説明

酸型カルボキシメチルセルロースの製造方法

【課題】本発明は、洗浄水として安価な水道水などを用いても、ナトリウムイオンなどの不純物の含量が顕著に低減されている酸型カルボキシメチルセルロースを製造するための方法と、当該方法で製造されたものであり、不純物含量が低く高品質な酸型カルボキシメチルセルロースを提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る酸型カルボキシメチルセルロースの製造方法は、カルボキシメチルセルロースの塩の水溶液へ酸を添加することにより、沈殿を得る工程、および、得られた沈殿を水で洗浄する工程を含み、且つ、洗浄水へ二酸化炭素を添加することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸型カルボキシメチルセルロースを製造するための方法、および当該方法で製造された酸型カルボキシメチルセルロースに関するものである。
【背景技術】
【0002】
カルボキシメチルセルロースは、パルプなどに含まれるセルロースに水酸化ナトリウムとモノクロロ酢酸を反応させることにより製造することができる。この技術が開発された1950年頃には、この反応の溶媒として水が用いられていたが、生産規模が拡大するにつれて大量の廃水の処理が問題となった。しかし、有機溶媒を用いて閉鎖系で行うことができる有機溶媒法が開発され、カルボキシメチルセルロースが大量に安定生産できるようになった。現在では、カルボキシメチルセルロースは非常に安価である上に、水溶性であるので扱い易く且つ安全であることから、食品分野から土木建設工事にまで、増粘剤や接着剤などとして幅広く用いられている。
【0003】
水溶性であることや上記の製造条件から分かるように、一般に流通しているカルボキシメチルセルロースはナトリウム塩(以下、カルボキシメチルセルロースのナトリウム塩を「CMC−Na」と略す)である。
【0004】
一方、カルボキシ基をそのまま有するカルボキシメチルセルロース(以下、「CMC−H」と略す場合がある)は、中性の水に不溶であることから、CMC−Naほど一般的ではない。しかし、CMC−H自体もカルシウム塩やアンモニウム塩などの製造原料などとしても使われる。よって、CMC−Hの製造方法も検討されている。
【0005】
CMC−Hは、一般的に、希硫酸とCMC−Naの水溶液とを反応させて、生じた沈殿を分離取得した後、水洗により過剰の硫酸や硫酸ナトリウムなどを除去する方法により製造される。しかしながら、洗浄処理や廃水処理の経費が高いため、現状では特殊な用途のためにのみ製造されている。また、特許文献1〜2に記載の技術のように、酸処理時におけるゲル化を抑制するために、酸と共に無機カルシウム塩等を添加したり、酸を添加する前にアルデヒド類で処理するといった改良方法が開発されている。
【特許文献1】特開平4−314702号公報
【特許文献2】特開平11−246601号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した様に、これまでにもCMC−Hの製法が検討されており、何れの方法でも、酸を使ってCMC−Naのナトリウムイオンを水素イオンに交換した後、過剰の酸や生成した塩などを水洗により除去することが基本とされている。ここで、実験室レベルの製造では洗浄水として脱イオン水や逆浸透濾過水などの純水を用いることも可能であるが、工業的な大量合成ではコストの問題から純水が用いられることはなく、専ら水道水や地下水が用いられる。
【0007】
ところが、水道水や井戸水の中には微量ながら様々な不純物が含まれている。例えば、一般的な水道水には数十ppmのナトリウムイオンや塩化物イオンが含まれていることが多い。その結果、CMC−Hのカルボキシ基の水素イオンがナトリウムイオンなどにイオン交換されて親水性が高まり、濾過などによる脱水の効率が低下する場合がある。また、この段階で水が十分に除去できないと、洗浄水に含まれる不純物がCMC中に残留することになる。このようなCMC−Hを原料として、例えばカルボキシメチルセルロースのアンモニウム塩(以下、「CMC−NH4」と略す)を製造すると、当該CMC−NH4にはナトリウムイオンと共に塩化物イオンが含まれる結果となる。
