説明

金属酸化物触媒

【課題】反応初期過程において、ターゲット分子を確実かつ迅速に触媒表面上に乖離吸着させる、高効率の触媒を提供する。
【解決手段】金属酸化物触媒の、表面にある構造(MOx)における金属イオン(Mn+)と酸素イオンの平均距離が2.2オームストロング以下である酸素イオンの一部を除去する。この際に、(MOx)のxが6の8面体である場合、除去する酸素イオンを5個以下とする。また、(MOx)のxが4の4面体である場合、除去する酸素イオンを3個以下とする。金属イオンは、In,Ga,Al,B,Si,Ge,Sn,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Sb,Bi,W,Mo,Cr、または、これらの組み合わせであることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に接触した水分子H−O−Hあるいは水酸基を有するQ−O−H型有機分子(Qは任意の基)などを分解する金属酸化物触媒に関し、より詳しくは、室温安定状態における結晶構造中に金属イオン(Mn+)が酸素イオンで囲まれた構造(MOx)を有する酸化物よりなる金属酸化物触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
これまで、金属酸化物を化学物質の分解反応触媒として利用したり、光触媒として利用する場合、その反応効率を高めるためには触媒表面積を大きくすることが常套手段であった。これは、触媒反応機構の詳細が明らかでなくとも、表面積が小さいよりは大きいほうが使用触媒量が少量でも作用が大きくなることが明らかであるからである。しかしながら、化学物質の分解反応用触媒にせよ、光触媒にせよ、金属酸化物中の金属イオンに対する酸素の配位数を積極的に制御することによって高効率の触媒を得る試みはほとんど存在しなかった。
【0003】
なお本発明を理解する上で参考になる文献を以下に例示する。
【非特許文献1】J. A. Baglio, G.. Gashurov, Acta Cryst. B24, 292 (1968).
【非特許文献2】P. M. Touboul and P. Toledano, Acta Cryst. B36, 240 (1980).
【非特許文献3】S. Tokunaga, H. Kato, A. Kudo, Chem. Mater. 13 (2001) 4624−4628
【非特許文献4】A. W. Sleight, H. -y. Chen, A. Ferretti, D. E. Cox, Mater. Res. Bull. 14 (1979) 1571−1581
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
発明者は、この問題に取り組み、反応初期過程において、ターゲット分子が確実にかつ迅速に触媒表面上に乖離吸着することも触媒反応の効率を高めるための重要な条件であることを見出し、その条件を明確にして、高効率の触媒を得ることを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0005】
発明1の金属酸化物触媒(但しSi4+, B3+も金属イオン(Mn+)の範疇とする。)は、表面にある構造(MOx)における金属イオン(Mn+)と酸素イオンの平均距離が2.2オングストローム以下である酸素イオンの一部を除去してあることを特徴とする構成を採用した。
【0006】
発明2の金属酸化物触媒は、前記発明1において、前記(MOx)のxが6である8面体であって、除去する酸素イオンが5個以下であることを特徴とする構成を採用した。
【0007】
発明3の金属酸化物触媒は、前記発明1において、前記(MOx)のxが4である4面体であって、除去する酸素イオンが3個以下であることを特徴とする構成を採用した。
【0008】
発明4の金属酸化物触媒は、前記発明2において、前記金属イオンは、In3+, Ga3+, Al3+, B3+, Si4+, Ge4+, Sn4+, Ti4+, Zr4+, Hf4+, V5+, Nb5+, Ta5+, Sb5+, Bi5+, W6+, Mo6+, Cr6+イオンの一種又はそれ以上であることを特徴とする構成を採用した。
【0009】
発明5の金属酸化物触媒は、前記発明3において、前記金属イオンは、In3+, Ga3+, Al3+, B3+, Si4+, Ge4+, Sn4+, Ti4+, Zr4+, Hf4+, V5+, Nb5+, Ta5+, Sb5+, Bi5+, W6+, Mo6+, Cr6+イオンの一種又はそれ以上であることを特徴とする構成を採用した。
