説明

金型の製造方法および金型

【課題】被加工物の表面に目的とする所望の形状と同時に溝形状を形成することができるとともに、加工時間が増大しない加工方法を提供する。
【解決手段】回転状態で振れが発生するように、被加工物を加工するための工具を加工し、その加工後の工具を回転させた状態で、被加工物の一例である金型11に接触させることにより、金型11の表面に、所望の形状の一例である単一光学面形状12を形成すると同時に、溝形状13を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金型を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
光学素子を成形するための金型として、光学素子の光学面を転写するための光学面形状に凹溝を有する金型が、例えば特許文献1に提案されている。特許文献1では、この凹溝を用いて、光学素子の素材を加熱軟化して金型内に充填する工程におけるガス抜け不良を改善している。
【0003】
以下、特許文献1に記載された光学素子成形用の金型について説明する。図10(a)〜(c)は特許文献1に記載された従来の光学素子成形用の金型を示す。具体的には、図10(a)は金型の平面図であり、図10(b)は金型の斜視図であり、図10(c)は金型の要部拡大図である。
【0004】
図10(a)〜(c)に示すように、従来の光学素子成形用の金型1には、光学素子の光学面を転写するための転写部3に1本のガス抜き用の凹溝2が設けられている。この凹溝2は、転写部3の中心側の根元部RCから、転写部3の周囲の縁部4の外周端にかけて、直線的に伸びている。さらに、この凹溝2は、転写部3の中心側の根元部RCから外側の転写端部RPにかけて、その溝幅が徐々に太くなっている。
【0005】
ガス抜き用の凹溝が設けられた金型を用いて成形された光学素子の光学面には、その光学面にとって無効な、凹溝の反転形状である凸形状が形成される。だが、上記した従来の金型によれば、凹溝2の溝幅が、転写部3の転写端部RPから根元部RCにかけて徐々に細くなっているため、成形される光学素子の光学性能に凹溝2が及ぼす影響を少なくできる。
【0006】
したがって、上記従来の光学素子成形用の金型は、光学性能に及ぼす影響を少なくしつつ、光学素子の成形時に発生するガスを容易に排出できるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−98538号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記従来の光学素子成形用の金型は、成形対象である光学素子の光学面に対応する所望の形状に被加工物を加工するときの加工の進行方向と直交する方向にガス抜き用の凹溝2が配置されている。詳しく述べると、回転対称な形状を有する光学面を備えた光学素子成形用の金型の製造時には、被加工物を回転させながら、工具を、被加工物の加工領域の外周部または内周部から、光学面の形状に沿って移動させることにより、被加工物の加工領域を、回転対称な形状を有する光学面形状に加工する。上記従来の光学素子成形用の金型も、回転対称な形状の光学面を成形するためのものである。つまり、光学素子の光学面を転写するための転写部3に形成する、目的とする所望の形状は、回転対称な形状であるので、転写部3の中心側の根元部RCから、転写部3の周囲の縁部4の外周端にかけて、直線的に伸びている凹溝2の方向は、目的とする所望の形状を転写部3に形成するときの加工の進行方向と直交する。そのため、上記従来の光学素子成形用の金型では、光学面に対応する所望の形状と同時に凹溝2を形成することができず、転写部3を光学面に対応する所望の形状に加工した後に凹溝2を形成する必要がある。
【0009】
このように、成形対象の光学素子の光学面に対応する所望の形状を形成した後に、ガス抜き用の凹溝を形成すると、加工時間が増大する。
【0010】
また、加工時間が増大すると、加工中に、加工装置が置かれている環境の変化が発生する。そのため、複数の光学面を有する光学素子を成形するための金型を製造するときには、環境の変化により、成形対象である光学素子の各光学面を転写するための各光学面形状の配置にずれが生じる場合がある。
【0011】
