説明

軽元素錯体水素化物膜及びその合成方法

本発明は、薄膜化した軽量・低融点金属の錯体水素化物(例えば、LiBH4 、LiNH2 など)及びその製造方法を提供する。本発明は、軽量・低融点金属(Li、Na、Mg、K、Caなど)から選ばれる1又は2以上の金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素を原料にして、蒸着法により、ナノ構造化された錯体水素化物の薄膜を製造する方法、及び、薄膜化した軽元素錯体水素化物膜に関するものである。本発明の方法により、軽量・低融点金属の錯体水素化物の薄膜を簡便に形成することができ、この薄膜化された錯体水素化物膜は、例えば、超伝導特性、光学特性、水素貯蔵特性などを有する多機能性材料として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽元素錯体水素化物膜及びその製造方法に関するものであり、更に詳しくは、リチウムやナトリウム、マグネシウムなどの軽量・低融点金属と、窒素や炭素、ホウ素、アルミニウムなどを原料にして、ナノ構造化された錯体水素化物の薄膜からなる新規な軽元素錯体水素化物膜を合成する方法、及び薄膜化した均質相からなる新規な軽元素錯体水素化物膜に関するものである。
【0002】
本発明は、例えば、水素貯蔵特性、水素透過特性、超伝導特性、原子力・核融合関連特性、光学特性などの多様な機能が期待されている、LiBH4 、LiNH2 などに代表される軽元素錯体水素化物の生産及び応用の技術分野において、従来、主に、粉末状、バルク状のものは合成されているが、薄膜化した軽元素錯体水素化物を効率良く合成する方法がなかったことを踏まえ、新たに、ナノ構造化された錯体水素化物の薄膜を合成することを可能とする新規な錯体水素化物膜の製造方法とそのナノ構造化された錯体水素化物膜を提供するものである。
【0003】
本発明は、薄膜化したLiBH4 、LiNH2 等の錯体水素化物を利用することにより、例えば、水素貯蔵関連技術として、制御粒界での水素量の増大と反応温度の低下を実現し、また、超伝導関連技術として、二次元面での水素の高密度化とそれによる伝導バンドの形成を実現し、それらの多様な機能を引き出すと共に、例えば、水素タンクや水素純化装置の超薄膜化、準室温超伝導材料化を可能とする新しい錯体水素化物膜材料を提供するものとして有用である。
【背景技術】
【0004】
近年、化石燃料に替わる新しいエネルギーとして、例えば、核融合、太陽熱、風力、地熱、燃料電池などの代替エネルギー手段の開発研究が行われている。これらの代替エネルギーは、熱や熱を変換した電力として取り出されているが、熱や電力は、貯蔵が困難であるために、これらを水素の形で貯蔵することが研究されている。そして、水素を燃料とする、燃料電池は、例えば、地球環境にやさしい発電機として研究開発が進められており、発電所用から家庭用クラスまで一部実用化がなされるに至っている。また、水素貯蔵材料は、新しいエネルギー源として、例えば、小型燃料電池を実現するものとしても注目されており、特に、新しい水素貯蔵材料の開発と、水素の貯蔵・供給技術の実用化が強く求められている。
【0005】
このように、水素は、次世代エネルギー源として、エネルギーサイクルの中で重要な位置を占める物質であり、その実用化に大きな期待がかけられている。これまでに、研究開発が進められてきた水素の貯蔵・供給方法としては、例えば、水素吸蔵合金の他に、液化水素、高圧水素、無機錯化合物(例えば、ホウ素化水素化物、アルミニウム系水素化物など)の加水分解法もしくは熱分解法、有機化合物(例えば、メタノール、デカリン、ジメチルエーテル、ガソリン、天然ガスなど)の改質法等が例示される。これらのうち、軽金属錯体水素化物については、従来、主として、粉末状、バルク状のものが製造され、検討されてきた。
【0006】
一方、近年、先端技術分野において、新規物質、新素材の開発は、エレクトロニクス、環境・エネルギー、バイオテクノロジー等の幅広い分野の科学技術や産業を支える基盤技術として大変重要なものとなっている。その一例として、カーボンナノチューブ、フラーレンやナノシートのような微細な物質では、バルクな状態では発現しない新しい特性が現れることが判明した。このように、優れた新規物質、新素材が発見され、それらが、特異な構造や優れた性質を示すことが明らかになりつつある中で、ナノ構造化した物質は、いわゆるナノテクノロジーを支える最も重要な基盤材料になり得るものとして、特に、その合成技術や、その多機能性の開発研究にも大きな関心が集まっている。
【0007】
