説明

遺伝子転写制御方法

【課題】標的遺伝子の発現を制御するための方法の提供、ならびに目的遺伝子産物を効率的に生産するための組み換え微生物および当該微生物を用いた目的遺伝子産物の生産方法の提供。
【解決手段】微生物において標的遺伝子の転写を促進する方法であって、LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAを有する微生物において、該liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAの下流に該標的遺伝子を作動可能に連結させる工程、ならびに該微生物に細胞壁ストレスを負荷して該LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子の発現を活性化させる工程を含む、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、標的遺伝子の発現を制御するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物による有用物質の工業的生産は、食品、医薬や、洗剤、化粧品等の原料、あるいは各種化成品原料に至るまで、幅広い分野で行われている。微生物による有用物質の工業生産においては、その生産性の向上が重要な課題の一つである。その手法として、近年、遺伝子工学技術により微生物の遺伝子やプロモーターを改変して目的物質の発現を制御する方法が注目されている。
【0003】
遺伝子の転写に必要なプロモーターに関する研究は数多く行なわれており、枯草菌(Bacillus subtilis)の場合、lacプロモーター、キシロースプロモーター、アラビノースプロモーター等が遺伝子の発現誘導に用いられている。これらのプロモーターは、リプレッサーが制御配列から外れることによって活性化されて遺伝子の発現を誘導する、ネガティブレギュレーターによって制御される系である。
【0004】
一方、枯草菌には、ポジティブレギュレーターに制御されるプロモーター系もまた存在する。枯草菌LiaR及びLiaS(あるいはYvqC及びYvqE)は、細胞壁ストレスに応答する二成分制御系であることが示唆されている。二成分制御系とは、刺激に対するレセプター且つヒスチジンキナーゼとして働くセンサータンパク質と、そのセンサーからのリン酸シグナルを受けて活性化し、遺伝子発現を制御するレギュレータータンパク質とで構成される環境応答機構である。従来の研究では、LiaRS二成分制御系においてLiaSは細胞壁に作用するいくつかの抗生物質に応答してLiaRをリン酸化し、リン酸化されたLiaRは、liaIH上流とyhcY上流に結合してその発現を制御すること(図1)、二成分制御系LiaRSは、これらの遺伝子を活性化させるポジティブレギュレーターとして働くことが提唱されていた(非特許文献1〜5)。
【0005】
LiaRS等の二成分制御系は、特定の遺伝子に対して強いポジティブレギュレーションを及ぼし得ることが報告されている(特許文献1、非特許文献6)。当該二成分制御系を利用した抗生物質の探索方法や抗生物質に対する耐性の探索方法が提唱されている(特許文献1)。しかし、二成分制御系が実際にプロモーターにどのように作用し、遺伝子発現を制御するのかについての詳細な解析は行われていなかった。また、有用物質の工業的生産のために二成分制御系を利用する試みも、これまでなされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許第7,309,484号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Jordanら,Microbiology, 2007, 153:2530-2540
【非特許文献2】Jordanら,Journal of Bacteriology, 2006, 188(14):5133-5166
【非特許文献3】Mascherら,Antimicrobial Agents and Chemotherapy, 2004, 48(8):2888-2896
【非特許文献4】Jordanら,FEMS Microbiology reviews, 2008, 32:107-146
【非特許文献5】Mascherら,Microbiology and Molecular Biology Reviews, 2006, 70(4):910-938
【非特許文献6】Mascherら,Molecular Microbiology, 2003, 50(5):1591-1604
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、標的遺伝子の発現を特異的に制御するための方法を提供することに関する。また本発明は、目的遺伝子産物を効率的に生産するための組み換え微生物、および当該微生物を用いた目的遺伝子産物の生産方法の提供に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、枯草菌二成分制御系LiaR及びLiaSの系が、驚くべきことに、liaIH遺伝子プロモーターに対して非常に特異的に結合していることを見出した。また本発明者らは、このLiaRS系による遺伝子発現誘導が、特定の抗生物質によってさらに顕著に向上することを見出した。これらの知見に基づき、本発明らは、liaIHプロモーターの下流に標的遺伝子を作動可能に連結させ、そして二成分制御系LiaRSを抗生物質によって活性化することで、当該標的遺伝子の発現を極めて特異的に誘導することができることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下を提供する。
(1)微生物において標的遺伝子の転写を促進する方法であって、LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAを有する微生物において、該liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAの下流に該標的遺伝子を作動可能に連結させる工程、ならびに該微生物に細胞壁ストレスを負荷して該LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子の発現を活性化させる工程を含む、方法。
(2)細胞壁ストレスが抗生物質である、(1)記載の方法。
(3)抗生物質がenduracidinである、(2)記載の方法。
(4)微生物がバチルス属細菌である、(1)〜(3)のいずれか1に記載の方法。
(5)バチルス属細菌が枯草菌又はその変異株である、(4)に記載の方法。
