説明

釉薬用抗菌性組成物を用いた陶磁器の抗菌加工方法

【課題】高温で焼成されるために、従来の抗菌加工方法では抗菌性能が現れにくく、高価な銀系材料を多量に用いる必要のあった衛生陶器およびタイル等に対し、安価に抗菌加工を行なうことができ、耐久性に優れる抗菌性を有する抗菌性陶磁器とする方法および抗菌性陶磁器を提供することである。
【解決手段】金属銀、酸化銀、難溶性銀塩の中から選ばれる少なくとも1つの銀系物質と、融点が2000℃以上であり、好ましくは比表面積が90m2/g以下である無機酸化物の中から選ばれる少なくとも1種類の粉末を50〜500質量部含む釉薬用抗菌性組成物、および、それを陶磁器の表面に存在させて焼成する抗菌加工方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銀系物質と無機酸化物を配合した釉薬用抗菌性組成物を用いて陶磁器の表面を抗菌加工する方法、および、抗菌加工して得られた抗菌性陶磁器、抗菌性衛生陶器、抗菌性タイルに関する
【背景技術】
【0002】
釉薬用の抗菌剤およびその加工方法には様々なものが提案されている。一般に銀系無機抗菌剤は耐熱性に優れるため釉薬用抗菌剤として適用の検討が多く行われている。しかし、銀系無機抗菌剤といえども、釉薬に配合し陶磁器の表面に塗布後、900℃超の高温で焼成することで、銀系無機抗菌剤の分解、融解および揮発などにより抗菌効力が著しく低下することが多い。
【0003】
例えば、特定の結晶構造からなるリン酸ジルコニウムに銀を担持した銀系無機抗菌剤を表面層に存在させてなる抗菌性の陶磁器またはホーロー製品が提案されている(特許文献1)。この特定の結晶構造からなるリン酸ジルコニウム塩は耐熱性に優れているため、1000℃程度の焼成温度であれば釉薬に配合し焼成加工を経ても抗菌効果が得られる場合がある。しかし、衛生陶器やタイルのように、焼成温度が1000℃を超える高温で長時間焼成される場合は、抗菌効果が発現しなくなることも珍しくなかった。そこで、多量の銀を担持したリン酸ジルコニウム塩を塗布する必要があるが、塗布量が多いとタイル表面のガラス層の艶が落ちるなどの外観不良が表れやすいことと経済的に不利である問題がある。
【0004】
そこで、銀を担持したリン酸ジルコニウム塩などのイオン交換体を用いず、金属銀粉末または酸化銀などの銀化合物を表面釉薬層に塗布し、焼成加工することが行われている(特許文献2、3)。これらの銀化合物は、釉薬と共に焼成されたときに熔融した表面釉薬層に溶け込み、釉薬層が銀含有ガラスに変わることで、タイル等の表面層に銀が固定化され抗菌効果を発現すると考えられる。しかし、銀はガラス化しにくい成分であるため、少量しか表面釉薬層に残らず、ガラス化しない大半の銀は抗菌効果の低い銀粉のままで残るか、揮発により消失したり釉薬層内への沈降により有効に使用されない等の理由で、高価な銀化合物を多量に用いても、十分な抗菌効果が発現しないことがあった。
【0005】
そこで、銀化合物とリン酸含有物またはホウ酸含有物を併用する提案もある(特許文献4)。リン酸含有物またはホウ酸含有物を併用すると、銀イオンがこれらと結合したものが釉薬中で分相し、濃縮した銀イオンが存在できるというものである。しかし、この効果は顕著なものではなく、初期効果は得られるが、抗菌効果の持続性など耐久面においては不十分であった。
【0006】
また、粒径1〜50μmの炭酸カルシウム粒子に15〜50質量%の銀を担持した銀担持炭酸カルシウム粒子をリン酸カルシウム、リン酸ジルコニウムまたは珪酸カルシウムと複合化した抗菌性組成物粒子としたものを釉薬に混合して陶器に施釉して使用する提案もある(特許文献5)。しかし、陶器に使用された際の抗菌効果や耐久性は明確にはされていない。
【0007】
特許文献7には、抗菌剤が配合された釉薬層表面を酸化ジルコニウム等の金属酸化物薄膜によって被覆した衛生陶器が開示されているが、金属酸化物薄膜が釉薬を完全に被覆していないため良好な抗菌性を維持できる、として、むしろ金属酸化物が抗菌効果の発現を妨げる可能性が示唆されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平7−165478号公報
【特許文献2】特開平6−340513号公報
