説明

赤外発光蛍光体

【課題】従来のモリブデン酸塩系赤外発光蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体を提供する。
【解決手段】赤外発光蛍光体は、化学式が(Lu1−x−yYbNdSで表される蛍光体であって、xは、0.01≦x≦0.07であり、yは、0.003≦y≦0.06であり、かつ(y/x)は、1/6≦(y/x)≦5/3である。従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線領域の光を発する赤外発光蛍光体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、クレジットカード等の偽造防止や、ブランド品の偽造防止のために、偽造されたものであるか否かを判定する方法が知られている。その一つとして、例えばマーク等を肉眼では観察できない蛍光体含有インクにより印刷して潜像マークを形成し、その潜像マークに可視光線ないし赤外線を照射して蛍光体を励起し、蛍光体から発する肉眼では観察しにくい赤外線を受光して潜像マークを検知する光学読取装置が知られている。
【0003】
この方式によれば、真贋判定のための潜像マークは肉眼で見えにくいために、偽造者はこの潜像マークを印刷することが困難であり、偽造あるいは変造されたカードや物品を確実に発見できる。また、潜像マークの内容は真正なカード製造者や物品製造者にしか分からないので、カード等を偽造あるいは変造すること自体が極めて困難である。
【0004】
従来、このような用途に使用する蛍光体含有インクとしては、3価のネオジム(Nd3+)、3価のイッテルビウム(Yb3+)及び3価のエルビウム(Er3+)を含有した無機の蛍光体が知られている。
これらの蛍光体の中で、イッテルビウム(Yb)とネオジム(Nd)付活蛍光体は、赤外線領域に励起波長と発光波長を有しており、発光強度、感度の点から例えば、
Na(Yb,Nd)(MoO
(Y,La,Lu)PO:Yb,Nd
等の材料が偽造防止用などの用途として特許提案されている(例えば、特許文献1ないし3参照。)。
これらの赤外発光蛍光体のうち、Na(Yb,Nd)(MoO蛍光体は励起ピーク波長が約825nmおよび約880nm、発光ピーク波長が約980〜985nm付近にあり、発光効率も高く、よく用いられている。しかしながら、このNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体は、母体の化学特性上、水に弱いという問題がある。
【0005】
【特許文献1】特開昭54−100991号公報(第1−3頁)
【特許文献2】特開平3−288984号公報(第2頁)
【特許文献3】特許第3438188号公報(第1−2頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような点に鑑みなされたもので、Na(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1記載の赤外発光蛍光体は、化学式が(Lu,Yb,Nd)Sで表される蛍光体である。そして、上記化学式で表される蛍光体とすることにより、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体となる。
【0008】
請求項2記載の赤外発光蛍光体は、化学式が(Lu1−x−yYbNdSで表される蛍光体であって、xは、0.01≦x≦0.07であり、yは、0.003≦y≦0.06であり、かつ(y/x)は、1/6≦(y/x)≦5/3であるものである。そして、上記化学式であって、イッテルビウム(Yb)のモル比xとネオジム(Nd)のモル比yとを上記の範囲とすることで、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体となる。
【0009】
請求項3記載の赤外発光蛍光体は、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体において、Lu(ルテチウム)の一部をY(イットリウム)、La(ランタン)およびGd(ガドリニウム)から選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換したものである。そして、Luの一部をY、LaおよびGdから選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換した構成とすることで、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体となる。
【0010】
請求項4記載の赤外発光蛍光体は、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体において、Lu(ルテチウム)の全部をY(イットリウム)、La(ランタン)およびGd(ガドリニウム)から選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換したものである。そして、Luの全部をY、LaおよびGdから選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換した構成とすることで、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体となる。
【発明の効果】
【0011】
請求項1記載の赤外発光蛍光体によれば、化学式が(Lu,Yb,Nd)Sで表される蛍光体としたことで、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体を得ることができる。
【0012】
請求項2記載の赤外発光蛍光体によれば、化学式が(Lu1−x−yYbNdSで表される蛍光体であって、xは、0.01≦x≦0.07であり、yは、0.003≦y≦0.06であり、かつ(y/x)は、1/6≦(y/x)≦5/3としたことで、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体を得ることができる。
【0013】
請求項3記載の赤外発光蛍光体は、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体において、Lu(ルテチウム)の一部をY(イットリウム)、La(ランタン)およびGd(ガドリニウム)から選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換したことで、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体を得ることができる。
【0014】
請求項4記載の赤外発光蛍光体は、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体において、Lu(ルテチウム)の全部をY(イットリウム)、La(ランタン)およびGd(ガドリニウム)から選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換したことで、従来のNa(Yb,Nd)(MoO蛍光体とほぼ同様な励起波長および発光波長を持ちつつ、かつ発光強度が高く、耐水性にも優れた赤外発光蛍光体を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の一実施の形態における赤外発光蛍光体を製造する工程を説明する。
【0016】
まず、ルテチウム(Lu)の原料として例えば酸化ルテチウム(Lu)と、イッテルビウム(Yb)の原料として例えば酸化イッテルビウム(Yb)と、ネオジム(Nd)の原料として例えば酸化ネオジム(Nd)と、硫黄(S)の原料として例えば単体の硫黄(S)とを用いて、これらを十分に混合して原料の混合粉末をつくる。
なお、このとき原料として酸化物を例示したが、この他に焼成時に酸化物に変化する化合物を選択してもよい。
フラックスとしては、例えば炭酸ナトリウム(NaCO)のようなアルカリ金属の炭酸塩やリン酸リチウム(LiPO)のようなリン酸塩を好適に用いることができる。
こうして得られた混合粉末を、900℃以上1200℃以下の温度範囲、好ましくは950℃以上1100℃以下の温度範囲にて、1時間以上4時間以下、好ましくは2時間以上3時間以下焼成する。この焼成の後に、粉砕工程、洗浄工程、乾燥工程および篩別工程等を経て、所定の粒度の蛍光体を得る。
【0017】
次に、上記一実施の形態の実施例として、まず(Lu,Yb,Nd)S蛍光体について説明する。
【実施例1】
【0018】
原料として、380gの酸化ルテチウム(Lu)(Luとして1.91モル)、11.8gの酸化イッテルビウム(Yb)(Ybとして0.06モル)、5.0gの酸化ネオジム(Nd)(Ndとして0.03モル)、34gの単体の硫黄(S)(Sとして1.06モル)フラックスとして100gの炭酸ナトリウム(NaCO)、及び10gのリン酸リチウム(LiPO)とを十分によく混合する。
この混合物をアルミナるつぼに充填して、1000℃に保ちながら3時間焼成した後、室温まで冷却し、5%塩酸水溶液を用いた洗浄を3回繰り返した。さらに、蛍光体粒子の凝集を解消するため、直径2mmのアルミナボール500gと脱イオン水500mlを添加して、ミリング処理を行い、さらに脱イオン水で5回洗浄をした。その後、濾過工程、乾燥工程、篩別工程を経て、本発明の蛍光体を得た。これを試料1−(4)とした。
この試料1−(4)は、(Lu0.955,Yb0.03,Nd0.015Sで表される組成を有しており、YbのLuへの置換割合(モル比)xは0.03であり、同様にNdのLuへの置換割合(モル比)yは0.015である。
【0019】
同様に、YbのLuへの置換割合を3モル%、すなわちモル比xで表すとx=0.03に固定し、NdのLuへの置換割合を表1に示すように0.003,0.005,0.01,0.04,0.045,0.05と変化させた試料1−(1)ないし試料1−(3)、試料1−(5)ないし試料1−(7)を作成した。
【0020】
【表1】

