説明

赤痢アメーバワクチン

【課題】虫体の細胞接着による感染過程を阻害することにより、あるいは補体や抗体依存性細胞傷害活性(ADCC)を介した作用、その他の免疫機構によって虫体を傷害することにより、赤痢アメーバに対するワクチン効果があるタンパク質断片の提供。
【解決手段】赤痢アメーバに特異的、かつ多型すべての株に共通に存在するエピトープを含んで、赤痢アメーバに対する免疫原性を有し、特定のアミノ酸配列を持つタンパク質断片。およびそれをコードするDNAを含むベクター、さらに該タンパク質断片の製造方法。該断片は、低分子であることから、大腸菌で効率よく生産、大量安定供給できる、赤痢アメーバワクチンとなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤痢アメーバの表面接着因子の中サブユニットのエピトープ領域を含むタンパク質断片、および該タンパク質断片を免疫原として含む赤痢アメーバ感染に対する予防・治療のためのワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
世界人口のうち、約5億人が従来赤痢アメーバとされた原虫(Entamoeba histolytica/E.dispar)に感染し、その約1割が、病原種である赤痢アメーバ(E.histolytica)によって赤痢、大腸炎、肝膿瘍を発症し、毎年4万〜11万人が死亡している。寄生虫症の死亡者数としては、マラリア、住血吸虫症に次いで多い。感染は熱帯・亜熱帯地域を中心として世界分布し、輸入症例よりも国内感染例の多い我が国でも、現在、5類感染症として扱われる赤痢アメーバ症の報告数は年々増加している。欧米と異なり、男性同性愛者に赤痢アメーバ症の発生が増加しており、HIVとの混合感染も多いのが我が国の特徴である。厚生労働省/国立感染症研究所のIDWRによる2006年の報告数は738例である。この数は全数把握の感染症の中では、腸管出血性大腸菌感染症、後天性免疫不全症候群についで3番目に多い。
【0003】
赤痢アメーバ症は、副腎皮質ステロイド剤投与時あるいは妊娠によって症状が増悪することはよく知られる。赤痢アメーバ症に対する治療薬としてメトロニダゾールが用いられるが、該薬剤は妊婦禁忌である。また、赤痢アメーバ症の中心地域が熱帯・亜熱帯地域であることからも、ワクチンの開発が望まれる。
【0004】
赤痢アメーバが病原性を発揮するには、まず宿主細胞に接着することが必須の過程であることから、重要なワクチン候補タンパク質分子として、糖鎖特異的結合性タンパク質である表面レクチンが研究されている(非特許文献1など参照)。たとえば、寄生虫などの微生物に対するワクチンにC型レクチンの使用を提案する文献(特許文献1参照)には、寄生虫として赤痢アメーバも例示する。
【0005】
赤痢アメーバに特化して従来最もよく研究されているレクチンは、ガラクトース(Gal)およびN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)に特異的な260kDaの表面レクチンである。このGal/GalNAc接着レクチンは、赤痢アメーバHM−1:IMSS株から単離され、170kDaの重サブユニット(heavy subunit:HGL)と、35/31kDaの軽サブユニット(light subunit:LGL)とがS−S結合した分子であることが知られている。2つのサブユニットのうち、糖鎖の認識部位は、HGLにある(非特許文献2など参照)。
【0006】
このHGLのワクチンへの利用について、たとえば、原核細胞培養系で組換型として産生される、E.histolyticaのHGLの糖付加されてないエピトープベアリング領域を含むワクチンの提案がある(特許文献2参照)。ここでは、上記HGL部分の170kDaタンパク質に含まれる病原型に特徴的なエピトープとして、該部分を構成するアミノ酸配列のうち、596−818,1033−1082,1082−1138の3つのアミノ酸領域を挙げている。
【0007】
赤痢アメーバ症のワクチン候補となるいくつかのタンパク質について動物実験が行われているが、実用化に至っているワクチンはまだない(非特許文献3)。また、赤痢アメーバは多型の存在が知られており、どのような株にも有効なワクチンが望まれる。
【0008】
【特許文献1】特表2000−503630号公報
【特許文献2】特表平9−502165号公報
【非特許文献1】ペトリ(PETRI), W. A., JR.,ハク(HAQUE), R. およびマン(MANN), B. J.,「寄生虫と宿主とのビタースィート界面:寄生虫Entamoeba histolyticaによるヒト侵襲におけるレクチン−糖質相互作用(The bittersweet interface of parasite and host:lectin-carbohydrate interactions during human invasion by the parasite Entamoeba histolytica)」,Annu Rev Microbiol,2002年,56,p.39-64
【非特許文献2】ペトリ(PETRI), W. A., JR., チャップマン(CHAPMAN), M. D., スノッドグラス(SNODGRASS), T., マン(MANN), B. J., ブローマン(BROMAN), J.およびラヴディン(RAVDIN), J. I.「E.histolyticaのガラクトースおよびN-アセチルガラクトサミン阻害性接着レクチン(Subunit structure of the galactose and N-acetyl-D-galactosamine-inhibitable adherence lectin of Entamoeba histolytica)」,J. Biol Chem,1989年,264,p.3007-3012.
