説明

親水化された芳香族エーテル系高分子膜の製造方法

【課題】高い疎水性、高耐久性、高耐溶剤性の芳香族エーテル系高分子を膜原料として用いて、親水化された液体処理分離膜の製造する方法を提供することである。
【解決手段】湿式成膜法において、膜原液中に親水化剤を添加するのではなく、親水化剤を溶解させた溶液を凝固液として用いることによる、親水化された芳香族エーテル系高分子膜の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式成膜法において、凝固液として親水化剤を0.001重量%〜10重量%溶解させた溶液を用いることを特徴とする親水化された芳香族エーテル系高分子からなる液体処理分離膜の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、芳香族エーテル系高分子はその高い物理的強度と耐溶剤性、高度な疎水性のために発現する耐水性、特に極めて良好なガス浸透性を有していることからガス分離膜として広く検討されてきた。
【0003】
例えば酸素、窒素を分離対象物としてガス分離膜一般を考えた場合、分子サイズの差による分離は困難である。結果として、ガス分離性向上を目指した芳香族エーテル系高分子膜の検討としては、膜表面孔径を1.0nm以下に緻密化(非特許文献1参照)した上で、如何に膜表面の緻密層を薄く製造するかという点(特許文献1参照)と膜表面に適切な荷電構造を加え、膜材料自体のガス浸透速度を高めるという点(特許文献2参照)が主に実施されてきた。
【0004】
また膜製造方法と構造の点からは温度誘起相分離を利用する溶融成膜法による多孔質中空糸が報告されている(非特許文献2参照)。得られた中空糸の構造は、中空糸内面から中空糸外面付近までが均一な多孔構造で、最外面だけが完全に閉塞した構造であることから、外面の極めて薄い無孔膜によるガス分離を目的としたものであると推測される。
【0005】
しかしながら、ガス分離膜と並んで分離膜の重要な用途である液体処理分離膜に供される膜を考えた場合、芳香族エーテル系高分子は使用されることは無かった。その理由としては、既に、液体分処理離膜としては優れた材料としての芳香族ポリスルホン系高分子が存在したことが挙げられる。液体処理分離膜が供される液体処理分離用途において、分離対象物の一般的なサイズは2.0nm以上であり(非特許文献1参照)、主に利用する分離機能はサイズ分離である。
【0006】
従って液体中の多種多様な分離対象物をサイズ分離する為には、孔径が対象物のサイズにもとづいて精密に制御された多孔膜とすることが必要である。この点において、芳香族ポリスルホン系高分子は水と室温近辺で混和可能な多種の良溶媒を有しており、湿式成膜法を用いて平膜、中空糸膜をはじめとする様々な膜を製造することが可能である。また樹脂として溶融成型も可能であり、溶融成膜法を用いて多種の膜を製造することも併せて可能であった。即ち芳香族ポリスルホン系高分子は、膜加工の自由度が大きく、必要な孔径を有した膜を自在に製造可能な材料であったためと考えられる。
【0007】
ところで、一般的に分離膜は、水や水溶液、アルコールなどの水溶性有機溶媒等を対象とした液体処理分離膜として使用される場合、膜の親水化の処理が施される。水処理膜や血液浄化膜として広く利用されている芳香族ポリスルホン系高分子においても成膜原液の段階で、親水性高分子であるポリビニルピロリドンやポリエチレンオキサイドを親水化剤として混合し、成膜することにより親水化された高分子膜を製造している。
【0008】
一方、芳香族エーテル系高分子は、水と室温近辺で混和可能な良溶媒を有しておらず、室温近辺では湿式成膜法による膜への加工はできなかった。本発明者らは、これまでの検討の結果、芳香族エーテル系高分子を用いた湿式成膜法で孔径が制御され、高い透水性能を有する新規な液体処理分離膜が得られることを見出してきた(特許文献3参照)。しかしながら、湿式成膜法で親水化剤をブレンドして成膜する場合、芳香族エーテル系高分子は良溶媒に対する溶解性が低くため、膜基材および親水化剤の濃度を自由に調整することが困難であった。また、親水化剤の分子量や構造が限定される場合もあった。