【0021】
比較のため、従来から偽造防止等のセキュリティ用途などで用いられている赤外発光蛍光体として、Na(Yb0.95Nd0.05)(MoO蛍光体を比較例1とした。
蛍光体の発光特性の測定は、赤外線の波長領域まで測定できるように拡張した分光蛍光光度計(型式:RF−5000 島津製作所製)を用いた。励起光は赤外線の波長領域である825nmの光を選択し、発光スペクトルは860nm以上1100nm以下の波長範囲で測定した。また励起スペクトルは、上記発光スペクトルの主発光ピーク波長における発光に基づき、それぞれ測定した。
発光強度は、発光スペクトルから主発光ピークに着目し、ベースラインからの発光ピークの高さを発光強度とした。
表2に、825nmの赤外線照射したときの比較例1ないし比較例2、および試料1−(1)ないし試料1−(7)の蛍光体の発光特性を示す。
また、試料1−(4)については825nmの光により励起して得た発光スペクトルを図1に、発光波長が985nmの時の励起スペクトルを図2に示し、比較例1の825nmの光により励起して得た発光スペクトルを図5に、発光波長が980nmの時の励起スペクトルを図6に示す。
【0022】
【表2】

【0023】
表2に示すように、(Lu,Yb,Nd)S蛍光体であって、Ybのモル比xを0.03に固定したとき、試料1−(2)ないし試料1−(6)すなわちNdのモル比yが0.005以上0.05以下の蛍光体は比較例1、比較例2に比べて発光強度が向上しており、より好ましいことがわかる。
ここで、Ndのモル比yが0.005未満の試料1−(1)は、共付活剤のNd濃度が少なすぎるため発光強度が低下し、またyが0.05を超える試料1−(7)は、Ndに吸収されたエネルギーがYbに効果的にエネルギー伝達されずに発光強度が低下すると推測される。
【0024】
次に、Ybのモル比xと、Ndのモル比yを表3の通りに各々変化させた蛍光体を上記と同様の方法で作成し、それぞれ試料2−(1)ないし試料2−(16)とした。これら試料2−(1)ないし試料2−(16)についても、上記の方法と同様に発光特性を測定し、これを同じく表3に示す。
【0025】
【表3】

