説明

酸化物蛍光体の製造方法

【課題】珪素化合物として水溶性珪素を用いることでこれまで合成できていない低珪素比のシリケート蛍光体の製造方法を提供する。
【解決手段】珪素、金属元素及び酸素からなる酸化物蛍光体の製造方法であって、珪素と金属元素の元素比が3/8未満となる成分組成の金属元素化合物、溶液状態の珪素化合物及び溶媒からなる液体を密閉状態に置いて加熱し、金属元素が均一に分散した珪素含有ゲルを生成する第一の工程、生成した珪素含有ゲルを含む液体から溶媒を除去することにより乾燥状態のゲルを形成する第2の工程、その固体状態のゲルを加熱して複合金属化合物前駆体を作製する第3工程、複合金属化合物前駆体を熱処理する第4の工程を含むことを特徴とする酸化物蛍光体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物蛍光体の製造方法に関し、さらに詳しくは青色発光ダイオードや近紫外発光ダイオードの発光波長領域で高輝度の蛍光を発する蛍光体やFED(電解放射型ディスプレイ)やPDPの表示ディスプレイに用いる蛍光体として好適に使用できる珪素と金属元素の元素比が3/8未満の金属シリケート蛍光体の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
青色発光ダイオードや近紫外発光ダイオードの発光波長領域で高輝度の蛍光を発する蛍光体やFED(電解放射型ディスプレイ)やPDPの表示ディスプレイに用いる蛍光体として使用される珪素と金属元素の元素比が3/8未満の金属シリケート蛍光体には、電子線や紫外線で励起可能で紫外発光ダイオード用蛍光体やFED(電解放射型ディスプレイ)、ブラウン管用蛍光体として知られる(Y、Gd、Ce)SiO蛍光体(特許文献1参照)、真空紫外で発光してPDPなどの表示ディスプレイに用いる蛍光体として知られる(Zn、Mg)SiO(特許文献2参照)、近紫外LEDや青色LEDの光変換に用いられる(Sr、Ba)SiO:Eu2+或いは(Ca、Sr、Ba)SiO:Eu2+等の蛍光体がある(特許文献3、4参照)。
【0003】
これらの珪素を含む蛍光体の合成法としては、以下のような方法が知られている。
(1)SiO粉末と金属元素を含む多数の化合物を原料として用い、これらの原料を混合した後に、1000℃〜1700℃の高温で長時間焼成して固体間の反応によって蛍光体を合成する方法(固相反応法)
(2)複数の有機酸金属塩をクエン酸と共に有機溶媒中に溶解時に加熱してゲル状前駆体を生成させ、この前駆体を加熱分解するクエン酸法(非特許文献1参照)
(3)複数の金属塩の水溶液にアルカリや蓚酸などの沈殿化剤を添加して金属の水酸化物や蓚酸塩を共沈させ、得られた沈殿物を加熱酸化する共沈法
(4)複数の金属化合物をアルコールに溶解、得られた金属アルコキシドを加水分解するアルコキシド法
(5)複数の金属イオンと熱分解可能な錯化性の有機物質とからなる安定な溶液を作製し、その溶液を急速に濃縮して無定形生成物を生成し、その生成物を熱分解する方法(特許文献5参照)
(6)複数の金属塩及び/またはアルコキシド、並びに、オキシカルボン酸またはポリアミノキレート剤を含有する溶媒にポリオールを添加して重合させる錯体重合法(特許文献6参照)
(7)複数の金属元素の化合物、及びポリビニルアルコールを溶媒に溶解し、両者を反応させて金属錯体を生成した後、加熱して溶媒を除去することで、その金属錯体を加熱してゲル化し、生成したゲルをさらに加熱することにより複合金属酸化物の前駆体を生成させ、次いで前駆体を焼成する方法(特許文献7参照)
【0004】
しかし、この(1)固相反応法で複合金属酸化物を製造するには、高温で長時間の焼成を行う必要があり、その結果、複合金属酸化物(蛍光体)の粒子径も大きくなる。強いて小粒子径のものを得るには、その焼成物を粉砕して分級する必要があるが、この焼成粉砕法は、歪みによる発光強度の低下が大きく、且つ収率が低く、また粒度調整が難しい。
