説明

金属酸化物ナノ粒子の結晶面を認識することが出来るペプチド

【課題】特定無機材料への選択的結合能を示すことだけではなく結晶面も識別し結合できるペプチド分子を提供する。
【解決手段】以下の(1)又は(2)で示されるアミノ酸配列から成る、酸化セリウムの(111)結晶面に結合するペプチド分子から成る金属酸化物のナノ結晶面又はナノ粒子検出用プローブ:(1)LLADTTHHRPWT、ESLSIAPTTPQL、APEGNYSSSPGT及びHTHSSDGSLLGN(一文字表記)から成る群から選択されるアミノ酸配列;又は(2)上記(1)で示される各アミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に数個(例えば、1個〜5個、1個〜3個)のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属酸化物の材質だけではなく結晶面も識別し結合できるペプチド分子、及び該ペプチド分子から成るプローブ等を提供することである。
【背景技術】
【0002】
さまざまな無機材料がナノ化されている現在、界面構造が設計されたナノ粒子の合成が可能となり、触媒素材などで飛躍的な機能向上が期待できる。
【0003】
例えば、酸化セリウム(セリア)は、近年、燃料電池開発によって需要が高まっている水素を一酸化炭素と水蒸気から生成する反応であるガスシフト反応の触媒として注目されており、さまざまな界面構造を持つ粒子の合成例が報告されている。例えば、八面体1)、六面体2)、四角柱3)、三角柱4)、ワイヤー状5)、及び球状6)などがあげられる。
【0004】
しかし、その触媒活性は粒子の界面によって差が生じる。球状、四角柱、及び六面体を比較した時、単位面積当たりのCO転嫁率は六面体セリアが最も高く、反応物である一酸化炭素を二酸化炭素に変える転嫁率が100%になる温度も上記の種々の形状のセリアの中では六面体セリアが低い4) 5)
【0005】
セリア粒子を合成した際には、(100)面、(111)面及び(110)面といった結晶面が表面に露出するが、それぞれの結晶面によって表面エネルギーが異なる。化学計算によって計算された(100)面、(110)面及び(111)面の表面エネルギーは、それぞれ11.5 J/m2、3.37 J/m2、及び1.44 J/m2である7)。このうち (100)面は酸素欠陥が生じやすく、その結果、最も表面エネルギーが高いため触媒活性が高くなる。セリアのうちで六面体セリアが最も触媒活性が高い理由は、表面に(100)面が広く露出しているためである8)
【0006】
以上のように、金属酸化物ナノ粒子表面に露出している結晶面はそのナノ粒子の機能を決定する上で重要な特性であり、ナノ粒子表面に露出した結晶面を迅速に評価することのできるプロセスは、目的とするナノ粒子を効率的かつ建設的に行うことを可能にする。
【0007】
ランダムなペプチドの集合はペプチドライブラリーと呼ばれるが、近年、ペプチドライブラリーの中から、抗原と抗体や基質と酵素のように、特定の無機材料に対し選択的に結合し得るペプチドの存在が報告されている。無機材料認識ペプチドの取得に成功した初めての例は、1992年にBrownらが大腸菌の表面にペプチドライブラリーを提示させた細胞表層ディスプレイ法を用いることにより酸化鉄(Fe2O3)に結合するペプチドの取得であった9) (非特許文献1)。また、2000年にはファージ提示法を用いてBelcherらがGaAs(100)面認識ペプチドを取得することに成功した10)。その後、金や銀のような金属単体11)12)13)14)15)、酸化亜鉛や酸化コバルトのような金属酸化物16)17)18) (非特許文献2,3及び4))、硫化亜鉛のような半導体19)、亜鉛イオン20)、カーボンナノチューブやフラーレン21)22)といった無機材料に対して選択的に結合することのできるペプチドの取得が報告されている。このような無機材料認識ペプチドの主な例を以下の表1に示す。
【0008】
【表1】

