説明

誘電体多層膜

【課題】膜への水分浸入がなく低応力、かつ、簡易に形成可能な誘電体多層膜を提供する。
【解決手段】本発明は、基材104上に形成された、高屈折率膜101と低屈折率膜102とを組み合わせた誘電体多層膜100であって、誘電体多層膜100の最外層103を形成する膜材料粒子の粒子間隔を水分子の大きさよりも小さくすることにより、前記最外層103が多層膜100内部への水分の浸入を防ぎつつ、最外層103以外の層を構成する膜の充填率を高くする必要がないことから内部応力を自由に調整することができ、膜への水分浸入がなく低応力な誘電体多層膜を簡易に形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、誘電体多層膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
誘電体多層膜は、液晶TV、デジタルカメラといった家電製品からレーザーなどの産業用機器まで幅広く利用されている。誘電体多層膜は、相対的に高い屈折率を持つ誘電体膜と相対的に低い屈折率を持つ誘電体膜とを交互に積層することで形成されるものであり、1層1層の誘電体膜の厚みを調整することによって所望の光学特性を得ることができる。一般的に2種類の誘電体膜における屈折率差を大きくするほど、少ない積層数で所望の光学特性を得ることができる。
【0003】
まず、一般的な誘電体薄膜の製造方法を説明する。
誘電体薄膜は、膜材料分子にエネルギーを与えて基材上に堆積させることで形成される。エネルギーを得た膜材料分子は基材上に達し、複数の分子が集まって膜材料粒子となり、基材上に配列して層を形成する。基材上での分子の運動エネルギーによって、粒子の大きさは異なり、その結果として形成される膜の微細構造もことなる。膜の微細構造としては、比較的大きな粒子核が基材上でいくつも形成されて膜材料粒子の間に隙間のある構造になる場合や、粒子が基材面状に敷き詰められて膜材料粒子間に隙間のない構造になる場合など様々である。
成膜方法としては、真空蒸着、イオンプレーティング、イオンアシスト真空蒸着、マグネトロンスパッタリング、ECR(Electron Cyclotron Resonance)スパッタリング、イオンビームスパッタリング、などがあげられる。これら装置の種類、膜材料の種類、成膜の条件により膜の微細構造は異なり、それにより膜の光学特性も大きく異なる。
【0004】
光学特性の劣化の原因は主に水分によるものである。形成された多層膜内に水分が浸入すると、屈折率や消衰係数が変化する現象がおきる。多くの薄膜形成装置の成膜チャンバー内は高真空に保たれているため、膜への水分吸着の多くは、チャンバー内では起こらず、チャンバーから取り出した瞬間から始まる。形成されている膜粒子間の隙間が多いほど、すなわち膜の充填率が低いほど、膜内へ吸着される水分量が増え、光学特性の変化が大きくなる。
【0005】
従来から、光学特性を良化するため、様々な手法が考えられている。例えば、高屈折率膜材料の二酸化チタンTiO 2と低屈折率膜材料の二酸化珪素SiO2をともに非晶質となるように多層膜を形成することで、充填率を高めて、吸着する水分量を少なくする方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。また別の方法として、空気中で水分が吸着されないように内部に水分の存在しない気密ハウジングで保護するなどの対策が考えられている(例えば、特許文献2参照。)。
【0006】
一方、誘電体多層膜において考慮すべき重要な特性の一つに、膜の内部応力がある。内部応力には、基材成膜面を凸に変形させる方向に働く圧縮応力と凹に変形させる方向に働く引っ張り応力がある。内部応力が大きいと、膜剥れや基材変形につながるため、多層膜形成時には応力が緩和するような形成方法をとらなければならない。この方法には高屈折率膜と低屈折率膜でそれぞれ圧縮応力と引っ張り応力を持つように多層膜を形成する方法がある(例えば特許文献3)。
【0007】
