説明

透析用製剤

【課題】無酢酸の透析液において、製造装置およびA剤溶解装置からの鉄分の溶出を抑制した透析用製剤を提供すること、また、透析液中のイオン化Caの低下およびクエン酸カルシウム沈殿を生じない透析用製剤を提供すること。
【解決手段】塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ブドウ糖および炭酸水素ナトリウムを必須成分として含有する透析用製剤において、pH調節剤としてコハク酸と有機酸ナトリウムを使用し、A剤のpHを2.9〜3.6に維持することにより、鉄分溶出の課題を解決した。また、コハク酸ナトリウムとクエン酸ナトリウムを併用することにより、イオン化Caの低下、クエン酸カルシウム沈殿、および透析液に発生する炭酸カルシウム沈殿の課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透析用製剤、特にpH調節剤としてコハク酸と有機酸ナトリウムを含むことを特徴とする透析用製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
慢性腎不全により透析療法を受けている患者は現在、約27万人に達している。これは血液透析技術の進歩とダイアライザーの改良・開発による透析効率の向上がもたらしたものであるが、透析用製剤の改良も多大な貢献をしている。
【0003】
現在、当分野で最も広く使用されている透析液は、必須成分としての塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ブドウ糖、炭酸水素ナトリウムおよび酢酸ナトリウムと、pH調節剤としての酢酸を含むものであって、通常、安定性維持の観点から、炭酸水素ナトリウム以外の成分を含むA剤(水に溶解させると酸性を示す。)と、炭酸水素ナトリウムを含むB剤(水に溶解させるとアルカリ性を示す。)に分けて製造し、用時、これら両剤を適量の水に溶かして、水溶液として使用している。以下、本明細書では、この種の透析液を「酢酸添加重炭酸型透析用製剤」と称する。
【0004】
上記した「酢酸添加重炭酸型透析用製剤」を透析液として使用し、治療後の各成分の血中濃度を測定するとき、酢酸についてのみ、健常人の基準値を著しくオーバーする事実が認められる。すなわち、健常人の基準値0.03〜0.1mEq/Lに対し(非特許文献1)、酢酸イオン8mEq/Lを含む透析液の使用で、治療前0.62±0.34mEq/L、治療後1.06±0.40mEq/Lと高い値を示す(非特許文献2)。そして、酢酸の高い血中濃度のため、顕著なアレルギー反応を示した症例(非特許文献3)、酢酸フリー透析液の使用により、喘息発作が軽減した症例(非特許文献4)、酢酸濃度を8mEq/Lから4mEq/Lに低下させた透析液の使用により、酢酸不耐症と思われる症例において、血圧低下の頻度が減少し、昇圧剤の使用量が減少し、そしてドライウエイトを下げることができたこと(非特許文献5)、酢酸不耐症の症状(透析時の掻痒感、軽度の息苦しさ)のレベルが血中酢酸濃度と比例したこと(非特許文献6)などが報告されている。
【0005】
酢酸をほとんど含まない透析剤は、既に米国で開発され、アドバンスド・リーナル・テクノロジー社から、濃縮液剤の「Citrasate」、粉末剤の「DRYalysate」が発売され、その特許も取得されている(特許文献1)。この特許文献には、酢酸と酢酸ナトリウムの代わりに、クエン酸2.4mEq/Lと酢酸ナトリウム0.3mEq/Lが添加され、A剤に相当する薬液のpHが2.3である透析剤が開示されている。クエン酸の添加により、従来の透析液と比較して、透析量の増加(非特許文献7)、透析器の再使用の増加(非特許文献8)およびヘパリンを透析に用いることができない透析患者における血液凝固の有意な減少が見られたことから、出血リスクが高い患者、透析器内で凝固が起こる患者またはヘパリンを抗凝固剤として利用することができない患者への適用も考えられる(非特許文献9)。
【0006】
また、本邦においても、同類の透析液は、2007年、味の素社から「カーボスター」が発売された。この透析液では、B剤の炭酸水素イオン濃度を35mEq/Lとし、A剤に総クエン酸濃度が2mEq/Lとなるようにクエン酸およびクエン酸ナトリウムを加えてpHを約2.2としており、透析液のpHは7.5〜8.0である。その使用は、「酢酸添加重炭酸型透析用製剤」の透析液と比較したとき、優れた代謝性アシドーシス是正効果が得られた反面、血液pHの上昇、カルシウムイオンの減少、血中重炭酸塩の増加などの有害事象が多く見られたことが報告されている(非特許文献10)。なお、これらに加え、酸としてクエン酸を用いた、血液透析に使用される乾式透析用製剤も報告されている(特許文献2)。
