説明

部分義歯

【課題】 従来のノンクラスプデンチャーにおける、装着状態から離脱しやすいという欠点を克服した、熱可塑性樹脂の部分義歯を提供する。
【解決手段】人工歯と、人工歯が設けられる義歯床20と、鉤歯にあてがわれるように嵌め合わせる凹状嵌め合わせ部C1,C2,C3を備える部分義歯であって、凹状嵌め合わせ部を含めて、熱可塑性樹脂の一体射出成形加工によって形成され、凹状嵌め合わせ部は、鉤歯に対応する部分をC字状に囲んでおり、そのC字の内周に沿う内周面は、凹状嵌め合わせ部の裏面に対して交差するように立っていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工歯以外はオール樹脂製の、いわゆるノンクラスプデンチャーの問題点を克服した、離脱しにくく、かつ装着感に優れた、部分義歯に関するものである。
【背景技術】
【0002】
旧来のクラスプによる鉤歯(維持歯)に対するカセのような強い拘束による不快感を克服するために、クラスプという概念を超えて、ウィングや大振りの義歯床の顎堤粘膜への密着によって維持力を持たせる、ノンクラスプデンチャーが提案されている(非特許文献1〜3)。これらノンクラスプデンチャーは、いずれも、弾性に富む熱可塑性樹脂の上記ウィングや義歯床によって歯茎を頬側と舌側とから挟み付けることで、装着状態を安定に維持する。熱可塑性樹脂として、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂、ナイロン(ポリアミド)系樹脂等が用いられる。ナイロン系樹脂を用いたノンクラスプデンチャーの例を図14に示す。ポリエステル樹脂やポリカーボネート樹脂を用いたノンクラスプデンチャーは、図14に示すものと同じ考えのもとに、同じ構造を有している。米国において既に実用化されているもので、バルプラスト、ルシトーン、ポリカーボネート等の名称で呼ばれる部分義歯である(非特許文献1〜3)。
これらの部分義歯150は、図14に示すように、人工歯以外はすべて熱可塑性樹脂で形成される。図14から分かるように、維持力を得るための鉤歯(生活歯)は、四周をほとんど囲まれた開口部161hに入れられ、大振りの義歯床120の延長部分のウィングWと、義歯床の舌側部分とで鉤歯の歯牙および歯茎が挟み付けられる。部分義歯150を装着したとき、四周をほとんど囲まれた開口部161hに鉤歯が入り、鉤歯の周囲は周長の90%程度もしくはそれ以上が、義歯床120に取り囲まれる。
【0003】
図15(a)は、図14に示すノンクラスプ部分義歯150を、患者の石膏模型に装着して左側の部分を頬側から見た図である。少し下側から見上げる視点での図である。ここでは、2つの点が特徴的である。
1つは、半透明なために外側から識別できるのであるが、鉤歯の歯牙−歯茎の境目である凹状屈曲部に埋め込まれる、ノンクラスプデンチャーにおける突状ラインZが認められる。図15(a)では、破線Zとして表記されている。突状ラインZは、患者の鉤歯(生活歯)の歯牙と歯茎との境界をなす凹状屈曲部にはまり込む。ノンクラスプデンチャー150のウィングWにおける突状ラインZの位置から、ウィングWが鉤歯の歯牙だけでなく、その根本側の歯茎にも当接することは明らかである。
2つ目は、端部人工歯に関するものである。人工歯L、Lは、熱可塑性樹脂製の義歯床120に埋め込まれて固定されている。端部人工歯に限らず、人工歯にはT字状の連続孔が設けられており、このT字状の孔を樹脂が充填することでT字状の樹脂ワイヤが形成され、この樹脂ワイヤにより、人工歯は義歯床に固定される。鉤歯に対面する人工歯を端部人工歯と呼ぶが、図15(a)の人工歯LおよびLは、それぞれ鉤歯LおよびLに対面しており、ともに端部人工歯である。ノンクラスプデンチャー150では、端部人工歯L5,L6の部分の義歯床120を大きくとるために、かつ鉤歯の歯茎を挟み付けるウィングWを大きくとるために、端部人工歯の義歯床の頬側の高さBは、端部人工歯の義歯床から露出している歯牙部分Tよりも大きくとっている。
上記の2点は、ノンクラスプデンチャー150の左側(L側)部分だけでなく、図15(b)に示すように、右側(R側)部分についてもいえることである。すなわち図15(b)において、鉤歯Rの部分のウィングWには透けて見える突状ラインZがあり、そして鉤歯R5に対面する端部人工歯R6の義歯床120の頬側高さBは、その義歯床120から露出した歯牙部の高さTより大きくしてある。
【0004】
図16は、図14のノンクラスプデンチャー150を裏側から見た図である。図16において注意すべき点は、鉤歯が入る開口部161hでは突状ラインZを基準にして、歯茎側の歯茎当接面と歯牙側の歯牙当接面とが、同一面(同一曲面)にのっているかのように、食い違いが小さく連続している点にある。この点について、図17および図18を用いて詳しく説明する。図17は、鉤歯RのウィングWを裏面から見た図である。また、図18(a)は、図17のXVIIIa−XVIIIa線に沿う断面図である。また図18(b)は、図18(a)において突状ラインZに直交する、各当接面上の線を示す図である。図17および図18(a),(b)より、ノンクラスプデンチャー150のウィングWにおいて、歯牙当接面と、その歯牙当接面から根本側に連続する歯茎当接面は、交差角度がほとんどなく、すなわちθが180°に近いように形成されている。突状ラインZに直交する、各当接面上の線がなす角度は、厳密には、歯牙当接面と歯茎当接面とのなす角度に一致しないが、近似的には代用して議論しても問題ない。また、ウィングWの中央部の高さYは、ウィング中央部の厚みdに比べて非常に大きく、厚みdは、高さYの20%程度かそれ以下である。
【0005】
ここで、従来のノンクラスプデンチャー150の上記の特徴をまとめておく。
(1)鉤歯は、四周をほとんど取り囲まれた開口部161hに入れられる。鉤歯の周囲は周長の90%程度が義歯床に取り囲まれる。
(2)鉤歯に接触するウィングWは、鉤歯の歯牙と歯茎とに当接する。ウィングWには、鉤歯の歯牙と歯茎との凹状境界部に対応して、突状ラインZが形成される。突状ラインZはウィングの中央付近に位置する。
(3)鉤歯に対面する人工歯である端部人工歯において、その部分の義歯床の高さBはその義歯床から露出する歯牙部分の高さTより大きい。
