説明

酵母宿主、形質転換体および異種タンパク質の製造方法

【課題】酵母を宿主とした形質転換体における異種タンパク質の生産効率を向上させる方法を提供する。
【解決手段】シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)のプロテアーゼ関連遺伝子群(特にメタロプロテアーゼ遺伝子群とセリンプロテアーゼ遺伝子群)から選ばれる1種以上の遺伝子を削除または不活性化する、外来遺伝子を発現させるための宿主の構築方法、上記遺伝子を削除または不活性化した宿主、その宿主に外来遺伝子を導入してなる形質転換体、および、その形質転換体を用いた異種タンパク質の製造方法からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真核細胞微生物宿主の形質転換体による異種タンパク質の生産効率を向上させることを目的として真核細胞微生物の染色体部分を改変した改良宿主、該宿主の構築方法、該宿主の形質転換体、および該形質転換体を用いたタンパク質の製造方法に関する。さらに詳しくは、該真核細胞微生物としては、分裂酵母と呼ばれるシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe、以下S.pombeという)を用いるものである。
【背景技術】
【0002】
組換えDNA技術を用いた異種タンパク質の生産は大腸菌(Escherichia coli、以下E.coliという)をはじめとした様々な微生物や動物細胞を宿主として行われている。また様々な生物由来のタンパク質(本明細書では、ポリペプチドを含む意味で使用する)が生産対象とされ、既に多くのものが工業的に生産され、医薬品等に用いられている。
【0003】
異種タンパク質生産のための種々の宿主が開発されてきた中で、真核細胞である酵母は、転写、翻訳などの点で動植物と共通性が高く動植物のタンパク質発現が良好であると考えられ、パン酵母(Saccharomyces cerevisiae、以下S.cerevisiaeという)などが宿主として広く使用されている。
酵母のうちでも、特にS.pombeは、進化過程で他の酵母とは早い時期に分かれ、別の進化をとげた結果、出芽ではなく分裂という手段で増殖することからもわかるように、動物細胞に近い性質を持つことが知られている。このため異種タンパク質を発現する宿主としてS.pombeを用いることによって、動物細胞の場合と同様の、より天然体に近い遺伝子産物が得られることが期待される。
【0004】
S.pombeを用いた遺伝子発現に関する研究は遅れていたが、最近S.pombeで働く強力なプロモーターの発見がなされたため、S.pombeを宿主として発現系の開発が急速に進み、さらにより安定な効率の良い発現システムを開発するために発現ベクターに種々の改良が加えられている(特許文献1〜8等)。その結果、現在S.pombeを宿主とした発現系としては高い生産能力を示すに至った。
【0005】
酵母などの真核細胞微生物を用いた異種タンパク質生産系は、既に知られている微生物学の方法と組換えDNA技術を用いて容易に実施でき、かつ高い生産能力を示すため、既に大容量の培養も実施されて実生産に急速に利用されてきている。実生産にあたり、実験室で得られた菌体あたりの高い生産効率はスケールアップ後も維持される。
【0006】
実生産の場合にしばしば求められる、より低コストの生産法を考えた場合、菌体の増殖効率そのものの向上、目的異種タンパク質の分解の抑制、真核細胞微生物特有の修飾の効率的実施、栄養源の利用効率の向上、などの異種タンパク質の生産効率を向上させる方策が必要と考えられている。たとえば、生育のために培地に添加した炭素源から目的とする異種タンパク質への変換効率を高めることができれば、菌体増殖ひいては異種タンパク質の生産効率が格段に上昇することが期待される。なぜなら、菌体自身の生育や目的異種タンパク質の生産に不要である代謝系(たとえばエタノール発酵系)に培地中の炭素源が消費(例えばエタノール生産に使用)されることにより、目的異種タンパク質の生産のための炭素源の利用効率が低下していると考えられるからである。
【0007】
このため、異種タンパク質生産に不要または有害な宿主ゲノムの一部または全部を削除または不活性化した宿主を用いることにより、異種タンパク質の生産効率を向上させる試みが行なわれている(特許文献9、10)。
【0008】
なお、本発明者らは、本出願の第1の優先権主張日以後(第2の優先権主張日以前)に第1の優先権主張日の出願に記載の発明に関連する文献発表を行った(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許2776085
【特許文献2】特開平07-163373
【特許文献3】特開平10-215867
【特許文献4】特開平10-234375
【特許文献5】特開平11-192094
【特許文献6】特開平2000-136199
【特許文献7】特開平2000-262284
【特許文献8】国際公開96/023890号パンフレット
【特許文献9】国際公開02/101038号パンフレット
【特許文献10】国際公開04/090117号パンフレット
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Yeast誌第23巻83-99頁、2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記特許文献に記載のように、異種タンパク質生産に不要または有害な宿主のゲノム部分の一部または全部を削除または不活性化した改良宿主を用いることにより、異種タンパク質の生産効率が向上する。しかし、削除または不活性化した染色体部分(特に遺伝子部分)の種類又は組み合せに応じて異種タンパク質の生産効率が変化することにより、より高い生産効率を達成するためには改変対象とする染色体部分の更なる検討が必要である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは以上の点を鑑み検討を行った結果、S.pombe宿主の選択された1種以上のプロテアーゼ関連遺伝子を削除または不活性化することにより、異種タンパク質の生産効率を大幅に向上させうることを見出した。すなわち、本発明は以下よりなる。
【0013】
1.遺伝子組換え法により導入した外来遺伝子を発現させるためのシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)からなる改良宿主を構築する方法において、セリンプロテアーゼをコードする遺伝子(セリンプロテアーゼ遺伝子群)、アミノペプチダーゼをコードする遺伝子(アミノペプチダーゼ遺伝子群)、カルボキシペプチダーゼをコードする遺伝子(カルボキシペプチダーゼ遺伝子群)およびジペプチダーゼをコードする遺伝子(ジペプチダーゼ遺伝子群)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子を標的として当該1種以上の遺伝子を削除または不活性化することを特徴とするシゾサッカロミセス・ポンベ宿主の構築方法。
