説明

鉄鋼表面の防錆処理剤

【課題】鉄鋼表面に、防錆効果に優れ、しかもそのままめっき可能な防錆皮膜を形成できる防錆処理剤を提供すること。
【解決手段】水酸化ナトリウム等のアルカリ物質1〜30重量%、キノリン等の腐食抑制剤0.05〜2重量%、正リン酸アンモニウム等のリン酸塩1〜30重量%、タングステン酸アルカリ金属塩等の無機酸化剤0.5〜10重量%及びフッ素系等の非イオン性界面活性剤0.0001〜1重量%を含み、残部が水である鉄鋼表面の防錆処理剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼表面の防錆処理剤に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板、鋼管、鋼棒、鋼線等の鉄鋼製品を、めっきする場合、めっき前の該製品を高温、多湿な環境に放置すると、発錆して外観を損ない、又めっき皮膜の密着性を阻害する。特に、鉄鋼製品をめっきするに当たって、湿式研削および湿式研磨を行った場合、研磨面が極めて発錆し易くなるために、室内に放置する場合にも防錆処理が必要になるが、従来公知の亜硝酸系防錆処理剤は、防錆効果が不十分であり、研磨後1日程度の短時間で発錆する。また、アルカノールアミン系研削油剤も防錆効果が不十分であり、又これを表面に塗布したままめっきするとめっき皮膜の密着性が低下する。
【0003】
そのため、鉄鋼製品、特に研磨後の鉄鋼製品に処理することにより、研磨後少なくとも1週間以上室内に放置しても、実質的に錆が生じず、又そのままめっき処理してもめっき皮膜の密着性が低下しない防錆処理剤が要望されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、鉄鋼表面に、防錆効果に優れ、しかもそのままめっき可能な防錆皮膜を形成できる防錆処理剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、鋭意研究した結果、アルカリ物質、腐食抑制剤、リン酸塩、無機酸化剤及び非イオン性界面活性剤を含む水溶性防錆液により、上記目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
本発明は、以下の鉄鋼表面の防錆処理剤を提供するものである。
【0007】
1.アルカリ物質、腐食抑制剤、リン酸塩、無機酸化剤及び非イオン性界面活性剤を含み、残部が水である鉄鋼表面の防錆処理剤。
【0008】
2.アルカリ物質が、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム及び炭酸カリウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である上記項1に記載の防錆処理剤。
【0009】
3.腐食抑制剤が、キノリン、キノリン誘導体、飽和環状イミン類、アルデヒド類及びブチンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種である上記項1又は2に記載の防錆処理剤。
【0010】
4.リン酸塩が、正リン酸アンモニウム塩、正リン酸アルカリ金属塩、第3リン酸アンモニウム塩、第3リン酸アルカリ金属塩、ピロリン酸アンモニウム塩、ピロリン酸アルカリ金属塩、トリポリリン酸アンモニウム塩及びトリポリリン酸アルカリ金属塩からなる群より選ばれる少なくとも一種である上記項1〜3のいずれかに記載の防錆処理剤。
【0011】
5.無機酸化剤が、タングステン酸アルカリ金属塩、モリブデン酸アルカリ金属塩及びセリウム塩からなる群より選ばれる少なくとも一種である上記項1〜4のいずれかに記載の防錆処理剤。
【0012】
6.非イオン性界面活性剤が、フッ素系非イオン性界面活性剤及び脂肪族アルコール系非イオン性界面活性剤からなる群より選ばれる少なくとも一種である上記1〜5のいずれかに記載の防錆処理剤。
【0013】
7.アルカリ物質1〜30重量%、腐食抑制剤0.05〜2重量%、リン酸塩1〜30重量%、無機酸化剤0.5〜10重量%及び非イオン性界面活性剤0.0001〜1重量%を含み、残部が水である上記項1〜6のいずれかに記載の防錆処理剤。
【0014】
8.pHが、8〜12である上記項1〜7のいずれかに記載の防錆処理剤。
【0015】
以下、本発明の防錆処理剤の各成分について、詳述する。
【0016】
