説明

量子計算機および量子計算方法

【課題】量子ビット数を増やすことのできる量子計算機および量子計算方法を提供することを可能にする。
【解決手段】下3状態|0>、|1>、|2>と上2状態|3>、|4>との間の遷移が光学的に許容な5つの状態|0>、|1>、|2>、|3>、|4>を有するN個(Nは2以上の整数)の物理系と、それらの物理系が内部に配置された光共振器と、を備え、すべての物理系の|2>と|3>との間の遷移の遷移周波数が前記光共振器の共鳴周波数に等しく、|3>と|4>との間の遷移周波数の分布の幅が前記下3状態間の遷移周波数の最大値に比べN倍以上大きく、ある物理系の|0>と|4>との間、|1>と|4>との間または|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光が他の物理系のすべての光遷移と十分に非共鳴であるように構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光共振器と原子の結合を利用した量子計算機および量子計算方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、量子計算機の研究が盛んに行われている。量子計算機の実現方法として、3つの状態を有する物理系を光共振器内に複数用意し、安定な下状態2つを量子ビットとして利用し、空間的に離れた物理系同士を光共振器の光子を介して結合する、という方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1においては、2つの下状態間の周波数差が個々の物理系で異なるということを利用して、量子ビットを光の周波数で区別している。そして、2光子共鳴を利用して状態を操作するので、下状態間の周波数差が個々の物理系で異なっていれば、1つの物理系だけが2光子共鳴して操作され、光の周波数を設定することによって個々の物理系を選択的に操作することが可能になっている。
【0003】
特に、結晶中にドープされたイオンの核スピンの状態はデコヒーレンスが非常に遅いので、イオンの核スピンで決まるエネルギー準位(超微細準位)を量子ビットとして利用し、その不均一広がりを量子ビットの選択に利用した、固体量子計算機が考えられている。ところが、超微細準位の不均一広がりは一般にあまり広くないため、このことが量子ビット数を増やす上で障害となることが問題視されていた。
【特許文献1】特開2001−209083号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記事情を考慮してなされたものであって、量子ビット数を増やすことのできる量子計算機および量子計算方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の第1の態様による量子計算機は、下3状態|0>、|1>、|2>と上2状態|3>、|4>との間の遷移が光学的に許容な5つの状態|0>、|1>、|2>、|3>、|4>を有するN個(Nは2以上の整数)の物理系と、それらの物理系が内部に配置された光共振器と、を備え、
すべての物理系の|2>と|3>との間の遷移の遷移周波数が前記光共振器の共鳴周波数に等しく、
|3>と|4>との間の遷移周波数の分布の幅が前記下3状態間の遷移周波数の最大値に比べN倍以上大きく、
ある物理系の|0>と|4>との間、|1>と|4>との間または|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光が他の物理系のすべての光遷移と十分に非共鳴であるように構成されたことを特徴とする。
【0006】
また、本発明の第2の態様による量子計算機は、下4状態|0>、|1>、|2>、|5>、|6>と上2状態|3>、|4>との間の遷移が光学的に許容な6つの状態|0>、|1>、|2>、|3>、|4>、|5>、|6>を有するN個(Nは2以上の整数)の物理系と、それらの物理系が内部に配置された光共振器と、備え、
すべての物理系の|2>と|3>との間の遷移の遷移周波数が前記光共振器の共鳴周波数に等しく、|3>と|4>との間の遷移周波数の分布の幅が前記下3状態間の遷移周波数の最大値に比べN倍以上大きく、
ある物理系の|0>と|4>との間、|1>と|4>間、|2>と|4>との間、|2>と|5>との間または|6>と|4>との間の遷移に共鳴する光が他の物理系のすべての光遷移と十分に非共鳴であるように構成されたことを特徴とする。
【0007】
