説明

転がり軸受用保持器

【課題】保持器の製造コストの上昇を抑制しつつ、潤滑剤を効率良く潤滑に寄与させ、転動体とポケットの凹面部との間に潤滑剤を適切に供給可能とし、攪拌抵抗の増加を抑制することによって、回転トルクの上昇を抑制した転がり軸受用保持器を提供する。
【解決手段】本発明による転がり軸受用保持器40は、複数の転動体を転動自在に保持し、転動体が位置する凹面部42を有するポケット41と、ポケット41間に形成された柱部43と、柱部43に形成された空洞部44を有するものであって、空洞部44は、柱部中央に設けられた架橋部により仕切られ、空洞部44は、凹面部42に開口しており、また、保持器は外側部材と内側部材を結合させて成り、外側部材と内側部材とを、それぞれ線膨張係数の異なる材質により成形している、

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の内輪軌道及び外輪軌道間に配置される複数の転動体を転動自在に保持する転がり軸受用保持器に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は自動車や各種産業機械等の各種回転機械装置で回転軸等を支持する軸受部に広く使用されている。この転がり軸受の従来例の概略的構成を図5に示す。図5の転がり軸受は、ラジアル玉軸受10であり、ラジアル玉軸受10は、外周面に内輪軌道1を形成した内輪2と、内周面に外輪軌道3を形成した外輪4とを同心に配置し、内輪軌道1と外輪軌道3との間に複数個の玉5を転動自在に設けて構成されている。複数個の玉5は保持器6により転動自在に保持されている。図6に図5の保持器6の斜視図を示す。
【0003】
図6に示した、保持器6は、冠型保持器であり、合成樹脂を射出成形することにより形成される。保持器6は、円環状の主部17の円周方向の複数個所に玉5(図5)を転動自在に保持するポケット18と、ポケット18の両側に設けられた弾性変形可能な一対の弾性片16a、16bとを複数組有する。各ポケット18において、主部17に互いに間隔をあけて配置された一対の弾性片16aと16bとの間から底部に向けて形成された凹面部19がほぼ全体に球面状に構成されている。各ポケット18の図の上部には一対の弾性片16a、16b間に開口部Tが形成される。
【0004】
図6の冠型保持器6を用いて図5のようなラジアル玉軸受を組み立てる場合、玉5を、ポケット18の一対の弾性片16a、16bの先端縁同士の間隔を弾性的に押し広げて弾性片16a、16bの間の開口部Tから押し込むようにして挿入する。このように、冠型保持器6は各ポケット18内に各玉5を抱き込むことで、玉5を内輪軌道1と外輪軌道3との間で転動自在に保持する。
【0005】
図7は図6の保持器6の要部を径方向外方からみた図である。保持器6が二点鎖線で示す玉5をポケット18内に保持した状態で図5のラジアル玉軸受10で使用されると、軸受の回転に伴い、玉5は保持器6のポケット18内で転動中心軸vを中心にして転動(自転)するが、このとき、軸受内部に充填されたグリース等の潤滑剤が玉5とポケット18の凹面部19の端部19aとの接触により掻き取られてしまうこと等に起因してポケット18内に潤滑剤が溜り難くなってしまう。
【0006】
このため、例えば、玉5とポケット18の凹面部19との間に潤滑剤Gの膜が図7の破線のように部分的にしか形成されなくなってしまうと、玉5と凹面部19との間の摩擦が大きくなり、ポケット18の磨耗や玉5の焼き付きや騒音発生等の問題が生じる場合がある。また、玉5と凹面部19との間に潤滑剤を充分に供給するために、潤滑剤の軸受内部への充填量を増やすことが考えられるが、そうすると、軸受内部における潤滑剤の撹拌抵抗が増加してしまい、回転トルクの上昇につながってしまう。
【0007】
このような問題の対策として、図8や図9や図10に示すラジアル玉軸受用保持器が提案されている(特許文献1参照)。この保持器は円環状の主部の円周方向に等間隔に形成された複数のポケット18を備え、ポケット18は玉5が位置する球面状の凹面部19を有しており、各ポケット18とその隣のポケット18の間の柱部29の内部には、空洞部21,22,23が形成され、さらに、凹面部19と空洞部21,22,23とを連通する連通部21a、21b、22b、23aが設けられている。空洞部21,22,23内にはグリース等の潤滑剤Gを予め充填、貯蔵している。ラジアル玉軸受が回転した際には、潤滑剤が連通部21a、21b、22b、23a内に入り込んで、各ポケット18の凹面部19に適量の潤滑剤を滲み出すことができる。