(6)標的遺伝子が異種タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子である、(1)〜(5)のいずれか1に記載の方法。
(7)LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAを有し、且つ該liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAの下流に目的遺伝子産物をコードする遺伝子が作動可能に連結されている組換え微生物。
(8)前記liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAと前記目的遺伝子産物をコードする遺伝子とが組み込まれた発現ベクターを有する(7)記載の組換え微生物。
(9)前記liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAと前記目的遺伝子産物をコードする遺伝子とがゲノムに組み込まれている(7)記載の組換え微生物。
(10)微生物がバチルス属細菌である、(7)〜(9)のいずれか1に記載の組換え微生物。
(11)バチルス属細菌が枯草菌又はその変異株である、(10)に記載の組換え微生物。
(12)(7)〜(11)のいずれか1に記載の組換え微生物に細胞壁ストレスを負荷する工程を特徴とする、目的遺伝子産物の生産方法。
(13)細胞壁ストレスが抗生物質である、(12)記載の方法。
(14)抗生物質がenduracidinである、(13)記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、目的タンパク質又はポリペプチド等の標的遺伝子産物の発現を強力且つ特異的に誘導し、それらを高効率で生産することが可能になる。さらに、本発明によれば、目的遺伝子産物の発現を極めて特異的に誘導することができ、目的以外の遺伝子産物が無駄に生産されることがないため、高純度の目的物質を得ることができるとともに、目的物質の生産に要するコストや労力を削減することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】二成分系LiaRSによる転写誘導の模式図。A:細胞壁ストレスによるアクティブレギュレーションの概念図、B:転写誘導経路の概念図。
【図2】liaIノーマーカー削除株の作製手順。
【図3】BAB7株の作製手順。
【図4】BAB8株の作製手順。
【図5】BAB9株の作製手順。
【図6】BAB10株の作製手順。
【図7】pGEX 4.1−liaR株の作製手順。
【図8】抗生物質による転写誘導。
【図9】異なるストレス因子による転写誘導を示す、LacZアッセイデータ。
【図10】異なるプロモーター間での転写誘導比較。
【図11】レギュレーターLiaRの枯草菌ゲノム結合領域を示す、ゲルシフトアッセイデータ。
【図12】LiaRのPliaIHへの結合特異性を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書に記載される枯草菌遺伝子のID番号、名称、塩基配列、及びゲノム上での配置は、特に記載されない限り、NCBI Database(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?db=nucleotide)に基づく。
【0014】
本発明においてアミノ酸配列および塩基配列の同一性はLipman−Pearson法(Science,227,1435,(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search homology)プログラムを用いて、パラメーターであるUnit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0015】
LiaR(BSU33080,NCBI−GeneID:935957)及びLiaS(BSU33090,NCBI−GeneID:935967)は、枯草菌二成分制御系を構成するタンパク質であり、各々YvqC及びYvqEとも称され、また本明細書において集合的にLiaRSとも記載される。LiaSはヒスチジンキナーゼであって、二成分制御系のセンサーとして働き、一方LiaRは二成分制御系のレギュレーターとして働くと考えられている。また、LiaI(BSU33130,NCBI−GeneID:935958)及びLiaH(BSU33120,NCBI−GeneID:938585)は、各々YvqI及びYvqHとも称され、また本明細書において集合的にLiaIHとも記載される。LiaIHは、それらの遺伝子の上流領域にLiaRが結合することによって発現がアップレギュレートされることが知られている。LiaIは膜タンパク質と考えられており、一方LiaHはファージショックタンパク質と類似する。
【0016】
本明細書において「LiaSをコードする遺伝子に相当する遺伝子」とは、NCBIデータベースに記載のLiaSをコードする遺伝子(liaS又はyvqE)の塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列を有し、且つLiaSと同様に二成分制御系のセンサーとして機能するヒスチジンキナーゼをコードする遺伝子を指す。あるいは、liaSと相同性(homology)又は類似性(similarity)を有する遺伝子も、「LiaSをコードする遺伝子に相当する遺伝子」である。
【0017】
本明細書において「LiaRをコードする遺伝子に相当する遺伝子」とは、NCBIデータベースに記載のLiaRをコードする遺伝子(liaR又はyvqC)の塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列を有し、且つLiaRと同様に二成分制御系のレギュレーターとして機能するタンパク質をコードする遺伝子を指す。あるいは、liaRと相同性(homology)又は類似性(similarity)を有する遺伝子も、「LiaRをコードする遺伝子に相当する遺伝子」である。
【0018】
本明細書において「liaIHプロモーターDNA」とは、LiaIHをコードする遺伝子(liaI及びliaIH又はyvqI及びyvqH)の発現を制御するプロモーター領域のDNAを指す。好ましくは、「liaIHプロモーターDNA」とは、LiaIをコードする遺伝子の転写開始点(+1)の上流−120〜+84領域の塩基配列を含むDNAを指し、より好ましくは−95〜+25領域、さらに好ましくは−95〜+1(転写開始点)領域を含むDNAを指す。さらにより好ましくは、LiaIをコードする遺伝子の転写開始点(+1)の上流−120〜+84領域の塩基配列からなるDNAを指し、なお好ましくは−95〜+25領域、なおより好ましくは−95〜+1(転写開始点)領域の塩基配列からなるDNAを指す。
