説明

金属部材の製造方法および構造部材

【課題】 疲労特性および耐食性を共に向上させ得る金属部材の製造方法および構造部材を提供することを目的とする。
【解決手段】 アルミニウム合金を含む金属材料の表面に、平均粒径が200μm以下である粒子を圧縮空気・圧縮性ガスにより投射する投射工程と、該投射工程後、前記表面に化成処理による皮膜を形成する化成処理工程と、を有する金属部材の製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、疲労特性および耐食性を共に向上させた金属部材の製造方法および構造部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
航空機や自動車等に用いられる構造部材等の金属材料の疲労強度を高めるための表面改質方法として、ショットピーニング処理が知られている(非特許文献1参照)。ショットピーニング処理とは、例えば粒径0.8mm前後の無数の粒子(投射材)を圧縮空気または圧縮ガスと共に噴射して、金属材料表面にたたきつけることにより、金属材料表面に塑性変形による圧痕を形成すると同時に金属材料表面の硬度を上げ、一定の深さで圧縮残留応力を持った層を形成する方法である。
また、粒子として非金属硬質粒子を用いてショットピーニング処理するものもある。この粒子としては、粒径が150μm以上のセラミックス製粒子か、主成分としてシリカSiOを50%以上含むガラス系か、がよく用いられる。
【0003】
また、たとえば、金属材料としてアルミニウム合金部材を用いた場合には、その耐食性等を向上させるため、陽極酸化処理等を施した後、さらに塗装を施すようにしているのが通常である(特許文献1参照)。
陽極酸化処理は、たとえば、クロム酸、リン酸、ホウ酸、硫酸等の酸を電解液として用い、金属材料を陽極として電解処理するものである。
【0004】
【非特許文献1】ティー・ドール(T. Dorr)、他4名、「インフルエンス オブ ショット ピーニング オン ファティーグ パフォーマンス オブ ハイ−ストレングス アルミニウム アンド マグネシウム アロイズ(Influence of Shot Peening on Fatigue Performance of High-Strength Aluminium− and Magnesium Alloys)」、第7回インターナショナル コンファレンス オン ショットピーニング(The7th International Conference on Shot Peening)、1999年、インスティテュート オブ プレシジョン メカニクス(Institute of Precision Mechanics)、ワルシャワ、ポーランド、インターネット<URL:http://www.shotpeening.org/ICSP/icsp-7-20.pdf>
【特許文献1】特開2003−3295号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に示されるように、アルミニウム合金の表面に陽極酸化処理を行うものでは、酸性溶液中にて電位を印加する手法であるため、皮膜形成過程において、酸による表面からの腐食と、電気腐食の両方が同時発生的に起こる。また、前処理として行う酸性溶液を用いた洗浄工程で酸による腐食が起こり、この腐食により形成されたピットにより電気腐食が進行しやすい形状となる。このため、アルミニウム合金の組成によってはアルミニウム合金の表面に粒界腐食、孔食、ガルバニックコロージョン等によるピットを形成する場合がある。この孔食は、たとえば、疲労破壊の際に亀裂の発生と進展との起点となるので、その大きさにより材料の強度、疲労寿命を低下させることがある。このため、耐食性は確保されるが、ショットピーニング処理によって強化された強度特性、特に、疲労特性が劣化するという問題があった。
陽極酸化皮膜は母材のアルミ合金と比べて高硬度で母材との硬度差が大きいため、皮膜の厚さ、皮膜の種類によって疲労強度が劣化する場合がある。
また、陽極酸化処理した皮膜には、表面に開口した多数の微細孔が存在するので、膜密度を向上するためにこの微細孔をふさぐ封孔処理に行う。この封孔処理を行うと、皮膜表面の形状が平坦になるので、塗装を施す場合にアンカー効果が発揮されなくなる。このため、皮膜形成後の塗装密着性を低下するので、塗装膜が剥がれる等耐食性が劣化するという問題があった。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであって、疲労特性および耐食性を共に向上させ得る金属部材の製造方法および構造部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、以下の手段を採用する。