【特許文献1】特開平3−65227号公報
【特許文献2】特開平5−7745号公報
【特許文献3】PCT/JP2006/315902号
【非特許文献1】膜技術(第2版)、アイピーシー、著者:Marcel Mulder、監修・訳:吉川正和、松浦剛、仲川勉(1997年)P.16、45−51、256、275−280
【非特許文献2】Polymer Vol.36 No.16,pp.3085−3091,1995:S.Berghmans、J.Mewis、H.Berghmans、H.Meijer
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、高い疎水性、高耐久性、高耐溶剤性の芳香族エーテル系高分子を膜原料として用いることを特徴とした、親水化された液体処理分離膜の製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究し、湿式成膜法において、凝固液として親水化剤を溶解させた溶液を用いることで、親水化された芳香族エーテル系高分子膜を製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、
【0011】
[1]凝固液として親水化剤を0.001重量%〜10重量%溶解させた溶液を用いることを特徴とする、湿式成膜法による下記式(1)で表される芳香族エーテル系高分子からなる親水化された液体処理分離膜の製造方法。
【化2】

(R、R、R、R、R、Rは水素、炭素数1以上6以下を含む有機官能基、または、酸素、窒素または珪素を含有する炭素数6以下の非プロトン性有機官能基であり、それぞれ同一であっても、異なっても構わない。構造式中のmは繰り返し単位数である。異なる繰り返し単位を2成分以上含む共重合体でも構わない。)
[2]数平均分子量が5,000以上1,000,000以下の親水化剤を用いることを特徴とする上記1の製造方法。
[3]親水化剤として、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、および/またはそれらを親水性セグメントとして含有する共重合体を用いることを特徴とする上記1または2の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、湿式成膜法において、凝固液として親水化剤を溶解させた溶液を用いることで、親水化された芳香族エーテル系高分子膜の製造方法を提供することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に関して具体的に説明する。
【0014】
本発明における液体処理分離膜とは分離処理が実施される温度で液体である分離を試みる対象混合液中から分離対象物である固体、液体、ガスを分離処理する用途に供される多孔質膜である。ただし、孔径が1nm以下であり、分離原理がサイズではなく分離対象物の膜中への溶解/拡散となる膜は本発明における液体処理分離膜の範疇に含有されない。例えば、原子/イオンサイズである無機塩などの除去や濃縮を対象とした逆浸透膜、分子のサイズが極めて近い低分子化合物を分離するパーベーパレーション膜などは、本発明における液体処理分離膜の範疇に含有されない。
【0015】
本発明における芳香族エーテル系高分子とは下記式(1)で表される。
【化3】

式(1)で表されるR、R、R、R、R、Rは水素、炭素数1以上6以下を含む有機官能基、または、酸素、窒素または珪素を含有する炭素数6以下の非プロトン性有機官能基であり、それぞれ同一であっても、異なっても構わない。構造式中のmは繰り返し単位数である。式(1)に示す構造範囲内で異なる繰り返し単位を2成分以上含む共重合体でも構わない。本発明における芳香族エーテル系高分子の末端のフェノール性水酸基は分離対象物が液体中で安定して存在可能であるpHを維持するために、必要に応じてエステル化、エーテル化、エポキシ化など各種変性を実施することができる。また分離対象物の静電気的な特性との相性から、高分子末端にアミノ基、モノアルキルアミノ基、ジアルキルアミノ基、カルボキシル基、スルフォニル基などの化学構造を必要に応じて導入できる。
