説明

酵素標識抗体を用いた酵素免疫測定方法

【課題】防腐剤による阻害を受けにくく、西洋ワサビ由来のPODを用いて標識した抗体を用いた場合の性能に劣らないか、それに勝る反応性・感度で酵素免疫測定を行う方法を提供する。
【解決手段】担子菌由来のPODを用いて抗体を標識し、この標識抗体を固定化された状態で用いて酵素免疫測定を行う。
【効果】西洋ワサビ由来のPODを用いて標識した抗体を用いた場合に劣らないか、それに勝る反応性・感度でELISA法、サンドイッチELISA法等の酵素免疫測定を行うことができる。さらに、アジ化ナトリウムをはじめとする防腐剤を添加した場合でも、POD活性が阻害されにくく、良好な反応性・感度で、酵素免疫測定を行うことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素標識抗体を用いた酵素免疫測定方法に関し、具体的には、担子菌由来のペルオキシダーゼ(POD)をIgGおよび/またはFab’等の抗体または断片化抗体に標識して得られるPOD標識抗体を使用した酵素免疫測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、微量の抗原あるいは抗体等を測定するための技術として、酵素免疫測定方法(Enzyme Immunoassay)が知られている。酵素免疫測定方法の技術としては、例えば、固相酵素免疫測定法(ELISA)、ウエスタンブロッティング法等が広く用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
西洋ワサビ由来のPODは、上記の各種の酵素免疫測定方法に利用される酵素のひとつとして、広く使用されている。しかし、西洋ワサビ由来のPODは、植物由来であるために、微生物における遺伝子組換え技術を用いた大量生産が困難である。そのため、西洋ワサビ中に含まれるPODの量が十分とはいえない状態で、その植物体を破壊し、多種多様な夾雑成分の中からPODを精製するという方法で製造され、その製造効率は高いとは言いがたい。原料としての西洋ワサビの栽培に長時間を要するという問題もある。その上、近年では、栽培効率の悪さや、需要の大きいバイオエタノール用穀物への転作などから、PODの原料としての西洋ワサビの供給不安が生じつつある状況が懸念されており、これに代わり得る酵素に対する潜在的なニーズは大きい。
【0004】
また、西洋ワサビ由来のPODには、多くのアイソザイムが存在するという問題も存在する。現在市場に出回っている多くの西洋ワサビ由来のPODは、上述の通り低い生産効率の中で一定の価格で流通させるという制約上、多くのアイソザイムの混合物である場合がほとんどである。しかし、このようなPODを用いて各種の測定、例えば、酵素免疫測定を行った場合、異なる反応特性を有する各種アイソザイムの含有量が、PODの製造ロットごとにばらつき、このことに起因して、安定した測定結果を得ることが困難になるという重大な問題を生じる。
【0005】
上記のような西洋ワサビ由来のPODが有する問題を克服し得ることが期待されるPODとして、微生物由来のPODがある。微生物は短時間で大量に培養可能であり、微生物由来のPODは、植物体から精製を行う場合よりも格段に少ない手間で精製を行うことができる。また、遺伝子組換え技術を用いることにより、微生物宿主内での発現量を人為的に高めることも容易である。遺伝子組換え技術を利用すれば、目的とするPODのみを多量に発現させることができるため、アイソザイムの夾雑という問題も回避が容易であると同時に、そのPODを改変し、改良することも比較的容易である。このようなことから、微生物由来のPODは、西洋ワサビ由来のPODに代わり得る有望な酵素である。
【0006】
しかし、微生物由来のPODを用いて、酵素免疫測定における性能を検討した知見は乏しい。公知の微生物由来PODとしては、Arthromyces属由来のPODが知られ、遊離状態で、あるいは、抗体と結合させて標識抗体を調製し、その標識抗体を測定物を介して固層に固定した状態で用いる測定系において、西洋ワサビ由来のPODよりも反応性が優れていることが報告されている(例えば、特許文献2、非特許文献1参照)。また、過ヨウ素酸法を用いてArthromyces ramosus由来のPODで標識した抗体を用いたELISA法の系において、西洋ワサビ由来のPOD標識抗体を用いた場合よりも反応性が高いことが報告されている(例えば、非特許文献1参照)。しかし、このPODの反応性の高さは、西洋ワサビ由来のPODを標識した抗体を用いた場合の4倍程度にとどまり、また、このPODの耐熱性にも問題があることが報告されている。
【0007】
また、発明者は、Coprinus属由来のPOD(例えば、特許文献3、非特許文献2参照)を調製し、これを遊離状態で用いて、発色反応系または発光反応系における性能を西洋ワサビ由来のPODの反応性との比較を試みた。その結果、この酵素は、遊離状態で用いた場合には、2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)(ABTS)を基質とした発色反応において西洋ワサビPODよりも9〜10倍程度高活性であった。また、ルミノールを基質とした発光系においては、活性化剤であるp−ヨードフェノールを添加した西洋ワサビPODと同等の発光が見られた。しかしながら、Coprinus属由来のPODで抗体を標識し、このPOD標識抗体を、遊離状態で、ルミノールを基質とした発光反応に用いた場合には、上記の傾向とは逆に、西洋ワサビ由来のPODに対して、反応性が劣ることが確認された。
【0008】
すなわち、ELISA法、サンドイッチELISA法、ウエスタンブロッティング法等のように、標識抗体を固定化された状態で用いる各種酵素免疫測定方法において、西洋ワサビ由来のPODを用いることなく、西洋ワサビ由来のPODを用いた場合の性能に劣らないか、それに勝る反応性・感度を有する酵素免疫測定方法の提供が望まれている。
【0009】