また、本発明の第3の態様による量子計算方法は、第1の態様の量子計算機を用いた量子計算方法であって、
2つの物理系に対して、
|0>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|0>を状態|2>へ変化させ、
共振器に共鳴する光パルスを入射し、
|0>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|2>を状態|0>へ戻すことによって、前記の2つの物理系の状態|0>と状態|1>からなる量子ビットに対して制御位相反転ゲートを行うことを特徴とする。
【0008】
また、本発明の第4の態様による量子計算方法は、第2の態様の量子計算機を用いた量子計算方法であって、
k番目の第kの物理系およびm(≠k)番目の第mの物理系に対して、
第kの物理系では|1>と|4>との間および|5>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|1>を状態|5>へ変化させ、第mの物理系では|1>-|4>間および|2>-|4>間遷移に共鳴する光を利用して状態|1>を状態|2>へ変化させ、
第kの物理系の|5>と|3>との間の遷移および第mの物理系の|6>と|3>との間の遷移に共鳴する2つの光パルスを用いて、共振器を利用したアディアバティックパッセージを行い、
前記の2つの光パルスとは相対位相が180度異なる、第kの物理系の|5>と|3>との間遷移および第mの物理系の|6>と|3>との間の遷移に共鳴する2つの光パルスを用いて、共振器を利用したアディアバティックパッセージを行い、
第kの物理系では|1>と|4>との間および|5>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|5>を状態|1>へ戻し、第mの物理系では|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|2>を状態|1>へ戻すことによって、第kの物理系および第mの物理系の状態|0>と状態|1>からなる量子ビットに対して制御位相反転ゲートを行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、異なる物理系の間で光遷移の遷移周波数が十分に異なることを利用して物理系の選択を行うことにより、量子ビット数を増やすことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の実施形態を以下に図面を参照して説明する。
【0011】
本発明の一実施形態による量子計算機を図1に示す。この実施形態の量子計算機1は、複数の物理系4〜4が内部に配置された光共振器2を備えている。各物理系4(i=1,・・・,N)は、図1に示すように、3つの基底状態|0>、|1>、|2>と2つの励起状態|3>、|4>を有している。
【0012】
本実施形態においては、状態|0>と状態|1>を量子ビットとして用いる。|k>と|m>との間(k=0,1,2;m=3,4)の遷移は光学的に許容であるとする。また、本実施形態においては、すべての物理系4〜4について、|2>と|3>との間の遷移周波数は光共振器2の共鳴周波数に等しいとする。そして、|3>と|4>との間の遷移周波数の分布の幅が基底状態間の遷移周波数に比べ十分に大きく例えば物理系がN個あるならばN倍以上大きく、ある物理系4の|0>と|4>との間、|1>と|4>との間または|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光は、他の物理系4の(j≠i)すべての光遷移と十分に非共鳴であるとする。よって、ある物理系4の状態をそのイオンの|0>と|4>との間、|1>と|4>との間または|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を用いて操作する際、他の物理系4の状態は変化しないので、各物理系4(i=1,・・・,N)を選択的に操作できる。
【0013】
従来は、下準位間の不均一広がりと2光子共鳴を利用して量子ビットを区別していたのに対し、本実施形態では、励起状態の不均一広がりによって量子ビットを区別する。励起状態の不均一広がりは、一般に基底状態間の不均一広がりに比べ大きいので、本実施形態は、従来の場合よりも量子ビット数を増やせる可能性が高い。
【0014】
