説明

触媒ペースト調製方法

【課題】 低加湿や高温下で運転可能で劣化し難い触媒層を安価に形成可能で、安定性にも優れた触媒ペーストの調製方法を提供する。
【解決手段】 Pt/C触媒分散液を攪拌しつつこれに燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を滴下することから、燐酸ジルコニウムゲル懸濁液が一様に分散した触媒ペーストが得られ、触媒層14,16は、このような触媒ペーストを用いて形成されるので、燐酸ジルコニウムが一様に分散した組織が得られる。その結果、高分子電解質が用いられることなく、高い電池特性が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子形燃料電池を構成するための電極を兼ねる触媒層を形成するための電極触媒ペーストの調製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、燃料として水素、メタノール、化石燃料からの改質水素等の還元剤を用い、空気や酸素を酸化剤として、電池内で燃料を電気化学的に酸化することにより、燃料の化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換して取り出すものである。そのため、内燃機関に比較して効率が高く、静粛性に優れると共に、大気汚染の原因となるNOx、SOx、粒子状物質(PM)等の排出量が少ないことから、近年、クリーンな電気エネルギー供給源として注目されている。例えば、自動車用エンジンの代替、住宅用等の分散型電源や熱電供給システムとしての利用が期待されている。
【0003】
このような燃料電池は、用いる電解質の種類によって、アルカリ形、リン酸形、溶融炭酸塩形、固体酸化物形、固体高分子形等に分類される。これらのうちプロトン伝導性の電解質を用いるリン酸形および固体高分子形は、熱力学におけるカルノーサイクルの制限を受けることなく高い効率で運転できるものであり、その理論効率は、25(℃)において83(%)にも達する。特に、固体高分子形燃料電池は、近年電解質膜や触媒技術の発展により性能の向上が著しくなり、低公害自動車用電源や高効率発電方法として注目を集めている。
【0004】
上記の固体高分子形燃料電池は、板状や円筒状等の高分子電解質層の両面に一対の触媒層を介してガス拡散電極を設けた構造を備えるものであり、通常は、このような膜−電極接合体(Membrane Electrode Assembly:以下、MEA)をセパレータを介して積層したスタック構造で用いられる。燃料ガスおよび空気がMEAに供給されると、ガス拡散電極内を拡散して触媒層および電解質層表面に導かれる。この過程で燃料極側の触媒層上では酸化反応が生じてプロトン(H+)が発生し、電解質層内を通って空気極側の触媒層に向かって流れる。したがって、触媒層には、反応活性点が多く存在し、且つ、生成したプロトンや電子のパスが十分に形成されていると共に、ガス拡散電極を通して触媒層表面に導かれた燃料ガスや空気の拡散を阻害しないことが求められる。
【0005】
上記触媒層は、例えば、高分子電解質を有機溶媒に溶解した電解質溶液に触媒を担持させた炭素粒子等を分散させて触媒ペーストを調製し、これを電極上に塗布して乾燥処理を施すことで形成されていた。上記高分子電解質としては、例えばパーフルオロカーボンスルホン酸(PFS)等の高いプロトン導電性を有するものが用いられる。
【0006】
しかしながら、高分子電解質は、長時間運転時にOHラジカルによって分解されて劣化する問題がある。また、高いプロトン伝導性を確保するためには、十分な加湿が必要であることから、システムが複雑化してコスト上昇の一因になるため、燃料電池システム全体の効率や製造および運転コストの観点から低加湿或いは無加湿条件での運転が望まれている。また、発電効率の向上、排熱の有効利用、および白金触媒のCO被毒の軽減の観点から100(℃)以上の中温運転が要求されているが、高分子電解質は有機物であることから耐熱性が低く、使用温度が80(℃)以下に限られる問題がある。また、更に、前述したように触媒層を形成するための触媒ペーストに樹脂材料が含まれていることから、ペーストの安定性に欠ける問題もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−185980号公報
【特許文献2】特開2005−011697号公報
【特許文献3】特開2006−147478号公報
【特許文献4】特開2008−243688号公報
【特許文献5】特開2004−152635号公報
【特許文献6】特開2006−059634号公報
