説明

車輪検査装置および車輪検査方法

【課題】車輪を取り外すことなく、ボルトの固定状態を正確に診断することができ、車輪の脱落を未然に防止することができる車輪検査装置および車輪検査方法を提供する。
【解決手段】自動車の車輪を車体のホイールハブに対して螺設するためのホイールボルトと、ナットとを備えた固定手段における固定状態を検査する車輪検査装置であって、ホイールボルトに螺合されたナットを加振するインパルスハンマ11と、インパルスハンマ11に配設され、当該インパルスハンマのナットに対する加振によって生じた力の時間波形を検出する時間波形センサ11aと、時間波形センサ11aによって検出された信号の歪度を分析する歪度分析手段12と、歪度分析手段12によって算出された歪度の特性に基づいて、ホイールボルトに折損が生じているか否かを判定する判定部13と、判定部13における判定結果を報知するための表示部14とを備えるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車輪検査装置および車輪検査方法に関し、とりわけ大型車両の複輪用ホイールボルトの固定異常を検知する車輪検査装置および車輪検査方法に好適なものである。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ボルトは、複数の部材に貫設された取付孔に挿通された後、ナットが螺合されることにより、かかる複数の部材同士を締め付けて固定するものである。従って、この締付力が不十分だったり、ボルトやナットに折損が発生したりすると、これらボルトとナットを用いて固定した構造物が分解するなどの重大事故が発生するおそれがある。このため、ボルトとナットとによって複数の部材を固定した構造物において、かかる固定部分の締付力(固定状態)を測定(検査)する方法として、種々のものが知られている。
【0003】
例えば、ボルト頭部に一定方向の外部磁界を作用させると同時に交流励振用コイルにより渦電流を発生させると、外部磁界と渦電流との相互作用によってボルト内部に交流励振用コイルの周波数に応じた振動が発生し、ボルトの締付力に応じて振動数が変化することが知られている。これを利用し、ボルトとナットの締付力を判断する方法の一つとして、交流励振用コイルの周波数を変化させ、ボルトに発生した振動数を測定し、その共振周波数を測定することで、ボルトの締付力を非破壊的に検査するボルト締付力検査装置が開発されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、最も広く知られている手法の一つとして、ボルトの頭部または他端部をハンマなどで打撃し、その打撃力により生ずる振動・音を作業員の耳または手の触覚で感知して締付けの緩みを診断し、または目視により折損を見つけるという方法もある。
【0005】
ところで、近年、自動車などの車両(とりわけ、大型車両)において、車輪(タイヤが組まれたディスクホイール)を車体に対して取付ける部位(すなわち、ホイールハブ)に設けられるホイールボルトの折損に起因して、車輪が脱落する問題が発生している。
【0006】
従って、このような車輪の脱落が再発することを防止する観点から、従来では日常点検において、ディスクホイールの取付状態を目視によって確認すると共に、ホイールボルトに固定されたホイールナットを点検ハンマ等によって打撃することにより、当該ホイールボルトが折損しているか否かを診断するよう注意喚起している(例えば、非特許文献1参照)。
【0007】
かかる非特許文献1では、ディスクホイールの取付状態の目視確認として、ホイールボルトおよびナットが全て取り付けられているかを点検する項目と、ディスクホイールやホイールボルトまたはホイールナットから錆汁が出ていないか点検する項目と、ディスクホイールに亀裂や損傷がないか点検する項目と、ホイールナットから露出しているホイールボルトの突出量(出っ張り量)に不揃いがないか(車輪によって突出量が異なっていないか)点検する項目などを行うよう開示している。
【0008】
また、点検ハンマ等を使用する点検としては、ホイールナットの下側に指を添えた状態で、点検ハンマ(または、小型ハンマなど)によってホイールナットの上側面を打撃し、このときに指に伝わる振動が他のホイールナットと異なっていたり、濁った音がしたりしていないかを点検することにより、ホイールナットの緩みや、ホイールボルトの折損を診断するよう開示している。この点検は、上述した手法の一つを用いたものである。
【0009】
このような診断が可能な理由としては、打撃音や振動にその経路(すなわち、固定されたホイールボルトとホイールナット)の物性的・幾何形状的な特性を示す内部情報が含まれているからである。
【0010】