また、上述のような酵素免疫測定方法で用いられる酵素標識抗体溶液は一般に腐敗しやすいため、保存のために防腐剤を添加しておく必要がある。このような防腐剤は各種知られており、特に、アジ化ナトリウム等は、中性pH域での防腐効果に優れることから広く用いられている。しかしながら、アジ化ナトリウムは、微量の添加でも、西洋ワサビPODの活性を強く阻害することが知られている(例えば、非特許文献3参照)。そして、これを解決するために、例えば、ペルオキシダーゼ標識物質とアジ化ナトリウムの共存下にポリアルキレングリコール(例えば、特許文献4参照)やフェノール系化合物(例えば、特許文献5参照)を添加してアジ化ナトリウムによるペルオキシダーゼ活性阻害を低減する試みが行われている。また、POD標識物質含有溶液に西洋ワサビPODを添加することによってPOD活性を安定化する方法も報告されている(例えば、特許文献6参照)。しかしながら、酵素免疫測定の測定系中に、本来の測定反応にな無関係な添加物を意図的に加えることは、抗原抗体反応や各種測定対象物質へ余計な影響を及ぼすおそれを有する。また、西洋ワサビPODを添加する方法は、B/F分離(抗体と結合している抗原と抗体と結合していない抗原を分ける操作)を行う方法に限定的であり、使用範囲が制限されるという問題を有する。
上記のような事情から、本来の測定反応に無関係な添加物を加えることなく、アジ化ナトリウム等の防腐剤を用いた場合でもPOD活性が阻害されにくい、すなわち、防腐剤耐性に優れた酵素免疫測定方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平2000−88850号公報
【特許文献2】特許第2528457号明細書
【特許文献3】特開平3−1949号公報
【特許文献4】特開平2−138999号公報
【特許文献5】特開平7−135975号公報
【特許文献6】特開平7−222600号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Kim et al. Analytical Biochemistry 199, 1−6(1991)
【非特許文献2】Kjalke et al. Biochim Biophys Acta. 1992 Apr 17;1120(3):248−56
【非特許文献3】Maehly et al.Methods in Enzymology vol.II,pp.801−813(1969)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、西洋ワサビ由来のPODを標識した抗体を用いた場合の性能に劣らないか、それに勝る反応性・感度で、ELISA法等の酵素免疫測定を行い得る方法を提供することにある。さらには、アジ化ナトリウム等の防腐剤を添加した場合でも、POD活性が阻害されにくく、良好な反応性・感度で、ELISA法等の酵素免疫測定を行い得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、担子菌由来のPODで抗体を標識し、この標識抗体を用いてELISA法等の酵素免疫測定を行うときには、西洋ワサビ由来のPODを標識した抗体を用いた場合の反応性・感度を上回る反応性・感度が得られることを知った。さらに、この標識抗体を用いてELISA法等の酵素免疫測定を行うときには、アジ化ナトリウムをはじめとする各種防腐剤を添加した場合でも、POD活性が阻害されにくく、良好な反応性・感度で、ELISA法等の酵素免疫測定を行い得ることを知り、本発明を完成した。すなわち本発明は、以下に関する。
(1)担子菌由来のペルオキシダーゼを標識した抗体を使用し、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼを標識した抗体を用いた場合と比較して、ペルオキシダーゼ反応に由来する発色量または発光量が増大していることを特徴とする酵素免疫測定方法。
(2)担子菌がCoprinus属に属する微生物である、上記(1)記載の酵素免疫測定方法。
(3)担子菌由来のペルオキシダーゼおよび/または担子菌由来のペルオキシダーゼを標識した抗体が防腐剤耐性を有することを特徴とする、上記(1)または(2)記載の酵素免疫測定方法。
(4)防腐剤がプロクリン、チメロサール、アジ化ナトリウム、ゲンタマイシン、またはそれらの誘導体である、上記(3)記載の酵素免疫測定方法。
(5)Coprinus属由来のペルオキシダーゼを標識した抗体を含有し、前記標識した抗体が固定化された状態において発色反応又は発光反応を行うことを特徴とする、酵素免疫測定用組成物。
(6)担子菌由来のペルオキシダーゼおよび/または担子菌由来のペルオキシダーゼを標識した抗体が防腐剤耐性を有することを特徴とする、上記(5)記載の酵素免疫測定用組成物。
(7)防腐剤がプロクリン、チメロサール、アジ化ナトリウム、ゲンタマイシン、またはそれらの誘導体である、上記(6)記載の酵素免疫測定用組成物。
(8)上記(5)〜(7)記載の酵素免疫測定用組成物を含む、酵素免疫測定用キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、西洋ワサビ由来のPODを用いない場合でも、西洋ワサビ由来のPODを用いた場合に劣らないか、それに勝る反応性・感度で酵素免疫測定を行う方法を提供することができる。さらに、アジ化ナトリウムをはじめとする防腐剤を添加した場合でも、POD活性が阻害されにくく、良好な反応性・感度で、ELISA法等の酵素免疫測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】ELISA法(発色系)によるマウスIgG(1次抗体)の検出における反応性(2次抗体濃度−発色量)を示す図である。
【図2】サンドイッチ ELISA法(発色系)によるヒトトランスフェリンの測定における反応性(ヒトトランスフェリン濃度−発色量)を示す図である。
【図3】サンドイッチ ELISA法(発光系)によるヒトトランスフェリン(1ng/ml)の測定における反応時間と発光量を示す図である。
【図4】サンドイッチ ELISA法(発光系)によるヒトトランスフェリン(100ng/ml)の測定における反応時間と発光量を示す図である。
【図5】サンドイッチ ELISA法(発光系)によるヒトトランスフェリンの測定における反応性(ヒトトランスフェリン濃度−発色量)を示す図である。
【図6】サンドイッチ ELISA法(発光系)によるα2−マクログロブリンの測定における反応性(α2−マクログロブリン濃度―発光量)を示す図である。
【図7】サンドイッチ ELISA法(発光系)によるα2−マクログロブリンの測定における反応性(POD標識抗体濃度―発光量)を示す図である。
【図8】ウエスタンブロッティング法を用いたヒト由来プラズマおよびヒトトランスフェリンの検出を示す図である(P:ヒト由来プラズマ T:ヒトトランスフェリン M:分子量マーカー)。
【図9】HeLa細胞の抗アクチン抗体による免疫染色を示す図である。
【図10】ラットすい臓の抗インスリン抗体による免疫染色を示す図である。
