説明

軸を有する工作物の位置決め治具

【課題】小径部と大径部が形成された軸部分を有する工作物を工作機械に位置決め固定するときに、位置決め作業の作業性を向上し作業者の負担を軽減する。
【解決手段】工作機械の所定位置に固定された壁部3には、治具本体20が取付けられ、その先端には、工作物の大径部がはめ込まれる位置決め孔6が形成されているとともに、その内部を摺動するスライド部材23が設けられる。位置決め作業を行うときは、図の下方に示されるように、前方に突出したスライド部材23に工作物の小径部を挿入した後、ばね24を圧縮しながら工作物を押し込んでスライド部材23を後退させ、位置決め孔6に大径部をはめ込み、図の上方に示す状態とする。この間、工作物はスライド部材23により片側を支持され、位置決め作業は容易になって作業者の負担が軽減される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車の車輪を支持するナックルなど、小径部と大径部とが形成された段付軸を有する工作物(ワーク)を加工する際に、その工作物を工作機械に取付け、位置決めする治具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多くの自動車では、エンジンにより後輪を駆動し前輪は操向装置により操舵される、いわゆる前輪操舵・後輪駆動方式が採用されている。この方式の自動車の前輪は、ホイール(車輪)を取付けるナックルと呼ばれる部品を備えており、ナックルはキングピンを中心として回転可能であって、運転者の操作するステアリングホイールに応じてホイールの向きを変えることができる。
【0003】
ナックルは、図3に示すように、ベアリングを介してホイールを支持する軸部分と、キングピンを介して車両の前輪のアクスルに連結される取付部分とにより構成される。軸部分は、2個のベアリングをはめ込む直軸部とその間のテーパ軸部とを有し、また、取付部分の端のフランジに連なる個所には大径部が同軸状に形成された段付の軸となっている。一方、取付部分は前輪のアクスルをはさむよう概略二股形状をなしており、これにはキングピンを挿入する貫通孔や操向装置に結合するための結合部が形成される。なお、キングピンの中心軸と軸部分の中心軸とは直交しておらず、キングピンは傾斜角をもたせて取付けられる。
【0004】
このようにナックルの取付部分には貫通孔あるいは連結部等が形成されるから、取付部分を製作するには、多数の穴あけ加工及び面削り加工などを施す必要がある。ナックルの取付部分の加工は、マシニングセンター等の工作機械にナックルを位置決めして固定した後、回転軸に装着したドリル、フライス等の工具をナックルの所定位置に移動させて行われる。そのため、ナックルの取付部分を加工する工作機械には、軸部分が挿入される挿入孔を有する治具が固定位置決め手段として設けてあり、この治具は、軸部分の端部に形成された大径部がはまり込むことにより、工作物であるナックルを工作機械に対して正確に位置決めする位置決め孔を備えている。
【0005】
図4には、ナックルの大径部がはまり込む位置決め孔を有する従来の治具を示す。二点鎖線で表されるナックル1を位置決めし保持する位置決め用治具2は、マシニングセンターのベースに固定された壁部3に開口する治具固定孔4に取付けられる。位置決め用治具2は、治具固定孔4にはめ込まれるよう外周は円形に形成されるとともに、中心軸付近にはナックル1の軸部分が挿入される挿入孔5が形成されている。
【0006】
また、位置決め用治具2の先端には、ナックル1のフランジに接続する軸部分の大径部がはまり込む位置決め孔6が形成されている。加工を行うためナックル1をマシニングセンターに取付ける際は、ナックルの大径部を位置決め孔6にはめ込み、かつ、フランジを位置決め用治具2の先端の平面に当接させる。この状態で、図示しないクランプ装置によって締め付け固定することにより、ナックルはマシニングセンターに対して正確に位置決めされる。
【0007】
ちなみに、軸を有する工作物を加工するため、その軸部を工作機械に固定して工作物を保持し、切削加工等を行うことは一般的に知られている。例えば、特開平6−297222号公報には、大型のファンブレードの三次元切削を行うときに、ファンブレードの両端に設けられた軸部をワークチャックにより固定する技術が記載されている。なお、特開平9−225770号公報には、マシニングセンター等におけるドリル等の工具の交換装置であって、工具マガジンから工具を取り出して工作機械に装着し又は工具マガジンに工具を収納するため、挿入孔の形成された筒状体を設け、工具を一旦挿入孔内に収容する工具脱着装置が開示されている。
