説明

防波堤用構造体及び防波堤

【課題】港湾や漁港の防波堤に用いるための、低コストな防波堤用構造体を提供する。
【解決手段】海底地盤8上に載置可能な骨組み構造体20と、少なくとも平均水面が傾斜位置に来るように該骨組み構造体20に配設された、港内側に傾斜した不透壁22Aと、該構造体を海底に載置するための底板を有する防波堤用構造体であって、水面上部に重量部分24を置いて該構造体の浮力を低減し、且つ、底板を少なくとも港内側26Bと港外側26Aに分割し、該底板26A、26B間に底板の無い部分を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、港湾や漁港等に建設される防波堤用構造体、及び、該防波堤用構造体を用いた防波堤に関する。
【背景技術】
【0002】
防波堤は、来襲する波浪で生じる波力に対して、その重量(自重)により安定性を確保している構造物である。この波力には、波が防波堤に押し寄せた状態(以後、波の山作用時)で作用する波力と、波が防波堤から引いた状態(以後、波の谷作用時)で作用する波力があり、それぞれの波力の算定には、合田式が一般的に用いられている。それぞれの状態における作用波力模式図を図1(A)、(B)に示す。防波堤10の重量は、この波力に対して、波の山作用時と波の谷作用時の両方において、滑動安全率SF((3)式参照)が1.2以上となるように定めている。
【0003】
<滑動安定性の照査式>
SF=μ(W−U+FV)/FH≧1.2 …(3)
W:防波堤重量(気中重量)
U:浮力
V:鉛直波力合力(鉛直下向きを正)
H:水平波力合力
【0004】
図2に示す如く、従来の防波堤(重力式)は殆どが箱形状であり、特許文献1や2に示される如く、その内部に砂や石(中詰砂と称する)12を投入することによって重み付けをしている。図において、14は上部工である。
【0005】
又、特許文献3乃至5に例示される如く、杭を打ち込むものもある。
【0006】
【特許文献1】特開2001−207425号公報
【特許文献2】特開2001−241022号公報
【特許文献3】特開平10−231511号公報
【特許文献4】特開2000−204530号公報
【特許文献5】特開2003−82636号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところが、静水面下の部分には浮力が作用するため、重量の半分程度は相殺されてしまう。又、波作用時には、図1に示すように、底版10B全体に鉛直波力が作用する。この鉛直波力は、波の山が作用するときに鉛直上向きとなり(揚圧力と称する)、防波堤10を不安定にするように作用するため、(3)式を用いた照査により堤体重量を求めると、殆どの場合において、図1(A)に示した波の山作用時での必要重量となる。この時、図1(B)に示した波の谷作用時の滑動安全率は非常に大きくなり、図3に示す設計断面について行なった、次に示す滑動安全率の比較例の如く、波の谷作用時には大きな余剰耐力を有してしまうことになる。
【0008】
滑動安全率の比較例
・波浪条件
有義波高H1/3=4.7m,設計波高HD=8.25m,周期T=11.0s
堤体幅B=6.7m,堤体重量(水中重量)W=2163.8(KN/m),摩擦係数μ=0.7
・作用波力(水平波力は岸向きがプラス,揚圧力は鉛直下向きがプラス)
<波の山作用時>
水平波力Fh=1156.7(KN/m),揚圧力Fu=−180.9(KN/m)
<波の谷作用時>
水平波力Fh=−489.4(KN/m),揚圧力Fu=139.7(KN/m)
・滑動安全率
<波の山作用時> 滑動安全率SFa=1.20
<波の谷作用時> 滑動安全率SFb=3.29
【0009】
このような問題点を解決するべく、特許文献1乃至4には、前壁部を港外側から港内側に向けて傾斜させることが記載され、特許文献5には凹面状とすることが記載されているが、十分とは言えない。
【0010】
特許文献3乃至5には、更に、杭を打ち込むことが記載されているが、施工が大変である。
【0011】
本発明は、前記従来の問題点を解消するべくなされたもので、港湾や漁港の防波堤に用いるための、低コストの防波堤用構造体を提供することを第1の課題とする。
【0012】
本発明は又、前記防波堤用構造体を用いた防波堤を提供することを第2の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、海底地盤上に載置可能な骨組み構造体と、少なくとも平均水面が傾斜位置に来るように該骨組み構造体に配設された、港内側に傾斜した不透壁を有する防波版を備えた防波堤用構造体であって、水面上部に重量部分を置いて、該構造体の浮力を低減することにより、前記第1の課題を解決したものである。
【0014】
本発明は、又、海底地盤上に載置可能な骨組み構造体と、少なくとも平均水面が傾斜位置に来るように該骨組み構造体に配設された、港内側に傾斜した不透壁を有する防波版と、該構造体を海底に載置するための底板を有する防波堤用構造体であって、該底板を少なくとも港内側と港外側に分割し、該底板間に底板の無い部分を設けることにより、同じく前記第1の課題を解決したものである。