こうした中で、水素貯蔵・供給に係る物質として、ナノ物質を応用する技術が種々報告されている。例えば、先行文献には、(1)ボールミル装置により、ナノメートルスケールで微細構造化した、水素固溶量が多く、水素の放出開始温度が低いマグネシウム系水素吸蔵複合材料及びその製造方法が報告されている(特許文献1)。また、他の文献には、(2)グラファイトのシートを円筒状にし、いわゆるカーボンナノチューブに水素を貯蔵する方法が提案されている(特許文献2)。この技術は、微細なチューブ状グラファイト内に水素を貯蔵すると共に、水素の通りやすい合金でチューブに蓋をする方法に関するものである。また、他の文献には、(3)純度の高いグラファイトを、機械的粉砕によりナノ構造化することによって、従来の水素貯蔵合金と比べて高い水素貯蔵能力を有する水素貯蔵体を製造することが報告されている(特許文献3)。しかしながら、これらの水素貯蔵合金は、バルク、又は粉末状での使用を主に意図したものに限られている。
【0008】
また、他の文献には、(4)構成元素を他の金属元素で部分置換して、水素を吸蔵・放出する際に相分野や構造相転移を抑制可能に結晶構造を安定化させたMg−Ni系水素吸蔵合金及びその製造方法が報告されている(特許文献4)。一方、水素吸蔵合金の薄膜について、先行文献には、(5)スパッタリング法により作製したMg系積層構造体を水素化して、高い水素吸蔵量を保持しながらも水素放出温度が低い、ナノ構造化されたMg又はMg系水素吸蔵合金からなる水素吸蔵積層構造体及びその作製方法が報告されている(特許文献5)。また、他の文献には、(6)LaNi5 水素吸蔵合金薄膜を、高周波マグネトロンスパッタリング法により作製して、薄膜の組成、構造、水素吸蔵特性、機械的性質等について系統的に調査した結果、この薄膜は、バルク合金よりも水素吸蔵が容易になるとのが報告なされている(非特許文献1)。更に、他の文献には、(7)ナトリウムホウ素水素化物(NaBH4 )を用いた水素貯蔵法による燃料電池に関する報告がなされている(非特許文献2)。しかしながら、これまでに、錯体水素化物を薄膜化することについての報告例は見当たらない。
【0009】
【特許文献1】特開平11−61313号公報
【特許文献2】特開平11−116219号公報
【特許文献3】特開2001−302224号公報
【特許文献4】特開平11−269586号公報
【特許文献5】特開2002−105576号公報
【非特許文献1】http://www.iamp.tohoku.ac.jp/institute/activity/reports/1998/gas-j.html(2003.09.30)
【非特許文献2】http//merit.jp.hydorogen.co.jp/Arai07.html (2003.09.30)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
このような状況の中で、本発明者らは、上記従来技術に鑑みて、錯体系水素化物を利用した新しい高機能性材料を開発することを目標に鋭意研究を積み重ねた結果、リチウムやナトリウム、マグネシウムなどの軽量・低融点金属と、窒素や炭素、ホウ素、アルミニウムなどを原料にして、錯体水素化物膜を合成する方法を確立することに成功し、しかも、作製した錯体水素化物膜は、超伝導特性、光学特性、水素貯蔵特性、水素透過特性、原子力・核融合関連特性等の多様な機能を発揮する優れた新素材になり得ることを見出し、更に研究を重ねて、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、軽元素錯体水素化物膜、及びその製造方法を提供することを目的とするものである。また、本発明は、軽元素錯体水素化物膜を、簡便に、効率良く作製する方法を提供することを目的とするものである。また、本発明は、ナノ構造化した錯体水素化物の薄膜を合成することにより、粉末状、バルク状のものと比較して特性が改善された多機能性錯体水素化物膜材料を提供することを目的とするものである。また、本発明は、制御粒界での水素量の増大と、反応温度の低下を可能とする水素貯蔵材料として有用な新規錯体水素化物膜材料を提供することを目的とするものである。更に、本発明は、二次元面での水素の高密度化とそれによる伝導バンドの形成を可能とする超伝導材料として有用な新規錯体水素化物膜材料を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明は、軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素、及び水素元素を含む、ナノ構造化した均質相の軽元素錯体水素化物膜からなることを特徴とする錯体水素化物膜、である。本錯体水素化物膜は、(1)基体上に、軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素を含むナノ構造化した薄膜を有し、該薄膜が水素化された均質相の錯体水素化物からなること、(2)軽量・低融点金属が、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる1又は2以上の金属であること、(3)アルカリ金属又はアルカリ土類金属が、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムから選ばれる1又は2以上の金属であること、(4)膜厚が、10〜500μmであること、(5)錯体水素化物膜が、LiNH2 、LiBH4 、LiCH3 、Mg(NH22 、又はMg(AlH42の錯体水素化物からなること、を好ましい態様としている。また、本発明は、上記の錯体水素化物膜からなることを特徴とする水素貯蔵体である。