【0016】
芳香族エーテル系高分子の数平均分子量は、例えば、5,000以上、400,000以下である。この領域であれば成膜で使用する良溶媒に十分溶解可能であると同時に、液体処理分離膜として十分な膜強度が得られる。数平均分子量のより好ましい下限は8,000以上、特に好ましい下限は10,000以上、上限としてより好ましくは200,000以下、より好ましい上限は100,000以下である。
【0017】
本発明における親水化とは、親水性を向上させること、もしくは付与することである。
【0018】
本発明における親水化剤とは膜材料である芳香族エーテル系高分子に親水性を付与するものであり、分離処理に供される液体混合物と本発明の芳香族エーテル系高分子からなる液体処理分離膜との接触を良好にするものである。対象物との電気的な相互作用を低減させるために、荷電構造を含まないノニオン性であることが望ましい。
【0019】
本発明における親水化剤は、具体的にはポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレンオキシド、ポリエチレングリコール−ポリプロピレングリコールブロック共重合体、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリ−N,N−ジメチルアクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミドなどのポリ(メタ)アクリルアミド系高分子、ポリヒドロキシアクリレート、ポリヒドロキシメタクリレートなどのポリ(メタ)アクリレート系高分子、カルボキシメチルセルロース、澱粉、コーンスターチ、ポリキトサン、ポリキチンなどが例示される。この中でも好適に利用できるのは、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミドである。また、これらの物質を親水性セグメントとして含有する界面活性剤やブロック共重合体およびグラフト共重合体も親水化剤として十分活用できる。ブロック共重合体およびグラフト共重合体の疎水性セグメントの具体例としては、ポリスチレン、ポリメチルメタアクリレートなどのポリ(メタ)アクリレート系高分子、芳香族ポリスルホン系高分子、芳香族エーテル系高分子などが挙げられる。この中でも好ましいのは、芳香族エーテル系高分子と混和性の高いポリスチレンを疎水性セグメントと有するブロック共重合体およびグラフト共重合体であり、ポリスチレン−ポリエチレングリコールブロック共重合体が好適に使用できる。また、これらは二種以上を組み合わせて使用することもできる。
【0020】
本発明における親水化剤の分子量は、下限として5,000以上、好ましくは8,000以上、さらに好ましくは10,000以上であり、上限としては1,000,000以下、好ましくは800,000以下、さらに好ましくは500,000以下である。この範囲であれば、凝固液への十分な溶解と成膜後の膜からの溶出性を低減することが可能である。
【0021】
本発明の芳香族エーテル系高分子からなる液体処理分離膜を製造する方法としての湿式成膜法とは、膜材料を良溶媒に溶解した膜原液と、膜原液中の良溶媒とは混和可能だが膜材料とは相溶しない他の溶媒からなる凝固液とを接触させることで、接触表面から濃度誘起による相分離を発生させて、膜を得る方法である。
【0022】
耐溶剤性の高い芳香族エーテル系高分子を用いる場合、均一に溶解した膜原液を安定に得て、成膜するためには、最適な製造条件を見出すことが極めて重要な課題であった。
【0023】