【特許文献7】特開2007−026709号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これに対して、例えば、高い保水能力を有する燐酸ジルコニウム等の金属燐酸化合物を触媒層に用いることが提案されている(例えば特許文献1,5〜7を参照。)。これにより、低加湿条件であっても長期間に亘って出力を十分に維持できる。しかしながら、燐酸ジルコニウムだけではプロトン伝導性が不十分であったものと考えられるが、触媒層には高分子電解質材料も同時に使用されているため、この技術では、運転温度、樹脂の劣化、触媒ペーストの安定性の問題は解決できていない。
【0009】
また、電解質膜および触媒層に燐酸ジルコニウムを用いることが提案されている(例えば特許文献2を参照。)。これにより、高分子電解質材料に対するOHラジカルの攻撃が抑制されるため、その耐久性が高められるので、燃料電池の性能を維持して長時間運転が可能となる。しかしながら、この技術においても、触媒層に高分子電解質材料が使用されていることから、運転温度や触媒ペーストの安定性の問題は解決できていない。
【0010】
また、高分子電解質材料と燐酸ジルコニウムとを複合化した電解質膜を用いることが提案されている(例えば特許文献3を参照。)。この技術によれば、従来よりも高い90(℃)で運転可能で、低湿度下においても良好な発電特性が得られる。しかしながら、触媒層には高分子電解質材料が用いられているので、樹脂の劣化や触媒ペーストの安定性の問題は解決できていない。
【0011】
また、触媒層の電子伝導体兼触媒担体として酸化錫を用い、その表面にプロトン伝導性を有する燐酸錫を設けると共に、プロトン伝導性の燐酸インジウムを無機バインダーとして用いることが提案されている(例えば特許文献4を参照。)。この技術によれば、どの程度の発電特性が得られるのかは示されていないが、触媒層が無機材料で構成されていることから、前述した触媒層の劣化が抑制されて長期的に安定したセル特性が得られる。しかも、触媒層が樹脂を含まないことから、電解質膜構成材料の選択次第で低加湿や高温の環境下でも高特性を得られる可能性がある。しかしながら、触媒ペーストの調製プロセスが複雑で、熱処理工程を含むと共に無機バインダーとしては高価なインジウム化合物を用いることから、製造コスト面で問題がある。
【0012】
上述したように、従来から、燐酸ジルコニウムや燐酸錫等を用いることによって低加湿や高温下で運転可能とすることや、触媒層の樹脂の劣化や樹脂ペーストの変化を抑制等することが試みられているが、何れも十分なものではなく、また、コスト面でも満足できるものではなかった。
【0013】
本発明は、以上の事情を背景として為されたものであって、その目的は、低加湿や高温下で運転可能で劣化し難い触媒層を安価に形成可能で、安定性にも優れた触媒ペーストの調製方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
斯かる目的を達成するための本発明の要旨とするところは、固体高分子形燃料電池を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質の触媒層を製造するための触媒ペーストの調製方法であって、触媒を担持した微細な担体を溶媒中に分散させた分散液を攪拌しつつ、その分散液中に燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を滴下する懸濁液滴下工程を含むことにある。
【発明の効果】
【0015】
このようにすれば、触媒担持担体の分散液を攪拌しつつ、その中に燐酸ジルコニウムゲル懸濁液が滴下されるので、その分散液中に燐酸ジルコニウムゲルが一様に分散する。そのため、このようにして得られた触媒ペーストをガス拡散電極上や電解質膜上に塗布、乾燥して触媒層を形成すると、無機電解質材料である燐酸ジルコニウムが一様に分散した触媒層が得られることから、触媒層中のガス拡散を阻害することなく、この燐酸ジルコニウムだけで十分に高いプロトン伝導性が得られるので、パーフルオロカーボンスルホン酸等の高分子電解質材料を触媒層に用いる必要がない。したがって、低加湿や高温下でも運転可能で劣化し難い触媒層を安価に形成可能で、安定性に優れた触媒ペーストが得られる。なお、燐酸ジルコニウムゲル懸濁液は、燐酸ジルコニウムゲルを水中で攪拌し、分散させた液である。
【0016】