本発明は、上記従来の問題点に鑑み、被加工物の表面に所望の形状と同時に溝形状を形成することができる金型の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明の金型の製造方法は、回転状態で振れが発生するように工具を加工した後、加工した前記工具を回転させた状態で被加工物に接触させることにより、被加工物の表面の加工領域を所望の形状に加工すると同時に、前記加工領域に溝形状を形成して、光学面形状が形成された金型を製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、被加工物の表面に所望の形状と同時に溝形状を形成することができる。したがって、本発明により金型を製造すれば、加熱軟化した素材を金型内に充填する工程においてガスの排出を容易に行うための溝形状を金型に設ける場合でも加工時間の増大を防ぐことができる。さらに、加工時間の増大を防ぐことで、加工時間の増大に起因する光学面形状の配置のずれを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】(a)本発明の実施の形態における光学素子成形用の金型の一例を示す平面図、(b)本発明の実施の形態における光学素子成形用の金型の一例の要部を拡大して示す断面図
【図2】本発明の実施の形態における加工装置の一例の全体を示す斜視図
【図3】本発明の実施の形態における加工方法の一例を示すフローチャート
【図4】本発明の実施の形態における加工方法の第1前工程を実施する際の加工装置の側面図
【図5】本発明の実施の形態における加工方法の第2前工程を実施する際の加工装置の斜視図
【図6】(a)本発明の実施の形態における本工程を実施する際の工具の配置を説明するための正面図、(b)本発明の実施の形態における本工程を実施する際の工具の移動方向を説明するための断面図
【図7】本発明の実施の形態における金型の電子顕微鏡写真
【図8】本発明の実施の形態における光学素子の比較例の電子顕微鏡写真
【図9】本発明の実施の形態における光学素子の電子顕微鏡写真
【図10】(a)従来の光学素子成形用の金型を示す平面図、(b)従来の光学素子成形用の金型を示す斜視図、(c)従来の光学素子成形用の金型の凹溝の拡大図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。但し、同じ構成要素には同じ符号を付して、重複する説明を省略する場合もある。また、図面は、理解しやすくするために、それぞれの構成要素を主体に模式的に示している。また図示された各構成要素の厚み、長さ、個数等は、図面作成の都合上から実際とは異なる。なお、以下の実施の形態で示す各構成要素の材質や形状、寸法等は、一例であって特に限定されるものではなく、本発明の効果から実質的に逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
【0016】
この実施の形態では、複数の光学面を有する光学素子を成形するための金型を製造する場合について説明するが、無論、単一の光学面を有する光学素子を成形するための金型を製造する場合も同様に実施できる。
【0017】
図1(a)は本発明の実施の形態における光学素子成形用の金型の一例を示す平面図であり、図1(b)はその金型の要部拡大断面図である。詳しくは、図1(b)は、図1(a)に示すA−B線に沿った断面を示している。
【0018】
図1(a)に示すように、この実施の形態で製造する光学素子成形用の金型11は、その表面の一例である先端面に、成形対象である光学素子の複数の光学面を転写するための複数の光学面形状(以下、「単一光学面形状」という。)12が形成されている。そして、各単一光学面形状12には、複数の溝形状13が渦を巻くように形成されている。あるいは、単一光学面形状12の中心から外周端にかけてカーブする複数の溝形状13が放射状に形成されている。また、図1(b)に示すように、溝形状13として、深さの異なる2種類の溝を形成している。
【0019】
なお、図示しないが、金型11の外観は、概略、円板状の支持体11b上に円筒部11aが接合された形状となっている。但し、金型11の外観形状はこの形状に限定されるものではない。また、この実施の形態では、光学素子成形用の金型11の素材の一例として、一般的に用いられる超硬合金を用いている。
【0020】
図2は、この実施の形態における加工装置の一例の全体を示す斜視図である。この加工装置14は、成形対象の光学素子の光学面に対応する所望の形状を被加工物(加工前の金型11)に形成するのに使用する。
【0021】
図2に示すように、この加工装置14は、図示しない駆動装置によって駆動することができる直交軸として、X軸ステージ14a、Y軸ステージ14b、Z軸ステージ14cを有している。X軸ステージ14a、Y軸ステージ14b、Z軸ステージ14cは、互いに直交する3軸方向に移動するステージである。
【0022】
X軸ステージ14a上に配置されたY軸ステージ14bには、工具15を保持して、回転させることができる工具スピンドル16が設けられている。
【0023】