【0009】
更に、このような無機材料認識ペプチドの中に結晶面を認識することのできるものがあることも報告されている。例えば、酸化亜鉛の(0001)面を選択的に認識して結合する酸化亜鉛結合ペプチドが報告されている23)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Brown. S P Nat Acad Sci USA 89 8651 (1992)
【非特許文献2】Schembri M.A., Kjaergaard K, Klemm P. Fems Microbiology Letters 170 363 (1999)
【非特許文献3】Kjaergaard K., Sorensen J.K., Schembri M.A. Klemm P. Appl Environ Microb 66 10 (2000)
【非特許文献4】Naik R.R., Brott L.L., Clarson S.J. Stone M.O. J Nanosci Nanotechno 2 95 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このように、無機材料の機能は表面に露出している結晶面によって異なるため、金属酸化物ナノ粒子表面に露出した結晶面情報を迅速に評価できるプロセス重要である。そこで本発明の課題又は目的は、特定無機材料への選択的結合能を示すことが報告されているペプチド分子に注目し、金属酸化物の材質だけではなく結晶面も識別し結合できるペプチド分子を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意研究の結果、ファージ提示法を用いて、酸化セリウムナノ粒子の材質だけではなく結晶面も識別し結合できるペプチド分子を開発することに成功し、本発明を完成した。
【0013】
即ち、本発明は以下に示す各態様に係るものである。
[態様1]
以下の(1)又は(2)で示されるアミノ酸配列から成る、酸化セリウムの(111)結晶面に結合するペプチド分子:
(1)LLADTTHHRPWT、ESLSIAPTTPQL、APEGNYSSSPGT及びHTHSSDGSLLGN(一文字表記)から成る群から選択されるアミノ酸配列;又は
(2)上記(1)で示される各アミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に数個(例えば、1個〜5個、1個〜3個)のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列。
[態様2]
アミノ酸配列がLLADTTHHRPWT(一文字表記)である、態様1記載のペプチド分子。
[態様3]
酸化セリウムの(100)結晶面に対する解離定数が酸化セリウムの(111)結晶面に対する解離定数の34倍である、態様1又は記載のペプチド分子。
[態様4]
ジルコニア及び酸化亜鉛に対する解離定数が酸化セリウムの(111)結晶面に対する解離定数の夫々5.3倍及び9.3倍である、態様1〜3のいずれか一項に記載のペプチド分子。
[態様5]
更に、末端に標識物質が結合された態様1〜4のいずれか一項に記載のペプチド分子。
[態様6]
標識物質がリンカーペプチドを介して結合された態様5記載のペプチド分子。
[態様7]
標識物質が蛍光分子又は金ナノ粒子である、態様6記載のペプチド分子。
[態様8]
態様1〜7のいずれか一項に記載のペプチド分子からなる、金属酸化物のナノ結晶面又はナノ粒子検出用プローブ。
[態様9]
態様1〜7のいずれか一項に記載のペプチド分子からなる、酸化セリウムの(111)結晶面又は八面体ナノ粒子の検出用プローブ。
[態様10]
態様1〜7のいずれか一項に記載のペプチド分子からなる、金属酸化物の検出用プローブ。
[態様11]
金属酸化物が酸化セリウムである、態様10記載のプローブ。
[態様12]
態様8〜11のいずれか一項に記載のプローブを使用する、金属酸化物ナノ粒子表面に露出した結晶面を同定する方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によって、合成した八面体セリアを標的粒子として、ファージ提示法を用いたセリア(111)面認識ペプチドの取得に成功した。その中の一つが八面体セリアに対する結合力が六面体セリアに対する結合力より約34倍強いことが証明され、このペプチドが結晶面選択能を有することが示された。更に、酸化ジルコニウムと酸化亜鉛に対する結合挙動を測定することにより、該ペプチドに材料選択性があることが分かった。
【0015】
更に、該ペプチドのプローブとしての利用の可能性を検討した結果、蛍光標識した該ペプチドと結晶面情報が不明のセリアの解離定数を測定することにより、八面体セリアとの解離定数及び六面体セリアとの解離定数を用いて、(111)面と(100)面の面比率を予測できることが示された。又、該ペプチドにチオール基を持つアミノ酸であるシステインを結合することにより該ぺプチドに金ナノ粒子を結合させることに成功した。八面体セリアとこの金ナノ粒子標識ペプチドを混合し、吸光度測定を行うと、ペプチドを添加しなかったときと比較して吸光度が低下しており、八面体セリアと金ナノ粒子が架橋し沈殿が生じていることが分かった。このことから、金ナノ粒子標識ペプチドがセリア(111)面を露出したセリアを選択的に沈殿させるプローブとして利用できることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】セリア単位格子を示す。
【図2】セリア単位格子における(111)面(a)と(100)面(b)を示す。
【図3】セリアの八面体構造(a)と六面体構造(b) を示す。
【図4】八面体酸化セリウムを合成するために用いた流通式水熱合成装置の概略図を示す。
【図5】八面体酸化セリウムの透過型電子顕微鏡像を示す。
【図6】八面体粒子とナノテック社製セリアのXRDパターンの比較を示す。
【図7】六面体セリアを合成するために用いた流通式反応装置の概略図を示す。
【図8】六面体粒子の透過型電子顕微鏡像を示す。
【図9】六面体粒子とナノテック社製酸化セリウムとのXRDパターン比較を示す。
【図10】合成した六面体酸化セリウムのFTIR結果を示す。
【図11】アセトン処理前後のTG測定結果比較を示す。
【図12】アセトン処理前後におけるFTIRピークの比較を示す。
【図13】ペプチドの提示領域を示す。
【図14】ペプチド提示領域の遺伝子配列を示す。
【図15】相分離によるパニングの概略を示す。
【図16】遠心分離によるファージ提示法の概略を示す。
【図17】FITCによって蛍光標識した本発明のペプチド分子。
【図18】ペプチドの結合評価の概略を示す。
【図19】CeO2_ne1と八面体セリアの吸着等温線を示す。
【図20】CeO2_ne1と八面体セリアのラングミュアプロットを示す。
【図21】CeO2_ne1と六面体セリアの吸着等温線を示す。
【図22】CeO2_ne1と六面体セリアのラングミュアプロットを示す。
【図23】ZnO、ZeO2に対するCeO2_ne1の吸着等温線を示す。
【図24】ZnO、ZeO2に対するCeO2_ne1のラングミュアプロットを示す。
【図25】不定形セリアのTEM像を示す。
【図26】不定形セリアとCeO2_ne1の吸着等温線示す。
【図27】不定形セリアとCeO2_ne1のラングミュアプロットを示す。
【図28】システインを結合したCeO2_ne1を示す。
【図29】金修飾ペプチドの機能評価の概略を示す。
【図30】各条件における吸収スペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のペプチド分子は、以下の(1)又は(2)で示されるアミノ酸配列から成り、酸化セリウムの(111)結晶面に結合することを特徴とする。
(1)LLADTTHHRPWT、ESLSIAPTTPQL、APEGNYSSSPGT及びHTHSSDGSLLGN(一文字表記)から成る群から選択されるアミノ酸配列;又は
(2)上記(1)で示される各アミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に数個(例えば、1個〜5個、1個〜3個)のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列。
【0018】
尚、(1)で示される各アミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に付加され得る数個のアミノ酸は(1)で示される各アミノ酸配列から成るペプチドの立体構造及び/又は荷電状態等に実質的な変化(影響)を与えないものであることが好ましい。
【0019】
更に、本発明のペプチド分子として、金属酸化物の各結晶面との吸着がラングミュアの吸着等温式に従うと仮定して得られる解離定数に関して、酸化セリウムの(111)結晶面との解離定数が酸化セリウムの(100)結晶面との解離定数に較べて、約10倍、好ましくは、約34倍であるような、酸化セリウムの(111)結晶面に特異的に結合することが出来るペプチド分子、例えば、アミノ酸配列:LLADTTHHRPWTから成るペプチド分子が好ましい。
【0020】
更に、本発明のペプチド分子として、ジルコニア及び酸化亜鉛に対する解離定数が酸化セリウムの(111)結晶面に対する解離定数の夫々約5.3倍及び約9.3倍であることが好ましい。
【0021】
本明細書の実施例に記載のように、上記のペプチド分子はファージ提示法によって、選択されたものであるが、本明細書に記載のアミノ酸配列に基づき、化学ペプチド合成、遺伝子工学的方法等の当業者に公知の任意の技術手段によって容易に調製することが出来る。
【0022】
本発明のペプチド分子には、例えば、適宜、標識物質の種類に応じた数個のアミノ酸から成るリンカーペプチド等を介して、そのN末端又はC末端に標識物質を結合させることが出来る。このような標識物質としては、使用目的等に応じて、当業者に公知の任意の物質を選択することが出来る。例えばFITC等の蛍光分子及び金ナノ粒子等を挙げることが出来る。このような標識物質の結合も当業者に公知の任意の方法で容易に実施することが出来る。
【0023】
従って、このような標識された本発明のペプチド分子は、金属酸化物のナノ結晶面又はナノ粒子検出用プローブとして有用である。
【0024】
より具体的には、標識された本発明のペプチド分子は、金属酸化物、特に、酸化セリウムの材質を識別し得る検出用プローブ、更には、酸化セリウムの(111)結晶面又は八面体ナノ粒子を特異的に識別し得る検出用プローブとして有用である。
【0025】
更に、このような検出用プローブを金属酸化物ナノ粒子表面と反応させることによって、該金属酸化物ナノ粒子表面に露出した結晶面の種類を同定し、該表面に関する情報を迅速に評価することが可能となる。
