説明

重金属イオン測定方法及び重金属イオン測定装置

【課題】液体試料中の不純物に起因する測定誤差を低減するとともに、当該液置換により生じる電着された重金属の溶出や剥離等を防止することによって、高精度に重金属イオン濃度を測定可能にする。
【解決手段】導電性ダイヤモンド電極5に重金属を電着させた後、導電性ダイヤモンド電極5を測定対象の重金属の還元電位よりも低い電位とした状態で、液体試料の少なくとも一部を酢酸緩衝液に置換し、その後、導電性ダイヤモンド電極5の電位を前記還元電位よりも高い電位に走査して、導電性ダイヤモンド電極5に電着した重金属を酢酸緩衝液中に溶出させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体試料に含まれる重金属イオンの濃度を測定する重金属イオン測定方法及び重金属イオン測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、液体試料に含まれる重金属イオン濃度を測定する方法としては、特許文献1に示すように、ストリッピングボルタンメトリー法を用いたものが考えられている。
【0003】
このストリッピングボルタンメトリー法は、液体試料中に浸漬された作用電極に液体試料に含有される重金属の還元電位よりも低い電位を供給して、液体試料中の重金属を作用電極に電着させる電着工程と、作用電極に電着された重金属を、当該作用電極の電位を前記還元電位よりも高い電位に掃引することによって、作用電極から重金属を溶出させる溶出工程とを有する。そして、この溶出工程により、作用電極及び対電極の間を流れる電流値を検出することによって、この電流値から重金属イオン濃度を算出するものである。
【0004】
そしてこのストリッピングボルタンメトリー法では、作用電極に電着された重金属を、その電着が行われた液体試料中に再度溶出させて、当該重金属イオン濃度を測定するものが一般的である。
【0005】
しかしながら、液体試料中に妨害成分等の不純物が含まれている場合には、溶出工程で検出される電流値に誤差が生じてしまい、結果として重金属イオン濃度の測定誤差を生じてしまうという問題がある。
【0006】
また、電着工程前に液体試料を予めフィルタ等を通すことによって、液体試料中の妨害成分等の不純物を除去した後に、作用電極に電着させることも考えられている。これにより、溶出工程で検出される電流値に与える不純物の誤差影響をある程度低減することができる。
【0007】
しかしながら、作用電極のより一層の高感度化が進んでいる近年では、前記フィルタ除去を行った場合でも、当該液体試料に含まれる少量の不純物に対しても感度を有することになり、重金属イオン濃度の測定精度を向上させることに限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−216061号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで本発明は、ストリッピングボルタンメトリー法を用いた電気化学測定装置及び方法において、液体試料を測定用溶液に置換することによって、液体試料に含まれる不純物の測定誤差影響を低減するとともに、当該液置換により生じる電着された重金属イオンの溶出を防止することによって、高精度に重金属イオン濃度を測定可能にすることをその主たる所期課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち本発明に係る重金属イオン測定方法は、液体試料中の重金属イオン濃度を、対電極、及び導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極を用いて電気化学的に測定する方法であって、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を前記重金属の還元電位よりも低い電位とし、前記導電性ダイヤモンド電極に重金属を電着させる電着工程と、前記導電性ダイヤモンド電極に重金属を電着させた後、前記導電性ダイヤモンド電極を前記還元電位よりも低い電位とした状態で、前記液体試料の少なくとも一部を測定用溶液に置換する液置換工程と、前記液体試料を前記測定用溶液に置換した後、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を前記還元電位よりも高い電位に走査して、前記導電性ダイヤモンド電極に電着した重金属を前記測定用溶液中に溶出させる溶出工程と、前記重金属を前記測定用溶液中に溶出させる際に、前記導電性ダイヤモンド電極及び前記対電極の間に発生する電流を検出する電流検出工程とを具備することを特徴とする。
