説明

野菜の殺菌方法

【課題】大根、人参、白菜、きゅうり、キャベツ、ホウレン草、小松菜、じゃがいも、ごぼう、大豆、枝豆、グリーンピース、インゲン、絹さや、オクラ、アスパラガス、ブロッコリー、瓜、スプラウト等の野菜に付着する微生物、特に耐熱性芽胞菌を、食味及び風味を損なわずに、短時間で低減させる方法を開発することにある。
【解決手段】野菜を、酵母エキスを含有する溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に殺菌処理することでこれらに付着する微生物、特に耐熱性芽胞菌を、食味および風味を損なわずに低減させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、野菜に付着する微生物、特に耐熱性芽胞菌を、食味及び風味を損なわずに、短時間で低減させる野菜の殺菌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ブロッコリー、アスパラガス、ホウレン草、枝豆、グリーンピースや絹さやなどの野菜は、具材や付け合せ等の目的で様々な加工食品に用いられている。しかし、加熱調理後の緑色野菜は保存性が悪く、弁当などの加工食品に用いるには不向きであることから、保存性を向上させるために酸性の水溶液へ浸漬するなどの処理をすることが多かった。
【0003】
また、野菜を殺菌する方法として、次亜塩素酸、オゾン水、有機酸、電解水等を利用する方法が知られている。このうち、オゾン水による殺菌機構は、酸性域ではオゾンそのものが主体となり、アルカリ性域ではオゾンが分解する際に生成するOHラジカルが主体となって微生物の細胞壁を破壊し、死滅させる。このオゾンのアルカリ性域での特性を利用して、pH7.5〜11.0の範囲のアルカリ性水とオゾン水を利用した穀類の洗浄技術(特許文献1参照)がある。
【0004】
また別の手段として、緑黄色野菜に塩基性アミノ酸及びそれを主成分とするオリゴペプチドの少なくとも1種の化合物を添加し、加熱処理する方法が知られている(例えば、特許文献2参照)。しかしながら、該方法では処理後の緑色野菜の保存性が十分ではなかった。これは、バシラス属、クロストリジウム属に属する細菌に代表される耐熱性芽胞菌は、該方法のような一般的な洗浄・加熱処理では死滅しないため、耐熱性菌の残存した野菜で調理した加工食品は、pH低下、異臭発生、または外観変化などの腐敗に至りやすいためである。しかし葉菜をはじめとして野菜には、商品価値(色・食感・風味等)を維持するため、高温殺菌処理ができないケースが多い。
【0005】
キトサンと酵母エキスを組み合わせた食品殺菌保存剤が知られている(例えば、特許文献3参照)。しかしながら、酵母エキスはキトサンの渋味マスキングとして使用されているだけであり、野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に加熱処理することについては何も記載されていない。
【0006】
また、食品等に酵素、または微生物培養物より分離した酵素様活性蛋白を接触、低温処理後に加熱処理する方法や、アラニンを接触後にナイシン等のバクテリオシンを添加する方法が知られている(例えば、特許文献4、5、6参照)。しかしながら、殺菌効果を得るために必要な接触処理時間が60分〜4時間必要であり、それより短い接触処理時間では、その後の加熱処理をしても、十分な殺菌効果が得られない。また酵素、酵素様活性蛋白については高価であるなど、実用的ではなかった。したがって、野菜の商品価値(色・食感・風味等)を維持するため、短時間かつ低温殺菌処理においても、高い殺菌効果の得られる技術が望まれていた。
【0007】
【特許文献1】特開2000−189076号公報
【特許文献2】特開2003−210130号公報
【特許文献3】特開平02−135080号公報
【特許文献4】特開昭47−31838号公報
【特許文献5】特開平09−266781号公報
【特許文献6】特開2002−330740号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、野菜に付着する微生物、特に耐熱性芽胞菌を、食味及び風味を損なわずに、低減させる方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に殺菌処理することにより上記課題が解決されることを見出し、本発明に至った。
【0010】
すなわち、本発明は下記の通りである。
項1.野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に加熱処理することを特徴とする野菜の殺菌方法。
項2.野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に30〜40℃で10〜30分間浸した後に加熱処理をすることを特徴とする野菜の殺菌方法。
項3.野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に60〜90℃にて加熱殺菌することを特徴とする野菜の殺菌方法。
項4.野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に次亜塩素酸ナトリウム処理することを特徴とする野菜の殺菌方法。
項5.酵母エキスを含有する水溶液の酵母エキスの濃度が0.01〜3質量%である項1乃至4記載の野菜の殺菌方法。
【発明の効果】
【0011】
野菜に付着する微生物、特に耐熱性芽胞菌を、食味及び風味を損なわずに、低減させた野菜の殺菌方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に用いる酵母エキスは、ビール酵母、パン酵母などの酵母を原料として、公知の方法、例えば、酵素分解、熱水抽出、自己消化等によって製造されたものである。本発明では特に自己消化型のものが好ましい。本発明の酵母エキスは市場で入手可能のものを使用すればよく、例えばサンキーパーG−3(三栄源エフ・エフ・アイ社製)等を挙げることができる。