【0019】
本明細書において「liaIHプロモーターDNAに相当するDNA」とは、上述のliaIHプロモーターDNAの塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する、さらになお好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列を有し、且つLiaRに結合されてプロモーターとしての機能を発揮するDNAを指す。あるいは「liaIHプロモーターDNAに相当するDNA」とは、LiaIHをコードする遺伝子に相当する遺伝子のプロモーターDNA又は当該プロモーターDNAの塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する、さらになお好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列を有するDNAであって、且つLiaR又はliaR遺伝子に相当する遺伝子の発現産物に結合されてプロモーターとしての機能を発揮するDNAを指す。ここで、「LiaIHをコードする遺伝子に相当する遺伝子」とは、NCBIデータベースに記載のLiaIHをコードする遺伝子の塩基配列に対して70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、なお好ましくは95%以上の同一性を有する塩基配列を有する遺伝子、又はliaIHをコードする遺伝子と相同性(homology)又は類似性(similarity)を有する遺伝子である。
【0020】
LiaS及びLiaRをコードする遺伝子(liaRS)の各々に相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNAに相当するDNAとしては、例えば、下記表1に記載の遺伝子及びDNAが挙げられる。表1は、各バクテリア種の代表的な菌株とそのliaRS相同遺伝子を挙げたものである。表1の菌がさらに有する別の相同遺伝子及びその発現産物が結合するプロモーターDNA、ならびに表1と同種の異なる菌株が有する表1と同じ相同遺伝子又は別の相同遺伝子、及びそれらの発現産物が結合するプロモーターDNAも、本発明におけるLiaS及びLiaRをコードする遺伝子の各々に相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNAに相当するDNAに含まれる。
【0021】
【表1】

【0022】
本発明の方法においては、LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAを有する微生物において、該liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAの下流に標的遺伝子を作動可能に連結させ、またこの微生物に細胞壁ストレスを負荷することによって二成分制御系LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子の発現を活性化させる。これによってliaIHプロモーター又はこれに相当するプロモーターDNAがアップレギュレートされ、結果として当該プロモーターの下流に連結された該標的遺伝子の転写が促進される。微生物は、好ましくはバチルス属細菌であり、より好ましくは枯草菌又はその変異株である。
【0023】
標的遺伝子は特に限定されず、内在性の遺伝子であっても、異種遺伝子であってもよい。例えば、標的遺伝子としては、収縮タンパク質、輸送タンパク質、シグナルタンパク質、生体防御タンパク質、受容体タンパク質、構造タンパク質、遺伝子調節タンパク質、酵素、及び貯蔵タンパク質等のタンパク質をコードする遺伝子、ならびに機能性RNA等のノンコーディングRNAをコードする遺伝子が挙げられる。
【0024】
一態様において、標的遺伝子は、異種タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子である。異種タンパク質又はポリペプチド遺伝子としては、洗剤、食品、繊維、飼料、化学品、医療、診断、研究などの各種分野において有用なあらゆるタンパク質又はポリペプチド、例えば、酵素、生理活性ペプチド、マーカー、シグナル伝達物質、構造タンパク質、各種調節などをコードする遺伝子が挙げられる。また、上記酵素としては、機能別に列挙すると、酸化還元酵素(Oxidoreductase)、転移酵素(Transferase)、加水分解酵素(Hydrolase)、脱離酵素(Lyase)、異性化酵素(Isomerase)、合成酵素(Ligase/Synthetase)等が挙げられるが、好適にはセルラーゼ、α−アミラーゼ、プロテアーゼ等の加水分解酵素が挙げられる。
【0025】
上記酵素の具体的な例としては、多糖加水分解酵素の分類(Biochem.J.,280,309,1991)中でファミリー5に属するセルラーゼが挙げられ、中でも微生物由来、特にバチルス属細菌由来のセルラーゼが挙げられる。さらに具体的な例として、配列番号53及び配列番号54で示されるアミノ酸配列からなる、それぞれバチルス エスピーKSM−64株(FERM BP−2886)又はバチルス エスピーKSM−S237株(FERM BP−7875)由来のアルカリセルラーゼや、当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるセルラーゼが挙げられる。
【0026】
α−アミラーゼの具体例としては、微生物由来のα−アミラーゼが挙げられ、特にバチルス属細菌由来の液化型アミラーゼが好ましい。より具体的な例として、配列番号55で示されるアミノ酸配列からなるバチルス エスピーKSM−K38株(FERM BP−6946)由来のアルカリアミラーゼや、当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるアミラーゼが挙げられる。
【0027】
プロテアーゼの具体例としては、微生物由来、特にバチルス属細菌由来のセリンプロテアーゼや金属プロテアーゼ等が挙げられる。より具体的な例として、配列番号56で示されるアミノ酸配列からなるバチルス エスピー(Bacillus sp.)KSM−KP43株(FERM BP−6532)由来のアルカリプロテアーゼ、あるいは当該アミノ酸配列と70%、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、さらにより好ましくは98%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなりプロテアーゼ活性を有するタンパク質、又は配列番号56で示されるアミノ酸配列において1〜数個のアミノ酸が置換、欠失若しくは付加されたアミノ酸配列からなりプロテアーゼ活性を有するタンパク質が挙げられる。
