説明

酵母エキス及びその製造方法

【課題】高濃度に溶解してもオリの発生がほとんどないため、用いる食品や配合量に制限されることなく、広く食品素材、調味料等として利用することができる、5’−グアニル酸ナトリウムを高含有した特有の旨み、コク味をもつ酵母エキスを提供する。
【解決手段】GMPを含有した酵母エキス分の溶液を、弱酸性陽イオン交換樹脂あるいは吸着樹脂で処理して、GMPの含有量が5重量%以上、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下の酵母エキスを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オリが生じにくい、5’−ヌクレオチド類を高含有した、特に5’−グアニル酸ナトリウムを5重量%以上含有した酵母エキス、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母エキスは強い呈味性を有するために他の調味料と配合され、食品素材、調味料等に広く用いられている。酵母エキスの呈味成分は、アミノ酸、ペプチド、糖類、5’−ヌクレオチド等であるが、中でも5’−ヌクレオチド類、特に5’−グアニル酸ナトリウム(以下、単にGMPとも略称する。)及び5’−イノシン酸ナトリウム(以下、単にIMPとも略称する。)は、旨み成分、コク味成分として重要である。そこで、酵母エキスに、これら天然の5’−ヌクレオチド類を多量に含有させる方法が開発され、酵母菌体を熱処理後、RNAを抽出、ホスホジエステラーゼ等を作用させる方法等の報告(特許文献1)がなされている。
これら5’−ヌクレオチドを高含有させた酵母エキスは特有の旨み、コク味を有するが、高濃度の溶液とした場合あるいは他の食品素材、調味料と配合した場合にオリが発生しやすいという欠点があった。
【0003】
一般に、清澄な、あるいは水溶解時、加熱時等に濁り、オリのない酵母エキスを得る方法としては、例えば、以下のような方法(特許文献2)が公知である。(1)酵母エキス原液を低温下長時間保持した後、析出物を濾去する方法、(2)酵母エキス水溶液にキトサンとポリアクリル酸塩を添加し水不溶物の除去を行う方法、(3)酵母抽出液を加熱し、生じた固形物を濾去するとともに着色物質をイオン交換樹脂に吸着させる方法、(4)酵母エキスのpHを6.1以上として析出した不溶解物を除去する方法。
しかしながら、これら方法を5’−ヌクレオチドを含有した酵母エキスに適用した場合、特有の旨み、コク味が低減されてしまう、という欠点があった。
【0004】
そこで、5’−ヌクレオチドを含有した酵母エキスに適用できる方法が検討され、例えば特許文献3には、酵母抽出物を酵母菌体を分離することなく70〜95℃で加熱処理した後、pHを4.0〜6.0に調製して沈澱した濁り成分を除去する方法が、また、特許文献4には、酵母抽出物をセラミック膜で精密濾過した後、固形分濃度10〜50重量%濃度に濃縮し、活性炭を加えて濾過する方法が、それぞれ開示されている。
しかしながら、これら方法は主として酵母エキス中の加熱沈澱したタンパク質あるいは着色物質を除去するものであり、5’−ヌクレオチド含有量が低い、例えば数%程度の酵母エキスでは改善がみられるものの、更に5’−ヌクレオチドを高含有した酵母エキスの高濃度溶液のオリの発生については十分なものとは言い難かった。
【特許文献1】WO88/05267号公報、特開平6−113789号公報
【特許文献2】特開平7−51024号公報、同8−56611号公報、WO98/46089号公報、特開2002−306120号公報
【特許文献3】特開平11−187842号公報
【特許文献4】特開2004−248529号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、酵母エキスを高濃度の溶液とした場合でもオリの発生のほとんどない、5’−ヌクレオチド類、特に5’−GMPを5重量%以上含有した酵母エキス、及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、酵母エキス中に含まれるポリアミン類がGMPと反応しオリを生成すること、かかるポリアミン類を除去することことにより、オリの発生のほとんどない酵母エキスが得られることを見いだし、本発明に到達した。
すなわち本発明は、
(1)GMPの含有量が5重量%以上、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下である酵母エキス、
(2)酵母エキスが、更にIMPを5重量%以上含有したものである、上記(1)記載の酵母エキス、