【0026】
以下に実施例を参照して本発明を具体的に説明するが、これらは単に本発明の説明の目的で提供されているものである。従って、これらの実施例は、本願で開示する発明の範囲を限定し、又は制限するものではない。本発明では、特許請求の範囲の請求項に記載された技術的思想に基づく様々な実施形態が可能であることは当業者には容易に理解される。
【実施例1】
【0027】
[酸化セリウムナノ粒子の合成]
酸化セリウム結晶の単位格子は、蛍石型構造(図1)を取っている。酸化セリウムのナノ粒子の中で、表面に露出した結晶面を迅速に判断できる場合が2通りある。1つ目は、(111)面を露出した酸化セリウムである場合、もうひとつは(100)面を露出している場合である。
【0028】
(111)面とは単位格子において、図2(a)に示すような面である。したがって、単位格子から、(111)面を露出した酸化セリウムの構造を予測すると、図3(a)に示すような八面体構造を取る。
【0029】
(100)面とは単位格子において、図2(b)に示すような並び方である。単位格子の構造から(100)面が表面に出ている時の酸化セリウムの構造は、図3(b)に示すような六面体構造を取る。
【0030】
八面体酸化セリウムは、水熱合成法により合成することができる。しかし、六面体酸化セリウムは、水熱合成法により合成することができるが、表面を露出した状態のものを作製するのは困難である。本章では、表面が露出している八面体酸化セリウム及び六面体酸化セリウムの合成を試みた。
【0031】
[八面体セリアの合成]
図4に示した流通式水熱合成装置を用いて、以下の通り、八面体酸化セリウムを合成した。
各高圧ポンプにより蒸留水を送液(予熱水15 mL/min、反応液ポンプ15 mL/min)した後、背圧弁を調整し系内の圧力を30 MPaにした。次に、電気炉を400 ℃に設定し系内の温度が安定した後、送液用ポンプの蒸留水を10 mM Ce(NO3)3水溶液(15 mL/min)に切り替えた。さらに、予熱水と反応液が混合した直後の温度及び冷却部直前の温度を電気炉により275 ℃となるように調節した。反応終了後、送液用ポンプの10 mM Ce(NO3)3水溶液(15 mL/min)を蒸留水(15 mL/min)に切り替え、系内の温度が100 ℃以下になるまで蒸留水を系内に流し続けた。系内温度が下がった後、背圧弁を開放し、そこまでで回収した粒子の水分散液を生成物として回収した。回収した粒子は、9600 rpmで30 分間遠心分離し上清に残った未反応のセリウムイオン及び副生成物の硝酸イオンを取り除いた。遠心分離後の沈殿物には、回収した粒子分散液50 mLに対し25 mLの蒸留水を加え、再度、9600 rpmで遠心分離し、洗浄した。
【0032】
次に、合成した粒子に関して、形状、粒径、結晶構造、比表面積、及び表面吸着物の重量の測定を行った。
【0033】
まず、合成した粒子の形状及び粒径を透過型電子顕微鏡により観察した。撮影した、透過型電子顕微鏡像を図5に示す。図5の結果から、合成した粒子が図3(a)に示すような八面体構造を持つ粒子であり、その平均粒径粒径が60nmであることが分かる。
【0034】
更に、X線回折(X-ray diffraction :XRD)を合成した八面体酸化セリウムの結晶構造を解析した。また、比較対象としてナノテック社製のセリアに関してもXRDを測定し、既存のセリアナノ粒子との比較を行った(図6)。測定の結果、合成した八面体の粒子(図6、上)は、ナノテック社から購入した酸化セリウムのピーク(図6、下)と一致し、蛍石型(塩化セシウム型)の単位格子を持つ酸化セリウムであることが確認できた。
【0035】
又、Brunauer-Emmett-Tellerの方法(BET法)により、合成した八面体セリアの比表面積を測定した結果、合成した八面体セリアの比表面積は、22.6m2/gであることが分かった。八面体セリアの平均粒径、比表面積を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
[六面体セリアの合成]
図7に示した流通式水熱合成装置を用いて六面体セリアを合成した。
各高圧ポンプにより蒸留水を送液(予熱水7 mL/min、反応液ポンプ3 mL/min)した後、背圧弁を調整し系内の圧力を30 MPaにした。次に、予熱水と反応液が混合した直後の温度及び冷却部直前の温度を電気炉により400 ℃となるように調節し、前駆体として50 mM Ce(OH)4水溶液と300mMヘキサン酸のトルエン溶液(3 mL/min)と予熱水(7 mL/min)を混合した。反応終了後、送液用ポンプからは、前駆体として50 mM Ce(OH)4水溶液と300mMヘキサン酸のトルエン溶液(7 mL/min)を蒸留水(3 mL/min)に切り替え、系内の温度が100 ℃以下になるまで蒸留水を系内に流し続けた。系内温度が下がった後、背圧弁を開放し、そこまでで回収した粒子の水分散液を生成物として回収した。回収した粒子は、9600 rpmで30 分間遠心分離し上清に残った未反応のセリウムイオン及び副生成物の硝酸イオンを取り除いた。遠心分離後の沈殿物には、回収した粒子分散液50 mLに対し25 mLのエタノールを加え、再度、9600 rpmで遠心分離した。この操作を3回繰り返すことによって粒子を洗浄した。
【0038】
次に、合成した粒子に関して、形状、粒径、結晶構造、及び粒子表面に結合している有機物の種類の確認を行った。
【0039】
まず、合成した粒子の形状及び粒径を透過型電子顕微鏡により観察した。撮影した、透過型電子顕微鏡像を図8に示す。図8の結果から、合成した粒子が図. 2-3(b)に示すような六面体構造を持つ粒子であり、その平均粒径粒径が6nmであることが分かった。
【0040】
更に、合成した粒子のXRDパターンを合成した六面体セリアの結晶構造(図9、上)を解析し、八面体セリアと同様、ナノテック社製セリアのXRDパターンとの比較も行った。測定の結果、合成した八面体の粒子(図9、上)は、ナノテック社から購入したセリア(図9、下)のピークと一致し、蛍石型(塩化セシウム型)の単位格子を持つセリア粒子であることが確認できた。
【0041】
又、フーリエ変換赤外吸収スペクトル測定(Fourier Transform infrared Spectrometer :FTIR)により、粒子の表面における結合を解析した(図10)。この結果、1400及び1500 cm-1付近にピークが確認できたことから、合成した六面体粒子表面はセリウムとヘキサン酸のカルボキシル基が結合し、有機物の層ができていることが確認された1)
【0042】
TEM、XRD及び、FTIRの測定結果により、表面に有機物の層を持つ六面体酸化セリウムの合成に成功したことが確認できた。ペプチドは親水性であり六面体酸化セリウムの表面は疎水性であるため、このままでは、合成した六面体酸化セリウムの粒子表面にペプチドを除去することができない。そのため、合成した六面体酸化セリウム表面からヘキサン酸を除去する検討を行った。
【0043】
洗浄済みの六面体酸化セリウムの粒子1 mgに対し、アセトンを100mLを加え、超音波(40kHz)をかけることによって粒子表面からのヘキサン酸の除去を試みた。粒子表面におけるヘキサン酸の結合の有無はFTIRによるカルボン酸の結合の有無及び22℃〜800℃における熱重量測定(Thermo Gravimetry :TG)による重量減少率から判断した。
【0044】
TG結果を図11に示した。比較対象として、有機物が表面に結合していない八面体酸化セリウムの熱重量測定も同時に行った。図11より、アセトンの存在下で120分超音波をかけた場合、TGによる重量減少率が八面体酸化セリウムの重量減少率と一致した。これにより、表面は八面体酸化セリウムと同一の状態、即ち、親水性表面になったことが示唆された。
【0045】
そこで、FTIRにより粒子表面の結合を測定したところ、カルボン酸の結合を示す1400及び1500cm-1付近のピークがなくなっていた(図12)。したがって、粒子表面からヘキサン酸を除去できたことが示唆された。アセトンは、極性を持つ有機物であるため、粒子とヘキサン酸の間に入り、結合を切断することができたと推測した。
【0046】
この時の、粒子のTEM像より、アセトン分散及び超音波処理による粒子の形状に与える影響はないことが示唆された。したがって、表面に(100)面を持つ六面体酸化セリウムの合成に成功した。BET法により、合成した八面体酸化セリウムの比表面積を測定した。測定の結果、六面体酸化セリウムの比表面積は、86.3m2/gであった。
【実施例2】
【0047】
[ファージ提示法を用いたセリア(111)面認識ペプチドの探索]
使用したセリア粒子について
ペプチド取得に用いる標的粒子として、実施例1で合成した八面体セリアを使用する。八面体酸化セリウムは、表面に露出した結晶面のほとんどが(111)面であり、この粒子を標的としたパニング操作では、(111)面選択的に結合することのできるペプチドを取得できる可能性が高いためである。
【0048】
[ファージライブラリー]
ファージペプチドライブラリーは Ph.D.-12TM Phage Display Peptide Library Kit (BioLabs社)を用いている。このファージライブラリーでは、繊維状ファージであるM13ファージを用いており、ファージを構成するコートタンパク質であるgpIIIのN末端に、リンカー配列(GGGS)を介して12アミノ酸残基からなるペプチドを提示している(図13)。ペプチド提示箇所は、NNK, NNMのランダム配列でライブラリー化されている(図14)。ペプチド提示箇所に隣接しているアミノ酸配列(VPFYSHS)はgpIIIのシグナル配列となっており、ファージ形成時にペプチダーゼによって切断される。(図14の矢印の箇所)。また、M13ファージのgpIIIは5つ存在しヘルパーファージを用いないため、1ファージ当たり5分子のペプチドが提示されていることになる。
【0049】
このライブラリーはエレクトロポレーションで大腸菌を形質転換することによって作製されており、形質転換の規模は〜2.7×109である。理論上のライブラリー規模は4.1×1015であるため、すべての配列を網羅しているわけではない。形質転換の後に大腸菌の増幅をおこなっており、1ラウンド目のパニング操作で用いるファージライブラリー10μL(1×1011 pfu*)当たり、〜55コピーが含まれている(* puf:plaque forming unit (プラーク形成単位))。
【0050】
ライブラリー中にはペプチド提示していないペプチド非提示ファージが12.8%程度含まれている。それ以外の提示ペプチド内のアミノ酸頻度は表3のとおりである。
【0051】
【表3】

