説明

銅触媒の製造方法および銅触媒前駆体の熟成方法

【課題】触媒活性が良好な銅触媒を再現性良く効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】(1)水溶性銅塩を含有する酸性水溶液Aと、沈殿剤を含有する水溶液Bとを混合することにより;金属水酸化物換算のスラリー濃度が5〜10質量%であり、炭酸イオンを含むスラリーを得る工程、および(2)前記スラリーを45〜100℃で熟成する工程を有する、銅触媒の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、触媒活性が良好な銅触媒を再現性良く効率的に製造する方法および銅触媒前駆体の熟成方法に関する。前記銅触媒は、例えば、メタノール合成反応またはその逆反応、メタノール改質反応、シフト反応またはその逆反応に用いることができる。
【背景技術】
【0002】
メタノール合成プロセスは、化学工業では非常に重要な基礎プロセスである。最近では、CO2およびH2を主原料とするメタノール合成プロセスも知られている。炭素資源の循環再利用および地球環境問題の観点から、前記プロセスは特に注目が高まってきている。
【0003】
上記プロセス等に用いられる触媒としては、銅/酸化亜鉛/酸化アルミニウム/酸化ジルコニウム、銅/酸化亜鉛/酸化アルミニウム/酸化ジルコニウム/酸化ガリウムなどの銅系多成分触媒が知られている(例えば、特許文献1〜4、非特許文献1参照)。これらの触媒は、何れも銅を含み、高活性である。
【0004】
多成分触媒は、一般的には目的とする触媒成分を含有する酸性水溶液と沈殿剤を含有する水溶液とを液相反応させて触媒前駆体である沈殿物を生成させ、前記沈殿物を適宜熟成した後、洗浄、焼成して製造されている。触媒前駆体は、沈殿物生成時のみならず、その後の熟成時にも変化し続けることが知られている。このため、沈殿物生成時や熟成時の温度、共存物質、pHなどの条件が少しでも変わると、触媒活性を再現できなくなることがある(例えば、非特許文献2参照)。
【0005】
触媒の開発において、試作段階では、安定に触媒活性を発現させるため、(生産性を考慮すれば非効率的ではあるが)できるだけ触媒性能が変化しない製造条件が採用される。他方、実用化段階(工業化段階)では、触媒性能を維持したまま、生産性を向上させることが重要となる。
【0006】
しかしながら、試作段階で一度選定された製造条件を変更すると、触媒活性が大きく低下することが多い。そこで一般的には、実用化段階(工業化段階)でも、触媒性能は再現しやすいが生産性を考慮すれば非効率的な製造条件が採用される。
【0007】
例えば、特許文献3に記載の触媒は高活性ではあるが、実施例1の製造方法に従えば、沈殿終了時の金属水酸化物換算のスラリー濃度は3.3質量%程度であり、また熟成には一昼夜を要する。このため、当該製造方法をこのまま工業化しても生産性は必ずしも高くならない。一方、生産性を高めるために製造条件を変更することは活性低下を招く懸念があり、容易にできるものではない。
【0008】
生産性を向上させるためには熟成温度を高くすることが有効であり、熟成温度につき試作段階から検討された例もある(例えば、特許文献5〜8参照)。しかしながら、何れの文献でも、沈殿条件および熟成条件の双方の観点からは生産性は検討されていない。
【0009】
以上のように、製造条件は触媒活性に大きく影響するため、現実的にはこれを変更することは困難である。したがって、触媒活性を低下させることなく、より生産性の高い条件で触媒製造を行うことは、大きな利点があるにもかかわらず、殆ど検討が進んでいない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平07−039755号公報
【特許文献2】特開平06−312138号公報
【特許文献3】特開平10−309466号公報
【特許文献4】特開昭52−076288号公報
【特許文献5】特公昭57−027740号公報
【特許文献6】特開平06−254414号公報
【特許文献7】特開平07−008799号公報
【特許文献8】特開2007−083197号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Applied Catalysis A: General, 38 (1996)p.311-318
【非特許文献2】Chem. Eur. J. 9 (2003) p.2039-2052
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、従来技術に伴う上記問題に鑑みなされたものである。すなわち本発明は、工業的規模において、触媒活性が良好な銅触媒を再現性良く効率的に製造する方法および銅触媒前駆体の熟成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討を行った。その結果、以下の工程を有する製造方法により上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明の銅触媒の製造方法は、(1)水溶性銅塩を含有する酸性水溶液Aと、沈殿剤を含有する水溶液Bとを混合することにより;金属水酸化物換算のスラリー濃度が5〜10質量%であり、炭酸イオンを含むスラリーを得る工程、および(2)前記スラリーを45〜100℃で熟成する工程を有する。
【0014】
酸性水溶液Aは、水溶性亜鉛塩を更に含むことが好ましく、得られる銅触媒は、酸化銅の他、酸化亜鉛を更に含むことが好ましい。
酸性水溶液Aに含まれる水溶性金属塩は、金属硝酸塩であることが好ましい。
【0015】
沈殿剤は、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ金属の炭酸水素塩、アルカリ金属の水酸化物、アンモニア、アルカノールアミン、アミン、炭酸アンモニウムおよび炭酸水素アンモニウムから選択される少なくとも一種の塩基性化合物であることが好ましい。
