に係る複屈折率計算方法は、高分子のモデルを延伸させて配向させ、そのモデルの複屈折率を計算するものである。従って、高分子の配向の影響が考慮されるため、延伸して配向させた高分子の複屈折率を精度良く計算することができる。
【0008】
また、延伸ステップにおける延伸は、モデルの体積を一定として、予め設定された一方向に延伸させることが好ましい。この構成によれば、実際の高分子に即した状態が得られるので複屈折率をより精度良く計算することができる。
【0009】
また、延伸ステップにおいて、延伸されたモデルを緩和することが好ましい。この構成によれば、実際の高分子に即した状態が得られるので複屈折率をより精度良く計算することができる。ここで、「緩和」とは、計算により、モデルを平衡状態に近づけることをいう。
【0010】
また、延伸ステップにおける緩和は、モデルの体積を一定として行われることが好ましい。この構成によれば、実際の高分子に即した状態が得られるので複屈折率をより精度良く計算することができる。
【0011】
また、複屈折率算出ステップにおいて、モデルの原子間結合のベクトルを算出して、当該算出したベクトルと当該原子間結合の種類とにより決まる結合分極パラメータを用いてモデルの分極率を算出して、当該算出した分極率に基づきモデルの屈折率を算出して、当該算出した屈折率に基づき複屈折率を算出することが好ましい。この構成によれば、確実に高分子の複屈折率を計算することができる。
【0012】
また、複屈折率算出ステップにおいて算出された複屈折率が予め設定された終了条件を満足するか否かを判断して、満足していると判断されたら当該複屈折率を出力ステップにおいて出力させ、満足していないと判断されたらパラメータを変更して当該変更したパラメータに基づいて再度高分子のモデルを生成して複屈折率を算出させる判断ステップを更に有することを特徴とするが好ましい。この構成によれば、所望の複屈折率を有する高分子のパラメータを知ることができるので、高分子の設計を更に容易に行うことができる。
【0013】
即ち、本発明に係る複屈折率計算装置は、高分子の複屈折率を算出する複屈折率計算装置であって、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて高分子のモデルを生成して、当該モデルをアモルファス状態にするアモルファス状態生成部と、アモルファス状態生成部により、アモルファス状態にされたモデルを延伸させる延伸部と、延伸部により延伸されたモデルの複屈折率を算出する複屈折率算出部と、複屈折率算出部により算出された複屈折率を出力する出力部と、を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、高分子のモデルを延伸させて配向させ、そのモデルの複屈折率を計算するものである。従って本発明によれば、高分子の配向の影響が考慮されるため、延伸して配向させた高分子の複屈折率を精度良く計算することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面とともに本発明に係る複屈折率計算方法及び複屈折率計算装置の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明においては同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0016】
本実施形態に係る複屈折率計算方法は、高分子の複屈折率を算出するものである。複屈折率の算出は、分子動力学シミュレーションに基づいて行われる。複屈折率の算出の対象となる高分子は特に限定はないが、例えばフィルムやシート、成型品等に用いられるものである。また、複屈折率の算出の対象となる高分子には、複数の高分子の集合体も含まれる。
【0017】
図1に、本実施形態に係る複屈折率計算方法が実行される複屈折率計算装置10を示す。複屈折率計算装置10は、具体的には、ワークステーションやPC(Personal Computer)等の情報処理装置である。複屈折率計算装置10は、例えばCPU(Central Processing Unit)やメモリ等のハードウェアにより構成されており、これらの構成要素が動作することにより後述する複屈折率計算装置10としての機能が発揮される。なお、本実施形態に係る複屈折率計算方法を情報処理装置に対して実行させるプログラムが複屈折率計算装置10において実行されることにより、本方法が行われてもよい。