(3)酵母がキャンディダ(Candida)属酵母である、上記(1)乃至(2)記載の酵母エキス、
(4)ポリアミン類がスペルミンである、上記(1)乃至(3)のいずれか一に記載の酵母エキス、
(5)5’−グアニル酸ナトリウムを含有した酵母エキス分の溶液を、弱酸性陽イオン交換樹脂又は吸着樹脂で処理することを特徴とする、5’−グアニル酸ナトリウムの含有量が5重量%以上、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下の酵母エキスの製造方法、
(6)RNAを含有する酵母抽出液を、弱酸性陽イオン交換樹脂又は吸着樹脂で処理した後、ホスホジエステラーゼを作用させることを特徴とする、5’−グアニル酸ナトリウムの含有量が5重量%以上、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下の酵母エキスの製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明の酵母エキスは、GMP、好ましくは更にIMP、を5重量%以上含有した酵母エキスであるにもかかわらず、高濃度に溶解してもオリの発生がほとんどなく、特有の旨み、コク味を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の酵母エキスは、GMPを5重量%以上、好ましくは7重量%以上、更に好ましくは10重量%以上含有したものである。
GMPの含有量が5重量%未満の場合は、特有の旨み、コク味に劣り、食品素材、調味料等に利用する場合、配合量等に制限を受け、好ましくない。
本発明において、酵母エキスは、更にIMPをGMPとほぼ同程度含有したものが好ましい。
【0009】
本発明の酵母エキスは、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下、好ましくは0.015重量%以下、更に好ましくは0.01重量%以下のものである。
ポリアミン類とは、通常、酵母菌体中に含まれているポリアミンをいい、例えば、プトレッシン、スペルミジン、スペルミン等であり、中でも特にスペルミンがGMPと反応して沈澱を生成しやすい。
ポリアミン類の含有量が0.02重量%を超えると、高濃度に溶解した時、例えば、酵母エキスを溶解した溶液を5℃、24時間インキュベーションした場合にオリが発生し、好ましくない。オリの発生は、濃度・保存条件等によって異なり、本発明の酵母エキスの場合、更に高濃度に溶解しても、室温等の条件では、オリがほとんど発生しないことはいうまでもない。
【0010】
本発明に用いられる酵母は、食用酵母であるサッカロミセス(Saccharomyces)属、ハンセヌラ(Hansenula)属、キャンディダ(Candida)属の酵母が挙げられるが、中でも、RNA含有量の高いキャンディダ属酵母が特に好ましい。
【0011】
本発明の酵母エキスは、GMPを5重量%以上含有した酵母エキスを溶解した後、ポリアミン類を除去することにより製造できるが、更に、GMPを5重量%以上含有した公知の酵母エキスの製造方法において、ポリアミン類を除去する工程を組み込むことにより、より有利に製造される。
すなわち、酵母菌体をプロテアーゼ処理、加熱抽出、アルカリ抽出等によってRNA及びエキス分を抽出し、次いで、5’−ホスホジエステラーゼ、5’−アデニル酸デアミナーゼ等を作用させてGMP(及びIMP)を含有した酵母抽出物とし、これを濃縮、乾燥する方法において、RNA及びエキス分の抽出液(RNA含有酵母抽出液)を用いてポリアミン類を除去するか、あるいは酵素反応後のGMP等を含有した酵母抽出物を用いてポリアミン類を除去することにより、あるいは酵母菌体に直接5’−ホスホジエステラーゼ、プロテアーゼ、5’−アデニル酸デアミナーゼを作用させた後、菌体等を除去しGMP(及びIMP)を含有した酵母抽出物とし、これをそのまま、あるいは濃縮後、ポリアミン類を除去し、濃縮乾燥することにより、製造することができる。
酵母菌体からのRNA、エキス分等の抽出条件、酵素反応条件等は、公知の条件を用いることができる。
【0012】
ポリアミン類の除去は、任意の方法が用いられるが、特に、弱酸性陽イオン交換樹脂あるいは吸着樹脂で処理する方法が、旨み成分、コク味成分をロスすることなくポリアミン類を除去できるので好ましい。
弱酸性陽イオン交換樹脂あるいは吸着樹脂の処理条件は、ポリアミン類を吸着できる条件であれば特に制限はなく、また、公知の条件が適用されるが、例えば、処理液として酵母抽出物の濃縮物あるいはポリアミン類を含有した酵母エキスの溶解物を用いる場合、通液速度(SV)が0.5〜5程度、処理液が樹脂体積の10倍以下程度、であることが好ましい。