【図11】アジ化ナトリウムと一定時間共存させたPOD標識抗体を用いた、ELISA法(発色系)によるマウスIgG(1次抗体)の検出における反応性(アジ化ナトリウム濃度−残存活性)を示す図である。
【図12】各種防腐剤と一定時間共存させたPOD標識抗体を用いた、ELISA法(発色系)によるマウスIgG(1次抗体)の検出における反応性(各種防腐剤濃度−残存活性)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(本発明で用いる微生物由来のPOD)
本発明の酵素免疫測定に使用するPODとしては、担子菌由来のPODが挙げられる。担子菌に属する微生物としては、例えば、Coprinus属、Uredinales属、Auriculariales属、Agaricales属等が挙げられる。その中で、例えば、Coprinus属に属する微生物の例としては、Coprinus cinereus(NBRC30114)、Coprinus macrorhizus(ATCC20120)、Coprinellus disseminatus、Coprinus comatus(ATCC12640)、Coprinus clastophyllus、Coprinus alkalinus、Coprinus amphibius、Coprinus micaceus、Coprinus atramentarius、Coprinus luteocephalus、Coprinus trisporus、Coprinus sclerotiger、Coprinus domesticus、Coprinus stercorarius、Coprinus radiatus等が挙げられるがそれらに限定されない。なお、NBRCは、独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門、ATCCは、American Type Culture Collectionを示す。
【0017】
また、分類学上Coprinus属に属さない微生物であっても、例えば、Coprinus属に近縁の微生物由来のPODや、Coprinus属由来のPODとアミノ酸配列が近似するもので、本発明の酵素免疫測定において同様の反応性を示すPOD等も、本発明の酵素免疫測定に使用可能なPODに含まれ得る。Coprinus属(Coprinus cinereus)由来PODの、遺伝子配列の一例を配列番号1に、アミノ酸配列の一例を配列番号2に示す。
PODは、天然のものであってもよく、耐熱性向上や基質特異性向上その他の、何らかの1以上の変異を人為的に導入したものであってもよく、キメラタンパク質等であってもよい。市販のPODを購入して用いてもよい。酵素は単一精製したものを用いることもできるし、また、測定上支障がない範囲において、由来や構造、作用の異なるPODや、アイソザイムを含む複数のPODを共に使用してもよい。
【0018】
(抗体)
本発明の酵素免疫測定に使用する抗体は、いずれのイムノグロブリンクラスおよびサブクラスでもよく、さらには抗体断片でもよい。抗体断片とは、前述の抗体の一部分を意味し、具体的にはF(ab’)、Fab’、Fab、Fv、Disulphide−linked Fv、single chain Fv(scFv)およびその重合体等がこれにあたる。また、ポリクローナル抗体でもよく、モノクローナル抗体でもよい。
【0019】
(酵素免疫測定)
本発明の酵素免疫測定は、抗体を用いた競合的な測定でも、非競合的な測定でも良い。また、ホモジニアスアッセイ法(均一系による測定)でも、ヘテロジニアスアッセイ法(不均一系による測定)でもよい。例えば、酵素免疫測定法(EIA)、固相酵素免疫測定法(ELISA)、ELISPOT法、イムノブロット法、ウェスタンブロット法、免疫染色法等の常法に従って、本発明の酵素免疫測定を行うことができる。
本発明の抗体を用いるアッセイの好ましい具体的方法としては、例えば、ELISA法が挙げられる。これらの方法は、酵素で標識された抗体または抗原を用い、抗体または抗原の量を標識酵素の活性(通常は、発色量や発光量等に変換される場合が多い)により定量する方法である。それぞれの方法の具体的な手順については、当業者に公知であり、例えば、本明細書中に後述する実施例に記載の方法を用いてもよい。
【0020】
(標識抗体の固定化)
本発明の酵素免疫測定においては、標識された抗原抗体結合物と、遊離型の標識抗原または抗体を分離するために、固相化された抗体や抗原が用いられる。固相としては、アガロース、マイクロタイタープレートの内面、ラテックス粒子、各種素材によるビーズ等が利用できる。それぞれの方法の具体的な手順については、当業者に公知であり、例えば、本明細書中に後述する実施例に記載の方法を用いてもよい。
本発明の酵素免疫測定において、「固定化された状態」とは、PODで標識した抗体自体が、マイクロタイタープレートやビーズ上に必ずしも直接固定化されていることのみを指すものではない。例えば、ELISAのように抗原が固定化されたところに抗体を介して結合させてもよいし、サンドイッチELISA法のように、抗体が固定化されたところに抗原を結合させ、さらにその抗体を認識した状態で固定化しても良い。また、PODをアビジン、またはストレプトアビジン化し、ビオチンを介して固定化しても良い。すなわち、PODで標識した抗体が、何らかの介在分子を介して、間接的に固相上に固定されたような状態に関しても、本発明の酵素免疫測定における「固定化された状態」に含まれる。
【0021】
(PODを用いた抗体の標識)
本発明で用いるPODを用いた抗体の標識(架橋)方法としては、公知の各種の標識方法を用いることができる。例えば、一般的に知られている方法として、グルタルアルデヒド法、過ヨウ素酸法、マレイミド法、ピリジルジスルフィド法、イソシアネート架橋法、ベンゾキノン架橋法等がある。特に、マレイミド法は、重合体形成の有無、抗原、抗体、酵素の活性維持、さらには標識効率の点で好適である。
【0022】