この実施の形態では、工具スピンドル16の軸心が工具15の中心を通るように、工具15を配置した。また、工具スピンドル16として、高圧エアーにより、軸が浮上し回転するエアー・タービン・スピンドルを用いた。また、工具15には、♯2000番のダイヤモンド砥粒を結合したビトリファイドボンド砥石であって、正面視したときの形状が台形形状で、平面視したときの形状が直径φ0.5mmの円形状のものを用いた。
【0024】
Z軸ステージ14c上には、工具スピンドル16の軸心に直交する方向に軸心を有する回転軸17が設けられている。この回転軸17は、その回転位置(回転角度)を割り出す機能を有しており、この加工装置14は、割り出された回転位置を基に回転軸17の回転数(回転速度)を調整することができる。
【0025】
回転軸17の工具15に対向する端面には、可動プレートを有するワーク固定治具18が取り付けられている。このワーク固定治具18に、被加工物(金型11)が取り付けられる。この加工装置14では、ワーク固定治具18の可動プレートにより、回転軸17の一方の端面(X−Y面)上で被加工物の位置を微調整することができる。
【0026】
なお、図示しないが、加工装置14は、その全体の動作を制御するための制御部と記憶部を備えており、X軸ステージ14a、Y軸ステージ14b、Z軸ステージ14c、工具スピンドル16、回転軸17の動作は、記憶部に事前に記憶されたプログラムに従って制御部により制御される。
【0027】
続いて、以上のように構成された加工装置14により光学素子成形用の金型11を製造する方法について詳しく説明する。この実施の形態では、図1に示すように、金型11の円筒部11aの直径φ8.0mmの先端面に、概略六角形状でその最大幅が750μmとなる7面の単一光学面形状12を、それらの中心間距離が650μmとなるように形成する。
【0028】
図3はこの実施の形態における加工工程の一例を示すフローチャートである。本加工工程は、金型11の製造工程であり、第1前工程、第2前工程、本工程に大別される。まず、図4を用いて、第1前工程から説明する。図4は第1前工程を実施する際の加工装置14を示す側面図である。
【0029】
第1前工程では、まず、図3のステップS1において、図4に示すように、第2工具の一例である工具ツルア19を回転軸17に取り付ける。回転軸17に取り付ける第2工具は、第1工具である工具15を成形し直す(ツルーイング工程)か、または成形する(フォーミング工程)ためのものである。この実施の形態では、工具ツルア19として、♯160番のダイヤモンド砥粒を電着によって平板上に固着させたツルーイング砥石を用いて、第1工具である工具15をツルーイングした。
【0030】
次に、図3のステップS2において、図4に示すように、工具15を振動させるための振動素子の一例である圧電振動素子20を取り付ける。圧電振動素子20は、発振電源から交番電圧が供給されることにより振動する。
【0031】
次に、図3のステップS3において、工具スピンドル16に固定されている工具15を所定の回転数で回転させる。この実施の形態では、工具15を60000rpm(回転周波数1kHz)で回転させる。
【0032】
次に、図3のステップS4において、圧電振動素子20を周波数2kHz、振幅1μmで振動させる。これにより、工具スピンドル16に振動が与えられ、さらに、回転している工具15に振動が与えられる。
【0033】
次に、図3のステップS5において、回転している工具15に振動を与えた状態で工具ツルア19と接触させて、工具15のツルーイングを実施した。
【0034】
この実施の形態では、工具スピンドル16がその軸心16aと直交する方向に振動するように圧電振動素子20を取り付けて、回転している工具15の周縁部を、その回転軸と直交する方向に振動させて、工具ツルア19に接触させている。
【0035】
本実施の形態では、以上のように、回転している工具15に圧電振動素子20が与える振動の周波数を、工具15(工具スピンドル16)の回転周波数1kHzの2倍となる2kHzに設定している。そのため、工具15を工具ツルア19に接触させることにより、回転する工具15の周縁部にほぼ2周期の振れが発生した状態で、工具15を加工することができる。その結果、回転する工具15の周縁部に、加工によるほぼ2周期の振れが発生する。
【0036】
なお、工具15(工具スピンドル16)の回転周波数1kHzよりも低い周波数の振動を、回転している工具15に与えた場合には、工具スピンドル16自体の振れにより、回転する工具15の周縁部に、加工による振れが発生しないことがあった。
【0037】
また、工具15(工具スピンドル16)の回転周波数1kHzの2倍を超える周波数の振動を、回転している工具15に与えた場合には、単一光学面形状12に形成される溝形状13の深さが浅くなり、溝形状13の形成が困難になった。これは、回転周波数1kHzの2倍を超える周波数の振動を与えた場合は、工具15の周縁部の1回転での振れが多くなり、工具ツルア19に接触させて加工した工具15の周縁部の加工痕が均一化されたためだと考えられる。
