説明

遺伝子破壊による抗生物質産生微生物の生産方法およびこれを用いて得られる抗生物質産生微生物、並びに抗生物質代謝中間体の生産方法

【課題】遺伝子破壊の手法を用いて、微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させる方法、およびこれを用いた抗生物質産生微生物、並びに抗生物質代謝中間体の生産量を増加させる方法を提供する
【解決手段】本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法は、pSLA2−L上のorf79遺伝子を破壊することにより、上記遺伝子を破壊しない場合に対してランカマイシンの生産量を9.5倍に、ランカサイジンの生産量を2倍に増加させることができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子破壊による抗生物質産生微生物の生産方法およびこれを用いて得られる抗生物質産生微生物、並びに抗生物質代謝中間体の生産方法に関するものであり、特に、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、微生物の抗生物質生産量を増加させる抗生物質産生微生物の生産方法およびこれを用いて得られる抗生物質産生微生物、並びに抗生物質代謝中間体の生産方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗生物質の生合成遺伝子クラスターは1990年代から数多くクローニング・解析されており、例えば、放線菌S.rochei 7434AN4株が有する線状プラスミドpSLA2−Lの全塩基配列(210,614bp)が決定され、その上にランカサイジン生合成遺伝子群(lkc,orf4−orf18)が存在することが明らかにされている(図1、特許文献1)。図1は、線状プラスミドpSLA2−Lの遺伝子地図を示すものである。
【0003】
上記図1に記載されたlkcクラスター中にはポリケチド生合成を司るポリケチド合成酵素(PKS)とペプチド生合成を司る非リボゾーム性ペプチド合成酵素(NRPS)が融合したタンパク質をコードする遺伝子(orf18)がある。PKS−NRPS融合遺伝子は近年になってantibiotic TAやmyxothiazol,albicidinなどに見出されており、その有効な利用は従来のPKS遺伝子改変による新規ポリケチド創製の幅を革新的に広げる可能性がある。また、ランカサイジンPKS遺伝子を詳細に解析すると、通常のモジュール型PKSと異なり、鎖延長及び修飾に対して繰り返し機能するiterative型PKSの存在も示唆され、両者の混合物であると考えられている。
【0004】
また、これまでに、生合成遺伝子を改変したり異種間の遺伝子を組み換えることにより、抗生物質の生合成機構の解析やハイブリッド抗生物質の創製が盛んに行われており、中でも代表的な土壌微生物である放線菌についてはよく研究がなされている。
【0005】
放線菌における抗生物質生合成の多くは、γ−ブチロラクトン骨格をもつ低分子オートレギュレーターによって制御されており、この制御システムでは、オートレギュレーターがリセプタータンパク質(以下「オートレギュレーターリセプター」と称する)に結合してそれをプロモーターから解離させ、その下流の遺伝子の転写が開始されて生合成が進行する(非特許文献1)。例えば、放線菌のオートレギュレーターリセプターArpAはリプレッサーとして働いているが、オートレギュレーターであるAファクターが結合するとプロモーターから離れ、ArpAの標的遺伝子adpAの転写が開始される(図2)。
【0006】
こうして発現した標的遺伝子adpAがストレプトマイシン生合成遺伝子群の転写を活性化する。実際、ArpAをコードする遺伝子を破壊すると、ストレプトマイシンの生産性が向上することが報告されている(非特許文献2、図3)。図3は、S.griseusの親株(遺伝子非破壊株;WT)と、ArpA破壊株(ΔarpA)とのストレプトマイシン産生の様子を示すものである。その他、S.virginiaeのtetR型リセプタータンパク質であるBarBをコードする遺伝子を破壊すると、抗生物質の総生産量の変化は少ないが、早期生産が促されることが報告されている(非特許文献3、図4)。
【0007】
また、抗生物質の生合成に関する研究は、生合成経路の過程で生じている変化を調べるため、主に抗生物質の生合成関連遺伝子を破壊した微生物が蓄積する代謝中間体の精密構造解析によって行われている。
【0008】
なお、上記ランカサイジンは、1966年に大阪府額田の土壌から採取された放線菌Streptomyces rochei var.volubilisの代謝産物として単離された。この化合物は図5に示したように6員環ラクトンを環内に含む、炭素−炭素結合による特異な17員環構造を有しており、従来のマクロライド系抗生物質とは全く異なる化学構造である。その化学構造の特異性から活性発現のメカニズムおよび生合成起源に大いに興味が持たれている。ランカサイジンA(1)(商品名:セデカマイシンsedecamycin)は豚赤痢の原因菌Treponema hyodysenteriaeに特異的に作用し溶菌及び変形させるので、豚赤痢の予防及び治療薬として飼料に添加して用いられている(武田薬品から販売)。また、ランカサイジンC(2)はコレラ菌Vibrio choleraeに対して強力に作用することが知られており、ランカサイジン誘導体のその他の薬理活性にも興味が持たれている。
【特許文献1】PCT/JP03/07767(国際公開日:2003年12月31日)
【非特許文献1】大西康夫、堀之内末治,化学と生物 Vol.40,185−190,(2002)
【非特許文献2】Yasuo Ohnishi, Shogo Kameyama, Hiroyasu Onaka and Sueharu Horinouchi., Molecular Microbiology 34(1), 102-111,(1999)
【非特許文献3】Kiyoshi Matsuno, Yasuhiro Yamada, Chang-Kwon Lee and Takuya Nihira., Arch. Microbiol. 181, 52−59,(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のような生合成遺伝子の改変は、しばしば新規抗生物質の生産量の劇的な減少を引き起こす。この問題を解決するために、変異誘発剤処理や紫外線照射などによって野生株に何らかの変異を起こさせ、数千を超えるコロニーをスクリーニングして、大量生産株を得る試みがなされてきた。しかしながら、このようなランダムスクリーニングは偶然性に期待するところが大きく、多大な労力と時間を必要とするという問題がある。
【0010】
また、抗生物質の生合成研究のためには生合成経路を途中の段階で止めて代謝中間体を取得するため、生合成関連遺伝子の破壊が行われるが、代謝中間体の生産量は、遺伝子を破壊せずに通常の生合成を進めた場合と比較すると著しく減少するため(親株の10%未満に減少することもよく見受けられる)、代謝中間体の取得自体が非常に困難であるという問題がある。
【0011】
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであって、その目的は、遺伝子破壊の手法を用いて、微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させる方法、およびこれを用いた抗生物質産生微生物、並びに抗生物質代謝中間体の生産量を増加させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、上記遺伝子が破壊された微生物の抗生物質生産量が飛躍的に増加することを見出した。また、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が破壊された微生物において、さらに、抗生物質の生合成関連遺伝子を破壊すると抗生物質代謝中間体の生産量が飛躍的に増加することを見出して、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法は、微生物の遺伝子であって、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、上記微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させることを特徴としている。
【0014】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記遺伝子はtetR型リセプター遺伝子群に含まれることが好ましい。
【0015】
さらに、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記微生物が放線菌であることが好ましい。
【0016】
さらに、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記微生物がストレプトマイセス・ロチェイであることが好ましい。