【0016】
(a)沈殿剤として、炭酸塩および炭酸水素塩から選択される少なくとも一種を用いること、ならびに(b)炭酸ガスを、酸性水溶液A、水溶液B、沈殿槽内の敷き水および酸性水溶液Aと水溶液Bとの混合途中における沈殿槽内の液から選択される少なくとも一種に吹き込むこと、から選ばれる少なくとも一の要件を満たすよう工程(1)を行うことが好ましい。
【0017】
製造される銅触媒中のアルカリ金属の含有量は、銅触媒100質量%に対して0.1質量%以下であることが好ましい。
本発明の銅触媒の製造方法は、(3)熟成後のスラリーから得られた触媒前駆体を250〜690℃で焼成する工程を更に有することが好ましい。
【0018】
また、本発明の銅触媒前駆体の熟成方法は、水溶性銅塩を含有する酸性水溶液Aと沈殿剤を含有する水溶液Bとを混合することにより得られた、金属水酸化物換算のスラリー濃度が5〜10質量%であり、炭酸イオンを含むスラリーを、45〜100℃で熟成する工程を有する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、工業的規模において、触媒活性が良好な銅触媒を再現性良く効率的に製造する方法および銅触媒前駆体の熟成方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、従来技術の問題点および本発明の特徴点について詳述した後、本発明の製造方法によって製造される銅触媒、本発明の銅触媒の製造方法、銅触媒前駆体の熟成方法、および銅触媒の用途を説明する。以下では、本発明の製造方法によって製造される銅触媒を単に「本発明の銅触媒」とも記載する。
【0021】
〔従来技術の問題点および本発明の特徴点〕
銅触媒(例:メタノール合成用触媒)は、一般的に、水溶性銅塩を含有する酸性水溶液a(以下「a液」ともいう。)と、沈殿剤を含有する水溶液b(以下「b液」ともいう。)とを混合して、触媒前駆体となる沈殿物を含むスラリーを形成し、スラリーを熟成し、沈殿剤を除去するために洗浄を行い、洗浄後の固形物を適宜乾燥した後、焼成処理して焼成物となすことにより製造される。
【0022】
a液およびb液の混合により得られる沈殿物は、一般的にはその後の熟成工程において、結晶構造を変えながら高活性触媒へと変化していく。高活性触媒を得るためには、沈殿物生成から熟成までの全ての製造条件を再現性良く制御することが重要となる。
【0023】
沈殿物生成で最も重要な点は、スラリーのpH制御であるといわれている。これは、沈殿物生成時、すなわちa液およびb液の混合途中におけるスラリーのpHを一定に保つことができれば、金属成分が均一に分散した構造を有する沈殿物となるため、熟成が均一に進み、触媒前駆体の結晶構造を制御できるからであると考えられる。
【0024】
従来、沈殿物生成時のスラリーのpHを一定にするためには、スラリー中でa液由来の金属成分およびb液由来の沈殿剤の濃度勾配が現れないように、できる限りa液およびb液の成分濃度を小さくし、また、両液は同時に供給し且つ供給速度はできるだけ小さくすることが望ましい方法であるとされている。また、沈殿物生成時の撹拌はできるだけ強いほうが、a液およびb液が均一に混合されるため、好ましいとされている。
【0025】
高活性触媒を得るためには、熟成時の触媒前駆体の結晶構造の変化(結晶変化)や結晶成長を管理することも重要である。熟成温度が高くなればなるほど沈殿物の結晶変化が速くなる一方、結晶成長も急速に進行する。そこで、所望の結晶構造で結晶変化を止め、かつ結晶成長を制御することができるのであれば、熟成温度の上昇は熟成時間の短縮に有効である。しかしながら、本発明者らの検討によれば(スラリー濃度の低い)従来技術では、熟成温度を上げるにつれ、所望の結晶構造で結晶変化を止め、結晶成長前に熟成を停止することが非常に困難になることがわかった。
【0026】
例えば非特許文献2のFigure 13によれば、スラリー濃度:3質量%程度、熟成温度:65℃の条件では、熟成後20分程度で結晶構造が変化しており、その後18時間まで結晶性(指標としてピーク強度)は常に高くなっている、すなわち結晶成長が進行していることがわかる。結晶成長が進行するにつれ触媒表面積は減少するが、触媒表面積が大きいほど触媒は高活性である。したがって、前記条件(スラリー濃度が低くかつ熟成温度が高い条件)では、この程度の時間でも触媒活性が徐々に低下していると推察される。このような短時間で結晶変化が起き、続いて結晶成長が進行してしまうため、前記条件では再現性良く高活性触媒を製造することは困難である。通常の工業的製造においては、少なくとも各操作を実施している間は物性が安定していることが望まれる。
【0027】
そこで従来技術では、高活性触媒を再現性良く製造するためには、熟成温度を低くすることにより結晶成長を抑制することが有効であるという観点から、低温で時間をかけて熟成を行っていたと推測される。しかしながら、これは、熟成時間が長くなり、触媒の製造時間が長くなることを意味する。
【0028】
以上より、従来、沈殿物生成時のスラリーのpHを一定にすること(例:a液およびb液の成分濃度を小さくすること、両液の供給速度を小さくすること)、熟成温度を低く熟成時間を長くすることなどが、高活性触媒を再現性良く得るうえで重要とされてきた。しかしながら、工業化を考えた場合は、これらの点は生産性が低くなりコストアップにつながる。例えば特許文献3の実施例では、沈殿物生成時のスラリー濃度は3.3質量%程度であり、また熟成には一昼夜を要しており、当該製造条件は必ずしも工業化に適しているとはいえない。
【0029】
このように、高活性触媒の製造と工業的に有利な製造との間にはトレードオフの関係がある。したがって、触媒の工業的製造を目指した場合であっても、pHの安定化等により高活性触媒を製造するという思想があるがため、当業者がスラリーの高濃度化を想起することは非常に困難であった。