(4)鉤歯に接触するウィングWにおいて、歯牙当接面と歯茎当接面とは大きな交差角度がなく、突状ラインZを挟んで、ほとんど同一面のように連続する。
(5)ウィングWの厚みdは、そのウィングWの高さYの20%程度もしくはそれ以下である。厚みdはたとえば1mm程度以下であり、高さYは6.5mm程度である。
【0006】
上記のノンクラスプデンチャーの装着状態の保持について、次のことがいえる。
(K1)頬側にウィングWを配置して、舌側の義歯床との間で鉤歯とその歯茎(歯肉)を挟み付け、その弾性力で維持力を確保しようとする。
(K2)大ぶりの義歯床(熱可塑性樹脂)120と顎堤粘膜との大きい密着面積によって、維持力を得ようとする。
(K3)義歯床は、人工歯の部分では、義歯床は、顎堤粘膜をほぼ完全に覆うように義歯床を配置する。このため、義歯床は薄くして、とくに頬側の義歯床の厚みは薄くして、かつ広くする。美容上、健康を暗示する桜色、またはピンクの義歯床にするのが通例である。
上記の部分義歯150によれば、従来の鉤状の金属クラスプによる拘束よりは維持歯の負担が軽減され、装着感も改善される。また、金属クラスプを使用しないため、熱可塑性樹脂の色を桜色などの健康食にすれば、審美性も向上する。また、金属製クラスプを用いないので、溶融状態の熱可塑性樹脂を人工歯を配置した型内に射出して、冷却して型外し、調整することで、簡単に部分義歯を製造することができる。すなわち工程数を節減して能率よく製造することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】バルプラストジャパンホームページ http://www.valplast-japan.com/
【非特許文献2】株式会社杏友会ホームページ http//www.kyoyukai.co.jp/
【非特許文献3】アルテ・インターナショナルホームページ http//www.pi-touch.co.jp
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記のノンクラスプデンチャーは、使用につれて次第にゆるみが生じ、上下方向への「がたつき」を生じる。このため、食物の咬合・咀嚼に、実際に用いることには問題が多いという意見もある。ただし、対談や談笑時に、相手に歯抜けなどの印象を与えないことを大きな目的とする場合には、非常に有効である。すなわち、非咬合時の歯牙完全性を見せるための部分義歯として用いる上では非常に有用である。ただし、見せるだけの非咬合時の歯牙完全性の保持の目的にしても、上記のノンクラスプデンチャーは、大振りであり、かつ、ウィングWは、鉤歯の歯牙から歯茎(歯頚部)にまで密着被蓋するため、窮屈感または息苦しさは大きい。
【0009】
本発明は、上記のノンクラスプデンチャーにおける、工程数を節減した能率よい製造方法という利点を生かしながら、がたつきを生じやすい、または耐久性が不足するという欠点を克服した、熱可塑性樹脂の部分義歯を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の部分義歯は、人工歯と、人工歯が設けられる義歯床と、鉤歯にあてがわれるように嵌め合わせる凹状嵌め合わせ部を備える部分義歯である。この部分義歯は、凹状嵌め合わせ部を含めて、熱可塑性樹脂の一体射出成形加工によって形成され、凹状嵌め合わせ部は、鉤歯に対応する部分をC字状に囲んでおり、そのC字の内周に沿う内周面は、凹状嵌め合わせ部の裏面に対して交差するように立っていることを特徴とする。
【0011】
上記の構成によれば、凹状嵌め合わせ部が、鉤歯の歯牙にのみ、とくに歯牙の根本部(豊隆部から根本側の歯牙部分)に横方向(水平方向)からあてがわれて確実に嵌合力を及ぼして嵌め合わされる構造を得ることができる。C字形状は、ほぼ平面にのっており、その平面は鉤歯の歯軸に直交するような関係を呈する。上記の横方向もしくは水平方向は、このC字がのる平面の面内方向となる。上記の本発明の構成によれば、凹状嵌め合わせ部は、歯茎または歯肉に嵌合力を及ぼさない。
凹状嵌め合わせ部の内周面は、底部側を裏面によって限界づけられ、歯茎側に野放図に延びないようにされる。凹状嵌め合わせ部が、歯牙部分にのみ嵌合力が及ぶように構成されると、食物を噛んだとき、歯肉側に押し付けられるが、反発しても歯牙の豊隆部で止められるので、がたつき等を生じて簡単に離脱することがない。
これに対して、凹状嵌め合わせ部が山状斜面をなす歯肉部に当接して圧力を及ぼすと、熱可塑性樹脂は弾力性に富むため、食物を噛んだときその斜面に押し当てられ、ずり下がりながら広げられ、その後、咬合圧が無くなると、歯肉斜面のすその義歯床部分の反発力により、斜面を容易にずり上がり離脱の状態に入る。このため、従来のノンクラスプデンチャーでは、維持力を増すことを目的に設けたウィング等の大振りの部分が歯肉斜面に当たるので、逆に離脱を促進する方向に作用する。
上記本発明の構成の結果、熱可塑性樹脂の一体射出成形による製造方法による工程数の節減による経済性向上などの利点を得ながら、装着状態からの離脱を確実に防止することができる。さらに、歯茎にあたるウィング等を用いないので、窮屈感等を除き、快適な装着感を得ることができる。
なお、上記の凹状嵌め合わせ部は、義歯床などと一体射出成形加工で熱可塑性樹脂により形成されるので、義歯床の延長部とみることができる。このため、凹状嵌め合わせ部の裏面は、義歯床の延長部の裏面、または義歯床に近接して凹状嵌め合わせ部が形成される場合は、義歯床の裏面といってもよい。また、上記の熱可塑性樹脂はどのような種類の熱可塑性樹脂であってもよい。
【0012】
