重金属高蓄積性の形質転換体および重金属汚染の浄化法
【課題】高い重金属蓄積能をもつ形質転換植物、および効率よく重金属を浄化する方法の提供、並びに有機水銀の浄化方法の提供。
【解決手段】
微生物由来のmerC遺伝子、merE遺伝子、merF遺伝子などの重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン(SNARE)遺伝子とを導入した形質転換植物が水銀やカドミウムなどの重金属の高蓄積性を示し、この形質転換植物を用いることにより土壌などの媒体中の重金属を吸収蓄積させて、効率よく重金属汚染媒体を浄化することができる。シンタキシン(SNARE)遺伝子としてはSYP121遺伝子やAtVAM3遺伝子が利用できる。また、重金属トランスポーター遺伝子であるmerE遺伝子またはmerF遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて、無機水銀及び/又は有機水銀を浄化でき、特に、毒性の高いメチル水銀の浄化に有用である。
【解決手段】
微生物由来のmerC遺伝子、merE遺伝子、merF遺伝子などの重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン(SNARE)遺伝子とを導入した形質転換植物が水銀やカドミウムなどの重金属の高蓄積性を示し、この形質転換植物を用いることにより土壌などの媒体中の重金属を吸収蓄積させて、効率よく重金属汚染媒体を浄化することができる。シンタキシン(SNARE)遺伝子としてはSYP121遺伝子やAtVAM3遺伝子が利用できる。また、重金属トランスポーター遺伝子であるmerE遺伝子またはmerF遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて、無機水銀及び/又は有機水銀を浄化でき、特に、毒性の高いメチル水銀の浄化に有用である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属の吸収蓄積能力の高い形質転換植物、およびこの形質転換植物を用いた重金属汚染土壌等の浄化方法、並びに、重金属の吸収蓄積能力の高い形質転換微生物を用いた水銀汚染媒体の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水銀やカドミウムなどの重金属による環境汚染は世界各地で問題となっており、高濃度の重金属による局地的な汚染と共に、微量だが長期間持続的な重金属の排出による環境への蓄積が環境およびヒトへ及ぼす影響が懸念される。特に、水銀化合物については、メチル水銀などの有機水銀が重篤な中毒症状を示すことが知られており、無機水銀が環境中でメチル水銀に変換されることも知られている。重金属による環境汚染を放置すると生活環境に蓄積される重金属の量は増加し、また汚染地域がさらに拡大していくことも危惧される。従って、環境中の重金属の安全かつ有効な浄化法の開発は世界的にみても強く要望されている。
【0003】
重金属の処理法としては、高濃度・局所的な汚染に対しては、凝集沈殿法や活性炭吸着法、イオン交換法などの物理化学的浄化法が用いられてきた。これらの方法は高濃度の重金属を含む汚染水や汚染土壌の浄化には適しているものの、その場合でも処理の効率やコストの面での問題があり、また低濃度の汚染水や汚染土壌の処理には不適である。
【0004】
そこで近年、生物による環境修復技術であるバイオレメディエーション技術が注目され、この生物学的浄化法を重金属の処理に応用することが試みられている。生物学的浄化法の中には、植物による各種重金属の吸収蓄積能力を利用して汚染土壌や汚染水の浄化を図るファイトレメディエーション方法がある。具体的には、土壌や湖沼、河川の水、湖底や川床の汚泥等の重金属含有媒体から重金属を植物に吸収させ、この植物を焼却する方法や、さらには重金属の蓄積能力を高めた組換え植物を作製して効率的に重金属を除去する方法がある。特許文献1には、チモシン遺伝子を導入して鉛などの重金属類の吸収蓄積能力を高めた形質転換生物体が記載されている。また、特許文献2では、水銀移送に関与する遺伝子(merC、merF、merT遺伝子)が導入された組換え細胞を用い、この細胞にカドミウム、コバルト、銅、亜鉛及び/又は砒素を取り込ませることにより重金属を吸収する方法が開示されている。さらに、ポリリン酸合成酵素をコードするppk遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて重金属微量汚染試料を浄化すること(特許文献3)や、ポリリン酸合成酵素をコードするppk遺伝子を導入したトランスジェニック植物を用いて重金属汚染土壌を浄化すること(特許文献4)が知られている。特許文献5では、酵母由来のzrc1遺伝子を導入しカドミウムなどの重金属を効率よく蓄積させる植物体を用いて、土壌を浄化することを提案している。
【特許文献1】特開2001−275683号公報
【特許文献2】特開2003−319787号公報
【特許文献3】特開2004−357566号公報
【特許文献4】特開2005−46082号公報
【特許文献5】特開2004−275051号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
植物を用いて水銀などの重金属汚染土壌を浄化するファイトレメディエーションにおいてはさらに効率よく重金属の浄化を行う方法が望まれており、本発明では、高い重金属吸収蓄積能をもった形質転換植物を提供することを目的とする。また、毒性の高いメチル水銀などの有機水銀を浄化しうる方法を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、水銀輸送に関与する遺伝子を検討する中で、微生物由来の膜貫通型蛋白質遺伝子であるmerE遺伝子またはmerF遺伝子を導入した組換え大腸菌において、無機水銀だけでなくメチル水銀などの有機水銀の取り込み活性が増加することから、機能が不明であった膜貫通型蛋白質であるMerEが、重金属トランスポーターであることを初めて見出した。特に、メチル水銀トランスポーターはこれまで発見されておらず、本発明者らの検討により初めてMerEおよびMerFがメチル水銀輸送機能を有する膜蛋白質であること、即ちメチル水銀トランスポーターであることが判明した。
【0007】
そして、微生物由来の水銀トランスポーターであるMerC、MerEまたはMerFに、シグナル因子として細胞内小胞輸送に関与する細胞膜または液胞膜局在化シンタキシン(SNARE)を融合させた場合に、植物細胞において細胞膜や液胞膜に重金属トランスポーターを局在化して重金属の蓄積性を向上させることができることを見出し、微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン遺伝子とを導入した形質転換植物を作出した。そしてこの形質転換植物が重金属汚染媒体の浄化に有効であることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は以下の通りである。
1.微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン(SNARE)遺伝子とを導入した形質転換植物。
2.微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子がmerC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である上記1記載の形質転換植物。
3.シンタキシン(SNARE)遺伝子がSYP121遺伝子およびAtVAM3遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である上記1または2記載の形質転換植物。
4.上記1〜3のいずれかに記載の形質転換植物を用いて、媒体中の重金属を吸収蓄積させることを含む、重金属汚染媒体を浄化する方法。
5.重金属汚染媒体が重金属汚染土壌である上記4記載の方法。
6.重金属が水銀、有機水銀またはカドミウムである、上記4または5記載の方法。
7.merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる重金属トランスポーター遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて、無機水銀及び/又は有機水銀を含有する媒体を浄化することを特徴とする水銀の浄化方法。
8.有機水銀がメチル水銀である上記7記載の方法。
9.merE遺伝子を導入した形質転換微生物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の形質転換植物は、微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子、好ましくはmerC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群から選択された遺伝子と、これらの重金属トランスポーターを細胞膜または液胞膜に局在化させるためのシンタキシン(SNARE)遺伝子が導入されており、水銀、カドミウムなどの重金属蓄積性が非常に高いので、重金属汚染土壌や汚染水の浄化などの環境浄化に有効に利用することができる。また、MerEおよびMerFはそれぞれ単独でメチル水銀トランスポーターとして働くので、merE遺伝子またはmerF遺伝子を組み込んだ微生物などの生物は無機水銀及び有機水銀の取り込み活性が高く、これを用いて水銀の除去を行うことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の形質転換植物に導入する、微生物由来の重金属トランスポーターには、merC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子が挙げられる。これらの遺伝子は、水銀の輸送に関与する膜蛋白質、水銀トランスポーターMerC、MerE、MerFをそれぞれコードする遺伝子であり、水銀耐性を有する微生物が含有するmerオペロンから単離することができる。水銀耐性を示す微生物は、水銀含有培地においてスクリーニングすることにより容易に入手でき、例えば、Escherichia coli、Pseudomonas fluorescens 、Pseudomonas aeruginosa、Shigella flexneri などから得ることができる。そして、これらの微生物に存在する各遺伝子の塩基配列は既知である (GenBank データベース accession No.AF071413、X73112) のでそれらの情報に基づいて、遺伝子工学的手法により遺伝子を単離することができる。例えば、Shigella flexneri 由来のプラスミドR100から膜貫通型蛋白質遺伝子(merE、merC)を、Pseudomonas fluorescens 由来のプラスミドpMER327/419 から膜貫通型蛋白質遺伝子(merF)を、これらのプラスミドを鋳型として適宜プライマーを用いてPCRによって増幅することができる。あるいは、各遺伝子の既知の塩基配列に基づいて化学的に合成することもできる。
【0011】
merオペロンは、微生物のプラスミド上などに存在し、機能の異なる複数の水銀耐性遺伝子からなり水銀耐性を支配している。merオペロンの構造は微生物種によって多少異なり、無機水銀耐性を支配するmerオペロンは、merオペロンの発現を制御する調節遺伝子merR、ペリプラズムで水銀との結合に関与する遺伝子merP、水銀の膜透過に関与する輸送遺伝子merT、水銀イオンを金属水銀へ変換する働きをもつ水銀還元酵素遺伝子merAなどの構造遺伝子から構成される。一方、無機水銀だけでなく有機水銀に対しても耐性を示す微生物はさらに有機水銀から無機水銀への変換反応に関与する有機水銀分解酵素遺伝子merBを保有していることが知られている。これらの共通した遺伝子の他に、merC、merFは無機水銀の膜輸送に関与する遺伝子と考えられており、merEはmerTやmerFと相同性を示すものの、機能は未知であった。
【0012】
本発明においては、merE遺伝子が無機水銀輸送機能を有することが見出され、さらに、merE遺伝子およびmerF遺伝子はそれぞれ単独でメチル水銀輸送機能を有することも初めて見出された。これまでメチル水銀トランスポーターは発見されていない。
【0013】
merC遺伝子は水銀輸送に関与する膜蛋白質をコードする遺伝子であることは知られていたが、この遺伝子のみを植物細胞に組み込んでも、有意な水銀高蓄積性は示さない。
本発明の形質転換植物に導入するシンタキシン遺伝子は、細胞内小胞輸送に関与するシンタキシンをコードする遺伝子であり、例えば、SYP121、AtVAM3、SYP111などが例示できる。好ましくは、植物細胞中で細胞膜や液胞膜への局在化に関与するSYP121またはAtVAM3遺伝子が使用される。これらの遺伝子は例えば、植物シロイヌナズナのゲノムから得ることができる。例えば、Arabidopsis thalianaから、これらの遺伝子の既知配列 (GenBank データベース Accession No.NM-112015, U88045)に基づいて合成したプライマーを用いて遺伝子工学的手法により単離することができる。また、各遺伝子の既知塩基配列の情報をもとに化学的に合成することもできる。
【0014】
上述した微生物由来の水銀トランスポーターであるMerC、MerE、MerFは微生物の細胞膜に存在する膜貫通型蛋白質であるが、植物培養細胞内では小胞体にとどまったり(MerC)、細胞質内に凝集(MerE)または分散(MerF)しており、細胞膜や液胞膜へは移行しない。植物における重金属の蓄積性を向上させるためには、トランスポーターを細胞膜や液胞膜に局在化することが必要であるが、微生物由来のトランスポーターをそのままの形では植物細胞内の特定小器官へ移行させることは困難であった。
【0015】
本発明においては、水銀トランスポーターであるMerC、MerE、MerFを標的器官にソーティングするためのシグナル因子として、植物のシンタキシンであるSYP121またはAtVAM3分子に注目し、これを重金属トランスポーターに融合させた蛋白質を植物細胞内で発現させるものである。例えば、重金属トランスポーターとしてMerCを利用する場合は、SYP121は細胞膜への移行を、AtVAM3は液胞膜への移行を行わせることができる。
【0016】
本発明の形質転換植物は、上記のようにして得たmerC、merE遺伝子またはmerF遺伝子などの重金属トランスポーター遺伝子と、SYP121遺伝子、AtVAM3遺伝子などのシンタキシン遺伝子を適宜発現ベクターに組み込んで、このベクターを植物細胞に導入し、得られた形質転換植物細胞を再生させることによって作製できる。
【0017】
さらに、各遺伝子の組換えにより得られた植物を交配させることにより、様々な組み合わせの遺伝子組換え植物を作出することができ、効果的な重金属浄化が可能となる。
形質転換する植物は、土壌や湖沼、河川などで生育しうる植物であれば特に限定されず、ユリノキ(Yellow poplar)、カラシナ (Brassica juncea)やタバコ (Nicotiana tabacum)などの植物が例示される。
【0018】
形質転換の方法は、常法に従って行うことができ、上記2種の遺伝子を適宜ベクターに組み込んで、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法などにより植物細胞に導入すればよい。発現ベクターとしては例えば、pMAT系、pBI 系などが使用できる。植物細胞用のプロモーターとしては例えば、CaMV、35S 遺伝子が挙げられる。
【0019】
本発明の形質転換植物は、無機水銀、カドミウム、有機水銀などの重金属蓄積性を示すので、重金属で汚染された土壌、汚泥、河川、湖沼、排水などの浄化に利用できる。例えば、この植物を重金属汚染土壌や汚染水などに生育させ、植物体内に重金属を吸収蓄積させた後にこの植物を収穫することにより、重金属を回収でき、環境浄化に有用である。浄化の対象としては、農地、工場跡地、住宅地などの土壌の浄化、河川、湖沼、海などの汚泥の浄化、あるいは河川や湖沼などの水質汚染の浄化などが挙げられる。
【0020】
また、merE遺伝子またはmerF遺伝子を導入した形質転換微生物は、無機水銀だけでなくメチル水銀などの有機水銀の取り込み活性が高いので、無機水銀及び/又は有機水銀を含有する媒体の水銀浄化法に利用できる。適用できる分野には、工業排水、鉱山廃水、廃棄物処理場の浸出水、河川水などの浄化の他、河川や海域の低質浄化、汚泥、汚染土壌洗浄水などの浄化がある。
【0021】
本発明の形質転換微生物を得るには、上述のようにして得たmerE遺伝子またはmerF遺伝子を、適宜発現ベクターに組み込んで、このベクターを目的微生物に、カルシウムを用いる方法、エレクトロポレーション法などによって導入すればよい。形質転換する微生物としては、エシェリヒア(Escherichia)属の細菌、酵母 (Sacchatomyces cerevisiae) などが挙げられる。発現ベクターとしてはpUC 系、pBluescript 系、pKF 系などが例示できる。
【0022】
本発明の形質転換微生物は、例えば、これをビーズ、ハニカム、チューブなどの固定化担体に固定し、これをタンクやカラムなどに充填して用いる。浄化しようとする重金属含有排水などをこれらに流すことにより、含まれている重金属が形質転換微生物に吸収蓄積され、重金属を除去することができる。
【0023】
以下の実施例により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらにより限定されることはない。
【実施例1】
【0024】
E.coliのプラスミドR100由来のMerEが、無機水銀トランスポーターであるだけでなく新規のメチル水銀トランスポーターであることを以下のようにして実証した。
(1) 膜貫通型蛋白質をコードするmerE遺伝子導入Escherichia coliの作製
(1-1) 微生物由来の各水銀耐性遺伝子のpKF19Kベクターへの組換え
Escherichia coli由来のプラスミドR100上の膜貫通型蛋白質遺伝子(merE )(GenBank accession No. AF071413)、Pseudomonas strain K-62 由来のプラスミドpMR26 上の水銀調節遺伝子(merR-o/p)(GenBank accession No. D83080)、水銀輸送遺伝子(merT)(GenBank accession No. D83080)及び水銀結合遺伝子(merP)(GenBank accession No. D83080)を、pKF19Kベクターへ図1に示すような組み合わせで組換えた。
【0025】
merR-o/p-merT-merP遺伝子のpKF19Kベクターへの組換え方法は次のとおりである:merR-o/p-merT-merP遺伝子は常法に従ってPCR 反応を行うことで増幅させ、これをPstIとXbaIで消化後、得られた1.2 kbの遺伝子断片を単離・精製した。その時に用いた鋳型はプラスミドpMRA17であり、用いたプライマーは以下のとおりである:
Upper primerとしてUPstmerR(5' AACTGCAGCTAAGCTGTGGAAGCCCCTG 3') (配列番号1)
Lower primerとしてLXbamerP(5' GCTCTAGAGCGATGCTGCCGTTA 3') (配列番号2)