本発明の液体処理分離膜を得る湿式成膜法に用いられる良溶媒は、成膜条件において膜材料である芳香族エーテル系高分子を安定に5重量%以上溶解するものであれば如何なる溶媒を使用することができる。ただし、環境面およびコストの点から非ハロゲン系水溶性有機溶媒を用いることが好ましい。本発明における水溶性有機溶媒とは、20℃の100g純水に10g以上溶解可能である溶媒を示し、さらに好ましくは、水に混和可能なものである。具体的にはN−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、γ−ブチロラクトンなどが挙げられる。これらは2種以上組み合わせて使用できる。
【0024】
本発明の高分子膜を得る湿式成膜法に用いられる膜原液の一例としては、膜原液全体を100重量%とした場合、芳香族エーテル系高分子の使用範囲としては下限として1重量%以上、好ましくは2重量%以上、特に好ましくは3重量%以上である。また上限としては45重量%以下、好ましくは35重量%以下、特に好ましくは25重量%以下で均一に溶解した溶液が好適に使用される。また、均一に溶解した溶液が得られる場合、親水化剤を添加することも可能である。
【0025】
また、膜原液の温度は、下限として25℃以上、好ましくは65℃以上、特に好ましくは80℃以上、上限として膜原液中の良溶媒の沸点以下が好適に使用される。この温度条件下にすることにより、芳香族エーテル系高分子の溶解性を高めることができ、さらに膜原液として好ましい膜への加工を行うのに好適な粘度を得ることができる。
【0026】
本発明の液体処理分離膜を得る湿式成膜法に用いられる凝固液は、溶媒に親水化剤を下限として0.001重量%以上、好ましくは0.005重量%以上、さらに好ましくは0.01重量%以上、上限としては10重量%以下、好ましくは8重量%以下、さらに好ましくは、5重量%以下で、均一に溶解させた溶液を用いる。
【0027】
本発明の液体処理分離膜を得る湿式成膜法に用いられる凝固液に用いる溶媒は、膜原液と接触したとき濃度誘起相分離を引き起こし、接触面から膜を形成することができる物質であり、添加する親水化剤を均一に溶解することが可能である物質を示す。
【0028】
具体的には純水、モノアルコール系溶媒、下記式(2)で表されるポリオール系溶媒又はこれら2種以上の混合液などが好適に使用される。
【化4】

式(2)で示されるRは、炭素数1以上、20以下を含む有機官能基、または、酸素原子を1つ以上と炭素数1以上、20以下とを含む構造であり、Rに水酸基、エーテル結合、エステル基、ケトン基、カルボン酸などを1つ以上含んでいてもよい。式(2)に表されるポリオール系溶媒の一例として、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール、1,2−ブタンジオール、1,4−ブタンジオールなどが挙げられる。
【0029】
液体処理分離膜を得る湿式成膜法に用いられる凝固液の粘度によって透水性能を制御することが可能である。凝固液の粘度を高くすることにより、凝固液の原液への浸透が緩やかになり、結果、製造した膜の透水性能が向上することを見出した。また、併せて、製造した膜にマクロボイドが生成するのを防ぐ効果を有する。高い透水性能を得るためには、凝固液の粘度が20℃で3cp以上であることが好ましい。より好ましくは、5cp以上である。
【0030】
また、本発明の液体処理分離膜を得る湿式成膜法に用いられる凝固液中に、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、γ―ブチロラクトンなどの良溶媒を含有させることも可能である。特に、良溶媒を非溶媒に含有させた凝固液を使用する場合、その組成は、膜原液の組成、膜原液と凝固液との接触温度などで異なるが、概ね、凝固液全体を100重量%とした場合、良溶媒の重量%として下限0重量%以上、上限90重量%以下が好ましい。この範囲であれば、膜を形成するのに必要十分な濃度誘起相分離を十分に達成できる。
【0031】
