説明

銅合金材およびその製造方法

【課題】 本発明は、合金の組成や析出物を変えることなく、耐疲労特性の優れた銅合金材を提供することを目的とする。
【解決手段】 EBSD法で測定されるCube方位{001}<100>の面積率が5〜50%である集合組織を有し、かつ平均結晶粒径が15μm以上200μm以下であることを特徴とする疲労特性に優れた銅合金材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リードフレーム、端子、コネクタ、ワイヤーハーネス、ターミナル、リレー、スイッチ、ばね材料などの電気・電子機器に適用される銅合金材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、一般的に電気・電子機器用材料としては、鉄系材料のほか、電気伝導性および熱伝導性に優れるリン青銅、丹銅、黄銅等の銅系材料も広く用いられている。
近年、電気・電子機器の小型化、軽量化、さらにこれに伴う部品高密度実装化に対する要求が高まり、これらに適用される銅系材料にも種々の特性についてより高水準のレベルが求められている。必要とされる特性のうち主なものとしては、導電性、耐応力緩和性、曲げ加工性、ばね性、及び耐疲労特性などを挙げることができる。このような要求を満足すべく、機械強度が高く、曲げ加工性に優れ、導伝率が高いコルソン合金(Cu−Ni−Si系)やチタン銅、ベリリウム銅が電気・電子機器用途として開発されている。
例えば、曲げ加工性を低下させないで機械強度を向上させたチタン銅合金およびその製造方法が提案されている(特許文献1参照)。また合金の組成や析出物を制御して疲労特性を向上させる方法についても提案されている(特許文献2〜4参照)。しかし、合金の組成や析出物による機械強度の増加には限界がある。また曲げ加工性や導電率とバランスさせながら、機械強度や疲労特性を向上させる点からも限界があり、改良が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−356726号公報
【特許文献2】特開2002−3963号公報
【特許文献3】特開2005−187885号公報
【特許文献4】特開2004−225112号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、合金の組成や析出物を変えることなく、耐疲労特性の優れた銅合金材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、これらの課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、EBSD法で測定されるCube方位{001}<100>の割合が5〜50%である集合組織を有し、かつ結晶粒径が15μm以上、200μm以下である銅合金材が、耐疲労特性に優れることを見出した。本発明はこの知見に基づきなされたものである。
すなわち、本発明は、
(1)EBSD法で測定されるCube方位{001}<100>の面積率が5〜50%である集合組織を有し、かつ結晶粒径が15μm以上、200μm以下であることを特徴とする銅合金材、
(2)EBSD法で測定されるND Rotated Cube方位{100}<011>の面積率が2〜30%である集合組織を有することを特徴とする(1)に記載の銅合金材、
(3)Niを2.0〜5.0mass%、Siを0.40〜1.70mass%含有し、残部がCuと不可避不純物からなることを特徴とする(1)または(2)に記載の銅合金材、
(4)銅合金がB、Al、As、Hf、Zr、Cr、Ti、C、Co、Fe、P、In、Sb、Mn、Ta、V、Sn、ZnおよびMgからなる群から選ばれる少なくとも1つを合計で0.005〜1.5mass%含有することを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1項に記載の銅合金材及び、
(5)(1)〜(4)のいずれか1項に記載の銅合金材を製造する方法であって、銅合金の柱状晶の[100]軸を鋳造方向と直交する面から±15°以内とすることを特徴とする、連続鋳造または半連続鋳造による銅合金材の製造方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、強度、曲げ加工性、導電率のいずれも損なうことなく耐疲労特性に優れた銅合金材を得ることができる。そのため、リードフレーム、端子、コネクタ、ワイヤーハーネス、ターミナル、リレー、スイッチ、ばね材料などの電気・電子機器に好適な銅合金材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明の銅合金材及びその製造方法について好ましい実施の態様を、以下に詳細に説明する。なお、本発明の銅合金材は、特定の形状を有する銅合金材、例えば板材、条材、線材、棒材、箔などであり、どのような電気電子部品にも用いることができ、その部品は特に限定されるものではないが、例えば、リードフレーム、端子、コネクタ、ワイヤーハーネス、ターミナル、リレー、スイッチ、ばね材料など高度の疲労特性が要求される部品に好適に用いられる。