そして、これら目視確認による点検や、点検ハンマを用いた点検において異常が認められれば、ホイールナットに緩みが生じていたり、ホイールボルトが折損していたりするおそれがあるため、ディスクホイールを取り外すなどして、より詳細な点検を行う必要がある。
【0011】
ここで、大型車両の車輪の構造について詳細に説明する。大型車両における車輪、とりわけ、後輪側にはダブルタイヤと称される複輪による取付構造(以下、これを単に複輪構造と称する)が適用される場合が多い。かかるダブルタイヤの場合、ディスクホイールを平座面で締付けるISO(国際標準化機構)方式と、ディスクホイールを球座面で締付けるJIS(日本工業規格)方式との2つの方式において、取付構造(固定構造)が異なっている。
【0012】
車体側のホイールハブには、一端側をドラムボルトによって固定されたホイールボルトが、当該ホイールハブにおけるホイール取付面の円周方向に所定間隔で突設されている。なお、ISO方式ではホイールボルトを10本、JIS方式ではホイールボルトを6本または8本使用する既定となっている。
【0013】
そして、ISO方式の場合、ハブ側に内輪が、外側に外輪が順次ホイールボルトを挿通させてセットされる。この後、ホイールボルトの他端側に一つのホイールナットを螺合させることによって、ホイールハブ(つまり、車体側)に対し、内輪と外輪とを共締めするようになっている。
【0014】
これに対して、JIS方式の場合、ハブ側に配置される内輪が、ホイールボルトにインナーナットを螺合させることによって、ホイールハブに対して固定される。この後、当該ホイールハブに固定された内輪の外側に配置される外輪が、インナーナットにアウターナットを螺合させることにより、前記内輪の外側に更に固定される構造となっている。すなわち、このJIS方式の場合、ホイールボルトに対してインナーナットとアウターナットとが螺合され、外輪においては、ホイールボルトに固定されたインナーナットに対し、アウターナットを螺合させることでホイールハブ(つまり、車体)に締め付けられる構造となっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開平11−148876号公報
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】社団法人 日本自動車工業会、"車輪脱落防止のための正しい取扱いについて"、2007年9月版、[2010年3月11日検索]、インターネット<URL: http://www.jama.or.jp/user/fall_off_wheel/pdf/fall_off_wheel2007.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、上述したJIS方式によるダブルタイヤの固定構造の場合、車体に外輪が取り付けられた状態では、ホイールボルトにインナーナットとアウターナットとが順次螺合されているため、外輪における車体よりも外側において、当該ホイールボルトは露出している部分(箇所)がない。このため、かかる特許文献1に記載のボルト締付力検査装置では、ホイールボルトに対し直接的に検査を施すことが困難であり、当該折損の有無を確認すべきホイールボルトの締付力を測定することが不可能であるという欠点があった。
【0018】
従って、インナーナットの緩み検知方法として、直接、ホイールボルトにセンサを取り付け、非破壊検査で通常用いられている音響センシング方法や、磁歪式センシング方法等の有効で且つ簡便な手法が開発されているものの、JIS方式のダブルタイヤの固定構造の場合、直接、ホイールボルトにセンサを取り付けることが困難であるため、上述のような音響センシング方法や、磁歪式センシング方法等を採用することが困難な問題があった。
【0019】
また、上述した非特許文献1による点検ハンマを用いた検査方法では、ホイールナットを打撃し(振動を加え)、そのときの音や、指に伝わる振動などによって、ホイールナットの緩みや、ホイールボルトの折損を診断する際、打撃音や振動を伝搬する媒体となるホイールナットやホイールボルトの品質や幾何形状特性が、構造物(すなわち、車体に取り付けられた車輪)ごとに大きく異なっているため、打撃音や振動から的確な判断を下すことは容易ではない。これは、熟練した作業員(検査員)であっても、その診断が主観的になりがちで再現性に乏しい(すなわち、個人差が生じ易い)ため、信頼性において不十分な問題があった。
【0020】
