説明

遺伝子導入剤及びその製造方法並びに核酸複合体

【課題】遺伝子導入効率がさらに向上した遺伝子導入剤及びその製造方法を提供する。
【解決手段】芳香環に、分岐鎖としてのN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が3個以上導入された芳香族化合物をイニファターとし、このイニファターの分岐鎖にカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーを光照射リビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させて分岐型重合体とし、該分岐型重合体のカチオン性ポリマーブロックを架橋反応させてなる架橋体とした遺伝子導入剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子導入剤及びその製造方法並びに核酸複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
安全性、品質安定性、製造コストに問題があるウイルスベクターに代わる遺伝子導入技術として、合成高分子ベクター、カチオン性脂質ベクターが研究開発されている。
【0003】
本出願人らは、合成高分子ベクターとして、ベンゼンなどの芳香環を核としてカチオン性ポリマー鎖が放射状に伸延する分岐構造のベクターが、DNAを高密度で凝縮させて小さな核酸複合体微粒子を形成させ、効率良く細胞へ遺伝子導入できることを見出し、先に特許出願した(下記特許文献1,2)。この複合体微粒子が細胞膜を透過するメカニズムとしては、カチオン性ポリマー鎖による陽電荷が細胞膜表面の陰電荷と静電的に結合し、エンドサイトーシスにより細胞内へ取り込まれる作用に大きく依存していると考えられる。
【特許文献1】WO2004/092388
【特許文献2】特開2007−70579
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、遺伝子導入効率がさらに向上した遺伝子導入剤及びその製造方法と、この遺伝子導入剤を用いた核酸複合体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明(請求項1)の遺伝子導入剤は、芳香環に、分岐鎖としてのN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が3個以上導入された芳香族化合物をイニファターとし、このイニファターの分岐鎖にカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーを光照射リビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させて得られる分岐型重合体の、前記カチオン性ポリマーブロックを架橋反応させてなる架橋体よりなることを特徴とする。
【0006】
請求項2の遺伝子導入剤は、請求項1において、前記分岐型重合体の分岐鎖に光照射することにより、前記カチオン性ポリマーブロックを架橋反応させたことを特徴とする。
【0007】
請求項3の遺伝子導入剤は、請求項1又は2において、前記N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基がN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基であることを特徴とする。
【0008】
請求項4の遺伝子導入剤は、請求項2又は3において、前記分岐型重合体をハロゲン化炭化水素溶液中で光照射することにより架橋反応させたことを特徴とする。
【0009】
請求項5の遺伝子導入剤は、請求項1ないし4のいずれか1項において、前記イニファターが、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とする。
【0010】
請求項6の遺伝子導入剤は、請求項1ないし5のいずれか1項において、前記カチオン性モノマーが、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドであることを特徴とする。
【0011】
請求項7の遺伝子導入剤は、請求項1ないし6のいずれか1項において、前記非イオン性モノマーが、N,N−ジアルキルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールアルキルエステル(メタ)アクリレート、及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
【0012】
請求項8の遺伝子導入剤は、請求項1ないし7のいずれか1項において、前記分岐型重合体の分子量が10,000〜500,000であることを特徴とする。
【0013】
請求項9の遺伝子導入剤は、請求項1ないし8のいずれか1項において、前記カチオン性ポリマーブロックの分子量が5,000〜150,000であることを特徴とする。
【0014】
本発明(請求項10)の遺伝子導入剤の製造方法は、芳香環に、分岐鎖としてのN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が3個以上導入された芳香族化合物をイニファターとし、このイニファターの分岐鎖にカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーを光照射リビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させて分岐型重合体を製造する工程と、得られた分岐型重合体のカチオン性ポリマーブロックを架橋反応させて架橋体よりなる遺伝子導入剤を得る工程と、を有することを特徴とする。
【0015】
本発明(請求項11)の核酸複合体は、請求項1ないし9のいずれか1項に記載の遺伝子導入剤と核酸とを複合させてなるものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の遺伝子導入剤は、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を有する芳香族化合物をイニファクターとし、これにカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーをリビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させて合成した、芳香環を核として、基端側がカチオン性ポリマーブロックで先端側が非イオン性ポリマーブロックで構成される分岐鎖が、放射状に伸延する分岐型重合体(以下「第1次分岐型重合体」ということがある。)に光を照射するなどして、該第1次分岐型重合体のカチオン性ポリマーブロック部分を架橋させて得た架橋体よりなるものである。