他方、焼成温度を1000〜1200℃の比較的低温にすると、未反応原料が残存するため、未反応原料が残らないように反応させるためには焼成温度は例えば1400℃よりも高温にする必要があるが、このような高温焼成は、低沸点金属元素を含む複合金属酸化物の製造においては、低沸点金属元素の揮発を避けることができず、このため均一な化学組成を有する単相の複合金属酸化物を得ることができなかった。
【0005】
液相を利用する液相法おいて、クエン酸法(2)及びアルコキシド法(4)では、原料中の有機溶媒を除去する際の各原料化合物の溶解度に差があるため、均一な複合金属酸化物を得ることが難しく、複合金属酸化物の製造を煩雑にしている。特に、アルコキシド法では、原料中の個々の成分は各金属元素の加水分解反応速度の相違により、均一分散が極めて困難である。また、共沈法(3)は、共沈の操作範囲が狭いため、適用できる金属元素が限定され、金属元素の組み合わせや、金属元素の比率を自由に選択することが難しいため、所望の複合金属酸化物を得ることができないという問題点を抱えている。
【0006】
ところで、金属シリケート蛍光体を合成する方法としては水熱ゲル化法が、高輝度の蛍光体合成法として有効であることも知られている(特許文献8参照)。
この水熱ゲル化法は、珪素アルコキシドのように加水分解の遅いアルコキシドと他の金属の均一溶液を水熱処理して、アルコキシドをゲル化し、このゲル網の中に他の金属を巻き込み、均一な前駆体を得る方法である。
しかし水熱ゲル化法は珪素をゲル化剤として使うために珪素と金属元素の元素比がある値以上の物質にしか使えず、珪素と金属元素の元素比が3/8未満で、金属元素の比率を自由に選択でき、均一な化学組成の単相の金属シリケート蛍光体を収率良く製造する水熱ゲル化方法は提案されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−304555号公報
【特許文献2】特開2005−060562号公報
【特許文献3】特開2008−016861号公報
【特許文献4】特開2006−036943号公報
【特許文献5】特公昭49−006040号公報
【特許文献6】特開平06−115934号公報
【特許文献7】特開平11−314905号公報
【特許文献8】特開2007−332016号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本金属学会会報、第26巻、第10号、pp.943−949頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、水熱ゲル化法でアルコキシドをゲル化するにはある程度の珪素量が必要で、珪素比の高い組成の化合物合成にしか使えなかった。即ち、従来使用している珪素化合物としてのテトラエトキシシランを用いる場合には、珪素と金属元素の元素比が3/8未満の組成には使えないことが明らかになり、水熱ゲル化法は高品質な蛍光体を合成できるが、適用範囲が限られるという課題を抱えている。
【0010】
本発明は、係る現状に鑑みてなされたもので、珪素化合物として水溶性珪素を用いることでテトラエトキシシランを用いる場合には合成できない低珪素比のシリケート蛍光体の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、このような課題を解決すべく鋭意検討した結果、水溶性珪素化合物が高いゲル化能を持つことを見出し、珪素化合物として水溶性珪素を用いることで、水熱ゲル化法で金属と珪素比が3/8未満の組成の金属シリケート蛍光体の合成が可能であること、結晶性が良く高輝度の蛍光体が得られることを見出し、このような知見に基づいて本発明を達成したものである。
【0012】
本発明の第一の発明は、珪素、金属元素及び酸素からなる酸化物蛍光体の製造方法であって、珪素と金属元素の元素比が3/8未満となる成分組成の金属元素化合物、溶液状態の珪素化合物及び溶媒からなる液体を密閉状態に置いて加熱し、金属元素が均一に分散した珪素含有ゲルを生成する第一の工程、生成した珪素含有ゲルを含む液体から溶媒を除去することにより固体状態のゲルを形成する第2の工程、固体状態のゲルを加熱して複合金属化合物前駆体を作製する第3工程、複合金属化合物前駆体を熱処理する第4の工程を含むことを特徴とする酸化物蛍光体の製造方法である。
【0013】
