説明

酪酸菌芽胞の凝集分離回収方法

【課題】 酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養液より目的とする芽胞を雑菌の混入を伴わずに芽胞を培養液から容易にかつ効率良く分離・回収する方法を提供する。
【解決手段】 酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を培養し芽胞を形成させた培養液にキトサンの酸性溶液を添加混合し芽胞を凝集させ、該芽胞を培養液から分離・回収することからなる酪酸菌の芽胞の凝集分離回収方法。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の芽胞の分離・回収する方法に関するものである。より詳しくは、本発明は、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を培養し芽胞を形成させた培養液にキトサンの酸性溶液を添加、混合して、芽胞を凝集させることによって、雑菌の混入を伴わずに芽胞を培養液から容易にかつ効率良く分離・回収する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)は、グラム陽性の偏性嫌気性桿菌で芽胞を形成する。また、いくつかのものは抗腐敗作用や整腸作用を示す有用細菌として、医薬、食品及び家畜用飼料等の分野で利用されているが、偏性嫌気性であり栄養体細胞は酸素の暴露により死滅してしまうため、酸素、薬剤や熱等に対して耐性のある芽胞の形態で利用されることが多い。よって、酪酸菌芽胞の利用に際しては、安全性の面よりその分離回収時において雑菌あるいは危険物質の混入があってはならない。
【0003】これらの酪酸菌芽胞の製造方法では、従来、芽胞の形成に最適な培養液の組成を検討することが主に行われており、そのような最適な炭素源、窒素源等の各種の栄養素を含む液体培地で培養増殖させ芽胞を形成させた後、遠心分離等により芽胞を培養液より分離回収する方法が一般的である。このような方法としては、例えば、コーンスターチ、小麦タンパク質グルーテンや脱脂大豆などを加水分解して得られたアミノ酸液及び炭酸カルシウムを含む培地中で宮入菌(Clostridiumbutyricum miyairii)を培養する方法(特公昭52−48,169号公報)や炭素源としてのスターチ類及び窒素源としての味液、肉エキス、ペプトン、イーストエキス等を含む培地中に酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を接種した後、芽胞形成期の培地のpHを6〜5.5に維持する方法(特開昭62−58,990号公報)が挙げられる。
【0004】しかしながら、これらの方法による芽胞の培養液からの分離回収では、芽胞の粒径が小さいため沈降性が悪く、高速度での遠心分離操作が必要であり、培養液の全量を処理しなければならず、操作に長時間を要し、経済的な観点から好ましくないという問題がある。また、高速度での長時間の遠心操作により外気の混入による雑菌の汚染の可能性も危惧され、必ずしも効率的で満足な方法とは言えない。
【0005】一方、微生物菌体の分離回収方法としては、従来、瀘過や遠心分離操作による方法があるが、工業的な規模で実施する場合には、これらの方法では十分効果的でないため、問題となっている。そこで、このような問題を考慮して、菌体を凝集させることにより菌体を分離、回収する試みがなされている。
【0006】このような方法の一つとして、キチンの脱アセチル化により製造されるキトサンは天然のカチオン性高分子でありかつ安全性が高いことから、キトサンを培養液中の菌体の分離に適用する方法が提案されており、例えば、微生物菌体にキチンを脱アセチル化して得られるキトサンの酸性溶液を作用させて凝集させる方法(特開昭51−128,474号公報)やヒアルロン産生産能を有する菌株の培養液にキトサンを加えて培養液中の菌体を凝集させ、培養液から該菌体を分離する方法(特開昭63−276,493号公報)が開示されている。また、特開昭50−71,878号公報では、グルコースイソメラーゼ生産菌体を懸濁させた培養液にカチオン系凝集剤を添加して錯体を凝集させ、これを分離することからなる方法が開示されている。