【0017】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記タンパク質が塩基性タンパク質であることが好ましい。
【0018】
さらに、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記タンパク質が、以下の(a)又は(b)記載のタンパク質であることが好ましい。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質。
【0019】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記遺伝子として、以下の(c)又は(d)記載の遺伝子が用いられることが好ましい。
(c)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(d)配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0020】
後述するように、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質(以下「非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質」とも称する)をコードする遺伝子と、オートレギュレーター生産遺伝子と相同性のある遺伝子とを破壊して構築した二重遺伝子破壊株は抗生物質を生産せず、非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子のみを破壊した単独遺伝子破壊株の抗生物質生産量は顕著に増加した。このことから、上記非リプレッサー遺伝子のみを破壊した単独遺伝子破壊株を構築すれば、微生物の抗生物質生産量を増加させることができると考えられる。
【0021】
本発明は、微生物の上記非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子を破壊し、抗生物質生産量を2倍以上に増加させるものであるので、実用上有用なレベルで微生物の抗生物質生産量を増加させることができる。
【0022】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が破壊された微生物は、上記遺伝子が破壊されていない微生物と比較して、生合成関連遺伝子の発現が促進されていることが好ましい。
【0023】
さらに、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記生合成関連遺伝子は、以下の(e)から(l)のいずれかに記載の遺伝子であることが好ましい。
(e)配列番号15に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(f)配列番号15に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(g)配列番号16に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(h)配列番号16に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(i)配列番号17に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(j)配列番号17に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(k)配列番号18に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(l)配列番号18に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
【0024】
後述する実施例に示すように、非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子が破壊された微生物では、上記遺伝子が破壊されていない微生物と比較して、多種類の生合成関連遺伝子の発現が促進されていることから、上記遺伝子が破壊されることにより微生物の代謝活性が高められると考えられる。抗生物質の生産活性も代謝活性の一つであることから、上記遺伝子が破壊された微生物では、抗生物質生産量を飛躍的に増加させることができるものと考えられる。
【0025】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した遺伝子断片を含むベクターを、微生物に導入する形質転換工程を含んでいることが好ましい。さらに、上記ベクターを構築するベクター構築工程を含んでいることが好ましい。
【0026】
これにより、上記タンパク質をコードする遺伝子を破壊した遺伝子を微生物内で発現させることができる。それゆえ、微生物の抗生物質生産量を飛躍的に増加させることができる。
【0027】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記抗生物質がランカマイシンまたはランカサイジンであることが好ましい。
【0028】
また、本発明に係る抗生物質の代謝中間体の生産方法は、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した微生物において、さらに抗生物質の生合成関連遺伝子を破壊することによって抗生物質の代謝中間体の生産量を増加させることを特徴としている。さらに、本発明に係る抗生物質の代謝中間体の生産方法では、上記抗生物質の生合成関連遺伝子はチトクロムp−450水酸化酵素をコードする遺伝子であることが好ましい。
【0029】
上記構成によれば、予め非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子が破壊されているため微生物は抗生物質を生産しやすい状態になっており、抗生物質の生合成関連遺伝子のみを破壊する場合よりも代謝反応は進行しやすい。したがって、抗生物質の代謝中間体を容易に得ることができ、抗生物質の生合成機構解析に役立てることができる。
【0030】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物は、上記生産方法により生産されたことを特徴としている。上記微生物は、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、抗生物質生産量を2倍以上に増加させたものである。したがって、抗生物質の大量調製に用いることができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法は、以上のように、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、上記微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させるものである。上記遺伝子を破壊した微生物では、生合成関連遺伝子の発現が著しく促進される。それゆえ、微生物の抗生物質の生産を飛躍的に増加させることができるという効果を奏する。
【0032】
また、本発明に係る抗生物質の代謝中間体の生産方法は、以上のように、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した微生物において、さらに抗生物質の生合成関連遺伝子を破壊することによって抗生物質の代謝中間体の生産量を増加させるものである。それゆえ、代謝中間体取得の困難性から、これまで解明が困難であった抗生物質の生合成機構の解析に役立てることができるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
本発明の一実施形態について説明すれば、以下のとおりであるが、本発明はこれに限定されるものではない。
(本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法)
一実施形態において、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法は、微生物の遺伝子であって、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、上記微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させるものである。
【0034】
オートレギュレーターリセプターとは、特有のDNA結合性へリックス−ターン−へリックス配列をもつDNA結合タンパク質である。オートレギュレーターリセプターは、微生物の生育初期には二次代謝の開始に必要な遺伝子のプロモーター領域に結合してその転写を抑制するが、生育が進み、オートレギュレーターが一定濃度を超えると、オートレギュレーターと結合することによって構造変化を起こし、DNAから解離して上記遺伝子の転写を促進するという機能を有している。
【0035】
