説明

評価方法

【課題】細胞の生育力を評価する方法の提供。
【解決手段】細胞を培地中でインキュベートするステップを含み、本培地は、複数のアミノ酸を含有し、この培地中の少なくとも1種のアミノ酸の濃度変化を測定する。アミノ酸消費または生成のプロフィールを使用して、特定のアミノ酸プロフィールを特徴とする、推定される細胞、細胞集団の存在を確認する。生命力のある細胞の選択は、その種の健康な細胞を示す消費または生成プロフィールを有するアミノ酸のグループに基づく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の生育力を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アミノ酸は、マウス(Gardner and Lane 1993)、ラット(Zhang and Armstrong 1990; Miyoshi et al.1995)、ヒツジ(Gardner et al.1994)およびウシ(Takahashi and First 1992;Rosenkrans and First 1994;Keskintepe et al.1995)等の、様々な種において、in vitroで、着床前胚の発生を改善することが証明されている;Lane and Gardner(1994)は、イーグル(Eagle)の必須アミノ酸は、合糸期から培養されたネズミ胚における、内部細胞塊(lCM)の細胞数を増加させると報告した。
【0003】
胚は、in vivoで、卵管液および子宮液から外因性アミノ酸を得る。合計20種の遊離アミノ酸がウシ卵管液で検出され(Stanke et al.1974)、25種がウシ子宮液で検出されている(Fahning et al.1967)。Moore and Bondioli(1993)は、グリシンおよびアラニンが、ウシ卵管液で最も優勢な2種のアミノ酸であり、これらのアミノ酸を補足することにより、卵管細胞の存在下で、ウシ胚発生が増進されることを発見した。Suhら(1995)は、グリシンを含むCR2培地で培養された有意に多いウシ接合体が胚盤胞期に達することを報告し、Rieger and Loskutoff(1994)は、グルタミンおよびグリシンが、裸出されたウシ卵母細胞によって消費され、グルタミンは、早期着床前発生中に取り込まれることを示した(Rieger et al.1992)。
【0004】
この分野における研究は、1種または1組の放射標識アミノ酸を投与することに集中していたが、メスの管内の胚は、アミノ酸の混合物に曝露される(Leese 1988)。Lamb and Leese(1994)は、アミノ酸20種の生理学的混合物の、ネズミ胚盤胞による消費を測定し、9種が示差的に使い果たされていることを確認した。
【0005】
Freiら(1989)は、放射標識メチオニンがタンパク質に取り込まれる速度を測定し、ウシ胚におけるアミノ酸の運命を調査研究した。彼等は、合糸期から8細胞期までの間に、タンパク質合成速度が定量的に低減し、続いて、この時点から胚盤胞期まで、累進的に増加することを発見した。これらの発生段階の頃に確認さるアミノ酸利用の定量的増加は、発生の8〜16細胞期に起こる、ウシ胚ゲノムの転写開始と関係があると考えられる(Telford et al.1990)。
【0006】
アミノ酸は、in vitroで受精したウシ接合体の桑実胚および胚盤胞への発生を改善し、胚盤胞期における総細胞数を増加させることも証明されている(Takahashi and First 1992;Rosenkrans and First 1994;Keskintepe et al.1995)。外因的に投与されたアミノ酸が、いかにして、in vitroでの胚発生を助けるかは不明である。グルタミンのように、エネルギー源の役割を果たすものもあれば(Riegerand Guay 1988;Rieger 1992)、内因性アミノ酸のプールサイズを増大し、その結果、新規タンパク質合成を刺激するものもある(Zhang and Armstrong 1990)。Van Winkle and Dickinson(1995)は、in vitroで発生するネズミ胚のアミノ酸含量と、in vivoで発生するネズミ胚のアミノ酸含量との間には有意差があることを示した。