【0010】
発明6の金属酸化物触媒は、前記発明1、2、3、4、あるいは5において、金属的電気伝導を示さない半導体であることを特徴とする構成を採用した。
【0011】
発明7の金属酸化物触媒は、前期発明1、3、5、あるいは6において、その母体結晶内部が、組成RVOで表されるバナジウム含有複合酸化物(式中、RはY, Gd, Lu元素)であることを特徴とする構成を採用した。
【0012】
発明8の金属酸化物触媒は、前記発明7において、母体結晶内部が、I4/amd空間群に属すジルコンタイプ結晶構造を持つことを特徴とする構成を採用した。
【0013】
発明9の金属酸化物触媒は、前記発明1、2、4、あるいは6において、その母体結晶内部が、組成TVOで表されるバナジウム含有複合酸化物(式中、TはIn, Ga, Al)であることを特徴とする構成を採用した。
【0014】
発明10の金属酸化物触媒は、前記発明1、2、4、あるいは6において、その母体結晶内部が、組成InVOで表され、Cmcm空間群に属する結晶構造を持つことを特徴とする構成を採用した。
【0015】
発明11の金属酸化物触媒は、前記発明6、7、8、9、あるいは10において、その中に含まれる金属イオンM5+あるいはM6+から3〜10オングストローム離れた位置にCo, Ni, Cu, あるいはAg原子が配置され、そのCo, Ni, Cu, あるいはAg原子同士の距離が平均で6オングストローム以上であることを特徴とする構成を採用した。
【0016】
発明12の金属酸化物触媒は、前記発明6、7、8、9、あるいは11において、その中に含まれる酸素イオンの一部がN、P、S、あるいはSeで置換された、あるいは置換されたと見なしうることを特徴とする構成を採用した。
【0017】
発明13の金属酸化物触媒は、前記発明1、2、3、・・・11、あるいは14において、助触媒あるいは電極物質(例えばRu、Rh、Ir、Pd、Pt、Au などの貴金属、Niなどの遷移金属、NiO、IrO、NiOあるいはRuOなど)を担持することを特徴とする構成を採用した。
【0018】
発明14は、前期発明1、2、3、・・・12、あるいは13に記載の金属酸化物触媒の存在下で、化学物質あるいは有害化学物質に、光を照射すること、あるいは加熱することを特徴とする、化学物質あるいは有害化学物質の分解方法。
【発明の効果】
【0019】
上記発明は、ターゲット分子が確実にかつ迅速に触媒表面上に乖離吸着することが触媒反応の重要なファクターであることを見出し、それが、上記構成により達成されるものであることを発見してなされたものである。
【0020】
水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などの分子は、O2−の酸素イオンにHイオンあるいはQイオンが結合して安定しているものである。したがって、水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などのO2−の酸素イオン付近にそれら分子に属しない他の陽イオン(Mn+)が接近すると、電気的バランスを保つため、代わりにHやQがO2−を離れる現象がおこる場合がある。特に、HやQがそれらの属する分子以外の酸素イオンなどの陰イオン(仮にLn−と呼ぶ)に引きつけられている場合は、Mn+の接近に対してより不安定になる。
【0021】
例えば、金属酸化物に水分子が吸着する場合は、金属酸化物表面を構成する酸素イオンにHが引きつけられると同時に水分子に属する酸素イオンが金属酸化物の表面を構成する金属イオンにも引きつけられる。したがって、水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などは多かれ少なかれ不安定になる。しかしながら、それら分子が乖離するか否かは自明なことではない。
【0022】
第一原理理論による鋭意検討の結果、金属酸化物が水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などを吸着する場合、酸素イオンとMn+の距離が概ね2.2オングストローム以下になると、分子が乖離し易くなることが明らかになった。
【0023】
n+でnが3の場合、吸着分子に属する酸素イオンとMn+の距離が概ね2.2オングストローム以下で乖離吸着が室温程度でも起こりやすくなることが理論的に明らかになった。同じ距離であれば、Mn+においてnが3より大きい場合は、より乖離し易いのは明らかである。また仮に、nが1や2であっても、Mn+イオンの大きさが十分小さければ、吸着分子はMn+イオンに接近し、故に周囲の酸素イオンにHイオンが引きつけられる効果も期待でき乖離しやすい状態が生じうる。