【特許文献1】特開昭63−144306号公報
【特許文献2】特開昭62−188202号公報
【特許文献3】特開2007−063574号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、近年、急峻な透過率や反射率の立ち上がりあるいは立下りを持つシャープカットフィルター、超低吸収の高レーザー耐性ミラーなどが求められるようになり、前記従来の構成のような非晶質であるのみの充填率では必ずしも膜に浸入する水分量が無視できなくなった。わずかな水分の浸入が、フィルター透過率の経時変化やレーザーミラーのレーザー損傷を引き起こす原因となってしまうからである。
また、一般に膜の充填率を高くした場合、膜の内部応力は大きくなる。このため、膜への水分浸入を防ぐために膜の充填率を高めつつ、応力を低く保つことは容易ではなく、膜材料や成膜条件が大きく制限される。
また、前記従来の気密ハウジングなどを用いると光学素子が大きくなることや、ハウジングの光学的影響、製造上気密にすることの難しさなどが問題となる。
【0009】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたものであって、膜内部への水分浸入がなく低応力、かつ、簡易に形成可能な誘電体多層膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の誘電体多層膜は、基材上に形成された、高屈折率膜と低屈折率膜とを組み合わせた誘電体多層膜であって、前記誘電体多層膜の最外層を形成する膜材料粒子の粒子間隔が水分子の大きさよりも小さいものである。
【0011】
上記構成によれば、最外層が多層膜への水分の浸入を防ぎ、かつ、最外層以外の層の膜の充填率を調整することで内部応力を調整することができるため、膜内部への水分浸入がなく低応力の誘電体多層膜を簡易に形成できる。また、膜以外の部材が不要なため、光学的な外乱要素がなく、小型の光学素子に適用が可能である。
【0012】
また、本発明の誘電体多層膜は、前記最外層の膜と前記基材の表面とで、前記最外層以外の多層膜全体を覆う構成であるものである。
【0013】
上記構成によれば、最外層がそれ以外の多層膜全面を覆うことにより、多層膜内部への水分の浸入をより長期的に防ぐことができる。
【0014】
また、本発明の誘電体多層膜は、前記最外層以外の層を構成する膜材料粒子の粒子間隔が前記最外層の膜材料粒子間隔よりも大きいものである。
【0015】
上記構成によれば、最外層が多層膜への水分の浸入を防ぎ、かつ、最外層以外の層で構成される膜の内部応力を小さくすることができるため、水分浸入がなく低応力の誘電体多層膜が形成できる。
【0016】
また、本発明の誘電体多層膜は、前記最外層と同じ膜材料で形成される層の膜材料粒子の粒子間隔が水分子の大きさよりも小さいものである。
【0017】
上記構成によれば、最外層のみを別の膜材料や成膜方法で形成する必要がないため、簡易に水分浸入がなく低応力の多層膜が形成できる。
【0018】
また、本発明の誘電体多層膜は、前記最外層の厚みと屈折率の積が前記誘電体多層膜の設計基準波長の2分の1となるものである。
【0019】
上記構成によれば、設計基準波長において最外層の光学的な影響を小さくできる。
【0020】
また、本発明の誘電体多層膜は、前記最外層がSiO2であるものである。
【0021】
上記構成によれば、形成される膜の充填率が安定して高いSiO2を最外層とすることで、より安定して水分の浸入しない多層膜を形成することができる。また、耐摩耗性も高くなる。
【0022】
また、本発明の誘電体多層膜は、前記高屈折率膜がAl2O3、TiO2、Ta2 O5、Nb2 O5、ZrO2、およびHfO2のいずれかからなり、前記低屈折率膜がSiO2からなるものである。
【0023】