【0017】
この遺伝子導入剤は、第1次分岐型重合体の末端の少なくとも一部のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基が失活していることにより、その第1次分岐型重合体の分岐鎖の基端側のカチオン性ポリマーブロック同士が架橋してなる架橋体であると推察されるが、本発明者らによる種々の研究の結果、この遺伝子導入剤は、その構造上の利点により、第1次分岐型重合体よりもDNAなどの核酸を高密度に凝縮することができることが認められた。
【0018】
即ち、この遺伝子導入剤は、カチオン性の第1次分岐型重合体が複数個架橋したものであるため、1個のカチオン性分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤に比べて、その分岐鎖が入り組んだ複雑な3D構造により、DNAなどの核酸をより広いネットワークで包蔵することができ、優れた遺伝子導入活性を示すようになる。
【0019】
しかも、この第1次分岐型重合体の分岐鎖の基端側のカチオン性ポリマーブロックの先端側に非イオン性ポリマーブロックが形成されているため、この遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体微粒子の粒子外周面にこの非イオン性ポリマーブロックが存在することにより、核酸複合体微粒子への血清タンパクの吸着が抑制される。即ち、カチオン性ポリマーブロックを内郭に配置してその外層へ非イオン性ポリマーブロックを配置することで、陽電荷を遮蔽し、水溶液中で斥力を働かせる分子設計がなされる。
【0020】
なお、分岐鎖の基端側にカチオン性ポリマーブロックを有し、先端側に非イオン性ポリマーブロックを有する分岐型重合体の、先端側を架橋反応させて架橋体とすることによっても分岐鎖が入り組んだ複雑な3D構造の架橋体を構成して、核酸を高密度に凝縮することが可能であると考えられるが、この場合には、次のような不具合が考えられる。
(1) 非イオン性ポリマーブロックの先端が架橋点になるため、この非イオン性ポリマーブロックの内郭側に遮蔽したカチオン性ポリマーブロックが一部露出することになり、両ポリマーブロックを兼備することによる効果を両立させることができない。
(2) 架橋により、おそらくはカチオン性ポリマーブロックの配置が非イオン性ポリマーブロックを介して複雑に点在するようになることによって、陽電荷密度が低くなり、架橋前よりも活性が低下してしまうおそれがある。
【0021】
本発明において、イニファターが有するN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基としてはN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基が好ましく(請求項3)、特にイニファターは、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が結合しているものが好ましい(請求項5)。また、イニファターの分岐鎖に光照射リビング重合させるカチオン性モノマーとしては、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドが好ましく(請求項6)、一方、非イオン性モノマーとしては、N,N−ジアルキルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールアルキルエステル(メタ)アクリレート、及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種が好ましい(請求項7)。
【0022】
また、第1次分岐型重合体の分子量は10,000〜500,000であることが好ましく(請求項8)、カチオン性ポリマーブロックの分子量は5,000〜150,000であることが好ましい(請求項9)。
【0023】
本発明においては、第1次分岐型重合体の分岐鎖に光照射することにより、カチオン性ポリマーブロック部分を架橋反応させて架橋体を得ることが好ましく(請求項2)、この場合において、第1次分岐型重合体をクロロホルム等の連鎖移動性の溶媒を用いた溶液中で光照射することにより架橋反応させることが好ましい(請求項4)。
【0024】
このように、クロロホルム等の連鎖移動性の溶媒を用いた溶液中で第1次分岐型重合体に光照射することにより、おそらくは、第1次分岐型重合体の分岐鎖のN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基に含まれるジチオカルバミル基に光照射によって生じるラジカルがクロロホルム等の連鎖移動性の溶媒へ移動し、分岐鎖末端のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基が脱離し、この分岐鎖先端の光反応性(架橋性)が消失する。そして、この結果、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基に含まれるジチオカルバミル基に由来する紫外線吸収ピークが実質的に不検出であるか、脱離前のものの該吸収ピークよりも減少したものとなる。このように分岐鎖先端の光反応性(架橋性)が消失した第1次分岐型重合体であれば、光照射を行った際に、この分岐鎖先端での光架橋は起こらず、基端側の、光に感光して自己架橋する性質を有するカチオン性ポリマーブロック、好ましくは、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのポリマーブロック部分で架橋反応を起こし、複雑な3D構造を有する高次架橋体が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0026】
本発明の遺伝子導入剤は、芳香環に、分岐鎖としてのN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が3個以上導入された芳香族化合物をイニファターとし、このイニファターの分岐鎖にカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーを光照射リビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させてなる第1次分岐型重合体の、カチオン性ポリマーブロック部位を架橋反応させてなる架橋体よりなる。
【0027】