2.標的遺伝子が、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)、ppp51(SPAC22G7.01c)およびppp52(SPBC18A7.01)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子である、前項1に記載の構築方法。
3.前記遺伝子のORF(オープンリーディングフレーム)部分をマーカー遺伝子に置換して当該遺伝子を削除または不活性化する、前項1又は2に記載の構築方法。
4.遺伝子組換え法により導入した外来遺伝子を発現させるためのシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)からなる改良宿主であって、セリンプロテアーゼをコードする遺伝子(セリンプロテアーゼ遺伝子群)、アミノペプチダーゼをコードする遺伝子(アミノペプチダーゼ遺伝子群)、カルボキシペプチダーゼをコードする遺伝子(カルボキシペプチダーゼ遺伝子群)およびジペプチダーゼをコードする遺伝子(ジペプチダーゼ遺伝子群)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子が削除または不活性化されている、シゾサッカロミセス・ポンベ宿主。
5.遺伝子組換え法により導入した外来遺伝子を発現させるためのシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)からなる改良宿主であって、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)、ppp51(SPAC22G7.01c)およびppp52(SPBC18A7.01)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子が削除または不活性化されている、シゾサッカロミセス・ポンベ宿主。
6.前項4又は5に記載の宿主に、異種タンパク質をコードする遺伝子を導入してなる形質転換体。
7.異種タンパク質をコードする遺伝子とともに分泌シグナル遺伝子を導入してなる、前項6に記載の形質転換体。
8.前項6又は7に記載の形質転換体を培養して異種タンパク質を生産し採取することを特徴とする異種タンパク質の製造方法。
9.前項7に記載の形質転換体を培養し、異種タンパク質を生産し該異種タンパク質を培養液に分泌させ、該培養液から該異種タンパク質を採取することを特徴とする異種タンパク質の製造方法。
10.異種タンパク質がヒト成長ホルモン(hGH)である、前項8又は9に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明において、分裂酵母S.pombeの異種タンパク質の分解に関与すると考えられる、1種または複数種類のプロテアーゼ関連遺伝子を削除または不活性化(以下、両者を破壊と総称することがある)して構築された遺伝子破壊株を宿主として用いることにより、形質転換体の異種タンパク質の生産効率が向上することがわかった。このようなプロテアーゼ関連遺伝子破壊株は、プロテアーゼの影響を受けるおそれのある異種タンパク質の生産に広く用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】S.pombeプロテアーゼ関連遺伝子破壊株の相対的増殖速度を示すグラフ。
【図2】r-hGH分泌発現ためのマルチ発現カセットベクターの構造を示すベクター構造図。
【図3】(A)は、形質転換体ARC001(hGH)によるr-hGH分泌量の経時変化分析を示す、SDS-PAGE観察図。(B)は、プロテアーゼ阻害剤を形質転換体ARC001(hGH)の培養培地に添加して培養した場合のr-hGH分泌量の経時変化分析を示す、SDS-PAGE観察図。
【図4】プロテアーゼ遺伝子が破壊された株ならびにARC001をhGH発現ベクターで形質転換した株のr-hGH分泌量の経時変化分析の結果を示す、SDS-PAGE観察図。
【図5】S.pombeプロテアーゼ関連遺伝子多重破壊株の相対増殖速度を示すグラフ。
【図6】S.pombeプロテアーゼ関連遺伝子多重破壊株によるhGH分泌生産量の経時変化を示すSDS-PAGE観察図。
【図7】S.pombeプロテアーゼ関連遺伝子6重および7重破壊株によるhGH分泌生産量の経時変化を示すSDS-PAGE観察図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において、改良された宿主は、S.pombeである。以下の説明において宿主とは特に言及しない限りS.pombeをいう。なお、本発明においてプロテアーゼ関連遺伝子とは、そのDNA配列からプロテアーゼ関連遺伝子と推定される遺伝子を含む(さらに、その遺伝子がコードするポリペプチドないしタンパク質の構造やそのアミノ酸配列からプロテアーゼ関連遺伝子と推定されるものを含む)。
【0017】
形質転換体を培養して異種タンパク質を生産させる場合、形質転換体の培養環境下において異種タンパク質の生産に不要または有害なゲノム部分が存在する。このゲノム部分は遺伝子である場合も、非遺伝子部分である場合もある。特に、このような不要または有害な遺伝子はゲノムに多数存在すると考えられる。
【0018】
プロテアーゼ関連遺伝子群の遺伝子のあるものは、異種タンパク質の生産に対し阻害要因となりやすいと一般的には推定される。異種タンパク質は本来宿主にとって不要な生産物であることより、形質転換体は生産した異種タンパク質をプロテアーゼにより分解する傾向がある。そのため、異種タンパク質の分解は異種タンパク質の生産効率を低下させる要因の一つと考えられる。しかし、全てのプロテアーゼが宿主にとって不要又は/及び有害ではなく、不活性化等が逆の影響をもつものも存在する。そこで、本発明では不要又は有害なプロテアーゼを生産する遺伝子を選択的に破壊することにより異種タンパク質の生産効率を向上できることを見出した。
本発明においては、異種タンパク質の生産に不要または有害なゲノム部分として、セリンプロテアーゼ遺伝子群、アミノペプチダーゼ遺伝子群、カルボキシペプチダーゼ遺伝子群およびジペプチダーゼ遺伝子群の4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から選ばれる1種以上のプロテアーゼ関連遺伝子を標的として当該1種以上の遺伝子を削除または不活性化して形質転換体の異種タンパク質の生産効率を向上させることに成功した。本発明において改良された酵母宿主は、上記4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から選ばれる1種以上の遺伝子が削除または不活性化してなるものであり、さらにこの遺伝子以外の遺伝子の一部がさらに削除または不活性化されていてもよい。