【0015】
又、前記構造体の水面上部に重量部分を置いて、該構造体の浮力を低減したものである。
【0016】
又、前記不透壁を、該水面下で鉛直の不透壁と連接したものである。
【0017】
本発明は、又、前記の防波堤用構造体であって、次の(1)式で表わされた、港外側から港内側に押し寄せる波による該構造体に作用する押す力による該構造体の安全係数SFaと、次の(2)式で表わされた、港内側から港外側に引く波による該構造体に作用する引く力による該構造体の安全係数SFbとを、共に1.2以上としたものである。
【0018】
SFa=(W−U+Fv1−Fv2)/FH …(1)
SFb=(W−U+Fv2)/FH …(2)
ここで、W:防波堤重量(気中重量)
U:浮力
Fv1:防波版斜面部に作用する鉛直波力
Fv2:底版に作用する鉛直波力(鉛直下向きを正)
H:水平波力合力
【0019】
本発明は、又、前記防波堤用構造体を、前記防波版が連続するように並べて海底地盤に配置することにより、前記第2の課題を解決したものである。
【0020】
本発明は、鋼管や形鋼で形成される骨組み構造体に防波版を取付ける構造形式とすることで、静水面下に作用していた浮力をできるだけ小さくした。防波版は、防波堤全体の安定性を向上させるために、港内側に向かって傾斜した斜面不透過壁とした。これにより、斜面壁に作用する波力は水平成分(水平波力)と鉛直成分(鉛直波力)に分割することができる。このとき、水平波力は従来の垂直壁に作用するよりも低減し、鉛直波力は鉛直下向き(防波堤を安定にする方向)に作用する。
【0021】
又、底版全体に作用していた鉛直波力(揚圧力)を低減するために、防波堤底面には、港外側と港内側にそれぞれ分割した底版を設置した。
【0022】
これらにより、波の山作用時において、水平波力は低減し、鉛直上向きに作用する鉛直波力(揚圧力)も低減するため、(3)式を満足する堤体重量Wは、従来よりも少なくすることができる。この時、波の谷作用時における滑動安全率SFbは、これまでの構造の場合よりも小さくなり、波の山作用時と谷作用時における滑動安全率SFa、SFbを同程度にすることができるため、無駄のない最適な防波堤断面とすることが可能となる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、鋼管や形鋼で形成される骨組み部材に、直立な不透過壁と港内側に向かって傾斜した斜面不透過壁からなる防波版、港外側と港内側にそれぞれ分離した底版、重量付けのための上部工を設置した構造形式とすることで、従来構造の防波堤よりも低コストで製作することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下図面を参照して、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0025】
本実施形態の概略図を図4に示す。従来の重力式防波堤の中詰砂部を省略して、鋼管や形鋼で形成される鋼製フレームの骨組み部材(骨組み構造体)20を設け、その港外側に防波版22を取付ける。骨組み構造としているため、従来の箱形状の防波堤と比較して浮力は殆ど作用しない。防波版22は、防波堤10の安定性を向上させるために、上部22Aを斜面構造としている。防波堤10の上端には、作用する波力に対して必要となる重量付けのための上部工24を設ける。又、防波堤10の下端には、港外側と港内側のそれぞれに底版26A、26Bを設け、底面全体に作用していた揚圧力を低減させている。
【0026】
本発明による実施形態が、実際の構造形式として成立するか否かを検証するために水理実験を行った。水理実験では、設計に用いるための各部材に作用する波圧分布と防波堤全体の安定性を検証した。実験断面図を図5に示す。実験模型は、実物の重心・重量を基にフルード相似則を用いて縮小したものとし、縮尺率は1/50とした。波の山作用時(A)と波の谷作用時(B)に、各部材に作用する波圧分布を図6に示す。実験時の波浪条件は、現地換算値で、周期11.0s、波高8.25mである。これより、図6(A)に示した波の山作用時において、防波版22には合田式に斜面の効果を取り入れた細山田式、底版は港外側26Aのみに波圧が作用する。一方、図6(B)に示した波の谷作用時には、波高の1.0倍に相当する防波堤前面の水位低下量が静水圧分布として防波版22に作用し、底版は港外側26Aのみに作用する。また、上部工24の下面は、波高の0.2倍相当の静水圧分布を一様に作用させた。
【0027】
今回の実験結果における波圧分布式の模式図を図7に示す。この波圧分布式を用いて、防波堤の安定性を検証するために滑動実験を行った。滑動実験は、図7で示される波圧分布式を用いて、図8に示す如く、滑動安全率SF=1.0となる防波堤を対象に、様々な波高を作用させて防波堤の滑動(変位)の有無により安定性を検証する手法である。滑動安全率SF=1.0以上において滑動(変位)がなければ、波圧分布式は妥当であり、本発明による実施形態の防波堤が成立可能となる。
【0028】