ここで、好適には、前記懸濁液滴下工程は燐酸ジルコニウム(Zr(HPO4)2・nH2O)がペースト中の固形分全量に対して10(wt%)以上且つ50(wt%)以下の範囲内の割合となるように前記燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を滴下するものである。このようにすれば、燐酸ジルコニウムの添加量が適度な範囲にされているため、燃料電池を製造するに際してこの触媒ペーストを用いて触媒層を形成すると特に高い発電特性が得られる。例えば、0.4(V)において300(mA/cm2)以上の大きな電流密度が得られる。燐酸ジルコニウム量が10(wt%)以上であれば、プロトン伝導パスが十分に形成され、50(wt%)以下であれば、触媒層の電子伝導パスの減少延いては電子伝導度の低下やガス拡散性の低下が十分に小さく留められる。
【0017】
また、好適には、前記触媒ペースト調製方法は、ジルコニウム前駆体粉末に燐酸を混合して反応させることにより前記燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を合成する懸濁液合成工程を含むものである。このようにすれば、前記懸濁液滴下工程で前記分散液中に滴下したときに容易に分散する燐酸ジルコニウムゲル懸濁液が得られるので、燃料電池の発電特性を一層高め得る触媒層を形成可能な触媒ペーストが得られる。上記ジルコニウム前駆体粉末としては例えば水酸化ジルコニウム Zr(OH)4を好適に用い得る。
【0018】
また、好適には、前記触媒ペースト調製方法は、ジルコニウム溶液にキレート剤を混合して反応させることにより前記ジルコニウム前駆体粉末を合成する前駆体合成工程を含むものである。このようにすれば、燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を調製するに際して、水中に容易に分散するジルコニウム前駆体粉末が得られる。上記ジルコニウム溶液としては例えばジルコニウムブトキシドを、上記キレート剤としては例えばアセチルアセトンを、それぞれ好適に用い得る。これにより、上述したジルコニウム前駆体 Zr(OH)4が容易に得られる。
【0019】
また、好適には、前記微細な担体はカーボン粒子である。担体の構成材料や形状は特に限定されず、カーボンの他に導電性金属酸化物、耐食性金属等も用いることができ、粒子状の他に繊維状のもの等も用い得るが、導電性、価格や取扱いの容易性等の面でカーボン粒子を用いることが好ましい。また、30(nm)程度の平均粒径の粒子を用いることが好ましい。
【0020】
また、本発明の調製方法で得られる触媒ペーストを使用するに際しては、例えばガス拡散電極上に塗布し、乾燥処理を施すことで触媒層を形成することができるが、このとき、塗布量は、例えば、所望の触媒担持量が得られるように定めればよい。また、このようにして触媒層を形成した後、2枚の触媒層付き電極を高分子電解質膜を挟んで積層し、加圧しつつ加熱することで平板形のMEAが得られる。なお、本発明の触媒ペースト調製方法が適用可能なMEAは平板形に限られず、円筒形などでも差し支えない。
【0021】
また、本発明の触媒ペースト調製方法で得られる触媒ペーストは、種々の固体高分子電解質が用いられた固体高分子形燃料電池に適用され、固体高分子電解質の材質は特に限定されない。固体高分子電解質としては、例えば、イオン交換基(-SO3H基等)を有するモノマーの単独重合体または共重合体、イオン交換基を有するモノマーとそのモノマーと共重合可能な他のモノマーとの共重合体、加水分解等の後処理によりイオン交換基に転換し得る官能基(すなわちイオン交換基の前駆的官能基)を有するモノマーの単独重合体、または共重合体(プロトン伝導性高分子前駆体)に同様な後処理を施したもの等が挙げられる。
【0022】
上記高分子電解質の具体例としては、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂等のパーフルオロ型のプロトン伝導性高分子、パーフルオロカーボンカルボン酸樹脂膜、スルホン酸型ポリスチレン−グラフト−エチレンテトラフルオロエチレン(ETFE)共重合体膜、スルホン酸型ポリ(トリフルオロスチレン)−グラフト−ETFE共重合体膜、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)スルホン酸膜、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸(ATBS)膜、炭化水素系膜等が例示される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明の方法により調製した触媒ペーストが用いられた平板型のMEAの構成を示す模式図である。
【図2】図1の触媒層を形成するための触媒ペースト調製方法のうちのジルコニウム前駆体合成工程を説明する工程図である。
【図3】図2の工程で得られたジルコニウム前駆体を用いて燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を調製する工程を説明する工程図である。