【0011】
このようなものであれば、作用電極として導電性ダイヤモンド電極を用いることにより、作用電極の重金属イオンの検出感度を向上させることができるとともに、電着工程及び溶出工程の間で液体試料を測定用溶液に液置換させることにより、液体試料中の不純物に起因する測定誤差を低減することができる。また、液置換工程において、作用電極に還元電位よりも低い電位としているので、一度電着した重金属が液置換工程において、溶出することを防止することができ、溶出工程における重金属イオンの測定を高精度に行うことができる。このようなことから、液体試料に含まれる重金属イオンを高精度に測定することができる。
【0012】
なお、導電性ダイヤモンド電極は、電位窓が広く(酸化電位及び還元電位が広い)、他の電極材料と比較してバックグラウンド電流が低く、酸化還元種に対して感度が高く、金や白金等に比べて電極表面に物理的吸着が生じにくいため酸素・水素発生以外のピークが出にくいといった優れた性質を有している。また、導電性ダイヤモンド電極は、化学的耐久性、機械的耐久性、電気伝導度、耐腐食性等にも優れている。更に、導電性ダイヤモンド電極はその硬度から化学的・物理的な洗浄を行ないやすく、電極表面を清浄な状態に維持しやすいという利点も有する。
【0013】
液体試料を一旦排水した後に測定用溶液を給水する方式では、導電性ダイヤモンド電極及び対電極間の電圧印加ができなくなってしまう。このことから、前記液置換工程において前記液体試料を複数回に分けて前記測定用液体に置換するものであることが望ましい。
【0014】
また本発明に係る重金属イオン測定装置は、液体試料中の重金属イオン濃度を測定する重金属イオン測定装置であって、前記液体試料を収容する測定セルと、前記液体試料に接触して設けられる対電極、及び導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極と、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を、前記重金属が前記導電性ダイヤモンド電極に電着する電位、及び前記導電性ダイヤモンド電極に電着した重金属が溶出する電位の間で変動させる電位変動部と、前記測定セルに収容された液体試料の少なくとも一部を測定用溶液に置換する液置換機構と、前記導電性ダイヤモンド電極及び前記対電極の間の電流を検出する電流検出部と、前記電流検出部により検出された電流値から重金属イオン濃度を算出する濃度算出部とを具備し、前記液置換機構が、前記導電性ダイヤモンド電極に重金属を電着させた後であって、前記導電性ダイヤモンド電極から重金属を溶出させる前に、前記液体試料を前記測定用溶液に置換するものであり、前記電位変動部が、前記液置換機構により前記測定セルに収容された液体試料が前記測定用溶液へ置換されている間、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を、前記重金属が前記導電性ダイヤモンド電極に電着する電位とすることを特徴とする。
【0015】
このようなものであれば、作用電極として導電性ダイヤモンド電極を用いることにより、作用電極の重金属イオンの検出感度を向上させることができる。また、液置換機構が、導電性ダイヤモンド電極に重金属を電着させた後であって、重金属を溶出させる前に、液体試料を測定用溶液に置換することから、液体試料中の不純物に起因する測定誤差を低減することができる。さらに、電位変動部が、液体試料が測定用溶液へ置換されている間、導電性ダイヤモンド電極の電位を、重金属が前記導電性ダイヤモンド電極に電着する電位としていることから、一度電着した重金属が液置換の際に溶出することを防止することができ、重金属イオンの測定を高精度に行うことができる。このようなことから、液体試料に含まれる重金属イオンを高精度に測定することができる。
【0016】
導電性ダイヤモンド電極に前記電着する電位を供給しながら液置換させるための具体的な実施の態様としては、前記液置換機構が、前記測定セルに収容された液体試料を、前記対電極及び前記導電性ダイヤモンド電極が液体試料に接触する液量を保ちながら液置換するものであることが望ましい。具体的には、前記液置換機構が、前記測定セルに収容された液体試料を複数回に分けて前記測定用液体に置換することが考えられる。
【0017】
