説明

酒類の製造方法

【課題】シアン配糖体を含む果実(梅、杏、桃、ビワ、プラム、チェリー等)を原料とする酒類(梅酒リキュール等)中のカルバミン酸エチルを低減する製造方法、及び、かかる製造方法によって製造してなる酒類を提供する。
【解決手段】シアン配糖体を含む果実にアルコール濃度5%以下のアルコール液を添加し、10℃〜40℃で3日以上放置した後、さらにアルコール濃度30%以上のアルコール液を添加し、カルバミン酸エチルを低減した酒類を簡便な方法で製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酒類の製造方法及びかかる製造方法により得られる酒類に関するものであり、詳しくは、シアン配糖体を含む果実にアルコール液を添加して一定期間放置することによりカルバミン酸エチル含有量を低減する酒類の製造方法及びかかる製造方法により得られる酒類に関する。
【背景技術】
【0002】
カルバミン酸エチルは、発がん性を有する可能性がある物質として知られており、一般に酒類に多く含まれている。酒類の中でもカルバミン酸エチルは、清酒、紹興酒、梅酒、フルーツブランデー及びバーボンウイスキーに多く含まれている(非特許文献1、2参照)。
【0003】
清酒のカルバミン酸エチル低減法としては、その前駆物質である尿素を低減するウレアーゼを用いる方法(特許文献1参照)や尿素非生産性酵母を用いる方法(特許文献2参照)が広く使用されている。しかし、フルーツブランデーや梅酒中のカルバミン酸エチルは尿素ではなく、シアン配糖体を起源とするシアンから生成することが知られており、上記のような方法ではカルバミン酸エチルを低減することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第1075917号公報
【特許文献2】特許第1969828号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】食品衛生研究、第45巻、69〜75頁
【非特許文献2】Proceedings of Euro Food Tox II、Zurich,1986,243〜248頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
梅酒をはじめとするシアン配糖体を含む果実を原料とする酒類においては、カルバミン酸エチルが生成する可能性があることが知られているので、これを低減する方法が求められている。
本発明の課題は、シアン配糖体を含む果実を原料とする酒類中のカルバミン酸エチルを低減する製造方法及びかかる酒類の製造方法から得られる酒類を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
シアン配糖体は一般に果実中の仁に存在していることから、カルバミン酸エチルを低減するには、仁を除いて酒類を製造することが考えられる。しかしながら、実際に仁を取り除くには大変な手間がかかり、また、製成酒においてはベンズアルデヒド等のシアン配糖体由来の香味成分が減少するといった問題点も想定される。
【0008】
本発明者らは、従来の製造方法とは全く別の発想で、梅酒をはじめとする酒類中のカルバミン酸エチル(エチルカーバメート、ウレタン)を低減すべく鋭意研究した結果、シアン配糖体を含む果実にアルコール液を添加して一定期間放置することにより問題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0009】
本発明の酒類の製造方法によれば従来の製造方法による製品と比べて、発がん性を有する可能性があるカルバミン酸エチル含有量の少ない酒類を、複雑な操作を必要とせず、簡便な方法で製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】シアン配糖体を含む原料果実を表1の条件下で放置して酒類を製造する方法と対照方法のカルバミン酸エチル含有量の推移。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、シアン配糖体を含む果実にアルコール液を添加して一定期間放置し、これを原料として酒類を製造することにより、カルバミン酸エチルを低減した酒類を製造することを重要なポイントとするものであって、次のような態様を包含するものである。
【0012】
(1)シアン配糖体を含む果実にアルコール濃度5%以下のアルコール液を添加し、10℃〜40℃で3日以上放置した後、さらにアルコール濃度30%以上のアルコール液を添加することを特徴とするカルバミン酸エチルを低減した酒類の製造方法。