本発明の第二の発明は、第一の発明における珪素化合物が、水溶性珪素である酸化物蛍光体の製造方法である。
【0014】
本発明の第三の発明は、第一の発明若しくは第二の発明における酸化物蛍光体が、一般式A2−xSiOで表され、A元素がY、Gdの少なくとも1種、B元素がSc、Tb、Ceの少なくとも1種、且つxが0<x<0.1の範囲である酸化物蛍光体の製造方法である。
【0015】
本発明の第四の発明は、第一の発明若しくは第二の発明における酸化物蛍光体が、一般式C2-ySiOで表され、C元素がZn、Mgの少なくとも1種、D元素がMn、Euの少なくとも1種、且つyが0<y<0.1の範囲である酸化物蛍光体製造方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、珪素化合物として水溶性珪素を用いることにより、珪素と金属元素の元素比が3/8未満の低珪素比となる組成の高品質の結晶が得られ、且つ高輝度の酸化物蛍光体を製造することができる。
さらに、本発明の製造方法では、水溶媒を選択するため有機化合物の使用量が少なく、環境に対する負荷が小さく、製造コストの低減が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】水熱処理後のゲル体を示す写真で、(a)は実施例1(WSS)、(b)は比較例1(TEOS)のものである。
【図2】実施例1、比較例1、及び従来例1のX線回折図形である。
【図3】実施例1、比較例1、及び従来例1の励起波長356nmにおける発光スペクトル(実線)並びに発光波長422nmにおける励起スペクトル(点線)である。
【図4】実施例2、従来例2の励起波長254nmにおける発光スペクトル(実線)並びに発光波長525nmにおける励起スペクトル(点線)である。
【図5】実施例2、従来例2のX線回折図形である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明するが、以下に記載する構成要件の説明は、本発明の実施態様の一例(代表例)であり、本発明はその要旨を超えない限り、これらの内容に特定はされない。
なお、以下においては、複合金属化合物として、特に複合金属酸化物の場合を例示して本発明を説明するが、本発明の複合金属化合物の製造方法は、複合金属酸化物に限らず、複合金属窒化物、複合金属酸窒化物、複合金属硫化物、または複合金属酸硫化物についても、後述の焼成工程において、窒化または硫化すること以外は、同様に実施することができるものである。
【0019】
[複合金属酸化物の製造]
本発明の複合金属化合物の製造方法は、いわゆる水熱合成法と呼ばれるものであり、複合金属酸化物の製造は、以下の工程を経るものである。
第1工程は、1種以上の金属元素化合物、溶液状態の水溶性珪素及び溶媒からなる液体を密閉容器に入れ、密閉状態で加熱することにより、金属元素が均一に分散した珪素含有ゲルを生成するものである。
第2工程は、生成したゲルから溶媒を除去することにより乾燥状態のゲルを得る工程である。
第3工程は、乾燥状態のゲルを加熱することにより有機物を除き複合金属酸化物前駆体を得る工程である。
第4工程は、複合金属酸化物前駆体を熱処理する工程である。
【0020】
即ち、本発明の複合金属酸化物の製造方法は、複合金属酸化物を構成する各金属元素の化合物の全てを液体または溶液状態とし、その中の水溶性珪素原料が加熱されることにより、その他の金属を分散させた状態でゲル化し、生成したゲルから必要に応じて加熱するなどして溶媒を除去することにより乾燥状態のゲルを得て、その乾燥状態のゲルを熱分解して複合金属酸化物の前駆体を製造し、次いでこの前駆体を熱処理して複合金属酸化物を製造するものである。
【0021】
以下に、これら第1工程から第4工程について説明する。
[第1工程]
この工程は、1種以上の金属元素化合物、溶液状態の水溶性珪素及び溶媒からなる液体を、密閉容器に入れて加熱することにより、常圧加熱では得られない高温で珪素原料の重合反応を進行させ、金属元素が均一に分散した珪素含有ゲルを生成させるものである。これは珪素をマトリックスとし、そのマトリックス中に金属元素化合物の金属元素が均一に分散したゲルである。