【図4】図3の工程で得られた燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を用いて触媒ペーストを調製する工程を説明する工程図である。
【図5】図4の懸濁液添加工程における添加量を変化させて触媒ペースト中の燐酸ジルコニウム含有量と発電特性との関係を評価した結果を示す図である。
【図6】燃料電池評価装置の構成を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の一実施例を図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の実施例において図は適宜簡略化或いは変形されており、各部の寸法比および形状等は必ずしも正確に描かれていない。
【0025】
図1は、本発明の一実施例の調製方法による触媒ペーストを用いて製造した平板型のMEA10の断面構造を示す図である。図1において、MEA10は、薄い平板層状の電解質膜12と、その両面に備えられた触媒層14,16と、それら触媒層14,16の上面に設けられたガス拡散電極18,20とから構成されている。
【0026】
上記の電解質膜12は、例えばNafion(デュポン社の登録商標)等のプロトン伝導性高分子から成るもので、例えば20〜200(μm)の範囲内、例えば50(μm)程度の厚さ寸法を備えている。
【0027】
また、上記の触媒層14,16は、例えば球状の炭素粉末に白金等の触媒を担持させたPt担持カーボンブラック(以下、Pt/Cという)と、プロトン伝導性無機材料である燐酸ジルコニウムとから成る多孔質層である。触媒層14,16中には、燐酸ジルコニウムが10〜50(wt%)の範囲内、例えば20(wt%)程度の割合で含まれている。なお、触媒層14,16には、Nafion等の有機化合物は何ら含まれていない。また、Pt/Cは、例えば田中貴金属工業(株)から市販されているものが用いられている。これら触媒層14,16の厚さ寸法は、例えば50(μm)程度である。
【0028】
また、前記のガス拡散電極18,20は、例えば380(μm)程度の厚さ寸法を備えた炭素繊維紙(カーボンペーパー)から成るもので、厚み方向に容易に気体が流通し得る多孔質層である。この炭素繊維紙は、例えば東レ(株)から燃料電池用として市販されているものが用いられている。
【0029】
以上のように構成されたMEA10は、例えば、ガス拡散電極18,20間の電圧を0.4(V)としたときの電流密度が430〜720(mA/cm2)と十分に高い電池特性を有している。また、上述したように触媒層14,16に有機化合物が含まれていないことから、有機化合物の劣化や、低加湿環境下や中温域運転の制限等が緩和されている。すなわち、十分な電池特性を確保しつつ、高分子電解質が触媒層14,16に用いられる場合の不都合が回避されている。
【0030】
図2〜図4は、上記のMEA10を製造するに際して、触媒層14,16を形成するための触媒ペーストの調製方法を説明する工程図である。図2はジルコニウム前駆体の合成工程を、図3は燐酸ジルコニウムゲル懸濁液の調製工程を、図4は触媒ペーストの調製工程をそれぞれ表している。本実施例においては、前記触媒層14,16を形成するための触媒ペーストの調製工程は、このような3段階に分かれている。
【0031】
上記の図2において、工程1では、溶剤にジルコニウム溶液を混合する。この溶剤としては、例えば2-プロパノールを用いる。また、ジルコニウム溶液としては、例えばジルコニウムブトキシドを1-ブタノールに85(%)の濃度で溶解した溶液を用いる。次いで、工程2では、これに更にキレート剤を混合する。ここで添加するキレート剤としては、例えばアセチルアセトンを用いる。次いで、工程4では、これに1Nの硝酸を触媒として加える。これら工程1〜4における調合量は、例えば、2-プロパノール 400(g)、ジルコニウム溶液 22.6(g)、アセチルアセトン 10(g)、硝酸 20(ml)とした。
【0032】
全て混合後、工程4の混合工程では、これを例えばマグネチックスターラーにより、例えば400rpmにて3時間混合する。これにより、ジルコニウムブトキシドとアセチルアセトンとの反応によってジルコニウム前駆体 Zr(OH)4が生成される。次いで、工程5の乾燥工程では、混合液を例えば80(℃)で乾燥する。乾燥時間は例えば18時間程度である。これにより、ジルコニウム前駆体粉末が得られる。
【0033】