【非特許文献3】チョードリー(CHAUDHRY), O. A. およびペトリ(PETRI), W. A., JR.「アメーバ症ワクチンの展望(Vaccine prospects for amebiasis)」,Expert Rev Vaccines,2005年,4,p.657-668
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、赤痢アメーバに対し、どのような株にも有効なワクチンとして有用なタンパク質断片、とりわけエピトープ領域の低分子タンパク質断片、その組換え断片およびそれを含む大量安定供給可能な赤痢アメーバワクチンを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、赤痢アメーバを研究する過程で、E. histolyticaに特異性を示すモノクロナール抗体(以下、EH3015と称す)を選定することができ、この抗体EH3015がin vitro系での細胞接着阻止効果およびハムスターにおける赤痢アメーバの肝膿瘍形成に対する抑制効果を示すこと、さらに、抗体EH3015により同定されるタンパク質断片は、150kDaの分子であり、従来検討されているGal/GalNAc接着レクチンの重鎖HGLおよび軽鎖LGLとの関連性を示すが、これらとは明確に異なる分子であるという知見を得た。このタンパク質断片は、HGLおよびLGLと関連のある表面接着因子の中サブユニット(intermediate subunit)であることからIGLと称呼されており、本明細書でも、以下この称呼にしたがう。
【0011】
IGLについては、さらにE. histolyticaの標準株とされるHM-1:IMSSにおける遺伝子のクローニングにより、1101アミノ酸(以下、IGL1と表記)および1105アミノ酸(以下、IGL2と表記)それぞれをコードする2つの遺伝子の存在が確認されている。本発明者らは、これら2つのアイソタイプIGL1とIGL2の遺伝子発現量を調べたところ、赤痢アメーバと非病原性であるE. disparのいずれの株においても、IGL1の発現量はIGL2の発現量よりも有意に高く、またIGL2の発現量が種間で差がないのに対し、IGL1の発現量は赤痢アメーバの方がE. disparよりも高いという知見を得た。このことから、IGL1はIGL2よりも病原性と強い関連性があることが示唆された。
【0012】
また、IGL1の大腸菌で作製した組換えタンパク質を取得し、これを用いてハムスターにおける免疫試験をしたところ、赤痢アメーバによる肝膿瘍形成に対する防御免疫を付与できるという知見を得、組換えタンパク質のワクチンとしての有効性が確認できた。さらに、IGL1の組換え断片を用いる試験から、IGL1の抗原エピトープはC末端側断片(C-IGL)に含まれているという知見も得た。IGLの2つのアイソタイプIGL1とIGL2との間で、C末端側の一次構造の差は少なく、また、IGLの一次構造には多型が存在するが、C末端側は株間でほとんど差がないことも確かめられた。
これら知見から、HM-1:IMSS株由来のIGL1のエピトープ領域を含む断片による免疫効果は、特定の株に対してのみではなく、世界中に分布する赤痢アメーバ株に対して有効である可能性が示唆され、また、これを免疫原とするワクチンは大量安定供給可能であると考えられることから、以下のような本発明を提供する。
【0013】
本発明は、赤痢アメーバに対する免疫原性断片として、配列番号2の603−1088のアミノ酸配列をもつタンパク質断片、または該領域を含む配列番号2の14−1088のアミノ酸配列をもつタンパク質断片を提供する。また、これらタンパク質断片と同等の免疫原性を示す範囲であれば、上記各アミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されていてもよい。
【0014】
上記配列番号2で示されるアミノ酸配列は、赤痢アメーバEntamoeba histolytica(以下、E. histolyticaを赤痢アメーバと称することもある)HM-1:IMSS株(寄託番号ATCC30459)由来のIGL1全長のアミノ酸配列であり、HM-1:IMSS株の全ゲノムにおける遺伝子座53.m00171の15957−19262の3306残基の塩基配列である配列番号1の1−3303の塩基配列に対応する。
