説明

遺伝子多型判定方法

【課題】DNA量に関係なく多型部位の接合型を正確に判定することができる遺伝子多型判定方法を提供する。
【解決手段】本発明は、標的DNAを、前記標的DNAの遺伝子多型を構成する第1のアレルを含む標的配列と相補的な第1のオリゴヌクレオチド及び前記遺伝子多型を構成する第2のアレルを含む標的配列と相補的な第2のオリゴヌクレオチドと混合して温度制御することにより、第1のオリゴヌクレオチドに由来する第1の蛍光及び第2のオリゴヌクレオチドに由来する第2の蛍光を発生させるインベーダー反応を行い、この反応開始後の所定の判定区間における第1及び第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線をそれぞれ2次式で近似し当該第1及び第2の2次近似式の2次係数の比を判定指標として、或いは、第1及び第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線をそれぞれ2次微分し当該第1及び第2の2次微分値の最大値の比を判定指標として、遺伝子多型の接合型を判定する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノムDNAの遺伝子多型を判定するための方法に関し、特に、インベーダー反応を利用した遺伝子多型を判定するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子多型とは、遺伝子を構成しているDNAの塩基配列の個体差であり、一般には集団の1%以上の頻度で出現するものと定義されている。遺伝子多型としては、DNA塩基配列の一塩基のみが変異する一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)の他、2から4塩基程度の一単位の繰り返し数の差であるマイクロサテライト多型(microsatellite polymorphism)、塩基の欠損、挿入がある。遺伝子多型には、病気の罹り易さや薬物代謝等に影響を及ぼすものがあることが知られており、病気罹患率の診断や投与薬物の効果、副作用の予測等のためにSNP部位の塩基の判別が行われている。
【0003】
遺伝子多型を判定する方法の一つにインベーダー反応を用いた方法がある。インベーダー反応では、例えば一塩基多型の接合型を判定する場合、一塩基多型が生じている部位(SNP部位)の塩基配列を認識する2種類のオリゴヌクレオチド(アレルオリゴ)、SNP部位において判定対象遺伝子にハイブリダイズしたアレルオリゴと判定対象遺伝子の間に侵入するオリゴヌクレオチド(インベーダーオリゴ)、オリゴヌクレオチドが重なり合った構造(侵入構造)を認識して切断する酵素(クリベース:登録商標)、SNPを構成する2種類のアレルに対応した異なる蛍光物質を含む2種類のフレットプローブ(FRETTMプローブ)を含むインベーダー反応試薬が用いられる。
【0004】
前記インベーダー反応試薬を判定対象のSNPを含むDNAと混合してインベーダー反応を実行させると、各アレルオリゴに対応するSNPの有無に応じて蛍光信号が発生する。この蛍光信号の強度を蛍光検出器によって検出することにより、各アレルオリゴに対応したSNPの有無や、そのSNPがホモ接合体であるかヘテロ接合体であるかを判定することができる(特許文献1、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-300894号公報
【特許文献2】WO 2006/106867 A1
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
反応試薬には過剰なアレルオリゴやフレットプローブが含まれており、過剰なアレルオリゴ等によってインベーダー反応は繰り返され、これにより蛍光信号が増幅される。従って、蛍光検出器によって検出される蛍光信号強度は反応開始から徐々に上昇し、やがてプラトーに達する。このため、従来は反応開始から特定の時間が経過した時点における蛍光信号強度や、蛍光信号強度がプラトーに到達するまでの時間とそのときの蛍光信号強度等からSNPの判定を行っていた。
【0007】