【0018】
図1に示すように複屈折率計算装置10は、アモルファス状態生成部11と、延伸部12と、複屈折率算出部13と、出力部14と、判断部15とを備えて構成される。また、複屈折率計算装置10は、外部装置20と接続されており、外部装置20から情報が入力される。
【0019】
アモルファス状態生成部11は、パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて高分子のモデルを生成して、当該モデルをアモルファス状態にする。パラメータの入力は、外部装置20からユーザにより行われる。また、外部装置20から入力されたパラメータを予め複屈折率計算装置10に格納させておき、格納されたパラメータを入力としてもよい。
【0020】
延伸部12は、アモルファス状態生成部11により、アモルファス状態にされたモデルを延伸させる。複屈折率算出部13は、延伸部12により延伸されたモデルの複屈折率を算出する。出力部14は、複屈折率算出部13により算出された複屈折率を出力する。
【0021】
判断部15は、複屈折率の算出の一連の処理の繰り返しを行うか否かを判断する。具体的には、判断部15は、複屈折率算出部13により算出された複屈折率が予め設定された終了条件を満足するか否かを判断して、満足していると判断されたら当該複屈折率を出力部14に出力させ、満足していないと判断されたら上記パラメータを変更して当該変更したパラメータに基づいて再度高分子のモデルを生成して複屈折率を算出させる。
【0022】
上記の各構成要素の処理は、全て情報処理として行われる。それぞれの処理の具体的内容については、より詳細に後述する。
【0023】
以下、図2及び図3のフローチャートを用いて、本実施形態に係る複屈折率計算方法(複屈折率計算装置10において実行される処理)を説明する。まず、複屈折率計算方法の基本的な処理を第1の処理として図2を用いて説明して、続いて図3を用いて、より実際的な処理について、第2の処理として説明する。
【0024】
[第1の処理]
まず、アモルファス状態生成部11が、計算を行う領域であるセルを生成し、複屈折率の算出対象の高分子のモデルを生成して、当該モデルをアモルファス状態にする(S01、アモルファス状態生成ステップ)。モデルの生成は、ユーザに入力された、あるいは予め複屈折率計算装置10に格納されているパラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて行われる。入力されるパラメータとしては、具体的には、分子の種類、モノマー数及びポリマー数等がある。また、分子動力学シミュレーションに用いられる原子や分子間の相互作用力を表す計算式等を予め設定しておく。高分子のモデルは、具体的には、高分子を構成する原子の座標及びポテンシャル等のデータを予め定められた条件に合致するように生成される。
【0025】
高分子のモデルの生成は、例えば市販されている分子構造体モデルを用いて、モノマー構造を生成し、モノマー構造を基に行うこととしてもよい。セルの形状に関しては、立方体であることが、偏りのないモデル構造計算の観点から好ましい。高分子のモデルを構成するモノマー数については、特に制限はないが、少なすぎると末端モノマーの影響が強くなりすぎ実際の値との乖離が大きくなり好ましくない。モノマー数は多い方が精度上では好ましいが、多すぎると計算時間が長くなりすぎる。上記を考慮して、具体的には、モノマー数としては30〜600程度が好ましい。セルの境界に関しては、3次元方向に同じセルが繰り返して存在する3次元周期境界条件を用いることが、計算精度の観点から好ましい。
【0026】
ポリマー数についても、特に制限はないが、少なすぎるとポリマー同士の影響が弱く、実際の値との乖離が大きくなり好ましくない。ポリマー数は多い方が精度上では好ましいが、多すぎると計算時間が長くなりすぎる。上記を考慮して、具体的には、ポリマー数としては3〜10程度が好ましい。
【0027】
また、アモルファス状態の生成は、アンサンブルに基づいて分子動力学シミュレーションの方法により行われる。アンサンブルは、計算手法を指定するものであり、予めユーザ等により設定されている。具体的には、温度、圧力並びに密度等の必要な条件、シミュレーションの時間刻み、及び計算時間等が設定される。以下、モデルに対する分子動力学シミュレーションは、同様に予め設定されたアンサンブル及び上記の条件に基づいて行われる。