【0052】
[ファージ提示法によるセリア(111)面認識ペプチドの探索]
上記の八面体セリア及びペプチドファージライブラリーを用いて、以下に示すような非結合ファージの除去のために行う洗浄操作において2種類の方法を用いるパニング操作を実施した。即ち、一つは、有機相と水相の相分離を用いる方法、もうひとつは遠心分離によって分離する方法である。
【0053】
[相分離による洗浄法を用いた八面体セリアペプチドの探索]
相分離によって、洗浄操作を行う場合のパニング操作の概略を図15に示す。この方法は、BRASIL法(Biopanning and rapid analysis of selective interactive ligands)2)と呼ばれる方法であり、従来の方法(後述する遠心分離によって非結合性ファージを分離する方法)と比較して、操作を繰り返す必要がなく速やかにパニング操作を行うことができる方法として本研究では用いた。
【0054】
まず、八面体セリア粒子4 mgを量りとり、PBST(50 mM NaH2PO4 (pH 7.5) / 150mM NaCl / 0.5% Tween20) 1mLと混合した後、遠心分離し、上清を除去し、粒子の調製を行った。次に、調製後の八面体セリア粒子とファージライブラリー10 μL (1 × 1011 pfu, Input)を混合して1時間室温で振とう後、遠心分離・上清回収(W0)した(洗浄操作)。ここにさらにPBST 1 mLを添加し、これを250 μLずつに分け、その一つ一つにフタル酸ジブチル 450 μLとシクロヘキサン50 μLを加えた。遠心分離後、上清を水相(W)、有機相(O)に分けて回収した。洗浄操作後の八面体セリア粒子に溶出液として、0.2 M グリシン塩酸塩(pH 2.2) / 1 mg / mL BSA) 1 mLを添加し、室温で10分振とう後に遠心分離・上清回収(E)した(溶出操作)。各画分(W, O, E)はLB / IPTG / Xgalプレートを用いてタイターチェック*(Output)を行い、プラーク数を算出した。残った、E1及び溶出後に遠心沈殿している八面体セリア粒子(RE)は各々5 mLフラスコ(LB培地 20mL)中で大腸菌ER2738株と混合し、37 ℃、130 rpmで4.5時間振とうすることで増幅操作を行った。そして、20 % PEG6000 / 2.5 M NaClを添加して12 時間4 ℃で静置し、遠心分離して大腸菌を沈殿させ、上清のファージを精製し回収した。得られたファージのタイターチェックを行い、そのプレートに生じたプラークからファージ遺伝子の解析を行い、提示しているペプチドの配列を調べた。
【0055】
Eにおける溶出液は、酸による溶出である。pHが低くなるとアミノ酸の電荷状態が変化する。例えば、負に荷電していたアスパラギン酸やグルタミン酸は電荷がなくなり、電荷のなかったヒスチジンやリジン、アルギニンは正に荷電するようになるそのためタンパク質の表面電荷は正に帯電し、静電的反発によって立体構造が破壊される。これにより、粒子に結合していたペプチドが構造変化を引き起こして結合力を失うため、解離することができる。
【0056】
REは八面体セリア粒子残存画分であり、Eによる溶出を行ったあとの八面体セリア粒子を直接大腸菌に加えることで、残存していたファージを大腸菌に感染させ増幅させる画分である。
【0057】
[タイターチェック]
存在するファージ量は、LB培地内で培養した大腸菌と混同して、ファージを大腸菌に感染させ、一定時間後にLBプレート培地に撒き形成するプラークの数を数えることによって測定した。ファージは宿主内で増幅し溶菌するビルレントファージと、宿主内でプロファージと呼ばれる安定した状態で保存され宿主の分裂とともにファージ遺伝子ごとに増幅されていくテンペレートファージに分類され、M13ファージは後者である。テンペレートファージにおいても最終的には溶菌するが、基本的には大腸菌に感染し、大腸菌の増幅とともにファージ遺伝子が増加していくことになる。そのため、大腸菌の培養時間やファージ混合後の培養時間は50分(O.D.=0.5程度)、ファージと混合後の培養時間は60分に統一している。そして、培養後にファージに感染した大腸菌をプレート培地に撒くことで、ファージに感染した大腸菌は溶菌し、増殖したファージによりプラークを形成する。実験で用いているファージを構成する遺伝子であるファージミドベクターはM13KEと呼ばれ、ラクトースオペロンを含んでいる。そのため、IPTGとXgal(5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド)を含むプレート培地に撒くことにより、発現したガラクシトシダーゼによりXgalが分解され、プラークは青色を呈するようになる。そのため、プレートに撒かれたプラークのうち青色のものを数えることで存在するファージ数を計測することができる。
【0058】
[相分離を用いた八面体セリア認識ペプチドの探索の結果]
相分離を用いた八面体セリア結合ペプチドの探索の結果、各画分におけるファージのタイターは表4のようになった。
【0059】
【表4】