特に、上述したJIS方式によるダブルタイヤの固定構造においては、ホイールハブのホイールボルトにインナーナットを螺合させることによって、内輪(内側ディスクホイール)をホイールハブに固定した後、該インナーナットにアウターナットを螺合させることによって、内側ディスクホイールと外輪(外側ディスクホイール)とを固定しており、車体の外側にホイールボルトが露出していない。このため、従来の目視による確認や、上述したような点検ハンマを用いた点検では、ホイールナットの緩みや、ホイールボルトの折損の有無を正確に診断し難い場合があった。
【0021】
そこで、本発明は、上述した問題点に鑑みてなされたものであり、車輪を取り外すことなく、ボルトの固定状態を正確に診断することができ、車輪の脱落を未然に防止することができる車輪検査装置および車輪検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
(1)本発明は、自動車の車輪を、車体のホイールハブに対して螺設するための固定手段における固定状態を検査する車輪検査装置であって、前記固定手段が、少なくとも前記ホイールハブに固定されたホイールボルトと、前記ホイールボルトに螺合されるナットと、を備え、前記ホイールボルトに螺合された前記ナットを加振するインパルスハンマと、前記インパルスハンマに配設され、当該インパルスハンマの前記ナットに対する加振によって生じた力の時間波形を検出する時間波形センサと、前記時間波形センサによって検出された信号の歪度を分析する歪度分析手段と、前記歪度分析手段によって算出された歪度の特性に基づいて、前記ホイールボルトに折損が生じているか否かを判定する判定部と、前記判定部における判定結果を報知するための表示部と、を備えることを特徴とする車輪検査装置である。
【0023】
(2)本発明はさらに、前記ナットが、前記ホイールボルトと螺合するインナーナットと、前記インナーナットと螺合するアウターナットと、を有し、前記車輪が、前記車体のハブ側に配設される内輪を、前記ホイールボルトに対して前記インナーナットを螺合することにより、前記ホイールハブに固定すると共に、当該内輪の前記ホイールハブ側とは反対の外方に配設される外輪を、前記インナーナットに対して前記アウターナットを螺合することにより、前記ホイールハブに前記内輪を介在して固定する複輪構造で構成されたことを特徴とする前記(1)に記載の車輪検査装置である。
【0024】
(3)本発明はさらに、前記判定部が、前記ホイールボルトの折損を判定する前記歪度における第1の閾値と、前記ホイールボルトの正常を判定する前記歪度における前記第1の閾値よりも小さい第2の閾値と、を有することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の車輪検査装置である。
【0025】
(4)本発明はまた、自動車の車輪を、車体のホイールハブに対して螺設するための少なくとも前記ホイールハブに固定されたホイールボルトと、前記ホイールボルトに螺合されるナットと、を備えた固定手段における固定状態を検査する車輪検査方法であって、前記ホイールボルトに螺合された前記ナットをインパルスハンマによって加振し、当該インパルスハンマの前記ナットに対する加振により生じた力の時間波形を検出し、検出された前記時間波形の信号の歪度を分析し、算出された歪度の特性に基づいて、前記ホイールボルトに折損が生じているか否かを判定することを特徴とする車輪検査方法である。
【0026】
(5)本発明はさらに、前記ナットが、前記ホイールボルトと螺合するインナーナットと、前記インナーナットと螺合するアウターナットと、を有し、前記車輪が、前記車体のホイールハブ側に配設される内輪を、前記ホイールボルトに対して前記インナーナットを螺合することにより、前記ホイールハブに固定すると共に、当該内輪の前記ホイールハブ側とは反対の外方に配設される外輪を、前記インナーナットに対して前記アウターナットを螺合することにより、前記ホイールハブに前記内輪を介在して固定する複輪構造で構成されたことを特徴とする前記(4)に記載の車輪検査方法である。
【0027】
(6)本発明はさらに、前記算出された歪度が、前記ホイールボルトの折損を判定する第1の閾値と、前記ホイールボルトの正常を判定する前記第1の閾値よりも小さい第2の閾値と、の特性を有することを特徴とする前記(4)または(5)に記載の車輪検査方法である。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、車輪を取り外すことなく、ボルトの固定状態を正確に診断することができ、ホイールナットの緩みやホイールボルトの折損を確実に検知することができる。かくして、車輪の脱落を未然に防止することができる車輪検査装置および車輪検査方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】(a)本発明を適用する複輪構造を示す斜視図であり、(b)本発明を適用する複輪構造を示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る車輪検査装置の構成を概略的に示すブロック図である。
