説明

重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法、並びにこれに使用するギ酸分解用触媒

【課題】水素同位体ガスを、安全に、簡便かつきわめて効率的に低コストで製造する方法を提供する。
【解決手段】複核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を含むギ酸分解用触媒と、ギ酸と、溶媒とを含み、前記ギ酸および前記溶媒の少なくとも一方が重水素化されているギ酸溶液を準備する準備工程と、前記溶液を静置するか、加熱するか、または光照射することによりギ酸を分解させて重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させるギ酸分解工程とを含む、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造するための製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造する方法、並びにこれに使用するギ酸分解用触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
水素(H2)は、各種物質の合成、還元、石油の水素化脱硫、水素化分解等、多様な用途に用いられ、産業上のあらゆる分野で必要とされている。水素(H2)は、酸化により水を生じ、有害物質を発生することがないため、例えば、燃料電池等におけるクリーンな次世代燃料供給源として近年注目されており、水素(H2)の供給、貯蔵および利用技術は、産業上非常に重要視されている。
【0003】
水素(H)には、DおよびTの2種類の同位体が存在し、水素(H)が重要視されるのに伴って、これら同位体への関心も高まっている。現在、重水素(D)および三重水素(T)は、例えば、核融合炉の燃料、化合物の標識用元素などとして使用されている。特に、重水素(D)は、放射性がなく安全で安定であり、その活用が期待されている。現在、重水素(D)は、例えば、薬物代謝研究や触媒の活性測定等の、化学反応や物質のメカニズム・構造分析等において、例えば、重水素標識化合物の形態で、トレーサー等として利用されている。また、単結晶X線回折を用いて水素を含む化合物の水素(H)位置を厳密に決定することは困難であるが、水素(H)を重水素(D)で置換する事により、単結晶中性子線回折を用いて重水素(D)の空間配置を精度良く決定できる。重水素(D)は、また、例えば、光通信プラスチックファイバーにおける水素置換剤、航空機用耐熱性潤滑油におけるフッ素置換剤としての有用性や、有機材料に対する抗菌性付与効果が確認されており、一般産業分野でも重要性が高まっている。さらに、前述の水素(H2)の重要性の高まりにより、例えば水素(H2)に関する技術開発や研究等において、重水素(D)の利用が今後一層増すことは、確実である。重水素(D)は、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の分子の形態で安定に保存することができる。
【0004】
重水素(D2)は、例えば、白金電極上で重水(D2O)を電気分解することで製造することができる。しかしながら、このような従来のD2の製造方法は、危険を伴い、コストもかかる。
【0005】
また、重水素化水素(HD)は、例えば、重水素(D2)と水素(H2)を混合し、金属担持固体触媒を用いてH/D交換反応により重水素化水素(HD)、重水素(D2)および水素(H2)の混合ガスを得、この混合ガスから重水素化水素(HD)のみを深冷蒸留分離法等で分離することにより製造することができる。例えば、特許文献1では、重水素化水素(HD)を含む前記混合ガスから効率よく重水素化水素(HD)を濃縮および回収する方法が、開示されている。この方法は、高い重水素化水素(HD)選択性を有する吸着材を用いて、前記混合ガス中に含まれる重水素化水素(HD)を吸着させ、次いで、所定の低圧条件下で前記重水素化水素(HD)を脱着させて回収する方法である。しかしながら、このような従来のHDの製造方法では、平衡状態の前記混合ガスから重水素化水素(HD)を単離しなければならず、重水素化水素(HD)のみを高収率で得ることができないので、手間とコストがかかる。
【0006】
一方、本発明者らは、ロジウム単核錯体を用いたギ酸分解用触媒により、水溶液中でギ酸を分解し、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の一方または両方を発生させてこれらを製造する方法を見出している(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−160294号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Fukuzumi, S.; Kobayashi, T.; Suenobu, T. ChemSusChem 2008, 1, 827.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
非特許文献1のロジウム単核錯体を用いたギ酸分解方法によれば、重水素(D2)または重水素化水素(HD)を安全に、しかも簡便かつ効率的に製造できる。しかしながら、重水素(D2)または重水素化水素(HD)をより効率よく製造することができれば、さらなる低コスト化等を図ることができ、いっそう産業の発達に寄与することができる。
【0010】
そこで、本発明は、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方(以下、「水素同位体ガス」と称する場合がある)を、安全に、簡便かつきわめて効率的に低コストで製造するための方法の提供を目的とする。さらに、本発明は、前記製造方法に用いるギ酸分解用触媒をも提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究の結果、下記式(1)で表される複核金属錯体が有用であることを見出し、本発明に到達した。
【0012】
より具体的には、本発明の製造方法は、
下記式(1)で表される複核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を含むギ酸分解用触媒と、ギ酸と、溶媒とを含み、前記ギ酸および前記溶媒の少なくとも一方が重水素化されているギ酸溶液を準備する準備工程と、
前記溶液を静置するか、加熱するか、または光照射することによりギ酸を分解させて重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させるギ酸分解工程とを含む、
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造するための製造方法である。
【0013】
【化1】

【0014】
前記式(1)中、
M1およびM2は遷移金属であり、同一でも異なっていても良く、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基であり、
R12〜R27は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基であり、
または、R15およびR16は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R15およびR16はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良く、
R23およびR24は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R23およびR24はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良く、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【0015】
また、本発明のギ酸分解用触媒は、前記式(1)で表される複核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、前記本発明の製造方法に用いるギ酸分解用触媒である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方を、安全に、簡便かつきわめて効率的に低コストで製造することができる。このため、重水素(D2)または重水素化水素(HD)を用いる技術分野における産業の発達にいっそう寄与することができる。本発明の製造方法によれば、例えば、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、必要な時に必要な量だけ製造することができ、実験室レベルの製造から工業規模の量産に至るまで、十分に対応することも可能である。なお、本発明において、「重水素化」とは、ギ酸や水等の化合物における水素(H)のうち少なくとも一つが重水素(D)で置換されていることを意味する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、実施例1におけるH2とHDの存在比とpHとの相関関係を示すグラフである。
【図2】図2は、実施例1において推測可能な反応機構の一例を示すスキームである。
【図3】図3は、実施例1において推測可能な反応機構の一例を示す別のスキームである。
【図4】図4は、実施例1におけるTOFとpHとの相関関係を示すグラフである。
【図5】図5は、アクア錯体(8)のESI-MSスペクトル図の一部を示す図である。
【図6】図6は、[Ru(bpy)2bpm]2+水溶液(1.2×10-3mol/L)に[Cp*Ir(H2O)3]2+を加えた際のUV-Vis.スペクトル変化を示すグラフである。
【図7】図7は、[Ru(bpy)2bpm]2+水溶液(2.0×10-4mol/L)に[Cp*Ir(H2O)3]2+を1当量加えた際の発光スペクトル変化を示すグラフである。
【図8】図8は、イリジウム1価錯体(10)水溶液に希硫酸を加えた際のUV-Vis.吸収スペクトル変化を示す図である。
【図9】図9(A)は、図8における波長512nmの吸光度とpHとの関係を示すグラフである。図9(B)は、図8の測定におけるlog([Ir-H]/[Ir])とpHとの関係を示すグラフである。
【図10】図10は、ヒドリド錯体(9)のナノ秒レーザーフラッシュフォトリシスによる過渡吸収スペクトル図を示すグラフである。
【図11】図11は、ヒドリド錯体(9)のナノ秒レーザーフラッシュフォトリシスにおける重水素同位体効果を示すグラフである。
【図12】図12は、ヒドリド錯体(9)のフェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスによる過渡吸収スペクトル図を示すグラフである。
【図13】図13は、ヒドリド錯体(9)のフェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスにおける重水素同位体効果を示すグラフである。
【図14】図14(A)は、参考例におけるアクア錯体(8)の濃度とH2ガスの発生効率との相関関係を示すグラフである。図14(B)は、参考例におけるギ酸濃度とH2ガスの発生効率との相関関係を示すグラフである。
【図15】図15は、参考例におけるpHとH2ガスの発生効率との相関関係を示すグラフである。
【図16】図16は、参考例において推測可能な反応機構の一例を示すスキームである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0019】
[複核金属錯体]
前記式(1)で表される複核金属錯体において、架橋配位子Arは、特に限定されず、どのような配位子であっても良い。
【0020】
前記式(1)中、Arが置換基を有する場合、前記置換基は、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基であることが好ましく、前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることがさらに好ましい。
【0021】
前記式(1)中、R1〜R5およびR12〜R27において、前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましい。R12〜R27において、前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましく、メトキシ基が特に好ましい。また、R1〜R5は、例えば全てメチル基であることが特に好ましく、R12〜R27は、例えば全て水素原子であることが特に好ましい。また、R15およびR16あるいはR23およびR24が一体となって -CH=CH- を形成する場合、前記 -CH=CH- におけるHは、前述の通り、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良く、前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましく、前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましく、メトキシ基が特に好ましい。
【0022】
また、前記式(1)の複核金属錯体が、下記式(6)で表される構造を有する複核金属錯体であることが好ましい。
【0023】
【化2】

【0024】
前記式(6)中、
R6〜R11は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基であり、
M1、M2、R1〜R5、R12〜R27、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【0025】
前記式(6)中、R1〜R27において、前記アルキル基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルキル基であることが好ましい。R6〜R27において、前記アルコキシ基は、炭素数1〜6の直鎖または分枝アルコキシ基であることが好ましく、メトキシ基が特に好ましい。また、R1〜R5は、例えば全てメチル基であることが特に好ましく、R6〜R27は、例えば全て水素原子であることが特に好ましい。
【0026】
さらに、前記式(1)または(6)で表される複核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩において、前記式(1)または(6)中、Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、もしくは酢酸イオンであるか、または存在しないことが好ましい。アルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブチルアルコール、sec-ブチルアルコール、イソブチルアルコール、tert-ブチルアルコール、等から誘導されるアルコキシドイオンが挙げられる。
【0027】
なお、前記式(1)または(6)中の配位子Lは、その種類により、置換、脱離等が比較的容易な場合がある。一例として、前記配位子Lは、塩基性、中性あるいは弱酸性の水溶液中では水分子となり、強酸性の水溶液中では水素原子となり、アルコール溶媒中ではアルコキシドイオンとなり、また、光や熱により脱離する場合があり得る。ただし、この記述は、可能な機構の例示に過ぎず、本発明を限定するものではない。
【0028】
前記式(1)または(6)中、M1は、ルテニウム、オスミウム、鉄、マンガン、クロム、コバルト、イリジウムまたは、ロジウムであることが好ましく、ルテニウムが特に好ましい。また、M2は、イリジウム、ルテニウム、ロジウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、または白金であることが好ましく、イリジウムが特に好ましい。また、M1とM2の組み合わせとしては、M1がルテニウムでありM2がイリジウムであることが特に好ましい。
【0029】
前記式(1)または(6)において、mは、例えば0〜5であることが好ましく、2、3または4であることがより好ましい。
【0030】
前記式(1)で表される複核金属錯体のうち、例えば、下記式(7)で表される複核金属錯体が一層好ましい。
【0031】
【化3】