上記の開口部に面する内周面と、その内周面と裏面とのなす角度を、(直角−30°)〜(直角+60°)の範囲にすることができる。ここで、凹状嵌め合わせ部の裏面については、義歯床の裏面とみることができるという上述の説明が適用される。内周面と裏面とのなす角度を直角または直角から所定角度範囲内とすることで、内周面を確実に歯牙部分にのみ嵌め合わせることができる。仮に上記の角度が180°に近い角度の場合、歯牙部分に連続して歯茎にも当接する可能性のある凹状嵌め合わせ部となり、装着状態から離脱を促進する形状となりやすい。内周面と裏面とのなす角度が、150°(直角+60°)を超えると、上述のように裏面において歯茎に圧力を及ぼす可能性がある。すなわち内周面が、底部側を明確に裏面によって限界づけられず、歯茎側に野放図に延びて圧力を及ぼすようになる。より好ましくは、上記角度は120°(直角+30°)以下とする。また、上記の角度が60°(直角−30°)未満になると凹状嵌め合わせ部が薄くなる箇所を局所的に生じ、凹状嵌め合わせ部の剛性を低下させるので好ましくない。よって60°以上とするのがよい。なお、凹状嵌め合わせ部には裏面といえるほどの面状部分が形成されない場合もある。曲率半径が小さい曲面の場合などである。とくに後で説明する頬側延び出し部を有する場合では、そのような凹状嵌め合わせ部の構造になりやすい。そのような場合、凹状嵌め合わせ部に近接する義歯床の裏面をマクロ的に見て、上記の裏面とみなすこととする。
【0013】
上記の開口部に面する内周面には、鉤歯の歯牙部分と歯茎部との境目の凹状屈曲部に対応する突状ラインがないようにできる。これによって、上記の突状ラインが形成されないように、凹状嵌め合わせ部の内周面の高さ(歯軸方向の幅)は、鉤歯の歯茎にかからないように小さく(短く)切り上げられる。この結果、鉤歯の歯牙部分のみへの嵌合が担保される。
【0014】
人工歯のうちの鉤歯に対面する端部人工歯において、その端部人工歯の義歯床の頬側の部分である頬側義歯床部の高さを、その端部人工歯の義歯床から露出する頬側の歯牙部分である頬側露出歯牙部の高さ、よりも小さくすることができる。これによって、端部人工歯の義歯床の頬側部分から凹状嵌め合わせ部にかけて連続して、歯牙部分にのみ嵌め合い、かつ歯肉にはかからない熱可塑性樹脂部分をなだらかな傾斜で形成することができる。すなわち、端部人工歯の頬側義歯床部の高さは小さく、小振りになっているので、そのまま、なだらかに(急峻に切り上げることなく)、歯肉にかからず鉤歯の歯牙部分にのみ嵌め合わされる熱可塑性樹脂製の頬側部分を形成することができる。
【0015】
全長さの50%以上に金属補強線を埋設することができる。熱可塑性樹脂は弾性に富み、熱可塑性樹脂のみで義歯床を形成すると、歯列方向に波打つ状態を生じる。たとえば、下顎の部分義歯の場合、右奥歯で堅めの食物を咬合するとき、当該右奥歯の部分で圧縮され、前歯付近で浮き上がるような波打ちを生じやすい。このような歯列に沿った波打ちも従来のノンクラスプデンチャーの装着状態からの離脱を助長すると考えられる。本構成のように、50%以上にわたって補強線を埋設することで、義歯床全体の剛性を高め、上記波打ちの発生を抑止することができる。このような金属補強線を用いることで、弾性に富む熱可塑性樹脂を用いながら、レストやウィングなどを用いることなく、歯牙にのみ嵌め合わされる凹状嵌め合わせ部のみで装着状態を安定に保つことができる。
【0016】
凹状嵌め合わせ部は、鉤歯の周囲の65%を超えて当接しないようにできる。これによって、上記の利点を得ながら、装着時の窮屈感をより一層緩和することができる。
【0017】
凹状嵌め合わせ部を、鉤歯の頬側に延び出る頬側延び出し部を備えることができる。これによって、患者の残存歯の状態に応じて、熱可塑性樹脂製の頬側延び出し部を持つ凹状嵌め合わせ部とすることができる。舌側は舌側延び出し部により構成してもよいし、義歯床の壁状部分で構成してもよい。このあと説明する、義歯床の壁状部分のみによって構成される凹状嵌め合わせ部と組み合わせて、患者に最適な部分義歯を形成することができる。ここで頬側延び出し部と舌側部分とは、凹状嵌め合わせ部を人工歯の歯列の中心線で区切って、頬側の部分を頬側延び出し部、反対側を舌側部分とする。
【0018】
凹状嵌め合わせ部の頬側延び出し部の中央において、その中央部の厚みをその部分の高さの30%以上とすることができる。これによって、頬側延び出し部は比較的大きな剛性を持つことができ、歯牙面に相当な力をもって嵌め合わされることが可能になる。すなわち、薄い面状の当接部(ウィング)でなく、分厚いクラスプによって、鉤歯への嵌め合わせをより安定させることができる。長期間の使用に対する耐久性も向上することができる。
【0019】
頬側延び出し部は、鉤歯の周囲の半分である歯牙面頬側部分の50%を超えて当接しないようにできる。これによって、熱可塑性樹脂製の頬側延び出し部が見えることによる違和感を抑制することができる。上述のノンクラスプデンチャーは、鉤歯の歯肉を覆うウィングを用いるので、鉤歯の周囲の半分である歯牙面頬側部分のほとんど100%を意図的に覆うようにする。しかし、本発明の部分義歯では、歯肉には嵌め合わされないので、使用者の真の歯茎は露出され、その上の歯牙が部分的に上記頬側延び出し部によって隠されることになる。このため、頬側延び出し部は、やはり短いほうが審美性の点では好ましい。上記の50%を超えない範囲とすることで、見た目に違和感は小さく、審美性は確保される。また装着時の窮屈感を小さくする上でも効果がある。
【0020】
上記のように、頬側および舌側に延び出し部を持たない場合、凹状嵌め合わせ部は、義歯床の壁状部分に凹状に形成され、壁状部分を、鉤歯の舌側に当接する舌側部、近心側に当接する近心側部、および遠心側に当接する遠心側部により構成することができる。これによって、患者の残存歯の状態に応じて、頬側に延び出し部がある凹状嵌め合わせ部と組み合わせて、適切な凹状嵌め合わせ部を形成することができる。
【0021】
凹状嵌め合わせ部を少なくとも2つ備え、第1の凹状嵌め合わせ部は、第1の鉤歯に、第1の方向から嵌め合わされ、第2の凹状嵌め合わせ部は、第2の鉤歯に、第1の方向と異なる第2の方向から嵌め合わされる構造をとることができる。これによって、離脱方向の異なる2つの凹状嵌め合わせ部によって、装着されるので、食物を噛んで咀嚼しても、確実な装着状態を保つことができる。なお、上記の第1の方向および第2の方向は、鉤歯などの歯軸方向に直交する平面の面内方向に属する。
【0022】
本発明の部分義歯の製造方法は、人工歯と、人工歯が設けられる義歯床と、鉤歯にあてがわれるように嵌め合わせる凹状嵌め合わせ部を備える部分義歯を製造する。この方法は、(1)使用者の口腔の歯牙の石膏模型を作製する工程と、(2)その石膏模型を用いて、部分義歯を、凹状嵌め合わせ部を含めて、熱可塑性樹脂の一体射出成形加工によって形成する工程と、(3)石膏模型に咬合紙をかぶせた後、その上に部分義歯を装着して、石膏模型に転写された咬合紙の色剤の濃度に応じて、部分義歯を削合して、調整することを特徴とする。
