説明

赤外線遮蔽膜が形成された透明物品

【課題】赤外線吸収能の長期高温耐久性に優れた赤外線遮蔽膜が形成された透明物品を提供する。
【解決手段】透明基体と、その表面に形成された赤外線遮蔽膜とを含み、赤外線遮蔽膜が、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物から選ばれる少なくとも一方を含み、さらに、フルオロアルキル基および/またはポリフェノールを含有する、透明物品とする。この透明物品は、赤外線遮蔽膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、当該膜が基体から剥離しない程度に優れた耐摩耗性を有し得る。また、この透明物品は、80℃、相対湿度10%の雰囲気中に1000時間保持することにより実施する高温試験の前後における、波長1550nmにおける光線の透過率の変化率が11%以下の範囲にある程度に優れた赤外線遮蔽能の長期高温耐性を有し得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品に関する。特に、耐摩耗性とともに、赤外線吸収能の高温耐久性に優れる赤外線遮蔽膜が形成された、透明物品に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス材料は一般に硬質であり、基体を被覆する膜の形態でも利用される。しかし、ガラス質の膜(シリカ系膜)を得ようとすると、熔融法では高温処理が必要になるため、基体および膜を構成する材料が制限される。
【0003】
ゾルゲル法は、金属の有機または無機化合物の溶液を出発原料とし、溶液中の化合物の加水分解反応および縮重合反応によって、溶液を金属の酸化物または水酸化物の微粒子が溶解したゾルとし、さらにゲル化させて固化し、このゲルを加熱して酸化物固体を得る方法である。
【0004】
インジウムスズ酸化物(ITO)、アンチモンスズ酸化物(ATO)などの導電性酸化物からなる赤外線カットオフ成分は、高温(例えば300℃以上)の加熱により、その赤外線吸収能が著しく低下する。近年、本発明者は、ITO、ATOなどの赤外線カットオフ成分を、その機能を維持した状態で含みながらも、耐摩耗性に優れたシリカ系膜(赤外線遮蔽膜)を形成できることを見出し、国際公開第2005/095298号パンフレットにおいて、この赤外線遮蔽膜を有する赤外線カットガラスを提案した。
【特許文献1】国際公開第2005/095298号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
国際公開第2005/095298号パンフレットに開示されている赤外線遮蔽膜は、成膜直後の状態(初期状態)において優れた赤外線吸収能を示す。しかし、この赤外線遮蔽膜は、80℃程度の高温雰囲気下で長期間保持すると、赤外線吸収能が低下する場合がある。したがって、建築物用および車両用の窓ガラスに代表される、太陽光に長時間曝されて高温に至る用途においては、赤外線遮蔽膜にさらなる改良が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線遮蔽膜とを含む、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品であって、前記赤外線遮蔽膜が、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物から選ばれる少なくとも一方を含み、前記赤外線遮蔽膜が、フルオロアルキル基および/またはポリフェノールを含有する、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品を提供する。
【0007】
本発明は、別の側面から、透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線遮蔽膜とを含む、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品であって、前記赤外線遮蔽膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記赤外線遮蔽膜が前記透明基体から剥離せず、前記赤外線遮蔽膜が、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物から選ばれる少なくとも一方を含み、80℃、相対湿度10%の雰囲気中に1000時間保持することにより実施する高温試験の前後における、波長1550nmにおける光線の透過率の変化率が、11%以下の範囲にある、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ITOなどの赤外線カットオフ成分の赤外線吸収能が長期間高温に曝されても低下しにくい赤外線遮蔽膜を有する透明物品を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
赤外線遮蔽膜にフルオロアルキル基、ポリフェノールに代表される赤外線遮蔽能低下防止成分を添加することにより、ITOなどの赤外線カット成分において生じ得る赤外線吸収能の低下を抑制することができる。
【0010】
フルオロアルキル基は、赤外線遮蔽膜を形成するための原料の一部としてフルオロアルキル基を含有する成分を用いることにより、赤外線遮蔽膜に導入できる。
【0011】
フルオロアルキル基を含有する成分としては、下記式(1)で示されるフルオロアルキル基含有ケイ素化合物が例示できる。この成分は、上記のとおり、赤外線遮蔽膜をゾルゲル法で形成する際の原料として用いることができる。
(化1) CF3(CF2)nRSiX3 ・・・(1)
ただし、Xは加水分解可能な官能基またはハロゲン原子であり、nは0または1〜12の整数であり、Rは炭素原子数2〜10の二価の有機基(例えば、エチレン基に代表されるアルキレン基)である。
【0012】
上記の加水分解可能な官能基としては、メトキシ基およびエトキシ基に代表されるアルコキシル基、アセチルオキシ基に代表されるアシロキシ基、イソシアネート基などが例示できる。ハロゲン原子としては、塩素およびシュウ素が例示できる。
【0013】