【0038】
したがって、回転している工具15に与える振動の周波数(圧電振動素子20の振動周波数)は、工具15(工具スピンドル16)の回転周波数の1.0倍以上かつ2.0倍以下の範囲内が望ましい。このようにすれば、工具15の回転周波数の1.0倍以上かつ2.0倍以下となる周波数の振れ、つまり1周期以上かつ2周期以下の振れが回転状態の工具15の周縁部に発生するように、工具15を加工することができる。
【0039】
このようにして、回転する工具15の周縁部にほぼ2周期の振れを発生させている。その結果、図1(b)に示すように、単一光学面形状12に、互いに深さが異なる2種類の溝形状13が形成される。ここで、溝形状13として、深さの異なる2種類の溝を形成しているのは、光学素子の成形時に発生するガスの抜ける速度や部位にズレを生じさせ、ガスの吸出し効果を高め、ガス溜りを生じないようにするためである。
【0040】
また、この実施の形態では、工具スピンドル16自体の回転振れを考慮して、圧電振動素子20を振幅1μmで振動させて、回転状態の工具15の周縁部に2μm以下の振れが発生するように工具15の周縁部の加工(ツルーイング)を実施した。
【0041】
続いて、第2前工程について説明する。図5は第2前工程を実施する際の加工装置14を示す斜視図である。
【0042】
第2前工程では、まず、図3のステップS6において、回転する工具15の周縁部に発生する振れを計測するために、快削性の素材を回転軸17に取り付ける。この実施の形態では、図5に示すように、快削性の素材としてシリコン平面ワーク21を取り付けた。
【0043】
次に、図3のステップS7において、回転軸17を60rpmにて回転させるとともに、工具スピンドル16を回転周波数1kHz(60000rpm)で回転させた状態で、X軸ステージ14aおよびY軸ステージ14bを駆動して、回転する工具15をシリコン平面ワーク21に対向する所定位置に移動させる。その後、Z軸ステージ14cを駆動して、回転する工具15の周縁部をシリコン平面ワーク21に接触させる。そして、シリコン平面ワーク21が1回転する前に、Z軸ステージ14cを駆動して、回転する工具15をシリコン平面ワーク21から引き離す。
【0044】
これにより、シリコン平面ワーク21に、回転する工具15の周縁部による加工痕が形成されるとともに、その加工痕上に、回転する工具15の周縁部に発生する振れにより、溝形状が形成される。
【0045】
次に、図3のステップS8において、回転軸17の回転を停止してシリコン平面ワーク21を取り外し、シリコン平面ワーク21に残った溝形状の深さを確認する。
【0046】
たとえば、可視光領域で用いられる光学素子を成形するための金型を製造する場合には、溝形状の深さが150nm以下であるかどうかを確認する。これは、金型に深さが150nmを超える溝形状が存在すると、可視光領域で用いられる光学素子の光学面に高さが150nmを超える凸形状が形成され、その凸形状が光学素子の光学性能に影響を及ぼすためである。
【0047】
溝形状の深さが所定値を超える場合は、図3のステップS9において、第1前工程における圧電振動素子20の振幅値および第2前工程における回転軸17の回転数を減少させて、第1前工程のステップS1からやり直す。ここで、回転軸17の回転数を減少させる(下げる)のは、回転する工具15の周縁部の振れの影響を小さくして溝形状の深さを浅くするためである。すなわち、回転軸17の回転数を下げることによって、回転軸17上に保持されている被加工物に対して作用する、工具15の振れから発生する遠心力に起因する力を弱めて、回転軸17の保持力を強くし、振れの影響を小さくすることができる。
【0048】
なお、回転する工具15の周縁部に2μmよりも大きい振れが発生すると、振れの影響を小さくするために回転軸17の回転数を下げても溝形状の深さを150nm以下にすることができなかった。よって、可視光領域で用いられる光学素子を成形するための金型を製造する場合には、回転する工具15に振幅2μm以下の振れを発生させることが望ましい。
【0049】
続いて、本工程について説明する。図6(a)は本工程を実施する際の工具15の配置を説明するための正面図であり、図6(b)は本工程を実施する際の工具15の移動方向を説明するための断面図である。
【0050】
本工程では、まず、図3のステップS10において、被加工物である加工前の光学素子成形用の金型11をワーク固定治具18に取り付ける。この実施の形態では、各単一光学面形状12が形成される各加工領域12aのうち、加工対象の加工領域12aの中心が回転軸17の軸心と一致するように、金型11を取り付ける。したがって、この実施の形態では、加工領域12aを一箇所加工するごとに、金型11の取り付け位置を変更する。