【0024】
一方、金属酸化物結晶構造中に存在する、金属イオン(Mn+)がx個の酸素イオンで囲まれた安定な構造(MOx)が、その結晶表面を覆っている場合、ターゲット分子中の酸素イオンが、表面を覆っているMOx構造に室温程度の低い温度で割り込む確率は極めて低く、また仮にその構造の周りに吸着したとしても、吸着した分子中の酸素イオンとMn+イオンの距離は大きくなってしまい分子が乖離することはほとんどない。
【0025】
ところが、たとえば結晶内部では酸素イオン4配位が安定である金属酸化物の表面を3配位、あるいは、結晶内部では6配位が安定である金属酸化物の表面を4配位等で構成すると、それらの表面は金属酸化物内部の結晶構造を維持しようとするかのように水分子H−O−HやQ−O−H型有機分子を吸着する性質がある。一種の自己組織化の作用と考えられる。つまり、吸着する分子中の酸素イオンと金属酸化物表面の金属イオンとの距離は、結晶内部の金属イオンと酸素イオンとの距離とほぼ等しくなる性質がある。したがって、結晶内部における(MOx)構造における酸素イオンO2−とMn+の距離が2.2オングストローム以下である場合、表面に形成した(MOx)構造の酸素イオンの一部を除去した構造に吸着する分子の酸素イオンとMn+イオンの距離も概ね2.2オングストローム以下となる。
【0026】
その結果、触媒表面にある(MOx)構造の酸素イオンの一部を除去した構造を有する表面の多くが、乖離吸着による触媒作用を発揮することとなり、極めて高効率の触媒とすることができる。
【0027】
酸素配位数が大きい場合、結晶内部における(MOx)構造における酸素イオンO2−とMn+の距離が大きくなる傾向があり、Mn+、1イオン当たりの吸着分子数は大きくできても、乖離吸着を得にくい。本発明2により、乖離吸着を得やすくなる。材料の選択の幅も広がる。
【0028】
本発明3では、結晶内部における(MO)構造における酸素イオンO2−とMn+の距離が短いものが多いため、吸着分子を乖離する能力がより高まる。
【0029】
本発明4により、In3+, Ga3+, Al3+, B3+, Si4+, Ge4+, Sn4+, Ti4+, Zr4+, Hf4+, V5+, Nb5+, Ta5+, Sb5+, Bi5+, W6+, Mo6+, Cr6+イオンを吸着サイトとする金属酸化物触媒の乖離吸着を得やすくなる。
【0030】
本発明5により、In3+, Ga3+, Al3+, B3+, Si4+, Ge4+, Sn4+, Ti4+, Zr4+, Hf4+, V5+, Nb5+, Ta5+, Sb5+, Bi5+, W6+, Mo6+, Cr6+イオンを吸着サイトとする金属酸化物触媒において、吸着分子を乖離する能力が高まる。
【0031】
本発明6により、さらに当該金属酸化物を光触媒として利用可能となる。
【0032】
本発明7,8,9,10により、さらに、組成RVOで表されるバナジウム含有複合酸化物(式中、RはY, Gd, Lu元素)、あるいは、組成TVOで表されるバナジウム含有複合酸化物(式中、TはIn, Ga, Al)を光触媒として利用するとき、その効率を高めることができる。
【0033】
本発明11により、さらに、当該金属酸化物を光触媒として利用した場合、キャリア寿命の増大により光触媒性能が向上する。
【0034】
本発明12により、さらに、当該金属酸化物を光触媒として利用した場合、その活性波長領域をより長波長に拡張できる。
【0035】
本発明13により、さらに、当該金属酸化物を光触媒として利用した場合、キャリアの分離性能向上により光触媒の効率が向上する。
【0036】
本発明14により、さらに、より簡単にターゲット分子を分解することが出来るようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0037】
水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などの分子は、O2−の酸素イオンにHイオンあるいはQイオンが結合して安定しているものである。したがって、水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などのO2−の酸素イオン付近にそれら分子に属しない他の陽イオン(Mn+)が接近すると、電気的バランスを保つため、代わりにHやQがO2−を離れる現象がおこる場合がある。特に、HやQがそれらの属する分子以外の酸素イオンなどの陰イオン(仮にLn−と呼ぶ)に引きつけられている場合は、Mn+の接近に対してより不安定になる。
【0038】