上記4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から選ばれる標的遺伝子としては、該S.pombeにおいてプロテアーゼまたはプロテアーゼと推定されるタンパク質をコードする遺伝子である、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)、ppp51(SPAC22G7.01c)およびppp52(SPBC18A7.01)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子が好ましい。なお、psp3(SPAC1006.01)およびsxa2(SPAC1296.03c)はセリンプロテアーゼ遺伝子群の遺伝子である。また、ppp51(SPAC22G7.01c)およびppp52(SPBC18A7.01)はアミノペプチダーゼと推定されるタンパク質をコードする遺伝子(アミノペプチダーゼ遺伝子群の遺伝子)であり、これらはまた下記メタロプロテアーゼ遺伝子(金属イオンを含むプロテアーゼの遺伝子)の1種でもある。
【0019】
しかるに、プロテアーゼ関連遺伝子の1種のみを削除または不活性化することによっては必ずしも充分に前記目的を達成することが困難であることが少なくない。単独のプロテアーゼ関連遺伝子の削除または不活性化は汎用性(すなわち、多種多様な異種タンパク質の生産性向上)には不十分であることがある。また一般に生物が持つ各種プロテアーゼは機能が重複していることが多く、プロテアーゼ関連遺伝子1種のみの削除または不活性化によって生産性がある程度向上することはあるが、劇的に生産性が向上することは皆無である。このため本発明では、プロテアーゼの種類として少なくとも2種、望ましくは3種以上、の遺伝子を削除または不活性化することが好ましい。選択された2種以上のプロテアーゼ関連遺伝子を削除または不活性化することにより、異種タンパク質の生産効率が劇的に向上する。
【0020】
従って、さらに、本発明においては、異種タンパク質の生産に不要または有害なゲノム部分として、メタロプロテアーゼ遺伝子群、セリンプロテアーゼ遺伝子群、システインプロテアーゼ遺伝子群およびアスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群の4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から2種以上を選択し、これらの選ばれた2種以上の遺伝子を標的として当該2種以上の遺伝子を削除または不活性化して形質転換体の異種タンパク質の生産効率を向上させることに成功した。この発明において改良された酵母宿主は、上記4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から選ばれる2種以上の遺伝子が削除または不活性化してなるものであり、さらにこの遺伝子以外の遺伝子の一部がさらに削除または不活性化されていてもよい。
以下、上記4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から選ばれる2種以上の遺伝子を削除または不活性化する本発明の構築方法、および同2種以上の遺伝子を削除または不活性化された本発明の宿主について説明する。前記1種以上の遺伝子の削除または不活性化の場合もこれと同様に実施できる。
【0021】
前記4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から選択されて削除または不活性化される2種以上の遺伝子としては、1つの遺伝子群内で選択された2種以上の遺伝子であってもよく、異なる遺伝子群から選ばれた2種以上の遺伝子であってもよい。後者の場合、1つの群内から選択された2種以上の遺伝子と他の群から選択された1種以上の遺伝子との合計3種以上の遺伝子であってもよい。さらに、前記4群のプロテアーゼ関連遺伝子群から選択された2種以上の遺伝子と、前記4群のプロテアーゼ関連遺伝子群以外から選ばれた遺伝子(その遺伝子はプロテアーゼ関連遺伝子以外であってもよい)とが組み合されて、削除または不活性化が行われていてもよい。
【0022】
プロテアーゼ関連遺伝子を標的にしてその削除または不活性化を行う手段は、公知の方法で行うことができる。また、プロテアーゼ関連遺伝子の削除または不活性化を行う部分はORF部分であってもよく、発現調節配列部分であってもよい。特に好ましい方法は、標的遺伝子のORF部分をマーカー遺伝子に置換するPCR媒介相同組換え法(Yeast誌第14巻943-951頁、1998年)による削除または不活性化の方法である。後述の実施例では、このPCR媒介相同組換え法を使用したがこれに限定されるものではない。
【0023】
プロテアーゼ関連遺伝子の削除または不活性化は遺伝子の全体を削除してもよく、遺伝子の一部を削除して遺伝子を不活性化してもよい。また、プロテアーゼ関連遺伝子の不活性化は、遺伝子の一部を削除することに限られず、プロテアーゼ関連遺伝子を削除なしに改変する場合も意味する。さらに、プロテアーゼ関連遺伝子の配列の中に他の遺伝子やDNAを挿入してプロテアーゼ関連遺伝子を不活性化することもできる。いずれの場合も、プロテアーゼ関連遺伝子を活性のないタンパク質をコードするものとしたり、プロテアーゼ関連遺伝子が転写や翻訳できないものにしたりして、不活性なものとする。なお、1つの細胞がある1種類のプロテアーゼ関連遺伝子を2個以上有する場合には、その全てを削除してもよく、その遺伝子がコードするプロテアーゼの細胞内活性が充分に低下する限り少数の遺伝子は残存してもよい。
【0024】
本発明におけるプロテアーゼ関連遺伝子群内の遺伝子は、メタロプロテアーゼをコードする遺伝子(メタロプロテアーゼ遺伝子群)、セリンプロテアーゼをコードする遺伝子(セリンプロテアーゼ遺伝子群)、システインプロテアーゼをコードする遺伝子(システインプロテアーゼ遺伝子群)およびアスパラギン酸プロテアーゼをコードする遺伝子(アスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群)からなる群から選択された少なくとも2種の遺伝子である。そのうちでも、特にメタロプロテアーゼ遺伝子群およびセリンプロテアーゼ遺伝子群からなる群から選択される少なくとも2種の遺伝子であることが好ましい。また、これら2つの遺伝子群内の少なくとも1種の遺伝子とシステインプロテアーゼ遺伝子群およびアスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群内からなる群から選択される少なくとも1種の遺伝子との組合せも好ましい。各遺伝子としては、例えば以下の遺伝子が例示される(後記表1参照)。
メタロプロテアーゼ遺伝子群:cdb4(SPAC23H4.09)、mas2(SPBC18E5.12c)、pgp1(SPCC1259.10)、ppp20(SPAC4F10.02)、ppp22(SPBC14C8.03)、ppp51(SPAC22G7.01c)、ppp52(SPBC18A7.01)、ppp53(SPAP14E8.04)。
セリンプロテアーゼ遺伝子群:isp6(SPAC4A8.04)、ppp16(SPBC1711.12)、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)。
システインプロテアーゼ遺伝子群:ppp80(SPAC19B12.08)、pca1(SPCC1840.04)、cut1(SPCC5E4.04)、gpi8(SPCC11E10.02c)。
アスパラギン酸プロテアーゼ遺伝子群:sxa1(SPAC26A3.01)、yps1(SPCC1795.09)、ppp81(SPAC25B8.17)。