マレイミド法においては、1分子中にマレイミド基とスクシンイミドエステル基を有する化合物を使用して、POD中にマレイミド基を導入する。そのための試薬としては、例えば、一端にマレイミド基を、他端にN−ハイドロキシスクシンイミド基を有する二価の架橋剤が挙げられる。具体的には、N−(6−マレイミドカプロイロシル)スクシニアミド(EMCS)、N−(4−マレイミドブチリロキシ)スクシニアミド(GMBS)、N−スクシンイミジル−N−マレイミドアセテート(N−スクシニミジル−N−マレイミドアセテート)、N−スクシンイミジル−4−(N−マレイミド)ブチレート(N−スクシニミジル−4−(N−マレイミド)ブチラート)、N−スクシミジル−6−(マレイミド)ヘキサノエート(N−スクシミジル−6−(N−マレイミド)ヘキサノエート、N−スクシンイミジル−4−(N−マレイミドメチル)シクロヘキサン−1−カルボキシレート、N−スルホスクシンイミジル−p−(N−マレイミドフェニル)−4−ブチレート等が挙げられるが、それらに限定されない。これらの物質が酵素のアミノ基と結合して酸アミド結合(−NH−CO−)を形成し、同時にマレイミド基を導入する。導入されたマレイミド基は、後述するように、抗体中のチオール基と反応してチオエーテル結合(−S−)を形成することにより、担体へと結合する。
【0023】
(発光反応および発色反応)
本発明の酵素免疫測定法においては、抗体を標識したPODの反応基質となる物質とともに、発光系および/または発色系を構築することができる。発光系試薬の例としては、ルミノール、NovaLume、L−012(和光純薬社製)等が挙げられる。発色系用試薬の例としては、2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)(ABTS、ロシュ社製)、3,3',5,5'−テトラメチルベンジジン(TMBZ)、ジアミノベンジジン(DAB)、HistoMark BLACK(フナコシ社製)、HistoMark ORANGE(フナコシ社製)、HistoMark TrueBlue(フナコシ社製)等が挙げられるが、それらに限定されない。
発光系および/または発色系は、いずれを用いても良好な測定結果が得られるが、より高い感度が求められる近年では、発光系の原理を利用した測定形が、より好ましく用いられる傾向にある。
【0024】
なお、西洋ワサビ由来のPODを用いる酵素免疫測定法においては、測定感度を向上させる技術として、PODの反応性を大きく向上させるアクチベーター(例えば、p−ヨードフェノール:Coyleら、Ann Clin Biochem. 1986 Jan;23(Pt 1):42−6.参照)を反応系に添加することが通常的に行われている。このアクチベーターの反応性増強作用は、西洋ワサビ由来のPODに特異的であって、微生物由来のPODには増強効果をもたらさない。従って、西洋ワサビ由来のPODに代わり得る微生物由来のPODを探索するにあたっては、アクチベーターを添加された状態の西洋ワサビ由来のPODを基準として、それと同等以上の酵素を探索することがより望ましい。あるいは、微生物由来のPODの反応性を向上させ得る新たなアクチベーターを探索し、それを組み合わせてもよい。
【0025】
発光量および/または発色量の評価は、反応開始直後の発光量、および/または測定時間の間の発光量または発色量の積算値等により行うことができる。本発明の酵素免疫測定方法においては、Coprinus属由来のPODで標識した抗体を用いて、標識抗体を固定化された状態で酵素免疫測定に用いる場合に、アクチベーターを添加された状態の西洋ワサビ由来のPODを顕著に上回る発光量(反応性)が得られる。この傾向は、発色法を用いた場合でも同様であるが、特に発光系において、その優位性が顕著である。
【0026】
(酵素免疫測定用組成物)
本発明の酵素免疫測定方法に用いるPOD、および/または前記PODで標識した抗体は、研究用の汎用試薬として提供することもできるが、発色系または発光系の試薬、所望により、発色/発光強度を増強して、測定系の感度を向上させるよう最適化された組成とするためのその他の成分、例えば、緩衝剤、金属、および/または、防腐剤をはじめとした、酵素の保存安定性に寄与する成分等を含んだ、酵素免疫測定用組成物として提供することもできる。
【0027】
(防腐剤耐性)
本発明の酵素免疫測定用組成物中に含まれ、本発明の酵素免疫測定方法に用いるPOD、および/または前記PODで標識した抗体は、酵素免疫測定用組成物中に防腐剤が共存した際に、一定以上の防腐剤耐性を示すことを特徴とする。防腐剤の種類は特に限定されないが、例えば、プロクリン、チメロサール、アジ化ナトリウム、ゲンタマイシン、またはそれらの誘導体が挙げられる。防腐剤耐性を示すとは、酵素免疫測定に1種以上の好適な濃度の防腐剤が共存するときでも、前記防腐剤が共存しない場合と遜色ない程度のPOD酵素活性を示すことをいう。あるいは、前記防腐剤が共存しない場合よりはPOD活性が低下するものの、従来公知の各種PODおよび/または従来公知の各種PODで標識した抗体と比較した場合には、そのPOD活性の低下度合が顕著に少ないことをいう。
本発明の酵素免疫測定用組成物の好ましい一例として、1%のアジ化ナトリウムと共存させた場合でも、前記防腐剤が共存しない場合と比較してPOD活性が全く低下せず、優れた防腐剤耐性を有している。また、本発明の酵素免疫測定用組成物の好ましい一例においては、防腐剤が共存した場合でも、防腐剤が共存しない場合のPOD活性の50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%以上、さらに好ましくは80%以上、最も好ましくは90%以上のPOD活性を示す。
【0028】
(酵素免疫測定用キット)
本発明の酵素免疫測定方法に用いるPOD、および/または前記PODで標識した抗体は、研究用の汎用試薬として提供することもできるが、発色系または発光系の試薬、所望により、発色/発光強度を増強して、測定系の感度を向上させるよう最適化された組成とするためのその他の成分、例えば、緩衝剤、金属、および/または、PODの保存安定性に寄与する成分等を含んだ複数種の酵素免疫測定用組成物および/または、サンプル希釈用の溶液、および/または測定用マイクロウェルプレート、操作用器具、説明書等を一式として組み合わせた酵素免疫測定用キットとして提供することもできる。
【0029】
以下、実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲は、それらの例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0030】
(抗マウスIgG抗体のPOD標識)
1)F(ab’)の調製