液体試料を導電性ダイヤモンド電極に接触させながら、液体試料をできるだけ一度に排出できるようにするためには、前記導電性ダイヤモンド電極が前記測定セルの底壁部において電極表面が内部に露出するように設けられており、前記液置換機構が、前記測定セルに接続された排出管、及び当該排出管に設けられて、前記測定セルに収容された液体を外部に排出するための排出ポンプを有する排出ラインと、前記測定セルに接続された導入管、及び当該導入管に設けられて、測定用溶液タンクに収容された測定用溶液を前記測定セル内に供給するための供給ポンプを有する供給ラインとを備えており、前記排出管が前記測定セルの底壁部に接続されていることが望ましい。
【0018】
導電性ダイヤモンド電極を用いた場合には、当該導電性ダイヤモンド電極の温度及び測定セル内の液体温度によって、導電性ダイヤモンド電極に電着又は導電性ダイヤモンド電極から溶解する重金属イオン量が変化してしまう。この問題を解決するためには、前記導電性ダイヤモンド電極が、前記測定セルの底壁部において電極表面が内部に露出するように設けられた概略平板形状をなすものであり、前記導電性ダイヤモンド電極の裏面に、前記導電性ダイヤモンド電極及び前記測定セル内の液体を加熱するための温度調節機構が設けられていることが望ましい。
【0019】
前記測定セルが、前記液体試料を収容するための収容部本体と、当該収容部本体の上部に設けられ前記液体試料を注入するための注入ブロックとを有するものである場合、前記対電極が、前記収容部本体の側壁部から前記導電性ダイヤモンド電極に向かって斜めに挿入して固定されるものであることが望ましい。これならば、注入ブロックにより液体試料を注入し易くすることができるようにし、さらに対電極及び導電性ダイヤモンド電極を可及的に近づけることができる。
【0020】
注入ブロックへの液体試料及び測定用溶液の逆流及び測定セルからそれら液体の流出を防止すると共に、注入ブロック及び収容部本体の間へのそれら液体の侵入を防止するためには、前記収容部本体の側壁部上部に設けられ、所定量を超えた液体を排出させるオーバーフロー部が設けられていることが望ましい。
【発明の効果】
【0021】
このように構成した本発明によれば、ストリッピングボルタンメトリー法を用いた電気化学測定装置及び方法において、液体試料を測定用溶液に置換することによって、液体試料に含まれる不純物の測定誤差影響を低減するとともに、当該液置換により生じる電着された重金属イオンの溶出を防止することによって、高精度に重金属イオン濃度を測定可能にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本実施形態の重金属イオン測定装置の構成を模式的に示す図。
【図2】同実施形態の重金属イオン測定装置を模式的に示す斜視図。
【図3】同実施形態の測定セルの構成を示す模式的に示す断面図。
【図4】同実施形態の導電性ダイヤモンド電極周辺を示す部分拡大断面図。
【図5】同実施形態の重金属イオン測定方法を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に、本発明に係る重金属イオン測定装置の一実施形態について図面を参照して説明する。
【0024】
本実施形態に係る重金属イオン測定装置100は、液体試料に含まれる重金属イオン濃度を、対電極、参照電極及び作用電極の3電極方式でストリッピングボルタンメトリー法を用いて測定するものである。例えば、本実施形態の重金属イオン測定装置100は、液体試料に含まれるCu、As、Cd、Zn等の重金属イオンのうちいずれか1つ又は複数の成分を測定する。
【0025】
<装置構成>
具体的にこのものは、図1に示すように、液体試料を収容する測定セル2と、液体試料に接触して設けられる対電極3、参照電極4及び作用電極5と、作用電極5の電位を変動させる電位変動部6と、測定セル2に収容された液体試料の少なくとも一部を測定用溶液である酸性緩衝液に置換する液置換機構7と、作用電極5及び対電極3の間の電流を検出する電流検出部8と、電流検出部8により検出された電流値から重金属イオン濃度を算出する濃度算出部9とを備える。
【0026】
なお、上記各構成要素は、図2に示すように、ケーシングC内に収容されており、当該ケーシングCの前面下部には、前記酸性緩衝液を収容する緩衝液タンクT1及び液体試料や使用後の緩衝液等の廃液を収容する廃液タンクT2が設けられている。また、ケーシングCの前面上部には、電源ON/OFFボタン、測定開始ボタン、校正ボタン、洗浄ボタン等の操作用ボタン群B及び測定結果(濃度等)を表示する表示部901が設けられている。さらにケーシングCの上部には、前記測定セル2に液体試料を注入するための注入ブロック22の注入口22Hが設けられている。
【0027】
以下、各部2〜9について具体的に説明する。
【0028】