例えば、金属酸化物に水分子が吸着する場合は、金属酸化物表面を構成する酸素イオンにHが引きつけられると同時に水分子に属する酸素イオンが金属酸化物の表面を構成する金属イオンにも引きつけられる。したがって、水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などは多かれ少なかれ不安定になる。しかしながら、それら分子が乖離するか否かは自明なことではない。
【0039】
第一原理理論による鋭意検討の結果、金属酸化物が水分子H−O−HあるいはQ−O−H型有機分子などを吸着する場合、酸素イオンとMn+の距離が概ね2.2オングストローム以下になると、分子が乖離し易くなることが明らかになった。
【0040】
n+でnが3の場合、吸着分子に属する酸素イオンとMn+の距離が概ね2.2オングストローム以下で乖離吸着が室温程度でも起こりやすくなることが理論的に明らかになった。同じ距離であれば、Mn+においてnが3より大きい場合は、より乖離し易いのは明らかである。また仮に、nが1や2であっても、Mn+イオンの大きさが十分小さければ、吸着分子はMn+イオンに接近し、故に周囲の酸素イオンにHイオンが引きつけられる効果も期待でき乖離しやすい状態が生じうる。
【0041】
一方、金属酸化物結晶構造中に存在する、金属イオン(Mn+)がx個の酸素イオンで囲まれた安定な構造(MOx)が、その結晶表面を覆っている場合、ターゲット分子中の酸素イオンが、表面を覆っているMOx構造に室温程度の低い温度で割り込む確率は極めて低く、また仮にその構造の周りに吸着したとしても、吸着した分子中の酸素イオンとMn+イオンの距離は大きくなってしまい分子が乖離することはほとんどない。
【0042】
ところが、たとえば結晶内部では酸素イオン4配位が安定である金属酸化物の表面を3配位、あるいは、結晶内部では6配位が安定である金属酸化物の表面を4配位等で構成すると、それらの表面は金属酸化物内部の結晶構造を維持しようとするかのように水分子H−O−HやQ−O−H型有機分子を吸着する性質がある。一種の自己組織化の作用と考えられる。つまり、吸着する分子中の酸素イオンと金属酸化物表面の金属イオンとの距離は、結晶内部の金属イオンと酸素イオン距離とほぼ等しくなる性質がある。したがって、結晶内部における(MOx)構造における酸素イオンO2−とMn+の距離が2.2オングストローム以下である場合、表面に形成した(MOx)構造の酸素イオンの一部を除去した構造に吸着する分子の酸素イオンとMn+イオンの距離も概ね2.2オングストローム以下となる。
【0043】
その結果、触媒表面にある(MOx)構造の酸素イオンの一部を除去した構造を有する表面の多くが、乖離吸着による触媒作用を発揮することとなり、極めて高効率の触媒とすることができる。
【0044】
MO八面体を含む酸化物を母体結晶とし、そのMO八面体を表面に露出させ、そのMO八面体からO2−イオンを一部取り去った構造を形成する。例えばMがIn3+、Nb5+、Ta5+、あるいはW6+であるなら、P2/a空間群に属す結晶構造を持つInTaOやInNbO、あるいは、P2/n空間群に属す結晶構造を持つWOを製造し、表面を還元処理する。
【0045】
MO四面体を含む金属酸化物を母体結晶とし、そのMO四面体を表面に露出させ、そのMO四面体からO2−イオンを1個あるいは2個取り去った構造を形成する。例えば、MがV5+なら、I4/amd空間群に属す結晶構造を持つYVOやCmcm空間群に属する結晶構造を持つInVO等を製造し、表面を還元処理する。
【0046】
Biを含む酸化物ではBiがBi3+イオンとして含まれる場合が多いが、表面にBi3+イオンを露出させ、還元剤を用いて表面のBi3+イオンをBi5+イオンに還元することで請求項1に記載した構造を表面に形成してもよい。もちろん、例えば、請求項2記載の特徴を有するMO八面体を持つトリルチル構造のZnBi等の表面を還元処理することによっても良好な触媒作用が得られる。
【0047】
還元処理は、還元雰囲気中で加熱処理することで可能であり、例えば水素ガス雰囲気中で加熱することにより表面酸素原子を剥ぎ取っても良い。プラズマ法で表面酸素を剥ぎ取る方法もある。また、電子ビーム蒸着装置など非平衡な製膜装置で制作が可能な場合が多い。
【0048】
MOの結合距離が比較的大きい場合は乖離吸着の速度が低くなる可能性があるが、反応温度をある程度上げることによりこのことは克服できる。分解するターゲット分子の性質に合わせて触媒におけるMO結合距離や反応温度を調整すればよい。
【0049】