【図3】(a)インパルスハンマにてインナーナットを加振する様子を概略的に示す斜視図である。(b)インパルスハンマによる加振の基本概念を概略的に示す概念図である。
【図4】インパルスハンマの加振により生じた力の時間波形を示し、(a)バネ定数が低い場合の事象を示すグラフである。(b)バネ定数が高い場合の事象を示すグラフである。
【図5】図4の時間波形を評価指標として歪度を用いて示すグラフである。
【図6】本発明の一実施形態に係る車輪検査方法を概略的に示すフローチャートである。
【図7】インパルスハンマの加振により生じた力の時間波形を示し、(a)折損したホイールボルトの場合を示すグラフである。(b)正常なホイールボルトの場合を示すグラフである。
【図8】スチールホイールを用いたJIS方式8本タイプの複輪構造における(a)ホイールボルト折損検知の評価指標における箱髭図である。(b)歪度とインナーナット変位の固有振動数の関係を示すグラフである。
【図9】アルミホイールを用いたJIS方式8本タイプの複輪構造における(a)ホイールボルト折損検知の評価指標における箱髭図である。(b)歪度とインナーナット変位の固有振動数の関係を示すグラフである。
【図10】(a)スチールホイールを用いたJIS方式6本タイプの複輪構造におけるホイールボルト折損検知の評価指標における箱髭図である。(b)スチールホイールを用いたJIS方式6本タイプの単輪構造におけるホイールボルト折損検知の評価指標における箱髭図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明を実施するための形態について、添付図面を参照しながら実施例を挙げて説明する。なお、以下の説明において、周知の手法、周知の手順、周知の構造、周知の基本思想等(以下、これらを総じて周知事項と称す)については、その細部にわたる説明を割愛するが、これは説明を簡潔にするためであって、これら周知事項の全てまたは一部を意図的に排除するものではない。かかる周知事項は、本発明の出願時点で当業者の知り得るところであるので、以下の説明に当然含まれている。
【0031】
まず、図1を用いて、本発明を適用する大型車両(例えば、大型トラック)などにおける複輪構造(とりわけ、JIS方式の複輪構造)について説明する。図1(a)は、本発明を適用する複輪構造を示す斜視図である。図1(b)は、本発明を適用する複輪構造を示す断面図である。
【0032】
図1(a)および(b)に示すように、かかる大型トラック等では、車体のホイールハブ1から突出するようにホイールボルト2が当該ホイールハブ1に固定されている。そして、かかるホイールボルト2にインナーナット3を螺合させることにより、内輪4をホイールハブ1に対して固定する。このとき、ホイールボルト2は、内輪4のホイール合わせ面4aにおいて、ホイールボルト2の配設位置に対応した位置に貫設された貫通孔4bを挿通させた後、インナーナット3と螺合される。因みに、インナーナット3は、内側(内周側)にホイールボルト2と螺合するためのネジ溝が刻設されると共に、外側(外周側)にアウターナット5と螺合するためのネジ溝が刻設されている。
【0033】
続いて、インナーナット3とアウターナット5を螺合させることにより、外輪6を、そのホイール合わせ面6aと、内輪4のホイール合わせ面4aとを当接させた状態で、ホイールハブ1に対して固定する。つまり、外輪6は、内輪4を介在した状態でホイールハブ1に対して固定される。このとき、インナーナット3は、内輪4のホイール合わせ面4aにおける貫通孔4bと同様に、外輪6のホイール合わせ面6aに貫設された貫通孔6bを挿通させた後、アウターナット5と螺合される。
【0034】
なお、ホイールボルト2は、インナーナット3やアウターナット5と螺合される一端側とは反対の他端側が、ホイールハブ1の車体側に配設されるブレーキドラム7を介して、ドラムナット8が螺合されることにより、ホイールハブ1に固定されている。
【0035】
さて、このように構成されたJIS方式の複輪構造では、上述したように、ホイールボルト2に対しインナーナット3が螺合されることによって、ホイールボルト2がインナーナット3に覆われる。このため、当該ホイールボルト2には、単輪構造やISO方式の複輪構造の場合と異なって、車体の外側に露出する部分(箇所)がない。そこで、本発明者は、かかるJIS方式の複輪構造において、ホイールボルト2の折損を正確に検知すべく、以下のような車輪検査装置および方法を用いて、ホイールボルトの折損の検知が可能であるか否かを実験した。