さらに、特開昭53−25,027号公報では、細菌培養液中にポリアニオン型高分子電解質(ポリアルギン酸、コンドロイチン硫酸、カルボキシメチルセルロースソーダ塩、デンプングリコール酸ソーダ、デンプンリン酸エステルソーダ塩、ポリアクリル酸など)及びポリカチオン型高分子電解質(キチンより調製されたポリグルコサミン)を適当な順番で添加して見掛けの等電点を調整した後、pHと見掛けの等電点とが一致するような量の塩酸、硫酸または苛性ソーダを培養液に添加することにより細菌と電解質ポリマーとを共凝集沈殿させることからなる細菌細胞の分離方法が開示されている。
【0007】しかしながら、これらの方法は、凝集力が不足していたり、再現性に乏しいなどの欠点を有し、実用的には使用できないものであった。
【0008】次に、このような欠点を克服するために、所定の分子量を有する(温度25℃、pH4.0での1規定食塩水中におけるキトサン濃度1重量%溶液の粘度が2〜200センチポイズの範囲である)キトサンを培養液に添加混合した後、ポリアクリル酸ソーダを添加混合し、微生物菌体を凝集させることからなる微生物菌体と培養母液との分離方法が開示された(特開平3−64,103号公報)。しかしながら、上記方法では粗大フロックを形成させるためにポリアクリル酸ソーダを使用するが、ポリアクリル酸ソーダ中に微量に残存するモノマーの毒性により、上記方法を用いて分離された微生物菌体を医薬、食品及び家畜用飼料等の分野で使用する際には、安全性の問題があった。
【0009】上述したように、微生物の菌体を効率的に分離回収するための種々の改良法が提案されているものの、必ずしも満足できる方法とはいえなかった。
【0010】
【発明が解決しようとする課題】したがって、本発明は、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養液より目的とする芽胞を雑菌あるいは危険物質の混入を伴わずに芽胞を培養液から容易にかつ効率良く分離・回収する方法を提供することを目的としている。
【0011】
【課題を解決するための手段】本発明者らは、これらの課題を解決するため鋭意検討し、凝集剤に注目し、カチオン性、アニオン性及びノニオン性の種々の高分子凝集剤を用いて酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の芽胞の凝集沈降などの諸性質を調べた結果、カチオン性、アニオン性及びノニオン性の種々の高分子凝集剤があるが、通常よく用いられるポリアクリルアミドやカチオン性ポリアクリルアミド等は、凝集沈降に有効であっても酪酸菌芽胞の工業的利用を考えた場合、人体や動物等への毒性に問題があり医薬、食品及び家畜用飼料等の分野での使用には適さないのに対して、人体や動物等が摂取しても無害であり、安全性が高く飲食料品にも使用されている天然のカチオン性高分子であるキトサンの酸性溶液を凝集剤として使用して酪酸菌芽胞の培養液に添加混合することにより芽胞を凝集させ、容易にかつ雑菌汚染を防止し分離回収できること見出し、これにより本発明を完成させた。
【0012】すなわち、上記目的は、下記(ア)〜(キ)によって達成される。
【0013】(ア)酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を培養し芽胞を形成させた培養液にキトサンの酸性溶液を添加混合し芽胞を凝集させ、該芽胞を培養液から分離・回収することからなる酪酸菌の芽胞の凝集分離回収方法。
【0014】(イ)培養液に対する前記キトサンの添加量が、重量比で、10〜500ppmである、前記(ア)に記載の方法。
【0015】(ウ)前記キトサンが60%以上の脱アセチル化度および/または50cp以上の粘度を有する、前記(ア)または(イ)に記載の方法。
【0016】(エ)前記キトサンの酸性溶液がキトサンを水に懸濁させ、高圧蒸気滅菌した後、酸性物質を加えて該キトサンを溶解させることにより調製される、前記(ア)から(ウ)のいずれかに記載の方法。
【0017】(オ)キトサンの酸性溶液中の前記キトサンの濃度が0.01〜15(w/v)%である、前記(エ)に記載の方法。