ところが、特定の時点における蛍光信号強度は、DNA量やインベーダー反応効率の違い等、様々な要因によって変動する。また、蛍光信号強度のプラトー到達は、単位時間当たりの信号強度変化値(信号強度曲線の傾き)から判定しているが、DNA量が少ないとインベーダー反応の立ち上がりが悪く、プラトー到達の判定に誤差が生じやすい。インベーダー反応時間を長くすれば、DNA量に関係なくプラトー到達時間を正確に判定することができるが、この場合はSNPの判定までに要する時間が長くなる。
また、判定対象のDNAに存在しないアレルに対応する蛍光信号は本来は検出されないはずであるが、非特異的な反応によって判定対象のDNAに存在しないアレルに対応する蛍光信号強度が上昇することがある。このような場合に、特定時点の蛍光信号強度に基づきSNP判定を行うと、誤判定する可能性が大きい。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、判定対象のDNA量に関係なく多型部位の接合型を正確に判定することができる遺伝子多型判定方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る遺伝子多型判定方法の第1の形態は、標的DNAを、前記標的DNAの遺伝子多型を構成する第1のアレルを含む標的配列と相補的な第1のオリゴヌクレオチド及び前記遺伝子多型を構成する第2のアレルを含む標的配列と相補的な第2のオリゴヌクレオチドと混合して温度制御することにより、前記第1のオリゴヌクレオチドに由来する第1の蛍光及び前記第2のオリゴヌクレオチドに由来する第2の蛍光を発生させるインベーダー反応を行い、前記第1及び/または第2の蛍光強度より前記遺伝子多型のアレル接合型を判定する方法であって、
前記インベーダー反応開始後の所定の判定区間における前記第1及び前記第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線をそれぞれ2次式で近似し、当該第1及び第2の2次近似式の2次係数の比を判定指標として遺伝子多型の接合型を判定することを特徴とする。
【0010】
また、本発明の遺伝子多型判定方法の第2の形態は、標的DNAを、前記標的DNAの遺伝子多型を構成する第1のアレルを含む標的配列と相補的な第1のオリゴヌクレオチド及び前記遺伝子多型を構成する第2のアレルを含む標的配列と相補的な第2のオリゴヌクレオチドと混合して温度制御することにより、前記第1のオリゴヌクレオチドに由来する第1の蛍光及び前記第2のオリゴヌクレオチドに由来する第2の蛍光を発生させるインベーダー反応を行い、前記第1及び/または第2の蛍光強度より前記遺伝子多型のアレル接合型を判定する方法であって、
前記インベーダー反応開始後の所定の判定区間における前記第1及び前記第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線をそれぞれ2次微分し、当該第1及び第2の2次微分値の最大値の比を判定指標として遺伝子多型の接合型を判定することを特徴とする。
【0011】
この場合、前記標的DNAの判定指標を内部標準DNAの判定指標で正規化し、正規化後の判定指標に基づき遺伝子多型の接合型を判定しても良い。ここで、内部標準DNAとは、判定対象多型部位とは異なる多型部位であってヘテロ接合型である多型部位を持つDNAをいう。
また、前記第1及び第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線の1次微分値が最大となるときを前記判定区間の終期とすることが好ましい。
【0012】
ところで、インベーダー反応は、インベーダー反応試薬と標的DNAを含むサンプルとを混合し、この混合液をインベーダー反応の至適温度に維持することにより行われる。蛍光強度は温度依存性を有しており、一般に温度が上昇すると蛍光強度が低下する。このため、従来は、インベーダー反応の至適温度に到達する前の蛍光強度を含む蛍光強度曲線からその傾きが予め設定された閾値以下になる点を求め、判定区間の開始点としていた。