配列番号1は、IGL1に対応する遺伝子の塩基配列であり、すなわち赤痢アメーバの表面接着因子の中サブユニットのエピトープ領域を含む断片をコードする。
【0015】
配列番号2のアミノ酸配列の603−1088のアミノ酸配列からなるタンパク質断片は、IGL1のエピトープ領域を含む486個のアミノ酸残基からなるC末端側断片(以下、C−IGLと表記することもある)であり、14−1088番目のアミノ酸配列からなるタンパク質断片は、IGL1のN末端とC末端のシグナル配列を除く全長の1075個のアミノ酸残基からなる断片(以下、F−IGLと表記することもある)である。
【0016】
上記タンパク質断片は、糖鎖をもたない。好ましくは原核生物、通常大腸菌で生産される組換え断片である。エピトープ領域を含むタンパク質断片のうちでも、生産効率のよい603−1088の短いアミノ酸配列からなるタンパク質断片C−IGLの組換え断片が好ましい。組換え断片の製造は、タンパク質断片をコードするDNAを含む発現ベクターを作製し、宿主細胞を該ベクターで形質転換した後、培地で培養し、産生されたタンパク質断片を回収する、一般的な遺伝子工学的手法を用いて行なうことができる。本発明では、このようなタンパク質断片の製造方法、ならびに上記タンパク質断片をコードするDNAを含むベクターをも提供する。
【0017】
上記タンパク質断片は、赤痢アメーバ感染の治療、予防に有用である。したがって本発明では、上記のようなタンパク質断片を免疫原性成分として含む赤痢アメーバワクチンを提供することができる。ワクチンは、タンパク質断片ともにアジュバントなどを含む組成物であってもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係るタンパク質断片は、赤痢アメーバに特異的で且つ多型すべての株に共通に存在するエピトープを含み、赤痢アメーバに対する免疫原性である。虫体の細胞接着による感染過程を阻害することにより、あるいは補体やADCCを介した作用、その他の免疫機構によって虫体を傷害することにより、赤痢アメーバに対するワクチン効果がある。低分子であることから大腸菌で生産効率よく、大量安定供給できる赤痢アメーバワクチンを実現しうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明では、本発明者らの見出した免疫原性タンパク質断片を提供する。この断片は、E. histolyticaのHM-1:IMSS株由来の表面接着因子の中サブユニットのエピトープ領域を含む断片である。より具体的には、前述したとおり、マウスモノクロナール抗体EH3015により同定されるタンパク質断片IGLについて、HM-1:IMSS株における遺伝子のクローニングにより存在が確認された2つのタンパク質断片IGL1(1101アミノ酸)およびIGL2(1105アミノ酸)のうちのIGL1に基づく。
本発明で利用するHM-1:IMSS株のIGL1をコードする遺伝子の塩基配列を配列番号1に、該塩基配列に対応するアミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0020】
E. histolyticaのHM-1:IMSS株は、ATCC30459で寄託されている。HM-1:IMSS株は、ゲノムが解析されており(http://www.tigr.org/tdb/e2k1/eha1/)、また、上記2つのタンパク質断片IGL1およびIGL2をコードする遺伝子は、本発明者らの論文(“Intermediate subunit of the Gal/GalNAc lectin of Entamoeba histolytica is a member of a gene family containing multiple CXXC sequence motifs”Infect Immun(2001),69, 5892-5898.)に記載されている。IGL1とIGL2との間で、C末端側に一次構造の差は少ないことは、該文献にも説明されており、その説明記載を引用して本明細書にも記載されているものとする。
【0021】
なお、IGL1の一次構造は、従来研究されているHGLまたはLGLとは明らかに別異である。具体的に、IGL1のアミノ酸配列(配列番号2)をHGLのアミノ酸配列とを、Blast2配列プログラムで比較したところ、有意な類似性は見つからない。また、IGL1の赤痢アメーバ(HM-1:IMSS株の全ゲノム)における遺伝子座53.m00171の15957−19262は、HGLの遺伝子座16.m00300の33710−37570および29.m00206の32859−36733とも異なる。