【0051】
次に、図3のステップS11において、ツルーイングが実施された工具15を、工具スピンドル16によって回転させながら、所定の設計形状に基づき、金型11の円筒部11aの先端面に接触させて、回転軸17によって回転する金型11に対して相対的に移動させることにより、単一光学面形状12を形成する。このとき、工具15を回転周波数1kHzで回転させるとともに、回転軸17を第2前工程で決定された定速回転数にて回転させる。
【0052】
具体的には、図6(a)に示すように、X軸ステージ14aおよびY軸ステージ14bを駆動して、回転軸17の軸心上に配置された加工対象の加工領域12aの半径位置に対応する位置に、回転する工具15を位置決めする。その後、Z軸ステージ14cを駆動して、回転する工具15の周縁部を加工対象の加工領域12aに接触させる。接触後、X軸ステージ14aおよびZ軸ステージ14cを駆動して、回転する工具15を、単一光学面形状12に沿うように、回転する金型11に対して相対的に、加工対象の加工領域12aの外周部から中心部に向かって移動させる。詳細には、工具15の中心が図6(b)の加工軌跡22に沿って移動するように、X軸ステージ14aおよびZ軸ステージ14cを毎分0.2mmの送り速度にて駆動する。その後、Z軸ステージ14cを駆動して、回転する工具15を、回転する金型11から引き離す。
【0053】
これにより、被加工物である金型11が1回転する前に、工具15が金型11から引き離されて、加工対象の加工領域12a内の所定の加工範囲に加工痕が形成される。それとともに、その加工痕上に、回転する工具15の周縁部に発生する振れにより、2種類の深さの溝を有する溝形状13が形成される。
【0054】
以上の操作を、加工対象の加工領域12aのすべてに加工痕が形成されるまで繰り返す。これにより、工具15の所定の加工軌跡22に沿った移動と回転軸17の所定の回転角度分の回転が繰り返されて、加工対象の加工領域12aに、概略六角形状の単一光学面形状12が形成される。また、単一光学面形状12と同時に、単一光学面形状12上に、その中心から外周端に至る複数の溝形状13が、渦を巻くように形成される。あるいは、単一光学面形状12の中心から外周端にかけてカーブする複数の溝形状13が放射状に形成される。
【0055】
加工対象の加工領域12aの加工が完了すると、金型11を回転軸17のワーク固定治具18から取り外して、金型11の取り付け位置を変更する(図3のステップS12)。具体的には、上述したように、次の加工対象の加工領域12aの中心が回転軸17の軸心と一致するように、金型11の取り付け位置を変更する。そして、その次の加工対象の加工領域12aの加工を行う(図3のステップS11)。
【0056】
以降、ステップS11とステップS12を、全加工領域12aの加工が完了するまで繰り返して(図3のステップS13)、本工程を終了する。
【0057】
以上説明した本工程を実施することにより、図7の電子顕微鏡写真に示すような概略渦巻き状となる複数の溝形状13を、単一光学面形状12と同時に形成することができる。あるいは、単一光学面形状12と同時に、その単一光学面形状12の中心から外周端にかけてカーブする複数の溝形状13を放射状に形成することができる。
【0058】
本実施の形態によって、複数の光学面を有する光学素子を成形するための金型11の製造時に、各光学面を転写するための各単一光学面形状12と同時に、加熱軟化した光学素子の素材を金型内に充填する工程においてガスの排出を容易に行うための溝形状13を形成することができる。そのため、溝を有する金型の加工時間の増大を防ぐことができ、加工時間の増大に起因する光学面形状の配置のずれを防ぐことができる。具体的には、この実施の形態の条件では、単一光学面形状12のZ軸方向におけるバラツキを0.5μm以下に抑えることができた。
【0059】
単一光学面形状12上に、その中心から外周端に至る複数の溝形状13が、渦を巻くように形成されるのは、あるいは単一光学面形状12の中心から外周端にかけてカーブする複数の溝形状13が放射状に形成されるのは、工具15の所定の加工軌跡22に沿った移動と、回転する工具15の周縁部における周期的な振れと、被加工物である光学素子成形用の金型11を保持する回転軸17の回転数の影響を受けてのことである。なお、回転する工具15の周縁部に周期的な振れが無ければ、図1(b)に示すような溝形状13は形成されない。
【0060】