本発明における凝固液の粘度は、ガラス製毛細管粘度計を用いて測定した値であり、測定方法としては、20℃恒温水槽中で恒温としたガラス製毛管粘度計に凝固液を入れ、30分以上放置後、恒温に達したとして測定を行うことにより動粘度が得られる。この得られた動粘度の値より下記式により凝固液の粘度(η)を得ることができる。なお、ガラス製毛細管粘度計としては、柴田科学(株)製のウベローテ粘度計などを用いることができる。
η=ν×ρ (ν:動粘度(mm/s)、η:粘度(cp)、ρ:密度(g/cm))
【0032】
本発明の湿式成膜法における成膜温度とは、膜原液と凝固液を接触させ、濃度誘起相分離を生じさせる時の温度であり、本発明の中空糸膜であれば二重紡口の温度により決まる。なお、平膜においては、凝固液温度で決まる。成膜温度の下限としては25℃以上、好ましくは80℃以上、特に好ましくは90℃以上である。上限としては膜原液もしくは凝固液の各沸点以下、好ましくは各沸点から5℃以上低い温度、特に好ましくは沸点から10℃以上低い温度である。
【0033】
特に成膜温度80℃以上、各沸点から10℃以上低い温度の範囲内で膜原液と凝固液が接触した場合において、特に高強度の膜を得ることできる。
【0034】
本発明の液体処理分離膜を得る湿式成膜法に用いられる膜原液、凝固液、特に中空糸膜製造時に糸の内部を通す凝固液(以後、内部凝固液)は均一溶解後に、溶存気体を除去することが望ましい。溶存気体を除去することで、溶存気体の発泡による膜の欠陥を著しく改善することできる。また、溶存気体のなかでも特に酸素を除くことで、高い温度下での膜加工による材料への酸化反応が減少する。
【0035】
本発明の湿式成膜法で中空糸膜を製造する場合、二重紡口から出た膜原液と内部凝固液による凝固を、より促進するため、紡口直下に槽(以後、凝固槽)を設け、凝固槽中に満たされた凝固液(以後、外部凝固液)と接触させることができる。
【0036】
本発明の湿式成膜法で中空糸膜を製造する場合、中空糸膜の断面構造を均一構造のみならず、様々な不均一構造まで、自由に構造制御するために紡口から外部凝固液面までの距離(以後、空走距離)および紡糸口から外部凝固液面までの空間の温度と湿度を調整することができる。
【0037】
空走距離の下限としては0.01m、好ましくは0.05m、特に好ましくは0.1m以上、上限として2.0m、好ましくは1.5m、特に好ましくは1.2m以下である。また紡糸口から外部凝固面までの空間における温度は、下限として20℃以上、好ましくは50℃以上、特に好ましくは80℃以上である。湿度は温度との兼ね合いで変化するが、下限として0%、好ましくは25%、特に好ましくは50%以上であり、上限としては100%以下である。
【0038】
本発明の湿式成膜法で中空糸膜を製造する場合の巻取り速度は、製造条件である各種因子、紡口の形状、紡糸原液の組成、内部凝固液および外部凝固液の組成、原液および各凝固液の温度等で変化し得るが、概ね600m/時間から9000m/時間の速度が選択される。
【0039】
本発明の湿式成膜法を用いることで、膜として供されるのに十分な強度、伸度を有した微多孔膜を得ることができる。また本発明の湿式成膜法においては濃度誘起相分離を利用することで、温度誘起相分離を利用する溶融成膜法では得ることが困難な、傾斜構造を有する多孔膜構造が容易に製造可能であり、得られる本発明の膜に高い透水性能を付与することが可能である。
【0040】
本発明の湿式成膜法においては、凝固液による凝固後、膜の強度を強めるため脱溶媒槽に浸漬して脱溶媒を促進することができる。脱溶媒液には、凝固液による濃度誘起相分離後、残存している溶媒を除去できる溶媒であり、膜を溶解しないものであればいずれの溶媒でも用いることが可能である。一般には、水、エタノール等を用いることが多い。
【0041】
本発明の湿式成膜法における成膜温度とは、膜原液と凝固液を接触させ、濃度誘起相分離を生じさせる時の温度である。即ち、膜原液の温度、凝固液の温度、中空糸膜であれば二重紡口の温度、平膜であれば膜形成をサポートする金属プレート等の温度により決まる。成膜温度の下限としては20℃以上、好ましくは25℃以上、特に好ましくは30℃以上である。上限としては膜原液もしくは凝固液の各沸点以下、好ましくは各沸点から5℃以上低い温度、特に好ましくは沸点から10℃以上低い温度である。特に成膜温度80℃以上、各沸点から10℃以上低い温度の範囲内で膜原液と凝固液が接触した場合において、特に高強度の膜を得ることできる。