フルオロアルキル基含有ケイ素化合物としては、より具体的には、CF3(CF2)11(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)10(CH2)2Si(Cl)3、CF3(CF2)9(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)8(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)7(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)6(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)5(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)4(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)3(CH2)2SiCl3、CF3(CF2)2(CH2)2SiCl3、CF3CF2(CH2)2SiCl3およびCF3(CH2)2SiCl3などのパーフルオロアルキル基含有トリクロロシラン;
CF3(CF2)11(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)10(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)9(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)8(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)7(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)6(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)5(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)4(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)3(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)2(CH2)2Si(OCH3)3、CF3CF2(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CH2)2Si(OCH3)3、CF3(CF2)11(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)10(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)9(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)8(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)7(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)6(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)5(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)4(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)3(CH2)2Si(OC25)3、CF3(CF2)2(CH2)2Si(OC25)3、CF3CF2(CH2)2Si(OC25)3およびCF3(CH2)2Si(OC25)3などのパーフルオロアルキル基含有トリアルコキシシラン;
CF3(CF2)11(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)10(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)9(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)8(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)7(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)6(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)5(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)4(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)3(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3(CF2)2(CH2)2Si(OCOCH3)3、CF3CF2(CH2)2Si(OCOCH3)3およびCF3(CH2)2Si(OCOCH3)3などのパーフルオロアルキル基含有トリアシロキシシラン;
CF3(CF2)11(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)10(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)9(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)8(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)7(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)6(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)5(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)4(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)3(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CF2)2(CH2)2Si(NCO)3、CF3CF2(CH2)2Si(NCO)3、CF3(CH2)2Si(NCO)3などのパーフルオロアルキル基含有トリイソシアネートシラン、などが例示できる。
【0014】
赤外線遮蔽能低下防止成分は、パーフルオロアルキル基に代表されるフルオロアルキル基以外の疎水基(疎水性の官能基)であっても構わない。こうした疎水基は、赤外線遮蔽能の低下防止作用をより確実に得る観点から、炭素原子数が、2以上の範囲にあることが望ましく、3以上の範囲にあることが好ましい。こうしたフルオロアルキル基以外の疎水基も、赤外線遮蔽膜を形成するための原料の一部として当該疎水基を含有する成分を用いることにより、赤外線遮蔽膜に導入できる。