即ち、第1次分岐型重合体に光を照射するなどして架橋反応させると、複数の第1次分岐型重合体が分子間架橋ないし分子内架橋して、分子量の異なる様々な分子間架橋体が生成するが、この架橋に先立ち、分岐鎖の先端に存在するN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を、脱離、除去、消失、失活、ないしは減量(本発明においては、このように脱離、除去、消失、失活、ないしは減量させることを「失活」と称す。)させて、この分岐鎖先端のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基に起因する光反応性(光架橋性)を消失ないしは低減することにより、この第1次分岐型重合体は、分岐鎖の先端ではなく、基端側のカチオン性ポリマーブロック部分で架橋反応するようになり、第1次分岐型重合体の分岐鎖のカチオン性ポリマーブロック部分で架橋された架橋体よりなる本発明の遺伝子導入剤が得られる。
【0028】
この第1次分岐型重合体の分岐鎖の先端のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基が失活したことは、分岐鎖のN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基のジチオカルバミル基に由来する特異的な波長280nmの紫外線(UV)吸収ピーク(以下「UV280nmピーク」と称す。)が消失しているか、或いは、失活前に比べてUV280nmピークが大幅に減少していることから確認することができる。
【0029】
<第1次分岐型重合体>
本発明に係る第1次分岐型重合体は、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する芳香族化合物をイニファターとし、このイニファターの分岐鎖にカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーを光照射リビング重合させて非イオン性ポリマーブロックを形成すると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させてなるものである。
【0030】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0031】
イニファターとなるN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する芳香族化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基、好ましくはN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖化合物としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖化合物としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖化合物としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンが挙げられる。なお、ここで、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基に含まれるジアルキル部分のアルキル基としては、エチル基等の炭素数2〜18個のアルキル基が好ましいが、アルキル基に限らず、フェニル基など芳香族系の炭化水素基であっても構わない。即ち、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基に限らず、N,N−ジアリールジチオカルバミルメチル基等を含む、脂肪族炭化水素基及び/又は芳香族炭化水素基で置換されたN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基であれば目的を達成することができる。
【0032】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化炭化水素が好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン、中でも特にトルエンが好適である。
【0033】
このイニファターに重合させるカチオン性モノマーとしては、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等のカチオン性モノマーが好適なものとして挙げられるが、本発明においては、このカチオン性モノマーにより形成されるカチオン性ポリマーブロックが、架橋性を有すること、好ましくは光に感光して自己架橋(光解裂性官能基非由来性の架橋)する性質のものであることが重要であり、そのために、このカチオン性モノマーとしては、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH等の自己架橋性カチオン性ビニル系モノマーが好ましい。
【0034】
即ち、本発明者らは、カチオン性モノマーである3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミド等のポリマーブロックは、非常に温和な条件である近紫外線の低照射強度(例えば、波長370nm,照射強度1mW/cm程度)の光照射で自己架橋することを見出した。一般的に高分子材料の光架橋に関して当業者に周知のものは、γ線や電子線などの放射線によるポリマーの光分解(ポリプロピレン)や光架橋(ポリフッ化ビニリデン)であり、このようなカチオン性ポリマーブロックの光架橋は新規知見である。
【0035】
この近紫外光での架橋反応のメカニズムは、現時点では推測でしかないが、側鎖のジメチルアミノ基の脱離が関与している可能性がある。すなわち、3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドのジメチルアミノ基のpKaは約10と非常に高く、このモノマーを加熱すると通常は4級アミンで起こるホフマン脱離反応が3級アミンでも起こり、結果、ジビニル体を形成して架橋が起こることが知られている。光照射でも同様の現象が起こっている可能性があり、言い換えれば、カチオン性モノマーでもpKaの高いもの(例えば9以上)であれば本発明へ使用できる可能性があると考えられる。
【0036】
これらのカチオン性モノマーは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0037】
一方、非イオン性モノマーとしては、N,N−ジメチルアクリルアミド等のN,N−ジアルキル(このアルキル基の炭素数は1〜5が好ましい。)アクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールアルキルエステル(メタ)アクリレート、ポリビニルピロリドンなどを用いることができる。これらの非イオン性モノマーは、1種を単独で用いても良く、2種以上を併用しても良い。
【0038】
イニファターと上記カチオン性モノマーとを反応させるには、イニファター及びカチオン性モノマーを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対しカチオン性モノマーが結合した反応生成物を生成させる。