Upper primerのUPstmerRはPstIサイト(5' CTGCAG 3') およびmerRのコーディング部位(5' CTAAGCTGTGGAAGCCCCTG 3') から構成される。Lower primerのLXbamerPはMerPの下流域の塩基配列およびXbaIサイト(5' TCTAGA 3')から構成される。従って、得られた1.2 kbのmerR-o/p-merT-merP遺伝子断片は5 ’末端にPstIサイトを、3 ’末端にXbaIサイトを持つことになる。次にこの1.2 kbのmerR-o/p-merT-merP遺伝子断片をpKF19Kベクター (宝酒造) に組換える操作を説明する。用いたpKF19Kベクターはカナマイシン耐性遺伝子にダブルアンバー変異(Km’am2)を持つpUC 系ベクターであり、Oligonucleotide-directed Dual Amber (ODA )法Site-directed Mutagenesis に利用することができるベクターである。このpKF19KベクターをPstIとXbaIで消化し、ここに先の1.2 kbのmerR-o/p-merT-merP遺伝子断片を挿入して得られた組換えプラスミドをpTP4と命名した。その構造の詳細は図2に図式化した。
【0026】
merR-o/p遺伝子のpKF19Kベクターへの組換え操作は基本的に上記の方法と同様であり、得られたプラスミドをpR2 と命名した。本実施例ではこのpR2 をコントロールとして用いる為に作製した。次に、pTP4プラスミドをXbaIとEcoRI で部分消化した後に、プラスミドR100上のmerE遺伝子をPCR 反応で増幅させてXbaIとEcoRI で消化後、得られた0.2 kbの遺伝子断片を挿入した。この得られたプラスミドをpTPE21と命名した。最後に、pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で部分消化後、pTPE21のmerP-merE 遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化し、得られた0.5 kbの遺伝子断片を挿入した。このプラスミドをpPE62 と命名した。
(1-2) 遺伝子組換えpKF19KベクターのE. coli への形質転換
上記1-1 により作成した組換えプラスミドpR2 、pTP4、pTPE21、pPE62 を常法に従ってそれぞれE.coli XL1-Blue へ形質転換した。
(1-3) 上記操作によって水銀輸送遺伝子(merT)、水銀結合遺伝子(merP)、および膜蛋白質遺伝子(merE)を組み合わせてもつ、merT-merP 遺伝子組換え大腸菌(pTP4)、 merT-merP-merE 遺伝子組換え大腸菌(pTPE21)、 merP-merE遺伝子組換え大腸菌(pPE62 )を作製した。
(2) 作製した遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価、重金属取り込み活性の評価
(2-1) 遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価
上記で得られた遺伝子組換え大腸菌について、無機水銀(HgCl2)と有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する耐性評価をInhibition Zone 法(阻止円法)を用いて行った。各大腸菌をLB培地で対数増殖期まで培養し、培養液中の細胞数が1×108 cells になるよう計算してLBプレート上に培養液を塗布した。次にこのプレート上に直径6mm のペーパーディスクを置き、そこに種々の濃度のHgCl2 (50,100,150,300,600nmol/10μL)、あるいはCH3HgCl (10,20,30,60,120nmol/10 μL )を滴下した。37℃で一晩平板培養した後、生じた阻止円の直径(ペーパーディスクの直径6mm を差し引いた値)を測定した。この結果を図3に示した。コントロールであるpR2 に比べ感受性が高い場合、水銀による毒性影響を受けていると考えられる。本実施例では大腸菌に水銀耐性遺伝子を組み込んでいないため、水銀取り込みと毒性影響は比例すると考えられる。このことから、感受性の強さで水銀取り込み活性の有無を推測することが可能である。
【0027】
この結果において、無機水銀ではコントロール(pR2) に比べて他の3種すべて超感受性となり、取り込み活性を有することが推察された。一方、メチル水銀ではpR2 に比べてpTPE21とpPE62 は感受性が強くなっていたことから、取り込み活性を有すると推測できた。この結果を踏まえた上で、次にその取り込み活性について検討した。
(2-2) 遺伝子組換え大腸菌での重金属取り込み活性の評価
遺伝子組換え大腸菌について、各々無機水銀(HgCl2)と有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する取り込み活性の評価を行った。各組換えプラスミドを形質転換した大腸菌をLB培地で対数増殖期まで培養し、培養液のOD600 値が1.00になるよう集菌し、100 μg/mL chloramphenicol および100 μM EDTA・2Na を含むLB培地に再懸濁した。無機水銀では、この再懸濁液500 μL に10μM HgCl2 を添加して、一定時間37℃で反応させた後、集菌して同様の新しい培地で3 回洗浄・再懸濁した。この懸濁液に硝酸(HNO3)1mL を加えて90℃で1時間灰化した溶液中の無機水銀量をフレームレス還元気化原子吸光光度法で測定した(図4A)。一方、メチル水銀では再懸濁液500 μL に5 μM の14CH3HgCl(比活性:2.11GBq/mmol)を添加して、一定時間37℃で反応させた後、0.45μm ガラスフィルターにて急速吸引濾過し、フィルターを同様の新しい培地で3回洗浄後、フィルターに残存する放射活性を液体シンチレーションカウンターを用いて測定した(図4B)。
【0028】
無機水銀に関する結果では、pR2 を持つ大腸菌(コントロール)に比べてどれも有意に取り込み活性が高かった。特に、pTPE21を持つ大腸菌では取り込み量が約3倍になったが、これはpTP4とpPE62 を持つ大腸菌の取り込み増加量の和とほぼ一致し、MerTとMerEの無機水銀取り込み活性の相乗効果によるものと示唆された。pTP4とpPE62 を持つ大腸菌もコントロールに比べ、それぞれ取り込み活性が増加していた。MerTに関しては無機水銀取り込み活性が過去に報告されている。また、MerEはMerTよりは弱いものの無機水銀取り込み活性があると示された。水銀耐性遺伝子の一種であり、膜貫通型蛋白質であるmerE遺伝子が無機水銀輸送機能を有するということは本実施例で初めて示された。
【0029】
一方、メチル水銀に関する結果では、pTPE21とpPE62 を持つ大腸菌がコントロールに比べてメチル水銀取り込み活性が増加していた。pTP4を持つ大腸菌のメチル水銀取り込み量はコントロールとほぼ同等であったことから、pTPE21とpPE62 を持つ大腸菌の取り込み活性はMerEの機能によるものと考えられる。この結果から、MerEはメチル水銀輸送機能を有する膜蛋白質である、即ちメチル水銀トランスポーターであることが示唆される。メチル水銀取り込み活性を有するトランスポーターはこれまで発見されておらず、今回初めて見出された。
【実施例2】
【0030】
MerE及びMerFはそれぞれ単独で機能するメチル水銀トランスポーターであることを以下に示す。
(1) 膜貫通型蛋白質をコードするmer 遺伝子導入Escherichia coliの作製
(1-1) 微生物由来の各水銀耐性遺伝子のpR2 プラスミドへの組換え
Escherichia coli由来のプラスミドR100上の膜貫通型蛋白質遺伝子 [merE (GenBank accession No. AF07143)、merC (GenBank accession No.AF07143)]、Pseudomonas fluorescens 由来のプラスミドpMER327/419 上の膜貫通型蛋白質遺伝子(merF)(GenBank accession No. X73112)、Pseudomonas strain K-62 由来のプラスミドpMR26 上の水銀輸送遺伝子(merT)(GenBank accession No. D83080)を、pR2 プラスミドへ図5に示す組み合わせで組換えた。pR2 プラスミドは実施例1の(1-1) 記載した方法で、Pseudomonas strain K-62 由来のプラスミドpMR26 上の水銀調節遺伝子(merR-o/p)をpKF19Kベクターに組換えたものである。
【0031】
pR2 プラスミドに種々のmer 遺伝子を次の方法で組換えた:merE遺伝子は常法に従ってPCR 反応を行うことで増幅させ、これをKpnIとEcoRI で消化後、得られた0.3 kbの遺伝子断片を単離・精製した。その時に用いた鋳型はプラスミドR100であり、用いたプライマーは以下のとおりである:
Upper primerとしてUKpnmerE(5' GGGGTACCATGAACGCCCCTGACAAACT 3') (配列番号3)
Lower primerとしてLEcomerE(5' CGGAATTCTCATGATCCGCCCCGGAAGGC 3') (配列番号4)
Upper primerのUKpnmerEはKpnIサイト(5' GGTACC 3')およびmerEのコーディング部位(5' ATGAACGCCCCTGACAAACT 3')から構成される。Lower primerのLEcomerEはMerEの下流域の塩基配列およびEcoRI サイト(5' GAATTC 3')から構成される。従って、得られた0.3 kbのmerR-o/p-merE 遺伝子断片は5 ’末端にKpnIサイトを、3'末端にEcoRI サイトを持つことになる。
【0032】
次にこの0.3 kbのmerE遺伝子断片をpR2 プラスミドに組換える操作を説明する。pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で消化し、ここに先の0.3 kbのmerE遺伝子断片を挿入して得られた組換えプラスミドをpE4 と命名した。その構造の詳細は図6に図式化して示す。本実施例ではpR2 をコントロールとして用いた。次に、pR2 をKpnIとEcoRI で部分消化した後に、プラスミドpMER327/419 上のmerF遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化後、得られた0.3 kbの遺伝子断片を挿入した。この得られたプラスミドをpF17と命名した。pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で部分消化した後に、プラスミドpMR26 上のmerT遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化後、得られた0.4 kbの遺伝子断片を挿入した。この得られたプラスミドをpT5 と命名した。最後に、pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で部分消化後、プラスミドR100上のmerC遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化し、得られた0.5 kbの遺伝子断片を挿入した。このプラスミドをpC7 と命名した。
(1-2) 遺伝子組換えpR2 プラスミドのE.coliへの形質転換
上記で作成した組換えプラスミドpR2 、pE4 、pF17、pT5 、pC7 を常法に従ってそれぞれE.coli XL1-Blue へ形質転換した。
(1-3) 上記操作によって膜蛋白質遺伝子(merE、merF、merT、merC)を組み合わせてもつ、merE遺伝子組換え大腸菌(pE4 )、 merF 遺伝子組換え大腸菌(pF17)、 merT 遺伝子組換え大腸菌(pT5 )、 merC 遺伝子組換え大腸菌(pC7 )を作製した。
(2) 作製した遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価、重金属取り込み活性の評価
(2-1) 遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価
上記(1-2) で得られた遺伝子組換え大腸菌について、無機水銀(HgCl2)と有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する耐性評価をInhibition Zone 法(阻止円法)を用いて、実施例1の(2-1) と同様にして行った。
【0033】
結果を図7に示した。コントロールであるpR2 に比べ感受性が高い場合 (即ち、超感受性を示した場合) 、水銀による毒性影響を受けていると考えられる。本研究では大腸菌に水銀耐性遺伝子を組み込んでいないため、水銀取り込みと毒性影響は比例すると考えられる。このことから、感受性の強さで水銀取り込み活性の有無を推測することが可能である。
【0034】
この結果において、無機水銀ではpR2 に比べてpT5 とpC7 が超感受性となり、取り込み活性を有することが推察された。それに対し、pE4 とpF17ではpR2 と阻止円の大きさが一致し、感受性であることから、取り込み活性を示さないと推測された。一方、メチル水銀ではpR2 に比べてすべてのクローンが感受性となり、取り込み活性を有するとは推測できなかった。この結果を踏まえた上で、次にその取り込み活性について検討した。
(2-2) 遺伝子組換え大腸菌での重金属取り込み活性の評価
遺伝子組換え大腸菌について、各々有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する取り込み活性の評価を実施例1の(2-2) と同様にして行った。
【0035】
結果を図8に示す。メチル水銀に関しては、pE4 とpF17を持つ大腸菌のメチル水銀の取り込み活性は共にpR2 を持つコントロールに比べて有意に増加していた。一方、pT5 とpC7 を持つ大腸菌のメチル水銀取り込み量はpR2 とほぼ同等であった。今回の実験結果は、実施例1で述べた、MerEがメチル水銀トランスポーターであるという結果を支持するものとなった。また、MerPが存在しなくてもMerEは単独でメチル水銀取り込み活性を有することが明らかとなった。一方、新たにMerFも新規のメチル水銀トランスポーターであることが示唆された。
【実施例3】
【0036】
この実施例においては、水銀トランスポーター (MerC, MerE, MerF) とシンタキシン [SYP121 (GenBank accession No. NM112015), AtVAM3(GenBank accession No.U88045)との融合タンパク質のシロイヌナズナ培養細胞内での局在を調べた。
(1) 重金属トランスポーター遺伝子 (merC, merE, merF) とシンタキシン遺伝子SYP121, AtVAM3) との融合遺伝子の植物ベクターCaMV35S-sGFP(S65T)-NOS3 ’への組換え
(1-1) プライマーの作成
merC:U-BglII-merC: 5 ’GAAGATCTCTGATGACACGCATTGCC3 ’ (配列番号5)
L-Kpn I-merC: 5 ’GGGGTACCTCACAAGCGCTTGGCGGG3 ’ (配列番号6)
merC-SYP121 :U-Sal I-merC: 5 ’ACGCGTCGACATGGGACTGATGACACG3’ (配列番号7)
L-Sal I-merC: 5 ’ACGCGTCGACCAAGCGCTTGGCGGGGAG3 ’ (配列番号8)
merC-AtVAM3 :U-BspE I-merC: 5’GCTCCGGACTGATGACACGCATTGCC3 ’ (配列番号9)
L-BspE I-merC: 5’GCTCCGGACAAGCGCTTGGCGGGGAG3 ’ (配列番号10)
merE:U-BglII-merE: 5 ’GAAGATCTATGAACGCCCCTGACAAA3 ’ (配列番号11)
L-Kpn I-merE: 5 ’GGGGTACCTCATGATCCGCCCCGGAA3 ’ (配列番号12)
merE-SYP121 :U-BsrG I-merE: 5'ACGCGTCGACATGAACGCCCCTGACAAACT3'(配列番号13)
L-BsrG I-merE: 5’ACGCGTCGACTGATCCGCCCCGGAAGGCGC3' (配列番号14)
merE-AtVAM3 :U-BspE I-merE: 5’GCTCCGGAATGAACGCCCCTGACAAA3 ’ (配列番号15)
L-BspE I-merE: 5’GCTCCGGATGATCCGCCCCGGAAGGC3 ’ (配列番号16)
merF:U-BglII-merF: 5 ’GAAGATCTATGAAAGACCCGAAGAC3’ (配列番号17) L-Kpn I-merF: 5 ’GGGGTACCTCATTTTTTTACTCCATTG3’ (配列番号18)
merF-SYP121 :U-Sal I-merF: 5 ’ACGCGTCGACATGAAAGACCCGAAGACACTG3'(配列番号19)
L-Sal I-merF: 5 ’ACGCGTCGACTTTTTTTACTCCATTGAAT3’ (配列番号20)
(1-2)PCR法による重金属トランスポーター遺伝子の増幅
merC及び merE はプラスミド Tn 21(摂南大学薬学部の芳生秀光教授より譲渡)、merFはプラスミド pUC18F (The University of Birmingham のDr. Jon L. Hobman より譲渡) をそれぞれ鋳型とし、上記(1-1) に記載したプライマーを用いて、PCR 法に従い遺伝子を増幅させた。
【0037】
鋳型DNA 1 μL 、PCR reaction buffer 10μL 、2.5 mM dNTP 混合液 8μL 、100 pM primer U 及びL 各1 μL 、Taq DNA polymerase 1μL に精製水を加えて全量を100 μL とした。95℃にて30秒(熱変性)、次いで57℃にて30秒(アニーリング)、72℃にて60秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを40回繰り返し反応させ、これをPCR 溶液とした。
(1-3) 重金属トランスポーター遺伝子の精製
PCR 溶液にPB緩衝液 500μL を加え、軽く撹拌した。この溶液を、エッペンドルフチューブにセットした QIAquick spin column に移し、室温で 13000rpm 、30秒間遠心分離した。この column を新しいエッペンドルフチューブにセットし、PE緩衝液 750μL をのせた。次に、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、columnを新しいエッペンドルフチューブにセットした。この column に EB 緩衝液 50 μL をのせ、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、得られたろ液を DNA試料溶液とした。
(1-4)Agarose gel電気泳動による遺伝子の検出
得られた DNA試料溶液を、0.8 % agarose gel を支持体とした agarose gel電気泳動法を用いて分離分析した。泳動後、agarose gel を1 mg/mL エチジウムブロマイド溶液に浸し、紫外線照射下で DNAを検出した。
(1-5) 遺伝子フラグメントの調製
上記(1-3) で精製した DNA試料溶液を制限酵素 Bgl II とKpn I 、BsrGI 、SalIまたは BspEIで4 時間、37℃で消化させた。この反応溶液に1/10容量の ethanolを加え、-80 ℃で15分放置した。次に、4 ℃で 15000 rpm、10分間遠心分離し、得られた DNA沈殿を70 % ethanolで洗浄後、減圧乾燥した。この DNA沈殿を精製水50μL に溶解し、遺伝子フラグメントとした。