【特許文献1】特表2002-527482号公報
【特許文献2】特許第2948315号
【非特許文献1】清水孝郎:日本臨床、57巻、650(1999)
【非特許文献2】遠藤信之ら:人工臓器、22(1)、34(1993)
【非特許文献3】芦沢麻美子ら:九州人工透析研究会会誌、26、87(1998)
【非特許文献4】高橋克幸ら:日本透析医学会雑誌、29(S1)、938(1996)
【非特許文献5】大貫順一ら:日本透析医学会雑誌、34(S1)、903(2001)
【非特許文献6】長谷川裕人ら:腎と透析、HDF療法‘01、51(別)、86(2001)
【非特許文献7】S Ahmad et al:Am J Kidney Dis、35(3)、493-499(2000)
【非特許文献8】S Ahmad et al:Hemodialysis International、9、264-267(2005)
【非特許文献9】A Tu et al:Dialysis & Transplantation、29(10)、620-624(2000)
【非特許文献10】斎藤明ら:診療と新薬、44(3)、260-278(2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記した無酢酸透析液においては、いずれも約2mEq/Lのクエン酸が使用されているが、この濃度ではクエン酸がカルシウムイオンとキレートを作り、透析液中のイオン化Caを低下させ、その結果、血中のイオン化Caを低下させると共に、生体内のCaの利用率も低下させる。したがって、これらの無酢酸透析液においては、低下したイオン化Caの分だけ透析液中のCa濃度を上げる必要がある。
【0008】
また、濃縮液(例えば30〜40倍)としてA剤を製造する場合、クエン酸とカルシウムイオンが結合し、クエン酸カルシウムの沈殿を生ずることが懸念されるため、pH2.9以下に下げる必要がある(特許文献3および非特許文献13)。しかしながら、pHを下げると、ステンレスを使用したA剤製造または溶解装置から鉄分が溶出し、装置を腐食させる可能性がある。このため、これらの問題点を解決した新規透析用製剤の開発が待たれていた。
【特許文献3】特開2003-104869号
【非特許文献13】Pak C Y C et al:J Endocrinol metab 65,4,801-805(1987)
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、必須成分として塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ブドウ糖および炭酸水素ナトリウムを含む透析用製剤において、コハク酸と有機酸ナトリウムをpH調節剤として使用することにより、それら課題が克服できることを見出した。
【0010】
すなわち、従来、本邦における注射用製剤の分野で使用実績のある塩酸、酢酸、乳酸、リンゴ酸、コハク酸、クエン酸などの酸類、水酸化ナトリウム、酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、リンゴ酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどのアルカリ類およびそれらの組合せについて検討を行った結果、コハク酸と有機酸ナトリウム、特にコハク酸とコハク酸ナトリウムおよび/またはクエン酸ナトリウムを組合せた使用が、上記透析用製剤について、好適にイオン化Caの低下を防ぐことができ、且つ、A剤のpHを2.9〜3.6に維持することにより、製造または調製装置における鉄の溶出を抑制できる事実を見出した。また、透析液を調製し、解放して放置した場合、CO放出によりpHが上昇し、炭酸カルシウムが沈澱する可能性がある。この現象を抑制するには、特にコハク酸に加え、コハク酸ナトリウムとクエン酸ナトリウムの併用が効果的であることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものである。
【0011】
