説明

酵素処理チーズ及びその製造方法

【課題】 特別な手段を使用せずに、従来のチーズフレーバーよりも熟成風味や旨味が強い酵素処理チーズの提供。
【解決手段】 酵素処理チーズを製造する際に、チーズあるいはチーズカードに、ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素を作用させる。これにより、従来のものよりも熟成風味と旨味が強化された酵素処理チーズを得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素処理チーズ及びその製造方法に関する。さらに詳しくは、酵素処理チーズを製造する際に、ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素を用いることによって得られる、従来の酵素処理チーズよりも、よりチーズの風味が強く、特に熟成風味や旨味を強化した酵素処理チーズに関する。
【背景技術】
【0002】
酵素処理チーズ(Enzyme Modified Cheese : EMC)は一般にチーズフレーバーとして用いられ、ナチュラルチーズの風味を簡単にチーズ加工食品などに付与することができるものである。チーズ風味をチーズ加工食品等に付与する方法としては、ナチュラルチーズを直接配合することや、化学的に調製された合成フレーバー等を使用することが挙げられる。しかし、ナチュラルチーズは近年価格が高騰しており、加工食品に配合するのはコスト面で難しい。一方の合成フレーバーについては、安価に入手可能ではあるが、近年の健康志向の高まりから化学的に合成されたものについては避けられる傾向が強い。こういった背景もあり、天然由来のフレーバーとして酵素処理チーズの需要は高まっている。
【0003】
酵素を用いたチーズフレーバーについては、これまでに様々な研究がなされている。例えば、特許文献1ではチーズに脂肪分解酵素、タンパク分解酵素と乳酸菌などの微生物に加え、含硫物質を添加してチーズの風味を強めることが記載され、特許文献2ではチーズにタンパク質分解酵素、および乳酸球菌ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)培養物、また香りを付与するための前胃エステラーゼを添加することによって風味の強いチーズフレーバーを得る方法が記載されている。また、特許文献3のように、膜設備で濃縮した乳を原料として酵素、菌を添加してチーズを作成する方法や特許文献4、特許文献5のようにリパーゼのみ添加する方法なども開発されている。しかし、特許文献1や特許文献3では、発酵時に含硫物質を添加する必要があったり、限外濾過設備などのコストが発生したりすることが問題であった。一方で、煩雑な操作や設備投資が不要な特許文献2、特許文献4、特許文献5の技術では、チーズの香りについては満足なものが得られるものの、熟成風味や旨味という面では十分なものではなかった。
【0004】
【特許文献1】特公昭51−015676号公報
【特許文献2】特公昭61−021069号公報
【特許文献3】特開平04−084855号公報
【特許文献4】特開平05−091851号公報
【特許文献5】特開2002−142713号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、上記の従来技術の問題点を解決するために、特別な手段を使用せずに、従来のチーズフレーバーよりも熟成風味や旨味が強い酵素処理チーズを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために、従来の製造方法を大きく変更することなく酵素処理チーズの風味をより強化する方法について鋭意研究を進めた結果、ラクトバチルス・ヘルベチカスの産生する酵素を作用させることで、より熟成風味と旨味が強化された酵素処理チーズが得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、ラクトバチルス・ヘルベチカスを含む酵素処理チーズである。
本発明はまた、チーズあるいはチーズカードにラクトバチルス・ヘルベチカスが産生する酵素を作用させて得られる酵素処理チーズである。
本発明はまた、ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素が、スターター乳酸菌として用いたラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)由来のものであることを特徴とする前記の酵素処理チーズである。
本発明はまた、前記酵素処理チーズを含有する食品である。
本発明はまた、チーズあるいはチーズカードに、ラクトバチルス・ヘルベチカスが産生する酵素を作用させることにより酵素処理チーズを製造する方法である。
本発明はまた、ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素が、スターター乳酸菌として用いたラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)由来のものであることを特徴とする前記の酵素処理チーズの製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来の製造方法を大きく変更することなく、かつ、従来品よりも、より熟成風味及び旨味を強化した酵素処理チーズを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、具体例を示しながら、本発明を詳しく説明する。