【0008】
また、図10に示す保持器では、空洞部21,22,23が蓋部材31,32,33により閉塞されているので、ラジアル玉軸受が回転した際に、空洞部21.22.23内に充填したグリース等の潤滑剤が保持器の外に漏れ出ることを防ぐことができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2008−261478号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、図8を矢印IIの軸方向から見た図9では、空洞部21、22、23が、背面26の開口部21c、22c、23cに開口している為、前記開口部から潤滑剤が保持器外部に漏れる恐れがある。また、図10では、開口部が蓋部材31、32、33にて閉塞されている。そのため、潤滑剤が保持器外部に漏れる恐れは低いが、前記蓋部材を空洞部毎に設けている為、蓋部材の取り付けに手間が掛かるので、保持器の製造コストが上昇することになる。
【0011】
本発明は、上述のような従来技術の問題に鑑み、保持器の製造コストの上昇を抑制しつつ、潤滑剤を効率良く潤滑に寄与させ、転動体とポケットの凹面部との間に潤滑剤を適切に供給可能とし、攪拌抵抗の増加を抑制することによって、回転トルクの上昇を抑制した転がり軸受用保持器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明による転がり軸受用保持器は、転がり軸受の内輪軌道と外輪軌道との間に配置される複数の転動体を転動自在に保持し、転動体が位置する凹面部を有するポケットと、ポケット間に形成された柱部と、柱部に形成された空洞部を有する転がり軸受用保持器において、前記空洞部は、柱部中央に設けられた架橋部により仕切られ、空洞部は、ポケットの凹面部に開口しており、保持器は外側部材と内側部材とを結合させて成り、外側部材と内側部材とをそれぞれ線膨張係数の異なる材質により成形させたことを特徴としている。
【0013】
また、本発明の転がり軸受用保持器は、内側部材の線膨張係数を外側部材の線膨張係数よりも小さくしていることを特徴としている。
【0014】
さらに、本発明の転がり軸受用保持器は、外側部材と内側部材の相対する面には、それぞれねじ溝が形成され、相対回転させて両者を結合させたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
本発明の転がり軸受用保持器によれば、保持器の製造コストの上昇を抑制しつつ、組み付け性を向上させることができる。また、潤滑剤を効率良く潤滑に寄与させ、転動体とポケットの凹面部との間に潤滑剤を適切に供給可能とし、攪拌抵抗の増加を抑制することによって、回転トルクの上昇を抑制した転がり軸受用保持器を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る転がり軸受用保持器の斜視図
【図2】本発明に係る転がり軸受用保持器用外側部材の斜視図
【図3】本発明に係る転がり軸受用保持器用内側部材の斜視図
【図4】本発明に係る転がり軸受用保持器の部分斜視図
【図5】従来の転がり軸受の斜視図
【図6】従来の転がり軸受用保持器の斜視図
【図7】従来の転がり軸受用保持器を径方向外方から見た図
【図8】従来の転がり軸受用保持器を径方向外方から見た図
【図9】従来の転がり軸受用保持器を軸方向から見た側面図
【図10】従来の転がり軸受用保持器を径方向外方から見た図
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態について図面を用いて説明する。
図1は本発明の実施の形態による転がり軸受用保持器の斜視図である。本発明による転がり軸受用保持器40は、外側部材50と内側部材60とを組み合わせたもので、転がり軸受の内輪軌道と外輪軌道との間に配置される複数の転動体を転動自在に保持するために全体を円環状に形成して、円周方向の複数箇所にポケット41を設け、該ポケット41には前記転動体が位置する凹面部42が設けられている。ポケット41、41の間には、柱部43が設けられており、柱部43には空洞部44が設けられている。この空洞部44は、凹面部に開口している。