光触媒として利用する場合、本発明の半導体酸化物に対して、励起された電子を空間的に分離する目的でPt などの貴金属、Niなどの遷移金属、NiOやIrO、NiO、RuO等酸化物を助触媒として担持させて触媒表面を修飾することもできる。担持方法は含浸法や光電着法などで行うことが出来る。又、水の分解反応を行う際に用いる反応溶液は、純水に限らず、通常、水の分解反応によく用いられるように、適宜、炭酸塩や炭酸水素塩、ヨウ素塩、臭素塩等の塩類を混ぜた水を用いてもよい。上記水溶液に本発明の光触媒を添加する。触媒の添加量は、基本的に入射した光が効率よく吸収できる量を選ぶ。照射する光の波長は半導体の吸収がある領域の波長の光を含むことが必要である。
【0050】
本発明を導入した触媒の一部は、多くの光触媒反応に応用できる。たとえば有機物の分解の場合、アルコールや農薬、悪臭物質などは一般に電子供与体として働き、正孔によって酸化分解される。特に請求請11に記載の発明は高い酸化効率が期待できる。反応形態は、有機物を含む水溶液に触媒を懸濁して光照射しても良いし、触媒を基板に固定しても良い。悪臭物質の分解のように気相反応でも良い。
【0051】
以下、本発明を詳細に説明する。以下の実施例においては、金属酸化物、InVO、YVO、およびBiVOを例に本発明を説明する。説明は第一原理量子分子動力学理論に基づくものである。
【実施例1】
【0052】
複合金属酸化物YVOの結晶構造を図1に示す。その属する空間群はI41/amdであり、結晶構造中、Y3+は8個の酸素に囲まれ(V5+は4個の酸素に囲まれている)、Y−Oの平均距離は2.37(2.30〜2.44)オングストローム(非特許文献1)である。例えば、その (010)面を図中符号3の劈開位置で切りだし、表面に露出したVO四面体の一部からから酸素イオンひとつを取り出すと、図2に示すように表面の一部にVO構造を露出させることができる。この構造は請求項1、3、あるいは6に記載した条件を満たす。この表面近傍に水分子を配置し、300Kに温度制御して量子分子動力学によるシミュレーションを行った結果を図3に示す。水分子が−OH、−Hに乖離して吸着していることがわかる。これは水分子の酸素イオンをVイオンが引き付けるためプラスを帯びたHがVイオンに反発すると同時にVイオンの周囲に存在する酸素イオンにHが引き付けられるため、水分子のO−Hの結合が切れやすくなることによる。このことは水分子に限らず、O−H基やO−R基の結合についても言えることであり、これらの基を持つ他の分子も分解される場合が多いと考えられる。以下の比較例1と比較してわかるように、VO構造を形成することが乖離吸着を促進するにおいて如何に重要であるかがわかる。
【比較例1】
【0053】
実施例1における図1のYVOで、の (010)面を図中符号3の劈開位置で単純に切りだすと、その表面をVO四面体とYO酸素七配位構造体で形成することができる。その様子を図4に示す。この表面近傍に水分子を配置し、300Kに温度制御して量子分子動力学によるシミュレーションを行った結果を図5に示す。水分子は水分子のままの形で吸着し、乖離吸着が起こりにくいことが判明した。
【実施例2】
【0054】
複合金属酸化物InVOの結晶構造を図6に示す。その属する空間群はCmcmであり、結晶構造中、V5+が4個の酸素に囲まれ(In3+は6個の酸素に囲まれている)、そのV−O平均距離は約1.7オングストロームである(非特許文献2)。その結晶を(001)面で切り出すと、その表面をVO四面体から酸素を1個取り去ったVO構造体で形成することができ、請求項1、あるいは3に記載した条件を満たすことができる。その様子を図7に示す。この表面近傍に水分子を配置し、300Kに温度制御して量子分子動力学によるシミュレーションを行った結果を図8に示す。水分子が−OH、−Hに乖離吸着していることがわかる。
【実施例3】
【0055】
実施例2におけるInVOの結晶構造中には、In3+が6個の酸素イオンに囲まれたInO八面体を有する。そのIn−Oの距離は約2.16オングストローム(非特許文献2)である。例えばその(100)面を図9破線で示すように切りだすと、表面をVO四面体と、InO八面体から2個酸素を取り除いたInO配位構造体で形成することができ、請求項2に記載した条件を満たすことができる。この表面近傍に水分子を配置し、300Kに温度制御して量子分子動力学によるシミュレーションを行った結果を図10に示す。水分子が−OH、−Hに乖離吸着していることがわかる。これは水分子の酸素イオンをInイオンが引き付けるためプラスを帯びたHがIn陽イオンに反発すると同時にInイオンの周囲に存在する酸素イオンにHが引き付けられるため、水分子のO−Hの結合が切れやすくなることによる。このことは水分子に限らず、O−H基やO−R基の結合についても言えることであり、これらの基を持つ他の分子も分解される場合が多いと考えられる。