【0028】
アモルファス状態の生成において、偏りのないアモルファス状態を生成するために、例えば、森上賢治ら著、高分子論文集vol.53,No.12,pp852〜859(Dec.,1996)に記載されているような方法を用いることができる。その方法とは、(i)アンサンブルとしてNVEを用い高分子のモデルを低密度で構造安定化計算を行った後、(ii)アンサンブルとしてNPTを用い高圧で圧縮し、(iii)再度、アンサンブルとしてNPTを用い常圧に戻す、というものである。(i)においては、密度0.01〜0.1と実際より密度が低くなる体積を選択することが好ましい。これは初期構造作成にあたりモノマー同士の接触等が起こりにくく構造安定化計算を行いやすいためである。(ii)においては、圧力は、高分子モデルを圧縮するため、10MPa〜10000MPaとすることが好ましい。温度は、任意に設定することができる。(iii)においては、圧力は常圧とし、温度は任意に設定することができる。アモルファス状態の生成において、セルの形状は立方体であることが、偏りのないモデル構造計算の観点から好ましい。また、アモルファス状態の生成は、例えば、M. Fukuda and S. Kuwajima, "Molecular Dynamics Simulation of MoistureDiffusion in Polyethylen Beyond 10ns Duration", J. Chem. Phys., 107,2149-2159 (1997)に記載されている方法に基づいてもよい。
【0029】
時間刻みは、短いほど精度が高くなり好ましいが、計算に要する時間が長くなるため、0.1〜10fs程度とするのがよい。計算時間は、モデルが定常状態になるまでの時間であるのが好ましい。時間刻み及び計算時間に関しては、以下の処理においても同様に設定する。
【0030】
なお、分子動力学シミュレーションに用いられる、原子や分子間の相互作用力を計算する計算式、及びその他のパラメータには、一般によく知られているもの(例えば川添良幸・三上益弘・大野かおる著『コンピュータ・シミュレーションによる物質化学』共立出版、pp.55〜82に記載されているもの)を用いることができる。高分子の分子動力学シミュレーションでは、結合力ポテンシャルと非結合ポテンシャルとを用いることができる。結合ポテンシャルは、結合距離を平衡値に保つ分子間の結合長ポテンシャル、結合角を平衡角に保つ結合角ポテンシャル、及び取り得る2面角を制御するトーション・ポテンシャルを含むことができる。非結合ポテンシャルは、分子内においてレナード・ジョーンズポテンシャルを用いることができる。
【0031】
続いて、延伸部12が、アモルファス状態生成ステップにおいてアモルファス状態にされたモデルを延伸させる(S02、延伸ステップ)。ここでの延伸方法は、セルに変形テンソルを与える方法、セルに単純な伸張変形を与える方法、セルの変形と同時に全原子の座標に対してそのセルの変形に対応したアフィン変換を与える方法等がある。セルに単純な伸張変形を与える方法が、実際の変形と条件が近く好ましい。具体的には以下のように行われる。延伸は、予め定められた延伸用のアンサンブルに基づいて分子動力学シミュレーションの方法により行われる。延伸用のアンサンブルとしては、実際のフィルムやシートの延伸を考慮して、体積を一定として予め設定された一方向にセルを延伸させるものを用いることが好ましい。立方体のセルを、体積を一定として一方向に延伸させる場合、セルが直方体となるように頂点の角度を90度に固定することが好ましい。延伸方向以外の2方向のセルの辺の長さに関しては、等しい長さにすることが、偏りのない延伸の観点から好ましい。体積一定で延伸させるアンサンブルとして、アンサンブルNVTを用いることが好ましい。ここで、体積一定とは、予め高分子の体積を設定しておき、この延伸における分子動力学シミュレーションにおいてその体積を一定として処理するということである。
【0032】