【0032】
前記式(7)中、Lおよびmは、前記式(6)と同じである。また、前記式(7)で表される複核金属錯体のうち、例えば、下記式(8)〜(11)のいずれかで表される複核金属錯体が特に好ましい。
【0033】
【化4】

【0034】
【化5】

【0035】
【化6】

【0036】
【化7】

【0037】
なお、前記式(1)で表される複核錯体のうち、前記式(7)以外に好ましいものとしては、例えば、下記表1〜5中の化合物番号(31)〜(60)で表される複核錯体が挙げられる。化合物(31)〜(60)の個々の構造は、前記式(1)または(6)中におけるR1〜R27、M1、M2およびArの組み合わせで表している。なお、化合物(31)〜(60)において、配位子Lは前記式(1)または(6)と同じであり、特に限定されないが、例えば、水分子、水素原子、メトキシドイオン、もしくは水酸化物イオンであるか、または存在しないことが好ましい。mは、M1の価数、M2の価数および各配位子の価数により決まるが、例えば、0〜5が好ましい。また、下記表1〜5中の化合物は、全て、当業者であれば、本明細書の記載および本発明の属する技術分野の常識に基づいて過度の試行錯誤をすることなく容易に製造可能である。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【0041】
【表4】

【0042】
【表5】

【0043】
なお、前記式(1)で表される複核錯体に互変異性体または立体異性体(例:幾何異性体、配座異性体および光学異性体)等の異性体が存在する場合は、それら異性体も本発明に使用可能である。例えば、鏡像体が存在する場合は、R体およびS体のいずれも使用可能である。さらに、前記式(1)で表される複核錯体またはその異性体の塩も本発明に使用可能である。前記塩において、前記式(1)で表される複核錯体のカウンターイオンは、特に限定されないが、陰イオンとしては、例えば、六フッ化リン酸イオン(PF6-)、テトラフルオロほう酸イオン(BF4-)、水酸化物イオン(OH-)、酢酸イオン、炭酸イオン、リン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ハロゲン化物イオン(例えばフッ化物イオン(F-)、塩化物イオン(Cl-)、臭化物イオン(Br-)、ヨウ化物イオン(I-)等)、次亜ハロゲン酸イオン(例えば次亜フッ素酸イオン、次亜塩素酸イオン、次亜臭素酸イオン、次亜ヨウ素酸イオン等)、亜ハロゲン酸イオン(例えば亜フッ素酸イオン、亜塩素酸イオン、亜臭素酸イオン、亜ヨウ素酸イオン等)、ハロゲン酸イオン(例えばフッ素酸イオン、塩素酸イオン、臭素酸イオン、ヨウ素酸イオン等)、過ハロゲン酸イオン(例えば過フッ素酸イオン、過塩素酸イオン、過臭素酸イオン、過ヨウ素酸イオン等)、トリフルオロメタンスルホン酸イオン(OSO2CF3-)、テトラキスペンタフルオロフェニルボレートイオン[B(C6F5)4-]等が挙げられる。陽イオンとしては、特に限定されないが、リチウムイオン、マグネシウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン、バリウムイオン、ストロンチウムイオン、イットリウムイオン、スカンジウムイオン、ランタノイドイオン、等の各種金属イオン、水素イオン等が挙げられる。また、これらカウンターイオンは、一種類でも良いが、二種類以上が併存していても良い。
【0044】
なお、本発明において、アルキル基としては、特に限定されないが、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、イコシル基等が挙げられる。アルキル基から誘導される基や原子団(アルコキシ基等)についても同様である。アルコールおよびアルコキシドイオンとしては、特に限定されないが、例えば、前記各アルキル基から誘導されるアルコールおよびアルキコキシドイオンが挙げられる。また、本発明において、「ハロゲン」とは、任意のハロゲン元素を指すが、例えば、フッ素、塩素、臭素およびヨウ素が挙げられる。さらに、本発明において置換基等に異性体が存在する場合は、特に制限しない限り、どの異性体でも良い。例えば、単に「プロピル基」という場合はn-プロピル基およびイソプロピル基のどちらでも良い。単に「ブチル基」という場合は、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基およびtert-ブチル基のいずれでも良い。
【0045】
[複核金属錯体の製造方法]
前記式(1)で表される複核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(以下、単に「化合物(1)」という場合がある)の製造方法は特に限定されず、どのような方法により製造しても良い。しかし、例えば、下記式(21)で表される金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(以下、単に化合物(21)という場合がある)と、下記式(22)で表される金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(以下、単に化合物(22)という場合がある)とを、溶媒に溶かして反応させる工程を含む製造方法により製造することが好ましい。この製造方法は、例えば前記反応工程により化合物(1)を生成させるのみでも良いし、また、その後、適宜な方法で化合物(1)を単離する工程をさらに含んでいても良い。このような方法によれば、化合物(1)を簡便に製造することができる。
【0046】
【化8】