ヤギ抗マウスIgG(H+L)抗体(Bethyl社製、A90−116A)(3−5mg/ml)を0.1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)に溶液置換した。ブタ胃由来ペプシン(Sigma社製、P7012)を前記抗体の1/50量(w/w)添加し、37℃にて20時間インキュベーションした。その後1/10(v/v)量の3.0M Tris−HCl(pH8.8)を加えて反応を停止した。これを50mM NaCl、20mM Tris−HCl(pH8.5)により平衡化したセルロース樹脂DE52(Whatman社製 4057−200、平衡化:10mM Tris−HCl(pH8.0)、溶出液:50mM NaClを含む10mM Tris−HCl(pH8.0)、カラムサイズ:10ml、重力による溶出)に供し、素通り画分を回収した。素通り画分中に回収されたF(ab’)抗体の濃度は280nmにおける吸光度測定値から、ε280nm=1.48l/(g・cm)を用いて求めた。
【0031】
2)Fab’(IgG)−SH、IgG−SHの調製
ヤギ抗マウス抗体(F(ab’)、あるいはIgG)を0.1M リン酸ナトリウム (pH6.4)、0.15M NaCl、10mM EDTAに溶液置換し、1〜10mg/mlとなるように調製した。500mM システアミン(Sigma社製、M9768−25G)(6mg/0.1mlの0.1M リン酸ナトリウム(pH6.4)、0.15M NaCl、10mM EDTA)を調製し、前記の抗体溶液に1/10(v/v)量加え、37℃にて1.5時間インキュベーションした。過剰なシステアミンを透析あるいはゲルろ過カラムSephadex G−25(GE社製、17−0033−01、平衡化液:0.1M リン酸ナトリウム(pH6.8)、0.15M NaCl、10mM EDTA、溶出液:0.1M リン酸ナトリウム(pH6.8)、0.15M NaCl、10mM EDTA、カラムサイズ:10ml、重力による溶出)により除去した。
【0032】
3)マレイミド化PODの調製
市販のPOD(Roche社製)を10〜30mg/mlとなるよう0.1M リン酸ナトリウム(pH7.4)、0.15M NaCl、10mM EDTAに懸濁した。100mM SMCC(Pierce社製、22360)(3.34mg/0.1ml DMSOに溶解)を調製し、直ちにPODのモル濃度の5倍量を加えた。室温で30分間インキュベーションし、前記の条件に従って、ゲルろ過カラムSephadex G−25に供し、過剰なSMCCを除去した。酵素濃度を、403nmにおける吸光度測定値から、ε403nm=8.33×10l/(mol・cm)を用いて求めた。
なお、上記の市販PODの、ABTS(2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸))を基質とした場合の酵素学的性質は表1に示す通りであった。
【0033】
【表1】

【0034】
4)マレイミド化PODによる抗体の標識(架橋)および標識抗体の精製
前記のマレイミド化PODおよびSH基還元抗体(溶媒は0.1M リン酸ナトリウム(pH6.8)、0.15M NaCl、10mM EDTA)を、酵素:抗体のモル比が10:1となるように混合した。4℃で6時間以上(一晩)インキュベーションした後、標識(架橋)後の反応溶液を、0.5M NaCl含有PBSで平衡化したSuperdex 200 10/300(GE社製、17−1071−01、溶出溶液:PBS含有0.5M NaCl、カラムサイズ:約24ml、流速:0.5ml/min)に供することにより、抗体と結合されなかった酵素を除去して、POD標識抗マウスIgG(IgGのPOD標識抗体、POD−IgG)を得た。Fab’に関しても、Superdex 200 10/300GLに供することにより、抗体と結合されなかった酵素を除去して、POD標識抗マウスFab’(Fab’のPOD標識抗体、POD−Fab’)を得た。
【実施例2】
【0035】
(ELISA法(発色系)によるマウスIgG(1次抗体)の検出における反応性比較試験)
実施例1の方法に準じて作製した標識抗体、または市販の西洋ワサビ(HRP)標識抗体を用いて、マウスIgG(1次抗体、ヒトトランスフェリンに対し定法により作製)の検出における反応性比較を行った。
1.使用した抗体
1) 市販の西洋ワサビPOD標識抗体1(比較例1の測定系で使用):Peroxidase−conjugated AffiniPure F(ab’) Fragment Goat Anti−mouse IgG(H+L)(HRP−F(ab’))(Jackson ImmunoResearch Labs.社製)
2) 市販の西洋ワサビPOD標識抗体2(比較例2の測定系で使用):Peroxidase−conjugated AffiniPure Goat Anti−mouse IgG(H+L)(HRP−IgG)(Jackson ImmunoResearch Labs.社製)
3) 実施例1で得られた、Fab’のPOD標識抗体(本発明1の測定系で使用)
4) 実施例1で得られた、IgGのPOD標識抗体(本発明2の測定系で使用)
【0036】
2.ELISA法(発色系)によるマウスIgGの検出
1、10、および100ng/mlの濃度に調製したマウスIgG溶液を用い、定法により、96ウェルマイクロタイタープレート中にマウスIgG(1次抗体:抗ヒトトランスフェリンモノクローナル抗体(バイオマトリックス研究所社製))を固相化した。ここに、上記の各種POD標識抗体(2次抗体)をそれぞれ添加し、室温で1時間反応させた。その後、0.05% Tween20を含むTBSで3回洗浄した。洗浄後、ABTS Buffer(ロシュ社製)に、ABTS−Tablets(2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)、ロシュ社製)を溶かした基質溶液を添加し、一定時間反応させた後、405nmの吸光度を測定した。
測定値の一例として、Fab’のPOD標識抗体に関する、使用した2次抗体の濃度と発色量の関係を、図1に示す。
【0037】
図1に示すように、固相化したマウスIgGの濃度によらず、POD標識抗体の使用量の増加に応じて、発色量の増大が観察された。また、特に、測定対照(1次抗体)の量が比較的多い場合においては、2次抗体の使用量を一定以上に増やしても、発色度向上効果には限界があることも示唆される(この要因のひとつは、発色度測定上の制約によるものと思われる)。
【0038】
