説明

酵素センサ、該酵素センサを使用した分析方法及びキット

【課題】 本発明は、生体サンプルに含まれる微量タンパク質などの生化学物質、特にホルモン例えばコルチゾールの高感度、迅速分析を可能とする酵素センサの提供である。
【解決手段】1次抗体を第1電極である作用極に固定する。そして、作用極と該作用極と対向して配置されている第3電極である対向極間の電気泳動によってサンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体と1次抗体との凝集手段並びに被測定物質以外の生体サンプル、被測定物質に結合しなかった酵素標識2次抗体の作用極の近傍からの除去手段を酵素センサに導入することによって本発明を完成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体サンプルに含まれる微量タンパク質などの生化学物質、特にホルモン例えばコルチゾールの高感度・迅速分析を可能とするバイオセンサ特に酵素センサ、該センサを使用した分析方法並びにキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体サンプルに含まれる微量タンパク質を分析する技術としては、免疫測定法が用いられており、競合法とサンドイッチ法がある。それらの改良としては、主に感度向上に主眼がおかれており、酵素標識の改良に関するものが中心である (特許文献1及び2)。
また、3電極構成のセンサは知られており(特許文献3)、コルチゾール等の微量タンパク質やホルモンを分析対象とした分析装置も公知である(特許文献4)。
コルチゾール測定のためには、競合法を用いた酵素標識免疫測定法 (ELISA) キットが販売されている。しかし、サンドイッチ法を使用したキットは販売されていない。ELISAキットでは、抗原抗体反応 (インキュベーション) を行わせるのに何時間も必要であり、即時分析は不可能である。
また、コルチゾール分析のために、ロッシェダイアグノステイックス社のElecsysのような装置もある。これはポリクローナル抗体を使った競合免疫測定法でマグネテイック分離を使って測定時間の短縮を図っている(非特許文献1)。また、マグネテイックビーズを利用して測定時間の短縮をはかる技術も多くある(非特許文献2〜5)。
加えて、被測定物質がハプテンである場合には、通常1個のエピトープしか持たない単価抗原であって2個の抗体(1次、2次抗体)が同時に結合できず、高感度で特異性の高いサンドイッチ測定系を組むことができない。しかし、このようなハプテンの高感度測定に関するいくつかの方法が報告されている(非特許文献6、7)。
また、生理活性物質によっては、生体内で他の生化学物質と結合して存在するものもある。例えば、コルチゾールの分子量は362.5と小さいが、血液中でグロブリンやアルブミンと結合して存在し、その割合は場合によっては90-95%に達することが知られている。生化学検査では、このような複合体も含めて総コルチゾールとして測定されている。
【特許文献1】特開2000-180448
【特許文献2】特開2005-337960
【特許文献3】特表2005-525834
【特許文献4】特開2006-170658
【非特許文献1】Clinical Biochemistry 36(2003)211-214
【非特許文献2】Micrio Total Analysis Systems (2001)444-446
【非特許文献3】Sensors and Actuators A 107(2003)209-218
【非特許文献4】J. Magneticsm and Magnetic Materials 225(2001)138-144
【非特許文献5】Biosensors & Bioelectonics 14(200)805-813
【非特許文献6】ぶんせき 2004年、9号 p551-552
【非特許文献7】YAKUGAKU ZASSHI 127(1) 71-80 (2007)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、生体サンプルに含まれる微量タンパク質などの生化学物質、特にホルモン例えばコルチゾールの高感度、迅速分析を可能とする酵素センサの提供である。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明の基礎となる免疫測定法 (サンドイッチ法) は公知であるが、この基本技術だけでは、生体サンプルに含まれる生化学物質の高感度測定、迅速分析を可能とすることは困難である。
本発明は、既存技術の改良に関る周辺技術であり、分析系に新たな機構を設けることによって完成した。