【0025】
本発明において削除または不活性化の標的となるプロテアーゼ関連遺伝子としては、メタロプロテアーゼ遺伝子群およびセリンプロテアーゼ遺伝子群から選ばれる遺伝子であり、これら2つの群から選ばれる2種以上の遺伝子、または、これら2つの群から選ばれる1種以上の遺伝子と他の群から選ばれる1種以上の遺伝子の組合せ、であることが好ましく、特に前者が好ましい。さらに好ましくは、メタロプロテアーゼ遺伝子群から選ばれる1種以上の遺伝子とセリンプロテアーゼ遺伝子群から選ばれる2種以上の遺伝子の合計3種以上の遺伝子であることが好ましい。さらに4種以上の遺伝子を標的にする場合は、種類数にしてその50%以上がセリンプロテアーゼ遺伝子群の遺伝子であり、他の少なくとも1種(より好ましくは少なくとも2種)はメタロプロテアーゼ遺伝子群の遺伝子であることが好ましい。前記4群の内他の遺伝子としてはシステインプロテアーゼ遺伝子群の遺伝子が好ましい。
標的として好ましいメタロプロテアーゼ遺伝子群の遺伝子は、cdb4(SPAC23H4.09)、pgp1(SPCC1259.10)、ppp20(SPAC4F10.02)、ppp22(SPBC14C8.03)、ppp52(SPBC18A7.01)、ppp53(SPAP14E8.04)であり、そのうちでもcdb4(SPAC23H4.09)、ppp22(SPBC14C8.03)、ppp53(SPAP14E8.04)がより好ましい。
標的として好ましいセリンプロテアーゼ遺伝子群の遺伝子は、isp6(SPAC4A8.04)、ppp16(SPBC1711.12)、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)である。
他の遺伝子群の遺伝子としては、ppp80(SPAC19B12.08)が好ましい。
より具体的な標的遺伝子の組合せとしては、cdb4(SPAC23H4.09)、ppp22(SPBC14C8.03)およびppp53(SPAP14E8.04)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子と、isp6(SPAC4A8.04)、ppp16(SPBC1711.12)、psp3(SPAC1006.01)およびsxa2(SPAC1296.03c)からなる群から選ばれる2種以上の遺伝子の合計3種以上の遺伝子の組合せが好ましい。より好ましくは、ppp53(SPAP14E8.04)およびcdb4(SPAC23H4.09)からなる群から選ばれる少なくとも1種の遺伝子およびisp6(SPAC4A8.04)とpsp3(SPAC1006.01)とを含む合計3種以上の遺伝子の組合せである。例えば、psp3(SPAC1006.01)、isp6(SPAC4A8.04)、ppp53(SPAP14E8.04)の少なくとも3種が好ましい(後記表3参照)。
さらに好ましくは、ppp53(SPAP14E8.04)、isp6(SPAC4A8.04)、psp3(SPAC1006.01)およびppp16(SPBC1711.12)を含む4種以上の遺伝子の組合せであり、さらにはppp53(SPAP14E8.04)、isp6(SPAC4A8.04)、psp3(SPAC1006.01)、ppp16(SPBC1711.12)およびppp22(SPBC14C8.03)を含む5種以上の遺伝子の組合せが好ましい。さらに6種以上の遺伝子を標的とする場合は、これら5種の遺伝子にさらにsxa2(SPAC1296.03c)を組合せることが好ましい(後記表3参照)。
破壊する遺伝子の種類の数の上限は、本発明の目的が達せられる限り特に限定されない。しかし、あまりに多種類の遺伝子を破壊すると増殖速度が低下しすぎるなどの好ましくない影響が生じやすい。本発明における遺伝子破壊宿主の相対増殖速度(遺伝子を破壊する前のS.pombe菌株に比較した増殖速度)は0.6以上が好ましく、特に0.8以上が好ましい。また、破壊されても増殖速度低下に影響が少ない遺伝子であっても、それが破壊されたことにより外来遺伝子の発現効率向上の効果が少ない遺伝子もあると考えられる。このような遺伝子は本発明において破壊する意義が少ない。このような理由により、通常、破壊される遺伝子の種類の数の上限は20種類以下が適当であると推定され、10種類以下が好ましい。
【0026】
また本発明は、この改良された宿主に、その宿主が本来有しないタンパク質(すなわち、異種タンパク質)をコードする遺伝子(以下、外来遺伝子という)を遺伝子組換え法により導入してなる宿主(すなわち、形質転換体)、および、当該形質転換体を培養してその異種タンパク質を生産し採取する、異種タンパク質の製造方法である。
【0027】
本発明の改良された宿主を使って生産する異種タンパク質としては、限定されるものではないが、多細胞生物である動物や植物が生産するタンパク質が好ましい。特に哺乳動物(ヒトを含む)の生産するタンパク質が好ましい。例示的には、ヒト成長ホルモンが挙げられる。このようなタンパク質はE.coliなどの原核細胞微生物宿主を用いて製造した場合活性の高いタンパク質が得られない場合が多く、またCHO細胞などの動物細胞を宿主として用いた場合には、通常生産効率が低い。本発明における遺伝子改変した真核細胞微生物を宿主とする場合はこれらの問題が解決されると考えられる。
【0028】
本発明の改良された宿主を使った遺伝子組換え技術としては、酵母を宿主として用いた遺伝子組換え法に関しては、異種タンパク質をより安定に効率よく発現させるために種々の発現システム、特に発現ベクター、分泌シグナル遺伝子導入発現ベクター等が開発されており、これらを広く応用可能である。例えば、S.pombeを宿主とした発現システムとしては、特許2776085、特開平07-163373、特開平10-215867、特開平10-234375、特開平11-192094、特開2000-136199、特開2000-262284、WO96/023890等が知られており、本発明の異種タンパク質を製造する方法には広くこれら発現システムが利用できる。
【0029】
以下に本発明を具体的な実施例によりさらに詳細に説明する。以下の実施例は、プロテアーゼ関連遺伝子をマーカー遺伝子に置換してプロテアーゼ関連遺伝子を削除したS.pombeの例であり、以下この遺伝子削除を破壊ともいう。
以下において、パーセント(%)は、断らない限りいずれも質量%を表わす。
【実施例1】
【0030】
<S.pombe菌株の形質転換及び培養条件>
全てのS.pombe菌株はARC001(hleu1-32)およびARC010(hleu1-32ura4-D18)由来のものを用いた。形質転換は、酢酸リチウム形質転換方法(Okazaki K et al. 1990. Nucleic Acids Res 18: 6485-6489.)を用いて行なった。形質転換混合物をMMA(アガー添加最小培地、Qbiogene社製)またはMMA+Leu(ロイシン添加) へプレーティングし、32℃にて3〜4日間インキュベートした。培養物をYES培地[サプリメント添加酵母抽出物、0.5%Bactoyeast extract(Becton、Dickinson and Company社製)、3%グルコース及びSPサプリメント(Qbiogene社製)を含有]、YPD培地[1%Bactoyeast extract、2%Bacto peptone(Becton、Dickinson and Company社製)及び2%グルコース]、SDC-UraおよびSDC-Ura-Lue培地(ウラシル又はウラシル及びロイシンの両方を欠乏する合成デキストロース完全培地、Qbiogene社製)にて培養した。