【0022】
上記IGLの2つのアイソタイプについて、後述するリアルタイムRT−PCR試験による遺伝子発現量の比較では、E. histolytica(HM-1:IMSS)におけるIGL1遺伝子の発現量は、IGL2遺伝子の発現量の6.4倍(相対比)であるという知見を得た。また、E. histolyticaと病原性のないE. disparとの比較では、IGL2遺伝子の発現量は差がなく、IGL1遺伝子の発現量は、E. histolyticaの方がE. disparよりも高いという知見を得た。このことから、IGL1遺伝子の方が病原性との関連性が高い可能性が考えられる。
【0023】
また、様々な地域から単離された赤痢アメーバ株についてIGLの一次構造を調べた結果、多型が存在する知見を得ている。
多型の株間におけるIGL1全長のアミノ酸配列の同一性は、たとえば、HM-1:IMSS、DKB、HK-9、HB-301:NIH、NOT-12、YS、YIについて、IASR,2007年4月号,第28巻,p110〜111の報告を参照することができ、この記載を引用して本明細書に記載されているものとする。ここにも報告されるとおり、株間のIGL1全長アミノ酸配列の同一性について、標準株HM-1:IMSSと、DKB株(イングランド由来)とは99.9%の高い相同性を示す。
HK-9株(韓国由来)およびHB-301:NIH株(ミャンマー由来)のアジア分離株群間では、完全一致し、これらと標準株HM-1:IMSSとの同一性は86%である。NOT-12、YSおよびYI株の国内分離株群間では、完全一致し、これらと標準株HM-1:IMSSとの同一性は88%である。
【0024】
本発明者らのさらなる研究において、多型は特にN末端側で大きく、C末端側には株間でほとんど差がないことが確認された。したがって、上記に例示する後者2群は、F−IGLについては、DKB株に比べてHM-1:IMSSとの相同性が低いが、C−IGLについては高い相同性が示された。
具体的に、IGL1のN末端側、C末端側および中央部の3つの領域をコードする遺伝子をPCR増幅し、これらの遺伝子断片を発現ベクターに組み込んで、後述する実施例の表2に示すアミノ酸配列を有する3つの断片を得た。
C−IGLアミノ酸配列についてのHM-1:IMSS株に対するHK-9株の同一性は94%、NOT-12株は97%であった。このことからも、以下の実施例で明らかになったHM-1:IMSS株IGL1由来のエピトープ領域断片による免疫効果は、特定の株に対してのみ有効なのではなく、世界中に分布する赤痢アメーバ株に対してワクチン効果を発揮できる可能性が高い。
【0025】
アミノ酸残基486個のC−IGLは、全長F−IGLよりもサイズが小さいため大腸菌でよく発現され、より多くの産物を得ることができる。封入体として回収でき、3〜4回の洗浄操作だけで純度の高い組換えC−IGLを取得することができる。
【0026】
なお、HGLには3種のアイソタイプが存在する。アイソタイプが2種類のみであるIGLは、HGLよりも1種類の組換えタンパク質によるワクチン効果がより大きいことが予想される。また、IGLはHGLに比べ、よりシステインリッチであり、強固な立体構造を有すると考えられる。この立体構造から構成されるエピトープも存在すると予想される。
【0027】
IGLには糖鎖認識部位はないが、表面接着因子であることは後述する実施例において確かめられている。IGLの細胞接着性の作用機序は明確に解析されている訳ではないが、IGLの挙動がGal/GalNAc特異的レクチンHGLおよびLGLと密接に関連することから、IGLの表面接着性は、糖鎖認識部位をもつHGL-LGLダイマーと非共有結合で結合し、複合体を形成することで発揮されることが予想される。最近、IGLに関して、小腸絨毛に結合性があるという報告(Cellular Microbiology,2005,7,569-579)やIGL2がフィブロネクチンに結合性があるという報告(Parasitology,2007,134,169-177)がある。
【0028】