【0015】
赤外線遮蔽膜がフルオロアルキル基のような官能基を含有することにより、赤外線吸収能の長期高温耐久性が向上する理由は、現時点では明らかではないが、本発明者は次のように考えている。
【0016】
シリカ系膜を80℃程度の高温雰囲気下に長期間保持すると、膜を構成する分子の自由エネルギーが増加することにより、緻密な網目構造に若干の歪みが生じて、膜中に活性ガス(例えば酸素)が侵入しやすくなる場合がある。ITOに代表される赤外線カットオフ成分に活性ガスが接触すると、その赤外線カット能が低下する。このため、当該成分への活性ガスの接触を回避または抑制することが重要なようではある。フルオロアルキル基のような官能基を含有する膜では、当該官能基による立体障害により、高温雰囲気下においても緻密な状態が維持されている可能性がある。それゆえ、当該膜では、赤外線カットオフ成分に対する活性ガスの接触が阻害されやすくなり、赤外線遮蔽能の長期高温耐久性が向上するものと考えられる。
【0017】
赤外線遮蔽能低下防止成分の別例であるポリフェノールも、赤外線遮蔽膜を形成するための原料の一部として用いることにより、赤外線遮蔽膜に導入できる。赤外線遮蔽膜は、後述するように、膜の形成溶液を300℃以下の低温で加熱することにより得る。このため、形成溶液に添加したポリフェノールは、加熱時に分解されず、膜中に残存する。
【0018】
ポリフェノールとしては、フラバノールに代表される、フラボノイド系のポリフェノールが例示できる。フラバノールとしては、(+)−カテキン、(−)−エピカテキン、(+)−ガロカテキン、(−)−エピガロカテキン、(+)−カテキンガレート、(−)−エピカテキンガレート、(+)−ガロカテキンガレート、および(−)−エピガロカテキンガレートなどの、カテキンが例示できる。フラボノイド系のポリフェノールとしては、フラボン、フラボノール、イソフラボン、フラバン、フラバノン、フラバノノール、カルコン、スチルベノイドおよびアントシアニジンなども例示できる。フラバノンとしては、ヘスペレチンおよびナリンゲニンが例示できる。フラボノールとしては、ケルセチンおよびケンフェロールが例示できる。ポリフェノールは、いわゆるノンフラボノイドと呼ばれる、タンニン酸に代表される化合物であっても構わない。また、ポリフェノールは、以上に例示したような、同一ベンゼン環上に2個以上の水酸基を有する化合物に限らず、当該化合物の縮合物であってもよい。縮合物としては、2個以上のカテキンが炭素−炭素間結合した状態にある縮合型タンニンを例示できる。
【0019】
ポリフェノールは、ニュートラルな色を保持する観点から、カテキンに代表されるフラバノール、ならびにヘスペレチンおよびナリンゲニンに代表されるフラバノンなどの、300nm以上2500nm以下の波長範囲に吸収を有さず、300nm未満の波長に吸収を有する有機物が好ましい。ポリフェノールは、380nm以上2500nm以下の波長範囲に吸収を有さず、380nm未満の波長に吸収を有する有機物であってもよい。カテキン、ヘスペレチンおよびナリンゲニンは、270nm〜295nmの波長範囲に吸収を有する。380nm未満や300nm未満、すなわち紫外線領域の波長に吸収を有するポリフェノールを使用すると、膜構造の破壊ならびに赤外線カットオフ成分の性能低下および酸化劣化を引き起こす活性酸素の発生を防止することが容易になる。可視領域の波長に吸収を有する有機物は、使用できる製品の範囲が限られる場合がある。このことからも、ニュートラルな色調を有するポリフェノールの使用が望ましい。
【0020】
赤外線遮蔽膜がポリフェノールを含有することにより、赤外線吸収能の長期高温耐久性が向上する理由も、現時点では明らかではないが、本発明者は次のように考えている。
【0021】
上記のとおり、ITOに代表される赤外線カットオフ成分は、活性ガスが接触するとその赤外線カット能が低下する。このため、当該成分への活性ガスの接触を回避または抑制すること、もしくは活性ガスの接触による赤外線カット能の低下作用を抑制することが重要なようではある。ポリフェノールは、抗酸化作用を有しており、活性ガスを不活性化させ得る。それゆえ、ポリフェノールは、赤外線遮蔽膜において、赤外線カットオフ成分に接触する活性ガスの量を減少させるように作用している可能性がある。また、ポリフェノールは、赤外線カットオフ成分に電子を供与することにより、赤外線カットオフ成分の構造を、活性ガスに対する耐性が向上するように変化させている可能性もある。ポリフェノールは、赤外線カットオフ成分との間の電子授受により、当該成分による赤外線吸収にとって安定な状態を維持させている可能性もある。ポリフェノールは、1個以上の、好ましくは2個以上の、ベンゼン環を含有する。このため、ベンゼン環による立体障害によって、高温雰囲気下においてシリカ系膜が緻密な状態に維持されている可能性もある。以上のように、ポリフェノールを含有する膜では、赤外線カットオフ成分に対する活性ガスの接触が阻害されやすく、または活性ガスの接触による赤外線カット能の低下作用が抑制されやすくなることで、赤外線遮蔽能の長期高温耐久性が向上するものと考えられる。
【0022】
赤外線遮蔽膜における、フルオロアルキル基およびポリフェノールの存在は、例えば、赤外線分光分析装置、FT−IR装置、ラマン分光分析装置、高速液体クロマトグラフィ、核磁気共鳴装置、UV−可視スペクトル装置、光電子分光分析装置、TOF−SIMS装置、蛍光X線分析装置、EPMA装置などの公知の装置および手段を用いて膜組成を分析することにより検出できる。
【0023】
本発明による赤外線遮蔽膜には、膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、当該膜が透明基体から剥離しない程度に優れた耐摩耗性を付与できる。このテーバー摩耗試験は、JIS R 3212に規定されているとおり、500g重の荷重を印加しながら行う、回転数1000回の摩耗試験である。また、当該膜は、テーバー摩耗試験の後に測定した、当該テーバー摩耗試験を適用した部分のヘイズ率を4%以下、さらには3%以下、とすることもできる。こうした耐摩耗性は、熔融法により得たガラス板に匹敵する程度に優れる。本発明によれば、膜厚が250nmを超える程度に厚くても、耐摩耗性に優れた赤外線遮蔽膜を提供できる。
【0024】