次いで、前記図3に示す工程6では、上記のようにして調製したジルコニウム前駆体粉末を用意し、工程7では、これに精製水を混合する。次いで、これに1N硝酸をpH調整のために添加する。これらの調合量は、例えば、ジルコニウム前駆体粉末 1.2(g)、精製水 13.2(g)、硝酸 0.84(g)とした。工程8の混合工程では、例えばマグネチックスターラーにより、例えば400rpmにて、これらを60分間混合し、ジルコニウム前駆体粉末を水中に分散させる。次いで、工程10では、これに85(%)燐酸を添加し、工程11の混合・反応工程では、これを更に攪拌して混合し、ジルコニウム前駆体と燐酸とを反応させて燐酸ジルコニウムを生成させ、室温で一晩放置する。燐酸の添加量は例えば3.46(g)とした。
【0034】
次いで、工程12の水洗工程では、反応させた混合液を濾過した後、水で過剰の燐酸を洗い流す。次いで、工程13の混合工程では、生成された燐酸ジルコニウムゲルを精製水と混合する。これにより、燐酸ジルコニウムゲル懸濁液が得られる。
【0035】
次いで、前記図4に示す工程14では、Pt/C触媒を用意し、次いで、工程15では、これを精製水に分散させ、更に、工程16ではこれに溶剤を加える。Pt/C触媒は、市販されているもので、例えばPtを45.8(%)含んでいる。また、溶剤は例えば2-プロパノールである。これらの調合量は、例えば、Pt/C触媒 0.4(g)、精製水 0.8(g)、溶剤 2.8(g)とした。これにより、溶媒中にPt/C触媒が分散した分散液が得られる。
【0036】
次いで、工程17では、上記の分散液を混合・攪拌する。この処理は例えばマグネチックスターラを用いて200〜500(rpm)の範囲内、例えば400(rpm)程度の回転数で回転子を回転させることで行う。この混合・攪拌を例えば10分間行った後、工程18においてペーストの入った容器に対し超音波洗浄器により超音波振動を例えば10分間与えることにより、粒子の分散を行なう。続いて工程19では、工程17と同様に、マグネチックスターラーを用いた撹拌を行なう。そして、その攪拌を継続したまま、工程20においてこの分散液に前記燐酸ジルコニウムゲル懸濁液をピペット等を用いて滴下する。燐酸ジルコニウムゲル懸濁液の滴下量は、例えば固形分すなわちPt/C触媒との合計量の10〜50(wt%)である。工程21では、滴下終了後、混合・攪拌を10分間継続する。この工程21でも、例えばマグネチックスターラを用いた10分間の攪拌の後、超音波振動を10分間程度与えて粒子を分散させることが好ましい。これにより、燐酸ジルコニウムゲル懸濁液が一様に分散した触媒ペーストが得られる。
【0037】
このようにして触媒ペーストを調製して、これをカーボンペーパーに塗布し、例えば室温で一晩乾燥させた後、それぞれ触媒層を設けた2枚のカーボンペーパーの間に、それら触媒層を内側にしてNafion等から成る電解質膜を挟み、ホットプレスを施す。触媒ペーストの塗布量は、例えばPt量0.25(mg/cm2)に相当する量で、刷毛塗りやディップコート等の適宜の方法で行われる。また、ホットプレスは、例えば、温度130(℃)程度、圧力5.3(MPa)程度、加熱加圧時間1分間で行う。これにより、前記MEA10が得られる。
【0038】
したがって、本実施例によれば、Pt/C触媒分散液を攪拌しつつこれに燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を滴下することから、燐酸ジルコニウムゲル懸濁液が一様に分散した触媒ペーストが得られ、前記触媒層14,16は、このような触媒ペーストを用いて形成されるので、燐酸ジルコニウムが一様に分散した組織が得られる。その結果、電子伝導性やガス拡散性を十分に保ちながら、プロトン伝導性が高められるので、高分子電解質が用いられることなく、前述したような高い電池特性が得られるものと考えられる。
【0039】
また、本実施例によれば、触媒ペーストには何ら有機化合物が含まれないので、安定性に優れる利点もある。
【0040】
下記の表1および図5は、前記MEA10の製造過程において、触媒ペーストを調製する際の燐酸ジルコニウムゲル懸濁液の滴下量を60(wt%)までの範囲で変化させてMEA10の電池特性を測定した結果をまとめたものである。各試料の製造条件は、燐酸ジルコニウムゲル懸濁液の量が異なり、延いては、触媒層14,16中の燐酸ジルコニウムの含有量が異なる他は、全て前述したものと同一とした。表1において、「ZrP導入量」は、滴下した燐酸ジルコニウムゲル懸濁液中の固形分燐酸ジルコニウムの量を触媒ペースト中の全固形物量に対する百分率で表したものである。また、「OCV」は、開放電圧、「電流密度」は、電圧が0.4(V)および0.6(V)のときの電流密度である。
【0041】
【表1】

【0042】