具体的には、サンドイッチ法を用い、2次抗体に酵素好適にはペルオキシダーゼ(HRP) 標識し、1次抗体を第1電極である作用極に固定した。そして、作用極と該作用極と対向して配置されている第3電極である対向極間の電気泳動によってサンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体と1次抗体との凝集手段並びに被測定物質以外の生体サンプル、被測定物質に結合しなかった標識2次抗体の作用極の近傍からの除去手段を酵素センサに導入することによって本発明を完成した。
【0005】
つまり本発明は以下よりなる;
「1.少なくとも第1電極(作用極)、第2電極(対極)と前記第1電極と対向して配置されている第3電極(対向極)及び反応槽を備える酵素センサであって、以下の要素を含む酵素センサ;
1)前記作用極が基板上で実質的に水平方向に配置され、前記対向極が前記作用極の実質的に上方に配置されており、前記作用極と前記対向極間では電気泳動を垂直に展開可能であり、
2)作用極に被測定物質に対する抗体(1次抗体)が固定化されており、
3)前記作用極に固定化された前記抗体には、前記抗体に結合する生体サンプルに含まれる被測定物質(抗原)を介して酵素によって標識化された酵素標識2次抗体が結合可能であり、
4)前記作用極と前記対向極間に電圧を印加することによる電気泳動により、被測定物質、酵素標識2次抗体と1次抗体との凝集が可能であり、
5)前記4)とは逆方向の電圧を印加すること(電気泳動極性を反転させること)による電気泳動により、被測定物質以外の生体サンプル成分、酵素標識2次抗体が前記作用極の近傍から除去可能であり、
6)前記反応槽に十分量の電子メディエーター及び酸化還元物質が存在し、前記酵素標識2次抗体の前記酵素が酸化還元物質を触媒するとともに電子メディエーターを還元することで電子の授受が発生し、前記作用極と前記対極間の電気化学反応として、被測定物質の濃度に応じた電流が検出される。
2.さらに、以下の要素を含む前項1に記載の酵素センサ;
7)前記反応槽に有極性分子が存在し、前記被測定物質が前記有極性分子と結合して電気泳動性を生じる。
3.前記対向極は、前記基板を被うカバーの裏面に配置されている前項1又は2に記載の酵素センサ。
4.前記被測定物質はキャリアー化合物が結合しており、前記2次抗体は該キャリアー化合物と結合する前項1〜3のいずれか1に記載の酵素センサ。
5.参照極が前記基板に付加された前項1〜4のいずれか1に記載の酵素センサ。
6.前記酵素標識2次抗体が前記作用極上に予め乾燥配置されている又は追加添加される前項1〜5のいずれか1に記載の酵素センサ。
7.前記有極性分子が、ドライ状態又はウェット状態で前記反応槽に添加されている前項1〜6のいずれか1に記載の酵素センサ。
8.前記電子メディエーターが、還元することで電子の授受が発生する化合物である前項1〜7のいずれか1に記載の酵素センサ。
9.前記電子メディエーターが、ヨウ素イオン又はヘキサシアノ鉄イオンである前項8に記載の酵素センサ。
10.前記酸化還元物質が、過酸化水素水である前項1〜9のいずれか1に記載の酵素センサ。
11.前記被測定物質が、ホルモンである前項1〜10の何れか一に記載の酵素センサ。
12.前記ホルモンが、ステロイドホルモンである前項11に記載の酵素センサ。
13.前記ステロイドホルモンが、糖質コルチコイド、鉱質コルチコイド、性コルチコイドのいずれか1以上から選ばれる前項12に記載の酵素センサ。
14.前記ステロイドホルモンが、コルチゾールである前項13に記載の酵素センサ。
15.前記生体サンプルが、血液、唾液、尿、喀痰、体液、涙、汗、精液、間質液のいずれか1以上から選ばれる前項1〜14の何れか一に記載の酵素センサ。
16.前記作用極にグルコースオキシダーゼをさらに固定化し、グルコースが反応槽に添加され、グルコースオキシダーゼの作用で過酸化水素が生成される前項1〜9のいずれか1に記載の酵素センサ。
17.前記標識酵素が、ペルオキシダーゼである前項1〜16のいずれか1に記載の酵素センサ。
18.前記1次抗体及び/又は前記2次抗体がモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体である前項1〜17のいずれか1に記載の酵素センサ。
19.以下から選ばれる複数の試薬が組み合わされた生体サンプル測定用酵素センサキット。
1)前項1〜18のいずれか1に記載の酵素センサ
2)酵素標識2次抗体又は酵素・2次抗体
3)電子メディエーター
4)酸化還元物質
5)有極性分子
20.前項19に記載の生体サンプル測定用酵素センサキットを使用した生体成分の分析方法。
21.以下の(1)〜(4)の工程を少なくとも有する前項20に記載の生体成分の分析方法。
(1)作用極に固定化された被測定物質に対する1次抗体と生体サンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体を反応させる、