なお、これらの金属元素化合物、溶液状態の水溶性珪素及び溶媒は、金属元素化合物を溶媒に溶解し、金属元素化合物溶液(特に水溶液)を作製し、この金属元素化合物溶液に所定量の水溶性珪素化合物を添加混合し、40℃〜90℃の温度に暖め、1〜3時間攪拌、混合して作製した均一な液体とした後に、密閉容器内に入れられる。
【0022】
原料となる金属元素化合物は、用いる溶媒に溶解するものであれば特に制限はなく、金属元素、金属元素の塩化物、酸化物、水酸化物、酢酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩あるいはフッ化物などを用いることができる。特に、加熱により陰イオン成分を容易に除去できるため、金属元素の硝酸塩を用いることが好ましい。また、金属塩の溶解時にはクエン酸、リンゴ酸などのヒドロキシカルボン酸を加えても良い。
なお、金属元素化合物は、各々の金属元素について、これらの化合物の1種のみでも、或いは2種以上の化合物を混合して用いても良い。
【0023】
次に、溶媒は種々の液体を使用できるが、製造工程の簡略化、製造コストの低減などの観点から、水、アルコール(例えばメタノール、エタノール、2−プロパノール)、アセトンなどの水溶性溶媒の1種又は2種以上が好ましく、水を含む溶媒がさらに好ましく、とりわけ水を用いるのが特に好ましい。
溶媒の使用量は、均一な反応溶液を形成し得るような量であって、Si以外の金属を溶解するのに十分な量であれば良いが、通常Si以外の全金属元素1モルに対して1〜4リットル程度とすることが好ましい。溶媒の使用量が多過ぎると溶媒中にSi以外の金属が残ったままゲルと上澄み(溶媒)が分離して、金属含有ゲルが形成しにくい傾向があり、少な過ぎるとゲル形成前に金属が析出し、不均一なゲルとなる傾向にある。
【0024】
珪素化合物には、水溶性珪素を用いる。
この水溶性珪素は、テトラエトキシシラン(TEOS)とプロピレングリコールの混合液に塩酸及び水を加えて作られるものである。
具体的には、テトラエトキシシラン(TEOS)(関東化学株式会社製)とプロピレングリコール(関東化学株式会社製99%)を22.4ml秤量し、80℃で48時間混合した。更に混合液に塩酸を100μl加えて室温で1時間攪拌した。この攪拌液に蒸留水を加えて100mlに定溶して1Mの水溶性珪素が作製される。
【0025】
使用する密閉容器には、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製の内容器をステンレス製の耐圧の外容器に収容した二重容器が簡便で好ましい。その他、大量生産にはステンレス製のオートクレーブなどの圧力容器を用いても良い。その場合オートクレーブの内面はポリテトラフルオロエチレン(PTFE)或いはチタンなどで内張されていると、反応液へのステンレス成分の混入を防止することができために好ましい。
【0026】
水熱反応に必要な温度は、用いる溶媒の沸点以上であり、溶媒の種類によっても異なるが、溶媒として水を用いた場合の加熱温度は100℃以上が好ましく、150℃以上が更に好ましい。加熱温度の上限は500℃以下で、より好ましくは300℃以下であるが、密閉容器として、内容器にポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製容器やポリテトラフルオロエチレン(PTFE)内張のものを用いる場合は、容器の耐久性の面で、加熱温度は250℃以下、より好ましくは200℃以下である。
この加熱温度が高すぎると密閉容器の耐圧性能を高める必要が生じ、そのために過大なコストがかかり、加熱温度が低すぎると十分な圧力が得られず、且つ反応性も低くなり満足するゲルが得難くなる。
その反応時間は、加熱温度によっても異なるが、6〜24時間である。
【0027】
なお、金属元素化合物水溶液の調製方法には特に制限はなく、例えば、硝酸塩水溶液の調製方法としては、水溶性の金属元素化合物を水に溶解させれば良いが、その他に金属酸化物を硝酸に溶解して過剰の硝酸を除去する方法であっても良い。この方法は純度の高い原料酸化物を使用することで、純度の高い硝酸塩水溶液を調製できる点で好ましい。水溶液にはプロピレングリコールを入れてエステル化重合を起こしても良い。