【0036】
以下、図2〜図6を参照して本発明の一実施形態に係る車輪検査装置および車輪検査方法について説明する。なお、図2は、本発明の一実施形態に係る車輪検査装置の構成を概略的に示すブロック図である。図3(a)は、インパルスハンマにてインナーナットを加振する様子を概略的に示す斜視図である。図3(b)は、インパルスハンマによる加振の基本概念を概略的に示す概念図である。
【0037】
また、図4は、インパルスハンマの加振により生じた力の時間波形を示し、(a)バネ定数が低い場合の事象を示すグラフである。(b)バネ定数が高い場合の事象を示すグラフである。図5は、図4の時間波形を評価指標として歪度を用いて示すグラフである。図6は、本発明の一実施形態に係る車輪検査方法を概略的に示すフローチャートである。
【0038】
図2において、本発明の一実施形態による車輪検査装置10は、ホイールボルト2に螺合されたインナーナット3を加振するためのインパルスハンマ11を備えている。このインパルスハンマ11には、当該インパルスハンマ11のインナーナット3に対する加振によって生じた力(反力)の時間波形を検出する時間波形センサ11aが設けられている。
【0039】
また、車輪検査装置10は、時間波形センサ11aによって検出された信号の歪度を分析する歪度分析手段12を備えている。さらに、車輪検査装置10は、歪度分析手段12によって算出された歪度の特性に基づいて、ホイールボルト2に折損が生じているか否かを判定する判定部13と、該判定部13における判定結果を報知するための表示部14とを備えている。
【0040】
かかる歪度分析手段12は、例えば、時間波形センサ11aによって検出された信号を増幅するアンプ等の増幅部15と、当該信号をアナログ/ディジタル変換するデータローガ等のA/D変換部16と、当該信号に基づいて歪度を算出する演算部17とを有している。ここで、演算部17はPC(Personal Computer)のプログラムなどによって実現することができる。
【0041】
ここで、一般的に、インパルスハンマ11は、構造物の周波数伝達関数を取得するための入力手段として使用されている。これは、インパルスハンマ11によって構造物等の検査対象を加振することで三角関数の半波分の力波形を生成することができ、これにより、周波数領域で入力がフラットなゲイン特性を出すことができるためである。
【0042】
そこで、かかるJIS方式の複輪構造において、図3(a)に示すようなインパルスハンマ11を用いてインナーナット3を加振し、ホイールボルト2(図1参照)が正常の場合と、折損している場合とで、当該加振による打撃力波形に違いが生じるか否かを、図3(b)に示すような簡易な打撃モデルでシミュレーション実験し検討した。なお、図3(b)において、kはインパルスハンマ11とインナーナット3間の打撃地点付近におけるバネ定数に相当し、Mはインナーナット3とその周辺の質量に相当し、kはインナーナット3と地上固定系(ボルト取付部)間のバネ定数に相当する。また、バネ定数k、kおよび質量Mの数値は、簡易シミュレーション用の仮定の値であり、次式(1)〜(3)
【数1】

【数2】

【数3】

によって表すことができる。
【0043】
このとき、インパルスハンマ11の動きに相当する変位を入力として見た場合を考慮し、位置x1=−0.1mから片振幅0.1mの三角関数の一波長分を2秒で動く(後述する図4(a)、(b)のx1)と仮定した変位入力とした。この入力に対してバネ定数k1の力F1(打撃力)および、質量Mの変位x2を数値計算した。この結果の一部を図4(a)、(b)に示す。
【0044】
図4(a)、(b)に示す時間波形のグラフにおいて、それぞれバネ定数k2の数値が低い50N/m(図4(a)参照)であるか、高い150N/m(図4(b)参照)であるかの違いのみで、バネ定数k1が40N/m、質量Mが2kgであり、インパルスハンマ11の動きに相当する変位入力xの時間波形(図中、実線で示す)はほぼ同一であるにも拘わらず、打撃力F1の時間波形(図中、一点鎖線で示す)は大きな違いを見せていることがわかる。従って、この簡易シミュレーションによる実験の解析では、同一のストロークタイミングで構造体(すなわち、ホイールボルト2に螺合されたインナーナット3)を打撃しても、ある特定のバネ定数(k2)の違いで打撃力の時間波形が変化することがわかった。
【0045】