測定セル2は、撹拌機能付きの電気化学セルであり、図3に示すように、液体試料を収容するための収容部本体21と、この収容部本体21の上部に設けられて液体試料を注入するための注入ブロック22とを有する。
【0029】
収容部本体21は、概略回転体形状をなすものであり、上部に設けられた内部に等断面内周部を有する側壁部211と、当該側壁部211に連続して設けられた内部に円錐状内周部を有する底壁部212とを有する。
【0030】
そして、前記側壁部211に対電極3及び参照電極4が下方(底壁部212側)を向くように斜めから挿入して固定されている。また、前記底壁部212に作用電極5が当該円錐状内周部に露出するように固定されている。
【0031】
注入ブロック22は、収容部本体21の側壁部211上部に嵌合して設けられている。この注入ブロック22及び収容部本体21の側壁部211の間は、例えばOリング等のシール部材S1によって液密とされている。また、注入ブロック22は、概略回転体形状をなす内側周面を有し、この内側周面の上部開口が注入口22Hを構成し、内側周面は下方に行くに従って縮径するように構成されている。また上部開口である注入口22Hには、開閉蓋221が設けられている。この開閉蓋221は、前記注入口22Hを閉塞する閉塞位置及び当該注入口22Hを開放する開放位置の間で注入ブロック22の上部に設定された回転軸を中心にして回転移動可能に構成されている(図2参照)。
【0032】
そして、このように構成された測定セル2において、図3に示すように、前記収容部本体21の上部には、収容部本体21に収容された液体が所定量を超えた場合に、その所定量を超えた液体を排出するためのオーバーフロー部23が設けられている。このオーバーフロー部23は、収容部本体21の側壁部211上部に、当該側壁部211を内外に貫通するように設けられた排出ポートである。この排出ポート23は、排出管P1を介してケーシングC前面に設けられた廃液タンクT2に接続される。このオーバーフロー部23により、注入ブロック22への液体試料及び測定用溶液の逆流及び測定セル2からそれら液体の流出を防止すると共に、注入ブロック22及び収容部本体21の間へのそれら液体の侵入を防止することができる。
【0033】
本実施形態の電極群3〜5に関して言うと、対電極3は例えば白金電極であり、参照電極4は例えば銀−塩化銀電極であり、作用電極5は、高濃度でホウ素をドープしたボロンドープダイヤモンド電極(以下、導電性ダイヤモンド電極5という。)である。
【0034】
対電極3及び参照電極4は、前述した通り、収容部本体21の側壁部211において収容部本体21の底壁部212に設けられた導電性ダイヤモンド電極5を向くように斜めに挿入して固定されている。このように、対電極3及び参照電極4を収容部本体21の側壁部211において導電性ダイヤモンド電極5を向くように斜めに挿入して設けているので、これらの電極3、4が周辺構造と干渉することなく配置することができると同時に、導電性ダイヤモンド電極5に可及的に近づけることができる。
【0035】
また導電性ダイヤモンド電極5は、収容部本体21の底壁部212において電極表面5aが円錐状内周部に露出するように設けられた概略平板形状をなすものである。具体的に導電性ダイヤモンド電極5は、絶縁体であるダイヤモンドにホウ素が混入されることにより導電性が付与されたものであり、平板状の基材上にボロンドープダイヤモンドの薄膜を形成したものである。ダイヤモンドに導電性を付与するために混入するホウ素の添加量は、ダイヤモンドに導電性を付与できる範囲で適宜決定されればよいが、例えば1×10−2〜10−6Ωcm程度の導電性を与える量であることが好ましい。また、前記基材としては、Si(例えば、単結晶シリコン)、Mo、W、Nb、Ti、Fe、Au、Ni、Co、Al、SiC、Si、ZrO、MgO、黒鉛、単結晶ダイヤモンド、cBN、石英ガラス等が挙げられ、なかでも単結晶シリコン、Mo、W、Nb、Ti、SiC、単結晶ダイヤモンドが好適に用いられる。さらに、ボロンドープダイヤモンド薄膜の厚さは特に限定されないが、1〜100μm程度であることが好ましく、より好ましくは5〜50μm程度である。
【0036】
具体的に収容部本体21は、底壁部212において、円錐状内周部の下部が開口する下部開口21Hを有するものであり、この下部開口21Hを前記導電性ダイヤモンド電極5が閉塞するように設けられている。
【0037】
より詳細には図4の部分拡大断面図に示すように、下部開口21Hの周縁部に、導電性ダイヤモンド電極5を収容するための収容段部21H1が形成されており、この収容段部21H1に導電性ダイヤモンド電極5が嵌るように構成されている。この収容段部21H1の底面と導電性ダイヤモンド電極5の電極表面5aにおける周縁部との間には、例えばOリング等のシール部材S2が設けられ、収容部本体21に収容された液体がそれらの隙間から外部に漏れ出ないようにしている。