(2)作用極と対向極間での垂直方向に展開する電気泳動を行い、サンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体を前記作用極に固定化した1次抗体と凝集させる、
(3)電気泳動の極性を反転することによって、被測定物質以外の生体サンプル成分、酵素標識2次抗体が前記作用極の近傍から除去させる、
(4)前記作用極と前記対極間の電気化学反応として、被測定物質の濃度に応じた電流を検出する。」
【発明の効果】
【0006】
従来の分析方法では、生体サンプルに含まれる微量タンパク質の分析時間は6 〜8 時間ほど要していた。本発明の酵素センサの分析では、分オーダー (10分程度) に短縮し、コルチゾールだけでなく他のホルモンの迅速分析に適用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、サンドイッチ法 (免疫測定法の一手法) を用い、2次抗体を酵素 (ペルオキシダーゼ:HRP)で標識し、1次抗体を少なくとも第1電極である作用極に固定する。さらに、電気泳動用の対向極を設置する。加えて、作用極と対向極の位置関係は、作用極と対向極間での電気泳動を実質的に垂直に展開できる構造である。詳しくは、作用極が基板上で実質的に水平方向に配置され、対向極が前記作用極の実質的に上方に配置されている構造である。
【0008】
本発明の酵素センサは、少なくとも以上の構成とすることによって、以下の目的を達成することができる。
1)電気泳動のセルボリュームを微小 (マイクロ) 化可能であり、さらにマイクロ電気泳動の垂直展開を実現し、微量サンプルでの分析が可能である。
2)作用極が電気泳動の1つの電極を兼ねているので、電気泳動によってサンプル中の被測定物質(抗原)、酵素標識2次抗体を作用極に固定した1次抗体抗の近傍へ凝集し、反応を迅速に行うことができる。
3) 電気泳動の極性を反転することによって、被測定物質以外のサンプル成分、被測定物質に結合しなかった酵素標識2次抗体、もしくは酵素、2次抗体を作用極の近傍から除去(すなわち、対向極の近傍に凝集させ)することができる。
【0009】
本発明の酵素センサの構成について説明する。しかし、下記構成は、一例であり、作用極と対向極間での電気泳動が実質的に垂直展開できる酵素センサであれば特に限定されない。
【0010】
(酵素センサの構成)
酵素センサ10は、図1に示すように基板11及びカバー15を備えている。基板11及びカバー15は、ガラス、樹脂、セラミックス等の絶縁体から構成されている。基板11には、第1電極である作用極12、第2電極である対極13、好ましくは参照極14が配置されている。作用極12、対極13、参照極14は、図1(B)に示すように基板11に埋め込んでもよいし、又は積層してもよい。
【0011】
各極は、白金、金、銀、銅または銀/塩化銀(Ag/AgCl)などの導電性の金属から形成してもよいし、金属薄膜を蒸着して形成しても良い。
図2に示すように作用極12は、一方の端部に抗体固定部121を有している。抗体固定部121の表面に1次抗体20が固定化されている。
参照極14は、作用極12及び対極13と並列に配置されている基準電極である。
作用極12は、抗体固定部121とは反対側の端部にパッド122を有している。同様に、対極13は端部にパッド132、参照極14は端部にパッド142を有している。さらに、各パットでは、外部に連結している配線が接続されている。
【0012】
カバー15の裏面には、電気泳動用電極である対向極17が配置されている(図1(B)参照)。なお、図1(B)に示すように、対向極17は、作用極12の実質的に上方好ましくは真上上方に位置するようにカバー15の裏面に配置する。
また、カバー15は、基板11に配置している作用極12、対極13を覆っている。これにより、カバー15は、基板11との間に反応槽16を形成する。
【0013】
(酵素センサの作製方法)
(1)基板の作成
ガラス等の絶縁性材料から形成された基板11に、作用極12、対極13、参照極14を蒸着により形成する。蒸着する金属は、白金、金、銀、銅、銀/塩化銀(Ag/Cl)等である。
(2)カバーの作成
ガラス等の絶縁性材料から形成されたカバー15の裏面に、対向極17を蒸着により形成する。蒸着する金属は、白金、金、銀、銅、銀/塩化銀(Ag/AgCl)等である。
(3)酵素センサの作製
上記(1)の各極が配置された基板11に、上記(2)のカバー15を自体公知の接着剤等を使用して被せる。さらに、各極のパッドに配線を連結する。
また、カバー15の側面には、図1(B)に示すようにサンプル供給口18を予め形成してもよい。しかしながら、サンプル供給口18は、図1(B)に示されるように位置に限定される必要はない。
【0014】
(被測定物質)