【特許文献3】特開平11−1380号公報
【特許文献4】特開平8−151229号公報
【特許文献5】特開平11−236304号公報
【特許文献6】特開2010−155769号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、抗菌加工された陶磁器を得ることであり、さらには、高温で焼成されるために、従来の抗菌加工方法では抗菌性能が現れにくく、高価な銀系材料を多量に用いる必要のあった衛生陶器およびタイル等に、安価に抗菌加工を行なうことができ、耐久性に優れる抗菌性を有する抗菌性陶磁器とすることができる方法および抗菌性陶磁器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、金属銀、酸化銀、難溶性銀塩の中から選ばれる少なくとも1つの銀系物質100質量部に対して、融点が2000℃以上である無機酸化物の中から選ばれる少なくとも1種類の粉末を50〜500質量部含む、釉薬用抗菌性組成物を用いて焼成する、抗菌加工方法により課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【発明の効果】
【0011】
本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物は、高温で焼成加工される陶磁器に対し、より少ない銀量で高い抗菌効果を発現でき、しかも抗菌効果の耐久性にも優れるものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において、金属銀、酸化銀、難溶性銀塩の中から選ばれる少なくとも1つの銀系物質100質量部に対して、融点が2000℃以上である無機酸化物の中から選ばれる少なくとも1種類の粉末を50〜500質量部含む、釉薬用抗菌性組成物を、陶磁器表面に存在させる工程と、当該陶磁器を焼成加工する工程とを順次含む、陶磁器の抗菌加工方法である。
【0013】
本発明で用いる銀系物質は、金属銀、酸化銀、難溶性銀塩の中から選ばれる少なくとも1つのものである。銀系物質としての金属銀および酸化銀には、特に制限はなく、市販されている粉末状の各種金属銀粉末または酸化銀が使用可能であり、両者を混合して使用することもできる。粉末金属銀の純度は、90%以上で使用可能であり、好ましくは99.9〜99.99%のものである。金属銀粉末の製法上、ステアリン酸や金属石鹸が金属銀粉末の表面に被覆しているものがあり、これらも使用可能であるが、撥水性があることから塗布分散液に溶剤や界面活性剤を併用することが好ましい。金属銀または酸化銀の粉末形状に制限はなく、不定形、鱗片状、球状でも使用可能である。ただし、金属銀粉末は焼成時に釉薬と反応しガラス化して釉薬層に残存するためには酸素が必要となるため、既に銀化合物内に酸素を含有している酸化銀のほうが金属銀粉末よりも好ましい。
【0014】
銀系物質のうち、難溶性銀塩としては、無機塩、有機塩のいずれも用いることができるが、好ましいのは、リン酸銀、炭酸銀、水酸化銀などが挙げられる。溶解性銀塩は釉薬の変質を生じることで釉薬表面の外観不良が発生するため使用できない。銀系物質としては、金属銀、酸化銀、難溶性銀塩の中から選ばれる少なくとも1つを選んで用いても良く、複数を併用しても良い。銀系物質は、釉薬と混合または釉薬上に分散液で塗布するためには、分散性がよい必要があることから、これらの内で好ましいのは酸化銀または金属銀であり、さらに好ましくは酸化銀である。
【0015】
銀系物質の粒度は、レーザー粒度分布計で測定した体積基準のメジアン径で0.1μmから50μmの範囲内のものが好ましい、さらに好ましくは0.5μmから40μmの範囲、より好ましくは1〜25μmのものである。なお、タイルなどへの表面への塗布加工性や塗布用分散液への分散性を考慮すればメジアン径のみでなく、最大粒径も重要であり、銀系物質の最大粒径は50μm以下にすることが好ましく、さらに好ましくは40μm以下である。
【0016】