ある物理系の量子ビットに対し1量子ビットゲートを実行する場合は、その物理系の|0>と|4>との間、|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を用いて実行すればよい。なお、本実施形態において、1量子ビットゲートの具体的な実現方法は、公知の方法を使用する。この公知の方法は、例えばZ. Kis, F. Renzoni, Phys. Rev. A 65, 032318 (2002)、またはL.-M. Duan, J. I. Cirac, P. Zoller, Science 292, 1695 (2001)、に示されている。このとき、他の物理系は利用する光と非共鳴なため変化しない。
【0015】
以下、2量子ビットゲートの実行方法について説明する。本実施形態においては、光共振器を利用した2量子ビットゲートの実現方法として2通り考える。第1の方法はL.-M. Duan, B. Wang, H. J. Kimble, Phys. Rev. A 72, 032333 (2005)に基づいており、第2の方法は、本発明者達の論文H. Goto, K. Ichimura, Phys. Rev. A 70, 012305 (2004)に基づいている。なお、後者の第2の方法は、第1の方法に比べて、2つの基底状態が余計に必要である。
【0016】
本実施形態においては、2量子ビットゲートとして、2つの量子ビットがともに|1>の状態である|1>|1>という状態の位相だけを反転するという、制御位相反転ゲートのみを考える。この制御位相反転ゲートと1量子ビットゲートはユニバーサルゲートを成すことが知られている。すなわち、この制御位相反転ゲートと1量子ビットゲートで量子計算機を構成することができる。
【0017】
(第1の方法に基づいた制御位相反転ゲートの実行方法)
まず、第1の方法に基づく制御位相反転ゲートの実行方法について説明する。初め、全ての物理系の状態は|0>または|1>(|0>と|1>の重ね合わせの状態)にあるとする。k番目の物理系4とm番目の物理系4に対して制御位相反転ゲートを行うことを考える。物理系4と物理系4の状態をそれぞれ|j>k、|j>m (j=0, 1, 2, 3, 4)のように表す。まず、|0>k-|4>k間および|2>k-|4>k間に共鳴する光パルスを用いて、アディアバティックパッセージによって状態|0>kを状態|2>kへ変化させる(K. Bergmann, H. Theuer, B. W. Shore, Rev. Mod. Phys. 70, 1003 (1998)参照)。同様に、|0>mと|4>mとの間、および|2>mと|4>mとの間に共鳴する光パルスを用いて、アディアバティックパッセージによって状態|0>mを状態|2>mへ変化させる。これらの変化は式で書くと次のように表せる。
【数1】

【0018】
その後、外部から光共振器に共鳴する単一光子パルスを照射する。ここで、光共振器のミラーは、1つは全反射ミラー、もう1つは一部透過ミラーとし、単一光子パルスは一部透過ミラーから入射する。L.-M. Duan, B. Wang, H. J. Kimble, Phys. Rev. A 72, 032333 (2005)に示されているように、この単一光子パルスは弱いコヒーレント光パルスで置き換えることもできるが、ここでは簡単のため単一光子パルスの場合のみ考える。物理系と光共振器との間の結合定数は、光共振器の減衰率および物理系の励起状態の緩和率に比べ大きいとし、単一光子パルスのスペクトルは結合定数に比べ狭いとする。このとき、物理系4と物理系4のどちらか一方でも状態が|2>にあれば、真空ラビ分裂の効果で単一光子パルスは光共振器と共鳴することなく反射される。一方、物理系4と物理系4のどちらも|1>であれば、単一光子パルスは光共振器に共鳴してから反射される。この結果、物理系4と物理系4のどちらも状態が|1>である|1>|1>という状態の位相のみ反転する。これを式で書くと次のようになる。
【数2】

【0019】
最後に、|0>kと|4>kとの間、|2>kと|4>kとの間、|0>mと|4>mとの間、|2>mと|4>mとの間に共鳴する光パルスを用いて、アディアバティックパッセージによって状態|2>kを状態|0>kへ、また状態|2>mを状態|0>mへ戻す。これを式で書くと次のようになる。
【数3】

【0020】
こうして、物理系4と物理系4に対して制御位相反転ゲートが実行できる。この間、その他の物理系は変化しない。
【0021】
(第2の方法に基づいた制御位相反転ゲートの実行方法)