ここで、単一光学面形状12の近似半径は、単一光学面形状が多角形の場合は、その外接円の半径であり、円形の場合は、その半径であり、円弧の連続である場合は、その最小曲率半径である。また、ツルーイング実施後の回転する工具15の近似半径は、その周縁部が通る軌跡の最大半径である。この実施の形態では、回転状態において振幅2μmの振れが発生するように工具15の周縁部が加工されているが、加工前の工具15の平面視形状は直径φ0.5mmの円形状であり、振れの振幅に対して非常に大きいので、ツルーイング実施後の回転する工具15の近似半径は、加工前の工具15の半径と略同じである。
【0061】
ツルーイング実施後の回転する工具15の近似半径と単一光学面形状12の近似半径との比率は、ツルーイング実施後の回転する工具15の近似半径:単一光学面形状12の近似半径=0.6:1.0以上かつ0.8:1.0以下が望ましい。
【0062】
ここで、0.6:1.0以上としたのは、ツルーイング実施後の回転する工具15の近似半径と単一光学面形状12の近似半径との比率が0.5以下になると、単一光学面形状12に接触する工具15の周縁部の弧の長さが短くなって、溝形状13が繋がらなくなるためである。また、0.8:1.0以下としたのは、その比率が0.8を超えると、単一光学面形状12の中心部分において溝形状13が消滅してしまう現象が発生しやすくなるためである。
【0063】
また、溝形状13の2種類の溝の深さの平均は50nm以上が望ましい。これは、溝形状13の深さの平均が50nmよりも小さくなると、溝形状13によるガスの排出が悪化するためである。図8に、溝形状13の深さの平均を50nmよりも浅くした金型を用いて成形した光学素子の顕微鏡写真を示す。また、図9に、溝形状13の深さの平均を120nm程度に調整した金型を用いて成形した光学素子の顕微鏡写真を示す。
【0064】
前記した金型の製造工程(加工工程)において、圧電振動素子20の振幅値や回転軸17の回転数を低下させて、溝形状の深さを浅くし、金型の単一光学面形状の表面粗さを50nmよりも小さくしたところ、加熱軟化した素材を金型内に充填する工程においてガスの排出が著しく悪化し、図8に見られるようなガス溜まりが発生した。
【0065】
これは、溝形状13の深さが浅くなることで、ガスが抜ける前に、加熱軟化した光学素子の素材が単一光学面形状をシールしてしまい、ガスの逃げ場が失われたためであると考えられる。ガスが抜ける前に、加熱軟化した光学素子の素材が単一光学面形状をシールしてしまうのは、溝形状13の深さが浅くなった結果として、単一光学面形状の表面の粗さが小さくなり、光学素子成形用の金型と光学素子の素材との摩擦が低下し、加熱軟化した光学素子の素材が加圧されて単一光学面形状の内部へ流入するときの光学素子の素材の速度が速くなるためであると考えられる。
【0066】
一方、実際に、溝形状13の深さの平均を120nm程度に調整した金型を用いて成形した光学素子には、図9に示すように、ガス溜まりが発生していない。なお、図9に示す電子顕微鏡写真において、符号13aは、溝形状13が反転転写された凸形状である。
【0067】
したがって、光学素子の成形時におけるガス抜きを容易にするためには、単一光学面形状12の表面の粗さを粗くすることが望ましい。可視光領域で用いられる光学素子を成形するための金型を製造する場合には、光学性能への影響を考えると、溝形状13の深さは50nm以上150nm以下の範囲内とすることが望ましい。
【0068】
また、この実施の形態では、加工対象の加工領域12aの中心を回転軸17の軸心に一致させて、回転軸17を定速回転させている。そのため、工具15によって加工される金型11の部位(加工部位)が工具15の1回転中に移動する量は、加工部位の位置が加工領域12aの外周部に近づくにつれて大きくなる。その結果、溝形状13は、単一光学面形状12の中心から外周端に向かって溝幅が拡大する形状となる。
【0069】
但し、回転軸17の回転数が増加するほど、工具15が1回転する間に加工部位が移動する量が大きくなり、その結果、単一光学面形状12の中心と外周端との間における溝形状13の角度のずれ(単一光学面形状12の中心から外周端に向かって伸びる直線に対する溝形状13のずれ幅)が大きくなる。そのため、回転軸17の回転数が増加するほど、溝形状13によるガス抜きの効果が妨げられる。したがって、回転軸17を定速回転させる場合には、ガス抜きの効果が得られるように、回転軸17の回転数を調整する必要がある。
【0070】
また、この実施の形態では、回転軸17を定速回転させたが、回転軸17の回転位置の割り出し機能を用いて、工具15が1回転する間に回転軸17が回転する角度が、加工部位の各半径位置で同一となるように、回転軸17の回転数を制御すれば、つまり、回転軸17の回転を角速度一定に制御すれば、回転する工具15の金型11に対する相対的な移動を制御することにより、単一光学面形状12の中心と外周端との間における溝形状13の角度のずれや、溝形状13の深さをコントロールすることができる。
