説明

酸化物表面の両親媒性化方法

【課題】より少ない光量でより短時間にて、効率よく酸化物表面を両親媒性化することができ、かつ、酸化チタン以外の酸化物にも展開可能な、酸化物表面の両親媒性化方法を提供する。
【解決手段】酸化物(とくに、酸化チタンやチタン酸ストロンチウム)の固体表面に放射線(例えば、X線)を照射して酸化物表面を両親媒性化(親水化)することを特徴とする酸化物表面の両親媒性化方法。より少ない光子数で短時間にて両親媒性化することができ、放射性廃棄物を光源として有効利用できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物表面の両親媒性化方法に関し、とくに、短時間で効率よく酸化物表面を両親媒性化する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物、とくに酸化チタン等の光触媒に、そのバンドギャップ以上の光、とくに紫外光を照射して、基材表面を両親媒性表面(代表的には、親水性表面)とする技術が知られている(例えば、特許文献1〜4)。この技術は、例えば、高速道路照明のカバーガラスや外壁などの汚れ防止・セルフクリーニング技術、車のドアミラーなどの防曇技術に応用されている。
【特許文献1】特開平10−146251号公報
【特許文献2】特開平10−140046号公報
【特許文献3】WO01/068786号公報
【特許文献4】WO97/023572号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記のような従来技術においては、紫外光に対する感度が低いという問題が残されている。例えば、酸化チタン単結晶の場合、所望の両親媒性化を達成するためには、40mWcm-2の光量(毎秒1平方センチメートル当たり10の16乗の光子数(フォトン数)に相当)が必要で20分程度の時間がかかっていた。
【0004】
また、使用できる材料は実際には酸化チタンのみであり、例えば、光触媒酸化分解活性を有する類似化合物のチタン酸ストロンチウムは、上記従来方法では高度に親水化しないという問題も残されている。
【0005】
そこで本発明の課題は、このような従来技術における問題点に着目し、より少ない光量(より少ない光子数)でより短時間にて、効率よく酸化物表面を両親媒性化することができ、かつ、酸化チタン以外の酸化物にも展開可能な、酸化物表面の両親媒性化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本発明に係る酸化物表面の両親媒性化方法は、酸化物の固体表面に放射線を照射して酸化物表面を両親媒性化することを特徴とする方法からなる。つまり、従来の紫外光の代わりに放射線を照射する方法である。放射線を照射することにより、酸化物を構成する原子の内殻電子を放射線で励起する(内殻励起する)ことができ、これによってより少ない光子数でより短時間のうちに効率よく酸化物表面を両親媒性化することができるようになる。放射線照射による内殻励起によって酸化物表面を両親媒性化する従来技術は見当たらない。
【0007】
用いる放射線としてはX線を挙げることができるが、内殻励起という面から、γ線等の他の放射線の使用も可能である。
【0008】
上記酸化物としては、とくに光触媒機能を有する酸化物(例えば、酸化チタンやチタン酸ストロンチウム)が好ましい。このような光触媒機能を有する酸化物の場合に、従来の紫外光照射の場合に比べて大きな効果が得られる。ただし、本発明による酸化物表面の両親媒性化技術は、一般に光触媒としては用いられていない酸化物、例えば、二酸化珪素やグラファイトに対しても、適用可能である。
【0009】
両親媒性化の代表的なものは、酸化物表面を親水化することである。この親水化技術は、例えば、光触媒的高度親水化表面を利用する人工物の表面浄化分野全般(例えば、放射線、原子力施設内の建材等)に有効利用できる。
【0010】
また、本発明においては、上記親水化した酸化物表面に、経時により、あるいは、水中での超音波処理により疎水化することが可能である。つまり、親水化と疎水化について可逆性を持たせることが可能である。また、この親水化と疎水化は、繰り返しが可能である。このような親水化と疎水化の可逆性は、例えば、高精度印刷分野に利用することが可能である。
【0011】
上記のような本発明に係る酸化物表面の両親媒性化方法においては、酸化物の固体表面に放射線を照射して内殻電子を放射線で励起することにより、少ない光子数でより短時間のうちに効率よく酸化物表面を両親媒性化することが可能になる。例えば、酸化チタンのTiの内殻電子をX線で励起する(内殻励起する)と、毎秒1平方センチメートル当たり10の13乗の光子数に相当する光量で、わずか1分程度で、水の接触角が5度以下になり、高度に親水化することができる。つまり、酸化チタンにおいては、フォトン数に対する感度が、前述の紫外光を用いた従来方法に比べ、約20000倍高い。
【0012】
この親水化した表面は、時間が経つと、あるいは純水中で超音波処理すると、疎水化する。そして、この親水化(X線照射)・疎水化(暗所での水中超音波処理)は繰り返しが可能である。
【0013】
本発明方法の有効性は、通常紫外光下では親水化しないチタン酸ストロンチウムや石英でも同様に高度に親水化できることからも確認できる。ただし、グラファイトに対しては親水化速度が非常に遅く、石英に対しては上記疎水化速度が非常に遅いことがわかっている。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る酸化物表面の両親媒性化方法によれば、酸化物表面、とくに光触媒機能を有する酸化物表面を、少ない光子数で短時間のうちに極めて効率よく両親媒性化(とくに、親水化)することができる。したがって、両親媒性化が要求される分野をより広範に展開させることができるとともに、その分野における処理の効率化、容易化をはかることができる。
【0015】
また、本発明においては、親水化と疎水化の可逆性を持たせることも可能であり、この可逆性を高精度印刷分野等の新規な分野に展開することが可能になる。さらに、本発明は、放射性廃棄物を本発明方法の線源として再利用するための放射性物質取扱分野に展開することも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明について、試験結果を主体により詳細に説明する。