【0038】
この導電性ダイヤモンド電極5の裏面には、当該導電性ダイヤモンド電極5に電圧を印加するための銅板等のシート状の導電体51が電気的に接触して設けられている。
【0039】
さらに本実施形態では、導電性ダイヤモンド電極5の裏面側、具体的にはシート状の導電体51の裏面に、当該導電性ダイヤモンド電極5及び測定セル2内の液体(液体試料又は酸性緩衝液)を一定温度に加熱するための温度調節機構であるシート状のヒータ10が設けられている。このヒータ10は、導電性ダイヤモンド電極5を例えば5℃〜35℃に加熱する。これにより、導電性ダイヤモンド電極5の温度変動による測定誤差を低減している。
【0040】
加えて、この測定セル2には磁気撹拌機構24が設けられている(図1参照)。この磁気撹拌機構24は、測定セル2の収容部本体21内に収容された磁気撹拌子241と、当該磁気撹拌子241を磁力によって回転させるための磁気アクチュエータ242とを有する。磁気アクチュエータ242は、測定セル2の下部、具体的には導電性ダイヤモンド電極5(ヒータ10の下部)の下側に設けられている。
【0041】
電位変動部6及び電流検出部8は、ポテンシオスタットPSにより構成されている。このポテンシオスタットPSは、導電性ダイヤモンド電極5の電位を参照電極4に対して一定にした状態で、導電性ダイヤモンド電極5と対電極3との間に発生した電流を検出し、この検出信号を後述の濃度算出部としての機能を有する演算制御装置9に出力する。
【0042】
そしてこのポテンシオスタットPSは、電位変動部6の機能に関して言うと、導電性ダイヤモンド電極5の電位を、重金属が導電性ダイヤモンド電極5表面に電着する電位、及び導電性ダイヤモンド電極5に電着した重金属が溶出する電位の間で変動させるものである。具体的にポテンシオスタットPSは、液体試料に導電性ダイヤモンド電極5が接触した状態で、導電性ダイヤモンド電極5の電位を負電位方向に変動させて、導電性ダイヤモンド電極5表面に測定対象の重金属を電着させる電位を供給し、次いで、表面に前記重金属が電着した導電性ダイヤモンド電極5が酸性緩衝液である酢酸緩衝液に接触した状態で、導電性ダイヤモンド電極5の電位を正電位方向に掃引して、導電性ダイヤモンド電極5表面に電着した重金属を溶出させる電位を供給する。
【0043】
またポテンシオスタットPSは、電流検出機能に関して言うと、前記電動変動機能により導電性ダイヤモンド電極5の電位を正電位方向に掃引したときに、導電性ダイヤモンド電極と対電極3との間に発生する電流を検出するものである。
【0044】
なお、ポテンシオスタットPSは、電位を一定に保つ機能のほか、電位を一定速度で走査したり、指定した電位に一定時間ごとにステップしたりする機能を持つ。これらの機能は、1台に搭載する必要はなく、例えば電位保持機能と電位走査機能とが別体に設けてあってもよい。
【0045】
液置換機構7は、図1に示すように、測定セル2内の液体を廃液タンクT2に排出するための排出ライン71と、緩衝液タンクT1から酢酸緩衝液を測定セル2に供給するための供給ライン72とを有する。
【0046】
排出ライン71は、測定セル2に接続された排出管711及びこの排出管711に設けられて測定セル2に収容された液体を外部に排出するための排出ポンプ712を有する。排出管711は、図3の断面図に示すように、収容部本体21の底壁部212において、導電性ダイヤモンド電極5表面近傍で開口するように測定セル2の底壁部212を貫通して設けられている。また排出管711の下流側は廃液タンクT2に接続されている。また排出ポンプ712は後述する演算制御装置9により動作タイミング等が制御される。
【0047】
供給ライン72は、測定セル2に接続された供給管721、及びこの供給管721に設けられて緩衝液タンクT1に収容された酢酸緩衝液を測定セル2に供給するための供給ポンプ722を有する。供給管721は、図3に示すように、対電極3及び参照電極4と同様に、収容部本体21の側壁部211において、導電性ダイヤモンド電極5を向くように斜めに挿入して固定されている。また供給管721の上流側は緩衝液タンクT1に接続されている。また供給ポンプ722は後述する演算制御装置9により動作タイミング等が制御される。
【0048】