【0071】
さらに、回転軸17の回転を角速度一定に制御した場合には、単一光学面形状12の中心から外周端にかけて、直線状の溝形状を放射状に形成することが可能となり、ガス抜き効果を拡大させることができるので、なお好適である。
【0072】
また、この実施の形態によれば、単一光学面形状12に複数本の溝形状13が形成されるため、ガス抜き用の溝形状が1本設けられた構成よりも、単一光学面形状12における溝形状13の表面積が拡大して、加熱軟化した光学素子の素材の流れ込み速度が低下するという効果が得られる。その結果、ガス抜き用の溝形状が1本設けられた構成よりも、光学素子の成形時に発生するガスを、さらに容易に排出できるようになる。
【0073】
また、この実施の形態では、回転する工具に振れを持たせるために、工具ツルアと圧電振動素子を用いたが、回転する工具の周縁部に振れを持たせることができる方法であれば、他の方法、例えばレーザ加工装置による加工等の方法を用いても問題無く実施できる。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明にかかる金型の製造方法は、被加工物に、所望の形状と同時に溝形状を形成することができ、例えば光学素子を成形する金型の製造に適用できる。
【符号の説明】
【0075】
1 金型
2 凹溝
3 転写部
4 縁部
11 金型
11a 円筒部
11b 支持体
12 単一光学面形状
13 溝形状
13a 凸形状
14 加工装置
14a X軸ステージ
14b Y軸ステージ
14c Z軸ステージ
15 工具
16 工具スピンドル
16a 軸心
17 回転軸
18 ワーク固定治具
19 工具ツルア
20 圧電振動素子
21 シリコン平面ワーク
22 加工軌跡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転状態で振れが発生するように工具を加工した後、加工した前記工具を回転させた状態で被加工物に接触させることにより、被加工物の表面の加工領域を所望の形状に加工すると同時に、前記加工領域に溝形状を形成して、光学面形状が形成された金型を製造することを特徴とする金型の製造方法。
【請求項2】
振幅が2μm以下となる振れが発生するように前記工具を加工することを特徴とする請求項1記載の金型の製造方法。
【請求項3】
前記工具の回転周波数の1.0倍以上2.0倍以下となる周波数の振れが発生するように前記工具を加工することを特徴とする請求項1もしくは2に記載の金型の製造方法。
【請求項4】
所望の形状の近似半径に対する、回転する加工後の前記工具の近似半径の比率が、0.6以上0.8以下であることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の金型の製造方法。
【請求項5】
前記被加工物の表面を所望の形状に加工する際に、前記被加工物を回転させながら、所望の形状が形成される加工領域の外周部から中心部に向かって、前記工具を前記被加工物に対して相対的に移動させることにより、加工領域の中心部から外周部にかけてカーブする複数の溝形状を放射状に形成することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の金型の製造方法。
【請求項6】
回転している前記工具を、その回転軸に直交する方向に振動させた状態で第2工具に接触させることにより、回転状態で周縁部に振れが発生するように前記工具を加工した後、その加工後の前記工具の周縁部を用いて前記被加工物を加工することを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の金型の製造方法。
【請求項7】
複数の光学面を有する光学素子を成形するための金型であって、前記各光学面を転写するための各光学面形状に、当該光学面形状の中心部から外周部にかけてカーブする複数の溝形状が放射状に形成されていることを特徴とする金型。
【請求項8】
前記複数の溝形状として、深さの異なる2種類の溝が形成されていることを特徴とする請求項7に記載の金型。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図10】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−14034(P2013−14034A)
【公開日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−146922(P2011−146922)
【出願日】平成23年7月1日(2011.7.1)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】