本明細書におけるtetR型リプレッサーファミリーのうち、「オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質」は、上記オートレギュレーターリセプターの機能を有していないタンパク質であればよい。したがって、例えば、オートレギュレーターと結合することはできるが、オートレギュレーターが結合してもDNAから解離しないタンパク質や、二次代謝の開始に必要な遺伝子のプロモーター領域に結合するが、オートレギュレーターとは結合しないタンパク質等も、「オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有する」ということができる。
【0036】
上記オートレギュレーターリセプターは、上記オートレギュレーターとリガンド特異性を示すものであれば特に限定されるものではない。例えば、放線菌(Streptomyces、以下S.と略記する)S.avermitilisのAvaR(SAV3705)、S.virginiaeのBarA、S.ansochromogenesのSabR、S.tendaeのTarA、S.coelicolor A3(2)のScbR(SCO6265)、S.venezuelaeのJadR2、S.rocheiのOrf82(SrrA)、S.pristinaespiralisのSpbR、S.griseusのArpA、S.lavendulae FRI−5のFarA、Kitasatospora setaeのKsbA等を挙げることができる。
【0037】
また、上記オートレギュレーターとしては、S.griseusのAファクター、S.virginiaeのバージニアブタノライド、S.lavendulaeのIM−2、S.coelicolor A3(2)のSCB1、S.viridochromogenesのファクターI等を挙げることができる。
【0038】
上記遺伝子がオートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子であるかどうかは、従来公知の方法によって確認することができる。例えば、二重遺伝子破壊株構築法を挙げることができる。
【0039】
この方法は、オートレギュレーターの遺伝子またはオートレギュレーターの遺伝子と相同性のある遺伝子と、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子かどうか確認したい遺伝子(以下「確認対象遺伝子」という)とを破壊して二重遺伝子破壊株を構築し、当該破壊株が抗生物質を生産するかどうかを確認する方法である。
【0040】
もし確認対象遺伝子がオートレギュレーターリセプターとして働いているならば、オートレギュレーター遺伝子を破壊しても抗生物質が生産されるはずであるが、確認対象遺伝子がオートレギュレーターリセプターとして働いていないならば、抗生物質は生産されないため、確認対象遺伝子がオートレギュレーターリセプタータンパク質の機能とは異なる機能を有するタンパク質であるか否かを確かめることができる。
【0041】
一実施形態において、上記遺伝子はtetR型リセプター遺伝子群に含まれることが好ましい。tetR型リセプター遺伝子群とは、テトラサイクリンリプレッサー型リセプターをコードする遺伝子群であり、tetR型リセプターとは、抗生物質耐性に関与する遺伝子群の調節を行うtetRファミリーに属すると考えられるタンパク質である。上に例として挙げたオートレギュレーターリセプターもtetR型リセプターに分類されるものであるが、機能未同定のtetR型リセプター遺伝子は多数存在している。本発明によって、tetR型リセプター遺伝子にコードされ、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することによって微生物の抗生物質生産を2倍以上に増加させることができることが初めて明らかとなった。
【0042】
また、上記遺伝子は、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖およびアンチセンス鎖といった各1本鎖DNAやRNAも包含する。DNAには、例えばクローニングや化学合成技術又はそれらの組み合わせで得られるようなcDNAやゲノムDNAなどが含まれる。さらに、上記遺伝子は、上記非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする配列以外に、非翻訳領域(UTR)の配列やベクター配列(発現ベクター配列を含む)などの配列を含むものであってもよい。
【0043】
上記遺伝子の破壊に用いる方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いて行うことができる。すなわち、標的とする遺伝子と相同的な塩基配列を持つが、欠失、挿入などの変異を起こして遺伝子として働き得ないDNAを細胞中に導入して相同的組換えを起こさせ、この変異をゲノム上の遺伝子に取り込ませることにより不活化すればよい。具体的には、辻本豪三、田中利男編「ゲノム機能研究プロトコール、pp173−180、羊土社(2000)」等の方法を用いて行うことができる。
【0044】
上記微生物は、抗生物質を生産するものであれば特に限定されるものではない。例えば、上述の放線菌の他、細菌、糸状菌、担子菌、不完全菌、酵母等を挙げることができる。中でも放線菌は、現在までに得られている抗生物質のうち約60%、治療に使用されている抗生物質の90%以上を生産していることから、抗生物質を生産する能力が高いと考えられ、好ましく用いられる。また、上記放線菌としては特に限定されるものではなく、アクチノミセス目の中でミコバクテリウムを除く一群の細菌であればよい。例えば、S.ambofaciens、S.avermitilis、S.rochei、S.virginiae、S.ansochromogenes、S.tendae、S.coelicolor、S.venezuelae、S.fradiae、S.pristinaespiralis、S.griseus、S.lavendulae、S.rimosus等を挙げることができる。中でも、S.rochei(ストレプトマイセス・ロチェイ)は、抗生物質等の二次代謝物の生産に関与する線状プラスミドpSLA2―Lの中にランカサイジン生合成遺伝子群が存在していることが明らかにされており(図1、特許文献1)、抗生物質の生産に好適に用いることができることから、特に好ましく用いられる。
【0045】
本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法によって生産される抗生物質の種類は特に限定されるものではなく、微生物によって作られ、微生物その他の生活細胞の発育その他の機能を阻害する物質であればよい。例えば、β−ラクタム系抗生物質、アミノグリコシド系抗生物質、マクロライド系抗生物質、テトラサイクリン系抗生物質、ペプチド系抗生物質、核酸系抗生物質、ポリエン系抗生物質等を挙げることができる。また、上記抗生物質には半合成抗生物質などの誘導体も含まれる。
【0046】
上記マクロライド系抗生物質としては、14員環マクロライドであるランカマイシンや、6員環ラクトンを環内に含む炭素−炭素結合による特異な17員環構造という、従来のマクロライド系抗生物質とは全く異なる化学構造を有したランカサイジンなどがあげられる。特に活性発現のメカニズムおよび生合成起源に興味を持たれているという観点から、ランカサイジンがより好ましい。活性発現のメカニズムおよび生合成起源に興味が持たれているという観点から、ランカマイシンまたはランカサイジンであることが好ましい。
【0047】
一実施形態において、上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質は塩基性タンパク質であることが好ましい。ここで「塩基性タンパク質」とは、等電点が生理的pHよりアルカリ側にあるタンパク質をいう(生化学辞典第2版、p209、東京化学同人)。一般的に、上記オートレギュレーターリセプターは酸性タンパク質であることが多く、塩基性のリセプタータンパク質としてはpSLA2−LにコードされたOrf79やS.virginiaeに存在するBarB等、わずか数例が知られているのみであることから、タンパク質の等電点は上記非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質を選抜する際の指標になりうる。ここで、上記等電点は生理的pHよりアルカリ側であれば特に限定されるものでないが、8以上であることが好ましく、9以上であることがさらに好ましく、11以上であることが特に好ましい。
【0048】
微生物の抗生物質生産量は、従来公知の方法を用いて確認することができる。例えば、微生物学的検査方法、クロマトグラフィー法等を用いればよい。微生物学的検査方法としては、抗生物質の量を感受性菌の生育阻止度で定量する方法や、薄層クロマトグラフィー(あるいはろ紙クロマトグラフィー)で混合物質を分離後、検定用の寒天プレートに置き、一定時間インキュベート後、抗生物質の存在位置を知る方法であるバイオオートグラフィー等の方法を用いることができる。
【0049】