本発明による赤外線遮蔽膜を備えた透明物品には、80℃、相対湿度10%の雰囲気中に1000時間保持することにより実施する高温試験の前後における、波長1550nmにおける光線の透過率の変化率が、11%以下、さらには9%以下、特には7%以下、の範囲にある程度にまで優れた、赤外線吸収能の長期高温耐久性を付与できる。当該透明物品は、80℃、相対湿度95%の雰囲気中に1000時間保持することにより実施する高温試験の前後における、波長1550nmにおける光線の透過率の変化率が、24%以下、さらには22%以下、特には20%以下、の範囲にあることが好ましい。
【0025】
波長1550nmにおける光線の透過率の、高温試験の前後での変化率は、以下の式に従って算出する。
(変化率)=[{(試験後の透過率(実測値))/(試験前の透過率)}−1]×100
【0026】
本発明による赤外線遮蔽膜を備えた透明物品には、高温試験の前において、波長1550nmにおける光線の透過率が、30%以下、さらには25%以下、特には20%以下、の範囲にある程度にまで優れた、赤外線吸収能の初期性能を付与できる。
【0027】
本発明による赤外線遮蔽膜は、シリカを主成分とするシリカ系膜であることが望ましい。赤外線遮蔽膜が「シリカを主成分とする」とは、膜中のシリコン原子をシリカ(SiO2)に換算したときに、このシリカの質量が膜の質量の50%以上を占めることを意味する。
【0028】
本発明による赤外線遮蔽膜は、優れた耐摩耗性をより確実に得る観点から、ポリフェノール以外の有機ポリマーをさらに含むことが好ましい。こうした有機ポリマーとしては、ポリオキシアルキレン基(ポリアルキレンオキシド構造)を含むポリマー、より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエーテル系の親水性ポリマーなどが例示できる。当該有機ポリマーは、ポリビニルピロリドン系、ポリビニルカプロラクタム系の親水性ポリマーであっても構わない。
【0029】
本発明による透明物品は、透明基体がガラス板であり、車両用または建築物用の窓ガラスであることが好ましい。本発明による赤外線遮蔽膜には、上記のとおり熔融法により得たガラス板に匹敵する程度に優れた耐摩耗性を付与できるため、こうして建築物用および自動車に代表される車両用の窓ガラスに適用しても十分実用に耐える。
【0030】
上述のように、本発明によれば、耐摩耗性に優れた赤外線遮蔽膜を形成することもできる。この膜は、例えば、以下の方法により製造できる。
【0031】
この製造方法は、透明基体の表面に、赤外線遮蔽膜の形成溶液を塗布する塗布工程と、前記透明基体に塗布された形成溶液から当該形成溶液に含まれる液体成分を除去する除去工程と、を含むことにより、透明基体の表面に赤外線遮蔽膜を形成する。形成溶液は、シリコンアルコキシド、強酸、水、有機溶媒および有機ポリマーを含み、さらに、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物から選ばれる少なくとも一方と、前記シリコンアルコキシドとは別の成分としてフルオロアルキル基を含有する化合物および/または前記有機ポリマーとは別の成分としてポリフェノールとを含む。シリコンアルコキシドの濃度は、当該シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子をSiO2に換算したときのSiO2濃度により表示して3質量%を超え、前記強酸の濃度は、前記強酸からプロトンが完全に解離したと仮定したときのプロトンの質量モル濃度により表示して0.001〜0.2mol/kgの範囲にあり、前記水のモル数は、前記シリコンアルコキシドに含まれるシリコン原子の総モル数の4倍以上である。前記塗布工程では、雰囲気の相対湿度を40%未満に保持しながら、前記形成溶液を前記透明基体に塗布する。前記除去工程では、前記透明基体を300℃以下の温度に保持しながら、前記透明基体に塗布された形成溶液に含まれる液体成分を除去する。
【0032】
このように、シリコンアルコキシドを添加した形成溶液のpHを2程度に調整するとともに、当該溶液に、理論値よりも過剰な量の水を含有させ、さらにインジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物に代表される赤外線カットオフ成分を添加すると、膜厚が250nmを超える程度に厚くても、テーバー摩耗試験に対して優れた耐摩耗性を示すとともに、初期状態において波長1550nmにおける光線の透過率が30%以下である赤外線遮蔽膜を形成できる。こうした赤外線遮蔽能の初期状態は、フルオロアルキル基を含有する化合物がさらに添加されていない形成溶液を使用した場合であっても得られる。
【0033】
しかし、フルオロアルキル基を含有する化合物がさらに添加されていない形成溶液から得た膜は、上記のとおり、良好な赤外線遮蔽能の長期高温耐久性を示さない。さらに、後述する実施例および比較例に示すように、フルオロアルキル基を含有する化合物がさらに添加された状態にある形成溶液から得た膜では、添加のない形成溶液を使用し、同一の成膜条件下で得た膜と比べて、等量の赤外線カットオフ成分を含有しながらも初期状態の赤外線遮蔽能が劣ることがある。フルオロアルキル基を含有する化合物を添加すると、形成溶液の表面張力が低下し、その結果、成膜の他の条件が同じであると、液膜厚が低下する傾向があるからである。このため、膜の赤外線遮蔽能を向上する観点からは、フルオロアルキル基のような官能基を含有する化合物を形成溶液に添加することは望ましくないようにも思われるが、本発明者は、こうした化合物がさらに添加された形成溶液を敢えて使用すると、赤外線遮蔽能の初期性能は低下するものの、赤外線遮蔽能の長期高温耐久性に優れた膜が得られることを見出した。また、耐摩耗性を高める観点からはポリフェノールの添加は好ましくないようにも思われるが、添加量を適切にコントロールすることで、膜の耐摩耗性を維持しつつ赤外線遮蔽能の長期高温耐久性を向上できることを見出した。
【0034】
形成溶液における、フルオロアルキル基を含有する化合物の濃度は、0.01〜0.2質量%、特には0.02〜0.1質量%、とすることが好ましい。当該化合物の濃度が0.01質量%以上、特には0.02質量%以上、であると、形成される膜における赤外線吸収能の長期高温耐久性がより確実に向上する。当該化合物の濃度が0.2質量%以下、特には0.1質量%以下、であると、形成される膜の透明度をより確実に高めることができる。当該化合物に代えて、フルオロアルキル基以外の疎水基を含有する化合物を使用する場合であっても、形成溶液中の濃度は同様の範囲にあることが好ましい。
【0035】