【0047】
前記式(21)中、
Ar、M1およびR12〜R27は、前記式(1)と同じであり、
nは、正の整数、0、または負の整数であり、
前記式(22)中、
M2、LおよびR1〜R5は、前記式(1)と同じであり、
L1およびL2は、任意の置換基であるか、または存在せず、同一でも異なっていても良く、
pは、正の整数、0、または負の整数である。
【0048】
なお、前記式(22)中、例えば、L、L1およびL2が全て水分子であることが好ましい。また、金属錯体(21)もしくは金属錯体(22)またはそれらの異性体が塩を形成する場合、カウンターイオンは特に限定されないが、例えば、前記式(1)の複核金属錯体のカウンターイオンについて前述した具体例と同様である。
【0049】
前記化合物(1)の製造方法において、前記化合物(21)および化合物(22)を溶解させる溶媒は特に限定されず、例えば水でも有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。例えば、前記化合物(21)および化合物(22)がいずれも水に可溶な場合は、水を用いることが簡便であることから好ましい。前記有機溶媒としては特に限定されないが、前記化合物(21)および化合物(22)の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、例えば、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。
【0050】
前記化合物(21)と化合物(22)を溶媒に溶解させる際、前記錯体(21)分子の濃度は特に限定されないが、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.01〜5mmol/Lである。前記錯体(22)分子の濃度も特に限定されないが、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.01〜5mmol/Lである。前記錯体(21)分子と前記錯体(22)分子の物質量比(分子数比)も特に限定されないが、例えば1:100〜100:1、好ましくは1:50〜50:1、より好ましくは1:3〜3:1であり、化学量論比に等しい1:1とすることが特に好ましい。
【0051】
また、前記化合物(21)と化合物(22)を反応させる方法も特に限定されないが、例えば、溶媒に溶解させた後にそのまま室温で静置しても良いし、必要に応じて加熱しても良い。具体的には、反応温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは20〜80℃、より好ましくは20〜60℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば5秒〜60分、好ましくは10秒〜10分、より好ましくは10秒〜1分である。理想的には、前記化合物(21)と化合物(22)を混合してただちに反応が完了するのが良い。
【0052】
前記化合物(1)の製造方法において、化合物(1)の単離方法も特に限定されないが、例えば、再結晶法、対アニオン交換沈殿法等、金属錯体の単離方法として公知の方法を適宜応用することができる。
【0053】
[本発明のギ酸分解用触媒、水素同位体ガスの製造方法およびその利用]
本発明のギ酸分解用触媒は、前述の通り、前記式(1)で表される複核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩(化合物(1))を含むギ酸分解用触媒である。例えば、化合物(1)をそのまま本発明のギ酸分解用触媒として用いても良いし、他の成分を適宜添加して用いても良い。本発明のギ酸分解用触媒は、その作用により、ギ酸を分解して水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を発生させる。このため、本発明のギ酸分解用触媒は、前述のとおり、ギ酸および溶媒の少なくとも一方が重水素化されたギ酸溶液から水素同位体ガスを製造する本発明の製造方法に用いることができる。
【0054】
本発明の製造方法は、前述のとおり、化合物(1)を含むギ酸分解用触媒と、ギ酸と、溶媒とを含み、前記ギ酸および前記溶媒の少なくとも一方が重水素化されているギ酸溶液を準備する準備工程と、前記溶液を静置するか、加熱するか、または光照射することによりギ酸を分解させて重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させるギ酸分解工程とを含む、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造するための製造方法である。本発明の製造方法における前記準備工程は、例えば、化合物(1)の溶液にギ酸を加えてギ酸溶液とすることにより行うことができる。このとき、例えば、ギ酸の添加に先立ち、化合物(1)の溶液を十分に脱酸素することが、前記ギ酸分解工程における反応効率等の観点から好ましい。前記ギ酸分解工程は、前記ギ酸溶液をそのまま静置するか、必要に応じ加熱または光照射して行うことができる。加熱する場合、温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、より好ましくは20〜40℃である。発生した水素を捕集する方法も特に限定されず、例えば、水上置換、上方置換等、公知の方法を適宜用いることができる。
【0055】
本発明の製造方法において、前記溶媒は特に限定されず、例えば水でも有機溶媒でも良いし、一種類のみ用いても二種類以上併用しても良い。例えば、前記溶媒が水を含み、前記ギ酸溶液において、前記水および前記ギ酸の一方または両方が重水素化されていてもよい。前記有機溶媒としては特に限定されないが、化合物の溶解度等の観点から高極性溶媒が好ましく、アセトニトリル、プロピオニトリル、ブチロニトリル、ベンゾニトリル等のニトリル、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、n-ブチルアルコール等の第1級アルコール、イソプロピルアルコール、s-ブチルアルコール等の第2級アルコール、t-ブチルアルコール等の第3級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等の多価アルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、ジメトキシエタン、ジエチルエーテル等のエーテル、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド、ジメチルスルホキシド等のスルホキシド、酢酸エチル等のエステル等が挙げられる。前記溶媒としては、例えば、水と有機溶媒の混合溶媒でも良いが、水のみを用いることが、簡便であることから好ましい。さらに、原料のギ酸は、例えば、溶液、塩等の形態であっても良い。
【0056】
また、前記ギ酸溶液は、前記ギ酸分解用触媒、前記ギ酸および前記溶媒以外の他の添加物を含んでもよいが、本発明の製造方法では、このような他の添加剤を用いなくても、水素同位体ガスを高収量で、簡便に、かつ安全に発生させることができる。
【0057】
本発明のギ酸分解用触媒の活性は、特に制限されないが、従来のギ酸分解用触媒よりもさらに活性が高いことが好ましい。具体的には、重水素化されていない水(H2O)に重水素化されていないギ酸(HCOOH)を0.83M濃度で溶かした水溶液に水酸化ナトリウムを加えてpH3.8に調整し、本発明のギ酸分解用触媒を用いて298K(25℃)でギ酸分解反応を行った場合のTOF(Turn Over Frequency、1時間当たりの触媒の回転数)が、100以上であることが好ましい。前記反応条件におけるTOFは、より好ましくは200以上、特に好ましくは400以上であり、上限値は特に制限されないが、例えば500以下である。なお、前記反応条件におけるTOFは、例えば、後述の参考例1〜3のようにして測定することができる。また、TOFは、ギ酸分解反応において1時間当たり発生した水素分子数を、複核金属錯体(1)の分子数で割って求めた数値である。
【0058】
本発明のギ酸分解用触媒は、例えば、室温の水溶液中で、加熱を一切しなくても触媒として機能することが特に好ましい。なお、「室温」とは、特に制限されないが、例えば5〜35℃である。本発明の製造方法において、例えば、加熱を一切せずに前記ギ酸分解工程を行うことが、ギ酸分解用触媒が劣化しにくい等の理由により好ましい。例えば、前記ギ酸分解工程において、前記ギ酸溶液を、ギ酸の分解が開始するまで室温で静置し、さらにそのまま室温で静置して前記ギ酸分解工程を行うことが好ましい。この場合において、ギ酸の分解が開始するまでの時間は、特に制限されないが、例えば、10〜20分間である。なお、前記ギ酸溶液を静置して、しばらくギ酸分解が開始しない場合がある理由は、明らかではない。例えば、前記準備工程において、溶液を十分に脱酸素した場合であっても、除去し切れなかった残存酸素が化合物(1)と反応し、酸素を還元的に消費し切ってから化合物(1)とギ酸との反応が始まる場合があると考えられる。ただし、これは推測可能な機構の一例に過ぎず、本発明を何ら限定しない。また、前記ギ酸分解工程における反応条件は、上記の条件に制限されない。例えば、本発明のギ酸分解用触媒が十分に高活性な場合であっても、さらに反応効率を向上させる等の目的で、前述のように適宜加熱したり、水に代えて有機溶媒を用いたり、または水と有機溶媒を併用したりしても良い。
【0059】
本発明の製造方法において、前記溶液中における前記複核金属錯体(1)分子の濃度は特に限定されないが、例えば0.001〜50mmol/L、好ましくは0.005〜20mmol/L、より好ましくは0.005〜5mmol/Lである。前記複核金属錯体(1)分子とギ酸分子の物質量比(分子数比)も特に限定されないが、例えば100:1〜1:5000、好ましくは10:1〜1:2000、より好ましくは1:1〜1:1500である。
【0060】
本発明の製造方法は、例えば、前記ギ酸分解工程における副生成物としての二酸化炭素を得るために利用することもできる。また、本発明の水素同位体ガス製造方法によれば、二酸化炭素(CO2)以外の副生成物を伴わず、有毒な副生成物なしに水素を得ることも可能である。
【0061】
本発明の製造方法においては、ギ酸分解工程開始前の前記ギ酸溶液のpHまたはpD(初期pHまたはpD)は、特に制限されないが、例えば、1.0〜8.5の範囲である。前記初期pHまたはpDの調整は、公知のpH調整剤、例えば、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基性物質、塩酸、硫酸、硝酸等の酸性物質を用いて行うことができる。また、後述のとおり、前記初期pHまたはpDを調整することで、発生する重水素化水素(HD)および重水素(D2)の各々の発生量を調節できる。なお、本発明の製造方法において製造した水素(H2)、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも2種類の混合ガスから重水素(D2)および重水素化水素(HD)それぞれを得る方法は、特に限定されず、例えば、ガスクロマトグラフィー等を適宜用いることができる。
【0062】
本発明の製造方法では、化合物(1)によるギ酸の分解反応に、前記ギ酸溶液中の前記ギ酸および前記溶媒の少なくとも一方の重水素化物が重水素供給源として関与する結果、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方が発生する。本発明の製造方法において、例えば、前記ギ酸溶液の溶媒がD2Oを含んでいると、前記ギ酸分解工程で重水素(D2)を発生させることができる。これにより、例えば、重水素(D2)および重水化水素(HD)の両方を収率よく得るか、または、重水素(D2)を選択的に製造することができる。この場合、例えば、前記溶媒がD2Oのみからなっていることが特に好ましい。重水素(D2)および重水化水素(HD)の両方を収率よく得るためには、重水(D2O)を使用し、前記初期pHまたはpDを、1.0〜8.0の範囲とすることが好ましく、1.5〜6.0の範囲とすることがより好ましく、2.0〜4.0の範囲とすることがいっそう好ましい。重水素(D2)の発生量を増すためには、重水(D2O)を使用し、前記初期pHまたはpDを、1.0〜6.0の範囲とすることが好ましく、1.0〜4.0の範囲とすることがより好ましく、1.0〜3.0の範囲とすることがいっそう好ましい。重水素(D2)を選択的に製造する場合、得られるH2、HDおよびD2の全物質量(mol)中におけるD2の割合は、特に制限されないが、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上、さらに好ましくは70mol%以上、いっそう好ましくは80mol%以上、特に好ましくは90mol%以上である。前記D2の割合の上限値は特に制限されないが、理想的には100mol%である。
【0063】
また、本発明の製造方法においては、例えば、前記ギ酸溶液において、前記溶媒が水を含み、前記水および前記ギ酸の一方が重水素化されており、前記ギ酸分解工程開始前の初期pHまたは初期pDが2.5以上であることが好ましい。この製造条件によれば、前記ギ酸分解工程において、重水素化水素(HD)を発生させ、重水素化水素(HD)を選択的に製造しやすい。前記初期pHまたは初期pDは、好ましくは2.5以上であり、より好ましくは3.0以上であり、特に好ましくは3.3以上である。また、初期pHまたは初期pDの上限値は、例えば6.0以下であり、好ましくは5.5以下であり、より好ましくは5.0以下であり、特に好ましくは4.5以下である。また、この製造条件において、重水素化されたギ酸(DCOOH)と重水素化されていない水(H2O)を使用すると、重水素化水素(HD)を特に選択的に製造しやすいため、より好ましい。重水素化水素(HD)を選択的に製造する場合において、得られるH2、HDおよびD2の全物質量(mol)中におけるHDの割合は、特に制限されないが、好ましくは50mol%以上、より好ましくは60mol%以上、さらに好ましくは70mol%以上、いっそう好ましくは80mol%以上、特に好ましくは90mol%以上である。前記HDの割合の上限値は特に制限されないが、理想的には100mol%である。
【0064】
なお、本発明において、重水素化されたギ酸とは、ギ酸分子内におけるホルミル基部分(HCO-)の水素(H)が重水素(D)で置換された構造のギ酸をいう。カルボキシ基部分(-COOH)の水素は、軽水素(H)でも、重水素(D)で置換された構造でも良い。重水素化された水とは、D2OでもHDOでも良いが、D2Oが、価格、利便性等の観点から好ましい。前述のとおり、重水素化されたギ酸(DCOOH)と水(H2O)を使用した場合、特に重水素化水素(HD)を選択的に発生させることができる。非重水素化ギ酸(HCOOH)と重水(D2O)を使用した場合は、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の両方を発生させることができる。前記ギ酸(HCOOH)は、公知のギ酸製造方法等を参考にして、適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。重水素化されたギ酸(DCOOH)は、例えば、非重水素化ギ酸(HCOOH)から重水(D2O)の存在下に塩基または酸触媒を用いるなど、公知の重水素化法等を参考にして、適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。前記重水(D2O)は、水(H2O)を濃縮して適宜製造することができ、また、例えば、市販品として入手することができる場合は、市販品をそのまま用いても良い。
【0065】
また、本発明の製造方法は、前記ギ酸溶液において、前記溶媒および前記ギ酸の少なくとも一方が、重水素化に代えて三重水素化されていてもよい。このような条件であれば、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方に代えて三重水素(T2)および三重水素化水素(HT)の少なくとも一方を製造する方法としても用いることができる。
【0066】
なお、本発明の製造方法は、前述のとおり、前記ギ酸溶液において、前記ギ酸および前記溶媒の少なくとも一方が重水素化されている。しかし、前記ギ酸および前記溶媒のいずれもが重水素化されていなければ、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方に代えて、軽水素(H2)を製造する方法にも用いることができる。この軽水素(H2)の製造方法は、例えば、本発明の製造方法における前述の各条件を適用して行うことができる。
【0067】
本発明の製造方法によれば、例えば、多段分離塔や貴金属分離膜などの高価な設備を用いずに水素同位体ガスを高選択的に製造することもできる。また、例えば、密閉容器内で本発明の製造方法を行えば、高圧の水素同位体ガスを得ることもできる。このため、本発明によれば、例えば、ガス圧縮機等を用いることなく、常圧から高圧の任意の圧力の水素同位体ガスを得ることも可能である。
【0068】
なお、本発明のギ酸分解用触媒は、例えば、下記のようなギ酸製造および分解用装置にも用いることができる。以下のギ酸製造および分解用装置の説明において、水素(H2)とは、少なくとも一部がD2またはHDであるものとする。また、以下のギ酸製造および分解用装置の説明において、例えば、ギ酸が重水素化ギ酸であり、これをD2またはHDにおけるDの供給源としてもよいし、重水素化溶媒等をDの供給源として用いても良い。
【0069】
本発明のギ酸分解用触媒を用いたギ酸製造および分解用装置は、例えば、ギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させるギ酸分解部と、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)からギ酸を製造するギ酸製造部とを含み、前記ギ酸分解部は、本発明のギ酸分解用触媒を含み、前記ギ酸製造部は、水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造するギ酸製造用触媒を含む。この装置の具体的な構造は特に限定されないが、例えば、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部をさらに備えていても良い。また、例えば、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部をさらに備えていても良い。これによれば、ギ酸分解による副生成物の二酸化炭素から再度ギ酸を製造し、二酸化炭素(CO2)を大気中に放出させることなく循環的に利用することができる。また、前記ギ酸製造および分解用装置を用いた水素貯蔵および発生方法は、例えば、ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する水素貯蔵工程と、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる水素発生工程を含む。前記水素貯蔵工程および前記水素発生工程の順序は特に限定されず、どちらが先でも良いし、また、各工程を1回ずつ終えた後に、再び最初の工程に戻っても良い。前記水素貯蔵および発生方法を使用するための装置は特に限定されないが、例えば、前記ギ酸製造および分解用装置を用いて行うことができる。
【0070】
前記水素の貯蔵および発生は、例えば以下のようにして行うことができる。すなわち、まず、前記ギ酸製造および分解用装置を準備する。この装置は、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を前記ギ酸製造部に供給する二酸化炭素供給部、前記ギ酸製造部で製造したギ酸を前記ギ酸分解部に供給するギ酸供給部、および、前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部を備える。次に、前記水素供給部から前記ギ酸製造部に水素を供給するとともに、前記ギ酸分解部から発生した二酸化炭素を、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給する。そして、前記ギ酸製造部において、前記ギ酸製造用触媒により水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を反応させてギ酸を製造し、前記水素をギ酸の形態で貯蔵する。このギ酸は、任意の期間貯蔵した後に用いることができるが、必要であれば直ちに用いても良い。そして、前記ギ酸を、前記ギ酸供給部を介して前記ギ酸分解部に供給し、本発明のギ酸分解用触媒によりギ酸を分解して水素(H2)および二酸化炭素(CO2)を発生させる。この水素は、必要に応じ、例えば燃料電池等の任意の用途に利用することができる。そして、副生成物の二酸化炭素は、前記二酸化炭素供給部を介して前記ギ酸製造部に供給し、再びギ酸製造に利用する。前記ギ酸製造部に水素を供給する水素供給部は、特に限定されないが、例えば、公知の水素ボンベ等を備えていても良い。前記水素貯蔵および発生方法あるいは前記ギ酸製造および分解用装置を用いれば、ギ酸やギ酸塩として水素を貯蔵および運搬し、必要なときに必要なだけ必要な場所で安全に用いることができる。これによれば、水素ボンベ等を運搬し、必要なときに前記水素ボンベ等から直接水素を供給するよりも、安全性等の点で有利である。
【0071】
前記水素貯蔵および発生方法あるいは前記ギ酸製造および分解用装置に用いるギ酸製造用触媒は、特に限定されないが、例えば、本発明者らの発明による、下記文献(a)〜(c)に記載されたギ酸製造用触媒が好ましい。このギ酸製造用触媒は、下記式(23)または(24)で表される。下記式(23)中、X1は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X1がH2OのときはQは3であり、X1がHのときはQは2である。R100およびR200は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。下記式(24)中、X2は、H2O(水分子)またはH(水素原子)であり、X2がH2OのときはTは2であり、X2がHのときはTは1である。R300およびR400は、それぞれ独立に、水素原子またはメトキシ基である。ただし、下記式(23)および(24)において、X1、X2、R100、R200、R300およびR400は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、R100、R200、R300またはR400は、他のアルコキシ基またはアルキル基等であっても良い。また、式(23)におけるペンタメチルシクロペンタジエニル基あるいは式(24)におけるヘキサメチルベンゼン基において、各メチル基は、ギ酸製造用触媒としての機能を損なわない限り、他の原子団で置き換えても良く、例えば、それぞれ独立に、他のアルキル基、アルコキシ基、水素原子等であっても良い。下記式(23)および(24)で表されるギ酸製造用触媒は、それまでのギ酸製造用触媒と異なり、酸性条件下で高い活性を示すことが特徴である。これにより、製造したギ酸を、塩でなく遊離酸の形で利用できるため、操作の簡便性等の観点から好ましい。また、下記式(23)および(24)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法も特に限定されないが、当業者であれば、本願明細書の記載および技術常識に基づいて容易に製造可能である。下記式(23)および(24)は、例えば、本発明のギ酸分解用触媒の製造方法に準じて製造しても良い。すなわち、例えば、下記式(23)のうち、アクア錯体は、[Cp*Ir(OH2)3]2+(Cp*はペンタメチルシクロペンタジエニル基)水溶液に、ビピリジン配位子を混合する方法で合成可能であり、ヒドリド錯体は、アクア錯体にギ酸またはH2を加えて生成させることができる。これらの製造方法は、下記文献(a)〜(c)等に詳細に記載されている。
【0072】
【化9】