すなわち、本発明にかかる金属部材の製造方法は、アルミニウム合金を含む金属材料の表面に、平均粒径が200μm以下である粒子を圧縮空気・圧縮性ガスにより投射する投射工程と、該投射工程後、前記表面に化成処理による皮膜を形成する化成処理工程と、を有する。
【0008】
この方法によれば、平均粒径が200μm以下である粒子を投射するので、アルミニウム合金を含む金属材料の表面粗さをほとんど変化させずに、疲労特性を向上させた金属部材を製造することができる。
また、電位を印加しない化成処理で皮膜を形成するので、アルミニウム合金の表面に孔食等の欠陥が生じない。このため、疲労特性の向上効果を略維持できる。
さらに、化成処理は処理時間が短いので、金属部材の製造時間を短縮できる。
【0009】
なお、本発明において「平均粒径」とは、頻度分布曲線におけるピークに対する粒径として求められ、最頻度径(最大頻度径)またはモード径ともよばれる。この他にも、平均粒径は以下の方法でも求められる。
(1)ふるい上曲線から求める方法(R=50%に相当する粒径;中位径、メディアン径または50%粒子径といいdp50で表す)。
(2)ロジン−ムラー分布から求める方法。
(3)その他の方法(個数平均径、長さ平均径、面積平均径、体積平均径、平均表面積径、平均体積径等)。
【0010】
また、上記発明では、前記粒子は、鉄を実質的に含まないものであることが好ましい。 さらに、上記発明では、前記粒子は、非金属硬質材料もしくは非鉄硬質材料を主成分とするものであることが一層好ましい。
このようにすると、鉄分が金属材料の表面に残存しないので、残留鉄分による局部電池腐食の発生がない。このため、酸性またはアルカリ性溶液を用いた鉄分除去工程が不要となるので、鉄分除去に起因する金属材料の寸法変化や表面の荒れを防ぐことができる。
また、ショットピーニング後の洗浄工程による鉄分除去工程が不要であるため,運行中または製造中の実機の補修用途としての適用が容易となる。
【0011】
また、上記発明では、前記化成処理工程の後に、塗装膜を形成する塗装工程を有するようにしてもよい。
このようにすると、耐食性を一層向上させることができる。
【0012】
また、本発明の構造部材は、前記製造方法により製造された金属部材を有する。
本発明の構造部材は、優れた疲労特性を有すると共に、母材と比べて耐食性および塗装密着性が向上されたものとなる。この構造部材は、航空機や自動車等の輸送機器の分野や、材料の疲労特性および耐食性が要求される他の分野において、好適に用いられる。
【0013】
また、本発明の金属部材の補修方法は、前記製造方法により金属部材表面に導入された欠陥、傷を補修する。
本発明の補修方法によって補修された金属部材表面は、優れた疲労特性を有すると共に、母材と比べて耐食性および塗装密着性が向上されたものとなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、構造部材等の金属部材の製造において、投射工程の前後で金属材料の表面粗さをほとんど変化させずに、疲労特性を向上させた金属部材を製造することができる。
また、アルミニウム合金の表面に孔食等の欠陥が生じないので、疲労特性の向上効果を略維持できるとともに耐食性を向上させることができる。
さらに、化成処理は陽極酸化処理よりも処理時間が短いので、金属部材の製造時間を短縮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下に、本発明の金属部材の製造方法にかかる実施形態について説明する。
【0016】
本発明の金属部材の製造方法においては、たとえば、アルミニウム合金材料(金属材料)が採用される。
本発明の金属部材の製造方法において、アルミニウム合金材料のショットピーニング処理(投射工程)に用いられる粒子(投射材)は、非金属硬質材料を主成分とし、好ましくはアルミナ、シリカ粒子等のセラミックス粒子である。すなわち、粒子は、鉄を主成分としない、言い換えると実質的に鉄を含まないものである。
【0017】
従来のショットピーニング処理では、粒径0.8mm前後の投射材が用いられるが、本発明においては、平均粒径200μm以下の投射材が用いられる。投射材の平均粒径は10μm以上200μm以下が好ましく、30μm以上100μm以下が特に好ましい。
投射材の平均粒径が200μmより大きいと、粒子の過大な運動エネルギーにより材料表面が損傷を受けるため、十分な疲労寿命の向上効果が得られない。また、投射材の平均粒径が10μmより小さいと投射材のつまり等によって安定した噴射状態を得ることが困難となる。
【0018】
投射材の噴射速度は、圧縮ガスの噴射圧力により規定される。たとえば,圧縮ガスには、空気、窒素、水素、不活性ガスであるアルゴン、ヘリウムが含まれる。本発明のショットピーニング処理における噴射圧力は0.1MPa以上1MPa以下が好ましく、0.3MPa以上0.6MPa以下がより好ましい。