「微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させる」とは、上記非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子を有する微生物において、上記遺伝子を破壊した微生物の抗生物質生産量が、上記遺伝子を破壊していない微生物の抗生物質生産量の2倍以上であるとの意である。上記「2倍以上」とは、特に限定されるものではないが、3倍以上であることが好ましく、5倍以上であることがさらに好ましく、9倍以上であることが特に好ましい。抗生物質生産量は、上述の公知の方法を用いて測定すればよい。
【0050】
一実施形態において、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質が以下の(a)又は(b)記載のタンパク質であることが好ましい。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質。
【0051】
上記配列番号1に示されるアミノ酸配列は、放線菌の線状プラスミドpSLA2−L上に存在するtetR型リセプター遺伝子であるorf79がコードするタンパク質のアミノ酸配列である。上記非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質は、その一部が改変された変異タンパク質であってもよい。すなわち、上記タンパク質には、(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含み、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質も含まれる。
【0052】
上記「1個又はそれ以上のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加された」とは、特に限定されるものではないが、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異タンパク質作製法により置換、欠失、挿入、及び/又は付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/又は付加されるものであることが好ましい。
【0053】
このように、上記(b)のタンパク質は、上記(a)のタンパク質の変異タンパク質である。なお、ここでいう「変異」は、主として公知の変異タンパク質作製法により人為的に導入された変異を意味するが、天然に存在する同様の変異タンパク質であってもよい。
【0054】
以上説示した上記タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであればよいが、これに限定されるものではなく、ポリペプチド以外の構造を含む複合タンパク質であってもよい。したがって、上記タンパク質は、既に説明した構造以外に、他の構造を含む複合タンパク質であっても良い。ここでいうポリペプチド以外の構造としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、特に限定されるものではない。
【0055】
また、上記タンパク質は、付加的なポリペプチドを含むものであってもよい。このようなポリペプチドが付加される場合としては、例えば、HisやMyc、Flag等によって上記タンパク質がエピトープ標識されているような場合が挙げられる。
【0056】
上記非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子には、当該遺伝子の変異体が含まれる。変異体は、天然の対立遺伝子変異体のように、天然に生じ得る。「対立遺伝子変異体」によって、生物の染色体上の所定の遺伝子座を占める遺伝子のいくつかの交換可能な形態の1つが意図される。天然に存在しない変異体は、例えば当該分野で周知の変異誘発技術を用いて生成され得る。
【0057】
このような変異体としては、上記タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列において1または数個の塩基が欠失、置換、または付加した変異体が挙げられる。変異体は、コードもしくは非コード領域、またはその両方において変異され得る。コード領域における変異は、保存的もしくは非保存的なアミノ酸欠失、置換、または付加を生成し得る。
【0058】
一実施形態において、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記遺伝子として、以下の(c)又は(d)記載の遺伝子が用いられることが好ましい。
(c)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(d)配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0059】
上記配列番号2に示される塩基配列は、放線菌の線状プラスミドpSLA2−L上に存在するtetR型リセプター遺伝子であるorf79のオープンリーディングフレーム領域である。
【0060】
なお、上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%以上の同一性、好ましくは少なくとも95%以上の同一性、最も好ましくは97%の同一性が配列間に存在する時にのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。
【0061】
上記ハイブリダイゼーションは、J. Sambrook et al., Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory(1989)に記載されている方法のような従来公知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなる(ハイブリダイズし難くなる)。ハイブリダイゼーションの条件としては、従来公知の条件を好適に用いることができ、特に限定されるものではない。
【0062】
一実施形態において、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法では、上記非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子が破壊された微生物は、上記遺伝子が破壊されていない微生物と比較して、生合成関連遺伝子の発現が促進されていることが好ましい。上記生合成関連遺伝子には、生合成反応を直接司る遺伝子の他、生合成の調節を司る生合成制御遺伝子も含まれる。上記生合成制御遺伝子としては、特に限定されるものではないが、以下の(e)から(l)のいずれかに記載の遺伝子であることが好ましい。また、上記生合成反応を直接司る遺伝子としては、特に限定されるものではないが、以下の(m)または(n)に記載の遺伝子であることが好ましい。
(e)配列番号15に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(f)配列番号15に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(g)配列番号16に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(h)配列番号16に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(i)配列番号17に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(j)配列番号17に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(k)配列番号18に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(l)配列番号18に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(m)配列番号19に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(n)配列番号19に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
であることが好ましい。
【0063】
非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子が破壊された微生物では、上記遺伝子が破壊されていない微生物と比較して、多種類の生合成関連遺伝子の発現が促進されることが本発明によって明らかとなった。すなわち、上記遺伝子が破壊されることにより多種類の生合成関連遺伝子の発現が著しく増大するため、上記遺伝子が破壊された微生物では、抗生物質生産量を飛躍的に増加させることができるものと考えられる。
【0064】