上記構成によれば、耐摩耗性、耐環境性の高い酸化物を多層膜の膜材料として用いることで、より長い期間水分の浸入を防ぐことが可能になる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、最外層が多層膜への水分の浸入を防ぎ、かつ、最外層以外の層の膜の充填率を調整することで内部応力を調整することができるため、膜内部への水分浸入がなく低応力の誘電体多層膜を簡易に形成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
(実施の形態1)
図1を参照して、本発明の一実施の形態の膜構成例を説明する。図1は、高屈折率材料によって成膜された高屈折率層101と低屈折率材料によって成膜された低屈折率層102とが、基材104上に交互に積層された多層膜100を示す。
【0026】
発明者は検討の結果、多層膜100の最外層103を膜材料粒子の粒子間隔が水分子の大きさ(直径:約3.6オングストローム)よりも小さい膜とすることにより多層膜内部への水の浸入を防止できることを見出した。すなわち、多層膜内への水分の浸入は、多層膜を構成する層の膜材料粒子同士の間隔が水分子の直径より大きい場合におこる。一般に、膜材料粒子に水分子が近づくと、水素結合性やイオン結合性の力が働き、吸着が起きる。これらの吸着は膜材料によりその結合性が異なり、それによる光学特性変化も多様である。膜材料粒子同士の間隔が水分子の大きさより大きい場合には、水分子が膜材料粒子の間を通り抜けて多層膜内に浸入し、膜材料粒子に吸着する。そこで、上述の通り、多層膜100の最外層103で水分子の浸入を防止することにより、最外層103以外の層は、充填率を考慮することなく設計が可能となる。ここで膜材料粒子とは、膜材料分子あるいは分子を構成する原子が複数集まって形成されたものを表し、ここでは結晶粒子も含めて定義する。
【0027】
図2は、最外層103の膜の微細構造の模式図である。膜材料粒子201と202の粒子間隔は距離204であり、膜材料粒子201と203の粒子間隔は距離205に相当する。距離204および205が水分子の大きさに比べて小さいことにより、水分子が膜材料粒子間を通過できない。すなわち、最外層103の膜材料粒子間隔が水分子の大きさより小さいことにより多層膜100内への水の浸入を防ぐことができる。なお、図1には、最外層103が低屈折率層102で構成される例を示しているが、後述するように、最外層103は低屈折率層102に限定されるものではない。
【0028】
最外層103が、膜材料粒子1つ1つが同一平面内に並んだ単層で構成されている場合には、同一平面内にあるすべての粒子間隔が水分子の大きさよりも小さくなくてはならないが、膜材料粒子が積層されている場合には、最外層103全体として水分子が通過する経路がなければ少なくとも最外層以外の膜には水が浸入しないため、一部の膜材料粒子間隔が水分子より大きくてもよい。
【0029】
最外層103の膜厚は、多層膜100内への水の浸入防止の観点からは、厚ければ厚いほどよいが、所望の光学特性を設計するために最外層103の光学特性の影響を低減する必要がある場合もある。その場合には、最外層の物理的厚みと屈折率との積が、設計基準波長の2分の1になるように最外層の厚みを設計することが望ましい。
【0030】
最外層で水の浸入を防止することにより、従来のように水の浸入を防止するために最外層以外の層は充填率を高める必要がなくなるため、膜設計の自由度が向上する。すなわち、最外層以外の層は多層膜を積層したときに全体として応力が低くなるように充填率を調整することができる。ここで一般に、充填率が高くなると応力は大きくなり、特に酸化物の場合には、高・低屈折率膜ともに、充填率が高くなると圧縮応力を示す傾向が強い。このため、最外層以外の膜は、膜材料の粒子間隔を最外層よりも大きくすることが望ましい。
【0031】
次に本実施の形態に係る多層膜の製造方法について説明する。