ところが、実際にはインベーダー反応は至適温度に近づくと開始するため、反応開始点付近の蛍光強度の変化は混合液中の標的DNA量にも依存することになる。混合液中の標的DNA量は、サンプル中の標的DNA濃度、インベーダー反応試薬やサンプルの分注精度等によって変動する。このため、蛍光強度曲線の傾きと閾値との比較から単純に判定区間の開始点を決定することは難しかった。
そこで、本発明の遺伝子多型判定方法では、第1及び第2の蛍光強度を発生させるインベーダー反応の反応系が所定の反応温度に到達したときを前記判定区間の始期とする。ここで、所定の反応温度とは、インベーダー反応が実際に開始する温度をいい、インベーダー反応の至適温度、或いは至適温度付近の適宜の温度に設定することができる。このような方法によれば、標的DNA濃度や分注精度等に関係なく判定区間の始期を正確に決定することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の遺伝子多型判定方法によれば、標的DNAの量が少なく、インベーダー反応の立ち上がりが悪いときでも、DNA量を反映した判定指標に基づき遺伝子多型の接合型を判定することができる。また、標的DNAの遺伝子多型を構成する第1及び第2のアレルを含む標的配列に対応する第1及び第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線からそれぞれ求めた2次係数の比、或いは2次微分値の最大値の比を判定指標としたため、非特異的な反応による蛍光強度の変化が判定指標に及ぼす影響を小さくすることができる。従って、より正確な判定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係るインベーダー反応の概略図。
【図2】インベーダープラス法の概略図。
【図3】2種類の標識蛍光による蛍光強度の経時変化を示す図。
【図4】アレル1の蛍光信号強度曲線の1次微分値の経時変化を蛍光信号強度の経時変化と共に示す図。
【図5】アレル1の蛍光信号強度曲線の2次微分値の経時変化を蛍光信号強度の経時変化と共に示す図。
【図6】アレル2の蛍光信号強度曲線の1次微分値の経時変化を蛍光信号強度の経時変化と共に示す図。
【図7】アレル2の蛍光信号強度曲線の2次微分値の経時変化を蛍光信号強度の経時変化と共に示す図。
【図8】判定結果に対する判定指標R(i)と閾値との関係を示す表。
【図9】ワルファリン関連SNPの一つであるVKORC1 1173 C>Tの接合型と判定指標との関係を示す図。
【図10】ワルファリン関連SNPの一つであるCYP2C9*3 の接合型と判定指標との関係を示す図。
【図11】インベーダープラス法により標的DNAの遺伝子多型の型判定を行う場合のインベーダー反応開始後の蛍光信号強度の経時変化の測定例を示す図。
【図12】インベーダープラス法により標的DNAの遺伝子多型の型判定を行う場合のインベーダー反応開始後の蛍光信号強度の経時変化の他の測定例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。
本発明の遺伝子多型判定方法では、インベーダー反応を利用する。インベーダー反応を用いた遺伝子多型判定方法は、特開2002-300894号公報、特表2005-160481号公報等に詳細に開示されている。
【0016】
判定対象の遺伝子多型を、経口抗凝固剤ワルファリンの感受性に大きく影響があると報告されているVKORC1のイントロン1領域の1173位における遺伝子多型を例にインベーダー反応の説明を行う。図1には、インベーダー反応の概略図を示し、この図をもとに説明を行う。
【0017】
VKORC1のイントロン1領域の1173位は、野生型ではC/Cのホモ接合型であるのに対して、変異型としてC/Tのヘテロ接合型とT/Tのホモ接合型が知られている。よって、1173位の遺伝子多型を構成するアレルはCとTとなる。インベーダー反応では、標的DNA11のアレルCを含む標的配列31aに相補的な第1のオリゴヌクレオチド41a(以下、第1のアレルオリゴということがある)と標的DNA21のアレルTを含む標的配列31bに相補的な第2のオリゴヌクレオチド41b(以下、第2のアレルオリゴ、ということがある)が、標的DNA11,21の多型部位を含む5'下流側に選択的にハイブリダイズする。