上記したところから明らかなように、本発明の透析用製剤は、従来の透析用製剤と比較して、コハク酸および有機酸ナトリウムを含むことを特徴とする。すなわち、本発明は必須成分としての塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ブドウ糖および炭酸水素ナトリウムを含む透析用製剤において、pH調節剤としてコハク酸と有機酸ナトリウムを使用することを特徴とする製剤を提供するものである。有機酸ナトリウムの具体例としては、酢酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、リンゴ酸ナトリウム、コハク酸ナトリウム、クエン酸ナトリウムなどが挙げられるが、コハク酸ナトリウムおよび/またはクエン酸ナトリウムの使用が好ましく、特にコハク酸ナトリウムの使用またはコハク酸ナトリウムとクエン酸ナトリウムの併用が推奨される。
【0012】
本発明の透析用製剤は、用時、1L中にナトリウムイオン 135〜145mEq、カリウムイオン 1.5〜2.5mEq、カルシウムイオン 2.5〜3.5mEq、マグネシウムイオン 0.5〜1.5mEq、塩素イオン 105〜115mEq、炭酸水素イオン 25〜35mEq、コハク酸イオン 1.8〜3.6mEqおよびブドウ糖 1.0〜2.0gを含む水溶液としての透析用液を提供できるような組成を有することが好ましい。また、用時、1L中にナトリウムイオン 135〜145mEq、カリウムイオン 1.5〜2.5mEq、カルシウムイオン 2.5〜3.5mEq、マグネシウムイオン 0.5〜1.5mEq、塩素イオン 105〜115mEq、炭酸水素イオン 25〜35mEq、コハク酸イオン 1.5〜3.1mEq、クエン酸イオン 0.3〜0.5mEqおよびブドウ糖 1.0〜2.0gを含む水溶液としての透析用液を提供できるような組成を有するものであってもよい。
【0013】
本発明の透析用製剤は、安定性を長期にわたって維持するために、その必須成分である塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ブドウ糖および炭酸水素ナトリウムを、炭酸水素ナトリウム以外のものを含むA剤と、炭酸水素ナトリウムを含むB剤に分けて製造するのが好ましい。用時、これら両剤を適量の水で希釈し、透析液として使用する。pH調節剤としてのコハク酸と有機酸ナトリウムは、通常、A剤に含まれる。A剤とB剤は、通常、粉末剤または濃縮液として製造され、A剤の濃縮液については、使用時濃度の30〜40倍、特に好ましくは35倍前後の濃度で製造される。
【0014】
また、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウムおよび塩化マグネシウムを含むA−1剤と、ブドウ糖を含むA−2剤と、炭酸水素ナトリウムを含むB剤に分けて製造し、用時、これら三剤を適量の水で希釈し、透析液として使用してもよい。この場合も、pH調節剤としてのコハク酸と有機酸ナトリウムは、通常、A−1剤に含まれる。A−1剤、A−2剤およびB剤は、通常、それぞれ粉末剤または濃縮液として製造され、A−1濃縮液については、使用時濃度の30〜40倍、特に好ましくは35倍前後の濃度で製造される。
【0015】
本発明の透析用製剤は、用時、調製直後のpHが7.2〜7.6、特に7.3〜7.5の範囲内にある水溶液として使用される。このようなpHとするためには、コハク酸1.5〜2.5mEq/Lを含むことが好ましい。また、A剤の製造または調製装置からの鉄分溶出を抑制し、A剤のpHを2.9〜3.6に維持するために、コハク酸ナトリウム0.3〜1.1mEq/Lを含むことが好ましい。なお、上記製造装置とは、工場等においてA剤の濃縮液を商業的に製造する際に使用される装置を意味し、調製装置とは、病院のような医療現場においてA剤の水溶液を調製する際に使用される装置を意味し、通常、ステンレス製である。
【0016】
また、調製した透析液における炭酸カルシウムの沈殿をより抑制するために、コハク酸ナトリウムとクエン酸ナトリウムを併用してもよく、この場合には、コハク酸ナトリウムの添加量を0〜0.6mEq/L、クエン酸ナトリウムの添加量を0.3〜0.5mEq/Lに調節するのが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