次に、本発明者達の論文で示した方法に基づく制御位相反転ゲートの実行方法について説明する。この場合は、図2に示すように各物理系4(i=1,・・・,N)は2つの基底状態|5>と|6>も持つとする。他の基底状態と同様、ある物理系4(i=1,・・・,N)の|5>と|4>との間、|6>と|4>との間の遷移に共鳴する光は、他の物理系4(j≠i)のすべての光遷移と十分に非共鳴であるとする。
【0022】
初め、すべての物理系の状態は|0>または|1>(|0>と|1>の重ね合わせの状態)にあるとする。k番目の物理系4とm番目の物理系4に対して制御位相反転ゲートを行うことを考える。まず、|1>kと|4>kとの間、|5>kと|4>kとの間、|1>mと|4>mとの間、|2>mと|4>mとの間に共鳴する光パルスを用いて、アディアバティックパッセージによって状態|1> kを状態|5> kへ、また状態|1>mを状態|2>mへ変化させる。これを式で書くと次のようになる。
【数4】

【0023】
次に、|5>kと|3>kとの間および|6>mと|3>mとの間に共鳴する光パルスを用いて、光共振器を利用したアディアバティックパッセージを行う。この際、状態|5>k|2>mのみ状態|2>k|5>mへ変化し、他の状態は変化しない(H. Goto, K. Ichimura, Phys. Rev. A 70, 012305 (2004))。その結果、状態は次のようになる。
【数5】

【0024】
その後、先ほどとは相対位相が180度異なる|5>kと|3>kとの間および|6>mと|3>mとの間に共鳴する光パルスを用いて、光共振器を利用したアディアバティックパッセージを行う。この際、状態|2>k|5>mのみ変化し、他の状態は変化しない。その結果、状態は次のようになる。
【数6】

【0025】
最後に、|1>kと|4>kとの間、|5>kと|4>kとの間、 |1>mと|4>mとの間、|2>mと|4>mとの間に共鳴する光パルスを用いて、アディアバティックパッセージによって状態|5>kを状態|1>kへ、また状態|2>mを状態|1>mへ戻す。その結果、状態は次のようになる。
【数7】

【0026】
こうして、物理系4と物理系4のどちらも状態が|1>である|1>|1>という状態の位相のみ反転するので、物理系4と物理系4に対する制御位相反転ゲートが実行できる。なお、光共振器を利用したアディアバティックパッセージが実行できるために、イオンと光共振器の間の結合定数は、光共振器の減衰率およびイオンの励起状態の緩和率に比べ大きい、という条件は前述の第1の方法の場合と同様満たす必要がある。
【実施例1】
【0027】
第1の方法に基づいて制御位相反転ゲートを行う本発明の実施例1による量子計算機について、図3を参照して説明する。
【0028】
本実施例において、上記物理系としてYSiO結晶中にドープされたPr3+イオンを用いる。図4に示すように、上記の状態|0>、|1>、|2>をPr3+イオンの基底状態の3つの超微細準位とし、上記の状態|3>を励起状態の中の1つとし、上記の状態|4>を励起状態の中の1つとする。Pr3+:YSiOからなる結晶101の表面をミラー加工することで光共振器が構成される。なお、結晶101の一方の側面は全反射ミラー202となるように加工され、上記側面に対向する他方の側面は一部透過ミラー501となるように加工される。Pr3+イオンのうち、|2>と|3>との遷移がちょうど共振器モードと共鳴するイオンを使うことにし、それらのイオンの状態|0>および状態|1>を量子ビットとして利用する。Pr3+:YSiOからなる結晶101の全体がクライオスタット1001の中に置かれ、液体ヘリウム温度4Kに保たれる。
【0029】
光源は周波数安定化した2台の色素レーザー901,902を用いる。色素レーザー901は|0>と|3>との間、|1>と|3>との間および|2>と|3>との間の遷移に共鳴する光を準備するために用いられ、色素レーザー902は|0>と|4>との間、|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を準備するために用いる。色素レーザー901から発生されたレーザー光はビームスプリッター703で分けられ、この分けられた一方のビームは音響光学効果素子803を通過することによって適切に設定された周波数の光となる。ビームスプリッター703で分けられた他方のビームはビームスプリッター701に入射して分けられ、この分けられた一方のビームは音響光学効果素子801を通過することによって適切に設定された周波数の光となり、結晶101に入射する。ビームスプリッター701で分けられた他方のビームはビームスプリッター702に入射して分けられ、この分けられた一方のビームは音響光学効果素子802を通過することによって適切に設定された周波数の光となり、結晶101に入射する。なお、ビームスプリッター701で分けられた他方のビームは他の物理系に用いられる。また、色素レーザー902から発生されたレーザー光はビームスプリッター704で分けられ、この分けられた一方のビームは音響光学効果素子804を通過することによって適切に設定された周波数の光となり、結晶101に入射する。なお、ビームスプリッター704で分けられた他方のビームは他の物理系に用いられる。