つづいて、多型部位に非特異的一塩基をもつインベーダーオリゴ51a,51bが、標的DNAの多型部位を含む3'上流側にハイブリダイズし、その結果、多型部位にて一塩基が挿入された三重鎖構造が形成される。第1のオリゴヌクレオチド及び第2オリゴヌクレオチドの5'末端には各々フラップ配列42a,42bが更に突出して設計されている。フラップ配列は、ゲノムDNAに対して非相補的配列であり、アレルオリゴごとに異なる配列に決定されている。ここで、エンドヌクレアーゼの一種であるクリベースがこの多型部位に形成された三重鎖構造を認識してフラップ配列42a,42bを切断して遊離させる。
【0018】
次に、各フラップ配列42a,42bが、各々と相補的配列を持つ2種類のFRETプローブ61a,61bにハイブリダイズし、フラップ配列とFRETプローブにて三重鎖構造が形成される。この三重鎖構造を再度クリベースが認識し、FRETプローブに結合されていた蛍光物質が切断され遊離する。蛍光物質はそれまで近接していた消光物質Qより離れ、蛍光を発する。FRETプローブ61a,61bには、互いに異なる蛍光波長を発する蛍光物質、例えば、アレルCに対してはFAM(図中、Fと記載)、アレルTに対してはRED(図中、Rと記載)が結合しており、クリベースによる切断及び遊離の結果、第1の蛍光信号と第2の蛍光信号が得られる。このように、インベーダー反応を利用した遺伝子多型判定法では、第1のアレルに由来する第1の蛍光信号強度と第2のアレルに由来する第2の蛍光信号強度の値により、遺伝子多型の第1及び/又は第2のアレルの接合型を判定する。このインベーダー反応は、反応系をクリベースが酵素活性を有する温度(60〜65℃)、例えば63℃に温度制御することにより開始される。
【0019】
インベーダー反応に適した試薬は、インベーダーアッセイキット (Third Wave Technology社製)として市販されている。後述するように、判定対象として用意したゲノムDNAをPCR等の遺伝子増幅反応に供した後、インベーダー反応を行う場合は、遺伝子増幅反応及びインベーダー反応を同一反応系で行ってもよい。このようにインベーダー法と遺伝子増幅反応とを組み合わせた手法はインベーダープラス法と呼ばれ、この手法に適した試薬はInvader Plusキット(Third Wave Technology社製)として市販されている。
【0020】
図2は、インベーダープラス法の概略図を示している。インベーダープラス法は、DNAサンプル10,20、PCR反応に適した試薬、上述のインベーダー反応試薬を反応容器に所定量ずつ添加し、これらを混合した混合液を温度調節することによって、PCR反応の温度サイクル及びインベーダー反応の至適温度で処理することによって行う。
PCR反応試薬は、DNAサンプル10,20の多型部位を挟むように設計されたプライマー対(フォワードプライマー71a,72a及びリバースプライマー71b,72b)と、Taqポリメラーゼ等のDNA合成酵素、及び4種類のデオキシリボヌクレオチド三リン酸(dNTP)、及び塩類を少なくとも含むものである。
【0021】
PCR反応の温度サイクルは、変性工程、プライマー付着(アニーリング)工程、及びプライマー伸長工程の3工程、又は変性工程と、プライマー付着及びプライマー伸長を同時に行うプライマー付着・伸長工程との2工程を含み、インベーダー反応用のオリゴヌクレオチド(第1及び第2のオリゴヌクレオチド41a,41b、及びインベーダーオリゴ51a,51b、)がアニールしない条件とする。PCR反応の温度サイクルを所定の回数繰り返すことにより、反応容器内において、DNAサンプルのうちプライマー対71a,71b及び72a,72bで挟まれる領域が増幅される。
【0022】
PCR反応の温度サイクルを所定の回数繰り返した後、反応容器を高温(例えば99℃)で加熱することによってポリメラーゼを失活させる(ヒートキル処理)。その後、一定時間に亘って、インベーダー反応の至適温度(例えば63℃)に維持することによってインベーダー反応を行わせる。このとき、DNAサンプル10,20由来の各PCR産物が標的DNA11,21として、上述したインベーダー反応が行われる。
【0023】