【0028】
好ましくは、上記異種タンパク質又はポリペプチド遺伝子は、さらに分泌用シグナルペプチド領域と作動可能に連結されている。例えば、KSM−64株(FERM BP−2886)やKSM−S237株(FERM BP−7875)由来のセルラーゼ遺伝子の分泌用シグナルペプチド領域、より具体的には配列番号53で示される塩基配列の塩基番号609〜699の塩基配列や配列番号54で示される塩基配列からなるセルラーゼ遺伝子の塩基番号573〜662の塩基配列、また当該塩基配列に対して70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上の同一性を有する塩基配列からなるDNA断片、あるいは上記いずれかの塩基配列の一部が欠失した塩基配列からなるDNA断片が、目的タンパク質又はポリペプチドの構造遺伝子と作動可能に連結されていることが好ましい。
【0029】
別の一態様において、標的遺伝子は、ノンコーディングRNAをコードする遺伝子である。ノンコーディングRNAは、DNAから転写された後タンパク質に翻訳されないRNAである。ノンコーディングRNAとしては、機能性RNA,例えば、制御配列を含む非翻訳領域、tRNA、rRNA、mRNA型ncRNA(mRNA−like non−coding RNA)、snRNA(small nuclear RNA)、snoRNA(small nucleolar RNA)、miRNA(microRNA)、stRNA(Small Temporal RNA)、siRNA(short−interfering RNA)等が挙げられる。これらのノンコーディングRNAは、細胞の発現制御、発生、分化、その他生命活動に関わる多種多様なメカニズムを担っており、研究、医療、診断、創薬、品種改良や農薬生産等の農業、水産及び畜産分野、化学品製造等において利用可能である。
【0030】
細胞壁ストレスとしては、バチルス属細菌等の微生物に対する細胞壁ストレスとして当該分野で知られている因子が挙げられ、例えばSDS等の界面活性剤、エタノール等のアルコール、NaCl、キシロース等の浸透圧変化に関わる物質、細胞壁合成阻害剤、及び細胞膜や細胞壁に障害を与える抗生物質等が挙げられ、好ましくは抗生物質である。抗生物質としては、バチルス属等のグラム陽性細菌の細胞壁に障害を与える抗生物質であれば特に限定されないが、例えばsubtilisin、surfactin、leupeptin、duramycin、nisin、cephalosporin、ramoplanin、pepstatin、penicillin、enduracidin、vancomycin及びbacitracinが挙げられる。このうち、enduracidin、vancomycin及びbacitracinが好ましく、enduracidinがより好ましい。
【0031】
本発明はまた、組換え微生物を提供する。本発明の組換え微生物は、LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAを有し、ここで該liaIプロモーターDNA又はこれに相当するDNAの下流には標的遺伝子が作動可能に連結されている。微生物は、好ましくはバチルス属細菌であり、より好ましくは枯草菌又はその変異株である。
【0032】
本明細書において、プロモーターと遺伝子、又は遺伝子と分泌シグナルとの「作動可能な連結」とは、プロモーターが遺伝子の転写を誘導し得るように、又は遺伝子にコードされたタンパク質が分泌シグナルにより分泌されるように、連結されていることをいう。プロモーターと遺伝子、又は遺伝子と分泌シグナルとの「作動可能な連結」の手順は当業者に周知である。
【0033】
標的遺伝子とliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAとの連結、あるいはさらに分泌用シグナルペプチド領域との連結は、当該分野で通常用いられる方法により行うことができる。例えば、PCR法により制限酵素切断部位を含むliaIHプロモーターDNA及び標的遺伝子DNA、または必要に応じて分泌シグナル領域DNAを増幅した後、それらを制限酵素法により互いに連結することができる。または、SOE−PCR法(Gene,1989,77(1):61−68)により、liaIHプロモーター領域下流のlia遺伝子領域と標的遺伝子、または必要に応じて分泌シグナル領域とを置換することによって、liaIHプロモーターDNAの下流に標的遺伝子が連結したDNAを構築することができる。
【0034】
本発明の組換え微生物においては、liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAと標的遺伝子とは、発現ベクターに組み込まれていてもよい。発現ベクターに組み込む場合、標的遺伝子とプロモーターDNAとの連結、又はさらに分泌シグナルペプチド領域との連結は、ベクター導入前に行われてもよく、あるいはベクター上で行われてもよい。構築した発現ベクターを、一般的な形質転換法を用いて宿主微生物に取り込ませることによって、本発明の組換え微生物を作製することができる。
【0035】
ベクターへのDNAの導入は、当該分野で通常使用される任意の方法に従って行うことができる。例えば、ベクターを制限酵素で切断し、そこに、上記で構築した制限酵素切断配列を端部に有するプロモーターDNAを添加することによって、プロモーターDNAをベクターに導入することができる(制限酵素法)。導入のためのベクターとしては、特に限定されないが、pHY300PLK(Takara)等が好ましい。
【0036】
あるいは本発明の組換え微生物においては、liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAと標的遺伝子とは、当該微生物のゲノム上に存在していてもよい。これらの領域、又はこれらにさらに分泌シグナルペプチド領域を連結させて構築したDNA断片と、宿主微生物ゲノムとの適当な相同領域を結合させたDNA断片をSOE−PCR法等によって作製し、これを相同組み換えによって宿主微生物のゲノムに直接組み込むことによって、本発明の組換え微生物を作製することができる。
【0037】
本発明の組換え微生物を用いることにより、標的遺伝子にコードされた目的遺伝子産物を効率的に生産することができる。従って、本発明はまた、当該組換え微生物を用いた目的遺伝子産物の生産方法を提供する。本方法においては、当該微生物を培養するとともに、当該微生物に細胞壁ストレスを負荷する。細胞壁ストレスに応じて活性化された当該微生物中のLiaRS二成分制御系又はこれに相当する二成分制御系によってliaIHプロモーター又はこれに相当するプロモーターがアップレギュレートされ、それによって当該プロモーターの下流に連結された標的遺伝子の転写が促進されて当該遺伝子にコードされた目的遺伝子産物が発現する。培養終了後、目的遺伝子産物を採取する。必要に応じて、採取した遺伝子産物をさらに精製してもよい。