【0073】
(a) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,and Shunichi Fukuzumi,Chem. Commun. 2004, 2714−2715
(b) Seiji Ogo,Ryota Kabe,Hideki Hayashi,Ryosuke Harada and Shunichi Fukuzumi,Dalton Trans. 2006, 4657-4663
(c) Hideki Hayashi,Seiji Ogo,Tsutomu Abura,and Shunichi Fukuzumi,Journal of American Chemical Society, 2003, 125, 14266-14267
【0074】
前記式(23)または(24)で表されるギ酸製造用触媒の製造方法の例示として、前記文献(b)に記載の方法を以下に記す。
【0075】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(24)において、X2がH2O(水分子)、R300およびR400がメトキシ基、T=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(105mg, 0.486mmol)を、[(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4(200mg, 0.484mmol)の水溶液(20cm3)に加える。この溶液を室温で24時間撹拌し、淡褐色の溶液を得る。微量の不純物を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして、目的物の[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([(η6-C6Me6)RuII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率98%)。以下に、[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0076】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4
1H NMR(300MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm) 2.12(s, η6-C6(CH3)6, 18H), 4.08(s, OCH3, 6H), 7.42(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.86(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.91(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0077】
また、この硫酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(64.7mg, 0.10mmol)の水溶液(5cm3)にNaPF6(168mg,1.00mmol)の水溶液(1cm3)を加えると、橙色粉末状のヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2が析出する。この粉末をメタノールで再結晶してヘキサフルオロリン酸塩[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2の結晶を得る。以下に、このヘキサフルオロリン酸塩の元素分析値を示す。
【0078】
[(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2
元素分析: [(η6-C6Me6)RuII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](PF6)2・H2O:C24H34N2F12O4P2Ru:理論値:C,35.79; H,4.25; N,3.48%. 観測値: C,35.85; H,4.31; N,3.44%.
【0079】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]2+(前記式(23)において、X1がH2O(水分子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=2のギ酸製造用触媒)の硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、4,4’-ジメトキシ-2,2’-ビピリジン(324mg, 1.50mmol)を、[Cp*IrIII(OH2)3]SO4(717mg, 1.50mmol)の水溶液(25cm3)に加える。この溶液を室温で12時間撹拌し、黄色溶液を得る。微量の沈殿を濾過により除き、濾液を減圧下でエバポレーションして目的物の[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4を得る。それを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(OH2)3]SO4に基づいて計算した収率96%)。以下に、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の機器分析値を示す。
【0080】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4
1H NMR(300MHz, H2O, 25℃)δ(TSP in D2O, ppm): 1.67(s, η5-C5(CH3)5, 15H), 4.11(s, OCH3, 6H), 7.40(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 7.97(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.89(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
【0081】
また、この硫酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4の水溶液(1cm3)にトリフルオロメタンスルホン酸ナトリウムNaOTf(172mg, 1.5mmol)の水溶液(0.5cm3)を加えると、黄色粉末状のトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2が析出する。この粉末を水で再結晶してトリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の単結晶を得る。以下に、トリフルオロメタンスルホン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2の元素分析値を示す。
【0082】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2
元素分析: [Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)](OTf)2:C24H29N2F6O9S2Ir:理論値: C,33.53; H,3.40; N,3.26%. 観測値: C,33.47; H,3.36; N,3.37%.
【0083】
[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+(前記式(23)において、X1が水素原子(ヒドリド配位子)、R100およびR200がメトキシ基、Q=1のギ酸製造用触媒)のヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6は、以下のようにして製造できる。すなわち、まず、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4(13.1mg, 20.0μmol)のクエン酸緩衝溶液(pH3.0, 20cm3, 淡黄色)にH2を吹き込みながら加圧条件(5.5MPa)に保つ。この条件下、40℃で12時間反応させ、[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液を得る。
【0084】
前記[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+の赤色溶液(pH3.0水溶液)にNaPF6(16.7mg, 0.1mmol)を加えると、空気中で安定なヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6が、黄色粉末として析出する。これを真空乾燥して用いる([Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)(OH2)]SO4に基づいて計算した収率77%)。以下に、ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6の機器分析値を示す。
【0085】
ヘキサフルオロリン酸塩[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]PF6
1H NMR(300MHz, DMSO-d6, 25℃)δ(TMS, ppm): -11.25(s, Ir-H, 1H), 1.79(s, η5-C5(CH3)5, 15H), 4.06(s, OCH3, 6H), 7.33(dd, J=6.6, 2.6Hz, bpy, 2H), 8.33(d, J=2.6Hz, bpy, 2H), 8.65(d, J=6.6Hz, bpy, 2H).
ESI-MS (in H2O), m/z 545.2 {[Cp*IrIII(4,4’-OMe-bpy)H]+; m/z 100-2000の範囲における相対強度(I)=100%}.
FT-IR(KBr, cm-1) 2030(Ir-H).
【0086】
さらに、前記式(23)および(24)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法も特に限定されない。例えば、これら触媒を適宜な溶媒に溶解させ、その溶液中に水素および二酸化炭素を供給して触媒反応させ、ギ酸を製造することができる。したがって、例えば、適切な容器に前記式(23)および(24)で表されるギ酸製造用触媒の溶液を充填することで、本発明のギ酸製造および分解用装置におけるギ酸製造部を構築することもできる。前記溶媒は特に限定されず、例えば水または有機溶媒を用いることが可能であり、単独でも混合溶媒でも良い。前記溶媒は、前記式(23)および(24)で表されるギ酸製造用触媒の溶解度、反応の簡便性、水素および二酸化炭素の反応性等の観点から、水が特に好ましい。前記触媒反応における反応温度は特に限定されないが、例えば4〜100℃、好ましくは10〜80℃、特に好ましくは20〜60℃である。反応時間も特に限定されないが、例えば1〜80分、好ましくは2〜30分、特に好ましくは2〜10分である。反応系における水素(H2)の内圧は、特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。二酸化炭素(CO2)の内圧も特に限定されないが、例えば0.1〜10MPa、好ましくは0.1〜8MPa、特に好ましくは0.1〜6MPaである。前記式(23)および(24)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法については、前記文献(a)〜(c)等に詳しく記載されているが、当業者であれば、本明細書の記載および技術常識から容易に実施可能である。
【0087】
前記式(23)および(24)で表されるギ酸製造用触媒の使用方法の一例として、前記文献(b)に記載されている、酸性水溶液中におけるCO2の触媒的水素化方法を記す。すなわち、まず、反応容器(耐圧容器)として、Parr社のBenchTop Micro Reactor(商品名、シリンダー容積50cm3)を準備する。この反応容器の材質は、Hastelloy(Haynes International, Inc. の登録商標)と呼ばれる合金である。つぎに、前記式(23)または(24)で表されるギ酸製造用触媒(20.0μmol)を、pH3.0のクエン酸緩衝液(20cm3)に溶かし、前記耐圧容器中に封入する。そして、前記溶液を40℃に加熱し、CO2およびH2を適宜吹き込んで加圧し、適切な時間反応させる。容器内圧を常圧に戻した後、前記溶液を氷浴で手早く冷やす。ギ酸HCOOHの生成は、例えば、D2O中においてTSP(重水素化3-(トリメチルシリル)プロピオン酸ナトリウム、(CH3)3Si(CD2)2CO2Na)を内部標準とした1H NMR測定により確認することができる。
【実施例】
【0088】
以下、本発明の実施例について説明する。しかし、本発明は、以下の実施例のみには限定されない。
【0089】
[測定条件等]
下記実施例において、反応の追跡は紫外可視吸収スペクトル、ESI-Mass、GCおよび1H-NMRにより行なった。全ての化学物質は試薬級である。cis-ビス(2,2’-ビピリジン)ジクロロルテニウムRu(bpy)2Cl2の2水和物は、Strem Chemicals社から購入した。2,2’-ビピリミジンは、Aldrich社から購入した。ギ酸は、和光純薬工業株式会社から購入した。紫外可視吸収スペクトル(UV-Vis.スペクトル)測定は、島津製作所の機器(商品名UV-3100PC)を用いて行った。蛍光スペクトル測定には、島津製作所の機器(商品名RF-5300PC)を用いた。ESI-MSデータは、API-150EX mass spectrometer (商品名、PE-Sciex社製)を用い、イオンスプレーインターフェースを装備してpositive detection modeで収集した。スプレー装置は、電圧を+5.0kVに保ち、液体噴霧の補助には、加圧N2を用いた。1H-NMR測定は、日本電子(JEOL)社の機器 核磁気共鳴分光測定装置(商品名JNM-AL300、1H-NMR測定時300.4MHz)を用いた。13C-NMR測定は、Varian社の機器 核磁気共鳴分光測定装置(商品名UNITY INOVA600、13C-NMR測定時599.9MHz)を用いた。GC分析には、島津製作所の機器(商品名GC-14B)、及び水素同位体ガス分離カラム(商品名Hydro Isopack(2.0m, 4.0mm i.d., GTR TEC Co., Ltd.)を備えた島津製作所のガスクロマトグラフ(商品名GC-8A)を用いた。過渡吸収スペクトルは、レーザーフラッシュフォトリシス法により観測した。フェムトおよびナノ秒レーザーフラッシュフォトリシス測定は、フェムトおよびナノ秒時間分解分光測定装置(ユニソク社製)を用いた。元素分析には、柳本製作所の商品名CHN-Corder(MT-2型)を用いた。ギ酸分解反応における水素発生量は、発生した気体を5mol/L NaOH水に通して二酸化炭素を除き、残った水素のみを水上置換法でメスシリンダー内に捕集して測定した。
【0090】
[錯体製造例1:複核金属錯体(アクア錯体)の製造]
以下のようにして、本発明の化合物(複核金属錯体)であるイリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)を製造(合成)した。すなわち、まず、水(20ml)に、市販試薬であるビス(2,2’-ビピリジン)ジクロロルテニウムRu(bpy)2Cl2の2水和物(3.1g、6mmol、Strem Chemicals社製)を加えて水溶液とし、これにAg2SO4(1.87g、6mmol)を加えて室温で12時間攪拌した。沈殿物AgClをガラスフィルター(G4)でろ別し、ろ液をメンブランフィルター(ADVANTEC社、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)製)を通してさらにろ過し、ろ液を減圧下で水分を除去して空気中で安定な赤色固体の[Ru(bpy)2(H2O)2]2+の硫酸(SO42-)塩を得た。ルテニウムアクア錯体[Ru(bpy)2(H2O)2]2+の硫酸塩(0.6g、1.1mmol)を、水40mLに溶解させ、水溶液とした。この溶液中に1当量の2,2’-ビピリミジン(Johnson Matthey社製)を加えると、ただちに[Ru(bpy)2(H2O)2]2+と反応し、架橋型配位子を有するルテニウム錯体[Ru(bpy)2bpm]2+(bpm=2,2’-ビピリミジン)の水溶液が得られた。さらに、この水溶液から水を留去(エバポレーションにより除去)し、[Ru(bpy)2bpm]2+の硫酸塩(bpm=2,2’-ビピリミジン)を単離した。以下に、[Ru(bpy)2(H2O)2]2+硫酸塩および[Ru(bpy)2bpm]2+硫酸塩の機器分析データを示す。
【0091】
ルテニウムアクア錯体の硫酸塩 [Ru(bpy)2(H2O)2]SO4:
1H-NMR (D2O, 298K)δ(TSP, ppm) 7.06(t, J=7Hz, 2H, bpy), 7.70(d, J=6Hz, 2H, bpy), 7.74(t, J=8Hz, 2H, bpy), 7.88(t, J=7Hz, 2H, bpy), 8.23(t, J=8 Hz, 2H, bpy), 8.34(d, J=8Hz, 2H, bpy), 8.56(d, J=8Hz, 2H, bpy), 9.36(d, J=5Hz, 2H, bpy) 13C-NMR (D2O, 298K)δ(TSP, ppm) 126.09, 126.26, 128.43, 129.73, 138.62, 140.28, 154.43, 157.23, 161.13, 163.37
UV-Vis. (nm): 243, 290, 339, 481, 647(sh)
元素分析: [Ru(bpy)2(H2O)2]SO4・H2O: C20H22N4O7SRu; 理論値: C, 42.63; H, 3.93; N, 9.94. 観測値: C, 42.53; H, 3.67; N, 9.95.
質量分析(ESI-MS): m/z [M -2H2O -SO4 +PF6]+ 559.0 理論値 C20H16N4F6PRu 559.0
【0092】
ルテニウム錯体の硫酸塩 [Ru(bpy)2bpm]SO4:
1H-NMR (D2O, 298K)δ(TSP, ppm) 7.41(t, J=7Hz, 2H, bpy), 7.45(t, J=7Hz, 2H, bpy), 7.60(t, J=5Hz, 2H, bpm), 7.80(d, J=5Hz, 2H, bpy), 7.94(d, J=5Hz, 2H, bpy), 8.09(t, J=8Hz, 2H, bpy), 8.12(t, J=8Hz, 2H, bpy), 8.24(dd, J=6, 2Hz, 2H, bpm), 8.57(d, J=8Hz, 2H, bpy), 8.58(d, J=7Hz, 2H, bpy), 9.09(dd, J=5, 2Hz, 2H, bpm)13C-NMR (D2O, 298K)δ(TSP, ppm) 124.40 (bpy), 124.44 (bpy), 124.51 (bpm), 127.48 (bpy), 127.65 (bpy), 138.39 (bpy), 138.53 (bpy), 151.72 (bpy), 151.89 (bpy), 157.04 (bpy), 157.09 (bpy), 157.70 (bpm), 159.98 (bpm), 163.11 (bpm)
UV-Vis. (nm): 244, 283, 415
元素分析: [Ru(bpy)2bpm]SO4・4H2O: C28H30N8O8SRu; 理論値: C, 45.46; H, 4.09; N, 15.15. 観測値: C, 45.39; H, 4.06; N, 15.36.
質量分析(ESI-MS): m/z [M -SO4 +PF6]+ 717.0 理論値 C28H22N8F6PRu 717.1
【0093】
一方、有機金属イリジウムアクア錯体[Cp*Ir(H2O)3]2+の硫酸(SO42-)塩を、Ogo, S.; Makihara, N.; Watanabe, Y., Organometallics 1999, 18, 5470-5474.およびOgo, S.; Nakai, H.; Watanabe, Y., J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 597 -601.に記載の方法にしたがって合成し、単離した。なお、Cp*は、ペンタメチルシクロペンタジエニル基を示す。合成および単離の操作は、具体的には以下の通りである。すなわち、まず、市販試薬であるペンタメチルシクロペンタジエニルジクロロイリジウムダイマー[Cp*IrCl2]2 (2.4g、3mmol、Strem Chemicals, Inc.)の懸濁水溶液(20mL)にAg2SO4(1.87g、6mmol)を加えて室温で12時間攪拌した。そして、沈殿物AgClをガラスフィルターでろ別し、ろ液をメンブランフィルター(ADVANTEC社 PTFE製)を通してさらにろ過し、ろ液を減圧下で水分を除去して空気中で安定な黄色固体の[Cp*Ir(H2O)3]2+SO4を得た。なお、生成物の機器分析値を、前記文献Ogo, S.; Makihara, N.; Watanabe, Y., Organometallics 1999, 18, 5470-5474.およびOgo, S.; Nakai, H.; Watanabe, Y., J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 597-601.に記載の値と比較し、有機金属イリジウムアクア錯体[Cp*Ir(H2O)3]2+を確認した。すなわち、生成物[Cp*Ir(H2O)3]2+SO4の機器分析値は下記の通りであり、前記文献に記載の値と良い一致を示した。
【0094】
[Cp*Ir(H2O)3]2+SO4
1H NMR(D2O, pH2.3, 25℃)δ(DSS, ppm): 1.61 (s; Cp*).
1H NMR(DMSO-d6, 25℃)δ(DMSO-d6の残水素を2.50ppmとして参照): 1.68(s; Cp*), 3.31(br; H2O).
13C NMR (D2O, pH2.3, 25℃)δ(DSS, ppm) 11.09(s; η5-C5(CH3)5), 86.94(s; η5-C5(CH3)5).
元素分析:[Cp*Ir(H2O)3]2+SO4: C10H21Ir1O7S1; 理論値: C, 25.15; H, 4.43. 観測値: C, 25.39; H, 4.48.
【0095】
さらに、前記の通り合成および単離した[Ru(bpy)2bpm]2+硫酸塩を1当量の有機金属イリジウムアクア錯体[Cp*Ir(H2O)3]2+と水中において室温で反応させ、目的のイリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)を得た(下記スキーム1)。なお、下記スキーム1において、式(101)は、[Ru(bpy)2bpm]2+を示し、式(102)は、[Cp*Ir(H2O)3]2+を示す。
【0096】
【化10】