本発明の方法で用いる、融点が2000℃以上である無機酸化物とは、釉薬と混合して焼成工程を経てもガラス化し難いものであり、水に難溶性であって、融点が2000℃以上、好ましくは2100℃℃以上である。融点の上限は特にないが、工業的に入手しやすいものとしては融点が3000℃以下のものが好ましい。また、無機酸化物の比表面積として、あまり比表面積の大きなものは、釉薬が熱熔融したときの流動性を損ねるために陶磁器の風合いを悪くする場合があるので好ましくなく、BET法で定義される比表面積が90m2/g以下のものが好ましく、さらに好ましくは60m2/g以下、下限は、好ましくは0.1m2/g以上、さらに好ましくは1m2/g以上である。通常、陶磁器は1000℃〜1300℃程度の温度で焼成されるので、上記の物性を有する無機酸化物は、陶磁器の焼成の際に釉薬が熔融する温度になっても釉薬と融け合ってガラス化することはなく、形状を保つものであることに特徴がある。
【0017】
本発明の方法で用いる好ましい無機酸化物としては、ジルコニウムを含む酸化物と希土類酸化物の中から選択される少なくとも1種類であり、より具体的な例としては、酸化ジルコニウム、酸化イットリウム、酸化ランタン、酸化ルテチウム、酸化プラセオジム、酸化テルビウム、酸化ネオジム、酸化ガドリニウム、酸化サマリウム、酸化ジスプロシウム、酸化ホルミウム、酸化エルビウム、酸化ツリウム、酸化ユーロピウムなどが挙げられ、また、混合物であるジルコンサンドも同様に用いることができる。このうち、さらに好ましいのは酸化ジルコニウム、酸化イットリウム、ジルコンサンドであり、特に好ましいのは酸化ジルコニウムである。
【0018】
酸化ジルコニウムの製法としては、ジルコンサンドを電融してシリカ分を除去する乾式法や、アルカリ熔融してから塩化ジルコニルとして中和析出させる湿式法、湿式法の一種で、安定化剤としてのカルシウムやイットリウムを加える中和共沈法や加水分解法、アルコキシドを加水分解する方法などが知られており、いずれの方法でも用いることができる。一方、希土類酸化物は、希土類元素のシュウ酸塩を熱分解して粉末を得る方法が一般的である。
【0019】
本発明で用いられる無機酸化物の製法に制限はなく、市販されているものが使用可能であり、2種以上を混合して使用することもできる。これら無機酸化物の純度は、90質量%以上で使用可能であり、好ましくは99質量%のものである。これら無機酸化物は、粉末であれば扱いやすく好ましいが、その粉末粒子の形状に制限はなく、不定形、鱗片状、球状でも使用可能である。
【0020】
本発明で用いられる無機酸化物の粒径は、レーザー粒度分布計で測定した体積基準のメジアン径で0.1μmから50μmの範囲内のものが好ましい、さらに好ましくは0.5μmから40μmの範囲、より好ましくは1〜25μmのものである。なお、タイルなどへの表面への塗布加工性や塗布用分散液への分散性を考慮すればメジアン径のみでなく、最大粒径も重要であり、無機酸化物の最大粒径は50μm以下にすることが好ましく、さらに好ましくは40μm以下である。
【0021】
本発明を適用することができるのは、陶磁器の名称で総称される窯業製品であり、陶器、磁器、ガラス等を含む。また、ホーローや七宝等の名称で知られる、金属等に釉薬をかけた製品にも同様に適用できる。これの中でも好ましい適用対象は衛生陶器、タイルである。衛生陶器とは便器、洗面器、バスタブなどの主に衛生用途に用いられる窯業製品のことであり、タイルとは陶器質タイル、せっ器質タイル、磁器質タイル等の窯業製品を意味し、釉薬を用いるホーロータイルも含む。本発明を適用することができる釉薬としては、透明釉、光沢釉、マット釉、乳濁釉など、釉薬であれば何に対しても適用することができる。また、本発明の釉薬用抗菌性組成物は、釉薬を用いる製品に適用したときに優れた効果を発揮するが、無釉タイルやガラス製品などにも用いることができる。
【0022】
本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物は、上記の銀系物質と無機酸化物を混合することにより得ることができる。釉薬用抗菌性組成物の混合方法に制限はなく、公知の方法がどれも採用でき、混合時に分散媒を加えても良い。混合には、ヘンシェルミキサー、ナウターミキサー、リボンミキサー、プラナタリィーミキサー、レーディゲミキサーなどの既存の混合機が利用できる。また、施釉した釉薬の表面に塗布加工する塗布液を調製する際、分散媒である水に添加し、攪拌することで混合しても良い。
【0023】