【0008】
さらに、一般的には水道水などで洗浄されたCMC−Hでも十分に使用可能であるが、微量の不純物が問題となる場合がある。例えば、CMC−Hから製造されるCMC−NH4は電池の電極におけるバインダーや二次電池の電解質液の粘度調整剤として用いられることがあるが、CMC−NH4に塩化物イオンが残留していると、電池機能が低下してしまう。この塩化物イオンは、原料であるCMC−Hにナトリウムイオンが残留していると、完全に除去することは極めて難しい。また、CMC−NH4は塗料のマトリクス樹脂として用いられることがあるが、イオンが残留していると、基材金属の錆や剥離の原因となる。さらに、CMC−NH4にアルカリ金属イオンが残留していると、塗料、接着剤、フィルム材料などとして利用した場合に、耐水性が損なわれるという問題もある。
【0009】
そこで本発明の解決課題は、洗浄水として安価な水道水や地下水などを用いても、ナトリウムイオンなどの不純物の含量が顕著に低減されている酸型カルボキシメチルセルロースを製造するための方法と、当該方法で製造されたものであり、不純物含量が低く高品質な酸型カルボキシメチルセルロースを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を進めた。その結果、洗浄水として安価な水道水や地下水などを用いた場合であっても、二酸化炭素を添加することにより洗浄水を弱酸性に維持すれば、洗浄水に含まれる陽イオンがCMC−Hの塩の形成や脱水効率低下の原因となることがない上に、二酸化炭素自体がCMC−Hに残留しないことを見出して、本発明を完成した。
【0011】
本発明に係る酸型カルボキシメチルセルロースの製造方法は、カルボキシメチルセルロースの塩の水溶液と酸とを反応させることにより沈殿を得る工程、および、得られた沈殿を水で洗浄する工程を含み、且つ、洗浄水へ二酸化炭素を添加することを特徴とする。
【0012】
上記方法におけるカルボキシメチルセルロースの塩の水溶液は、水溶媒中、バイオマス由来のセルロース原料、塩基およびモノハロゲン化酢酸を反応させる工程により、製造することが好ましい。一般的に、市販のカルボキシメチルセルロースの塩は粉末粒体であり、短繊維化されていたり微粒子化されているために濾過され難く、脱水効率が低いといえる。それに対してバイオマス由来のセルロース原料から得られたカルボキシメチルセルロースの塩を用いれば、本発明本来の効果と相まって、脱水効率が飛躍的に高まる。また、本発明によりバイオマス由来のセルロース原料から製造された酸型カルボキシメチルセルロースは、長繊維ゆえに耐水性にも極めて優れている。
【0013】
本発明の酸型カルボキシメチルセルロースは、上記方法で製造され、且つアルカリ金属含有量が1000ppm以下であることを特徴とする。
【0014】
上記酸型カルボキシメチルセルロースとしては、水分含量が40質量%以上、80質量%以下であり、且つ含有水における二酸化炭素濃度が0.01g/kg以上であるものが好適である。通常のCMC製品は、輸送コストを考慮して乾燥されている。ところが乾燥されたCMC−Hは水などに対する親和性が低いため、アンモニア塩などにする場合の反応性が低い。よって、CMC製品はある程度の水分を含んでいる方がよい。ところが水分を含んでいるCMC製品は、貯蔵時に腐敗し易い。しかし、本発明方法で製造されたCMC−Hは、含有水に二酸化炭素が含まれているので腐敗し難い。
【発明の効果】
【0015】
本発明方法によれば、洗浄水として安価な水道水や地下水などを用いた場合であっても、不純物含量が顕著に低減された高品質な酸型カルボキシメチルセルロースを効率的に製造することが可能であり、さらに、当該酸型カルボキシメチルセルロースを原料として、高品質なカルボキシメチルセルロースの塩を製造することができる。
【0016】