まず、成膜条件について説明する。膜材料粒子間隔の小さい充填率の高い膜を形成するためには、基材上で膜材料粒子が拡散し、敷き詰められることが重要である。そのため基材上で膜材料粒子が十分な運動エネルギーを得られるように、成膜する際の膜粒子の基材への入射エネルギーおよび基材表面の温度を高くする必要がある。膜材料の入射エネルギーは、高いほどよい。しかし、膜材料の入射エネルギーは、高すぎると基材にダメージを与えるため、1から50eVが望ましい。また、基材表面の温度も高いほど膜材料粒子の運動エネルギーは高くなる。しかし、基材表面の温度は、高すぎると結晶化し逆に充填率が低くなるため、膜材料の融点の10分の1から2分の1が望ましい。膜材料粒子間隔の小さい充填率の高い膜を形成するための成膜装置としては、例えばイオンアシスト真空蒸着、マグネトロンスパッタリング、ECRスパッタリング、イオンビームスパッタリングなどが考えられる。成膜装置は、上記膜材料の入射エネルギーおよび基材表面の温度の条件を満たすものであればよい。なお、装置連携により最外層と最外層以外の膜を別の装置で成膜することも可能である。しかし、水の浸入の危険性やコストの観点から、最外層とそれ以外の層は同一の装置で成膜することが好ましい。
【0032】
次に膜材料について説明する。高屈折率材料としては、例えばAl2O3、TiO2、Ta2O5、Nb2O5、ZrO2、HfO2、Y2O3、Sc2O3、ZnS、ZnSe、Geなどが考えられる。また、低屈折率材料としては、例えばSiO2、MgF2、LiF、YF3、LaF3、AlF3、HfF4などが考えられる。上述した膜材料例のうち、SiO2は安定して高い充填率を得られるため、最外層の膜材料はSiO2であることが望ましい。膜材料は、耐環境性、耐摩耗性の観点からは酸化物が望ましい。高屈折率材料としてはAl2O3、TiO2、Ta2O5、Nb2O5、ZrO2、HfO2が望ましく、低屈折率材料としてはSiO2が望ましい。また、最外層の膜材料は、最外層以外の高低屈折率膜どちらとも異なる材料を用いることもできるが、装置の構成が複雑になることやコストの点から、最外層以外の高低屈折率膜のどちらかと同じ材料が好ましい。
さらに、最外層とそれ以外の成膜条件を変えることで、最外層のみ充填率を高くすることも可能であるし、最外層と同じ膜材料の膜を同一の成膜条件で成膜することもできる。より簡易には、同一の条件で成膜することが好ましい。
【0033】
また基材表面処理では、基材表面の吸着物、付着物は膜材料粒子の拡散を妨げる要因となるため、成膜前に有機溶剤、純水により基材の洗浄を行う。また、大気からの物理吸着物を取り除くため、成膜前に基材をプラズマイオンでクリーニングすることが望ましい。
【0034】
基材は、成膜後の使用用途に合わせて、光学ガラス、結晶、樹脂など様々なものを用いることができる。たとえば、光学ガラスとしては、石英やホウケイ酸ガラス、結晶としてはCaF2、BaF2、MgF2、サファイア、ZnSe、ZnS、Si、Ge、GaAs、YAG、YSGG、樹脂としてはポリエチレンテレフタレート、ポリメタクリル酸メチル、ポリカーボネイトなどを用いることができる。
【0035】
(実施の形態2)
図3は、本発明の別の実施の形態である。最外層301の膜端301aは基材に密着しており、基材表面302と最外層301とで内側の膜を密閉するような構成となっている。実際に多層膜として使用できる部分は最外層301以外の膜も存在する部分に限られるため、本構成をとるためには、多層膜を形成したい範囲の周囲に最外層301の膜端301aが存在できる平面が必要である。図3は、膜が形成されている平面上に最外層301の膜端301aが存在する例を示しているが、かならずしも膜端は膜が形成されている同一平面上に存在しなくてもよい。例えば、棒状の基材の端面に多層膜を形成する場合などには、最外層301の膜端301aは側面に存在しても良い。これにより、水の浸入をより長期的に防ぐことができ、安定して良好な光学特性が得られる。
【0036】