【0038】
上記方法で使用する組換え微生物の培養のための培地は、同化性の炭素源、窒素源、その他の必須成分を含む、当該組換え微生物の親微生物の培養に通常使用される培地であればよい。細胞壁ストレスとしては、上述したような、微生物に対する細胞壁ストレスとして当該分野で知られている因子が挙げられる。好ましくは、細胞壁ストレスは、上述したような抗生物質である。このうち、enduracidin、vancomycin及びbacitracinが好ましく、enduracidinがより好ましい。
【0039】
従来の報告では、LiaRはliaIHプロモーターのみならずyhcYプロモーターにも結合するとされてきた(例えば、特許文献3)。しかし、本発明者らの研究から、下記参考例2に示されるように、LiaRはliaIHプロモーターと極めて特異的に結合することが新たに見出された。さらに、後記実施例に示すように、二成分制御系LiaRSによるliaIHプロモーターのアップレギュレーションは、従来知られたlacプロモーターやxyloseプロモーターと比較して非常に強力である。従って、LiaRとliaIHプロモーターとを組み合わせて利用することによって、標的遺伝子の転写を極めて特異的且つ強力に誘導することが可能となる。LiaRS−liaIHプロモーター系は、発現制御のためのツールとして非常に有用である。
【0040】
従って、本発明によれば、標的遺伝子の転写を高度に特異的且つ強力に促進することができる。または本発明によれば、目的の遺伝子産物を、高度に特異的且つ高効率に生産することが可能となる。本発明の目的遺伝子産物の生産方法においては、遺伝子発現を高度且つ遺伝子特異的に制御することができるため、実質的に目的以外の遺伝子産物を生産することがなく、目的産物のみを効率よく生産することが可能となる。従って、本発明の生産方法によれば、目的産物を経済的且つ高純度で生産することが可能になる。
【実施例】
【0041】
以下、実施例に基づき本発明をさらに詳細に説明する。以下の実施例で使用したプライマー及び菌株の一覧を下記表2−1〜2−2及び表3に示す。
【0042】
【表2−1】

【0043】
【表2−2】

【0044】
【表3】

【0045】
実施例1 プラスミド作製
(1)pMutin12His−liaR
枯草菌168株のゲノムDNAをテンプレートとしてプライマー37と38(配列番号37及び38)によって増幅したliaIの3’末端領域のPCR断片を、SalI、XhoIにより消化し、DNA断片を得た。このDNA断片をpMutin12His(Ishikawa et al., Mol. Microbiol., 2006, 60(6):1364-80)のSalI、XhoI部位にクローニングすることによって、pMutin12His−liaR(図3参照)を作製した。得られたクローンについてはシークエンシングによって挿入塩基配列の確認を行った。
【0046】
(2)pDL2−liaI (-120 to +84)
枯草菌168株のゲノムDNAをテンプレートとしてプライマー39と40(配列番号39及び40)によって増幅したPliaI (-120 to +84)のPCR断片を、EcoRI、BamHIにより消化し、DNA断片を得た。このDNA断片をpDL2(Fukuchi et al., Microbiology, 2000, 146(Pt 7):1573-83)のEcoRI、BamHI切断部位にクローニングすることによって、pDL2−liaI (-120 to +84)(図4参照)を作製した。得られたクローンについてはシークエンシングによって挿入塩基配列の確認を行った。
【0047】
(3)pX−liaH
枯草菌168株のゲノムDNAをテンプレートとしてプライマー41と42(配列番号41及び42)によって増幅したliaHのPCR断片を、SpeI、BamHIにより消化し、DNA断片を得た。このDNA断片をpX(Kim et al., Gene, 1996, 181:71-76)のSpeI、BamHI切断部位にクローニングすることによって、pX−liaH(図5参照)を作製した。得られたクローンについてはシークエンシングによって挿入塩基配列の確認を行った。
【0048】
(4)pDONR−liaH
枯草菌168株のゲノムDNAをテンプレートとしてプライマー43と44(配列番号43及び44)によって増幅したPCR断片を、pDONR201(Invitrogen)にBPリアクションによる組み替えによって挿入した。構築されたプラスミドを大腸菌DH5a株に導入し、導入株をKm耐性マーカーにより選択し、選択株からpDONR−liaH(図6参照)を得た。得られたクローンについてはシークエンシングによって挿入塩基配列の確認を行った。
【0049】
(5)pAPNCGW−liaH
pAPNC213(Morimoto et al., Microbiology, 2002, 148(Pt 11):3539-52)のマルチクローニングサイトに、gateway cloning system(Invitorogen)をGatewayベクターコンバージョンシステム(Invitrogen)によって導入し、pAPNCGW(図6参照)を作製した。このpAPNCGWと上記pDONR−liaHとの間で、LRリアクションによる組み換え反応を行い、得られたプラスミドを大腸菌DH5a株に導入した。導入株をAmp耐性マーカーにより選択し、選択株からpAPNCGW−liaH(図6参照)を得た。得られたクローンについてはPCRにより目的配列の挿入を確認した。
【0050】
(6)pGEX−liaR
枯草菌168株のゲノムDNAをテンプレートとしてプライマー49と50(配列番号49及び50)によって増幅したliaIコーディング領域のPCR断片を、EcoRI、SalIにより消化し、得られたDNA断片をpGEX−4T−1(Amarsham)のEcoRI、SalI部位にクローニングすることによって、pGEX−liaR(図7参照)を作製した。得られたクローンについてはシークエンシングによって挿入塩基配列の確認を行った。
【0051】
実施例2 菌株作製
(1)BAB1〜BAB6:liaIHGFSR各ノーマーカー削除株
ノーマーカー削除法(特願2009−044193)に従って、下記のとおりBAB1〜BAB6株を作製した。
【0052】
(BAB1:liaIノーマーカー削除株)