【0013】
また、本発明は、軽元素錯体水素化物を製造する方法において、(a)軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、又はアルミニウムを原料にして、所定の反応容器中で、蒸着法により、これらの元素を含むナノ構造化した薄膜を基体上に形成する、(b)反応系に水素ガスを導入して、上記薄膜を水素化する、(c)上記工程により、薄膜化した均質相からなる軽元素錯体水素化物を合成する、ことを特徴とする錯体水素化物膜の製造方法、である。本方法は、(1)軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素を加熱蒸発させて、これらの元素を含むナノ構造化した薄膜を基体上に形成すること、(2)窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素が所定量含まれる雰囲気中で、軽量・低融点金属を基板上に蒸着させることにより、これらの元素を含むナノ構造化した薄膜を基体上に形成すること、(3)上記薄膜の形成と同時的に又はその後に、反応系に水素ガスを導入して、上記薄膜を水素化すること、(4)軽量・低融点金属が、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる1又は2以上の金属であること、(5)アルカリ金属又はアルカリ土類金属が、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムから選ばれる1又は2以上の金属であること、(6) 軽量・低融点金属を、真空加熱法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、又はレーザーアブレーション法により気化させ、ナノ構造化した薄膜を基体上に形成すること、(7)薄膜の形成を、300℃から800℃の温度で行うこと、(8)薄膜と水素ガスとの接触を、100℃から800℃の温度で行うこと、を好ましい態様としている。
【0014】
次に、本発明について更に詳細に説明する。
本発明は、リチウム、ナトリウム、マグネシウムなどの軽量・低融点金属の中から選ばれる1又は2以上の金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素を原料にして、所定の反応容器中で、蒸着法により、ナノ構造化された錯体水素化物の薄膜を合成することを特徴とするものである。本発明では、原料として、アルカリ金属又はアルカリ土類金属、好適には、例えば、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどの金属と、窒素や炭素、ホウ素、アルミニウムなどが用いられる。本発明では、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれた元素を混合した、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる軽量・低融点金属を、加熱蒸発させて、あるいは、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれた元素が所定量含まれる雰囲気中で、上記軽量・低融点金属を蒸発させて、これらの元素を含む薄膜を基板上に形成し、それと同時的又はその後に、上記薄膜を水素化することにより、薄膜化した錯体水素化物を合成する。
【0015】
本発明の錯体水素化物膜は、通常は、基体上で合成される。基体としては、好適には、金属、例えば、モリブデン、タンタル、タングステンなど、及び、セラミックス、ガラス等が例示されるが、これらに限定されるものではなく、その使用目的、利用分野等に応じて任意の材料を使用することができる。本発明では、上記原料を任意に組み合わせて所望の錯体水素化物膜を合成することが可能であり、リチウム、ナトリウム、マグネシウムなどの軽量・低融点金属の中から選ばれる1又は2以上の金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素との組み合わせ及びその割合に応じて、合成する錯体水素化物膜の組成及び特性を変化させることができる。したがって、本発明では、目的とする所望の錯体水素化物膜に応じて、これらの金属と元素、及びその割合等を任意に変更することができる。