【0039】
該原料溶液中のカチオン性モノマーの濃度は0.5M以上、例えば0.5M〜2.5Mが好適である。また、原料溶液中のイニファターの濃度は0.1〜100mM程度が好適である。
【0040】
照射する光の波長は300〜400nmが好適であり、例えば低圧水銀灯や高圧水銀灯などを用いることができる。光の照射時間は照射強度にも依存するが、1〜60分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1分〜30分程度が特に好適である。
【0041】
この光照射により、反応液中に分岐鎖にカチオン性ポリマーブロックが形成されたカチオン性分岐型重合体(カチオン性ホモポリマー)が生成するので、必要に応じ精製して目的物を得る。
【0042】
このようにして得られたカチオン性ホモポリマーに対し、非イオン性モノマーを光照射リビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させて目的とする第1次分岐型重合体とする。
【0043】
ここで、分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させる方法としては、
(1) アルカリ触媒の存在下に加水分解させることによりN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を除去する方法
(2) 非イオン性モノマーの光照射リビング重合時に、反応溶媒としてクロロホルム、塩化メチレンなどの連鎖移動性の溶媒を用い、光照射時にN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を脱離させる方法
(3) N,N−ジエチルジチオカルバミルメチルベンゼンの存在下で希薄溶液で光照射を行ってN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を脱離させる方法
(4) アスコルビン酸、ジアルキルアミン、システイン、メルカプトエタノール、安息香酸、酸素ガスなどラジカル補足剤として当業者に周知の化合物の水溶液中で光照射を行ってN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を脱離させる方法
などが挙げられるが、非イオン性モノマーの光照射リビング重合時に併せてN,N−ジ置換ジチオカルバミル基の失活も行えることから、上記(2)の方法を採用することが好ましい。
【0044】
上記(2)の方法を採用して、前述のカチオン性ホモポリマーに非イオン性モノマーを光照射リビング重合によりブロック共重合させると共に、N,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させるには、上記のようにして得られたカチオン性ホモポリマーを、クロロホルム、塩化メチレン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素のような連鎖移動性の溶媒に溶解させ、これに非イオン性モノマーを混合し、光を照射して重合させればよい。この重合反応を開始する際の溶液中におけるカチオン性ホモポリマーの濃度は0.01〜10重量%程度が好適であり、非イオン性モノマーの濃度は0.3〜30重量%程度が好適である。光の照射条件は、光波長250〜400nm、照射時間1〜150分、照射強度100〜10,000μW/cm程度が好適である。
【0045】
このようにして、イニファターに対してまずカチオン性モノマーを光照射リビング重合させ、次いで非イオン性モノマーを光照射リビングブロック共重合させると共にN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させることにより、基端側がカチオン性ポリマーブロック、先端側が非イオン性ポリマーブロックで構成され、かつ先端のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基が失活することにより、分岐鎖の先端部分の光架橋性が消失ないしは低減されたブロックコポリマー鎖よりなる分岐鎖を有する第1次分岐型重合体(ブロックコポリマー)を得ることができる。
【0046】
本発明において、このブロックコポリマーよりなる第1次分岐型重合体の分子量は、分岐鎖の数、これを構成するイニファター、カチオン性モノマー、及び非イオン性モノマーの種類等によっても異なり、一概には言えないが、10,000〜500,000、特に30,000〜150,000であることが好ましい。第1次分岐型重合体の分子量が小さ過ぎると、本発明に好適な分岐型重合体の分子設計を十分に行うことができず、第1次分岐型重合体の分子量が大き過ぎると、代謝性、生分解性などが劣る傾向にあり、好ましくない。また、第1次分岐型重合体を構成する前述のカチオン性ポリマーブロックの分子量及び、このカチオン性ホモポリマーに導入される非イオン性ポリマーブロックについても、分岐鎖の数や各々のポリマーブロックを構成するモノマーの種類等によって異なり、一概には言えないが、カチオン性ポリマーブロックの分子量は5,000〜150,000、特に15,000〜80,000で、非イオン性ポリマーブロックの分子量は10,000〜150,000、特に30,000〜100,000であることが好ましい。カチオン性ポリマーブロックの分子量が小さ過ぎると核酸の吸着効果が低く、大き過ぎると細胞障害性が高くあり好ましくない。また、非イオン性ポリマーブロックの分子量が小さ過ぎると非イオン性ポリマーブロックを導入したことによる陽電荷の遮蔽効果を十分に得ることができず、大き過ぎると必要以上に陽電荷を遮蔽して核酸とのイオン複合体(ポリプレックス)を形成しなくなってしまう。
【0047】
なお、本明細書において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量をさす。
【0048】
<第1次分岐型重合体の架橋>
本発明では、上記のようにして得られた第1次分岐型重合体のカチオン性ポリマーブロック部分を架橋反応させて架橋体を得る。この架橋反応は、第1次分岐型重合体に光照射することによる光架橋反応で行うことが好ましい。
この第1次分岐型重合体の光架橋を行うには、次のi)又はii)の方法を採用することができる。
【0049】
i)第1次分岐型重合体を、その極性が高く、カチオン性ポリマーブロック中の側鎖のN,N−ジメチルアミノ基と強い水素結合を形成して該ポリマーブロックの自己架橋を妨げる性質のある水およびメタノール以外の、例えば、ベンゼン、トルエン及びエタノール並びにこれらの混合溶媒など適宜の溶媒に溶解させ、光を照射することにより、第1次分岐型重合体を架橋する。この架橋反応を開始させる際の溶液中の第1次分岐型重合体の濃度は1〜20重量%程度が好適である。
