転がり軸受
【課題】一時的な潤滑不良が生じても保持器の異常摩耗や焼き付きなどの不具合が発生することを防止可能な軸受を提供することを課題とする。
【解決手段】転動体を保持する保持器に、転動体を回転自在に収納するポケット部が形成され、ポケット部の少なくとも転動体が接触する部位に、複合めっき被膜が形成され、この複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜である転がり軸受であって、微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子:繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10であって、繊維状カーボンナノ材料の表面の一部にSiC粒子が付着しているものである。
【解決手段】転動体を保持する保持器に、転動体を回転自在に収納するポケット部が形成され、ポケット部の少なくとも転動体が接触する部位に、複合めっき被膜が形成され、この複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜である転がり軸受であって、微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子:繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10であって、繊維状カーボンナノ材料の表面の一部にSiC粒子が付着しているものである。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリースを含む油脂の定期的な補給作業が困難な電動機等の軸受装置に、好適な転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は、内周面に軌道面を有する外輪と、外周面に軌道面を有する内輪と、内外輪間に嵌められる複数個の転動体と、これらの転動体を保持する保持器とを主要素とする。
【0003】
転がり軸受は,軌道面と転動体との小さい接触面で大きな荷重を受けながら,高い精度を保って回転する必要がある。このため,軌道輪及び転動体は,硬さが高いこと,転がり疲労に強いこと,耐摩耗性のあること及び寸法安定性の高いことなどの特性が要求される。このため、一般に熱処理を施した高炭素クロム軸受鋼等の硬い材料が用いられる。
【0004】
一方、保持器は、回転中に受ける振動や衝撃荷重に耐えることのできる強度を有し,転動体及び軌道輪との摩擦が小さく,軽量でかつ軸受の運転温度に耐えることが要求される。また、小型、中型の軸受に用いる保持器の材料には、冷間又は圧延鋼板が用いられる他、大型の軸受には一般にもみ抜き保持器が用いられ、材料は機械構造用炭素鋼及び高力黄銅鋳物が使用されることが多い。
【0005】
このような転がり軸受は、電動機(例えば、鉄道車両などに搭載された主電動機)の、電機子軸を回転自在に支持する軸受として組み込まれる(例えば、特許文献1(図1)参照。)。
【0006】
特許文献1を次図に基づいて説明する。
図17は従来の転がり軸受の基本構成を説明する図であり、鉄道車両に搭載される主電動機の電機子軸101は、転がり軸受102で回転自在に軸受押さえ103に支持される。転がり軸受102は、電機子軸101に接する内輪104と、軸受押さえ103に接する外輪105と、これら内輪104と外輪105との間に介在させる転動体106とからなる。軸受押さえ103には、転動体106の側方の部位にグリースポケット107、108が設けられている。グリースポケット107、108に貯留されるグリースが適宜転がり軸受102に供給される。この例では、外輪105の内周面が、グリースポケット107、108の内周面に対して面一以下に設定される。
【0007】
すなわち、特許文献1には、主電動機などに用いられる軸受は、グリースを含む油脂の定期的な補給作業が困難であるため、外輪の鍔部内径面を端面部材のグリースポケット内周面に対して面一以下とすることによりグリースポケットから軸受内部へグリースの油分を十分に供給することが容易となることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−291667公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1のように主電動機などに用いられる軸受は、グリースを含む油脂の定期的な補給作業が困難であるため、軸受構造の改良等により潤滑性を高めることが行われているが、使用条件によっては、一時的な潤滑不良や摺動時に発生した摩耗粉等の原因により保持器に異常摩耗、焼き付きなどの不具合が発生することがある。
【0010】
本発明は、転動体と保持器間の潤滑性能を向上させることにより、一時的な潤滑不良が発生しても保持器に異常摩耗、焼き付きなどの不具合が発生することを防止可能な軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に係る発明は、内輪と、この内輪を囲う外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置される複数個の転動体と、これらの転動体を保持する保持器とからなる転がり軸受であって、
前記保持器に、前記転動体を回転自在に収納するポケット部が形成され、前記ポケット部の少なくとも前記転動体が接触する部位に、複合めっき被膜が形成され、
この複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする。
【0012】
請求項2に係る発明では、複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする。
【0013】
請求項3に係る発明では、微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子:繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10であって、繊維状カーボンナノ材料の表面の一部に前記SiC粒子が付着しているものであることを特徴とする。
【0014】
請求項4に係る発明では、請求項1〜3のいずれか1項記載の転がり軸受は、鉄道車両等の電動機に用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1に係る発明では、保持器のポケット部に複合めっき被膜を形成し、この複合めっき被膜に繊維状カーボンナノ材料を含めた。