【0016】
本発明の錯体水素化物膜は、具体的には、例えば、窒素や炭素、ホウ素、又はアルミニウムを混合した、リチウムやマグネシウムなどの金属を、加熱蒸発させて膜を形成し、あるいは、窒素や炭素、ホウ素などが所定量含まれた雰囲気中で、リチウムやマグネシウムなどの金属を蒸着させて膜を形成し、その後、直ちにこの膜を水素化することにより、又は、膜の形成と同時的に水素化することにより、基体上に合成される。本発明の錯体水素化物膜の形成には、通常の、膜成形方法及び装置を使用することが可能であり、例えば、真空蒸着法としての抵抗加熱蒸着、電子ビーム蒸着、レーザ加熱蒸着、高周波加熱蒸着等、スパッタリング法としてのイオンビームスパッタリング、マグネトロンスパッタリング等、その他にイオンプレーティング法、レーザーアブレーション法等、を使用することが可能であり、錯体水素化物膜を形成する原料の性質等に応じて適宜選択できるが、好適には、抵抗加熱による真空蒸着方法及び蒸着装置が使用される。
【0017】
次に、一例として、抵抗加熱による真空蒸着法によって錯体水素化物膜を合成する方法及びその装置について、図1を参照しながら、説明する。
この真空蒸着装置は、真空・高圧対応のステンレス製(SUS304)の反応容器、該反応容器内に収容された石英管からなる反応室を有しており、石英管内の底部には、例えば、蒸着用の試料(例えば、リチウム、マグネシウムなど)を入れるための金属モリブデン製の坩堝(Moるつぼ)が収容され、石英管内の、坩堝の上方には、蒸着膜形成用の基板(Mo基板)が設置される。ステンレス製の反応容器の上部外側には、冷却用の銅管(Cu管)が設置され、冷媒(冷却水)が循環して、反応容器の反応室以外が、高温にならないように冷却される。反応容器の更に上方には、反応ガス(例えば、水素、窒素、メタンガスなど)を反応容器内に導入して反応雰囲気を調整するための反応ガス導入装置、及び反応容器内を減圧にするための真空ポンプが接続される。
【0018】
反応容器における、試料及び基板を含む反応室の部分は、電気炉内に収納され、試料及び基板を所定の温度に加熱することができる。また、ステンレス製の反応容器の外縁に接して熱電対を設置し、この熱電対の示す温度が反応温度として計測される。試料が収容される坩堝は、蒸着温度下で耐久性があり、試料とは反応しない材質のものが用いられる。蒸着するリチウム、ナトリウム、マグネシウム等の金属類と反応しない材料としては、例えば、金属モリブデン、金属タングステンなどが例示される。そして、これらの材料としては、好適には、例えば、99〜99.99%程度の高純度の材料を使用することが望ましい。上記真空蒸着装置は、基本的には、試料を基板上に蒸着させて膜を形成する機能を有するものであれば良く、その具体的な構成は、錯体水素化物膜の種類、生産目的、生産規模等に応じて、任意に設計することができる。
【0019】
一方、試料として使用される、リチウム、ナトリウム、マグネシウム等の金属も、95〜99.99%の高純度のものを用いることが望ましい。また、気相として反応容器に導入される、窒素、水素、炭素(例えば、メタンガスなど)、又はホウ素も99.999%程度の高純度のものを用いることが望ましい。
【0020】
軽量・低融点金属の常圧での沸点は、例えば、リチウムが1342℃、ナトリウムが883℃、マグネシウムが1090℃であるが、真空減圧下での沸点は、それ以下の温度となるため、通常、真空の反応容器中にある試料は、約300℃ないし800℃、好ましくは約500℃ないし700℃の範囲に加熱され、真空蒸着される。加熱温度が高いほど蒸気圧は高くなるので、高温になるほど膜形成が早くなる。蒸着時間は、所望の膜厚、試料金属の蒸気圧、蒸着温度等によって異なるが、通常、約1ないし5分間を要する。反応容器内で、金属類を蒸発させるに際して、窒素又はメタン等を反応容器内に導入することによって、蒸発した金属と窒素又はメタン等が気相中で反応して、金属窒化物、金属炭化物又は金属炭窒化物となり、次いで、基体上に堆積して膜状となる。このとき、反応容器内での金属の蒸気圧(即ち、蒸着温度)、ガス圧に応じて堆積した膜組成は変化するので、加熱温度、導入するガス圧等を調整することにより、膜の組成を適宜変更することできる。反応容器内に導入する窒素、メタン等のガス圧は、通常、約0.2ないし0.5メガパスカル(約2〜5気圧)が採用される。
【0021】