この液置換機構7は、測定セル2に収容された液体試料を、少なくとも対電極3及び導電性ダイヤモンド電極5が液体試料に接触する液量を保ちながら液置換するように演算制御装置9によって制御される。具体的に液置換機構7の排出ポンプ712及び供給ポンプ722は、測定セル2に収容された液体試料を複数回に分けて測定用溶液である酢酸緩衝液に置換するように演算制御装置9によって制御される。例えば液置換機構7は、液体試料を例えば半分ずつ酢酸緩衝液に複数回(例えば4回程度)に分けて置換する。置換方法としては、測定セル2に収容された液体試料を排出ライン71により半分排出したのちに、供給ライン72により排出量に相当する量の酢酸緩衝液を供給する。これを例えば複数回繰り返す。そのほか、液体試料の排出及び酢酸緩衝液の供給を同時に行うようにしてもよい。
【0049】
演算制御装置9は、ポテンシオスタットPSで検出された検出信号を取得し、重金属イオンの検出及び濃度測定を行うものである。具体的に演算制御装置9は、CPUや、メモリ、入出力チャンネル、ディスプレイ等の出力手段901、A/D変換器、D/A変換器等を備えた汎用乃至専用のものであり、前記CPU及びその周辺機器が、前記メモリの所定領域に格納された測定用プログラムに従って協働動作することにより、後述する測定シーケンスを実行する。なお、演算制御装置9は、物理的に一体である必要はなく、有線又は無線により複数の機器に分割されていてもよい。
【0050】
次に本実施形態の重金属イオン測定装置100を用いた重金属イオン測定方法について図5を用いて説明する。
【0051】
1.測定前洗浄工程
ケーシングCの前面に設けられた電源ON/OFFボタンをユーザが操作することによって、制御演算装置9は重金属イオン測定装置100の主電源をONにする。その後、ユーザが洗浄ボタンを押下することによって、演算制御装置9は、測定装置内、具体的には測定セル2の洗浄処理制御を行う。この測定前洗浄は、液置換機構7の供給ライン72を用いて、測定セル2内に酢酸緩衝液を供給するとともに磁気撹拌機構24により供給された酢酸緩衝液を撹拌することにより行う。そして、液置換機構7の排出ライン71からその酢酸緩衝液を排出することによって測定セル2の測定前洗浄を終了する。なお、この測定前洗浄はユーザが任意に行うことができる。
【0052】
2.サンプル注入工程
前記測定前洗浄工程の終了後、ユーザがケーシングCの上部に設けられた注入ブロック22の注入口22Hの開閉蓋221を開放位置に移動させて、注入口22Hから液体試料を注入する。その後、ユーザが測定開始ボタンを押下すると、演算制御装置9は測定開始信号を受け付けて重金属イオン測定を開始する。なお、このとき、対電極3、導電性ダイヤモンド電極5及び参照電極4が液体試料に接触したか否かを検出する液センサ(不図示)により検出信号を取得して、演算制御装置9は電極群が液体試料に接触しているか否かを判断する。接触していると判断すれば以下の測定動作に移行し、接触していない場合には、エラー表示等の報知を行う。
【0053】
3.電着工程
そして演算制御装置9は、ポテンシオスタットPSに電着開始信号を出力する。そうすると、ポテンシオスタットPSは、導電性ダイヤモンド電極5の電位を負電位の方向に変動させて、当該導電性ダイヤモンド電極5の電位を重金属の還元電位よりも低い電位(例えば−1.0V)として、重金属イオンを導電性ダイヤモンド電極5の表面5aに電着させる。この電着工程は、導電性ダイヤモンド電極5の電位を前記還元電位よりも低い電位とした状態を所定時間(例えば60秒)保った後に終了する。
【0054】
4.液置換工程
前記電着工程後、ポテンシオスタットPSは導電性ダイヤモンド電極5の電位を前記還元電位よりも低い電位の状態で一定に保つ。この状態で演算制御装置9は、液置換機構7を制御することによって測定セル2内の液体試料を酢酸緩衝液に複数回に分けて置換する。本実施形態では、測定セル2に収容された液体試料を排出ライン71により半分排出したのちに、供給ライン72により排出量に相当する量の酢酸緩衝液を供給する。この動作を複数回(例えば4回程度)行うことで液体試料を酢酸緩衝液に置換する。このように、液置換工程において、導電性ダイヤモンド電極5の電位を前記還元電位よりも低い電位の状態で一定に保っていることにより、電極5に電着された重金属が液置換工程で溶出することを防止している。なお、液体試料の排出量及び酢酸緩衝液の供給量はそれぞれ、排出時間及び供給時間に基づいて規定しても良い。
【0055】
5.溶出工程(電流検出工程)
上記液置換工程により測定セル2内を酢酸緩衝液に置換した後、演算制御装置9は、ポテンシオスタットPSに溶出開始信号を出力する。そうすると、ポテンシオスタットPSは、導電性ダイヤモンド電極5の電位を正電位方向、具体的には重金属の還元電位よりも高い電位(例えば+0.1V)まで掃引して、重金属イオンを酢酸緩衝液中に溶出させる。