【0013】
本発明は、野菜を、上述の酵母エキスを含有する水溶液に短時間浸した後に比較的低い温度で加熱処理することを特徴とする野菜の殺菌方法である。
【0014】
本発明の野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に浸漬する温度は4〜50℃、好ましくは30〜40℃で行なうのが好ましい。4℃以下、もしくは50℃以上で浸漬した場合は、目的の殺菌効果は得られない。
【0015】
さらに、野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に浸漬する際の時間は、10分以上が好ましく、例えば、酵母エキスの濃度が1質量%、浸漬温度が40℃であれば、野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に浸漬する際の時間は10〜30分間で十分である。また、酵母エキスの濃度が0.1質量%、浸漬温度が10℃の場合でも、野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に浸漬する際の時間は30〜60分間で十分である。
【0016】
上記酵母エキスを含有する水溶液の酵母エキスの濃度は0.01〜3質量%、好ましくは0.1〜1質量%で行なうのが好ましい。例えば、酵母エキスを含有する水溶液に浸漬する際の時間が10分、浸漬温度が40℃の場合であれば、酵母エキスの濃度は0.01〜1質量%で十分である。また、酵母エキスを含有する水溶液に浸漬する際の時間が30分、浸漬温度が10℃の場合でも、酵母エキスの濃度は0.1〜3質量%で十分である。0.01質量%以下では野菜の殺菌が十分ではなく、逆に3質量%以上では酵母エキスの風味が野菜に影響を与える可能性がある。
【0017】
本発明において、野菜を加熱殺菌する際の温度は、60℃以上、好ましくは60〜90℃で行うのが好ましいが、野菜の種類等の条件によって調整すると良い。例えば、葉菜をはじめとする高温殺菌処理ができない野菜の場合は、酵母エキス溶液による浸漬後60〜70℃で加熱殺菌することによって、商品価値(色・食感・風味等)を維持したまま耐熱性芽胞菌の殺菌効果を得ることが可能である。また、根菜をはじめとする特に耐熱性芽胞菌が多い野菜などの場合、通常は酸を付与しての加熱殺菌や100℃以上の高圧殺菌処理を行うが、その場合、野菜の色落ち・退色、褐変、煮崩れなどが問題となる。しかし、酵母エキス溶液に4〜50℃で10〜60分間浸漬後、80〜90℃で加熱殺菌すれば、従来よりも加熱殺菌条件を緩和しても同等の殺菌効果が得られ、商品価値(色・食感・風味等)を維持することが可能となる。
【0018】
また、本発明では、野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に次亜塩素酸ナトリウム処理することによっても行なうことができる。
【0019】
本発明で用いる次亜塩素酸ナトリムは市販されているものでよい。この次亜塩素酸ナトリウムを10〜500ppm好ましくは50〜300ppmになるように酵母エキスを含有する水溶液に加えるか、酵母エキスに浸した野菜を引き上げ、水分をきった後に、10〜500ppm好ましくは50〜300ppmの次亜塩素酸ナトリウム水溶液に浸すか、次亜塩素酸ナトリウムの水溶液を吹き付ければよい。
【0020】
なお、本発明の殺菌方法は、特に野菜に付着する微生物のBacillus cereus等の耐熱性芽胞菌に効果がある。
【0021】
本発明では、酵母エキスを含有する水溶液にL−アラニン、グリシン等のアミノ酸、ナイシン等のバクテリオシン、酢酸、乳酸、クエン酸等の有機酸およびその塩類、リン酸、メタリン酸、ポリリン酸等のリン酸およびその塩類、ε−ポリリジン、しらこたんぱく抽出物等の保存料、リゾチーム、キトサン等の日持向上剤、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル等の乳化剤を添加しておくことができる。
【0022】
本発明の対象となる野菜としては、葉菜、根菜、果菜、茎菜等で、その種類は特に制限されないが、通常の浸漬処理や加熱処理で除去しきれない、または野菜の品質上加熱処理が行えないため、耐熱性芽胞菌が品質保持上問題となっている大根、人参、白菜、きゅうり、キャベツ、ホウレン草、小松菜、じゃがいも、ごぼう、大豆、枝豆、グリーンピース、インゲン、絹さや、オクラ、アスパラガス、ブロッコリー、瓜、スプラウト等が挙げられる。
【0023】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、特に記載のない限り「%」とは、「質量%」を意味するものとする。また、文中の「*」印は、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製であることを意味する。文中の「※」印は、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社の登録商標であることを意味する。
【0024】
実験例1 野菜に付着する微生物(Bacillus cereus IFO 15305)に対する殺菌試験
1)Bacillus cereus IFO 15305芽胞菌液を調整(2.1×10CFU/mL)し、50mLずつ小分けした。
2)グリシン、L−アラニン、リゾチーム、酵母エキスそれぞれを菌液に添加し、すべて最終濃度0.1%とした。
3)40℃恒温槽にて60分静置後に、90℃湯浴にて20分加熱し、菌数測定した。
【0025】
【表1】