【0030】
音響光学効果素子803を通過した光は、透過率可変ミラー602に入射し、反射されて透過率可変ミラー601に入射し、結晶101の側面501に入射する。透過率可変ミラー601,602は例えば図5に示すリング型共振器によって実現できる。このリング型共振器は、長方形の頂点に配置された全反射ミラー201,202および一部透過ミラー511,512と、全反射ミラー201と一部透過ミラー511との間に設けられた位相調整器1101と、を備えており、位相調整器1101の位相を調整することで透過率を変えることができる。なお、単一光子発生器401からの発生された光子は透過率可変ミラー602を介して透過率可変ミラー601に入射する。
【0031】
まず、初期化のプロセスについて説明する。まず、透過率可変ミラー601を100%透過、透過率可変ミラー602を100%反射に設定し、共振器に共鳴する光を色素レーザー901から共振器にしばらく照射する。
【0032】
次に、共振器に共鳴する光を照射したまま、結晶101の中央の共振器モードの位置に側面から共振器の共鳴周波数の光と共振器の共鳴周波数よりも10.2MHz高い周波数の光をしばらく照射して、その位置にあるPr3+イオンの状態を|0>へ移す。こうして、結晶中央の共振器モードの位置にあるイオンで、|2>から|3>への遷移が共振器と共鳴するイオンを|0>へ初期化することができる。これらのイオンの状態|0>と状態|1>を量子ビットとして用いる。励起状態の不均一広がりのために|0>と|4>との間、|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移周波数は異なるイオンの間で大きく異なり、また、|0>と|4>との間、|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移周波数は|0>と|3>との間、|1>と|3>との間および|2>と|3>との間の遷移周波数と大きく異なるので、あるイオンの|0>と|4>との間、|1>と|4>との間または|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光は他のイオンのすべての光遷移と十分に非共鳴となる。これは、励起状態の不均一幅のオーダーは10GHz、基底状態間の周波数差のオーダーは10MHzなので、利用するイオンの数Nが1000よりも小さければ、|3>と|4>との間の遷移周波数の分布の幅が基底状態間の遷移周波数に比べN倍以上大きくとることが可能となるからである。こうして、|0>と|4>との間、|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用することで個々のイオンを区別して操作することができる。
【0033】
次に、制御位相反転ゲートについて説明する。制御位相反転ゲートを行う2つのイオンを第1イオン、第2イオンと呼ぶ。これらを含め、すべてのイオンは上記の方法により状態|0>に初期化される。制御位相反転ゲートの実現を確認するには、以下のことを行えばよい。第2イオンの状態を|0>と|4>との間、|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を用いたアダマールゲートによって|0>から(|0>+|1>)/21/2へ変換する。ここで、アダマールゲートとは1量子ビットゲートの一種で、|0>を(|0>+|1>)/21/2へ変換し、|1>を(|0>−|1>)/21/2へ変換するゲートである。
【0034】
この後、第1イオンと第2イオンに制御位相反転ゲートを行い、再び第2イオンにアダマールゲートを行うと、第2イオンは|0>に戻るはずである。一方、初めに第1イオンのみ状態|1>に用意し、他のイオンはすべて状態|0>に用意しておき、同様のことを行うと、今度は第2イオンの状態は|1>に変化しているはずである。このように、第1イオンの状態が初め|0>か|1>かに応じて第2イオンの最終的な状態が変化するので、これによって制御位相反転ゲートが成功したかどうかが確認できる。