【0016】
保持器のポケット部に転動体が摺接する。複合めっき被膜は銅中にカーボンナノ材料が分散されている。カーボンは潤滑性に富む。このカーボンナノ材料の潤滑作用により、転がり軸受において、一時的な潤滑不良が発生しても保持器に異常摩耗、焼き付きなどの不具合が発生することを防止できる。
【0017】
請求項2に係る発明では、この複合めっき被膜に、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料を含めた。
【0018】
複合めっき被膜は銅中に微粒子付着カーボンナノ材料が分散される。この際、微粒子付着カーボンナノ材料に引抜き力が加わるが、微粒子が銅に結合し、微粒子付着カーボンナノ材料が銅から脱落することを防止する。
【0019】
カーボンナノ材料の潤滑作用と微粒子のアンカー作用とにより、転がり軸受において、カーボンナノ材料の脱落を防止し、カーボンナノ材料を含む摩耗粉による異常摩耗、焼き付きなどの不具合の発生を防止できる。
【0020】
請求項3に係る発明では、微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子:繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10である。この範囲であれば、摩擦力を長期的に安定させることができ、潤滑性能を更に高めることができる。
【0021】
請求項4に係る発明では、転がり軸受は鉄道車両等の電動機に用いられる。鉄道車両等の電動機ではメンテナンス時期に到来するまでグリースを含む油脂の補給作業が困難であるため、一時的に潤滑不良が発生しても保持器が異常摩耗や焼き付きなどの不具合が発生せず、長期間安定して稼働することが求められる。したがって、本発明は鉄道車両等の電動機に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る転がり軸受の斜視図である。
【図2】保持器の分解斜視図である。
【図3】本発明に係る保持器の要部断面図である。
【図4】微粒子付着カーボンナノ材料の製造工程図である。
【図5】カーボンナノファイバの模式図である。
【図6】微粒子付着カーボンナノ材料の模式図である。
【図7】マスキング剤を塗布した保持器の断面図である。
【図8】複合めっき法の原理図である。
【図9】複合めっき被膜を付した保持器の断面図である。
【図10】試験片1〜3の断面図である。
【図11】摩擦力測定機の原理図である。
【図12】実験01〜実験03の波形図である。
【図13】実験04〜実験06の波形図である。
【図14】実験07〜実験09の波形図である。
【図15】実験10〜実験11の波形図である。
【図16】(SiC/カーボンナノ材料)と寿命時間の相関グラフである。
【図17】従来の転がり軸受の基本構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。
【実施例】
【0024】
本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
図1に示すように、転がり軸受10は、内輪11と、この内輪11を囲う外輪12と、内輪11と外輪12との間に配置される複数個の転動体13と、これらの転動体13を保持する保持器14とからなる。
【0025】
図2に示すように、保持器14は、もみ抜き保持器と呼ばれるものであって、厚肉リングに、切削具で転動体13を収納するポケット部15をもみ抜き(切削)形成してなる保持器本体16と、この保持器本体部16に起立形成される柱部16aの先端に打ち込まれるリベット17と、柱部16aの先端に取付けられるリング18とからなる。
ポケット部15に転動体13を入れ、リング18を被せ、リベット17をかしめることで、図1で説明した保持器14が得られる。
【0026】
図3に示すように、ポケット部15は、柱部16aにもみ抜き形成された円弧面16b、16bにより、区画される。この円弧面16bの曲率半径R1は、転動体13の半径R2より大きい。結果、円弧面16bの中央に転動体13が接触する。
本実施例では、転動体13が接触する円弧面16bの中央に、複合めっき被膜19を付着する。
【0027】
なお、複合めっき被膜19を、円弧面16bの全面に付着させることは、差し支えない。しかし、複合めっきの材料を節約するという観点から、本実施例では円弧面16bの中央に、複合めっき被膜19を付着する。
すなわち、本発明によれば、ポケット部15の少なくとも転動体13が接触する部位(円弧面16bの中央)に、複合めっき被膜19が形成される。
この複合めっき被膜19は、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜である。
【0028】
銅は鉄系材料に比較して熱伝導率が格段に大きい。軸受は回転運動に伴って高温になる。複合めっき被膜19が銅主体であれば、熱が導かれ放散される。結果、保持器14の温度を下げる役割を果たす。
【0029】
また、銅に複合した微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子が表面の一部に付着している。
仮に、銅に通常のカーボンナノ材料(微粒子が付着していないカーボンナノ材料)を複合させた場合、銅に対するカーボンナノ材料のぬれ性が小さく、銅とカーボンナノ材料の接着力が小さくて、銅からカーボンナノ材料が簡単に抜ける。
この点、SiC微粒子は銅に対する濡れ性が大きく、銅と微粒子付着カーボンナノ材料の接着力が大きくて、銅から微粒子付着カーボンナノ材料が抜け難くなる。
【0030】
以下、微粒子付着カーボンナノ材料の作製法と複合めっき法の原理を、順に説明する。
図4(a)に示すように、繊維状カーボンナノ材料(以下、カーボンナノ材料と記す。)21を準備すると共に、炭素と反応して化合物を生成するSi粉末22を準備する。
【0031】
カーボンナノ材料21は、カーボンナノファイバ又はカーボンナノチューブの総称である。
そのうち、カーボンナノファイバ(CNFと略記されることがある。)23は、図5に示すように、六角網目状に配列した炭素原子のシートを筒状に巻いた形態のものであり、直径Dが100nm(ナノメートル)〜500nm(カーボンナノチューブは0.4nm〜100nm未満)であり、ナノレベルであるため、カーボンナノファイバと呼ばれる。なお、長さLは数μm〜100μmである。