例えば、本発明に係るCMC−Hを原料として製造された高品質のCMC−NH4は、電池の電極のバインダーや電解質液の粘度調整剤、塗料、接着剤、半透膜などのフィルムの材料、中空糸膜の材料として有用である。また、本発明に係るCMC−Hから、高品質なCMC−Li、CMC−K、CMC−Naなどを製造することもできる。その他、本発明に係るCMC−Hから、高品質なCMCのアルカリ土類金属塩やCMCの多価金属塩を製造することも可能である。これらは水に不溶性であり、様々な用途に適用できる。例えば、ある種のCMC多価金属塩は、触媒として有用である。
【0017】
このように、本発明によれば非常に高品質なCMC−Hを製造することができ、本発明に係る高品質CMC−Hは、高品質なCMC塩の原料となる。かかる高品質CMC塩は、様々な用途において非常に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明に係る酸型カルボキシメチルセルロースの製造方法は、カルボキシメチルセルロース(以下、単に「CMC」と略す場合がある)の塩の水溶液と酸とを反応させることにより沈殿を得る工程、および、得られた沈殿を水で洗浄する工程を含み、且つ、洗浄水へ二酸化炭素を添加することを特徴とする。以下、本発明方法を実施の順番に従って説明する。
【0019】
(1) CMCの塩の水溶液の調整工程
本発明方法の原料であるCMCの塩は、一般に水溶性を示す一価金属などの塩であれば特にその種類は問わない。例えば、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩や;アンモニウム塩などを用いることができる。これらの中でも、容易に調製できることからアルカリ金属塩を好適に用い、特に、安価であり入手し易いことからナトリウム塩を好適に用いる。
【0020】
CMCの塩は、市販のものを用いてもよいし、別途調製してもよい。しかし、市販のCMCの塩の中には、微粒子化されていたり短繊維化されていたりする場合があるので、好適にはバイオマス由来のセルロース原料から別途調製する。微粒子化や短繊維化されていると脱水効率が悪くなり、不純物含量が高まるおそれがあると共に、セルロース本来の繊維の特徴が生かされないことがある。
【0021】
市販のCMCの塩を用いる場合には、CMCの塩を単に水へ溶解するのみでよい。ここでの水は、蒸留水や脱イオン水などの純水である必要はなく、不溶成分が混入していなければ、水道水や井戸水、排水をある程度精製したものなどを用いてもよい。
【0022】
当該水溶液の濃度は適宜調整すればよいが、例えば5質量%以上、20質量%以下程度とすることができる。
【0023】
バイオマス由来のセルロース原料からCMCの塩の水溶液を調製する場合は、常法を用いることができる。即ち、水溶媒中、バイオマス由来のセルロース原料、塩基およびモノハロゲン化酢酸を反応させ、セルロースをカルボキシメチルエーテル化すればよい。
【0024】
バイオマス由来のセルロース原料の種類は、特に制限されない。例えば、麻、ケナフ、サトウキビ、トウモロコシの茎や葉;ヤシガラ;籾殻;木材チップダスト;剪定枝;廃木材;間伐材などを粉砕し、脱色やリグニンなどの不純物を除去したものを用いることができる。また、紙、トイレットペーパー、キッチンタオルなどのパルプ製品を用いることも可能であるので、本発明をバイオマス資源のリサイクルに適用することもできる。さらに、レーヨン、セルロイド、セロファン、半透膜、木綿糸などの上質なパルプをセルロース原料とすることもできる。
【0025】
バイオマス由来のセルロース原料からCMCの塩の水溶液を調製するには、セルロース原料にモノハロゲン化酢酸と塩基を作用させればよい。より具体的には、先ずセルロース原料を5質量倍以上、15質量倍以下程度のアルカリ水溶媒に浸潤する。当該浸潤液へ、モノハロゲン化酢酸と塩基を加える。添加順序を変えて、まずモノハロゲン化酢酸およびまたはその水溶液にセルロース原料を浸潤せしめた上で、塩基を加えて熟成させてもよい。当該熟成の時間は10分以上とすることが好ましく、一日や一週間程度としてもよい。
【0026】