【0008】
まず、EBSD法とその方法から得られる情報について説明する。
(1)EBSD法
本発明の銅合金材の結晶方位は、EBSD(Electron Backscatter Diffraction:電子後方散乱回折)法(以下単に、「EBSD法」という。)で測定される。EBSD法では、走査電子顕微鏡(SEM)内で試料表面の1点に電子線を入射させ、生じる反射電子回折模様から、その箇所での結晶方位や結晶構造を得ることができる。そして一定間隔で試料表面上に電子線を走査させることにより、その走査部分の結晶方位や結晶構造を得ることができる。本発明においては、結晶粒を200個以上含む、500μm四方の試料面積に対し、0.5μmのステップでスキャンし、方位を解析した。全ての測定点に対してこのずれ角度を計算して小数第一位までを有効数字とし、Cube方位から10°以内の方位を持つ結晶粒の面積を全測定面積で除し、面積率とした。
EBSDによる方位解析において得られる情報は、電子線が試料に侵入する数10nmの深さまでの方位情報を含んでいるが、測定している広さに対して充分に小さいため、本明細書中では面積率として記載した。また、方位分布は板厚方向で異なることがあるため、EBSDによる方位解析は板厚方向に3点をとり、平均を取った。
以上により、銅合金材のCube方位{001}<100>とND Rotated Cube方位{100}<011>の面積率が測定される。
【0009】
(2)Cube方位
本発明の銅合金材及びその製造方法においては、EBSD法で測定されるCube方位{001}<100>の面積率が5〜50%である集合組織を有するものとされる。具体的には、EBSD法で測定された部分の面積の5〜50%がCube方位{001}<100>であればよい。
端子、コネクタ、ワイヤーハーネスなどの電気・電子機器の金属部品には、部品の動作あるいは着脱の際に、弾性応力内の曲げ応力が繰り返し与えられる。巨視的には弾性範囲内の応力でも、微視的にはごく一部の原子がもといた場所に戻らない非弾性的な挙動の振舞いを起こし、これが蓄積してクラックの導入および破壊を起こす。それに対して、Cube方位{001}<100>の面積率を5〜50%に高めることで、微視的な原子の非弾性的な挙動の発生頻度が減少するため、クラックの発生が抑制され、疲労寿命が増大するという効果が得られる。面積率が5%未満では効果が小さく、50%より大きい場合は伸びの特性が低下するため、面積率は5〜50%とした。
さらに、EBSD法で測定されるND Rotated Cube方位{100}<011>の面積率を2〜30%とすることが好ましい。その場合には、同様に微視的な原子の非弾性的な挙動の発生頻度が減少する効果が得られる。面積率が2%未満では効果が小さく、30%より大きい場合は伸びの特性が低下するため、面積率は2〜30%とした。
【0010】
(3)結晶粒径
本発明においては、EBSD法で測定される結晶粒径を15μm以上、200μm以下とすることにより、粒界等の微視的に原子の配列が乱れた部位が少なくなるため、微視的な原子の非弾性的な挙動の発生頻度が減少し、クラックの発生が抑制され、疲労強度が増大する。結晶粒径が15μm未満では疲労強度の向上の効果が小さく、200μmより大きい場合は曲げ加工性の特性が低下するため、結晶粒径は15μm〜200μmとした。結晶粒径を15μm以上とするためには、例えば、溶体化熱処理の温度、時間、および前加工時の歪量を調整することでできる。
EBSD法で測定される結晶粒径は、JIS H 0501に従い切断法により求めた。
【0011】
次に本発明の合金に使用される好ましい材料について説明する。本発明においては、Niを1.5〜5.0%(質量%、以下同じ)、Siを0.40〜1.70%含有し、残部がCuと不可避不純物からなる銅合金材を好ましく使用することができる。この合金を使用することにより、Cu中にNiとSiを加え、Ni−Si化合物を微細析出させる、析出強化型合金とすることができる。この析出強化型合金を製造する工程には、次の2つの重要な熱処理が取り入れられる。まず、溶体化処理とよばれる高温(通常は700℃以上)にてNiとSiをCu母相に固溶させる目的の熱処理と、溶体化処理温度より低い温度で熱処理する、いわゆる時効析出処理である。この時効析出処理により、高温で固溶したNiとSiを析出させることができる。このようにして高い温度と低い温度でNiとSiがCuに固溶する原子の量の差を使って、本発明の合金を製造することができる。