【0060】
この時に、プレートに生えていた溶出画分から50個の青色のコロニーと沈殿画分の30個のコロニーに含まれるファージ遺伝子を解析したところ溶出画分のファージと沈殿画分におけるファージの持つペプチドはそれぞれ表5及び表6のようになった。アミノ酸配列とともにペプチドの配列から計算できる理論上の等電点及び同一のペプチド配列が見つかった頻度を示す。
【0061】
【表5】

【0062】
【表6】

【0063】
得られた結果から、相分離による方法で取得できたペプチドは溶出画分、沈殿画分ともに等電点が酸性側にあるものが多くみられた。そこで、溶出区分で特に多くみられた配列であるESLSIAPTTPQL(CeO2_4e2)、APEGNYSSSPGT(CeO2_4e3)と沈殿区分で特に多くみられたHTHSSDGSLLGN(CeO2_5p1)を八面体セリアに結合しうる結合陽性ペプチドであると判断した。また、粒子の等電点が6.0であることから、これらのペプチドは電荷によらず八面体セリアと強い結合力を持つことが示唆された。
【0064】
[遠心分離を用いた八面体セリア認識ペプチドの探索]
相分離によって、洗浄操作を行う場合のパニング操作の概略を図16に示す。
八面体セリア粒子4 mgを量りとり、PBS 1mLと混合した後、遠心分離し、上清を除去し、粒子の調製を行った。次に、調製後の八面体セリア粒子とファージライブラリー10 μL (1 × 1011 pfu, Input)を混合して1時間室温で振とう後、遠心分離・上清回収(W0)した(洗浄操作)。この洗浄操作は10回繰り返し、それぞれの遠心分離後の上清を回収(W1〜W10)した。10回目の洗浄操作後、八面体セリア粒子に溶出液として、0.2 M グリシン塩酸塩(pH 2.2) / 1 mg / mL BSA) 1 mLを添加し、室温で10分振とう後に遠心分離・上清回収(E1)した(溶出操作)。各画分(W0〜W10, E1(W0〜W10については適宜))はLB / IPTG / Xgalプレートを用いてタイターチェック*(Output)を行い、プラーク数を算出した。残った、E1及び溶出後に遠心沈殿している八面体セリア粒子(RE)は各々5 mLフラスコ(LB培地 20mL)中で大腸菌ER2738株と混合し、37 ℃、130 rpmで4.5時間振とうすることで増幅操作を行った。そして、20 % PEG6000 / 2.5 M NaClを添加して12 時間4 ℃で静置し、遠心分離して大腸菌を沈殿させ、上清のファージを精製し回収した。遠心分離によって非結合性ファージの除去を行うこちらの操作では、1ラウンドのパニング操作では、結合力の低いペプチドの割合が高くそのため、回収したファージのタイターチェックを行いpfuを算出して1×1011 pfuとなる溶液量を計算し、回収したファージを用いてさらなるパニング操作を行う必要がある。このパニング操作を4ラウンド繰り返すことにより、八面体酸化セリウムに対し選択的に結合するペプチドを提示したファージに濃縮した。最後に、Output量を確認したプレートに生じたプラークからファージ遺伝子の解析を行い、提示しているペプチドの配列を調べた。
【0065】
REに関しても、タイターチェックに使用した溶液の残りを大腸菌とともに振とうすることによりファージ数を増幅し、増えたファージをInputとして2回目以降のラウンドを行った。REから得られたファージをInputとして行ったパニングでは、毎回REをInputとして使用した。この操作においても4ラウンドパニング操作を行った後にプレートに生じたプラークのファージ遺伝子を解析し、提示しているペプチド配列を調べた。
【0066】
[遠心分離を用いた八面体セリア結合ペプチドの探索の結果]
相分離を用いた八面体セリア結合ペプチドの探索の結果、各画分におけるファージのタイターは表7及び表8のようになった。この結果から、八面体セリア選択的に結合するペプチドを提示したファージが濃縮されていることが示唆された。
【0067】
【表7】