【特許文献1】特開平6−297222号公報
【特許文献2】特開平9−225770号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ナックルを加工するときには、上述のとおり、ナックルの軸部分の大径部を位置決め孔にはめ込む必要があるが、この作業は作業者の手作業で行われる。通常、作業者はナックルを手で支えて軸部分の先端を治具の挿入孔に入れ、次いでナックルを押し込みながら大径部を位置決め孔にはめ込む。しかし、位置決め孔は、正確な位置決めのため大径部に密接に嵌合する寸法となっており、この位置決め孔に重量の大きいナックルの大径部をはめ込む作業は困難なものとなる。
【0009】
大型のトラックに使用されるナックルの重量は20kgを超える。こうしたナックルの場合は、作業者が手で支えて軸部分を挿入孔に入れることはまず不可能であり、吊具を用いて吊り下げて移動させるか、仮置き台を用いてナックルをこの上に載置し仮置き台上を強引に滑らせて移動させるような手段が採用される。しかし、ナックルの形状は複雑であって重心も安定しておらず、これらの作業中にナックルの落下が起こる虞れがあり、工作機械へのナックルの取付け及び位置決め作業には、危険が伴い作業者の熟練を必要とする。本発明は、ナックル等の加工物を工作機械へ取付ける時のこのような課題を解決するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題に鑑み、本発明は、小径部と大径部が形成された軸部分を有する工作物を加工するにあたり、工作物の位置決め作業の作業性を向上し作業者の負担を軽減することを目的として、軸方向に摺動するスライド部材に工作物の軸部分を挿入して位置決めを行うものである。すなわち、本発明は、
「小径部と大径部が形成された軸部分を有する工作物を加工するため、前記工作物を工作機械に位置決めする位置決め用治具であって、
前記位置決め用治具は、工作機械の所定位置に取付けられる治具本体と、前記治具本体に設けられた支持孔にはめ込まれるスライド部材とを有し、
前記治具本体の先端には前記工作物の軸部分の大径部がはめ込まれる位置決め孔が形成されるとともに、前記スライド部材には前記工作物の軸部分の小径部が挿入される挿入孔が形成されており、さらに、
前記治具本体と前記スライド部材との間には、前記スライド部材を前記治具本体の先端方向に押圧するばねが配置されていて、前記スライド部材が前記治具本体の支持孔内を摺動可能である」
ことを特徴とする位置決め用治具となっている。
【0011】
請求項2に記載のように、前記スライド部材の先端は、前記治具本体の先端よりも前方に突出可能であることが好ましい。
【0012】
工作物に平面部が存在する場合には、請求項3に記載のように、前記治具本体の先端を平面とし、前記工作物の平面部を前記平面に当接して前記工作物を軸方向に位置決めすることができる。
【0013】
請求項4に記載のように、前記治具本体の支持孔の内周面と前記スライド部材の外周面との少なくとも一方には、潤滑材を保持する細孔を設けることができる。
【0014】
請求項5に記載のように、本発明の位置決め用治具は、自動車の車輪を取付けるナックルを加工するときの位置決め用治具として好適なものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明では、工作物の軸部分の大径部がはめ込まれる位置決め孔が形成された治具本体に、ばねによって摺動可能なスライド部材がはめ込まれている。ナックル等の工作物を位置決めするときは、まず、このスライド部材に設けた挿入孔に軸部分の小径部を挿入する。次いで、スライド部材をばねに抗して治具本体の方向に押し込み、軸部分の大径部を位置決め孔の近傍に位置させる。この状態で、大径部を位置決め孔にはめ込む作業を実施し、大径部は位置決め孔に密接に嵌合して、工作物が工作機械に位置決めされる。
【0016】
軸部分の小径部は位置決めのための基準部ではないから、これを挿入するスライド部材の挿入孔は小径部よりも大きな径となっており、作業者は容易に小径部を挿入孔に入れることができる。小径部が挿入孔に入り込んだときは、工作物の一方側はスライド部材に支持されるようになり、作業者は他方側を支えるのみとなって工作物の重量が大きい場合でも負担は著しく軽減される。また、スライド部材を治具本体側に押し込むと、スライド部材が治具本体の支持孔内を摺動し、大径部を位置決め孔の近傍まで自動的に案内する。そのため、位置決め孔の寸法が大径部に密着してはまり合うように設定されていても、作業者は困難なく大径部をはめ込むことが可能である。