【0007】
Partridge and Leese(1996)は、合成卵管液(synthetic oviduct fluid; SOF;Tervit et al.1972)を補足するのに通常使用される濃度の19種のアミノ酸で培養されたウシ胚を調査研究した。推定される合糸期から胚盤胞期までの、in vitroで受精した胚群、および受精後7日に子宮から新たにフラッシュされた胚盤胞(in vivoで誘導)を研究した。蛍光定量的誘導体化後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で個々のアミノ酸を検出することにより、17種のアミノ酸の消費速度を12時間にわたって測定した。Partridge and Leese(1996)は、推定される合糸期(0.76±0.05pmol接合体-1時間-1)および4細胞期(0.94±0.1pmol胚-1時間-1)におけるグルタミン消費を確認した。しかし、B2培地中の唯一のアミノ酸基質として与えられた放射標識グルタミンの、ウシ胚による取り込みを測定したRieger ら(1992)の結果とは違って、胚盤胞期に、より大きいグルタミンの消費は確認されなかった。
【0008】
アミノ酸消耗に関して、Partridge and Leese(1996)の最も興味深い結果は、in vitroで誘導された胚盤胞によるばかりでなく、in vitroで発生の全ての段階で、かなりの量のスレオニンが消費されたことであった。スレオニンの運命は不明であるが、スレオニンは、アセチルコエンザイムA(CoA)またはスクシニル−CoAとしてクレブス回路に入ることにより、エネルギー基質の役割を果たすと考えられる。
【0009】
in vitroで産生された胚の全ての段階およびin vivoで誘導された胚によって、かなりの量のアラニンが生成した。Van Winkle and Dickinson(1995)は、in vitroで成長させたネズミ胚盤胞で、非常に高い濃度が確認されたため、アラニンは、胚が廃棄窒素を隔絶する経路の役割を果たすという仮説を立てた。加えて、Gardner and Lane(1993)は、in vitroで成長させたマウス胚にとって、アンモニア毒性は潜在的な問題であることを示した。本研究で、in vitroで産生されたおよびin vivoで誘導されたウシ胚の培養中に外部アラニン濃度の大幅な上昇が確認されたことから、我々は、実は、アンモニウムイオンの蓄積を防止するために、胚によってアラニンが形成されると提唱するに至った。
【0010】
胚盤胞移植および4〜8細胞期を超える高い胚発生の要求の出現以来、ヒト着床前培地中にアミノ酸を含めることが優勢になった。
【0011】
これにもかかわらず、発生の様々な段階で、どのアミノ酸が実際に胚により利用されるかということに関する知識は未だ少ない。
【0012】
in vitroで胚を産生するための現行の方法としては、in vitro受精および細胞質内精子注入(intra cytoplasmic sperm injection; ICSI)などがある。胚産生は、凍結保存および胚生検の技術に従ってもよい。
【0013】
胚がアミノ酸混合物を改変する方法を理解することによって、なぜ、in vitroで産生された胚が、そのin vivo対応物より弱いかを理解する糸口が得られる。これらの問題は、ヒトin vitro受精(in vitro fertilization; IVF)プログラムで特に明白であり、その結果、英国における平均成功率は、現在、約17%すなわち6例に1例である。
【0014】
代表的なヒトIVFプログラムは、卵巣卵産生および放出ホルモンを女性に投与することを含む。これらの卵を回収し、精子で受精させ、約10個の胚を生成する。次いで、最高3個(英国の場合)の受精胚を女性に移植し戻し、このプログラムが成功すれば、少なくとも1個が子宮に着床し、発生し続ける。
【0015】
ホルモン投与を減らすために、卵形成の早い段階に卵を回収してもよい。その後の卵成熟は、in vitroで行われる。in vitroで成熟させた卵の受精後、着床させるために、最高3個の受精胚を女性に移し返す。
【0016】