【0097】
前記スキーム1の操作は、具体的には以下の通り行った。すなわち、まず、前記[Ru(bpy)2bpm]2+の硫酸塩(162.7mg、0.22mmol)を、水10mLに溶解させ、水溶液とした。一方、有機金属イリジウムアクア錯体[Cp*Ir(H2O)3]2+の硫酸塩(105.1mg、0.22mmol)を、水10mLに溶解させ、水溶液とした。これら2つの水溶液を混合すると、直ちに反応が起こり、イリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)の水溶液が得られた。そして、この水溶液から水を留去してイリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)の硫酸塩を単離し、1H-NMR、UV-Vis.およびESI-MSにより構造を確認した。1H-NMR測定用溶媒としては、重水(D2O)を用い、TSP-d4(トリメチルシリルプロピオン酸ナトリウム)を基準物質とした。UV-Vis.測定溶媒としては、水を用いた。ESI-MS測定用溶媒としては、メタノールを用いた。図5に、アクア錯体(8)のESI-MSスペクトル図の一部を示す。図示の通り、このESI-MSスペクトルでは、アクア錯体(8)の配位子である水分子(アクア配位子)がメトキシドイオンに置換されたメトキシド錯体(11)[Ru(bpy)2bpmIrCp*(OCH3)SO4]+が、m/zが最大(m/z=1027)となる親イオンピークとして観測された。水溶性のイリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)の硫酸塩は吸湿性であるので、イリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)の硫酸塩水溶液に対してヘキサフルオロリン酸カリウム(東京化成工業株式会社製)の飽和水溶液を数滴滴下し、対イオン交換によって水に難溶なイリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)のヘキサフルオロリン酸塩として沈殿する暗緑色固体を吸引ろ過した後に真空乾燥し、これを元素分析に供した。また、以下に、前記1H-NMR、UV-Vis.、質量分析、元素分析の測定結果を示す。
【0098】
イリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8): [Ru(bpy)2bpmIrCp*(OH2)](SO4)2:
1H-NMR (D2O, 298K)δ(TSP, ppm) 1.71(s, 15H, Cp*), 7.42(t, J=7Hz, 2H, bpm), 7.50(t, J=7Hz, 1H, bpy), 7.55(t, J=7Hz, 1H, bpy), 7.70(d, J=5Hz, 1H, bpy), 7.75(d, J=7Hz, 1H, bpy), 7.95(t, J=6Hz, 1H, bpy), 7.97(t, J=6Hz, 1H, bpy), 8.09-8.14(m, 5H, bpm, bpy), 8.18(t, J=8Hz, 1H, bpy), 8.47(d, J=5Hz, 1H, bpy), 8.53(d, J=6Hz, 1H, bpy), 8.54-8.62(m, 4H, bpm, bpy), 9.45(td, J=5, 2Hz, 2H, bpm)
13C-NMR (D2O, 298K)δ(TSP, ppm) 10.97 (CH3), 93.54 (η5-C5(CH3)5), 127.26, 127.31, 127.39, 127.58, 130.00, 130.25, 130.32, 130.52, 130.79, 131.03, 154.49, 154.61, 155.15, 156.31, 159.03, 159.75, 159.76, 159.88, 160.20, 160.49, 164.56, 164.77, 169.08, 169.23
UV-Vis. (nm): 246, 279, 412, 575
元素分析: [Ru(bpy)2bpmIrCp*(OH2)](PF6)4: C38H39N8OF24P4RuIr; 理論値: C,
30.49; H, 2.63; N, 7.49. 観測値: C, 30.28; H, 2.58; N, 7.52.
質量分析 (ESI-MS): m/z [M -SO4 +CH3O]+ 1027.0 理論値 C28H22N8F6PRu 1027.2
【0099】
なお、[Ru(bpy)2bpm]2+水溶液(1.2×10-3mol/L)に[Cp*Ir(H2O)3]2+を加えた際のUV-Vis.スペクトルを、[Cp*Ir(H2O)3]2+の濃度を0〜1.7×10-3mol/Lまで種々変化させて測定した。光路長は1mmであった。図6のグラフに、そのUV-Vis.スペクトル図を示す。図の縦軸は吸光度であり、横軸は波長である。図中の曲線は、種々の[Cp*Ir(H2O)3]2+濃度におけるUV-Vis.スペクトルを示し、矢印は、[Cp*Ir(H2O)3]2+濃度の増加に伴う各吸収帯の吸光度の増加または減少の様子を示す。図示の通り、吸収極大波長412nmおよび575nmの吸収帯は、[Cp*Ir(H2O)3]2+濃度の増加に伴い吸光度が増加し、極大吸収波長470nmの吸収帯は、[Cp*Ir(H2O)3]2+濃度の増加に伴い逆に吸光度が減少した。しかし、いずれの吸収帯も、[Cp*Ir(H2O)3]2+の濃度が1.2×10-3Mすなわち[Ru(bpy)2bpm]2+に対し1当量を超えてからは、変化が見られなかった。さらに、図6挿入図のグラフに、同図における波長575nmの吸光度と、[Cp*Ir(H2O)3]2+/[Ru(bpy)2bpm]2+の濃度比すなわち物質量比([Ir]/[Ru])を示す。同図縦軸は波長575nmの吸光度であり、横軸は[Ir]/[Ru]である。同図に示す通り、波長575nmの吸光度は、[Cp*Ir(H2O)3]2+の濃度が1.2×10-3mol/Lすなわち[Ru(bpy)2bpm]2+に対し1当量までは[Cp*Ir(H2O)3]2+の濃度に比例して増加したが、それ以上の[Cp*Ir(H2O)3]2+濃度では変化しなかった。このことからも、[Ru(bpy)2bpm]2+と[Cp*Ir(H2O)3]2+が水溶液中において1:1の物質量比で反応して複核錯体を形成したことが示された。
【0100】
なお、[Ru(bpy)2bpm]2+水溶液(2.0×10-4mol/L)に[Cp*Ir(H2O)3]2+を1当量加えた際の[Ru(bpy)2bpm]2+の発光スペクトルを測定した。測定は1cm角4面透明石英セルを用いた。図7のグラフに、その発光スペクトル変化図を示す。図の縦軸は発光強度であり、横軸は波長である。図中の上側の曲線は、[Ru(bpy)2bpm]2+の発光スペクトルを示し、下側の曲線は、[Cp*Ir(H2O)3]2+を1当量加えた後の発光スペクトルを示す。矢印は、[Cp*Ir(H2O)3]2+の添加に伴う発光強度のほぼ完全な減少を示す。このことからも、[Ru(bpy)2bpm]2+と[Cp*Ir(H2O)3]2+が水溶液中において1:1の物質量比で反応して複核錯体を形成したことが示された。
【0101】
[錯体製造例2:複核金属錯体(ヒドリド錯体)の製造]
実施例1で合成したアクア錯体(8)を水中(pH2.0)において、過剰量のギ酸と反応させた。具体的には、水0.4mLに希硫酸を加えてpHを2.0に調製し、そこに、前記の通り合成したアクア錯体(8)の硫酸塩(1.0mg、8.8×10-3mmol)を加えて溶解させ、アルゴンガスを水溶液に流通させて脱酸素した後、ギ酸(8.3mL、2.2×10-1mol)を加えて333Kにおいて反応させた。反応後の水溶液のUV-Vis.吸収スペクトルを測定したところ、アクア錯体(8)のアクア配位子がヒドリドに置き換わったイリジウムヒドリド錯体(9)のスペクトルが確認された。なお、イリジウムヒドリド錯体(9)の構造は、前記化学式(9)の通りである。以下に、イリジウムヒドリド錯体(9)の機器分析データを示す。
【0102】
イリジウムヒドリド錯体(9):
1H-NMR(H2O, 298K)δ(TSP/D2O, ppm) -11.4(s, Ir-H), 1.91(s, 15H, Cp*), 7.41-7.55(m, 4H, bpm, bpy), 7.65-7.75(m, 2H, bpm, bpy), 7.86(d, J=5Hz, 1H, bpy), 7.98(d, J=7Hz, 1H, bpy), 8.05-8.20(m, 5H, bpm, bpy), 8.32(m, 1H, bpm, bpy), 8.45-8.65(m, 6H, bpm, bpy), 9.27(d, J=5Hz, 2H, bpm)
UV-Vis. (nm): 391(sh), 409, 518, 590
【0103】
[錯体製造例3:複核金属錯体(イリジウム1価錯体)の製造]
水酸化ナトリウムを水に加えて、水のpHを2.0に代えて4.0とする以外は錯体製造例2と同様にしてアクア錯体(8)とギ酸を反応させた。反応後の水溶液のUV-Vis.吸収スペクトルを測定したところ、近赤外域(λ>900nm)にまで及ぶ幾つかの吸収極大(λmax=453,512,723nm)を有するスペクトルが観測された。このスペクトルは、前記化学式(10)で表されるイリジウム1価錯体に由来すると考えられる。また、反応機構としては、例えば、アクア錯体(8)が1当量のギ酸と反応してイリジウムヒドリド錯体(9)が生成し、さらに熱的に脱プロトン化してイリジウム1価錯体(10)を生成したことが考えられる。しかし、これは推定可能な機構の一例であり、本発明を限定するものではない。なお、以下に、機器分析データを示す。
【0104】
イリジウム1価錯体(10):
UV-Vis. (nm): 409, 453(sh), 512, 723, 795(sh)
【0105】
[錯体製造例4:イリジウムヒドリド錯体の脱プロトンによるイリジウム1価錯体の生成]
錯体製造例2において、アクア錯体(8)をpH2.0でギ酸と反応させた後のイリジウムヒドリド錯体(9)水溶液に、脱酸素した1.5×10-4mol/L希硫酸を加えてpHを2.1〜3.9まで変化させ、各pHにおけるUV-Vis.吸収スペクトルを測定した。図8のグラフに、そのスペクトル図を示す。図中、横軸は波長(nm)であり、縦軸は吸光度である。また、矢印は、pHの減少(酸性度の増加)に伴う吸光度の変化を示す。図示の通り、pHの減少(酸性度の増加)に伴い、極大吸収波長409nmおよび591nmの吸光度は増加し、512nmおよび723nmの吸光度は逆に減少した。さらに、図9(A)のグラフに、図8における波長512nmの吸光度とpHとの関係を示す。図中、横軸はpHであり、縦軸は吸光度である。図示の通り、波長512nmの吸光度は、pHが約4から約2まで減少するにつれて約0.8から約0.4までなだらかに減少した。さらに、図9(B)のグラフに、イリジウムヒドリド錯体(9)濃度をイリジウム1価錯体(10)濃度で割った値の対数値log([Ir-H]/[Ir])と、pHとの関係を示す。同図中、横軸はpHであり、縦軸はlog([Ir-H]/[Ir])である。図示の通り、傾きが-1.0、切片が3.2の直線が得られた。log([Ir-H]/[Ir])はpKa-pHに等しいことから、イリジウムヒドリド錯体(9)のpKaは3.2であることが確認された。
【0106】
また、イリジウムヒドリド錯体(9)の水溶液の可視光レーザーによるナノ秒レーザーフラッシュフォトリシスを行った。水溶液は、前記の通りアクア錯体(8)をpH2.0でギ酸と反応させた後のイリジウムヒドリド錯体(9)水溶液(硫酸酸性、イリジウムヒドリド錯体(9)濃度1.8×10-4M、pH2.8)を用いた。照射光出力は7mJ/パルスであった。また、励起波長は、イリジウムヒドリド錯体(9)の特徴的な吸収帯(λmax=409nm)に対応する波長(420nm)を用いた。なお、この吸収帯は、イリジウムヒドリド錯体(9)のルテニウム(II)錯体部位由来のMLCT吸収帯と考えられる。図10に、そのナノ秒レーザーフラッシュフォトリシスによる過渡吸収スペクトル図を示す。図中、横軸は波長(nm)であり、縦軸は光学密度差(ΔO.D.)である。矢印は、照射後の光学密度差変化を示す。励起レーザーパルス照射後、3ミリ秒間隔で過渡吸収スペクトルを観測した。図示の通り、照射直後に波長510nmおよび720nmの吸収が現れた後に光学密度差が減少し、一方、410nmおよび600nmのブリーチ(退色)が起きた後、光学密度差が増大した。すなわち、照射直後の吸収極大波長はイリジウム1価錯体(10)のλmaxと一致した。このことは、イリジウムヒドリド錯体(9)を可視光レーザーにより励起すると、Ir-H結合が開裂して脱プロトン化が起こり、酸発生剤として働いたことを示す。
【0107】
さらに、励起波長を409nmに代えて600nmとしてレーザー光照射を行っても、イリジウム1価錯体(10)由来の過渡吸収スペクトルが得られた。すなわち、イリジウムヒドリド錯体(9)は、金属−ヒドリド結合からの光脱プロトン化が、従来のヒドリド錯体よりも長波長の光で可能であることが確認された。なお、従来の有機金属イリジウムヒドリド錯体[Cp*Ir(bpy)H]+(Cp*=ペンタメチルシクロペンタジエニル,bpy=2,2’−ビピリジン)では、光脱プロトン化可能な波長は500nm未満であった。この有機金属イリジウムヒドリド錯体[Cp*Ir(bpy)H]+については、特開2005−104880号公報、Suenobu, T.; Guldi, D. M.; Ogo, S.; Fukuzumi, S., Angew. Chem., Int. Ed. 2003, 42, 5492-5495.およびAbura, T.; Ogo, S.; Watanabe, Y.; Fukuzumi, S., J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 4149-4154.に記載されている。
【0108】
さらに、水を重水に代えて同様のナノ秒レーザーフラッシュフォトリシスを行い、水中および重水中でのイリジウム1価錯体(10)のイリジウム(I)金属中心のプロトン化反応の速度定数(水中の速度定数kHと重水中の速度定数kD)を比較した。図11のグラフ縦軸に波長512nmにおける光学密度差を、横軸にレーザー照射時間を示す。図中、「Ir-H」と示した曲線は水中レーザー照射時のスペクトルを示し、「Ir-D」と示した曲線は重水中レーザー照射時のスペクトルを示す。さらに、図11挿入図は、図11縦軸をln[(Ainf-A)/(Ainf-A0)]に変換したものである。Aはその照射時間での光学密度差であり、Ainfはレーザーパルス照射後無限大時間での光学密度差、A0は照射直後での光学密度差である。図示の通り、水中、重水中のいずれも、ln[(Ainf-A)/(Ainf-A0)]と照射時間の関係は一次直線で得られた。ここから、kH=1.1×102s-1と計算され、さらに、速度論的重水素同位体効果(kH/kD=1.4)が確認された。この重水素同位体効果は、前記ナノ秒レーザーフラッシュフォトリシスにおいて、プロトン(または重水素)の脱離が起こっていることを示す。このことからも、錯体製造例2における生成物がヒドリド錯体であることが示された。