また、他の実施形態において、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法は、上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した遺伝子断片を含むベクターを、微生物に導入する形質転換工程を含んでいる。さらに、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法は、上記ベクターを構築するベクター構築工程を含んでいることが好ましい。
【0065】
上記ベクター構築工程は、上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した遺伝子断片を含むベクターを構築する工程であれば特に限定されるものではない。上記ベクターとしては、従来公知の種々のベクターを用いることができる。例えば、プラスミド、ファージ、またはコスミド等を用いることができ、導入される微生物や導入方法に応じて適宜選択することができる。具体的には、例えば、pBR322,pUC19,pUC119,pBluescript SK+,Super CosIといったベクター等を挙げることができる。
【0066】
上記ベクターは、発現ベクターであってもよく、発現ベクターでなくてもよい。発現ベクターとする場合は、宿主の種類に応じて適宜プロモーター、ターミネーターを選択すればよい。プロモーターとしては、例えば大腸菌のlacプロモーター、trpプロモーター、tacプロモーター、λPプロモーター、放線菌のPtipAプロモーター等が挙げられる。上記プロモーターは、上記遺伝子を発現しうるように連結され、ベクター内に導入されていればよく、発現ベクターとしての具体的な構造は特に限定されるものではない。
【0067】
上記ベクターを微生物に導入する形質転換工程は、特に限定されるものではなく、上記ベクターを微生物に導入して、上記遺伝子を破壊した遺伝子断片を発現させるようになっていればよい。上記ベクターを微生物に導入する方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法を用いることができる。例えば、微生物のプロトプラストを調製して上記ベクターと混合し、DNAを取り込ませる方法や、エレクトロポレーション法等を用いることができる。
【0068】
他の実施形態において、本発明に係る抗生物質の代謝中間体の生産方法は、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した微生物において、さらに抗生物質の生合成関連遺伝子を破壊することによって抗生物質の代謝中間体の生産量を増加させるものである。
【0069】
上記抗生物質の代謝中間体とは、特に限定されるものではなく、抗生物質の代謝開始から終了までの過程において得られる物質であればよい。例えば、ランカマイシンの生合成過程において得られるLM−KA28A(15−デオキシランカマイシン)や、LM−KK01A(8−デオキシランカマイシン)、LM−KA28B(8,15−ジデオキシランカマイシン誘導体)等が挙げられる。
【0070】
また、抗生物質の生合成関連遺伝子についても特に限定されるものではなく、抗生物質の代謝開始から終了までの過程に関与する遺伝子であればよい。例えば、ランカマイシンの生合成過程に関与するチトクロムp−450水酸化酵素をコードする遺伝子や、デオキシ糖の生合成遺伝子の一つであるdTDP−D−グルコース4,6−デヒドラターゼ等が挙げられる。チトクロムp−450水酸化酵素をコードする遺伝子の例としては、S.rocheiのorf26やorf37を挙げることができる。なお、非(オートレギュレーター)リセプタータンパク質をコードする遺伝子については既に説明したとおりである。
【0071】
他の実施形態において、本発明に係る微生物は、既に説明した本発明に係る生産方法により生産されたものである。上記微生物は、抗生物質を生産するものであれば特に限定されるものではない。例えば、上述の放線菌の他、細菌、糸状菌、担子菌、不完全菌、酵母等を挙げることができる。
【0072】
(本発明の有用性)
本発明は、微生物の抗生物質生産量または抗生物質の代謝中間体の生産量を増加させることにより一定の効果がある分野に有用性がある。具体例を以下にいくつか挙げるが、本発明の有用性は、これらに限定されるものではない。
【0073】
本発明は、微生物の遺伝子であって、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、上記微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させることができることを初めて明らかにした。本発明によれば、従来行われてきたランダムスクリーニングによる抗生物質大量生産株を得る方法のように、偶然に左右されることがなく、確実に抗生物質を大量生産することができる。したがって、抗生物質の生産に要する労力を大幅に軽減することができ、生産コストを大幅に削減することができ、非常に有用である。
【0074】
また、特に、本発明に係る抗生物質産生微生物の生産方法は、その化学構造の特異性から活性発現のメカニズムおよび生合成起源に大いに興味が持たれており、豚赤痢菌やコレラ菌に対する強力な抗菌活性を示す重要な抗生物質であるランカサイジンの生産量を増加させることができる。上記のような特性を有することから、ランカサイジンおよびその誘導体のその他の薬理活性については今後解明が進展することが期待されているが、本発明によれば、ランカサイジンを安価に大量供給することが可能となる。したがって、その機能解明に寄与するところが大きいと考えられ、非常に有用である。
【0075】
また、ランカマイシンは1960年にStreptomyces violaceonigerから初めて単離された中性の14員環マクロライド化合物であり、その化学構造は世界中で研究が進んでいるエリスロマイシンのそれときわめて類似している。作用機作はリボゾーム50Sサブユニットと結合し、ペプチド転移反応を阻害する、というものであり、Staphylococcus aureus 9144,Bacillus subtilis 10707,Sarcina lutea 9341に対してそれぞれ6.25,6.25,0.78μg/mlの最小阻止濃度(MIC)を有する(Martin, J. R., Egan, R. S., Goldstein, A. W., Mueller, S. L., Helv. Chim. Acta 59, 1886−1894(1976))。
【0076】
現在、薬剤耐性菌の出現によりエリスロマイシンの誘導体の研究が精力的に進められており、ランカマイシンの生合成遺伝子をエリスロマイシンの生合成遺伝子と置換することによって、ハイブリッド型エリスロマイシンなどを創製することが考えられている。本発明によれば、ランカマイシンを安価に大量供給することが可能となる。したがって、上記ハイブリッド型エリスロマイシンの創製等に寄与するところが大きいと考えられ、非常に有用である。
【0077】
さらに、本発明に係る抗生物質代謝中間体の生産方法は、抗生物質代謝中間体を容易に取得することができるので、代謝中間体取得の困難さからこれまで困難であった抗生物質の生合成機構の解明に大きく寄与することができ、非常に有用である。
【0078】
また、本発明に係る抗生物質産生微生物は、本発明に係る生産方法により生産されたものであるため、抗生物質の大量供給に寄与することができ、非常に有用である。
【0079】
なお、本発明は、以上説示した各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0080】
以下、本発明について、実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。当業者は、本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。
【実施例】
【0081】
(実験方法)
[1.使用菌株、培地等]
放線菌S.rocheiの親株、すなわち遺伝子破壊を行わない株として、線状プラスミドpSLA2−Lのみを有する51252株(Kinashi, H., Mori, E., Hatani, A., and Nimi, O., J. Antibiot. 47, 1447-1455.(1994))を用いた。
【0082】
放線菌のDNA調製は、YEME液体培地(0.3%yeast extract, 0.5%polypepton, 0.3%malt extract, 1%D−glucose,34%sucrose, 5mM MgCl,and 0.25%glycine)を用いて行った。
【0083】
遺伝子クローニングにはE.coli XL1−Blueを用い、アンピシリン(100μg/ml)を含んだLuria Bertani(LB)培地で培養した。また、放線菌の抗生物質生産及びバイオアッセイにはYMG培地(0.4%yeast extract,1.0%malt extract,and 0.4% glucose,pH7.3)とTSB培地(tryptic soy broth,30g/liter)をそれぞれ用いた。
【0084】