本発明において遺伝子多型判定対象とする標的DNAは、ゲノムDNAやmRNAから合成されたcDNAなどとすることができる。ゲノムDNAは、ヒトをはじめとする動物、植物、ウイルス由来から選択することができる。ゲノムDNAやmRNAは、血液由来試料、尿、毛などの生体由来試料から、適宜、抽出、さらには精製処理を行って得たゲノムDNAでもよく、さらには抽出、精製処理を行っていない生体由来試料中に存在するゲノムDNAもしくはmRNAでもよい。これらのゲノムDNAおよびmRNAから合成されたcDNAは、ポリメラーゼチェーンリアクション(Polymerase chain reaction;PCR)法、リガーゼ連鎖反応(ligase chain reaction:LCR)法など周知の増幅反応にて増幅処理を行ってもよい。また、ゲノムDNAやmRNAに複数存在する多型を判定対象とするときは、その多型を含む領域が増幅されるように設計された複数対のプライマーを用いたマルチプレックスPCRにより増幅し、インベーダー反応に供することができる。
【0024】
インベーダー反応を行うための反応容器は、通常のPCR用の反応チューブ、複数の反応チューブが連結されたもの、マイクロタイタープレート等用いることができる。複数の反応容器には、判定対象のSNPに対応して設計されたアレルオリゴ、インベーダーオリゴ、フレットプローブが個別に存在する。
また、上記のインベーダー反応、PCR反応、及び蛍光検出は個別の装置で行ってもよく、あるいは、サーマルサイクラーと蛍光検出器の機能を兼ね備えた一台の装置(例えば、温調機能付きマイクロプレートリーダ等)で行ってもよい。
さらに、上記のインベーダープラス法による遺伝子多型の判定に用いる反応容器としては、汎用的なPCR用のシングルチューブや連結チューブ、又はマイクロプレート等を用いることができる他、基板上に多数のウェルを形成して成るマイクロチップ(例えば特開2003-070456、WO/2008/053751参照)を利用することもできる。
【0025】
次に本発明の遺伝子多型判定法について実施例をもとに説明を行う。
[実施例1]
本実施例では、上述したVKORC1遺伝子の1173位におけるSNP(VKORC1 1173C>T)を有する標的DNAを用意してインベーダー反応を行い、標的DNAの多型の型判定を行った。アレル1をC、アレル2をTとした。
【0026】
図3に、インベーダー反応によって得られた蛍光信号強度の経時変化を示す。図3中、実線はアレル1由来の蛍光信号強度の経時変化を、破線はアレル2由来の蛍光信号強度の経時変化を示している。図3の左縦軸及び右縦軸は、それぞれアレル1、アレル2由来の蛍光信号強度(任意単位)を示しており、横軸はインベーダー反応開始後、すなわちインベーダー反応に必要な温度に設定した後の経過時間(反応時間:秒)を示している。
【0027】
図3から、アレル1由来の蛍光信号強度は、反応開始から初期の段階で急激に上昇し、反応開始から約400秒が経過した後はプラトーに達することが分かる。一方、アレル2由来の蛍光強度は、反応時間の経過と共に徐々に増加することが分かる。
【0028】
本実施例では、図3に示されるアレル1及びアレル2についての蛍光強度の経時変化について、以下の手順(1)〜(4)に従い、所定の判定区間における蛍光強度の経時変化を表す曲線(以下、「蛍光信号強度曲線」という)の2次微分値の最大値を求め、アレル1とアレル2の当該最大値の比に基づいてSNPの接合型判定を行う。
(1)アレル1、アレル2由来の蛍光信号強度曲線のそれぞれについて、蛍光信号の立ち上がりから傾き(即ち、1次微分値)が最大になるまでの区間D(i,j)のデータを抽出する。この区間D(i,j)が本発明の判定区間に相当する。なお、「i」はSNPの種類を表し、本実施例ではVKORC1の1173位である。また、「j」はアレルの種類を表し、ここでは、j=1,2となる。
(2)区間D(i,j)における蛍光信号強度曲線の2次微分値の最大値M(i,j)(j=1,2)を求める。
(3)判定指標として、工程(2)で求めた最大値M(i,1)及びM(i,2)の比R(i)を求める(R(i)=log(M(i,1)/M(i,2)))。