【0023】
咬合紙は、本来は、部分義歯を使用者に装着して、その咬合紙を上下の歯で咬合させて咬合紙から転写される色剤の濃淡により歯牙の噛み合わせの具合をみるために用いられる。しかし、本発明のように部分義歯の製造に用いることができ、とくに熱可塑性樹脂の一体射出成形で製造された部分義歯の場合、凹状嵌め合わせ部に金属クラスプを含まないので、咬合紙の色剤が濃く転写された部分を容易に削合することができ、調整の能率を非常に向上させることができる。すなわち、本発明の部分義歯は、金属クラスプを含まず、柔らかい材質で作製されているため、低い精度の削合では緩みが生じ、不具合の原因となる。上記の要領で咬合紙を使うことにより、印記された部分について、削合すべき箇所を正確に把握でき、高精度の削合を実現することができる。この調整によって、部分義歯は円滑な脱着を行うことが可能となり、また、維持、支持、把持の全てを確保することができる。上記のように咬合紙を使うことで、部分義歯の内面の見えにくい箇所の凹凸等の形状が明らかになる。このような作用は他の手段では得ることができない。とくに凹状嵌め合わせ部に金属クラスプを含まず、低い精度の調整によって緩みを生じやすい本発明の部分義歯において、上記の製造方法はきわめて有益である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、ノンクラスプデンチャーにおける、装着状態から離脱しやすいという欠点を克服した、熱可塑性樹脂の部分義歯を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施の形態1における部分義歯を石膏模型に装着した状態を示す斜視図である。
【図2】図1の部分義歯を示す斜視図である。
【図3】図1の部分義歯の凹状嵌め合せ部C1の図であり、(a)は鉤歯側、裏面側から見た図、(b)は(a)のIIIb−IIIb線に沿う断面図、(c)は鉤歯側、表面側から見た図、(d)は頬側から見た側面図、である。
【図4】(a)は鉤歯に嵌め合わせた状態の凹状嵌め合わせ部C1の平面図、(b)は(a)におけるIVb−IVb線に沿う断面図、である。
【図5】図1の部分義歯の凹状嵌め合わせ部C2,C3の拡大図である。
【図6】凹状嵌め合わせ部C2,C3を舌側、義歯床裏面側から見た図である。
【図7】凹状嵌め合わせ部C2,C3を鉤歯に嵌め合わせた状態を歯牙頂部側から見た平面図である。
【図8】本実施の形態の部分義歯の凹状嵌め合わせ部を鉤歯に嵌め合わせた状態を示し、(a)は凹状嵌め合わせ部C1の場合の断面図、(b)は凹状嵌め合わせ部C2,C3の場合の断面図、である。
【図9】従来のノンクラスプデンチャーを装着したときのウィング部分を示す断面図である。
【図10】本発明の実施の形態1における部分義歯の製造工程を示す工程図である。
【図11】図10の製造工程nおなかの調整の工程を示す図である。
【図12】本発明の実施の形態2における部分義歯を示す斜視図である。
【図13】図12の部分義歯の凹状嵌め合せ部C2の拡大図である。
【図14】従来のノンクラスプデンチャーを示す斜視図である。
【図15】従来のノンクラスプデンチャーを石膏模型に装着した状態を示し、(a)は左側のウィング付近を、(b)は右側のウィング付近を、示す図である。
【図16】従来のノンクラスプデンチャーを裏側から見た図である。
【図17】従来のノンクラスプデンチャーの右側の開口部を裏側から見た図である。
【図18】(a)は図17のXVIIIa−XVIIIa線に沿う断面図、(b)は突状ラインを挟む歯牙当接面と歯茎当接面とがなす角度を説明するための図、である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(実施の形態1)
図1は、本発明の実施の形態1における部分義歯10を石膏模型Mに装着した状態を示す斜視図である。この部分義歯10は、上顎用であり、義歯床20と、樹脂製の人工歯31と、鉤歯(維持歯)への凹状嵌め合せ部C,C,Cとを備える。残存歯である鉤歯は、R、RおよびLの3本であり、それぞれの鉤歯に、次の凹状嵌め合わせ部が嵌め合わされている。
鉤歯L7:凹状嵌め合わせ部C
鉤歯R5:凹状嵌め合わせ部C
鉤歯R3:凹状嵌め合わせ部C
図2は、図1の部分義歯10を表面側から見た斜視図である。凹状嵌め合わせ部C1における内周面Fが鉤歯の歯牙部分にのみ嵌め合わされる。内周面Fが鉤歯の歯牙当接面である。上記の凹状嵌め合わせ部Cと、凹状嵌め合わせ部C,Cとは、図2に示すように、次の点で異なる形状を持つ。
(凹状嵌め合わせ部C):
鉤歯の頬側に延び出る頬側延び出し部11と、鉤歯の舌側に延び出る舌側延び出し部21とで構成される。舌側部分については、延び出し部ではなく壁状部分で形成されたものであってもよい。頬側延び出し部11を持つタイプの凹状嵌め合わせ部を「延び出し構造の嵌め合わせ部」または単に「延び出し構造」と呼ぶ。
(凹状嵌め合わせ部C,C):
鉤歯の舌側および該鉤歯の近心側および遠心側の両側部に当接する義歯床の壁状部分33,34,35により構成される。このタイプの凹状嵌め合わせ部を「壁状構造の嵌め合わせ部」または単に「壁状構造」と呼ぶ。
【0027】
義歯床20には、金属補強線29が埋設されている。金属補強線29は、義歯床の全長の50%以上にわたっている。この部分義歯10では、義歯床20と、凹状嵌め合せ部C,C,Cと、金属補強線29および人工歯とを、熱可塑性樹脂の一体射出成形によって一体化して形成する。金属補強線29および人工歯は、勿論、熱可塑性樹脂ではないが、溶融状態の熱可塑性樹脂を型内に射出するとき、あらかじめ型内に配置しておくことで、熱可塑性樹脂の冷却後に、当該熱可塑性樹脂と一体化される。このため、人工歯以外の表面に露出する部分は、熱可塑性樹脂のみで形成される。したがって、旧来の金属製クラスプはないので、審美性に優れ、かつ鉤歯への拘束を除くことができる。
また、本発明の部分義歯10には、レスト等は不要であり、上記の凹状嵌め合せ部C,C,Cにより維持力を生じさせる。図1に示す、凹状嵌め合せ部C,C,Cに関する装着方法ならびにキーおよびロックなどの用語については、あとで、装着状態の安定性に関連して説明する。