基材平面302上に最外層301で内側の膜を密閉するように膜を形成するには、たとえば、基材平面302上の多層膜を形成する部分に、ある大きさのアパーチャを取り付けておき、最外層301を成膜するときにそのアパーチャを広げるもしくは取り除く機構を用いれよい。また、棒状の基材の端面に形成する場合には、たとえばまず最外層301以外の膜の側面への膜の形成を防ぐため、成膜端面と同じ形状の孔を持つアパーチャを端面と孔が一致するように同一平面状に設置しておく。次に最外層301を成膜するときには、端面をアパーチャよりも膜材粒子が飛んでくる方向へ押し出してやることで、最外層301のみが側面に回りこんで形成され、最外層301以外の膜を密閉するように膜を形成できる。
【0037】
(実施例)
以下に実際の成膜例を示す。なお以下は一例であり、本発明はこれに限るものではない。
発明者は検討の結果、成膜装置としてRadical Assisted Sputtering(RAS)装置、基材としてCaF2、膜材料としてSiO2を用いて、成膜レート0.3nm/秒、成膜圧力1×10-3以下、基材表面温度150度の条件下で膜材料の粒子間隔が水分子よりも小さいSiO2膜を得た。
さらに発明者は、上記の条件によって得られた膜材料の粒子間隔が水分子よりも小さいSiO2膜を最外層および低屈折率材料とし、高屈折率材料としてTa2 O5を用いて、成膜レート0.3nm/秒、成膜圧力1×10-3以下、基材表面温度150度で多層膜を構成することで、応力を増加させることなく、多層膜内部への水の浸入がない誘電体多層膜を形成するに至った。
【0038】
図4に、Ta2 O5とSiO2を交互に積層した各誘電体多層膜ミラーの反射率の一例を示す。反射率スペクトル401、402は、それぞれ、最外層に粒子間隔が水分子より小さいSiO2膜を用いた場合のミラー反射率の設計値と実測値である。反射率スペクトル403、404は、それぞれ、最外層に粒子間隔が水分子より大きいSiO2膜を用いた場合のミラー反射率の設計値と実測値である。ただし、設計値はTa2 O5、SiO2ともに光吸収がないものとして設計されている。各々の反射率スペクトルの設計値と実測値の間で波長が若干異なるが、これは設計値において用いた各膜材料の屈折率と実際の屈折率との間に誤差があるためである。この膜材料の屈折率の誤差による反射率のピーク値の誤差は小さく、1%未満と見積もられている。反射率スペクトル404は、403に比べ、3000nm付近の反射率が低くなっている。これは、膜に吸着した水の光吸収によるものである。
【0039】
ここで酸化物に対する水の吸着による光吸収スペクトルは、酸化物の種類によりその波長帯が異なる。図5に、水の吸着したSiO2およびTa2 O5単層膜の吸収率スペクトルを示す。吸収率スペクトル501は水の吸着したSiO2膜の吸収率スペクトル、吸収率スペクトル502は水の吸着したTa2 O5膜の吸収率スペクトルである。水の吸着したSiO2膜の吸収率スペクトル501は、2700nm付近で、吸収率が高い、すなわち吸収が見られる。一方、水の吸着したTa2 O5膜の吸収率スペクトル502は、2700nm−3500nmに吸収が見られる。
【0040】
図4に示した反射率スペクトル404において、2700nm−3500nmの広範囲にわたり反射率の低下が見られることから、水は、最外層であるSiO2膜のみならず、内部にあるTa2O5にも吸着していることがわかる。すなわち最外層に粒子間隔の大きいSiO2膜を用いた場合には多層膜内部に水が浸入している。一方で反射率スペクトル401と402とは、ほぼ同程度の反射率を示していることから、多層膜内部に水が浸入していないことがわかり、光学特性のよい多層膜を得ることができているといえる。
【0041】
このときの多層膜の応力による基板(ホウケイ酸ガラス、厚さ0.7mm、径30mm)の反り量を図6に示す。反り量601は、上述した成膜条件によって得られた、最外層に粒子間隔が水分子より小さいSiO2を用いた誘電体多層膜の応力による基板の反り量であり、反り量602は、最外層に粒子間隔が水分子より大きいSiO2を用いた誘電体多層膜の応力による基板の反り量である。両者はほぼ同じ大きさであることから、最外層を粒子間隔が水分子より小さいものとした場合であっても、多層膜全体として応力が増加していないことがわかる。