形成溶液におけるポリフェノールの濃度は、0.0001〜1質量%、特には0.001〜0.5質量%、とすることが好ましい。ポリフェノールの濃度が0.0001質量%以上、特には0.001質量%以上、であると、形成される膜における赤外線吸収能の長期高温耐久性がより確実に向上する。ポリフェノールの濃度が1質量%以下、特には0.5質量%以下、であると、形成される膜の透明度をより確実に高めることができる。
【0036】
形成溶液中の水のモル数は、シリコン原子の総モル数に対し、4倍を超える程度、例えば5倍〜20倍、とすることが好ましい。
【0037】
形成溶液中のシリコンアルコキシドの濃度は、3質量%を超えて30質量%以下の範囲にあることが望ましく、3質量%を超えて13質量%未満の範囲にあることが好ましく、3質量%を超えて9質量%以下の範囲にあることがより好ましい。形成溶液におけるシリコンアルコキシドの濃度が高すぎると、基体から剥離するようなクラックが膜中に発生することがある。
【0038】
強酸としては、塩酸、硝酸、トリクロロ酢酸、トリフルオロ酢酸、硫酸、リン酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、シュウ酸を例示できる。強酸のうち、塩酸に代表される揮発性の酸は、加熱時に揮発することにより、硬化後の膜中に残存しないので、好ましく用いることができる。硬化後の膜中に酸が残ると、膜硬度が低下してしまうことがある。
【0039】
有機溶媒としては、メチルアルコール、エチルアルコール、1−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、t−ブチルアルコール、プロピレングリコールモノメチルエーテルなどを例示できる。
【0040】
塗布工程では、雰囲気の相対湿度を40%未満に保持しながら、形成溶液を基体上に塗布することが望ましい。相対湿度を40%未満、さらには30%以下に制御すると、雰囲気中の水分の過剰な吸い込みを防止でき、形成した膜が緻密な構造体となる。相対湿度の下限値は特に限定されないが、形成溶液の取り扱い性(塗布性)を高める観点からは、15%以上、さらには20%以上に制御することが好ましい。
【0041】
除去工程では、基体上に塗布された形成溶液の液体成分、例えば水および有機溶媒が除去される。より詳しくは、水および有機溶媒の少なくとも一部、好ましくは実質的に全部が除去される。除去工程は、室温(25℃)下での風乾工程と、風乾工程に続いて行われる、室温よりも高温かつ300℃以下の雰囲気下、例えば100℃以上300℃以下、さらには250℃以下の雰囲気下での熱処理工程とにより行うとよい。風乾工程は、相対湿度が40%未満、さらには30%以下に制御した雰囲気下で行うことが好ましい。相対湿度を当該範囲に制御することにより、膜におけるクラックの発生をより確実に防止できる。相対湿度の下限値は特に限定されない。例えば15%、さらには20%であってよい。
【0042】
形成溶液中の有機ポリマーの総濃度は、シリコンアルコキシドの濃度をSiO2濃度により表示した場合、当該SiO2に対して60質量%以下とすることが好ましく、40質量%以下とすることがより好ましい。当該濃度が高すぎると、加熱硬化後の膜強度が低下してしまう場合があるからである。他方、当該濃度が低すぎると、収縮による膜中の応力を緩和することができずクラックが発生することがある。それゆえ、有機ポリマーの総濃度は、上記SiO2に対して0.1質量%以上、特に5質量%以上、とすることが好ましい。
【0043】
赤外線遮蔽膜の膜厚は、例えば250nmを超え10μm以下であり、好ましくは300nmを超え10μm以下であり、さらに好ましくは500nm以上10μm以下である。この膜厚は、1μm以上、さらには1μmを超えていてもよく、5μm以下であってもよい。上記の製造方法によれば、250nmを超える程度に厚い赤外線遮蔽膜を、形成溶液の一度の塗布により形成することも可能である。
【0044】
透明基体としては、ガラス板または樹脂板を例示できる。厚さが0.1mmを超える、さらには0.3mm以上、特に0.5mm以上の透明基体を用いると、クラックの発生やテーバー摩耗試験後の膜剥離をより確実に防止できる。基体の厚さの上限は特に制限されないが、例えば20mm以下、さらには10mm以下であってよい。
【0045】
フルオロアルキル基を含有する赤外線遮蔽膜は、後述するように、静的および動的な撥水性にも優れる。このため、フルオロアルキル基を含有する赤外線遮蔽膜付きガラス板は、赤外線遮蔽膜を車両または建築物の外に向けた状態で当該車両または建築物の開口部に配置することが好ましい。また、当該膜付きガラス板は、結露が発生しやすい環境下で使用する場合、赤外線遮蔽膜を車両または建築物の内に向けた状態で当該車両または建築物の開口部に配置することが好ましい。このように、本発明の透明物品は、赤外線遮蔽膜を車両または建築物の外もしくは内に向けた状態で当該車両または建築物の開口部に配置できる。
【0046】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。
【0047】
(実施例1)
エチルアルコール(片山化学製)5.58gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)1.75g、純水1.63g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.01g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.09g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.03g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.01g、ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシラン(信越化学製LS−4875、化学式:CF3(CF2)7(CH2)2Si(OCH3)3)0.002gを添加し、20℃で4時間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、ITO微粒子分散液(ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液、三菱マテリアル製)0.63gを添加し、20℃で30分間撹拌することにより、形成溶液を調製した。
【0048】