【0018】(カ)前記酸性物質が塩酸、酢酸及び酪酸からなる群より選ばれる少なくとも一種である、前記(エ)または(オ)に記載の方法。
【0019】(キ)キトサンの酸性溶液中の前記酸性物質の濃度が50(w/v)%以下である、前記(エ)から(カ)のいずれかに記載の方法。
【0020】
【発明の実施の形態】以下に、本発明を詳しく説明する。
【0021】本発明の方法は、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を培養し芽胞を形成させた培養液にキトサンの酸性溶液を添加混合し芽胞を凝集させ、上記芽胞を培養液から分離・回収することからなることを特徴とするものである。
【0022】本発明の方法によって芽胞が凝集分離回収される酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)(以下、括弧書きを省略する)としては、クロストリジウム・ブチリカムに属するものであれば特に制限されるものではなく、例えば、クロストリジウム・ブチリカム NIP1020株(FERM BP−5794)及びNIP1021株(FERM BP−5795)、ならびにクロストリジウム・ブチリカム ATCC 19398、ATCC 860、IFO3315及びIAM19001株など、すべてのクロストリジウム・ブチリカムが使用できるが、これらのうち、好ましくは、クロストリジウム・ブチリカムNIP1020株(FERM BP−5794)及びNIP1021株(FERM BP−5795)が使用される。
【0023】本発明の方法による酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム芽胞の形成は、従来公知の方法を用いて行われるが、例えば、特開昭62−58,990号公報に記載されるスターチ及び味液、肉エキス、ペプトン、イーストエキス等を含む培地中で芽胞形成期の培地のpHを6〜5.5に維持して培養する方法、特公昭52−48,169号公報に記載されるコーンスターチ、アミノ酸液及び炭酸カルシウムを含む培地中で培養する方法、嫌気性細菌用のGAMブイヨン培地、チオグリコール酸培地あるいは、糖(例えば、スターチ)加普通ブイヨン培地等またはこれらの寒天平板培地を使用した嫌気培養による方法などが挙げられる。これらの方法のうち、特公昭52−48,169号公報に記載される方法が酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム芽胞の形成方法として好ましく使用される。
【0024】本発明において使用されるキトサンは、キチンを脱アセチル化によって調製される。キトサンとしては、特に制限されず、脱アセチル化度やキトサン溶液の粘度を指標とする種々の分子量を有するキトサンが使用できるが、脱アセチル化度が、通常、60%以上、好ましくは75%以上、より好ましくは80%以上であり、また、粘度が、通常、50cp(センチポイズ)以上、好ましくは100〜1000cp、より好ましくは200〜700cpであるキトサンが使用される。この際、キトサンの脱アセチル化度が60%未満である際には、酸性溶液にキトサンが溶解しなくなり、好ましくない。また、キトサンの粘度が50cp未満である際には、キトサンによる芽胞の凝集効果が十分でなく、好ましくない。なお、本明細書における「脱アセチル化度(%)」は、ポリビニル硫酸カリウム水溶液によるコロイド滴定によって測定された値を意味し、粘度は、0.5(w/v)%酢酸水溶液にキトサンを0.5(w/v)%濃度溶解したものを、20℃でB型粘度計で回転粘度(cp)として測定された値を意味する。
【0025】本発明によるキトサンとしては、上記した所定の範囲の脱アセチル化度及び粘度を有する市販のキトサンが使用される。