本発明では、例えば、ホウ素又はアルミニウムを使用する場合には、反応容器中の坩堝に、軽量・低融点金属と共にホウ素又はアルミニウムを混合して加熱蒸発させることにより、基板上に両者の反応生成物を膜状に形成させることも可能である。本発明の、錯体水素化物膜の製造方法の一例では、蒸着法により、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれた金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれた元素からなる膜を基板上に形成した後、この膜と水素とを接触させることにより錯体水素化物膜とする。この水素化物とする工程は、高温下では反応が迅速に進行するので、金属を蒸着した温度、例えば、500℃ないし800℃、に反応容器内を保持した状態で水素化しても良い。また、このとき導入する水素は、通常、約0.1メガパスカルないし2.0メガパスカルの範囲であるが、反応速度の促進のために、特に、約1.0メガパスカルないし2.0メガパスカルの範囲が好ましい。水素化反応は、高圧の水素ほど反応速度は大きいが、100μmないし300μm厚の錯体水素化物膜を作製するには、温度約200℃で、約1.0メガパスカルの水素を用いることにより、約1時間ないし3時間の接触時間を要する。
【0022】
本発明の錯体水素化物膜の製造方法の他の一例では、膜の形成と同時的に錯体水素化物とする。軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素、及び水素元素を、全て気体状にして反応容器内に同時に存在させることにより、これらを相互に反応させると共に、これらを基体上に堆積させることにより、反応容器内で、直ちに錯体水素化物膜が基体上に形成される。この方法では、反応室内を約1パスカル程度の圧力に制御する必要がある。基体上に形成された錯体水素化物は、約10μmないし500μmの範囲の薄膜であり、ラマン分光測定、粉末X線回折測定による水素原子の振動モードや水素原子以外の原子配列の評価の結果から、膜全体が均質相であることが確認される。また、ラマン分光測定した結果(図2参照)によれば、窒素原子一つと水素原子二つから成り立つ振動モードが観測され、それにより、本発明によって形成された膜状物は、例えば、LiNH2 の組成を有する錯体水素化物であることが確認される。本発明により、本発明の製造方法によって形成された膜は、均質相からなる錯体水素化物からなることが判明した。
【0023】
本発明により、ナノ構造化した錯体水素化物膜を合成することができる。本発明の方法により作製された、薄膜化した錯体水素化物は、均質相からなるものであり、粉末状、又はバルクでは達成し得なかった、多機能性を発揮する。即ち、本発明の方法により作製された薄膜化したLiBH4 、LiNH2 等の軽元素錯体水素化物では、均質相が容易に形成されるので、例えば、粉末状、バルク状のものと比べて、水素元素の配列の制御が比較的容易であり、例えば、水素貯蔵材料として使用した場合に、制御粒界での水素量の増大と、反応温度の低下が期待でき、また、超電導材料として使用した場合に、二次元面での高密度水素による伝導バンドの形成が期待できる、という従来方法では期待できない格別の利点が得られる。
【発明の効果】
【0024】
本発明は、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどの軽量・低融点金属の中から選ばれる1又は2以上の金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素、及び水素元素を含むナノ構造化された錯体水素化物の薄膜からなる新規な錯体水素化物膜及びその製造方法に係るものであり、本発明により、(1)軽量・低融点合金、例えば、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムと、窒素、炭素、ホウ素、又はアルミニウムを原料として、ナノ構造化された錯体水素化物、例えば、LiNH2 、LiBH4 、LiCH3 、Mg(NH22 、Mg(AlH42 などの多様な組成の薄膜を合成することができる、(2)錯体水素化物膜の新規な成膜プロセスを提供できる、(3)本発明の錯体水素化物膜は、蒸着法による簡便な薄膜形成技術によって合成できる、(4)本発明の方法は、薄膜化された錯体水素化物の合成工程と、水素化工程からなる簡単な工程からなる、(5)本発明で作製した錯体水素化物膜は、制御粒界での水素量の増大と反応温度の低下を可能とする新しい水素貯蔵材料として期待できる、(6)本発明で作製した錯体水素化物膜は、二次元面での水素の高密度化とそれによる伝導バンドの形成を可能とする新しい超伝導材料として期待できる、という効果が奏される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0026】
本実施例では、図1に示した蒸着装置を用いて、本発明の錯体水素化物膜を作製した一例を説明する。
(1)装置