枯草菌168(aprE::spec, lacI, Pspac-chpA)株の染色体DNAを鋳型として、APNC−Fプライマー(51)とchpA−Rプライマー(52)(配列番号51及び52)を用いてPCRを行った。増幅したDNA断片を選択マーカー遺伝子カセットと称する。また、枯草菌168株の染色体DNAを鋳型として、欠失対象領域の5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)及び第1相同組み換え領域上流(断片C)を、それぞれプライマー1と2(配列番号1及び2)、3と4(配列番号3及び4)及び5と6(配列番号5及び6)を用いてPCRにより増幅した。
次に、これらPCRによって得られた選択マーカー遺伝子カセット、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)及び第1相同組み換え領域上流(断片C)、ならびにプライマー1と6(配列番号1及び6)を用いてSOE−PCR法(Gene, 1989, 77(1):61-68)を行った。これにより、5’外側領域(断片A)、3’外側領域(断片B)、選択マーカー遺伝子カセット及び第1相同組み換え領域上流(断片C)がこの順で配置した供与体DNA断片(図2)を取得することができた。
上述のように取得された供与体DNAを用いて、コンピテントセル形質転換方法(J. Bacteriol., 1967, 93(6):1925-1937)に従って、枯草菌168株を形質転換した。形質転換は、PCR産物を20μg以上用いて行った。
得られた形質転換体を、供与体DNAに含まれるスペクチノマイシン耐性遺伝子を用いて選択した。すなわち、上記形質転換処理後の細胞を、100μg/mlのスペクチノマイシンを含むLB寒天平板培地で、37℃で一晩培養し、コロニーを得た。この培養によれば、第1相同組み換え(図2)によって供与体DNAが組み込まれてスペクチノマイシン耐性を示す枯草菌のみが生育することとなる。
次に、スペクチノマイシン耐性を指標として選択された形質転換体をLB液体培地で一晩培養し、希釈した培養液を1mM IPTGを入れたLB寒天プレートに塗布した。IPTG含有LB寒天プレート上に生育した形質転換枯草菌は、第2相同組み換え(図2)によって、欠失対象領域とともに供与体DNAが宿主DNAから欠失したliaIノーマーカー削除株である。得られた株について、PCR法によりliaI遺伝子の欠失を確認した。
【0053】
(BAB2〜BAB6:liaHGFSR各ノーマーカー削除株)
上記(1)の選択マーカー遺伝子カセット及び表2−1〜2−2に記載のプライマーを用いて、上記と同様の手順を行うことによって、liaHGFSR各ノーマーカー削除株BAB2〜BAB6を作製した。得られた株について、PCR法によりliaHGFSR各遺伝子の欠失を確認した。
【0054】
(2)BAB7(168,liaR−12His)株
枯草菌168野生株を、実施例1(1)で作製したpMutin12His−liaRにより形質転換し、0.5μg/mlエリスロマイシンを含むLB寒天平板培地で、37℃で一晩培養し、得られたコロニーをliaR−12His株として取得した。得られたliaR−12His株は、シークエンシングによりLiaRのC末端に12個のHisタグが付加していることを確認した(図3)。
【0055】
(3)BAB8(168,amyE::PliaI (-120 to +84)−lacZ)株
実施例2(1)で作製したBAB2株(liaH削除株)を実施例1(2)で作製したpDL2−liaI (-120 to +84)により形質転換し、5μg/mlクロラムフェニコールを含むLB寒天平板培地で、37℃で一晩培養し、得られたコロニーをamyE::PliaI (-120 to +84)−lacZ株として取得した。得られたamyE::PliaI (-120 to +84)−lacZ株は、PCRにより枯草菌amyE領域にPliaI (-120 to +84)−lacZが挿入されていることを確認した(図4)。
【0056】
(4)BAB9(BAB2,amyE::Pxyl−liaH)株
実施例2(1)で作製したBAB2株(liaH削除株)を実施例1(3)で作製したpX−liaHにより形質転換し、5μg/mlのクロラムフェニコールを含むLB寒天平板培地で、37℃で一晩培養し、得られたコロニーをamyE::Pxyl−liaH株として取得した。得られたamyE::Pxyl−liaH株はPCRにより枯草菌amyE領域にPxylが挿入されていることを確認した(図5)。
【0057】
(5)BAB10(BAB2,aprE::Pspac−liaH)株
枯草菌168野生株を実施例1(5)で作製したpAPNCGW−liaHにより形質転換し、100μg/mlスペクチノマイシンを含むLB寒天平板培地、37℃で一晩培養し、得られたコロニーをaprE::Pspac−liaH株として取得した。得られたaprE::Pspac−liaH株はPCRにより枯草菌aprE領域にPspac−liaHが挿入されていることを確認した(図6)。
【0058】
実施例3 LiaRSによる標的遺伝子転写誘導
(1)liaI転写誘導の抗生物質間での比較
(方法)
RNAハイブリダイゼーションプローブの調製: T7 RNAポリメラーゼ認識配列を付加したプライマー47、48(配列番号47、48)を作製し、これらプライマー47、48を用いて枯草菌野生株ゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、liaI配列を増幅した。得られたPCR断片をDIG Labeling Kit(Roche)のマニュアルに従いジゴキシゲニン標識を行った。
抗生物質ストレス負荷: 枯草菌野生株168、ならびに実施例2で作製したBAB6(ΔliaR)及びBAB2(ΔliaH)の各菌株をLB培地にOD600=0.01で殖菌し、37℃でOD600=0.2まで培養した。次いで最終濃度0.025μg/ml enduracidin、50μg/ml bacitracinをそれぞれ添加して、15分後に菌を採取し、トータルRNAを調製した。対照として、それぞれの株について抗生物質非添加条件でRNAを調製した。トータルRNAの調製はIgo & Losick (J. Mol. Biol., 1986, 191, 615-624.)の方法に従って行った。
ノーザンハイブリダイゼーション: 調製したトータルRNA 1μgを1% formaldehyde−agaroseゲルで電気泳動し、ナイロンメンブラン(Hybond N+、Amersham Pharmachia)にブロッティングを行った。ブロッティング後のメンブランはUVクロスリンカー(Stratalinker 1800、Stratagene)を用いてクロスリンク後、上記で調製したジゴキシゲニンラベルしたRNAプローブを用いて68℃で10時間ハイブリダイゼーションを行った。シグナルの検出にはCSPD(登録商標)ready to use(Roche)を用いた。