(1-6) ベクターの調製
以下で使用するプラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3 ’、CaMV35S-sGFP (S65T)-SYP121、およびCaMV35S-sGFP (S65T)-AtVAM3 (京都府立大学人間環境学部の佐藤雅彦准教授より譲渡) は、それぞれ、pUC 系プラスミド、これにSYP121遺伝子を導入したプラスミド、およびAtVAM3遺伝子を導入したプラスミドである。
【0038】
プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3 ’は制限酵素Bgl IIとKpn I 、プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-SYP121 は制限酵素SalI、プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-AtVAM3 は制限酵素BspEI でそれぞれ1 時間、37℃で消化し、各ベクター溶液とした。
(1-7) ライゲーション
各遺伝子フラグメントと各ベクターをそれぞれ混和した。次に、ligation kit (Quick Ligation Kit、New England Biolabs)を用いて室温で 15 分反応させることにより、各遺伝子フラグメントと各ベクターをそれぞれ連結させた。
(1-8) 形質転換
大腸菌 XL1-Blue Subcloning-Grade Competent Cells (STRATAGENE,LaJolla,CA.,USA) に、上記(1-7) で作成した DNA溶液を加え、30分間氷冷した。次に、この溶液を42℃で30秒間保温後、5 分間氷冷した。さらに、 SOC培地を加えて、37℃で50分間振とう培養した。この培養液を ampicillin 含有 LB 寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養してコロニーを得た。
(1-9) プライマーの作成
プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3 ’、CaMV35S-sGFP (S65T)-SYP121及び CaMV35S-sGFP (S65T)-AtVAM3 上に存在するプロモーター CaMV35S遺伝子の塩基配列をもとに、primer 35Sを、ターミネータ Tnos3’遺伝子の塩基配列をもとに、primer Tnos をそれぞれ作成した。
【0039】
Primer 35S:5 ’GATATCTCCACTGACGTAAGG3’ (配列番号21)
Primer Tnos :5 ’CCCATCTCATAAATATCGTCATG3’ (配列番号22)
(1-10)ダイレクトPCR 法による遺伝子の確認
ダイレクトPCR は、目的の鋳型遺伝子のかわりに、上記(1-8) で得られた大腸菌のコロニーを鋳型として用いる方法である。また、コロニーのダイレクトPCR において、以下のプライマーの組合せを用いることにより、挿入された遺伝子の向きの確認を行った。プライマーの組合せの例は、primer 35S及び primer Tnos、primer 35S及びクローニングに用いたLower primer、primer Tnos 及びクローニングに用いたUpper primer、または35S 及びクローニングに用いたUpper primerである。反応溶液の組成は、PCR reaction buffer 2 μL 、2.5 mM dNTP 混合液 1.6μL 、10 pM primer upper及び lower各1 μL 、Taq DNA polymerase 0.2μL に精製水を加えて全量を20μL とした。この溶液に爪楊枝に付けたコロニーを懸濁させた後、94℃にて30秒(熱変性)加温し、94℃にて 60 秒(熱変性)、次いで55℃にて60秒(アニーリング)、72℃にて90秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを30回繰り返し反応させた。
【0040】
得られた PCR試料溶液 10 mLを agarose gel電気泳動法により検出した。
(1-11)遺伝子の確認
上記(1-10)で確認された遺伝子において、得られたコロニーを5 mL LB 培地に植菌し、37℃で一晩振倒培養した。培養後、菌液をエッペンドルフチューブに分注し、室温で10000 rpm 、1 分間遠心分離した。上清を除去し、得られた菌体に QIAprep Spin Miniprep Kit (QIAGEN) の P1 緩衝液 250μL を加え攪拌後、P2緩衝液 250μL を添加し転倒混和した。この溶液を 4℃で14000 rpm 、10分間遠心分離した。得られた上清を QIAprep column に移し、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した。次に、この column に PB 緩衝液 500μL を加え column に DNAを吸着させ、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した。さらに、この column にPE緩衝液 750μL を加え、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離することにより徐タンパク質作業を行った。columnのみを室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した後、columnを新しいエッペンドルフチューブにセットした。この column に EB 緩衝液 50 μL を加え、室温で1 分間精置した。静置後、columnを室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、エッペンドルフチューブに DNA溶液を得た。この DNA溶液を DNA試料溶液とし、agarose gel 電気泳動法により遺伝子の検出を行った。
【0041】
次に、この DNA溶液を制限酵素Bgl IIとKpn I 、Sal I または Bsp EI を用いて切断した後、反応生成物を agarose gel電気泳動法により分離分析した。
(1-12)組換えプラスミドの塩基配列の確認
上記(1-11)で得られたプラスミド 10 μL 、3.2 pmolのプライマー 1μL 、Big Dye 8 μL を加え、全量を20μL としPCR 法に従い遺伝子を増幅させた。96℃にて30秒(熱変性)、次いで50℃にて15秒(アニーリング)、60℃にて4 分(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを25回繰り返し反応させ、これをPCR 溶液とした。PCR 溶液に、Sodium Acetate 2μL 、ethanol 50μL を加え、氷上で10分放置した。次に、4 ℃で 15000 rpm、20分間遠心分離し、得られた DNA沈殿を70 % ethanolで洗浄後、減圧乾燥した。この DNA沈殿をTemplate Suppression Reagent 25 μL に溶解し、95℃で2 分間、氷上に2 分間、それぞれ放置した後、シークエンス用tubeに移し、これを反応溶液とした。
【0042】
遺伝子配列の解析はABI PRISM 310 Genetic Analyzerを用いるか、委託解析(OPERON)により行った。
(2) 組換えプラスミドのシロイヌナズナ培養細胞への形質転換
2 g のシロイヌナズナ培養細胞をenzyme solution 25 mL 中で30℃、1 〜2 時間培養し、フィルターろ過した。次に25 mL のsolution Aでプロトプラストを2 回洗浄した。さらに1 mLのMaMgで再懸濁し、100 mLのプロトプラスト溶液に、上記で作成した各組換えプラスミド20μgと 50 μgの carrier DNAを加え、400 mLのDNA uptake solution を加えた。このプラスミドを氷上20分放置し、dilution solution 10 mL を加え希釈した。プロトプラストは 0.4 M mannitol 含有 MS 培地 4 mL で再懸濁し、23℃で16時間穏やかに振とうした。
(3) シロイヌナズナ培養細胞における GFP−重金属トランスポーターまたはSYP121, AtVAM3融合タンパク質の蛍光観察
GFP 融合タンパク質の発現を観察する前処理として、0.4 M mannitol及び200 μM Brefeldin A を含む培地で、細胞を2 時間培養した。 細胞の蛍光観察は、コンフォーカル顕微鏡を用いて行った。
(4) 結果
重金属トランスポーター遺伝子の植物ベクターへの組換えプラスミドの構築については、上に記載した各鋳型と各プライマーの組合せで、各重金属トランスポーター遺伝子を増幅させ、merC、merEおよびmerF遺伝子を、それぞれベクターCaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3’のBgl IIとKpn I サイトに組換え、プラスミド pGC3 、pGE18 及び pGF7 と命名した。これらのプラスミドマップは図9に示した。merC、 merE または merF 遺伝子を SYP121 をもつベクターCaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3’の SalI サイトに組換え、それぞれプラスミド pCS121.28、pES121.3及び pFS121.3 と命名した。これらのプラスミドマップは図10に示した。merCまたは merE 遺伝子は AtVAM3 をもつベクターCaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3’の BspEIサイトに組換え、それぞれプラスミド pCV9 及び pEV12と命名した。これらのプラスミドマップは図11に示した。図9〜11に示したプラスミドの外来遺伝子は上述したように PCR産物である。PCR 反応の途中においては DNA増幅時に鋳型と異なる DNA塩基が挿入されている可能性がある。そこで、PCR による DNA増幅が正しく行われたことを確認するため、これらのプラスミドの外来遺伝子の塩基配列をシークエンスした。その結果、クローニングしたDNA の塩基配列は正常であることを確認した。
【0043】
上述した各組換えプラスミドをシロイヌナズナ培養細胞内に形質転換し、各組換えプラスミドをもつシロイヌナズナ培養細胞内におけるGFP の蛍光観察を行った結果を図12〜14に示した。
【0044】
MerCに GFPを融合したときの培養細胞内における細胞内局在は図12(a) に示すように、GFP-MerCの大部分は小胞体にとどまっている。この結果から、MerCは微生物内において細胞内膜に存在する膜タンパク質であるが、植物培養細胞内での細胞内局在は微生物内の局在とは異なり細胞膜へ移行しないことが示唆された。植物における重金属の蓄積性を向上させるためには、MerCを細胞膜や液胞膜に局在化させることが必要だが、微生物由来のトランスポーターをそのままの形では植物細胞内の特定小器官へ移行させることは極めて困難であることが明らかとなった。そこで、膜タンパク質 MerC を標的器官にソーティングするためのシグナル因子に注目した(図15)。細胞膜への移行を目的としてSYP121分子を、液胞膜への移行を目的としてAtVAM3 (SYP22)分子を重金属トランスポーターにそれぞれ融合させたタンパク質をエンジニアリングし、培養細胞内における細胞内局在を調べた。
【0045】
MerCにSYP121またはAtVAM3分子を融合したときの結果は、それぞれ図12(c) 、図12(b) に示した。SYP121分子を融合した場合、図12(c) に示すように、細胞膜への移行が観察された。次に、MerCにAtVAM3分子を融合した場合、図12(b) に示すように、GFP-MerC-AtVAM3 の蛍光観察においては液胞膜が強く特異的に染色されており、液胞膜への移行が観察された。以上の結果から、GFP-MerC-SYP121 は細胞膜に、GFP-MerC-AtVAM3 は液胞膜にそれぞれ特異的に発現している可能性が示唆された。
【0046】
MerEにSYP121またはAtVAM3分子を融合したときの結果は、それぞれ図13(c) 、図13(b) に示した。MerE分子単独の発現は、図13(a) に示すように、GFP-MerEの蛍光観察においては細胞質内に凝集するように局在した。一方、MerEにSYP121分子を融合した場合、図13(c) に示すように、GFP-MerE-SYP121 の蛍光観察においては細胞膜が強く特異的に染色されており、細胞膜への移行が観察された。次に、MerEにAtVAM3分子を融合した場合、図13(b) に示すように、GFP-MerE-AtVAM3 の蛍光観察においては細胞膜が染色されており、液胞膜への移行が観察されず、細胞膜へ移行した。以上の結果から、GFP-MerE-SYP121 およびGFP-MerE-AtVAM3 はともに細胞膜に特異的に発現している可能性が示唆された。
【0047】
MerFにSYP121分子を融合したときの結果は図14(b) に示した。MerF分子単独の発現は、図14 (a)に示すように、GFP-MerFの蛍光観察においては細胞質内に分散するように局在した。MerFに SYP121 分子を融合した場合、図14 (b)に示すように、GFP-MerF-SYP121 の蛍光観察においては細胞膜が強く特異的に染色されており、細胞膜への移行が観察された。以上の結果から、GFP-MerF-SYP121 は細胞膜に特異的に発現している可能性が示唆された。
【0048】
以上の結果から、細胞膜への標的化が成功した融合タンパク質MerC-SYP121 、MerE-SYP121 、MerE-AtVAM3 、MerF-SYP121 を植物へ恒常的に高発現させることは重金属蓄積性を向上させる上で非常に有用であると考えられる。一方、液胞膜への標的化が成功した融合タンパク質MerC-AtVAM3 を植物へ恒常的に高発現させることは液胞内への重金属の蓄積性を向上させる上で有用であると考えられる。
【実施例4】
【0049】
水銀トランスポーター (MerC, MerE, MerF) とシンタキシン (SNARE) (SYP121, AtVAM3) との融合遺伝子組換えシロイヌナズナの作出および水銀高蓄積性の検討
(1)merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF, merF-SYP121 のバイナリーベクター pMAT137への組換え
(1-1) プライマーの作成
merC:U-Not-merC : 5’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGGGACTGATGACAC 3’ (配列番号23)
L-Xba-merC : 5’GCTCTAGATCACAAGCGCTTGGCG 3’ (配列番号24)
merC-SYP121 :U-Not-merC : 5'AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGGGACTGATGACAC 3' (配列番号23)
L-Spe-SYP121: 5 ’GACTAGTTCAACGCAATAGACGCCTTG 3 ’ (配列番号25)
merC-AtVAM3 :U-Not-merC : 5'AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGGGACTGATGACAC 3' (配列番号23)
L-Xba-AtVAM3: 5 ’GCTCTAGATCAAGCTGCGAGTACTAT 3’ (配列番号26)
merE : U-Not-merE : 5 ’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAACGCCCCTGACAAACT 3'(配列番号27)
L-Xba-merE : 5 ’GCTCTAGATCATGATCCGCCCCGGAAGG 3’ (配列番号28)
merE-SYP121 : U-Not-merE : 5’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAACGCCCCTGACAAACT 3'(配列番号 27)
L-Spe-SYP121: 5 ’GACTAGTTCAACGCAATAGACGCCTTG 3 ’ (配列番号25)
merF : U-Not-merF: 5’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAAAGACCCGAAGACACTG 3 ’ (配列番号29)
L-Xba-merF: 5’GCTCTAGATCATTTTTTTACTCCATTGAAT3 ’ (配列番号30)
merF-SYP121 : U-Not-merF: 5 ’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAAAGACCCGAAGACACTG 3' (配列番 号29)
L-Spe-SYP121: 5 ’GACTAGTTCAACGCAATAGACGCCTTG 3 ’ (配列番号25)
(1-2)PCR法による遺伝子の増幅
実施例3の(1-12)で得られたplasmid を鋳型とし、上記プライマーを用いて、PCR 法に従い遺伝子を増幅させた。
【0050】
鋳型DNA 1 L 、PCR reaction buffer 10μL 、2.5 mM dNTP 混合液 8μL 、100 pM primer U 及びL 各1 μL 、Taq DNA polymerase 1μL に精製水を加えて全量を100 μL とした。95℃にて30秒(熱変性)、次いで57℃にて30秒(アニーリング)、72℃にて60秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを40回繰り返し反応させ、これをPCR 溶液とした。
(1-3) 遺伝子の精製
PCR 溶液にPB緩衝液 500μL を加え、軽く撹拌した。この溶液を、エッペンドルフチューブにセットした QIAquick spin column に移し、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した。この column を新しいエッペンドルフチューブにセットし、PE緩衝液 750μL をのせた。次に、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、columnを新しいエッペンドルフチューブにセットした。この column に EB 緩衝液 50 μL をのせ、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、得られたろ液を DNA試料溶液とした。
(1-4) Agarose gel 電気泳動法による遺伝子フラグメントの検出
得られた DNA試料溶液を、0.8 % agarose gel を支持体とした agarose gel電気泳動法を用いて分離分析した。泳動後、agarose gel を1mg/mLエチジウムブロマイド溶液に浸し、紫外線照射下で DNAを検出した。
(1-5) 遺伝子フラグメントの調製