【0026】また、本発明において、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を培養し芽胞を形成させた培養液に添加されるキトサンの酸性溶液は、どのような方法で調製されてもよいが、酸性条件下で加熱することによりキトサンの凝集性が低下してしまうため、例えば、上記で所定の脱アセチル化度および/または粘度のキトサンを所定濃度で水に懸濁させ、これを高圧蒸気滅菌(121℃で20分)した後、以下に詳述する酸性物質を所定濃度になるように無菌的に加えキトサンを溶解させることにより、キトサンの物性および凝集性を変化させることなく無菌溶液として調製される。または、本発明によるキトサン酸性溶液は、上記で所定の脱アセチル化度および/または粘度のキトサンを所定濃度の以下に詳述する酸性溶液中に所定濃度となるように溶解し、この溶液を瀘過滅菌等の加熱処理を伴わない滅菌処理することによって、無菌溶液として調製されてもよい。または、本発明によるキトサン酸性溶液は、上記で所定の脱アセチル化度および/または粘度のキトサンを、そのまま高圧蒸気滅菌(121℃で20分)等により滅菌処理した後、瀘過滅菌や高圧蒸気滅菌(121℃で20分)等により別途滅菌処理された所定濃度の以下に詳述する酸性溶液中に所定濃度となるように溶解することによって、無菌溶液として調製されてもよい。これらの方法のうち、芽胞の回収効率や操作の簡便性などを考慮すると、第一の方法が本発明において好ましく使用される。
【0027】本発明において使用される酸性溶液は、塩酸、硝酸及び炭酸等の鉱酸;およびギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、乳酸、シュウ酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、アジピン酸及びアスコルビン酸等の有機酸からなる群より選ばれる1種または2種以上を混合した酸性物質の水溶液である。これらの酸性物質のうち、塩酸、酢酸及び酪酸が好ましく使用され、特に、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の代謝産物である酢酸が好ましく使用される。
【0028】また、本発明において、酸性溶液における酸性物質の濃度は、通常、50(w/v)%以下、好ましくは、0.02〜15(w/v)%、より好ましくは、0.1〜6.0(w/v)%である。
【0029】さらに、本発明において、酸性溶液におけるキトサンの濃度は、0.01〜15(w/v)%、好ましくは0.05〜5.0(w/v)%、より好ましくは0.2〜2.0(w/v)%である。
【0030】キトサンの酸性溶液は、キトサンがカチオン性の凝集剤であるため、アルカリ性領域では凝集効果が低くなるが、本発明による方法では、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の培養液のpHが代謝産物として酪酸、酢酸等の有機酸を産生するため、培養液のpHは通常酸性になっており、pH調整の必要はない。
【0031】本発明の方法において、上記したようにして炭素源、窒素源等の各種の栄養素を含む一般的な液体培地中で酪酸菌を培養増殖させ芽胞を形成させた芽胞培養液に前記キトサン酸性溶液を添加する際の、培養液に対するキトサンの添加量は、重量比で、10〜500ppm、好ましくは30〜100ppmである。この際、キトサンの添加量が10ppm未満である際には、芽胞の凝集効果が低く、十分芽胞を凝集分離回収できない。これに対して、キトサンの添加量が500ppmを超えると、添加量が多くなり実用的でなくなる上、逆に芽胞の凝集効果が弱くなり、やはり好ましくない。
【0032】本発明の方法によると、芽胞を形成させた芽胞培養液にキトサン酸性溶液を添加した後は、芽胞の凝集が速やかに起こるので、芽胞培養液とキトサン酸性溶液との混合液は、キトサンが全体に均一に混合されるように、1〜30分間程度撹拌するだけで充分である。このようにして撹拌した後は、混合液をそのまま30分以上、好ましくは1〜3時間、静置することにより芽胞を凝集沈殿させることにより、凝集沈殿した芽胞の容量(芽胞凝集物容量)は芽胞培養液の25%以下にまで濃縮される。しかしながら、培地中に不溶性栄養成分が存在する場合は、不溶性物質も同様にして沈殿するので、その量により芽胞凝集物容量は当然変わってくる。
【0033】本発明による凝集操作を行なう際の芽胞培養液とキトサン酸性溶液との混合温度は、凝集が起こる温度であれば特に制限されないが、4〜40℃の範囲が良好な凝集を示すため好ましく、さらに、温度が高い方が凝集沈降速度が速くなる傾向があるため、より好ましくは15〜40℃の範囲である。