次に、洗浄したソーダ石灰珪酸塩ガラス基板(100×100mm、厚さ:3.1mm、以下では単に「ガラス板」と呼ぶ)上に、相対湿度30%の室温下で、形成溶液をフローコート法にて塗布した。塗布した形成溶液を室温で約15分間風乾し、続いて予め200℃に昇温したオーブンに投入することにより20分間加熱し、その後冷却することにより、膜付きガラス板を作成した。
【0049】
こうして得た膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さおよびテーバー試験前後のヘイズ率を表1に示す。また、高温試験の前後における、この膜の静的接触角、転落角ならびに波長1550nmの光線の透過率およびその変化率についても表1に示す。なお、ブランクとして、ガラス板についての各種特性についても表1に示す。
【0050】
テーバー摩耗試験は、JIS R 3212に準拠した摩耗試験によって行った。すなわち、市販のテーバー摩耗試験機(TABER INDUSTRIES社製5150 ABRASER)を用い、500gの荷重で1000回摩耗を行った。ヘイズ率は、スガ試験機社製HGM−2DPを用いて測定した。
【0051】
高温試験として、高温試験AおよびBを実施した。高温試験Aは、膜付きガラス板を、80℃、相対湿度10%の雰囲気中に1000時間保持することにより行った。高温試験Bは、膜付きガラス板を、80℃、相対湿度95%の雰囲気中に1000時間保持することにより行った。
【0052】
静的接触角は、接触角計(協和界面科学(株)製CA−DT)を用い、膜に対する2mgの水滴の静的接触角を測定することにより求めた。転落角は、膜付きガラス板を水平の状態から徐々に傾斜させ、膜の表面に配置した直径5mmの水滴が転がり始めるときの、膜付きガラス板の傾斜角(臨界傾斜角)を測定することにより求めた。
【0053】
波長1550nmの光線の透過率は、分光光度計(島津製作所製UV-3000PC)を用いて測定した。変化率は、以下の式に従って算出した。
(変化率)=[{(試験後の透過率(実測値))/(試験前の透過率)}−1]×100
【0054】
こうして得た膜は、ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシランに由来するフルオロアルキル基(CF3(CF2)7(CH2)2−)を含有する。
【0055】
(実施例2)
実施例2は、実施例1と比べてITO微粒子およびヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシランの添加量が多い形成溶液を使用し、風乾時間を約5分間とし、オーブン内での保持時間を18分間としたこと以外は、実施例1と同様にして膜を形成した例である。
【0056】
エチルアルコール(片山化学製)3.11gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)3.16g、純水1.62g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.01g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.04g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.18g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.02g、ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシラン(信越化学製LS−4875)0.005gを添加し、20℃で4時間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、ITO微粒子分散液(ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液、三菱マテリアル製)1.13gを添加し、20℃で30分間撹拌することにより、形成溶液を調製した。
【0057】
得られた膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さ、テーバー試験前後のヘイズ率および高温試験前後における各種特性などを表1に示す。当該膜も、実施例1と同様に、ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシランに由来するフルオロアルキル基(CF3(CF2)7(CH2)2−)を含有する。
【0058】
(実施例3)
実施例3は、ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシランに代えて、トリデカフルオロテトラヒドロオクチルトリエトキシシランを添加して得た形成溶液と、305×305mmのガラス板と、を使用し、オーブン内での保持時間を18分間としたこと以外は、実施例1と同様にして膜を形成した例である。
【0059】
エチルアルコール(片山化学製)15.77gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)5.73g、純水6.37g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.02g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.25g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.30g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.04g、トリデカフルオロテトラヒドロオクチルトリエトキシシラン(GELEST製、化学式:CF3(CF2)5(CH2)2Si(OC25)3)0.02gを添加し、20℃で4時間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、ITO微粒子分散液(ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液、三菱マテリアル製)1.5gを添加し、20℃で30分間撹拌することにより、形成溶液を調製した。
【0060】
得られた膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さ、テーバー試験前後のヘイズ率および高温試験前後における各種特性などを表1に示す。当該膜は、トリデカフルオロテトラヒドロオクチルトリエトキシシランに由来するフルオロアルキル基(CF3(CF2)5(CH2)2−)を含有する。