【0031】
<組換えDNAの作製>
組換えDNAはSambrookらの方法(Sambrook J et al. 1989. Molecular Cloning. A Laboratory Manual. 2nded. Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor)を用いて作製した。制限酵素及びDNA修飾酵素はタカラバイオ社製、TOYOBO(東洋紡績)社製、ニッポンジーン社製またはロシュダイアグノスティックス社製のものを使用した。PCR増幅による遺伝子破壊断片は、KOD Dash DNAポリメラーゼ(TOYOBO社製)を使用して調製した。全ての酵素は製造元のプロトコールに従い使用した。プラスミドはEscherichiacoli strain DH5(TOYOBO社製)を使用して調製した。DNAシーケンシングはDNA sequencerABI Prism 3100 genetic analyzer(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて行なった。酵母ゲノムDNAはDNeasy genomic DNA purification kit(キアゲン社製)を用いて調製した。
【0032】
<プロテアーゼ遺伝子を削除したS.pombe株の構築>
染色体の配列データ(Wood et al., 2002, http://www.sanger.ac.uk/Projects/S_pombe/)及びS.pombe Gene DB (http://www.genedb.org/genedb/pombe/)における記述により、62個の遺伝子をS.pombe推定プロテアーゼ(S.pombe putative proteases、ppp)としてリスト化した。表1にS.pombeの既知および推定プロテアーゼのリストを示す。リスト化されたプロテアーゼ遺伝子のORF(オープンリーディングフレーム)を、ura4遺伝子カセットを選択マーカーとして用いるPCR媒介相同組換え法(Bahler J et al. 1998. Yeast 14: 943-951.)により破壊した。すなわち、200〜300bpの各標的ORFに対する5´および3´のフランキング配列を、適切な遺伝子間アダプターペアを用いた2回のPCRによりS.pombe親株ARC001の染色体DNAから増幅した。該遺伝子間アダプターペアは5´及び3´末端が各々融合するように設計した。さらなる融合伸長PCRを行うことにより、ura4遺伝子カセットを二つの調製された融合PCR産物の間に挟んで連結させて、プロテアーゼ遺伝子を破壊するためのベクター(以下、遺伝子破壊ベクターという)を作製した。
【0033】
上記遺伝子破壊ベクターを用いてS.pombe菌株ARC010を形質転換した。形質転換した菌を最小培地で培養し、最小培地(MMA+Leuプレート)でコロニーを形成するウラシル非要求性の株を取得した。この菌株について、コロニーPCR及びDNA塩基配列決定を行い、プロテアーゼ遺伝子が破壊されていることを確認した。
【0034】
【表1】

【0035】
<細胞増殖速度の測定>
上記方法で得られたプロテアーゼ遺伝子が破壊されたS.pombe菌株の細胞増殖速度を測定した。バイオフォトレコーダー(アドバンテック東洋社製、TN-1506)を用いてS.pombe株の増殖曲線を得た。細胞は、L字型試験管において5mlのYES培地中で32℃にて振とう培養した。660nmの吸光度において細胞の濁度を5分毎に測定した。52個のプロテアーゼ破壊株の各最大比増殖速度(μmax)を測定した。ARC001株で測定されたμmax値(0.26-0.30/時間)を基準として、これらの相対μmax値を算出した。図1に、プロテアーゼ遺伝子が破壊された株の相対的な最大比増殖速度を示す。
【0036】
その結果、図1に示すように、いくつかのプロテアーゼ遺伝子は細胞増殖率に影響を与えることが判明した。例えば、9個のプロテアーゼ遺伝子(qcr2、oct1、ppp23、ppp37、ppp72、ppp73、ppp79及びppp81)の破壊により、コントロールであるARC001と比較してμmaxの減少が相対的に20%以上もの幅で減少した。また、3個のミトコンドリアシグナルプロセッシングプロテアーゼ(qcr2、ppp72及びppp73)の破壊により、40%以上もの減少が観察された。このことは、これらすべてのプロテアーゼ遺伝子がS.pombeの細胞呼吸作用において非常に重要であること、及び該遺伝子の破壊はタンパク質発現には望ましくないことを示している。このような細胞増殖率の減少は、効果的なタンパク質生産において重大な障害であると考えられる。一方、cdb4、ppp11、ppp17、ppp51、ppp54、ppp57、ppp60及びppp63を破壊した場合、20%より大幅にμmaxが増加した。このような細胞増殖率の増加は、タンパク質生産の障害にはならないと考えられる。
【実施例2】
【0037】
<r-hGHを産生する形質転換体ARC001(hGH)の構築>
r-hGHを分泌発現するためのマルチカセットベクターを作製し、r-hGHを産生する形質転換体ARC001(hGH)を構築した。高発現するS.pombe遺伝子であるadh、tpi及びgdp1のORF配列により、S.pombeでの翻訳に好ましい(高バイアス)コドン表を用い、594bpのhGH-ORFを人工的に合成した(Gene. Art社製)。制限酵素AflII及びBamHIを用いて融合ベクターpXL4(Isoai et al., 2002 Biotechnol Bioeng 80: 22-32.)から、合成hGH遺伝子を下流のP3分泌シグナル(WO96/023890参照)と共にフレームに融合させた。そして、文献(Ikeda et al., 2004 J. Biosci Bioeng98: 366-373)の方法で、図2に示したタンデムな8個のhGH発現カセット(hCMV-プロモーター/P3-シグナル/hGH-ORF/ターミネーター)から構成される、マルチカセット発現ベクターpTL2P3hGHhb(M5)-8XLを構築した。該マルチカセット発現ベクターおいて、タンデムな8個のhGH発現カセットを、上記方法により得られたプロテアーゼ遺伝子を削除したS.pombe株のleu1遺伝子座に挿入し、形質転換した。SDC-Leu-Ura培地にて2〜3日間培養することによりロイシン非要求性の株を取得し、再びYPD培地(24ウェルプレート)に移し32℃にて振とうしながらインキュベートした後、r-hGH分泌を確認した。
【0038】