高分子のモデルを延伸させるためには、条件として、延伸速度及び延伸比を予めパラメータとして設定しておく必要がある。アンサンブルNVTを用いる場合、それ以外の計算条件として、温度を予め設定しておく。温度については、特に制限はなく、任意に設定することができる。体積については、特に制限はなく、設定した温度における密度から算出される体積にすることができる。延伸比については、大きくしすぎると高分子が伸びきってしまうため、適度な値、例えば10以下とするのが好ましい。延伸速度については、任意に設定することができる。計算時間は延伸速度を調節することによって調節することができるが、実用的な延伸速度に近い方が、計算精度の観点から好ましい。
【0033】
続いて、延伸部12は、延伸されたモデルを緩和する(S03、延伸ステップにおける緩和)。緩和は、予め定められた緩和用のアンサンブルに基づいて分子動力学シミュレーションの方法により行われる。緩和用のアンサンブルとしては、実際のフィルムやシートの延伸を考慮して、体積を一定として緩和させるものを用いることが好ましい。体積一定で緩和させる場合、セルの形状は一定とすることが好ましい。体積一定で緩和させるアンサンブルとして、アンサンブルNVT又はアンサンブルNVEを用いることが好ましい。
【0034】
アンサンブルNVTを用いる場合、緩和の条件として体積及び温度を予め設定しておく。温度については、特に制限はなく、延伸の際の温度にすることができる。体積については、特に制限はないが、延伸を行った体積にするのが好ましい。アンサンブルNVEを用いる場合、緩和の条件として体積とエネルギーとを予め設定しておく。体積及びエネルギーに関しては、特に制限はないが、延伸を行った体積及びエネルギーにするのが好ましい。上記の延伸ステップ(S02,S03)により、モデルにおけるポリマーは配向した状態となる。
【0035】
なお、モデルの緩和(S03)は、本実施形態において必須ではなく、緩和を行わなくても十分精度がよい複屈折率が得られる場合等には行われなくてもよい。
【0036】
続いて、複屈折率算出部13が、延伸ステップにおいて延伸され緩和されたモデルの複屈折率を算出する(S04、複屈折率算出ステップ)。複屈折率の算出は具体的には、以下のように行われる。
【0037】
まず、高分子のモデルの原子間結合のベクトルを算出する(S04a)。具体的には、モデルに含まれる原子の座標から、全ての原子間結合のベクトルを算出する。続いて、上記のように算出したベクトルと当該原子間結合の種類とにより決まる結合分極パラメータを用いて、高分子のモデルにおける分極率を算出する(S04b)。モデルにおける座標軸方向であるx軸方向、y軸方向及びz軸方向における分極率P,P,Pは、具体的には以下の式を用いて算出される。
【数1】


式(1)において、b及びbは、ベクトルと原子間結合の種類とにより決まる結合分極パラメータであり、所与の値である。また、θ,θ,θは、各原子間結合の結合軸とそれぞれの座標軸(x軸,y軸,z軸)がなす角度である。Σは、各原子間結合の値の和である。
【0038】
続いて、算出された分極率P,P,Pに基づきモデルの屈折率を算出する(S04c)。屈折率は、具体的には、座標軸方向毎に以下の式を用いて算出される。
【数2】


式(2)において、n,n,nは、座標軸方向毎の屈折率である。また、Vは1つのモノマーの分子容であり、予め設定された値、あるいは算出された値である。
【0039】
続いて、算出された屈折率n,n,nに基づき、複屈折率Δnを算出する(S04d)。複屈折率Δnは、具体的には、座標軸方向毎に以下の式を用いて算出される。
【数3】


なお、式(3)において、z軸方向はS02における延伸の方向であり、複屈折率Δnは、z軸方向に対する複屈折率である。
【0040】
続いて、出力部14が、複屈折率算出ステップにおいて算出された複屈折率を出力する(S05、出力ステップ)。出力は、ユーザが複屈折率の情報を参照できるように、例えば、複屈折率計算装置10が備えるディスプレイ等の表示装置に表示することにより行われる。それ以外でも、別の装置への出力が行われてもよい。また、複屈折率の出力の際に、併せて当該複屈折率の算出の対象となった高分子の構造に関する情報が出力されてもよい。
【0041】
上述したように本実施形態に係る複屈折率計算方法は、高分子(ポリマー)のモデルを延伸させて配向させ、そのモデルの複屈折率を計算するものである。従って、高分子(ポリマー)の配向の影響が考慮されるため、延伸して配向させた高分子の複屈折率を精度良く計算することができる。