【0012】
NiとSiについては、NiとSiの添加比を制御することにより、Ni−Si化合物の析出強化によって銅合金材の強度を向上させることができる。Niの含有量は1.5〜5.0mass%であり、好ましくは2.0〜4.5mass%である。Siの含有量は0.40〜1.70mass%であり、好ましくは0.45〜1.2mass%である。
【0013】
本発明の銅合金材には、さらにB、Al、As、Hf、Zr、Cr、Ti、C、Co、Fe、P、In、Sb、Mn、Ta、V、Sn、ZnおよびMgからなる群から選ばれる少なくとも1つを合計で0.005〜1.5mass%含有することができる。
これらの元素の銅合金材中の含有量の総量が1.5mass%を超える場合には、導電性を低下させる弊害を生じる場合がある。
Mg、Sn、Znは、添加することにより、耐応力緩和特性を向上させることができる。それぞれを添加した場合よりも、併せて添加した場合に相乗効果によって、さらに耐応力緩和特性が向上する。また半田脆化が著しく改善する効果がある。Mnは添加すると強度を向上させることができる
Cr、Fe、Ti、Zr、HfはNiやSiとの化合物や単体で微細に析出し、析出硬化に寄与する。またB、Pは熱間加工性を向上させるとともに、強度を向上させる。
そのほか、Al、As、C、Co、In、Sb、TaおよびVは、母相に固溶し強度を向上させる。
【0014】
製造方法について述べる。
従来の電気・電子機器に適用される銅合金材(例えば、コルソン合金)の製造方法は、鋳造−均質化−熱間圧延−冷間圧延−溶体化熱処理−時効析出熱処理−仕上圧延−調質焼鈍である。通常この方法でのCube方位の面積率は、せいぜい3%未満である。
鋭意研究の結果、Cube方位の面積率を高めるためには、鋳塊段階においてCube方位の結晶粒が多く存在することが有意であることが分かった。従来方法では、鋳塊でのCube方位の面積率が小さく、鋳造−均質化−熱間圧延−冷間圧延−溶体化熱処理−時効析出熱処理−仕上圧延−調質焼鈍の一連の工程後の銅合金材のCube方位が十分に成長しなかった。
本発明においては、銅合金材の柱状晶の[100]軸を鋳造方向と直交する面から±15°以内として鋳造することが好ましい。これにより鋳塊のCube方位を高めることができ、鋳造−均質化−熱間圧延−冷間圧延−溶体化熱処理−時効析出熱処理−仕上圧延−調質焼鈍の一連の工程後の銅合金材のCube方位の面積率を高くすることができる。鋳塊組織の柱状晶の[100]軸の向きを調整するために、鋳型下端以降の2次冷却の冷却能を小さく設定するか、1次冷却を強くするためにモールド用フラックスとして硼砂、硼酸、および氷晶石を主成分とする溶融フラックスを使用するか、両方を同時に行ってもよい。鋳造以降の工程においては、均質化処理後に、500〜1000℃の温度で、トータル加工率が20〜97%の熱間圧延を実施し、その後50%〜99.9%の冷間圧延を実施するとよい。その後に再結晶がおこる溶体化熱処理にて、溶質元素が完全に固溶する温度とその温度からプラス20℃の範囲で、5秒〜5分間保持することで、結晶粒を15ミクロン以上に制御できる。
なお本発明の銅合金材は連続鋳造でも半連続鋳造でも製造することができる。
【実施例】
【0015】
以下に本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0016】
(供試材の作製)
本発明の実施例及び比較例に用いた銅合金は、表1に示した成分を含有し、残部がCuと不可避不純物からなる合金(実施例1〜3、比較例1〜4)である。これらの各合金をコアレス炉(高周波誘導溶解炉)にて木炭被覆下で大気溶解し、4辺が銅モールドに囲まれた鋳型に鋳造し、厚さ250mm、幅620mm、長さ2500mmの鋳塊を作製した。
次に鋳型の幅155mm位置と厚み125mm位置の交点位置に、φ3mmの径のSUS棒を鋳型上端部の湯面より鉛直方向に挿入し、未凝固部の深さを測定した。得られた未凝固部の深さから鋳型長さ(銅モールド長さ)を減じた値を、鋳型下端深さから凝固終了深さまでの距離として定義した。この距離が250mm以上となるように、鋳造速度を50〜200mm/分の範囲で調整して、鋳造を行い、鋳塊を得た。
得られた鋳塊より定常部の250×620×300mmブロックを切断し取り出し、幅620mmの中央部より鋳造方向と平行断面のスライス(250×15×300mm)を採取した。これを硝酸に0.5〜1時間浸し、エッチングされて得られたマクロ組織より柱状晶の[100]軸の向きを得た。鋳造方向と直交する面と柱状晶の[100]軸の向きが交わる角度を測定し、この平均値を表1に示した。