アルカリ物質は、本発明処理剤のpHを調整し、本発明処理剤を鉄鋼表面に吸着し易くする機能を有する。かかるアルカリ物質としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどを挙げることができ、これらの少なくとも一種を用いる。アルカリ物質の濃度は、1〜30重量%程度であるのが好ましく、5〜15重量%程度であるのがより好ましい。
【0017】
腐食抑制剤は、鉄鋼表面に吸着して、安定な防錆皮膜を形成して鉄鋼表面を腐食から守る機能を有する。かかる腐食抑制剤としては、例えば、キノリン;オキシキノリン等のキノリン誘導体;シクロデカメチレンイミン、ピペラジン等の飽和環状イミン類;ベンツアルデヒド、ホルムアルデヒド等のアルデヒド類;ブチンジオール等を挙げることができ、これらの少なくとも一種を用いる。腐食抑制剤の濃度は、0.0001〜1重量%程度であるのが好ましく、0.01〜0.5重量%程度であるのがより好ましい。
【0018】
リン酸塩は、鉄鋼表面の鉄と反応してリン酸塩皮膜を形成させ、長期間酸素を遮断する防錆皮膜となる機能を有する。かかるリン酸塩としては、例えば、正リン酸アンモニウム塩、正リン酸アルカリ金属塩、第3リン酸アンモニウム塩、第3リン酸アルカリ金属塩、ピロリン酸アンモニウム塩、ピロリン酸アルカリ金属塩、トリポリリン酸アンモニウム塩及びトリポリリン酸アルカリ金属塩等を挙げることができ、これらの少なくとも一種を用いる。アルカリ金属塩の場合のアルカリ金属としては、ナトリウム、カリウム等を挙げることができる。リン酸塩の濃度は、1〜30重量%程度であるのが好ましく、5〜10重量%程度であるのがより好ましい。
【0019】
無機酸化剤は、リン酸塩と鉄鋼表面の鉄との反応を促進してリン酸塩皮膜をより強固にし、又容易にめっきできる防錆皮膜とする機能を有する。かかる無機酸化剤としては、例えば、タングステン酸アルカリ金属塩、モリブデン酸アルカリ金属塩、セリウム塩等を挙げることができ、これらの少なくとも一種を用いる。セリウム塩としては、例えば、硝酸セリウム、硫酸セリウム、塩化セリウム等を挙げることができる。アルカリ金属塩の場合のアルカリ金属としては、ナトリウム、カリウム等を挙げることができる。無機酸化剤の濃度は、0.5〜10重量%程度であるのが好ましく、1〜5重量%程度であるのがより好ましい。
【0020】
非イオン性界面活性剤は、本発明処理剤の各成分の分散性、溶解性を高め、鉄鋼表面への吸着性を助長して皮膜形成を促進する働きをする。かかる非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリフルオロアルキルアミン等のフッ素系非イオン性界面活性剤;ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールノニルフェニルエーテル等を挙げることができ、これらの少なくとも一種を用いる。界面活性剤としては、これら以外のものも使用することができ、濃度も特に限定されない。非イオン性界面活性剤の濃度としては、通常、0.0001〜1重量%程度が好ましく、0.01〜0.1重量%程度がより好ましい。
【0021】
本発明の防錆処理剤は、本発明処理剤の特性を損なわない範囲で、必要に応じて、シラン化合物、有機酸、アミン化合物等の公知の添加剤を含んでいてもよい。
【0022】
本発明の鉄鋼表面の防錆処理剤は、pH8〜12程度であるのが、良好な防錆皮膜が形成される点から好ましい。pH8未満では、良好な防錆皮膜を形成することが困難となる。pH調整は、アルカリ物質の濃度により、適宜調整できる。
【0023】
本発明の防錆処理剤は、アルカリ物質、腐食抑制剤、リン酸塩、無機酸化剤及び非イオン性界面活性剤である必須成分、並びに必要に応じてその他の添加剤を、それぞれ適量、常法に従って、全量が100重量%となる水中に、溶解又は分散させることにより、容易に調製することができる。
【0024】
本発明の防錆処理剤を適用する鉄鋼としては、特に限定されないが、例えば、鋼板、鋼管、鋼棒、鋼線等の各種鉄鋼製品を挙げることができる。特に、鉄鋼製品をめっきするに当たって、湿式研削および湿式研磨を行った後、めっき工程前に室内に放置する場合における防錆処理として、極めて好適である。
【0025】