【0032】
炭素原子が立方格子状に並んだものがダイヤモンドであって、ダイヤモンドは極めて硬い物質である。カーボンナノファイバ23は、ダイヤモンドと同様に規則的な結晶構造を有するために機械的強度は大きい。
【0033】
図4(b)に示すように、容器24に、有機溶媒としてのエタノール25を満たし、そこへカーボンナノ材料21及びSi粉末22を投入する。そして、攪拌機26で撹拌し、混合する。
図4(c)に示すように、得られた混合物27を濾過し、乾燥させる。次に、(d)に示すように、得られた混合物27を、ジルコニウム製容器28に入れ、ジルコニウム製蓋29を被せる。この蓋29は非密閉蓋を採用することで、容器28の内部と外部との通気を可能にする。
【0034】
図4(e)に示すように、密閉炉体31と、炉体31内部を加熱する加熱手段32と、容器28を載せる台33と、炉体31内部を真空にする真空ポンプ34とを備える真空炉30を準備し、この真空炉30に容器24を入れる。真空下で加熱することで、混合物27中のSi粉末が蒸発する。この蒸発したSiが付近のカーボンナノ材料の表面に接触し、化合物を形成し、SiCの微粒子となって付着する。
【0035】
得られた微粒子付着カーボンナノ材料36は、図6に示すように、カーボンナノ材料21と、このカーボンナノ材料21の表面の一部に付着するSiC微粒子37からなる。
図4(a)でカーボンナノ材料21に対してSi粉末22の量を多くすると、図6におけるSiC微粒子37は密集する。逆に、図4(a)でカーボンナノ材料21に対してSi粉末22の量を少なくすると、図6におけるSiC微粒子37は粗になる。
【0036】
次に、複合めっき法を説明する。
本発明では、図3で説明したように、複合めっき被膜19は、保持器14の全表面に形成しないで、ポケット部15の少なくとも転動体13が接触する部位に形成する。
そこで、図7に示すように、部位Aを除く領域にマスキング剤38を塗布する。マスキング剤38はマスキングテープであってもよい。
【0037】
次に、図8に示すように、電解めっき設備40のめっき槽41に正極として銅板42を下げるとともに負極として保持器14を下げ、銅板42と保持器14に電源43を連結し、めっき槽41に次に述べる複合めっき液(以下、めっき液と記す。)44を満たす。
めっき液44を撹拌し循環させる撹拌手段、循環手段は必須であるが周知の手段が採用できるので説明は省略する。
【0038】
めっき液44は、本発明では(水+硫酸銅+硫酸+塩酸+光沢剤+界面活性剤又は分散剤+SiC微粒子付着カーボンナノファイバ(直径Dが150nmのもの))とした。
銅板42が電気分解され、発生した銅イオンがめっき液44に放出される。めっき液44に含まれるSiC微粒子付着カーボンナノファイバを連れた銅イオンが、保持器14に到達し付着する。
結果、保持器14に、SiC微粒子付着カーボンナノファイバと銅からなる複合めっき被膜が形成される。
【0039】
得られためっき製品から、薬剤でマスキング剤を除去することにより、図9に示すような保持器14を得ることができる。この保持器14には、ポケット部15の転動体が接触する部位(円弧面16bの中央)に、複合めっき被膜19が形成されている。
【0040】
この複合めっき被膜19の作用を確認するために、次に述べる実験を行った。
【0041】
(実験例)
本発明に係る実験例を以下に述べる。なお、本発明は実験例に限定されるものではない。
【0042】
○実験01〜実験03:
先ず、試料片1〜3を準備した。
試料片1は、図10(a)に示すような高力黄銅鋳物製円板46である。この円板46は、厚さが6.5mm、外径が50mmで、試験面はRa=0.1の鏡面仕上げがなされている。
【0043】
試験片2は、図10(b)に示すように、高力黄銅鋳物製円板46に、銅とカーボンナノ材料とからなる複合めっき被膜19Bが被せられたものである。なお、複合めっき処理は、図8において、「SiC微粒子付着カーボンファイバ」を「カーボンファイバ」(図4(a)符号21)に代えて実施したものに相当する。
高力黄銅鋳物製円板46の諸元は図10(a)と同じである。複合めっき被膜19の厚さTは20μmである。
【0044】
試験片2’は、試験片2での複合めっきの組成を、ニッケルとカーボンナノ材料とした。その他は、試験片2と同じである。
【0045】
試験片3は、図10(c)に示すように、高力黄銅鋳物製円板46に、銅と微粒子付着カーボンナノ材料とからなる複合めっき被膜19が被せられたものである。高力黄銅鋳物製円板46の諸元は図10(a)と同じである。複合めっき被膜19の厚さTは20μmである。
【0046】
○摩擦力測定:試料片1〜3について、摩擦力を測定した。
摩擦力測定機50は、図11に示すように、試料片1〜3の円板46を支え回転させる回転軸51と、円板46の上面に載せる10mm径のSUJ2製ボール52と、このボール52に載せるウエイト(重り)53とからなり、ボール52の挙動をモニターすることなどにより摩擦力を検出することができる測定装置である。測定条件を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
実験01〜03では、グリース潤滑を施して実験を実施した。
測定時の波形図を図12に示す。
図12(a)に示す実験01(めっきなし)では、摩擦力の変動が大きいことが確認された。
図12(b)に示す実験02(銅−CNF複合めっき)では、実験01に比べ摩擦力の変動が小さくなっていることが確認された。摺動痕は実験01に比べ小さくなった。
【0049】
図12(c)に示す実験02’(Ni−CNF複合めっき)では、実験01に比べ摩擦力の変動は小さくなっていることが確認されたが、摺動痕は実験01に比べ大きくなった。
図12(d)に示す実験03(銅−CNF表面処理複合めっき)では、実験01、実験02に比べ摩擦力の変動がさらに小さくなっていることが確認された。摺動痕は著しく小さかった。
【0050】
複合めっきを施した試料では、めっきなしの試料に対し何れも摩擦力の変動が小さくなったが、摺動痕については、実験02’のみめっきなしの試料に対し摺動痕が大きくなった。そのため、試料を良く観察すると摺動部に段差が認められた。これは、Ni摩耗粉により潤滑状態が悪化したことを示唆していると推定される。