現在では、受精には、細胞質内精子注入法がますます使用されている。卵巣卵産生および放出ホルモンの投与に続いて、卵丘細胞で囲まれた卵が放出される。保護層は卵を覆い隠すため、卵を明らかにするために除去しなければならず、次いで、この卵を視覚的類別システムに供してから、精子注入を実施する。
【0017】
現在まで、高い発生潜在能力を有する胚または卵を効果的且つ確実に選択する方法はないが、マウスでは、このために、グルコース消費および乳酸産生が使用されてきた。停止中および健康な胚または卵におけるグルコース、ピルビン酸塩、または酸素消費等の生理学的パラメーターの比較研究では、この問題を解決することができなかった。現行の方法は、胚および卵を類別システムに供する形態学的選択に依存する。
【0018】
最も生命力のある胚および卵の決定は非常に不確実なため、人工的受精後、着床させるために1個より多い胚を母親に移し返す必要が明らかになる。この手技は、1個以上の胚が発生できない可能性を補い、限られた成功の機会を増大する。
【0019】
卵または胚の選択の信頼性が高まることは、全体としては、最も生命力のある胚を選択し、続く着床のために移植することができるIVFプログラムで、重要な結果を有する。生育可能な胚1個を移植することは、早産のリスクおよび周産期の問題を伴う多子出産の可能性から守る。
【0020】
すべての試験が100%正確なまたは信頼できる必要はないが、卵または胚1個の生存力に関して、一貫した指標を得るための非侵襲的方法を提供すべきであることが理解されよう。
【0021】
in vitro受精後、できる限りすぐに、胚の移植および着床を行うことができるように、適する試験は、できる限り短い選択期間を含むべきである。このことは、発生中の胚が人工的培養条件に長時間曝露することに関連しかねないリスクを最小限に抑える。他の方法では、労力および資力集約的な施術の費用を最小限に抑えることができるため、短い選択期間も経済的観点から有益である。
【0022】
かなりの研究の関心が、核移植(NT)による胚の生成にも集中している。このような胚は、ドナー細胞からの核(カリオプラスト)を除核卵(卵質; ooplast)に注入し、次いで、電気パルスを使用して胚発生を誘発することによって作製される。胚盤胞の内部細胞塊に由来し、身体の全ての組織の前駆体細胞である、幹細胞を含む、様々なカリオプラストが核移植に使用されてきた。しかし、胚由来の幹細胞(ES細胞)は、マウスおよびヒトから最終的に単離されたにすぎず、家禽種を含む他の種で、それらを生産する方法が徹底的に調査されている。「ドリー(Dolly)」の場合、カリオプラストは体細胞性(成体)乳腺細胞であった。
【0023】
核移植による、特に幹細胞からの胚の生成は、トランスジェニック動物の生産に向けてのおよび細胞「治療型クローニング」(罹病したまたは適切に機能しなくなったものに取って代わる新しい細胞および組織の生成)に好ましい経路である。しかし、カリオプラスト、幹細胞、幹細胞前駆体および生育可能な核移植胚を生成し同定する現行の方法は、労力および時間を要する。
【0024】
配偶子(発生のいずれの段階であってもよい)、胚(核移植によって作られたものであってもよい)、カリオプラスト、推定される幹細胞集団、幹細胞前駆体集団または幹細胞集団等の、細胞の同定を簡素化するであろう生化学マーカーが必要である。
【0025】
本明細書で使用する用語「卵」は、卵子形成のあらゆる段階の卵を指し、in vitroにおいて成熟した卵を含む。
【発明の概要】
【0026】
本発明によれば、複数のアミノ酸を含む培地中で細胞をインキュベートするステップと、培地中の少なくとも1種のアミノ酸の濃度変化を測定するステップとを含む、細胞の生育力を評価する方法が提供される。
【0027】
細胞という用語は、その最も広い意味で使用され、配偶子(発生のいずれの段階であってもよい)、胚(核移植によって作られたものであってもよい)、カリオプラスト、推定される幹細胞集団、幹細胞前駆体集団または幹細胞集団を指す。
【0028】
生存力(生育力、生命力)という用語は、その最も広い意味で使用され、特に、胚の胚盤胞期までの発生、成功した胚の着床および着床前スクリーニング方法を含む。
【0029】
本発明の方法は、その変化が所定の基準に合えば、細胞を選択するステップをさらに含むことが好ましい。
【0030】