(2)放置する期間が7日以上であることを特徴とする(1)に記載の方法。
(3)放置する温度が25℃〜35℃であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の方法。
(4)最初に添加するアルコール液のアルコール濃度が3%以下であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1つに記載の方法。
(5)さらに添加するアルコール液のアルコール濃度が50%以上であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1つに記載の方法。
【0013】
(6)(1)〜(5)のいずれか1つに記載した方法によって製造してなることを特徴とするカルバミン酸エチルを低減した酒類。
【0014】
この発明に係る酒類の製造方法としては、シアン配糖体を含む果実を低濃度のアルコール液を加えて3日以上放置した後、さらにアルコール液を加える酒類の製造方法であれば、特に制限されるものではない。シアン配糖体を含む果実を低濃度のアルコール液を加えて放置する以外は、常法にしたがって酒類を製造すればよく、その結果、カルバミン酸エチルが低減した酒類を得ることができる。
【0015】
シアン配糖体を含む果実としては、梅、杏、ビワ、桃、チェリー、プラム等が1種又は2種以上使用することができる。果実は冷凍されたものでもよい。
【0016】
果実を放置した場合、放置する期間によっては果実が微生物により汚染されることも想定されるので、これを防ぐため、低酸素条件下で放置してもよく、さらに糖類、酸、防腐剤(安息香酸等)を添加してもよい。低酸素条件は、真空とする方法(10Torr以下)、不活性ガスで置換する方法、脱酸素剤を用いる方法のいずれでもよい。
【0017】
例えば、(A)液体中の溶存酸素を低減させたり、及び/又は、(B)これら液体を入れた容器のヘッドスペースの酸素を低減したり脱酸素処理や脱気処理をすればよい。
【0018】
(A)の場合、インラインミキサーにより不活性ガスを混入する方法がある。具体的には、スタティックミキサー(株式会社 ノリタケカンパニーリミテド製)を用いることができる。
【0019】
液体中の溶存酸素濃度は、可及的低濃度が好適であって、0.5mg/L以下、例えば0.1mg/L以下が好ましく、0.05mg/L以下がより好ましい。
【0020】
(B)の場合、ヘッドスペースを脱気したり、不活性ガス(例えば、炭酸ガス、窒素ガス、ヘリウムガス、アルゴンガス等)で置換したりして、ヘッドスペースの酸素を可及的に低減させればよく、例えば酸素濃度を0.1%以下、好ましくは0.05%以下、さらに好ましくは0.01%以下とするのがよい。また、(B)の場合、脱酸素剤を用いることができる。脱酸素剤としては、鉄粉やカテコールを使用することができ、市販品も適宜使用可能である。市販品としては、例えばアネロパック(商品名:三菱ガス化学株式会社製、登録商標:有効成分鉄粉)を使用することができる。これらの内の少なくともひとつの方法と先に述べた液体中の溶存酸素低減処理(A)とを併用すれば更に有効であり、また、製造設備、製造装置等の製造プラント全体を不活性ガス置換や脱気処理して低酸素状態とすればそのうえ更に有効である。さらに微生物汚染防止のため、その低濃度アルコール液に、糖類、酸、防腐剤(安息香酸等)を添加してもよい。また、果実をよく洗浄した後、クリーンルーム内で放置してもよい。
また、上記低酸素条件下は、果実を放置する期間のみに限定してもよく、それ以降の任意の工程についても低酸素条件下としてもよい。
【0021】
本発明によれば、放置処理により、カルバミン酸エチルを低減することができるが、原料の放置を低酸素条件下で行うことにより、雑菌による汚染が抑制される。放置工程は、低酸素条件下であるか否かを問わず、例えば次のようにして行う。
【0022】
原料となるシアン配糖体を含む果実を低濃度のアルコール液を添加して3日以上放置し、さらにアルコール液を添加する工程によって処理することにより、カルバミン酸エチルを低減した酒類を製造するものである。
【0023】
放置期間としては、3日以上、好ましくは7日以上であり、実施例においては、14日及び28日間放置したデータもあり、10〜30日が一応の目安とされるが、期間が短いとカルバミン酸エチルの低減が充分ではないし、期間が長いと経済上や工業上の問題も生じてくるので、カルバミン酸エチルの低減を勘案しながら適宜規定すればよい。
【0024】