【0051】
一方、実験03の試料は、摺動痕が非常に小さく、耐摩耗性が向上していることが確認された。表面を観察すると摺動部に繊維状のカーボンナノファイバが多く残存していた。他の複合めっきでは、摺動部のカーボンナノファイバは実験03よりも少なく、カーボンナノファイバが表面から脱落した痕跡と推定される空間が観察されたものもあった。
【0052】
すなわち、複合めっきを施した表面で摩擦がおきると、めっき膜が摩耗するのに伴い、カーボンナノファイバは表面から引き抜かれるように脱落すると考えられる。一方、表面処理により濡れ性を向上させた場合は、カーボンナノファイバの脱落が起こりにくく、耐摩耗性が向上していると推定される。
【0053】
上記より銅複合めっきを施すことにより耐摩耗性が向上することは確認されたが、主電動機などに用いられる軸受は、メンテナンス時期に到来するまでグリースを含む油脂の補給作業が困難であるため、一時的な潤滑不良に陥っても潤滑状態が保持される、即ち摩擦力の変動が少ないことが求められる。そこで、表2のように潤滑条件としてもっとも厳しい無潤滑状態での摩擦力試験を測定した。
【0054】
○実験04〜06:
【0055】
【表2】
【0056】
測定時の波形図を図13に示す。
無潤滑状態で実施した図13(c)に示す実験06では、実験開始から時間t6までは、摩擦力は2.5N程度であった。時間t3以降は、摩擦力は30Nに急増した。時間t6は約870秒(約14.5分)であった。
【0057】
無潤滑状態で実施した図13(b)に示す実験05では、実験開始から時間t5までは、摩擦力は3N程度であった。時間t2以降は、摩擦力は10〜20Nに急増した。時間t5は約200秒(約3.3分)であった。
【0058】
無潤滑状態で実施した図13(a)に示す実験04では、実験開始から極く短い時間t4以降、摩擦力は10〜20Nに急増した。時間t4は、ほぼ0秒(ほぼ0分)であった。
【0059】
図13(a)では、実験直後から鋼球が高力黄銅鋳物製円板に噛み込み、時間経過共に疵が深くなったと推定される。
図13(b)では、約3.3分までは複合めっき被膜に含まれるカーボンナノファイバが潤滑作用を発揮した。約3.3分時点で表面のカーボンナノファイバが全て脱落し、以降、摩擦力が急増したと推定される。
【0060】
図13(c)では、約14.5分までは複合めっき被膜に含まれるカーボンナノファイバが潤滑作用を発揮した。カーボンナノファイバにSiC微粒子が付着しており、このSiC微粒子が、周囲の銅と結合する。すなわち、SiC微粒子がアンカー作用を発揮してカーボンナノファイバの脱落を遅らせ、結果、長時間にわたりカーボンナノファイバの潤滑作用が維持されたと推定される。
【0061】
以上から、本発明の複合めっき被膜が有効であることが確認できた。ただし、SiC微粒子は、アンカー作用を発揮する反面、硬質物質であるため多すぎると相手部材である転動体に疵を発生する。そこで、SiC微粒子の好適含有量を調べる必要があり、次に述べる追加実験を実施した。
【0062】
○実験07〜実験11:
【0063】
【表3】
【0064】
実験07〜実験10は、純銅板に、銅と微粒子付着カーボンナノファイバとからなる複合めっき被膜を形成した試験片を準備した。
無潤滑状態で実施した実験07では、SiC微粒子と微粒子付着カーボンナノファイバとは、質量比で1:100とした。
また、無潤滑状態で実施した実験08では同質量比を5:100とし、実験09では同質量比を10:100とし、実験10では同質量比を20:100とした。
【0065】
比較参照のために、実験11では、純銅板に、銅とカーボンナノファイバとからなる複合めっき被膜を形成した試験片を準備した。
【0066】
実験07〜実験09における波形図は、図14に示す通りであった。
図14(a)における時間t7は、約6分であり、(b)における時間t8は、約10分であり、(c)における時間t9は、約12分であった。
【0067】
実験10〜実験11における波形図は、図15に示す通りであった。
図15(a)における時間t10は、約1分であり、(b)における時間t11は、約2分であった。
表3に示す「比」を横軸にとり、時間t7〜t11を縦軸にとってグラフを作製する。
【0068】
図16に示すように、SiC/CNFが、0から0.1までは、SiCが増えるほど、時間が延びる。しかし、SiC/CNFが0.2では、時間が極端に短くなった。
時間は、無潤滑状態での軸受の回転可能時間を表すため、長い程よいが、横軸で0.05〜0.1の範囲が好適である。
【0069】
尚、本発明は、鉄道車両等の電動機の軸受装置に用いられる転がり軸受に好適であるが、主電動機以外の電動機の軸受や、その他の陸上車両、船舶、航空機等の軸受全般に適用することは差し支えない。
また、実施例では、転動体をローラ(円筒ころ)としたが、転動体はボール(鋼球)、テーパーローラ(円錐ころ)であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、鉄道車両等の電動機の軸受装置に用いられる転がり軸受に好適である。
【符号の説明】
【0071】
10…転がり軸受、11…内輪、12…外輪、13…転動体、14…保持器、15…ポケット部、19…複合めっき被膜、21…繊維状カーボンナノ材料、36…微粒子付着カーボンナノ材料、37…SiC粒子。
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリースを含む油脂の定期的な補給作業が困難な電動機等の軸受装置に、好適な転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は、内周面に軌道面を有する外輪と、外周面に軌道面を有する内輪と、内外輪間に嵌められる複数個の転動体と、これらの転動体を保持する保持器とを主要素とする。
【0003】
転がり軸受は,軌道面と転動体との小さい接触面で大きな荷重を受けながら,高い精度を保って回転する必要がある。このため,軌道輪及び転動体は,硬さが高いこと,転がり疲労に強いこと,耐摩耗性のあること及び寸法安定性の高いことなどの特性が要求される。このため、一般に熱処理を施した高炭素クロム軸受鋼等の硬い材料が用いられる。
【0004】