さらに鋳塊を均質化処理後、500〜1000℃に温度調整し、トータル加工率で60〜96%の圧延を行い、その後得られた圧延材を直接水冷して厚さ約10mmのコイルとした。この圧延材の表面をミーリングし酸化スケールを除去した。この時点での圧延材のCube方位の割合は5〜95%とした。その後、加工率85〜99.8%の冷間圧延、700〜1020℃で5秒〜1時間の溶体化熱処理、加工率1〜60%の仕上げ冷間圧延、200〜600℃で5秒〜10時間の調質焼鈍を記載の順に実施し、厚さ0.15mmの供試材を得た。
【0017】
(銅合金材の供試材の特性評価)
銅合金材の供試材について、下記の特性評価を行い、その結果を表1に示した。
a.EBSD法による評価
測定面積が結晶粒を200個以上含む、500μm四方の試料面積に対し、0.5μmのステップでスキャンし、方位を解析した。まず測定部分の結晶の方位を同定し、Cube方位{001}<100>及びND Rotated Cube方位{100}<011>の占める面積率を各々求めた。また同時に結晶粒径を測定した。
【0018】
b.引張試験
供試材から圧延方向と平行に切り出したJIS Z2201−13B号の試験片を引張速度50mm/分、ゲージ長50mmの条件で、JIS Z2241に準じて3本測定し、0.2%耐力および付与応力について、その平均値を示した。
【0019】
c.疲労試験
供試材から圧延方向と平行に切り出した幅10mmの試験片について、JIS Z 2273に準じて、両振り平面曲げの疲労試験を行った。試験片に加わる最大応力(σ)、振幅(f)、支点と作用点との距離(L)、および試料の厚み(t:0.15mm)が、以下の式となるように試験条件を設定した。
L=√(3tEf/(2σ))
E:ヤング率(=120GPa)
試料が破断したときの回数(Nf)を5回測定し、その平均値を疲労寿命繰り返し回数とした。
【0020】
【表1】

【0021】
本発明の実施例1〜3の銅合金材は、0.2%耐力及び付与応力に問題はなく、疲労寿命繰り返し回数が1.2×10〜1.6×10と良好な値を示している。
それに対して、比較例4ではCube方位{001}<100>の面積率(%)が5%未満で、結晶粒径が15μm未満であるため、疲労寿命繰り返し回数は実施例のほぼ半分という結果になっている。また比較例3では結晶粒径が15μm以上であるが、Cube方位{001}<100>の面積率(%)は5%未満であるので、やはり疲労寿命繰り返し回数は実施例のほぼ半分という結果になっている。
また比較例1、2はCube方位{001}<100>の面積率(%)は5〜50%の範囲内にあるが、結晶粒径が15μm未満のため、疲労寿命繰り返し回数は実施例より劣る結果になっている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
EBSD法で測定されるCube方位{001}<100>の面積率が5〜50%である集合組織を有し、かつ平均結晶粒径が15μm以上、200μm以下であることを特徴とする銅合金材。
【請求項2】
EBSD法で測定されるND Rotated Cube方位{100}<011>の面積率が2〜30%である集合組織を有することを特徴とする請求項1に記載の銅合金材。
【請求項3】
Niを1.5〜5.0mass%、Siを0.40〜1.70mass%含有し、残部がCuと不可避不純物からなることを特徴とする請求項1または2に記載の銅合金材。
【請求項4】
銅合金がB、Al、As、Hf、Zr、Cr、Ti、C、Co、Fe、P、In、Sb、Mn、Ta、V、Sn、ZnおよびMgからなる群から選ばれる少なくとも1つを合計で0.005〜1.5mass%含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の銅合金材。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の銅合金材を製造する方法であって、銅合金の柱状晶の[100]軸を鋳造方向と直交する面から±15°以内とすることを特徴とする、連続鋳造または半連続鋳造による銅合金材の製造方法。

【公開番号】特開2011−12321(P2011−12321A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−158868(P2009−158868)
【出願日】平成21年7月3日(2009.7.3)
【出願人】(000005290)古河電気工業株式会社 (4,457)
【Fターム(参考)】