【0042】
湿式成膜法により得られた未乾燥の本発明の液体処理分離膜は、乾燥中の膜破断が生じない温度、例えば、20℃以上から芳香族エーテル系高分子の溶融温度以下の温度範囲内で乾燥を行う。好ましい乾燥温度としては50℃以上、150℃以下、更に好ましくは60℃以上、140℃以下、特に好ましくは70℃以上、130℃以下である。乾燥に要する時間は、乾燥温度との関係で決まるが、概ね0.01時間以上から48時間までが選択される。
【0043】
本発明における液体処理分離膜の形態は特に限定されないが、代表的例として平膜、中空糸膜が挙げられる。
【0044】
本発明の液体処理分離膜はサイズ分離を対象としたあらゆる液体分離処理用途に供することができる。特に好適な用途としては医療用途、医薬用途、飲食品用途、並びにそれらに関連した用途に供されるフィルターである。具体的には血漿濾過、ウイルス除去、血液透析を含む各種血液浄化用途など医療用途に供される各種フィルター、制癌剤や抗生物質など合成医薬品精製プロセス、医薬用高度精製アミノ酸精製プロセス、ポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体などの抗体医薬品精製プロセスなど医薬用途に供される各種プロセスフィルター、清酒、ビール、ワイン、発泡酒、お茶、ウーロン茶、野菜ジュース、果物ジュースなど各種飲料製造時に使用されるフィルターなど食品用途に供される各種プロセスフィルターである。特に抗体医薬品である免疫グロブリンの凝集体除去を目的としたプロセスフィルターとしても供することができる。また本発明における血液処理用途とは血液浄化等の血液処理用途を言い、上記の医療用途に含まれる血漿濾過フィルター、ウイルス除去フィルター、血液透析用中空糸フィルターなどが挙げられる。
【0045】
本発明の多孔性を有する芳香族エーテル系高分子からなる液体処理分離膜は一般に限外濾過膜または精密濾過膜として呼称される領域のフィルターとしての性能を有する。
【0046】
本発明における透水性能とは粘性係数として0.0008902(Pa・s)をもった水、即ち25℃における水を膜に透過させた場合での、単位時間、単位面積、単位圧力あたりにおける水透過体積で表される。
【0047】
[実施例]
以下に、実施例、比較例等によって本発明を更に具体的に説明する。
【0048】
[膜の製造例1]平膜の製造方法
8.0gのN−メチル−2−ピロリドン(和光純薬工業株式会社製、1級、純度97%、以下、「NMP」と略す)に2.0gのポリ(2,6−ジメチルフェニレン−1,4−オキシド)(シグマアルドリッチジャパン株式会社製、以下「PPE」と略す)を加え、160℃で1時間加熱溶解させ、その後90℃の高分子溶液を得た。この高分子溶液を90℃に加熱されたガラス板上に静かに垂らし、アプリケーターを用いてむらなく広げ、素早く90℃に保温された、1重量%の親水化剤を含有する凝固液中に浸漬した。高分子はすぐに析出し、白色平膜が得られた。この平膜は、90℃の純水を用いて5回、浸漬・洗浄を繰り返し、その後70℃の熱風乾燥機で6時間乾燥した。
親水化剤の種類や濃度は適宜、調整を行い実施した。
【0049】
[膜の製造例2]中空糸膜の製造方法
1600gのNMPに430gのPPEを加え、分散溶液として膜原液用の5000×10−6反応器に注ぎ込んだ。反応器の攪拌をしながら0.02MPaまでの減圧と窒素置換を5回繰り返した。その後、160℃に反応器内液温度をあげ、均一なPPEのNMP溶液を得た。この段階で攪拌を停止し、反応器内部の圧力を0.02MPaの減圧状態のまま、1時間かけて反応器内部温度を90℃にした。次いで窒素を使用して反応器内部の圧力を大気圧と同じ圧力にし、90℃に保持された紡糸用の膜原液を得た。
【0050】