【0109】
また、同様の条件でフェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスを行った。励起波長は420nmとした。図12のグラフに、水中のフェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスのスペクトル図を示す。図中、横軸は波長(nm)、縦軸は光学密度差である。レーザーパルス照射後の時間を表す数字の右横および左横の矢印は、時間の増加を示す。さらに、吸光度を示す曲線(スペクトル)中、波長512nm付近の矢印は、極大吸収波長512nm付近の吸光度が、時間90ピコ秒から700ピコ秒まで連続的に増加したことを示す。極大吸収波長512nm付近の吸光度から、イリジウム1価錯体(10)の生成が確認された。すなわち、イリジウムヒドリド錯体(9)のIr-H結合が開裂して脱プロトン化が起こり、酸発生剤として働いたことを示す。なお、詳細な機構として、時間0から70ピコ秒までは、励起状態間の遷移が起こり、時間90ピコ秒から700ピコ秒までは、イリジウムヒドリド錯体(9)のIr-H結合の開裂(脱プロトン化)によるイリジウム1価錯体(10)の生成が起こっていることが考えられる。ただし、これは推定可能な機構の一例であり、本発明を何ら限定しない。
【0110】
さらに、水を重水に代えて同様のフェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスを行い、水中および重水中でのイリジウムヒドリド錯体(9)のイリジウム-ヒドリド結合からの脱プロトン化反応の速度定数(水中の速度定数kHと重水中の速度定数kD)を比較した。図13のグラフ縦軸に、波長512nmにおける光学密度差を、横軸にパルスレーザー照射後の時間を示す。図中、「Ir-H」と示した曲線は水中レーザー照射時のスペクトルを示し、「Ir-D」と示した曲線は重水中レーザー照射時のスペクトルを示す。なお、同図の測定において、イリジウムヒドリド錯体(9)の初期濃度は9.0×10-4mol/L、光路長は2mmであった。さらに、図13挿入図は、図13縦軸をln[(Ainf-A)/(Ainf-A0)]に変換したものである。Aは照射後、その時間での光学密度差であり、Ainfは照射後の時間無限大での光学密度差、A0は照射直後での光学密度差である。図示の通り、水中、重水中のいずれも、ln[(Ainf-A)/(Ainf-A0)]と照射時間の関係は一次直線で得られた。ここから、kH=6.6×109s-1、kH/kD=1.0と計算され、フェムト秒レーザーフラッシュフォトリシスでは重水素同位体効果を示さないことが確認された。
【0111】
[参考例1:ギ酸分解用触媒によるギ酸の分解および水素の製造]
錯体製造例1で製造したイリジウム−ルテニウム2核アクア錯体(8)を水2mLに溶かし、水溶液とした。この水溶液にアルゴンガス気流を20分間パージして脱酸素した後、水に対し0.83mol/Lのギ酸を加え、さらに、水酸化ナトリウムを加えてpHを3.8に調整した。以上の操作は、全て室温(298K)において行った。この水溶液をそのまま298Kで10〜20分間静置し続けると、目視で明確に確認できる気体の発生が始まり、さらに前記気体が連続的に発生した。この気体をGC分析した結果、水素と二酸化炭素の1:1混合ガスであった。すなわち、ギ酸に対し触媒量のアクア錯体によりギ酸を分解し、水素と二酸化炭素を製造できた。
【0112】
さらに、アクア錯体(8)の濃度を種々変化させて上記と同様の操作を行い、それぞれH2ガスの発生量を測定した。図14(A)のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は、前記水溶液中におけるアクア錯体(8)の濃度である。縦軸は、反応時間60分間当たりのH2ガスの発生量であり、目視による反応開始後15分経過時から45分経過時までのH2ガスの発生量からの計算値である。図示のとおり、アクア錯体(8)の濃度とH2ガスの発生量とは比例関係(直線関係)を示し、アクア錯体(8)1分子でギ酸1分子の分解反応を触媒していることが確認された。
【0113】
なお、前記水溶液を298Kで静置して、H2ガス発生開始まで10〜20分間かかった理由は明らかではない。例えば、アルゴンガス気流によるパージで除去し切れなかった残存酸素がアクア錯体(8)と反応し、酸素を還元的に消費し切ってからアクア錯体(8)とギ酸との反応が始まるためであると考えられる。ただし、これは推測可能な機構の一例に過ぎず、本発明を何ら限定しない。
【0114】
[参考例2:ギ酸の分解および水素の製造におけるギ酸濃度依存性]
アクア錯体(8)の濃度を0.5mMに固定し、ギ酸濃度を種々変化させるとともに水酸化ナトリウムでpHを3.8に調整する以外は参考例1と同様にしてギ酸の分解を行い、H2ガスの発生量を測定した。図14(B)のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は、ギ酸濃度(mol/L)である。縦軸は、1時間当たりの触媒の回転数(TOF、Turn Over Frequency)である。TOFは、1時間当たり発生した水素分子数を、アクア錯体(8)の分子数で割って求めた数値である(以下において同じ)。図示のとおり、ギ酸濃度とTOFとの関係は飽和曲線を示した。このことから、アクア錯体(8)とギ酸との反応は平衡反応であると考えられる。
【0115】
[参考例3:ギ酸の分解および水素の製造におけるpH依存性]
アクア錯体(8)の濃度を0.5mMに固定することと、水酸化ナトリウム添加量を変えてpHを種々変化させたこと以外は参考例1と同様にしてギ酸の分解を行い、H2ガスの発生量を測定した。図15のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は、前記ギ酸水溶液の初期pHである。縦軸は、1時間当たりの触媒の回転数(TOF、Turn Over Frequency)である。図示のとおり、TOFは、pH=3.8で最大となり、その最大値は426h-1であった。この数値は、室温の水中におけるギ酸分解反応のTOFとしては、本願出願時までに知られている世界最高値である。
【0116】
なお、アクア錯体(8)を用いたギ酸分解は、アクア錯体(8)がギ酸と反応して生成したイリジウムヒドリド錯体(9)やイリジウム1価錯体(10)が触媒として働き、それらの濃度の増加にしたがって水素発生速度が増加することが考えられる。より具体的には、例えば、図16のスキームに示すとおり、アクア錯体とギ酸アニオンとの反応によりギ酸錯体が生成し、二酸化炭素の脱離を経てヒドリド錯体となり、ヒドリド錯体がプロトンと反応し水素が発生するものと考えられる。ただし、これも、推測可能な機構の一例を示すに過ぎず、本発明を限定するものではない。なお、図16のスキーム中においては、「IrIII」および「IrI」は、それぞれ、前記化学式(7)の複核金属錯体から配位子Lを除いた構造を意味し、「IrIII」はイリジウム原子が三価である構造を現し、「IrI」はイリジウム原子が一価である構造を表すものとする。
【0117】
[実施例1:ギ酸分解用触媒によるギ酸の分解および重水素化水素の製造]
通常のギ酸HCOOHに代えて、重水素化ギ酸DCOOHを用いる以外は参考例3と同様にして、種々のpH条件下におけるギ酸の分解を行った。ギ酸を全て消費し尽し、水素が発生しなくなるまでギ酸分解反応を行い、発生した水素ガス中におけるH2とHDの存在比を、ガスクロマトグラフィーにより測定した。図1のグラフに、その結果を示す。同図において、横軸は、前記ギ酸水溶液の初期pHである。縦軸は、発生した水素ガス中におけるH2またはHDの存在比(モル比、%)である。図中、白丸(○)の折れ線グラフは、HD存在比のpH依存性を示し、黒丸(●)の折れ線グラフは、H2存在比のpH依存性を示す。図示のとおり、pHが2付近の低pH領域ではH2存在比が高かったが、pHが約2.5以上の領域では、HD存在比が高かった。pH3.5付近でHD存在比は最大値の79%であった(H2存在比21%)。すなわち、本実施例によれば、重水素化ギ酸DCOOHを用いて、幅広いpH領域において、重水素化水素HDをきわめて高選択的に製造することができた。
【0118】
なお、アクア錯体(8)を用いた重水素化ギ酸DCOOHの分解においては、HCOOHの分解と同様、例えば、アクア錯体とギ酸アニオンとの反応により重水素化ギ酸DCOOHの錯体が生成し、二酸化炭素の脱離を経て重水素化ヒドリド錯体となることが考えられる。さらに、この重水素化ヒドリド錯体がH/D交換反応によりヒドリド錯体なるとともに、重ヒドリドイオンD-がプロトンと反応し、重水素化水素HDが発生しているものと推測される。図2および図3のスキームに、前記推測される反応機構を示す。なお、図2および図3のスキーム中においては、「IrIII」は、前記化学式(7)の複核金属錯体において、イリジウム原子が三価である構造から配位子Lを除いた構造を表すものとする。また、後述のように、ギ酸HCOOH分解反応と重水素化ギ酸DCOOH分解反応との速度論的重水素同位体効果の値は2.0であったことから、図3のスキームに示すように、ギ酸錯体が重水素化ヒドリド錯体となる段階が律速段階であると考えられる。低pHでH2ガスが選択的に発生するのは、例えば、ヒドリド錯体のヒドリドが溶媒中のプロトンとH/D交換する過程が加速されたためと推測される。ただし、これらは、推測可能な機構の一例を示すに過ぎず、本発明を何ら限定するものではない。
【0119】
さらに、図4のグラフに、上記実施例1におけるTOFのpH依存性を示す。同図において、横軸は、前記ギ酸水溶液の初期pHである。縦軸は、1時間当たりの触媒の回転数(TOF、Turn Over Frequency)である。図中、実線で示す折れ線は、実施例1の重水素化ギ酸DCOOH分解反応におけるTOFのpH依存性を示す。点線で示す折れ線は、参考例3のギ酸HCOOH分解反応におけるTOFのpH依存性を示しており、図15と同じである。図示のとおり、実施例1における重水素化ギ酸DCOOH分解反応のTOFは、pH 3.8で最大となり、その最大値は215h-1であった。この数値は、参考例3におけるギ酸HCOOH分解反応の最大TOF値(426h-1)の約半分であったが、室温の水中におけるギ酸分解反応のTOFとしては、きわめて高い値である。また、図示のように、TOFのpH依存性は、重水素化ギ酸DCOOH分解反応とギ酸HCOOH分解反応とで同様の傾向を示し、重水素化ギ酸DCOOH分解反応のTOFは、同じpHにおけるギ酸HCOOH分解反応の約半分であった。このことから、ギ酸HCOOH分解反応と重水素化ギ酸DCOOH分解反応との速度論的重水素同位体効果の値は2.0であることが確認された。
【0120】
[実施例2]
溶媒として重水(D2O)を用いる以外は実施例1と同様にして重水素D2を高選択的に得ることができた。重水素化ギ酸DCOOHを用いた場合、および重水素化されていないギ酸HCOOHを用いた場合のいずれも、重水素D2を高選択的に得ることが可能であった。
【0121】
以上の通り、本実施例によれば、イリジウム−ルテニウム複核錯体をギ酸分解用触媒として用い、室温水中という温和な条件下で重水素化ギ酸を分解し、高価な重水素化水素(HD)ガスをpH選択的に、高効率に、かつ高選択的に製造することができた。
【産業上の利用可能性】
【0122】
以上説明した通り、本発明によれば、安定で安全性の高いギ酸から、重水素化水素(HD)および重水素(D2)の少なくとも一方を、安全に、簡便かつきわめて効率的に低コストで製造することができる。本発明の製造方法によれば、例えば、大規模な装置等を用いずに、安価で簡便に水素同位体ガスを製造することができる。これにより、例えば、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を、必要な時に必要な量だけ製造することができ、実験室レベルの製造から工業規模の量産に至るまで、十分に対応することも可能である。本発明は、例えば、燃料電池のメカニズムの研究や、有機化合物を含む各種化合物の合成、構造解析による水素位置の決定等において有用である。本発明によれば、有毒な副生成物なしに水素同位体ガスを得ることができ、また、従来の方法例と比較して、多大な省エネルギー効果が得られる。
【0123】
本発明のギ酸分解用触媒は、回転効率が良いため、環境への負荷抑制および省資源にも寄与し得る。また、本発明のギ酸分解用触媒は、例えば有機溶媒に溶かして用いても良いが、水のみを溶媒として用いて前記水素同位体ガスを発生させれば、環境への好ましくない影響をいっそう低減することができる。
【0124】
水素同位体ガスは広い分野において需要があるため、本発明の適用範囲も広い。例えば、水素同位体は、原子力産業利用には不可欠な戦略物質であり、高純度な水素同位体ガスを製造する技術が必要とされている。また、水素同位体は、医薬品合成における生成物同定の際の同位体標識、ヒドロゲナーゼなどの酵素反応活性化機構、酸素水素燃料電池や二次電池負極の金属水素化物の構造や機能に関する研究等にも用いられる。このため、これらにも本発明の製造方法および本発明のギ酸分解用触媒が有用である。さらに、本発明の適用範囲は上記に限定されず、水素同位体ガスを必要とするあらゆる技術分野に用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される複核金属錯体、その互変異性体もしくは立体異性体、またはそれらの塩を含むギ酸分解用触媒と、ギ酸と、溶媒とを含み、前記ギ酸および前記溶媒の少なくとも一方が重水素化されているギ酸溶液を準備する準備工程と、
前記溶液を静置するか、加熱するか、または光照射することによりギ酸を分解させて重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を発生させるギ酸分解工程とを含む、
重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方を製造するための製造方法。
【化11】