【0050】
ii)第1次分岐型重合体へ直接光照射を行うことによって分岐型重合体を架橋させる。この場合、i)の溶媒へ溶解した溶液への処理と相違して、分岐型重合体の主鎖及び又は側鎖へ発生したラジカルが溶媒によって捕捉され、分岐型重合体の架橋反応が阻害されることを抑制することが可能となる。直接光照射を行う場合は、凍結乾燥粉末を霧状に攪拌して、ここへ光を照射することで均質な処理が可能となる。なお、第1次分岐型重合体をフィルム状に加工し、このフィルムへ処理を行うことも均質な架橋体を得る方法として好ましい。具体的には、ガラス板、金属板などの上へ第1次分岐型重合体の溶液、例えば、クロロホルム溶液を流延させ、ドクターナイフなどで液切りして均一な厚みとし、これを乾燥させることで均質なフィルムを形成させることが可能である。この場合の溶媒としては揮発性が高いメタノール、クロロホルムが好適である。
【0051】
第1次分岐型重合体の形状としてフィルム状を採用した場合、フィルムの厚さは10μm〜2000μm程度、特に50μm〜1000μm程度が好ましい。極端にフィルムが薄いと架橋効率が悪く、また極端にフィルムが厚いと光照射の効果が十分に得られない。
【0052】
また、第1次分岐型重合体の形状を粉末状にした場合、粉末の粒径は0.1〜1000μm程度特に100〜500μm程度が好ましい。粒径を極端に小さくすることは困難であるが、逆に粒径を大きくした場合は光照射の効果及び光架橋効率が低下する。
【0053】
光の照射条件は、光波長300〜400nm、照射時間1〜300分、照射強度0.1〜10mW/cm程度が好適である。
【0054】
このような光照射により、第1次分岐型重合体に含まれる自己架橋性のカチオン性ポリマーブロックが架橋反応を起こし架橋体が得られる。
【0055】
なお、この架橋反応で得られる架橋体の分子量(重量平均分子量)には特に制限はないが、通常30,000〜300,000程度である。この分子量が小さ過ぎると第1次分岐型重合体を架橋したことによる本発明の効果を十分に得ることができず、大き過ぎると代謝性、生分解性などが劣るものとなる。
【0056】
<核酸複合体>
上述のようにして第1次分岐型重合体を架橋反応させて得られた架橋体よりなる本発明の遺伝子導入剤(ベクター)が核酸を核酸含有複合体として包囲することによって、生体内の酵素による核酸の失活、分解を抑制することができる。
【0057】
上記遺伝子導入剤と核酸とを複合させるには、遺伝子導入剤の濃度1〜1000μg/mL程度の溶液に対し、核酸を添加し、混合すればよい。核酸に対して遺伝子導入剤を過剰量添加し、遺伝子導入剤中のカチオン性ポリマーブロックを核酸に対し飽和状態に核酸含有複合体として複合化させるのが好ましい。
【0058】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0059】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0060】
核酸複合体の粒径は50〜400nm程度が好適である。この粒径は、例えばレーザを用いた動的光散乱法によって測定される。粒径がこれよりも小さいと、核酸複合体内部の核酸にまで酵素の作用が及ぶおそれ、あるいは腎臓にて濾過排出されるおそれがある。また、これよりも大きいと、細胞に導入されにくくなるおそれがある。
【0061】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0062】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0063】
本発明において、核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、例えば使用する核酸(すなわちその機能)に応じて種々選択され、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等が挙げられる。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などである。
【0064】
本発明の核酸複合体は培養試験に用いるほか、任意の方法で生体に投与することができる。
【0065】
生体への投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0066】
この核酸複合体を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤、安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0067】
また、この核酸複合体を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0068】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法および治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0069】
この核酸複合体は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【0070】
また、この核酸を複合した遺伝子導入剤の水溶液を基材に塗布などにより付着させ、必要に応じ乾燥させることにより、核酸を担持したポリマーのコーティング等が形成される。
【0071】
上記の核酸複合遺伝子導入剤を基材に付着させる場合、基材としてはシート状のものが好適である。このシート状基材の厚さは0.05〜10mm程度であることが好ましく、シート面の大きさは、方形の場合、一辺が1〜20mmであり他辺が1〜20mmであり、円形又は楕円形の場合、径は1〜20mm程度が好ましい。基材の材料としては、ポリオレフィン、ポリスチレン、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、シリコン樹脂、フッ素樹脂などの合成樹脂が好適である。この基材は多孔質であってもよい。
【0072】
この基材に対する核酸複合遺伝子導入剤の付着量は、基材表面1cm当り0.001〜10mg程度が好ましい。
【0073】
核酸複合遺伝子導入剤を担持させた基材よりなる遺伝子導入材料は、皮下組織、心筋組織、病変組織、病変血管を包囲するようにシート状基材を配置したり、カバードステントのフィルムへ塗布することによって生体内に配置したり、生体外面に粘着テープを用いて貼り付けたりするようにして用いられる。
【実施例】
【0074】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0075】
[実験例1]