【0042】
以上説明したように、最外層を粒子間隔が水分子より小さいSiO2とすることで、応力を増加させることなく、多層膜内部への水の浸入がない誘電体多層膜を形成することができる。すなわち、上記構成によれば、膜への水分浸入がなく低応力な誘電体多層膜を簡易に形成することができる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、膜への水分浸入がなく低応力な誘電体多層膜を簡易に形成することができる効果を有し、誘電体多層膜等に利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の実施形態にかかる誘電体多層膜構成例を示す図
【図2】図1に示した膜の微細構造の模式図
【図3】本発明の実施形態にかかる別の誘電体多層膜構成例を示す図
【図4】本発明の実施形態にかかる誘電体多層膜ミラーの反射率スペクトルを示す図
【図5】本発明の実施形態にかかるSiO 2およびTa 2 O 5単層膜の吸収率スペクトルを示す図
【図6】本発明の実施形態にかかる誘電体多層膜ミラーの応力による基板の反り量を示す図
【符号の説明】
【0045】
101 高屈折率層
102 低屈折率層
103、301 最外層
104 基材
201、202、203 膜材料粒子
204、205 膜材料粒子間隔
301a 膜端
302 基材表面
401 誘電体多層膜(最外層に粒子間隔が水分子より小さいSiO2膜を使用)の反射率の設計値
402 誘電体多層膜(最外層に粒子間隔が水分子より小さいSiO2膜を使用)の反射率の実測値
403 誘電体多層膜(最外層に粒子間隔が水分子より大きいSiO2膜を使用)の反射率の設計値
404 誘電体多層膜(最外層に粒子間隔が水分子より大きいSiO2膜を使用)の反射率の実測値
501 SiO2単層膜の吸収率スペクトル
502 Ta2O5単層膜の吸収率スペクトル
601 誘電体多層膜(最外層に粒子間隔が水分子より小さいSiO2膜を使用)の応力による基板の反り量
602 誘電体多層膜(最外層に粒子間隔が水分子より大きいSiO2膜を使用)の応力による基板の反り量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成された、高屈折率膜と低屈折率膜とを組み合わせた誘電体多層膜であって、
前記誘電体多層膜の最外層を形成する膜材料粒子の粒子間隔が水分子の大きさよりも小さいものである誘電体多層膜。
【請求項2】
請求項1に記載の誘電体多層膜であって、
前記最外層の膜と前記基材の表面とで、前記最外層以外の多層膜全体を覆う構成である誘電体多層膜。
【請求項3】
請求項1に記載の誘電体多層膜であって、
前記最外層以外の層を形成する膜材料粒子の粒子間隔が前記最外層の膜材料粒子の粒子間隔よりも大きいものである誘電体多層膜。
【請求項4】
請求項1に記載の誘電体多層膜であって、
前記最外層と同じ膜材料で形成される層の膜材料粒子の粒子間隔が水分子の大きさよりも小さいものである誘電体多層膜。
【請求項5】
請求項1に記載の誘電体多層膜であって、
前記最外層の厚みと屈折率との積が前記誘電体多層膜の設計基準波長の2分の1となるものである誘電体多層膜。
【請求項6】
請求項1に記載の誘電体多層膜であって、
前記最外層がSiO2である誘電体多層膜。
【請求項7】
請求項1に記載の誘電体多層膜であって、
前記高屈折率膜がAl2 O3、TiO2、Ta2 O5、Nb2 O5、ZrO2、およびHfO2のいずれかからなり、前記低屈折率膜がSiO2からなる誘電体多層膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−251167(P2009−251167A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−97165(P2008−97165)
【出願日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】