本発明の被測定物質は生体由来のサンプルである。サンプルは、血液、唾液、尿、喀痰、体液、涙、汗、精液、間質液等が例示される。また、本発明の酵素センサは、特にサンプル中の微量含有物であっても好適に測定可能である。特に最適な被測定物質はホルモン、例えばステロイドホルモンである。ステロイドホルモンとしては、糖質コルチコイド、鉱質コルチコイド、性コルチコイド等が例示され。具体的なステロイドホルモンとしてはコルチゾールが好適な測定対象であるが、これに限定されるものではない。
【0015】
(キャリアー化合物の結合)
本発明の被測定物質がハプテンである場合、それが生体内でどのような状態であるかを予め調べておく。高分子と結合している場合には、後述する2次抗体は該高分子を特異的に認識すれば良い。また、高分子と結合していない場合には、好適には被測定物質にキャリアー化合物を結合させる。
該キャリアー化合物として用いられる高分子化合物は、1万以上の分子量であることが望ましく、例えばグロブリン、ヘモシアニン、卵白アルブミン、牛血清アルブミン、ウサギ血清アルブミン等のタンパク質、MAPレジン、ポリアミド、ポリアクロレイン等の合成高分子、デキストラン、アガロース等の多糖、不活化した細菌等が挙げられる。
また、被測定物質とキャリアー化合物との結合は、被測定物質のカルボキシル基と高分子の反応性官能基とを反応させればよく、方法は特に限定されないが、公知の方法として混合酸無水物法や活性エステル法等が挙げられる。
【0016】
(1次抗体)
本発明で使用する1次抗体は、被測定物質に対する抗体である。例えば、被測定物質がコルチゾールであれば抗コルチゾール抗体が使用される。1次抗体は、広く市販のものが利用できる。1次抗体は、ポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体のどちらも利用できる。抗体作製動物としてウサギ、ヒツジ、ヤギについていずれも利用でき特に限定されない。1次抗体と以下で述べる2次抗体は同一抗原の異なる抗原認識部位に対する抗体である必要があるので、例えば1次抗体にモノクローナル抗体を使えば、2次抗体はポリクローナル抗体を用いることが好ましい。
【0017】
(2次抗体)
本発明の酵素標識2次抗体における2次抗体は、上記のように1次抗体と抗原認識部位が異なることが必要であり、前記のとおり、1次抗体にモノクローナル抗体を使えばポリクローナル抗体を使うことが必要である。さらに、この抗体に酵素標識が行われる。標識酵素は市販のものを利用してもよい。標識酵素は、化学反応により、電気的変化を起こしうるものであれば特に限定されない。好適な例示としては、ペルオキシダーゼ(HRP)等がある。
なお、酵素標識2次抗体は作用極上に予め乾燥配置されている又は追加添加してもよい。
加えて、被測定物質にキャリアー化合物が結合している場合には、好適には2次抗体は該キャリアー化合物を特異的に認識すれば良い。
【0018】
(1次抗体の固定化)
適当な緩衝液例えばリン酸緩衝液中にBSA(ウシ血清アルブミン)1%(w/v)を含む溶液を調製する。調製した溶液に固定化する1次抗体20を溶解する。1次抗体20を溶解した溶液は、上記(2)のカバー15を被せる前の基板11上の作用極12の表面に滴下する。次に、1次抗体20を含む溶液が自然乾燥することにより、作用極12の表面には図3に示すように1次抗体20が固定化される。なお、BSAは、自然乾燥により作用極12の表面に水不溶性の膜を形成する。
また、1次抗体20を溶解した溶液は、上記(2)のカバー15を被せた後の基板11上の作用極12の表面にサンプル供給口18を介して注入することができる。
また、具体的な条件は、以下の通りであるが特に限定されない。
例えば、1次抗体が0.25〜10μg/mlの終濃度となるように調製したpH9.6の緩衝液を作用極に滴下し、1〜10℃、特に好ましくは2〜6℃で、10〜30時間、特に好ましくは15〜25時間静置し、固定化させる。
【0019】
(酵素センサ検出原理)
本発明の酵素センサでは、免疫測定法の一手法であるサンドイッチ法を用い、サンプルに含まれている微量な被測定物質(抗原)の測定を行う。以下、図3及び図4を用いて説明する。
固定化されている1次抗体20に被測定物質である抗原21が結合しているとき、さらに酵素標識2次抗体22を供給すると、固定化されている1次抗体20には、抗原21を介してさらに酵素標識2次抗体22が結合する。その結果、固定化されている1次抗体20に結合している抗原21には、さらに酵素23で標識化された酵素標識化抗体22が結合する。
なお、図4に示すように、被測定物質にキャリアー化合物が結合している場合には、酵素標識2次抗体は該キャリアー化合物に結合する。
【0020】
本発明の酵素センサでは、作用極12と対向極17間に電圧を印加することによる電気泳動により、抗原21(キャリアー化合物が結合している抗原も含む)及び酵素標識2次抗体22を1次抗体20に凝集させることができる。これにより、生体サンプル中の僅かな量の被測定物質である抗原21を効率良く及び迅速に1次抗体20に結合させることができる(図3及び図4の(b)参照)。