(4) 工程(3)にて求めた判定指標R(i)と、予め設定された4種類の閾値とを比較し、SNPの接合型判定を行う。
【0029】
図4及び図5に、アレル1由来の蛍光信号強度曲線の1次微分曲線、2次微分曲線を表す。図6及び図7に、アレル2由来の蛍光信号強度曲線の1次微分曲線、2次微分曲線を表す。図8に、判定指標R(i)と判定指標についての4つの閾値との関係の場合分け、及び各々の場合の判定結果を示す。4つの閾値としては、アレル1のホモ最小値、ヘテロ最大値、ヘテロ最小値、及び、アレル2のホモ最大値である。図8から、例えば判定指標R(i)の値がヘテロ最小値以上かつヘテロ最大値以下の値となるサンプルは、アレル1とアレル2のヘテロ接合型であると判定され、判定指標R(i)の値がアレル1ホモ最小値以上の値となるサンプルは、アレル1のホモ接合型であると判定される。判定指標R(i)の値がヘテロ最大値とアレル1ホモ最小値の間、あるいはアレル2ホモ最大値とヘテロ最小値の間の値となるサンプルは、判定不能とされる。このような判定不能ゾーンを設けることにより、判定確度の低いデータを排除し、誤判定を防ぐことができる。
【0030】
[実施例2]
本実施例では、実施例1に記載の方法で、経口抗凝固剤ワルファリンの効果の強さに大きく影響する2種類のSNP(VKORC1 1173C>T、及び、CYP2C9*3)を有し、これらのSNPの接合型が既知のゲノムDNA255検体について判定指標R(i)を求め、求めた判定指標R(i)による接合型判定が有効かどうかの検証を行った。用意したゲノムDNAは、上述の通りVKORC1の1173位及びCYP2C9*3について、アレル1のヘテロ接合型、アレル2のヘテロ接合型及びホモ接合型のうちいずれの接合型か既知のゲノムDNAである。ここで、各SNPを構成するアレルは、アレル1、アレル2と便宜上省略し記載する。図9にVKORC1の1173位の結果を、図10にCYP2C9*3の結果を示す。図9及び図10中、縦軸は判定指標の値を、横軸はSNPの接合型を示し、判定不能ゾーンを各図中の2本の帯状部分により記載している。すなわち、上の帯状部分の上限値が図8に示すアレル1ホモ最小値に、下限値がヘテロ最大値に相当する。また、下の帯状部分の下限値が図8に示すアレル2ホモ最大値に、上限値がヘテロ最小値に相当する。図9及び図10は、各検体について、求めた判定指標R(i)の値と既知情報に基づく各SNPの接合型との交点をプロットすることにより作成した。
【0031】
図9及び図10に示すように、求めた判定指標R(i)は概ね閾値範囲(すなわち、判定結果が、アレル1ホモ接合型、ヘテロ接合型、アレル2ホモ接合型のいずれかの判定範囲内)に収まり、また用意したゲノムDNAが各々正しく接合型判定されたことを確認した。従って、上述の判定方法は、SNP部位の接合型判定に有効であることが分かる。
【0032】
また、本実施例では、インベーダー反応の初期の判定区間を利用してSNP部位の塩基配列を判定するため、インベーダー反応を短時間で終わらせることができる。
サンプル中のDNA量が少なくインベーダー反応の立ち上がりが悪いときでも、反応初期の判定区間の蛍光信号強度曲線を利用するため、DNA量に関係なく正確な判定指標を得ることができる。
SNPの2種類の塩基配列のそれぞれに対応する蛍光信号強度曲線から求めた2次微分値の最大値の比を判定指標としているため、非特異的な蛍光信号による信号強度の上昇による影響を小さく抑えることができ、より正確な判定指標を得ることができる。
【0033】
[実施例3]
本実施例では、判定区間におけるアレル1及びアレル2由来の蛍光信号強度曲線を各々2次式(y=Ax2+Bx+C)で近似し、2次の係数の比を判定指標として用いてSNPを判定する。蛍光信号強度曲線の2次近似式は、最小二乗法等、周知の方法を用いて求めることができる。本実施例では、実施例1において求めた最大値M(i,j)に代えて2次の係数A(i,j)を用いて比R(i)=log(A(i,1)/A(i,2))を求める他は、実施例1と同様の方法で多型の接合型判定を行う。