【0056】
重金属イオンが溶出すると、これに伴い導電性ダイヤモンド電極5と対電極3との間に電流が発生する。重金属イオン溶出に起因する電流は+0.1V付近で発生し、この電流(電気信号)はポテンシオスタットPSに伝達され各電極における信号の制御・検出が行われる。ここでポテンシオスタットPSで検出された信号は演算制御装置9に送信され、演算制御装置9は、予め作成された所望の重金属イオンの濃度と電流値又は電荷量との検量線と、得られた電流値又は電荷量とを対比して、液体試料の重金属イオン濃度を算出する。この際、予めキャリア溶液のみを用いて測定されたベース電流値又はベース電荷量を、実測値である電流値又は電荷量から差し引いた差分電流値又は差分電荷量を用いて重金属イオン濃度を算出することによって、より高精度に重金属イオン濃度を算出することが可能となる。このように算出された重金属イオン濃度は、ケーシングCの前面に設けられた表示部に表示される。
【0057】
5.後電解工程
電位の掃引が終わった後、しばらくの間、導電性ダイヤモンド電極5の電位を+1.0Vで保持することにより、電着した重金属イオンを完全に溶出させ、導電性ダイヤモンド電極5を測定前の状態に戻して再生することができる。このように導電性ダイヤモンド電極5を再生することにより、同じ電極を繰り返し使用することが可能となる。なお、導電性ダイヤモンド電極5の再生は、一定電位の保持のみだけでなく、広い電位で繰り返し掃引を行うことによっても可能である。
【0058】
6.廃液工程
上記後電解工程の後、演算制御装置9は、液置換機構7の排出ライン71の排出ポンプ712を制御することにより、測定セル2内の測定後溶液を廃液タンクT2に排出する。この廃液工程終了後、測定セルの洗浄を行い電源をOFFにする。
【0059】
<本実施形態の効果>
このように構成した本実施形態に係る重金属イオン測定装置100によれば、作用電極5として導電性ダイヤモンド電極を用いることにより、作用電極5の重金属イオンの検出感度を向上させることができる。また、液置換機構7が、導電性ダイヤモンド電極5に重金属を電着させた後であって、重金属を溶出させる前に、液体試料を測定用溶液に置換することから、液体試料中の不純物に起因する測定誤差を低減することができる。さらに、電位変動部6が、液体試料が測定用溶液へ置換されている間、導電性ダイヤモンド電極5の電位を、重金属が前記導電性ダイヤモンド電極5に電着する電位としていることから、一度電着した重金属が液置換の際に溶出することを防止することができ、重金属イオンの測定を高精度に行うことができる。このようなことから、液体試料に含まれる重金属イオンを高精度に測定することができる。
【0060】
<その他の変形実施形態>
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
【0061】
例えば、前記実施形態では、導電性ダイヤモンド電極5、対電極3及び参照電極4が備わった三電極法による測定を行うものであるが、導電性ダイヤモンド電極5及び対電極3のみを備えた二電極法によるものであってもよい。三電極法の方が、導電性ダイヤモンド電極5と対電極3との間に印加する電圧の絶対値を制御することができるので、精度及び感度の高い測定を行うことが可能であるが、二電極法によれば、用いる電極が導電性ダイヤモンド電極5及び対電極3の二電極ですむので、測定セル2の構造を単純化、小型化することができる。
【0062】
また、液置換に関して言うと、排出ライン及び供給ラインを用いて液置換行う方式の他、オーバーフロー部を用いて液置換を行うようにしても良い。例えば、オーバーフロー部から過剰分を流出させながら、供給ラインから酢酸緩衝液を供給するようにすることが考えられる。
【0063】
その他、本発明は前記実施形態に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であるのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0064】
100・・・重金属イオン測定装置
W ・・・液体試料
2 ・・・測定セル
21 ・・・収容部本体
211・・・収容部本体の側壁部
22 ・・・注入ブロック
23 ・・・オーバーフロー部
3 ・・・対電極
5 ・・・導電性ダイヤモンド電極(作用電極)
5a ・・・電極表面
6 ・・・電位変動部
7 ・・・液置換機構
71 ・・・排出ライン
711・・・排出管
712・・・排出ポンプ
T1 ・・・緩衝液タンク(測定用溶液タンク)
T2 ・・・廃液タンク
72 ・・・供給ライン
721・・・供給管
722・・・供給ポンプ