さらに、本発明では、上記とは逆方向の電圧を印加すること(電気泳動極性を反転させること)による電気泳動により、被測定物質である抗原21以外の生体サンプル成分、抗原21に結合しなかった酵素標識抗体22を作用極12の近傍から除去することができる(図3及び図4の(c)参照)。なお、近傍とは、作用極12と対極13間での電流の流れる周辺を意味し、図3の(d)で示されるように、被測定物質である抗原21以外の生体サンプル成分、抗原21に結合しなかった酵素標識2次抗体22は、対向極17の近傍に移動する。
なお、抗原21及び該抗原21に結合した酵素標識2次抗体以外の物質が、作用極12と対極13間に存在すると、被測定物質の濃度に応じた電流が高感度に検出することができない。
本発明の酵素センサでの電流測定段階では、抗原21及び該抗原21に結合した酵素標識2次抗体以外の物質が作用極12と対極13間に実質的に存在しない。よって、被測定物質を高感度に検出することができる。
【0021】
なお、上記本発明の電気泳動を実行することを可能にするには、作用極12と対向極17間に電気泳動を実質的に垂直展開する必要がある。この電気泳動の実質的な垂直展開により、上記凝集及び上記除去を高効率かつ迅速に行うことができる。
【0022】
固定化されている1次抗体20と結合している抗原21(キャリアー化合物が結合している抗原も含む)に酵素標識2次抗体22がさらに結合しているとき、ここにHRPの基質として過酸化水素(H2O2)および十分量の電子メディエーターである(ヨウ素又はヨウ化カリウム)を含む緩衝溶液を供給する又は存在すると、下記の式(1)に示すようにHRPはH2O2を介してヨウ素イオンIをI3−へ酸化する。酸化されたヨウ素イオンI3−は、作用極12から電子を受け取り、下記の式(2)に示すようにIへ還元される。その結果、作用極12と対極13との間には電流が流れる。
なお、下記の式(1)および式(2)によるヨウ素イオンの酸化還元反応に限らず、式(3)および式(4)に示すようにヨウ素イオンに代えてフェリシアン化イオンの酸化還元反応を用いてもよい。この場合、HRPの基質としてフェリシアン化イオンを含む緩衝溶液を供給すると、式(3)に示すようにH2O2はH2Oに酸化される。これとともに、式(4)に示すようにフェリシアン化イオンは、フェロシアン化イオンに還元される。その結果、作用極12と対極13との間には電流が流れる(図5参照)。
【0023】
【化1】

【0024】
さらに、グルコースオキシダーゼを作用極12に固定して酵素センサとし、過酸化水素水の代わりにグルコースをサンプルに加えても良い。過酸化水素は溶液中で不安定なので、グルコースを用いることによって特性がより安定する。
【0025】
本発明で使用できる電子メディエーターは、還元することで電子の授受が発生する化合物である。好適な電子メディエーターは、ヨウ素イオン又はヘキサシアノ鉄イオンが例示される。
また、本発明で使用できる酸化還元物質は特に限定されるものではないが、好適には過酸化水素水が例示される。この場合、反応槽16に過酸化水素水が加えられ、標識酵素であるペロキシダーゼ作用でイオン変化がおこる。過酸化水素水及びヨウ素イオンの添加量は、ペロキシダーゼと反応性に基づく自体公知の量である。また、反応槽16では、ヨウ素イオン無しで、過酸化水素に対するペロキシダーゼ作用のみであってもよい。
【0026】
加えて、過酸化水素の不安定性を補うために、作用極にグルコースオキシダーゼをあらかじめ固定化しておき、過酸化水素を添加する代わりにグルコースが反応槽に添加され、グルコースオキシダーゼの作用で過酸化水素が生成されてもよい。この場合でも、無論、ヨウ素イオン添加或いは無添加でイオン変化をおこすことは上記と同様に可能である。グルコースオキシダーゼの固定化量、グルコースの添加量は、自体公知である。
【0027】
また、本発明の有極性分子とは、被測定物質に電気泳動性を生じさせる性質を有する分子を意味する。例えば、公知の電気泳動に使用される陰イオン系界面活性剤特にドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等又はampholine等の両性担体 (pH3.5-10)等が挙げられるが、特に限定されない。なお、被測定物質は有極性分子と結合して電気泳動性を生じる。
ここで、電気泳動性とは、被測定物質が電圧の印加により陽極又は陰極に向かって泳動する性質を意味する。被測定物質自身がプラス又はマイナスに電荷を帯びているなら、反応槽中に有極性分子がなくても電気泳動を行うことができる。しかし、被測定物質が電気的に中性であれば、反応槽に有極性分子を追加することにより、被測定物質の電気泳動を可能にする。