【0042】
このように算出された複屈折率は、フィルムやシートに用いられる新たなポリマーの設計に用いられる。本実施形態によれば、情報処理装置による計算で複屈折率を得ることができるので、ポリマーを実際に合成して測定するよりも迅速かつ安価に複屈折率を得ることができる。従って、所望の複屈折率を有するポリマーの合成を容易に行うことができる。
【0043】
また、本実施形態のように、延伸をモデルの体積を一定として予め設定された一方向に延伸させることとすれば、実際の高分子に即した状態が得られるので複屈折率をより精度良く計算することができる。また、本実施形態のように、延伸されたモデルを緩和させることとすれば、実際の高分子に即した状態が得られるので複屈折率をより精度良く計算することができる。その緩和をモデルの体積を一定として行うこととすれば、実際の高分子に即した状態が得られるので複屈折率を更に精度良く計算することができる。
【0044】
また、本実施形態のように、屈折率を算出してその屈折率に基づいて複屈折率を算出することとすれば、確実に高分子の複屈折率を計算することができる。
【0045】
[第2の処理]
本処理は、高分子の複屈折率を計算するための処理である上記第1の処理を用いて、所望の複屈折率を有する高分子を探索するための処理である。
【0046】
図3に示すように、高分子のモデルのアモルファス状態の生成(S01)から、複屈折率の算出(S04)までは、第1の処理と同様である。なお、本処理では、パラメータを変更して再度高分子のモデルを生成するために、予め複数のパラメータを予めに複屈折率計算装置10に入力しておき、複屈折率計算装置10(のメモリ上)に格納しておく。
【0047】
ここで、変更対象のパラメータとなるのは、例えば、高分子を構成するモノマーに関するパラメータである。ここでいうモノマーは、モノマー分子(monomer molecule)ではなく、モノマー単位(monomeric unit)を意味する。モノマーに関するパラメータは、具体的には、モノマーを構成する原子の種類、各原子の座標、原子間の結合の種類等である。複屈折率の計算に用いられるモノマーの具体的な例としては、エチレン単位、プロピレン単位及び1−ブテン単位等のαオレフィン単位と、ノルボルネン単位及びジメタノオクタヒドロナフタレン単位等の脂環族炭化水素基を有する単位と、スチレン単位及び2−ビニルナフタレン単位等の芳香族炭化水素基を有する単位と、メチレンオキシド単位、エチレンオキシド単位及びプロピレンオキシド単位等のエーテル基を有する単位となどがある。最初に複屈折率の計算に用いられるモノマーは任意に選択される。
【0048】
上記の処理(S01〜S04)が終了すると、判断部15により複屈折率が予め設定された終了条件を満足しているか否かが判断される(S06、判断ステップ)。予め設定された終了条件とは、具体的には例えば、予め設定された上限の閾値と下限の閾値とから定まる範囲に入っているというものである。これらの閾値は、予め判断部15により記憶されている。
【0049】
判断部15により、終了条件を満足してないと判断された場合は、判断部15によりアモルファス状態生成部11に対して、パラメータの値を変更させて、高分子モデルを生成するように制御がなされる(S08、判断ステップ)。具体的には高分子のモノマー構造等の高分子の構造を変更する。高分子のモノマー構造の変更は、高分子を構成するモノマーを他のモノマーに変更したり、新たなモノマーを共重合させたりすることにより行うことができる。変更あるいは共重合させるモノマーは、上記のように予め情報が格納されたモノマーから選択される。高分子の構造の変更は、高分子を構成するモノマーの配列を変更したり、高分子鎖に分岐を形成したりすることにより行うこともできる。
【0050】
選択されるモノマーは、算出された複屈折率が所望の値の範囲よりも大きかった場合(上限の閾値を超えていた場合)、芳香族炭化水素基を有する単位であるのが好ましい。芳香族炭化水素基を有する単位は、複屈折率を低減させる効果があり、芳香環が多いほど効果的である。また、共重合させる場合には、共重合させる量を多くさせるほど、効果的である。芳香族炭化水素基を有する単位としては、スチレン単位、2−ビニルナフタレン単位等がある。
【0051】