モノハロゲン化酢酸としては、モノクロロ酢酸、モノブロモ酢酸、モノヨウ化酢酸を用いることができる。塩基としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ金属水酸化物を用いることができる。
【0027】
セルロースはグルコースの重合体であり、末端部以外の各グルコース単位は3個の水酸基を有する。この水酸基がカルボキシメチル基により置換される。
【0028】
モノハロゲン化酢酸と塩基の使用量によって、カルボキシメチルエーテル化度を調整することができる。詳しくは、セルロース原料の質量から、当該セルロースを構成するグルコースのモル数を計算することができる。全ての水酸基をエーテル化するのは困難であるが、できるだけエーテル化したい場合にはグルコースのモル数の3倍モル以上のモノハロゲン化酢酸を用いればよいし、適度にエーテル化したい場合には所望の割合のモノハロゲン化酢酸を用いればよい。グルコース1分子当たりのエーテル化の割合をエーテル化度という場合があり、通常、当該エーテル化度は0.5以上、2.5以下程度とするが、当該エーテル化度に応じて使用するモノハロゲン化酢酸の量を決定すればよい。また、塩基は、モノハロゲン化酢酸の0.9モル倍以上、1.2モル倍以下程度用いればよい。塩基は1%以上、5%以下程度の水溶液として添加してもよい。
【0029】
反応温度や反応時間は適宜調整すればよい。反応温度については、30℃程度以上に加温することが好適であるが、高温になるほどモノハロゲン化酢酸が分解し易くなるので、一般的には60℃程度以下にすることが好ましい。反応時間は、通常、5時間以上、30時間以下程度が好ましいが、比較的低温で反応を行なう場合には、数ヶ月まで時間をかけてゆっくり反応させてもよい。なお、反応の進行度は、反応液の濁度や透視度で判断することができる。即ち、反応が十分に進行していない場合は、セルロースが溶解していないため、反応液の濁度は高く、透視度は低い。よって、予備実験などにより反応液の濁度等と反応の進行度との関係を明らかにしておき、反応液試料を取得してその濁度等を測定することにより、反応の終点を決定することができる。
【0030】
反応終了後、生成したCMCの塩は水に可溶性を示し、反応液は均一溶液となる。当該溶液は、そのまま次工程で用いることができる。
【0031】
(2) CMC−H生成工程
次に、CMCの塩の水溶液と酸とを反応させることにより、CMC−Hの沈殿を得る。
【0032】
ここで用いられる酸は、水溶性の無機塩であれば特に制限されないが、例えば、硫酸、塩酸、硝酸、リン酸などを用いることができ、この中では硫酸が好適である。その使用量は適宜調整すればよいが、少なくとも全ての−CO2-基を−CO2Hへ変換するに十分量の酸を用いる必要がある。また、酸の濃度が低過ぎるとゲル化するおそれがあり得る一方で、濃度が高過ぎると着色する場合があり得る。よって、具体的には0.1N以上、2N以下程度の濃度の酸を、CMCの塩の水溶液の1.5質量倍以上、5質量倍以下程度用いればよい。
【0033】
具体的には、酸を攪拌しながら、CMCの塩の水溶液を少しずつ加えることが好ましい。酸の添加後、さらに反応混合液をゆっくり攪拌してから静置しておけば、CMC−Hの沈殿が得られる。
【0034】
生成した沈殿は、反応液から分離する。陽イオンなどの不純物をできる限り低減するために、この段階で液体はできる限り除去しておいた方がよい。分離手段は特に制限されず、濾過、遠心分離、デカンテーション、およびこれらの2以上の組合せを用いることができる。但し、CMC−Hが直接空気に触れると品質が低下する場合があるので、固液分離処理においてはCMC−Hを空気に曝さないように注意することが好ましい。
【0035】
(3) 洗浄工程
得られた沈殿を洗浄水で洗浄するに当たり、洗浄水へ二酸化炭素を添加する。
【0036】