一方、保持器は、回転中に受ける振動や衝撃荷重に耐えることのできる強度を有し,転動体及び軌道輪との摩擦が小さく,軽量でかつ軸受の運転温度に耐えることが要求される。また、小型、中型の軸受に用いる保持器の材料には、冷間又は圧延鋼板が用いられる他、大型の軸受には一般にもみ抜き保持器が用いられ、材料は機械構造用炭素鋼及び高力黄銅鋳物が使用されることが多い。
【0005】
このような転がり軸受は、電動機(例えば、鉄道車両などに搭載された主電動機)の、電機子軸を回転自在に支持する軸受として組み込まれる(例えば、特許文献1(図1)参照。)。
【0006】
特許文献1を次図に基づいて説明する。
図17は従来の転がり軸受の基本構成を説明する図であり、鉄道車両に搭載される主電動機の電機子軸101は、転がり軸受102で回転自在に軸受押さえ103に支持される。転がり軸受102は、電機子軸101に接する内輪104と、軸受押さえ103に接する外輪105と、これら内輪104と外輪105との間に介在させる転動体106とからなる。軸受押さえ103には、転動体106の側方の部位にグリースポケット107、108が設けられている。グリースポケット107、108に貯留されるグリースが適宜転がり軸受102に供給される。この例では、外輪105の内周面が、グリースポケット107、108の内周面に対して面一以下に設定される。
【0007】
すなわち、特許文献1には、主電動機などに用いられる軸受は、グリースを含む油脂の定期的な補給作業が困難であるため、外輪の鍔部内径面を端面部材のグリースポケット内周面に対して面一以下とすることによりグリースポケットから軸受内部へグリースの油分を十分に供給することが容易となることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−291667公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1のように主電動機などに用いられる軸受は、グリースを含む油脂の定期的な補給作業が困難であるため、軸受構造の改良等により潤滑性を高めることが行われているが、使用条件によっては、一時的な潤滑不良や摺動時に発生した摩耗粉等の原因により保持器に異常摩耗、焼き付きなどの不具合が発生することがある。
【0010】
本発明は、転動体と保持器間の潤滑性能を向上させることにより、一時的な潤滑不良が発生しても保持器に異常摩耗、焼き付きなどの不具合が発生することを防止可能な軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に係る発明は、内輪と、この内輪を囲う外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置される複数個の転動体と、これらの転動体を保持する保持器とからなる転がり軸受であって、
前記保持器に、前記転動体を回転自在に収納するポケット部が形成され、前記ポケット部の少なくとも前記転動体が接触する部位に、複合めっき被膜が形成され、
この複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする。
【0012】
請求項2に係る発明では、複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする。
【0013】
請求項3に係る発明では、微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子:繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10であって、繊維状カーボンナノ材料の表面の一部に前記SiC粒子が付着しているものであることを特徴とする。
【0014】
請求項4に係る発明では、請求項1〜3のいずれか1項記載の転がり軸受は、鉄道車両等の電動機に用いられることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1に係る発明では、保持器のポケット部に複合めっき被膜を形成し、この複合めっき被膜に繊維状カーボンナノ材料を含めた。
【0016】
保持器のポケット部に転動体が摺接する。複合めっき被膜は銅中にカーボンナノ材料が分散されている。カーボンは潤滑性に富む。このカーボンナノ材料の潤滑作用により、転がり軸受において、一時的な潤滑不良が発生しても保持器に異常摩耗、焼き付きなどの不具合が発生することを防止できる。
【0017】
請求項2に係る発明では、この複合めっき被膜に、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料を含めた。
【0018】
複合めっき被膜は銅中に微粒子付着カーボンナノ材料が分散される。この際、微粒子付着カーボンナノ材料に引抜き力が加わるが、微粒子が銅に結合し、微粒子付着カーボンナノ材料が銅から脱落することを防止する。
【0019】
カーボンナノ材料の潤滑作用と微粒子のアンカー作用とにより、転がり軸受において、カーボンナノ材料の脱落を防止し、カーボンナノ材料を含む摩耗粉による異常摩耗、焼き付きなどの不具合の発生を防止できる。
【0020】
請求項3に係る発明では、微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子:繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10である。この範囲であれば、摩擦力を長期的に安定させることができ、潤滑性能を更に高めることができる。
【0021】
請求項4に係る発明では、転がり軸受は鉄道車両等の電動機に用いられる。鉄道車両等の電動機ではメンテナンス時期に到来するまでグリースを含む油脂の補給作業が困難であるため、一時的に潤滑不良が発生しても保持器が異常摩耗や焼き付きなどの不具合が発生せず、長期間安定して稼働することが求められる。したがって、本発明は鉄道車両等の電動機に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に係る転がり軸受の斜視図である。
【図2】保持器の分解斜視図である。
【図3】本発明に係る保持器の要部断面図である。
【図4】微粒子付着カーボンナノ材料の製造工程図である。
【図5】カーボンナノファイバの模式図である。
【図6】微粒子付着カーボンナノ材料の模式図である。
【図7】マスキング剤を塗布した保持器の断面図である。
【図8】複合めっき法の原理図である。