【比較例2】
【0056】
複合金属酸化物BiVOの結晶構造を図11に示す。結晶構造中Bi3+は8個の酸素イオンに囲まれていて、BiO多面体のBi−Oの距離は平均約2.47オングストローム(2.354〜2.628)(非特許文献3、4)である。例えばその(100)面を図11破線で示すように切りだすと、表面をVO四面体と、BiO多面体から3個酸素を取り除いたBiO酸素5配位構造を形成することができる。この表面近傍に水分子を配置し、300Kに温度制御して量子分子動力学によるシミュレーションを行った結果を図12に示す。水分子は水分子のままの形で吸着し、乖離吸着は起こりにくいことが判明した。イオン一つ当たりの吸着分子数は多いものの分子分解力自体は弱いことが判明した。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明により金属酸化物触媒におけるターゲット分子の分解反応効率を高めることが可能となる。従来触媒として認知されていなかった金属酸化物に触媒としての機能を付与しうる。各種有機物の熱分解反応用に利用すれば反応温度をより低く出来、経済的である。有害有機物を分解することに利用すれが、環境浄化などにも大きく貢献できる。光触媒による有害有機物の分解メカニズムや、水素や酸素発生メカニズムにおける反応初期過程を考えれば、金属酸化物光触媒(但しSi4+, B3+の酸化物を含む。)において、In3+, Ga3+, Al3+, B3+, Si4+, Ge4+, Sn4+, Ti4+, Zr4+, Hf4+, V5+, Nb5+, Ta5+, Sb5+, Bi5+, W6+, Mo6+, Cr6+イオンのすくなくとも1種を主原料として含む金属酸化物光触媒の高効率化にも利用可能である。本発明の適用範囲は極めて広い。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】Y3+イオンを含む複合酸化物YVOの結晶において酸素7配位のYイオンを表面に露出する場合の劈開位置(破線部分)の例。
【図2】YO多面体とVO四面体およびVO構造を露出したYVOの(010)表面。
【図3】酸素3配位のVイオンを表面に露出した表面に水分子が温度300Kで乖離吸着した状態。
【図4】YO多面体とVO四面体を露出したYVOの(010)表面。
【図5】酸素7配位のYイオンを表面に露出した表面に水分子が温度300Kで分子吸着した状態。
【図6】V5+イオンを含む複合酸化物InVOの結晶において酸素3配位のVイオンを表面に露出する場合の劈開位置(破線部分)の例。
【図7】VO構造を表面に露出したInVOの(001)面。
【図8】酸素3配位のVイオンを表面に露出した表面に水分子が温度300Kで乖離吸着した状態。
【図9】In3+イオンを含む複合酸化物InVOの結晶において酸素4配位のInイオンを表面に露出する場合の劈開位置(破線部分)の例。
【図10】酸素4配位のInイオンを表面に露出した表面に水分子が温度300Kで乖離吸着した状態。
【図11】Bi3+イオンを含む複合酸化物BiVOの結晶において酸素5配位のBiイオンを表面に露出する場合の劈開位置(破線部分)の例。
【図12】酸素5配位のBiイオンを表面に露出した表面に水分子が温度300Kで分子吸着した状態。
【符号の説明】
【0059】
1.VO四面体
2.YO多面体
3.劈開位置
4.酸素イオン
5.バナジウムイオン
6.イットリウムイオン
7.バナジウムイオンに酸素イオンが3配位した構造
8.水素イオン
9.酸素イオンが3配位したバナジウムイオンに水分子の−OHが乖離吸着した部分(円内)
10.イットリウムイオンに酸素イオンが7配位した構造
11.水分子
12.酸素イオンが7配位したイットリウムイオンに水分子が分子吸着した部分(円内)
13.InO八面体
14.インジウムイオン
15.酸素イオンが四配位したインジウムイオンに水分子の−OHが乖離吸着した部分(円内)
16.BiO多面体
17.ビスマスイオン
18.酸素イオンが5配位したビスマスイオンに水分子が分子吸着した部分(円内)











【特許請求の範囲】
【請求項1】
室温安定状態における結晶構造中に金属イオン(Mn+)がx個の酸素イオンで囲まれた構造(MOx)を有する酸化物よりなる金属酸化物触媒(但しSi4+, B3+も金属イオン(Mn+)の範疇とする。)であって、その表面にある構造(MOx)における金属イオンと酸素イオンの平均距離が2.2オングストローム以下である酸素イオンの一部を除去してあることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項2】