洗浄水としては、蒸留水や脱イオン水、逆浸透濾過水などの純水を用いることが理想的ではある。しかし、CMC−Hの工業的な大量合成においては、コストの高い純水を洗浄水として用いることは現実的でない。一方、水道水や地下水などは低コストであるが、従来技術では、水道水等を用いると不純物として含まれるイオンがCMC−H中のカルボキシ基の一部を塩に変換してしまったり、或いは不純物としてCMC−Hに付着してしまう。例えば、ナトリウムイオンや塩化物イオンはCMC−Hの特性を損なうし、鉄イオン等はCMC−Hを着色する。しかし本発明によれば、洗浄水として水道水等を用いても、極めて高品質なCMC−Hを効率良く製造することができる。但し、コストが問題とならないのであれば、洗浄水として純水を用いることにより、より簡便に高品質のCMC−Hを得ることが可能である。
【0037】
洗浄方法としては、常法を用いることができる。例えば、得られたCMC−Hを分離取得した後、CMC−Hができる限り空気に直接接触しないよう速やかに洗浄液を加えてから、気泡が抜けるまでゆっくりと軽く攪拌する。次いで、十分に静置した後に脱水するという操作を数回繰り返せばよい。使用する洗浄水の量は適宜調整すればよいが、通常、CMC−H沈殿の3質量倍以上、10質量倍以下程度とすることができる。また、CMC−H沈殿と洗浄水との混合物の静置時間は、10分間以上とすることが好ましく、静置したままで次の工程まで貯蔵しておくことも可能である。
【0038】
なお、従来方法では、洗浄水に含まれる陽イオンがCMC−H中のカルボキシ基の水素イオンと交換してしまう。その結果、CMC−Hの疎水性が低下してしまう一方で親水性が顕在して粘り気が生じ、脱水処理工程の効率が低下する。また、親水性が上がったCMCが洗浄水に混入し、処理が必要となる場合もある。しかし本発明方法においては、洗浄水に二酸化炭素を添加しており、そのpHは約4以下になっているので、陽イオンの存在にもかかわらずCMC−H中のカルボキシ基は塩になり難い。よって、CMC−Hの疎水性は維持されているので、脱水処理工程の効率が低下することはない。
【0039】
本発明方法では、洗浄水に二酸化炭素を添加する。その具体的な方法は特に制限されず、常法を用いればよい。例えば、高圧により液化した二酸化炭素を、微細管を通じて液体のまま洗浄水へ添加することができる。また、事前に洗浄水へ気体状の二酸化炭素を十分に吹き込んでもよい。二酸化炭素を添加した洗浄水は、直ぐにCMC−Hへ添加することが好ましい。さらに、CMC−Hと洗浄水の混合物へ二酸化炭素を添加してもよい。また、洗浄水へ二酸化炭素を添加してから混合物を静置する場合には、二酸化炭素が蒸散しないように、容器を密閉してもよい。
【0040】
洗浄水に対する二酸化炭素の溶解度は温度に大きく依存するので、溶解度を高めるべく、洗浄水の温度を0℃超、20℃以下程度に冷却することが好ましい。洗浄液中の二酸化炭素が実質的に飽和状態にあるか否かは判断が難しいが、洗浄水へ二酸化炭素が十分に添加されているか否かは、洗浄水のpHが約4以下であることにより容易に確認することができる。
【0041】
洗浄の回数は適宜決定すればよい。例えば、洗浄水に含まれる陽イオンの濃度を原子吸光度分析やICP発光分析により定量測定し、使用後の洗浄液の測定値が使用前の洗浄液の測定値と同等になるまで洗浄を繰り返せばよい。また、使用後の洗浄液に含まれる陽イオンの存在を炎色反応により定性的に確認することにより、洗浄の効果を確認してもよい。
【0042】
洗浄水に陽イオンが含まれている場合には、洗浄後のCMC−Hに付着している洗浄水の量に応じて陽イオンがCMC−Hに残留することになる。かかる陽イオンは極めて微量ではあるが、確実に製品品質を損なうので、より高品質なCMC−Hを得るためには、最後の洗浄後における脱水処理を徹底的に行うか、或いは最後の洗浄においてのみ二酸化炭素を添加した純水を洗浄水として用いてもよい。かかる純水としては、その電気伝導度が理論純水の0.054μS/cmに近いものが好ましい。
【0043】
(4) 乾燥工程
一般的な固液分離処理によりCMC−Hから水を完全に除去することは困難であり、固液分離処理されたCMC−Hは、通常、水を含んでいる。本発明に係るCMC−Hは含有水を含んでいることが好ましいが、必要に応じて乾燥してもよい。
【0044】