本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物において、銀系物質と、無機酸化物の配合比率については、無機酸化物を多くするほど、同量の銀粉末に対する抗菌性の発現効率が良くなる一方で、あまり、無機酸化物の比率が大きいと、その分、銀系物質の配合割合が減るため、十分な抗菌活性を得るために必要な釉薬用抗菌性組成物の量が多くなり、陶磁器表面へ多量に塗布することになって、釉の透明性や風合いが損なわれたり、異物感が生じることもある。そこで、好ましい配合割合は、銀系物質100質量部に対して、無機酸化物が50〜500質量部、好ましくは60〜450質量部、さらに好ましくは70〜400質量部である。
【0024】
本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物は、従来公知の釉薬とあらかじめ混合して用いることもできる。その場合、抗菌性能を高めるためには、釉薬との混合物中で、釉薬用抗菌性組成物が1質量%以上であることが好ましい。さらに好ましくは3質量%以上であり、上限は70%である。特に好ましいのは釉薬とあらかじめ混合することはしないで、釉薬の上から釉薬用抗菌性組成物のみを塗布することである。
【0025】
本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物を陶磁器表面に存在させ、焼成加工することによって陶磁器の抗菌加工をすることができる。釉薬用抗菌性組成物を陶磁器表面に存在させる方法としては公知の方法がいずれでも用いることができるが、簡便なのは塗布する方法である。釉薬用抗菌性組成物を陶磁器に塗布するには浸漬、刷毛塗り、ローラー塗布など従来公知の方法を用いることができるが、中でも分散媒に分散して液状としてスプレーで塗布することが好ましい。分散媒には有機溶剤も使用可能であるが、水が好ましい。水を用いた分散液の調製には必要に応じ分散剤や増粘剤、有機溶剤などを配合することで粉末状の銀または酸化銀と特定の無機酸化物粉末の分散性を維持し沈降を抑制することが好ましい。分散媒への本発明の釉薬用抗菌性組成物の添加量は、1%〜30%が好ましい。1%以下では多量の釉薬用抗菌性組成物を含む分散剤を塗布する必要があるため、塗布時間、塗布回数および乾燥条件などの点で不利となる。一方、30%以上では分散液の粘度が上がり、塗布斑が生じやすくなったり、場合によってはスプレーノズルが詰まることで塗布できなくなる加工上の問題が生じることもある。
【0026】
本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物には、分散性や加工性、さらなる抗菌性の向上、他の機能性の付与などのため、必要に応じて種々の添加剤を混合することもできる。具体例としては酸化亜鉛や酸化チタンなどの顔料、防滑剤、消臭剤、防黴剤、防汚剤、金属粉などがある。特に酸化亜鉛は抗菌性を補助する効果もあり好ましい配合物である。この他にも、乾燥時のはがれを防ぐための化学接着剤など、釉薬に用いられる添加剤を加えることもできる。
【0027】
本発明における釉薬用抗菌性組成物の陶磁器表面への塗布を、スプレーによる吹付けでおこなう場合、吹付け方法にはあらゆる公知の加工技術と機械が使用可能であり、適当な温度または圧力で加熱および加圧または減圧しながら噴霧することによって容易に塗布することができ、それらの具体的操作は常法により行えば良い。
【0028】
本発明における釉薬用抗菌性組成物の陶磁器表面への付着量は、陶磁器の表面における抗菌性組成物の付着量(乾燥質量)で0.01g/m2〜10g/m2が好ましい。0.01g/m2以下では抗菌性が発現しにくく、10g/m2以上では抗菌効果の向上よりも変色や表面状態の変化など不具合が生じることもある。釉薬用抗菌性組成物を含むスプレー液の組成は、望みの付着量に応じて適宜設計される。スプレー以外の塗布方法をとる場合も同様である。
【0029】