上記(1-3) で精製した DNA試料溶液を制限酵素Not I 及び Xba IまたはSpe I で4 時間、37℃で消化させた。この反応溶液に1/10容量の ethanolを加え、-80 ℃で15分放置した。次に、4 ℃で 15000 rpm、10分間遠心分離し、得られた DNA沈殿を 70 % ethanol で洗浄後、減圧乾燥した。この DNA沈殿を精製水 50 μL に溶解し、遺伝子フラグメントとした。
(1-6) ベクター pMAT137の調製
バイナリーベクター pMAT137 (京都府立大学人間環境学部の佐藤雅彦准教授より譲渡) は制限酵素Not I 及び Xba Iで1 時間、37℃で消化させた。次に、DNA 切断部位の3 ’末端リン酸基を Bacterial alkaline phosphatase 処理により除去した。
(1-7) ライゲーション
遺伝子フラグメントとベクターを混和した。次に、ligation kitを用いて室温で 15 分反応させることにより、遺伝子フラグメントとベクターを連結させた。
(1-8) 形質転換
大腸菌 XL1-Blue Subcloning-Grade Competent Cellsに、上記(1-7) で作成した遺伝子フラグメントを加え、30分間氷冷した。次に、この溶液を42℃で30秒間保温後、5 分間氷冷した。さらに、SOC 培地を加えて、37℃で50分間振とう培養した。この培養液を kanamycin含有 LB 寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養してコロニーを得た。
(1-9) ダイレクトPCR 法による遺伝子の確認
ダイレクトPCR は、目的の鋳型遺伝子のかわりに、上記で得られた大腸菌のコロニーを鋳型として用いる方法である。また、コロニーのダイレクトPCR において、以下のプライマーの組合せを用いることにより、挿入された遺伝子の向きの確認を行った。プライマーの組合せの例は、primer 35S及び primer Tnos、primer 35S及びクローニングに用いたLower primer、primer Tnos 及びクローニングに用いたUpper primer、または35S 及びクローニングに用いたUpper primerである。反応溶液の組成は、PCR reaction buffer 2 μL 、2.5 mM dNTP 混合液 1.6μL 、10 pM primer upper及び lower各1 μL 、Taq DNA polymerase 0.2μL に精製水を加えて全量を20μL とした。この溶液に爪楊枝に付けたコロニーを懸濁させた後、94℃にて30秒(熱変性)加温し、94℃にて 60 秒(熱変性)、次いで55℃にて60秒(アニーリング)、72℃にて90秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを30回繰り返し反応させた。
【0051】
得られた PCR試料溶液 10 μL を agarose gel電気泳動法により検出した。
(1-10)遺伝子の確認
上記(1-9) で確認された遺伝子において、実施例3の(1-11)記載の方法に従ってDNA 溶液を得た。この DNA溶液を DNA試料溶液とし、agarose gel 電気泳動法により遺伝子の検出を行った。
【0052】
次に、この DNA溶液に制限酵素Xba I を加えて反応させた後、生成物を agarose gel電気泳動法により分離分析した。
(1-11)組換えプラスミドの塩基配列の確認
実施例3の(1-12)と同様の操作を行い外来遺伝子の塩基配列を決定した。
(4) 組換えプラスミドのアグロバクテリウムへの形質転換及びシロイヌナズナへのアグロバクテリウムの感染
上記(1-11)で得られたプラスミドを用い、インプランタイノベーションズ(株)によるシロイヌナズナ形質転換受託システムを利用し、merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF またはmerF-SYP121 を組換えたシロイヌナズナの T1 種子をそれぞれ得た。
(5) トランスジェニックシロイヌナズナの作出
上記(4) で得られたT1種子を殺菌液に分散させ、10分置き、滅菌精製水で3 回洗浄した。次に、選択培地のシャーレに少量の水とともに種子を蒔いた。パラフィルムで封をし、4 ℃に数日置いた。その後、22℃に移し発芽させた。その後、図16及び図17に示したスキームに従い、T2種子、T3種子、T4種子を得た。
(6) トランスジェニックシロイヌナズナにおける各遺伝子の発現
(6-1) 遺伝子組換えシロイヌナズナにおける各遺伝子の確認
作出した遺伝子組換えシロイヌナズナ(T1, T2, T3)の苗木約15株の葉から、常法に従って、それぞれゲノムDNA を抽出した。得られたゲノムDNA をそれぞれ鋳型として、常法に従ってPCR 反応を行い、予期したDNA の増幅断片が検出できた株を、遺伝子組換え植物とした。この時に用いるプライマーは、組換えたmerC遺伝子、merE遺伝子、merF遺伝子、SYP121遺伝子、AtVAM3遺伝子それぞれに特異的な塩基配列を複数ヶ所選んで作成した。内部標準としてはNPTII を用いた。
(6-2) 遺伝子組換えシロイヌナズナにおける各遺伝子のmRNAの発現
作出した遺伝子組換えシロイヌナズナ(T1, T2, T3)の苗木約15株の葉から、常法に従って、それぞれtotal RNA を抽出した。得られた total RNAを鋳型として、常法に従って逆転写反応を行い、cDNAを得た。このcDNAをそれぞれ鋳型として、常法に従ってPCR 反応を行い、予期したDNA の増幅断片が検出できた株は、目的のmRNAを発現している遺伝子組換え植物とした。この時に用いるプライマーは、組換えたmerC遺伝子、merE遺伝子、merF遺伝子、SYP121遺伝子、AtVAM3遺伝子それぞれに特異的な塩基配列を複数ヶ所選んで作成した。内部標準としてはβ-actinを用いた。
(6-3) 遺伝子組換えシロイヌナズナにおける各融合タンパク質の発現
作出した遺伝子組換えシロイヌナズナ(T1, T2, T3)の苗木約15株の葉から、常法に従って、それぞれタンパク質を抽出した。得られたタンパク質を用い、ウエスタンブロット法に従って目的のタンパク質の発現を調べた。MerC, MerE, MerFは常法に従って精製し、ウサギに免疫した。二度の追加免疫の後、全血採血して得られた血清をProteinAにより精製し、それぞれ抗MerC抗体、抗MerE抗体、抗MerF抗体とした。
(7) トランスジェニックシロイヌナズナの水銀蓄積及び水銀耐性の評価
上記(5) で得られたT1, T2, T3種子をそれぞれ種々の濃度の無機水銀を含む選択培地に蒔いた。人工気象器 (サンヨー製インキュベーターMLR-351)内(22℃)で約2週間育成後、生重量を測定することで水銀耐性を評価した。また、同様の条件で育成後、還元気化原子吸光光度法により、生重量あたり総水銀量を測定することで、水銀蓄積量を評価した。
(8) トランスジェニックシロイヌナズナのカドニウム蓄積の評価
上記(5) で得られたT3種子を選択培地に蒔いた。人工気象器内で約2週間育成後、1/10濃度の液体培地中で一晩水耕栽培した。終濃度10μM 109Cd2+ を添加し、16時間後の植物内への 109Cd2+の取り込み量はガンマシンチレーションカウンター (アロカARC-380CL)を用いて評価した。
(9) 結果
バイナリーベクターpMAT137 への遺伝子組換えについては、上記(1) に記載した各鋳型と各プライマーの組合せで、各遺伝子(merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF, merF-SYP121)を増幅させた。(1) に記載の操作に従い、merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF または merF-SYP121遺伝子はベクター pMAT137のXba I サイトに組換え、それぞれプラスミド pMAC5、pMAC121.1 、pMACV1、pMAE8 、pMAES121.9、pMAF30、及び pMAFS121.10と命名した。これらのプラスミドマップは図18から図20に示した。これらのプラスミドの外来遺伝子は上述したように PCR産物である。PCR 反応の途中においては DNA増幅時に鋳型と異なる DNA塩基が挿入されている可能性がある。そこで、これらのプラスミドの外来遺伝子の塩基配列をシークエンスした。その結果、クローニングしたDNA の塩基配列は正常であることを確認した。これらの遺伝子組換えプラスミドを用いて、インプランタイノベーションズ(株)によるシロイヌナズナ形質転換受託システムを利用し、merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF またはmerF-SYP121 を組換えたシロイヌナズナの T1 種子をそれぞれ得た。得られた種の中から約1000から5000個の種を消毒し、無菌操作にて選択培地に種子を蒔いた。遺伝子組換えクローンと非組換えクローンの選抜は、選択培地にはカナマイシンを添加しており、これにより遺伝子を組換えたクローンのみが発芽し、その後大きく成長することを指標に遺伝子組換え体を選抜した。図16にはその一例を示した。非組換えクローンであっても発芽はするが、その後生育が止まってしまう。一方、目的の遺伝子組換えクローンは、他よりも明らかに大きな地上茎が観察された(図16)。これらの遺伝子組換えクローンを土に移し、T2種子を収穫した。さらに図17に示した操作に従って、T3, T4種子をそれぞれ収穫するとともに、それぞれの段階での植物体を用いて、ゲノムPCR により目的遺伝子のゲノムへの組換え、RT-PCRにより各遺伝子の発現をmRNAレベル、ウエスタンブロッティングよりタンパク質レベルをそれぞれ確認した。さらにその植物体を用いて、重金属耐性及び蓄積性について検討した。
【0053】
merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT1, T2及びT3の結果をそれぞれ図21から図23に示した。図21に示すように、T1世代のmerC遺伝子組換えシロイヌナズナは17クローン中16クローンがmerC遺伝子を持つこと、そのうちの10クローンにおいてmerCのmRNAが発現することが明らかになった。また、抗MerC抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果より、MerCタンパク質を低レベルで発現しているクローンが2クローン(7と9)、中レベルで発現しているクローンが1クローン(10)、高レベルで発現しているクローンが3クローン(5、6、14)存在することが明らかになった。これらのクローンからT2種子を採取し、ゲノムPCR 、水銀蓄積、水銀耐性を調べた結果を図22に示した。検定したT2世代の13クローンのすべてがmerC遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの4クローン(5、6、7、8)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したクローンは野生株に比べて水銀耐性が低い傾向が認められた。次に、検定したT3世代の5クローンはmerC遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの3クローン(5、9、10)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したクローンは野生株に比べて水銀耐性が低い傾向が認められた。以上の結果から、merC遺伝子を組換えた植物体は、水銀耐性を低下させつつも水銀高蓄積性を示し、水銀浄化に用いることができる可能性が示唆された。
【0054】
水銀トランスポーターMerCの液胞膜への標的化を目指し、merC-AtVAM3 遺伝子をゲノムに組換えたシロイヌナズナのT1, T2及びT3の結果をそれぞれ図24から図26に示した。図24に示すように、T1世代のmerC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナは15クローン中のすべてがmerC-AtVAM3 遺伝子を持つこと、そのうちの9クローンにおいてmerC-AtVAM3 のmRNAが発現することが明らかになった。また、抗AtVAM3抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果より、MerC-AtVAM3 タンパク質を中レベルで発現しているクローンが3クローン(4、5、6)、高レベルで発現しているクローンが3クローン(7、11、14)存在することが明らかになった。これらのクローンからT2種子を採取し、ゲノムPCR 、水銀蓄積、水銀耐性を調べた結果を図25に示した。検定したT2世代の11クローンのすべてがmerC-AtVAM3 遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの4クローン(2、3、8、11)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したこれらのクローンは野生株と同等の水銀耐性を示した。次に、検定したT3世代の4クローンはmerC-AtVAM3 遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの3クローン(2、7、11)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したこれらのクローンは野生株と同等の水銀耐性を示した。以上の結果から、merC-AtVAM3 遺伝子を組換えた植物体は、水銀耐性を低下することなく、水銀高蓄積性を示し、水銀毒性を軽減した形、すなわち液胞内に水銀を隔離している可能性が示唆された。merC-AtVAM3 を組換えた植物は水銀浄化能力を発揮すると考えられる。
【0055】
MerCの細胞膜への標的化を目指し、merC-SYP121 遺伝子をゲノムに組換えたシロイヌナズナは、発生・分化に異常は見られず、T1種子からトランスジェニック植物を選抜することができた。そのT1の結果は図27に示した。図27に示すように、T1世代のmerC-SYP121 遺伝子組換えシロイヌナズナ11クローン中のすべてがmerC-AtVAM3 遺伝子を持つことが明らかになった。これらのうちの5クローン(1, 8, 14, 15と17)について水銀蓄積性を調べたところ、すべてのクローンにおいて水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したこれらのクローンは野生株とほぼ同等の水銀耐性を示した。以上の結果から、merC-SYP121 遺伝子を組換えた植物体は、水銀耐性を低下することなく、非常に高い水銀蓄積性を示し、効果的に水銀を細胞外から細胞内へ輸送している可能性が示唆された。
【0056】
また、トランスジェニックシロイヌナズナ (T3) のカドミウムカドミウム添加水耕実験においてカドミウムの蓄積を調べた結果を図29に示す。このグラフから、merC-SYP121 (CS17)ではコントロールの約2倍の109Cd を蓄積しており、効果的にカドミウムを細胞外から細胞内へ輸送している可能性が示唆された。
【0057】
さらに、merC-AtVAM3 組換え植物体とmerC-SYP121 組換え植物体とを交配させることにより、merC-AtVAM3 とmerC-SYP121 の両遺伝子組換え植物体を作出することで、図28に示すような原理により非常に効果的な水銀のファイトレメディエーションの実現が可能になると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】遺伝子組換えプラスミドの概要を示す図である。
【図2】大腸菌への各種遺伝子導入の操作概要を示す図である。
【図3】遺伝子組換え体大腸菌における無機水銀およびメチル水銀に対する耐性評価を示す図である。
【図4】遺伝子組換え体大腸菌における無機水銀およびメチル水銀の取り込み活性評価を示す図である。
【図5】遺伝子組換えプラスミドの概要を示す図である。
【図6】大腸菌への各種遺伝子導入の操作概要を示す図である。
【図7】遺伝子組換え体大腸菌における無機水銀およびメチル水銀に対する耐性評価を示す図である。
【図8】遺伝子組換え体大腸菌におけるメチル水銀の取り込み活性評価を示す図である。
【図9】プラスミド pGC3 、pGE18 及び pGF7 の構築を示す図である。
【図10】プラスミド pCS121.28、pES121.3及び pFS121.3 の構築を示す図である。
【図11】プラスミド pCV9 及び pEV12の構築を示す図である。
【図12】シロイヌナズナ培養細胞におけるMerC、MerC-SYP121,MerC-AtVAM3 の局在を示す図である。
【図13】シロイヌナズナ培養細胞におけるMerE、MerE-SYP121,MerE-AtVAM3 の局在を示す図である。
【図14】シロイヌナズナ培養細胞におけるMerF、MerF-SYP121 の局在を示す図である。
【図15】重金属トランスポーターとシンタキシンの構造を模式的に示す図である。
【図16】トランスジェニックシロイヌナズナの栽培過程を示す図である。
【図17】トランスジェニックシロイヌナズナの各段階での検討事項を示す図である。
【図18】プラスミド pMAC5、pMAC121.1 、pMACV1の構築を示す図である。
【図19】プラスミドpMAE8 、pMAES121.9の構築を示す図である。
【図20】プラスミドpMAF30、及び pMAFS121.10の構築を示す図である。
【図21】merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT1の検討結果を示す図である。
【図22】merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT2の検討結果を示す図である。
【図23】merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT3の検討結果を示す図である。
【図24】merC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナのT1の検討結果を示す図である。
【図25】merC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナのT2の検討結果を示す図である。
【図26】merC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナのT3の検討結果を示す図である。
【図27】merC-SYP121 遺伝子組換えシロイヌナズナのT1およびT2の検討結果を示す図である。
【図28】重金属高蓄積のためのバイオエンジニアリングの原理を示す図である。
【図29】merC-SYP121 遺伝子組換えシロイヌナズナT3のカドミウム蓄積に関する検討結果を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、重金属の吸収蓄積能力の高い形質転換植物、およびこの形質転換植物を用いた重金属汚染土壌等の浄化方法、並びに、重金属の吸収蓄積能力の高い形質転換微生物を用いた水銀汚染媒体の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水銀やカドミウムなどの重金属による環境汚染は世界各地で問題となっており、高濃度の重金属による局地的な汚染と共に、微量だが長期間持続的な重金属の排出による環境への蓄積が環境およびヒトへ及ぼす影響が懸念される。特に、水銀化合物については、メチル水銀などの有機水銀が重篤な中毒症状を示すことが知られており、無機水銀が環境中でメチル水銀に変換されることも知られている。重金属による環境汚染を放置すると生活環境に蓄積される重金属の量は増加し、また汚染地域がさらに拡大していくことも危惧される。従って、環境中の重金属の安全かつ有効な浄化法の開発は世界的にみても強く要望されている。