本試験において、発色測定上好ましい数値範囲内で、同程度の量のマウスIgGを、同程度の量のPOD標識抗体を用いて測定した時に、本発明のPOD標識抗体を用いた場合の方が、市販の西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合よりも高感度であることが示された。例えば、約0.8μg/mlの2次抗体を使用し、10ng/ml、および100ng/mlの濃度に調製した溶液を用いて固相化したマウスIgGを測定した場合の吸光度で比較すると、西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合(比較例1、比較例2)では、それぞれ約0.3および約1.4であるのに対し、本発明のPOD標識抗体を用いた場合(本発明1)は約0.4および1.9であり、約1.3〜1.4倍高い値が得られた。
同様に、IgGを用いて作製したPOD標識抗体を用いた場合でも、良好な測定値が得られることがわかった(本発明2)。
【実施例3】
【0039】
(ヒトトランスフェリンサンドイッチELISA法(発色系)によるマウスIgGの検出における反応性比較)
実施例1の方法に準じて作製した標識抗体、または市販の西洋ワサビPOD標識抗体を用い、発色系によりマウスIgGを検出することによりヒトトランスフェリンを測定するサンドイッチELISA法の系を構築し、その発色量を比較した。
1.使用した抗体
1) 市販の西洋ワサビPOD標識抗体1(比較例3の測定系で使用):Peroxidase−conjugated AffiniPure F(ab’) Fragment Goat Anti−mouse IgG(H+L)(HRP−F(ab’))(Jackson ImmunoResearch Labs.社製)
2) 市販の西洋ワサビPOD標識抗体2(比較例4の測定系で使用):Peroxidase−conjugated AffiniPure Goat Anti−mouse IgG(H+L)(HRP−IgG)(Jackson ImmunoResearch Labs.社製)
3) 市販の西洋ワサビPOD標識抗体3(比較例5の測定系で使用):Anti−IgG(H+L),Mouse,Goat−Poly(HRP−IgG)(Bethyl社製)4) 実施例1で得られた、Fab’のPOD標識抗体(本発明3の定系で使用)
5) 実施例1で得られた、IgGのPOD標識抗体(本発明4の測定系で使用)
【0040】
2.ヒトトランスフェリンサンドイッチELISA法(発色系)によるマウスIgGの検出
抗ヒトトランスフェリンモノクローナル抗体(バイオマトリックス研究所社製)を定法により固相化した96ウェルマイクロタイタープレートに、PBSを用いて調製した1、10、および100ng/mlのトランスフェリン溶液50μlを添加し、室温で1時間反応させた。反応後、350μlの0.05% Tween20を含むTBSを用いて3回洗浄した。洗浄後、各ウェルに、適宜希釈した検出用抗ヒトトランスフェリンモノクローナル抗体を添加し、室温で1時間反応させた。反応後、0.05% Tween20を含むTBSで3回洗浄した。洗浄後、各種のPOD標識抗体をそれぞれ添加し、室温で1時間反応させた。反応後、0.05% Tween20を含むTBSで3回洗浄した。洗浄後、ABTS Buffer(ロシュ社製)に、ABTS−Tablets(2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)、ロシュ社製)を溶かした基質溶液を添加し、一定時間反応させた後、405nmの吸光度(発色量)を測定した。測定値の一例として、発色系における、HRP標識抗体と実施例1で得られたPOD標識抗体を用いた、トランスフェリンの濃度と発色量の関係を図2に示す。
【0041】
図2に示すように、添加したヒトトランスフェリンのいずれの濃度においても、各POD標識抗体の使用量の増加に応じて、発色量の増大が観察された。また、同量のPOD標識抗体を用いた場合には、ヒトトランスフェリン濃度の増加に応じて、発色量が増加する傾向が確認された。
【0042】
本試験において、発色測定上好ましい数値範囲内で、同程度の量の検出用抗ヒトトランスフェリンモノクローナル抗体を用い、同程度の量のPOD標識抗体を用いて、ヒトトランスフェリン(抗原)を測定した時に、本発明のPOD標識抗体を用いた場合の方が、市販の西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合より高感度であることが示された。例えば、100ng/mlのトランスフェリン溶液を用いたときの、固相化したマウスIgGを測定した場合の吸光度で比較すると、西洋ワサビPOD標識抗体(400ng/ml)を用いた場合(比較例3)では約0.45であるのに対し、本発明のPOD標識抗体(375ng/ml)を用いた場合(本発明3)では約1.0であり、2.2倍高い値が得られた。すなわち、西洋ワサビPOD標識抗体と同程度か、むしろそれより少量の標識抗体を使用した場合に、本発明のPOD標識抗体を用いた場合の方が、高い発色量が得られることがわかった。
【0043】
上記の傾向は、特にFab’のPOD標識抗体に関し顕著であったが、IgGを用いて作製したPOD標識抗体を用いた場合でも、本測定により良好な測定値が得られることがわかった(本発明4)。
【実施例4】
【0044】
(ヒトトランスフェリン、またはα2−マクログロブリンサンドイッチELISA法(発光系)によるマウスIgGの検出における反応性比較)
実施例1の方法に準じて作製した標識抗体、または市販の西洋ワサビPOD標識抗体を用い、発光系によりマウスIgGを検出することによりヒトトランスフェリン、またはα2−マクログロブリンを測定するサンドイッチELISA法の系を構築し、その発光量を比較した。具体的には、POD標識抗体を添加し、洗浄した後、2,2’−アジノビス(3−エチルベンゾチアゾリン−6−スルホン酸)(ABTS)に代えてルミノール(シグマ社製)と過酸化水素をトリス(西洋ワサビPOD標識抗体使用時)、またはトリシン(本発明POD標識抗体使用時)に溶解した基質溶液を添加し、一定時間反応させた後、発光量を測定する以外は、実施例3の方法に準じて、ヒトトランスフェリン、またはα2−マクログロブリンをサンドイッチELISA法にて測定し、その発光量を比較した。なお、使用したPOD標識抗体の使用量は同一ではないが、本測定系において好適な反応が行えるよう、予め各々について予備試験を行い、最適化された濃度で使用した。
測定値の一例として、各種POD標識抗体を用いた場合の、1ng/mlのトランスフェリン溶液を用いた場合の発光強度の時間経過を図3に、100ng/mlのトランスフェリン溶液を用いた場合の発光強度の時間経過を図4に、各種POD標識抗体濃度を一定にし、α2−マクログロブリン濃度を変化させた場合の試薬添加時における発光強度の変化を図6に、α2−マクログロブリン濃度を一定にし、各種POD標識抗体濃度を変化させた場合の試薬添加時における発酵強度変化を図7に、それぞれ示す。