さらなる発生用に選択される胚が、生物の卵管に導入され、子宮壁に着床することが好ましい。さらなる発生用に選択される卵を受精させて胚を生成し、これが生物の卵管に導入されて、子宮壁に着床する。本発明の1つの実施形態では、卵は、in vitroで成熟させた卵である。さらなる発生用に選択される、カリオプラスト、推定される幹細胞集団、幹細胞前駆体集団、幹細胞集団、または核移植で作られた胚を、耐病性、多い赤身塊、およびその乳汁中にヒト用医療品を生成する能力等の、望ましい特質を備えたトランスジェニック生物の生産に使用することが可能である。
【0031】
本培地は、グルコース、L−乳酸塩、ピルビン酸塩およびアミノ酸類の生理学的混合物を加えたアールの平衡塩類溶液(Earle's Balanced Salt Solution; EBSS)を含むことが好ましい。
【0032】
グルコース、L−乳酸塩およびピルビン酸塩の濃度は、それぞれ、0.5mM〜1.5mM、4mM〜6mMおよび0.37mM〜0.57mMの範囲であることが好ましい。さらに好ましくは、グルコース、L−乳酸塩およびピルビン酸塩の濃度は、1mM、5mM、および0.47mMである。
【0033】
胚(核移植によって作られたものであってもよい)、卵、カリオプラスト、推定される幹細胞集団、幹細胞前駆体集団または幹細胞集団は、およそ4μLの培地滴中で培養されることが好ましい。o−フタルジアルデヒドで誘導体化した後、消費された培地のアミノ酸濃度を、HPLCを使用して測定し、アミノ酸消費および生成プロフィールを作成することが好ましい。
【0034】
HPLCで使用するためのマイクロリットルのサンプルを正確に希釈するために、内部標準を培地に導入する。内部標準は、D−α−アミノ酪酸であることが好ましい。
【0035】
本発明は、培地中で細胞をインキュベートする手段と、培地中の少なくとも1種のアミノ酸の濃度変化を決定する手段とを含む、診断キットをも提供する。本診断キットは、試験細胞を中でインキュベートする培地中のアミノ酸の消費または生成を示すアミノ酸プロフィールを作成する。本診断キットは、インキュベートした細胞のアミノ酸プロフィールと、研究の特定の生物の停止中および健康な細胞に関する所定の「フィンガープリント」アミノ酸プロフィールとの比較を可能にすることが好ましい。従って、アミノ酸プロフィールは、最も生命力のある細胞を選択する際の選択マーカーとして使用される。
【0036】
アミノ酸消費または生成のプロフィールを使用して、特定のアミノ酸プロフィールを特徴とする、推定される幹細胞集団、幹細胞前駆体集団または幹細胞集団の存在を確認することができる。次いで、この推定される幹細胞集団、幹細胞前駆体集団または幹細胞集団を遺伝子操作に使用して、トランスジェニック生物を生産することができる。本発明の方法は、幹細胞同定および選択のための簡単な生化学マーカーを提供することにより、現在の技術に勝る非常に大きな利点を示す。
【0037】
本発明の方法を使用して、細胞を培地に移植後、24時間以下で細胞の選択を実現することが好ましい。選択は、細胞を培地に移植後、10時間以下で実現することがさらに好ましい。選択は、6時間以下で実現することが最も好ましい。
【0038】
本発明の1つの実施形態では、ある特定の種の、生命力のある細胞を選択するための選択マーカーとして、「フィンガープリント」アミノ酸プロフィールが全体として使用される。本発明の別の実施形態では、最も生命力のある細胞の選択は、その種の健康な細胞を示す消費または生成プロフィールを有する、一般に1〜5種のアミノ酸を含む、アミノ酸の小さいグループに基づく。
【0039】
本発明の方法は、ヒト、ウシ、ブタ、ヒツジおよびあらゆる他の家禽動物を含む、様々な生物に使用することが可能である。選択マーカーに使用されるアミノ酸は、任意のアミノ酸または複数のアミノ酸を含んでもよい。本発明の1つの実施形態では、本方法は、ヒトに使用され、選択マーカーに使用されるアミノ酸としては、アラニン、アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、グルタミン、グリシン、ロイシン、リジン、トリプトファン、バリンのいずれかのアミノ酸またはアミノ酸の組合せなどが挙げられる。本発明の1つの実施形態では、選択マーカーに使用されるアミノ酸はアラニンである。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】8細胞期に発生を停止した27のヒト胚に関する、平均アミノ酸消費または生成プロフィール(pmol/胚/時間)を示す図である。著しく消費または生成されたアミノ酸を星印で示す。