ウエスタンブロッティング: 実施例2で作製したliaR−12his株(BAB7)をLB培地にOD600=0.01で殖菌し、37℃でOD600=0.2になるまで培養し、次いで最終濃度0.1μg/ml enduracidin、100μg/ml bacitracinをそれぞれ加えた後、0、15、30、45、60、75分後に培養液を採取し、集菌した菌体のOD=600が、10 OD/mlになるように0.5mg/ml lysozymeを加えた10mM Tris−HCl(pH7.4)に懸濁し、37℃で10分間処理した。その後、1/4量の5×SDS sample bufferを加え、95℃で5分間処理した。得られたサンプル2μlをSDS−PAGEに供し、PVDF膜Hybond−P(Amersham)にブロッティングし、その後、一次抗体Anti−His−Tag抗体、次いで二次抗体Anti−Rabit IgG HRP conjugate(BioRad)を膜に反応させ、ECL plus(Amersham)を用いてシグナルを検出した。
【0059】
(結果)
ノーザンハイブリダイゼーションの結果を図8Aに示す。抗生物質非添加の対照群及びliaR削除株(BAB6:レーン2)、ではliaI遺伝子の転写誘導は見られなかった。一方、構成物質を添加した野生株及びliaH削除株(BAB2:レーン3)では強い転写誘導が観察された。さらに、enduracidin添加群では、2000分の1の添加濃度にもかかわらず、bacitracin添加群と同等以上の転写が観察されたことから、LiaRS系によるliaIHオペロンの転写誘導はenduracidinにより顕著に活性化されることが示された。
【0060】
ウエスタンブロッティングの結果を図8Bに示す。enduracidin添加群では、1000分の1の添加濃度にもかかわらず、bacitracin添加群と同等以上のLiaR−Hisタンパク質の誘導が観察された。また、bacitracinによる転写活性化がストレス負荷後60分程度で終息するのに対し、enduracidin添加群では、ストレス負荷後75分を経過してもなお高いLiaR−Hisタンパク質の誘導が観察された。
【0061】
(2)異なるストレス因子間での転写誘導の比較
(方法)
細胞壁ストレス負荷: 実施例2で作製したBAB8株をLB培地にOD600=0.01で殖菌し、37℃でOD600=0.2まで培養し、次いで様々な細胞壁ストレスを加え、30分後に集菌した。細胞ストレスは0.1μg/ml enduracidin、100μg/ml bacitracin、2μg/ml vancomycin、4%エタノール、0.6M NaCl、ならびに30℃および40℃の熱ショックをそれぞれ行った。対照として抗生物質非添加群を調製した。
LacZアッセイ: LacZアッセイはYoungman et al.(In Molecular Biology of Microbial Differentation. 1985, American Society for Microbiology Washington D.C., pp47-54)の方法に従った。細胞を10μg/ml DNaseI、100μg/ml lysozymeを含む、200μl Z buffer(0.06M Na2HPO4、0.04M NaH2PO4、0.01M KCl、0.001M MgSO4、0.001M DTT)に懸濁し、37℃で20分インキュベートして細胞を溶解し、14000rpm、2分間、4℃で遠心を行い、得られた上清50μlに0.4mg/ml MUG10μlを加え、37℃で10分間反応させた後、95℃で10分間処理して反応を停止させた。4MUの蛍光はFluoroscan II(Labsystems)を用いて測定した。また、上清のタンパク質量はProtein assay reagent(BioRad)を用いて定量し、サンプル間の補正に使用した。
【0062】
(結果)
LacZアッセイの結果を図9に示す。BAB8株において、PliaIHの転写量のレポーターであるLacZの活性が抗生物質によって顕著に向上した。特に、enduracidinは、bacitracinの1000分の1、及びvancomycinの20分の1の濃度で高い効果を示した。またエタノールによって僅かにPliaIHからの転写の誘導が観察された。
【0063】
(3)異なるプロモーター間での転写誘導の比較
(方法)
野生株168株、実施例2で作製したBAB9株及びBAB10株をそれぞれLB培地にOD600=0.01で殖菌し、37℃でOD600=0.2まで培養した。次いで、168株の培地には0.05μg/ml enduracidinを、BAB9株の培地には2% xyloseを、BAB10株には1mM IPTGをそれぞれ添加した。15分後に菌を採取し、トータルRNAを調製し、(1)と同様の手順でノーザンハイブリダイゼーションを行った。
結果を図10に示す。LiaRS系による転写誘導は、IPTGやキシロースによる誘導と比較して顕著に強力であった。
【0064】
参考例1 LiaR結合領域の同定
(1)方法
(GST−LiaR融合タンパク質の精製)
大腸菌BL21(DE3)pLysS株に実施例1で作製したpGEX 4.1−liaRを導入し、LB培地で30℃にて一晩培養した培養液を800mlのLB培地にOD0.01になるように殖菌し、30℃でOD0.5まで培養した。この培養液に終濃度1mMのIPTGを加え、さらに3時間培養した。この細胞を遠心機により集菌し、phosphate−buffered saline(PBS;140mM NaCl、2.7mM KCl、10.1mM Na2HPO4、1.8mM KH2PO4、pH7.3)20mlに再懸濁し、超音波により破砕した。この細胞破砕液を8000rpm、10分間、4℃で遠心を行い、GST Purification Module(GE)を用い、添付マニュアルに従い精製を行った。
(ゲルシフトアッセイ)
DNA断片はliaIの転写開始点の−95から+25までの121bpを、プライマー45、46(配列番号45、46)を用いてPCRによって増幅した。このPCR産物を、T4 polynucleotide kinase(Takara)と[γ32P]ATPとを37℃で30分反応させることにより標識した。標識したDNAはNick column(Pharmacia)により精製した。DNAとタンパク質の結合反応は25pmol(5000cpm)のlabeled DNA、1μl Poly dI−dC、5×binding buffer(100mM Tris−Cl pH7.4、25mM MgCl2、250mM KCl、250μg/ml BSA、10μg/ml salmon sperm DNA、50% glycerol、1mM EDTA)とGST−YvqC protein(0−50pmol)と水をトータル15μlになるように混ぜ、30℃で15分間インキュベーションを行ったあと、5% ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。シグナルはイメージングプレートとBAS2000(Fuji film)を用いて検出を行った。