【0045】
発色反応進行に伴い、一定時間の間、経時的に吸光度が増加していく発色系とは異なり、発光系では、初発時(発光反応直後)の光が最も強く、その後経時的に減少する。実際の発光量の測定では、一定時間内の発光量の積算値を用いる場合が多いが、その積算値は、初発の発光量と、その減衰の程度に依存し、特に初発の発光量に依存する。
いずれの濃度のヒトトランスフェリン(抗原)を測定した場合においても、市販の西洋ワサビPOD標識抗体を用いたもの(比較例6〜8)より、本発明のPOD標識抗体を用いたもの(本発明5〜6)の方が、初発の発光量、および測定後30分間までの発光積算値についても、顕著に高いことが示された。
【0046】
例えば、図3に示す、1ng/mlのトランスフェリン溶液を用いたときの初発発光量では、3種の西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合(比較例6〜8)は、初発発光量が非常に低く、最も高いものでも100,000RLUであった(比較例7)のに対し、本発明のPOD標識抗体を用いた場合(本発明5)には約800,000RLUとなり、8倍以上高い値を示した。PODをIgGに標識した本発明のPOD標識抗体を用いた場合(本発明6)は、本発明の2種のPOD標識抗体の中では相対的に発光量が低かったが、それでも初発発光量が約300,000RLUであり、西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合より3倍以上高い値が得られた。
【0047】
この傾向は、図4に示す、100ng/mlのトランスフェリン溶液を用いた場合でも同様であった。西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合(比較例6〜8)では、初発発光量が約250,000RLUおよび1,000,000RLUであったのに対し、本発明のPOD標識抗体を用いた場合(本発明5)では約4,200,000RLUで4.5倍および18倍以上高い値を示した。IgGに標識した本発明のPOD標識抗体を用いた場合(本発明6)でも、約3,500,000RLUとなり、西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合より3.5倍および14倍以上高い値が得られた。
【0048】
上記の通り、発光系における本発明のPOD標識抗体の高い感度は、特にFab’のPOD標識抗体に関し顕著であったが、IgGを用いて作製したPOD標識抗体を用いた場合でも同様に優れており、西洋ワサビPOD標識抗体を用いた場合と比較して顕著に優れていることがわかった。
【0049】
本測定のデータから算出した、トランスフェリンの濃度と初発発光量の関係を図5に示す。この図の各グラフにおける直線部分は、本測定の試験系を用いてトランスフェリンの濃度を算出することを想定した場合の、精度よく測定可能なトランスフェリンの濃度範囲を示す。各データのプロットから、R=0.99以上となる直線性が得られるトランスフェリンの濃度範囲(測定可能濃度範囲)を求めた結果を表1に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
表1に示す通り、比較例(西洋ワサビPOD標識抗体を使用)の測定方法では、0.5ng/ml、最も良い場合でも、0.1ng/mlを下回るトランスフェリンは正確に測定することができないことが示された。これに対し、本発明(Coprinus属由来のPODを使用)の方法を用いれば、0.01ng/ml、最も悪い場合でも、0.05ng/mlという低濃度のトランスフェリンまで良好に測定できることが示された。
【0052】
また、図6に示すとおり、各種POD標識抗体の濃度を一定の適切な濃度に固定し、α2−マクログロブリン(抗原)濃度を変化させた場合、いずれの濃度のα2−マクログロブリンを測定した場合においても、市販の西洋ワサビPOD標識抗体を用いたもの(比較例6)よりも、本発明のPOD標識抗体を用いたもの(本発明5)の方で、顕著に高い測定値が得られた。本測定値(試薬添加直後1秒間の積算値で示す)より、本発明のPOD標識抗体が高感度であることが確認された。本発明と比較例との差をよりわかりやすく表すため、α2−マクログロブリン濃度を0〜100ng/mlと低濃度域の0〜10ng/mlの2つの図にて表した。抗原濃度によっては、本発明のPOD標識抗体の方が30倍以上高感度であった。同様の検討をヒトトランスフェリンの系においても行い、同様に高感度であることを確認した。
【0053】
図7に示すとおり、α2−マクログロブリン(抗原)の濃度を一定の適切な濃度に固定し、各種POD標識抗体濃度を変化させた場合、いずれの濃度のPOD標識抗体においても、市販の西洋ワサビPOD標識抗体を用いたもの(比較例6)より、本発明のPOD標識抗体を用いたもの(本発明5)の方で、顕著に高い測定値が得られた。なお、この際のその他の測定条件は、POD標識抗体濃度を一定とし、抗原濃度を変化させた場合と同様である。本発明と比較例との差をよりわかりやすく表すため、α2−マクログロブリン濃度を0〜100ng/mlと低濃度域の0〜0.5ng/mlの2つの図にて表した。標識抗体濃度によっては、本発明のPOD標識抗体の方が200倍以上高感度であった。同様の検討をヒトトランスフェリンの系においても行い、同様に高感度であることを確認した。
【0054】
以上より、本発明の方法を用いることにより、より少ない標識抗体を使用して、しかも、より少ない量の目的物質を測定できるようになることがわかった。そして、ELISA法、ウエスタンブロッティング法等の酵素免疫測定を発光系を用いて行う場合における、担子菌由来PODを用いた場合のこのような顕著な反応性・感度の向上傾向は、担子菌由来POD標識抗体を固定化しない系で試験した場合のさほど高いとはいえない反応性からは予測しがたいものであった。
【実施例5】
【0055】
(酵素免疫測定用組成物の調製)
表3に示すPOD標識試薬、マウスIgG、希釈用緩衝液、洗浄用緩衝液、標準用抗原および発光用試薬溶液を調製して、酵素免疫測定用組成物を得た。
【0056】
【表2】

【実施例6】
【0057】
(酵素免疫測定用キットの調製)
実施例5に従って調製した6種類の試薬をそれぞれ小分け容器に分注し、各試薬と96穴マイクロタイタープレートを一式として取り揃えて、酵素免疫測定用キットとした。