【0035】
制御位相反転ゲートを行うには、まず、第1イオンおよび第2イオンの|0>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を結晶101の側面から光を照射し、アディアバティックパッセージによって第1イオンおよび第2イオンの状態|0>を状態|2>へ変化させる。その後、透過率可変ミラー601、602をともに100%透過とし、共振器に共鳴する単一光子パルスを単一光子発生器401から透過率可変ミラー602、601を介して共振器へ照射する。そして、第1イオンおよび第2イオンの|0>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を側面から照射し、アディアバティックパッセージによって状態|2>を状態|0>へ戻す。このようにして、第1イオンと第2イオンに対する制御位相反転ゲートが実現できる(原理の詳細は前述の原理説明を参照)。ここで、本実施例では、イオンと共振器の結合定数は約100kHz、共振器の減衰率は約10kHz、イオンの励起状態の緩和率は約10kHzなので、制御位相反転ゲートが成功する(真空ラビ分裂が生じる)条件を満たす。
【0036】
第2イオンの最終的な状態が|0>なのか|1>なのかを読むには、まず、第2イオンの|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を側面から照射し、アディアバティックパッセージによって第2イオンの状態|1>を状態|2>へ変化させる。次に、透過率可変ミラー601を50%透過、透過率可変ミラー602を100%透過とし、単一光子発生器401から単一光子パルスを共振器に照射する。ここで、全反射ミラー201の位置は、単一光子パルスが共振器に共鳴して反射された場合100%、光子検出器301の方へ導かれるようにあらかじめ設定しておく。そして、共振器で反射された光子を光子検出器301で検出する。もし、第2イオンの状態が|0>にあれば、光子は共振器に共鳴して光子検出器301に100%導かれ、光子が検出される。これに対して、もし、第2イオンの状態が|2>にあれば、真空ラビ分裂によって光子は共振器に共鳴せず、共鳴する場合に比べて位相が180度ずれるため、光子は単一光子発生器401の方へ100%戻り、光子は光子検出器401によって検出されない。よって、光子が検出されれば第2イオンの最終的な状態は|0>であり、検出されなければ第2イオンの最終的な状態は|1>であるとわかる。
【0037】
すべてのイオンを状態|0>に用意しておき、第2イオンにアダマールゲートを行ってから第1イオンと第2イオンに制御位相反転ゲートを行い、第2イオンに再びアダマールゲートを行ったところ、第2イオンの最終的な状態は|0>である。また、第1イオンを状態|1>に、他のすべてのイオンを状態|0>に用意しておき、第2イオンにアダマールゲートを行ってから第1イオンと第2イオンに制御位相反転ゲートを行い、第2イオンに再びアダマールゲートを行ったところ、第2イオンの最終的な状態は|1>である。こうして、制御位相反転ゲートの動作が確認される。
【実施例2】
【0038】
次に、第2の方法に基づいて制御位相反転ゲートを行う本発明の実施例2による量子計算機について、図6を参照して説明する。なお、本実施例では、磁場発生器1201がクライオスタット1001の中に設けられている以外は図3に示す実施例1の実験系と同一である。
【0039】
実施例1と同様に、上記物理系としてYSiO結晶中にドープされたPr3+イオンを用いる。結晶全体がクライオスタット1001の中に置かれ、液体ヘリウム温度4Kに保たれる。磁場発生器1201によって結晶には外部磁場がかけられる。図7に示すように、上記の状態|0>、|1>、|2>、|5>、|6>をPr3+イオンの基底状態のゼーマン分裂した6つの超微細準位のうちの4つとし、上記の状態|3>を励起状態の中の1つとし、上記の状態|4>を励起状態の中の1つとする。実施例1と同様に、結晶表面をミラー加工することで光共振器が構成される。Pr3+イオンのうち、|2>と|3>との遷移がちょうど共振器モードと共鳴するイオンの状態|0>および状態|1>を量子ビットとして利用する。
【0040】