8 ・・・電流検出部
9 ・・・演算制御装置(濃度算出部)
10 ・・・ヒータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体試料中の重金属イオン濃度を、対電極、及び導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極を用いて電気化学的に測定する方法であって、
前記導電性ダイヤモンド電極の電位を前記重金属の還元電位よりも低い電位とし、前記導電性ダイヤモンド電極に重金属を電着させる電着工程と、
前記導電性ダイヤモンド電極に重金属を電着させた後、前記導電性ダイヤモンド電極を前記還元電位よりも低い電位とした状態で、前記液体試料の少なくとも一部を測定用溶液に置換する液置換工程と、
前記液体試料を前記測定用溶液に置換した後、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を前記還元電位よりも高い電位に走査して、前記導電性ダイヤモンド電極に電着した重金属を前記測定用溶液中に溶出させる溶出工程と、
前記重金属を前記測定用溶液中に溶出させる際に、前記導電性ダイヤモンド電極及び前記対電極の間に発生する電流を検出する電流検出工程とを具備する重金属イオン測定方法。
【請求項2】
液体試料中の重金属イオン濃度を測定する重金属イオン測定装置であって、
前記液体試料を収容する測定セルと、
前記液体試料に接触して設けられる対電極、及び導電性ダイヤモンド電極からなる作用電極と、
前記導電性ダイヤモンド電極の電位を、前記重金属が前記導電性ダイヤモンド電極に電着する電位、及び前記導電性ダイヤモンド電極に電着した重金属が溶出する電位の間で変動させる電位変動部と、
前記測定セルに収容された液体試料の少なくとも一部を測定用溶液に置換する液置換機構と、
前記導電性ダイヤモンド電極及び前記対電極の間の電流を検出する電流検出部と、
前記電流検出部により検出された電流値から重金属イオン濃度を算出する濃度算出部とを具備し、
前記液置換機構が、前記導電性ダイヤモンド電極に重金属を電着させた後であって、前記導電性ダイヤモンド電極から重金属を溶出させる前に、前記液体試料を前記測定用溶液に置換するものであり、
前記電位変動部が、前記液置換機構により前記測定セルに収容された液体試料が前記測定用溶液へ置換されている間、前記導電性ダイヤモンド電極の電位を、前記重金属が前記導電性ダイヤモンド電極に電着する電位とすることを特徴とする重金属イオン測定装置。
【請求項3】
前記液置換機構が、前記測定セルに収容された液体試料を、前記対電極及び前記導電性ダイヤモンド電極が液体試料に接触する液量を保ちながら液置換するものである請求項2記載の重金属イオン測定装置。
【請求項4】
前記導電性ダイヤモンド電極が前記測定セルの底壁部において電極表面が内部に露出するように設けられており、
前記液置換機構が、前記測定セルに接続された排出管、及び当該排出管に設けられて、前記測定セルに収容された液体を外部に排出するための排出ポンプを有する排出ラインと、
前記測定セルに接続された導入管、及び当該導入管に設けられて、測定用溶液タンクに収容された測定用溶液を前記測定セル内に供給するための供給ポンプを有する供給ラインとを備えており、
前記排出管が前記測定セルの底壁部に接続されている請求項2又は3記載の重金属イオン測定装置。
【請求項5】
前記導電性ダイヤモンド電極が、前記測定セルの底壁部において電極表面が内部に露出するように設けられた概略平板形状をなすものであり、
前記導電性ダイヤモンド電極の裏面に、前記導電性ダイヤモンド電極及び前記測定セル内の液体を加熱するための温度調節機構が設けられている請求項2、3又は4記載の重金属イオン測定装置。
【請求項6】
前記測定セルが、前記液体試料を収容するための収容部本体と、当該収容部本体の上部に設けられ前記液体試料を注入するための注入ブロックとを有するものであり、
前記対電極が、前記収容部本体の側壁部から前記導電性ダイヤモンド電極に向かって斜めに挿入して固定されるものである請求項2、3、4又は5記載の重金属イオン測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−127943(P2012−127943A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−253933(P2011−253933)
【出願日】平成23年11月21日(2011.11.21)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)