本発明に係る酸化物表面の両親媒性化方法の基本技術思想を、図1を参照して説明する。非処理状態では、疎水性(例えば、水の接触角65°)である酸化物(例えば、酸化チタン)の固体表面(図1の左上図の(001)面)に、所定の放射線(例えば、X線)を照射すると、図1の右上図に示すように、Tiの内殻電子が励起されて酸化物表面が親水化(両親媒性化)され、水の接触角5°以下の親水性表面が得られる。この親水性表面は、環境浄化分野などのセルフクリーニング技術に展開できる。また、このような親水化は、酸化チタンの他の単結晶基板((110)面、(100)面、(111)面)、そしてチタン酸ストロンチウムなど他の金属酸化物基板でも同様の現象を確認できた。
【0017】
上記親水化された酸化物表面は、とくに水中での超音波処理により、実質的に元の疎水性表面に戻されることが可能である。このような親水化と疎水化の可逆性は、印刷分野などの高精度表面改質技術として利用できる。さらに、放射性廃棄物を本発明方法における光源として再利用可能であるので、放射性廃棄物の処理問題の解決策としても期待できる。
【0018】
各種酸化物における本発明方法の効果を、X線照射時間(1回処理)による水の接触角の変化によって確認した。試験条件は以下の通りである。
・X線エネルギー:5.02 keV
・フォトン数:毎秒1平方センチメートル当たり10の13乗
・液滴(水滴)の大きさ:1μl
・液滴の変化をCCDカメラからモニターに映し、画像を記録、解析した。
【0019】
結果を図2に示す。酸化チタン(図2(A))では、X線照射時間20秒弱で水の接触角が急激に低下し、極めて短時間で親水化できた。チタン酸ストロンチウム(図2(B))では、X線照射時間40秒弱で水の接触角が急激に低下し、酸化チタンの場合よりは若干長くかかったものの、やはり極めて短時間で親水化できた。石英(二酸化珪素)(図2(C))では、60秒程度で水の接触角が急激に低下し、従来方法では親水化できないと考えられていたものが親水化できたし、所望の親水化を短時間で達成できた。グラファイトでは、図2(D)に示すように、所望の親水化には長時間を要すると考えられるが、従来方法では親水化対象物質と考えられていなかったグラファイトに対しても、水の接触角低下に対して本発明方法が効果を奏することがうかがえる。
【0020】
このように、本発明方法における放射線照射は、親水化が要求される酸化物表面に対し、極めて有効であることが、明確に理解される。
【0021】
次に、本発明では、放射線照射による親水化と、経時、または水中での超音波洗浄処理による疎水化の繰り返しが可能であることを確認した。試験は酸化チタンについて行い、試験条件は、上述の条件で放射線照射、水の接触角測定を行うとともに、X線照射(照射時間:1分間)と水中での超音波洗浄処理(処理時間:5分間)とを繰り返した。X線照射は空気中で行い、超音波処理による水洗浄後は自然乾燥とした。結果を図3に示す。
【0022】
図3に示すように、明らかに、X線照射による親水化と超音波処理による疎水化の可逆性が認められ、これら処理が繰り返し可能であることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明に係る酸化物表面の両親媒性化方法は、両親媒性化が求められるあらゆる酸化物の処理に適用可能であり、とくに酸化チタン、あるいは従来高度な親水化が難しいと考えられていたチタン酸ストロンチウムの親水化処理に極めて有効である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明方法の基本技術思想を示す説明図である。
【図2】各種酸化物について本発明の効果確認のための試験結果を示す、X線照射時間に対する水の接触角変化特性図である。
【図3】酸化チタンについて本発明方法における親水化と疎水化の可逆性を確認するための試験結果を示す、処理の繰り返し回数と水の接触角変化との関係図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化物の固体表面に放射線を照射して酸化物表面を両親媒性化することを特徴とする酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項2】
前記酸化物を構成する原子の内殻電子を前記放射線で励起する、請求項1に記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項3】
前記放射線としてX線を用いる、請求項1または2に記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項4】
前記酸化物が光触媒機能を有する酸化物からなる、請求項1〜3のいずれかに記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項5】
酸化物表面を親水化する、請求項1〜4のいずれかに記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項6】
親水化した酸化物表面に、経時により、あるいは、水中での超音波処理により疎水化することが可能な可逆性を持たせる、請求項5に記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項7】
前記酸化物が酸化チタンからなる、請求項1〜6のいずれかに記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項8】
前記酸化物がチタン酸ストロンチウムからなる、請求項1〜6のいずれかに記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項9】
前記酸化物が二酸化珪素からなる、請求項1〜5のいずれかに記載の酸化物表面の両親媒性化方法。
【請求項10】
前記酸化物がグラファイトからなる、請求項1〜5のいずれかに記載の酸化物表面の両親媒性化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−184357(P2008−184357A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−18845(P2007−18845)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】