【0068】
【表8】

【0069】
この時に、プレートに生えていた溶出画分から24個の青色のコロニーと沈殿画分の40個のコロニーに含まれるファージ遺伝子を解析したところ溶出画分のファージと沈殿画分におけるファージの持つペプチドはそれぞれ表9及び表10のようになった。アミノ酸配列とともにペプチドの配列から計算できる理論上の等電点及び同一のペプチド配列が見つかった頻度を示す。
【0070】
【表9】

【0071】
【表10】

【0072】
表9及び表10に示す通り、溶出画分及び沈殿画分から中性付近に等電点を持つLLADTTHHRPWT (CeO2_ne1)というペプチドが濃縮された。従って、このペプチドを遠心分離法から得られた八面体セリア結合陽性ペプチドと判断した。尚、沈殿画分において最も高頻度で見つかったSVSVGMKPSPRPという配列は、無機材料への結合力はないが増幅されやすく、パニングのラウンドを重ねるとしばしば観察されることが報告されている24)ため、八面体セリア結合陽性ペプチドではないと判断した。
【実施例3】
【0073】
[八面体セリア結合陽性ペプチドの結合力及び面選択性の評価]
実施例2において取得した八面体セリアすなわち酸化セリウムの(111)面に選択的に結合しうるペプチドの八面体酸化セリウムに対する結合の強さを評価した。また、酸化セリウムに対して特に強く結合したペプチドに関して、結合の材料選択性と面選択性の評価を行った。
【0074】
[ペプチドの吸着挙動]
ペプチドと粒子の吸着に関しては、ラングミュアの吸着等温式に当てはまるように吸着するものと仮定して行った。即ち、ペプチドと粒子の吸着は単分子層吸着のみであると仮定するものである。この理論では固体表面に吸着サイトが一様に分布しており、一定温度において表面に衝突するペプチドのうち一定割合だけが吸着サイトにとらわれると考える。一方とらえたペプチドのうち一定割合だけが絶えず水溶液中に分散していると考える。吸着したペプチドは次の吸着サイトとはならず、飽和吸着量は、単分子層を超えない。吸着ペプチド間には相互作用がないと仮定すれば、平衡吸着量vは一定温度において以下のラングミュアの吸着等温式で表される。
【0075】
【数1】

【0076】
aは固体表面へのペプチドの解離定数、Wsはペプチドの飽和吸着量である。この式の両辺の逆数を取ると、以下のようになる。
【0077】
【数2】

【0078】
まず、横軸に平衡時のペプチド濃度、縦軸に粒子へのペプチドの吸着量を取った吸着等温線を作成する。逆数を取ることによって、横軸1/C、縦軸1/Wのプロットを作り、その漸近線のy切片の逆数が解離定数であり、X切片の逆数が飽和吸着量である。本章では、以上のことを利用して、まず、吸着等温線を作成し、そこから解離定数及び飽和吸着量を計算した。
【0079】
[測定に使用するペプチド]
結合の評価に用いたペプチドは、ペプチドのN末端にリンカーを結合し、さらにそのリンカーのN末端において蛍光色素であるフルオレセインイソチオシアネート(FITC:Fluorescein isothiocyanate)*を結合したペプチド(図17)をシグマアルドリッチジャパン社から購入し使用した。尚、FITCは分子量389 ダルトン、最大吸収波長495 nmの蛍光色素である。488 nmで励起すると、520 nm前後(or 近辺)の波長で最大の蛍光を発する。
【0080】
[八面体セリアとペプチドの結合力評価]
図18に示す方法で蛍光測定を実施した。
まず、4mgの八面体酸化セリウムナノ粒子にPBST 1 mLを添加した。粒子懸濁液の遠心分離および上清の除去を行い、粒子を洗浄した。次に、蛍光標識したペプチドと粒子を混合した。FITCは紫外線に弱く、蛍光灯の光であっても消光するため、以下の操作はすべて暗室内で行った。洗浄した酸化セリウム粒子に10 mM NaH2PO4・NaOHと蛍光標識したペプチドを最終濃度が0.25, 0.5, 0.75, 1.0, 1.5, 2.0 μMとなるように添加し、粒子を水溶液中に分散させた。この時、比較対象として粒子を加えていないペプチドの身の溶液も同様に10 mM NaH2PO4・NaOHとペプチド水溶液を混合し、0.25, 0.5, 0.75, 1.0, 1.5, 2.0 μMとなるように濃度を調整した。室温で10分間振とうしたのち、酸化セリウム懸濁液を遠心分離し、上清を回収した。回収した上清、及び比較対象のペプチド水溶液の蛍光を測定し、比較対象のペプチド水溶液の蛍光強度から上清に残ったペプチドの濃度を計算した。また、ペプチドの初期濃度と上清に残ったペプチド濃度から、粒子に吸着したペプチドの量を計算し、使用した粒子の表面積で割ることにより、粒子1 m2当たりのペプチド吸着量を計算した。そして、横軸に残存ペプチド濃度、縦軸に粒子表面の単位面積あたりに吸着したペプチド量を取り、吸着等温線を作成した。
【0081】
[結果]
ペプチド(CeO2_ne1)と八面体酸化セリウムの結合は、図19に示す吸着等温線の通りになった。図20には、そのラングミュアプロットを示した。他の3種類のペプチドについても同様に測定した。各ペプチドの八面体酸化セリウムに対する解離定数を計算すると表11のようになる。
【0082】
【表11】