上記IGLの同定に用いられた抗体EH3015は、マウスモノクロナール抗体を用いて、形態的にE. histolytica/E. disparと同定されるもののうちから赤痢アメーバ(E. histolytica)と、病原性のないE. disparの虫種識別法を確立する過程で、E. histolytica 特異性が認められたマウスモノクロナール抗体である。本発明者らは、このEH3015については、すでに該抗体で赤痢アメーバ虫体を前処理することにより、赤血球やChinese hamster ovary(CHO)細胞への接着、赤血球貪食能、CHO細胞傷害作用などをin vitro系で阻止できたこと(“Amonoclonal antibody against the 150kDa surface antigen of Entamoeba histolytica inhibits adherence and cytotoxicity to mammalian cells” Med Sci Res(1997),25, 159-161)、さらに、EH3015をハムスターの腹腔内に投与し、24時間後に肝臓内に直接赤痢アメーバ虫体を接種したところ、肝膿瘍形成が有意に抑制できたことを報告している(“Protection of hamsters from amebic liver abscess formation by a monoclonal antibody to a 150kDa surface lectin of Entamoeba histolytica” Parasitol Res(1999), 85, 78-80)。
【0029】
さらに、EH3015のアフィニティカラムで虫体から精製したタンパク質でハムスターを免疫したところ、同様に肝膿瘍形成が抑制できたことも報告している(“Protection of hamsters from amebic liver abscess formation by immunization with the 150- and 170kDa surface antigens of Entamoeba histolytica” Parasitol Res(2001), 87, 126-130)。
しかし、この方法では大量にIGLを得ることが困難であるし、微量に混在する可能性のある他のタンパク質の影響も否定できない。
【0030】
一方、EH3015で同定されるタンパク質IGL、特にHM-1:IMSS株由来のIGL1の大腸菌で生産される糖鎖を含まない組換え断片にも、前記虫体から精製したタンパク質と同様に免疫効果があるか否かは不明であり、IGLを大量安定供給できるワクチンとして使用できる可能性を検討するため、大腸菌で作製した組換え型IGL1による免疫で、ハムスターにおけるアメーバ性肝膿瘍形成が抑制できるかどうかを検討し、後述の実施例に示すとおり良好な結果を得た。
【0031】
特に、先にも報告(“Evaluation of recombinant fragments of Entamoeba histolytica Gal/GalNAc lectin intermediate subunit for serodiagnosis of amebiasis”J Clin Microbiol(2004),42, 1069-1074)のとおり、IGL1について、大腸菌で作製した全長または断片の組換えタンパク質の血清診断用抗原としての評価から、特に特異性に優れていたC末端側抗原のワクチン効果について良好な結果を得ることができた。
【0032】
赤痢アメーバは、感染すると嚢子が小腸で栄養型になり、まず腸粘膜に接着した後、組織内に侵入して潰瘍を形成し、大腸炎を起こす。虫体が腸管組織から血行性に肝臓に転移すると肝膿瘍を形成し、治療しないと致命的になる。本発明のタンパク質断片を免疫原性成分とするワクチンは、その接種により、赤痢アメーバに対する免疫反応に基づき、感染に対する治療、予防に有効である可能性が高い。
本発明に係るワクチンは、ワクチン組成物を構築する際に一般的にアジュバントとして使用されるものを含ませることができる。
【実施例】
【0033】
次に本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
以下の実験で用いたHM-1:IMSS株(E. histolytica)、CYNO9株(E. dispar)、SAW1734株(E. dispar)は、慶応大学医学部熱帯医学・寄生虫学教室から入手した。
【0034】
(実施例1)リアルタイムRT−PCRによるIGL遺伝子発現量の解析
赤痢アメーバのIGL1とIGL2遺伝子発現量のリアルタイムRT(逆転写)−PCRによる比較を行なった。