また、選択されるモノマーは、算出された複屈折率が所望の値の範囲よりも小さかった場合(下限の閾値を下回っていた場合)、エーテル基を有する単位であるのが好ましい。エーテル基を有する単位は、複屈折率を増加させる効果があり、エーテル基に由来する酸素原子が多いほど効果的である。また、共重合させる場合には、共重合させる量を多くさせるほど、効果的である。エーテル基を有する単位としては、メチレンオキシド単位、エチレンオキシド単位等がある。
【0052】
選択されるモノマー、モノマー構造の変更のさせ方(モノマーを変更するか、モノマーを共重合させるか)、モノマーの配列のさせ方(モノマーの配列順序、立体的な向き)、及び分岐のさせ方(分岐の数、位置、長さ)の情報については、予め判断部15に記憶させておき、それに基づいて高分子の構造の変更が行われる。アモルファス状態生成部11により再度高分子が生成された後は、再度、複屈折率の計算の一連の処理(S01〜S04)が行われる。
【0053】
判断部15により、終了条件を満足していると判断された場合は、複屈折率の情報は出力部14に送信され、出力部14により出力される(S07、出力ステップ)。出力の際、複屈折率の情報と併せて、当該複屈折率の算出対象となった高分子のパラメータも出力する。具体的には、高分子を構成するモノマーの情報、また、高分子が共重合体である場合、ポリマーを構成するモノマーの共重合組成比、モノマーの配列順序、モノマーの立体的な向き、また分岐を形成する場合は、分岐の数、位置、長さ等である。これらを参照して、所望の複屈折率を有する高分子の設計を更に容易に行うことができる。
【実施例1】
【0054】
本実施形態に係る複屈折率計算方法により、高分子の複屈折率を算出した実施例を示す。高分子の複屈折率を実測し、その複屈折率と本実施形態に係る複屈折率計算方法により算出した複屈折率と比較した。次の3つの高分子に対して複屈折率の実測及び算出を行った。
【0055】
(1)ポリスチレンG440K(日本ポリスチレン株式会社製)。実測前に以下の処理を施した。卓上プレスにて230℃で5分予熱した後、100kgf/cmの圧力で1分加圧した。その後、30℃に調整した卓上プレスに移動させ5分放置し、160mm角、厚さ150μmのフィルムを作成した。
【0056】
(2)エチレン/ノルボルネン共重合体Topas6013(チコナ社製)。実測前に以下の処理を施した。卓上プレスにて280℃で5分予熱した後、100kgf/cmの圧力で1分加圧した。その後、30℃に調整した卓上プレスに移動させ5分放置し、160mm角、厚さ150μmのフィルムを作成した。
【0057】
(3)エチレン/テトラシクロドデセン共重合体アペル5014D(三井化学社製)。実測前に以下の処理を施した。卓上プレスにて280℃で5分予熱した後、100kgf/cmの圧力で1分加圧した。その後、30℃に調整した卓上プレスに移動させ5分放置し、160mm角、厚さ150μmのフィルムを作成した。
【0058】
上記3つの高分子に対して、以下のように複屈折率を実測した。まず、プレス成形により得られたフィルムを、長さ70mm(延伸方向)×幅30mmに切り出し試験片とした。続いて、引張試験機AGS500D(恒温槽付き、島津製作所株式会社製)を用い、恒温槽を延伸温度から+10℃に調整しておく。フィルム試験片をチャック間隔30mmで取付け、引張速度1.67×10−3[m/s]で所定の延伸比まで延伸した。冷却後、計測機器KOBRA21ADH(王子計測機器株式会社製)により位相差を測定した。延伸後に厚みを測定し、複屈折率=位相差/厚みを計算した。実測結果を以下に示す。
【表1】

【0059】
引き続き、上記の3つの高分子の複屈折率を本実施形態に係る複屈折率計算方法により算出した実施例を示す。高分子のモデルの生成については、分子シミュレーション用ソフトウェアパッケージ「J−OCTA」(株式会社日本総研社)を用いた。また、モデル生成の際の力場パラメータとしては、AMBERを用いた。各ステップでの分子動力学シミュレーションについては、ソフトマテリアルに対する統合化シミュレータである「OCTA」のシミュレーションエンジンである汎用粗視化分子動力学シミュレータ「COGNAC」(財団法人化学技術戦略推進機構)を用いた。以下、各高分子についての、複屈折率の計算について説明する。
【0060】