本発明では、基本的には従来用いられている酵素処理チーズの製造方法をそのまま使用することができる。一般的な酵素処理チーズの製造方法を例示すると、まず、原料チーズをチョッパーで粉砕し、そこに脂肪分解酵素を添加する。この原料チーズ磨砕物、脂肪分解酵素の混合物をプレミキサーで混練し、酵素を反応させる。反応が終了した後、殺菌を行い、酵素処理チーズを製造する。
【0010】
本発明に用いることができるチーズあるいはチーズカードについては、特に制限はなく、一般的なチーズの他、熟成していないグリーンカードでも良いし、レンネットカゼイン、酸カゼイン、ナトリウムカゼイネート等も使用することが出来る。旨味成分の多いゴーダ、チェダーなどのセミハード系、および、パルメザン、グラナ等のハード系チーズは特に好ましい。熟成が進んでいないものについては、目的の風味に合せて酵素処理時間を調整することで、本発明の酵素処理チーズとすることができる。
【0011】
本発明において使用することができる脂肪分解酵素としては、特に限定されないが、例えば、豚膵臓あるいは幼少家畜の口頭分泌腺から得られる脂肪分解酵素、Penicillium属、Chromobacterium属、Aspergillus属、Mucor属、Candida属等、Pseudomonas属、Rhizopus属、Rhizomucor属、またはThermomyces属の微生物が生産する脂肪分解酵素を用いることができる。脂肪分解酵素は、添加量がチーズあるいはチーズカードの0.05〜5重量%程度となるようにして添加することが好ましい。また、タンパク分解を促進させるためにタンパク質分解酵素を同時に添加しても良いが、その場合は苦味が出ない程度に添加量・反応時間を調整する必要がある。
【0012】
本発明では、さらにラクトバチルス・ヘルベチカス由来の酵素を作用させることを特徴としている。ラクトバチルス・ヘルベチカス由来の酵素を作用させる方法としては、乳酸菌としてラクトバチルス・ヘルベチカスを添加してもよいし、酵素を抽出して作用させることも可能である。乳酸菌として、ラクトバチルス・ヘルベチカスを添加する際の条件については特に限定は無いが、脱脂乳を基本とした培地だけでなく、ラクトバチルス・ヘルベチカスが生育可能な培地で培養した培養物をそのまま添加してもよいし、菌体酵素が失活しない範囲で濃縮、凍結、乾燥などの処理を行った菌体や酵素抽出物を添加してもよい。また、スターター乳酸菌としてラクトバチルス・ヘルベチカスを用いたナチュラルチーズを原料として製造する方法でも問題ない。一方、ラクトバチルス・ヘルベチカス由来の酵素を抽出する方法についても特に限定はなく、失活しない形で抽出されていればどのような状態でも問題ない。
【0013】
酵素およびラクトバチルス・ヘルベチカスによる反応の条件は、特に限定されず、添加したそれぞれの酵素の反応やラクトバチルス・ヘルベチカスの生育に適した温度とpH、例えば30〜40℃、pH4〜7、望ましくは5〜6で、72〜240時間の反応を行う。この際、反応が不十分では風味が弱く、逆に反応が過剰となると苦味が強くなってしまう傾向があることから、目的の風味に合せて反応条件を調整すればよい。酵素およびラクトバチルス・ヘルベチカスによる反応が終了した後は、従来の方法と同じく加熱殺菌(例えば、80℃、15分)し、その後60〜70℃に冷却する。冷却後、均質処理を経て本発明の酵素処理チーズは完成する。
【0014】
このような方法により得られる本発明の酵素処理チーズは、従来の酵素処理チーズに比較して、より風味が強く、特に熟成風味および旨味が増強されたものである。また、このように得られた本発明の酵素処理チーズは、従来品に比較して遊離アミノ酸、特にグルタミン酸量が増加している。特に、遊離アミノ酸含量がチーズ中の固形分100gあたり2g以上、グルタミン酸含量が、チーズ中の固形分100gあたり450mg以上である場合には、優れた風味を有していた。
【0015】
以下、本発明の実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、「%」は特に断らない限り、「重量%」を示すものとする。
【実施例1】
【0016】
チョッパーで磨砕したチェダーチーズ100kgに食塩800g、Kid−lamb前胃エステラーゼ500g(力価30単位/g)およびペニシリウム・カマンベルティ(Penicillium camemberti )T−1(微工研寄6813号、FERM P−6813)産出の中性プロテアーゼ0.5g(力価30万単位/g)を水25kgに溶解したもの、およびラクトバチルス・ヘルベチカス(L. helveticus)SBT−2171(FERM BP−5445)の脱脂乳培養物10kgを加え、ニーダーを用いて十分に混和後、この混合物を攪拌装置付発酵タンクに入れ、30℃で2〜3時間に攪拌しながら9日間発酵させた。発酵終了後、発酵物を80℃で20分加熱して殺菌と酵素の失活を行い、ついでコロイドミルで均質化し、遊離アミノ酸が多く熟成風味の強いチーズを得た。ここで得られたチーズと、反応時にラクトバチルス・ヘルベチカスを添加しなかったチーズ(従来品)、および原料チーズのチーズ中の固形100gあたりの遊離アミノ酸組成(単位mg)を表1に示す。
【0017】
【表1】