赤痢アメーバとE. disparの栄養型培養虫体から、RNeasyミニキット(キアゲン:Qiagen)を用いて全RNAを単離し、GeneAmp RNA PCRキット(アプライドバイオシステムズ:Applied Biosystems)を用いてcDNAを合成した。
定量リアルタイムRT−PCR解析のための反応液は、SYBR Premix Ex Taq(宝酒造)、以下に示す特異的なプライマー、Rox染料、cDNAを混ぜて調製した。
【0035】
【表1】

【0036】
40サイクル増幅し、各サイクルでの蛍光強度を、配列検出装置ABI PRISM 7700(アプライドバイオシステムズ,ソフトウェアバージョン1.7)で測定した。
95℃で10秒間の初期変性後、95℃で5秒間の変性および60℃で30秒間のアニーリング伸長からなるシャトルPCRプロトコルを行なった。
アクチン遺伝子を対照(内部標準)として用いる比較CT法により、IGL1とIGL2遺伝子の相対的な発現量を解析した。実験は培養とRNAの単離過程も含めて3回行い、平均値と標準偏差を算出した。アクチン遺伝子発現量に対する相対値としての各遺伝子発現量を図1に示す。図中、IGL1は白抜き棒、IGL2は塗潰し棒で示す。
【0037】
図1に示されるとおり、赤痢アメーバにおけるIGL1の発現量はIGL2の発現量の約6.4倍であり、有意に高かった。E. disparにおいても、IGL1の発現量はIGL2の発現量の3〜5倍であり、有意に高かった。IGL2の発現量は、赤痢アメーバとE. disparとの間で差がなかったが、IGL1の発現量は赤痢アメーバの方が高かった。これらから、IGL1のIGL2よりも強い病原性への関連性が示唆される。
【0038】
(実施例2)
組換えタンパク質の調製
組換えIGLタンパク質の調製は、基本的に、タチバナら(TACHIBANA, H., CHENG, X. J., MASUDA, G., HORIKI, N. and TAKEUCHI, T.(2004),Evaluation of recombinant fragments of Entamoeba histolytica Gal/GalNAc lectin intermediate subunit for serodiagnosis of amebiasis. J Clin Microbiol, 42, 1069-1074.)の方法にしたがって行った。
赤痢アメーバIGL1遺伝子(配列番号1)から、N末端とC末端のシグナル配列を除く全長のアミノ酸[F-IGL, アミノ酸番号(aa)14−1088]をコードする遺伝子断片をPCR増幅した。
pET19bベクターのXhoIサイトに組み込み、大腸菌BL21 StarTM(DE3)pLysSに導入して発現させた。
遠心した菌体を界面活性剤溶液中で超音波破砕した後、遠心して沈渣を得た。この操作を3〜4回繰り返した。この洗浄操作はNovagenのProtein refolding kitに示された方法に従って行った。得られた封入体を前記Protein refolding kitに示された方法でリフォールディングしたのち、His結合レジンアフィニティークロマトグラフィーによって精製して全長の組換えタンパク質F-IGLを得た。
【0039】
同様に、IGL1のN末端側(N-IGL, aa14−382)、中央部(M-IGL, aa294−753)、C末端側(C-IGL,aa603−1088)をコードする各遺伝子断片をPCR増幅し、pET19bベクターのXhoIサイトに組み込み、大腸菌BL21 StarTM(DE3)pLysSに導入して発現させた。
前記の洗浄方法で封入体を得た。封入体をリフォールディングして、各断片の組換えタンパク質N-IGL,M-IGL,C-IGLを得た。組換えIGL断片は、アフィニティークロマトグラフィーによる精製なしに、電気泳動において単一のバンドとして確認できる純度を有していた。これら組換えIGLを表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
上記で得られた各組換えIGLの電気泳動を測定した。各レーン4μgの上記リフォールディングしたタンパク質を、7.5%ゲル(ポリアクリルアミドゲル)を用いて還元条件下で泳動した後、タンパク質のバンドを、クーマシー・ブリリアントブルー(Coomassie brilliant blue)で染色した。電気泳動像を図2に示す。