そこで、バネ定数k2の数値の大小によって、打撃力F1の時間波形に、どの程度変化が生じるか検討した。このとき、評価関数(評価指標)としては、統計解析で使用されている歪度を用いた。かかる歪度は、平均値まわりの3次モーメントの期待値を標準偏差の3乗で除した値であり、時間波形が左右で非対称の場合に大きな値となる。図5は、図4の時間波形に関し、評価指標として歪度を用いて計算した場合の計算結果を示すグラフである。これにより、仮に、折損したホイールボルト2(図1参照)を使用する場合が事象Aとなり、正常なホイールボルト2を使用する場合が事象Bとなるとき、歪度を評価関数とすればホイールボルト2の折損が検知可能となることがわかった。
【0046】
特に、歪度が0.5以上(好ましくは、0.7以上)となる場合は、グラフが急峻となり、事象Aに該当する可能性も大きくなると推測できる。
【0047】
このように、本発明者は上述の簡易シミュレーションによる実験を行った結果、ホイールボルト2(図1参照)の正常時と折損時とにおいて、インナーナット3(図3参照)をインパルスハンマ11で加振した際の力の時間波形に違いが表れることを発見し、この波形をディジタル形式に記録し、歪度を計算することにより、ボルトが折損しているか否かを判別することが可能であることを発見した。
【0048】
そこで、本発明者が開発した車輪検査装置10を用いて、インパルスハンマ11によりインナーナット3を加振し、該加振した際の打撃反力から時間波形を抽出し、抽出された時間波形の違いに基づいてホイールボルト2の折損を検知することができることを、以下の模擬実験により検証した。
【0049】
すなわち、本発明者は、模擬車軸装置(図示省略する)を用いて、かかる車輪検査装置10により、模擬車軸装置のホイールハブに固定した大型車複輪用のスチールホイール(JIS方式のホイールボルト8本仕様)を用いた車輪のホイールハブ1に対する取付状態(固定状態)を検査し、ホイールボルト2における折損の有無を検知する実験を行った。
【0050】
なお、この場合、ホイールボルト2として、正常なホイールボルト、および、折損したホイールボルトを交互に1本ずつ使用し、タイヤ付きのスチールホイール(サイズ:22.5×7.5J、PCD:285、8穴)をインナーナット3およびアウターナット5で模擬車軸装置のホイールハブ1に固定した。
【0051】
また、この場合、注目しているホイールボルト2(すなわち、折損したホイールボルト)以外のホイールボルト2は、正規の締付けトルクで締付けられている。言い換えれば、全てのホイールボルト2は、正規の締付けトルクで締付けられているものの、折損したホイールボルト2については折損していることにより、結果として正規の締付けトルクに対し、100パーセントの締付けトルクに至っていないことになる。
【0052】
具体的に車輪検査装置10は、図6に示す車輪検査方法としての車輪検査処理手順RT1に基づいて、ホイールハブ1(車体)に対する車輪の取付状態(固定状態)を検査することにより、ホイールボルト2における折損の有無を検知する。
【0053】
すなわち、かかる車輪検査処理手順RT1は、まず、ステップSP1において、ホイールボルト2に螺合されたインナーナット3を、インパルスハンマ11により2000N以内のレンジで加振(打撃)する。そして、この加振により生じた力(つまり、インパルスハンマ11によって与えられた加振力に対する反力)の時間波形を時間波形センサ11aによって検出する。次いで、当該時間波形センサ11aが検出した信号を増幅部15によって増幅し、A/D変換部16にてアナログ/ディジタル変換した後、ステップSP2に移行する。
【0054】
ここで、図7は、インパルスハンマの加振により生じた力の時間波形を示し、(a)は折損したホイールボルト2(歪度:1.374)の場合を示すグラフである。(b)は正常なホイールボルト2(インナーナット3およびアウターナット5の締付100%・100%、歪度:0.126)の場合を示すグラフである。図7(a)、(b)から、打撃反力波形に違いがあることがわかる。
【0055】
かかるステップSP2において、車輪検査装置10は、A/D変換部16がアナログ/ディジタル変換したパルス信号を演算部17に入力し、パルス時間波形を抽出する。そして、車輪検査装置10は続くステップSP3に移行して、当該抽出したパルス時間波形の歪度(Se)を算出した後、この算出結果を判定部13へ入力する(ステップSP4)。
【0056】
一方、このとき、車輪検査装置10は、ホイールボルト2の折損閾値(St)が予め演算部17に入力されており(ステップSP5)、かかるホイールボルト2の折損閾値(St)を判定部13へ入力する(ステップSP4)。
【0057】
これにより、車輪検査装置10は、ステップSP4において、判定部13が入力されたパルス時間波形の歪度(Se)と、ホイールボルト2の折損閾値(St)とに基づいて、ホイールボルト2に折損が生じているか否かを判定する。このとき、パルス時間波形の歪度(Se)よりも、ホイールボルト2の折損閾値(St)の方が大きければ、ホイールボルト2に折損は生じていないと判定し、該判定部13における判定結果(例えば、折損無し)をモニタなどの表示部14に表示することにより報知して(ステップSP6)、この車輪検査処理手順RT1を終了する。