本実施例で使用した装置の構成図を図1に示す。この装置は、真空・高圧対応のステンレス製(SUS304)の反応容器、該反応容器内を真空引き又は加圧するか、あるいは反応ガス(水素、窒素、メタン等)を導入するためのライン系、試料(Li、Mg等)を収容するMoるつぼ(小容器)、Mo基板、これらを収容する石英管、該石英管の周囲を外部より加熱する電気炉、該石英管を冷却する冷却水を流通させるCu管、温度計測用の熱電対、等から構成される。
【0027】
(2)測定装置及び測定条件
(ラマン分光測定)
測定装置:サーモニコレー社製Almega−HD
測定条件:532nmレーザー顕微ステージ(室温・アルゴン)
(X線回折)
測定装置:リガク社製RINT2100
測定条件:Cu−Kα線(室温・保護テープ)
【0028】
(3)リチウム−窒素−錯体水素化物の合成
50mgから300mgの金属リチウム試料(アルドリッチ社製、純度95%)をモリブデン小容器に入れ、アルゴングローボックス中にて真空・高圧対応のステンレス製(SUS304)の反応容器にセットした。また、反応容器内の上部に、金属モリブデンからなる基板(ニコラ社製、純度99.9%)を設置した。そのステンレス製の反応容器内を真空脱ガスした後、5パスカルの高純度窒素(純度99.9999%)を導入してとし、その雰囲気下で600℃まで加熱して10分間蒸着処理することにより、50〜200μmの窒化リチウムの薄膜を基板上に作製した。その後、同じ温度を保った状態で、直ちに1メガパスカルの水素を導入して、水素化反応を進行させ、基板上にリチウム−窒素−錯体水素化物を合成した。図2に、生成した薄膜について、ラマン分光測定した結果を示す。また、図3に、該薄膜が均質相であることを示すデータを示す。図4に、本実施例で作製した薄膜の水素放出開示温度が粉末試料と比較して約50度ほど低温化したことを示すガスクロマトグラフィーのデータを示す。
【実施例2】
【0029】
(1)装置
上記実施例1で使用した装置を用いた。
(2)測定装置及び測定条件
上記実施例1で使用した装置及び条件を採用した。
(3)マグネシウム−窒素・炭素−錯体水素化物の合成
100mgの金属マグネシウムをモリブデン小容器に入れ、アルゴングローボックス中にて真空・高圧対応のステンレス製(SUS304)の反応容器にセットした。また、反応容器内の上部に、金属モリブデンからなる基板(大きさ10mmφ、純度99.9%)を設置した。そのステンレス製の反応容器内を真空脱ガスした後、5パスカルの窒素・メタン混合ガス(混合比10:1)を導入し、その雰囲気下で670℃まで加熱して5分間蒸着処理することにより、100〜300μmの炭窒化マグネシウムの薄膜を基板上に作製した。その後、温度を600℃に保った状態で直ちに3メガパスカルの水素を導入して水素化反応を進行させ、基板上にマグネシウム−窒素・炭素−錯体水素化物を合成した。生成した薄膜について、ラマン分光測定した。また、粉末X線回折測定により均質相であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0030】
以上詳述したように、本発明は、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、又はカルシウムなどの軽量・低融点金属から選ばれる1ないし2以上の金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素、及び水素元素を含むナノ構造化された錯体水素化物の薄膜からなる新規な錯体水素化物膜及びその製造方法に係るものであり、本発明により、軽量・低融点合金、例えば、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、又はカルシウムと、窒素、炭素、ホウ素又はアルミニウムを原料として、ナノ構造化された錯体水素化物の薄膜を合成することができる。本発明により、ナノ構造化された、新規な錯体水素化物の薄膜の成膜プロセスを、提供することができる。本発明で作製した錯体水素化物膜は、水素貯蔵能力を有し、水素量の増大と反応温度の低下を可能とする、次世代の水素貯蔵材料として有用である。また、本発明で作製した錯体水素化物膜は、二次元面での高密度水素による伝導バンドの形成を可能とする次世代の超伝導材料として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】実施例で用いた蒸着装置の一例を示す。
【図2】実施例1で作製したLiNHの錯体水素化物膜が均質相であることを示すラマン分光測定のデータを示す。
【図3】実施例1で作製したLiNHの錯体水素化物膜が均質相であることを示す粉末X線回折測定のデータを示す。