【0061】
(実施例4)
実施例4は、トリデカフルオロテトラヒドロオクチルトリエトキシシランに代えて、ポリフェノールの一例を添加して得た形成溶液を使用したこと以外は、実施例3と同様にして膜を形成した例である。
【0062】
エチルアルコール(片山化学製)29.21gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)9.55g、純水7.29g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.03g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.54g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.33g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.05gを添加して、20℃で4時間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、ITO微粒子分散液(ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液、三菱マテリアル製)2.5gを添加した後、さらに、サンフラボンT−200(ポリフェノールを7〜9.5%含有する、太陽化学製)をエタノールで10質量%に希釈し、これを濾過して得た液0.5gを添加し、20℃で30分間撹拌することにより、形成溶液を調製した。サンフラボンT−200は、緑茶由来のカテキンを含有する。サンフラボンT−200のエタノール溶液の濾過は、Millipore製のMillex−HA(孔径0.45μm、長さ25mm)を用いて実施した。
【0063】
得られた膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さ、テーバー試験前後のヘイズ率、高温試験前後における波長1550nmの光線の透過率およびその変化率を表1に示す。当該膜は、カテキンを含有する。
【0064】
(実施例5)
実施例5は、サンフラボンT−200に代えて、別のカテキン製剤を添加して得た形成溶液を使用したこと以外は、実施例4と同様にして膜を形成した例である。
【0065】
エチルアルコール(片山化学製)27.25gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)9.55g、純水7.29g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.03g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.50g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.33g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.05gを添加して、20℃で4時間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、ITO微粒子分散液(ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液、三菱マテリアル製)2.5gを添加した後、さらに、サンフェノンDK(ポリフェノールを80%含有する、太陽化学製)をエタノールで10質量%に希釈した液2.5gを添加し、20℃で30分間撹拌することにより、形成溶液を調製した。サンフェノンDKは、緑茶由来のカテキンを含有する。
【0066】
得られた膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さ、テーバー試験前後のヘイズ率、高温試験前後における波長1550nmの光線の透過率およびその変化率を表1に示す。当該膜は、カテキンを含有する。
【0067】
(比較例1)
比較例1は、ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシランを添加せずに調製した形成溶液を使用し、オーブン内での保持時間を18分間としたこと以外は、実施例1と同様にして膜を形成した例である。
【0068】
エチルアルコール(片山化学製)6.21gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)0.35g、エチルシリケート40(コルコート製)1.00g、純水1.60g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.01g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.10g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.03g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.01gを添加し、20℃で4時間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、ITO微粒子分散液(ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液、三菱マテリアル製)0.63gを添加し、20℃で30分間撹拌することにより、形成溶液を調製した。
【0069】
得られた膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さ、テーバー試験前後のヘイズ率および高温試験前後における各種特性などを表1に示す。
【0070】
(比較例2)
比較例2は、ITO微粒子を添加せずに調製した形成溶液を使用したこと以外は、実施例2と同様にして膜を形成した例である。
【0071】
エチルアルコール(片山化学製)5.93gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)1.74g、純水1.62g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.01g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.10g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.03g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.01g、ヘプタデカフルオロデシルトリメトキシシラン(信越化学製LS−4875)0.005gを添加し、20℃で4時間撹拌することにより、形成溶液を調製した。