【0026】
表3に示すように、(Lu,Yb,Nd)S蛍光体であって、Ybのモル比xおよびNdのモル比yを様々に変化させた場合、発光強度が比較例1ないし比較例2よりほぼ向上していることがわかる。
表2および表3に示した結果に基づき、より好ましい範囲として例えば900以上の発光強度をもつYbとNdのモル比x、yの範囲を検討した結果、次の式を全て満たす条件となった。
xは、0.01≦x≦0.07。
yは、0.003≦y≦0.06。
(y/x)は、1/6≦(y/x)≦5/3。
これら、3つの式を満たす範囲において、すべて900以上の発光強度を有しており、より好ましい赤外発光蛍光体となっている。
【0027】
次に、本発明の(Lu,Yb,Nd)S蛍光体のうち、ルテチウム(Lu)の一部をランタン(La)、イットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の少なくとも一つ以上の元素で置換した場合について示す。
原料にさらにランタン(La)、イットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の酸化物を用い、表4に示す組成となるように秤量し混合した他は、試料1−(4)などと同様の方法で蛍光体を作成し、これらを試料3−(1)ないし試料3−(10)とした。これら試料3−(1)ないし試料3−(10)についても、上記の方法と同様に発光特性を測定し、これを同じく表4に示す。
また、試料3−(7)ないし試料3−(9)については825nmの光により励起して得た発光スペクトルを図3に、発光波長が985nmの時の励起スペクトルを図4に示す。
【0028】
【表4】

【0029】
表4に示すように、Lu(ルテチウム)の一部をランタン(La)、イットリウム(Y)およびガドリニウム(Gd)の少なくとも一つ以上の元素で置換した試料3−(1)ないし試料3−(6)においても、好ましい発光強度が得られることがわかる。また、Luの全部をLa、YおよびGdならびにYとGdとで置換した試料3−(7)ないし試料3−(10)についても、同様に好ましい発光強度が得られることがわかる。
【実施例2】
【0030】
つぎに、本発明の赤外発光蛍光体の耐水性について示す。
比較例1の蛍光体および試料1−(4)の蛍光体を用い、それぞれ1.5g秤量する。
200mlビーカに純水を150ml入れ、ここに電気伝導度計(型式:B−173 堀場製作所製)をセットした上で、秤量した試料をビーカ内に投入し、電気伝導度の経時変化をそれぞれの試料について調べた。 この結果を、表5に示す。
【0031】
【表5】

【0032】
表5に示すように、希土類の酸硫化物である本発明の蛍光体は、比較例1のモリブデン酸塩系の蛍光体と比較し、電気伝導度の上昇が少ない、すなわち水中での分解が遅く、比較例1より耐水性があることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の赤外発光蛍光体は、偽造防止のための潜在マークの形成に好適に用いることができる。特に従来よく用いられていたモリブデン酸塩系赤外発光蛍光体と励起波長および発光波長がほぼ同じ領域にあり、かつ発光強度が高いため、少量でも認識されやすい潜在マークを形成することが可能である。また、例えばモリブデン酸塩系赤外発光蛍光体と同じ検出機器をそのまま流用することも可能である。
また、耐水性を有するため印刷によるマーク形成に好適に用いることができる。
また、繊維等に具備することで、偽造防止用織ラベルとしても好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の一実施の形態である試料1−(4)の赤外発光蛍光体の825nm励起時の発光スペクトルを表すグラフである。
【図2】本発明の一実施の形態である試料1−(4)の赤外発光蛍光体の985nm発光時の励起スペクトルを表すグラフである。
【図3】本発明の別の一実施の形態である試料3−(7)ないし試料3−(9)の赤外発光蛍光体の825nm励起時の発光スペクトルを表すグラフである。
【図4】本発明の別の一実施の形態である試料3−(7)ないし試料3−(9)の赤外発光蛍光体の985nm発光時の励起スペクトルを表すグラフである。
【図5】比較例1の赤外発光蛍光体の825nm励起時の発光スペクトルを表すグラフである。
【図6】比較例1の赤外発光蛍光体の980nm発光時の励起スペクトルを表すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式が(Lu,Yb,Nd)Sで表される赤外発光蛍光体。
【請求項2】
化学式が(Lu1−x−yYbNdSで表される蛍光体であって、
xは、0.01≦x≦0.07であり、
yは、0.003≦y≦0.06であり、
かつ(y/x)は、1/6≦(y/x)≦5/3である
ことを特徴とした、赤外発光蛍光体。
【請求項3】
Lu(ルテチウム)の一部をY(イットリウム)、La(ランタン)およびGd(ガドリニウム)から選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換した
ことを特徴とした、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体。
【請求項4】
Lu(ルテチウム)の全部をY(イットリウム)、La(ランタン)およびGd(ガドリニウム)から選ばれる少なくとも一つの希土類元素で置換した
ことを特徴とした、請求項1ないし2記載の赤外発光蛍光体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−132750(P2010−132750A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−308858(P2008−308858)
【出願日】平成20年12月3日(2008.12.3)
【出願人】(390031808)根本特殊化学株式会社 (21)
【Fターム(参考)】