i)3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドのラジカル重合によるホモポリマーの合成
再結晶で精製したα,α'−アゾビスイソブチロニトリル0.1gをトルエン30mLへ溶解した。3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドは減圧蒸留で精製した(b.p.106℃−110℃,0.3mmHg)後に、10gを分取し、トルエン20mLへ溶解した。トルエンは脱水溶媒グレードを使用し、使用前に20分間の高純度窒素ガス(G1グレード)によるバブリング(2リットル/分)を行った。
3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミド溶液へα,α'−アゾビスイソブチロニトリル溶液を加えて混合し、窒素封管して50℃で72時間振盪した。開封後、エバポレーターで約10mL容まで濃縮後に500mLのジエチルエーテルへ滴下し、ポリマー成分を回収した。その後、クロロホルム/ジエチエルエーテル系で6回再沈殿して精製した。エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドホモポリマーを得た。
【0076】
このものの分子量はGPCにより45,300(Mw/Mn=1.54)と測定された。
H NMR(in DO)の測定結果は、δ1.5−1.8ppm(br,2H,−CHCHCH−),δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH),δ2.2−2.4ppm(br,2H,CH−N),δ3.0−3.4ppm(br,2H,NH−CH),δ7.4−7.8ppm(br,1H,−NH−)となった。
【0077】
ii)3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドホモポリマーの近紫外光による光架橋
i)で合成した3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドホモポリマー0.3gを100mL滅菌瓶へいれ、土星型回転子で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(2リットル/分)で30分間パージして均質な粉末状態へ粉砕した。ここへ窒素パージ及び激しい攪拌を続けながら300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で波長350nm〜400nmの混合紫外線を30分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して1.0mW/cmに調整した。照射終了後、得られた粉末を50mLのメタノールを投入すると少量の不溶性のゲル状成分が生成した。この溶液を#2の濾紙で濾過した後、エバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルへ滴下してポリマー成分を沈殿させた。その後、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿処理を行って精製した。
【0078】
このものの分子量はGPCにより65,500(Mw/Mn=1.78)と測定され、光架橋により分子量の増大と分散のブロード化が確認された。
【0079】
以上より、3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドホモポリマーが温和な近紫外光で光架橋が行えることが分かった。このような温和な光照射条件で架橋が可能なのは、このポリマーの側鎖のジメチルアミノ基のpKaが約10ほどもある特殊性(例えば、側鎖の炭素数が1個少ない2−(N,N−ジメチル)エチルメタクリレートのpKaは7)に起因していると推定される。
【0080】
[実験例2]
非イオン性モノマーであるN,N−ジメチルアクリルアミドについて、上記実験例1のi),ii)に準拠してホモポリマーを合成し、近紫外線の光照射を行ったが、光照射を行っても分子量に変化は確認されず、架橋性のポリマーでないことが分かった。
【0081】
[実施例1]
<(a)イニファターの合成>
イニファターとしての1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0082】
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム34.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下にて室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、3リットルのメタノールへ投入して30分間攪拌して濾過した。この操作を繰り返して合計4回行った。沈殿物をトルエン200mLへ溶解した後、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、冷蔵庫中で15時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0083】
H NMR(in CDCl)の測定結果はδ1.26−1.31ppm(t,24H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,8H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,8H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,8H,Ar−CH),δ7.49ppm(s,2H,Ar−H)となった。
【0084】
【化1】

【0085】
<(b)4分岐型スター形重合体よりなるカチオン性ホモポリマーの光重合による合成>
3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドをカチオン性ビニル系モノマーとして用い、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼン(以下、pDMAPAAmと記載することがある。)よりなるカチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0086】