また、該低濃度アルコール液、及び該アルコール液のアルコール濃度は、それぞれ5%以下、好ましくは3%以下、及び、5%以上、好ましくは30%以上、さらに好ましくは50%以上(上限99.5%)(いずれも容量/容量%)である。水やアルコールといった液体を原料果実に加えて放置する目的は、主として、雑菌による汚染を防止しながらカルバミン酸エチルを低減せしめることにある。
【0025】
本明細書においては、該果実を放置及び浸漬するために使用する酒類(酒税法によって規定される酒類)については、これを「アルコール液」とし、最終製品を「酒類」としているが、果実を低濃度のアルコール液を加えて放置する場合の、添加する低濃度のアルコール液としては、これに限定されるものではないが、アルコール分が5%以下であることが好ましい。また、さらに添加するアルコール液としては、アルコール分が5%以上であることが好ましい。
なお、本発明において、アルコール濃度は全て容量パーセント(容量/容量)で示している。
【0026】
実際の製造に当っては、上記の放置した果実を使用するほかは常法にしたがって行えばよく、例えば次のようにして酒類を製造することができる。以下、梅酒(梅酒リキュールとも称される)の製造を例にとって、具体的に説明する。
【0027】
放置した梅をアルコール液(糖を含む場合もある)に浸漬し、必要な成分を浸出させればよく(浸出法)、放置処理した青梅1kgを使用した場合の仕込配合は、35%焼酎(醸造アルコール(飲用アルコール)に加水して35%アルコール液としてもよい)1〜3L、氷砂糖0.5〜2kgで、これを1〜12ヶ月放置すればよい。もちろん、35%濃度以外の焼酎も使用可能であり、その場合は、35%焼酎の場合の仕込み配合を参考にして適宜配合を規定すればよい。
【0028】
仕込み配合の例としては、次の例が挙げられる。
(例1):冷凍梅1.4kg、氷砂糖0.7kg、アルコール0.8L、水1.6L
(例2):青梅1kg、氷砂糖1kg、35%焼酎2L
(例3):青梅1.8kg、白砂糖0.6kg、焼酎0.9L、みりん0.5L、水0.4L
【0029】
放置した果実を浸漬するアルコール液としては、酒類が使用される。酒類は、酒税法によるアルコール分1度以上の飲料を指し、ビール、発泡酒、その他の発泡性酒類、清酒、果実酒(果実を原料として発酵させたもの)、その他の醸造酒、連続式蒸留焼酎、単式蒸留焼酎、ウイスキー、ブランデー、原料用アルコール、スピリッツ、合成清酒、みりん、甘味果実酒、リキュール、雑酒が包含される。
【0030】
上記酒類としては、上記したものを単用してもよいし、2種以上併用してもよい。また、原料用アルコール、すなわち飲用アルコール又は醸造アルコールを添加してアルコール濃度を高めたり、あるいは、水、低アルコール飲料、ノンアルコール飲料から選ばれる少なくともひとつを添加してアルコール濃度を低下せしめたりして、アルコール濃度を調節してもよい。最終製品のアルコール濃度は、10〜40%が好適であり、通常は13〜20%であるが、好みに応じてこの範囲を逸脱しても格別の問題はない。
【0031】
放置した該果実を浸漬するアルコール液は、上記した酒類のみとしてもよいし、浸漬時に及び/又は浸漬後に、シアン配糖体を含まない果実、果汁、糖類、蜂蜜、色素、酸味料、甘味料、香料、上記した酒類の少なくともひとつを添加、併用してもよい。また、上記した酒類(原料用アルコールは除く)については、これを使用した場合、単用、併用の場合を問わず、使用した酒類の特徴を最終製品に残すことも可能である。
【0032】
この発明においては、シアン配糖体を含む果実を一定期間放置することが必要である。放置は、通常の酒類製造場においてびんやタンクのような容器に入れて行ってもよいし、クリーンルームの中で行ってもよい。放置する温度は、これに限定されるものではないが、10℃〜40℃が好ましく、15℃〜35℃がより好ましく、25℃〜35℃がさらに好ましい。放置する時間は、3日以上の期間が必要である。放置する期間がこれより短い場合には、充分なカルバミン酸エチルの低減効果が得られない。なお、放置する期間は7日以上がより好ましい。
【0033】
このようにして放置した該果実を使用するほかは常法にしたがえばよく、例えば、梅酒の製造にしたがい、該果実にアルコール液を混合し、つぼ又はびん等の容器に入れて(所望する場合は密閉し)、室温にて2〜3ヵ月放置すればよい。これをそのままあるいは果実を取り除いて密閉保存し、最終製品(梅酒あるいは梅酒リキュール)とする。そして、所望する時期に小さな容器にわけて販売に供する。
【0034】
得られた最終製品は、アルコール濃度が12〜23%であり、カルバミン酸エチル含有量は120μg/L以下であり、80μg/L以下の場合も確認され、対照と比較して大幅に低下している。