図1において、凹状嵌め合せ部Cは、水平方向または横方向から嵌め合わされ、凹状嵌め合せ部C,Cは、上下方向または縦方向から嵌め合わされる。ここで、注意すべき点は、嵌め合わせと脱離の方向は、単純な上下方向または縦方向ではなく、複雑な軌跡を描きながら嵌め合わされ、また脱離される。この点で、従来の部分義歯の装着および脱離の仕方とは大きく異なる。そして、一方の凹状嵌め合せ部Cの嵌め合わせ方向と、他方の凹状嵌め合せ部C,Cの嵌め合わせ方向とが異なる点が重要である。一方をキー、他方をロックと呼ぶ場合がある。使用者の口腔内の状態によっては、両方とも水平方向を嵌め合わせ方向とするが、両者の方向は、水平面内において、あくまで異なる。なお、本発明の実施の形態における部分義歯では、説明の簡明さを重視して、脱着方向を縦方向、横方向などと記すが、実情は全ての部分義歯において上記のように複雑な軌跡を描く。
【0028】
図3は、凹状嵌め合わせ部C1の拡大図であり、(a)は義歯床裏面20bを上にして裏面側を見た図であり、(b)は(a)におけるIIIb−IIIb線に沿う断面図であり、(c)は義歯床20の表面側から見た図であり、また、(d)は頬側から見た図である。図3(a)において、内周面Fは、凹状嵌め合わせ部C1の側端面として形成されており、義歯床の裏面20bに対して交差するように立っている。その交差角θは、120°以下である。すなわち、歯牙部分にのみ嵌め合わされる、内周面Fの根本側は、義歯床裏面20bによって限界を決められる。この結果、内周面Fは、確実に歯茎への嵌め合わせを防止される。
上記の内周面Fが義歯床裏面20bによって根本側の限界を決められるという点に、従来のノンクラスプデンチャーとは、構造において大きな相違が生じる。図17および図18に示したノンクラスプデンチャー150のウィングWのように、歯牙当接面Fとその根本側に連続する面(歯茎当接面B)とがなす角度は、ほとんど180°である。すなわち、歯牙部分にのみ当接する部分Fは、その根本側の限界を決められるということはなく、むしろ根本側に延長する。その延長する部分として、歯茎当接部Bが設けられている。歯牙部分にのみ当接する部分Fから連続して、歯茎に当接する部分Bに連続して延長するためには、鉤歯の歯牙部分と歯茎部との境目の凹状屈曲部に対応する突状ラインができるのは必然である。このため、従来のノンクラスプデンチャー150のウィングWには、図17および図18に示すように突状ラインZが設けられる。本発明の部分義歯10では、突状ラインZは勿論ない。本実施の形態の部分義歯10は、突状ラインより頂部側の部分のみで、維持力を生じさせることができるように、ノンクラスプデンチャー150とは構造が基本的に相違する。
【0029】
本実施の形態の凹状嵌め合わせ部C〜Cに共通することであるが、鉤歯への嵌め合わせは、義歯床20を曲面状板状体とみなして、その板状体を凹状にえぐることで形成される(図3(c)参照)。このため、この凹状嵌め合わせ部C〜Cは高い剛性を持ち、堅固に鉤歯に嵌め合わされる。鉤歯の歯牙部分に凹状部分が水平方向または上下方向から嵌め合わされると、この高い剛性のため、咬合圧、離脱力等を受けても装着状態を安定に維持することができる。従来のノンクラスプデンチャー150では、熱可塑性樹脂の薄い面状体によって、鉤歯の歯牙と歯茎を含めて、舌側と頬側とから挟み付けて、維持力を得ようとする。このとき、ノンクラスプデンチャー150では、鉤歯の上から上下方向に押し込み、上記の面状体による挟み付けで維持力を得ようとする。このため本実施の形態の部分義歯10と、従来のノンクラスプデンチャー150とは、構造が大きく相違する。
【0030】
図3(d)を用いて、人工歯のうちの鉤歯に対面する端部人工歯について説明する。本実施の形態における部分義歯10では、端部人工歯Lの義歯床の頬側の部分である頬側義歯床部の高さBは、その端部人工歯Lの義歯床から露出する頬側の歯牙部分である頬側露出歯牙部の高さT、よりも小さい。これによって、端部人工歯Lの義歯床の頬側部分から、凹状嵌め合わせ部Cにかけて、鉤歯の歯牙部分にのみ嵌め合い、かつ歯茎にはかからない熱可塑性樹脂製の頬側延び出し部11を、なだらかな傾斜で形成することができる。すなわち、端部人工歯の頬側義歯床部の高さは小さく、小振りになっているので、そのまま、なだらかに(急峻に切り上げることなく)、鉤歯の歯牙部分にのみ嵌め合わされる熱可塑性樹脂製の頬側延び出し部を形成することができる。
これに対して、従来のノンクラスプデンチャー150では、図15(a),(b)に示すように、端部人工歯L,L,Rの義歯床の頬側の部分である頬側義歯床部の高さBは、それぞれの端部人工歯の義歯床から露出する頬側の歯牙部分である頬側露出歯牙部の高さT、よりも大きい。これは、ノンクラスプデンチャー150では、ウィングWを鉤歯の歯牙および歯茎の両方に当接するように大きくして、かつ義歯床120も大振りにすることの帰結である。本実施の形態における部分義歯10の考え方と、ノンクラスプデンチャー150の考え方との相違を表す構造上の特徴の一つといえる。
【0031】
図4は、延び出し構造の凹状嵌め合わせ部Cを鉤歯Lの頂部側から見た図である。凹状嵌め合わせ部Cは、鉤歯Lの周囲を取り囲んでいるが、鉤歯Lの周長の65%以下であり65%を超えてはいない。また、頬側延び出し部11の周長は、鉤歯頬側周長の50%以下である。また、鉤歯頬側周長は鉤歯周長の半分であるから、頬側延び出し部11の周長は、鉤歯の周長の25%以下である。このような周長の限定は、図14以降に示した従来のノンクラスプデンチャー150の鉤歯のための開口部161hと大きな相違となる。本実施の形態の部分義歯10は、凹状嵌め合わせ部Cは上からかぶせるように嵌め入れずに、歯軸に交差する横方向からあてがうように嵌め合わせる。このため、上述のような周長の限定は必然となる。周長を限定しないと、横方向から凹状嵌め合わせ部を鉤歯に嵌め合わせることができない。熱可塑性樹脂であっても違和感は生じるので、このような周長の制限は、装着状体の違和感を緩和するのに有効である。