【0058】
一方、パルス時間波形の歪度(Se)よりも、ホイールボルト2の折損閾値(St)の方が小さければ、ホイールボルト2に折損が生じていると判定し(ステップSP4)、該判定部13における判定結果(例えば、折損有り)をモニタなどの表示部14に表示することにより報知して(ステップSP6)、この車輪検査処理手順RT1を終了する。なお、かかるステップSP6において、判定部13における判定結果の報知方法としては、単にランプの点灯やブザーの出音で報知してもよい。
【0059】
ここで、図8は、スチールホイールを用いたJIS方式のホイールボルト8本仕様の複輪構造における(a)ホイールボルト2の折損検知の評価指標における箱髭図である。(b)歪度とインナーナット3における変位の固有振動数の関係を示すグラフである。かかる図8(a)は、歪度に関する全データ(N=182)の箱髭図であり、同図から類推すると、歪度が第1の閾値となる約0.7以上であれば折損ボルトの可能性が高く、歪度が第2の閾値となる約0.25以下であれば正常に締め付けられているボルトの可能性が高くなる傾向が見て取れる。なお、これ以外の0.25〜0.7の間の値は、インナーナット3の緩みの可能性があり、数値が大きいほどインナーナット3の緩みが多くなる傾向が見て取れる。
【0060】
なお、本発明者は、かかる模擬車軸装置を用いて、車輪検査装置10により、模擬車軸装置のホイールハブに固定した大型車複輪用のアルミホイール(JIS方式のホイールボルト8本仕様)を用いた車輪のホイールハブ1に対する取付状態についても同様に模擬実験を行った。図9は、アルミホイールを用いたJIS方式のホイールボルト8本仕様の複輪構造における(a)ホイールボルト2の折損検知の評価指標における箱髭図である。(b)歪度とインナーナット3における変位の固有振動数の関係を示すグラフである。
【0061】
さらに、本発明者は参考として、かかる模擬車軸装置を用いて、車輪検査装置10により、模擬車軸装置のホイールハブに固定した中型車複輪用のスチールホイール(JIS方式のホイールボルト6本仕様)を用いた複輪構造の車輪と、スチールホイール(JIS方式のホイールボルト6本仕様)を用いた単輪構造の車輪とのホイールハブ1に対する取付状態についても同様に模擬実験を行った。図10(a)は、スチールホイールを用いたJIS方式のホイールボルト6本仕様の複輪構造におけるホイールボルト2の折損検知の評価指標における箱髭図である。(b)は、スチールホイールを用いたJIS方式のホイールボルト6本仕様の単輪構造におけるホイールボルト2の折損検知の評価指標における箱髭図である。
【0062】
これら、図9〜図10から類推しても上述とほぼ同様に、歪度が約0.7以上(単輪構造においては、約0.4以上)であれば折損ボルトの可能性が高く、歪度が約0.25以下であれば正常に締め付けられているボルトの可能性が高くなる傾向が見て取れる。なお、これ以外の約0.25〜0.7程度の間の値は、インナーナット3の緩みの可能性があり、数値が大きいほどインナーナット3の緩みが多くなる傾向が見て取れる。
【0063】
このように、上述した車輪検査装置10では、インパルスハンマ11で車体(ホイールハブ1)に取り付けられたJIS方式(例えば、ホイールボルト8本仕様)の複輪構造の車輪におけるインナーナット3を加振(打撃)し、その力波形の違いを歪度で評価した場合には、その数値からホイールボルト2に生じた折損を検知可能であることがわかった。
【0064】
以上、説明したように、本発明の車輪検査装置10および車輪検査方法(車輪検査処理手順RT1)によれば、ホイールボルト2の固定状態を正確に診断することができ、インナーナット3(ホイールナット)の緩みや、ホイールボルト2の折損の有無を簡便に、且つ、確実に検知することができる。かくして、車輪の脱落を未然に防止することができる車輪検査装置10および車輪検査方法(車輪検査処理手順RT1)を実現することができる。
【0065】
なお、本発明の車輪検査装置10および車輪検査方法を実施するための形態について上述した実施例を用いて説明したが、本発明はこうした実施例に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々の変形及び置換を加えることができる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、ボルトとナットとの螺合により取り付けられる(固定される)構造物において、その取付構造(固定構造)を検査する技術に利用可能である。とりわけ、本発明は、自動車などの車両の車輪における取付構造(固定構造)を検査する技術に好適である。