本発明の透析用製剤は、無酢酸透析液を提供するものであるから、上記した酢酸イオンの存在に伴う弊害を回避することができる。そして、A剤の製造装置や溶解装置からの鉄分溶出を抑制する透析用製剤の提供を可能とする。それに加え、クエン酸ナトリウムを添加することにより、透析液中のイオン化Ca値、ひいては血中のイオン化Caの低下を防ぎ、生体内のCaの利用率を低下させずに、透析液に発生する炭酸カルシウムの沈殿生成をより抑制する透析用製剤の提供を可能にする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に本発明の実施例を挙げて、本発明の具体的な実施態様を説明するが、本発明の技術的範囲がこれら実施例に限定されるものと理解されるべきではない。
【実施例】
【0019】
実施例1
リンゴ酸、コハク酸およびクエン酸のキレート化作用およびその安定性
キレート作用がある有機酸を選択するため、2価の有機酸であるリンゴ酸およびコハク酸、3価の有機酸であるクエン酸を試験した。塩化ナトリウム(NaCl、MW58.44、以下同様)63.1g、塩化カリウム(KCl、MW74.55、以下同様)1.49g、塩化カルシウム(CaCl2・2H2O、MW147.01、以下同様)2.02g、塩化マグネシウム(MgCl2・6H2O、MW203.30、以下同様)1.02g、ブドウ糖(C6H12O6、MW180.16、以下同様)12.5g、酢酸ナトリウム(C2H3NaO2、MW82.03、以下同様)1.64gを水に溶かし、全量を1000mLとした。この液100mLをとり、DL-リンゴ酸(C4H6O5、MW134.09、以下同様)134mgを溶かし、リンゴ酸添加10倍濃縮A液とした。次に、メスフラスコに水約900mLをとり、炭酸水素ナトリウム(NaHCO3、MW84.01、以下同様)2.52gおよびリンゴ酸添加10倍濃縮A液100mLを溶かし、水を加え、正確に1000mLとし、リンゴ酸添加透析液とした。
【0020】
リンゴ酸添加透析液と同様に、DL-リンゴ酸の代わりにコハク酸(C4H6O4、MW118.09、以下同様)118mgを使用し、コハク酸添加透析液を調製した。また同様に、クエン酸(C6H8O7、MW192.13、以下同様)128mgを使用し、クエン酸添加透析液を調製した。
【0021】
これらの透析液を試料液として、イオン化Caを測定したところ、下表のように、クエン酸添加処方のみ低値を示し、カルシウムイオンとのキレート作用が高かった。また、透析液の安定性をメスフラスコ中で観察したところ、室温2日間放置後もクエン酸添加処方のみ沈殿は観察されず、安定性は優れていた。
【0022】
クエン酸量の増加はイオン化Ca値を下げ、生体内でのCa利用率を低下させる可能性があるため、調製した透析液の炭酸カルシウムの不溶性物質生成を抑制するための安定剤として最少必要量の使用は可能であると考えられた。そして、リンゴ酸およびコハク酸はキレート作用がないため、透析液のpH調節剤として使用する方がよいと考えられた。
表1:リンゴ酸、コハク酸およびクエン酸添加処方の比較
【表1】

【0023】
なお、pHはpHメーター(東亜ディーケーケー製:HM−30R型)で、イオン化Caはポ−タブル血液分析器(アイ-スタットコーポレーション製:i-STAT300F型、アイ-スタットカートリッジCG8使用)を用い、イオン選択性電極法により測定した。
【0024】
実施例2
リンゴ酸添加処方およびコハク酸添加処方の比較
A剤のpH調節剤として、リンゴ酸およびコハク酸のどちらを使用するのがよいかを試験するため、塩化ナトリウム110.5g、塩化カリウム2.61g、塩化カルシウム3.54g、塩化マグネシウム1.78gおよびブドウ糖21.9gを秤取し、適量の水に溶かし、pH調節剤として、DL-リンゴ酸およびDL-リンゴ酸ナトリウム(C4H4Na2O5・nH2O、MW178.05(無水物)、以下同様)の表2の規定量をとり、上記の液に溶かし、水で全量を500mLとした。その液を孔径0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、その約45mLずつをガラス製スクリュー管に分注し、施栓し、数本を作成した。同様に、pH調節剤としてコハク酸およびコハク酸ナトリウム(C4H4Na2O4・6H2O、MW270.14、以下同様)規定量を使用した処方を作成した。
【0025】
上記A剤濃縮液のpHを測定したところ、コハク酸添加処方の方がリンゴ酸添加処方よりも、用量-反応作用が高く、pHを高く設定できることが確認できた。