使用できる弱酸性陽イオン交換樹脂としては、アクリル系のものが好ましく、例えば、アンバーライトIRC−76(オルガノ(株)製)、ダイヤイオンWK10、同20(三菱化学(株)製)、レバチットCNP−80、同CNP−C(バイエル(株)製)等が例示される。
また、吸着樹脂としては、芳香族系又は芳香族系修飾型のものが好ましく、例えば、ダイヤイオンHP20、同21、セパビーズSP207、同825、同850(三菱化学(株)製)、アンバーライトXAD2、同4、同7(オルガノ(株)製)等が挙げられる。
これら樹脂の内、弱酸性陽イオン交換樹脂を使用する場合は、処理液のpHを一定に保ちながら処理すると、樹脂の使用量が少量でもポリアミンの除去率が高くエキス分も十分に回収できるため好ましい。
【0013】
ポリアミン類を除去された溶液は、必要に応じて濃縮し、噴霧乾燥等により乾燥することにより、GMPを5重量%以上含有し、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下の、本発明の酵母エキスとすることができる。
【0014】
本発明の特徴は、GMPを高含有した酵母エキスにおいて、ポリアミン類を除去した点にある。
通常、酵母菌体中には、ポリアミン類が0.1〜0.2重量%程度と多量に含まれており、RNA、エキス分等を抽出する際にポリアミン類も抽出され、有効に除去されることなく酵母エキス中に含まれていた。本発明者らは、かかるポリアミン類が、GMPと反応し溶液から析出してくること、従って、ポリアミン類を除去すれば、GMP含有量が高くても、該酵母エキスを高濃度に溶解してもオリが生成しないことを見いだしたもので、従来の酵母エキスの清澄化、あるいは濁り・オリ生成物質の除去が、タンパク質あるいは着色物質等を除去する点に主眼がおかれたものであったことに対して、これらとは異なった新たな観点にたって発明を完成したものである。
【実施例】
【0015】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
なお、本実施例に示したポリアミンの含有量は、川上らの方法(日本小児栄養消化器病学会雑誌、1995年9巻115頁)に準じて測定した。また、オリは、溶液を5℃で24時間インキュベーションしたのち、目視で観察した。
【0016】
試験例1
5’−グアニル酸ナトリウムを滅菌水に溶解し、次いでpHを5.8に調製して、GMP1重量%溶液(GMP5重量%含有酵母エキスの20重量%溶液のモデル)を作製した。この溶液10mlに、別途調製した各濃度のプトレッシン溶液、スペルミジン溶液、あるいはスペルミン溶液を10mlを添加し、5℃で24時間インキュベートした。
結果を表1に示す。
表1から、GMPとポリアミンが反応しオリを生成すること、スペルミンが最も低いモル濃度でオリを発生しやすいこと、ポリアミンの量が0.004重量%濃度程度以下(GMP5重量%含有酵母エキスに換算すると酵母エキスの0.02重量%以下)であれば、ポリアミンの種類によらずオリがほとんど発生しないことが分かる。
【0017】
【表1】

【0018】
実施例1
GMP5重量%以上含有した酵母エキスとして、興人製「アロマイルド」(GMP含有量10.9重量%、IMP含有量10.9重量%、ポリアミン類含有量0.27重量%)を用い、その5重量%水溶液60mlを調製した。これを、弱酸性陽イオン交換樹脂(アンバーライトCG−50)30mlをいれたカラムに通液し、次いで蒸留水60mlで水洗し、合わせてポリアミン除去溶液とした。
本ポリアミン除去溶液を濃縮して61mlとした後、5℃で24時間インキュベーションしたが、溶液は透明でオリの発生はみられなかった。
なお、樹脂処理でのGMP及びIMPの回収率は98%(UV吸収)であり、ポリアミン除去溶液のポリアミン類の含有量はポリアミン除去溶液濃縮乾固物(酵母エキス)に対して0.008重量%であった。
また、樹脂処理前のアロマイルド5重量%溶液は、同条件下でオリの発生(白濁)が認められた。
【0019】
実施例2
実施例1で用いた興人製「アロマイルド」を用い、その5重量%水溶液60mlを調製した。これに、弱酸性陽イオン交換樹脂(ダイヤイオンWK−11)15mlを添加し、10N−NaOH溶液を少量ずつ添加し、pHを5.6に調整しながらイオン交換処理を行った(NaOHの最終添加量は0.58mlであった。)。