即ち、上記(a)により合成した1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド(3−N,N−DMAPAAm)7.9gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。この液を3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした後に、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で波長250nm〜400nmの混合紫外線を40分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して2.5mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿を繰り返して精製し、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて4分岐型スター型ホモポリマーpDMAPAAmよりなるカチオン性ホモポリマーを得た(重合率32%)。
【0087】
このカチオン性ホモポリマーの分子量はGPCにより、58,000(Mw/Mn=1.33)と測定された。
H NMR(in DO)の測定結果は、δ1.5−1.8ppm(br,2H,−CHCHCH−),δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH),δ2.2−2.4ppm(br,2H,CH−N),δ3.0−3.4ppm(br,2H,NH−CH),δ7.4−7.8ppm(br,1H,−NH−)となった。
【0088】
【化2】

【0089】
<(c)ポリマー末端が失活した4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマーの合成>
(b)で合成した4分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマー3.5gを開始剤とし、N,N−ジメチルアクリルアミド7.4gを非イオン性モノマーとして4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマーの合成を行った。溶媒をクロロホルムとし、重合中の窒素パージを行わず、光照射時間を10分間とした以外はすべて(b)に準拠して合成を行った。精製も同様に行った。
【0090】
得られた4分岐型スター型カチオン/非イオン性ブロックコポリマー(重合率32%)は、GPCにより分子量88,000(Mw/Mn=2.22)となった。
【0091】
なお、この重合条件の元では、これ以上重合時間を延長しても分子量の増大は確認されず、リビング規則が崩壊していることが示唆された。また、ポリマーのUV吸収スペクトルからは(b)で合成したカチオン性ホモポリマーでは確認された、ジチオカルバミル基由来のUV280nmピークの強い吸収がほぼ消失しており、先のリビング規則崩壊の事実からも、溶媒であるクロロホルムへのラジカル連鎖移動反応により、ポリマー末端のジチオカルバミル基が脱離し、ポリマー末端の光反応性が消失したことが分かる。
【0092】
【化3】

【0093】
<(d)ポリマー末端が失活した4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマーの光架橋>
上記(c)で得たポリマー末端が失活した4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマーの粉末0.3gを100mL滅菌瓶へ入れ、土星型回転子で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(2L/分)で30分間パージして均質な粉末状態へ粉砕した。ここへ窒素パージ及び激しい攪拌を続けながら(b)と同じ光照射装置で光照射による重合を行った。照射強度は1.0mW/cm、光照射時間は240分で行った。照射終了後、得られた粉末は淡い黄褐色を帯びていた。この粉末を50mLのメタノールを投入すると少量の不溶性のゲル状成分が生成した。この溶液を#2の濾紙で濾過した後、エバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルへ滴下してポリマー成分を沈殿させた。その後、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿処理を行って精製した。
【0094】
得られた光架橋体の分子量はGPCにより96,000(Mw/Mn=2.56)と測定され、光架橋により分子量の増大と分散のブロード化が確認された。
【0095】
前掲の実験例1,2の結果から、3−(N,N−ジメチルアミノ)プロピルアクリルアミドのホモポリマーは架橋性であるが、N,N−ジメチルアクリルアミドのホモポリマーは架橋性のポリマーでないことから、ポリマー末端が失活した4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマーの光照射によって、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのポリマーブロックのみが選択的に架橋されたことが分かる。
【0096】
<(e)遺伝子導入活性の評価>
細胞にはアフリカミドリサル腎細胞の由来のCOS-1を使用し、DNAにはpGL3コントロールベクターを使用した。COS-1細胞は細胞数を4万個/mLへ調整して24Well培養皿へ播種し、培養24時間後に遺伝子導入を行った。
上記(d)で合成した、ポリマー末端が失活した4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマーの光架橋体を遺伝子導入剤として使用した。遺伝子導入剤中の単位重量あたりの陽電荷数はNMRによるカチオン性ポリマーブロックと非イオン性ポリマーブロックのモノマー単位比とカチオン性モノマーの分子量156および非イオン性モノマーの分子量99.5とから計算して求めた。DNA中の単位重量あたりの陰電荷数は配列マップによる塩基対数と核酸塩基の平均的分子量660とから計算した。この遺伝子導入剤をDNAと150μLのOPTI−MEM中で30分間インキュベートした。混合比は電荷数の関係が陽電荷数が陰電荷数の20倍となるように調整し、0.5μgのDNAが各Wellへ投与されるように溶液を調整し、培養細胞へ加えた。トランスフェクションの48時間後にルシフェラーゼアッセにより遺伝子導入活性の評価を行った(プロメガ社、アッセイキット試薬)。補正はタンパク濃度で行い、タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。結果を図1に示す。
【0097】
[比較例1]
実施例1の(b)で合成した4分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーを遺伝子導入剤として使用する以外は、実施例1の(e)と同様にしてプロトコールで遺伝子導入活性を評価した。結果を図1に示す。
【0098】
[比較例2]
<(f)ポリマー末端反応性の4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマーの合成およびその光架橋>