【図9】複合めっき被膜を付した保持器の断面図である。
【図10】試験片1〜3の断面図である。
【図11】摩擦力測定機の原理図である。
【図12】実験01〜実験03の波形図である。
【図13】実験04〜実験06の波形図である。
【図14】実験07〜実験09の波形図である。
【図15】実験10〜実験11の波形図である。
【図16】(SiC/カーボンナノ材料)と寿命時間の相関グラフである。
【図17】従来の転がり軸受の基本構成を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の実施の形態を添付図に基づいて以下に説明する。
【実施例】
【0024】
本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
図1に示すように、転がり軸受10は、内輪11と、この内輪11を囲う外輪12と、内輪11と外輪12との間に配置される複数個の転動体13と、これらの転動体13を保持する保持器14とからなる。
【0025】
図2に示すように、保持器14は、もみ抜き保持器と呼ばれるものであって、厚肉リングに、切削具で転動体13を収納するポケット部15をもみ抜き(切削)形成してなる保持器本体16と、この保持器本体部16に起立形成される柱部16aの先端に打ち込まれるリベット17と、柱部16aの先端に取付けられるリング18とからなる。
ポケット部15に転動体13を入れ、リング18を被せ、リベット17をかしめることで、図1で説明した保持器14が得られる。
【0026】
図3に示すように、ポケット部15は、柱部16aにもみ抜き形成された円弧面16b、16bにより、区画される。この円弧面16bの曲率半径R1は、転動体13の半径R2より大きい。結果、円弧面16bの中央に転動体13が接触する。
本実施例では、転動体13が接触する円弧面16bの中央に、複合めっき被膜19を付着する。
【0027】
なお、複合めっき被膜19を、円弧面16bの全面に付着させることは、差し支えない。しかし、複合めっきの材料を節約するという観点から、本実施例では円弧面16bの中央に、複合めっき被膜19を付着する。
すなわち、本発明によれば、ポケット部15の少なくとも転動体13が接触する部位(円弧面16bの中央)に、複合めっき被膜19が形成される。
この複合めっき被膜19は、繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜である。
【0028】
銅は鉄系材料に比較して熱伝導率が格段に大きい。軸受は回転運動に伴って高温になる。複合めっき被膜19が銅主体であれば、熱が導かれ放散される。結果、保持器14の温度を下げる役割を果たす。
【0029】
また、銅に複合した微粒子付着カーボンナノ材料は、SiC粒子が表面の一部に付着している。
仮に、銅に通常のカーボンナノ材料(微粒子が付着していないカーボンナノ材料)を複合させた場合、銅に対するカーボンナノ材料のぬれ性が小さく、銅とカーボンナノ材料の接着力が小さくて、銅からカーボンナノ材料が簡単に抜ける。
この点、SiC微粒子は銅に対する濡れ性が大きく、銅と微粒子付着カーボンナノ材料の接着力が大きくて、銅から微粒子付着カーボンナノ材料が抜け難くなる。
【0030】
以下、微粒子付着カーボンナノ材料の作製法と複合めっき法の原理を、順に説明する。
図4(a)に示すように、繊維状カーボンナノ材料(以下、カーボンナノ材料と記す。)21を準備すると共に、炭素と反応して化合物を生成するSi粉末22を準備する。
【0031】
カーボンナノ材料21は、カーボンナノファイバ又はカーボンナノチューブの総称である。
そのうち、カーボンナノファイバ(CNFと略記されることがある。)23は、図5に示すように、六角網目状に配列した炭素原子のシートを筒状に巻いた形態のものであり、直径Dが100nm(ナノメートル)〜500nm(カーボンナノチューブは0.4nm〜100nm未満)であり、ナノレベルであるため、カーボンナノファイバと呼ばれる。なお、長さLは数μm〜100μmである。
【0032】
炭素原子が立方格子状に並んだものがダイヤモンドであって、ダイヤモンドは極めて硬い物質である。カーボンナノファイバ23は、ダイヤモンドと同様に規則的な結晶構造を有するために機械的強度は大きい。
【0033】
図4(b)に示すように、容器24に、有機溶媒としてのエタノール25を満たし、そこへカーボンナノ材料21及びSi粉末22を投入する。そして、攪拌機26で撹拌し、混合する。
図4(c)に示すように、得られた混合物27を濾過し、乾燥させる。次に、(d)に示すように、得られた混合物27を、ジルコニウム製容器28に入れ、ジルコニウム製蓋29を被せる。この蓋29は非密閉蓋を採用することで、容器28の内部と外部との通気を可能にする。
【0034】
図4(e)に示すように、密閉炉体31と、炉体31内部を加熱する加熱手段32と、容器28を載せる台33と、炉体31内部を真空にする真空ポンプ34とを備える真空炉30を準備し、この真空炉30に容器24を入れる。真空下で加熱することで、混合物27中のSi粉末が蒸発する。この蒸発したSiが付近のカーボンナノ材料の表面に接触し、化合物を形成し、SiCの微粒子となって付着する。
【0035】
得られた微粒子付着カーボンナノ材料36は、図6に示すように、カーボンナノ材料21と、このカーボンナノ材料21の表面の一部に付着するSiC微粒子37からなる。
図4(a)でカーボンナノ材料21に対してSi粉末22の量を多くすると、図6におけるSiC微粒子37は密集する。逆に、図4(a)でカーボンナノ材料21に対してSi粉末22の量を少なくすると、図6におけるSiC微粒子37は粗になる。
【0036】
次に、複合めっき法を説明する。
本発明では、図3で説明したように、複合めっき被膜19は、保持器14の全表面に形成しないで、ポケット部15の少なくとも転動体13が接触する部位に形成する。
そこで、図7に示すように、部位Aを除く領域にマスキング剤38を塗布する。マスキング剤38はマスキングテープであってもよい。
【0037】
次に、図8に示すように、電解めっき設備40のめっき槽41に正極として銅板42を下げるとともに負極として保持器14を下げ、銅板42と保持器14に電源43を連結し、めっき槽41に次に述べる複合めっき液(以下、めっき液と記す。)44を満たす。
めっき液44を撹拌し循環させる撹拌手段、循環手段は必須であるが周知の手段が採用できるので説明は省略する。