光源は周波数安定化した2台の色素レーザー901、902を用い、図3に示す実施例1の場合と同様にビームスプリッターで分けて各ビームを音響光学効果素子に通して周波数を適切に設定した光を用いる。色素レーザー901は|0>と|3>との間、|1>と|3>との間、|2>と|3>との間、|5>と|3>との間および|6>と|3>との間の遷移に共鳴する光を準備するために用い、色素レーザー902は|0>と|4>との間、|1>と|4>との間、|2>と|4>との間、|5>と|4>との間および|6>と|4>との間の遷移に共鳴する光を準備するために用いる。
【0041】
初期化のプロセスは実施例1と同じであり、結晶中央の共振器モードの位置にあるイオンで、|2>と|3>との遷移が共振器と共鳴するイオンを|0>へ初期化し、これらのイオンの状態|0>と状態|1>を量子ビットとして用いる。
【0042】
以下、制御位相反転ゲートについて説明する。制御位相反転ゲートを行う2つのイオンを第1イオン、第2イオンと呼ぶ。これらを含め、すべてのイオンは状態|0>に初期化される。制御位相反転ゲートを行うには、まず、第1イオンの|1>と|4>との間および|5>と|4>との間の遷移、および、第2イオンの|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を結晶101の側面から照射し、アディアバティックパッセージによって第1イオンの状態|1>を状態|5>へ、第2イオンの状態|1>を状態|2>へ変化させる。
【0043】
次に、第1イオンの|5>と|3>との間および第2イオンの|6>と|3>との間の遷移に共鳴する光パルスを側面から照射し、共振器を利用したアディアバティックパッセージを行う。その後、先ほどとは相対位相が180度異なる、第1イオンの|5>と|3>との間および第2イオンの|6>と|3>との間に共鳴する光パルスを用いて、共振器を利用したアディアバティックパッセージを行う。
【0044】
最後に、第1イオンの|1>と|4>との間および|5>と|4>との間、第2イオンの|1>と|4>との間および|2>と|4>との間に共鳴する光パルスを用いて、アディアバティックパッセージによって第1イオンは状態|5>を状態|1>へ、第2イオンは状態|2>を状態|1>へ戻す。このようにして、第1イオンと第2イオンに対する制御位相反転ゲートが実現できる(原理の詳細は前述の原理説明を参照)。ここで、実施例1と同様に、イオンと共振器の結合定数は約100kHz、共振器の減衰率は約10kHz、イオンの励起状態の緩和率は約10kHzなので、制御位相反転ゲートが成功する(共振器を利用したアディアバティックパッセージが成功する)条件を満たす。
【0045】
第2イオンの最終的な状態を読む方法は実施例1と同じである。
【0046】
すべてのイオンを状態|0>に用意しておき、第2イオンにアダマールゲートを行ってから第1イオンと第2イオンに制御位相反転ゲートを行い、第2イオンに再びアダマールゲートを行ったところ、第2イオンの最終的な状態は|0>である。また、第1イオンを状態|1>に、その他のすべてのイオンを状態|0>に用意しておき、第2イオンにアダマールゲートを行ってから第1イオンと第2イオンに制御位相反転ゲートを行い、第2イオンに再びアダマールゲートを行ったところ、第2イオンの最終的な状態は|1>である。こうして、制御位相反転ゲートの動作が確認される。
【0047】
以上説明したように、本発明によれば、光の周波数を設定することによって選択的に個々の物理系を操作し、空間的に離れた物理系同士を光共振器の光子を介して結合し、異なる物理系の間で光遷移の遷移周波数が十分に異なることを利用して物理系の選択を行うため、量子ビット数を増やすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の一実施形態による量子計算機の基本的な構成を示す図。
【図2】共振器を利用したアディアバティックパッセージに基づいて制御位相反転ゲートを行う一実施家形態の量子計算機において用いられる物理系の状態を示す図。
【図3】実施例1において用いられた実験系を示す図。
【図4】実施例1において設定された状態名を示す図。
【図5】透過率可変ミラーを実現するリング型共振器を示す図。
【図6】実施例2において用いられた実験系を示す図。
【図7】実施例2において設定された状態名を示す図。
【符号の説明】
【0049】
101 表面をミラー加工したPr3+:YSiO結晶、
201、202 全反射ミラー、
301 光子検出器、
401 単一光子発生器、