上記のように作製したキットを用いて、ヒトトランスフェリンを測定したところ、良好かつ効率よく測定操作を行うことができ、実施例4の本発明8に示すものと同様の結果が得られた。
【実施例7】
【0058】
(ウエスタンブロッティング法を用いたヒトトランスフェリンの検出)
ヒト由来プラズマ100ng、およびヒトトランスフェリン10ngをSDS−PAGEに供した。終了後、ゲルをウエスタンブロッティングによってPVDF膜に転写した。転写した膜を定法により洗浄、ブロッキングし、ここに抗ヒトトランスフェリンモノクローナル抗体を添加し、室温で1時間反応させた。反応後、0.05%Tween−20を含むTBSにて3回洗浄し、実施例1の方法にのっとって作製した2種の標識抗体(POD−IgG、POD−Fab’)を適宜希釈して添加し、室温で1時間反応させた。反応後、0.05% Tween20を含むTBSで3回洗浄した。次いで、ルミノールを含む発光試薬(ECL Detection Reagent(GE社製))を添加し、発光を検出した。
結果を図8に示す。図中、「1」(○印の囲い文字)と表記されたものがプラズマ100ng、「2」(○印の囲い文字)と表記されたものがヒトトランスフェリン10ngの結果である。Mは分子量マーカーである。いずれの標識抗体を使用した場合でも、双方とも問題なく良好にバンドとして検出でき、本発明の標識抗体をウエスタンブロッティングに良好に使用可能であることが示された。
【実施例8】
【0059】
(HeLa細胞の抗アクチン抗体による免疫染色)
本発明で使用する上述の3種のPOD標識抗体(IgG、Fab’)を用いて、HeLa細胞の抗アクチン抗体による免疫染色を行った。免疫染色は、例えば、羊土社より発行されている抗体実験マニュアル等に記載されている常法に準じて行った。1次抗体として、抗アクチンモノクローナル抗体を用いた。2次抗体は実施例1の方法により作製したPOD標識抗体をそれぞれ適当な濃度で添加した。
結果の一例を図9に示す。いずれの系に関しても、細胞中のアクチンの存在部位に相当する部位が染色され、本発明で使用するPOD標識抗体を良好に使用できることが示された。
【実施例9】
【0060】
(ラットすい臓の抗インスリン抗体による免疫染色)
上述の2種のPOD標識抗体(IgG、Fab’)を用いて、ラットすい臓の抗インスリン抗体による免疫染色を行った。免疫染色は、例えば、羊土社より発行されている抗体実験マニュアル等に記載されている常法に準じて行った。1次抗体として、抗インスリンモノクローナル抗体を用いた。2次抗体は実施例1の方法により作製した標識抗体を1/1000倍に希釈した後添加した。
結果の一例を図10に示す。いずれの系に関しても、細胞中のインスリンの存在部位に相当する部位が染色され、本発明で使用するPOD標識抗体を良好に使用できることが示された。
【実施例10】
【0061】
(アジ化ナトリウムの共存がPOD活性値に及ぼす影響の確認)
実施例1の方法に準じて作製した標識抗体または市販の西洋ワサビPOD標識抗体を0〜1%のアジ化ナトリウム(和光純薬工業社製)と一定時間(3時間)共存させた後、マウスIgG(1次抗体、ヒトトランスフェリンに対し定法により作製)の検出における反応性比較を行った。測定方法は実施例2のとおりである。
結果の一例を図11に示す。西洋ワサビPOD標識抗体(比較例6)を用いた場合には、共存するアジ化ナトリウムの濃度に依存してPOD活性が大幅に阻害されるのに対し、本発明のPOD標識抗体(本発明5)を用いた場合には、アジ化ナトリウム共存下でもPOD活性の阻害は全くみられず、優れた防腐剤耐性が確認された。このことから、本発明の免疫測定用組成物が、アジ化ナトリウム共存下でも、特別に添加物を必要とせず、POD標識抗体を良好に保存・使用できることが示された。
【実施例11】
【0062】
(各種防腐剤の共存がPOD活性値に及ぼす影響の確認)
実施例10以外のさらなる防腐剤として、汎用的に使われているプロクリンの一種であるProclin300(シグマ社製)、チメロサール(シグマ社製)、ゲンタマイシン(和光純薬工業社製)を用い、実施例1の方法に準じて作製した標識抗体を用いて、実施例10と同様の操作を行い、防腐剤耐性を試験した。
結果の一例を図12に示す。いずれの防腐剤においても、本発明の免疫測定用組成物における測定で、POD活性の阻害はみられなかった。すなわち、各種の防腐剤を用いても、測定の際のPOD活性を損なうことなく、本発明の免疫測定用組成物を良好に保存・使用できることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
担子菌由来のペルオキシダーゼを標識した抗体を使用し、西洋ワサビ由来のペルオキシダーゼを標識した抗体を用いた場合と比較して、ペルオキシダーゼ反応に由来する発色量または発光量が増大していることを特徴とする酵素免疫測定方法。
【請求項2】
担子菌がCoprinus属に属する微生物である、請求項1記載の酵素免疫測定方法。
【請求項3】
担子菌由来のペルオキシダーゼおよび/または担子菌由来のペルオキシダーゼを標識した抗体が防腐剤耐性を有することを特徴とする、請求項1または2記載の酵素免疫測定方法。
【請求項4】
防腐剤がプロクリン、チメロサール、アジ化ナトリウム、ゲンタマイシン、またはそれらの誘導体である、請求項3記載の酵素免疫測定方法。
【請求項5】
Coprinus属由来のペルオキシダーゼを標識した抗体を含有し、前記標識した抗体が固定化された状態において発色反応又は発光反応を行うことを特徴とする、酵素免疫測定用組成物。
【請求項6】
担子菌由来のペルオキシダーゼおよび/または担子菌由来のペルオキシダーゼを標識した抗体が防腐剤耐性を有することを特徴とする、請求項5記載の酵素免疫測定用組成物。
【請求項7】
防腐剤がプロクリン、チメロサール、アジ化ナトリウム、ゲンタマイシン、またはそれらの誘導体である、請求項6記載の酵素免疫測定用組成物。
【請求項8】
請求項5〜7記載の酵素免疫測定用組成物を含む、酵素免疫測定用キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2010−44058(P2010−44058A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−164343(P2009−164343)
【出願日】平成21年7月13日(2009.7.13)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】