大腸菌及び放線菌のDNA調製は、それぞれ Sambrook, J., Fritsch, E.F., and Maniatis, T., Molecular cloning: A laboratory manual(Cold Spring Harbor, NY: Cold Spring Harbor Laboratory Press,(1989)).および Kieser, T., Bibb, M.J., Buttner, M.J., Chater, K.F., and Hopwood, C.A., Practical Streptomyces genetics(Norwich, United Kingdom: The John Innes Foundation,(2000))のプロトコールに従った。
[2.orf79破壊用ベクターの構築方法]
整列コスミドA8(Mochizuki, S., Hiratsu, K., Suwa, M., Ishii, T., Sugino, F., Yamada, K. and Kinashi, H. Mol., Microbiol. 48, 1501-1510, (2003))を制限酵素PstI及び Eco47IIIで完全消化し、得られた4.3kb断片を制限酵素PstI及びSmaIで完全消化したベクターpUC19に連結し、全長7.0kbのプラスミドpKAR3004を得た。
【0085】
そして制限酵素BsiWIを用いて完全消化し、次いでself−ligationに賦してorf79のN末端領域を499bp欠失したプラスミドpKAR3006を得た。最後にpKAR3006を制限酵素EcoRI及びPstIで切断し、そのベクター領域を放線菌−大腸菌シャトルベクターpRES18(Ishikawa, J., Niino, Y., and Hotta, K., FEMS Microbiol. Lett. 145, 113-116,(1996))と置換して遺伝子破壊用プラスミドpKAR3008を得た。
[3.放線菌への形質転換]
放線菌の強い制限修飾系を避けるために、大腸菌のメチル化酵素欠損株E.coli ET12567(MacNeil, D.J., Gewain, K.M., Ruby, C.L., Dezeny, G., Gibbons, P.H., and MacNeil, T., Gene 111, 61-68.(1992))に形質転換してプラスミドpKAR3008を再調製した。
【0086】
定法 (Kieser, T., Bibb, M.J., Buttner, M.J., Chater, K.F., and Hopwood, C.A., Practical Streptomyces genetics(Norwich, United Kingdom: The John Innes Foundation,(2000))に従って放線菌 S.rochei 51252株のプロトプラスト(50μl)を調製し、それに5μlのpKAR3008を混合してさらにT−buffer(PEG1000を25%含む)150μlとよく混和し、直ちにR1M寒天培地(Zhang, H., Shinkawa, H., Ishikawa, J., Kinashi, H., and Nimi, O., J. Ferment. Bioeng. 83, 217-221,(1997))に塗布した。28℃で18時間培養し、3mlのSNA培地(300μgのチオストレプトンを含む)を重層した。さらに28℃で2−3日培養し、生育の見られた形質転換体を10μg/mlのチオストレプトンを含むYMG寒天培地に接種した。
[4.遺伝子破壊]
上記3.で得られた形質転換体をチオストレプトン(10μg/ml)のみを含むYMG液体培地10mlに植菌し、24時間毎に植え継ぎを行った。4回の植え継ぎの後、チオストレプトン(10μg/ml)を含むYEME液体培地10mlに植え継ぎ、プロトプラストを調製した。
【0087】
次に、P−bufferで適当に希釈したプロトプラスト溶液をR1M培地にスプレッドして再生させた。得られたシングルコロニーを、チオストレプトンを含まないYMG液体培地10mlに植菌し、24時間毎に植え継ぎを行った。5回の植え継ぎの後、上述のように希釈プロトプラスト溶液を調製し、R1M培地に塗布して再生させた。
【0088】
得られたシングルコロニーをチオストレプトン(10μg/ml)を含むYMG寒天培地と、チオストレプトンを含まないYMG寒天培地にそれぞれ移植した。3日間28℃で培養し、チオストレプトン感受性コロニーを数個選んでYMG液体培地に植菌し28℃で培養した。この培養液を用いてDNAを調製し、サザンブロット解析を行った。
[5.薄層クロマトグラフィー(TLC)とバイオオートグラフィー]
S.rochei 51252株とorf79遺伝子破壊株(KA07株)の前培養液1mlをTSB培地100mlに植菌し、28℃で培養した後、48時間後に培養液をサンプリングした。サンプリングした培養液を5000rpmで10分(4°C)遠心後、その上清を分液漏斗に移し、等量の酢酸エチルを用いて抽出を行った。
【0089】
この酢酸エチル層をエバポレーターで濃縮し、粗抽出液を得た。展開溶媒はクロロホルム−メタノール=15:1を用い、展開したTLCプレートを乾かした後、検定菌 Micrococcus luteusを重層したTSB寒天培地(上層;0.8%agar, 下層;1.5%agar)に30分間密着させた。TLCプレートをはずしてから、バイオオートグラフィー用プレートを28℃で一晩静置した。
[6.リアルタイムPCR]
(6−1.Total RNAの調製)
Total RNAの調製には、High Pure RNA Isolation Kit(ロシュ製)を用いた。坂口フラスコで100mlの培地を28℃で48時間培養した。そのうち培養液1mlを5000rpmで集菌し、200μlの10mMトリス緩衝液で懸濁した。200μgのリゾチームを加え、37℃で10分間インキュベーションした。ついで400μlのlysis/−binding buffer(緑色のキャップ)を加えてよく混ぜ合わせた。
【0090】
次に、溶液をHigh Pureフィルタースピンカラム(フィルターチューブとリザーバーチューブで構成されている)に充填し、10,000rpmで15秒間遠心した。リザーバーチューブに溜まった濾液を捨て、フィルターチューブに90μlのDNaseincubation bufferと10μlのDNaseI溶液を加え、室温で1時間反応させた。スピンカラムに500μlのwash buffer Iを加え、10,000rpmで15秒間遠心した。
【0091】
濾液を捨て、フィルターチューブに500μlのwash buffer IIを加え、10,000rpmで15秒間遠心した。ふたたび濾液を捨て、フィルターチューブに200μlのwash bufferIIを加え、10,000rpmで15秒間遠心した。リザーバーチューブを1.5mlのエッペンドルフチューブと交換し、フィルターチューブに100μlのelution bufferを加えた。そして10,000rpmで1分間遠心し、totalRNA溶液を得た。
【0092】
(6−2.逆転写酵素によるcDNA(相補DNA)の調製)
調製したtotalRNA(500ng/μl)からのcDNA合成にはTranscriptor Reverse Transcriptase(ロシュ製)を用いた。まず以下の表1に示す反応液を調製した。
【0093】
【表1】

【0094】
この反応液を65℃で5分間反応させ、直ちに氷冷した。その後以下の表2に示す混合物を加えて全量を20μlにした。
【0095】
【表2】

【0096】
この反応液を25℃で10分間反応させ、ついで55℃で30分間反応させて逆転写反応を行った。反応終了後85℃で5分間反応させ酵素を失活させて、直ちに氷上に置いた。この液をテンプレートcDNA溶液(以下「テンプレート」と表記)とした。
【0097】
(6−4.LightCyclerを利用したリアルタイムPCR)
リアルタイムPCRの反応試薬にはLightCycler FastStart DNA Master SYBR Green I(ロシュ製)を用い、LightCycler クイックシステム350S(ロシュ製)を用いて測定した。反応液の調製は以下の表3に示す比率で行った。
【0098】
【表3】

【0099】
この溶液20μlを表4に示す各プライマーに対して、またテンプレートcDNA(51252株もしくはKA07株由来)の種類に応じて調製した。
【0100】
【表4】

【0101】
表4において、番号の後ろにFまたはSと付したものはフォワードプライマーであり、RまたはASと付したものはリバースプライマーである。
【0102】
ライトサイクラーでのPCR反応は、95℃10分の変性反応、95℃10秒の変性反応の後、アニール反応(プライマー71;58℃10秒、プライマー75;59℃10秒、プライマー82;58℃10秒、プライマー85;56℃10秒、プライマー55;57℃10秒)、伸長反応(プライマー71、75,85,55;72℃7秒、プライマー82;72℃12秒)を行い、95℃1秒→70℃10秒→95℃0秒メルティングした後、40℃で30秒冷却した。