噴射圧力が1MPaより大きいと粒子の過大な運動エネルギーにより材料表面が損傷を受けるため、十分な疲労寿命の向上効果が得られない。さらに、粒子の破損による消耗量の増加と、破損した粒子の金属部材表面への再衝突による表面の損傷とを生ずる。また、噴射圧力が0.1MPaより小さいと粒子が十分に加速されないだけでなく圧縮空気圧力が安定して供給されないため安定した噴射状態を得ることが困難となる。
一方、ショットピーニングの強さを規定するアルメンゲージシステムによるアークハイト値(インテンシティー)で現すと、0.002N以上となる。
投射材粒子の形状は球形が好ましい。投射材粒子が尖っていると、金属部材の表面に傷がつくことがあるからである。
【0019】
ショットピーニング処理のカバレージは、好ましくは100%以上1000%以下、より好ましくは100%以上500%以下である。
カバレージが100%未満では、十分な疲労強度の向上効果が得られない。また、カバレージが1000%を超えると、材料表面の温度上昇により、最表面の圧縮残留応力が減少し、十分な疲労強度の向上効果が得られないので好ましくない。
【0020】
上記の条件でショットピーニング処理を行った金属部材は、好ましくは以下の表面特性(表面圧縮残留応力および表面粗さ)を有する。
[表面圧縮残留応力]
本発明によるショットピーニング処理後の金属部材においては、150MPa以上の高い圧縮残留応力が最表面もしくはその近傍に存在する。その結果として、表面が強化され疲労破壊が表面ではなく材料内部で起こるため、疲労寿命が大きく向上する。
【0021】
[表面粗さ]
本発明によるショットピーニング処理は、その前後で、表面粗さがほとんど変化しないように行われる。ショットピーニング処理前の表面粗さに対するショットピーニング処理後の表面粗さは、その差異を中心線平均粗さRaで1μm以内に抑えることができる。
【0022】
この金属部材は、表面に付着した油脂分を除去する脱脂を含め表面が洗浄される。
次いで、金属部材の表面に、たとえば、酸化皮膜等の不動態が付着している場合には、これを除去するために活性化が行われる。
【0023】
次いで、金属部材の表面を処理液に浸漬し、あるいは表面に処理液を塗布、噴霧し、化成処理を行い、皮膜を形成する。
化成処理は、陽極酸化処理などの電気的処理とは異なり、処理液とアルミニウムとの化学反応を利用するものであり、金属部材の表面に孔食等の欠陥が生じない。このため、ショットピーニング処理による疲労特性の向上効果を略維持できるとともに耐食性を向上させることができる。
【0024】
また、化成処理は、比較的低コストで簡単な操作および短時間で実施でき、しかも連続処理が可能で、かつ複雑な形状に対しても均一な処理が可能である。
このため、ショットピーニング処理によって形成された金属部材の表面の凹凸(ディンプル)に沿って均一な皮膜が形成されるので、皮膜の表面には金属部材の表面と略同等のディンプルが形成される。
【0025】
化成処理としては、密着性が極めて良好でかつ耐食性に優れたクロム酸塩系やリン酸クロム酸塩系の皮膜を形成できるアロヂン法が好適である。なお、化成処理として、MBV法、ベーマイト法、リン酸塩法等を用いてもよい。
化成処理で形成される皮膜の膜厚は5μm以下が好ましく、0.1μm以上0.3μm以下がより好ましい。
このように形成された化成処理による皮膜は、密着性が良好でかつ母材の耐食性を向上させることのできる皮膜である。
【0026】
次いで、化成処理で形成された皮膜の表面を洗浄し、乾燥した後、塗装膜を形成する塗装工程を行う。
皮膜の表面に凹凸があるので、皮膜の良好な密着性に加えてこの凹凸によるアンカー効果によって塗装膜は密着して形成される。
この塗装膜により金属部材の耐食性は一層向上させられる。
【0027】
次に、実施例および比較例を用いて、本発明による金属部材の製造方法についてさらに詳述する。
(実施例1)
板状のアルミニウム合金材料(7050−T7451;寸法 19mm×76mm×2.4mm)を供試体として用いて、その片面に、平均粒径(最頻度径)53μm以下のアルミナ/シリカセラミックス粒子からなる投射材を用い、噴射圧力0.4MPa、投射時間30秒でショットピーニング処理を行った。なお、その際のアークハイト値は0.003Nであった。
ショットピーニング装置としては、重力式微粒子ショット装置を用いた。
【0028】
アルミニウム合金材料はショットピーニング処理前の表面粗さが1.2μmのアルミニウム合金材料を用いた。ショットピーニング処理後の表面粗さは1.4μmとなった。
ショットピーニング処理後、アルミニウム合金材料のショットピーニングを施した面に脱脂・洗浄・活性化を行う。
この面を、市販の化成処理液アロジン1200に室温で120秒間浸漬し、クロム酸塩系の皮膜形成を行った。皮膜の膜厚は3μmであった。
【0029】
化成処理後に、電気油圧式疲労試験機(ハイドラクト試験機(±50kN)、INSTRON8400制御装置)を用いて供試体の疲労試験を行なった。