本発明の防錆処理剤を鉄鋼表面に適用する方法としては、例えば、浸漬、刷毛塗り、スプレー塗装などの一般的な塗布方法を用いることができるが、特に浸漬によるのが好ましい。浸漬により塗布する場合の浸漬時間は、通常、0.1〜150分間程度とするのが、好ましい。その塗布量は、乾燥後の膜厚で0.1〜1,000μm程度とするのが、十分な防錆効果を得る点から、好ましく、1〜100μm程度とするのがより好ましい。適用時の温度は、特に限定されず、常温で塗布すればよい。
【0026】
本発明の防錆処理剤を塗布した後は、通常、1〜30分間程度、常温乃至50℃程度の温度で乾燥させるのが、好ましい。
【0027】
かくして、鉄鋼表面に、本発明防錆処理剤による防錆皮膜が形成され、優れた防錆効果が発揮される。また、この防錆皮膜上には、そのままの状態で、常法による硬質クロムめっき等、又酸処理後、銅めっき、ニッケルめっき等の各種めっき処理を、直接することができ、これにより、密着性に優れためっき皮膜を得ることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の防錆処理剤により、鉄鋼表面に、防錆皮膜を形成することにより、通常の倉庫等の室内に放置した場合に、1週間〜3ヶ月以上という長期間の防錆効果が発揮される。
【0029】
また、本発明防錆処理剤による防錆皮膜は、その皮膜を形成したままで、各種めっき処理をしても、得られるめっき皮膜の密着性が低下しない。従って、本発明の防錆処理剤は、特に、鉄鋼製品をめっきするに当たって、湿式研削および湿式研磨を行った後、めっきする迄の間、室内に放置する場合における防錆処理用として好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、実施例及び比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。
【0031】
実施例1
水酸化カリウム15g/L、ピロリン酸カリウム100g/L、タングステン酸ナトリウム10g/L、キノリン1.5g/L及びフッ素系非イオン性界面活性剤(商品名「フタージェント251」、(株)ネオス製)0.1g/Lを含み、残部が水となるように、各成分を混合して、pH11の本発明の防錆処理剤を得た。
【0032】
実施例2
炭酸ナトリウム30g/L、正リン酸アンモニウム80g/L、タングステン酸ナトリウム10g/L、オキシキノリン1.0g/L及びフッ素系非イオン性界面活性剤(商品名「フタージェント251」、(株)ネオス製)0.1g/Lを含み、残部が水となるように、各成分を混合して、pH10の本発明の防錆処理剤を得た。
【0033】
実施例3
水酸化ナトリウム15g/L、トリポリリン酸ナトリウム100g/L、モリブデン酸ナトリウム10g/L、ブチンジオール0.5g/L及び非イオン性界面活性剤(ポリエチレングリコールノニルフェニルエーテル)0.1g/Lを含み、残部が水となるように、各成分を混合して、pH11の本発明の防錆処理剤を得た。
【0034】
実施例4
水酸化ナトリウム15g/L、ピロリン酸ナトリウム100g/L、硝酸セリウム10g/L、シクロデカメチレンイミン0.3g/L及びフッ素系非イオン性界面活性剤(商品名「フタージェント251」、(株)ネオス製)0.1g/Lを含み、残部が水となるように、各成分を混合して、pH11の本発明の防錆処理剤を得た。
【0035】
実施例5
水酸化ナトリウム15g/L、第3リン酸ナトリウム100g/L、タングステン酸カリウム10g/L、ベンツアルデヒド0.3g/L及び非イオン性界面活性剤(ポリエチレングリコール)0.1g/Lを含み、残部が水となるように、各成分を混合して、pH11の本発明の防錆処理剤を得た。
【0036】
比較例1
市販の亜硝酸塩系防錆剤Aを、水で10倍希釈して、比較用の防錆処理剤を得た。
【0037】
比較例2
市販の亜硝酸塩系防錆剤Bを、水で30倍希釈して、比較用の防錆処理剤を得た。
【0038】
比較例3
市販のアルカノールアミン系水溶性研削油剤を、水で30倍希釈して、比較用の防錆処理剤を得た。
【0039】
防錆効果試験
実施例1〜5及び比較例1〜3の各防錆処理剤の防錆効果試験を、次の様にして、行った。即ち、鉄鋼材料であるSS34材(30mmφの丸棒、長さ150mm)を、各処理剤に5分間浸漬し、取り出した後30℃で5分間乾燥して、厚さ約0.1〜10μmの防錆皮膜を形成した。
【0040】
これを室温で、相対湿度40%の室内に放置し、経日的に、目視により錆の発生の有無を観察し、次の基準で、評価した。◎は錆が全く発生しなかったことを、○は錆が発生したがぬぐうと消えることを、△はわずかに錆が発生したことを、×は錆が発生したことを、それぞれ示す。防錆効果試験の結果を、表1に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