【図2】胚盤胞期まで発生した、コンパクションしている8細胞期における22のヒト胚に関する、平均アミノ酸消費または生成プロフィール(pmol/胚/時間)を示す図である。著しく消費または生成されたアミノ酸を星印で示す。
【図3】図1および図2のデータを重ね合わせて、8細胞期に発生を停止したヒト胚(斜線を付けたバー)と胚盤胞期まで発生したヒト胚(斜線を付けていないバー)に関するアミノ酸消費または生成(pmol/胚/時間)を比較する図である。停止中および発生中の胚の各群につき、各アミノ酸について、T検定を使用して、消費データまたは生成データを比較した。0.05未満のp値を有意と考えた。a、b、cまたはdの上付き文字で印をつけたアミノ酸(それぞれ、アラニン、アスパラギン、グリシンおよびリジン)に関するデータは、2組の試験で有意に異なる。
【図4】8細胞期に発生を停止した、受精後2日から3日までのヒト胚(斜線を付けたバー)と、胚盤胞期まで発生した、受精後2日から3日までのヒト胚(斜線を付けていないバー)に関する、アミノ酸消費または生成(pmol/胚/時間)を比較するために、データを重ね合せた図である。
【図5】受精後2日から3日までの、発生中および停止中のヒト胚における、5種のアミノ酸の利用合計を示す図である。
【図6】結果として妊娠したICSI胚(斜線を付けていないバー)および結果として妊娠できなかったICSI胚(斜線を付けたバー)に関する、発生の1日から2日までの、アミノ酸消費または生成(pmol/胚/時間)を比較するために、データを重ね合せた図である。
【図7】結果として妊娠したICSI胚と結果として妊娠できなかったICSI胚および結果として妊娠できなかったICSI胚に関する、発生の1日から2日までの、Gly、AlaおよびTrpの出現の合計を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
次に、単なる例示として、添付の図面を参照しながら、本発明を説明する。 最初の実験で、in vitroで受精させた予備のヒト胚を、胚盤胞期に達するまで、4μLの培地滴に個別に入れた。in vivoで発生中の胚が遭遇する条件によく似るように、胚を個別に培養した。この培地は、1mMグルコース、5mM L−乳酸塩、0.47mMピルビン酸塩および20種のアミノ酸類の生理学的混合物を加えたEBSSの滴4μLで構成されていた。アミノ酸類の個々の濃度は、0.005mM〜1.0mMの範囲であった。
【0042】
培養中に、消費された培地中の18種のアミノ酸濃度を、o−フタルジアルデヒドで誘導体化した後、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を使用して、同時に測定した。この結果を使用して、図1〜3に示した、アミノ酸消費および生成プロフィールを集計した。
【0043】
HPLC用の、マイクロリットルのサンプルを正確に希釈するために、代謝できないアミノ酸(D−αアミノ酪酸)の形の内部標準を、体積当たり49部に1部の濃度で、培地中に導入した。この内部標準を使用することにより、休止胚に存在し、別の方法では、「バックグラウンドノイズ」中に紛れてしまうであろう微小の差を感知することができる。マーカーに起因するHPLCピークを容易に区別することができるため、これを使用して、正確な希釈を計算した。
【0044】
図2に示す通り、コンパクションしている8細胞期から桑実胚期の間に、培地から有意に消費されたアミノ酸は、セリン、アルギニン、イソロイシンおよびロイシンであった。アラニン、アスパラギン酸、グルタミン酸塩およびトリプトファンは、有意に生成された。アラニン出現は、コンパクションしている8細胞から桑実胚期までの間、培養された胚では10.87±1.61pmol/胚/時間であったのに対して、桑実胚から胚盤胞期まで培養された胚では、13.90±1.23pmol/胚/時間に増加した。
【0045】