501、502 一部透過ミラー、
601、602 透過率可変ミラー、
701〜704 ビームスプリッター、
801〜804 音響光学効果素子、
901、902 色素レーザー、
1001 クライオスタット、
1101 位相調整器、
1201 磁場発生器、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下3状態|0>、|1>、|2>と上2状態|3>、|4>との間の遷移が光学的に許容な5つの状態|0>、|1>、|2>、|3>、|4>を有するN個(Nは2以上の整数)の物理系と、それらの物理系が内部に配置された光共振器と、を備え、
すべての物理系の|2>と|3>との間の遷移の遷移周波数が前記光共振器の共鳴周波数に等しく、
|3>と|4>との間の遷移周波数の分布の幅が前記下3状態間の遷移周波数の最大値に比べN倍以上大きく、
ある物理系の|0>と|4>との間、|1>と|4>との間または|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光が他の物理系のすべての光遷移と十分に非共鳴であるように構成されたことを特徴とする量子計算機。
【請求項2】
下4状態|0>、|1>、|2>、|5>、|6>と上2状態|3>、|4>との間の遷移が光学的に許容な6つの状態|0>、|1>、|2>、|3>、|4>、|5>、|6>を有するN個(Nは2以上の整数)の物理系と、それらの物理系が内部に配置された光共振器と、備え、
すべての物理系の|2>と|3>との間の遷移の遷移周波数が前記光共振器の共鳴周波数に等しく、
|3>と|4>との間の遷移周波数の分布の幅が前記下3状態間の遷移周波数の最大値に比べN倍以上大きく、
ある物理系の|0>と|4>との間、|1>と|4>間、|2>と|4>との間、|2>と|5>との間または|6>と|4>との間の遷移に共鳴する光が他の物理系のすべての光遷移と十分に非共鳴であるように構成されたことを特徴とする量子計算機。
【請求項3】
各物理系が結晶中にドープされた希土類イオンであり、
状態|3>および|4>が前記希土類イオンの異なる電子励起状態であることを特徴とする請求項1または2記載の量子計算機。
【請求項4】
請求項1に記載の量子計算機を用いた量子計算方法であって、
2つの物理系に対して、
|0>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|0>を状態|2>へ変化させ、
共振器に共鳴する光パルスを入射し、
|0>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|2>を状態|0>へ戻すことによって、前記の2つの物理系の状態|0>と状態|1>からなる量子ビットに対して制御位相反転ゲートを行うことを特徴とする量子計算方法。
【請求項5】
請求項2に記載の量子計算機を用いた量子計算方法であって、
k番目の第kの物理系およびm(≠k)番目の第mの物理系に対して、
第kの物理系では|1>と|4>との間および|5>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|1>を状態|5>へ変化させ、第mの物理系では|1>-|4>間および|2>-|4>間遷移に共鳴する光を利用して状態|1>を状態|2>へ変化させ、
第kの物理系の|5>と|3>との間の遷移および第mの物理系の|6>と|3>との間の遷移に共鳴する2つの光パルスを用いて、共振器を利用したアディアバティックパッセージを行い、
前記の2つの光パルスとは相対位相が180度異なる、第kの物理系の|5>と|3>との間遷移および第mの物理系の|6>と|3>との間の遷移に共鳴する2つの光パルスを用いて、共振器を利用したアディアバティックパッセージを行い、
第kの物理系では|1>と|4>との間および|5>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|5>を状態|1>へ戻し、第mの物理系では|1>と|4>との間および|2>と|4>との間の遷移に共鳴する光を利用して状態|2>を状態|1>へ戻すことによって、第kの物理系および第mの物理系の状態|0>と状態|1>からなる量子ビットに対して制御位相反転ゲートを行うことを特徴とする量子計算方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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