吹付け等で塗布した後には、乾燥工程を経てもよく、焼成工程で陶磁器表面に固着する。なお、本発明において焼成とは、一般的に用いられる、600℃以上での加熱のことを意味する。焼成工程はあらゆる公知の焼成技術と焼成炉が使用可能であり、好ましい焼成温度は600℃以上1400℃以下、さらに好ましくは900℃以上1400℃以下、好ましい焼成時間は10分から30時間以内、さらに好ましくは30分以上10時間以内である。本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物を未焼成の釉薬と同時に焼成する場合、あるいは、未焼成の陶磁器と同時に焼成する場合には、好ましい焼成温度や時間は上記の釉薬や陶磁器の焼成条件によって適宜設定されるが、低温、単時間の方が銀の気散の恐れがなく、抗菌性能が表れやすい点で好ましく、一方でより高温、長時間の方が表面の釉薬との熔融が進み、平滑で艶のある風合いが得られる点で優れている。
【0030】
本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物による陶磁器の加工方法としては、陶磁器に公知の方法で釉薬を付着させた後で、乾燥工程はあってもなくても良く、次にいったん釉薬を焼成するか、または焼成しないで、本発明で用いる釉薬用抗菌性組成物を含有する分散液を釉薬層表面にスプレー噴霧により塗布するのが好ましい。さらに好ましいのは、釉薬を乾燥したうえで、焼成しないで本発明の釉薬用抗菌性組成物を含有する分散液を塗布する方法であり、塗布した分散液がたれたりせずに均一に塗布し易く、焼成後は釉薬のみで製造した陶磁器と同様の風合いを得ることができるので好ましい。本発明の釉薬用抗菌性組成物の塗布後、乾燥工程で余分な分散媒を除いた後、焼成することで、抗菌性陶磁器を得ることができる。
【0031】
また、陶磁器、釉薬共に未焼成のままで本発明の釉薬用抗菌性組成物を塗布し、全部の焼成を一度に行なう方法は経済的には優れているが、陶磁器の焼成には長時間を要するので、銀成分の気散が起きる恐れがあるから、焼成済みの陶磁器に釉薬と本発明の釉薬用抗菌性組成物とを塗布する方法がより好ましい。
【0032】
本発明の方法によって抗菌加工された陶磁器の用途は特に限定はなく、衛生性や微生物汚染が問題となるに用途に有効に使用可能である。例えば、便器、風呂、洗面台、床用タイル、壁用タイル、装飾用タイル、プール用タイルなどがあげられる。ホーロータイル、ホーローバスタブ等の釉薬を用いた製品にも適用でき、同様の効果を上げることができる。
【0033】
<作用>
粉末状の銀または酸化銀単独では焼成時に釉薬表面でガラス化されなかった銀が釉薬層内に沈降することで抗菌効果の発現に寄与されにくかったが、釉薬層と反応せず、ガラス化し難い成分である無機酸化物を混合し焼成することで、銀の沈降を抑制し、より低濃度で効率よく陶磁器表面を抗菌加工することができるためと考えられる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
メジアン径は、レーザー回折式粒度分布を用いて体積基準により測定した。
銀系物質の純度を測定する方法としては、強酸を用いて検体を溶解後、この液をICP発光分光分析計にて測定し算出した。
【0035】
無釉焼成済み磁器質タイルに加工するために用いた釉薬は、高温焼成用の以下の組成からなる透明釉を用いた。
・釜戸長石 70部
・鼠石灰石 10部
・亜鉛華 10部
・炭酸バリウム 5部
・蛙目粘土 5部
・珪石 5部
【0036】
<実施例1〜8>
実施例1〜8は、メジアン径14.8μmの純度99.93質量%酸化銀、メジアン径7.8μmの純度99.97質量%銀粉、メジアン径5.1μmの純度99.7質量%リン酸銀、メジアン径3.4μmの純度99.2質量%炭酸銀から選ばれる銀系物質100質量部に対し、酸化イットリウム(融点2410℃、比表面積2m2/g)、酸化ジルコニウム(融点2680℃、比表面積1m2/g)を表1に示した配合質量部数でミキサー混合することで釉薬用抗菌性組成物とした。この釉薬用抗菌性組成物を透明釉に、抗菌性組成物が釉薬との合計の5質量%となるように混合したものを無釉焼成済み磁器質タイル成型品(25mm角磨き面)の表面に、乾燥質量で付着量が700g/m2となるようにスプレー加工し、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した。乾燥後のタイルを電気炉を用いて表1に記載した焼成条件にて焼成することで各種抗菌施釉タイルを調製した。
【0037】