【0028】
[第2工程]
この工程は、第1工程で生成した珪素含有ゲルから溶媒を除去することにより乾燥状態のゲルを得るものである。
その溶媒の除去は加熱により行うが、この加熱温度は用いた溶媒の沸点付近の温度とすることが好ましい。この加熱温度が低いと、溶媒除去に時間がかかり、温度が高すぎると突沸で吹き零れるため物性制御が難しくなる。通常、溶媒として水を用いた場合は100〜120℃程度で加熱することが好ましい。
加熱時間は、溶媒が除去されて乾燥状態のゲルが生成する時間であれば良い。
【0029】
[第3工程]
この工程は固体状態のゲルをさらに加熱することにより熱分解を起こして複合金属酸化物前駆体を得るものである。
先ず、固体状態のゲルを250〜550℃で加熱することにより、ゲル中の有機物を熱分解する。この加熱温度が低すぎると熱分解に時間が掛かり過ぎて非効率であり、また熱分解が完結しないこともある。他方、加熱温度が高すぎると異常な粒子成長が起きたり、構成成分の揮発が起きたりするおそれがあるので好ましくない。
その好ましい加熱温度は、350℃以上、さらには450℃以上とすることが好ましい。
【0030】
また、加熱に際しては成分の飛散を防止して行うと良い。
そのため、加熱時に使用する容器は内容物が飛散しにくいようにサンプル量に対して十分大きい容器とすることが好ましく、口の小さい容器も好ましい。また、熱分解ガスが容器外に放出される程度に隙間のある蓋付きの容器であることも良く、例えばサンプル量に対して十分長い試験管や十分に大きいフラスコや深型の大きいるつぼ、三角フラスコ等のフラスコに小型ビーカーをかぶせた容器や蓋付のるつぼなどを用いると良い。また、ロータリーキルンを用いることも好ましい。
さらに、急激に温度を上昇させず徐々に加熱すると良く、最高温度以下の複数の温度で段階的に一定時間保持することも飛散防止に効果がある。例えば、最高温度500℃で加熱する場合、200℃、300℃、400℃でそれぞれ30分ずつ保持したのちに500℃にする。
【0031】
この加熱処理は大気中で行うことができるが、さらに、この加熱処理後に100〜500Pa程度の減圧下出の加熱、或いは真空条件下で加熱することが好ましい。この減圧或いは真空での加熱温度は、250〜1000℃が好ましく、600〜900℃が更に好ましい。
このような加熱により、残留している有機物の除去や炭酸塩の分解を十分に行うことができ、炭素を含まない前駆体を得ることができる。他方、有機物の残留した前駆体は、次の第4工程で還元雰囲気で熱処理した場合にそれが炭化して黒い着色の原因となるため、好ましくない。
【0032】
第3工程における前段の大気中での加熱処理及びその後の減圧下或いは真空下での加熱処理の時間は、加熱温度によっても異なるが、通常、前段の大気中の加熱時間は2〜8時間、後段の減圧下或いは真空下での加熱時間は、6〜12時間が望ましい。
【0033】
[第4工程]
この工程は第3工程で得られた複合金属酸化物前駆体を所望の化合物となるまで熱処理する工程である。
第4工程における熱処理温度及び熱処理時間は、複合金属酸化物の種類によるが熱処理温度が高いほど、また熱処理時間が長いほど所望の化合物の結晶性が向上し、高輝度の蛍光体が得られる。他方熱処理温度が高いほど、また熱処理時間が長いほど蛍光体の粒径が大きくなり、粒子が焼結して固い2次粒子を形成する傾向にあるために、所望の粒径となるように適宜条件を選択する必要がある。
【0034】
その熱処理温度は600〜1700℃、好ましくは1000〜1600℃である。
熱処理時間は0.5時間〜12時間、好ましくは1.5〜6時間である。
さらに、複数回の熱処理を行うことも好ましい方法の一つである。例えば、炭酸塩等の金属塩の分解温度を超える温度で熱処理を行い、得られる焼成物を粉砕混合して熱処理を行うことは、結晶性の向上の点で好ましい方法である。
【0035】
複合金属酸化物前駆体を得るための第3工程の熱分解工程と、複合金属酸化物前駆体から複合金属酸化物を得るための第4工程の熱処理工程は連続的に行っても良いが、熱分解工程では含有する有機化合物からの分解生成ガスを排出、除去処理する必要があるため、その排出・除去設備を設けて行う。