【0026】
抗菌性のある物質と知られているL−アラニンなどのアミノ酸、リゾチームと比較して、酵母エキスは高い殺菌効果がみられた。
【0027】
実験例2 各細菌に対する酵母エキスの効果
1)Bacillus cereus IFO 15305芽胞菌液、Escherichia coli IAM 12119、Lactobacillus plantarum IFO 15891の各菌液を調整した(表2参照)。
2)無添加区、酵母エキス0.1%添加区を作成した。
3)30℃恒温槽にて60分静置後に、50℃湯浴にて15分加熱し、菌数測定した。
【0028】
【表2】

【0029】
芽胞形成しない大腸菌、乳酸菌に対しては、無添加区と添加区の殺菌効率は同等であり、酵母エキスは作用していない。しかし、芽胞形成するB. cereusについては、通常殺菌効果のない50℃のような低温殺菌においても、添加区は無添加区と比べて顕著な殺菌効果がみられた。これは、酵母エキスが耐熱性芽胞菌に対して特異的に作用し、耐熱性を失わせたことによるものである。
【0030】
実験例3 酵母エキス溶液の浸漬温度の違い
1)各温度帯(4〜80℃)に調整した滅菌水50mLにてBacillus cereus IFO 15305芽胞菌液を調整した(1.0×10CFU/mL)。
2)無添加区、酵母エキス0.1%添加区を作成した。
3)各温度帯(4〜80℃)恒温槽にて30分静置後に、90℃の湯浴にて20分加熱し、菌数測定した。
【0031】
【表2】