また、電流密度は、図6に概略構成を示す燃料電池評価装置30を用いて測定した。図6において、燃料供給源32から燃料として例えば水素がアノード側加湿槽34を経由してアノード側のガス拡散電極18に供給される。水素および水が供給される電極18上では下記(1)式の酸化反応が生じ、プロトンH+と電子e-が発生する。プロトンは電解質層12内を通ってカソード側の触媒層16に向かって流れ、電子は電極18に接続された図示しない端子から取り出され、外部回路を経由して負荷36に流れる。負荷36に供給された電子は、更に外部回路を経由して触媒層16に向かう。そして、触媒層16上において、プロトンおよび電子が、酸素供給源(或いは空気供給源)38からカソード側加湿槽40を経由して供給された酸素との間で下記(2)式の還元反応を発生させる。なお、燃料側は水素に代えてメタノールを供給してもよく、その場合の酸化反応を下記(3)式に示す。
3H2 → 6H+ + 6e- ・・・(1)
3/2O2 + 6H+ + 6e- → 3H2O ・・・(2)
CH3OH + H2O → 6H+ + CO2 + 6e- ・・・(3)
【0043】
前記表1および図5に示す電流密度は、上記の評価装置30において、セル(MEA)10、加湿槽34,40、アノードガスの温度をそれぞれ70(℃)、水素流量(アノード側)を0.2(l/min)、空気流量(カソード側)を1.5(l/min)に保って、負荷36を調節することで電流密度を変化させつつ端子電圧を測定し、それら電流密度および端子電圧から算出した最大値である。
【0044】
上記の表1および図5に示されるように、燐酸ジルコニウム量が10〜50(wt%)の範囲では、0.4(V)で430〜720(mA/cm2)、0.6(V)で140〜210(mA/cm2)の電流密度が得られた。0(wt%)および60(wt%)の曲線と、他の10〜50(wt%)の曲線とを比較すると、燐酸ジルコニウムの僅かな添加で電流密度が飛躍的に向上するが、20(wt%)で最大値を示し、過剰に添加すると却って電流密度が低下する傾向が認められる。50(wt%)までは電流密度の向上効果が明らかである。
【0045】
燐酸ジルコニウムが添加されると、触媒層14,16中でこれがプロトンパスを形成するが、10〜50(wt%)の範囲では、電子伝導性およびガス拡散性とプロトン伝導性との良好なバランスが得られるものと考えられる。10(wt%)の添加で発電特性が著しく向上しているが、これは、触媒層14,16中に燐酸ジルコニウムによってプロトンパスが形成されたことを示唆している。添加量が多くなると却って発電特性が低下傾向を示すのは、燐酸ジルコニウムが多くなると、カーボンブラック相互の接触が妨げられて電子伝導性が低下すると共に、燐酸ジルコニウムがガス拡散を阻害することによるものと推測される。
【0046】
以上、本発明を図面を参照して詳細に説明したが、本発明は更に別の態様でも実施でき、その主旨を逸脱しない範囲で種々変更を加え得るものである。
【符号の説明】
【0047】
10:MEA、12:電解質膜、14,16:触媒層、18,20:ガス拡散電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子形燃料電池を構成するために固体高分子電解質上に気体を導き得る状態で設けられる多孔質の触媒層を製造するための触媒ペーストの調製方法であって、
触媒を担持した微細な担体を溶媒中に分散させた分散液を攪拌しつつ、その分散液中に燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を滴下する懸濁液滴下工程を含むことを特徴とする触媒ペースト調製方法。
【請求項2】
前記懸濁液滴下工程は燐酸ジルコニウムがペースト中の固形分全量に対して10(wt%)以上且つ50(wt%)以下の範囲内の割合となるように前記燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を滴下するものである請求項1の触媒ペースト調製方法。
【請求項3】
ジルコニウム前駆体粉末に燐酸を混合して反応させることにより前記燐酸ジルコニウムゲル懸濁液を合成する懸濁液合成工程を含むものである請求項1または請求項2の触媒ペースト調製方法。
【請求項4】
ジルコニウム溶液にキレート剤を混合して反応させることにより前記ジルコニウム前駆体粉末を合成する前駆体合成工程を含むものである請求項3の触媒ペースト調製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−238415(P2010−238415A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−82976(P2009−82976)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000004293)株式会社ノリタケカンパニーリミテド (449)
【Fターム(参考)】