表2:リンゴ酸添加処方およびコハク酸添加処方の比較
【表2】

【0026】
実施例3
コハク酸処方におけるコハク酸添加量
透析液pHとコハク酸添加量の関係を明らかにするため、塩化ナトリウム110.5g、塩化カリウム2.61g、塩化カルシウム3.54g、塩化マグネシウム1.78gおよびブドウ糖21.9gを秤取し、適量の水に溶かし、pH調節剤として、コハク酸および有機酸ナトリウムの表3の規定量をとり、上記の液に溶かし、水で全量を500mLとした。その液を孔径0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、その約45mLずつをガラス製スクリュー管に分注し、施栓し、各処方数本ずつのA剤濃縮液(35倍、以下も同様)を作成し、それを使用し、炭酸水素ナトリウム30mEq/L混合時の透析液のpHを測定した。
【0027】
その結果、透析液のpHを血液のpHと同じ7.3〜7.5に調節するには、コハク酸1.5〜2.5mEq/Lが必要であると考えられた。
表3:コハク酸処方におけるコハク酸添加量
【表3】

【0028】
なお、透析液のpHは、500mLメスフラスコに水約450mLをとり、炭酸水素ナトリウム1.26gを加え、施栓して溶かし、A剤濃縮液14.3mL加え、最後に水で正確に500mLとし、施栓し、混和し、透析液とし、そのpHをpHメーターで測定した。
【0029】
実施例4
コハク酸添加処方におけるA剤濃縮液pHと鉄溶出との関係
A剤濃縮液pHと鉄溶出との関係を明らかにするため、塩化ナトリウム110.5g、塩化カリウム2.61g、塩化カルシウム3.54g、塩化マグネシウム1.78gおよびブドウ糖21.9gを秤取し、適量の水に溶かし、pH調節剤として、コハク酸および有機酸ナトリウムの表4の規定量をとり、上記の液に溶かし、水で全量を500mLとした。その液を孔径0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、その約45mLずつをガラス製スクリュー管に分注し、施栓し、各処方数本ずつのA剤濃縮液を作成した。
【0030】
上記A剤濃縮液のpHと鉄溶出の関係を測定したところ、当該液に鉄ピンを3日間浸漬した場合、pH約2の場合には鉄溶出濃度が21ppmと高く、pH3.18〜3.75の場合には10〜13ppmと低かった。当該液にステンレス製ワッシャーを20日間浸漬した場合も、同様の結果を示し、pH約2の場合には鉄溶出濃度の方が高く、pH3.2〜3.8の場合には低かった。
【0031】
表4:コハク酸添加処方におけるA剤濃縮液pHと鉄溶出との関係
【表4】

【0032】
なお、A剤濃縮液浸漬試験はガラス製スクリュー管に当該水溶液40mLをとり、鉄製平行ピン(太さ4mm×長さ20mm、S45C炭素鋼製)1本、又はステンレス製ワッシャー(内径5mm×外径16mm×厚さ1mm、SUS304製)1本を浸漬し、平行ピンは3日間、ワッシャーは20日間、室温で放置し、当該液中の鉄濃度を測定した。
【0033】
鉄濃度の測定は上記当該液5mLに鉄試験用酢酸・酢酸ナトリウム緩衝液5mL、L-アスコルビン酸溶液(1→100)2mLを加え混和し、30分間放置した。次に、2、2’-ビピリジルのエタノール(95)溶液(0.25→50)を加え、水で正確に50mLとし、混和し、30分間放置し、試料溶液とした。標準溶液には日局鉄標準液(0.01mg/mL)2もしくは5mLを用いた。試料溶液および標準溶液の波長522nmで吸光度を測定し、鉄濃度を算出した。
【0034】
実施例5
コハク酸処方におけるコハク酸ナトリウム添加量
A剤濃縮液pHとコハク酸ナトリウム添加量の関係を明らかにするため、塩化ナトリウム110.5g、塩化カリウム2.61g、塩化カルシウム3.54g、塩化マグネシウム1.78gおよびブドウ糖21.9gを秤取し、適量の水に溶かし、pH調節剤として、コハク酸および有機酸ナトリウムの表5の規定量をとり、上記の液に溶かし、水で全量を500mLとした。その液を孔径0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、その約45mLずつをガラス製スクリュー管に分注し、施栓し、各処方数本ずつのA剤濃縮液を作成した。その検体を使用して上記A剤濃縮液pHを測定し、残りの3検体を50℃に設定した恒温室で1ヶ月保存し、外観の変化を観察して、結晶析出するか否かを試験した。