図中、レーン1:F-IGL、レーン2:N-IGL、レーン3:M-IGL、レーン4:C-IGL、左側の数字はタンパク質マーカーの分子量(単位はkDa)を示す。
【0042】
(試験例1)全長組換えIGL1による免疫と感染実験
以下の動物実験には、赤痢アメーバ(E. histolytica)として、培養に慣れてハムスターに感染しにくくなっているHM-1:IMSS株の代わりに比較的感染が容易なSAW755CR株(慶応大学を介して入手)を用いた。SAW755CR株は、1979年、Sargeauntらによって、英国でエジプト人のアメーバ性大腸炎患者から分離された株であり、SAW755CR株とHM-1:IMSS株との一次構造は全長でほぼ同じであり、両株のIGL1の同一性は99.9%である。
【0043】
体重40〜50gの雄のシリアンハムスター27個体を使用した。免疫開始前に少量の血液を眼静脈より採取した。
この試験では、F-IGLの50μgをアジュバントのタイターマックスゴールド(TiterMax Gold)とともに後肢筋肉内に接種した。初回免疫の3週間後と5週間後に、同量のF-IGL をフロイント(Freund)の不完全アジュバントとともに追加免疫した。
最終免疫の1週間後に採血し、更に1週間後に、赤痢アメーバSAW755CR株の栄養型虫体5×105を肝臓内に接種した。そして1週間後に肝膿瘍の有無を調べ、肝臓の全重量と膿瘍の重量を測定した。
対照群ではリン酸緩衝生理食塩水(PBS)とアジュバントのみで免疫し、同様の実験を行った。
【0044】
ハムスターにおける赤痢アメーバの全長組換えIGL(F-IGL)の筋肉内接種によるアメーバ性肝膿瘍形成の阻止効果を表3および図3に示す。
図3において、(A)はF-IGL免疫群(1〜15)、(B)はPBS免疫対照群(16〜27)である。
F-IGL免疫群では11にのみ小さな膿瘍(矢印)が認められた。
PBS免疫対照群では17、18に膿瘍がなく、21、25は小さな膿瘍(矢印)であったが、その他の8個体では大きな膿瘍が形成されている。
【0045】
【表3】

【0046】
表3に示すとおり、PBSを用いた対照群12匹中10匹(83%)で膿瘍が認められたのに対し、F-IGL免疫群では15匹中1匹(7%)のみに膿瘍が認められた。その差はフィッシャー検定(直接確率計算法,Fisher's exact probability test)においてP=0.0000012であり、有意な差であった。
膿瘍が認められたハムスターにおける膿瘍の平均サイズも、対照群では肝臓の31%(重量比)を占めたのに対し、F-IGL群で膿瘍が認められた1個体において、膿瘍は肝臓の3%の大きさであった。
【0047】
(試験例2)赤痢アメーバのCHO細胞へのin vitro系での接着に対する阻止活性
上記F-IGL免疫後ハムスターのプール血清を、様々な濃度で赤痢アメーバHM-1:IMSS株栄養型虫体と氷上で1時間反応させ、PBSで洗った後にCHO細胞と氷上で2時間反応させた。3個以上のCHO細胞が接着した赤痢アメーバ虫体の比率を計測した。
対照として免疫前プール血清を使用した。
赤痢アメーバとCHO細胞の接着に対する免疫ハムスター血清の阻止効果を表4に示す。
表4に示すように、F-IGL免疫血清は、虫体のCHO細胞への接着を、10倍希釈で対照群の27%まで、100倍希釈で40%まで抑制した。
【0048】
【表4】

【0049】
上記に示すとおり、大腸菌で作製したIGLの全長組換えタンパク質(F-IGL)によって、肝膿瘍形成に対する防御免疫を付与できることが初めて明らかになった。すなわち大腸菌で作製したIGLが有効であったことから、糖鎖による修飾は必ずしも必要ないと考えられ、大腸菌系で安価に大量のIGLを作製できる可能性が示された。
【0050】
(試験例3)免疫と感染実験
次に、上記でワクチン効果の示された組換えIGLについて、分子量の大きい全長IGLタンパク質よりも産生効率の良い断片を大腸菌系で効率的に生産するために、ワクチン効果が期待できる部分を同定する。
F-IGLに代えて、表2に示す3つの断片N-IGL,M-IGL,C-IGLを用いる以外は、試験例1と同様のハムスターにおける赤痢アメーバの組換えIGL断片の筋肉内接種によるアメーバ性肝膿瘍形成の阻止実験を行なった。ここでは、シリアンハムスター32個体を使用した。結果を表5および図4に示す。
【0051】
【表5】

【0052】