防錆効果試験の結果、実施例1の防錆処理剤中に浸漬した試料は、90日後も錆の発生が見られず、更に180日後でもわずかに変色した程度であった。比較例1〜3の市販防錆処理剤は、いずれも1日後に錆が発生した。腐食抑制剤として、キノリン又はキノリン誘導体を用いた実施例1及び2の防錆処理剤は最も防錆効果が大きかった。腐食抑制剤として、ブチンジオール、シクロデカメチレンイミン又はベンツアルデヒドを用いた実施例3〜5の防錆処理剤は、キノリンを用いた実施例1の防錆処理剤ほどではなかったが、市販品に比して顕著な防錆効果が見られた。
【0043】
めっき処理試験
実施例1〜5及び比較例1〜3の各防錆処理剤について、前記防錆効果試験と同様にして、SS34材上に防錆皮膜を形成した。この防錆皮膜上のめっき処理試験を、次の様にして、行った。即ち、無水クロム酸200g/Lの水溶液中で、防錆皮膜を形成した試験片を陽極にして、20A/dmで、20秒間、通常のエッチング処理後、50℃、電流密度50A/dmで、約1時間クロムめっきして、厚さ30μmの硬質クロムめっき膜を形成した。
【0044】
得られためっき皮膜の密着性の判定は、上記で硬質クロムめっきした試験片を、角度90度に折り曲げて、めっき膜のはく離の有無を確認して、行った。
【0045】
実施例1〜5及び比較例1の各防錆処理剤では、硬質クロムめっき膜のSS34材からのはく離は認められなかった。比較例2の防錆処理剤に浸漬した場合は、わずかにSS34材とクロムめっき膜との間ではく離が見られた。比較例3の防錆処理剤に浸漬した場合は、SS34材からのクロムめっき膜のはく離がかなり見られ、めっき膜の密着性が劣悪であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ物質、腐食抑制剤、リン酸塩、無機酸化剤及び非イオン性界面活性剤を含み、残部が水である鉄鋼表面の防錆処理剤。
【請求項2】
アルカリ物質が、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム及び炭酸カリウムからなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項1に記載の防錆処理剤。
【請求項3】
腐食抑制剤が、キノリン、キノリン誘導体、飽和環状イミン類、アルデヒド類及びブチンジオールからなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項1又は2に記載の防錆処理剤。
【請求項4】
リン酸塩が、正リン酸アンモニウム塩、正リン酸アルカリ金属塩、第3リン酸アンモニウム塩、第3リン酸アルカリ金属塩、ピロリン酸アンモニウム塩、ピロリン酸アルカリ金属塩、トリポリリン酸アンモニウム塩及びトリポリリン酸アルカリ金属塩からなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項1〜3のいずれかに記載の防錆処理剤。
【請求項5】
無機酸化剤が、タングステン酸アルカリ金属塩、モリブデン酸アルカリ金属塩及びセリウム塩からなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項1〜4のいずれかに記載の防錆処理剤。
【請求項6】
非イオン性界面活性剤が、フッ素系非イオン性界面活性剤及び脂肪族アルコール系非イオン性界面活性剤からなる群より選ばれる少なくとも一種である請求項1〜5のいずれかに記載の防錆処理剤。
【請求項7】
アルカリ物質1〜30重量%、腐食抑制剤0.05〜2重量%、リン酸塩1〜30重量%、無機酸化剤0.5〜10重量%及び非イオン性界面活性剤0.0001〜1重量%を含み、残部が水である請求項1〜6のいずれかに記載の防錆処理剤。
【請求項8】
pHが、8〜12である請求項1〜7のいずれかに記載の防錆処理剤。

【公開番号】特開2007−138264(P2007−138264A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−335458(P2005−335458)
【出願日】平成17年11月21日(2005.11.21)
【出願人】(598124135)野口工機株式会社 (2)
【Fターム(参考)】