図2にr-hGHを分泌発現するための構築されたマルチ発現カセットベクターの構造を示す。末端にAflII 及びBamHI切断サイトを有する、594 bpのS.pombe高バイアスコドン型hGH構造遺伝子を、P3分泌シグナル配列の下流に配置した後、組込型発現ベクターpXL4のマルチクローニングサイト(MCS)に挿入した。マルチ発現カセットベクターを構築するため、得られたベクターpTL2P3hGHhb(M5)-1XLにおいて、SpeI及びNheI切断サイトを分泌発現カセット[hCMVp-P3-hGHhb-terminator]の2つの末端に配置し、タンデムな8コピーの発現カセットからなる8XL発現ベクターpTL2P3hGHhb(M5)-8XLを構築した。宿主株であるARC001のleu1遺伝子座にマルチ発現カセットをleu1遺伝子に挿入するため、当該コンストラクトにおける二個の遺伝子間leu1+遺伝子配列を用いた。
【0039】
<形質転換体ARC001(hGH)より分泌されたr-hGHの検出>
上記方法により得られた形質転換体ARC001(hGH)におけるr-hGHの分泌及び分解を確認した。該形質転換体をガラス管又は24ウェルプレート中のYPD培地に32℃にて振とうしながら培養した後、様々な培養時間において0.5〜1.0mlの培養培地を回収した。その後、培養上清をTCA(終濃度10%トリクロロ酢酸)で沈殿させた後に一連のSDS-PAGE分析を行なった。標準的なSDS-PAGEは、還元性条件下で18%ポリアクリルアミドゲル(テフコ社製)を用いて行なった。ゲルをCBB染色してhGH検出した。ヒト下垂体由来の天然hGH(バイオジェネシス社製)をコントロールとして用いた。4つのクローンのうち1つの陽性クローンを選択し、-80℃にて25%グリセロールで保存した。
【0040】
図3Aは、形質転換体ARC001(hGH)によるr-hGH分泌量の経時変化分析を示す。レーンMは分子量マーカー(単位:キロダルトン)である;レーンhGHは1μgのヒト由来精製天然hGHである;レーン24〜144は24〜144時間培養した形質転換体ARC001(hGH)の培養上清0.5mlをTCA沈殿させてSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行なったものである。いずれもクマシーブリリアントブルー(CBB)によって染色し、検出した。
【0041】
SDS-PAGEによるr-hGH分泌の経時的変化分析の結果、図3Aに示すように培養培地中の分泌されたr-hGHの見かけ上の量は、48時間より長く培養することにより劇的に減少した。このことは、培養培地中に分泌されたr-hGHのタンパク質分解が起きている可能性を示唆する。
【0042】
<プロテアーゼ阻害剤を用いたhGH分解性細胞外プロテアーゼのスクリーニング>
上記方法により得られた形質転換体の培養培地に各種プロテアーゼ阻害剤を添加して、r-hGH分解性の細胞外プロテアーゼのスクリーニングを行なった。r-hGH産生S.pombe株ARC001[pTL2P3hGHhp(M5)-8XL]を、20mlのYPD培地で32℃にて24時間2次培養した。そして、24時間培養した細胞を含む培地を新しい24ウェルプレートに移し(1.0ml/ウェル)、一連のプロテアーゼ阻害剤を用いて細胞外のプロテアーゼ活性をスクリーニングした。培養上清の一部をこの時点で-20℃にて陽性コントロールとして保存した。その他の細胞は、一連のプロテアーゼ阻害剤を各ウェルに別々に添加した後、さらに32℃にて2日間振とう培養した。プロテアーゼ阻害剤セット(ロシュダイアグノスティックス社製)に含まれる10種のプロテアーゼ阻害剤をそれぞれ規定量各ウェルに別々に添加した。ネガティブコントロールのウェルには阻害剤を全く添加しなかった。各ウェルについて0.5mlのYPD培養上清を培養時間72及び96時間において回収し、TCA(10%w/v)沈殿により濃縮した後、SDS-PAGEにより分析した。
【0043】
図3Bは様々なプロテアーゼ阻害剤を、形質転換体ARC001(hGH)の培養培地に添加した際の影響(r-hGH分泌量の経時変化)を、SDS-PAGE(CBB染色)で検出した結果を示す。レーンMは分子量マーカー(単位:キロダルトン)である;レーンhGHは0.5μgの天然hGHである;レーンCは、YPD培地で24時間培養し、様々なプロテアーゼ阻害剤を添加する直前に-20℃で保存した培養上清のコントロールサンプルである;レーン-PIはプロテアーゼインヒビターを全く添加しなかった培養上清のコントロールサンプルである;レーン3〜12は図中に記載した10種のプロテアーゼ阻害剤を添加した培養上清サンプルである。
【0044】
その結果、図3Bに示すように阻害剤キモスタチンを培養培地に添加すると、分泌されたr-hGHの22 kDaの主なフラグメントが増加することがわかった。アンチパインの添加によっても、r-hGH分解に対するわずかな阻害効果が観察された。アンチパインはパパイン様システインプロテアーゼ(例えば、パパイン)、および、トリプシンおよびプラスミンなどのいくつかのセリンプロテアーゼを阻害する。キモスタチンは、キモスタチン様特異性(例えば、キモトリプシン、キマーゼおよびカテプシンG)並びにいくつかのカテプシンB、HおよびLなどのシステインプロテアーゼとともに、主にセリンプロテアーゼを阻害する。このことから、いくつかの未知のキモスタチン感受性セリン−(および/またはわずかなシステイン−)型プロテアーゼが培養培地中に(または細胞表面上に)分泌され、これにより培養過程においてタンパク質分解が誘導されている可能性が示された。
【0045】
<形質転換体ARC001(hGH)のr-hGH分泌レベルの分析>
上記方法で得られた形質転換体ARC001(hGH)におけるr-hGHの分泌レベルの経時変化を分析した。プロテアーゼ遺伝子が破壊された株およびARC001をhGH発現ベクターで形質転換した株について0.5mlのYPD培養上清を培養時間72及び96時間において回収し、該培養上清をTCAにより濃縮し、SDS-PAGEにより解析した。SDS-PAGEは、還元条件下にて18%のポリアクリルアミドゲルで行い、クマシーブリリアントブルーG-250で染色した。各株をその削除したプロテアーゼ遺伝子名により示す:分子量マーカーとしてBench Mark prestained protein ladder(インビトロジェン社製)を用いた。図4に、その結果を示す。
【0046】
その結果、図4に示すように、各形質転換体ARC001(hGH)間でr-hGH分泌量の差が観察された。ここで、r-hGHの分解は12個の形質転換体ARC001(hGH)(プロテアーゼ遺伝子sxa2、psp3、isp6、cdb4、ppp22、ppp51、ppp52、ppp60及びppp79を破壊したS.pombe株の形質転換体)で減少した。これらのプロテアーゼのうち、sxa2、psp3、isp6及びppp7はセリンプロテアーゼであり、cdb4、ppp22、ppp51、ppp52及びppp60はメタロプロテアーゼファミリーに属している。したがって、予想されるセリンプロテアーゼに加え、いくつかのメタロプロテアーゼも分泌r-hGHの細胞外タンパク質分解に関与していることが示唆された。
【0047】