【0003】
重金属の処理法としては、高濃度・局所的な汚染に対しては、凝集沈殿法や活性炭吸着法、イオン交換法などの物理化学的浄化法が用いられてきた。これらの方法は高濃度の重金属を含む汚染水や汚染土壌の浄化には適しているものの、その場合でも処理の効率やコストの面での問題があり、また低濃度の汚染水や汚染土壌の処理には不適である。
【0004】
そこで近年、生物による環境修復技術であるバイオレメディエーション技術が注目され、この生物学的浄化法を重金属の処理に応用することが試みられている。生物学的浄化法の中には、植物による各種重金属の吸収蓄積能力を利用して汚染土壌や汚染水の浄化を図るファイトレメディエーション方法がある。具体的には、土壌や湖沼、河川の水、湖底や川床の汚泥等の重金属含有媒体から重金属を植物に吸収させ、この植物を焼却する方法や、さらには重金属の蓄積能力を高めた組換え植物を作製して効率的に重金属を除去する方法がある。特許文献1には、チモシン遺伝子を導入して鉛などの重金属類の吸収蓄積能力を高めた形質転換生物体が記載されている。また、特許文献2では、水銀移送に関与する遺伝子(merC、merF、merT遺伝子)が導入された組換え細胞を用い、この細胞にカドミウム、コバルト、銅、亜鉛及び/又は砒素を取り込ませることにより重金属を吸収する方法が開示されている。さらに、ポリリン酸合成酵素をコードするppk遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて重金属微量汚染試料を浄化すること(特許文献3)や、ポリリン酸合成酵素をコードするppk遺伝子を導入したトランスジェニック植物を用いて重金属汚染土壌を浄化すること(特許文献4)が知られている。特許文献5では、酵母由来のzrc1遺伝子を導入しカドミウムなどの重金属を効率よく蓄積させる植物体を用いて、土壌を浄化することを提案している。
【特許文献1】特開2001−275683号公報
【特許文献2】特開2003−319787号公報
【特許文献3】特開2004−357566号公報
【特許文献4】特開2005−46082号公報
【特許文献5】特開2004−275051号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
植物を用いて水銀などの重金属汚染土壌を浄化するファイトレメディエーションにおいてはさらに効率よく重金属の浄化を行う方法が望まれており、本発明では、高い重金属吸収蓄積能をもった形質転換植物を提供することを目的とする。また、毒性の高いメチル水銀などの有機水銀を浄化しうる方法を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、水銀輸送に関与する遺伝子を検討する中で、微生物由来の膜貫通型蛋白質遺伝子であるmerE遺伝子またはmerF遺伝子を導入した組換え大腸菌において、無機水銀だけでなくメチル水銀などの有機水銀の取り込み活性が増加することから、機能が不明であった膜貫通型蛋白質であるMerEが、重金属トランスポーターであることを初めて見出した。特に、メチル水銀トランスポーターはこれまで発見されておらず、本発明者らの検討により初めてMerEおよびMerFがメチル水銀輸送機能を有する膜蛋白質であること、即ちメチル水銀トランスポーターであることが判明した。
【0007】
そして、微生物由来の水銀トランスポーターであるMerC、MerEまたはMerFに、シグナル因子として細胞内小胞輸送に関与する細胞膜または液胞膜局在化シンタキシン(SNARE)を融合させた場合に、植物細胞において細胞膜や液胞膜に重金属トランスポーターを局在化して重金属の蓄積性を向上させることができることを見出し、微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン遺伝子とを導入した形質転換植物を作出した。そしてこの形質転換植物が重金属汚染媒体の浄化に有効であることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
即ち、本発明は以下の通りである。
1.微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン(SNARE)遺伝子とを導入した形質転換植物。
2.微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子がmerC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である上記1記載の形質転換植物。
3.シンタキシン(SNARE)遺伝子がSYP121遺伝子およびAtVAM3遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である上記1または2記載の形質転換植物。
4.上記1〜3のいずれかに記載の形質転換植物を用いて、媒体中の重金属を吸収蓄積させることを含む、重金属汚染媒体を浄化する方法。
5.重金属汚染媒体が重金属汚染土壌である上記4記載の方法。
6.重金属が水銀、有機水銀またはカドミウムである、上記4または5記載の方法。
7.merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる重金属トランスポーター遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて、無機水銀及び/又は有機水銀を含有する媒体を浄化することを特徴とする水銀の浄化方法。
8.有機水銀がメチル水銀である上記7記載の方法。
9.merE遺伝子を導入した形質転換微生物。
【発明の効果】
【0009】
本発明の形質転換植物は、微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子、好ましくはmerC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群から選択された遺伝子と、これらの重金属トランスポーターを細胞膜または液胞膜に局在化させるためのシンタキシン(SNARE)遺伝子が導入されており、水銀、カドミウムなどの重金属蓄積性が非常に高いので、重金属汚染土壌や汚染水の浄化などの環境浄化に有効に利用することができる。また、MerEおよびMerFはそれぞれ単独でメチル水銀トランスポーターとして働くので、merE遺伝子またはmerF遺伝子を組み込んだ微生物などの生物は無機水銀及び有機水銀の取り込み活性が高く、これを用いて水銀の除去を行うことが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の形質転換植物に導入する、微生物由来の重金属トランスポーターには、merC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子が挙げられる。これらの遺伝子は、水銀の輸送に関与する膜蛋白質、水銀トランスポーターMerC、MerE、MerFをそれぞれコードする遺伝子であり、水銀耐性を有する微生物が含有するmerオペロンから単離することができる。水銀耐性を示す微生物は、水銀含有培地においてスクリーニングすることにより容易に入手でき、例えば、Escherichia coli、Pseudomonas fluorescens 、Pseudomonas aeruginosa、Shigella flexneri などから得ることができる。そして、これらの微生物に存在する各遺伝子の塩基配列は既知である (GenBank データベース accession No.AF071413、X73112) のでそれらの情報に基づいて、遺伝子工学的手法により遺伝子を単離することができる。例えば、Shigella flexneri 由来のプラスミドR100から膜貫通型蛋白質遺伝子(merE、merC)を、Pseudomonas fluorescens 由来のプラスミドpMER327/419 から膜貫通型蛋白質遺伝子(merF)を、これらのプラスミドを鋳型として適宜プライマーを用いてPCRによって増幅することができる。あるいは、各遺伝子の既知の塩基配列に基づいて化学的に合成することもできる。
【0011】
merオペロンは、微生物のプラスミド上などに存在し、機能の異なる複数の水銀耐性遺伝子からなり水銀耐性を支配している。merオペロンの構造は微生物種によって多少異なり、無機水銀耐性を支配するmerオペロンは、merオペロンの発現を制御する調節遺伝子merR、ペリプラズムで水銀との結合に関与する遺伝子merP、水銀の膜透過に関与する輸送遺伝子merT、水銀イオンを金属水銀へ変換する働きをもつ水銀還元酵素遺伝子merAなどの構造遺伝子から構成される。一方、無機水銀だけでなく有機水銀に対しても耐性を示す微生物はさらに有機水銀から無機水銀への変換反応に関与する有機水銀分解酵素遺伝子merBを保有していることが知られている。これらの共通した遺伝子の他に、merC、merFは無機水銀の膜輸送に関与する遺伝子と考えられており、merEはmerTやmerFと相同性を示すものの、機能は未知であった。
【0012】
本発明においては、merE遺伝子が無機水銀輸送機能を有することが見出され、さらに、merE遺伝子およびmerF遺伝子はそれぞれ単独でメチル水銀輸送機能を有することも初めて見出された。これまでメチル水銀トランスポーターは発見されていない。
【0013】
merC遺伝子は水銀輸送に関与する膜蛋白質をコードする遺伝子であることは知られていたが、この遺伝子のみを植物細胞に組み込んでも、有意な水銀高蓄積性は示さない。
本発明の形質転換植物に導入するシンタキシン遺伝子は、細胞内小胞輸送に関与するシンタキシンをコードする遺伝子であり、例えば、SYP121、AtVAM3、SYP111などが例示できる。好ましくは、植物細胞中で細胞膜や液胞膜への局在化に関与するSYP121またはAtVAM3遺伝子が使用される。これらの遺伝子は例えば、植物シロイヌナズナのゲノムから得ることができる。例えば、Arabidopsis thalianaから、これらの遺伝子の既知配列 (GenBank データベース Accession No.NM-112015, U88045)に基づいて合成したプライマーを用いて遺伝子工学的手法により単離することができる。また、各遺伝子の既知塩基配列の情報をもとに化学的に合成することもできる。
【0014】
上述した微生物由来の水銀トランスポーターであるMerC、MerE、MerFは微生物の細胞膜に存在する膜貫通型蛋白質であるが、植物培養細胞内では小胞体にとどまったり(MerC)、細胞質内に凝集(MerE)または分散(MerF)しており、細胞膜や液胞膜へは移行しない。植物における重金属の蓄積性を向上させるためには、トランスポーターを細胞膜や液胞膜に局在化することが必要であるが、微生物由来のトランスポーターをそのままの形では植物細胞内の特定小器官へ移行させることは困難であった。
【0015】
本発明においては、水銀トランスポーターであるMerC、MerE、MerFを標的器官にソーティングするためのシグナル因子として、植物のシンタキシンであるSYP121またはAtVAM3分子に注目し、これを重金属トランスポーターに融合させた蛋白質を植物細胞内で発現させるものである。例えば、重金属トランスポーターとしてMerCを利用する場合は、SYP121は細胞膜への移行を、AtVAM3は液胞膜への移行を行わせることができる。
【0016】
本発明の形質転換植物は、上記のようにして得たmerC、merE遺伝子またはmerF遺伝子などの重金属トランスポーター遺伝子と、SYP121遺伝子、AtVAM3遺伝子などのシンタキシン遺伝子を適宜発現ベクターに組み込んで、このベクターを植物細胞に導入し、得られた形質転換植物細胞を再生させることによって作製できる。
【0017】
さらに、各遺伝子の組換えにより得られた植物を交配させることにより、様々な組み合わせの遺伝子組換え植物を作出することができ、効果的な重金属浄化が可能となる。
形質転換する植物は、土壌や湖沼、河川などで生育しうる植物であれば特に限定されず、ユリノキ(Yellow poplar)、カラシナ (Brassica juncea)やタバコ (Nicotiana tabacum)などの植物が例示される。
【0018】
形質転換の方法は、常法に従って行うことができ、上記2種の遺伝子を適宜ベクターに組み込んで、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、アグロバクテリウム法などにより植物細胞に導入すればよい。発現ベクターとしては例えば、pMAT系、pBI 系などが使用できる。植物細胞用のプロモーターとしては例えば、CaMV、35S 遺伝子が挙げられる。
【0019】
本発明の形質転換植物は、無機水銀、カドミウム、有機水銀などの重金属蓄積性を示すので、重金属で汚染された土壌、汚泥、河川、湖沼、排水などの浄化に利用できる。例えば、この植物を重金属汚染土壌や汚染水などに生育させ、植物体内に重金属を吸収蓄積させた後にこの植物を収穫することにより、重金属を回収でき、環境浄化に有用である。浄化の対象としては、農地、工場跡地、住宅地などの土壌の浄化、河川、湖沼、海などの汚泥の浄化、あるいは河川や湖沼などの水質汚染の浄化などが挙げられる。
【0020】
また、merE遺伝子またはmerF遺伝子を導入した形質転換微生物は、無機水銀だけでなくメチル水銀などの有機水銀の取り込み活性が高いので、無機水銀及び/又は有機水銀を含有する媒体の水銀浄化法に利用できる。適用できる分野には、工業排水、鉱山廃水、廃棄物処理場の浸出水、河川水などの浄化の他、河川や海域の低質浄化、汚泥、汚染土壌洗浄水などの浄化がある。
【0021】
本発明の形質転換微生物を得るには、上述のようにして得たmerE遺伝子またはmerF遺伝子を、適宜発現ベクターに組み込んで、このベクターを目的微生物に、カルシウムを用いる方法、エレクトロポレーション法などによって導入すればよい。形質転換する微生物としては、エシェリヒア(Escherichia)属の細菌、酵母 (Sacchatomyces cerevisiae) などが挙げられる。発現ベクターとしてはpUC 系、pBluescript 系、pKF 系などが例示できる。
【0022】
本発明の形質転換微生物は、例えば、これをビーズ、ハニカム、チューブなどの固定化担体に固定し、これをタンクやカラムなどに充填して用いる。浄化しようとする重金属含有排水などをこれらに流すことにより、含まれている重金属が形質転換微生物に吸収蓄積され、重金属を除去することができる。
【0023】
以下の実施例により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらにより限定されることはない。
【実施例1】
【0024】
E.coliのプラスミドR100由来のMerEが、無機水銀トランスポーターであるだけでなく新規のメチル水銀トランスポーターであることを以下のようにして実証した。
(1) 膜貫通型蛋白質をコードするmerE遺伝子導入Escherichia coliの作製
(1-1) 微生物由来の各水銀耐性遺伝子のpKF19Kベクターへの組換え
Escherichia coli由来のプラスミドR100上の膜貫通型蛋白質遺伝子(merE )(GenBank accession No. AF071413)、Pseudomonas strain K-62 由来のプラスミドpMR26 上の水銀調節遺伝子(merR-o/p)(GenBank accession No. D83080)、水銀輸送遺伝子(merT)(GenBank accession No. D83080)及び水銀結合遺伝子(merP)(GenBank accession No. D83080)を、pKF19Kベクターへ図1に示すような組み合わせで組換えた。
【0025】
merR-o/p-merT-merP遺伝子のpKF19Kベクターへの組換え方法は次のとおりである:merR-o/p-merT-merP遺伝子は常法に従ってPCR 反応を行うことで増幅させ、これをPstIとXbaIで消化後、得られた1.2 kbの遺伝子断片を単離・精製した。その時に用いた鋳型はプラスミドpMRA17であり、用いたプライマーは以下のとおりである:
Upper primerとしてUPstmerR(5' AACTGCAGCTAAGCTGTGGAAGCCCCTG 3') (配列番号1)
Lower primerとしてLXbamerP(5' GCTCTAGAGCGATGCTGCCGTTA 3') (配列番号2)
Upper primerのUPstmerRはPstIサイト(5' CTGCAG 3') およびmerRのコーディング部位(5' CTAAGCTGTGGAAGCCCCTG 3') から構成される。Lower primerのLXbamerPはMerPの下流域の塩基配列およびXbaIサイト(5' TCTAGA 3')から構成される。従って、得られた1.2 kbのmerR-o/p-merT-merP遺伝子断片は5 ’末端にPstIサイトを、3 ’末端にXbaIサイトを持つことになる。次にこの1.2 kbのmerR-o/p-merT-merP遺伝子断片をpKF19Kベクター (宝酒造) に組換える操作を説明する。用いたpKF19Kベクターはカナマイシン耐性遺伝子にダブルアンバー変異(Km’am2)を持つpUC 系ベクターであり、Oligonucleotide-directed Dual Amber (ODA )法Site-directed Mutagenesis に利用することができるベクターである。このpKF19KベクターをPstIとXbaIで消化し、ここに先の1.2 kbのmerR-o/p-merT-merP遺伝子断片を挿入して得られた組換えプラスミドをpTP4と命名した。その構造の詳細は図2に図式化した。
【0026】
merR-o/p遺伝子のpKF19Kベクターへの組換え操作は基本的に上記の方法と同様であり、得られたプラスミドをpR2 と命名した。本実施例ではこのpR2 をコントロールとして用いる為に作製した。次に、pTP4プラスミドをXbaIとEcoRI で部分消化した後に、プラスミドR100上のmerE遺伝子をPCR 反応で増幅させてXbaIとEcoRI で消化後、得られた0.2 kbの遺伝子断片を挿入した。この得られたプラスミドをpTPE21と命名した。最後に、pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で部分消化後、pTPE21のmerP-merE 遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化し、得られた0.5 kbの遺伝子断片を挿入した。このプラスミドをpPE62 と命名した。
(1-2) 遺伝子組換えpKF19KベクターのE. coli への形質転換
上記1-1 により作成した組換えプラスミドpR2 、pTP4、pTPE21、pPE62 を常法に従ってそれぞれE.coli XL1-Blue へ形質転換した。
(1-3) 上記操作によって水銀輸送遺伝子(merT)、水銀結合遺伝子(merP)、および膜蛋白質遺伝子(merE)を組み合わせてもつ、merT-merP 遺伝子組換え大腸菌(pTP4)、 merT-merP-merE 遺伝子組換え大腸菌(pTPE21)、 merP-merE遺伝子組換え大腸菌(pPE62 )を作製した。
(2) 作製した遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価、重金属取り込み活性の評価