【0072】
得られた膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さおよびテーバー試験前後のヘイズ率などの各種特性を表1に示す。
【0073】
(比較例3)
比較例3は、トリデカフルオロテトラヒドロオクチルトリエトキシシランに代えて、ポリジメチルシロキサンを添加して得た形成溶液を使用したこと以外は、実施例3と同様にして膜を形成した例である。
【0074】
エチルアルコール(片山化学製)15.77gに、テトラエトキシシラン(信越化学製)5.73g、純水6.37g、濃塩酸(35質量%、関東化学製)0.02g、イソブチルアルコール(関東化学製)0.25g、ポリエーテルリン酸エステル系界面活性剤(日本ルーブリゾール製ソルスパース41000)0.30g、ポリエチレングリコール200(関東化学製)0.04g、ポリジメチルシロキサン(GELEST製DMS−S12)0.02gを添加し、20℃で4時間撹拌することにより、混合溶液を得た。続いて、この混合溶液に、ITO微粒子分散液(ITOを40質量%含むエチルアルコール溶液、三菱マテリアル製)1.5gを添加し、20℃で30分間撹拌することにより、形成溶液を調製した。
【0075】
得られた膜は、クラックのない透明度の高い膜であった。また、テーバー摩耗試験後の膜剥離もなかった。この膜の厚さおよびテーバー試験前後のヘイズ率などの各種特性を表1に示す。当該膜は、ポリジメチルシロキサンに由来する、炭素原子数が1の疎水基(CH3−)を含有した状態にある。
【0076】
表1に示すように、実施例1〜5の膜付きガラス板は、いずれも波長1550nmの光線透過率の高温試験Aの前後における変化率が11%以下であり、比較例1および3と比べて、赤外線吸収能の長期高温耐久性に優れていた。また、実施例1〜3の膜付きガラス板は、いずれも波長1550nmの光線透過率の高温試験Bの前後における変化率が24%以下であり、高湿度雰囲気下における、赤外線吸収能の長期高温耐久性に優れていた。
【0077】
各実施例において得られた膜付きガラス板は、いずれも、表1に示すように、膜の表面に対するテーバー試験後のヘイズ率が3.3%以下と十分に低く、建築物用および自動車に代表される車両用の窓ガラスとして十分な実用性を有していた。なお、自動車用の窓ガラスでは、テーバー試験後のヘイズ率は4%以下が求められている。このため、この膜付きガラス板は、膜(赤外線遮蔽膜)を車両または建築物の外に向けた状態で、当該車両または建築物の開口部に配置することが好適である。また、フルオロアルキル基を含有する化合物がさらに添加された形成溶液を使用して得た膜付きガラス板は、いずれも、表1に示すように、高温試験AおよびBの前後における静的接触角および転落角が80°以上および30°以下であり、静的および動的な撥水性に優れていた。このため、こうして得た膜付きガラス板を、赤外線遮蔽膜を車両の外に向けた状態で当該車両の開口部に配置すると、窓に付着した雨滴が走行中に飛散しやすく、雨天であっても乗員および乗客にとって良好な視界が得られやすくなる。
【0078】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、赤外線吸収能の長期高温耐久性に優れた赤外線遮蔽膜が形成された透明物品を提供するものとして、赤外線遮蔽能が要求される各分野において多大な利用価値を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線遮蔽膜とを含む、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品であって、
前記赤外線遮蔽膜が、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物から選ばれる少なくとも一方を含み、
前記赤外線遮蔽膜が、フルオロアルキル基および/またはポリフェノールを含有する、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品。
【請求項2】
前記赤外線遮蔽膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記赤外線遮蔽膜が前記透明基体から剥離しない、請求項1に記載の透明物品。
【請求項3】
80℃、相対湿度10%の雰囲気中に1000時間保持することにより実施する高温試験の前後における、波長1550nmにおける光線の透過率の変化率が、11%以下の範囲にある、請求項1に記載の透明物品。
【請求項4】
前記高温試験の前において、波長1550nmにおける光線の透過率が、30%以下である、請求項3に記載の透明物品。
【請求項5】
前記赤外線遮蔽膜が、シリカを主成分とするシリカ系膜である、請求項1に記載の透明物品。
【請求項6】
前記赤外線遮蔽膜が、ポリフェノール以外の有機ポリマーをさらに含む、請求項1に記載の透明物品。
【請求項7】
前記透明基体がガラス板であり、前記透明物品が車両用または建築物用の窓ガラスである、請求項1に記載の透明物品。
【請求項8】
透明基体と、前記透明基体の表面に形成された赤外線遮蔽膜とを含む、赤外線遮蔽膜が形成された透明物品であって、
前記赤外線遮蔽膜の表面に対して実施するJIS R 3212に規定されたテーバー摩耗試験の後に、前記赤外線遮蔽膜が前記透明基体から剥離せず、
前記赤外線遮蔽膜が、インジウムスズ酸化物およびアンチモンスズ酸化物から選ばれる少なくとも一方を含み、
80℃、相対湿度10%の雰囲気中に1000時間保持することにより実施する高温試験の前後における、波長1550nmにおける光線の透過率の変化率が、11%以下の範囲にある、
赤外線遮蔽膜が形成された透明物品。
【請求項9】
前記赤外線遮蔽膜が、フルオロアルキル基および/またはポリフェノールをさらに含有する、請求項8に記載の透明物品。
【請求項10】
前記赤外線遮蔽膜が、シリカを主成分とするシリカ系膜である、請求項8に記載の透明物品。
【請求項11】
前記赤外線遮蔽膜が、ポリフェノール以外の有機ポリマーをさらに含む、請求項8に記載の透明物品。
【請求項12】
前記高温試験の前において、波長1550nmにおける光線の透過率が、30%以下である、請求項8に記載の透明物品。
【請求項13】
前記透明基体がガラス板であり、前記透明物品が車両用または建築物用の窓ガラスである、請求項8に記載の透明物品。