Jeff G.Hallらの論文(PNAS 2000 vol.97 no.15(8272-8277))によれば、蛍光信号強度曲線を2次式で近似した場合、2次の係数にインベーダー反応の効率、つまりDNA量は含まれる。従って、2次の係数を用いることにより、DNA量を反映した判定指標を求めることができる。
【0034】
[実施例4]
本実施例では、実施例1もしくは実施例3で求めた判定指標R(i)を、内部標準DNAについて求めた判定指標により正規化を行う。具体的な手順は次の通りである。
【0035】
(4-1)実施例1における工程(1)〜(3)の手順に従い内部標準DNAについて比R(a)を求める。内部標準DNAとは、先に述べたとおり、判定対象多型部位とは異なる多型部位であってヘテロ接合型である多型部位を持つDNAを指す。複数の内部標準DNAについて、それぞれ比R(a)を求めた場合は、その平均値を内部標準DNAの比R(a)とする。
(4-2)判定対象ゲノムDNAについて実施例1の工程(1)〜(3)の手順で求めた比R(i)を内部標準DNAの比R(a)で割って正規化し、その対数を求めて判定指標a(i)とする(a(i)=log(R(i)/R(a)))。
以降の判定方法は、実施例1の工程(4)と同様に行う。
【0036】
[実施例5]
本実施例は、PCR反応とインベーダー反応とを組み合わせた手法であるインベーダープラス法により標的DNAの多型の型判定を行う場合に、ヒートキル処理の加熱条件によってインベーダー反応を開始してからインベーダー反応温度に到達するまでの時間が異なることを示したものである。
標的DNAには実施例1〜4と同様、VKORC1遺伝子の1173位におけるSNP(VKORC1 1173C>T)を有するDNAを用いた。
【0037】
本実施例のインベーダープラス法では、前変性処理、PCR反応、ヒートキル処理、インベーダー反応を順に行った。
前変性処理では、反応系を95℃で10秒間加熱した。
PCR反応は変性工程とプライマー付着・伸長工程の2工程を含み、その温度サイクルは変性工程が95℃で5秒間、プライマー付着・伸長工程が68℃で8秒間とした。このような温度サイクルを28回繰り返すことにより標的DNA11,21上の標的配列31a,31bを含む領域が増幅される。
その後、反応系を高温で加熱することによりポリメラーゼを失活させるヒートキル処理を行った後、反応系を62℃に300秒間維持することによってインベーダー反応を行わせた。
【0038】
図11は、ヒートキル処理の加熱条件を97℃、180秒としたときの、インベーダー反応開始後(即ち、ヒートキル処理終了後)から300秒が経過するまでの間にインベーダー反応によって得られた蛍光信号強度の経時変化の測定例を示す。
一方、図12は、ヒートキル処理の加熱条件を99℃120秒としたときの、インベーダー反応開始後(即ち、ヒートキル処理終了後)から300秒が経過するまでの間にインベーダー反応によって得られた蛍光信号強度の経時変化の測定例を示す。
いずれの測定例も、蛍光信号強度の測定を5秒毎に行い、インベーダー反応の至適温度である62℃に到達した時点を測光データに記録した。
【0039】
図11に示すように、ヒートキル処理の加熱条件を97℃、180秒としたときは、インベーダー反応開始から35秒経過後にインベーダー反応の至適温度(62℃)に到達した。一方、図12に示すように、ヒートキル処理の加熱条件を99℃120秒としたときは、インベーダー反応開始から30秒経過後にインベーダー反応の至適温度(62℃)に到達した。
このことから、ヒートキル処理の加熱温度や加熱時間によって、インベーダー反応を開始してから至適温度に到達するまでの時間が異なることが分かる。
従って、インベーダー反応の至適温度の到達点を記録し、その到達点を判定区間の始期とすれば、標的DNAの濃度やインベーダー反応液の分注精度等が判定区間の始期に及ぼす影響を極力小さくできると考えられる。
なお、判定区間の始期を決定するための温度としては、インベーダー反応の至適温度に限らず、至適温度付近の適宜の温度であればよい。
【0040】