【0018】
[試験例1]
(官能評価)
実施例1で作成した酵素処理チーズを用いて官能評価を行った。比較対照として、原料チーズと、ラクトバチルス・ヘルベチカスを添加せずに製造した酵素処理チーズを用いた。官能評価は8人のパネルにより苦味、旨味について下記基準で採点し、その平均値で表示した。この結果を表2に示す。
5:強い
4:やや強い
3:普通
2:やや弱い
1:弱い
【0019】
【表2】

【0020】
上記の結果から、本願の酵素処理チーズについては、全体的に従来品に比較して遊離アミノ酸、特にグルタミン酸量が増大し、より風味が強く、特に旨味の点で従来品よりも優れており、かつ苦味も低減されていることが明らかとなった。
【実施例2】
【0021】
添加する乳酸菌を変更し、実施例1と同様に酵素処理チーズを製造した。乳酸菌はL. lactis JCM5805T、L.helveticus SBT−0402(FERM P−21559)、L. helveticus SBT−2150(FERM P−21560)を使用した。得られた酵素処理チーズの固形100gあたりの遊離アミノ酸組成(単位mg)を表3に示す。
【0022】
【表3】

【0023】
[試験例2]
(官能評価試験)
実施例2で作成した酵素処理チーズを用いて官能評価を行った。官能評価は8人のパネルにより苦味、旨味について下記基準で採点し、その平均値で表示した。この結果を表4に示す。
5:強い
4:やや強い
3:普通
2:やや弱い
1:弱い
【0024】
【表4】