【0030】
本発明者らは、工業的規模において、触媒活性が良好な銅触媒を再現性良く効率的に製造する方法について鋭意検討した。その結果、沈殿条件および熟成条件を種々検討していく中で、スラリー濃度を高くして沈殿生成を行うと、沈殿物生成時のpHを特にコントロールしなくても結晶構造を制御できること、そして、結晶変化の進行が極めて遅くなることを見出した。また、熟成時には結晶成長が極めてゆっくりとしか進行しないため、熟成を高温で行っても、結晶構造を充分に制御できることを突き止めた。
【0031】
これは、次の利点を有する。
1つは、スラリー濃度が高いため、1回の沈殿操作における触媒生成量を増大させることができることである。すなわち、生産性の高い条件で触媒製造を行うことができる。
【0032】
1つは、沈殿物生成時の混合がたとえ充分ではなくても、例えば沈殿終了時のpHを適正範囲に調整しておけば、最終的な触媒前駆体の均一度を高められることである。すなわち、沈殿時にはpH制御をしなくても高活性触媒の製造が可能となる。
【0033】
沈殿物生成時の混合がたとえ充分ではなくても、触媒前駆体の均一度を高められる理由は定かではないが、高スラリー濃度条件下では沈殿物生成時の結晶構造の安定性が小さく、沈殿物生成時には単に沈殿物が混合している状態であり、この段階ではpH制御はほとんど影響しないと考えられる。したがって、沈殿後、結晶構造が形成されていく熟成の前にpHを適正範囲に調整すれば、望ましい結晶構造が形成されると推定される。
【0034】
また、熟成時の結晶構造の変化や結晶成長は、次のように進行すると考えられる。
初めに、生成した沈殿物が、焼成後に高分散を維持した複合酸化物となる前駆体構造を有する極微細なサイズからなる結晶構造に変化する。この変化が完了すると、次にこの構造が少しずつ集まってきれいに配列することにより、より大きな結晶構造を形成していく。これらは、原子が移動しながら、結合の組換えや新たな結合の形成を伴って進行する。
【0035】
高スラリー濃度条件下では、原子の動きが遅く、結合の組換え・形成が進行しにくくなり、特に、結晶が大きくなる速度は、結晶の再配列も伴うため進行しにくくなると考えられる。したがって、スラリー濃度が高いほどその構造変化、特に結晶成長の速度は影響を受けやすくなると推定される。
【0036】
以上の知見を組み合わせて後述する条件で沈殿および熟成を実施することにより、本発明では、工業的規模においても低コストで、触媒活性が良好な銅触媒を再現性良く効率的に製造することが可能になったのである。
【0037】
〔銅触媒〕
本発明の銅触媒は、酸化銅を必須成分として含む。銅触媒は、酸化亜鉛を更に含むことが好ましく、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウムおよび酸化ケイ素から選択される少なくとも一種の金属酸化物を更に含むことがより好ましい。このように銅触媒は、前記金属酸化物で構成された触媒であることが好ましく、複合金属酸化物で構成された触媒であることがより好ましい。
【0038】
本発明の趣旨を損なわない範囲であれば、銅触媒は上記以外の他の酸化物を含んでいてもよい。他の酸化物としては、酸化パラジウムなどの貴金属酸化物がその反応性の高さから用いられる場合がある。ただし、銅触媒に貴金属酸化物を含有させなくても、高い触媒性能を発現させることが出来る傾向がある。また、他の酸化物としては、酸化ガリウムを挙げることもできる。
【0039】
各成分の含有割合(質量基準)は、銅触媒全体100%に対して、
・酸化銅が通常20〜80%、好ましくは30〜60%であり;
・酸化亜鉛が好ましくは10〜50%、より好ましくは20〜40%であり;
・酸化アルミニウムが好ましくは2〜50%、より好ましくは4〜45%であり;
・酸化ジルコニウムが好ましくは0〜40%、より好ましくは0〜30%であり;
・酸化ケイ素が好ましくは0〜2%、より好ましくは0〜0.9%である。
【0040】
なお、酸化ジルコニウム、酸化ケイ素を必須成分として含有させる場合は、これらの含有割合(質量基準)の下限値は、酸化ジルコニウム:1%、酸化ケイ素:0.01%であることが好ましい。
【0041】
上記含有割合の銅触媒の製造に、本発明は好適に適用できる。銅触媒の製造条件を適切に定め、目的とする反応に応じて触媒組成を適切に定めることにより、その反応に適した触媒性能を得ることができる。
【0042】
酸化ケイ素は、コロイダルシリカまたは水中溶存シリカに由来する成分であってもよい。また、コロイダルシリカと水中溶存シリカとを併用してもよい。同じケイ素化合物でも、例えばケイ酸ナトリウム(水ガラス)やケイ酸カリウムを添加する場合は、所期の効果を有する銅触媒が得られないことがある。
【0043】
コロイダルシリカとしては、酸化ナトリウム含有量が0.1質量%未満、特に0.06質量%以下の実質的にナトリウム分を含まないコロイダルシリカが好ましい。コロイダルシリカの多くのグレードは、酸化ナトリウム含有量が0.2〜0.6質量%程度である。
【0044】
水中溶存シリカとしては、例えば、天然淡水、水道水、井戸水、工業用水に由来する溶存シリカを用いることができる。これらの水は、20〜100wtppm程度の溶存シリカを含んでいる。溶存シリカは、検水について、モリブデン黄法またはモリブデン青法による吸光光度法により測定されるシリカ(比色シリカと通称される)である。
【0045】
銅触媒を反応に供するにあたっては、銅触媒をそのまま使用することもできるが、使用に先立ち還元性ガス(例:H2ガス、H2−N2混合ガス)などで銅触媒を還元するのが通常である。
【0046】