図4に示すように、矢印で示したsxa2、psp3、ppp51およびppp52を破壊したS.pombeは、他のプロテアーゼ遺伝子を破壊したものよりも多量のr-hGHを発現した。また、sxa2、psp3、ppp51およびppp52破壊したS.pombeは、ppp16を破壊したもの(WO02/101038の実施例参照)よりも多量のr-hGHを発現している。
【実施例3】
【0048】
<プロテアーゼ関連遺伝子を多重に破壊したS.pombe株の構築>
実施例1、2(非特許文献1)における記述により、S.pombeプロテアーゼ関連遺伝子の単独破壊によって作製された52種類のプロテアーゼ関連遺伝子単独破壊株の中から選抜された、表2に示す13個を、多重破壊候補のプロテアーゼ関連遺伝子とした。表2にリスト化されたプロテアーゼ関連遺伝子のORF(オープンリーディングフレーム)を、ura4遺伝子カセットを選択マーカーとして用いるPCR媒介相同組換え法(非特許文献1)により破壊した。すなわち、200〜300bpの各標的ORFに対する5´および3´のフランキング配列を、適切な遺伝子間アダプターペアを用いた2回のPCRによりS.pombe親株ARC001の染色体DNAから増幅した。該遺伝子間アダプターペアは5´及び3´末端が各々融合するように設計した。
さらなる融合伸長PCRを行うことにより、ura4遺伝子カセットを二つの調製された融合PCR産物の間に挟んで連結させて、プロテアーゼ関連遺伝子を破壊するための遺伝子破壊ベクターを作製した。
【0049】
上記遺伝子破壊ベクターを用いてS.pombe菌株ARC010を形質転換した。形質転換した菌を最小培地で培養し、最小培地(MMA+Leuプレート)でコロニーを形成するウラシル非要求性の株を取得した。この菌株について、コロニーPCR及びDNA塩基配列決定を行い、プロテアーゼ関連遺伝子が破壊されていることを確認した。
【0050】
上記によって確認されたプロテアーゼ関連遺伝子破壊菌株をMMA+Leu+Ura+FOA培地上で培養し、コロニーを形成するウラシル要求性の株を取得した。取得された菌株に再び新たなプロテアーゼ関連遺伝子の破壊を行う工程を繰り返し、表3に示すプロテアーゼ関連遺伝子多重破壊株を作製した。
【0051】
【表2】

【0052】
【表3】

【0053】
<細胞増殖速度の測定>
上記方法で得られたプロテアーゼ関連遺伝子が破壊されたS.pombe菌株の細胞増殖速度を測定した。バイオフォトレコーダー(アドバンテック東洋社製、TN-1506)を用いてS.pombe株の増殖曲線を得た。細胞は、L字型試験管において5mlのYES培地中で32℃にて振とう培養した。660nmの吸光度において細胞の濁度を5分毎に測定した。17個のプロテアーゼ多重破壊株の各最大比増殖速度(μmax)を測定した。ARC001株で測定されたμmax値(0.26-0.30/時間)を基準として、これらの相対μmax値を算出した。
図5に、プロテアーゼ関連遺伝子が破壊された株の相対的な最大比増殖速度を示す。ARC001株(A0と示されている)のμmax測定値(0.30±0.02/h)を標準値として、各菌株のμmax測定値からそれぞれの相対μmax値を算出した。グラフの縦軸は相対μmax値を、横軸は菌株名略称(前記表3にその詳細を示した)を示す。
【0054】
その結果、いくつかのプロテアーゼ関連遺伝子は細胞増殖率に影響を与えることが判明した。また、6重及び7重破壊株の相対増殖速度が10〜20%程減少したことが判った上、その減少幅は主にppp22とppp20の2つのプロテアーゼ関連遺伝子を破壊した時点で大きかったことも判明された。この2つの遺伝子は、単独破壊状態では細胞増殖にほとんど影響を示していないことから、プロテアーゼ関連遺伝子の多重破壊による複合的な影響が考えられた。だが、増殖速度の低下レベルは全体的に1〜2割程度の低い水準にとどまっていることから、実際の物質生産時に与える影響は小さいと予測される。実際に、相対増殖速度の減少が細胞最大増殖密度にどれぐらい影響を与えるかどうかを調べるために、相対増殖速度が一番低く落ちた多重破壊株A8(MGF433)を対象にして、YES培地で4日間培養した後の最終細胞密度を確認してみた。その結果、8重破壊株A8のOD(660nm)最大測定値が野生株ARC001に比べて逆に10%以上も上昇していることが判明された。その主な原因としては、多重破壊株はその増殖速度が落ちた分、栄養をゆっくり有効に使え、無駄なエタノール発酵も抑えられたため、細胞分裂がより長い時間続いたことが考えられる。よって、このような細胞増殖率の増加は、タンパク質生産の障害にはならないと考えられる。
【実施例4】
【0055】
<hGH生産によるプロテアーゼ多重破壊株の有効性評価>
実施例1、2(非特許文献1)では、ヒト成長ホルモン(以下hGHと記載する)を用いたプロテアーゼ単独破壊株の有効性評価手法すなわちhGHを生産する形質転換体ARC001(hGH)の構築ならびに形質転換体ARC001(hGH)より分泌されたhGHの検出による手法、ならびにそのタンパク質の分泌型異種生産モデルとしての有効性を記載した。本実施例4においても、hGHを同じく分泌型異種タンパク質のモデルとして採用し、プロテアーゼ多重破壊株の有効性評価を行った。その実験では、各株によるhGHの分泌生産能力から、プロテアーゼ関連遺伝子の多重破壊の生産物分解に与える抑制効果を調べた。hGHをプロテアーゼ多重破壊株で発現させるために、実施例2(非特許文献1)に記載の染色体組込型hGH構成分泌発現ベクターpTL2P3hGHhb(M5)-8XLを用いて、酢酸リチウム法によって各株の形質転換を行った。6個の形質転換体の中から、hGHを一番安定的に分泌生産できるクローン1個を選び、分泌量を経時的に測定した。さらに実験の再現性を確認するために、異なるクローンも同様に用いた。
特に両グループの多重破壊株の中でも主な株に絞って、hGH量の経時変化をSDS-PAGEによって詳しく調べた。その結果を図6に示す。
図6は、S.pombeプロテアーゼ関連遺伝子多重破壊株によるhGH分泌生産量の経時変化を示すSDS-PAGE観察図である。分泌生産されたhGHの経時変化をSDS-PAGEによって解析した結果(クマシーブリリアントブルー染色)を示す。各株の各培養時点での培養上清0.5mlをTCA沈澱した後、SDS-PAGEで分析した。各レーン上段に菌株名略称(前記表3にその詳細を示した)を示すとともに、下段にはプロテアーゼ関連遺伝子の削除の流れも示した。レーンA0(nond: non-disrupted strain)はプロテアーゼ非破壊株ARC001を表す。
【0056】