【0083】
表11に示されるように、解離定数が最も低かったペプチドは、CeO2_ne1であった。解離定数とは、値が小さくなるほど強く吸着していることを示すため、八面体酸化セリウムとの結合性が最も高かったペプチドがCeO2_ne1であると言い換えることができる。れた。即ち、遠心分離法によって取得された、等電点が中性付近のペプチドが最も八面体酸化セリウムとの結合性を示すことが示された。
【0084】
[CeO2_ne1の結合における面選択性の評価]
セリアに最も強く結合するペプチドは、CeO2_ne1であることが分かった。そこで、次に、CeO2_ne1と六面体酸化セリウムとの結合力を評価することによって面選択性を評価することを試みた。そこで、同様な方法でCeO2_ne1を六面体酸化セリウムに吸着させた際の吸着等温線(図21)及びラングミュアプロット(図22)を得、これらに基づき六面体セリアとCeO2_ne1の解離定数及び飽和吸着量を計算し表12を得た。
【0085】
【表12】

【0086】
表12の結果から、CeO2_ne1と八面体セリアの結合は、CeO2_ne1と六面体セリアの結合より34倍強いことになる。言い換えれば、CeO2_ne1は、セリアの(100)面より(111)面に34倍強く吸着しているということができる。したがって、CeO2_ne1にはセリアの結晶面選択性があるということが確認できた。このように、特定の面が粒子表面の大部分を占める粒子を標的粒子とした4ラウンドのパニングを経ることにより、面選択性を有するペプチドを得ることができることが分かった。
【実施例4】
【0087】
[CeO2_ne1の結合における材料選択性の評価]
酸化セリウムに対する強い結合力及び面選択性を示したCeO2_ne1であるが、他の材料に非特異的な結合性を示した場合、酸化セリウムの(111)面認識ペプチドとして使用することはできない。そこで、CeO2_ne1の材料特異性を測るために、実施例3と同様にZnOとZrO2に対するCeO2_ne1の吸着等温線(図23)及びラングミュアプロット(図24)を得て、結合力を測定した。尚、ZnOとZrO2はナノテック社から購入したものを使用した。粒子の比表面積、等電点を表13に記す。
【0088】
【表13】

【0089】
また、吸着等温式からCeO2_ne1と各材料との解離定数及び飽和吸着量を計算すると表14のようになる。
【0090】
【表14】

【0091】
以上の結果から、CeO2_ne1は八面体セリア、酸化ジルコニウム、及び酸化亜鉛それぞれへの吸着を比較した場合、八面体セリアに対する結合力はジルコニアと比較して5.3倍強く、酸化亜鉛と比較して9.3倍強いことから、結合選択性があることが確認できた。
【実施例5】
【0092】
[セリア(111)面認識ペプチドのプローブ応用]
実施例4の結果よりペプチドCeO2_ne1には、酸化セリウムの(111)面認識能があることが分かった。そこで、この章においては、前章で用いた蛍光色素結合ペプチドを用いた不定形セリアの結晶面情報の測定を試みた。また、ペプチドCeO2_ne1に金ナノ粒子を結合させることによってセリアの(111)面に金ナノ粒子を架橋させることにより、CeO2_ne1がセリア(111)面認識プローブとしての機能を評価した。
【0093】
[蛍光色素を用いたCeO2_ne1のプローブ応用]
実施例4で使用したFITC標識したCeO2_ne1を不定形のセリアナノ粒子に吸着させた際にどのような吸着等温線が作成できるか確認した。不定形のセリア粒子としてナノテック社製のセリアナノ粒子を使用した。ナノテック社製のセリアナノ粒子の特性を表15に示した。
【0094】
【表15】

【0095】
また、この粒子のTEM像は図25に示す通りであった。図25において見られるように、ナノテック社製のセリアは、八面体に類似した構造や丸い形をしたものなどが見られ、セリアの結晶面の中でエネルギー的に最も安定な (111) 面以外の結晶面も表面に露出していることが示唆される。
【0096】
[不定形セリアとペプチドの結合評価]
実施例4に記した方法と同様にして吸着等温線を作成すると図26のようになった。また、ラングミュアプロットを図27に示す。これらの結果から解離定数と飽和結合量を計算すると、解離定数 386 nM、飽和結合量 5.3 nmol/m2となった。各セリアに対するCeO2_ne1の解離定数を表にまとめると表16に示す通りになる。
【0097】
【表16】