請求項1に記載の金属酸化物触媒において、前記(MOx)のxが6である8面体であって、除去する酸素イオンが5個以下であることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項3】
請求項1に記載の金属酸化物触媒において、前記(MOx)のxが4である4面体であって、除去する酸素イオンが3個以下であることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項4】
請求項2に記載の金属酸化物触媒において、前記金属イオンは、In3+, Ga3+, Al3+, B3+, Si4+, Ge4+, Sn4+, Ti4+, Zr4+, Hf4+, V5+, Nb5+, Ta5+, Sb5+, Bi5+, W6+, Mo6+, Cr6+イオンの一種又はそれ以上であることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項5】
請求項3に記載の金属酸化物触媒において、前記金属イオンは、In3+, Ga3+, Al3+, B3+, Si4+, Ge4+, Sn4+, Ti4+, Zr4+, Hf4+, V5+, Nb5+, Ta5+, Sb5+, Bi5+, W6+, Mo6+, Cr6+イオンイオンの一種又はそれ以上であることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項6】
請求項1、2、3、4、あるいは5に記載の金属酸化物で金属的電気伝導を示さない半導体であることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項7】
請求項1、3、5、あるいは6に記載の金属酸化物触媒において、その母体結晶内部が、組成RVOで表されるバナジウム含有複合酸化物(式中、RはY, Gd, Lu元素)であることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項8】
請求項7に記載の金属酸化物において、母体結晶内部が、I4/amd空間群に属すジルコンタイプ結晶構造を持つことを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項9】
請求項1、2、4、あるいは6に記載の金属酸化物において、その母体結晶内部が、組成TVOで表されるバナジウム含有複合酸化物(式中、TはIn, Ga, Al)であることを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項10】
請求項1、2、4、あるいは6に記載の金属酸化物において、その母体結晶内部が、組成InVOで表され、Cmcm空間群に属する結晶構造を持つことを特徴とする金属酸化物触媒。
【請求項11】
請求項6から10のいずれかに記載の金属酸化物触媒において、その中に含まれる金属イオンMn+から3〜10オングストローム離れた位置にCo, Ni, Cu, あるいはAg原子が配置され、そのCo, Ni, Cu, あるいはAg原子同士の距離が平均で6オングストローム以上である金属酸化物触媒。
【請求項12】
請求項6から11のいずれかに記載の金属酸化物触媒において、その中に含まれる酸素イオンの一部がN、P、S、あるいはSeで置換された、あるいは置換されたと見なしうる金属酸化物触媒。
【請求項13】
請求項1から12のいずれかに記載の金属酸化物触媒において、助触媒あるいは電極物質(例えばRu、Rh、Ir、Pd、Pt、Au などの貴金属、Niなどの遷移金属、NiO、IrO、NiOあるいはRuOなど)を担持した金属酸化物触媒。
【請求項14】
請求項1から13のいずれかに記載の金属酸化物触媒の存在下で、化学物質あるいは有害化学物質に、光を照射すること、あるいは加熱することを特徴とする、化学物質あるいは有害化学物質の分解方法。























【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−55302(P2008−55302A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−234407(P2006−234407)
【出願日】平成18年8月30日(2006.8.30)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】