コンパクションしている8細胞期に停止した胚は、同一段階の発生中の胚より有意に多いアラニンを生成した(17.72±1.44pmol/胚/時間;p=0.0028)(図1〜3)。桑実胚から胚盤胞への過渡期に、グルタミン酸塩も有意に生成した。
【0046】
胚は、胚を中でインキュベートした培地のアミノ酸濃度を変化させることが知られているが、健康な胚と停止中の胚によってもたらされる変化の有意差は、これまで注目されずに終わった。胚実験の結果は、同一インキュベーション条件に供せられた卵、カリオプラスト、幹細胞、幹細胞前駆体または核移植で作られた胚について予測される結果をよく示していることが理解されよう。従って、培地中の少なくとも1種のアミノ酸の濃度変化を使用して、胚、卵、カリオプラスト、幹細胞、幹細胞前駆体または核移植で作られた胚の生育力に関する指標を与えることができる。これは、後続の操作のための胚または卵の選択、および遺伝子操作のためのカリオプラスト、幹細胞、幹細胞前駆体または核移植で作られた胚の選択における大きな進歩を表す。
【0047】
たとえば、停止中の胚によるアラニン生成の増加は、意外であり、直感に反するものである。アラニンが、廃棄窒素を隔離する経路として使用され、有毒なアンモニウムイオンの蓄積を防止するために胚によって形成されるのであれば、一番健康な胚が最も代謝活性であり、停止中の胚と比較して、多量のアラニンを生成すると考えられるであろう。意外なことに、一番健康な胚は、代謝的に「静か」であり、発生できない胚は、比較的多いタンパク質を代謝回転し、アミノ基をアラニンとして培地中に運び去ることが、結果からわかる。
【0048】
この結果から、ヒト着床前胚は、発生の異なる段階に、アミノ酸を選択的に使用できること、また、アラニンの培地中への出現を、胚、卵、カリオプラスト、幹細胞、幹細胞前駆体または核移植で作られた胚の生存力の潜在的マーカーとして使用できることがわかる。
【0049】
本発明の方法は、フェニルケトン尿症(PKU)、嚢胞性線維症等の疾患および他の遺伝子異常または染色体異常等の疾患に関する、着床前スクリーニングに使用できるであろう。
【0050】
クロマトグラフィーまたは細菌増殖試験を使用して、生後数日に、血中のフェニルアラニンレベルを測定することによって、現在、英国の全ての赤ちゃんを、PKUについて検査している。PKUになる宿命の胚また卵は、健康な胚または卵によって生成されるアミノ酸プロフィールと比較して、異なるアミノ酸プロフィールを特徴とする公算が高い。従って、本発明の方法は、さらなる遺伝学的スクリーニングプログラムの巨大な可能性を有する。
【0051】
本発明の方法は、異なる性の胚は、ある一定のアミノ酸プロフィールを特徴とする可能性があることによる性別の決定においても、計り知れない価値を有する。
【0052】
本発明の方法は、広く応用することができ、ヒト胚、卵、カリオプラスト、幹細胞、幹細胞前駆体または核移植で作られた胚の使用に限定されないことが理解されよう。牧畜における代表的な方法は、遺伝学的長所を備えたウシに卵誘導ホルモン類を投与し、続いて自然受精させることにより、動物の子宮で、約6〜8個の胚を生成する。次いで、この胚を、ウシから「フラッシング」し、その後の発生のために、等級の低い動物に1個ずつ移植する。不適当なフラッシングの危険性があるため、ヒトで使用するには、この技術は非倫理的である。
【0053】
あるいは、価値あるウシにおける卵生成をホルモンで誘発させ、続いて回収し(卵子採取)、高品質精子を使用して卵を人工的に受精させ、胚盤胞期まで培養してから、レシピエントに移し返す。屠殺場由来の卵母細胞から、ウシ胚を生成することも可能である。
【0054】
このような牧畜プログラムは、多国籍企業の関心事であり、移植に適した最も生命力のある卵胚を選択することができる選択方法は、工業の大きな進歩を表す。この技術を適用することが可能な他の動物としては、ヒツジ、ブタ、全ての家禽動物、珍しい種および絶滅の危機に直面している種などがある。「ドリー」の生産に使用されたクローニング技術は、低い成功率で、これまでに276が未遂に終わった。「ドリー」プログラムには、トランスジェニック動物を生産するために、適切なヒツジ細胞を生成しようとする研究努力も含まれていた。
【0055】