【0018】
図2は、図1の転がり軸受用保持器40の外側部材50を示す。図3は、転がり軸受用保持器40の内側部材60を示す。転がり軸受用保持器40は、これら外側部材50と内側部材60を組み合わせることにより構成される。図2に示す外側部材50は、ポケット51と、ポケット51に転動体が位置する凹面部52を有し、ポケット51,51の間には柱部53が設けられている。また、柱部中央には架橋部55が設けられている。柱部53の両側には空洞部54が設けられており、空洞部54は、架橋部55により仕切られた構造となっている。
【0019】
図3に示す内側部材60は、ポケット61と、ポケット61に転動体が位置する凹面部62を有し、ポケット61,61の間には柱部63が設けられている。また、柱部中央には架橋部65が設けられている。柱部63の両側には空洞部64が設けられており、空洞部64は架橋部65により仕切られた構造となっている。
【0020】
外側部材50の内側面56には、ねじ溝が形成されている。また、外側部材50の内側面56と相対する面となる内側部材60の外側面66にもねじ溝が形成されている。これら相対する面に形成されたねじ溝を螺合することにより、外側部材50と内側部材60を一体化させ保持器40としている。尚、ねじ部としては、テーパねじとするのが組立上より好ましい。
【0021】
本発明の保持器40は、例えば樹脂を射出成形することにより形成される。樹脂材料としては、66ナイロンを用いることができるが、高温強度や耐熱性に優れる46ナイロンを用いることが好ましい。また、例えば、耐摩耗性や耐油性や耐熱性が求められる用途においては、耐摩耗性や耐油性や耐熱性に優れた直鎖型ポリフェニレンサルファイドを用いることがより好ましい。
【0022】
図4は、図1の転がり軸受用保持器40の一部の斜視図である。転がり軸受に組み込まれる保持器40の空洞部44には、潤滑剤としてグリースが矢印の方向から封入される。
【0023】
本構成によると、グリースは周囲を保持器で囲まれ、かつ空洞部44の開口部である凹面部42は,転動体により蓋をされた、密封に近い状態にあるということができる。軸受が回転するとグリースは流動を始めるが、その流出口は開口部に制限されている。よってグリースおよびグリースから染み出た基油が外部に流れ出る際には、その大部分が転動体に付着して転走面に運ばれる過程を経て潤滑に寄与することになる。したがって初期に封入した大部分のグリース(基油も含む)を無駄なく効率良く消費できるので、転がり軸受の長寿命化を図ることができる。また密封に近い状態にあり、グリースの漏れ対策にも効果的である。グリース潤滑では、封入したグリースのうちグリースバルクとして潤滑に寄与するのは僅かで、大半は転動体に掻き分けられて転走面から排除されてしまう。長時間の使用中にシール隙間から漏れる原因となるのは、主に後者によるものが大きい。本構成では、空洞部44から流れ出たグリースが軌道面に達したのち排除されるという過程を経ているので、グリース全体が激しく攪拌されて漏れを引き起こすということが起こらない。潤滑に寄与し、役目を終えたグリースのうち一部が漏れる恐れがあるといった程度なので、軸受周りの環境を極力汚染せずに済む効果もある。さらには、グリースは周囲を保持器で囲まれているため、空気との接触が低減され、その表面において無駄な酸化を抑制することができる。この点からも寿命延長に効果的である。また運転にともなう軸受温度上昇により、空洞部のグリース粘度が低下するので、基油の染み出しを効率的に促進させる効果も期待できる。
【0024】