本発明の銅触媒の製造方法は、従来の製造方法と比較して、より高い生産性で、かつ短時間で実施できる。それにもかかわらず得られる銅触媒は、(1)含有成分である酸化物(例:酸化銅)が均一に分散した構造を有し、(2)銅触媒を還元した場合は銅の表面積が非常に大きく、高活性であり、(3)しかも触媒活性が長期にわたって維持され耐久性にも優れている。すなわち、本発明の銅触媒は、その性能を安定に再現できるとともに工業的製法にも対応できることから、有用性が高い。
【0047】
〔銅触媒の製造方法〕
本発明の銅触媒の製造方法は、(1)水溶性銅塩を含有する酸性水溶液Aと、沈殿剤を含有する水溶液Bとを混合することにより;金属水酸化物換算のスラリー濃度が5〜10質量%であり、炭酸イオンを含むスラリーを得る工程(以下「沈殿工程」ともいう。)、および(2)前記スラリーを45〜100℃で熟成する工程(以下「熟成工程」ともいう。)を有する。本発明の銅触媒の製造方法は、(3)熟成後のスラリーから得られた触媒前駆体を250〜690℃で焼成する工程(以下「焼成工程」ともいう。)を更に有することが好ましい。
【0048】
沈殿工程
沈殿工程では、酸性水溶液Aと水溶液Bとを混合する。ここでの沈殿生成は中和反応により、通常は、酸性水溶液Aと水溶液Bとが接触したとたん、溶解度を超える金属水酸化物等が沈殿物を形成する。
【0049】
〈酸性水溶液A〉
酸性水溶液A(以下「A液」ともいう。)は、金属の水溶性塩(水溶性金属塩)を含有する水溶液であり、例えば水溶性金属塩を水に添加して得られる。水溶性金属塩としては、当該金属塩を水に溶かしたときの水溶液が酸性になるものが好ましい。
【0050】
水溶性金属塩としては、銅の水溶性塩(水溶性銅塩)が必須成分であり、亜鉛の水溶性塩(水溶性亜鉛塩)が好ましい成分として挙げられ、さらに、アルミニウムの水溶性塩(水溶性アルミニウム塩)およびジルコニウムの水溶性塩(水溶性ジルコニウム塩)から選択される少なくとも一種の金属の水溶性塩を用いてもよい。
【0051】
水溶性金属塩は、目的とする銅触媒の構成に応じて適宜選択される。水溶性銅塩が必須成分である他、水溶性金属塩は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
水溶性塩としては、例えば、硝酸塩、亜硝酸塩、硫酸塩、カルボン酸塩(例:シュウ酸塩)、塩化物が挙げられる。これらの中でも、取り扱いやすさや価格、およびこれらが触媒中に残留した場合の活性への影響の観点から、硝酸塩、亜硝酸塩が好ましく、硝酸塩がより好ましい。
A液の水溶性金属塩の濃度は、A液を均一な酸性水溶液にできれば特に限定されない。
【0052】
〈水溶液B〉
水溶液B(以下「B液」ともいう。)は、沈殿剤を含有する水溶液(通常は塩基性水溶液)であり、例えば沈殿剤を水に添加して得られる。沈殿剤としては、例えば塩基性化合物が挙げられる。
【0053】
塩基性化合物としては、例えば、アルカリ金属の炭酸塩(例:炭酸ナトリウム、炭酸カリウム)、アルカリ金属の炭酸水素塩(例:炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム)、アルカリ金属の水酸化物(例:水酸化ナトリウム、水酸化カリウム)などのアルカリ金属塩、アンモニア、アルカノールアミン、アミン、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウムが挙げられる。アルカリ金属としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウムが挙げられる。
【0054】
塩基性化合物の中でも、経済性、取り扱いの容易さ、沈殿物の形成しやすさ(アミンは水溶性のアンミン錯体を形成する)の観点から、アルカリ金属塩が好ましい。また、スラリーに炭酸イオンを含有させる観点から、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ金属の炭酸水素塩、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウムなどの、炭酸塩および炭酸水素塩が好ましい。特に、アルカリ金属の炭酸塩および炭酸水素塩が好ましい。
【0055】
沈殿剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
B液の沈殿剤の濃度は、A液との混合によりスラリー濃度が特定範囲になれば特に限定されない。例えば、A液中の水溶性金属塩由来の金属イオン(例:Cu2+、Zn2+、Al3+)を炭酸イオンが含まれる金属水酸化物の形態で充分に沈殿できればよい。
【0056】
A液およびB液において、以下のように含有成分を調整してもよい。
銅触媒に酸化アルミニウムを含有させる場合は、水酸化アルミニウム粉体、酸化アルミニウム粉体を用いてもよい。銅触媒に酸化ジルコニウムを含有させる場合は、酸化ジルコニウム粉体を用いてもよい。これらの粉体は、A液やB液、スラリーに添加することができる。
【0057】
銅触媒に酸化ケイ素を含有させる場合は、沈殿物の形成、熟成または洗浄に際し、コロイダルシリカまたは水中溶存シリカが沈殿物に吸着するよう、A液やB液、スラリーにコロイダルシリカまたは溶存シリカを含む水を添加することが好ましい。コロイダルシリカと水中溶存シリカとを併用してもよい。
【0058】
コロイダルシリカを沈殿工程で沈殿物に吸着させるときは、例えば、A液またはB液の少なくとも一方にコロイダルシリカを含む水を添加する方法、コロイダルシリカを含む水にA液およびB液を混合する方法が採用される。沈殿工程や熟成工程でのスラリーの上澄み液にコロイダルシリカが事実上混入していないこと、コロイダルシリカの吸着後に洗浄を行ってもシリカ成分が事実上流出しないことから、コロイダルシリカは、沈殿物と単に混合されているのではなく、沈殿物に吸着していることがわかる。
【0059】
水中溶存シリカを沈殿物に吸着させるときは、例えば、溶存シリカを含む水を用いてA液やB液を調製する方法、溶存シリカを含む水を用いて沈殿物の洗浄を行う方法が採用される。