乾燥する場合には、60℃以上、120℃以下程度で1時間以上、6時間以下程度加熱することができる。或いは、CMC−Hの空気への接触を抑制するために、20℃以上、100℃以下程度で1時間以上、6時間以下程度で減圧乾燥することが好ましい。
【0045】
上記方法により得られたCMC−Hは、陽イオンなどの不純物の含量が、従来製品に見られない程度まで顕著に低減されている高品質なものである。特に、従来方法では必然的に残留していた、カルボキシメチルエーテル化工程で用いられるアルカリ金属の含有量が顕著に低減されている。具体的には、アルカリ金属含有量は1000ppm以下である。
【0046】
CMC−Hに残留するアルカリ金属の含有量は、以下の方法により測定することができる。即ち、CMC−Hを110℃で3時間加熱して、CMC−Hの質量を測定する。次いで、1100℃で3時間加熱することにより、有機分を燃焼させて灰分を得る。得られた灰を濃塩酸に加えて加熱溶解し、当該溶液をICP分光分析装置で分析してアルカリ金属の発光強度を測定し、標準液の強度と比較することで含有量を求めることができる。
【0047】
本発明に係るCMC−Hとしては、40質量%以上、80質量%以下の水分を含んでいるものが好ましい。一般的なCMC製品は乾燥されており、溶媒へ分散させるためには時間がかかる。しかし水分含量が40質量%以上であれば、特に工業的な大量生産において、溶媒への分散など次工程で速やかに利用することができる。一方、水分含量が80質量%を超えると、製品重量が過剰に重くなり輸送コストが問題になり得る。
【0048】
CMC−Hの水分含量は、試料を精秤した後、アルカリ金属の含有量測定と同様に試料を110℃で3時間加熱することにより水分を完全に除去した上で精秤し、これら測定値から算出することができる。
【0049】
本発明に係るCMC−Hが含有する水分における二酸化炭素の濃度は、0.01g/kg以上であることが好ましい。通常、CMCが水分を含んでいると、貯蔵時における腐敗が問題となる。しかし本発明に係るCMC−Hは、二酸化炭素が添加された洗浄水で洗浄しているため、その含有水には二酸化炭素が所定値以上含まれている。この二酸化炭素の濃度が0.01g/kg以上であれば、腐敗の問題はほとんど生じない。当該濃度としては、0.05g/kg以上がより好ましく、0.1g/kg以上がさらに好ましい。一方、当該濃度の上限は特に制限されないが、飽和濃度以下とする。
【0050】
CMC−Hの含有水分における二酸化炭素濃度は、次のとおり測定することができる。まず、試料の水分含量を測定した上で試料を40〜100℃に加熱し、生じた気体を水酸化カルシウム溶液に導入する。その結果、生じた炭酸カルシウムを分離乾燥し、秤量する。それにより、CMC−Hの含有水分から生じた二酸化炭素の量を求めることができるので、当該量と試料の水分含量から、含有水分における二酸化炭素濃度を算出することができる。
【0051】
本発明に係るCMC−Hは、上述したように、陽イオンなどの不純物の含有量が顕著に低減されている高品質のものである。よって、本発明に係るCMC−Hを原料として、様々なCMCの塩を製造することが可能である。高品質なCMCの塩は、例えば電池の電極のバインダーや電解質液の粘度調整剤、塗料、接着剤、フィルム材料、接着剤、触媒などとして極めて有用である。
【実施例】
【0052】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0053】
なお、以下の実験例において、得られたCMC−Hの分析条件は、以下のとおりである。
【0054】
(1) 灰分含量の測定
約10gのCMC−Hをとって精秤した後に1100℃で3時間加熱することにより有機分を燃焼させ、残った灰を定量し、CMC−Hに対する灰分の割合を算出した。なお、ここで得られる灰分は、主に原料セルロースに含まれていたケイ素、アルミニウム、鉄などの不純物であると考えられる。
【0055】
(2) ナトリウムイオン含量の測定
上記灰分(100mg)に濃塩酸(1mL)を加えて溶解し、当該溶液をICP発光分析装置(島津製作所社製,製品名「ICPS−7000」)で分析して、ナトリウムの発光強度を測定した。得られた結果を標準液の発光強度と比較することにより、CMC−Hに含まれるナトリウムイオンの割合を算出した。