【0035】
その結果、A剤濃縮液pH2.74〜3.65のすべての処方で結晶は析出しなかった。また、A剤濃縮液のpHを2.9〜3.6に調節するには、コハク酸ナトリウム0.3〜1.1mEq/Lの添加が必要であると考えられた。
【0036】
表5:コハク酸処方におけるコハク酸ナトリウム添加量
【表5】

(注)A剤濃縮液の安定性:セル中の数値の分子は結晶析出本数、分母は観察本数
【0037】
実施例6
コハク酸添加処方におけるクエン酸ナトリウム添加量
調製した透析液中に発生する可能性のある炭酸カルシウムの抑制剤としてクエン酸ナトリウムの添加量を検討するために試験した。
【0038】
塩化ナトリウム110.5g、塩化カリウム2.61g、塩化カルシウム3.54g、塩化マグネシウム1.78gおよびブドウ糖21.9gを秤取し、適量の水に溶かし、安定剤としてクエン酸ナトリウム(C65Na3・2H2O、MW294.10、以下同様)、pH調節剤としてコハク酸および有機酸ナトリウムの表6の規定量をとり、上記の液に溶かし、水で全量を500mLとした。その液を孔径0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、その約45mLずつをガラス製スクリュー管に分注し、施栓し、各処方数本ずつのA剤濃縮液を作成した。それを使用し、A剤濃縮液pH、A剤濃縮液浸漬試験、A剤濃縮液の安定性、炭酸水素ナトリウム30mEq/L混合時の透析液のpH、透析液のイオン化Caおよび透析液の安定性を測定した。
【0039】
その結果、クエン酸ナトリウム添加量1.0mEq/Lでは、A剤濃縮液の50℃1ヶ月保存でクエン酸カルシウムの沈殿が析出し、製剤化は無理であった。クエン酸ナトリウムなしでは透析液にした時の安定性がクエン酸処方より悪く、空気と混和すると透析液の表面に炭酸カルシウムの不溶性物質が生じやすかった。なお、クエン酸無添加時の安定性は、市販の酢酸添加重炭酸型透析用製剤よりも良かった。
【0040】
クエン酸ナトリウムを添加し、透析液の安定性を増す場合は0.3〜0.5mEq/Lの添加が適当であると考えられた。
【0041】
表6:コハク酸添加処方におけるクエン酸ナトリウム添加量
【表6】

【0042】
なお、透析液の安定性試験は、透析液と空気と混ざったときの安定性を観察するため、調製した透析液の約100mL、約75mLおよび約50mLをガラス製スクリュー管(全量120mL)にとり、施栓し、一夜放置後、肉眼で外観を観察し、pHを測定した。
【0043】
実施例7
コハク酸添加処方におけるコハク酸ナトリウム添加量
クエン酸ナトリウム0.3および0.5mEq/L添加した場合のコハク酸添加処方におけるコハク酸ナトリウム添加量を検討するために、試験した。
【0044】
塩化ナトリウム110.5g、塩化カリウム2.61g、塩化カルシウム3.54g、塩化マグネシウム1.78g、ブドウ糖21.9g、適量の水に溶かし、安定剤としてクエン酸ナトリウム、pH調節剤としてコハク酸および有機酸ナトリウムの表7の規定量をとり、上記の液に溶かし、水で全量を500mLとした。その液を孔径0.45μmのメンブレンフィルターでろ過し、その約45mLずつをガラス製スクリュー管に分注し、施栓し、各処方数本ずつのA剤濃縮液を作成した。その検体を使用し、A剤濃縮液pHを測定し、残りの3検体を50℃に設定した恒温室で1ヶ月保存し、外観の変化を観察し、結晶析出するか否かを試験した。
【0045】
その結果、クエン酸ナトリウム0.5mEq/L添加処方ではA剤濃縮液pH3.69の処方でスクリュー管の底に結晶が析出し、pH3.58以下の処方では結晶は析出しなかった。同様に、クエン酸ナトリウム0.3mEq/L添加処方では、A剤濃縮液pH2.85〜3.65の処方すべてで結晶は析出しなかった。
【0046】
以上のことから、A剤濃縮液のpHを2.9〜3.6に調節する必要があり、コハク酸ナトリウムは0〜0.6mEq/Lの添加が必要であった。
表7:コハク酸添加処方におけるコハク酸ナトリウム添加量
【表7】

(注) A剤濃縮液の安定性:セル中の数値の分子は結晶析出本数、分母は観察本数
【0047】
実施例8:粉末製剤の調整