【0025】
上記の結果から、本願の酵素処理チーズについては、L.helveticus菌株を変更しても全体的に一般的な乳酸菌であるL.lactisに比較して遊離アミノ酸、特にグルタミン酸量が増大し、より風味が強く、特に旨味の点で優れており、かつ苦味も低減されていることが明らかとなった。
【実施例3】
【0026】
(ラクトバチルス・ヘルベチカスをスターター乳酸菌として製造したチーズを用いた製造方法)
L. helveticus SBT−2171をスターター乳酸菌として使用し、製造したゴーダチーズ(雪印乳業製)100kgに食塩800g、Kid−lamb前胃エステラーゼ500g(力価30単位/g)及びP. camemberti T−1(微工研寄6813号、FERM P−6813)産出の中性プロテアーゼ0.5g(力価30万単位/g)を水25kgに溶解したものを加え、ニーダーを用いて十分に混和後、この混合物を攪拌装置付発酵タンクに入れ、30℃で2〜3時間に攪拌しながら9日間発酵させた。発酵終了後、発酵物を80℃で20分加熱して殺菌と酵素の失活を行い、ついでコロイドミルで均質化し、遊離アミノ酸が多く熟成風味の強い酵素処理チーズを得た。
【実施例4】
【0027】
(ラクトバチルス・ヘルベチカス由来の酵素を用いた製造方法)
チョッパーで磨砕したチェダーチーズ100kgに食塩800g、Kid−lamb前胃エステラーゼ500g(力価30単位/g)およびP. camemberti T−1(微工研寄6813号、FERM−P6813)産出の中性プロテアーゼ0.5g(力価30万単位/g)を水25kgに溶解したもの、およびラクトバチルス・ヘルベチカス(L. helveticus)SBT−2171(FERM BP−5445)の培養液から抽出した酵素(プロテアーゼ)を加え、ニーダーを用いて十分に混和後、この混合物を攪拌装置付発酵タンクに入れ、30℃で2〜3時間に攪拌しながら9日間発酵させた。発酵終了後、発酵物を80℃で20分加熱して殺菌と酵素の失活を行い、ついでコロイドミルで均質化し、遊離アミノ酸が多く熟成風味の強い酵素処理チーズを得た。
【実施例5】
【0028】
(酵素処理チーズを用いたチーズ蒸しパンの製造)
実施例1で得られた酵素処理チーズを使用し、次の要領でチーズ蒸しパンを製造した。水30gに砂糖100g、塩1g、液卵55g、ショートニング30g、脱脂粉乳2gを加え、ミキサー低速で30秒、ついで中速で30秒攪拌した。次に液卵55gおよび酵素処理チーズ4g、小麦粉100g、ベーキングパウダー1gを加え、ミキサー低速で30秒、高速で4分攪拌した。このスラリーを紙製の容器に入れ、93〜95℃で16〜17分間蒸し上げ、チーズ蒸しパンを製造した。
【実施例6】
【0029】
(酵素処理チーズを用いた食品の製造)
実施例2で得られた酵素処理チーズを使用し、次の要領でチーズ様食品を製造した。粉砕したゴーダチーズ500gとチェダーチーズ500gをケトルタイプの乳化釜に投入し、これに溶融塩(ポリリン酸ナトリウム)20g、澱粉28g、重曹2g、酵素処理チーズ3g、植物油脂10g、水430g添加した後、これに蒸気を直接吹き込み、120rpmの速度で攪拌しながら加熱し、3分間で温度を85℃にした後、加熱を止めさらに2分間攪拌した後、容器に150g充填して10℃の冷蔵庫で冷却し、チーズ用食品を製造した。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明の酵素処理チーズは、従来のものに比較してより風味が強く、特に熟成風味及び旨味が強化されていることから、チーズフレーバーとして、例えば、チーズ様食品、パン、スナック菓子、ピザ類に対して、より良好なチーズ風味を付与する目的で配合することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)を含む酵素処理チーズ。
【請求項2】
チーズあるいはチーズカードにラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素を作用させて得られる酵素処理チーズ。
【請求項3】
ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素が、スターター乳酸菌として用いたラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)由来のものである請求項2記載の酵素処理チーズ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の酵素処理チーズを含有する食品。
【請求項5】
チーズあるいはチーズカードに、ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素を作用させることにより酵素処理チーズを製造する方法。
【請求項6】
ラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)が産生する酵素が、スターター乳酸菌として用いたラクトバチルス・ヘルベチカス(Lactobacillus helveticus)由来のものであることを特徴とする請求項5記載の酵素処理チーズの製造方法。

【公開番号】特開2009−296972(P2009−296972A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−157181(P2008−157181)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(000006699)雪印乳業株式会社 (155)
【Fターム(参考)】