今や、本発明の方法は、その後の胚または卵の移植に使用するための、最も生命力のある細胞を選択する合理的な方法、およびカリオプラスト、推定される幹細胞集団、幹細胞前駆体集団、幹細胞集団および核移植で作られた胚を選択する合理的な方法を提供する。これは、ミクロ操作、核移植および遺伝子構築物の付加を含む農場動物改良技術における大きな進歩を表す。
【0056】
ある特定の生物の細胞に関するアミノ酸プロフィールは、極めて非合性的であり、異なる生物の細胞について作成されたプロフィールと比較するとき、個々のアミノ酸が消費されたり生成されたりすることに関して、また停止中の細胞および発生中の細胞で個々のアミノ酸が消費されたり生成されたりすることに関して、細部にわたって異なる。アラニンを、ヒト細胞の生育力に関する潜在的マーカーとして使用できることが結果から示唆されるが、さらなる調査研究によって、他の種には、他のアミノ酸がもっと適したマーカーであることが明らかにされる可能性がある。事実、ヒト胚のさらなる調査研究によって、アラニン以外のアミノ酸も、選択マーカーとして適することが明らかにされている。
【0057】
初期の研究は、受精後3日から4日までのヒト胚に基づいていた。図3に示す通り、リジンは、停止中の胚で生成し、健康な胚で消費される。これは、選択潜在能がある可能性がある。同様に、アスパラギンおよびグリシンに関する結果は有意である。多くの試験を実施するにつれて、健康な胚と停止中の胚に関するアミノ酸消費および生成間の有意差が増加すると思われた。
【0058】
研究を、受精後2日から3日までのヒト胚に広げた。可能な限り、発生中の胚の人工培養条件への曝露を最小限に抑えることが好ましいため、以前の評価が有利であると考えた。これらの実験結果を図4および5に示す。
【0059】
後続の研究では、妊娠データの収集を含めた。発生の1日から2日までのICSI胚を分析してから、患者14例に移植した。ICSI胚とIVF胚の選択は、ICSI胚の卵丘が除去されていたこと、従って、評価を容易にすることによる。今では、主眼は、健康な着床前の胚の同定ではなく、胚が母体内に着床するかどうかである(すなわち、臨床面への移動)。
【0060】
1mMグルコース、5mM L−乳酸塩、0.47mMピルビン酸およびアミノ酸20種の生理学的混合物を加えたEBSSを含む培地中で、ICSI胚をインキュベートした。アミノ酸の個々の濃度は、0.005mM〜1.0mMの範囲であった。
【0061】
調査研究のこの関係の結果は特に勇気付けるものであり、評価方法の有効性に関する確証的な証拠を提供する。
【0062】
本発明の方法は、ある特定の種に独特であり、且つその種の最も生命力のある細胞の選択に使用することができる、「フィンガープリント」アミノ酸プロフィールの作成を可能にする。
【0063】
どの胚が出産予定日まで発育するか分からないため、人工的受精後、一般に、2個または3個の胚を母体に移し返す。本発明の方法は、胚1個を選択するための生化学的検査を実現することにより、多胎生妊娠の可能性を減少させる。本方法は、形態学的選択方法よりかなり正確である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の生存力を評価するためのデータを分析する方法であって、前記細胞は、卵母細胞、卵子または胚であり、前記方法は、複数のアミノ酸を含む培地中で細胞をインキュベートするステップと、培地中の少なくとも1種のアミノ酸の濃度変化を測定するステップと、前記少なくとも1種のアミノ酸の濃度変化を、停止中の細胞および健康な細胞について予め決定されたアミノ酸プロフィールと比較するステップとを含む方法。
【請求項2】
前記変化が所定の基準に合う場合、さらに発生させるために前記細胞を選択するステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記培地が、グルコース、L−乳酸塩、ピルビン酸塩およびアミノ酸の生理学的混合物を加えたアールの平衡塩類溶液を含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
グルコース、L−乳酸塩およびピルビン酸の濃度が、それぞれ、0.5mM〜1.5mM、4mM〜6mMおよび0.37mM〜0.57mMの範囲であり、個々のアミノ酸濃度が0.005mM〜1.0mMの範囲である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記グルコース、L−乳酸塩およびピルビン酸の濃度が、1mM、5mM、および0.47mMである、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