【0017】
このように、本発明は、スライド部材を有する治具を用いて工作物の位置決め孔への固定を行うものであって、位置決め作業を安全、かつ、熟練を要しないものとし、作業者の負担や疲労を軽減することができる。なお、特許文献2にはスライドする円筒を用いた工具交換装置が開示されているが、この技術の円筒は、工具の交換の時に工具を一時的に保持するものであり、工作物の位置決めに使用される本発明のスライド部材付き治具とは構成及び機能が全く相違する。
【0018】
スライド部材の先端は、請求項2の発明のように、治具本体の先端よりも前方に突出可能であることが好ましい。こうすると、小径部をスライド部材の挿入孔に入れる作業が容易となる。また、ナックルの大径部に連なるフランジのごとく、工作物に平面部が存在する場合には、請求項2の発明のように、治具本体の先端を平面とすることが好ましい。これによって、工作物の平面部を治具本体の平面に当接し、平面部を基準面として工作物を軸方向に位置決めすることができる。請求項3の発明のように、治具本体の支持孔の内周面とスライド部材の外周面との少なくとも一方に潤滑材を保持する細孔を設けたときは、スライド部材が摺動する時の摩擦を小さくすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面に基づいて、本発明による位置決め用治具について説明する。図1は、本発明の位置決め用治具を工作機械の所定の壁部に固定した図を示すもので、治具の中心軸の上方には、工作物であるナックル(二点鎖線)を位置決め用治具に取付けた状態を断面図で示し、中心軸の下方には、ナックルを取付ける以前の状態を示している。図2は、ナックルを位置決めする際の位置決め用治具とナックルとの作動を表す概略図である。これらの図においては、図4の従来の位置決め用治具と対応する部品部分等については同一の符号が付してある。
【0020】
工作機械であるマシニングセンターの基台の所定位置に固定された壁部3には、治具固定孔4が開けられており、壁部3は、重量のあるナックルを取付けても変形しないよう図示しない補強ブラケットにより支えられる。治具固定孔4には治具本体20(図2)がはめ込まれて取付けられる。治具本体20は、本体外側部材21と本体内側部材22とから構成され、これらはボルトにより一体的に結合される。本体外側部材21の前方、つまり、治具本体20の先端には、ナックル1の大径部がはめ込まれる位置決め孔6が形成されているとともに、前方の端面は平面を形成している。
【0021】
本体内側部分22は、その中心部に圧入されたブッシュ26を有し、ブッシュ26の内周面は、スライド部材23が摺動する支持孔27となっている。スライド部材23は、基本的には段付きの円筒状部品であって、その中心部には、ナックル1の小径部が挿入される挿入孔5が設けられる。また、スライド部材23の後方の外周面には、図1の右図に示すように、段付き部に開口する6個のU字状のばね溝28が形成され、それぞれのばね溝28中には、スライド部材23を摺動させるばね24が収容されている。ばね24の後端は、ばね押さえプレート25に接して位置決めされており、ばね押さえプレート25はボルトによって本体内側部分22に固着される。
【0022】
スライド部材23は、ナックル1の位置決め作業を行う以前においては、図1の中心軸の下方に図示されるとおり、ばね24に押されて本体外側部分21の先端よりも前方に突出している。マシニングセンターへのナックル1の位置決め作業の過程では、スライド部材23がブッシュ26の内周面を摺動するので、内周面には、潤滑材を保持するための多数の細孔を形成する、いわゆるディンプル加工を施してある。ディンプル加工は、スライド部材23の外周面に施すこともできる。さらに、スライド部材23の挿入孔5の後部には、位置決め作業の際に挿入される小径部が接触して損傷することを防止するため、合成樹脂製の保護ブッシュ29が圧入されている。
【0023】
ここで、図2によって本発明の位置決め用治具を用いた位置決め作業の手順について説明する。スライド部材23は、通常、治具本体20の前方に突出しており、ナックル1の加工のためマシニングセンターにこれを固定するときは、ナックル1の軸部分の小径部をスライド部材23の挿入孔5に入れる。挿入孔5は、小径部に対して一定の余裕を持った寸法となっているから、ナックル1を手で保持していてもたやすく挿入することができ、挿入したときは図2(a)の状態となる。この状態では、ナックル1の軸部分はスライド部材23と治具本体20を介して、壁部3により支持される。