【0060】
〈酸性水溶液Aおよび水溶液Bの混合〉
A液およびB液の混合方法としては、例えば、(1)沈殿槽に敷き水を入れて、A液およびB液を沈殿槽に供給して混合する方法;(2)A液またはB液の何れかの液を沈殿槽に入れて、他方の液を沈殿槽に供給して混合する方法が挙げられる。本発明では混合時のpHを一定に保つ必要が特にないため、敷き水を必要とせず、スラリー濃度を高くすることによる生産量アップの観点から、前記(2)の方法を採用することが好ましい。
【0061】
A液およびB液の供給方法としては、例えば、(i)A液およびB液を一括混合して、A液中の金属成分を一度に沈殿させる方法;(ii)A液を2以上に分割して逐次B液と混合して、各分割液中の金属成分を沈殿させる方法;(iii)A液を金属成分毎に2以上に分割して逐次B液と混合して、各分割液中の金属成分を沈殿させる方法が挙げられる。前記(iii)の方法では、例えば、A液を2以上に分割(A1液、A2液・・・)して、まず水溶性金属塩のうちの1成分または2以上の成分を含むA1液とB液とを混合してA1液中の金属成分を沈殿させ、ついで当該沈殿物を含む液中に水溶性金属塩のうちの他の成分を含むA2液を加えて同様にA2液の金属成分を沈殿させ;この工程を順次繰り返す方法が挙げられる。
【0062】
また、銅以外の金属成分については、不溶性の化合物(例:水酸化アルミニウム粉体、酸化アルミニウム粉体、酸化ジルコニウム粉体、水中溶存シリカ、コロイダルシリカ)をスラリー中に添加、高分散させて混合する方法を用いてもよい。
【0063】
A液およびB液の混合速度は特に制限されない。操作性や経済性を考慮すれば、A液およびB液の混合は、10分〜5時間で完了することが好ましく、10分〜3時間で完了することがより好ましい。また、敷き水の量やA液およびB液の混合比も、スラリー濃度を後述する範囲に設定できれば特に限定されない。
【0064】
〈混合温度〉
沈殿工程での混合温度は特に制限されず、通常4〜80℃、好ましくは4〜60℃である。混合温度とは、沈殿工程におけるスラリーの液温を指し、具体的には沈殿工程におけるA液およびB液を混合する沈殿槽内の液温を指す。混合温度が前記範囲を上回ると、部分的に水酸化物にとまらず金属酸化物が生成してしまい、金属成分の高分散性を妨げてしまうことがある。混合温度が前記範囲を下回ると、冷却等に費用がかかり、経済性が低くなることがある。
【0065】
〈スラリー濃度〉
A液およびB液の混合が完了して得られたスラリーのスラリー濃度は、金属水酸化物濃度に換算して5〜10質量%、好ましくは5〜8質量%となるように設定する。「スラリー濃度」とは、スラリー中に存在するアルカリ金属を除く金属が全て水酸化物を形成したと仮定したときの金属水酸化物の質量濃度を意味する。例えば、スラリーがCu,Zn,Al,Zr,Siを含む場合、(Cu(OH)2+Zn(OH)2+Al(OH)3+Zr(OH)4+Si(OH)4)/(A液の質量+B液の質量+敷き水の質量)×100(%)のように計算される。なお、AlやZr、Siを酸化物の形態で添加した場合であっても、これらも水酸化物に換算してスラリー濃度を計算する。
【0066】
スラリー濃度が上記範囲にあれば、熟成中に触媒前駆体の結晶変化および結晶成長が緩やかに進行するため、高い熟成温度であっても所望の結晶構造となし、かつ結晶成長を制御して、高活性触媒を再現性良く製造することが可能である。したがって、沈殿工程で得られたスラリーは特に希釈する必要も無く、そのまま熟成工程に移ることができる。また、沈殿物生成をより高い生産性でかつ短時間に行うことができる。
【0067】
スラリー濃度が上記範囲を下回ると、(1)両液の混合で生成した沈殿物の結晶構造は沈殿生成後、すぐに安定化してしまうので、両液の混合を均一に行わないと触媒構造の不均一性が高くなり、(2)熟成中に形成された結晶成長が速くなるため、結晶が大きくなりすぎ、好ましい結晶構造に制御することが難しくなる。スラリー濃度が上記範囲を上回ると、(1)水溶性金属塩の一部が溶解しにくくなり水溶液が均一にならず、充分な撹拌混合にもかかわらず、生成した沈殿物の均一性が損なわれることがある、(2)スラリーの粘度が高くなり、操作性が低下することがある。
【0068】
〈スラリーのpH〉
A液およびB液の混合を完了して得られたスラリーのpHは、触媒前駆体の組成に影響することがある。したがって、A液およびB液の混合完了直後のスラリーのpHは、5〜9の範囲が好ましく、6〜8の範囲がより好ましい。
【0069】
上記範囲であれば、pHが低すぎて金属成分の溶解度が上がり、触媒前駆体としての沈殿を完全に進めることができないおそれもない。また、pHが高すぎて炭酸イオンを金属前駆体中に充分に取り込めないおそれもなく、したがって触媒前駆体が熟成工程で好ましい結晶構造に変化し、触媒成分が高分散した高活性触媒を得ることができる。
【0070】
従来は、沈殿途中のスラリーのpHを一定にすることが、触媒組成を均一にできることから高活性触媒を得るためには重要と考えられていた。本発明によれば、スラリー濃度が高いときには、沈殿物生成時における結晶構造の安定性が低く、結晶変化が遅くなるため、沈殿終了後にスラリーが均一になっており、かつスラリーのpHを上記範囲に制御できれば、沈殿途中のスラリーのpHは触媒活性に大きくは影響しない。
【0071】
なお、本発明においては、この両液の混合を開始してから供給を完了するまでの期間を沈殿工程、それ以降にスラリーを45〜100℃で熟成する工程を熟成工程と定義することとする。したがって、沈殿工程および熟成工程で温度が異なる場合、温度変更は熟成工程として管理する。
【0072】
〈スラリー中の炭酸イオン〉
触媒の高活性化の観点から、沈殿物生成時には、沈殿槽内の液中に炭酸イオンが存在することが好ましい。したがって、本発明では、得られるスラリーが炭酸イオンを含むように沈殿工程を行う。