卵母細胞、卵子または胚を培地中で培養する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
o−フタルジアルデヒドで誘導体化後、HPLCを使用して、消費された培地中のアミノ酸濃度を測定する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
HPLCで使用するための、マイクロリットルのサンプルを正確に希釈するために、内部標準をサンプル培地に導入する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記内部標準が、D−αアミノ酪酸である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
アミノ酸消費または生成プロフィールを作成する、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
細胞の生存力を評価する際に、選択マーカーとして、前記アミノ酸消費または生成プロフィールを全体として使用する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
その種の、健康な発生中の細胞を示す消費または生成プロフィールを有する、典型的には2〜7種のアミノ酸を含む1群のアミノ酸に基づいて、前記最も生存力のある細胞の選択が行われる請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記最も生命力のある細胞の選択が、その種の、健康な発生中の細胞を示す消費または生成プロフィールを有する、1種類のアミノ酸に基づく、請求項10に記載の方法。
【請求項14】
前記細胞を前記培地に移した後、24時間以内で、細胞の生存力の評価が実現される、請求項1〜13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記細胞を前記培地に移した後、10時間以内で、細胞の生存力の評価が実現される、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記細胞を前記培地に移した後、6時間以内で、細胞の生存力の評価が実現される、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記細胞が、ヒト、ウシ、ブタ、ヒツジ、あらゆる家禽動物、または珍しい種および絶滅の危機に直面している種を含む、任意の生物に由来する、請求項1〜16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
前記方法がヒトに使用される、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
選択マーカーに使用される前記アミノ酸が、アラニン、システイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リジン、ロイシン、メチオニン、アスパラギン、プロリン、グルタミン、アルギニン、セリン、スレオニン、バリン、トリプトファンまたはチロシンのうちの1種またはそれらの組合せを含む、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
選択マーカーに使用される前記アミノ酸がアラニンである、請求項19に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−51960(P2013−51960A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−204407(P2012−204407)
【出願日】平成24年9月18日(2012.9.18)
【分割の表示】特願2001−553379(P2001−553379)の分割
【原出願日】平成13年1月19日(2001.1.19)
【出願人】(508206841)ノボセラス リミテッド (2)
【Fターム(参考)】