溶媒にトルエンを用い、窒素パージを重合中にも継続して行うこと以外はすべて実施例1の(d)に準拠して合成を行った。精製も同様に行った。得られた4分岐型スター型カチオン/非イオン性ブロックコポリマー(重合率33%)は、GPCにより分子量76,000(Mw/Mn=1.92)となった。この系では、重合時間を延長すると分子量が増大し(15分でMn=89,000となり20分でMn=100,3000となった)、また、ポリマーのUVスペクトルからはジチオカルバミル基由来のUV280nmピークの強い吸収が確認され、ポリマー末端にジチオカルバミル基が残存していること、すなわち、ポリマー末端が光解裂性であることが確認された。
【0099】
上記(f)で合成した4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマー(分子量89,000のもの)を遺伝子導入剤として使用する以外は、実施例1の(e)と同様にしてプロトコールで遺伝子導入活性を評価した。結果を図1に示す。
【0100】
[比較例3]
比較例2の(f)において、引き続き、同様の手法でポリマーへ光架橋を行うと不溶性のゲルはより一層多量に生成し、GPCによる分子量測定結果は、156,300(Mw/Mn=3.16)と計算された。
【0101】
このようにして得られた4分岐型スター型共重合体よりなるカチオン/非イオン性ブロックコポリマー(分子量156,300のもの)を遺伝子導入剤として使用する以外は、実施例1の(e)と同様にしてプロトコールで遺伝子導入活性を評価した。結果を図1に示す。
【0102】
図1より、次のことが分かる。
比較例1と比較例2との比較により、非イオン性ポリマーブロック鎖導入の効果が確認できる。
比較例3は、光架橋による活性の増強を目的として行った処理であるが、比較例2のものよりも活性が低くなっている(ただし、比較例2と同等かもしくはやや高いこともあり、活性は不安定であった)。
これに対して、本発明による実施例1では、内郭のカチオン性ポリマーブロック同士の架橋を優先させ、外層(分岐鎖の先端)の非イオン性ポリマーブロック部分を介した結合を抑制したことにより、カチオン部の架橋構造の効果とそれを遮蔽する非イオン部の効果を両立させることが可能となり、高い遺伝子導入活性を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】実施例1、及び比較例1〜3の遺伝子導入剤による遺伝子導入活性の評価結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香環に、分岐鎖としてのN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が3個以上導入された芳香族化合物をイニファターとし、このイニファターの分岐鎖にカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーを光照射リビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させて得られる分岐型重合体の、
前記カチオン性ポリマーブロックを架橋反応させてなる架橋体よりなることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項2】
請求項1において、前記分岐型重合体の分岐鎖に光照射することにより、前記カチオン性ポリマーブロックを架橋反応させたことを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基がN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項4】
請求項2又は3において、前記分岐型重合体をハロゲン化炭化水素溶液中で光照射することにより架橋反応させたことを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、前記イニファターが、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、前記カチオン性モノマーが、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドであることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、前記非イオン性モノマーが、N,N−ジアルキルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコール(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールアルキルエステル(メタ)アクリレート、及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項において、前記分岐型重合体の分子量が10,000〜500,000であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項において、前記カチオン性ポリマーブロックの分子量が5,000〜150,000であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項10】
芳香環に、分岐鎖としてのN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が3個以上導入された芳香族化合物をイニファターとし、このイニファターの分岐鎖にカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロックを形成し、さらに非イオン性モノマーを光照射リビング重合させると共に、少なくとも一部の分岐鎖のN,N−ジ置換ジチオカルバミル基を失活させて分岐型重合体を製造する工程と、
得られた分岐型重合体のカチオン性ポリマーブロックを架橋反応させて架橋体よりなる遺伝子導入剤を得る工程と、
を有することを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項11】
請求項1ないし9のいずれか1項に記載の遺伝子導入剤と核酸とを複合させてなる核酸複合体。

【図1】
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【公開番号】特開2009−274995(P2009−274995A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−128563(P2008−128563)
【出願日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】