【符号の説明】
【0067】
1…ホイールハブ
2…ホイールボルト
3…インナーナット
4…内輪
4a…ホイール合わせ面
5…アウターナット
6…外輪
6a…ホイール合わせ面
7…ブレーキドラム
8…ドラムナット
10…車輪検査装置
11…インパルスハンマ
11a…時間波形センサ
12…歪度分析手段
13…判定部
14…表示部
15…増幅部
16…A/D変換部
17…演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車の車輪を、車体のホイールハブに対して螺設するための固定手段における固定状態を検査する車輪検査装置であって、
前記固定手段が、少なくとも前記ホイールハブに固定されたホイールボルトと、
前記ホイールボルトに螺合されるナットと、を備え、
前記ホイールボルトに螺合された前記ナットを加振するインパルスハンマと、
前記インパルスハンマに配設され、当該インパルスハンマの前記ナットに対する加振によって生じた力の時間波形を検出する時間波形センサと、
前記時間波形センサによって検出された信号の歪度を分析する歪度分析手段と、
前記歪度分析手段によって算出された歪度の特性に基づいて、前記ホイールボルトに折損が生じているか否かを判定する判定部と、
前記判定部における判定結果を報知するための表示部と、を備える
ことを特徴とする車輪検査装置。
【請求項2】
前記ナットが、
前記ホイールボルトと螺合するインナーナットと、
前記インナーナットと螺合するアウターナットと、を有し、
前記車輪が、
前記車体のホイールハブ側に配設される内輪を、前記ホイールボルトに対して前記インナーナットを螺合することにより、前記ホイールハブに固定すると共に、
当該内輪の前記ホイールハブ側とは反対の外方に配設される外輪を、前記インナーナットに対して前記アウターナットを螺合することにより、前記ホイールハブに前記内輪を介在して固定する複輪構造で構成された
ことを特徴とする請求項1に記載の車輪検査装置。
【請求項3】
前記判定部が、
前記ホイールボルトの折損を判定する前記歪度における第1の閾値と、
前記ホイールボルトの正常を判定する前記歪度における前記第1の閾値よりも小さい第2の閾値と、を有する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の車輪検査装置。
【請求項4】
自動車の車輪を、車体のホイールハブに対して螺設するための少なくとも前記ホイールハブに固定されたホイールボルトと、前記ホイールボルトに螺合されるナットと、を備えた固定手段における固定状態を検査する車輪検査方法であって、
前記ホイールボルトに螺合された前記ナットをインパルスハンマによって加振し、
当該インパルスハンマの前記ナットに対する加振により生じた力の時間波形を検出し、
検出された前記時間波形の信号の歪度を分析し、
算出された歪度の特性に基づいて、前記ホイールボルトに折損が生じているか否かを判定する
ことを特徴とする車輪検査方法。
【請求項5】
前記ナットが、
前記ホイールボルトと螺合するインナーナットと、
前記インナーナットと螺合するアウターナットと、を有し、
前記車輪が、
前記車体のホイールハブ側に配設される内輪を、前記ホイールボルトに対して前記インナーナットを螺合することにより、前記ホイールハブに固定すると共に、
当該内輪の前記ホイールハブ側とは反対の外方に配設される外輪を、前記インナーナットに対して前記アウターナットを螺合することにより、前記ハブに前記内輪を介在して固定する複輪構造で構成された
ことを特徴とする請求項4に記載の車輪検査方法。
【請求項6】
前記算出された歪度が、
前記ホイールボルトの折損を判定する第1の閾値と、
前記ホイールボルトの正常を判定する前記第1の閾値よりも小さい第2の閾値と、の特性を有する
ことを特徴とする請求項4または5に記載の車輪検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−220703(P2011−220703A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−86720(P2010−86720)
【出願日】平成22年4月5日(2010.4.5)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年度 交通安全環境研究所フォーラム2009、独立行政法人交通安全環境研究所、平成21年11月19日〜平成21年11月20日
【出願人】(301028761)独立行政法人交通安全環境研究所 (55)