次いでイオン交換樹脂を濾去し、樹脂を蒸留水で水洗した後、濾液、水洗液を併せて濃縮し61mlとした後、5℃で24時間インキュベーションしたが、溶液は透明でオリの発生はみられなかった。
なお、樹脂処理でのGMP及びIMPの回収率は98%(UV吸収)であり、ポリアミン除去溶液のポリアミン類の含有量はポリアミン除去溶液濃縮乾固物(酵母エキス)に対して0.003重量%であった。
【0020】
実施例3
実施例1で用いた興人製「アロマイルド」を用い、その5重量%水溶液1Lを調整した。これを、吸着樹脂(SP−825)150mlをいれたカラムにSV=5で通液し、次いで蒸留水で水洗し、合わせてポリアミン除去溶液とした。
本ポリアミン除去溶液を濃縮して1Lとした後、5℃で24時間インキュベーションしたが、溶液は透明でオリの発生はみられなかった。
なお、樹脂処理でのGMP及びIMPの回収率は95%(UV吸収)であり、ポリアミン除去溶液のポリアミン類の含有量はポリアミン除去溶液濃縮乾固物(酵母エキス)に対して0.0149重量%であった。
【0021】
実施例4
キャンディダ・ウチリスCS7529株の10%菌体懸濁液1000mlを90℃30分間加熱し、菌体内酵素を完全に失活させた後、40℃に冷却し、プロチンPC−10(大和化成製プロテアーゼ製剤)0.5gを添加し、40℃で10時間攪拌した。次いで、該酵素を加温して失活させ、65℃でリボヌクレアーゼアマノD(天野製薬製)0.1gを加え5時間反応し、更に、50℃でデアミザイム(天野製薬製)0.1gを加え5時間反応し、不溶性固形物を遠心分離で除去し、90℃35分間加熱し、酵母抽出液を得た。
本酵母抽出液の半量を、弱酸性陽イオン交換樹脂(アンバーライトCG−50)150mlを入れたカラムに通し、蒸留水300mlで水洗し、通過液と合わせて後、濃縮、スプレードライし、本発明の酵母エキス12.9gを得た。
本酵母エキス中のGMP含有量は10.8%、IMPの含有量は11.2重量%、ポリアミンの含有量は0.0124重量%であった。
本酵母エキス5重量%の水溶液を作製し、5℃で24時間インキュベートしたが、溶液は透明でオリの発生は認められなかった。
なお、残りの半量を樹脂処理することなく濃縮、スプレードライして得た酵母エキス(GMP含有量10.5重量%、IMP含有量11.0重量%、ポリアミン含有量0.3重量%[プトレッシン0.069、スペルミジン0.170、スペルミンは0.065重量%])は、同条件下で、オリがかなりの量発生(白濁)した。
【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明で提供される酵母エキスは、GMPを5重量%以上含有しているにもかかわらず、高濃度に溶解、配合してもオリの発生がほとんどないため、用いる食品や配合量に制限されることなく、広く食品素材、調味料等として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5’−グアニル酸ナトリウムの含有量が5重量%以上、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下である酵母エキス。
【請求項2】
酵母エキスが、更に5’−イノシン酸ナトリウムを5重量%以上含有したものである、請求項1記載の酵母エキス。
【請求項3】
酵母がキャンディダ(Candida)属酵母である、請求項1乃至2記載の酵母エキス。
【請求項4】
ポリアミン類がスペルミンである、請求項1乃至3のいずれか1項記載の酵母エキス。
【請求項5】
5’−グアニル酸ナトリウムを含有した酵母エキス分の溶液を、弱酸性陽イオン交換樹脂又は吸着樹脂で処理することを特徴とする、5’−グアニル酸ナトリウムの含有量が5重量%以上、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下の酵母エキスの製造方法。
【請求項6】
RNAを含有する酵母抽出液を、弱酸性陽イオン交換樹脂又は吸着樹脂で処理した後、ホスホジエステラーゼを作用させることを特徴とする、5’−グアニル酸ナトリウムの含有量が5重量%以上、ポリアミン類の含有量が0.02重量%以下の酵母エキスの製造方法。

【公開番号】特開2006−311856(P2006−311856A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−96933(P2006−96933)
【出願日】平成18年3月31日(2006.3.31)
【出願人】(000142252)株式会社興人 (182)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【Fターム(参考)】