【0073】
沈殿物生成時に炭酸イオンを存在させるには、例えば、(a)沈殿剤として、上述の炭酸塩および炭酸水素塩から選択される少なくとも一種を用いること、ならびに(b)炭酸ガスを、酸性水溶液A、水溶液B、沈殿槽内の敷き水および酸性水溶液Aと水溶液Bとの混合途中における沈殿槽内の液(スラリー)から選択される少なくとも一種に吹き込むこと、から選ばれる少なくとも一の要件を満たすよう沈殿工程を行えばよい。
【0074】
炭酸塩および炭酸水素塩としては、例えば、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ金属の炭酸水素塩、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウムが挙げられる。
通常は上記(a)を行うことが好ましい。沈殿剤として炭酸イオンを含まない水酸化物等を用いる場合は、上記(b)を行うことにより、炭酸ガスが液中に溶解することによって炭酸イオンが生成し、沈殿物生成時に液中に炭酸イオンが存在することになり、上記(a)を行う場合と同様の効果が得られる。上記(b)において、A液、B液、沈殿槽内の敷き水および沈殿槽内の液から選択される少なくとも一種に炭酸ガスを吹き込みながら、A液およびB液の混合を行うことが好ましい。
【0075】
上記(a)の場合は、スラリー中の銅イオンに対する炭酸イオン濃度は、モル比(CO32-/Cuイオン)で、通常2.0〜3.5、好ましくは2.2〜3.0の範囲に設定することができる。モル比が前記範囲にあれば、形成された触媒前駆体は適度に炭酸塩を含む組成となり、熟成中も炭酸塩を含んだ状態で結晶変化が進行し、結果として金属成分が高分散した高活性触媒が得られる。なお、炭酸イオン濃度は、水溶液Aおよび水溶液Bの仕込み比から計算する。
【0076】
上記(b)の場合は、炭酸ガスをスラリー等に効率よく溶解させるため、炭酸ガスをできるだけ小さい気泡で長く滞留するようにスラリー等に吹き込むことが好ましい。吹込みガス量は、炭酸ガスの飽和溶解度を常に保てる量であれば特に制限されない。ただし、スラリー温度が高すぎると炭酸ガスの溶解度が低下するので、スラリー温度は80℃以下が好ましい。
【0077】
熟成工程
熟成工程では、触媒前駆体である沈殿物を高活性触媒とするため、通常は沈殿槽内でスラリーを熟成する。熟成工程では、沈殿物の結晶構造を最適な構造に制御することが、高活性触媒を得るために重要である。
【0078】
一般的に高温であるほど沈殿物の結晶変化は速く、かつ結晶成長が進行するため、従来技術では結晶変化および結晶成長を制御しやすい程度に熟成温度を低く抑えて、熟成時間を充分にかける方法が用いられている。しかしながら、工業化を考慮すれば、熟成時間が短いほど触媒の生産量を上げられるため、従来技術の製造条件は必ずしも好ましいものではない。
【0079】
本発明では、熟成工程でのスラリー温度、すなわち熟成温度は、45〜100℃、好ましくは50〜100℃である。熟成温度が前記範囲にあれば、上記スラリー濃度でも熟成に時間がかかりすぎることもなく(熟成時間を短縮でき)、また、大容量の容器を必要とすることもなく、経済的に有利である。熟成温度が前記範囲を下回ると、触媒前駆体の構造変化が進みにくくなることがある。熟成温度が前記範囲を上回るには、例えばスラリーを加圧するなど、特殊な装置が必要であり、製造コストを考慮すれば必ずしも有利であるとは言えない。
【0080】
一例を挙げれば、従来技術のようにスラリー濃度が3質量%程度の場合、熟成温度を45℃以上にすると結晶成長が早過ぎて高活性触媒を製造できなかった。本発明者らは、結晶成長がスラリー濃度の上昇と共にゆっくりと進むようになることを見出した。本発明では、スラリー濃度を5質量%以上にしているので、熟成温度を45℃以上にしても高活性触媒を製造できる。
【0081】
沈殿工程でのスラリー温度(混合温度)と熟成工程でのスラリー温度(熟成温度)は同じであっても違っていても特に問題はなく、それぞれに制御しやすい温度が選択できる。
熟成時間は、通常0.1時間以上、好ましくは0.5〜72時間、より好ましくは0.5〜25時間である。上述のように、本発明では、熟成温度を上げて触媒前駆体の結晶変化を充分に(ただし結晶構造を制御できる程度に)速くしているものの、結晶成長は緩やかであり、上記スラリー濃度や熟成温度の範囲内であれば高活性触媒をもたらす結晶構造は充分に持続すると推定される。したがって、所望の結晶構造を有する時点で熟成を停止することにより、高活性触媒を得ることができる。熟成中の結晶構造の変化については、例えばXRD解析(機器名:株式会社リガク製 X線回折装置MultiFlex)で確認することが可能である。
【0082】
例えば、工業化を考慮すれば、熟成時間は10時間(例えば、0.1〜10時間)もあれば充分である。本発明では、実施例に記載のとおり熟成時間が24時間程度であっても結晶成長が過度に進行しすぎることなく高活性触媒を得ることが可能であり、熟成が工業的に制御しやすい適度な速度で進行する。
【0083】
洗浄・濃縮工程
通常は、熟成を終えた沈殿物に対して、沈殿剤を除去するために水による洗浄を行う。ここでの洗浄は、沈殿剤としてアルカリ金属塩を用いた場合、特にアルカリ金属を除去するために行われる。洗浄が不充分で、アルカリ金属が多く残留すると触媒反応時に活性が著しく低下することが知られている。例えば、メタノール合成反応で銅触媒を用いるときには、銅触媒中のアルカリ金属の含有量は0.1質量%以下にすることが好ましい。
【0084】
洗浄の方法は特に限定されるものではなく、通常の触媒製造に使用される装置が用いられる。例えば、水を除去する際、濾過ケーキの濾過層の厚層化をできる限り阻止する掃流機構を備えた所謂ケーキレス濾過(ダイナミック濾過器)が採用できる。また、回転円筒型ケーキレス濾過器、Shriver型フィルターシックナー、多室円筒型真空濾過器(オリバー型濾過器)や、遠心分離型スラリー濾過器などが使用できる。