【0036】
このように本発明の複合金属化合物の製造方法では、液相中で各金属イオンが均一に分散した状態で均一な金属含有ゲルが予め形成されたものを熱処理するため、比較的低温の加熱処理により、優れた結晶化度で均一な化学組成を有する単相の複合金属酸化物を形成することができる。
【0037】
得られた複合金属酸化物を焼成する場合、その焼成雰囲気は空気中でも良いが、必ずしも空気中である必要はなく、必要に応じて中性雰囲気(不活性ガス雰囲気)や還元性雰囲気中で行っても良い。特に、複数の価数を取りうる金属を還元側の価数にする必要がある場合には還元雰囲気とすることが好ましい。
中性又は還元性の焼成雰囲気としては、例えば、N、Ar、H、CO雰囲気或いはそれらの混合ガス雰囲気が良い。なかでも窒素と水素の混合ガス(水素比率1〜10モル%)がコスト面で好ましい。CO雰囲気は、COを含むガスボンベを用いる以外に固体の炭素を還元剤とし、ガス中の酸素との反応でCOを生成させる方法が簡便で好ましい。
【0038】
なお、複合金属硫化物、複合金属酸硫化物の製造においては、硫化水素(HS)や二硫化炭素(CS)を含む雰囲気で焼成することが好ましい。各種の硫化ナトリウム、チオ硫酸ナトリウムなどの硫化剤を共存させることによって複合金属硫化物、複合金属酸硫化物を製造する方法も好ましい。
【0039】
複合金属窒化物、複合金属酸窒化物の製造においては、焼成雰囲気は、アンモニア(NH)、窒素(N)、窒素と水素の混合ガス(N+H)などが好ましい。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明を詳細する。
得られた複合金属酸化物の同定は、X線回折を用いて行った。
蛍光特性の評価は、日立製分光蛍光光度計F−4500を使用して、光源:キセノンランプ,励起光スリット:5.0nm,蛍光スリット:1.0nmの条件で測定した。
蛍光スペクトル測定時の励起波長と励起スペクトル測定時の蛍光波長は、それぞれ励起スペクトルと蛍光スペクトルのピーク波長とした。
【実施例1】
【0041】
(Y0.79Ce0.01Gd0.20SiOの合成;
[第1工程]
金属元素化合物として硝酸イットリウム、硝酸セリウム及び硝酸ガドリニウムを用いて、1Mの水溶液とし、これらの溶液及び1Mの珪素に相当する水溶性珪素水溶液をイットリウム、セリウム、ガドリニウム及び珪素の元素比が0.79:0.01:0.20:0.50になるように混ぜて一様で透明な混合液を得た。
【0042】
この液体を、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製水熱内容器(内容積100ml)に入れて蓋をし、更にこの内容器をステンレス製外容器に入れてトルクレンチで18Nmのトルクで締め蓋を閉じた。これを200℃の乾燥機に入れて24時間静置した。その後、室温まで放冷してから蓋を開けて内容器を取り出し、図1(a)に示す固化した含水ゲル(WSS)を得た。
【0043】
[第2工程]
次に、この固化した含水ゲルをビーカーに移し100℃で10時間程乾燥し、溶媒を完全に除去して乾燥状態のゲルを得た。
【0044】
[第3工程]
この乾燥状態のゲルを三角フラスコに移し換え、500℃の砂浴で4時間の加熱を行った。その後、アルミナ坩堝に入れ換え、300Paの真空中、800℃で12時間の熱処理をして残留炭素分を完全除去して前駆体を得た。
【0045】
[第4工程]
この前駆体を7試料に分けて、各試料を10mlサイズのアルミナ坩堝に入れ、その坩堝を黒鉛粉末を満たした50mlサイズのアルミナ坩堝に埋め込んで蓋をし、電気炉(光洋サーモシステム社製、KDF−314N)で1000℃から1600℃までの熱処理温度で12時間の熱処理を行って、熱処理温度の異なる7種類の金属シリケート蛍光体を作製した。
各試料のX線回折および蛍光特性を測定した。その結果を実施例1(WSS)として図2および図3に記した。
【実施例2】
【0046】
ZnSiO:Mn2+の合成;
[第1工程]