実験結果を図9に示す。これより、滑動安全率SF=1.0以上での滑動(変位)は生じていないことから、図7に示す波圧分布式は妥当であり、本発明による防波堤が実際の構造形式として成立可能であることが実証できた。
【0029】
そこで、図5に示す断面を対象にして、図6に示す波圧分布式を用いて滑動安全率を求めた。その結果、波の山作用時と波の谷作用時の滑動安全率は従来構造と比べて同程度となっており、又、必要となる堤体重量Wは従来構造の7割程度であることから、本発明による防波堤は、従来構造と比較して低コストに製作することが可能である。
【0030】
滑動安全率の比較
・波浪条件
有義波高H1/3=4.7m,設計波高HD=8.25m,周期T=11.0s
堤体幅B=12.8m,堤体重量(水中重量)W=1457.0(KN/m),摩擦係数μ=0.7
・作用波力(水平波力は岸向きがプラス,鉛直波力・揚圧力は鉛直下向きがプラス)
<波の峰作用時>
水平波力合力Fh=732.3(KN/m),鉛直波力合力Fv=292.6(KN/m),
揚圧力Fu=−54.0(KN/m)
<波の谷作用時>
水平波力合力Fh=−753.7(KN/m),鉛直波力合力Fv=−70.2(KN/m),
揚圧力Fu=40.5(KN/m),上部工下面の揚圧力Fv’=−135.0(KN/m)
・滑動安全率
<波の山作用時> 滑動安全率SFa=1.62
<波の谷作用時> 滑動安全率SFb=1.20
【0031】
本実施形態においては、重量付けのための上部工24と、港外側と港内側にそれぞれ分離した底板26A、26Bを併用していたので、効果が高い。なお、いずれか一方のみの構成を採用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】従来の問題点を説明するための、合田式による作用波力模式図
【図2】従来の重力式防波堤の一例の構成を示す断面図
【図3】同じく設計断面図
【図4】本発明に係る防波堤構造体の実施形態の構成を示す斜視図
【図5】同じく実験断面図
【図6】同じく波圧分布図
【図7】同じく波圧分布式模式図
【図8】同じく滑動安全率1.0の状態を示す断面図
【図9】同じく滑動実験結果を示す線図
【符号の説明】
【0033】
8…基礎マウンド
10…防波堤
20…骨組み部材(骨組み構造体)
22…防波版
22A…斜面部
22B…直立部
24…上部工
26B…港内側底板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海底地盤上に載置可能な骨組み構造体と、少なくとも平均水面が傾斜位置に来るように該骨組み構造体に配設された、港内側に傾斜した不透壁を有する防波版を備えた防波堤用構造体であって、
水面上部に重量部分を置いて、該構造体の浮力を低減したことを特徴とする防波堤用構造体。
【請求項2】
海底地盤上に載置可能な骨組み構造体と、少なくとも平均水面が傾斜位置に来るように該骨組み構造体に配設された、港内側に傾斜した不透壁を有する防波版と、該構造体を海底に載置するための底板を有する防波堤用構造体であって、
該底板を少なくとも港内側と港外側に分割し、該底板間に底板の無い部分を設けたことを特徴とする防波堤用構造体。
【請求項3】
前記構造体の水面上部に重量部分を置いて、該構造体の浮力を低減したことを特徴とする請求項2に記載の防波堤用構造体。
【請求項4】
前記不透壁が、水面下で鉛直の不透壁と連接されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の防波堤用構造体
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の防波堤用構造体であって、
次の(1)式で表わされた、港外側から港内側に押し寄せる波による該構造体に作用する押す力による該構造体の安全係数SFaと、
次の(2)式で表わされた、港内側から港外側に引く波による該構造体に作用する引く力による該構造体の安全係数SFbとが、共に1.2以上であることを特徴とする防波堤用構造体。
SFa=(W−U+Fv1+Fv2)/FH …(1)
SFb=(W−U+Fv2)/FH …(2)
ここで、W:防波堤重量(気中重量)
U:浮力
Fv1:防波版斜面部に作用する鉛直波力
Fv2:底版に作用する鉛直波力(鉛直下向きを正)
H:水平波力合力
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載の防波堤用構造体を、前記防波版が連続するように並べて海底地盤に配置したことを特徴とする防波堤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2006−37400(P2006−37400A)
【公開日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−216030(P2004−216030)
【出願日】平成16年7月23日(2004.7.23)
【出願人】(000004123)JFEエンジニアリング株式会社 (1,044)
【Fターム(参考)】