【0098】
表16に示した通り、複数の結晶面を表面に露出しているナノテック社製の不定形セリアの解離定数は、八面体セリアの解離定数よりは高く、六面体セリアの解離定数よりは高いという結果が得られた。CeO2_ne1と不定形セリアへの飽和吸着量は、六面体セリアと八面体セリアと比較して低いことが分かった。
【0099】
このように、不定形セリアとCeO2_ne1の結合力が八面体セリアより強く六面体セリアより弱いことから、蛍光標識したCeO2_ne1はセリアの結晶面に関する情報の一つである結晶面比率を測定するプローブとして利用できることが判った。
【0100】
即ち、今回使用した不定形セリアが(100)面と(111)面を露出したセリアであると仮定すると、(111)面の割合がXである時、(式)152X+ 5220 (1−X)=386:
を解くことによりX=0.95と計算することができ、(111)面と(100)面の面比率が19:1であると判断することができる。しかし、セリアには(100)面と(111)面以外に(110)面が表面に現れることがある。従って、今後は、(110)面に対するCeO2_ne1の解離定数を測定する必要がある。
【実施例6】
【0101】
[金ナノ粒子を用いたセリア(111)面認識プローブの作製]
金ナノ粒子表面にチオール基が結合することを利用して金ナノ粒子表面にCeO2_ne1を結合させることにより、ペプチドで修飾した金ナノ粒子を作製し、プローブとしての機能を評価した。
【0102】
[CeO2_ne1修飾金ナノ粒子の作製]
セリア(111)面認識能を持つCeO2_ne1のN末端にリンカーペプチドを結合し、さらにそのN末端にチオール基を持つペプチドであるシステインを結合したペプチド(シグマアルドリッチジャパン製)を用いて、金表面に結合することのできるペプチド(図28)を準備した。
【0103】
[CeO2_ne1修飾した金ナノ粒子の機能評価]
この実験の概略を図29に示す。CeO2_ne1の機能評価を行ったpH7.5の中性条件下で実験を行った。八面体セリア粒子(終濃度356 μg / mL)、金粒子 Gold colloid、40nm Colloid Gold (SIGMA) (終濃度 0.0714 nM)、ペプチドCeO2_ne1(終濃度0.200 μM)を10 mM NaH2PO4・NaOH (pH 7.5)中で混合し、吸光光度計を用いて測定波長400〜700nmの吸収スペクトルを測定した。比較を行うために、金ナノ粒子のみ、金ナノ粒子+CeO2_ne1、金ナノ粒子+八面体セリア粒子を混合した条件においても測定を行った。実際に吸収スペクトル測定を行った条件を表17に示す。
【0104】
【表17】

【0105】
実験結果を、図30に示す。条件A〜Dのいずれにおいても、金ナノ粒子の最大吸収波長である523nm付近にピークが見られた。条件Bにおいて金ナノ粒子とペプチドを混合した場合においては、わずかに吸光度が低下した。この結果は、0.2 μLのペプチド水溶液を混合したことによって金ナノ粒子が凝集したことを示している(図30 条件B)。金ナノ粒子と八面体セリア粒子を混合した条件Cにおいては、吸光度は、金ナノ粒子のみのときから変わらなかった(図30 条件C)。ペプチドと八面体セリアを金ナノ粒子と混合した時は、条件Bの場合よりもさらに吸光度が低下した。したがって、金ナノ粒子と八面体セリアがペプチドを介して架橋され沈殿したことが示唆された(図30条件D)。
【0106】
[金ナノ粒子を結合したCeO2_ne1のプローブ応用に関する考察]
CeO2_ne1の(111)面に対する最大吸着量は粒子表面1m2当たり18.5 nmolである。これを1 nm2当たりに換算すると9.09×10-3個のペプチドが粒子表面に吸着することができる計算になる。したがって、セリアにCeO2_ne1を吸着させると110nm2当たりに1分子のペプチド(10 nm × 10 nm当たり、0.9分子)が吸着していることになる。八面体セリアの表面は8個の正三角形からなる。一辺が平均60nmであることから、一面当たりの面積は、60×52×1/2=1600 nm2である。八面体セリア一つ足りの表面積は、1600×8=1.25×104 nm2である。したがって、八面体セリアにペプチドは113分子結合することができる。
【0107】
本実施例で示したように、(111)面を表面に露出したセリア粒子表面にペプチドを結合させ、そのN末端に金ナノ粒子を結合させると沈殿が生じる。したがって、CeO2_ne1は、(111)面を広く表面に露出したセリアを選択的に沈殿させるプローブとして利用できることが示された。したがって、例えば、(111)面や(100)面を表面に露出したセリアナノ粒子を合成した際に、水に粒子を分散させ、CeO2_ne1で作製したプローブを添加することにより、触媒不活性な面である(111)面を広く露出しているセリアを沈殿させ、活性面である(100)面を広く露出したセリアは分散したままにすることができることが示された。
【0108】
参考文献
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24) Elias Estephan et.al. Journal of Colloid and Interface Science 337 358 (2009)
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明のペプチド分子が有する結晶面選択性(結合特異性)及び材料選択性を利用して、ナノ粒子表面に露出した結晶面を迅速に評価し、目的とするナノ粒子を効率的かつ建設的に行うことが可能になる。又、セリア(111)面を露出したセリアを選択的に沈殿させるプローブとして利用することができることが示された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(1)又は(2)で示されるアミノ酸配列から成る、酸化セリウムの(111)結晶面に結合するペプチド分子:
(1)LLADTTHHRPWT、ESLSIAPTTPQL、APEGNYSSSPGT及びHTHSSDGSLLGNから成る群から選択されるアミノ酸配列;又は
(2)上記(1)で示される各アミノ酸配列のN末端及び/又はC末端に数個(例えば、1個〜5個、1個〜3個)のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列。
【請求項2】
アミノ酸配列がLLADTTHHRPWTである、請求項1記載のペプチド分子。
【請求項3】
酸化セリウムの(100)結晶面に対する解離定数が酸化セリウムの(111)結晶面に対する解離定数の34倍である、請求項1又は記載のペプチド分子。
【請求項4】
ジルコニア及び酸化亜鉛に対する解離定数が酸化セリウムの(111)結晶面に対する解離定数の夫々5.3倍及び9.3倍である、請求項1〜3のいずれか一項に記載のペプチド分子。
【請求項5】
更に、末端に標識物質が結合された請求項1〜4のいずれか一項に記載のペプチド分子。
【請求項6】
標識物質がリンカーペプチドを介して結合された請求項5記載のペプチド分子。
【請求項7】
標識物質が蛍光分子又は金ナノ粒子である、請求項6記載のペプチド分子。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のペプチド分子からなる、金属酸化物のナノ結晶面又はナノ粒子検出用プローブ。
【請求項9】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のペプチド分子からなる、酸化セリウムの(111)結晶面又は八面体ナノ粒子の検出用プローブ。
【請求項10】
請求項1〜7のいずれか一項に記載のペプチド分子からなる、金属酸化物の検出用プローブ。
【請求項11】
金属酸化物が酸化セリウムである、請求項10記載のプローブ。
【請求項12】
請求項8〜11のいずれか一項に記載のプローブを使用する、金属酸化物ナノ粒子表面に露出した結晶面を同定する方法。

【図4】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図14】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図26】
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【図27】
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【図30】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【図13】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図25】
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【図28】
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【図29】
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【公開番号】特開2012−193155(P2012−193155A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−60191(P2011−60191)
【出願日】平成23年3月18日(2011.3.18)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】