[実施例1:orf79遺伝子破壊株のサザンブロット解析]
図6は、orf79遺伝子破壊株構築の手順を示す模式図である。図7は、orf79遺伝子破壊株のサザンブロット解析の結果を示すものである。遺伝子破壊株は相同的組み換えによる二重交差(double crossover)を行って構築した。
【0103】
上記二重交差について、図8を参照しながら説明する。まず線状プラスミドと破壊用プラスミドの相同領域で最初の相同的組み換えが起こり、図8に示したB−(1)もしくはB−(2)という株が得られる。ついで起こる相同的組み換えで、もし(4)のように組み換えが起きれば目的の遺伝子破壊株が得られる。一方、もし(3)のようにおきれば元の状態に戻る。すなわち二重交差により得られる株には元の野生株に戻ったものも存在することになる。これがレーン3と6である。
【0104】
図7において、レーン1およびレーン7は分子量マーカーである。レーン2は遺伝子破壊を行っていない放線菌S.rocheiの親株(51252株)の泳動結果を示し、2.8kb、1.7kb、1.1kbにバンドが検出された。レーン4およびレーン5は、orf79遺伝子破壊株(KA07株)の泳動結果を示しており、親株(51252株)の遺伝子から図6に示す制限酵素BsiWIの2つの認識部位に挟まれる499bpを除去した結果、2.8kbと1.1kbのバンドが消失し、3.4kbのバンドが新たに検出された。[実施例2:orf79 破壊株におけるランカサイジンおよびランカマイシンの生産増加]
放線菌線状プラスミドpSLA2―L上に存在するtetR型リセプター遺伝子の中の3つ(orf74,orf79,orf82)を上述の方法によって破壊し、放線菌のランカサイジン(以下「LC」と称する)およびランカマイシン(以下「LM」と称する)の生産に上記遺伝子破壊が与える影響を調べた。
【0105】
orf74およびorf82を破壊したところ(orf74破壊株、orf82破壊株をそれぞれKA16株、KA12株と命名)、これらの株ではLCおよびLMの生産性に顕著な違いはなかった。
【0106】
一方、orf79破壊株(KA07株と命名)ではLCおよびLMの生産量が著しく増大した。特に、LMの生産量は親株(51252株)と比較して9.5倍に増加した。また、LCの生産量は2倍に上昇したが、これは生産菌自身の耐性能限界までLCが生産されたためと考えられる。結果を表5に示した。
【0107】
【表5】

【0108】
また、バイオオートグラフィーの結果を図9に示した。KA07株ではランカマイシン、ランカサイジンともに親株と比較して産生量が大幅に増加しているのが観察された。
【0109】
orf79遺伝子がコードするタンパク質がオートレギュレーターリセプターとして機能しているか否かを確かめるため、Aファクター(オートレギュレーターとして知られる)の生産遺伝子afsAと相同性のあるorf85と、orf79遺伝子との二重遺伝子破壊株を構築し、当該二重遺伝子破壊株の抗生物質生産について検討した。orf79がオートレギュレーターリセプターとして働いているならば、オートレギュレーター遺伝子orf85を破壊しても抗生物質は生産されるはずである。
【0110】
図10は、二重遺伝子破壊株の抗生物質生産量を比較した結果を示す図である。図10に示すように、orf79とorf85との二重遺伝子破壊株(KA20株)はLC、LMともに生産しなかった。さらに、orf74、orf82についても同様に二重遺伝子破壊株を構築したところ、orf74とorf85との二重遺伝子破壊株(KA22株)はLC、LMともに生産しなかったが、orf82とorf85との二重遺伝子破壊株(KA21株)で抗生物質の生産が確認できた。
【0111】
図10に示す結果から、オートレギュレーターリセプターはorf82がコードするタンパク質であることが明らかとなり、orf79がコードするタンパク質はオートレギュレーターリセプターの機能を有さないこと、すなわち、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有することが明らかとなった。
[実施例3:遺伝子機能とタンパク質の性状とに関する検討]
orf79破壊株(KA07株)の高い抗生物質生産能はどのような要因によって引き起こされるのかについて検討した。リアルタイムPCRを用いて遺伝子発現解析を行ったところ、上記KA07株は親株(51252株)と比較して、多数の生合成遺伝子の発現を著しく高めていた。リアルタイムPCRによってKA07株と親株との遺伝子発現を比較、解析した結果を図11および図12に示した。
【0112】
図11より、KA07株は、生合成制御遺伝子であるorf71,orf85,orf75,orf55の発現を高めていることが分かる。また、図12より、KA07株は、生合成反応を直接司る遺伝子であるorf18の発現を高めていることが分かる。オートレギュレーターリセプター遺伝子であるorf82の遺伝子発現には変化は認められなかった。orf82の遺伝子が過剰に発現し、その結果オートレギュレーターリセプタータンパク質が大量に生産されてしまうと、逆に抗生物質生産量は激減すると予想できるため、orf82の遺伝子発現に変化がないという結果は、KA07株の抗生物質産生量が増加したという結果を支持するものであった。
【0113】
さらに、オートレギュレーターの生産量が抗生物質生産に影響する可能性も考えられたので、orf79破壊株(KA07株)と親株(51252株)のオートレギュレーターの生産量を比較した。しかしながら両者には大きな違いがなく、orf79はオートレギュレーターの生産調節には関与せず、むしろ生合成遺伝子群全体を調節していると考えられた。
【0114】
他の放線菌類で見いだされているtetR型リセプタータンパク質との比較を表6に示した。
【0115】
【表6】

【0116】
表6に示すように、Orf79はS.fradiaeのTylQやS.virginiaeのBarBと高い相同性を有していた。BarBをコードする遺伝子の破壊株は抗生物質の早期生産を促すが、抗生物質総生産量の変化は示さないことが報告されている(非特許文献3、図4)。すなわち、BarBはオートレギュレーターリセプターとは異なる役割を果たしていると考えられるが、図4から明らかなように、抗生物質は、最大でBarBをコードする遺伝子を破壊していない野生株(WT)の約1.7倍増加したにとどまった。抗生物質生産はある時期で停止するため、これ以上の劇的な増加はないものと考えられる。一方、orf79破壊株では表5に示すように、LCが2倍、LMが9.5倍に増加し、大幅な増加が見られた。
【0117】
図13は、BarBをコードする遺伝子の破壊株における遺伝子発現を調べたRT−PCRの結果を表すものである(非特許文献3を参照)。図13に示した数字は培養時間(単位:時間)を表している。図13に示すように、BarBをコードする遺伝子の破壊株では、生合成関連遺伝子(barA、orf5、varM)のいずれにおいても遺伝子発現量は増加していない。一方、上述のようにKA07株においては生合成関連遺伝子の発現量が増加した。すなわち、生合成関連遺伝子の発現量が大きく異なる点で、BarBをコードする遺伝子の破壊株とKA07株とは明確に区別される。
【0118】
また、orf79がコードするタンパク質の等電点(pI)は11.11であり、塩基性タンパク質であることが分かった。図14は、orf79がコードするタンパク質の等電点を解析した結果を示すグラフである。上記タンパク質のアミノ酸配列を分析した結果、アミノ酸総残基数228のうち、アルギニンが26残基、ヒスチジンが8残基、リシンが5残基であることが明らかとなった。
【0119】
一般的にオートレギュレーターリセプターは酸性タンパク質であることが多く、塩基性のリセプタータンパク質はorf79の他にはBarBの他わずか数例が知られているのみである。表6に示すように、機能未同定のtetR型リセプター遺伝子は他にも多数存在しているため、機能未同定のtetR型リセプタータンパク質とorf79によってコードされるタンパク質との相同性や両者の等電点を比較することにより、orf79のように抗生物質の生産増加に関与する遺伝子を検出することが可能である。
[実施例4:抗生物質代謝中間体の生産]
orf79破壊株(KA07株)を親株として用い、抗生物質の生合成関連遺伝子を破壊した株の構築を試みた。一例としてランカマイシン生合成におけるチトクロムP−450水酸化酵素のOrf37の破壊株を示す。通常どおり51252株を親株として用いた場合は、代謝中間体LM−KA28A(15−デオキシランカマイシン)の生産量は0.7mg/lであったが、KA07株を用いた場合は、13mg/lと大幅に生産量が増大した。
【産業上の利用可能性】
【0120】
以上のように、本発明では、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、生合成関連遺伝子の遺伝子発現レベルを著しく上昇させることができるので、微生物の抗生物質生産を飛躍的に増加させることができる。そのため、本発明は抗生物質を製造する分野や、抗生物質が利用される分野、例えば、製薬業、畜産業、農業、水産業等に広く応用することが可能である。