10gの親水化剤、495gの純水に495gのNMPを混合し、内部凝固液(内部液)を作成し、内部液用の3000×10−6反応器に加えた。0.02MPaまでの減圧と窒素置換を5回繰り返し、その後0.02MPaの減圧のまま、反応器内部温度を90℃に昇温した。1時間保持後に窒素を使用して反応器内部の圧力を大気圧と同じ圧力にし、90℃に保持された内径部を通す内部凝固液を得た。
【0051】
90℃に保持された2重紡口(内直系100μm、スリットの幅50μm、外直径300μm)の内直径部に90℃に保持された内部凝固液を約60×10−6/時間から約120×10−6/時間の流量で流し、次いで90℃に保持された膜原液を90×10−6/時間から240×10−6/時間の流速で通液させた。それぞれの流速は紡糸時の巻取り速度に応じて適宜調整した。
【0052】
得られた中空糸膜は空走距離0.6mで、90℃に保持された凝固槽中の外部凝固液(純水)中に導かれ、凝固を完了させたあと、巻取り装置で巻き取った。巻取り速度としては2400m/時間から4800m/時間で巻き取ることができた。
【0053】
その後、得られた中空糸膜は80℃の純水を用いて5回、浸漬・洗浄を繰り返し、その後70℃の熱風乾燥機で6時間乾燥した。
親水化剤の種類や濃度は適宜、調整を行い実施した。
【0054】
[測定方法]
<平膜の膜厚および気孔率の測定方法>
平膜の膜厚dは、株式会社ミツトヨ製のマイクロメータ(タイプIDF−130)を用いて測定を行った。平膜の気孔率は、直径25×10−3mの円形に打ち抜いた膜の重量を測定後、膜面積と膜厚から膜の体積を求め、下記式(3)を用い、PPEのバルク密度を1.06として計算した。

気孔率α(%)
=(1−重量/(樹脂密度 × 膜体積))×100 (3)

【0055】
<中空糸膜の膜厚、内径および気孔率の測定方法>
中空糸膜の膜厚dおよび内径は、株式会社キーエンス製レーザー顕微鏡(VK9700)を用いて測定を行った。中空糸膜の気孔率は、長さ0.2mに裁断した中空糸膜100本の束重量を測定し一本あたりの重量を求めた。次いで中空糸内径、膜厚および長さから、一本あたりの体積を求め、平膜同様に式(3)を用いて算出した。
【0056】

<最大孔径測定>
全ての測定に関わる作業は、25℃に管理された恒温室で実施した。各膜の最大孔径は、分布を有する膜中の孔を液体で満たし、エアーで液体を置換させるのに必要な圧力を測定するバブルポイント方法で求めた。測定に使用した液体の表面張力と測定圧力からLaplaceの式に基づいて孔径との関係が求められる。
具体的測定はASTM F316−86に準拠したバブルポイント法を用いて実施した。平膜の場合は、直径25×10−3mの円形に打ち抜いた膜をフランジ状の膜ホルダーに装填し(有効濾過面積3.5×10−4)、炭化フッ素液体(住友スリーエム社製 パーフルオロカーボンクーラントFX−3250、25℃における表面張力は10.47mN/m)を用いて、膜を浸漬させた。膜の片面をエアーでゆっくり加圧し、膜を透過したガス流量が150×10−6/時間になった時の圧力P(Pa)を読み取り、下記式(4)から最大孔径を算出した。式中のBは係数であり、下記式の場合2860になる。

最大孔径(μm)
=B×測定液体の表面張力(mN/m)/圧力(Pa)
=2860 × 10.47/P (4)

【0057】
測定装置の耐圧安全上、膜に加えられる限界圧力は1.5MPaであり、1.5MPaの加圧でガスの通過が認められない場合は測定不能とした。 また、中空糸膜の場合は、中空糸内径から内表面積を算出し、濾過面積3.5×10−4となる長さおよび本数を計算した。次いで、計算によって得られた必要量の中空糸膜を円筒型膜フォルダーに装填し、平膜と同等の操作で実施を行った。
【0058】
<接触角測定> 協和界面科学株式会社製 自動接触角計(CA−V型)を用いて水の接触角を測定した。測定は、雰囲気温度25℃で、純水1x10−7を滴下し、0.05時間後の接触角を測定した。接触角の算出は、θ/2法を用いて行った。
【0059】