【図4】実施例1で作製したLiNHの錯体水素化物膜薄膜の水素放出開始温度が粉末状試料の場合と比較して約50度ほど低温化したことを示すガスクロマトグラフィーのデータを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素、及び水素元素を含む、ナノ構造化した均質相の軽元素錯体水素化物膜からなることを特徴とする錯体水素化物膜。
【請求項2】
基体上に、軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素を含むナノ構造化した薄膜を有し、該薄膜が水素化された均質相の錯体水素化物からなる、請求項1に記載の錯体水素化物膜。
【請求項3】
軽量・低融点金属が、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる1又は2以上の金属である、請求項1に記載の錯体水素化物膜。
【請求項4】
アルカリ金属又はアルカリ土類金属が、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムから選ばれる1又は2以上の金属である、請求項3に記載の錯体水素化物膜。
【請求項5】
膜厚が、10〜500μmである、請求項1に記載の錯体水素化物膜。
【請求項6】
錯体水素化物膜が、LiNH2 、LiBH4 、LiCH3 、Mg(NH22 、又はMg(AlH42の錯体水素化物からなる、請求項1に記載の錯体水素化物膜。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の錯体水素化物膜からなることを特徴とする水素貯蔵体。
【請求項8】
軽元素錯体水素化物を製造する方法において、(1)軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、又はアルミニウムを原料にして、所定の反応容器中で、蒸着法により、これらの元素を含むナノ構造化した薄膜を基体上に形成する、(2)反応系に水素ガスを導入して、上記薄膜を水素化する、(3)上記工程により、薄膜化した均質相からなる軽元素錯体水素化物を合成する、ことを特徴とする錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項9】
軽量・低融点金属と、窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素を加熱蒸発させて、これらの元素を含むナノ構造化した薄膜を基体上に形成する、請求項8に記載の錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項10】
窒素、炭素、ホウ素、アルミニウムから選ばれる1又は2以上の元素が所定量含まれる雰囲気中で、軽量・低融点金属を基板上に蒸着させることにより、これらの元素を含むナノ構造化した薄膜を基体上に形成する、請求項8に記載の錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項11】
上記薄膜の形成と同時的に又はその後に、反応系に水素ガスを導入して、上記薄膜を水素化する、請求項8から10のいずれかに記載の錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項12】
軽量・低融点金属が、アルカリ金属又はアルカリ土類金属から選ばれる1又は2以上の金属である、請求項8から10のいずれかに記載の錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項13】
アルカリ金属又はアルカリ土類金属が、リチウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウムから選ばれる1又は2以上の金属である、請求項12に記載の錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項14】
軽量・低融点金属を、真空加熱法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、又はレーザーアブレーション法により気化させ、ナノ構造化した薄膜を基体上に形成する、請求項8から10のいずれかに記載の錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項15】
薄膜の形成を、300℃から800℃の温度で行う、請求項8から10のいずれかに記載の錯体水素化物膜の製造方法。
【請求項16】
薄膜と水素ガスとの接触を、100℃から800℃の温度で行う、請求項8又は11に記載の錯体水素化物膜の製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図1】
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