図4(b)は、図4(a)におけるIVb−IVb線に沿う断面図である。この断面位置は、頬側延び出し部11の中央付近である。この断面図によれば、厚みdが、その部分の高さ(幅)Yの30%以上あることは明白である。これによって、頬側延び出し部11は大きな剛性を持つことができ、嵌め合わされた状態を安定に維持することが可能になる。すなわち、薄い面状の当接部(ウィング)でなく、分厚い凹状嵌め合わせ部によって、鉤歯への嵌め合わせをより安定させることができる。長期間の使用に対する耐久性も向上させることができる。
ここで、図4(b)に示すように、凹状嵌め合わせ部C1の頬側延び出し部11には裏面といえるほどの面状部分が形成されず、側面へと湾曲している。頬側延び出し部では、このような裏面がないといってよい形態の凹状嵌め合わせ部の構造になりやすい。この場合、頬側延び出し部11に近接する義歯床の裏面20bをマクロ的に見て、上記の裏面とみなすことができる(図3(a)参照)。このマクロ的に見て義歯床裏面20bと、頬側延び出し部11の内周面Fとのなす角度が、60°〜150°の範囲内にあればよく、図3(a)より、上記角度は、あきらかにこの角度範囲内にある。
【0032】
図5は、壁状構造の凹状嵌め合わせ部C,Cの部分を、やや頬側、歯牙頂部側から見た斜視図である。また、図6は、同じく凹状嵌め合わせ部C,Cを義歯床裏面20bの側から見た斜視図である。図7は、石膏模型に部分義歯を装着した状態で、凹状嵌め合わせ部C,Cを歯牙頂部側から見た平面図である。なお、金属補強線は図が複雑になるので省略してある。これら図5〜図7から、次のことが確認される。
(1)壁状構造タイプの凹状嵌め合わせ部C,Cは、鉤歯の舌側部33と、近心側部34と、遠心側部35とで形成される。この構造は、延び出し構造タイプの凹状嵌め合わせ部C1とは異なる。
(2)壁状構造の凹状嵌め合わせ部C,Cの内周面Fは、その根本側を義歯床裏面20bに画され(限界づけられ)、義歯床裏面20bに対して交差するように立っている。見方を変えて、義歯床20を曲面状板状体とみなすと、内周面Fは、その板状体を凹状にえぐることで形成された側端面とみることができる。そして、内周面Fと、凹状嵌め合わせ部の裏面または義歯床裏面20bとのなす角度は、直角に近く、明らかに(直角−30°)〜(直角+60°)の範囲にある。これは、延び出し構造の凹状嵌め合わせ部Cでも同様であった。
(3)内周面Fは、幅(高さ方向)は短く切り上がっていて、鉤歯の歯牙と歯茎との境界の凹状屈曲部に対応する突状ラインはない。これも、延び出し構造の凹状嵌め合わせ部Cと同様である。
(4)図7に示すように、凹状嵌め合わせ部C,Cは、それぞれ、鉤歯RおよびRの周囲の周長の65%以下に嵌め合わされている。この周長の制限も、延び出し構造の凹状嵌め合わせ部Cと同じである。
(5)端部人工歯R,Rについて、その端部人工歯の頬側露出部の高さTは、その根本側の頬側義歯床部の高さBよりも大きい。すなわち、T>B、が満たされている。この構造も、延び出し構造の凹状嵌め合わせ部Cと同じである。
上記(1)のように、壁状構造の凹状嵌め合わせ部C,Cは、形状は、延び出し構造の凹状嵌め合わせ部Cと異なるが、その構造上の特徴である上記(2)〜(5)は同じである。上記(2)〜(5)の構造についての作用効果も、当然、同じである。
【0033】
−装着状態の安定性−
(本実施の形態の部分義歯10):
(1)図8は、本実施の形態における部分義歯10を患者に装着したときの、装着状態などを示す図であり、(a)は凹状嵌め合わせ部C、また(b)は凹状嵌め合わせ部C,Cを示す。図8(a)において、頬側延び出し部11および舌側延び出し部21は、共に、鉤歯L7の歯牙部分にのみ嵌め合わされ、歯肉または歯茎に嵌め合わされることはない。患者の口腔内状態がよほど特殊な例外を除いて、本実施の形態の部分義歯10は、歯軸に交差する方向(横方向または水平方向)に沿って装着される。食物を咬合するときにかかる咬合圧は、基本的には人工歯が位置する部分の義歯床を介して顎堤粘膜によって負担される。凹状嵌め合わせ部C,C,Cは、咬合圧が部分義歯10にかかっても、ほとんど位置を変えない。そして、咬合圧とは逆向きの力(離脱力)に対しては、嵌め合わせは、鉤歯の豊隆部から根本側にかけて行われるので、鉤歯の頂部側に断面が広がるテーパがあるため、離脱は防止される。
なお、歯牙と歯茎との境目に凹状屈曲部Kが位置するが、この凹状屈曲部Kより上の歯牙にのみ、凹状嵌め合わせ部C,C,Cは嵌め合わされる。
(2)上記の凹状嵌め合わせ構造では、装着は水平方向から鉤歯の根本に行われる。装着および脱着が、離脱方向と異なる方向(横方向または水平方向)に沿ってなされることは、離脱防止に有効に作用する。しかも、凹状嵌め合わせ部Cと、凹状嵌め合わせ部C,Cとは、同じ水平面でも異なる方向から装着される構造になっている。
図1に、凹状嵌め合わせ部Cと凹状嵌め合わせ部C,Cの装着方向などを示してある。部分義歯10を装着するとき、まず凹状嵌め合わせ部C(第1の凹状嵌め合わせ部)を鉤歯Lに、水平方向または横方向(第1の方向)に移動させて、ゆるく嵌め合わせる。次いで、この凹状嵌め合わせ部Cを支点にして、部分義歯10全体を、上下方向また縦方向(第2の方向)に沿わせて、凹状嵌め合わせ部C,C(第2の凹状嵌め合わせ部)を鉤歯R,Rに嵌め合わせる。第1の方向と第2の方向とは異なる。上述のように、第1の凹状嵌め合わせ部Cをキーと呼び、第2の凹状嵌め合わせ部C,Cをロックと呼ぶ。第2の凹状嵌め合わせ部は1つあれば十分である。ロックが外れない限り、キーは外すことはできない。ロックの離脱方向は、第2の装着方向(横方向または水平方向)を逆にたどる方向であるから、図8に示す縦方向の離脱力に対しては、まったく離脱しない。なお、キー、ロックという名称は、一般的なものではない。このように、凹状嵌め合わせ部が2つ以上あり、装着方向が異なるものが2つ以上あるという点は、このあと説明する従来のノンクラスプデンチャー150の装着方向が鉤歯頂部側から根本側への、一方向の移動によって装着するのと大きな相違である。
なお、使用者の口腔内の状態によっては、Cの嵌め合わせ方向を上下方向として、C,Cの嵌め合わせ方向を水平方向とすることもある。先にC,Cを嵌め合わせて、その後でCを嵌め合わせる場合は、C,Cがキーで、Cがロックとなる。
(ノンクラスプデンチャー150):