酢酸亜鉛と塩化マンガンを98:2になるように純水に入れ、更に金属元素の2倍モル数のクエン酸を入れて混合し、この金属塩が溶解した溶液に1Mの水溶性珪素を金属元素の半分になるように加えて80℃で2時間混合して混合液を得た。
この混合液を、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)製水熱内容器(内容積100ml)に入れて蓋をし、更にこの内容器をステンレス製外容器に入れてトルクレンチで18Nmのトルクで締め蓋を閉じた。これを200℃の乾燥機に入れて24時間静置した。その後、室温まで放冷してから蓋を開けて内容器を取り出した。内容物は含水ゲルとして固化していた。
【0047】
[第2工程]
これをビーカーに移し100℃で10時間程乾燥して、乾燥のゲルを得た。
【0048】
[第3工程]
この乾燥のゲルを三角フラスコに移し換え、500℃の砂浴で4時間の加熱を行い、その後、アルミナ坩堝に入れ換えて300Paの真空中、800℃で12時間の熱処理をして残留炭素分を完全除去して前駆体を作製した。
【0049】
[第4工程]
作製した前駆体を10mlサイズのアルミナ坩堝に入れ、その坩堝を黒鉛粉末を満たした50mlサイズのアルミナ坩堝に埋め込んで蓋をし、電気炉(光洋サーモシステム社製、KDF−314N)で温度1150℃、5時間の熱処理を行って蛍光体を作製した。
この作製した蛍光体のX線回折および蛍光特性を評価した。その結果を図4および図5に記した。
<比較例1>
【0050】
水溶性珪素をテトラエトキシシラン(関東化学(株)製)に変えた以外は、実施例1と同じ方法で蛍光体の合成を試みたが、金属塩とテトラエトキシシランを加えて混合液を作成したときに2層の透明な液に分離し、水熱後には図1(b)に見られるようにゲルと上澄みが分離した(TEOS)。
各試料についてX線回折と蛍光特性を測定し、その結果を比較例1(TEOS)として図2および図3に記した。
<従来例1>
【0051】
酸化イットリウム粉末、酢酸セリウム粉末、酸化ガドリニウム粉末と二酸化珪素粉末を0.79:0.01:0.20:0.5になるように乳鉢で混合し、この混合粉を7試料に分けて、各試料を10mlサイズのアルミナ坩堝に入れ、その坩堝を黒鉛粉末を満たした50mlサイズのアルミナ坩堝に埋め込んで蓋をし、電気炉(光洋サーモシステム社製、KDF−314N)で1000℃から1600℃までの熱処理温度を行って、熱処理温度の異なる7種類のシリケート蛍光体を作製した。熱処理時間は12時間で行った。
各試料についてX線回折と蛍光特性を測定し、その結果を従来例1(SSR)として図2および図3に記した。
<従来例2>
【0052】
酸化亜鉛粉末、酸化マンガン粉末と二酸化珪素粉末を0.98:0.02:0.5になるように乳鉢で混合し、この混合粉を7試料に分けて、各試料を10mlサイズのアルミナ坩堝に入れ、その坩堝を黒鉛粉末を満たした50mlサイズのアルミナ坩堝に埋め込んで蓋をし、電気炉(光洋サーモシステム社製、KDF−314N)で1150℃5時間の熱処理温度を行ってシリケート蛍光体を作製した。得られた試料についてX線回折と蛍光特性を測定した。その結果を図4および図5に記した。
【0053】
[特性評価]
(Y0.79Ce0.01Gd0.20SiO
図2に示す実施例1(WSS)、比較例1(TEOS)及び従来例1(SSR)で得られた金属シリケート蛍光体の1600℃で焼成した試料のX線回折から、水溶性珪素を用いた実施例1(WSS)及び従来例1(SSR)では、YSiOの単相が得られているが、テトラエトキシシランを用いた比較例1(TEOS)ではYSiOの単相でなく、YやYSiの相が含まれていることがわかる。
【0054】
実施例1(WSS)、比較例1(TEOS)及び従来例1(SSR)で得られたシリケート蛍光体の蛍光強度の測定を行い、励起波長356nmの場合における発光スペクトルを示す図3からは、実施例1の蛍光強度が最も強いことがわかる。
【0055】
ZnSiO:Mn2+
X線回折の結果からは、実施例2の水溶性珪素を用いた製造方法で合成した試料は単相で、その結晶性も良好であった。一方従来例2で得た試料は単相であるが結晶性が低くなっていた。