【0056】
(3) 耐水性能試験
CMC−H(200g)、25%アンモニア水(10mL)および水(200g)をポリエチレン袋に入れて一晩静置することにより、粘稠液を得た。なお、使用したアンモニア水の量は、CMC−Hのカルボキシ基を約60%中和する量に相当する。厚さ1mmの杉板を1辺10cmの正方形に切り出した。かかる杉板を2枚用意し、一方の片面に得られた粘稠液を塗布してから貼り合わせ、風通しの良いところで3日間自然乾燥し、さらに約50℃で30分間加熱乾燥した。
【0057】
上記で貼り合わせた杉板を、20℃の水道水に一週間浸漬した後、接着具合いを観察した。全く剥離が生じていない場合を◎、一部のみに剥離が生じた場合を○、完全に剥離したものを×と判定した。
【0058】
実施例1
CMC−Na(和光純薬社製,100g)をポリエチレン袋に入れ、さらに水道水(900g)を加えた。当該袋を適度に揉み解してから静置することにより、CMC−Na水溶液を得た。当該水溶液へ1N硫酸(3kg)を混合した。当該袋を適度に揉み解してから一晩静置したところ、CMC−Hからなる白色の微細繊維状の沈殿が生じた。
【0059】
上澄液をデカンテーションで除去することによりスラリーを得た。別途、水道水(10L)に炭酸ガスを約25L/分の流量で通気したところ、そのpHは3.8となった。当該水道水を速やかに上記スラリーへ添加した。さらに、当該スラリーへ炭酸ガスを約5L/分の流量で吹き込みつつ適時攪拌した後、袋を封じて10分間静置した。次いで、沈殿が舞い上がらないように上澄液を静かに除去した。以上の洗浄液添加、炭酸ガス通気と攪拌、静置、および洗浄液の除去という操作を3回繰り返した。次いで、得られたCMC−Hを減圧濾過により脱水し、炭酸ガス封入容器に保存した。
【0060】
なお、1回目の洗浄後における使用済み洗浄液のpHは0.54であり、また、当該洗浄液を清浄なステンレス小さじにとってガスバーナーにかざすと、ナトリウムに起因する鮮やかな黄色の炎色反応が観察された。それに対して、最終の洗浄後における使用済み洗浄液のpHは4であり、その炎色反応は弱いものであった。また、各洗浄処理後において、洗浄液の除去は特に問題なく行うことができた。
【0061】
比較例1
洗浄液に炭酸ガスを吹き込まない以外は上記実施例1と同様にして、CMC−Hを製造した。
【0062】
その結果、各洗浄処理後においてCMC−Hは沈殿し難く、また、デカンテーションにより分離した上澄液は濁っていた。各上澄液の透視度を透視度計(オプテックス社製,製品名「TP−M100−5」)により測定したところ、透視度はいずれも10cm以下であり、疎水性の低下したCMCが上澄液中に分散していることが認められた。また、最終の洗浄後における使用済み洗浄液には、炎色反応が観察された。
【0063】
実施例2
水道水をカートリッジ式純水器(オルガノ社製)で精製することにより、脱イオン水を得た。当該純水器はカチオン交換樹脂とアニオン交換樹脂を有する混床式のものであり、水道水中に存在する陽イオンと陰イオンの両方を除去することができる。得られた脱イオン水の導電率を携帯用導電率計(横河電機社製)により測定したところ、0.5μS/cmであり、当該脱イオン水はイオンがほとんど含まれていない純水であることが分かった。
【0064】
上記実施例1において、洗浄水として上記の純水を用いた以外は同様にして、CMC−Hを製造した。その結果、各洗浄処理後において、洗浄液の除去は特に問題なく行うことができた。
【0065】
実施例3〜5