【0034】このようにして凝集操作が終了した後、上澄み液をサイフォンあるいはデカンテーション等の公知の手段により取り除くことにより、目的とする濃縮された芽胞凝集物が容易にかつ短時間で得られ、しかも無菌操作的に行なえるので雑菌の混入の心配がない。
【0035】このようにして得られた芽胞凝集物は、例えば、スプレードライヤーを使用することにより、そのまま乾燥し乾燥芽胞粉末とすることが可能である。または、このようにして得られた芽胞凝集物を風乾、送風乾燥、真空乾燥、減圧乾燥あるいは凍結乾燥することにより乾燥芽胞粉末としてもよい。
【0036】本発明の方法により得られた芽胞凝集物にスプレードライヤー乾燥を行なう場合には、沈降させた芽胞凝集物を培養タンクより滅菌可能な配管で直接スプレードライヤーへ送液することにより、遠心分離処理の必要はなく、雑菌混入の機会を与えることなく、乾燥芽胞粉末の状態にまで製造が可能となる。これにより、従来のような高速度(例えば、10,000×g)での遠心分離操作で得られる芽胞回収物にスプレードライヤーを使用した乾燥方法による場合における、芽胞回収物が粘土状になるような高速度での遠心脱水作用を必要とし、またここまでの遠心分離効果がない場合には芽胞の分離が難しく、芽胞回収物を再び水等に再懸濁し濃厚液とした後、スプレードライヤーへ送液しなければならず効率的とはいえず、培養液全量の高速度遠心分離処理による外気の混入、回収後の再懸濁等により雑菌汚染の機会が多くなるという従来の欠点が解消される。
【0037】また、本発明の方法を用いて得られた芽胞凝集物を風乾、送風乾燥、真空乾燥、減圧乾燥あるいは凍結乾燥等の他の乾燥方法を使用するに際しても、芽胞凝集物の含水率を下げる必要がある場合においても、高速度での遠心分離操作は必要とはせず、3,000×g程度での低速度での脱水が可能でバスケット型の遠心分離機等の簡単な分離装置で少量を短時間で処理することができ、酪酸菌芽胞を容易に分離回収できるとともに、雑菌が混入する機会が非常に低減できる。
【0038】
【実施例】次に、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
実施例1培地(組成:コーンスターチ20g、アミノ酸液20g、炭酸カルシウム5g、水1リットル、pH未調整)7リットルを10リットル容の容器に入れ、121℃で20分間、オートクレーブ滅菌した後、培地を水道水により急冷した。この培地にクロストリジウム・ブチリカム NIP1020(Clostridium butyricum NIP1020)(FERM BP−5794)を接種し、37℃、48時間静置培養して芽胞を形成させたもの(最終pHは5.0)を凝集試験用芽胞培養液とした。
【0039】200cp、500cp、700cpの各種市販のキトサンを0.5(w/v)%酢酸水溶液中に、0.5(w/v)%の濃度になるようにそれぞれ溶解させ、これをキトサン酸性溶液とした。次に、上記で調製した芽胞培養液100mlにキトサン酸性溶液を下記表1に示されるキトサン濃度となるように添加し、1分間撹拌し、さらに25℃で、2時間静置し、芽胞を凝集させた。2時間静置後、芽胞培養液上清中に残存する芽胞数を血球計算盤によって測定し、キトサンによる芽胞の凝集分離回収率を求めた。その結果を表1に示す。なお、キトサンによる芽胞の凝集分離回収率は以下のようにして求めた。
【0040】
【数1】


【0041】
【表1】


【0042】表1から示されるように、いずれの粘度を有するキトサンにおいても、10〜500ppmの添加量で良好な芽胞の凝集分離回収効果が認められた。
実施例2実施例1で調製されたのと同様の芽胞培養液および200cpのキトサン酸性溶液を使用し、芽胞培養液100mlにキトサン酸性溶液をキトサン濃度が50ppmとなるように添加し、1分間撹拌し、下記表2に示される温度でそれぞれ2時間静置した後、実施例1と同様にして上清中に残存する芽胞数を測定し、各温度における芽胞の凝集分離回収率を求めた。その結果を表2に示す。
【0043】
【表2】


【0044】表2から示されるように、いずれの温度においても良好な芽胞の凝集分離回収効果が認められた。