疲労試験は、最大荷重は276MPa、345MPa(40KSI、50KSI)の2通りで、それぞれ繰り返し引張り−引張り(応力比0.1)荷重をかけて破壊するまでの回数を計測した。
実施例1の疲労試験の結果を図1に示す。
(比較例1、比較例2および比較例3)
比較例1は、実施例1のショットピーニング処理前の機械加工された供試体である。
比較例2は、この供試体に従来から用いられている平均粒径(最頻度径)250μmのジルコニア粒子でショットピーニング処理をしたものである。
比較例3は、実施例1のショットピーニング処理後の供試体である。
比較例1、比較例2および比較例3について、実施例と同様な疲労試験を行なった結果を図1に示す。
【0030】
図1に示した結果から、微粒子投射材を用いた実施例1および比較例3のショットピーニング処理では、従来の投射材を用いた比較例2のショットピーニング処理と比べて、20〜25倍の疲労強度、ショットピーニング処理を行っていない比較例2に比べて略100倍の疲労強度となっており、疲労特性が格段に向上したアルミニウム合金部材が得られる。
また、化成処理を施した実施例1では、それを施していない比較例3と比べてほとんど疲労強度が低下しておらず、比較例3の疲労特性を略維持している。
【0031】
(実施例2)
板状のアルミニウム合金材料(2024;寸法 19mm×76mm×2.4mm)を供試体として用い、実施例1と同様な処理(微粒子投射材を用いたショットピーニング処理および化成処理)を行った。
化成処理で形成された皮膜の表面を洗浄し、乾燥した後、エポキシ系樹脂を塗布し、93℃以下で、1.5時間乾燥した。
【0032】
(比較例4)
化成処理の替わりに、ホウ酸硫酸アノダイズによる陽極酸化処理(米国特許第4894127号参照)を行った以外実施例2と同様な処理を行った。
【0033】
実施例2および比較例4について、耐食性試験および塗装密着性試験を行った。
耐食性試験は、0.3%以下の塩水を35℃程度で噴霧する塩水噴霧試験を168時間実施した。その結果、実施例2および比較例4は、共に点状の欠陥が5箇所以上認められないことを確認した。
塗装密着性試験は、住友3M製テープを用いて乾式、湿式試験を実施した。(ASTMD 3330参照)その結果、実施例2および比較例4は、いずれも良好な塗装密着強度を有することを確認した。
(実施例3)
補修手法としては、応力集中係数1.5の平板のアルミ合金疲労試験片(7050)を作製し、実施例1と同様の手法でショットピーニングを行った。疲労試験片の角部に荷重方向と水平方向に幅200μm、深さ100μm程度の楔形の傷を付けた後に、ショットピーニング処理を行った。その後,実施例1と同様の疲労試験機にて疲労試験を行った。このとき、最大荷重は240MPa(35KSI)、応力比は0.1である。
上記試験の結果、ショットピーニング処理を行っていない供試体は151110回で破断した。一方、ショットピーニング処理を行った供試体は1370146回で破断し、疲労寿命が約1桁向上した。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】疲労試験の結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金を含む金属材料の表面に、平均粒径が200μm以下である粒子を圧縮空気・圧縮性ガスにより投射する投射工程と、
該投射工程後、前記表面に化成処理による皮膜を形成する化成処理工程と、を有する金属部材の製造方法。
【請求項2】
前記粒子は、鉄を主成分としないものである請求項1に記載の金属部材の製造方法。
【請求項3】
前記粒子は、非金属硬質材料もしくは非鉄硬質材料を主成分とする、請求項2に記載の金属部材の製造方法。
【請求項4】
前記化成処理工程の後に、塗装膜を形成する塗装工程を有する、請求項1から請求項3のいずれかに記載の金属部材の製造方法。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の製造方法により製造された金属部材を有する構造部材。
【請求項6】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の製造方法により、金属部材表面に導入された欠陥、傷を補修する金属部材の補修方法。


【図1】
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【公開番号】特開2009−91606(P2009−91606A)
【公開日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−261762(P2007−261762)
【出願日】平成19年10月5日(2007.10.5)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】