図9は、従来のノンクラスプデンチャー150を患者に装着したときの、装着状態、装着方向などを示す図である。ノンクラスプデンチャー150では、鉤歯を開口部161hに入れるようにして、鉤歯の頂部側から歯軸に沿って上から下に、縦方向に装着する。この装着によって、鉤歯の歯牙および歯茎を、舌側と頬側から挟み付ける。この挟み付けることで装着状態を安定に維持しようとする。しかし、ノンクラスプデンチャーの義歯床120およびウィングWが、凸状に湾曲する斜面をなす歯肉部に当接して圧力を及ぼすと、熱可塑性樹脂は弾力性に富むため、食物を噛んだときその斜面に押し当てられ、ずり下がりながら広げられ、その後、咬合圧が無くなると、歯肉斜面のすその義歯床部分の反発力により、斜面を容易にずり上がり離脱の状態に入る。この繰り返しにより使用につれてゆるみを生じ、がたつきが発生して、離脱しやすくなると考えられる。従来のノンクラスプデンチャーでは、維持力を増すことを目的に設けたウィング等の大振りの部分が歯肉の斜面に当たるので、逆に離脱を促進する方向に作用すると考えられる。また、歯牙と歯茎との境目の凹状屈曲部Kに、突状ラインZが嵌め入れられるが、歯牙側が後退し、歯肉側が出っ張る台地状であるので、歯牙頂部側へと離脱させる離脱力に対しては、アンカー効果はほとんど期待できない。
【0034】
上記本発明の構成の結果、熱可塑性樹脂の一体射出成形による製造方法による経済性などの利点を得ながら(このあと説明する)、装着状態からの離脱を確実に防止することができる。さらに、歯茎にあたるウィングや、大振りの義歯床を用いないので、窮屈感等を除き、快適な装着感を得ることができる。
【0035】
図10は、本実施の形態における部分義歯10を製造する方法の一例を示す工程図である。まず、患者の印象を採取して、次いで、次の工程にしたがって製造する。
石膏模型→ろう義歯製作(金属補強線などの金属部分、人工歯等を老義歯に配置)→ろう義歯の一次埋没(下フラスコ内)→二次埋没(上フラスコ内)→流ろう→上下フラスコ分離→型整備→熱可塑性樹脂を型内に高圧高温注入→自然冷却(1時間程度)→取り出し
取り出しまでの工程において、本実施の形態の部分義歯では、金属クラスプを製造する必要がないので、その分、製造工程を省略することができる。また、熱可塑性樹脂は型内に高圧高温注入した後、自然冷却すれば自ずと硬化して製品状態になる。これに比べて、従来のレジン製の義歯床の部分義歯の場合、高温に保持してから徐冷却し取り出すまで、変形をより少なくするため1日程度かかる。したがってレジン製義歯床を用いる場合に比べて、工程短縮をはかることができる。
【0036】
取り出しの後、図11に示す調整方法により簡単に調整することができる。咬合紙は、本来は、部分義歯を使用者に装着して、その咬合紙を上下の歯で咬合させて咬合紙から転写される色剤の濃淡により咬合具合をみるために用いられる。しかし、図11に示すように、部分義歯の製造における調整工程に用いることができる。咬合紙は色剤が薄くコートされており、接触物に対して接触圧の高さに応じて色剤を接触物に転写する。この咬合紙を石膏模型上に置いて、咬合紙がしわくちゃになるのをかまわず、咬合紙を石膏模型との間に挟んで、部分義歯を装着する。咬合紙は、ロールに巻かれていて平坦であるが、部分義歯によって石膏模型に押し込まれるので、しわくちゃになった状態で、石膏模型と部分義歯との間に挟まれる。このとき、部分義歯の不都合に突出している部分では高い圧力が咬合紙にかかり、色剤が濃く転写される。この濃く転写された部分を削合工具で削合する。
熱可塑性樹脂の一体射出成形で製造された部分義歯の場合、凹状嵌め合わせ部に金属クラスプを含まないので、咬合紙の色剤が濃く転写された部分を容易に削合することができ、調整の能率を非常に向上させることができる。削合は、歯科用の電動ドリルの先に、差し替え可能な削合用工具(カーボランダムポイントなど)を取り付けて行うもので、常用されている。咬合紙としては、どのようなものでもよいが、ドイツHANEL社のOkklusions-Foile(厚み:12μm、色:赤)REF480032を用いるのがよい。色は赤がよいが青でもよい。部分義歯に色剤が転写され、石膏模型には色剤が転写されないほうがよいので、片面にのみ色剤が塗布された咬合紙を用いるのがよい。この色剤片面塗布の咬合紙の場合は、当然、色剤が部分義歯10に直接当たるように配置する。
【0037】
(実施の形態2)
図12は、本発明の実施の形態2における部分義歯10を示す斜視図である。この部分義歯10は、下顎用であり、鉤歯への凹状嵌め合せ部C,Cを備える。患者は、下顎左5〜7番、右6〜7番を欠損しており、部分義歯10は上記欠損部を補うものである。右側の人工歯を固定する樹脂部と、左側の人工歯を固定する樹脂部とをつなぐ連結部は、通常、金属製の大連結子で構成されるが、図12に示すように、本発明では、この部分も熱可塑性樹脂で形成される。ただし、金属補強線は埋設されている。図面の構造を見やすくするために金属補強線は省略している。凹状嵌め合せ部C,Cは、ともに次の形状を有する。
(凹状嵌め合せ部C1,C2):
鉤歯の頬側に延び出る頬側延び出し部11と、鉤歯の舌側に形成される壁状部分21とで構成される。上述のように、頬側に延び出し部があるので、凹状嵌め合せ部C,Cは、延び出し構造タイプである。2つの凹状嵌め合せ部C,Cは、左右の相違はあるがほとんど同じ構造を有する。
【0038】
図13は、凹状嵌め合せ部C1の拡大図である。2つの凹状嵌め合せ部C,Cについて、実施の形態1の部分義歯の凹状嵌め合わせ部と同様に、次の構造を挙げることができる。
(1)内周面Fは、その根本側を義歯床裏面20bに画され(限界づけられ)、義歯床裏面20bに対して交差するように立っている。内周面Fと、凹状嵌め合わせ部の裏面または義歯床裏面20bとのなす角度は、直角に近く、明らかに(直角−30°)〜(直角+60°)の範囲にある。
(2)内周面Fは、幅(高さ方向)は短く切り上がっていて、鉤歯の歯牙と歯茎との境界の凹状屈曲部に対応する突状ラインはない。
(3)凹状嵌め合わせ部C,Cは、それぞれ、明らかに鉤歯の周囲の周長の65%以下に嵌め合わされている。
(4)端部人工歯Lについて、その端部人工歯の頬側露出部の高さTは、その根本側の義歯床の頬側部高さBよりも大きい。すなわち、T>B、が満たされている。