【0038】
めっき液44は、本発明では(水+硫酸銅+硫酸+塩酸+光沢剤+界面活性剤又は分散剤+SiC微粒子付着カーボンナノファイバ(直径Dが150nmのもの))とした。
銅板42が電気分解され、発生した銅イオンがめっき液44に放出される。めっき液44に含まれるSiC微粒子付着カーボンナノファイバを連れた銅イオンが、保持器14に到達し付着する。
結果、保持器14に、SiC微粒子付着カーボンナノファイバと銅からなる複合めっき被膜が形成される。
【0039】
得られためっき製品から、薬剤でマスキング剤を除去することにより、図9に示すような保持器14を得ることができる。この保持器14には、ポケット部15の転動体が接触する部位(円弧面16bの中央)に、複合めっき被膜19が形成されている。
【0040】
この複合めっき被膜19の作用を確認するために、次に述べる実験を行った。
【0041】
(実験例)
本発明に係る実験例を以下に述べる。なお、本発明は実験例に限定されるものではない。
【0042】
○実験01〜実験03:
先ず、試料片1〜3を準備した。
試料片1は、図10(a)に示すような高力黄銅鋳物製円板46である。この円板46は、厚さが6.5mm、外径が50mmで、試験面はRa=0.1の鏡面仕上げがなされている。
【0043】
試験片2は、図10(b)に示すように、高力黄銅鋳物製円板46に、銅とカーボンナノ材料とからなる複合めっき被膜19Bが被せられたものである。なお、複合めっき処理は、図8において、「SiC微粒子付着カーボンファイバ」を「カーボンファイバ」(図4(a)符号21)に代えて実施したものに相当する。
高力黄銅鋳物製円板46の諸元は図10(a)と同じである。複合めっき被膜19の厚さTは20μmである。
【0044】
試験片2’は、試験片2での複合めっきの組成を、ニッケルとカーボンナノ材料とした。その他は、試験片2と同じである。
【0045】
試験片3は、図10(c)に示すように、高力黄銅鋳物製円板46に、銅と微粒子付着カーボンナノ材料とからなる複合めっき被膜19が被せられたものである。高力黄銅鋳物製円板46の諸元は図10(a)と同じである。複合めっき被膜19の厚さTは20μmである。
【0046】
○摩擦力測定:試料片1〜3について、摩擦力を測定した。
摩擦力測定機50は、図11に示すように、試料片1〜3の円板46を支え回転させる回転軸51と、円板46の上面に載せる10mm径のSUJ2製ボール52と、このボール52に載せるウエイト(重り)53とからなり、ボール52の挙動をモニターすることなどにより摩擦力を検出することができる測定装置である。測定条件を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
実験01〜03では、グリース潤滑を施して実験を実施した。
測定時の波形図を図12に示す。
図12(a)に示す実験01(めっきなし)では、摩擦力の変動が大きいことが確認された。
図12(b)に示す実験02(銅−CNF複合めっき)では、実験01に比べ摩擦力の変動が小さくなっていることが確認された。摺動痕は実験01に比べ小さくなった。
【0049】
図12(c)に示す実験02’(Ni−CNF複合めっき)では、実験01に比べ摩擦力の変動は小さくなっていることが確認されたが、摺動痕は実験01に比べ大きくなった。
図12(d)に示す実験03(銅−CNF表面処理複合めっき)では、実験01、実験02に比べ摩擦力の変動がさらに小さくなっていることが確認された。摺動痕は著しく小さかった。
【0050】
複合めっきを施した試料では、めっきなしの試料に対し何れも摩擦力の変動が小さくなったが、摺動痕については、実験02’のみめっきなしの試料に対し摺動痕が大きくなった。そのため、試料を良く観察すると摺動部に段差が認められた。これは、Ni摩耗粉により潤滑状態が悪化したことを示唆していると推定される。
【0051】
一方、実験03の試料は、摺動痕が非常に小さく、耐摩耗性が向上していることが確認された。表面を観察すると摺動部に繊維状のカーボンナノファイバが多く残存していた。他の複合めっきでは、摺動部のカーボンナノファイバは実験03よりも少なく、カーボンナノファイバが表面から脱落した痕跡と推定される空間が観察されたものもあった。
【0052】
すなわち、複合めっきを施した表面で摩擦がおきると、めっき膜が摩耗するのに伴い、カーボンナノファイバは表面から引き抜かれるように脱落すると考えられる。一方、表面処理により濡れ性を向上させた場合は、カーボンナノファイバの脱落が起こりにくく、耐摩耗性が向上していると推定される。
【0053】
上記より銅複合めっきを施すことにより耐摩耗性が向上することは確認されたが、主電動機などに用いられる軸受は、メンテナンス時期に到来するまでグリースを含む油脂の補給作業が困難であるため、一時的な潤滑不良に陥っても潤滑状態が保持される、即ち摩擦力の変動が少ないことが求められる。そこで、表2のように潤滑条件としてもっとも厳しい無潤滑状態での摩擦力試験を測定した。
【0054】
○実験04〜06:
【0055】
【表2】
【0056】
測定時の波形図を図13に示す。
無潤滑状態で実施した図13(c)に示す実験06では、実験開始から時間t6までは、摩擦力は2.5N程度であった。時間t3以降は、摩擦力は30Nに急増した。時間t6は約870秒(約14.5分)であった。
【0057】
無潤滑状態で実施した図13(b)に示す実験05では、実験開始から時間t5までは、摩擦力は3N程度であった。時間t2以降は、摩擦力は10〜20Nに急増した。時間t5は約200秒(約3.3分)であった。
【0058】
無潤滑状態で実施した図13(a)に示す実験04では、実験開始から極く短い時間t4以降、摩擦力は10〜20Nに急増した。時間t4は、ほぼ0秒(ほぼ0分)であった。
【0059】
図13(a)では、実験直後から鋼球が高力黄銅鋳物製円板に噛み込み、時間経過共に疵が深くなったと推定される。
図13(b)では、約3.3分までは複合めっき被膜に含まれるカーボンナノファイバが潤滑作用を発揮した。約3.3分時点で表面のカーボンナノファイバが全て脱落し、以降、摩擦力が急増したと推定される。
【0060】