(1)ポリスチレンに関して、セルの形状を立方体として、モノマー数50のポリマー4本からなるモデルの初期構造を生成した。境界条件は、3次元周期境界条件とした。そのモデルに対して、アンサンブルNVE、初期温度378K、圧力0.05atmで、時間刻み2fs、計算時間20psの分子動力学シミュレーションを行った後、アンサンブルNPT、温度378K、圧力3300MPaで、時間刻み2fs、計算時間20psの分子動力学シミュレーションを行い、モデルをアモルファス状態とした。セルの形状は、常に立方体とした。
【0061】
アモルファス構造のモデルを、アンサンブルNVT、温度378K、セルの1辺サイズ3.38nm、密度0.9、時間刻み2fs、計算時間30psで、セルをz軸方向に一定速度5.00×10[m/s]で延伸させる分子動力学シミュレーションを行った。延伸において、セルが直方体になるように、頂点の角度を90度に固定した。延伸方向以外のx軸方向及びy軸方向のセルの辺の長さは、等しい長さを保つようにした。以下の式で表される、時刻tにおけるz軸方向のセル長さzと初期のセル長さzとの比をを延伸比λとする。
λ = z/z
【0062】
(2)ポリスチレンのアモルファス構造のモデルを用いて、一定速度を5[m/s]、計算時間を3000psとした以外は、(1)と同様の方法で延伸させる分子動力学シミュレーションを行った。
【0063】
分子動力学シミュレーション結果を400fs毎に保存し、モデル内に存在する原子の座標から、原子間結合のベクトルを算出した。分極率算出の際に用いられる、結合分極パラメータは以下の表に示される値(K.G.Denbigh; Trans. Faraday Soc., 36, 936(1940)に記載の値)を用いた。
【表2】


分子容(式(2)におけるV)は、D.W.Van Krevelan; “Properties of Polymers”, 2nd ed. Elsevier,Amsterdam(1976)pp.56〜59に記載されている計算値である98を用いた。なお、上記に記載させた条件では、延伸ステップにおいて緩和を行わない場合の複屈折率が計算される。
【0064】
(3)延伸ステップにおいて緩和を行う場合の複屈折は次のように求められる。即ち、(1)の延伸ステップにおいて、延伸比3になるように延伸させた状態から、アンサンブルNVE、初期温度378K、時間刻み2fs、計算時間1000psの分子動力学シミュレーションを行う。セルの形状は一定とした。計算時間における800psから1000psまでの間(複屈折率がほぼ定常状態となっている間)の複屈折率を20ps刻みで計算した平均値を、緩和を行った場合の複屈折率とする。
【0065】
(4)〜(6)エチレンとノルボルネンとの交互共重合体(エチレン/ノルボルネン共重合体)に関して、エチレン数25、ノルボルネン数25のポリマー4本からなるモデルの初期構造を生成した。分子動力学シミュレーションにおける初期温度は、423Kとした。分子容(式(2)におけるV)は、D.W.Van Krevelan; “Properties of Polymers”, 2nd ed. Elsevier,Amsterdam(1976)pp.56〜59に記載されている分子容の計算パラメータを用いた計算値である121.65を用いた。アモルファス構造のモデルを密度1.02、セルの一辺サイズ2.71nmとした以外は(1)〜(3)ポリスチレンの場合と同様に複屈折率を計算した。
【0066】
(7)〜(9)エチレンとテトラシクロドデセンとの共重合体(エチレン/テトラシクロドデセン共重合体)に関して、エチレン数32、テトラシクロドデセン数16のポリマー4本からなるモデルの初期構造を生成した。エチレン及びテトラシクロドデセンの配列は、エチレン/テトラシクロドデセン/エチレンの繰り返しとした。分子動力学シミュレーションにおける初期温度は、424Kとした。分子容(式(2)におけるV)は、D.W.Van Krevelan; “Properties of Polymers”, 2nd ed. Elsevier,Amsterdam(1976)pp.56〜59に記載されている分子容の計算パラメータを用いた計算値である177.5を用いた。アモルファス構造のモデルを密度1.04、セルの一辺サイズ2.94nmとした以外は(1)〜(3)ポリスチレンの場合と同様に複屈折率を計算した。
【0067】