(2-1) 遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価
上記で得られた遺伝子組換え大腸菌について、無機水銀(HgCl2)と有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する耐性評価をInhibition Zone 法(阻止円法)を用いて行った。各大腸菌をLB培地で対数増殖期まで培養し、培養液中の細胞数が1×108 cells になるよう計算してLBプレート上に培養液を塗布した。次にこのプレート上に直径6mm のペーパーディスクを置き、そこに種々の濃度のHgCl2 (50,100,150,300,600nmol/10μL)、あるいはCH3HgCl (10,20,30,60,120nmol/10 μL )を滴下した。37℃で一晩平板培養した後、生じた阻止円の直径(ペーパーディスクの直径6mm を差し引いた値)を測定した。この結果を図3に示した。コントロールであるpR2 に比べ感受性が高い場合、水銀による毒性影響を受けていると考えられる。本実施例では大腸菌に水銀耐性遺伝子を組み込んでいないため、水銀取り込みと毒性影響は比例すると考えられる。このことから、感受性の強さで水銀取り込み活性の有無を推測することが可能である。
【0027】
この結果において、無機水銀ではコントロール(pR2) に比べて他の3種すべて超感受性となり、取り込み活性を有することが推察された。一方、メチル水銀ではpR2 に比べてpTPE21とpPE62 は感受性が強くなっていたことから、取り込み活性を有すると推測できた。この結果を踏まえた上で、次にその取り込み活性について検討した。
(2-2) 遺伝子組換え大腸菌での重金属取り込み活性の評価
遺伝子組換え大腸菌について、各々無機水銀(HgCl2)と有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する取り込み活性の評価を行った。各組換えプラスミドを形質転換した大腸菌をLB培地で対数増殖期まで培養し、培養液のOD600 値が1.00になるよう集菌し、100 μg/mL chloramphenicol および100 μM EDTA・2Na を含むLB培地に再懸濁した。無機水銀では、この再懸濁液500 μL に10μM HgCl2 を添加して、一定時間37℃で反応させた後、集菌して同様の新しい培地で3 回洗浄・再懸濁した。この懸濁液に硝酸(HNO3)1mL を加えて90℃で1時間灰化した溶液中の無機水銀量をフレームレス還元気化原子吸光光度法で測定した(図4A)。一方、メチル水銀では再懸濁液500 μL に5 μM の14CH3HgCl(比活性:2.11GBq/mmol)を添加して、一定時間37℃で反応させた後、0.45μm ガラスフィルターにて急速吸引濾過し、フィルターを同様の新しい培地で3回洗浄後、フィルターに残存する放射活性を液体シンチレーションカウンターを用いて測定した(図4B)。
【0028】
無機水銀に関する結果では、pR2 を持つ大腸菌(コントロール)に比べてどれも有意に取り込み活性が高かった。特に、pTPE21を持つ大腸菌では取り込み量が約3倍になったが、これはpTP4とpPE62 を持つ大腸菌の取り込み増加量の和とほぼ一致し、MerTとMerEの無機水銀取り込み活性の相乗効果によるものと示唆された。pTP4とpPE62 を持つ大腸菌もコントロールに比べ、それぞれ取り込み活性が増加していた。MerTに関しては無機水銀取り込み活性が過去に報告されている。また、MerEはMerTよりは弱いものの無機水銀取り込み活性があると示された。水銀耐性遺伝子の一種であり、膜貫通型蛋白質であるmerE遺伝子が無機水銀輸送機能を有するということは本実施例で初めて示された。
【0029】
一方、メチル水銀に関する結果では、pTPE21とpPE62 を持つ大腸菌がコントロールに比べてメチル水銀取り込み活性が増加していた。pTP4を持つ大腸菌のメチル水銀取り込み量はコントロールとほぼ同等であったことから、pTPE21とpPE62 を持つ大腸菌の取り込み活性はMerEの機能によるものと考えられる。この結果から、MerEはメチル水銀輸送機能を有する膜蛋白質である、即ちメチル水銀トランスポーターであることが示唆される。メチル水銀取り込み活性を有するトランスポーターはこれまで発見されておらず、今回初めて見出された。
【実施例2】
【0030】
MerE及びMerFはそれぞれ単独で機能するメチル水銀トランスポーターであることを以下に示す。
(1) 膜貫通型蛋白質をコードするmer 遺伝子導入Escherichia coliの作製
(1-1) 微生物由来の各水銀耐性遺伝子のpR2 プラスミドへの組換え
Escherichia coli由来のプラスミドR100上の膜貫通型蛋白質遺伝子 [merE (GenBank accession No. AF07143)、merC (GenBank accession No.AF07143)]、Pseudomonas fluorescens 由来のプラスミドpMER327/419 上の膜貫通型蛋白質遺伝子(merF)(GenBank accession No. X73112)、Pseudomonas strain K-62 由来のプラスミドpMR26 上の水銀輸送遺伝子(merT)(GenBank accession No. D83080)を、pR2 プラスミドへ図5に示す組み合わせで組換えた。pR2 プラスミドは実施例1の(1-1) 記載した方法で、Pseudomonas strain K-62 由来のプラスミドpMR26 上の水銀調節遺伝子(merR-o/p)をpKF19Kベクターに組換えたものである。
【0031】
pR2 プラスミドに種々のmer 遺伝子を次の方法で組換えた:merE遺伝子は常法に従ってPCR 反応を行うことで増幅させ、これをKpnIとEcoRI で消化後、得られた0.3 kbの遺伝子断片を単離・精製した。その時に用いた鋳型はプラスミドR100であり、用いたプライマーは以下のとおりである:
Upper primerとしてUKpnmerE(5' GGGGTACCATGAACGCCCCTGACAAACT 3') (配列番号3)
Lower primerとしてLEcomerE(5' CGGAATTCTCATGATCCGCCCCGGAAGGC 3') (配列番号4)
Upper primerのUKpnmerEはKpnIサイト(5' GGTACC 3')およびmerEのコーディング部位(5' ATGAACGCCCCTGACAAACT 3')から構成される。Lower primerのLEcomerEはMerEの下流域の塩基配列およびEcoRI サイト(5' GAATTC 3')から構成される。従って、得られた0.3 kbのmerR-o/p-merE 遺伝子断片は5 ’末端にKpnIサイトを、3'末端にEcoRI サイトを持つことになる。
【0032】
次にこの0.3 kbのmerE遺伝子断片をpR2 プラスミドに組換える操作を説明する。pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で消化し、ここに先の0.3 kbのmerE遺伝子断片を挿入して得られた組換えプラスミドをpE4 と命名した。その構造の詳細は図6に図式化して示す。本実施例ではpR2 をコントロールとして用いた。次に、pR2 をKpnIとEcoRI で部分消化した後に、プラスミドpMER327/419 上のmerF遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化後、得られた0.3 kbの遺伝子断片を挿入した。この得られたプラスミドをpF17と命名した。pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で部分消化した後に、プラスミドpMR26 上のmerT遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化後、得られた0.4 kbの遺伝子断片を挿入した。この得られたプラスミドをpT5 と命名した。最後に、pR2 プラスミドをKpnIとEcoRI で部分消化後、プラスミドR100上のmerC遺伝子をPCR 反応で増幅させてKpnIとEcoRI で消化し、得られた0.5 kbの遺伝子断片を挿入した。このプラスミドをpC7 と命名した。
(1-2) 遺伝子組換えpR2 プラスミドのE.coliへの形質転換
上記で作成した組換えプラスミドpR2 、pE4 、pF17、pT5 、pC7 を常法に従ってそれぞれE.coli XL1-Blue へ形質転換した。
(1-3) 上記操作によって膜蛋白質遺伝子(merE、merF、merT、merC)を組み合わせてもつ、merE遺伝子組換え大腸菌(pE4 )、 merF 遺伝子組換え大腸菌(pF17)、 merT 遺伝子組換え大腸菌(pT5 )、 merC 遺伝子組換え大腸菌(pC7 )を作製した。
(2) 作製した遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価、重金属取り込み活性の評価
(2-1) 遺伝子組換え大腸菌での重金属耐性の評価
上記(1-2) で得られた遺伝子組換え大腸菌について、無機水銀(HgCl2)と有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する耐性評価をInhibition Zone 法(阻止円法)を用いて、実施例1の(2-1) と同様にして行った。
【0033】
結果を図7に示した。コントロールであるpR2 に比べ感受性が高い場合 (即ち、超感受性を示した場合) 、水銀による毒性影響を受けていると考えられる。本研究では大腸菌に水銀耐性遺伝子を組み込んでいないため、水銀取り込みと毒性影響は比例すると考えられる。このことから、感受性の強さで水銀取り込み活性の有無を推測することが可能である。
【0034】
この結果において、無機水銀ではpR2 に比べてpT5 とpC7 が超感受性となり、取り込み活性を有することが推察された。それに対し、pE4 とpF17ではpR2 と阻止円の大きさが一致し、感受性であることから、取り込み活性を示さないと推測された。一方、メチル水銀ではpR2 に比べてすべてのクローンが感受性となり、取り込み活性を有するとは推測できなかった。この結果を踏まえた上で、次にその取り込み活性について検討した。
(2-2) 遺伝子組換え大腸菌での重金属取り込み活性の評価
遺伝子組換え大腸菌について、各々有機水銀の一種であるメチル水銀(CH3HgCl)に対する取り込み活性の評価を実施例1の(2-2) と同様にして行った。
【0035】
結果を図8に示す。メチル水銀に関しては、pE4 とpF17を持つ大腸菌のメチル水銀の取り込み活性は共にpR2 を持つコントロールに比べて有意に増加していた。一方、pT5 とpC7 を持つ大腸菌のメチル水銀取り込み量はpR2 とほぼ同等であった。今回の実験結果は、実施例1で述べた、MerEがメチル水銀トランスポーターであるという結果を支持するものとなった。また、MerPが存在しなくてもMerEは単独でメチル水銀取り込み活性を有することが明らかとなった。一方、新たにMerFも新規のメチル水銀トランスポーターであることが示唆された。
【実施例3】
【0036】
この実施例においては、水銀トランスポーター (MerC, MerE, MerF) とシンタキシン [SYP121 (GenBank accession No. NM112015), AtVAM3(GenBank accession No.U88045)との融合タンパク質のシロイヌナズナ培養細胞内での局在を調べた。
(1) 重金属トランスポーター遺伝子 (merC, merE, merF) とシンタキシン遺伝子SYP121, AtVAM3) との融合遺伝子の植物ベクターCaMV35S-sGFP(S65T)-NOS3 ’への組換え
(1-1) プライマーの作成
merC:U-BglII-merC: 5 ’GAAGATCTCTGATGACACGCATTGCC3 ’ (配列番号5)
L-Kpn I-merC: 5 ’GGGGTACCTCACAAGCGCTTGGCGGG3 ’ (配列番号6)
merC-SYP121 :U-Sal I-merC: 5 ’ACGCGTCGACATGGGACTGATGACACG3’ (配列番号7)
L-Sal I-merC: 5 ’ACGCGTCGACCAAGCGCTTGGCGGGGAG3 ’ (配列番号8)
merC-AtVAM3 :U-BspE I-merC: 5’GCTCCGGACTGATGACACGCATTGCC3 ’ (配列番号9)
L-BspE I-merC: 5’GCTCCGGACAAGCGCTTGGCGGGGAG3 ’ (配列番号10)
merE:U-BglII-merE: 5 ’GAAGATCTATGAACGCCCCTGACAAA3 ’ (配列番号11)
L-Kpn I-merE: 5 ’GGGGTACCTCATGATCCGCCCCGGAA3 ’ (配列番号12)
merE-SYP121 :U-BsrG I-merE: 5'ACGCGTCGACATGAACGCCCCTGACAAACT3'(配列番号13)
L-BsrG I-merE: 5’ACGCGTCGACTGATCCGCCCCGGAAGGCGC3' (配列番号14)
merE-AtVAM3 :U-BspE I-merE: 5’GCTCCGGAATGAACGCCCCTGACAAA3 ’ (配列番号15)
L-BspE I-merE: 5’GCTCCGGATGATCCGCCCCGGAAGGC3 ’ (配列番号16)
merF:U-BglII-merF: 5 ’GAAGATCTATGAAAGACCCGAAGAC3’ (配列番号17) L-Kpn I-merF: 5 ’GGGGTACCTCATTTTTTTACTCCATTG3’ (配列番号18)
merF-SYP121 :U-Sal I-merF: 5 ’ACGCGTCGACATGAAAGACCCGAAGACACTG3'(配列番号19)
L-Sal I-merF: 5 ’ACGCGTCGACTTTTTTTACTCCATTGAAT3’ (配列番号20)
(1-2)PCR法による重金属トランスポーター遺伝子の増幅
merC及び merE はプラスミド Tn 21(摂南大学薬学部の芳生秀光教授より譲渡)、merFはプラスミド pUC18F (The University of Birmingham のDr. Jon L. Hobman より譲渡) をそれぞれ鋳型とし、上記(1-1) に記載したプライマーを用いて、PCR 法に従い遺伝子を増幅させた。
【0037】
鋳型DNA 1 μL 、PCR reaction buffer 10μL 、2.5 mM dNTP 混合液 8μL 、100 pM primer U 及びL 各1 μL 、Taq DNA polymerase 1μL に精製水を加えて全量を100 μL とした。95℃にて30秒(熱変性)、次いで57℃にて30秒(アニーリング)、72℃にて60秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを40回繰り返し反応させ、これをPCR 溶液とした。
(1-3) 重金属トランスポーター遺伝子の精製
PCR 溶液にPB緩衝液 500μL を加え、軽く撹拌した。この溶液を、エッペンドルフチューブにセットした QIAquick spin column に移し、室温で 13000rpm 、30秒間遠心分離した。この column を新しいエッペンドルフチューブにセットし、PE緩衝液 750μL をのせた。次に、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、columnを新しいエッペンドルフチューブにセットした。この column に EB 緩衝液 50 μL をのせ、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、得られたろ液を DNA試料溶液とした。
(1-4)Agarose gel電気泳動による遺伝子の検出
得られた DNA試料溶液を、0.8 % agarose gel を支持体とした agarose gel電気泳動法を用いて分離分析した。泳動後、agarose gel を1 mg/mL エチジウムブロマイド溶液に浸し、紫外線照射下で DNAを検出した。
(1-5) 遺伝子フラグメントの調製
上記(1-3) で精製した DNA試料溶液を制限酵素 Bgl II とKpn I 、BsrGI 、SalIまたは BspEIで4 時間、37℃で消化させた。この反応溶液に1/10容量の ethanolを加え、-80 ℃で15分放置した。次に、4 ℃で 15000 rpm、10分間遠心分離し、得られた DNA沈殿を70 % ethanolで洗浄後、減圧乾燥した。この DNA沈殿を精製水50μL に溶解し、遺伝子フラグメントとした。
(1-6) ベクターの調製
以下で使用するプラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3 ’、CaMV35S-sGFP (S65T)-SYP121、およびCaMV35S-sGFP (S65T)-AtVAM3 (京都府立大学人間環境学部の佐藤雅彦准教授より譲渡) は、それぞれ、pUC 系プラスミド、これにSYP121遺伝子を導入したプラスミド、およびAtVAM3遺伝子を導入したプラスミドである。
【0038】
プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3 ’は制限酵素Bgl IIとKpn I 、プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-SYP121 は制限酵素SalI、プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-AtVAM3 は制限酵素BspEI でそれぞれ1 時間、37℃で消化し、各ベクター溶液とした。
(1-7) ライゲーション
各遺伝子フラグメントと各ベクターをそれぞれ混和した。次に、ligation kit (Quick Ligation Kit、New England Biolabs)を用いて室温で 15 分反応させることにより、各遺伝子フラグメントと各ベクターをそれぞれ連結させた。
(1-8) 形質転換
大腸菌 XL1-Blue Subcloning-Grade Competent Cells (STRATAGENE,LaJolla,CA.,USA) に、上記(1-7) で作成した DNA溶液を加え、30分間氷冷した。次に、この溶液を42℃で30秒間保温後、5 分間氷冷した。さらに、 SOC培地を加えて、37℃で50分間振とう培養した。この培養液を ampicillin 含有 LB 寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養してコロニーを得た。
(1-9) プライマーの作成
プラスミド CaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3 ’、CaMV35S-sGFP (S65T)-SYP121及び CaMV35S-sGFP (S65T)-AtVAM3 上に存在するプロモーター CaMV35S遺伝子の塩基配列をもとに、primer 35Sを、ターミネータ Tnos3’遺伝子の塩基配列をもとに、primer Tnos をそれぞれ作成した。
【0039】
Primer 35S:5 ’GATATCTCCACTGACGTAAGG3’ (配列番号21)
Primer Tnos :5 ’CCCATCTCATAAATATCGTCATG3’ (配列番号22)
(1-10)ダイレクトPCR 法による遺伝子の確認