グリースの封入量は、従来同様使用条件に適した体積割合に相当する量を目安としてよいが、この限りではない。なぜなら、保持器外部に封入する通常の方法では、転走面から排除された大部分のグリース以外の少量により潤滑するが、一方で本形態では全てのグリースが潤滑対象になるため、従来ほどの量は必要ないと考えられるからである。すなわち前記少量のグリースを空洞部に封入すればよい。これに伴って空洞部の容積、保持器のサイズが縮小方向に一意的に定まり、保持器の軽量化、グリースの節約が可能となる。さらにはグリース量が少ないため潤滑剤の攪拌抵抗が小さくなり、低トルク化にも繋がる。潤滑剤はグリースとし、グリースの種類は特に限定しないが、グリースのおかれる環境は剪断がかかり難いので、稠度は大、基油粘度は小、そして温度変化に対して粘度変化は小の流動特性を示すグリースが好ましい。例えば、基油は、鉱油またはジエステル油、シリコーン油等の合成油等が使用できる。増ちょう剤としては、各種の金属石けん、ベントナイト等の無機質増ちょう剤、あるいはウレア、ふっ素化合物等の耐熱性有機質増ちょう剤が使用できる。また、本構成では、図10の様な蓋部材31、32、33が不要なので、蓋部材自体や蓋部材を保持器に組み付けるコストは必要無い。以上の様に、本発明の転がり軸受用保持器によれば、保持器の製造コストの上昇を抑制しつつ、潤滑剤を効率良く潤滑に寄与させ、転動体とポケットの凹面部との間に潤滑剤を充分に供給可能とし、攪拌抵抗の増加を抑制することによって、回転トルクの上昇を抑制した転がり軸受用保持器を提供できる。
【0025】
また、本構成では、転動体を両側からポケットを挟む構造となっているため、転動体の公転方向に拠らずグリースを転動体表面に安定的に供給させることができる。
【0026】
また、保持器40の柱部中央に架橋部55,65を設けた構造であるので、空洞部44を有する構造であるが、保持器の圧縮及び遠心膨張に対する剛性を大きくすることができる。さらに、外側部材50の内側面56に形成したねじ溝と内側部材60の外側面66に形成したねじ溝とを螺合させることにより、保持器40を一体化させることができるので、組付け性を向上させることができる。
【0027】
また、内側部材60と外側部材50とは、それぞれ異なる線膨張係数を有する材質により成形されている。内側部材60の線膨張係数が外側部材50の線膨張係数よりも小さい。これにより、転がり軸受が高速回転した際にも、発熱による保持器変形量が、外側部材50に比べて内側部材60のほうが小さいため、遠心力による半径方向外側への保持器変形を内側部材60が相殺抑制する。このため、保持器の強度向上、寿命延長を図ることができる。
【符号の説明】
【0028】
1 内輪軌道
2 内輪
3 外輪軌道
4 外輪
5 玉
6、40 保持器
10 ラジアル玉軸受
16a、16b 弾性片
17 主部
18、41、51、61 ポケット
19 、42,52,62 凹面部
20、30 ラジアル玉軸受用保持器
21、22、23、44 空洞部
21a、21b、22b、23a 連結部
21c、22c、23c 開口部
26 背面
29、43,53,63 柱部
31、32、33 蓋部材
42,52,62 凹面部
50 外側部材
55、65 架橋部
56 内側面
60 内側部材
66 外側面
T 開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の内輪軌道と外輪軌道との間に配置される複数の転動体を転動自在に保持し、転動体が位置する凹面部を有するポケットと、ポケット間に形成された柱部と、柱部に形成された空洞部とを有する転がり軸受用保持器において、前記空洞部は柱部中央に設けられた架橋部により仕切られ、空洞部は凹面部に開口しており、保持器は外側部材と内側部材を結合させて成り、外側部材と内側部材とを、それぞれ線膨張係数の異なる材質により成形している、ことを特徴とする転がり軸受用保持器。
【請求項2】
内側部材の線膨張係数が。外側部材の線膨張係数よりも小さいことを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受用保持器。
【請求項3】
外側部材と内側部材の相対する面にはそれぞれねじ溝が形成され、相対回転させて外側部材と内側部材とを結合させたことを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受用保持器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−47528(P2013−47528A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−185387(P2011−185387)
【出願日】平成23年8月28日(2011.8.28)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】