【0024】
次に、ナックル1を治具本体20に向けて押し込むと、スライド部材23はばね24を圧縮しながら後方に摺動し、ナックル1の大径部が治具本体20の先端にある位置決め孔6の近傍に位置する。そして、この状態で大径部を位置決め孔6に嵌合させるとともに、フランジ部を治具本体20の前面に密着させ、図2(b)のように、ナックル1の上下方向(径方向)及び前後方向(軸方向)の位置決めを行う。この間、ナックル1の軸部分がスライド部材23に支えられるから、作業者の手に作用する荷重は著しく軽減され、位置決め孔6の寸法が大径部に密接にはまり込むよう設定されていても、作業者は容易にはめ込み作業を実施することができる。位置決めが終了すると、図示しないクランプ装置によってナックル1を締め付け固定する。
【0025】
以上詳述したように、本発明は、小径部と大径部が形成された軸部分を有する工作物を工作機械に位置決め固定するときに、位置決め作業の作業性を向上し作業者の負担を軽減することを目的として、軸方向に摺動するスライド部材を有する治具を用い、スライド部材に軸部分の小径部を挿入して位置決めを行うものである。工作物としては、大径部によって位置決めされるものであれば、ナックルに限らず各種の部品を加工する場合に適用可能であり、例えば、軸方向よりも径方向が長い円盤状の段付き工作物に適用することができる。また、軸部分の断面が円形のものに限らず、多角形等の工作物にも適用できることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の位置決め用治具の、一部を断面で示す全体図である。
【図2】本発明の位置決め用治具の作動を示すである。
【図3】自動車部品であるナックルの構造を示す図である。
【図4】従来の位置決め用治具を示す図である。
【符号の説明】
【0027】
1 ナックル
2 位置決め用治具
20 治具本体
23 スライド部材
24 ばね
27 支持孔
3 壁部
4 治具固定孔
5 挿入孔
6 位置決め孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小径部と大径部が形成された軸部分を有する工作物を加工するため、前記工作物を工作機械に位置決めする位置決め用治具であって、
前記位置決め用治具は、工作機械の所定位置に取付けられる治具本体(20)と、前記治具本体に設けられた支持孔(27)にはめ込まれるスライド部材(23)とを有し、
前記治具本体(20)の先端には前記工作物の軸部分の大径部がはめ込まれる位置決め孔(6)が形成されるとともに、前記スライド部材(23)には前記工作物の軸部分の小径部が挿入される挿入孔(5)が形成されており、さらに、
前記治具本体(20)と前記スライド部材(23)との間には、前記スライド部材(23)を前記治具本体(20)の先端方向に押圧するばね(24)が配置されていて、前記スライド部材(23)が前記治具本体(20)の支持孔(27)内を摺動可能であることを特徴とする位置決め用治具。
【請求項2】
前記スライド部材(23)の先端は、前記治具本体(20)の先端よりも前方に突出可能である請求項1に記載の位置決め用治具。
【請求項3】
前記治具本体(20)の先端は平面となっており、工作物の平面部を前記平面に当接して工作物を軸方向に位置決めする請求項1又は請求項2に記載の位置決め用治具。
【請求項4】
前記治具本体(20)の支持孔(27)の内周面と前記スライド部材(23)の外周面との少なくとも一方には、潤滑材を保持する細孔が設けられている請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の位置決め用治具。
【請求項5】
前記工作物は、自動車の車輪を取付けるナックルである請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の位置決め用治具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−159371(P2006−159371A)
【公開日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−356856(P2004−356856)
【出願日】平成16年12月9日(2004.12.9)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】