セルロース原料として、一般的に購入できる日常品から、上質のキッチンタオル、並質のキッチンタオル、または再生パルプを含むトイレットペーパーを用いた。これらセルロース原料がセルロースのみからなるものと仮定し、各セルロース原料を構成する各グルコースユニットが有する3個の水酸基のうち2個をカルボキシメチルエーテル化ための反応を行なった。具体的には、各セルロース原料(162g)をそれぞれ別のポリエチレン袋に入れ、各セルロース原料を全て浸漬するに十分な量の水(162g)を加え、1時間静置した。次いで、モノクロロ酢酸(63g)を添加して、セルロース原料をよく揉み解して一晩静置した。次に、添加したモノクロロ酢酸と同モル分の水酸化ナトリウムを添加した。発熱が始まったら反応混合液を冷水で冷却した。発熱が収まってからポリエチレン袋を40℃の湯煎に1時間漬け、反応を進行せしめた。さらに湯煎のヒーターを切り、湯煎に漬けたまま一晩熟成させ、CMC−Naの水溶液を得た。
【0066】
得られたCMC−Na水溶液を用いた以外は実施例1と同様にして、CMC−Hを製造した。その結果、何れのセルロース原料を用いた場合でも、各洗浄処理後において、洗浄液の除去は非常に効率的に行うことができた。これは、バイオマス由来のセルロース原料から得られたCMC−Naは、市販のCMC−Naとは異なり微細化や短繊維化といった処理が行われていないので比較的嵩高く、水切れ性が良いことによると考えられる。
【0067】
比較例2
上記実施例3〜5と同様にして、上質のキッチンタオルからCMC−Na水溶液を得た。得られたCMC−Na水溶液を用い、且つ洗浄液に炭酸ガスを吹き込まない以外は上記実施例1と同様にして、CMC−Hを製造した。
【0068】
その結果、各洗浄処理後においてCMC−Hは沈殿し難く、使用済み洗浄液の除去には非常に時間がかかった。また、最終の洗浄後における使用済み洗浄液には、炎色反応が観察された。
【0069】
以上で製造したCMC−Hを分析した結果を、表1に示す。
【0070】
【表1】

【0071】
上述したように、比較例1〜2では、各洗浄処理後においてCMC−Hは沈殿し難く、使用済み洗浄液の除去には非常に時間がかかった。また、使用済み洗浄液に含まれるナトリウムイオンも、3回の洗浄では消失しなかった。このことは、ナトリウムイオンがCMC−Hに付着しているというよりも、−CO2NaとしてCMC−Hへ化学的に結合してしまい、CMC−Hの親水性を高めていることによると考えられる。また、比較例1〜2で得られたCMC−Hのナトリウムイオン含量は10,000ppmを超えている。
【0072】
それに対して、本発明方法で製造されたCMC−Hに含まれているナトリウムイオン含量は1,000ppm以下であり、非常に高品質である。また、おそらく−CO2H基が維持されていることによると考えられるが、本発明方法で製造されたCMC−Hでは疎水性が十分に維持されており、固液分離処理の効率は極めて高い。よって、本発明方法によれば極めて高品質のCMC−Hを効率的に製造できることが実証された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸型カルボキシメチルセルロースを製造するための方法であって、
カルボキシメチルセルロースの塩の水溶液と酸とを反応させることにより沈殿を得る工程、および、得られた沈殿を洗浄水で洗浄する工程を含み;且つ
洗浄水へ二酸化炭素を添加することを特徴とする製造方法。
【請求項2】
水溶媒中、バイオマス由来のセルロース原料、塩基およびモノハロゲン化酢酸を反応させることにより、カルボキシメチルセルロースの塩の水溶液を得る工程を含む請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の方法で製造され、且つアルカリ金属含有量が1000ppm以下であることを特徴とする酸型カルボキシメチルセルロース。
【請求項4】
水分含量が40質量%以上、80質量%以下であり、且つ含有水における二酸化炭素濃度が0.01g/kg以上である請求項3に記載の酸型カルボキシメチルセルロース。

【公開番号】特開2010−70686(P2010−70686A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−241458(P2008−241458)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【出願人】(591135783)株式会社ファインクレイ (1)
【Fターム(参考)】