その他の実施例として、実施例1において、2次微分値の比の対数を取らずに比そのもの(M(i,1)/M(i,2))を判定指標としてもよい。また、判定指標の比は、実施例1に示した比の逆比を用いても良い。即ち、判定指標R(i)=M(i,2)/M(i,1)としてもよい。これらは、実施例3についても同様に当てはまる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、人間を初めとして動物や植物のゲノムDNAの多型、特に一塩基多型を検出することができ、その結果を用いて病気罹患率の診断や投与薬剤の種類と効果及び副作用の関係などの診断、植物や動物の品種判定、感染症診断等に利用することができる。
【符号の説明】
【0042】
10,20…DNAサンプル
11,21…標的DNA
31a,31b…標的配列
41a,41b…第1、第2のオリゴヌクレオチド
42a,42b…フラップ断片
51a,51b…インベーダーオリゴ
61a,61b…FRETプローブ
71a,72a…フォワードプライマー
71b,72b…リバースプライマー
F、R…蛍光物質
Q…消光物質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的DNAを、前記標的DNAの遺伝子多型を構成する第1のアレルを含む標的配列と相補的な第1のオリゴヌクレオチド及び前記遺伝子多型を構成する第2のアレルを含む標的配列と相補的な第2のオリゴヌクレオチドと混合して温度制御することにより、前記第1のオリゴヌクレオチドに由来する第1の蛍光及び前記第2のオリゴヌクレオチドに由来する第2の蛍光を発生させるインベーダー反応を行い、前記第1及び/または第2の蛍光強度より前記遺伝子多型のアレル接合型を判定する遺伝子多型判定方法において、
前記インベーダー反応開始後の所定の判定区間における前記第1及び前記第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線をそれぞれ2次式で近似し、当該第1及び第2の2次近似式の2次係数の比を判定指標として遺伝子多型の接合型を判定することを特徴とする遺伝子多型判定方法。
【請求項2】
標的DNAを、前記標的DNAの遺伝子多型を構成する第1のアレルを含む標的配列と相補的な第1のオリゴヌクレオチド及び前記遺伝子多型を構成する第2のアレルを含む標的配列と相補的な第2のオリゴヌクレオチドと混合して温度制御することにより、前記第1のオリゴヌクレオチドに由来する第1の蛍光及び前記第2のオリゴヌクレオチドに由来する第2の蛍光を発生させるインベーダー反応を行い、前記第1及び/または第2の蛍光強度より前記遺伝子多型のアレル接合型を判定する遺伝子多型判定方法において、
前記インベーダー反応開始後の所定の判定区間における前記第1及び前記第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線をそれぞれ2次微分し、当該第1及び第2の2次微分値の最大値の比を判定指標として遺伝子多型の接合型を判定することを特徴とする遺伝子多型判定方法。
【請求項3】
前記標的DNAの判定指標を内部標準DNAの判定指標で正規化し、正規化後の判定指標に基づき遺伝子多型の接合型を判定することを特徴とする請求項1又は2に記載の遺伝子多型判定方法。
【請求項4】
前記第1及び第2の蛍光強度の経時変化を表す曲線の1次微分値が最大となるときを、それぞれ前記判定区間の終期とすることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の遺伝子多型判定方法。
【請求項5】
第1及び第2の蛍光強度を発生させるインベーダー反応の反応系が所定の反応温度に到達したときを前記判定区間の始期とすることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の遺伝子多型判定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate


【公開番号】特開2010−104360(P2010−104360A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−164468(P2009−164468)
【出願日】平成21年7月13日(2009.7.13)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】