ダイレクトPCR は、目的の鋳型遺伝子のかわりに、上記(1-8) で得られた大腸菌のコロニーを鋳型として用いる方法である。また、コロニーのダイレクトPCR において、以下のプライマーの組合せを用いることにより、挿入された遺伝子の向きの確認を行った。プライマーの組合せの例は、primer 35S及び primer Tnos、primer 35S及びクローニングに用いたLower primer、primer Tnos 及びクローニングに用いたUpper primer、または35S 及びクローニングに用いたUpper primerである。反応溶液の組成は、PCR reaction buffer 2 μL 、2.5 mM dNTP 混合液 1.6μL 、10 pM primer upper及び lower各1 μL 、Taq DNA polymerase 0.2μL に精製水を加えて全量を20μL とした。この溶液に爪楊枝に付けたコロニーを懸濁させた後、94℃にて30秒(熱変性)加温し、94℃にて 60 秒(熱変性)、次いで55℃にて60秒(アニーリング)、72℃にて90秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを30回繰り返し反応させた。
【0040】
得られた PCR試料溶液 10 mLを agarose gel電気泳動法により検出した。
(1-11)遺伝子の確認
上記(1-10)で確認された遺伝子において、得られたコロニーを5 mL LB 培地に植菌し、37℃で一晩振倒培養した。培養後、菌液をエッペンドルフチューブに分注し、室温で10000 rpm 、1 分間遠心分離した。上清を除去し、得られた菌体に QIAprep Spin Miniprep Kit (QIAGEN) の P1 緩衝液 250μL を加え攪拌後、P2緩衝液 250μL を添加し転倒混和した。この溶液を 4℃で14000 rpm 、10分間遠心分離した。得られた上清を QIAprep column に移し、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した。次に、この column に PB 緩衝液 500μL を加え column に DNAを吸着させ、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した。さらに、この column にPE緩衝液 750μL を加え、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離することにより徐タンパク質作業を行った。columnのみを室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した後、columnを新しいエッペンドルフチューブにセットした。この column に EB 緩衝液 50 μL を加え、室温で1 分間精置した。静置後、columnを室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、エッペンドルフチューブに DNA溶液を得た。この DNA溶液を DNA試料溶液とし、agarose gel 電気泳動法により遺伝子の検出を行った。
【0041】
次に、この DNA溶液を制限酵素Bgl IIとKpn I 、Sal I または Bsp EI を用いて切断した後、反応生成物を agarose gel電気泳動法により分離分析した。
(1-12)組換えプラスミドの塩基配列の確認
上記(1-11)で得られたプラスミド 10 μL 、3.2 pmolのプライマー 1μL 、Big Dye 8 μL を加え、全量を20μL としPCR 法に従い遺伝子を増幅させた。96℃にて30秒(熱変性)、次いで50℃にて15秒(アニーリング)、60℃にて4 分(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを25回繰り返し反応させ、これをPCR 溶液とした。PCR 溶液に、Sodium Acetate 2μL 、ethanol 50μL を加え、氷上で10分放置した。次に、4 ℃で 15000 rpm、20分間遠心分離し、得られた DNA沈殿を70 % ethanolで洗浄後、減圧乾燥した。この DNA沈殿をTemplate Suppression Reagent 25 μL に溶解し、95℃で2 分間、氷上に2 分間、それぞれ放置した後、シークエンス用tubeに移し、これを反応溶液とした。
【0042】
遺伝子配列の解析はABI PRISM 310 Genetic Analyzerを用いるか、委託解析(OPERON)により行った。
(2) 組換えプラスミドのシロイヌナズナ培養細胞への形質転換
2 g のシロイヌナズナ培養細胞をenzyme solution 25 mL 中で30℃、1 〜2 時間培養し、フィルターろ過した。次に25 mL のsolution Aでプロトプラストを2 回洗浄した。さらに1 mLのMaMgで再懸濁し、100 mLのプロトプラスト溶液に、上記で作成した各組換えプラスミド20μgと 50 μgの carrier DNAを加え、400 mLのDNA uptake solution を加えた。このプラスミドを氷上20分放置し、dilution solution 10 mL を加え希釈した。プロトプラストは 0.4 M mannitol 含有 MS 培地 4 mL で再懸濁し、23℃で16時間穏やかに振とうした。
(3) シロイヌナズナ培養細胞における GFP−重金属トランスポーターまたはSYP121, AtVAM3融合タンパク質の蛍光観察
GFP 融合タンパク質の発現を観察する前処理として、0.4 M mannitol及び200 μM Brefeldin A を含む培地で、細胞を2 時間培養した。 細胞の蛍光観察は、コンフォーカル顕微鏡を用いて行った。
(4) 結果
重金属トランスポーター遺伝子の植物ベクターへの組換えプラスミドの構築については、上に記載した各鋳型と各プライマーの組合せで、各重金属トランスポーター遺伝子を増幅させ、merC、merEおよびmerF遺伝子を、それぞれベクターCaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3’のBgl IIとKpn I サイトに組換え、プラスミド pGC3 、pGE18 及び pGF7 と命名した。これらのプラスミドマップは図9に示した。merC、 merE または merF 遺伝子を SYP121 をもつベクターCaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3’の SalI サイトに組換え、それぞれプラスミド pCS121.28、pES121.3及び pFS121.3 と命名した。これらのプラスミドマップは図10に示した。merCまたは merE 遺伝子は AtVAM3 をもつベクターCaMV35S-sGFP (S65T)-NOS3’の BspEIサイトに組換え、それぞれプラスミド pCV9 及び pEV12と命名した。これらのプラスミドマップは図11に示した。図9〜11に示したプラスミドの外来遺伝子は上述したように PCR産物である。PCR 反応の途中においては DNA増幅時に鋳型と異なる DNA塩基が挿入されている可能性がある。そこで、PCR による DNA増幅が正しく行われたことを確認するため、これらのプラスミドの外来遺伝子の塩基配列をシークエンスした。その結果、クローニングしたDNA の塩基配列は正常であることを確認した。
【0043】
上述した各組換えプラスミドをシロイヌナズナ培養細胞内に形質転換し、各組換えプラスミドをもつシロイヌナズナ培養細胞内におけるGFP の蛍光観察を行った結果を図12〜14に示した。
【0044】
MerCに GFPを融合したときの培養細胞内における細胞内局在は図12(a) に示すように、GFP-MerCの大部分は小胞体にとどまっている。この結果から、MerCは微生物内において細胞内膜に存在する膜タンパク質であるが、植物培養細胞内での細胞内局在は微生物内の局在とは異なり細胞膜へ移行しないことが示唆された。植物における重金属の蓄積性を向上させるためには、MerCを細胞膜や液胞膜に局在化させることが必要だが、微生物由来のトランスポーターをそのままの形では植物細胞内の特定小器官へ移行させることは極めて困難であることが明らかとなった。そこで、膜タンパク質 MerC を標的器官にソーティングするためのシグナル因子に注目した(図15)。細胞膜への移行を目的としてSYP121分子を、液胞膜への移行を目的としてAtVAM3 (SYP22)分子を重金属トランスポーターにそれぞれ融合させたタンパク質をエンジニアリングし、培養細胞内における細胞内局在を調べた。
【0045】
MerCにSYP121またはAtVAM3分子を融合したときの結果は、それぞれ図12(c) 、図12(b) に示した。SYP121分子を融合した場合、図12(c) に示すように、細胞膜への移行が観察された。次に、MerCにAtVAM3分子を融合した場合、図12(b) に示すように、GFP-MerC-AtVAM3 の蛍光観察においては液胞膜が強く特異的に染色されており、液胞膜への移行が観察された。以上の結果から、GFP-MerC-SYP121 は細胞膜に、GFP-MerC-AtVAM3 は液胞膜にそれぞれ特異的に発現している可能性が示唆された。
【0046】
MerEにSYP121またはAtVAM3分子を融合したときの結果は、それぞれ図13(c) 、図13(b) に示した。MerE分子単独の発現は、図13(a) に示すように、GFP-MerEの蛍光観察においては細胞質内に凝集するように局在した。一方、MerEにSYP121分子を融合した場合、図13(c) に示すように、GFP-MerE-SYP121 の蛍光観察においては細胞膜が強く特異的に染色されており、細胞膜への移行が観察された。次に、MerEにAtVAM3分子を融合した場合、図13(b) に示すように、GFP-MerE-AtVAM3 の蛍光観察においては細胞膜が染色されており、液胞膜への移行が観察されず、細胞膜へ移行した。以上の結果から、GFP-MerE-SYP121 およびGFP-MerE-AtVAM3 はともに細胞膜に特異的に発現している可能性が示唆された。
【0047】
MerFにSYP121分子を融合したときの結果は図14(b) に示した。MerF分子単独の発現は、図14 (a)に示すように、GFP-MerFの蛍光観察においては細胞質内に分散するように局在した。MerFに SYP121 分子を融合した場合、図14 (b)に示すように、GFP-MerF-SYP121 の蛍光観察においては細胞膜が強く特異的に染色されており、細胞膜への移行が観察された。以上の結果から、GFP-MerF-SYP121 は細胞膜に特異的に発現している可能性が示唆された。
【0048】
以上の結果から、細胞膜への標的化が成功した融合タンパク質MerC-SYP121 、MerE-SYP121 、MerE-AtVAM3 、MerF-SYP121 を植物へ恒常的に高発現させることは重金属蓄積性を向上させる上で非常に有用であると考えられる。一方、液胞膜への標的化が成功した融合タンパク質MerC-AtVAM3 を植物へ恒常的に高発現させることは液胞内への重金属の蓄積性を向上させる上で有用であると考えられる。
【実施例4】
【0049】
水銀トランスポーター (MerC, MerE, MerF) とシンタキシン (SNARE) (SYP121, AtVAM3) との融合遺伝子組換えシロイヌナズナの作出および水銀高蓄積性の検討
(1)merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF, merF-SYP121 のバイナリーベクター pMAT137への組換え
(1-1) プライマーの作成
merC:U-Not-merC : 5’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGGGACTGATGACAC 3’ (配列番号23)
L-Xba-merC : 5’GCTCTAGATCACAAGCGCTTGGCG 3’ (配列番号24)
merC-SYP121 :U-Not-merC : 5'AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGGGACTGATGACAC 3' (配列番号23)
L-Spe-SYP121: 5 ’GACTAGTTCAACGCAATAGACGCCTTG 3 ’ (配列番号25)
merC-AtVAM3 :U-Not-merC : 5'AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGGGACTGATGACAC 3' (配列番号23)
L-Xba-AtVAM3: 5 ’GCTCTAGATCAAGCTGCGAGTACTAT 3’ (配列番号26)
merE : U-Not-merE : 5 ’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAACGCCCCTGACAAACT 3'(配列番号27)
L-Xba-merE : 5 ’GCTCTAGATCATGATCCGCCCCGGAAGG 3’ (配列番号28)
merE-SYP121 : U-Not-merE : 5’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAACGCCCCTGACAAACT 3'(配列番号 27)
L-Spe-SYP121: 5 ’GACTAGTTCAACGCAATAGACGCCTTG 3 ’ (配列番号25)
merF : U-Not-merF: 5’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAAAGACCCGAAGACACTG 3 ’ (配列番号29)
L-Xba-merF: 5’GCTCTAGATCATTTTTTTACTCCATTGAAT3 ’ (配列番号30)
merF-SYP121 : U-Not-merF: 5 ’AAGGAAAAAAGCGGCCGCATGAAAGACCCGAAGACACTG 3' (配列番 号29)
L-Spe-SYP121: 5 ’GACTAGTTCAACGCAATAGACGCCTTG 3 ’ (配列番号25)
(1-2)PCR法による遺伝子の増幅
実施例3の(1-12)で得られたplasmid を鋳型とし、上記プライマーを用いて、PCR 法に従い遺伝子を増幅させた。
【0050】
鋳型DNA 1 L 、PCR reaction buffer 10μL 、2.5 mM dNTP 混合液 8μL 、100 pM primer U 及びL 各1 μL 、Taq DNA polymerase 1μL に精製水を加えて全量を100 μL とした。95℃にて30秒(熱変性)、次いで57℃にて30秒(アニーリング)、72℃にて60秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを40回繰り返し反応させ、これをPCR 溶液とした。
(1-3) 遺伝子の精製
PCR 溶液にPB緩衝液 500μL を加え、軽く撹拌した。この溶液を、エッペンドルフチューブにセットした QIAquick spin column に移し、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離した。この column を新しいエッペンドルフチューブにセットし、PE緩衝液 750μL をのせた。次に、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、columnを新しいエッペンドルフチューブにセットした。この column に EB 緩衝液 50 μL をのせ、室温で 13000 rpm、30秒間遠心分離し、得られたろ液を DNA試料溶液とした。
(1-4) Agarose gel 電気泳動法による遺伝子フラグメントの検出
得られた DNA試料溶液を、0.8 % agarose gel を支持体とした agarose gel電気泳動法を用いて分離分析した。泳動後、agarose gel を1mg/mLエチジウムブロマイド溶液に浸し、紫外線照射下で DNAを検出した。
(1-5) 遺伝子フラグメントの調製
上記(1-3) で精製した DNA試料溶液を制限酵素Not I 及び Xba IまたはSpe I で4 時間、37℃で消化させた。この反応溶液に1/10容量の ethanolを加え、-80 ℃で15分放置した。次に、4 ℃で 15000 rpm、10分間遠心分離し、得られた DNA沈殿を 70 % ethanol で洗浄後、減圧乾燥した。この DNA沈殿を精製水 50 μL に溶解し、遺伝子フラグメントとした。
(1-6) ベクター pMAT137の調製
バイナリーベクター pMAT137 (京都府立大学人間環境学部の佐藤雅彦准教授より譲渡) は制限酵素Not I 及び Xba Iで1 時間、37℃で消化させた。次に、DNA 切断部位の3 ’末端リン酸基を Bacterial alkaline phosphatase 処理により除去した。
(1-7) ライゲーション
遺伝子フラグメントとベクターを混和した。次に、ligation kitを用いて室温で 15 分反応させることにより、遺伝子フラグメントとベクターを連結させた。
(1-8) 形質転換
大腸菌 XL1-Blue Subcloning-Grade Competent Cellsに、上記(1-7) で作成した遺伝子フラグメントを加え、30分間氷冷した。次に、この溶液を42℃で30秒間保温後、5 分間氷冷した。さらに、SOC 培地を加えて、37℃で50分間振とう培養した。この培養液を kanamycin含有 LB 寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養してコロニーを得た。
(1-9) ダイレクトPCR 法による遺伝子の確認
ダイレクトPCR は、目的の鋳型遺伝子のかわりに、上記で得られた大腸菌のコロニーを鋳型として用いる方法である。また、コロニーのダイレクトPCR において、以下のプライマーの組合せを用いることにより、挿入された遺伝子の向きの確認を行った。プライマーの組合せの例は、primer 35S及び primer Tnos、primer 35S及びクローニングに用いたLower primer、primer Tnos 及びクローニングに用いたUpper primer、または35S 及びクローニングに用いたUpper primerである。反応溶液の組成は、PCR reaction buffer 2 μL 、2.5 mM dNTP 混合液 1.6μL 、10 pM primer upper及び lower各1 μL 、Taq DNA polymerase 0.2μL に精製水を加えて全量を20μL とした。この溶液に爪楊枝に付けたコロニーを懸濁させた後、94℃にて30秒(熱変性)加温し、94℃にて 60 秒(熱変性)、次いで55℃にて60秒(アニーリング)、72℃にて90秒(相補鎖 DNAの伸長合成)のサイクルを30回繰り返し反応させた。
【0051】
得られた PCR試料溶液 10 μL を agarose gel電気泳動法により検出した。
(1-10)遺伝子の確認
上記(1-9) で確認された遺伝子において、実施例3の(1-11)記載の方法に従ってDNA 溶液を得た。この DNA溶液を DNA試料溶液とし、agarose gel 電気泳動法により遺伝子の検出を行った。
【0052】
次に、この DNA溶液に制限酵素Xba I を加えて反応させた後、生成物を agarose gel電気泳動法により分離分析した。
(1-11)組換えプラスミドの塩基配列の確認