<実施例9〜13>
実施例9〜13は、メジアン径12.8μmの純度99.93質量%酸化銀、メジアン径7.8μmの純度99.97質量%銀粉、メジアン径5.1μmの純度99.7質量%リン酸銀、メジアン径3.4μmの純度99.1質量%炭酸銀から選ばれる銀系物質100質量部に対し、メジアン径4.3μmの酸化イットリウム(融点2410℃、比表面積2m2/g)、メジアン径3.0μmの酸化ジルコニウム(融点2680℃、比表面積1m2/g)を表1に示した配合質量部数でミキサー混合することで釉薬用抗菌性組成物とした。透明釉を無釉焼成済み磁器質タイル成型品(25mm角磨き面)表面の全面に乾燥質量で付着量が700g/m2となるようにスプレーし、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した後、さらに釉薬用抗菌性組成物を水に分散したものを、釉薬の上から抗菌性組成物の付着量(乾燥質量)が表1に記載した塗布量となるようにタイル上に全面スプレー塗布し、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した。乾燥後のタイルを電気炉を用いて表1に記載した焼成条件にて焼成することで各種抗菌施釉タイルを調製した。表1の「加工方法と使用量」の欄に「後塗布」と記載したのは、上記のように、釉薬の塗布後、釉薬用抗菌性組成物を塗布したことを意味し、「1g/m2」の数字は、陶磁器の表面積あたりの塗布量から算出した1m2あたりの抗菌性組成物の付着量(乾燥質量)を意味する。
【0038】
<比較例1>
比較例1は、無釉焼成済み磁器質タイル成型品(25mm角磨き面)表面の全面に透明釉を乾燥質量で付着量が700g/m2となるようにスプレーし、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した後、電気炉を用いて1250℃で2時間焼成することで施釉タイルを調製した。
【0039】
<比較例2〜9>
比較例2〜9は、無釉焼成済み磁器質タイル成型品(25mm角磨き面)表面の全面に透明釉を乾燥質量で付着量が700g/m2となるようにスプレーし、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した後、メジアン径12.8μmの純度99.93質量%酸化銀、メジアン径7.8μmの純度99.97質量%銀粉、メジアン径3.0μmの酸化ジルコニウム(融点2680℃、比表面積1m2/g)またはメジアン径4.3μmの酸化イットリウム(融点2410℃、比表面積2m2/g)を水に分散したものを、釉薬の上から表1に記載した塗布量でタイル上に全面スプレー塗布し、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した。電気炉を用いて表1に記載した焼成条件にて焼成することで施釉タイルを調製した。
【0040】
<比較例10〜16>
比較例10〜16は、メジアン径12.8μmの純度99.93質量%の酸化銀または純度99.9質量%硝酸銀から選ばれる銀系物質100質量部に対し、メジアン径0.3μmの酸化亜鉛(融点1975℃、比表面積3m2/g)、メジアン径1.3μmの酸化ケイ素(融点1650℃、比表面積320m2/g)、メジアン径0.1μmの酸化チタン(融点1820℃、比表面積11m2/g)を表1に示した配合質量部数でミキサー混合することで釉薬用抗菌性組成物とした。無釉焼成済み磁器質タイル成型品(25mm角磨き面)表面全面に透明釉を乾燥質量で付着量が700g/m2となるようにスプレーし、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した後、釉薬用抗菌性組成物を水に分散したものを、釉薬の上から乾燥質量での付着量が表1に記載した塗布量となるようにタイル上に全面スプレー塗布し、120℃の熱風乾燥機で30分乾燥した。乾燥後のタイルを電気炉を用いて表1に記載した焼成条件にて焼成することで各種抗菌施釉タイルを調製した。
【0041】
<各種施釉タイルの評価>