【0032】
酵母エキスの添加の効果は、浸漬液の温度が4〜80℃いずれにしても得られた。なかでも30〜40℃において最も顕著な効果が得られ、その温度帯に近いほど殺菌効果が高くなった。
【0033】
実験例4 酵母エキスの添加量・接触時間の検討
1)Bacillus cereus IFO 15305芽胞菌液を調整(1.0×10CFU/mL)し、50mLずつ小分けした。
2)無添加区、酵母エキス添加区(添加量は下記参照)を作成した。
3)10または40℃恒温槽にて10、30、60分静置後に、90℃湯浴にて20分加熱し、菌数測定した。
【0034】
【表3】

【0035】
酵母エキスの添加の効果は、40℃の浸漬では0.01%以上添加した場合に得られ、10℃の浸漬では0.03〜0.3%添加した場合に得られた。40℃では0.03%添加、10℃でも1%添加であれば10分という短時間の浸漬においても高い殺菌効果が確認できた。
【0036】
実験例5 低温殺菌における効果の検討
1)Bacillus cereus IFO 15305芽胞菌液を調整(1.3×10CFU/mL)し、50mLずつ小分けした。
2)無添加区、酵母エキス0.03%添加区を作成した。
3)40℃恒温槽にて30分静置後に、湯浴(温度は下記参照)にて20分加熱し、菌数測定した。
【0037】
【表4】

【0038】
無添加区に比べ、添加区では殺菌効率が向上した。通常では耐熱性芽胞菌を殺菌し得ない60〜70℃という低温においても殺菌効果が得られた。また、80〜90℃の高温殺菌では、さらに殺菌効率が高くなる結果となった。
【0039】
実験例6 野菜の殺菌試験
1)無添加、および酵母エキス添加の浸漬液150mLを40℃に加温した。
2)浸漬液にBacillus cereus IFO 15305芽胞菌液を接種(浸漬液菌数:7.0×104CFU/mL)した。
3)浸漬液150mLに、10gにカットした野菜(大根または白菜)を3切れ投入した。
4)40℃20分静置後、60℃の温水に野菜を移し、20分加熱殺菌した。
5)各野菜を取り出し、1切れずつ菌数測定した。
【0040】
【表5】

【0041】
無添加区に比べ、添加区では野菜の種類に関わらず殺菌効率が向上し、その作用は添加量が多いと顕著に表れた。酵母エキスが野菜表面に付着した耐熱性芽胞菌に作用して、耐熱性を失わせたことによるものである。そのため、通常では耐熱性芽胞菌を殺菌し得ない60℃という低温においても殺菌効果が得られた。また、低温殺菌により野菜の変色等の傷みは全くなく、酵母エキスの風味への影響もなかった。
【0042】
実験例7 野菜前処理として酵母エキスと次亜塩素酸ナトリウムの併用の検討
1)無添加、及び酵母エキス1%の浸漬液300mLを40℃に加温した。
2)浸漬液にBacillus cereus IFO 15305芽胞菌液を接種(浸漬液菌数:5.3×10CFU/mL)した。
3)浸漬液300mLに、10gにカットした大根を投入した。
4)40℃20分静置後、次亜塩素酸ナトリウム 200ppm(pH7.0)に大根を投入した。
5)下記時間静置後、大根を取り出し、1切れずつ菌数測定した。
【0043】
【表6】

【0044】
無添加区に比べ、添加区では殺菌効率が向上した。酵母エキスが野菜表面に付着した耐熱性芽胞菌に作用して、次亜塩素酸ナトリウムに対する感受性が高まったものと考えられる。加熱工程をとれない場合でも、耐熱性芽胞菌の殺菌効率を向上させることができた。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明によると、野菜に付着する微生物、特に耐熱性芽胞菌を、食味及び風味を損なわずに、短時間で低減させる方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に加熱処理することを特徴とする野菜の殺菌方法。
【請求項2】
野菜を、酵母エキスを含有する水溶液に4〜50℃で10〜60分間浸した後に次亜塩素酸ナトリウム処理することを特徴とする野菜の殺菌方法。
【請求項3】
酵母エキスを含有する水溶液の酵母エキスの濃度が0.01〜3質量%である請求項1または2記載の野菜の殺菌方法。