図13(c)では、約14.5分までは複合めっき被膜に含まれるカーボンナノファイバが潤滑作用を発揮した。カーボンナノファイバにSiC微粒子が付着しており、このSiC微粒子が、周囲の銅と結合する。すなわち、SiC微粒子がアンカー作用を発揮してカーボンナノファイバの脱落を遅らせ、結果、長時間にわたりカーボンナノファイバの潤滑作用が維持されたと推定される。
【0061】
以上から、本発明の複合めっき被膜が有効であることが確認できた。ただし、SiC微粒子は、アンカー作用を発揮する反面、硬質物質であるため多すぎると相手部材である転動体に疵を発生する。そこで、SiC微粒子の好適含有量を調べる必要があり、次に述べる追加実験を実施した。
【0062】
○実験07〜実験11:
【0063】
【表3】
【0064】
実験07〜実験10は、純銅板に、銅と微粒子付着カーボンナノファイバとからなる複合めっき被膜を形成した試験片を準備した。
無潤滑状態で実施した実験07では、SiC微粒子と微粒子付着カーボンナノファイバとは、質量比で1:100とした。
また、無潤滑状態で実施した実験08では同質量比を5:100とし、実験09では同質量比を10:100とし、実験10では同質量比を20:100とした。
【0065】
比較参照のために、実験11では、純銅板に、銅とカーボンナノファイバとからなる複合めっき被膜を形成した試験片を準備した。
【0066】
実験07〜実験09における波形図は、図14に示す通りであった。
図14(a)における時間t7は、約6分であり、(b)における時間t8は、約10分であり、(c)における時間t9は、約12分であった。
【0067】
実験10〜実験11における波形図は、図15に示す通りであった。
図15(a)における時間t10は、約1分であり、(b)における時間t11は、約2分であった。
表3に示す「比」を横軸にとり、時間t7〜t11を縦軸にとってグラフを作製する。
【0068】
図16に示すように、SiC/CNFが、0から0.1までは、SiCが増えるほど、時間が延びる。しかし、SiC/CNFが0.2では、時間が極端に短くなった。
時間は、無潤滑状態での軸受の回転可能時間を表すため、長い程よいが、横軸で0.05〜0.1の範囲が好適である。
【0069】
尚、本発明は、鉄道車両等の電動機の軸受装置に用いられる転がり軸受に好適であるが、主電動機以外の電動機の軸受や、その他の陸上車両、船舶、航空機等の軸受全般に適用することは差し支えない。
また、実施例では、転動体をローラ(円筒ころ)としたが、転動体はボール(鋼球)、テーパーローラ(円錐ころ)であってもよい。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、鉄道車両等の電動機の軸受装置に用いられる転がり軸受に好適である。
【符号の説明】
【0071】
10…転がり軸受、11…内輪、12…外輪、13…転動体、14…保持器、15…ポケット部、19…複合めっき被膜、21…繊維状カーボンナノ材料、36…微粒子付着カーボンナノ材料、37…SiC粒子。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、この内輪を囲う外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置される複数個の転動体と、これらの転動体を保持する保持器とからなる転がり軸受であって、
前記保持器に、前記転動体を回転自在に収納するポケット部が形成され、前記ポケット部の少なくとも前記転動体が接触する部位に、複合めっき被膜が形成され、
この複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記複合めっき被膜は、前記繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記微粒子付着カーボンナノ材料は、前記SiC粒子:前記繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10であって、前記繊維状カーボンナノ材料の表面の一部に前記SiC粒子が付着しているものであることを特徴とする請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の転がり軸受は、鉄道車両等の電動機に用いられることを特徴とする転がり軸受。
【請求項1】
内輪と、この内輪を囲う外輪と、前記内輪と前記外輪との間に配置される複数個の転動体と、これらの転動体を保持する保持器とからなる転がり軸受であって、
前記保持器に、前記転動体を回転自在に収納するポケット部が形成され、前記ポケット部の少なくとも前記転動体が接触する部位に、複合めっき被膜が形成され、
この複合めっき被膜は、繊維状カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記複合めっき被膜は、前記繊維状カーボンナノ材料の表面にSiC粒子が付着された微粒子付着カーボンナノ材料に、銅を複合させる複合めっき法により形成される被膜であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記微粒子付着カーボンナノ材料は、前記SiC粒子:前記繊維状カーボンナノ材料が、質量比で、0.05〜0.10であって、前記繊維状カーボンナノ材料の表面の一部に前記SiC粒子が付着しているものであることを特徴とする請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の転がり軸受は、鉄道車両等の電動機に用いられることを特徴とする転がり軸受。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2013−104533(P2013−104533A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250775(P2011−250775)
【出願日】平成23年11月16日(2011.11.16)
【出願人】(000227054)日精樹脂工業株式会社 (293)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月16日(2011.11.16)
【出願人】(000227054)日精樹脂工業株式会社 (293)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】
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