SDS-PAGE分析結果から、プロテアーゼ関連遺伝子の多重破壊によってhGHの分泌生産量が著しく増加されたことが確認できる。その解析結果からみると、hGH生産量が24h時点では各株間でほとんど同じく、48hから差が出始め、その差が遺伝子多重破壊のレベルアップによって大きくなっていくことがはっきり判明できる。それは、hGHの基礎発現量は各株間には殆ど同じく、72h以降から発生した発現量での差は主にhGHの分解量での違いによるものであることを意味する。因みに、hGHの分泌生産量は、プロテアーゼ非破壊株A0では48hr時点での最大値をピークに激減していくに比べて、多重破壊株では72h又は96h時点まで増加しつづけ、この増加幅が多重破壊レベルの上昇に伴って拡大していることも確認された。このような現象はグループBよりもグループAでの多重破壊株でもっと著しく、5重、6重破壊株A5とA6でのhGH量は120h時点まで高い水準に保たれていることが判った。これは、より多くのプロテアーゼ関連遺伝子の多重破壊によってhGHの分解速度が一層有効的に抑制されたことをはっきり示したが、プロテアーゼ多重破壊対象の違う組合せによってその効果も違うことも同時に示唆した。これは、プロテアーゼ多重破壊過程では、より多くの破壊組合せを試すことによって、一番良いものを選抜することの重要性を意味し、今回とった手法が有効であったことも明らかになった。
【0057】
上述のhGH発現実験による実証過程では、グループAの5重破壊株以降はほとんど効果に差が確認できなかったので、グループAのプロテアーゼ7重破壊株3種類の実証は、別途培養時間を216hまで延長して行った。そのSDS-PAGE結果を図7に示す。
図7は、S.pombeプロテアーゼ関連遺伝子6重および7重破壊株によるhGH分泌生産量の経時変化を示すSDS-PAGE観察図である。各株の各培養時点での培養上清0.5mlをTCA沈澱した後、SDS-PAGE(クマシーブリリアントブルー染色)で分析した。各レーン上段に菌株名略称(前記表3にその詳細を示した)を示す。レーンA0はプロテアーゼ非破壊株ARC001を表す。
その結果から、7重破壊株は6重破壊株とほとんど同じ効果を示し、216h時点までhGH分泌生産量経時変化にほとんど違いが無いことが確認された。今回の実証実験方法を用いた際には、5重破壊以降の有効性での差異を確認するのは難しく、違いの検出には限界が見られた。これは、プロテアーゼに更に弱い異種タンパク質をモデルした実証実験によって解決できる可能性があると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明において、分裂酵母S.pombeの異種タンパク質の分解に関与すると考えられる1種以上のプロテアーゼ関連遺伝子を削除または不活性化した細胞を宿主として用いることにより、形質転換体の異種タンパク質の生産効率が向上することがわかった。このようなプロテアーゼ関連遺伝子破壊株は、プロテアーゼの影響を受けやすい異種タンパク質の生産に広く用いることができる。
なお、2005年8月3日に出願された日本特許出願2005−225638号及び2006年6月8日に出願された日本特許出願2006−160347号の明細書、特許請求の範囲、図面及び要約書の全内容をここに引用し、本発明の明細書の開示として、取り入れるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子組換え法により導入した外来遺伝子を発現させるためのシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)からなる改良宿主を構築する方法において、セリンプロテアーゼをコードする遺伝子(セリンプロテアーゼ遺伝子群)、アミノペプチダーゼをコードする遺伝子(アミノペプチダーゼ遺伝子群)、カルボキシペプチダーゼをコードする遺伝子(カルボキシペプチダーゼ遺伝子群)およびジペプチダーゼをコードする遺伝子(ジペプチダーゼ遺伝子群)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子を標的として当該1種以上の遺伝子を削除または不活性化することを特徴とするシゾサッカロミセス・ポンベ宿主の構築方法。
【請求項2】
標的遺伝子が、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)、ppp51(SPAC22G7.01c)およびppp52(SPBC18A7.01)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子である、請求項1に記載の構築方法。
【請求項3】
前記遺伝子のORF(オープンリーディングフレーム)部分をマーカー遺伝子に置換して当該遺伝子を削除または不活性化する、請求項1又は2に記載の構築方法。
【請求項4】
遺伝子組換え法により導入した外来遺伝子を発現させるためのシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)からなる改良宿主であって、セリンプロテアーゼをコードする遺伝子(セリンプロテアーゼ遺伝子群)、アミノペプチダーゼをコードする遺伝子(アミノペプチダーゼ遺伝子群)、カルボキシペプチダーゼをコードする遺伝子(カルボキシペプチダーゼ遺伝子群)およびジペプチダーゼをコードする遺伝子(ジペプチダーゼ遺伝子群)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子が削除または不活性化されている、シゾサッカロミセス・ポンベ宿主。
【請求項5】
遺伝子組換え法により導入した外来遺伝子を発現させるためのシゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)からなる改良宿主であって、psp3(SPAC1006.01)、sxa2(SPAC1296.03c)、ppp51(SPAC22G7.01c)およびppp52(SPBC18A7.01)からなる群から選ばれる1種以上の遺伝子が削除または不活性化されている、シゾサッカロミセス・ポンベ宿主。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の宿主に、異種タンパク質をコードする遺伝子を導入してなる形質転換体。
【請求項7】
異種タンパク質をコードする遺伝子とともに分泌シグナル遺伝子を導入してなる、請求項6に記載の形質転換体。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の形質転換体を培養して異種タンパク質を生産し採取することを特徴とする異種タンパク質の製造方法。
【請求項9】
請求項7に記載の形質転換体を培養し、異種タンパク質を生産し該異種タンパク質を培養液に分泌させ、該培養液から該異種タンパク質を採取することを特徴とする異種タンパク質の製造方法。
【請求項10】
異種タンパク質がヒト成長ホルモン(hGH)である、請求項8又は9に記載の製造方法。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−220626(P2010−220626A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−132749(P2010−132749)
【出願日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【分割の表示】特願2007−529263(P2007−529263)の分割
【原出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、生物機能を活用した生産プロセスの基盤技術開発、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】