上記の3つの高分子の複屈折率について、延伸ステップにおいて延伸のみを行った場合、及び延伸後に緩和を行った場合それぞれについて以下の表に示す(上述した実測値についても併せて示す)。
【表3】


【表4】


表3及び表4に示した値から分かるように、本実施形態に係る複屈折率計算方法によれば、複屈折率を精度良く計算することができる。また、延伸後に緩和を行った場合、更に精度良く計算できている。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の実施形態に係る複屈折率計算装置の構成図である。
【図2】本発明の実施形態に係る複屈折率計算方法を示すフローチャートである。
【図3】本発明の実施形態に係る複屈折率計算方法を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0069】
10…複屈折率計算装置、11…アモルファス状態生成部、12…延伸部、13…複屈折率算出部、14…出力部、15…判断部、20…外部装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報処理装置において、高分子の複屈折率を算出する複屈折率計算方法であって、
パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて前記高分子のモデルを生成して、当該モデルをアモルファス状態にするアモルファス状態生成ステップと、
前記アモルファス状態生成ステップにおいて、アモルファス状態にされたモデルを延伸させる延伸ステップと、
前記延伸ステップにおいて延伸されたモデルの複屈折率を算出する複屈折率算出ステップと、
前記複屈折率算出ステップにおいて算出された複屈折率を出力する出力ステップと、
を有する複屈折率計算方法。
【請求項2】
前記延伸ステップにおける前記延伸は、前記モデルの体積を一定として、予め設定された一方向に延伸させることを特徴とする請求項1に記載の複屈折率計算方法。
【請求項3】
前記延伸ステップにおいて、前記延伸された前記モデルを緩和することを特徴とする請求項1又は2に記載の複屈折率計算方法。
【請求項4】
前記延伸ステップにおける前記緩和は、前記モデルの体積を一定として行われることを特徴とする請求項3に記載の複屈折率計算方法。
【請求項5】
前記複屈折率算出ステップにおいて、前記モデルの原子間結合のベクトルを算出して、当該算出したベクトルと当該原子間結合の種類とにより決まる結合分極パラメータを用いて前記モデルの分極率を算出して、当該算出した分極率に基づき前記モデルの屈折率を算出して、当該算出した屈折率に基づき複屈折率を算出することを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載の複屈折率計算方法。
【請求項6】
前記複屈折率算出ステップにおいて算出された複屈折率が予め設定された終了条件を満足するか否かを判断して、満足していると判断されたら当該複屈折率を出力ステップにおいて出力させ、満足していないと判断されたら前記パラメータを変更して当該変更したパラメータに基づいて再度前記高分子のモデルを生成して複屈折率を算出させる判断ステップを更に有することを特徴とする請求項1〜5の何れか一項に記載の複屈折率計算方法。
【請求項7】
高分子の複屈折率を算出する複屈折率計算装置であって、
パラメータの入力を受け付けて、当該パラメータに基づいて前記高分子のモデルを生成して、当該モデルをアモルファス状態にするアモルファス状態生成部と、
前記アモルファス状態生成部により、アモルファス状態にされたモデルを延伸させる延伸部と、
前記延伸部により延伸されたモデルの複屈折率を算出する複屈折率算出部と、
前記複屈折率算出部により算出された複屈折率を出力する出力部と、
を備える複屈折率計算装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−293782(P2007−293782A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−142994(P2006−142994)
【出願日】平成18年5月23日(2006.5.23)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】