前記式(1)中、
M1およびM2は遷移金属であり、同一でも異なっていても良く、
Arは、芳香族性を有する配位子であり、置換基を有していても有していなくても良く、置換基を有する場合、前記置換基は1でも複数でも良く、
R1〜R5は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基であり、
R12〜R27は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基であり、
または、R15およびR16は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R15およびR16はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良く、
R23およびR24は、一体となって -CH=CH- を形成しても良く、すなわち、R23およびR24はそれらの結合するビピリジン環と一体となってフェナントロリン環を形成しても良く、前記 -CH=CH- におけるHは、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基で置換されていても良く、
Lは、任意の配位子であるか、または存在せず、
mは、正の整数、0、または負の整数である。
【請求項2】
前記式(1)中、Ar上の置換基が、それぞれ独立に、アルキル基、フェニル基、またはシクロペンタジエニル基である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記式(1)中、Lが、水分子、水素原子、アルキコシドイオン、水酸化物イオン、ハロゲン化物イオン、炭酸イオン、トリフルオロメタンスルホン酸イオン、硫酸イオン、硝酸イオン、ギ酸イオン、もしくは酢酸イオンであるか、または存在しない請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
M1が、ルテニウム、オスミウム、鉄、マンガン、クロム、コバルト、イリジウム、またはロジウムである請求項1から3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
M2が、イリジウム、ルテニウム、ロジウム、コバルト、オスミウム、ニッケル、または白金である請求項1から4のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項6】
mが2、3または4である請求項1から5のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記式(1)の複核金属錯体が、下記式(6)で表される構造を有する複核金属錯体である請求項1から6のいずれか一項に記載の製造方法。
【化12】