<X−ray Photoelectron Spectroscopy(XPS)測定> サンプルを適当な大きさに切り取り、サーモエレクトロン製 VG ESCALAB250を用い、励起源をAlKα、X線強度15kVx10mA、分析面積約1.0x10−6でXPS測定を行い、膜表面の元素分析を行った。
【実施例1】
【0060】
膜の製造例1に従い、凝固液としてポリエチレングリコール(和光純薬工業株式会社製、分子量20,000、以下「PEG」と略す)を1重量%溶解させた水溶液を用い、平膜を作成した。
膜厚は176μm、気孔率78%、最大孔径86nmであり、水との接触角は85°であり親水性が付与されていた。結果を表1に示す。
【実施例2】
【0061】
膜の製造例1に従い、凝固液としてポリビニルピロリドン(和光純薬工業株式会社製、K30、以下、「PVP」と略す)を1重量%溶解させた水溶液を用いて平膜を作成した。
膜厚は169μm、気孔率77%、最大孔径81nmであり、水との接触角は77°であり親水性が付与されていた。結果を表1に示す。
【実施例3】
【0062】
膜の製造例1に従い、凝固液としてポリアクリルアミド(和光純薬工業株式会社製、分子量10,000、以下、「PAA」と略す)を1重量%溶解させた水溶液を用い、平膜を作成した。
膜厚は178μm、気孔率71%、最大孔径85nmであり、水との接触角は75°であり親水性が付与されていた。結果を表1に示す。
【実施例4】
【0063】
膜の製造法2に従い、内部凝固液としてPVP/NMP/水(1/69.5/29.5重量%)を用い、巻取り速度4200m/時間で、中空糸膜を作成した。
膜厚32μm、内径179μm、気孔率70%、最大孔径79nmであり、XPS測定の結果、窒素元素が表面に観測され、ポリビニルピロリドンによって中空糸内表面が改質されていた。結果を表1に示す。
【0064】
[比較例1]
膜の製造例1に従い、凝固液として親水化剤を入れない純水を用いて平膜を作成した。
膜厚は148μm、気孔率71%、最大孔径69nm、水との接触角は97°であった。結果を表1に示す。
【0065】
[比較例2]
膜の製造法2に従い、内部凝固液として親水化剤を入れないNMP/水(70/30重量%)を用い、巻取り速度4200m/時間で、中空糸膜を作成した。
膜厚は34μm、内径181μm、XPS測定の結果、窒素元素が中空糸内表面に観測されなかった。結果を表1に示す。
【0066】
[表1]実験結果一覧


【特許請求の範囲】
【請求項1】
凝固液として親水化剤を0.001重量%〜10重量%溶解させた溶液を用いることを特徴とする、湿式成膜法による下記式(1)で表される芳香族エーテル系高分子からなる親水化された液体処理分離膜の製造方法。
【化1】

(R、R、R、R、R、Rは水素、炭素数1以上6以下を含む有機官能基、または、酸素、窒素または珪素を含有する炭素数6以下の非プロトン性有機官能基であり、それぞれ同一であっても、異なっても構わない。mは繰り返し単位数である。異なる繰り返し単位を2成分以上含む共重合体でも構わない。)
【請求項2】
数平均分子量が5,000以上1,000,000以下の親水化剤を用いることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
親水化剤として、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリルアミド、および/または、それらを親水性セグメントとして含有する共重合体を用いることを特徴とする請求項1または2記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−188571(P2008−188571A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−28796(P2007−28796)
【出願日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】