【0028】
本発明の酵素センサで使用する2電極式センサ又は3電極式センサは公知である。作用極と対極、及び所望により参照極を加えて構成され、酵素標識2次抗体の酵素が酸化還元物質を触媒するとともに電子メディエーターを還元することで電子の授受が発生し、作用極と対極間の電気化学反応として、被測定物質の濃度に応じた電流が検出される原理であれば特に限定されない。
【0029】
(本発明の酵素センサを用いての被測定物質の測定方法)
本発明の酵素センサを用いての被測定物質(生体成分)の分析方法の一例を以下に示す。
被測定物質を含むサンプルを適当な希釈液にて希釈するか、又は原液のままサンプル供給口18から反応槽16に供給する。
なお、希釈液は、通常用いられる緩衝液等を使用することができる。
次に、酵素を標識化した酵素標識2次抗体を含む溶液をサンプル供給口18から反応槽16に供給する。なお、酵素標識2次抗体を含む溶液は、適当な希釈液にて希釈されていても良い。
また、好適には、酵素センサの温度は、酵素反応が好適な温度である10度〜30度、好ましくは15度〜28度にしておく。
また、予め十分量の電子メディエーター及び酸化還元物質を反応槽16に添加しておく。さらに、被測定物質が電気的に中性である又は十分に荷電していないと考えられる場合には、有極性分子も反応槽16に添加しておく。
【0030】
被測定物質を含む生体サンプル及び酵素標識2次抗体が反応槽16に供給された後に、上記示したように、電気泳動を行う。
なお、被測定物質であるタンパク質の荷電はタンパク質の種類によって異なるため、電気泳動条件は分析する被測定物質の性質に依存する。しかし、一般的には、有極性分子であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS:陰イオン系界面活性剤)存在下では、被測定物質であるタンパク質はSDS分子に付着するため、該被測定分子は電圧の印加により陽極に向かって泳動する。また、有極性分子は、あらかじめウェット状態で反応槽に添加されてもよいが、ドライ状態で添加されていてもよい。
【0031】
(生体サンプル測定用酵素センサキット)
また、本発明では、以下から選ばれる複数の試薬が組み合わされた生体サンプル測定用酵素センサキットも対象とする。
1)上記に記載の酵素センサ
2)酵素標識2次抗体又は酵素・2次抗体
3)電子メディエーター
4)酸化還元物質
5)有極性分子
【0032】
(生体成分の分析方法)
さらに、本発明では、上記生体サンプル測定用酵素センサキットを使用した生体成分の分析方法も対象とする。
詳しい生体成分の分析方法は、以下の通りである。
(1)作用極に固定化された被測定物質に対する1次抗体と生体サンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体を反応させる、
(2)作用極と対向極間での垂直方向に展開する電気泳動を行い、サンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体を前記作用極に固定化した1次抗体と凝集させる、
(3)電気泳動の極性を反転することによって、被測定物質以外の生体サンプル成分、酵素標識2次抗体が前記作用極の近傍から除去させる、
(4)前記作用極と前記対極間の電気化学反応として、被測定物質の濃度に応じた電流を検出する。
【0033】
以下に、本発明の実施例について説明する。しかしながら、本発明の請求項は、下記実施例の範囲に限定されない。
【実施例1】
【0034】
(1次抗体が作用極に固定化されている酵素センサの作製)
ガラス基材(10 × 7 × 1 mm3)を基板とした。該基板に、作用極、対極、参照極の3電極を蒸着により形成した。作用極と対極には白金 (Pt)、参照極に銀/塩化銀 (AgCl) を用いた。
また、ガラス基材をカバーとした。さらに、該カバーの裏面に、対向極を蒸着により形成した。蒸着に使用した金属は、白金 (Pt)であった。
【0035】
作用極には、BSA溶液に溶解した「抗コルチゾール抗体(モノクローナル抗体,mouse, 2330-4839, Former Biogenesis Ltd.)」を塗布し、自然乾燥させた。これにより、抗コルチゾール抗体は作用極に固定化された。
次に、基板にカバーを被せて酵素センサとした。このとき、カバーの裏面の対向極は、基板上の作用極の上方にくるように設定した。
【実施例2】
【0036】
(キャリアー化合物が結合している被測定物質(抗原)の作製)
被測定物質であるコルチゾールの分子量は362.5と小さい。よって、1次抗体及び2次抗体を使用したサンドイッチ法で高感度に測定できない場合を考慮して、コルチゾールにキャリアー化合物であるアルブミンを結合させ、結合率を100%とした。これにより、作用極に固体化している1次抗体はコルチゾール部分に結合し、酵素標識2次抗体はキャリアー化合物であるアルブミンに結合する。