(5)凹状嵌め合せ部C,Cの一方(第1の凹状嵌め合わせ部)を水平方向に鉤歯に緩く嵌め合わせ、そこを支点にして水平方向に回転させて、他方(第2の凹状嵌め合わせ部)を鉤歯に嵌め合わせる。第1の嵌め合わせ部がキーとすると、第2の嵌め合わせ部はロックとなる。ロックが外されない限り、キーは外れない。鉤歯の歯軸方向に沿う離脱力に対しては外れない。
【0039】
本実施の形態の部分義歯10は、上記(1)〜(5)の構造上の特徴を備える。このため、熱可塑性樹脂の一体射出成形で形成することによる製造上の簡単さ、と共に、金属製クラスプを備えなくても、装着状態を安定に保つことができる。また、金属クラスプを備えないことによる審美性の向上を得ることができる。さらに、小さい凹状嵌め合わせ部、および小振りの義歯床によって、口腔内の違和感をなくすことができる。
【0040】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明の部分義歯により、ノンクラスプデンチャーにおける、装着状態から離脱しやすいという欠点を克服することができ、さらに、口腔内の違和感をなくすことができる。
【符号の説明】
【0042】
10 部分義歯、11 頬側延び出し部、20 義歯床、20b 義歯床裏面、21 舌側部分(舌側延び出し部、舌側壁状部)、29 金属補強線、31 人工歯、 33 舌側部(壁状構造の凹状嵌め合わせ部の)、34 近心側部(壁状構造の凹状嵌め合わせ部の)、35 遠心側部(壁状構造の凹状嵌め合わせ部の)、120 ノンクラスプデンチャーの義歯床、150 ノンクラスプデンチャー、161h 鉤歯が入り開口部、B 裏面(凹状嵌め合わせ部または義歯床)、B 端部人工歯の歯牙露出部の高さ、B ノンクラスプデンチャーの歯茎当接面、d 頬側延び出し部の中心の厚み、F 内周面、K 鉤歯の歯牙と歯茎との境目の凹状屈曲部、T 端部人工歯の義歯床の頬側高さ、Y 頬側延び出し部の中心の高さ(幅)、W ノンクラスプデンチャーのウィング、Z 突状ライン(ノンクラスプデンチャー)、θ 内周面と裏面とがなす角度。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工歯と、前記人工歯が設けられる義歯床と、鉤歯にあてがわれるように嵌め合わせる凹状嵌め合わせ部を備える部分義歯であって、
前記部分義歯は、前記凹状嵌め合わせ部を含めて、熱可塑性樹脂の一体射出成形加工によって形成され、
前記凹状嵌め合わせ部は、前記鉤歯に対応する部分をC字状に囲んでおり、前記C字の内周に沿う内周面は、前記凹状嵌め合わせ部の裏面に対して交差するように立っていることを特徴とする、部分義歯。
【請求項2】
前記開口部に面する内周面と、その内周面と前記裏面とのなす角度は、(直角−30°)〜(直角+60°)の範囲にあることを特徴とする、請求項1に記載の部分義歯。
【請求項3】
前記開口部に面する内周面には、前記鉤歯の歯牙部分と歯茎部との境目の凹状屈曲部に対応する突状ラインがないことを特徴とする、請求項1または2に記載の部分義歯。
【請求項4】
前記人工歯のうちの前記鉤歯に対面する端部人工歯において、その端部人工歯の前記義歯床の頬側の部分である頬側義歯床部の高さが、その端部人工歯の前記義歯床から露出する頬側の歯牙部分である頬側露出歯牙部の高さ、よりも小さいことを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載の部分義歯。
【請求項5】
全長さの50%以上に金属補強線が埋設されていることを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の部分義歯。
【請求項6】
前記凹状嵌め合わせ部は、前記鉤歯の周囲の65%を超えて当接しないことを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の部分義歯。
【請求項7】
前記凹状嵌め合わせ部は、前記鉤歯の頬側に延び出る頬側延び出し部を備えることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の部分義歯。
【請求項8】
前記凹状嵌め合わせ部は、前記頬側延び出し部の中央において、その中央部の厚みがその部分の高さの30%以上あることを特徴とする、請求項7に記載の部分義歯。
【請求項9】
前記頬側延び出し部は、前記鉤歯の周囲の半分である頬側周囲の50%を超えて当接しないことを特徴とする、請求項7または8に記載の部分義歯。
【請求項10】
前記凹状嵌め合わせ部は、前記義歯床の壁状部分に凹状に形成され、前記壁状部分が、前記鉤歯の舌側に当接する舌側部、近心側に当接する近心側部、および遠心側に当接する遠心側部により構成されることを特徴とする、請求項1〜6のいずれか1項に記載の部分義歯。
【請求項11】
前記凹状嵌め合わせ部を少なくとも2つ備え、第1の凹状嵌め合わせ部は、第1の鉤歯に、第1の方向から嵌め合わされ、第2の凹状嵌め合わせ部は、第2の鉤歯に、前記第1の方向と異なる第2の方向から嵌め合わされることを特徴とする、請求項1〜10のいずれか1項に記載の部分義歯。
【請求項12】
人工歯と、前記人工歯が設けられる義歯床と、鉤歯にあてがわれるように嵌め合わせる凹状嵌め合わせ部を備える部分義歯の製造方法であって、
使用者の口腔の歯牙の石膏模型を作製する工程と、
前記石膏模型を用いて、前記部分義歯を、前記凹状嵌め合わせ部を含めて、熱可塑性樹脂の一体射出成形加工によって形成する工程と、
前記石膏模型に咬合紙をかぶせた後、その上に前記部分義歯を装着して、前記石膏模型に転写された前記咬合紙の色剤の濃度に応じて、前記部分義歯を削合して、調整することを特徴とする、部分義歯の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2010−201092(P2010−201092A)
【公開日】平成22年9月16日(2010.9.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−52633(P2009−52633)
【出願日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【出願人】(303069151)
【Fターム(参考)】