【0065】
(2)結果
ゲルシフトアッセイの結果を図11に示す。liaIの転写開始点の−95から+25領域(図11B)とLiaRタンパク質との結合量は、LiaRタンパク質の濃度とともに増加した(図11A)。よって当該−95から+25領域とLiaRタンパク質とが能動的に結合していることが示された。
【0066】
参考例2 LiaRとliaIHプロモーターとの結合の特異性
(1)方法
(ChAP−chipアッセイ)
ChAP法によるLiaR−12Hisタンパク質の精製は、Ishikawaらの方法(Ishikawa et al., DNA Res. 2007, 14(4) 155-168)の方法を改変して行った。LB液体培地、37℃で一晩培養した168 liaR−12His株を400mlのLB培地にOD600=0.01になるように殖菌し、O.D600=0.2まで培養した後に最終濃度0.025μg/mlのenduracidinを加えた。対照として、enduracidin非添加群を作製した。さらに30分培養後、最終濃度1%のホルムアルデヒドを加え、37℃で30分間クロスリンク処理を行った。その後、細胞を遠心して集菌し、3mlのUT bufferに懸濁し、超音波により破砕した。この細胞液を8000rpm、10分間、4℃で遠心し、上清からNiビーズを用いてLiaR−12Hisの精製を行った。その後、上記Ishikawaらの方法に従い、枯草菌用に作られたAffymetrix GeneChip(BSTILE2b520515F)を用いてLiaR−12Hisタンパク質の枯草菌DNA結合部位の解析を行い、結果をIMC AE(In silico biology)プログラムにより視覚化した。
【0067】
(2)結果
enduracidinを負荷した場合、yvqI(liaI)から下流において遺伝子の転写が強力に誘導された。一方、対照群においてはyvq(lia)遺伝子の転写誘導は見られなかった(図12A)。これらの結果は、上記ノーザンハイブリダイゼーション及びLacZ解析の結果と一致する。また、ChAP−chip解析(図12B)により、LiaR−12Hisタンパク質が枯草菌liaIHプロモーター領域に特異的に結合することが示された。ゲノム全体における解析において、LiaR−12Hisタンパク質が結合する箇所は上記liaIHプロモーター領域のみであった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物において標的遺伝子の転写を促進する方法であって、LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAを有する微生物において、該liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAの下流に該標的遺伝子を作動可能に連結させる工程、ならびに該微生物に細胞壁ストレスを負荷して該LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子の発現を活性化させる工程を含む、方法。
【請求項2】
細胞壁ストレスが抗生物質である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
抗生物質がenduracidinである、請求項2記載の方法。
【請求項4】
微生物がバチルス属細菌である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
バチルス属細菌が枯草菌又はその変異株である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
標的遺伝子が異種タンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
LiaR及びLiaSをコードする遺伝子又はこれらに相当する遺伝子、ならびにliaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAを有し、且つ該liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAの下流に目的遺伝子産物をコードする遺伝子が作動可能に連結されている組換え微生物。
【請求項8】
前記liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAと前記目的遺伝子産物をコードする遺伝子とが組み込まれた発現ベクターを有する請求項7記載の組換え微生物。
【請求項9】
前記liaIHプロモーターDNA又はこれに相当するDNAと前記目的遺伝子産物をコードする遺伝子とがゲノムに組み込まれている請求項7記載の組換え微生物。
【請求項10】
微生物がバチルス属細菌である、請求項7〜9のいずれか1項に記載の組換え微生物。
【請求項11】
バチルス属細菌が枯草菌又はその変異株である、請求項10に記載の組換え微生物。
【請求項12】
請求項7〜11のいずれか1項に記載の組換え微生物に細胞壁ストレスを負荷する工程を特徴とする、目的遺伝子産物の生産方法。
【請求項13】
細胞壁ストレスが抗生物質である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
抗生物質がenduracidinである、請求項13記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−92056(P2011−92056A)
【公開日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−247890(P2009−247890)
【出願日】平成21年10月28日(2009.10.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月8日「国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学の博士論文公聴会」において文書をもって発表
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】