図4中、(A)はPBS免疫対照群、(B)はN-IGL免疫群、(C)はM-IGL免疫群、(D)はC-IGL免疫群である。図中、*は膿瘍(矢印)が認められなかったものである。
PBSを用いた対照群8匹中全例で膿瘍が認められたのに対し、C-IGL免疫群では8匹中膿瘍が認められた個体はなかった。その差はフィッシャー検定においてP=0.000078であり、有意な差であった。N-IGL免疫群では全く防御効果がなく、M-IGL免疫群では8匹中2匹で膿瘍が認められなかったものの、対照群と比べて有意差はなかった。また、膿瘍の平均サイズにおいても、N-IGLやM-IGL免疫群ではPBS対照群と差がなかった。
この結果から、実験動物における赤痢アメーバによる肝膿瘍形成に対し防御免疫を付与できるIGLの抗原エピトープは、C-IGL断片に含まれていることが明らかになった。C-IGLの分子量は約5万であり、そのアミノ酸残基数486は全長IGLのアミノ酸残基数1075の半分以下の長さであり、大腸菌系で効率よく産生することができる。
【0053】
上記のとおり、組換えC-IGLによる免疫効果が確認され、アメーバ感染の治療・予防に有効性の可能性が示された。今回、大腸菌で作製したC-IGLが有効であったことから、糖鎖による修飾は必ずしも必要ないと考えられ、大腸菌系で安価に大量の赤痢アメーバワクチンを製造できる可能性が示された。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】リアルタイムRT−PCRによるIGL1およびIGL2の各遺伝子発現量を相対比で示す図である。
【図2】組換えIGL1のポリアクリルアミドゲル電気泳動像である。
【図3】組換え全長IGLで免疫し、赤痢アメーバの栄養型虫体接種7日後のハムスターの肝臓の撮像である。
【図4】組換えIGL断片で免疫し、赤痢アメーバの栄養型虫体接種7日後のハムスターの肝臓の撮像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2の603−1088のアミノ酸配列をもつタンパク質断片、または該配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列をもつタンパク質断片から選ばれる、赤痢アメーバに対する免疫原性タンパク質断片。
【請求項2】
配列番号2の14−1088のアミノ酸配列をもつタンパク質断片、または該配列において1または数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列をもつタンパク質断片から選ばれる、赤痢アメーバに対する免疫原性タンパク質断片。
【請求項3】
前記配列番号2のアミノ酸配列が、赤痢アメーバEntamoeba histolyticaのHM-1:IMSS株(寄託番号ATCC30459)の全ゲノムにおける遺伝子座53.m00171の15957−19262の3306残基の塩基配列である配列番号1の1−3303の塩基配列に対応する請求項1または2に記載のタンパク質断片。
【請求項4】
前記配列番号1が、赤痢アメーバEntamoeba histolyticaの表面接着因子の中サブユニットのエピトープ領域を含む断片をコードする請求項3に記載のタンパク質断片。
【請求項5】
前記タンパク質断片が原核生物で生産される組換え断片である請求項1〜4のいずれかに記載のタンパク質断片。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかのタンパク質断片をコードするDNAを含むベクター。
【請求項7】
請求項6に記載のベクターを、原核生物に導入し、該ベクターで宿主細胞を形質転換した後培養し、産生されたタンパク質断片を回収する、請求項5に記載のタンパク質断片の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載のタンパク質断片を免疫原性成分として含む赤痢アメーバワクチン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−22238(P2009−22238A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−190535(P2007−190535)
【出願日】平成19年7月23日(2007.7.23)
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【Fターム(参考)】