【0085】
洗浄されたスラリー状態の触媒前駆体は、そのまま濃縮し、スプレードライすることも可能であるが、一般的には、スラリーを濾過してケーキ状の沈殿物とする。この場合、減圧濾過器やフィルタープレス濾過器、遠心脱水濾過器などが使用できる。
【0086】
焼成工程
触媒前駆体は通常250〜690℃、好ましくは300〜680℃で焼成処理して焼成物となす。焼成時間は、通常0.1〜24時間、好ましくは0.5〜10時間である。焼成は酸素雰囲気下(通常は空気中)で行い、これにより上述の金属成分は酸化物の形態となる。焼成以前に適宜乾燥を行ってもよい。乾燥、焼成を行う装置は特に限定されず、一般的な乾燥器が用いられる。
【0087】
以上のようにして得られた触媒は、例えばそのままで、あるいは適宜の方法により造粒または打錠成型して用いる。触媒の粒子径や形状は、反応方式、反応器の形状によって任意に選択しうる。
【0088】
〔銅触媒前駆体の熟成方法〕
本発明の銅触媒前駆体の熟成方法は、下記スラリーを、45〜100℃で熟成する工程を有する。これにより、スラリー中に含まれる沈殿物、すなわち銅触媒前駆体の熟成が進み、例えば焼成等を行うことで高活性触媒を効率よく製造することができる。
【0089】
ここでスラリーは、水溶性銅塩を含有する酸性水溶液Aと沈殿剤を含有する水溶液Bとを混合することにより得られ、金属水酸化物換算のスラリー濃度が5〜10質量%であり、炭酸イオンを含む。スラリー調製の詳細や熟成工程の詳細およびそれらの好ましい条件は、〔銅触媒の製造方法〕の欄に記載したとおりである。
【0090】
〔銅触媒の用途〕
本発明の銅触媒は、その目的に応じた反応に用いられ、例えば、メタノール合成反応またはその逆反応、メタノール改質反応、シフト反応またはその逆反応に用いることができる。特に前記銅触媒は、水素と炭素酸化物とからメタノールを合成する反応またはその逆反応のための触媒として有用である。
【0091】
メタノ−ル合成の場合は、水素と炭素酸化物(通常はCO、あるいはCO2)とを含む原料ガスを銅触媒上で反応させてメタノ−ルを合成する。メタノール合成反応は、典型的には反応温度:150〜300℃、反応圧力:1〜10MPaにて行われる。
【0092】
メタノール合成の逆反応の場合は、メタノールを水素と炭素酸化物とに分解することができる。逆反応は、典型的には、反応温度:200〜400℃、反応圧力:大気圧〜1MPaにて行われる。
【0093】
これらの反応は、気相または液相の何れでも行うことができる。液相で反応を行うときの溶媒としては、炭化水素溶媒、水不溶性または水難溶性の溶媒を用いることができる。
【実施例】
【0094】
実施例をもとに本発明を更に詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されない。
[参考例1]
硝酸銅三水和物(関東化学(株)製、特級)14.28g、硝酸亜鉛六水和物(関東化学(株)製、特級)10.13g、硝酸アルミニウム九水和物(関東化学(株)製、特級)3.40g、硝酸ジルコニル二水和物(関東化学(株)製、特級)5.01gおよびコロイダルシリカ(日産化学工業(株)製「スノーテックスST−O」無水ケイ酸(SiO2)含有量が20〜21質量%)0.278gを蒸留水123gに溶解させて、水溶液A1を調製した。無水炭酸ナトリウム(関東化学(株)製、1級)14.5gを蒸留水120gに溶解させて、水溶液B1を調製した。
【0095】
室温(25℃)下、沈殿槽内で激しく撹拌中の蒸留水348gに、沈殿槽内の液のpHが7.2に保たれるように、水溶液A1および水溶液B1を132分かけて同時に滴下した。得られたスラリーのスラリー濃度は金属水酸化物濃度に換算して2質量%であった。スラリーを撹拌しながら室温下で72時間熟成した。
【0096】
熟成後のスラリーをろ過し、沈殿物を蒸留水で洗浄して、触媒前駆体を得た。触媒前駆体を110℃で乾燥し、ついで600℃にて空気中で2時間焼成した。得られた銅触媒の比表面積は71.4m2/gであった。
【0097】
[比較例1]
参考例1において、スラリーを30分かけて表1に記載の熟成温度に昇温し、当該熟成温度で表1に記載の熟成時間でスラリーを熟成したこと以外は参考例1と同様に行った。
【0098】
[実施例1]
水溶液A1の調製時に使用する蒸留水を30g、水溶液B1の調製時に使用する蒸留水を90gとし、室温(25℃)下、沈殿槽内で激しく撹拌中の水溶液B1に水溶液A1を30分かけて滴下したこと以外は参考例1と同様にして、スラリーを得た。得られたスラリーのスラリー濃度は金属水酸化物濃度に換算して8質量%であった。スラリーを、30分かけて80℃に昇温し、攪拌しながら80℃で50分間(0.83時間)熟成した。
【0099】
熟成後のスラリーをろ過し、沈殿物を蒸留水で洗浄して、触媒前駆体を得た。触媒前駆体を110℃で乾燥し、ついで600℃にて空気中で2時間焼成した。得られた銅触媒の比表面積は72.0m2/gであった。
【0100】
[実施例2〜8、比較例2]
実施例1において、スラリーを30分かけて表1に記載の熟成温度に昇温し、当該熟成温度で表1に記載の熟成時間でスラリーを熟成したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0101】
[実施例9]
水溶液A1の調製時に使用する蒸留水を55g、水溶液B1の調製時に使用する蒸留水を160gとしたこと以外は実施例1と同様にして、スラリーを得た。得られたスラリーのスラリー濃度は金属水酸化物濃度に換算して5質量%であった。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0102】
[比較例3]