【実施例3】
【0037】
2次抗体の酵素標識
本発明の酵素センサで利用する2次抗体のHRP標識を行い、次にHPLC (D-7500, (株)日立製作所) により2次抗体のHRP標識を確認した。
また、使用する1次抗体と2次抗体は抗原上で異なるエピトープを認識しなければならない。よって、1次抗体にモノクローナル抗体、2次抗体にポリクローナル抗体を使用した。
2次抗体 Anti Albumin (No.02200404, コスモバイオ) のHRP標識を、Peroxidase Labeling Kit - SH (LK09, (株)同仁化学研究所) を用いて行った。下記に使用したHPLCの測定条件を示した。HPLCでの分析は、分子量の高い成分から検出されるサイズ排除モードで行った。
【0038】
HPLC分析条件
カラム :Shodex KW-804
測定波長:280 nm
移動相 :蒸留水
流量 :0.5 ml/min
注入量 :50μl
【0039】
図6は、HPLCを用いて2次抗体にHRPが標識されていることを確認した結果を示した。図6(a)で示されるように、HRPだけをHPLC分析すると、12.40分のみにピークが確認された。該ピークは、HRPであると考えられる。
次に、Peroxidase Labeling Kit - SHを用いて2次抗体のHRP標識した溶液を分析すると、図6(b)で示されるように、10.60分と12.89分にピークを確認することができた。12.89分のピークはHRPだけを分析したときのピークと時間的にほとんど差がないため、HRPであると考えられる。HRP標識した2次抗体は、HRP単体のときよりも分子量は大きくなるので、10.60分のピークはHRP標識された2次抗体であると考えられた。
以上により、本発明で使用する酵素標識2次抗体が作成できた。
【産業上の利用可能性】
【0040】
コルチゾールは、血液中の基準値が10 〜15μg/dl と比較的高いので、免疫測定法など高感度な分析法を用いれば唾液から分析できるので、ストレス研究においてゴールド・スタンダードとして多用されてきた。本発明の酵素センサでは、コルチゾールの高感度、迅速分析が実現され、ストレス研究にも有用である。また、本技術は、コルチゾールだけでなく他のホルモンの迅速分析にも適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の酵素センサの実施例を示す模式図である。
【図2】本発明の基板の模式図である。
【図3】本発明の酵素センサの実施例において、被測定物質を測定する模式図である(図2のA-A'の断面図を示す)。
【図4】本発明の酵素センサの実施例において、キャリアーを固定した被測定物質を測定する模式図である(図2のA-A'の断面図を示す)。
【図5】3電極式センサにおける検出原理を示す。
【図6】2次抗体の標識確認の結果
【符号の説明】
【0042】
10:酵素センサ、11:基板、12:作用極、13:対極、14:参照極、15:カバー、16:反応槽、17:対向極、18:サンプル供給口
20:1次抗体、21:抗原(被測定物質)、22:酵素標識2次抗体、23:酵素、24:キャリアー化合物
121:抗体固定部、122、132、142:パッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも第1電極(作用極)、第2電極(対極)と前記第1電極と対向して配置されている第3電極(対向極)及び反応槽を備える酵素センサであって、以下の要素を含む酵素センサ;
1)前記作用極が基板上で実質的に水平方向に配置され、前記対向極が前記作用極の実質的に上方に配置されており、前記作用極と前記対向極間では電気泳動を垂直に展開可能であり、
2)作用極に被測定物質に対する抗体(1次抗体)が固定化されており、
3)前記作用極に固定化された前記抗体には、前記抗体に結合する生体サンプルに含まれる被測定物質(抗原)を介して酵素によって標識化された酵素標識2次抗体が結合可能であり、
4)前記作用極と前記対向極間に電圧を印加することによる電気泳動により、被測定物質、酵素標識2次抗体と1次抗体との凝集が可能であり、
5)前記4)とは逆方向の電圧を印加すること(電気泳動極性を反転させること)による電気泳動により、被測定物質以外の生体サンプル成分、酵素標識2次抗体が前記作用極の近傍から除去可能であり、
6)前記反応槽に十分量の電子メディエーター及び酸化還元物質が存在し、前記酵素標識2次抗体の前記酵素が酸化還元物質を触媒するとともに電子メディエーターを還元することで電子の授受が発生し、前記作用極と前記対極間の電気化学反応として、被測定物質の濃度に応じた電流が検出される。
【請求項2】
さらに、以下の要素を含む請求項1に記載の酵素センサ;