【0035】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の技術範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例】
【0036】
(実施例1)
以下、シアン配糖体を含む果実を放置して酒類を製造する方法及びシアン配糖体を含む果実に低濃度のアルコール液を添加した後に放置し、さらにアルコール液を添加する方法について、梅酒を例に示す。仕込配合は、表1に示すとおりである。(1)〜(4)については、冷凍梅を容器に入れて解凍し、30℃で3日〜28日放置した後に、氷砂糖と35%アルコールを添加し、引き続き室温で保存した。なお、(4)については、28日間放置する際に、容器ごと酸素を透過しないパウチ袋に入れ、市販の脱酸素剤であるアネロパック(三菱ガス化学株式会社製、登録商標)を用いて密閉して低酸素状態(0.05%未満)とした。(5)及び(6)については、冷凍梅を容器に入れて解凍し、氷砂糖、3%又は5%アルコールを添加し、30℃で28日間保放置した後、99.5%アルコールを添加し、引き続き30℃で保存した。(7)については、冷凍梅を容器に入れて解凍し、氷砂糖と35%アルコールを添加し、30℃で保存した。カルバミン酸エチル含有量は発明者が考案した方法(日本醸造協会誌、第101巻、519〜525頁)に準じて行った。カルバミン酸エチル含有量の推移は、図1に示すとおりであり、6ヶ月後のカルバミン酸エチル含有量は、対照(7)199μg/Lに対し、試験区(1)〜(6)69〜118μg/Lと大幅に減少していた。製成酒の色香味については、対照と同等であった。なお、図中の月数は、冷凍梅を解凍した日から起算している。
【0037】
【表1】

【0038】
上述のごとく、本発明の酒類の製造方法によれば、シアン配糖体を含む果実を原料とする酒類に含まれるカルバミン酸エチルを低減することが可能となる。また、低酸素処理と併用すれば雑菌の生育、増殖が抑制されるため、放置中における雑菌による汚染も防止される。
【0039】
以上、本発明を要約すれば次のとおりである。
本発明の課題は、シアン配糖体を含む果実(梅、杏、桃、ビワ、プラム、チェリー等)を原料とする酒類(梅酒リキュール等)中のカルバミン酸エチルを低減する製造方法、及び、かかる製造方法によって製造してなる酒類を提供することにある。そして、その解決手段は、シアン配糖体を含む果実にアルコール濃度5%以下のアルコール液を添加し、10℃〜40℃で3日以上放置した後、さらにアルコール濃度30%以上のアルコール液を添加し、カルバミン酸エチルを低減した酒類を簡便な方法で製造する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シアン配糖体を含む果実にアルコール濃度5%以下のアルコール液を添加し、10℃〜40℃で3日以上放置した後、さらにアルコール濃度30%以上のアルコール液を添加することを特徴とするカルバミン酸エチルを低減した酒類の製造方法。
【請求項2】
放置する期間が7日以上であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
放置する温度が25℃〜35℃であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
最初に添加するアルコール液のアルコール濃度が3%以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
さらに添加するアルコール液のアルコール濃度が50%以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法によって製造してなることを特徴とするカルバミン酸エチルを低減した酒類。

【図1】
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【公開番号】特開2013−31468(P2013−31468A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−256735(P2012−256735)
【出願日】平成24年11月22日(2012.11.22)
【分割の表示】特願2008−155079(P2008−155079)の分割
【原出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【出願人】(301025634)独立行政法人酒類総合研究所 (55)
【Fターム(参考)】