水溶液A1の調製時に使用する蒸留水を18g、水溶液B1の調製時に使用する蒸留水を45gとしたこと以外は実施例1と同様にして、スラリーを得た。得られたスラリーのスラリー濃度は金属水酸化物濃度に換算して11質量%であった。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0103】
[実施例10]
水溶液B1に水溶液A1を11分かけて滴下したこと以外は実施例1と同様にして、スラリーを得た。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0104】
[実施例11]
水溶液B1に水溶液A1を182分かけて滴下したこと以外は実施例1と同様にして、スラリーを得た。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0105】
[実施例12]
沈殿槽内の液温を60℃に保温しながら水溶液B1に水溶液A1を滴下したこと以外は実施例1と同様にして、スラリーを得た。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0106】
[実施例13]
沈殿槽内の液温を5℃に保温しながら水溶液B1に水溶液A1を滴下したこと以外は実施例1と同様にして、スラリーを得た。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0107】
[比較例4]
沈殿槽内の液のpHが7.2に保たれるように、実施例1の水溶液A1と、水酸化ナトリウム(関東化学(株)製、特級)11.6gを蒸留水60gに溶解させて得られた水溶液B1とを91分かけて同時に滴下した。得られたスラリーのスラリー濃度は金属水酸化物濃度に換算して6質量%であった。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0108】
[実施例14]
室温(25℃)下、沈殿槽内で激しく撹拌中の蒸留水85gに二酸化炭素ガスを100mL/分で吹き込みながら、沈殿槽内の液のpHが7.2に保たれるように、実施例1の水溶液A1と、水酸化ナトリウム11.6gを蒸留水60gに溶解させて得られた水溶液B1とを86分かけて同時に滴下した。得られたスラリーのスラリー濃度は金属水酸化物濃度に換算して6質量%であった。以降の工程は、このスラリーを用い、熟成時間を80℃で2時間に変更したこと以外は実施例1と同様に行った。
【0109】
以上の参考例、実施例および比較例の条件および結果を表1に示す。
【0110】
【表1】

参考例1は、従来の製造方法をモデルとしたものであり、沈殿生成時のスラリーのpHを一定にし、且つ熟成温度を低くし、熟成時間を長くとっている。各実施例で得られた銅触媒の比表面積は、参考例1で得られた銅触媒の比表面積と比べて遜色ない結果となった。したがって、本発明によれば、沈殿生成時のスラリーのpHを一定に保たなくとも、また熟成温度が高く、熟成時間が短い条件であっても、従来と同程度の高活性触媒を再現性良く効率的に製造できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明によれば、生産性が高く(高収量、短時間処理)、コスト的に有利であり(労務費削減、装置使用時間短縮)、高活性且つ高耐久性な銅触媒の製造方法および銅触媒前駆体の熟成方法を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)水溶性銅塩を含有する酸性水溶液Aと、沈殿剤を含有する水溶液Bとを混合することにより;金属水酸化物換算のスラリー濃度が5〜10質量%であり、炭酸イオンを含むスラリーを得る工程、および
(2)前記スラリーを45〜100℃で熟成する工程
を有する、銅触媒の製造方法。
【請求項2】
酸性水溶液Aが、水溶性亜鉛塩を更に含み、
得られる銅触媒が、酸化銅の他、酸化亜鉛を更に含む、
請求項1に記載の銅触媒の製造方法。
【請求項3】
酸性水溶液Aに含まれる水溶性金属塩が、金属硝酸塩である、請求項1または2に記載の銅触媒の製造方法。
【請求項4】
沈殿剤が、アルカリ金属の炭酸塩、アルカリ金属の炭酸水素塩、アルカリ金属の水酸化物、アンモニア、アルカノールアミン、アミン、炭酸アンモニウムおよび炭酸水素アンモニウムから選択される少なくとも一種の塩基性化合物である、請求項1〜3の何れか一項に記載の銅触媒の製造方法。
【請求項5】
(a)沈殿剤として、炭酸塩および炭酸水素塩から選択される少なくとも一種を用いること、ならびに(b)炭酸ガスを、酸性水溶液A、水溶液B、沈殿槽内の敷き水および酸性水溶液Aと水溶液Bとの混合途中における沈殿槽内の液から選択される少なくとも一種に吹き込むこと、から選ばれる少なくとも一の要件を満たすよう工程(1)を行う、請求項1〜4の何れか一項に記載の銅触媒の製造方法。
【請求項6】
製造される銅触媒中のアルカリ金属の含有量が、銅触媒100質量%に対して0.1質量%以下である、請求項1〜5の何れか一項に記載の銅触媒の製造方法。
【請求項7】
(3)熟成後のスラリーから得られた触媒前駆体を250〜690℃で焼成する工程
を更に有する、請求項1〜6の何れか一項に記載の銅触媒の製造方法。
【請求項8】
水溶性銅塩を含有する酸性水溶液Aと沈殿剤を含有する水溶液Bとを混合することにより得られた、金属水酸化物換算のスラリー濃度が5〜10質量%であり、炭酸イオンを含むスラリーを、45〜100℃で熟成する工程を有する、銅触媒前駆体の熟成方法。

【公開番号】特開2012−120979(P2012−120979A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−273815(P2010−273815)
【出願日】平成22年12月8日(2010.12.8)
【出願人】(000005887)三井化学株式会社 (2,318)
【Fターム(参考)】