7)前記反応槽に有極性分子が存在し、前記被測定物質が前記有極性分子と結合して電気泳動性を生じる。
【請求項3】
前記対向極は、前記基板を被うカバーの裏面に配置されている請求項1又は2に記載の酵素センサ。
【請求項4】
前記被測定物質はキャリアー化合物が結合しており、前記2次抗体は該キャリアー化合物と結合する請求項1〜3のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項5】
参照極が前記基板に付加された請求項1〜4のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項6】
前記酵素標識2次抗体が前記作用極上に予め乾燥配置されている又は追加添加される請求項1〜5のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項7】
前記有極性分子が、ドライ状態又はウェット状態で前記反応槽に添加されている請求項1〜6のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項8】
前記電子メディエーターが、還元することで電子の授受が発生する化合物である請求項1〜7のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項9】
前記電子メディエーターが、ヨウ素イオン又はヘキサシアノ鉄イオンである請求項8に記載の酵素センサ。
【請求項10】
前記酸化還元物質が、過酸化水素水である請求項1〜9のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項11】
前記被測定物質が、ホルモンである請求項1〜10の何れか一に記載の酵素センサ。
【請求項12】
前記ホルモンが、ステロイドホルモンである請求項11に記載の酵素センサ。
【請求項13】
前記ステロイドホルモンが、糖質コルチコイド、鉱質コルチコイド、性コルチコイドのいずれか1以上から選ばれる請求項12に記載の酵素センサ。
【請求項14】
前記ステロイドホルモンが、コルチゾールである請求項13に記載の酵素センサ。
【請求項15】
前記生体サンプルが、血液、唾液、尿、喀痰、体液、涙、汗、精液、間質液のいずれか1以上から選ばれる請求項1〜14の何れか一に記載の酵素センサ。
【請求項16】
前記作用極にグルコースオキシダーゼをさらに固定化し、グルコースが反応槽に添加され、グルコースオキシダーゼの作用で過酸化水素が生成される請求項1〜9のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項17】
前記標識酵素が、ペルオキシダーゼである請求項1〜16のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項18】
前記1次抗体及び/又は前記2次抗体がモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体である請求項1〜17のいずれか1に記載の酵素センサ。
【請求項19】
以下から選ばれる複数の試薬が組み合わされた生体サンプル測定用酵素センサキット。
1)請求項1〜18のいずれか1に記載の酵素センサ
2)酵素標識2次抗体又は酵素・2次抗体
3)電子メディエーター
4)酸化還元物質
5)有極性分子
【請求項20】
請求項19に記載の生体サンプル測定用酵素センサキットを使用した生体成分の分析方法。
【請求項21】
以下の(1)〜(4)の工程を少なくとも有する請求項20に記載の生体成分の分析方法。
(1)作用極に固定化された被測定物質に対する1次抗体と生体サンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体を反応させる、
(2)作用極と対向極間での垂直方向に展開する電気泳動を行い、サンプル中の被測定物質及び酵素標識2次抗体を前記作用極に固定化した1次抗体と凝集させる、
(3)電気泳動の極性を反転することによって、被測定物質以外の生体サンプル成分、酵素標識2次抗体が前記作用極の近傍から除去させる、
(4)前記作用極と前記対極間の電気化学反応として、被測定物質の濃度に応じた電流を検出する。

【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−209323(P2008−209323A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−48181(P2007−48181)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構からの委託研究、産業再生法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(305060567)国立大学法人富山大学 (194)