コハク酸2.5mEq/コハク酸ナトリウム0.5mEq/L添加の処方39の粉末剤を次のとおり調製した。乳鉢に塩化カリウム5.22g、コハク酸ナトリウム2.36g、コハク酸5.17g、塩化マグネシウム3.56gおよび塩化カルシウム7.07gを順次加え、混和し、更に、塩化ナトリウム221.9gを加え、混和した。混和物を平型トレイに移し、105℃で2時間乾燥した後、12号ふるいで篩別し、ビニル袋に入れ、ブドウ糖43.8gと混和し、調製した。その約28gずつをバリアーフィルム(凸版製、層構成OPP20/NY15/GL-AU12/LLDPE50)袋に入れ、シールし、9袋を作成した。
【0048】
また同様に、コハク酸2.0mEq/クエン酸ナトリウム0.5mEq/L添加の処方40およびコハク酸2.5mEq/クエン酸ナトリウム0.5mEq/L添加の処方41も調製した。
【0049】
これら3処方のA剤粉末の溶解液pHおよび透析液pHを試験したところ、表8のような結果を示し、いずれも液剤の場合と似たpHを示し、粉末は吸湿性もなく、サラサラしていた。
表8:クエン酸ナトリウム-コハク酸-コハク酸ナトリウム添加処方のA剤粉末製剤の性能
【表8】

(注)セルの()内の数値: A剤濃縮液を使用した場合の結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
必須成分としての塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、ブドウ糖および炭酸水素ナトリウムを含む透析用製剤において、pH調節剤としてコハク酸と有機酸ナトリウムを使用することを特徴とする製剤。
【請求項2】
有機酸ナトリウムがコハク酸ナトリウムおよび/またはクエン酸ナトリウムである、請求項1に記載の製剤。
【請求項3】
用時、1L中にナトリウムイオン 135〜145mEq、カリウムイオン 1.5〜2.5mEq、カルシウムイオン 2.5〜3.5mEq、マグネシウムイオン 0.5〜1.5mEq、塩素イオン 105〜115mEq、炭酸水素イオン 25〜35mEq、コハク酸イオン 1.8〜3.6mEqおよびブドウ糖 1.0〜2.0gを含むように調製した、請求項1または2に記載の製剤。
【請求項4】
用時、1L中にナトリウムイオン 135〜145mEq、カリウムイオン 1.5〜2.5mEq、カルシウムイオン 2.5〜3.5mEq、マグネシウムイオン 0.5〜1.5mEq、塩素イオン 105〜115mEq、炭酸水素イオン 25〜35mEq、コハク酸イオン 1.5〜3.1mEq、クエン酸イオン 0.3〜0.5mEqおよびブドウ糖 1.0〜2.0gを含むように調製した、請求項1または2に記載の製剤。
【請求項5】
塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、コハク酸、有機酸ナトリウムおよびブドウ糖を含むA剤と、炭酸水素ナトリウムを含むB剤に分けて製造され、用時、これら両剤を合して使用する、請求項1に記載の製剤。
【請求項6】
有機酸ナトリウムがコハク酸ナトリウムおよび/またはクエン酸ナトリウムである、請求項5に記載の製剤。
【請求項7】
塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、コハク酸および有機酸ナトリウムを含むA−1剤と、ブドウ糖を含むA−2剤と、炭酸水素ナトリウムを含むB剤に分けて製造され、用時、これら三剤を合して使用する、請求項1または3に記載の製剤。
【請求項8】
有機酸ナトリウムがコハク酸ナトリウムおよび/またはクエン酸ナトリウムである、請求項7に記載の製剤。
【請求項9】
A剤とB剤のそれぞれが粉末剤または濃縮剤である、請求項5または6のいずれかに記載の製剤。
【請求項10】
A−1剤とA−2剤とB剤のそれぞれが粉末剤または濃縮剤である、請求項7または8のいずれかに記載の製剤。
【請求項11】
用時、調製直後のpHが7.3〜7.5の範囲内にある水溶液として使用される、請求項1〜10のいずれかに記載の製剤。
【請求項12】
透析用製剤の製造装置または調製装置からの鉄分溶出が抑制されている、請求項1〜11のいずれかに記載の製剤。
【請求項13】
用時、水溶液として調製された透析液における炭酸カルシウムの発生が抑制されている、請求項1〜12のいずれかに記載の製剤。
【請求項14】
コハク酸と有機酸ナトリウムを含む、透析用製剤に使用されるpH調節剤。
【請求項15】
有機酸ナトリウムがコハク酸ナトリウムおよび/またはクエン酸ナトリウムである、請求項14に記載の製剤。