実施例3の(1-12)と同様の操作を行い外来遺伝子の塩基配列を決定した。
(4) 組換えプラスミドのアグロバクテリウムへの形質転換及びシロイヌナズナへのアグロバクテリウムの感染
上記(1-11)で得られたプラスミドを用い、インプランタイノベーションズ(株)によるシロイヌナズナ形質転換受託システムを利用し、merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF またはmerF-SYP121 を組換えたシロイヌナズナの T1 種子をそれぞれ得た。
(5) トランスジェニックシロイヌナズナの作出
上記(4) で得られたT1種子を殺菌液に分散させ、10分置き、滅菌精製水で3 回洗浄した。次に、選択培地のシャーレに少量の水とともに種子を蒔いた。パラフィルムで封をし、4 ℃に数日置いた。その後、22℃に移し発芽させた。その後、図16及び図17に示したスキームに従い、T2種子、T3種子、T4種子を得た。
(6) トランスジェニックシロイヌナズナにおける各遺伝子の発現
(6-1) 遺伝子組換えシロイヌナズナにおける各遺伝子の確認
作出した遺伝子組換えシロイヌナズナ(T1, T2, T3)の苗木約15株の葉から、常法に従って、それぞれゲノムDNA を抽出した。得られたゲノムDNA をそれぞれ鋳型として、常法に従ってPCR 反応を行い、予期したDNA の増幅断片が検出できた株を、遺伝子組換え植物とした。この時に用いるプライマーは、組換えたmerC遺伝子、merE遺伝子、merF遺伝子、SYP121遺伝子、AtVAM3遺伝子それぞれに特異的な塩基配列を複数ヶ所選んで作成した。内部標準としてはNPTII を用いた。
(6-2) 遺伝子組換えシロイヌナズナにおける各遺伝子のmRNAの発現
作出した遺伝子組換えシロイヌナズナ(T1, T2, T3)の苗木約15株の葉から、常法に従って、それぞれtotal RNA を抽出した。得られた total RNAを鋳型として、常法に従って逆転写反応を行い、cDNAを得た。このcDNAをそれぞれ鋳型として、常法に従ってPCR 反応を行い、予期したDNA の増幅断片が検出できた株は、目的のmRNAを発現している遺伝子組換え植物とした。この時に用いるプライマーは、組換えたmerC遺伝子、merE遺伝子、merF遺伝子、SYP121遺伝子、AtVAM3遺伝子それぞれに特異的な塩基配列を複数ヶ所選んで作成した。内部標準としてはβ-actinを用いた。
(6-3) 遺伝子組換えシロイヌナズナにおける各融合タンパク質の発現
作出した遺伝子組換えシロイヌナズナ(T1, T2, T3)の苗木約15株の葉から、常法に従って、それぞれタンパク質を抽出した。得られたタンパク質を用い、ウエスタンブロット法に従って目的のタンパク質の発現を調べた。MerC, MerE, MerFは常法に従って精製し、ウサギに免疫した。二度の追加免疫の後、全血採血して得られた血清をProteinAにより精製し、それぞれ抗MerC抗体、抗MerE抗体、抗MerF抗体とした。
(7) トランスジェニックシロイヌナズナの水銀蓄積及び水銀耐性の評価
上記(5) で得られたT1, T2, T3種子をそれぞれ種々の濃度の無機水銀を含む選択培地に蒔いた。人工気象器 (サンヨー製インキュベーターMLR-351)内(22℃)で約2週間育成後、生重量を測定することで水銀耐性を評価した。また、同様の条件で育成後、還元気化原子吸光光度法により、生重量あたり総水銀量を測定することで、水銀蓄積量を評価した。
(8) トランスジェニックシロイヌナズナのカドニウム蓄積の評価
上記(5) で得られたT3種子を選択培地に蒔いた。人工気象器内で約2週間育成後、1/10濃度の液体培地中で一晩水耕栽培した。終濃度10μM 109Cd2+ を添加し、16時間後の植物内への 109Cd2+の取り込み量はガンマシンチレーションカウンター (アロカARC-380CL)を用いて評価した。
(9) 結果
バイナリーベクターpMAT137 への遺伝子組換えについては、上記(1) に記載した各鋳型と各プライマーの組合せで、各遺伝子(merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF, merF-SYP121)を増幅させた。(1) に記載の操作に従い、merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF または merF-SYP121遺伝子はベクター pMAT137のXba I サイトに組換え、それぞれプラスミド pMAC5、pMAC121.1 、pMACV1、pMAE8 、pMAES121.9、pMAF30、及び pMAFS121.10と命名した。これらのプラスミドマップは図18から図20に示した。これらのプラスミドの外来遺伝子は上述したように PCR産物である。PCR 反応の途中においては DNA増幅時に鋳型と異なる DNA塩基が挿入されている可能性がある。そこで、これらのプラスミドの外来遺伝子の塩基配列をシークエンスした。その結果、クローニングしたDNA の塩基配列は正常であることを確認した。これらの遺伝子組換えプラスミドを用いて、インプランタイノベーションズ(株)によるシロイヌナズナ形質転換受託システムを利用し、merC, merC-SYP121, merC-AtVAM3, merE, merE-SYP121, merF またはmerF-SYP121 を組換えたシロイヌナズナの T1 種子をそれぞれ得た。得られた種の中から約1000から5000個の種を消毒し、無菌操作にて選択培地に種子を蒔いた。遺伝子組換えクローンと非組換えクローンの選抜は、選択培地にはカナマイシンを添加しており、これにより遺伝子を組換えたクローンのみが発芽し、その後大きく成長することを指標に遺伝子組換え体を選抜した。図16にはその一例を示した。非組換えクローンであっても発芽はするが、その後生育が止まってしまう。一方、目的の遺伝子組換えクローンは、他よりも明らかに大きな地上茎が観察された(図16)。これらの遺伝子組換えクローンを土に移し、T2種子を収穫した。さらに図17に示した操作に従って、T3, T4種子をそれぞれ収穫するとともに、それぞれの段階での植物体を用いて、ゲノムPCR により目的遺伝子のゲノムへの組換え、RT-PCRにより各遺伝子の発現をmRNAレベル、ウエスタンブロッティングよりタンパク質レベルをそれぞれ確認した。さらにその植物体を用いて、重金属耐性及び蓄積性について検討した。
【0053】
merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT1, T2及びT3の結果をそれぞれ図21から図23に示した。図21に示すように、T1世代のmerC遺伝子組換えシロイヌナズナは17クローン中16クローンがmerC遺伝子を持つこと、そのうちの10クローンにおいてmerCのmRNAが発現することが明らかになった。また、抗MerC抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果より、MerCタンパク質を低レベルで発現しているクローンが2クローン(7と9)、中レベルで発現しているクローンが1クローン(10)、高レベルで発現しているクローンが3クローン(5、6、14)存在することが明らかになった。これらのクローンからT2種子を採取し、ゲノムPCR 、水銀蓄積、水銀耐性を調べた結果を図22に示した。検定したT2世代の13クローンのすべてがmerC遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの4クローン(5、6、7、8)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したクローンは野生株に比べて水銀耐性が低い傾向が認められた。次に、検定したT3世代の5クローンはmerC遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの3クローン(5、9、10)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したクローンは野生株に比べて水銀耐性が低い傾向が認められた。以上の結果から、merC遺伝子を組換えた植物体は、水銀耐性を低下させつつも水銀高蓄積性を示し、水銀浄化に用いることができる可能性が示唆された。
【0054】
水銀トランスポーターMerCの液胞膜への標的化を目指し、merC-AtVAM3 遺伝子をゲノムに組換えたシロイヌナズナのT1, T2及びT3の結果をそれぞれ図24から図26に示した。図24に示すように、T1世代のmerC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナは15クローン中のすべてがmerC-AtVAM3 遺伝子を持つこと、そのうちの9クローンにおいてmerC-AtVAM3 のmRNAが発現することが明らかになった。また、抗AtVAM3抗体を用いたウエスタンブロッティングの結果より、MerC-AtVAM3 タンパク質を中レベルで発現しているクローンが3クローン(4、5、6)、高レベルで発現しているクローンが3クローン(7、11、14)存在することが明らかになった。これらのクローンからT2種子を採取し、ゲノムPCR 、水銀蓄積、水銀耐性を調べた結果を図25に示した。検定したT2世代の11クローンのすべてがmerC-AtVAM3 遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの4クローン(2、3、8、11)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したこれらのクローンは野生株と同等の水銀耐性を示した。次に、検定したT3世代の4クローンはmerC-AtVAM3 遺伝子をそれぞれ保持しており、遺伝子組換え体の形質が安定していることが示唆された。このうちの3クローン(2、7、11)については、水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したこれらのクローンは野生株と同等の水銀耐性を示した。以上の結果から、merC-AtVAM3 遺伝子を組換えた植物体は、水銀耐性を低下することなく、水銀高蓄積性を示し、水銀毒性を軽減した形、すなわち液胞内に水銀を隔離している可能性が示唆された。merC-AtVAM3 を組換えた植物は水銀浄化能力を発揮すると考えられる。
【0055】
MerCの細胞膜への標的化を目指し、merC-SYP121 遺伝子をゲノムに組換えたシロイヌナズナは、発生・分化に異常は見られず、T1種子からトランスジェニック植物を選抜することができた。そのT1の結果は図27に示した。図27に示すように、T1世代のmerC-SYP121 遺伝子組換えシロイヌナズナ11クローン中のすべてがmerC-AtVAM3 遺伝子を持つことが明らかになった。これらのうちの5クローン(1, 8, 14, 15と17)について水銀蓄積性を調べたところ、すべてのクローンにおいて水銀蓄積が野生株に比べて高い傾向が認められた。一方、水銀高蓄積を示したこれらのクローンは野生株とほぼ同等の水銀耐性を示した。以上の結果から、merC-SYP121 遺伝子を組換えた植物体は、水銀耐性を低下することなく、非常に高い水銀蓄積性を示し、効果的に水銀を細胞外から細胞内へ輸送している可能性が示唆された。
【0056】
また、トランスジェニックシロイヌナズナ (T3) のカドミウムカドミウム添加水耕実験においてカドミウムの蓄積を調べた結果を図29に示す。このグラフから、merC-SYP121 (CS17)ではコントロールの約2倍の109Cd を蓄積しており、効果的にカドミウムを細胞外から細胞内へ輸送している可能性が示唆された。
【0057】
さらに、merC-AtVAM3 組換え植物体とmerC-SYP121 組換え植物体とを交配させることにより、merC-AtVAM3 とmerC-SYP121 の両遺伝子組換え植物体を作出することで、図28に示すような原理により非常に効果的な水銀のファイトレメディエーションの実現が可能になると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】遺伝子組換えプラスミドの概要を示す図である。
【図2】大腸菌への各種遺伝子導入の操作概要を示す図である。
【図3】遺伝子組換え体大腸菌における無機水銀およびメチル水銀に対する耐性評価を示す図である。
【図4】遺伝子組換え体大腸菌における無機水銀およびメチル水銀の取り込み活性評価を示す図である。
【図5】遺伝子組換えプラスミドの概要を示す図である。
【図6】大腸菌への各種遺伝子導入の操作概要を示す図である。
【図7】遺伝子組換え体大腸菌における無機水銀およびメチル水銀に対する耐性評価を示す図である。
【図8】遺伝子組換え体大腸菌におけるメチル水銀の取り込み活性評価を示す図である。
【図9】プラスミド pGC3 、pGE18 及び pGF7 の構築を示す図である。
【図10】プラスミド pCS121.28、pES121.3及び pFS121.3 の構築を示す図である。
【図11】プラスミド pCV9 及び pEV12の構築を示す図である。
【図12】シロイヌナズナ培養細胞におけるMerC、MerC-SYP121,MerC-AtVAM3 の局在を示す図である。
【図13】シロイヌナズナ培養細胞におけるMerE、MerE-SYP121,MerE-AtVAM3 の局在を示す図である。
【図14】シロイヌナズナ培養細胞におけるMerF、MerF-SYP121 の局在を示す図である。
【図15】重金属トランスポーターとシンタキシンの構造を模式的に示す図である。
【図16】トランスジェニックシロイヌナズナの栽培過程を示す図である。
【図17】トランスジェニックシロイヌナズナの各段階での検討事項を示す図である。
【図18】プラスミド pMAC5、pMAC121.1 、pMACV1の構築を示す図である。
【図19】プラスミドpMAE8 、pMAES121.9の構築を示す図である。
【図20】プラスミドpMAF30、及び pMAFS121.10の構築を示す図である。
【図21】merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT1の検討結果を示す図である。
【図22】merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT2の検討結果を示す図である。
【図23】merC遺伝子組換えシロイヌナズナのT3の検討結果を示す図である。
【図24】merC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナのT1の検討結果を示す図である。
【図25】merC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナのT2の検討結果を示す図である。
【図26】merC-AtVAM3 遺伝子組換えシロイヌナズナのT3の検討結果を示す図である。
【図27】merC-SYP121 遺伝子組換えシロイヌナズナのT1およびT2の検討結果を示す図である。
【図28】重金属高蓄積のためのバイオエンジニアリングの原理を示す図である。
【図29】merC-SYP121 遺伝子組換えシロイヌナズナT3のカドミウム蓄積に関する検討結果を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン(SNARE)遺伝子とを導入した形質転換植物。
【請求項2】
微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子がmerC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である請求項1記載の形質転換植物。
【請求項3】
シンタキシン(SNARE)遺伝子がSYP121遺伝子およびAtVAM3遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である請求項1または2記載の形質転換植物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかの項記載の形質転換植物を用いて、媒体中の重金属を吸収蓄積させることを含む、重金属汚染媒体を浄化する方法。
【請求項5】
重金属汚染媒体が重金属汚染土壌である請求項4記載の方法。
【請求項6】
重金属が水銀、有機水銀またはカドミウムである、請求項4または5記載の方法。
【請求項7】
merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる重金属トランスポーター遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて、無機水銀及び/又は有機水銀を含有する媒体を浄化することを特徴とする水銀の浄化方法。
【請求項8】
有機水銀がメチル水銀である請求項7記載の方法。
【請求項9】
merE遺伝子を導入した形質転換微生物。
【請求項1】
微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子とシンタキシン(SNARE)遺伝子とを導入した形質転換植物。
【請求項2】
微生物由来の重金属トランスポーター遺伝子がmerC遺伝子、merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である請求項1記載の形質転換植物。
【請求項3】
シンタキシン(SNARE)遺伝子がSYP121遺伝子およびAtVAM3遺伝子からなる群より選ばれる遺伝子である請求項1または2記載の形質転換植物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかの項記載の形質転換植物を用いて、媒体中の重金属を吸収蓄積させることを含む、重金属汚染媒体を浄化する方法。
【請求項5】
重金属汚染媒体が重金属汚染土壌である請求項4記載の方法。
【請求項6】
重金属が水銀、有機水銀またはカドミウムである、請求項4または5記載の方法。
【請求項7】
merE遺伝子およびmerF遺伝子からなる群より選ばれる重金属トランスポーター遺伝子を導入した形質転換微生物を用いて、無機水銀及び/又は有機水銀を含有する媒体を浄化することを特徴とする水銀の浄化方法。
【請求項8】
有機水銀がメチル水銀である請求項7記載の方法。
【請求項9】
merE遺伝子を導入した形質転換微生物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図27】
【図28】
【図29】
【公開番号】特開2010−41975(P2010−41975A)
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−209309(P2008−209309)
【出願日】平成20年8月15日(2008.8.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本薬学会第128年会組織委員会、日本薬学会第128年会要旨集、平成20年3月5日
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年8月15日(2008.8.15)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本薬学会第128年会組織委員会、日本薬学会第128年会要旨集、平成20年3月5日
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【Fターム(参考)】
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