実施例3実施例1で調製されたのと同様の芽胞培養液を、水酸化ナトリウム水溶液を用いて下記表3に示されるpHに調整し、この溶液100mlに実施例1で調製されたのと同様の200cpのキトサン酸性溶液をキトサン濃度が50ppmとなるように添加し、1分間撹拌し、25℃、2時間静置した後、実施例1と同様にして上清中に残存する芽胞数を測定し、各pH値における芽胞の凝集分離回収率を求めた。その結果を表3に示す。
【0045】
【表3】


【0046】表3から示されるように、芽胞培養液のpHがアルカリ性域では凝集分離効果が低かったが、酸性域においては良好な芽胞の凝集分離回収効果が認められた。
実施例4実施例1で使用したのと同様の組成の培地5リットルを10リットル容の容器に入れ、121℃で20分間、オートクレーブ滅菌した後、培地を水道水により急冷した。この培地にクロストリジウム・ブチリカム NIP1020(Clostridium butyricum NIP1020)(FERM BP−5794)を接種し、37℃、48時間、静置培養して、これを前培養液とした。
【0047】次に、1m3容のパイロットランプを使用し、実施例1の組成の培地500リットルを滅菌後、水道水により急冷した。この培地に、前記で調製した前培養液5リットルを接種し、37℃、48時間静置培養し、芽胞を形成させた(培養液の芽胞数:3.4×108/ml)ものに、200cpのキトサンを0.5(w/v)%酢酸水溶液に0.5(w/v)%溶解させたキトサン酸性溶液5リットル(最終キトサン濃度50ppm)を加え、10分間撹拌した後、2時間静置し芽胞を凝集沈殿させた。さらに、上清をデカンテイションにより取り除いたところ、芽胞凝集物量は70リットルに濃縮された。このときの上清中の芽胞数は2.0×105/mlであり、キトサン添加前の培養液の芽胞数3.4×108/mlに対し、99.9%の芽胞回収率を示した。
実施例5実施例4で得られた芽胞凝集物の雑菌数をソイビーン・カゼイン・ダイジェスト寒天培地を使用して、30℃、3日間培養後生じたコロニー数により雑菌数を測定した。その結果を下記表4に示す。
実施例6実施例4で得られた芽胞凝集物をバスケット型遠心分離機で遠心(3,000×g、10分間)脱水処理し、得られた芽胞凝集物について、実施例5と同様の方法で雑菌数を測定した。その結果を下記表4に示す。
比較例1実施例1で使用したのと同様の組成の培地5リットルを10リットル容の容器に入れ、121℃で20分間、オートクレーブ滅菌した後、培地を水道水により急冷した。この培地にクロストリジウム・ブチリカム NIP1020(Clostridium butyricum NIP1020)(FERM BP−5794)を接種し、37℃、48時間、静置培養して、これを前培養液とした。
【0048】1m3容のパイロットランプを使用し、実施例1と同様の組成の培地500リットルを滅菌後、水道水により急冷した。この培地に、上記で培養した前培養液5リットルを接種し、37℃、48時間静置培養して芽胞を形成させた。この培養液を、シャープレス型遠心分離機で遠心(10,000×g、流速100リットル/時間)分離処理し、得られた芽胞回収物について、実施例5と同様の方法で雑菌数を測定した。その結果を下記表4に示す。
【0049】
【表4】


【0050】表4に示される結果から、芽胞回収物中に含まれる雑菌数は、本発明の方法による場合(実施例5及び6)には、従来の方法による場合(比較例1)に比べて、顕著に有意に少ないことが示される。これから、本発明の方法を用いることにより、酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)の芽胞中には、雑菌がほとんど混入しないことが分かる。
実施例7200cpのキトサンを0.5(w/v)%酢酸水溶液に0.5(w/v)%溶解させたものを試験液1(ポジティブコントロール)と、200cpのキトサンを0.5(w/v)%酢酸水溶液に0.5(w/v)%溶解させ121℃、20分間高圧蒸気滅菌したものを試験液2と、200cpのキトサンを0.5(w/v)%水に懸濁し121℃、20分間高圧蒸気滅菌したものに酢酸を0.5(w/v)%となるように無菌的に添加しキトサンを溶解させたものを試験液3とした。