前記式(6)中、
R6〜R11は、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、フェニル基、ニトロ基、ハロゲン基、スルホン酸基(スルホ基)、アミノ基、カルボン酸基(カルボキシ基)、ヒドロキシ基、またはアルコキシ基であり、
M1、M2、R1〜R5、R12〜R27、Lおよびmは、前記式(1)と同じである。
【請求項8】
前記式(6)で表される複核金属錯体が、下記式(7)で表される構造を有する複核金属錯体である請求項7記載の製造方法。
【化13】

前記式(7)中、Lおよびmは、前記式(6)と同じである。
【請求項9】
前記式(7)で表される複核金属錯体が、下記式(8)〜(11)のいずれかで表される構造を有する複核金属錯体である請求項8記載の製造方法。
【化14】

【化15】

【化16】

【化17】

【請求項10】
前記ギ酸溶液において、前記溶媒が水を含み、前記水および前記ギ酸の少なくとも一方が重水素化されている請求項1から9のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項11】
前記ギ酸溶液において、前記水および前記ギ酸の一方が重水素化されており、前記ギ酸分解工程開始前の初期pHまたは初期pDが2.5以上であり、前記ギ酸分解工程において重水素化水素(HD)を発生させ、重水素化水素(HD)を製造する、請求項10記載の製造方法。
【請求項12】
前記ギ酸溶液において、水がD2Oであり、前記ギ酸分解工程において重水素(D2)を発生させ、重水素(D2)を製造する、請求項10記載の製造方法。
【請求項13】
前記ギ酸溶液において、前記溶媒および前記ギ酸の少なくとも一方が、重水素化に代えて三重水素化されており、重水素(D2)および重水素化水素(HD)の少なくとも一方に代えて三重水素(T2)および三重水素化水素(HT)の少なくとも一方を製造する請求項1から12のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項14】
前記式(1)で表される複核金属錯体、その互変異性体、立体異性体、およびそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの化合物を含み、請求項1から13のいずれか一項に記載の製造方法に用いるギ酸分解用触媒。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−208927(P2010−208927A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−60187(P2009−60187)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】