焼成後のタイル表面の外観を目視で観察した結果も表1に記載した。外観は目視観察により抗菌剤等を用いない、釉薬だけのタイルである比較例1の外観(光沢、風合い)を基準として、となりに置いて比較しても差が認められない場合は「良」の評価、明らかに外観が劣る場合は「不良」、やや外観が劣るが使用に差し支えない程度の場合は「可」を記入した。なお、比較例1は良好な外観を示すが、評価基準としたので、外観は「−」で表した。
【0042】
<抗菌タイルの抗菌評価>
得られたタイルの抗菌効果をJIS Z2801 5.2プラスチック製品などの試験方法により黄色ブドウ球菌を用いて抗菌性試験を実施し、銀などを含まない比較例1を基準として得られた抗菌活性値を表1の「初期抗菌活性値」として示した。抗菌活性値は数字が大きいほど、基準である比較例1に比べて菌数が減少し、抗菌効果が高いことを意味し、試験の評価範囲の上限を超える抗菌活性を示した場合は「より大」の表示とした。また、抗菌活性値が負の数になった場合は、基準である比較例1に比べて菌数の増加が多かった、劣る結果であることを意味する。
【0043】
また、耐久性を評価するため、一度抗菌性試験を実施後のタイルを90℃の脱イオン水に16時間浸漬後、同様に抗菌性試験を実施し、得られた抗菌活性値を「耐水試験後抗菌活性値」として表2に示した。
【0044】
【表1】

【0045】
【表2】

【0046】
十分な抗菌効果が認められると判定するためには、抗菌活性値が2以上であることが必要であるが、実施例1〜13は、いずれも初期の抗菌活性値が2以上であり十分な抗菌効果が確認できる。また、耐水試験後の抗菌活性値も顕著な低下がみられず、耐久性も高いと判断できる。
一方、比較例7を除く比較例1〜9は、銀系物質や無機酸化物を単独で釉薬に加工する場合は、初期効果および耐久試験後の抗菌効果が発現しにくいことを示している。ただし、比較例7は、酸化銀単独で焼成温度が800℃と低い場合には抗菌効果が発現するが、外観不良を生じることがわかる。比較例8のように単に銀系物質の塗布量を増加させても、それに見あった抗菌効果の向上はなく、外観不良を引き起こしてしまうことが分かった。比較例10では、水溶性の銀系物質と無機酸化物を併用しても十分な効果が得られないことを示し、比較例11〜13からは、酸化銀に融点が2000℃よりも低く、ガラス化しやすい無機酸化物を配合しても本発明と同等の抗菌効果が得られないこともわかる。なお、硝酸銀を用いた比較例10では釉薬の表面光沢が悪化した。
【0047】
また、無機担体に銀を担持したものをそのまま抗菌剤として用いる用途では、担持触媒の場合で知られているように担体が多孔体であるほうが有効表面積が大きくなって効果が表れやすいと考えられているが、比較例12で、いわゆる多孔体と呼ばれる100m2/g以上の比表面積を有する酸化ケイ素(シリカゲル)を用いても十分な抗菌性能は発現しなかった。本発明の方法では無機酸化物と銀系物質とが釉薬と共にいられるので、熔融固化した釉薬中では、多孔体を用いると逆に銀系物質を細孔中に隠ぺいしてしまう効果があるため、比表面積の大きな多孔体では抗菌効果が表れにくいのではないかと考えられる。
【0048】
比較例10〜13は、銀系物質に対する4価金属層状リン酸塩結晶の使用量が、本発明の範囲を外れる場合を示しており、例えば、実施例10と比較例11とは、銀系物質とリン酸ジルコニウムの比率が1/4と1/6という差があるだけであり、組成物の付着量が同じ1g/m2になるように後塗布で加工されたものであるが、抗菌活性値は実施例10の方が大きかった。抗菌活性値は対数で算出される値であるので、抗菌活性値が1異なるということは菌数では10倍異なることを意味する。実施例10の「4.2より大」の結果と比較例11の「1.5」の結果は、菌数では100倍以上の差があったことを示し、効果の差は著しいものである。しかも比較例12のように、銀の付着量を5倍に増やしても実施例10と同じ抗菌活性値に達しないということは驚くべきことである。なお、硝酸銀を用いた比較例10は釉薬の表面光沢が悪化した。
【0049】