また実施例2の蛍光輝度は、従来例2の2倍の輝度を示していた。
【0056】
このように本発明の水溶性珪素を使用した水熱ゲル化法を用いることで、金属元素と珪素比が3/8未満の良好な特性を示す金属酸化物蛍光体を合成することが可能であり、さらに得られた蛍光体は、結晶性が高く高輝度である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
珪素、金属元素及び酸素からなる酸化物蛍光体の製造方法であって、
前記珪素と金属元素の元素比が3/8未満となる成分組成の金属元素化合物、溶液状態の珪素化合物及び溶媒からなる液体を密閉状態に置いて加熱し、前記金属元素が均一に分散した珪素含有ゲルを生成する第1の工程、
生成した前記珪素含有ゲルを含む液体から溶媒を除去することにより固体状態のゲルを形成する第2の工程、
前記固体状態のゲルを加熱して複合金属化合物前駆体を作製する第3の工程、
前記複合金属化合物前駆体を熱処理する第4の工程を、
含むことを特徴とする酸化物蛍光体の製造方法。
【請求項2】
前記珪素化合物が、水溶性珪素であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物蛍光体の製造方法。
【請求項3】
前記酸化物蛍光体が、一般式A2−xSiOで表され、
前記A元素がY、Gdの少なくとも1種、
前記B元素がSc、Tb、Ceの少なくとも1種、且つ
前記xが0<x<0.1の範囲
であることを特徴とする請求項1又は2に記載の酸化物蛍光体の製造方法。
【請求項4】
前記酸化物蛍光体が、一般式C2-ySiOで表され、
前記C元素がZn、Mgの少なくとも1種、
前記D元素がMn、Euの少なくとも1種、且つ
前記yが0<y<0.1の範囲
であることを特徴とする請求項1又は2に記載の酸化物蛍光体製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−189583(P2010−189583A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−37156(P2009−37156)
【出願日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〈A 学術団体の研究集会〉 1.研究集会名 2008年国際結晶学連合大会 XXI Congress of the International Union of Crystallography(IUCr 2008) 2.主催者名 International Union of Crystallography(国際結晶学連合) 3.開催日(会期)2008年8月23日〜8月31日 4.開催場所 グランキューブ大阪(大阪、北区) 5.文書の種類 Book of Abstracts 6.発表者 鈴木 義仁・垣花 眞人 7.文書に表現されている発明の内容 「新規水溶性ケイ素化合物を使ったイットリウム−珪素系蛍光体の水熱合成」 〈B 刊行物〉 (i)刊行物名 セラミックス協会 第21回秋季シンポジウム 講演予稿集 (ii)発行年月日 2008年9月17日 (iii)発行社名 社団法人 日本セラミックス協会 (iv)該当頁 P.58 (v)発表者名 鈴木 義仁・高橋 伸明・垣花 眞人 (vi)発表された発表の内容 「水溶性シリコン化合物を利用した水溶液プロセスによる(Y,Ce,Gd)2SiO5蛍光体の合成」 〈C 学術団体の研究集会〉 1.研究集会名 IUMRSアジア国際会議2008 (The IUMRS International Conference in Asia 2008) 2.主催者名 日本MRS 3.開催日(会期)2008年12月9日〜12月13日 4.開催場所 名古屋国際会議場(名古屋市熱田区熱田西町1番1号) 5.文書の種類 PROGRAM BOOK及び配付資料のコピー 6.発表者 鈴木 義仁・垣花 眞人 7.文書に表現されている発明の内容 「新規水溶性ケイ素化合物を使った(Y,Ce,Gd)▲2▼SiO▲5▼蛍光体の合成」
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】