【0051】実施例1に従って調製した芽胞培養液100mlに試験液1〜3をそれぞれキトサン濃度が50ppmとなるように添加し、1分間撹拌し、25℃、2時間静置後の上清中に残存する芽胞数を実施例1と同様にして測定し、凝集分離による芽胞回収率を求めた。その結果を下記表5に示す。
【0052】
【表5】


【0053】表5に示されるように、キトサンを酸性溶液に溶解させた後高圧蒸気滅菌を行うと芽胞の凝集力が顕著に低下してしまうが、キトサンを水に懸濁させた後高圧蒸気滅菌しさらにこれに酸性溶液を加えてキトサンを溶解させることにより、キトサンを単に酸性溶液に溶解させ熱処理(高圧蒸気滅菌)を行わないもの(ポジティブコントロール)と同等の芽胞の凝集力を有しかつ無菌的にキトサン溶液が調製できる。
【0054】
【発明の効果】上述したように、本発明の方法を用いることにより酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)芽胞の培養液からの回収は、キトサンの凝集作用により培養液の全量を処理する必要がなくなり処理量が大幅に低減されるため、工業的な規模での実施の観点から非常に好ましい。
【0055】また、本発明の方法を用いることにより雑菌による汚染が有効に防止されるため、医薬、食品及び家畜用飼料等の分野で利用される酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)芽胞は、安全に凝集分離回収されうる。
【0056】さらに、本発明の方法により回収された芽胞凝集物についてスプレードライヤーを使用して乾燥操作を行う際には、遠心分離装置などの特殊な設備を必要とすることなくかつ雑菌混入の機会を与えることなく、芽胞をキトサンの凝集作用による静置沈降だけで簡単にかつ大量に乾燥芽胞粉末として製造できる。さらにまた、このようにして沈殿させた芽胞凝集物の含水率をさらに下げるための脱水処理においても、高速度での遠心分離操作は必要でなく、バスケット型の遠心分離機等の低速度の簡単な分離装置により短時間で処理することができ、酪酸菌芽胞を雑菌の混入を伴わずに容易に分離回収できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 酪酸菌クロストリジウム・ブチリカム(Clostridium butyricum)を培養し芽胞を形成させた培養液にキトサンの酸性溶液を添加混合し芽胞を凝集させ、該芽胞を培養液から分離・回収することからなる酪酸菌の芽胞の凝集分離回収方法。
【請求項2】 培養液に対する該キトサンの添加量が、重量比で、10〜500ppmである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】 該キトサンが60%以上の脱アセチル化度および/または50cp以上の粘度を有する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】 該キトサンの酸性溶液がキトサンを水に懸濁させ、高圧蒸気滅菌した後、酸性物質を加えて該キトサンを溶解させることにより調製される、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】 キトサンの酸性溶液中の該キトサンの濃度が0.01〜15(w/v)%である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】 該酸性物質が塩酸、酢酸及び酪酸からなる群より選ばれる少なくとも一種である、請求項4または5に記載の方法。
【請求項7】 キトサンの酸性溶液中の該酸性物質の濃度が50(w/v)%以下である、請求項4から6のいずれかに記載の方法。

【公開番号】特開2000−224983(P2000−224983A)
【公開日】平成12年8月15日(2000.8.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平11−26582
【出願日】平成11年2月3日(1999.2.3)
【出願人】(000227652)日宝化学株式会社 (34)
【Fターム(参考)】