このように銀系物質と無機酸化物の比率によって効果が異なる理由は、比較例13のように、銀系物質に対する無機酸化物の比率が低すぎると、含まれる銀系物質の全部について抗菌効果向上の効果を奏することができないため、含まれる銀系物質の一部が揮散したりして釉薬層でガラス化せず、抗菌性能が出にくくなることが推測される。一方、銀系物質に対する無機酸化物の比率が大きくなれば、銀系物質に関する抗菌効果向上の効果は十分に出るようになるが、比較例11のようにあまり比率が大きくなり過ぎると、塗布量当たりの銀系物質の絶対量が少なくなることになり、同時に、釉薬層の最表面には絶対量の多い無機酸化物が残って表面を被覆してしまうために抗菌性能が顕れにくくなるものと考えることができる。本発明で用いる無機酸化物はガラス化し難いものであるから、比較例12のように、さらに釉薬表面での無機酸化物の絶対量が多くなる条件では表面の外観がやや劣る結果を引き起こすこともある。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の抗菌加工方法は、銀系物質の単独使用よりも抗菌効果を向上し、しかも耐久試験後も効果の維持に優れる。特に、900℃以上の焼成が必要なタイルや衛生陶器にはその効果は顕著であり、抗菌効果に優れる陶磁器を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属銀、酸化銀、難溶性銀塩の中から選ばれる少なくとも1つの銀系物質100質量部に対して、融点が2000℃以上である無機酸化物の中から選ばれる少なくとも1種類の粉末を50〜500質量部含む、釉薬用抗菌性組成物を、陶磁器表面に存在させる工程と、当該陶磁器を焼成加工する工程とを順次含む、陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項2】
無機酸化物が、ジルコニウムを含む酸化物と希土類酸化物の中から少なくとも1種類選択され、比表面積が0.01m2/g以上10m2/g以下の範囲のものである、請求項1に記載の陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項3】
無機酸化物が、酸化ジルコニウムおよび酸化イットリウムの中から選択される少なくとも1種類である、請求項2に記載の陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項4】
銀系物質と無機酸化物のレーザー粒度分布計による体積基準のメジアン径が、各々0.1〜50μmの範囲内である、釉薬用抗菌性組成物を用いる、請求項1〜3のいずれかに記載の、陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項5】
釉薬用抗菌性組成物または釉薬用抗菌性組成物を含有した釉薬を表面に存在させた陶磁器を焼成加工する工程の最高温度が900℃以上1400℃以下である、請求項1〜4のいずれかに記載の、陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項6】
釉薬用抗菌性組成物を必須としない釉薬を陶磁器表面に塗布する工程と、釉薬用抗菌性組成物を陶磁器表面に塗布する工程と、塗布された陶磁器を焼成加工する工程とを順次含む、請求項1〜5のいずれかに記載の陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項7】
釉薬用抗菌性組成物の陶磁器表面への付着量(乾燥質量)が0.01g/m2以上10g/m2以下の範囲となるように塗布する、請求項6に記載の陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項8】
釉薬用抗菌性組成物を必須としない釉薬を陶磁器表面に塗布する工程を含み、その後に焼成する工程を経ることなく、釉薬用抗菌性組成物を陶磁器表面に塗布する工程と、塗布された陶磁器を焼成加工する工程とを順次含む、請求項6または7に記載の、陶磁器の抗菌加工方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の方法で加工された、抗菌性陶磁器または抗菌性タイル。

【公開番号】特開2013−6744(P2013−6744A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−141119(P2011−141119)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000003034)東亞合成株式会社 (548)