【0121】
また、本発明では、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した微生物において、抗生物質の生合成関連遺伝子をさらに破壊するので、抗生物質代謝中間体の生産量を増加させることができる。そのため、本発明は抗生物質の生合成機構を解明するための基礎研究に利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0122】
【図1】線状プラスミドpSLA2−Lの遺伝子地図に関する従来技術を示すものである。
【図2】S.griseusのAファクター・シグナルカスケードとpSLA2−Lにコードされた相同タンパク質に関する従来技術を表す図である。
【図3】ArpAをコードする遺伝子を破壊したS.griseusにおけるストレプトマイシンの生産に関する従来技術を表す図である。
【図4】BarBをコードする遺伝子を破壊したS.virginiaeにおけるバージニアマイシン生産に関する従来技術を表す図である。
【図5】S.rochei 7434AN4株が生産する抗生物質の構造を示す図である。
【図6】orf79遺伝子破壊株構築の手順を示す模式図である。
【図7】orf79遺伝子破壊株のサザンブロット解析の結果を示すものである。
【図8】相同的組み換えによる二重交差を用いた遺伝子破壊株構築の模式図である。
【図9】orf79破壊株(KA07株)と親株(51252株)のバイオオートグラフィーの結果を示す図である。
【図10】二重遺伝子破壊株の抗生物質生産量を比較した結果を示す図である。
【図11】リアルタイムPCRによってKA07株と親株との遺伝子発現を比較、解析した結果を示す図である。
【図12】リアルタイムPCRによってKA07株と親株とのorf18遺伝子の発現を比較、解析した結果を示す図である。
【図13】BarBをコードする遺伝子の破壊株における遺伝子発現を調べたRT−PCRの結果に関する従来技術を表すものである。
【図14】orf79がコードするタンパク質の等電点を解析した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物の遺伝子であって、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより、上記微生物の抗生物質生産量を2倍以上に増加させることを特徴とする抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項2】
上記遺伝子はtetR型リセプター遺伝子群に含まれることを特徴とする請求項1に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項3】
上記微生物が放線菌であることを特徴とする請求項1または2に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項4】
上記放線菌がストレプトマイセス・ロチェイであることを特徴とする請求項3に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項5】
上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質が塩基性タンパク質であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項6】
上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質が、以下の(a)又は(b)に記載のタンパク質であることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
(a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、及び/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質。
【請求項7】
上記遺伝子として、以下の(c)又は(d)に記載の遺伝子が用いられることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
(c)配列番号2に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(d)配列番号2に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項8】
上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が破壊された微生物は、上記遺伝子が破壊されていない微生物と比較して、生合成関連遺伝子の発現が促進されていることを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項9】
上記生合成関連遺伝子は、以下の(e)から(n)のいずれかに記載の遺伝子であることを特徴とする請求項8に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
(e)配列番号15に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(f)配列番号15に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(g)配列番号16に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(h)配列番号16に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(i)配列番号17に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(j)配列番号17に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(k)配列番号18に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(l)配列番号18に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
(m)配列番号19に示される塩基配列をオープンリーディングフレーム領域として有する遺伝子。
(n)配列番号19に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなる遺伝子とストリンジェントな条件でハイブリダイズする遺伝子。
【請求項10】
上記オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子を破壊した遺伝子断片を含むベクターを、微生物に導入する形質転換工程を含んでいることを特徴とする請求項1から9のいずれか1項に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項11】
さらに、上記ベクターを構築するベクター構築工程を含んでいることを特徴とする請求項10に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項12】
上記抗生物質がランカマイシンまたはランカサイジンであることを特徴とする請求項1から11のいずれか1項に記載の抗生物質産生微生物の生産方法。
【請求項13】
オートレギュレーターリセプターの機能とは異なる機能を有するタンパク質をコードする遺伝子が破壊された微生物において、さらに、抗生物質の生合成関連遺伝子を破壊することによって抗生物質代謝中間体の生産量を増加させることを特徴とする抗生物質代謝中間体の生産方法。
【請求項14】
上記抗生物質の生合成関連遺伝子がチトクロムp−450水酸化酵素をコードする遺伝子であることを特徴とする請求項13に記載の抗生物質代謝中間体の生産方法。
【請求項15】
請求項1から12のいずれか1項に記載の生産方法により生産された抗生物質産生微生物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図13】
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【公開番号】特開2006−296419(P2006−296419A)
【公開日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−60280(P2006−60280)
【出願日】平成18年3月6日(2006.3.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年3月5日 社団法人日本農芸化学会発行の「日本農芸化学会2005年度(平成17年度)大会講演要旨集」に発表
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】